誠光社店主、堀部篤史さんの「90年代のこと」(夏葉社/1728円)が出ました。サブタイトルに「僕の修行時代」と書かれています。

「昔は良かったなどと言うつもりはないが、もうこれ以上いらないと強く思う。」これ以上リッチなもの、便利なもの、美味しいものはいらない。「せめて本当に必要なものを取捨選択できるぐらいは覚めていたい。そのためにはかつてわれわれに何がなく、代わりに何があったかを思い出す必要がある。」というのが、この本の出発点です。

1994年、高校生だった彼の愛読書は「ガロ」でした。仲間たちは、「週間少年ジャンプ」などの週間漫画雑誌に夢中でしたが、彼は「人と違うものを選ぶことで、かれらとははっきりと違う自分の立ち位置を確保しようと必死だった。」のです。そして、「ガロ」を始め、オルタナティブなアイテムを探しもとめ、あちらの本屋、こちらの本屋とかけずり回ります。辿り着いたのが「三月書房」。そこで「ガロ」を起点に、知らない作家や未知の作品へと触手を広げていきます。本だけでなく、音楽、映画、アートの世界へと無限に広がってゆく世界を見つけるのです。

「過去に触れてきたものがある時点でつながり、違った見え方をする。無関係だったもの同士がジャンルを越えてつながる。音楽を聴き、映画を観続けていると必ずそんな瞬間が訪れる。」

膨大な量のレコードを聴き、古本を買いあさり、映画館に足しげく通うことで、自らの思想を作り上げてゆく。インターネットなど皆無だった頃、すべての評価が検索一発で瞬時に目前に並ぶ時代ではありません。駄作、見込み外れ、失敗作を浴びることで自分なりの批評精神が磨かれてゆく。B級、C級の映画を見続けて、私も私なりの修行時代を通過したように思います。

誠光社には、よく行きます。堀部さんとは、本よりも音楽の話で盛り上がる事が多いです。本著にもアメリカのロックバンド、ソニックユースとダイナソーJrに夢中だったことが書かれていますが、80年代これらのバンドが出てきた時、私自身、パンク少年、ニューウェーブ少女たちの溜まり場みたいな、京都でも過激で、新しい音楽を扱っていたレコード店の店長をしていました。部下たちは、彼らの音楽を絶賛していましたが、しかしながら、私はダメでした。はきそうになるぐらい聴き続け、バックグラウンドや、音楽状況の情報を探しだしましたが、どうしても受け入れることは無理でした。そして、新しい音楽には新しい店長を、とバトンタッチしました。

この時に、流行の音楽、映像、文学、アートを無視して、自分で選んだものを観て、読んで、聴いたことは大きな経験でした。インターネットなんてまだまだ先の話、という時代、自分なりのアメリカンカルチャーの文脈を組立てる作業は楽しかった堀部さんも書いています。「検索型の世界は時に文脈を崩壊させる。背景のない検索結果がでたらめな組み合わせを産み、意味は剥奪され、表層だけがコピーされ続けてゆく」

最終章「1996年、本屋は僕の学校だった」で、元の職場である恵文社に、POSシステムが導入された時のことに触れています。「出版社、取次、書店の三者が無駄を減らし利益をあげられるシステムだというが、そこには『読者』のことは勘定に入っていない。効率の代わりに犠牲となるのは多様性だ。読者の傾向や層を数値化しすることによって、最大公約数を求める店舗を平均化していくことが目に見えるようだった。」

私も同じようなことを十数年前に、取次ぎのエライさんや、経営陣に向かって発言したことがあります。その場の嘲笑的な雰囲気が今も忘れられません。でも、この本を読んで、あの時の考えは間違いではなかったんだ、と力づけられました。

堀部さんが、90年代に、観て、聴いて、読んだ膨大な量の情報の一部を再生しながら、あの時代の雰囲気を見つめ、今の時代に欠けているものを明らかにしてゆく作業をまとめた本であり、その思想が、誠光社の書架に生きていることがわかります。そして私にとっては、過去のある時代の情景が目前に現れてきた刺激的な本でもありました。

 

 

 

 

