エスペラント語は、ルドヴィコ・ザメンホフ達が考案・整備した人口言語です。母語の異なる人々の間での意思伝達を目的とする言葉で、宮沢賢治が熱心に普及活動をしていました。一方のユニバーサル言語は、映画「メッセージ」で、ヒロインのルイーズ博士が、高度な知性を持つ宇宙人から伝授された言語です。

映画館で初めて「メッセージ」を観た時、「賢治の世界に近似しているけど、一体何が?」とモヤモヤしていたのですが、購入した映画のブルーレイを先日見直して、胸のつかえが取れたような気がしました。

賢治はおそらく、彼の永遠のテーマだった「世界が幸せにならない限り、個人の幸せはない」を実践するツールとして、この言語を考え、ルイーズ博士もまた、世界が一つになる言語として宇宙からの贈り物を考えたのだと思います。つまり世界を一つの共同体として結びつける言葉こそが、人間を幸せにするのだという考え方です。

「銀河鉄道の夜」で、ジョバンニは時空を越えて旅を続けました。そしてルイーズ博士も、これからやってくる未来を見つめる旅に出ます。その結果、ジョバンニは親友カンパネルラの死に、そしてルイーズ博士は、自分の娘の死という悲しい現場に立ち会うことになります。でも、ジョバンニは「きっと、ほんとうの幸福を求めます」と前を向き、ルイーズ博士も、辛い未来があることを承知の上で、その道を選びます。

「銀河鉄道の夜」には初期形「ブルカニロ博士編」というのがあり、個人的にはこちらの方が好きです。カンパネルラを失ったジョバンニの前に、優しそうなブルカニロ博士が登場してきて、生と死、永遠の時間の流れなど極めて高度な哲学的テーマを語りかけます。この辺りの描写はますむらひろし版の「宮沢賢治全集2」(メディアファクトリー/古書900円)をお読みいただければイメージが掴めます。ブルカニロ博士はジョバンニをタイムスリップさせて、これから彼が進むべき道を示唆します。一方、「メッセージ」のルイーズ博士は、未来を解き明かす言語を与えられ、これからの人類が進むべき道を歩んでいきます。

最も大事なことは「言葉」です。

賢治は言葉の魔術師だと思います。彼の長編詩などは、その最たるものです。彼の詩や、童話に登場する言葉の深い思いを読み解くのが、池澤夏樹の「言葉の流星群」(角川書店/古書1200円)です。何冊か賢治解読の本を読みましたが、今のところこれに勝るものを私は知りません。「流星群」なんて、宇宙に関係する単語がタイトルに入っているのも、何やら「メッセージ」を連想して、この二つの共通点を感じました。

 

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雑誌Coyote最新号は「串田孫一のABC」(スィッチ/古書700円)でした。この雑誌の特集は、どの号も内容が濃く、今回も充実していました。先ず、写真がいい。自分の書斎で思索に耽っている姿を捉えたもの、奥様との雑木林でのツーショット、アイリッシュハープが主人公みたいな居間と向こうに広がる庭の森。穏やかな教養人らしい串田に姿が見えてきます。

串田のスケッチが沢山掲載されています。山好き、自然好きだった彼の趣味のよく出た世界です。山のイメージ濃厚の串田ですが、夏の風が舞う島と灯台を描いたスケッチも捨てがたい魅力です。しかし、それ以上に、彼は都会も描いていたんですね。淡い色彩でスケッチされた東京の街並みは驚きです。

そして本好きならば、彼が変名で限定出版していた「乖離」の写真、彼が編集していた雑誌「アルプ」の全表紙を2ページに収めたレイアウト等々、よくぞ集めたなぁ〜と驚かされます。もちろん、彼の文章も数多く収録されているのですが、それ以上に、息子で演出家の串田和美が「断想『父孫一のこと』」というタイトルで父のことを書いたものが秀逸でした。北海道斜里町にある串田孫一の絵画などを収めた美術館「北のアルプ美術館」に書斎がそっくり復元がされた様子を書き記しています。その書斎の椅子に坐り、かつての父親の姿に涙する姿が印象的です。(と、ここまで書きながら、今目の前で売れました。従って在庫はありません。スミマセン。)

