「『棲む』ところを少しでも快適に自分らしく素敵にしたいと思っているあなたに。よりよく暮らすための、よりよく生きるための『衣、食、住』の提案をしてゆきます」

というコンセプトで、2009年秋創刊された「棲」(すみか)が、15号を持って廃刊します。10年間で15冊を発行し、自分にとって本当に価値のある暮らしって何?を、様々な角度から追い求めてきた雑誌でした。今でこそ、大きな書店の女性誌のコーナーに行けば、異口同音の”素敵な暮らし”の本が並んでいます。そのほとんどが、おしゃれであっても商品の羅列に終わっているもののような気がします。どこからも住んでいる人の匂いが漂ってこない雑誌が多いようです。

しかし、「棲」には、そこで暮らす人々の思いが溢れています。最終15号の特集は「リノベーションからはじまる。」です。「還暦リノベーション」という興味深いタイトルの記事を見つけました。賃貸でありながら、リノベーションができるマンションに引っ越した主人のリノベ顛末記です。マンションの住人たちと協力しながら、新居が出来上がりました。

「ここが『終の棲家』になるかどうかは、まだわからない。でも、母を実家で看取った経験から、たとえば終末期をここで迎えたとしても、いろんな人の手を借りながら住み続けられるような気がしている。大きな介護用ベットだって悠々置けるし、車いすを乗り回せる余裕もある。寝たきりになったとしても、南の窓近くに置いたベッドから空が見える。まあ、先のことはともかく、料理をつくったり、掃除をしたり、ベッドを整えたり、花を飾ったり、そんな毎日のことが今は楽しい。」

この雑誌には、TVや女性誌で紹介されるグレードの高いおしゃれな住まいこそ最高、という考えはありません。日々、どうやって機嫌よく暮らしてゆくか、そのためにどう暮らすべきかという思想が(もちろん、難しくなく)、毎号、毎号語られていきます。

当店でこの雑誌を扱い始めたのは、比較的最近でしたが、毎号全て完売でした。14号「家をつくる、という冒険」で登場する、馬と暮らす女性のことはブログでご紹介しました。改めて創刊号から揃えてみると、どの号もご紹介したくなます。創刊号から、9号までは515円、それ以降は972円という買いやすい価格です。すでに9号「本があるから」は、売れています。

そして、毎号連載されている「こんなとき、こんな音楽」で取り上げられる音楽は、パーフェクトに素晴らしい。うちのCD仕入れをお願いしたい!と思うほどです。マニアックな音楽の紹介ではなく、あくまでこの本の「日々好日」的ラインナップです。岐阜のカフェ「ミル」店主のセレクトですが、このカフェにも行ってみたくなります。脱帽のCD紹介ですよ。

 

レティシア書房はゴールデンウイーク中も通常営業しております。(4月29日は定休日)

 5月6日(月)〜8日(水)は連休いたします。

 

フェルト作家の鈴木オリエさんの絵の展覧会が本日より始まりました。

2012年3月に京都で開催された「羊パレット」で、初めて鈴木さんのフェルト作品を見て、その色の美しさと、スックと立った造形に惹かれました。ご縁があって2016年11月、レティシア書房でフェルト展を開催することができました。店長の選書、例えば宮沢賢治や池澤夏樹などを読んで、作品を作っていただくというワクワクする展覧会でした。鈴木さん独特のビビッドな色をまとったフェルトの立体作品、男の子やクマなどがギャラリー一杯に物語を運んでくれました。

それから3年、念願の第2弾。美術大学でデザインを専攻されていて、絵は子供の頃から大好きで描かれていたのですが、フェルト作家としてずーっと活躍されていたので、今回は作家にとって初の「イラスト展」となりました。アクリル絵の具や色鉛筆を使った深い色合いが、書店に馴染んで落ち着いた雰囲気が漂います。フェルト作品を作り出すのと同じように、丁寧なタッチで一つ一つ愛おしむように描きこまれています。最近、猫を飼い始めたとのことで、どうしても目の前にいる同居人(?)がテーマになるとか。本好きの彼女が描く童話のような世界が広がっています。

二度と描けないということで、残念ながら作品は全て非売です。ゴールデンウイーク中、この辺りは比較的静かで落ち着いていますので、お時間があればぜひお立ち寄りくださいませ。鈴木オリエの新しい魅力をぜひ見ていただきたいと思います。(女房)

「鈴木オリエ イラスト展」は4月24日(水)〜5月5日(日)12時〜20時 月曜日定休

 

