少し前に、日本文学が好きな方の書斎の整理にお伺いしたとき、多くの本を持ち帰りました。貴重な本も何点かあり、ブログでご紹介してきました。その中に、これは読みたいと思っていた本がありました。

沢木耕太郎「作家との遭遇」(新潮社)です。井上ひさし、向田邦子、色川武大、金子光晴、瀬戸内寂聴など日本文学の大御所を始め、沢木が気になった作家23人について語っています。さらに沢木が22歳の時の卒論「アルベール・カミュの世界」が初収録されています。

井上ひさしと初めて言葉を交わした時に、安らかな気持ちになったという沢木は、井上さんが職業を変えるなら結婚詐欺師がいいと感じた、などとユーモアと蘊蓄に富んだ作家論が展開されます。

ところが、この本、いわゆる痕跡本なのです。しかも、尋常ではないマーカーの線だらけ…….。買取りをさせていただいた方は本に線を入れない人でしたので、その前の持ち主の癖でしょう。目次をめくった時、柴田錬三郎や高峰秀子のところに黄色のラインマーカーで丸印が入っていたので、痕跡本であることはすぐに理解しました。で、柴田錬三郎のところを開けてみると、黄色のラインマーカーと赤のラインマーカーのダブルで線が引かれているのです。「柴田錬三郎の作品世界を覆っているかに見えたニヒリズム」という文章の「ニヒリズム」が丸で囲まれていて、その前の方にあるマーカーが付いた文章を読んでいると、この作家にとってのニヒリズムがどういうものなのか分かってきます。

土門拳を論じた文章に、「極上の文章家である土門拳の2冊のエッセイ集『写真作法』と『写真随筆』を読んでいくと、その混沌とし、場合によっては矛盾さえしている言説の中に、土門拳が抱え込混ざるをえなかった写真表現、それも日本いおける写真表現というものに対する無数の問いがばらまかれていることに気がつく。」とあります。もちろん、マーカーで線が引かれています。

写真表現に対する沢木の考え方が出ている文章です。なるほど、本の持ち主もそこに注目していたか。痕跡本ってのもなかなかいいものだと思いました。前の持ち主と、そうそう同感です、と意見交換をしているみたいですからね。

が、高峰秀子論になると、もう全ての文章にラインやら丸印やらで、読みにくいにも程があるというもの。しかも、黒と赤の鉛筆にオレンジのラインマーカーという賑やかさ!

さらに山田風太郎に至っては全ページピンクのマーカーで埋め尽くされています。よほど、気合が入っていたんでしょうね。逆に、檀一雄とか吉村昭や山口瞳については真っさらでした。持ち主の文学の好みがわかりそうです。

で、この本は、100円で特価コーナーに出します。ぜひ、華麗なるラインマーカーの世界を楽しんでくださいませ。