手塚治虫、赤塚不二夫、石森章太郎、藤子不二雄など、現代の漫画を引っ張った巨匠たちが、若き日、共に住んでいた「トキワ荘」のことは、ご存じだろうと思います。しかし、彼らと寝食を共にして、漫画を描き続けた寺田ヒロオとなると、さて、どれだけの人の記憶に残っているか………。

梶井純の「トキワ荘の時代」(ちくま文庫/古書600円)は、寺田にスポットを当てつつ、トキワ荘から大きく成長していった漫画家の青春群像を描いたノンフィクションです。寺田は、50年代後半から60年代半ばにかけて、「背番号0」など少年向けスポーツ漫画で人気者になります。しかし64年、自らの意志で少年週刊誌に描くことをやめてしまい、子ども漫画の世界からは忘れられていきます。

「なぜ、寺田ヒロオはそういう選択をしたのだろう。それが、本書をつらぬくテーマである。その課題を考えていくと、誰からも愛された『テラさん』らしい、あたたかくやさしい作風をつくりあげたものはなんだったのだろうという関心とともに、かれが生きた戦後という時代に向かわざるをえない。」

1953年ごろ、出来上がったばかりのトキワ荘に手塚治虫が入居しなかったら、人々の記憶にこのアパートは残りませんでした。寺田も、その年の暮れにここに入居します。手塚や赤塚たちは、長男という立場にいたので、一本立ちを目指して必死に漫画と格闘していましたが、寺田は三男で気楽な立場にいて、どこかのんびりしていました。他の作家たちが、派手なアクション、ゲラゲラ笑わせる世界を目指していたのに、かれは「何かふんわりとした、笑いだとしても微笑するマンガ」を目指していました。

そして、物腰の柔らかい大人びた雰囲気で、トキワ荘ではなくてはならない人物へとなっていきます。藤子不二雄はこう書いています。

「危ない綱渡りのような毎日だったはずだが、精神的にはゼイタクだった。僕らに青春というものがあったとすれば、あのトキワ荘の共同生活の中で青春を共有していたのだ。」

寺田には才気走った自己中心的なところがなく、温和な人物でした。しかし、やがて訪れる空前のマンガブーム。販売増加に血道を上げる週刊少年マンガの世界で、寺田は自分のポジションをなくしていきます。派手な動きを持ち込んだ「スポーツマン佐助」を連載させたことを恥じた寺田は、60年代前半、こんな発言をしています。

「少年週刊誌ができて三〜四年してから、目に見えて内容が変わってきたんです。具体的には、えげつなく、どきつくなっていったといえばいいでしょうか。モーレツ時代へ突き進んでいくわけです。」

トキワ荘時代の他の漫画家が、大御所へと登りつめていく中で、寺田は静かに筆を折る決意をします。そして、この世界から消えていきました。

個人的には、寺田の漫画をよく読んだという記憶はありません。でも本書を読んで、あるシーンを思い出しました。それは、市川準監督作品「トキワ荘の青春」で、本木雅弘が演じたその寡黙で優しそうな人物像です。きっとそういう人だったのだなと。

メイソン・カリー著「天才たちの日課 女性編」(フィルムアート社/古書1300円)は、最初から通して読む必要はなく、知っている作家や、興味深い名前を見つけたら、そこから読んでいけばいいと思います。

創作活動に従事する女性143名が、その創作の妨げになるような日常の些細なこと、襲ってきたフラストレーション、妥協、後悔、その後に来るであろう希望を、彼女たちの言葉から記した本です。取り上げられた作家やアーテイストたちのどれ程を知っていたかというと、知らない方が遥かに多いのですが、短くまとめてあるので、こんな風に乗り越えようとしていたのかと、身近に感じることができるようになっています。

舞踏家で振付師であったピナ・バウシュは、拷問のような苦しみに襲われながら一から作品を作ることを、毎回後悔するのですが、初演の日が過ぎると次の作品を考えているのだといいます。そのパワーはどこから来るのかという問いかけに、こう答えています。

「大切なのは規律を守ること。とにかく仕事をやり続ける。そうしたら突然、なにかが湧いてくるーなにかちっぽけなものが、それがどう化けるかはわからない。でも、誰かが明かりをつけようとしているみたいに感じる。すると、また勇気が湧いてきて、仕事をやり続けられるし、またおもしろくなってくる。」

