単行本未収録エッセイを中心に、詩人の長田弘が自ら厳選して改稿、校正した「本に語らせよ」(幻戯書房/古書1400円)は、本の紹介を通して、「言葉」というものを多面的に語った一冊でした。

「『枕草子』と言うと、いつもまっさきの思い出すのは草の匂いだ」という文章で本書は始まります。「枕草子」を俎上にあげて、この古典が私たちに差し出すものを解説していきます。

「言葉を書きしるすことが、そしてまた、言葉を読むということが、ひとの心にもたらすものについて自覚的であること。そうして、言葉をみずから裏切らぬこと。『枕草子』の芯のところにあるのは、その意味で純真なと言っていいほどの、言葉への信頼だろう。」

本書で紹介されている作家たちは明治時代の人が多く、その著作に出会うことも少ないかもしれません。内村鑑三などは、教科書では知っていても読むことは滅多にないと思います。薪を背負って歩きながら本を読む二宮金次郎の石像が誤ったイメージを与えていると、内村は考えていました。「石像のように、薪を背負って歩きながら、少年は日の光のなかで本を読んでいたのではなかったのです。昼はみずから働き、一日の全仕事を終えたあとの深夜に、一冊の本に心の目を凝らす。その一人の少年が、内村鑑三の描く二宮金次郎原像です。」

子供の思想教育みたいな教育勅語に頭を頑として下げなかった内村は、教壇を追われます。

「『自然』と歩みを共にする人は急がない。国を興さんとすれば、戦争すべからず、樹を植えよ。そう言ってゆずらなかった内村鑑三が逝ったのは昭和五年、1930年。この国の昭和の戦争の時代がはじまったのは、その翌年です。」

登場する作家や知識人や哲学者たちの言葉の、深い意味合いに近づこうとする著者の作業は、精密な極めて知的な仕事です。私自身は、300ページを超える大著の全てが理解できたかといえば疑問です。しかし、言葉に真摯に向き合う読書体験でした。

最も印象に残ったのは、最後の章の「カササギの巣の下で」でした。ここでは書物ではなく、ソウルの街角のことが描かれています。冬のソウルでは樹上のどこかにカササギの巣が載っているらしい。そして、樹齢10年を越えて美味しくなる実をつけた街の柿の木には、三つ四つの実が必ず残されていて「カササギのごはん」と言うのだそうです。

「人はカササギとともに生きているのである」

いい言葉だなぁ、この章だけでもちょっと読んでみてください。

付箋だらけになった本でした…….。