当店では串田の書籍は10冊程在庫していたのですが、彼の文章好きの方が多く、今あるのは「山のパンセ」(実業之日本社/古書1200円)だけとなりました。この本、外函を開けると、そこに「寂しい山へ、黙って登って下さい。」という串田の言葉が印刷されています。パスカルの研究が専門だった串田らしい明晰な文章が一杯の傑作エッセイです。

「五月の朝早く、小屋の軋む扉を静かにあけて、そろそろ波型の見えて来た雪の上から丈の低い灌木を分けて進み、前の日の暮れ方に見付けておいた枯草の原までやってきたのは、そこから見渡せる限りの山なみを、何かの時に役立つかも知れないと思って、画帳に写しておくためだった」

という文章で始まる「朝の祈り」辺りから読んだ記憶があります。どこから読んでも明晰で美しい文章。優れた教養人が、深い思索の果てに書く本とはこういうものなんですね。

 

 

 

 

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先日、一乗寺恵文社に行った時のこと。お店のスタッフの方が、「店長、海外の本に出てますよ」「え?何で?」

当店が出ているというのは、「手繪京都日和」という林凡瑜さんの絵と文章の本でした。2015年台湾で刊行されたのを恵文社が国内で発行したもので、全編中国語です。カフェ、書店、文具屋、雑貨店等、林凡瑜さんが、京都に長期に渡って滞在していた時に、馴染みにされていたお店(もちろん恵文社も)が、可愛らしい絵と一緒に紹介されています。いくつかある書店の所に、載せてもらったというわけでした。なんて書かれているのだろう、誰か中国語できる方、訳してください。

中身をご覧になりたい方には、店頭でお見せいたします。どうしても購入したい方は、恵文社一乗寺店までどうぞ。恵文社のレジ前平台にど〜んと積んであります。

もう一冊、日本の雑誌「EYES CREAM」の「アメリカ文学は敷居が高いのか?」という特集で、アメリカ文学に強いお店の一店としても紹介していただきました。なんと、誠光社と恵文社一乗寺店の間に挟まれて掲載なんて!もう、横綱と大関の間に幕下が入るようなもんで、大変恐縮しております。

この特集の監修は、同志社大学で教鞭を取られている藤井光さん。柴田元幸、岸本佐知子らと並んで、彼の翻訳ものは人気です。新潮社クレストブックスシリーズで、テア・オブレヒトの「タイガーズ・ワイフ」がよく売れています。先日、今までなかなか古書で出て来なかった、アンソニー・ドーアの傑作「すべての見えない光」(新潮社/古書2400円)をゲットしました。戦時下、ナチスドイツの若き兵士と、盲目のフランスの少女の数奇な運命を描いた大河小説です。500ページにも及ぶ大長編で、年末に読んでみたい一冊です。池澤夏樹は、この作品を「波瀾と詩情を二つながら兼ねそなえた名作」と評価しています。

 

 

当店のお客様で、写真家のYU YORUNOさんが、ドイツでの個展を無事終られて帰国されました。

その個展で販売されていた写真集「C-U-B-A MONOCHROME」の販売を開始しました。タイトル通り、キューバの街角を撮影した写真集です。街を行く人々、特に子供たちの元気な姿が捉えられていて、黒い肌の美しさが際立ちます。開放的な気分と、どこかやるせない不安に怯えるこの街の佇まいが伝わる写真集です。眺めていると、アメリカと国交を回復しトランプと付き合ってゆくはめになり、キューバの古い佇まいが消えてしまうのでは、という危惧が過りました。(表紙2種あります。各6800円)。

 

以前に、川上弘美の「神様2011」(売切/近日入荷)をご紹介しました。デビュー作の「神様」と震災以降を舞台にしたリミックス版。その元版で、紫式部文学賞を受賞した「神様』(中公文庫/古書350円)が入りました。

「神様」は「くまにさそわれて散歩に出る」という文章で始まるファンタジーの様な不思議な小説です。この短篇集には、表題作以外に8篇が収録されています。「草食の朝食」は「神様」の後日談で、「くまにさそわれて、ひさしぶりに散歩に出る」という相変わらずのフレーズで物語は始まります。美味しいワインとくまさんの手料理で、ピクニックに出掛けます。そこで、くまさんは里に帰ることを伝え、淡々と北の国へと戻ります。

その後、くまさんから「拝啓 今年は例年にない暑さとか。いかがおしのぎですか。故郷に帰ってすでに二ヶ月が過ぎました。ご無沙汰心苦しく思ってります」という律儀な手紙が届くというだけのストーリーです。ポッカリ空いた心の喪失感を、センチにならず、クールに書いています。他の短編にも不思議な生き物たちや、亡くなった叔父さんがヒョイと登場してきます。ハートウォーミングなんだけれども、切ない気持ちが広がってくる小説集です。

不思議な設定では、「溺レる」(文春文庫/古書300円)も特異です。「少し前から、逃げている。一人で逃げているのではない。二人して逃げているのである。」とモウリさんとコマキさんの、いわば道行きがテーマなのですが、何故この二人が逃げているのかは全く語られない。ただ、二人の逃避行の、それも幸せな瞬間だけが点描されます。佐良直美の歌に「いいじゃないの幸せならば」がありますが、この小説の二人のために用意されているみたいです。

そんな川上ワールドは、エッセイにも色濃く出てきます。「なんとなくな日々」(新潮文庫/古書300円)の巻頭を飾る「台所の闇」は、こんな風に始まります。

「春の夜はおぼろに潤んでいる。潤んだ空気の中、家にひとりいると、ぼうとした心もちになってくる。ぼうとした台所へ行ったら、見知らぬ生き物らしきものが落ちていた。」

また、「なんとなくな日々10」では夜の古書店の空気が、ふわりと描かれ、じんわりと心に広がってくるエッセイです。

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三重県津市発「Kalas33号」(620円)は、毎回内容が濃くて、読み応えがあります。本好きに先ず読んでほしいのは、”ルリエール”と呼ばれる造本作家、鈴木敬子さんへのインタビューです。ルリエールとは、工芸製本と訳されるフランス語で、本の装飾を手掛ける職人のことです。

ヨーロッパでは、書籍が未綴じ状態で販売されていた時代があり、本を買った人が製本屋に持ち込んで、自分好みの装幀を施すという文化が発達しました。今でも、古書店を覗けば、そんな未綴じ本があり、それを製本する職人がいます。鈴木さんは、本場フランスへ出向き、個展を巡り、職人との交流を深めて、ご自分の技術を磨き、今では世界各地の個展に出品されています。何点か彼女の作品が撮影されていますが、「どの本にも作品と称するだけの精巧な美しさが宿っている」とkalas編集者の西屋さんは書かれています。

この号では「装う」という括りで、鈴木さん以外にも、納棺師のご夫婦、トラディショナルなバー「アンバール」のマスター等が登場します。

カラスブックスはこの小冊子を発行する傍ら、古本業も始められました。連載「まちの古本棚」も今回で三回め。店頭を飾る本が何点か紹介されていて、見逃せません。

横浜の日本酒酒場を紹介し続ける「はま太郎」を出版している星羊社が、青森市を紹介する「めご太郎」(1200円)を出しました。「あずましい(心地良い)カウンターで地酒を飲んだり、名物・ソース焼きそば店をハシゴしたり青森市内に遊郭跡地を巡ったり」と観光より一歩先の旅を目指した青森紹介本です。

後半に「本のある暮らし 本と生きる人たち」という特集で、年6回のペースで刊行している地域情報紙「青森の暮らし」の版元、グラフ青森の下池社長へのインタビュー、県内の出版社の紹介、そして2015年にオープンしたばかりの古書店「古書らせん」店主、三浦順平さんへの開店までの経緯をきいた「古本屋になっていく」などが掲載されています。オーナーは地味な本屋だと明言されていますが、いいお客様に恵まれ、またブックイベントにも参加しながら店を営んでおられるご様子です。青森に行かれたら、是非寄ってみて下さい。(写真はその店内です)

 

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ピエール・バルーというフランスの歌手をご存知だろうか。名前は知らなくても、映画「男と女」でシャバダヴァダァ、シャバダヴァダァとちょっとアンニュイにボサノヴァ調で歌っていた人物といえば、あぁ〜、あのヒト、と思い起こす方もおられるはず。

歌手として、俳優として、映画監督として活躍したバルーは、2016年12月にこの世を去りました。生前、彼が立ち上げたレコード会社が「サラヴァ」で、ここから多くのアーティスティックなシンガーが送り出されました。

バルーの人生とサラヴァの軌跡を一冊にまとめたのが、松山晋也「ピエール・バルーとサラヴァの時代」(青土社/古書1800円)です。バルーは、「男と女」の影響もあって、どうもお洒落なフランス人シンガーというイメージが日本にはありますが、そうではなかったことが、この本を読むとわかります。

先ず、彼は大のアメリカ嫌いです。「アメリカは、自分たちは常に正しいという思い上がりを持ち、自分の考えを他人に押しつけようとする。」と呟いています。「男と女」がアカデミー外国映画賞を取った時、アメリカの土を踏みますが、「アメリカ人はいつも自分を見ている感じ、つまり自意識過剰だと感じられた。何をしていようが、常にアメリカンドリームに向かっている自分というものを意識している」と違和感を感じ、アメリカ以外の世界への無知無関心を批判します。

その一方、日本へは深い愛着を示し、多くの音楽家、アーティストとの交流を深めていきます。例えば、青森在住の画家鈴木正治との交友です。90年代にはサラヴァのロゴ・マークに鈴木の一筆描きの墨絵が加わり、それまでのキャッチコピー「無為を志す時代」に「スロウビスの王様たち」というコピーが加わりました。

「ショウビジネスではなくスロウビズ。ゆっくりやるというのは、私にとっても大事なことだ。本物の宝石は磨き上げるのに時間がかかるからね」と、このレーベールのポリシーを語っています。

では、バルーの音楽はそんなテーマ主義かと言えば全く違います。多くの民族音楽を取り入れながら、心の奥底にゆっくりと響いてくるサウンドを作り上げています。素敵なハンモックにユラユラさせてもらいながら、世界を旅する感覚ですね。

生前最後のオリジナルアルバム「ダルトニアン」(CD+DVD/対訳付き1100円)では、戸川昌子がメインボーカルで参加、バックは、ちんどん音楽の新しいサウンドを模索する「ネオちんどん楽団」の演奏も収録されています。古希を過ぎて、自分の来た道を振り返るような滋味深い作品です。

因みにタイトルの「ダルトニアン」は「色盲」という意味ですが、ピエールは「肌の色が区別できない、つまり私には人種差別はできないという」意味を込めたと語っています。

彼自身が選んだ2枚組のベスト「森の記憶」(2400円/対訳付き)のジャケットには、フランスのベーグル市長であり、緑の党に加盟しているノエル・マメール氏が「ピエール・バルーは詩人である。」と明言しています。対訳を読みながら、彼の言葉を味わってください。

 

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贈り物の季節に、ぴったりの本が何点か入荷中です。

漫画家松本大洋と、詩人くどうなおこがコラボした「『いる』じゃん」(SWITCH/新刊1728円)。糸井重里が「赤んぼうでも、おとなでも好きになる。ささやくことばと、なでるような絵」と、賛辞を送っている絵本です。松本は、やはり詩人の谷川俊太郎とコラボした「かないくん」(ほぼにちの絵本/古書1400円)という傑作があり、詩人とのコラボ第二弾です。「かないくん」は切なく、ちょっと哀しいお話でしたが、こちらは冬の太陽に向かって歩き出したくなるお話です。

「地球はぼくを抱いてくれる」「地球 ぼくもあんたを抱いていたい」

という言葉が表現するように、この星と向き合う少年の思いが溢れています。絵本を読まない人に送っても、ちょっと元気でそうでいいかもしれません。書店のプレゼント絵本コーナーでもあまり見かけないようですが、勿体ない。

