おいおい、これ無料か?商売の邪魔するの?? と、言いたくなる程立派な雑誌が創刊されました

発行元は長崎県文化観光国際観光振興課。お役所発行のミニプレスで、タイトルは「SとN」。「S」は佐賀県、「N」は長崎県を表しています。創刊号の特集は「トコトコ列車で会いにいく」。佐賀県有田から長崎県佐世保まで走る松浦鉄道に乗って、沿線を散策する特集です。この2両編成の列車、きっと鉄ちゃんには人気があるんでしょうね。

この路線は日本最西端の「たびら平戸口駅」も擁しています。ここの女性駅長さんのインタビューはじめ、沿線で、様々な商売や仕事をされている方を取材しています。定期船の船長をされている、強面のおっちゃんが、大のボブ・ディランのファン。ひょっとして、この船ではディランの曲が流れている?なんて興味も湧いてきます。甘党のアナタなら、北佐世保駅にある「毎日饅頭店」は見逃せません。看板商品のほこほこの「甘酒饅頭」はぜひ食べてみたい。お値段もご近所価格で、安い!

高知発のミニプレス「とさぶし」18号も入荷しました。森林率日本一の高知で、山に生きる人達を特集してあります。地元の人達の山の楽しみ方や、高知、徳島に棲息するツキノワグマのことなど興味深い記事を読むことができます。四国八十八カ所霊場のひとつ東明院善楽寺山主、島田希保さんも登場します。高知県札所で唯一の女性住職は、年に二度、大祭と花祭りに美しい声でご詠歌を歌い、多くの人がお参りに来られるそうです。

同じく、四国徳島発の「あおあお」も新しい号が入荷しました。特集は「藍がある」。かつて天然藍染料”すくも”の産地として栄えた徳島で、すくもを使って、作品を生み出す藍染作家たちが暮らしています。特集もさることながら、裏表紙にど〜んと載っている「フィッシュカツ」が食べたくて仕方ありませんでした。それにしても、どこへ行っても美味しそうなものが多くて、それだけのために旅にでたくなります。

さて、こういった地方の文化発信のミニプレスばかりだけでなく、本好きには大人気の「BOOKMARK」の最新7号も入荷中です。「眠れない夜へ、ようこそ」というテーマで、ゾッとするホラーや、怪奇話満載の小説が紹介されています。

最近映画化もされた「高慢と偏見とゾンビ」などは読んでみたい一冊です。ジェイン・オースティンの傑作「高慢と偏見」にゾンビを持ち込んだというウルトラC級の小説。「8割はジェイン・オースティンの原文をそのまま持ってきて、隙あらば血みどろのゾンビの世界をもぐり込ませ」るという離れ業を敢行し、さぞかし天国のオースティンも真青というお話です。作者はジェイン・オースティン&セス・グレアム=スミスの二人になっています。

どの本も数量に限りがありますので、お早めにどうぞ。

 

 

 

 

詩人の茨木のり子さんの日々の献立を集めた「茨木のり子の献立帖」(平凡社1728円新刊)が入荷しました。自筆レシピに、茨木家の台所実測図、さらに昭和30年から49年にかけての日記の抄録まで付いています。

先ずお料理の写真(レシピに沿って再現したもの)がステキです。特別に凝った料理なんて一つもありません。パエリア、胡麻豆腐、チキンライス、茶碗蒸しなどの家庭料理ですが、細やかな心遣いがあふれ、豊かさが漂っています。

「茨木のり子の家」という写真集でも、詩人の凛とした生き方が行き渡った家の中を見ることができましたが、食卓にもやはり、彼女の生き方が反映されているみたいです。この食卓を預かる冷蔵庫は、質実剛健という風情です。

1966年の大晦日。日記にはこう書かれています

「おだやかおおみそか。五時、食膳につく。口取り、鯛南蛮漬け、煮〆など。白鷹三本のんで、Y、ごきげん良。紅白歌合戦を罵倒しつつ、最後までみる。お風呂に入って就寝1時半。」

Yとは、ご主人の三浦安信さんのこと。彼は、この9年後、肝臓がんでこの世を去ります。のり子さん49歳の時でした。その年に彼女はエッセイ「言の葉さやげ」を発表します。それから二年後、彼女の知名度を決定的にした詩集「自分の感受性くらい」を発表します。