「ちっぽけなものが湧いてくる」ことって、きっと私たちの仕事の中でもあります。

劇作家のリリアン・ヘルマンは自分の仕事を「高揚、憂鬱、希望」の順に起こる流れにのって進めると語っています。「必ずその順序なの。希望の流れは夕暮れにかけて始まる。だからそのときに、自分に言い聞かせる、今度はきっとうまく行くって」

どこかで、必ず希望がやってくることを信じることは大事な点だと思います。

その一方で、夜遅くまで仕事をし、それを部下にも強要し続けてきたデザイナーのココ・シャネルは、著者によると「シャネルは週六日働き、日曜や祝日を恐れていた。ある親友にこう打ち明けている『休みという言葉を聞くと、不安になるの』」う〜ん、こういう人の下で仕事するのは大変ですね。

かと思えば、短編小説の名手キャサリン・マンスフィールドは、自分の日記の中で「いつものことだけど、こうやってだらだら書いているうちに、私は壁を突破する。それは小川のなかにすごく大きな平たい石を投げ入れるような感じ。」と書き、生涯、休んでは書くという姿勢を保ち続けました。

この本に登場する女性たちの生きた時代も環境も様々です。中には、奴隷として生まれ性的虐待などの苦難の後に、自伝を発行するに至ったものの、南北戦争勃発で忘れられ、20世紀後半に再評価されたハリエット・ジェイコブスような人物も登場します。

彼女たちは自分のなすべきことを、自分のやり方で、試行錯誤しながら、表現者としての地位を得ました。彼女たちの対処法が、そのまま役に立つかどうかはわかりませんが、何かのヒントになるようなことはあるはずです。

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京都シネマで上映中に見逃した、ベネディクト・エルリングソン作品「立ち上がる女」(アイスランド映画)。DVDを購入してをやっと見ることができました。

雄大な自然が広がるアイスランドの田舎町に住むハットラは、セミプ口合唱団の講師をしています。
しかし、彼女は一方で、過激な環境活動家でした。地元にできたアルミニウム工場が自然を破壊するとして、一人で果敢な戦いを繰りかえすうちに、マスコミが正体のわからない犯人を「山女」と命名し、政府から目の敵にされるようになります。映画は、そんな彼女の生活を描きます。

ある日、彼女が以前に申請していた養子の件で、通知が来ました。ウクライナで戦火で両親を失った女の子を迎えることが認められます。母親になるという夢の実現のためにも、ハットラは、最後の戦いを挑んでいきます。と、こう書いてしまうと、なんだか厳しい映画だなぁ〜と思われる方もおられるかもしれませんが、この映画、笑えるのです…….。

一つには、劇中音楽を演奏しているブラスバンドと女性3人の合唱隊が、画面に割り込んでくるのです。ハットラが何か行動を起こす時、急に彼女の後方でドンチャカ、ブンチャカ楽器を演奏し始めるのです。え?何これ?? これはあくまでお話ですよ、というために伴奏しているのかと思いましたが、段々とこの音楽が彼女への応援歌に聞こえてきます。彼らが登場すると、こちらも一緒に彼女の行動を応援しているのです。

音楽にのって、ハットラが、自分で決めて自分で動き出した人生が新たな展開を見せていきます。登場人物たちも、個性的です。破壊活動の後、軍隊に追いかけられるシーンの盛り上げ方も、お見事で、サスペンス映画のお手本です。

滅多に映画のコメントを出さない梨木香歩が「楽しい日常と、孤独な戦士であることは両立するのだ。
守るべきもののために、決して屈しない彼女の不撓の精神と肉体は、大地アースの女神の化身のようだ。」という文章を寄せています。その通り、彼女は二つの自分を生き、さらに養子をもらい、もう一つの人生を生きます。幸せを手に入れるために躊躇なく行動する自由で強い女性像を監督は作り上げました。

ラスト、女の子を迎えに行った帰りのバスに乗っていたハットラは、異常気象のせいか大雨で水没した道路を、娘となった女の子を抱いて歩いてゆきます。人生なんでもどんとこい!気合十分の後ろ姿で映画は終わります。ヒロインを演じたハルドラ・ゲイルハンズドッテイルも実にカッコいい!

