大河小説「光の家」から3年、待望の新作が登場しました。タイトルは「泡」(集英社/古書1200円)。

男子高校の二年生になって暫くして学校に行かなくなった薫。これからの事を考えていないわけではないのだが、どうしても学校へ行けない日々。夏休み、彼は大祖父の兼定のいる海辺の街で過ごすことを決めます。兼定は、大戦中ロシアの捕虜として収容所生活を送りました。帰国後、親族の元に戻らず知り合いもいない町に一人住み、小さいながらもジャズ喫茶を経営していました。そこには、ふらりと街にやってきた青年、岡田が店を手伝っていました。

そんな店で薫は手伝いを始めます。

「夏のあいだ、東京から遠く離れた海辺の街で、兼定をたよりに暮らしてみたいと言いだしたのは薫だった。できるだけ遠くへ行きたい気持ちと、はぐれ者のような大叔父への関心、兼定がやっているジャズ喫茶への興味もあった。そして大叔父はたぶん、自分をかまわず放っておいてくれるだろう。」

薫は一人暮らしをしながら、無口な岡田と一緒に店で働きます。凡庸な青春小説だと、主人公が新しい環境で何かを見つけて自信を持つみたいな物語になりそうですが、これにはそんな結末はありません。かといって悲劇的なラストが待っているのでもありません。

ボートに捕まって海へとでた薫、彼はカナヅチです。でも「カナヅチでも浮き袋があれば大丈夫ーいつもはなにかと悲観的なのに、こうして泳げない海に浮かんでいる状態を楽観的にとらえている自分が不思議だった。砂里浜に来てから学校に行かなくなった自分をなんとかしなければ、と考えないでいられるようになった。」

こうしなければならない、ああして生きていかねばならないということへの判断をやめて、薫は海辺の町で、モノトーンのように繰り返す生活に楽しみを見つけていきます。

ロシアでの悲惨な捕虜生活を送った兼定の過去をインサートしながら、薫の定まらない日を描いていきます。

「砂浜に海水がすいこまれると、小さな泡がつぷつぷとつぶれながら消えてゆく。その小さな音がする。自分もこの泡のように、いつか消えてゆくーそれまでにできることはなんだろう。つぎの波がくるまでのあいだ、いまはまだ答えのないその問いは、夜のひろがりそのものになって薫を見おろしていた。その気配を心地いいもののように薫は感じはじめていた。」

夏休みが終わり薫は東京へと戻っていきますが、その後の薫については、一切描かれていません。夏が去った海辺の街では、相変わらず兼定と岡田がジャズ喫茶をやっています。

読んだ後もいつまでも波の音が響いている感じです。

 

 

 

Tagged with: