田畑書店という出版社をご存知だろうか?創業社長は田畑弘で、1945年に京都で三一書房を興した三人のメンバーの一人でした。その後68年に袂を分かち、出版社田畑書店を立ち上げました。変遷を経て今日に至り、文芸書を中心にして出版活動を続けています。

この出版社から出たのが「小川洋子のつくり方」(田畑書店編集部編/新刊2200円)です。

巻頭に「死者の声を運ぶ小舟」という2020年8月にニューヨークタイムズに掲載された彼女の署名記事が日本語と英語で載っています。

「広島の原爆の日は八月六日。長崎は八月九日。そして終戦の日が八月十五日。日本にとって八月は、死者を思う季節である。」で、始まります。

オリンピックをやる季節ではないのです。ここで彼女は原爆で死んだ人々のことを描きながら、文学の持つ意味合いについて語っています。

本書は、外国のジャーナリズムや文学界が小川洋子をどう捉えているのかを説明し、海外で発売された著作の書影を紹介しています。「密やかな結晶」のイギリス特装版など、とても豪華な仕上がりです。

そして、「琥珀のまたたき」のフランス語版刊行記念に、ヨーロッパ各地で行われたトークショーを再録しています。かなり突っ込んだ質疑応答から彼女の持っている文学の性質が浮かび上がってきます。

「私の小説を読んでくださっている方なら分かると思うんですけれども、なんだかちょっと社会の片隅に追いやられた人、真ん中にずかずか出てこられない人ばかり描いているんですけれど、そういう小さい声しか出せない人に私は非常に魅力を感じるんです。そういう小さい声でしか喋らない人の側に行って、聞く。小説を書きながら同時に、一方では耳をすましている」

と発言していますが、ここが彼女の小説の魅力です。

後半は「小川洋子のつくり方」です。これは2016年から21年にかけて、関西の大学3校にて開催された特別講座を収録したものです。小川作品を愛読している私は、この章を熟読しました。作家の原点、文学への取り組みなどが詳細に語られています。見事な採録だと思います。

ちなみに大ヒットした「博士の愛した数式」に名投手江川豊が登場します。その理由が面白い。

「なぜあそこで江川を登場させたかというと、彼の投げる姿が格好よかったとか、大記録を打ち立てたとか、様々な球団を渡り歩いた野球人生に味わいがあるとかそういうことではないんです。ただ、江夏豊の背番号が28という完全数だったからという、たったそれだけのことなんです。なので、あれは江夏豊の内面を描くというよりも、ほとんど背番号だけを描いただけみたいなものですね。しかし結果的として、それがかえって江夏豊という存在を、彼が28という完全数を阪神在籍中だけ背負っていたという事実を、彼の存在のなにがしかを表してしまっている。これこそが、私が人物にアプローチしていくときの方法なんです。」

小川洋子ファンは必読の一冊です。