これは、山窩(サンカ)の老婆が発する言葉です。

山窩とは何か? かつての日本には戸籍も持たず、定住所もなく山から山への漂泊生活を続けていた人々がいました。ちょっとした竹細工のカゴを作ったり、川魚を獲って山里で売るというのを生業としていました。どういう人たちがそんな暮らしをしていたのかはわかりませんが、止むを得ず山の中に入った人たちもいたようです。松本清張の「砂の器」に登場する親子などもそんな人々の一部です。昭和30年代ぐらいまでは各地で見受けられましたが、高度経済成長時代の世の中に溶け込んでいき、消滅したと言われています。

先日、笹谷遼平監督作品「山歌」(アップリンク京都)を観てきました。これは、都会から来た少年と山窩の親子との交流を描いた映画です。1965年夏。東京オリンピックで日本が沸き立ち、高度経済成長を爆進する時代。中学生の則夫は、受験勉強のため祖母の住む山奥にやってきます。そこで、彼は山窩の省三と娘のハナ、老婆タエに偶然出会います。そして、彼らとともに山々を歩き回り、蛇や川魚を獲っては食べたりしながら自然とともに生きることを学んでいきます。

映画は、大自然の瑞々しい、時には荒々しい姿を隅々まで見せてくれます。則夫は、実は学校ではいじめられていて、将来のことが全く考えられなくて、なんとなく受験勉強をしています。そんな彼に、タエは「お前は自分の足で立っていない」とズバリ言います。

山々の中で自分の生き方を模索してゆく則夫と、山を降りざるを得なくなるハナが描かれます。ハナに憧れを抱き、山で生きることを求めても、則雄はサンカにはなれません。山の声を、目に見えない生き物の息遣いを、聞くことができないからです。そして、山中で老婆を亡くしたハナも、このままではダメだということをわかっています。

ラスト、セーラー服を着たハナがぐっと画面を睨みつけて、農道を全速力で走っていきます。その後を則夫が、やはり全速力で追いかけていきます。人里で生きてゆくことを覚悟したハナの顔が素敵です。

1時間半足らずの小品でしたが、とても素敵な映画でした。映画館をでた時、空に向かって深呼吸をしたくなりました。

監督の笹谷遼平さんは京都育ち。十数年前にひょんなことで知り、何度かお会いしたこともありました。その当時撮影された秘宝館のビデオ作品を観せていただきました。ずっと映画監督として頑張ってこられていたんですね!

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