アイスランドは、男女平等度で十年連続一位を保っている国だそうです。だからこそ、映画の中で男も女も力強く自由な感じに生きているのでしょうか。

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2018年8月6日、ひだまり舎は出版社としてスタートしました。

「ひだまり舎の本のテーマは、平和、いのち、幸せ。大切なことを、しずかに伝えていきたい。本をひらく時間が、ひだまりのようにあたたかいものでありますように。」

と、本と共に送られてきたポップに書かれていました。出されている本は4点です。

先ずご紹介したいのは、2003年ボローニャ国際絵本原画展入選後、フランスで出版された作品の凱旋出版となった「マルをさがして」(新刊/1980円ポストカード付き)です。著者の山本久美子は、多摩美術大学デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。飼犬マルとタケル少年の夏のある1日を描いた作品です。とにかく、絵が素晴らしい。表紙の昼寝しているタケルの家の畳の雰囲気だけで、その巧みさがわかります。

そして、田島征三(絵)・国広和毅(文)による絵本「ちきゅうがわれた!」(新刊/1760円)も面白い一冊です。おっちょこちょいのワニが巻き起こす大騒動の物語。田島征三の絵にさすがに力があって、読者をぐんぐん引っ張っていきます。昼寝をしていたワニの耳元で、大きな音がします。それをワニは、すわ!地球が壊れた!と勘違いして、他の多くの動物たちを連れて逃げ出すのですが……..。ワニの表情が、なんとも愛嬌があります。

3冊目はイラストブックで、おかべてつろう「17歳 光と陰の季節」(新刊/1540円/ポストカード付き)です。これから17歳になろうとする人、あるいは、かつて17歳だった自分を、優しく励ましてくれます。17歳、まぶしく輝いているようだけれど、実は闇を抱えて迷いの中にうずくまる、そんな若い頃を、猫たちがそっと見つめます。プレゼントに最適です。

最後にご紹介するのは、「地球の仲間たち スリランカ/ニジェール」(新刊/1760円)。

編者の「開発教育を考える会」は、青年海外協力隊に参加し、帰国後教育に携わってきたメンバーたち。スリランカ、ニジェールの現地の子どもたちの日常生活の写真を通して、私たちと似ているところや、全く異なっているところを取り上げて、世界の広さを知ってもらうために企画された写真絵本です。今後、『地球の仲間たち』シリーズとして刊行される予定です。

ところで、スリランカから、日本にココナッツの実が輸入されていますが、その実の繊維からタワシが作られていることを、この本で初めて知りました

個性的なひだまり舎の本を、是非一度手に取ってみてください。

 

昨年「付箋だらけになってしまった」というタイトルで、ブログに載せた「彼岸の図書館」(夕書房/2200円)は、本当に心に残る本でした。本が好きな人や、住むこと・働くこと・食べることなどこれからの生き方に関心のある方々にお薦めしているうち、当店ではロングセラーになっています。

帯に、内田樹が「『ひとり出版社』が出した『ふたり図書館』の話です。書物は商品ではなく、人が生きるための糧であるという古くて新しい知見が語られています。」と、ズバリ言い当てた文章を書いています。

この本の著者でもあり、ルチャ・リブロ図書館を運営する青木真兵さんが、京都に用事があったとかで、先日ひょっこり来店されました。色々とお話をしているうち、この図書館に来られた方が、そこで読んだ本のレビューを出しておられることを知りました。それがが「りぶろ・れびゅう」(825円)です。

「この冊子は、ルチャ・リブロにある本と、ルチャ・リブロにゆかりのある方々を同時に紹介ししてしまおう!という趣旨で編まれています。ルチャ・ルブロには『人文系』以外の本もありますし、さまざまな理由、ご縁、直感に惹かれてご来館くださっています。ぜひ、この冊子をきっかけにルチャ・リブロを知っていただければうれしいですし、なによりルチャ・リブロとみなさんという『一対一』だったこれまでの関係が、本冊子を通じて『予期せぬ方に』ずんずん散らばっていって欲しい。」と、発行の趣旨を青木さんが書かれています。