「自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ」と剛速球でぶつかってくるこの詩集も傑作なのですが、私は詩集「食卓に珈琲の匂い流れ」に収録されている「さくら」が印象的です。

「ことしも生きてさくらを見ています ひとは生涯に何回ぐらいさくらをみるのかしら」で始まり、年を重ねてゆく自分を見つめて、こう結びます

「一瞬 名僧のごとくわかるのです 死こそ常態 生はいとしき蜃気楼と」

筑摩書房から発行されている「茨木のり子集」(全3冊セット3900円)があります。50年代〜60年代、70年代〜80年代、そして90年代以降の詩とエッセイを3冊にまとめたものです。慈しんで、慈しんで、時間をかけて読んでゆくに相応しい作品集です。紙の本だけが持ち得る、作者への愛情溢れる本作りが伝わってきます。

一つ一つ、ゆっくり読んで、のり子さんの豊かな言葉をかみしめてください。

 

 

「2001年宇宙の旅」等の映画監督、スタンリー・キューブリックの名前を付けた「ブックスキューブリック」という本屋さんが、福岡にあります。2001年オープンということで、キューブリックの名前を拝借されたそうです。この店を立ち上げて15年になる大井実さんの「ローカルブックストアである 福岡ブックスキューブリック」(晶文社1728円)が入荷しました。

本屋を開業したいと思っている人は、(つい最近まで)古本屋というのがセオリーでした。でも、大井さんは「『地域に根ざす町の書店』という理想のイメージがあり、雑誌がしっかり揃っている店をやりたかったので、取次との契約は避けて通れないとの結論に達した。」

これが、難題なんですね。特殊な流通組織で本が流れるこの業界で「取次」と呼ばれる問屋との契約は個人レベルでは極めて高いハードルです。そこを突破して、開業へと向かう姿勢には頭が下がります。

同志社大学卒業後、一旦は就職されますが、本屋をやるという気持ちに向き合って、あるべき本屋の姿を目ざして走り出します。店を始めることを、こう言っています。

「常々、商売というものは、町に名刺を出して生きているようなものだと感じている。もしくは、町に店の旗を立てると言っていいかもしれない。」

そして、「地道に仕事をしていれば世間に認めてもらえるという意味では、精神衛生上とてもいいのだ。お店を通じて社会と繋がっているという安心感は何ものにも代えがたい。」

と書かれていますが、それは私も感じます。店で、ギャラリーの作家さん、ミニプレスの作り手、そして本好きの方々などと接している安心感は、確かに、会社勤めでは絶対にあり得ません。

「ブックスキューブリック」は、独自の店作りから始まって、トークイベント、ブックフェス等の企画を通して、町づくりに関わっていきます。だから、この本は、本屋開業ノウハウブックではなく、自分の生き方と思いをお店に託して、町と共に生きていく方法の一端を教えてくれる本です。

大井さんも開業時には、大型書店ばっかりの新刊書店業界で、町の小さな本屋では太刀打ちできないという「一般論」で反対されたと思います。でも、自分の頭でしっかりと考え、どうすればいいかと試行錯誤していった結果が、今日の「ブックスキューブリック」を作っていったのでしょうね。

都筑響一著「だれも買わない本はだれかが買わなきゃならないんだ」の、こんな一節を書き記されています。

「大人になったら、周囲の大人の話にいかに耳をふさぐかの訓練が必要になってくる」

最近、ユニークな新刊書店が登場してきましたが、その火付け役ともなった「ブックスキューブリックは、九州に行かれたら寄っていただきたいお店です。

 

 

 

岸本佐知子、柴田元幸、高橋源一郎、堀江敏幸等、翻訳家として、あるいは作家として第一線で活躍する12名の対談を集めた「翻訳文学ブックカフェ2」(本の雑誌社1200円)が入荷しました。

先ず、マンハッタンで酒とドラッグに溺れてゆくヤッピー青年を描いたジェイ・マキナニーの「ブライト・ライツ、ビッグ・シティ」を、高橋源一郎が翻訳した顛末記が面白いです。滅茶苦茶に〆切に遅れてしまった話に始まり、日本語、英語の持つ潜在的な力まで語ってくれます。英語が原理的に男性的で、自己中心的な言語であり、9・11以降のアメリカの体制は男性原理主義社会の成れの果て状態になっているのに対して、日本語をこう解説しています。