レティシア書房はゴールデンウイーク中も通常営業しております。(4月29日は定休日)

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これは、面白かった。今の所、今年読んだ文芸書ベスト1です。

日本文学短編のアンソロジーなのですが、発行をしているのがイギリスの大手出版社ペンギン・ブックス。洋書でおなじみの大手です。アメリカの日本文学翻訳家、研究者であり、村上春樹の作品の英訳者として知られているジェイ・ルービンに編集を依頼し、彼がセレクトし、さらに村上春樹が、収録されている作品を元に、日本文学の流れを解説した序文を掲載したのが本書です。つまり、ここに収録されている作品はすでに英訳されて出版されており、今回新潮社から日本版が出たのです。(中古/2800円 左の写真が日本版、右下が洋書です。)

春樹が序文で、「もちろん誰もが知っている『定番』もいくつか収められているが、素直に言って、そうでないものの方が数としては遥かに多い。そしてまた時代的に言っても、とても古いものととても新しいものが、文字通り隣り合って収められている。」

私もほとんど読んだことのないものでしたが、面白いのは、その作品の並べ方です。通史的に時代順に並べてあるのではなく、「日本と西洋」「忠実なる戦士」「男と女」「自然と記憶」「近代的生活、その他のナンセンス」「恐怖」「災厄 天災及び人災」というタイトルで、作品が区別されています。春樹が告白していますが、選ばれた作品で彼自身が読んだのは、たった6作品。私など柴田元幸の「ケンブリッジ・サーカス」のみでした。だから、どれも非常に興味深く読みました。よく、こんな作品翻訳したなぁ〜というのも多々ありました。

全く知らない作家もいました。「母の体で、初めて砂糖に変わったのは膣だった」という書き出しで始まる澤西祐典の「砂糖で満ちてゆく」。これ、「全身性糖化症、一般に糖皮病と呼ばれるこの進行性の病では、まず、使用されない内臓部分が、続いて表皮が糖化してゆく。」病に侵された母を介護する娘の話です。シュールな介護小説で、結末がすごい。

また、広島で被爆した直後の世界を、奇妙な虫の視点で描いた青来有一の「虫」は、強烈な印象を残します。語り手が、江戸時代の隠れ切支丹の末裔という設定で、人と神とのせめぎ合いに迫っていきます。この二人は全く知りませんでした。

春樹は、序文のタイトルを「切腹からメルトダウンまで」としています。三島由紀夫の「憂国」から、直接的あるいは間接的に東日本大震災を描いた、佐伯一麦、松田青子、佐藤友哉まで網羅して、日本の文芸を俯瞰しています。英語版を読んだ人たちの心には、どんな風に日本が映ったのか大いに気になります。

 

ようわからんタイトル、正確には「パリのガイドブックで東京の町を闊歩する1 まだ歩き出さない」です。歩くのか、歩かんのかどっちやねん、と関西弁でツッコミたくなります。出版しているのは「代わりに読む人」。著者は友田とんさん。縦長のガイドブック風で756円。

「東京の町のガイドブックを頼り、目的地を決めてしまったら、おそらくそこへの最短な経路を歩いてしまうだろう。」だから、「代わりに私はパリのガイドブックを握りしめる。東京を歩くために、パリのガイドブックをこれほど熟読した人間はいないという確信がある。その時、何が起こるのだろうか? 試してみようと思う」

というのが、趣向です。へそ曲がりと言えばそれまでですが、案外面白いのです、この本。

この著者には、ガルシア・マルケスの「百年の孤独」をタイトルに入れた「『百年の孤独』を代わりに読む」という本があります。「リュックに『『百年の孤独』を代わりに読む』の在庫とパリのガイドブックを詰めて、私は都内を歩き回った。」から、スタートします。

荻窪にある書店Titleに向かい、ここに本を置いてもらえることになります。ここから、店主の辻山さんとのやり取りや、自著が売れてゆく様が描かれていきます。著者は、この書店のカフェで出されているフレンチトーストの匂いに惹きつけられて、何度も通うのですが、ご縁がなく、いつも売切れ。やっと食べることが出来るまでが描かれていて、それがなんか微笑ましく面白いのです。フレンチトーストの写真を見ると、確かに美味しそうです。Titleさんに行ったら、私も注文してみよう。

「何度来ても食べられないという展開がコントのようですねと言うと、辻山さんが『カフカの『城』のようでもありますね』とおっしゃった。カフカの『城』で主人公の測量士Kは結局、城に行ったのだろうか。『城」とフレンチトースト。私はフレンチトーストにいつかありつけるのだろうか」といった風に綴られます。

ところで、これがパリのガイドブックとどう関係するのか?