夜行急行「銀河」と聞いて、あ〜あの東京まで深夜に走る急行列車かと思い出される方も多いはず。京都を22時58分に出て東京へと向かうこの列車は、1949年から2008年までの約60年間、東京大阪間を走り抜きました。(一時は姫路まで行っていたみたいです。)

「銀河」のヘッドマークを付けてEF65系電気機関車に引っ張られて、人のいない京都駅を出る姿に哀愁のある列車でした。「特急・急行トレインマーク図鑑」(双葉社/古書500円)を捲っていて、若かった頃に乗ったことを思い出してしまいました。

この本は、北海道、東北、関東・甲信越、東海・北陸、関西、中国・四国、九州の各エリアで走っていた特急、急行のヘッドマークを集めてあります。鉄道ファン向けに出された中の一冊ですが、マニアではない人が読んでも、面白い。何よりも、マークの意匠デザインが秀逸で、旅心を掻立ててくれます。

その中でも特急「つばめ」は、日本のエース列車でした。1950年、戦後復興したばかりの東京大阪間を蒸気機関車が先導した「つばめ」に掲げてあった、躍動感のある宙を舞うつばめのデザインは、これからの明るい未来を目指す象徴的なマークにみえます。民営化前の国鉄時代を代表する列車であり、国鉄はこのマークを大事に扱ってきました。当時プロ野球球団、国鉄スワローズは、その後、ヤクルトスワローズになっても、ツバメを意味するスワローズはそのまま残しています。敗戦から復興、そして経済成長時代の真っ只中を過ごした世代にとっては、特急「つばめ」はきっと眩しい存在であったに違いありません。しかしその「つばめ」も1975年、山陽新幹線開通時に、引退を余儀なくされます。

この本をパラパラめくっていると、この列車乗ったなぁ〜、貧乏旅行だったなぁ〜とか、故郷へ戻る時に夜を越したなぁ〜とか、様々な思い出が浮かんでくるかもしれません。

個人的に、思い出のある列車は寝台特急「あかつき」です。京都長崎を結んでいた列車で、「明け方の長崎を目指して走る」ところから命名されたのでしょう。最後に乗った寝台特急でした。あの時、一緒に旅した彼らは、今どうしているのか…..

 

エチオピアの農村や中東で、フィールドワークを続けてきた文化人類学者松村圭一郎が、その活動を通して、世界を、私たち日本人を、見つめ直した「うしろめたさの人類学」(ミシマ社/新刊1836円)は、新しい発見が沢山ある素敵な本です。

目次には「経済ー『商品』と『贈り物』を分けるもの」とか、「関係ー『社会』をつくりだす」、「国家ー国境で囲まれた場所と『わたし』の身体」等々、難しそうなタイトルが並んでいますが、最後まで読めるかな〜?などの心配は無用です。

「できれば人類学とは無縁の人に自分の言葉で届けたいという思いでここまで書いてきた。願わくは、紡いできた言葉が学問の垣根を越えた越境的な贈り物となることを祈りつつ」と最後に書かれている通り、もう、めちゃくちゃ日常の事柄を例を引っ張ってくるので、成る程、成る程と読み進むことができます。

まず彼が足しげく通ったエチオピアの様々な現場から、新しい考え方を模索していきます。例えば、この国では、みんな平気で物乞いにお金を渡します。

「物乞いに抵抗なくお金を与えているエチオピア人の姿を見て、なぜ自分はお金を与えることに躊躇するのだろう、と問うことができる。他者の振る舞いから、自分自身がとらわれた『きまり』の奇妙さに気づくことができる。人の振りみて、我が身を疑う。これが人類学のセンスだ。」

良い言葉ですね、「人類学のセンス」って。遠い所にあった人類学という学問がぐぐぐっと近づいてきます。

人類学のフィールドワークでは、当然その地の人と深い関係性を持ちます。様々な状況で、色々な感情、行動を体験します。そんなフィールドに馴染んだ身体は、フィールドから、ホームに戻ってくると、あれ、なんか違うなぁ〜というずれを経験します。「自分の居場所と調査地を往復するなかで生じる『ずれ』や『違和感』を手がかりに思考を進める。それは、ぼくらがあたりまえに過ごしてきた現実が、ある特殊なあり方で構築されている可能性に気づかせてくれる。」

