中国の現代美術作家、蔡 國強(さい・こっきょう)。火薬の爆発による絵画制作、パフォーマンスを行う作家です。あの北京オリンピック開会式のド派手な花火アートを覚えておられる方も多いと思います。

その蔡 國強には、強力な日本人パートナーが、それもアートの世界とは地球と月ぐらいかけ離れたおっちゃんがいたことを知っている人は少ないと思います。私も、川内有緒著「空をゆく巨人」(集英社・古書/14

00円)を読むまで知りませんでした。福島県いわき市の志賀忠重さん。カー用品などの販売で成功を収め小さな会社を経営する、正真正銘のおっちゃんです。二人がどうして結びつき、世界のアートシーンに飛び出していったかを描いたノンフィクションです。

とてつもなく面白い。事実は小説より奇なり、とはこの事です。人間って凄いなぁ。信頼しあえることの幸せを、これほど感じさせてくれる本はありません。

スタジオジブリの鈴木敏夫氏が絶賛しているのですが、なるほどと思いました。つまり、蔡 國強も志賀忠重も、鈴木敏夫も困難な状況や苦労の連続の場に直面しても、それを楽しめる人種なのです。

80年代後半、蔡と志賀の二人は出会い、数々の作品を生み出しました。蔡がラフ案を出し、志賀とその仲間がそれを具現化するという、不思議なコンビです。その最大のものが「いわき回廊美術館」です。東日本大震災の後に作られた、入場無料、営業時間は「夜明けから日没まで」という”良い加減”な野外施設。

著者が、この美術館へ取材に行った時、志賀は冒険家のサポートで北極に行った経験を話します。冒険への憧れを抱き「生まれ変わったら冒険家になりたいんですよ。」という著者に対して、志賀はこう言うのです。

『「いんや、川内さん」とじっと私を見つめて、「一歩踏み出したら、それは冒険なんでねえの?川内さんはもう冒険してんだよ』

著者は38歳で国際公務員を辞めて、フリーランスになりました。それまでのキャリアを放棄し、安定した収入を手放し、しかも娘が生まれたばかり。

「そっか、もう冒険をしていたのか。 ふいに涙がこみあげてきて、ポロリとこぼれた。志賀のひと言には、既定のレールから外れた人生をまるごと肯定するような優しさがあった。」

ここから、志賀の魅力に、そして困難なパフォーマンスを次々と繰り広げる蔡という男の人間の大きさに、魅入られていきます。もっと知りたい、もっと側で見ていたい、そんな溢れ出るような感情が350ページにも及ぶこの本の隅々にまで詰め込まれています。

鈴木敏夫みたいに2日間で読み終えることはできませんでしが、とても幸せな時間を、この本に与えてもらいました。人間の度量の深さや優しさを改めて認識した本でした。2018年の「開高健ノンフィクション賞」を受賞したのも当然だと思います。

写真左が志賀忠重、右が蔡 國強です。