確かに、様々なジャンルの本が登場します。中井久夫「世に棲む患者」、山崎雅弘「歴史戦と思想戦」といういかにも人文系があるかと思えば、富士正晴や久坂葉子といった文学系もあるし、当店でも販売している「アウト・オブ・民藝」(誠光社)も論じられています。意外だったのが、コミックも何点かそのレビュー対象になっています。私も愛読している、ますむらひろしの「ヨネザアド幻想」が載っていました。書かれた菅原健一さんは、「隠れ家のようなこの図書館で、また新しい世界(ほん)との出会いもあるだろう。」と期待を抱かれ、そこで見つけたのが「ヨネザアド幻想」でした。

ご承知のように、この本に登場するのは、人間の言葉を語るヒデヨシという名の大猫です。ロクでもない奴なんですが、なぜか邪険にされない不思議な猫です。菅原さんは、予備知識なしに読み始めその圧倒的な開放感に驚かされます。全文をご紹介することは出来ないのが残念ですが、ぜひお読みください。本の世界が広がっていきますよ。

「人文系私設図書館ルチャ・リブロ」は、奈良県東吉野村にあります。ぜひ訪ねたい場所です。

 

大阪谷町六丁目に隆祥館書店という、創業70年の歴史のある町の本屋さんがあります。創業者は二村善明氏。織田作之助やマルセ太郎、そして梁石日が学んだ大阪府立高津高校で高校生活を送ります。自由な校風の高校の夜学に通いながら、善明氏は母親と共に小さな本屋を始めます。そして今、この本屋さんが大きく注目され、多くの作家から愛されるようになりました。その70年の歴史を綴ったのが木村元彦「13坪の本屋の奇跡」(ころから/新刊1870円)です。

善明氏は神戸尚子さんと結婚し、家族経営で町の本屋として一生懸命働きます。しかし、小さな本屋に対して、問屋である取次会社は、差別的な配本を平然と行います。読者の元へ本当にいい本が届けられない現状に業を煮やした彼は、不公平是正の戦いを挑んでいきます。そして、勝利を得ます。まぁ、これだけでもこんな凄い書店員がおられたことに驚きますが、本当に尊敬すべきことは、実はその上にあります。

新刊本屋の凋落が激しさを増した2011年に、お客さんと作家が交流できたらと、「作家と読者の集い」を開始します。(小さな本屋に作家を呼んでくるだけでも、相当な努力が必要です。)第一回に呼ばれたのは百田尚樹氏でした、その時、彼は戦争の悲惨さを語って、戦争を繰り返してはならない趣旨の話をしたそうです。

しかしその後、この作家が慰安婦問題や南京虐殺の事実を否定する発言を繰り返したことに、善明氏は、「何だ、あの発言は!歴史に向き合わんとあかんやろ。もうあんな作家の本は売るな。」と、妻や、店で働いていた娘に言い放ちます。その後、百田はベストセラー作家の地位を確立します。周囲から、今、呼んだらお客さんが沢山来られるという意見もありましたが、それは二度とありませんでした。

売上げが下がる一方の店の現状を考えれば、店に売れっ子作家を呼べば、売上げにつながることは間違いありません。でも、善明氏はしなかった。本が単なる消費財ではなく、文化財であることを自覚していた彼に頭が下がります。

現在、お嬢さんの知子さんがお店を引き継いでいます。彼女の本への情熱は凄まじく、これと思った本は、万難を排して初回配本をもぎ取ってきます。それも、ベストセラー間違いなしの本を集めるのではなく、今読むべき本、これからの時代を見据えた本、作家の良心が溢れてている本を選び出します。そして、そういう作家を「作家と読者の集い」の招聘するのです。反原発を提唱し続けたきた科学者、小出裕章氏もその一人でした。この会の参加者は多く、近くの関西電力上本町ホールでやってしまいます。関電の施設で反原発のトークショーやるなんて、いい根性です!(彼のトークも収録されています)

本書の最後には、「作家と読者の集い」の2019年までの記録が載っていますが、錚々たるメンバーです。大きな書店ではなく、わずか13坪の本屋が続けているのです。知子さんの見識の深さと実行力、そして熱意と愛情が、多くの人々の支持を獲得しているのです。その姿勢を見ていると、本屋は本を売るのではなく、信頼を売るのだという言葉がリアルに迫ってきます。

ちなみに、彼女は元シンクロナイズドスイミングの選手で、アジアで多くの選手を育てた井村雅代氏の薫陶を受けています。「作家と読者の集い」での、お二人のトークが収録されていますので、ぜひお読みください。「選手の限界を決めるのは、選手個人ではなく、コーチの私だ」なんて言葉には迫力があります。