「Kが城にたどり着けないように、私はフレンチトーストにたどり着けず、またどうやったらパリのガイドブックで東京の町を歩けるのかわからない」

東京の町とパリのガイドブックという異質のものを結びつけようとする、ある種文学的試みが面白くて、一気に読んでしまいました。最終章は「ポストフレンチトースト」です。ガイドブックを深く読み込むことで、異次元の東京が飛び出すかもしれない、という無茶な試みですが、書名に「1」と入っている以上、続くみたいです、早く読みたい!ちなみに著者は京都出身(関西人やん!)です。

 

 

★勝手ながら、4月22(月)23日(火)連休いたします。よろしくお願いします。なお、ゴールデンウィーク中は通常通り営業いたします。(店主)

一人で、或いは仲間と一緒にミニプレスを発行してる女性が多くなってきました。京都なら「気になる京都」の太貫まひろさん、「台湾手帳」の田中六花さん、「APIED」の金城静穂さん、大阪なら「ほんと本屋と私の話」の宮井京子さん、岡山なら「おきらく書店員のまいにち」のいまがわゆいさん、東京の「1/f」(エフブンノイチ)の長尾契子さん。まだまだおられます。

その中で、様々な切り口で読者を増やしている「1/f」」のバックナンバーフェアを始めました。(6月中旬まで)

2015年に創刊し、7号まで発行されています。「ここちよい、ヒト、モノ、ストーリー探し求めるリトルマガジン」を標榜し、毎回「おやつ」「夜の時間」「ひとりの時間」「旅」などをテーマにしています。当店では、創刊号から取り扱っていて、創刊号の「草餅の作り方教えてください」という特集で、あっという間に完売しました。2号「光とくらし」、3号「祝いと食事」、4号「乙女の遊び」、5号「眠れない夜」、6号「一人の時間」、7号「手にひらサイズの旅」と、毎回違った特集で読者を楽しませてくれます。

毎回本が取り上げられている、ミニ特集のセレクションが渋い! 創刊号では、シャーロット・ブロンテの「ヴィレット」を取り上げ、その中に登場するシードケーキをテーマに語っていきます。5号では、タブッキの「インド夜想曲」が、眠れない夜にぴったりと取り上げられています。主人公ロショニルがインド各地を巡ってゆく物語で、イラストの地図を駆使して、この物語の世界が解き明かされています。6号では、「ひとり時間を過ごす女性たち」というテーマで、ブロンテ、林芙美子、アン・モロウ・リンドバーグ、オーバル・ウィットリーがピックアップされました。本好きには見逃せないものばかりですが、3号の「作品から見る『祝いと食卓』のかたち」で取り上げられた「バベットの晩餐会」を、特に面白く読みました。

今回のフェアでは、創刊号から最新号までに加えて、発行者の長尾さんが描いたイラストを元にしたポストカードセットも販売しています。創刊号から3号までは在庫僅少ですので、まだお持ちでない方はお早めに。(京都では当店とホホホ座浄土寺店のみの取り扱いです)

ところで、こんな本が手元に届きました。「かわいいウルフ」です。英国の作家ヴァージニア・ウルフをいろんな角度から読み込んだ文芸誌です。このタイトル、厳格な英国文学研究者なら、卒倒しそうなタイトルですが、中々奥深い内容です。発行人は、神奈川在住の小澤みゆきさん。また新しいミニプレスが登場しましたが、当店でも販売開始します。発売は5月上旬です。(ご予約受付中)

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先日ご紹介した「数学の贈り物」に続いて、う〜む、分からん。が、面白い本を読みました。池澤夏樹著「科学する心」(集英社/古書1400円)です。「生命の原理は有機物を主体とする動的平衡である。」えっ何の事?

