「素晴らしい人生を送ることができるのに、なぜここに留まって、惨めでへとへとに疲れる生活を続けているのか?別の場所の上でも同じ星が瞬いているというのに」
〜ヘンリー・ディヴィッド・ソロー「ウォーデン森に生活」より
ブリス・ポルトラーノの文章と写真による「NO SIGNAL」(日経ナショナルジオグラフィック/新刊2420円)は、それまでの生活を捨て去って、大自然の中で生きるということに舵を切った10人の人生に迫ったものです。著者はフランス生まれの写真家で、自然と共に生きる人たちを世界各地に訪ねました。さすが、ナショナルジオグラフィックが出版するだけの素晴らしい写真がふんだんに使われている一冊。
登場するのは、ノルウェーの無人島で灯台守として暮らすエレナ、ギリシャの廃村で暮らすシルヴィア一家、フィンランドのツンドラで犬と共に生きるティニヤ、イランで古より伝わるペルシャ騎士の生活を固持する元大学教授アリ、モンゴルの少数民族と共にトナカイの遊牧をするアメリカ帰りのモンゴルの女性ザヤ、アメリカのユタ州で完全自給自足の生活を営むベンとキャサリン、等々です。
先ずは、写真を見てみましょう!よくもまぁこんな所で生きてるなぁ〜と驚いたり、共に暮らす動物たちの姿に見入ったりと、私は何度もページを繰りました。電気もガスも水道もない場所で、自分の力で生きてゆくなんてことは都会の人間には無理、と思ってしまいます。
でも、パタゴニアで夫と息子と共に牧畜を営むスカイは、こんなことを言います。
「都会に行くたびに、とてつもなく虚しさを覚えます。そして、自分がいかに自然やこの人生とつながっているかにも気づきます。鶏の鳴き声や鳥の歌声が聞こえない場所で暮らすなんて、私には理解できません」
また、ユタ州で自給自足生活を送るベンは「森の中を25キロ歩いても空腹を感じないのに、一日じゅうパソコンの前にいると腹が減るってどういうこと? まったくナンセンスな話ですよね!僕たちの体はどうしていいかわからず、怒っています。本来、一日じゅうパソコンの前に座って過ごすようにはできていないんです」と。
だからといって、彼らが現代文明を拒否しているのではありません。「むしろ現代社会が提供するテクノロジーを思慮深く活用するものだと証明している」と著者は、その印象を書いています。
何かを捨て何かを得る、というシンプルな考え方に対して、何もかも得る、という方向へ私たちは向かっています。だから息苦しいし、疲れるのかもしれません。随所にアメリカの思想家ヘンリー・ディヴィッド・ソローの言葉を散りばめた本書を読みながら、一歩留まって、自分の暮らしを支えるものを見直すのもいいと思います。