私たちがいきる社会を構築しているものは何なのか、その延長にある国とは何なのかと、答えを求めていきます。格差は深く進行し、膨大な情報の洪水の中に溺れ、人とのつながりが遮断され、出口の見えない孤独に苦しむ。しかし、表向きは、街がピカピカに美化され、格差なんてどこにも存在しないような顔をしているのが、今の日本だとすると、「ホームレスも、障がい者も、精神を病む人も姿を消した街は、どんなにきれいに開発されても、ずっと生きづらい。バランスの崩れた場所になっているはずだ。格差を突きつけられる機会が失われているのだから。表向きの『美しさ』は、その裏で不均衡を歯止めなく増殖させてしまう。」ことになります。

震災の映像を見て、何もしない自分のうしろめたさを感じ、義援金を送った人も多いはず。著者は言います。

「知らないうちに目を背け、いろんな理由をつけて不均衡を正当化していることに自覚的になること。そして、ぼくらのなかの『うしろめたさ』を起動しやすい状態にすること。人との格差に対してわきあがる『うしろめたさ』という自責の感情は、公平さを取り戻す動きを活性化させる。」

うしろめたさを起動することで、現実を見直し公平さへの希求が持ち上がるのだという事を、多くの体験を通じて、私たちに語ってくれます。本書は、今年度の「毎日出版文化賞特別賞」を受賞しました。

 

 

 

 

 

ジョージアという国が何処にあるかご存知だろうか。古くはグルジアと呼ばれた国です。あぁ〜、旧ソビエト連邦の国か、ぐらいはわかるでしょうか。

コーカサス山脈の南麓、黒海の東岸に位置し、北側にロシア、南側にトルコ、アルメニア、アゼルバイジャンと隣接しています。昔から多種多様な民族が行き来する交通の要衝であり、幾たびも他民族支配にさらされてきた土地でありながら、キリスト教文化を守ってきた国です。2015年「在外公館名称を変更する為の法案」成立以降、ジョージアと表記されています。

グルジアの映画といえば、ギオルギ・シェンゲラヤ監督「放浪の画家ピロスマニ」(1987)ですが、今回、この国を代表するテンギス・アブラゼ監督の「祈り三部作」の、「祈り」「希望の樹」「懺悔」が順次公開されることになりました。先日、第一作目日本初公開「祈り」(1967年)を観に行きました。90分足らずの白黒スタンダード作品でしたが、感想は?と言うと、さっぱりわからんが、とても面白い。

19世紀ジョージアの国民的作家V・ブシャベラの叙事詩をベースにして、ジョージア北東部の山岳地帯に住むキリスト教徒とイスラム教徒の因縁の対決を描いているらしいのですが、そうなの、そうだったの?と頭の中がグラグラしたまま劇場を出ました。「パンフレットはすべて売切れです」という劇場係員の声が肩越しに聞こえてきました。見終わった他の方々も、わからんからパンフ読んで勉強しようと思われたのか。

しかし、「わからん』=「つまらん』にならない、そして最後まで画面から目を離させない力を持っているところが凄い映画です。例えば、キューブリックの古典的名作「2001年宇宙への旅」を初めてみた時に感じた、何だかよくわからんが凄い!という映像の圧倒的な迫力に近いものがあります。もちろん、白黒スタンダードサイズの画面で、おそらく撮影機材もハリウッドが持っているような最新式のものではなかったはずですから、「2001年」と同じというわけにはいきません。しかし、雪の彼方に消えてゆく家族を延々捉えていたシーンや、峻厳な山を登ってくる人々の黒いシルエットを捉えたシーン、朽ちかけた墓石が乱立する墓場等々、映像の力に釘付けになります。物語を追いかけてゆく映画ではありません。叙事詩をシンボリックに映像化したとでも言ったら良いでしょうか。黒いベールをかぶった女性が、深い闇の中で、マッチに火をつけるシーンの神秘的な美しさ、その光の奥の闇に吸い込まれていきそうになりました。

日本的でも、ハリウッド的でも、ヨーロッパ的でもない映画に接して、頭の中をフレッシュアップするのも良いものです。

 