「日本語は二千年間、他者の文物を輸入しては無限定に交配しまくってきた。これこそがこの国を長生きさせてきた原理みたいなものだと僕は思います。だから元気がなくなったらどんどん輸入しちゃえばいいんですよ。そしてがんがん異種交配したらいい。」そこから新しい小説が登場してくると結んでいます。

海外文学に興味のない方でも、どんどん読んでいけるところがこの本の良さです。原作にぶつかって悪戦苦闘しながら、作者の選んだ言葉の持つ意味に合致した日本語を、手探りで見つけてゆくスリリングな姿は感動的です。

エッセイストとしても人気の岸本佐知子さんは、翻訳家志望の人には、必ず一度は就職しなさいとアドバイスするそうです。それは、「会社のような、縛りのきつい環境で発せられる言葉こそが、本当に生きた言葉だと思うんですよ。それに、その言葉には必ず表情や匂いや空気がくっついてきますよね。それはものすごく貴重なデータベースなんです。今翻訳をする上で、六年半勤めていたときの経験は、本当に貴重な財産になっています」

生きた言葉をストックするには、足かせガンジガラメの状況に身を置くということですね。この本の対談の時、彼女はジャネット・ウインターソンの「灯台守の話」(白水社1100円)翻訳中で、いかにこの本に美しい表現が散りばめられているかを力説されています。この本については、当店の海外文学ファンのお客様も、やはりその美しさを語っておられました。

「愛している。でもこの世でもっとも難しい、三つの単語。でも、他に何が言えるだろう?」

このエンディングに乾杯です。

徳島県にある焙煎コーヒーの店「アアルトコーヒー」オーナー庄野雄治さんの本「コーヒーと小説」(サンクチュアリ出版1404円)が入荷しました。

「コーヒー屋になって何年もヒマだった。テレビもパソコンもない店だったから、とにかく一日じゅう本を読んでいた。そのほとんどが小説。しかも、これがすこぶる面白かった。そして、それらの作品から、時代は変わっても、人は全然変わっていないんだってことを教えられた。自然災害の前では立ちすくみ、妻と仲良くする男には腹を立て、猫の足の裏はあたたかい」

そんな彼がチョイスした本10冊。ジャンルに拘らずに、「コーヒー屋のくせにではなく、コーヒー屋だから作れた、ちょうどいい短篇集。コーヒーを飲みながら楽しんでいただけると、望外の幸せだ。」というアンソロジーです。

収録されているのは、太宰治「グッド・バイ」、芥川龍之介「桃太郎」、宮沢賢治「水仙月の四日」、江戸川乱歩「日記帳」、岡本かの子「鮨」、梶井基次郎「愛撫」、横光利一「七階の運動」、二葉亭四迷「嫉妬する夫の手記」、久生十蘭「野萩」、坂口安吾「夜長姫と耳男」という地味な作品ばかりです。芥川の「桃太郎」なんて、有名な「桃太郎」のパロディーというか、シニカルなバージョンアップ版というか、味わいがあります。岡本かの子は読んだことがなかったので、この短篇集が初体験でした。鮨好きの中年の男の話なのですが、奇妙な世界が広がっていきます。太宰の「グッドバイ」は未刊作品ですが、「未完成であるがゆえに完成されているという、不思議な作品」と庄野さんは絶賛しています。確かに面白い作品です。

ところで、もし私がこんな企画があったらどんな本を推挙するかなと考えてみました。「まずいコーヒーの話でよければ、いくらでも話していられる。」という書出しで始まる吉田篤弘の長編小説「ソラシド」(新潮社1200円)を。

「1986年1月忘日。五得町J社。午後六時。四階喫茶の殺人的にまずいコーヒーを飲みながら作業開始」などと「まずいコーヒー」なんて台詞が飛び出すのですが、逆にコーヒーを読みたくなる小説です。あと、音楽ファンにもぜひ読んでいただきたい一冊です。