大学で理工学部物理学科に在籍したこともある池澤は、今までも化学的テーマでエッセイや、評論を出しています。本書は季刊誌「考える人」(新潮社)、「Kotoba」(集英社)に連載されていたものを集めて、人工知能、進化論、原子力、昆虫学など、多彩な分野にわたり、「科学する心」を目覚めさせる内容です。なんのことやら、と言う箇所も多いのですが、そこは小説家だけあって、随所に「文学的まなざし」を保持しつつ、世界を考察する刺激的な書籍になっています。

「AIが人間を征服するという説の間違いはAIに意想があると仮定しているところだ。AIには生存欲がない。スイッチを切れば、あるいはもっと乱暴にプラグを引っこ抜けば消滅する。AIはそれに抵抗しない。一寸の虫にも五分の魂と言うけれど、その五分の魂の魂がない。生きていないのだから、彼らのふるまいは擬似的な生態でしかない。」

AIとはそういう存在なのだということを、簡潔に述べます。先端の科学論だけだなく、古生物学、博物学、人類の歴史、昭和天皇が生物学者として研究の中心地にしていた、吹上御苑の生物研究所まで登場してきます。森羅万象の現象に分け入りながら、今を見つめ直していきます。

第6章「体験の物理、日常の科学」では、プラスチックについてこう語ります。

「水など自然の素材には細部がある。薄く切り出して顕微鏡で見れば細胞が見える。更に倍率を上げればもっと微細なところまで見える。プラスチックには細部はない。どこまでもただのっぺりと均質なだけ。今、我々のプラスチックへの信頼は高い。水の入ったペットボトルとパソコンを平気で一つのバッグに入れて不安に思わない。しかし、プラスチック製品はおもしろくないのだ。初めから完成されていて手を入れる余地がない。不自然であると言えないか。」

こんな感じで綴られてゆくので、少々困難な言葉に出会っても、大丈夫、読めました。難しさよりも、面白さが優った本です。

ちなみに「科学する心」という言葉は、1940年、生理学者の橋田邦彦が提唱したもの。彼は、戦前、戦中文部大臣を歴任、東條内閣の時に辞任しました。学徒動員に反対し、戦後A級戦犯として連行されようとした矢先、青酸カリを飲んで自殺。自宅玄関前で死んだ学者でした。

 

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東京新井薬師に、ホントにある「しょぼい喫茶店」の店主、池田達也が書いた「しょぼい喫茶店の本」(百万年書房/新刊1512円)は、起業して成功するための本ではありません。これからの働き方、生き方を考えてみるには最適の一冊です。

「僕は働きたくなかった。ただただ働きたくなかった。理由はよくわからない。」という出だしで本は始まります。なんと甘えたことを!とお怒りのサラリーマン諸氏、まぁまぁ、その気持ちはちょっと横に置いて、著者の思いを聞いてあげて下さい。

著者はアルバイトをしても長続きせず、就活では「会社で使える人間」をなんとか演じる努力したものの、全くダメ。社会人失格の烙印を押された気分で鬱々とした日々を過ごすことになり、挙句に自殺まで考えるようになります。それなりに人生の階段を上がってきて、初めて蹴つまずいた著者は、ここで一人の男性に出会います。”日本一有名なニートphaさんです。彼の著書「持たない幸福論」で出会った「自分の価値基準で幸せを決める」という言葉に心動かされます。

「嫌な人たちと嫌なことをしてお金をもらうよりも、好きな人と好きなことをしていたい。」大正解です。でも、普通のレールに乗って、会社に勤めていたら不可能です。そんな考えは甘えだと言う方が多いでしょう。しかし著者はここから、じゃあ自分の幸福は何か、どう生きていけばいいのかを必死で考えていきます。

ある日、twitterで”えらいてんちょう”という様々な事業を展開している人物に出会います。

「金がないことが貧困なのではなくて、金がないならないなりにやる、ということができないのが貧困。金を得る方法を知っているのが知性ではなく、金がなくても笑って過ごせるのが知性。」

名言ですね。会社員として遭遇する、不条理、我慢の対価として金を得て、それなりの生活を送るのではなく、自分の価値基準で幸せになる生き方を選び、それには自営業が最適と考え、店を持とうと思い、そこから、著者の人生は動き出します。物件を探し、お金を工面し、オープンへと向かいます。このあたりの描写も、よくある開店指南書とは大違いの面白さ。面白いキャラクターの人物が登場し、さながら青春小説です。

中々、上手くいかない状況に、諦め気分の著者に”えらいてんちょう”が言った言葉が、「いや、そんな真面目に考えなくてもどうにかなるっしょ!もっと適当で大丈夫」ってそんなことで、上手くいくか!