池澤夏樹が、沖縄のボーダーインク社から出版した「沖縄への短い帰還」(古書/1600円)は、沖縄について書いたエッセイ、書評、インタビュー、講演などをまとめた一冊です。著者は、1994年から10年間沖縄に住んでいました。都会である那覇から、田舎の知念へ引越もしています。

戦争末期、軍部は時間稼ぎに沖縄を戦場にし、20万以上の民間人が犠牲になりました。戦後はアメリカによって好き放題使われていることは、皆さんご存知のことです。日本は沖縄をいいように扱ってきました。著者は、そんな現状への鋭い意見を発表しています。しかし、この本はそういう面だけでなく、様々な顔を持つ沖縄を紹介しています。

彼が移住を決心したのは、「東京という大都会が提供してくれるさまざまな魅力が色あせて見えるようになったからだった。もうあの喧噪はいらない。」でした。「感動的においしいものはなくても、まずくないものが手に入ればいい。沖縄ならばそういう食生活になりそう。」

ここから、地元の食材の話が展開されていきます。そして、当然、泡盛の話題になっていきます。「酔うために飲んで、気持ちよく喉を通り、素直な酩酊に入れる。翌日はすっきり目が覚める、という意味では、泡盛はよい酒である。」

沖縄ぐらしのエッセイの後に、沖縄についての本の書評が集めてあります。本土の出版社から出たものもありますが、沖縄の出版社の本が多いです。その中で、宮城文著「八重山生活誌」(沖縄タイムス社)に驚きました。

「一人の女性が自分が経てきた時代の生活文化すべて書き記そうと決意した。九年あまりかけて知るところを書き、不明な点は調査を重ね、ついにA5判で六百ページの大著を完成した。検索項目だけで二千を越える綿密な生活誌である」この本が完成した時、著者はなんと数え年で81歳でした。

続く第三章は、著者が受けた沖縄に関するインタビューがまとめてあります。1995年、地元雑誌の載ったインタビュー記事を少し長いですが紹介しておきます。

「地方にもっと強い力をというのは、言ってみれば『強い国」』か『幸せな国』かの選択なんだな。『強い国』が欲しいのであれば、みんな中央のことをきくというのがいい。日本の会社が軍隊をまねて人を使うのと一緒でしょ。一糸乱れず行進する兵隊が強いんですよ。だけど『幸せな国』ってのはそうじゃない。みんなしたいことして、ばらばらで、しかもなんとなくまとまっているというふうが幸せなんですよ。やっぱり日本というのは、明治以来の西洋コンプレックスがあってどうしても『弱い国』にはなりたくないんだ。力の神話にすがっている。ぼくなんか『弱いけれど幸せな国』の方がいいんだけれど………。琉球はかつて『弱いけれど幸せな国』を実現していたから、そこへ返りたいという思いも強い。」

あるべき国の姿をこの地に求めた愛情と、ここを見捨てた日本という国への辛辣な意見が交差する一冊です。 

日本画家さわらぎさわさんの、柔らかな日差しのような絵が、小さな本屋の壁に並びました。しっとりと秋の落ち着いた雰囲気が漂います。

「スカンクの旅」(写真上)「夜空を見上げて」という作品の前で、物語が広がりそうで楽しいとお話ししていたら、実は絵本を作るつもりだったということでした。どんな世界に連れて行ってもらえるのか、続きを見てみたいものです。日本画の絵具で描かれた絵は、可愛いモチーフを扱っていても奥行きがあります。もしかしたら、この絵の深さは印刷では上手くでないかもしれません。完成した絵本も見たいけど、原画の素晴らしさを味わっていただいたいと思います。ゆっくりほっこりした時間が過ぎていきます。

子どもを囲んで、きりん、シマウマ、ゾウ、の顔がある「ZOO」(写真左)、子どもと花が揺れている「pure pure pure」など、さらりと描かれた作品にも、優しくふく風を感じます。

今回は、立体作品も4体飾られました。ゾウに乗った少年・鳥を抱いた少女・馬に乗ってかける少女・広げた両手にうりぼうを乗せた少女。子どもたちを、見ているだけで幸せな気持ちになります。遊んで作られた分だけ、作家の優しくてちょっとヤンチャな本音が強くでているのではないかと思いました。

