宮沢賢治を特集した雑誌は、ほとんど買いません。賢治は大好きな作家で、何度も読み返していますが、雑誌で特集したものは何故か魅力的なものが少ない。ところが、「Coyote」のWinter2022号「山行 宮沢賢治の旅」(switchPublishing/古書950円)は、極めて面白い一冊でした。

おっ!と思ったのは、特集の巻頭のインタビュー記事が五十嵐大介だったことです。ご承知のように、「海獣の子供」「魔女」等の長編漫画で、圧倒的な支持を集めました。私も好きな漫画家の一人で、「海獣の子供」を初めて読んだ時に、底辺にアニミズム的な思考があることに気づきました。この雑誌の最初に彼のインタビューを載せた編集者も、そう思っていたのかもしれません。

「五十嵐の初期の短編『はなしっぱなし』や『そらトびタマシイ』に収録されているマンガは、まるで宮沢賢治の童話や柳田国男の『遠野物語』のような、人間がふとした時に得体の知れないモノに出会ってしまうというような世界観がある。」

実際に、五十嵐はこの二人から影響を受けたと語っています。

傑作「海獣の子供」の着想を得たのは、賢治の生まれた岩手県にある衣河村に住んでいた時らしいです。

「日々山や森の中を歩いている感覚を海の中に置き換えて描きました。森の中もすごく立体的な世界で、例えば木の上や足元の茂みの中に熊が隠れているかもしれないので、けっこうびくびくしながらいつも歩いていたんです。その時の感覚と海の中ってひょっとしたら似たような感じなんかじゃないかなとか、足元の小さな草むらの中にだって生態系があるように、海の中も同じなんじゃないかなと、森での感覚を海の中の世界に置き換えて描き始めたんです。」

「海獣の子供」の豊穣な世界が、そのまま賢治の世界につながるとは思いませんが、この世界のほとんどの部分は人間ではないもので構成されているという世界観は賢治と同じでしょう。私の読書体験としては、賢治が先で五十嵐が後でしたが、「海獣の子供」に圧倒されたのは賢治体験があったからかもしれません。

賢治は散歩が大好きな作家でしたが、五十嵐も、一人ぶらぶら散歩しながら観察して妄想するのが好きみたいです。「人間って脳じゃなくて足で考えていると思うんです」とインタビューの中で言っていますが、脳は身体全体の統制役であって、思考は他の部位が受け持っている。だから、「自分の身体にちゃんと向き合うことで何か見えてくる気がするんです。」その時の感覚を表現したいという欲望が創作に向かうと語っています。

本書は他に、串田孫一が1956年に編集した「宮沢賢治名作集」のあとがきや、池澤夏樹による「『銀河鉄道の夜』の夜」、イッセー尾形の「再訪としての『小岩井農場』」など、刺激的な記事が山盛りです。もちろん、この雑誌らしい素敵な写真も多く掲載されています。