ところが人生どうにかなるんです。この本の後半はその記録です。もうダメだと思っていた著者は、店を軌道にのせ、なんと生涯の伴侶まで見つけてしまいます。拍手、拍手です。

嫌なことはしない。好きな事だけを仲間と一緒にやってゆく。金持ちになることを考えず、果てしない消費に突き進むことなく、微笑んで毎日生きてゆく。そんな若い人たちが沢山出てくれば、この社会も、ちっとはマシになるかもしれません。

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イザベル・コイシェ監督「マイ・ブックショップ」は、本好き、本屋好き、書店業に従事している者ならば、観てほしい映画です。

舞台は1959年、イギリス東部の小さな海辺の町。戦争未亡人のフローレンスは、夫との夢だった書店をこの地に開くことを決意し、放置されていた古い家を買取り、店を開きます。しかし、地元の金持ちで、慈善団体活動をしているガマート夫人は、この場所に芸術センターを建てるとしていて、いい顔をしない。本屋作りに走り出すフローレンスと、それを阻止しようとするガマート夫人の画策。

古い家に、書架が入り、本が並んで、本屋に命が吹き込まれてゆく様子が描かれていきます。そして、小学校に通うクリスティーンのお手伝いでオープンします。この少女がまた、読書が嫌いで、算数と地理が好きな不思議な子なのですが、ラストでとても重要な役柄になりますので、注意して観てくださいね。

町には、古い邸宅に引きこもる読書好きの孤独な老人ブランディッシュがいます。彼の佇まい、ファッション、気骨は、初老に入ろうとする者にとってお手本なので、御同輩の皆様、ここもしっかりとご覧いただきたいのですが、彼は、早速面白そうな本を送ってくれと注文を出します。フローレンスが選んだのがユニーク。レイ・ブラッドベリのSFの古典「華氏451度」でした。ブランディッシュは、この作家が気に入り、次から次へと読破していきます。書店員として、これほどの幸せはありません。さらに彼女は、悩んだ末に、当時スキャンダルな内容で話題になっていたナバコフの「ロリータ」を、これは売るべき本だと250冊仕入れて、店頭にズラリと並べます。私は持っていたコーヒーカップを落としそうになりました。いや、こんな決断なかなか出来ませんよ。売りたい本を、覚悟して売るという本屋の原点です。

 

順調に見えた書店経営も、イケズなガマート夫人の、巧妙な政治的画策で廃業に追い込まれていきます。この作品、ラストのラストに至るまで、大げさな描写を一切廃して、書店と町の住人を見つめていきます。だから、追い出される場面も極めて静かです。荷物をまとめて船に乗った彼女を見送るのは、クリスティーンのみ。読書嫌いの彼女の腕には、フローレンスがこれだけは読んでね、と渡したリチャード・ヒューズの「ジャマイカの烈風」が抱かれています。あなたの本への想いは受け取ったというクリスティーンの瞳を見るだけで、泣けます。

映画の公式サイトのコメント欄を見ていると、川本三郎や上野千鶴子らの著名人に混じって、書店員、店主のコメントが載っていました。HMVBooksの店長を務める花田菜々子さんが「ラスト最高、私が彼女でもそうする。書店員の執念は凄まじいのだ。なめてかからない方がいい」と。「書店員の執念」という言葉は、どうかなとは思いますが、気持ちはよくわかります。旧態依然とした業界の疲弊、未来の見えない新刊書店の現状で仕事をする書店員に、クリスティーンの瞳が気合を入れたのかもしれません。

しかし、映画はここで終わりではないのです。ここから、後は劇場で。本を、本屋を愛している貴方なら、溢れ出る涙に遭遇することになります。名作です。

1983年7月24日、西武ライオンズ球場で大きなコンサートがありました。出演は、ラッツ&スター、大滝詠一、サザンオールスターズというビッグネームです。そこで二番目に出た大滝詠一のステージが、初めてCD化(1900円/中古)されました。彼の経歴や功績を、今更どうこう書くつもりはありませんが、彼と彼の仲間たちがいなければ、歌謡曲もポップスも、今日の音楽的進展はあり得なかったのは事実です。

コンサートは、意表をついた形でスタートします。山本直親指揮の新日本フィルハーモーニー・オーケストラが壇上に並び、フルオーケストラで、大滝のヒットナンバーを演奏し始め、全5曲、インストが続きます。おそらくサザンオールスターズのファンは退屈だったでしょうね。しかしインストでも、彼のラグジュアリーで叙情的なメロデイーを満喫できて、私は楽しく聴きました。「カナリア諸島にて」を飛行機の中で聞いたら、きっと旅の気分がぐっと上がる出来上がりです。