 

 

 

 

 

 

WOWOWで録ってもらっていた東出昌大の主演映画「寝ても覚めても」を見ました。劇場公開時、気になっていた一本でした。監督は濱口竜介。数年前に監督した「ハッピーアワー」が高い評価を得ていたので新作も期待していました。

「寝ても覚めても」は、柴崎友香の同名小説の映画化ですが、ちょっとフランス映画的な恋愛映画に仕上がりました。大阪に暮らす21歳の朝子は、風来坊のような男、麦(ばく)と出会い、運命的な恋に落ちますが、ある日麦は朝子の前から忽然と姿を消します。2年後、東京で働いていた朝子は、麦とそっくりな顔の亮平という青年に出会います。最初朝子は、亮平があまりにも麦に似ているので驚き、避けようとするのですが、逆にそんな朝子に亮平が好意を抱きます。やがて朝子も惹かれていきます。

二人が結婚を決めて新しい出発の用意をしている時、彼女の前に突然麦が現れます。と言っても、麦と朝子の運命の再会で盛り上がる物語ではなく、また朝子が麦への想いを振り切って、亮平との愛に生きるという感動的物語にもなりません。道行きみたいに麦と旅に出る朝子ですが、途中であっさり放棄。麦の方も、じゃぁ、ここでバイバイって、おいおい、そんなもんなの??と観客は置いてけぼりです。登場人物に感情移入しにくい構造の映画ですが、そこが心地良いのです。

麦と別れて、彼女は亮平と一緒に住むはずだった新居へ行くのですが、彼は心の整理がつかず当然のように拒否します。しかし結局「俺は一生、お前を信じない」とか言いながら、家に迎えます。ラスト、新居の前を流れる川を見つめる二人をカメラが捉えて、映画は幕を閉じます。ハッピーエンドでもなく、アンハッピーエンドでもない、映画です。

島倉千代子風に「人生いろいろ、男もいろいろ」、ペギー葉山風に「ケ、セラ、セラなるようになる」といったところですね。盛り上げて泣かしたりせず、わかった風な結論も示さない。ちょっと離れたところから、この人間喜劇を見つめているところがフランス映画的でした。あ、そう言えばこの映画、日本・フランス合作で、ヨーロッパでも公開されているそうです。

アンソニー・ドーア著「すべて見えない光」(新潮社/古書2400円)という長編小説があります。物語の舞台は戦時下フランスの街サン・マロ。目の見えない少女マリーとドイツの若き兵士ヴェルナーの運命を描いた作品で、ピュリツァー賞の小説部門など数多くの文学賞を受賞しています。決して、読みやすい小説ではありませんが、時代の波に翻弄される二人の運命を詩情豊かに描いていきます。

この小説に感動して、舞台となったフランスの各地に出向き、その街の印象を写真と文章でまとめあげた小冊子を入荷しました。熊谷眞由美さんの「たどる『すべての見えない光』」(600円)です。2017年秋、彼女はこの地を訪れます。「本に出てきた場所を巡り、自分の五感を使ってもっと深くこの本の世界を味わってみたい…そう思って行きました」と書かれています。一冊の本を読んで、読者をヨーロッパまで向かわせるって、本の力って凄いですね。

舞台となったサン・マロは、花崗岩の岸壁と12世紀に建てられた城壁に囲まれた英仏海峡に面した街で、小説に登場した建物やストリートなどが今も残っています。マリーが住んでいた大叔父エティエンヌの家、マリーの父ダニエルの家の家政婦マネック夫人が、サン・マロのホームレスのウベールに連れていかれる秘密の場所などを、一つ一つ訪ねて写真に収めています。

さらに、著者は物語に出てくるヴェルヌの小説「海底二万マイル」の中で「サン・マロの教会で大ダコの絵を見た」という件を思い出し、サン・マロ歴史博物館で大ダコの描かれたタペストリを発見します。

う〜ん、凄い!この情熱!一冊の読書で、ここまでやるとは!

