「旅に出たロバは」(幻戯書房/古書1200円)を書いた小野民樹は、1947年生まれで、大学卒業後岩波書店に入社して書籍編集者として仕事をしてきました。その後、大学で2017年まで教壇に立ち、現在は本人曰く「無職渡世」を送っています。元編集者の綴る屋久島、トカラ列島、モンゴルの草原等アジアと、そこに生きる人々を見つめた紀行エッセイが、この本です。

第1章が「古本の小道」というタイトルで、書籍編集の傍ら、歩き回った神田の古本街のことを書いているのですが、その最後をこう締めています。

「2007年1月31日、私は円満に定年退職した。勤続三十五年に、少し足りなかった。翌日、会社の受付で退職関係の書類一式を受け取って、神保町交差点に出た。町はすでによそよそしく、寒さに身を縮めていた。すずらん通りから古本街道をゆっくり一回りした。私の『世界』はこんなに小さかったのだ。一つの旅が終わった。」

屋久島をめぐる章では、「旅の図書館で、50年近く前の自分に出会った。雑誌『旅』の一九六九年十月号、『屋久島の夏』である。そのとき、私は二十歳。なんで投稿したのか、いまとなっては気分が再現できないが、はじめて活字になった原稿である。老人になった私は、自分で注釈をつけながら読んでいった。」という書き出しです。

この二十歳の時の原稿が、とてもいいのです。まだ観光化されていなかった屋久島のありのままの姿がよくわかります。その時の原稿に、年老いた今の著者の思いが挟み込まれるという体裁で綴られています。いわば、過去の屋久島への旅とでもいうべきものです。

ラオスへの旅で、面白い指摘を見つけました。ベトナム戦争が激しさを増していた60年代半ば、アメリカはラオスの山岳民族モンを組織化して、対北ベトナム攻撃部隊として送り込みます。しかし、戦争はアメリカの敗北。モン族の人々は社会主義政権下で弾圧されます。かれらの一部はアメリカへと逃げていきます。

「クリント・イーストウッド監督の『グラン・トリノ』は、ポーランド系移民の頑固な爺さんコワルスキーと、隣のモン族の一家の物語だ。不良に小突きまわされているモンの少女を偶然救った爺さんは言う。『黄色い米食い虫め』少女は答える。『私はモンよ』『なんだってハモン』『違うモンっていったでしょう』『へえ、そんな国どこにあるんだ』『モンは国じゃない、民族なの。ミャンマー、タイ、そして私たちのラオスに住んでいる。ベトナム戦争でアメリカに協力したから、住むところを追われて、あんたの隣にいるのよ』」

私たちが、普段あまり知ることができない世界の片隅で生きる人々の姿を見せてくれる本でした。