映画黄金時代のトップとして活躍した女優「岸恵子自伝 卵を割らなければ、オムレツは食べられない」(岩波書店/新刊2200円)は、この上ない面白さに満ちていました。

TVでおなじみの歴史家の磯田道史が、

「この書物は女優の芸談などではない。我々にとって未来の道しるべともいうべき書だ。最高の知性と美貌を持って古い伝統国に生まれたヒトが、世界大戦の戦火に投げ込まれ、映画女優となり、祖国を去って結婚・出産し、伴侶と別離し、世界を旅して、筆をとって思索する。通常人には経験しえない人生だ。

その奇跡のヒトは、自分の殻を割り、国境の壁を破り、心の自由とは何かを考え行動したのである。そのヒトの経験からくる思索は、我々にとって遺産だ。」

と、ベタ誉めの推薦文を書いています。何を大げさな磯田さん、と思いながら読んだのですが、いや、すみません磯田先生。貴方の仰る通りでした。

1932年港町横浜に生まれ、幸せな少女時代から一転して、戦争の時代を生き抜く物語から始まります。そして戦後、映画女優の道を歩き始めます。まだ駆け出しの頃、先輩女優の望月優子に「恵子ちゃん、女優というのはいろんな衣装を着るのよ。その衣装に見合った心をつくるのがたいへんなの」とアドバイスを受けたエピソードが印象的。

「わたしは『うまい女優』であるよりも、『いい女優』でありたかったし、演ずることにだけ心魂を傾けて『芸ひと筋』の人生はいやだった。世界に起こるさまざまな事件の焦点、それに身を絡ませて生きていきたかった。それがわたしの生きたい人生だった」

トップ女優でありながら、彼女はそんな人生を選択していきます。

1957年「雪国」を最後に、フランスにいる最愛の人イヴ・シァンピの元へ駆けつけ、銀幕から消えていきました。フランスで子どもを出産し、結婚生活は幸せ一杯でした。

が、人生は残酷なものです。そんな幸せも一時のものでした。市川崑監督の「細雪」への出演等で、日本とフランスを行ったり来たりの間にできた溝はどうしようもなく大きくなり、イヴ・シァンピとの関係は破局を迎えました。

ここからがまた壮絶です。パリ・NHK衛星放送の初代キャスターに選ばれて、パレスチナイスラエル間の戦争で荒れ果てた町へ取材に出かけ、死にかけた経験をしたり、戦争と貧困で、過酷な生活状況のアフリカの現状をレポートしたりと、まさに「世界に起こるさまざまな事件の焦点、それに身を絡ませて生きていたかった。」という人生。

彼女が考え、行動してきたことが簡潔な文章で迫ってきます。そして、80歳を過ぎた彼女が感じる深い孤独が描かれます。

「自伝でありながら上質な連作エッセイを読んだような読後感に満たされる」とは、上野千鶴子による帯の言葉です。波乱万丈の自伝に終始せずに、自分の足元を常に明確にしようとしてきた、その長く深い時間を味わえる、まさに「上質な連作エッセイ」だと思いました。

 

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