以前このブログで同監督の「さよなら人類」をご紹介しました。その時、「この映画がなぁ〜、と多くの人が思うかもわかりません。ストーリーのある様な、ない様な、主人公がいる様な、いない様な映画ですから。(途中で席を立った方もおられました)」と書きました。初めて観たアンダーソン作品の第一印象ですが、結局、なんて素敵な映画だったんだ!と、いい気持ちで帰宅しました。

新作「ホモ・サピエンスの涙」も、やはりストーリーはなく、しかも登場人物も関連がない。時代も年代も異なる人々が織りなす、悲劇ような喜劇のようなお話の数々でした。構図、色彩、美術に至るまで徹底して監督がこだわった全33シーンが、それぞれワンカットで作り上げられています。観ているうちに、ちょっと眠たくなって、うつらうつらしてるとなんだかとても気分良くなってくるのです。あぁ〜、ずっとこのまま観ていたい、っていう感覚。

以前TVで、能楽師の方が「本当にいい舞台は、観客を眠たくさせる。でも完全に寝てしまうのではなく、起きているのか、寝ているのかわからない状態で、幻想のかなたの物語に入りこませる」と、いうようなことを話されていたことを思い出しました。

俳優で映画監督でもある斎藤工は、アンダーソン監督を「静止画に挑んだ映像作家だ」とコメントしています。極めて絵画的な画面を凝視していくうちに登場人物に同化していき、一瞬の人生の切なさ、苦さ、愛おしさみたいなものを受けとるのです。映画を観るというより、監督が作り上げた静謐な空間を一緒に漂う体験をする、といったらいいでしょうか。

ラスト、だだ広い草原を走る道でエンストした車から降りてきたおっちゃん。なすすべもなく、周りを見渡し、車の中を覗き込む。聞こえてくるのは風の音と鳥の声だけ。大変な状態なのに笑えてきて、人生ってこんなもんだなぁ〜ホヨヨン〜と、またちょっと幸せな気分で劇場を後にしました。ぜひ映画館で観てください。