奈良県の山奥、東吉野村にある人文系私設図書館「ルチャ・リブロ」を夫婦で営む青木真平さんと海青子さん。以前、真平さんの本を紹介しましたが、今回、海青子さんの本が出版されました。

「本が語ること、語らせること」(夕書房/新刊1870円)は、書物に助けられてきたと、本と図書館と自分の人生について書かれています。

「東吉野村という山村の片隅にいる私たち夫婦にできることは、本当に限られています。自分にとっても他者にとってもよいことといえば、自宅と蔵書を開放していることぐらい。それでも、ここに来てくれる方たちは、自分なりのよいものを返してくれる。まるで貨幣経済以前の世界を追体験するようでもあり、J.R.R.トルーキン『指輪物語』のホビット庄に来たような心地さえします。」

映画版に登場するホビット庄は、本当に平和で心地よさそうな場所でした。

本書の「司書席での対話」では、様々な悩みを持つ人たちからの相談に対して「こんな時にはこの本を読んでみては」とお二人がそれぞれ応える応えるコーナーがあります。

「自分を語る言葉が見つからない」という悩みに対して、真兵さんは「自分とはそもそも何だろう」と改めて考え、「最近思っているのは『自分』とは純粋でかけがえのない存在ではなく、生きてきた時代や周りの環境のこと」ではないかと答えています。そして、最近なにかと人気の鴨長明「方丈記」を推薦しています。「『これが自分の言葉だ』と意識するのではなく、まずは目に映るものをそのまま書く。その中に、自然と自分自身が投影されている」ことがよくわかる作品であり、自分とは何かに答えてくれるのではないか、というのです。

海青子さんによれば、「ルチャ・リブロ」に来られた方が、本を眺めたり読んだりしているときに、ポツリポツリと自分のことを話し出されることがあるそうです。ゆったりと自然に囲まれた空間にいることもあるかもしれませんが、何よりも本が並んでいることが大きいと書かれています。

「書架をじっくり眺めたり、本を手にとったりする中で、それらの書物が発する声を、無意識であれ意識的であれ受け止めた。そして、その声がどこかで腑に落ちたと感じられたとき、ご自身の置かれている状況を自然と語り始める……そんなことが起きているいるように感じます。」

「書物が発する声」は、確実にあります。私自身、店を閉めて電気を消した時、声を聞いたような気がして、暫くそこに佇んでいたくなることがあります。書店と図書館を一緒にしてはいけませんが、大きな書店にいた時は効率化ばかりに足を取られ、その声を聞かなかったのだと思います。そんな小さな声に耳を傾けて、ぼちぼちやってる書店が全国に増えてきたのも当然の流れでしょう。海青子さんの言葉に感謝でした。