手元に光文社古典新訳文庫で出たジロドゥの演劇「オンディーヌ」(古書400円)があります。漁師の養女オンディーヌは、騎士ヨハンと出会い、お互い強く惹かれ恋に落ち、ついに城で暮らし始めます。しかし、彼女は実は人間ではなく水の精だったという物語です。

このモチーフは古くはギリシャ神話まで辿ることができるそうです。アンデルセンはお伽話「人魚姫」を書き上げ、チャイコフスキーやドビュッシーはこの物語をベースに楽曲を作り上げました。ドイツロマン派のフリードリヒ・フケーが発表した小説「水の精 ウンディーネ」は、現代でも読み継がれています。わが国でも手塚治虫や、山岸涼子が漫画化し、三島由紀夫の自伝的小説「仮面の告白」にも登場しているのです。

この物語を、現代ベルリンの街に置き換え「愛する男に裏切られたとき、その男を殺して、水に還らなければならない」という宿命を負った女の物語として再生させたクリスティアン・ペッツォルト監督作品「水を抱く女」(京都アップリングにて上映中)を観ました。

映画は、まずは視覚に訴えるアートです。その点で、この映画はかなり優れています。と言っても、ケレンやCG満載だったり、滅多やたらとカメラが動き回るような過剰な映像のオンパレードではなく、ヒロインの横顔にすっとシンプルなタイトルが出るところから、端正な映像が最後まで続きます。私はこれに酔いしれました。

ベルリンの都市開発を研究する歴史家ウンディーネ。彼女は小さなアパートで一人暮らしをしながら、博物館でガイドとして働いています。恋人のヨハネスと別れて、辛い日々を送っていたウンディーネの前に潜水作業員のクリストフが現れます。惹かれ合う二人だったのですが、クリストフはウンディーネに違和感を覚え始めます。一方のウンディーネは、自分を裏切った恋人を殺し、水の世界へと戻っていかねばならない宿命に身を投じます。

この映画、ラストシーンが好きです。この終わり方!アンハッピーエンドとかハッピーエンドとかでは括れない静かな幕切れです。

水の世界に生きる彼女が、永遠の別れにクリストフに渡したものは? 泣けました!