もう一点、絵本のご紹介。宮沢賢治原作、ささめやゆき絵による「ガドルフの百合」(偕成社/古書1100円)です。賢治作品として地味な作品を、モダンな画風で描いていきます。嵐の夜、雨を避けようとして飛び込んだ一軒の家で、主人公ガドルフが経験する幻想的なひと時。賢治作品の中では、鮮烈な色彩感覚を与える物語を、ささめやゆきが見事に絵本にしました。

「この屋根は稜が五角で大きな黒電気石の頭のようだ。その黒いことは寒天だ。その寒天の中へ俺ははいる。 ガドルフは大股を跳ねて、その玄関にかけ込みました。」

と賢治らしい言葉の使い方も、シンプルな構図で絵本の一コマになっています。なお、ささめやゆきの作品として「十四分の一の月」(幻戯書房/古書1500円)、詩人工藤有為子とのコラボ「異国の砂LE METEQUE」(ハモニカブックス/新刊2376円)も入荷しました。こちらもプレゼントに最適です。

絵本ではありませんが、童画界の重鎮武井武雄の版画作品を集めた「版画小作品集」(集英社/古書2000円)はいかがでしょうか。未刊行作品45点をすべて原寸で収録した作品集です。作者自身の手による詞文と共に卓越したセンスと楽しさ溢れる作品が楽しめます。

最後にもう一つ。「あかパン」(パイインターナショナル/新刊1296円)。赤ちゃんパンダの写真集といえば、内容はもうなんの説明も不要です。いやはや、ムフフと思わず笑ってしまう写真ばかりです。ブルーな日も、こんなパンダの姿を見たら、気分も少しは晴れてきそうです。

 

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ユーゴスラビア出身のエミール・クストリッツァ監督・主演作品「オン・ザ・ミルキーロード」を観ました。

映画でも小説でも、作家の独特の文体、リズムがあります。見始めて、或は読み始めて、暫くの間は、作家のリズムにこちらがチューニングする時間です。その間に、この作家は合わないなぁ〜と感じたり、いいねぇ、この監督は!と画面に釘付けになったりします。で、クストリッツァのリズムですが、最初の40分程、私にはどうにも波長が合いませんでした。

国籍不明の国同士、戦争中のお話です。砲弾飛び交う中、ロバに乗ってミルクを配達する男が主人公です。これ戦争映画?…..ではありません。男の周囲にはロバ、鷹、さらには大きなヘビが集まってきます。え?ファンタジー映画?…..ではありません。戦争中だと言うのに、村人たちは、飲めや歌えやの大宴会。延々続くバルカンサウンド。ミュージカル?…..ではありません。

もう、わけわからん状態で進行していきます。ところが、1時間を過ぎたころからでしょうか。不思議に気分が良いのです。シュールな展開に、こちらの判断能力などほぼ壊滅状態。破天荒な世界に巻き込まれてしまいました。主人公と新婚ほやほやの花嫁は、追いかけてくる兵士から逃げ回るのですが、この逃避行たるや、サスペンスも笑いもファンタジーも満載で、楽しいこと。

そうして、ラストに至って、映画が訴えたかったことが見事に映像になっています。花嫁を失くした男は、その後、荒野の険しい山を、大きな石ころを担いでひたすら登っていきます。何故か?それがラストシーンで分かります。

映画では地雷と火炎放射器を、愚かしい戦争のシンボルとして描いています。その愚かしいシンボルに黙々と立ち向かう主人公の姿を見せながら、カメラはぐんぐんと空を登っていきます。映画最初の違和感など吹っ飛び、こみ上げて来る涙で一杯の幕切れでした。エミール・クストリッツァ。只者ではありません。

 

 

 

 

松家仁之の「光の犬」(新潮社/古書1950円)は、今年最大の収穫でした。過去に出された「火山のふもとで」「沈むフランシス」「優雅なのか、どうか、わからない」のどれも期待していた以上に楽しめた小説でしたが、4作目の「光の犬」には敵いません。

この小説には年齢制限があります(と勝手に思っています)。30代以下の人、読む必要がありません。40代の方には出来ればお読み頂きたい。50代は必読。60代は、何をおいても読まねばなりません。いや、若い時に一読して、歳を重ねて再度読めば、さらに味わいが濃くなる、そんな本です。私も70代までに再読するつもりです。