この冊子を読み、そう言えば「すべて見えない光」にはこんな人物も登場したなぁ、オーデュポンの「アメリカの鳥類」が出てたなぁ〜、とか思い出しました。

これから小説を読む方のために、登場人物の紹介と、彼らの年表まで用意されていますので、読書の助けになります。

著者の熊谷さんは、「ASHITA no HAKO BOOKS」という小さな出版レーベルを立ち上げておられています。そこから出された小冊子も販売中です。

 

★店主  FM京都に出演! 3月23日、30日「サニーサイド・バルコニー」という番組の中です(13時50分ぐらい)。暇な方は聞いてやってください。

今年4月、東京立川にオープンする美術館の開館記念展が「エリック・カール 遊ぶための本」です。その記念図録がブルーシープ社から発売されました(新刊/2200円)。

図録の帯に記載されていますが、これはエリック・カールの全てがわかる立派な書籍です。カールといえば、「はらぺこあおむし」が有名な、色彩を巧みに操る魔術師みたいな絵本作家。

本書で序文を書いている、今人気の絵本作家tupera tuperaは、カールの世界をこう表現しています。 「画面を隅々まで眺めてから、今度は、顕微鏡でも覗くかのように、ぐっと絵に顔を近づける。すると、まるで色鮮やかな銀河や惑星をみているような光景が目の前に広がる。エリック・カールによって生み出された紙の宇宙だ。」

カールの作品では、アメリカの童歌を元に、カールが描いた動物たちが登場する「月ようびはなにたべる?アメリカのわらべうた」(1993)が大好きです。ここに登場するヤマアラシの美しい姿に目を奪われました。「ごきげんななめのてんとうむし」(1977)に登場するサイや、「えをかくかくかく」(2011)に出てくる馬なども、今にも画面を蹴破って飛び出しそうです。

そんな楽しい本と遊ぶ子供達を、人気の写真家長島有里枝が撮影して、子供達の素敵な表情が収録されています。さらに マサチューセッツにあるカールのアトリエや、カール美術館の訪問記や、カールのこれまでの歴史、そして書影入りの作品リストが網羅されています。グラフイックデザイナー時代の作品を初めて見ることができました。永久保存版として持っておいても損はないと思います。

 

「『おやつ』とはなんだろう。小腹を満たす食べ物?友達と話しながらスイーツ?家族の団欒の時間?それとも仕事の合間のささやかな休憩?こっそりひとりで食べる贅沢?そう、人の数だけおやつの姿があるんです。そんなおやつにまつわるあれこれを、食や暮らし、文化、歴史、旅、科学といった、さまざまなテーマで追っていくのが、この『おやつマガジン』です」(1980円)

と創刊の言葉が書かれています。各地のおやつ紹介だとか、名店案内の情報誌ではなく、私たちが何気なく食べている「おやつ」をより深く考えていこうという知的探究心に満ちた雑誌です。創刊号だけに、著名な作家が寄稿していて、巻頭原稿は角田光代が「夢のおやつ」というタイトルでエッセイを書いていますが、角田さんはおやつを楽しむ生活とは無縁なのです。そこが面白い。

写真家の若木信吾は、本来甘いものが苦手だったのに、アメリカの留学先で「ブラウニー」というお菓子に出会って、甘党に転化しました。「おそらくこれまで食べたものの中で一番甘い食べ物だったと思う。しかも甘すぎた。その甘すぎたのが点火装置だったのかもしれない。」と、周囲のそんな甘いものよく食べるなぁ〜という声にもめげずに食べていると告白しています。アメリカのスーパーなら、どこでも売っている「ブラウニー」。どんだけ甘ったるいのか、興味あります。

「ホーチミンのおやつを追いかけて」という特集では、現地取材で、みんながどんなおやつを食べているかをドキュメントしています。屋台があるせいか、外で食べている人の写真が多く、おやつを口にする人たちの表情が生き生きとしてとても幸せそうです。

岡山と鳥取の県境で自然栽培の米農家を営む高谷絵里香さんが、「がんばって手に入れたり無理して背伸びしたるすることにも喜びや達成感があるかもしれないけど、当たり前のようにそばにあるものにこそ、幸福が宿っている気がする。おむすびや蒸したお芋のような、何気ない日々のおやつにように」と語っていますが、ホーチミンの人々の笑顔は、それを物語っています。

★店主  FM京都に出演! 3月23日、30日「サニーサイド・バルコニー」という番組の中です(13時50分ぐらい)。暇な方は聞いてやってください。