レティシア書房の3月は、2015年から毎年「棚からうさもち展」で春を迎えます。3度目となった個展も、初日からファンの方々で賑わっています。

うさもちさんは、お名前のとおり、羊毛でうさぎを作る作家さんです。感触がうさぎの持つもふもふ感にピッタリだというのは誰しも納得だと思いますが、その表現を追求していくのは容易な事ではありません。今回もうさぎへの愛情があふれた作品の数々が並びました。

アンティークレースの衣裳を纏って坐るうさぎさん(写真上)は、本屋のギャラリーに美しく静かな空気を運んできてくれました。思わず抱きたくなる白いうさぎ(写真右)は、体温までこちらに伝わってきそうにリアル。技術の高さ、確かさが、ただ可愛らしいというものから個性的な造形に飛翔していきます。どんなものでもそうでしょうが、一見可愛らしさだけが目を引く「ウサギ」も、きっと付き合っていると、そして観察していくと、キャワイイ!!って感じでは済まされない、生き物としての手強さがあると思います。今回初めて、小さな額縁の穴から、うさぎの「口」だけ、「目」だけが覗いている作品をみせていただきましたが、うさぎ作品の深さを感じました。

そして、昨年から新たに作りはじめてたという球体関節人形も初めて展示されました。クールな少女は、妙にうさぎの世界に溶け込んで白うさぎを枕に夢をみているようです。これからどんな世界が展開されていくか本当に楽しみです。

毎回人気のスクーターうさぎたち、卵の殻からちょこんと顔をだしている卵うさぎさん、いずれも残りわずかとなりました。楽器を手にしたうさぎたちは、前回からさらにパワーアップして演奏をしています。

うさもちさんの個展をして頂くまで、世の中にこんなに多くのうさぎファンがいらっしゃるとは知りませんでした。しかし、たまたまご来店になった中にも「実は好き」と言う方がおられたりと、けっこう表に出ない(?)うさぎ好きは多いようです。猫の次は、うさぎブームになるかも?

作品は、一部を除いて販売しています。コサージュも新しく加わりました。ポストカード(150円)も多くの種類が揃いました。ぜひあなたのうさぎさんを探しにお越し下さいませ。(女房)

棚からうさもち展「小さなうさぎの話」は4月2日(日)まで。最終日は18時まで。月曜定休日。

個性派書店として様々なメデイアに取り上げられている誠光社。私は、本を見に行く、買いに行くというよりも、毎回、新着のCDを聴いては、店主の堀部さんと音楽のお話するのを楽しみにしています。先日、お邪魔した時、一枚のCDを推薦してくれました。それがJOHN to PAULの”Croquis”(1620円)でした。

不思議にリラックスできる音楽が流れてきました。で、このJOHN to PAULですが、誠光社のHP解説にはこう出ていました。

広島の宅録ミュージシャン「ジョンとポール」(お一人です)のニューアルバム”CROQUIS”のディストリビューションをさせていただくことになりました。

現代音楽的アプローチを出発点に、コンセプチャルなアルバムを幾つか発表したのち、次第にポップミュージックに接近していった理論派。昨年リリースされた本作への序章とも言えるアルバム”MY NAME IS…”は、玄人好みのソングライティングに、ごく自然な譜割りの日本語詞を乗せた傑作でしたが、そのエッセンスをさらに突き詰めたのが28曲入りの本作です。

 

スマートフォンのボイスメモ等を利用した、クイックで肩の力の抜けた楽曲群を「スケッチ」に例えたアルバムタイトル通り、クロッキー帳のようなアートワークに。ブックレットには歌詞とスケッチ、本人による簡単な楽曲解説が添えられています。

ポップスの酸いも甘いも知り尽くしたマエストロによる、ユーモアと知性あふれる傑作アルバムを是非お聴き逃しなく!」

あっ、春だ……..。とこの音楽を聴きながらつぶやいてしまいました。冬の風が去り、春の風が、久しぶりって感じ頬を撫でた瞬間のムフフという音楽です。ほぼ彼の楽曲が占めるのですが、おなつかしや「ブンガワンガソロ」のカバーが入っています。泣けてくるほど美しい。全28曲、詰め込んでありますが、途中で止めようととは思わない、心地よい手づくりサウンドです。26曲目「イズミさんに会いにゆく」では、外を走る救急車のサイレンもBGMとして入っています。

堀部さんから、このCDなら卸しできるよとのお声があり、早速店で販売開始。店で、かけてたら、たまたま店におられた大阪の有名古書店主が、いいなぁ〜とお買い上げ。あの店でも今頃鳴っているのかな?

