以前、この著者の「居た場所」をご紹介しました。そのとき、「物語自体はあまり面白くありません。が、ここに登場する迷路のような街角に連れ出され、白昼夢のような世界を見せてくれる描写が面白い!」と書来ましたが、本年度芥川賞を受賞した「「首里の馬」(新潮社/古書950円)は、物語も登場人物も不思議なのですが、とても心に染み入る作品です。

主人公は沖縄首里に住む、未名子という女性です。世界各地の孤独な環境下にいる人とオンラインでつながり、スタジオと称する事務所からクイズを出題して、しばらく雑談するという奇妙な仕事をしています。
南極の深海や宇宙空間で仕事をしているポーラ、ヴァンダ、戦争の危険地帯のシェルターで監禁生活をしているギハノ、などが顧客です。隔離されている場所にいる人に向けて、日本語で問いかけています。その側ら、町にある私的な資料館の整理を自主的に手伝っているのですが、ここには、戦争前後からの雑多な資料が未整理のまま、山積みされています。未名子は、奇妙な質問ブースと資料館とを往復しています。この作家らしい静謐なタッチで彼女の日々を描いていきます。あ〜これ沖縄の話だった?という感じでこの地の温度感はまるでありません。
台風が過ぎ去ったある日のこと、彼女は悲鳴を上げます。「カーテンを引き開けた目の前、未名子の家の小さな庭いっぱいの、大きな一匹の生きものらしき毛の塊がうずくまっていたからだ。」
それは、幻と言われる宮古馬だったのです。さて、この馬をどうするか思案していたところ、資料館の閉鎖が決まります。彼女は、ある決断をします。「この島のできる限りの全部の情報が、いつか全世界の真実と接続するように、自分の手もとにあるものは全世界の知のほんの一部かもしれないけれど、消すことなく残すというのが自分の使命だ」と。この島の血生臭い過去の記録を丸ごと残すために、「ヒコーキ」と名付けた宮古馬と共に、未来へ向かって一歩進み出します。
馬も、島の記録もすべて消えてゆく存在かもしれません。でも、作者はその事実に浸ってじっとしてはいません。最後の文章を読み終えた時、広がってゆく満足感。
この街で、小翠を追いかけたい気持ちになる力を持った小説です。」というのは、以前「居た場所」のブログで書いた文なのですが、今回の物語でも、未名子とヒコーキを追いかけたい気持ちになりました。

 

★お知らせ  勝手ながら8月17日(月)〜20日(木)夏季休業いたします。


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