その後は、彼の代表曲の釣瓶打ちです。薬師丸ひろ子の「探偵物語」や、森進一の「夏のリビエラ」の英語バージョンなど、こんな曲も歌うんだなぁ〜という選曲で楽しませてくれます。そして、エンディングがまた大滝らしいというべきか、「夢で逢えたら」のフルオーケストラ演奏で終わるのです。普通なら、ラストナンバーで盛り上がるところ、いやはやのラインナップです。

さて、大滝と同じく日本の音楽界に多大な影響を与えている、細野晴臣もユニークなアルバムを出しました。彼が1973年に発表したソロアルバム「HOSONO HOUSE」をリメイクした「HOCHONO HOUSE」(中古CD2500円)です。73年発表のアルバムは、今でも若い世代から圧倒的な支持があって、じゃあもう一度リメイクしてみようか、となったみたいです。ただ、単なるリメイクではなく、全ての曲の歌唱、演奏、ミックス、プロデユースを細野一人でやっています。「HOSONO HOUSE」を愛聴していた人ならわかると思いますが、逆の順番で演奏していることに気づきます。全く逆の順序でスタートし、オリジナルで先頭に収録されていた曲が、ここでは最後に演奏されています。自分の音楽で盛り上がることを良しとしない、彼らしい盛り下がる音楽をお楽しみください。

なお、この二枚のアルバムのことを特集した「レコードコレクター」最新号も古書(400円)で入荷しています。お好きな方はまとめてどうぞ。

世界を変える美しい本」(売切)、「フェルメール」(2160円)、「はじめまして、ルート・ブリュック」(2160円)などアート系の良質の本を出しているブルーシープが、新刊を出しました。なんと、スヌーピーです。正式のタイトルは「スヌーピーミュージアム展図録」(3024円)。

これは、2016年から18年まで期間限定でオープンしたスヌーピーミュージアムで、5回にわたって開催された企画展を凝縮した一冊と、「THE BEST OF PEANUTS」と題されたスヌーピーコミックのベストを二冊組みにしたものです。世界一有名なビーグル犬スヌーピーは、50年も連載を続けていました。

スヌーピーにたいして興味のない私でも、この図録は、思わず読んでしまいました。コミックはもちろん、グッズ、本、ペナント、おもちゃなどあらゆるものが集められています。登場人物の詳細な紹介に、かなりのページを使っていて、著者はここまで描き分けていたのかと、驚きました。最後に作者チャールズ・ M・シュルツの未亡人ジーン・シュルツ(シュルツ美術館理事長)と、日本で翻訳を担当してきた谷川俊太郎の対談まで用意されています。その中で、谷川が、スヌーピーのコミックについて「まずは品がいい。露骨な笑いではないのです。」と語り、そのユーモアのセンスは井伏鱒二に通じるものがあると話しています。資料としても価値があります。

さて、独特の文章と、モノクローム線画でユニークな作品を発表してきたエドワード・ゴーリー。柴田元幸によって数多くの作品が翻訳されて日本でも人気の作家になり、2016年には大規模な巡回展がありました。そのゴーリーの「ぼくたちが越してきた日から そいつはそこにいた』(河出書房新社/古書1150円)は、従来のゴーリーのイメージと違い、モノクロームではなくカラーです。

とある一家が、新居に引っ越してきた時、庭に大きな犬がいたのです、そのセントバーナードみたいなムク犬は、家族が近づこうが、雨が降ろうが、ただ黙ってそこにいるだけなのです。柴田曰く「はじめから終わりまで名前さえない そもそもこの犬の正しい名前は何なのか?が物語のテーマなのだ」

「ゴーリー自身、ほろっと泣かせるような物語なんて間違っても書かない」という柴田の指摘通り、子供と犬の涙の感動物語ではありません。しかし、ゴーリーと組んだことのある作者ローダ・レヴィーンの、じっと止まる大きな犬と、それに名前をつけようとする少年の物語は、少しだけ感傷的な味わいがあり、ゴーリーの中では珍しいと思います。

「いつかはきっと、正しい名前が見つかるとぼくは思う。ぼくはいまもしっかり取り組んでいる。犬は待っている。ぼくは考えている。ぼくたちはどちらも、がんばっている。」という少年のセリフで物語は幕を閉じます。二人、いや一人と一匹に、頑張れと声をかけたくなるラスト。ゴーリーファン必読です!