試聴もできますので、一度春の訪れを「聴いて」ください。クロッキー帳を模した特殊ジャケット、36Pブックレット仕様で、最後のページに登場するうたた寝中の猫のイラストが、この音楽のすべてを物語っています。店を締めて、昼寝したい誘惑と闘いながら、鳴らしています。

 

 

高校時代、私は映画研究部にいました。毎週、大阪にあった映画配給会社を回っては、最新映画のチラシと割引券を貰って、学内で配布していましたが、大阪中之島周辺に、海外の映画会社に交じって、日本の配給会社が二つありました。東宝東和と、日本ヘラルド映画。どちらも、ヨーロッパの匂いがする会社でした。ヨーロッパもアメリカも、遥か彼方の国だった時代、この会社を訪れる瞬間は、一足飛びにアメリカや、フランス、イタリアに行った気分になったものです。

そのヘラルド映画の作った映画チラシ、ポスターを元に、会社の全貌を捉えたビジュアルブック「日本ヘラルド映画の仕事」(PIEインターナショナル3456円)が入荷しました。ゴダールらのヌーベルバーグ一派の映画も、アラン・ドロン主演映画もこの会社が配給していました。ゴダールの「男と女のいる舗道」のポスターなんて今見ても、クールです。「さらば友よ」、「地下室のメロディー」等アラン・ドロン主演のフィルムノワールの作品がヘラルド映画配給で公開され、ガキだった私も痺れました。黒いスーツってこんな風に着るんだと、自分の顔のことは忘れて納得しました。

もちろん、アメリカや日本映画の配給も行っていて、映画の魅力を教えてくれた会社だといっても過言ではありません。チラシの宣伝文句も見事でした。

「海から来た男の潮の香り……..少年はその香りに憧れた 母はその香りに身をまかせた」

これ、三島由紀夫原作「午後の曳航」の日米合作映画のうたい文句です。この文句に惹かれて原作を読んだ日々を思いだします。

或は、「めくるめくる光の中で父を殺め…….王冠の下で母を抱いた…….白日がえぐりだした華麗なる残酷」の言葉通り、灼熱地獄を味わった「アポロンの地獄」も思いだしました。

ビジュアルにも、宣伝文句にも文学の香りが一杯でした。そして、「唇に愛の華咲きほころばせ、昼下がりの光にさえ肌を許す背徳のおまえー」なんて恥ずかしくて口にだせない言葉で大勝負して、多くの女性が大挙して映画館に殺到した「エマニュエル夫人」等々、当時の映画人のセンスとアイデアが満載の一冊です。

会社名の「ヘラルド」という言葉には「先駆者」という意味があります。その通り、この会社は時代を切り開く作品を紹介してきました。最たるものは、ベトナム戦争を丸ごと描き出した「地獄の黙示録」の日本公開でしょう。後半、錯綜する映画の哲学的展開は、一般には受けないという大方の予想を裏切って大成功に導いた、公開までの道程のドキュメントは映画ファン必読です。なおこの本の初版には、特典として、1970年東京有楽座で上映時に使用された70ミリ・プリント現物のフィルム2コマが付いています。「地獄の黙示録」フリークスなら、持っていなければいけませんぞ!

「日当りのいい部屋に寝転がって、陽の光を背中に浴びているときである。『幸福とは、日当りのことである』というのが僕の唯一の個人的哲学なのである。前世は亀だったのだ」

と仰っているのは柴田元幸先生です。現代文学の翻訳家として、村上春樹、岸本佐知子と三本の指に入る人気翻訳家です。P・オースターの日本語版などは、彼なくしては読めなかったでしょうね。上記の文章は、彼のエッセイを集めた「死んでいるかしら」(日経文芸文庫400円)に収録されています。きたむらひとしのノホホン系イラスト一杯のこの本は、笑えます。