舞台は北海道。道東の小さな町、枝留に暮らした一族三代の物語です。戦前、この小さな町に信州からやってきて、助産婦となった祖母、地元の工場長を務める祖父。二人には一人の男の子と三人の女の子がいます。男の子は、大きくなって川釣りと北海道犬が趣味の真面目なサラリーマンになり、結婚し、一男一女が生まれます。そして、いずれも独身の三人の姉妹、男、専業主婦の妻、二人の子ども、北海道犬が、同じ敷地内で暮らすことになります。やがて、二人の子どもたちは、独立し、この地を離れていきます。残ったのは老いてゆく両親と三人の伯母。この一族の、若い時から人生の終わりまでを描いています。

この作家は、あまり大きな出来事を物語に組み込まずに、何気ない日々の暮らしを描きながら、主人公の人生を掘り下げてゆくのが通常ですが、さすがに440ページに大長編ともなると、登場人物それぞれに、人生を左右する事件が起こります。しかし、基本は日々の暮らし、出来事を緻密に描くことにあります。

それぞれの人生を描いて、生きるとは辛いことなんだという真実を見つめます。辛いからこそ、命燃やそうとか、生きる幸福を味わおうとか、そういう方向へも向かわず、又ことさら辛さを誇張したような世界でもありません。読んだあと、しばらく黙っていたくなるような力のある作品です。

「消えてゆく準備ーそれは大きな輪を、中くらいの輪にちぢめること。小さな輪をさらに中心点に向かって縮めてゆくこと。輪だったものはやがて点になり、その小さな点が消えるまでがその仕事だった」

歳をとると、これが何を意味するかはよく分かります。何かと騒がしい年末年始などには、こういう長編を読んで、静かな気分で過ごしたいものです。

1月から12月まで、京都の各地で撮影された写真を見ていると、つくづく京都って美しい都市なんだなと再認識します。

本日より越智信喜さんの写真展が始まりました。越智さんは、大阪芸術大学芸術学部写真学科卒業後、祇園祭などの伝統行事や茶道具の写真を撮り続けて来られた写真家です。今回の個展は、京都の神社仏閣の四季を、依頼を受けて撮り下ろした中から12点、選びぬかれた美しい写真を展示しました。

1月高山寺の広間から捉えた冬景色。雪を冠った庭園と広間に射し込む冬の光、静寂な冬の一場面。そして2月は有名な城南宮の枝垂れ梅、3月は出町柳の長徳寺の桜。4月松尾大社の山吹の鮮やかな黄色、5月は神泉苑のつつじ、6月両足院のこれまた有名な半夏生、とそれぞれの季節の花々の美しいこと美しいこと。こうしていると京都の観光地としての魅力が、侮れないことに改めて気づかされます。近くにあるからといって甘えてないで、季節を楽しむ余裕を持ちたいものです。

7月真如堂の青楓は爽やかな早朝の風を感じます。8月西陣の本隆寺の百日紅は、今は屋根の改修工事のため切られてしまったらしい。9月大沢池の蓮の深い色合い、10月は西本願寺の屋根(写真上)の、背後に広がる澄み切った空が主人公。屋根の輝く銀色と、青い空の微妙なコントラストを見せるのは、プロの写真家ならでと惚れ惚れします。(ちなみに西本願寺のイチョウは今年の台風で枝が折れて、写真に撮られた形では残っていないそうです。)

そして11月、護法堂弁財天の鳥居(写真右)をローアングルから捉え、奥に広がる紅葉は輝いています。12月は妙満寺の広間から撮影された「雪の庭」(写真下)。ここは、もともと「雪の庭」という名で作られたということで、1月1日に雪が降るやいなや、カメラを担いで走ったのだそうです。結果、赤い毛氈と白い雪、逆光で沈む障子の黒、絵のような一枚となりました。

年末の慌ただしい時期に、京都観光の代わりと言っては何ですが、ちょっとほっこりして頂ければ幸いです。(女房)

★尚、展覧会の写真を収めた写真集「京・四季彩」(1000円・税込み)を販売しています。