本当に、本当に久々に江國香織の長編小説を読みました。若い時の作品は印象が薄いのですが、これは別です。タイトルは「ひとりでカラカサさしてゆく」(新潮社/古書1100円)。

物語の始まりはセンセーショナルです。大晦日の夜、新年を迎える準備の整ったホテルのラウンジに集まった八十歳を過ぎた男女三人。カクテルを飲み、楽しそうに歓談しているのですが、その後三人は部屋に集まって猟銃で自殺します。ちなみに自殺のシーンは全く描かれていません。

三人は、それぞれに誰かの母であり、父であり、祖父であり、祖母です。死亡の知らせを受けた、それぞれの息子や娘、孫、いとこや、世話になった人々が、どうして死んだの?という疑問を持った状態で集まってきます。

小説は三人の内面をたどってゆきながら、残された者たちの戸惑いの日々を描くことに重点を置いていきます。彼らの死後、どうしていいかわからない関係者の不安、そうして、不満や過去への思いなどが入り混じった生活を送らざるを得ません。死んだ者と生きる者の人生を、交互に描きながら、見事な群像劇に仕上げていきます。残された者たちは、それでも働き、食べたり、泣いたり、笑ったりという日常の暮らしに戻ってゆくのですが、以前にはなかった、それぞれの孤独に対面していきます。さらに物語終盤には、コロナウィルスの感染拡大が影を落としていきます。生まれる時も、死ぬときも一人だという真実が丁寧に描かれていきます。

その構成力、表現力、登場人物たちの心の奥へとゆっくりと入ってゆく話術が巧みにで、う〜ん上手いなぁと何度も感心しながら最後まで一気に読み上げました。

唐突な死に直面し、泣き崩れる者、冷静に日々を暮らす者、懐かしさに浸る者など、それぞれの思いで日常を動かしていきます。彼らのこれからの人生がどうなってゆくのか、それは全くわかりません。著者は少し距離を置きながら、生きてりゃいやでも遭遇する喪失、そして身近な者の終焉を、決して感情過多にならずに、寄り添い、また突き放すように描き分けていきます。

今まさに命が尽きようとしている千佐子は、ラストでこんなセリフを口にします。

「『もうすぐ新年ね』声をあかるくして千佐子が言った。『どんな年になるのかね』」と。

とても、この世を去る人の言葉とは思えません。でも、最後まで小説に付き合ってきた読者には、とても心に響いてくる言葉でもあります。