「文庫本とラーメン」というエッセイには、そうだよね!と拍手。

読書感想文に触れて、「本もやはり、もっともらしい言葉(感想)にする前に、まずは『味わう』べきものだと思う」と前置きして、

「うまいラーメンは腹を豊かにするが、知的な本は頭を豊かにし、情熱的な本は心を豊かにし、好色な本は下半身を豊かにする。(しないか)」

そして、ラーメンを食べる気楽さで、感想文のことなんか無視して本を読むのがいいとおっしゃる。大体、読書感想文があるなら、ラーメン感想文があってもいい!と、話は暴走します。小学生にインスタントラーメンを調理をさせ、味わい感想を書かせる。

「『出前一丁を食べてみて、私が一番感動したのは、麺のコシの強さです。食べはじめから食べ終わりまで一貫して失われないその強さを、私も見習って、これからは強く生きていきたいと思います。」

これをナンセンスと言うなら、読書感想文も似たようなものかもしれないと。

もうひとつ、ご紹介します。「エレベーター・ミュージック」。デパ−トのエレベーターや、館内でかかる人畜無害なBGMのことです。「恋は水色」とか「エーゲ海の真珠」とか。この手の音楽って、一端、気になりだすと煩い音です。かつては、高級な音楽が、サラリと流れているのが上等みたいな時代もありましたが、もはや、何もなっていない場所の方が、グレードが高いと思います。

「『エレベーターミュージック』という言い方には、気分を高揚させる(elevate)させるニュアンスも(皮肉として)こめられているが、ビヤホールでベンチャーズの『北国の青い空』なんか聞いたら、たいていの人間は高揚するどころか、人生それ自体に疑問を感じてしまう。」

音楽の必要ない空間には流さないことです。

文学の中の食の数々、人の心を揺さぶる一皿を網羅した「つまみぐい文学食堂」(角川文庫/絶版450円)も入荷しています。

石牟礼道子は、大学の人文ゼミで、「苦海浄土」が取り上げられたときに知りました。当時、女子大学のお嬢様と遊ぶことにのみ、血道を上げていたアホンダラ学生だった私には、水俣って?公害?はぁ〜??というぐらいの意識しかなく、ノンフィクションか小説か判断できないこの作品を、めんどくさいなぁ〜と、適当にコピペ(そんなもん当時はないのですが)してレポート提出した記憶があります。

それから数十年。再び彼女の作品と巡り会いました。「椿の海の気」がそれです。小説なのか、エッセイなのか、自伝なのか分けることができない250ページ程の作品です。解説で、池澤夏樹がゆっくり読むことを提唱し、「一行ずつを賞味するように丁寧の読まなければたくさんのものを取りこぼしてしまう」と書いています。

それで、一日数ページぐらいの速度で読んでいきました。読み終わった時、自分の部屋から遠く離れて、もの凄い深い場所から戻ってきた感覚が襲ってきました。

池澤が「これは、どういう種類の本なのだ?随筆とかエッセーと呼ぶにはあまりにも濃密、自伝といったって四歳までの自伝なんてあるだろうか?」と疑問符を付けていますが、著者が育った、昭和初期の水俣のゆたかな自然環境、濃密な家族関係、集落の人間関係が語られています。一つ一つの言葉を踏みしめながら、深い森にわけいっていくという作品です。

少女は、「この世の成り立ちを紡いでいるものの気配を、春になると」感じていました。それは、大人になれば、神とか創造主とかの言葉で置き換えられるのですが、幼い彼女はこう思っていました

「そのころ感じていた気配は、非常に年をとってはいるが、生々しい楽天的なおじいさんの妖精のようなもので、自分といのちの切れていないなにものかだった。おかっぱの首すじのうしろから風が和んできて、ふっと衿足に吹き入れられることがある。するとうしろの方に抜き足さし足近寄っていたものが、振り返ってみた木蓮のかげにかくれている気配がある。」

水俣の豊かな原風景が彼女を育てたことが、「苦海浄土」を生む原動力になったのでしょう。どんな作家もそうだと思いますが、程度の差こそあれ、自分が紡ぎだしてきた言葉には魂をこめていると思います。石牟礼道子の場合、それが深く、深く響いてきます。だからこそ、ゆっくりと読まければ、そして再読しなければならない作家なのだと思います。

「椿の海の気」が収録されている「日本文学全集24石牟礼道子」(河出書房新社)は、1800円です。