2020年8月26日、”I am a black woman”と発信したのは大阪なおみ選手でした。そして、翌日の準決勝試合出場を一時、辞退しました。同月23日に黒人男性ジェイコブ・ブレイクさんが警察に背後から銃撃され、重傷を負った事件が起こりました。これは明らかに警察による人種差別的殺戮であり、各地で抗議運動が勃発し、彼女もそれに答えたのです。

さらに、彼女は全米オープンテニスで、警察による暴力で死去した黒人7人の名前の入ったマスクを決勝までの7試合つけて出場したのは、ご存知だと思います。本来、試合に政治的メッセージを持ち込むことを認めない主催者側が今回は容認しました。その背後にはもちろんBLM(Black Lives Matter)運動がありました。

アメリカ全土で広がるBLM運動を、音楽と映像の面から読み解こうとしたのが藤田正「音楽と映像で読み解くブラック・ライブズ・マター」(シンコーミュージック/古書1400円)です。

「ブラック・ライブズ・マター」は、「黒人の命だって大切だ」と訳されていますが、急に登場したスローガンではありません。暴力を伴う黒人への人権侵害が起こるたびに、黒人たちは拳を振り上げ、ストリートで抗議してきたのです。

1939年、ビリーホリディの歌った「奇妙な果実」が発売されます。ご承知のように、この歌はリンチにあって、死体をぶら下げられた黒人の姿を歌ったものです。

最近では、映画「風と共に去りぬ」も「典型的差別映画」として糾弾されています。「『風と共に去りぬ』は、以前から黒人、というよりカラードと呼ばれてきた私たち有色人種を見下す気味の悪い作品ではあったが、ようやく BLM運動の熱に押されるように、あるネット配信会社では公開を控える、いや公開をするにしても映画の冒頭に注釈を付ける、という社会性を持つまでになってきた。」と著者は解説しています。

なぜこの名画が?と思うかもしれませんが、原作との比較も含めて詳細に論じられています。それほどにアメリカでの人種差別問題は深刻です。本書では、ビリー・ホリディに始まり、ブルース、ソウル、ラップカルチャー、と変遷してゆく黒人音楽の歌い手たちが、それぞれの歌に込めた怒り悲しみを紐解いていきます。

さらに、アメリカによるカラード差別として日本への極端な蔑視があったことを、一曲の歌を例示して解説しています。

それは1958年ワンダ・ジャクソンが歌った「フジヤマ・ママ」です。「歌詞がえらく問題なのだ」と著者は言います。「あたし、ヒロシマにもナガサキにも行ったことがあるの。それと同じこと、あんたにしたげよ〜か?」と凄みのある声で迫ってきます。「それと同じこと、あんたにしたげよ〜か」って、日本に落とされた原爆みたいにあなたを破壊してやろうか?と歌っているのです。「『汚らしいジャップ』をこっぱみじんにした後のアメリカ国民の高揚感がこれほどまでに『明るく』表現された歌は他にないだろう。」

さらに、驚くべきことに同年この歌は日本語に翻訳され、雪村いずみが歌って大ヒットしているのです。「日本人って(BLM運動などに関わるアメリカ人たちのようには)、歴史に激しくないのだと思います。」という著者の言葉はズキンと迫ってきます。

そう思えばなおさら、大阪なおみのとった行動は素晴らしい。森喜朗的おっさん思考しか持たない連中が、スポーツに政治を持ち込むなんてとコソコソ言い合っているのが聴こえそうですが、そんなの無視して彼女には”黒人女性”としてさらに前進して欲しいものです。そして、私はどう行動するべきか、を考えなければなりません。