我々が、本屋の片側の壁をギャラリースペースにしたのは、本を読もうかなと店に来られた方が、ホンモノの絵(もちろん版画や立体もふくめて)に出会って楽しんでもらえたらいいな〜と思ったからでした。キラリとした日本画独特の輝きは、本当に素敵です。気軽に覗いてみて下さい。(女房)

 

 

さわらぎさわ「愛と子どもの世界」展は11月6日(火)〜18日(日)

12時〜20時 最終日は18時まで 月曜日定休 

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ビートルズの”ALL You Need Is Love”、邦題「愛こそはすべて」(1967年発表)という曲がかつて大嫌いでした。

リフレインで“All you need is love,All you need is love,All you need is love,love love is all you need love,love,love” と歌われると、「やかましい!」と叫びたくなったものです。多分、愛だ愛だ、とだけでええんかい?と単純に思っていたのが原因です。

ビートルズのアニメ映画「イエローサブマリン」に収録されている彼らの曲をすべて収録した「イエローサブマリン〜ソングトラック」が1999年発売されました。このアルバムに収録されている同曲を、何度も聴き直してゆくうちに、いや待てよ、この曲は奥が深いと思い直すようになりました。

音楽技術、表現、方法論どれを取っても、ビートルズ以上の音楽はないというのは衆目の一致する意見です。技術という点ではこの曲が、コラージュという美術的テクニックを見事に生かしています。作曲、リードボーカルは、J・レノン。最初にフランス国歌「ラ・マルセイエーズ」が使われ、さらにバッハ「2声のインヴェンション番BWV779」、グレン・ミラー楽団の「イン・ザ・ムード」のイントロ部分が使われ、エンディングにはイングランド民謡「グリーン・スリーブス」が巧みにオリジナルメロディーにかぶさってきます。他にも使われているのかもしれませんが、私が言えるのはここまでです。

ところで、イギリス人のレノンが、わざわざフランス革命時に歌われた曲をなぜコラージュしたのでしょうか。「武器を取れ 市民らよ、隊列を組め 進もう 進もう!汚れた血が、我らの畑の畝を満たすまで!」という歌詞が象徴するような戦闘モード一杯の音楽です。多分、レノンはこのモードを皮肉りたかったのではないでしょうか。

「形にならないものを作ろうとしても無理さ 救いようのない人を救おうとしても無理さ そういう場合にには無力に等しい」と否定につぐ否定の後の「愛こそすべて 愛こそすべて 愛、愛があれば 何事もたやすくなる」と一転、ひっくり返る歌詞をぶつける不思議。その奥に光るレノンの平和への眼差しが見えてくる曲です。おそらく、異なった文化、人種など異種のものを否定しがちな今の世界で、最も歌われるべき歌でしょう。

このアルバムは、彼らのオリジナルアルバムではありませんが、複雑な音楽テクニックと多様な表現形態に満ちていて、ビートルズの傑作ではないでしょうか。今、当店にはCD(国内盤1300円)とアートワークの良さがよく分かるアナログ(レア!国内盤3000円)があります。

1970年にアメリカの雑誌「ローリング・ストーン」誌で行われたジョン・レノンへのインタビューをまとめた「ビートルズ革命」(片岡義男訳/古書500円)も入荷しました。ビートルズ結成から解散、小野ヨーコとの出会い、ポールとの確執等々、おそろしい数の質問に答えた一冊です。

一年の約半分を京都で過ごすという評論家、永江朗さんの「四苦八苦の哲学」(晶文社/古書1300円)は、タイトル通り読むのに四苦八苦させられた本でした。でも、眠くはならずに、最後まで読むことができました。

仏教のことば「四苦八苦」。生・老・病・死という基本の「四苦」と、それに、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五陰盛苦の「四苦」を加えたものが「八苦」です。本書は、その内、生・老・病・死について、永江さんが、哲学書の文章を引っ張りながら、ああだ、こうだと考えたものです。

「四苦」のうち、老・病・死は、苦しいものの原点であり、私たちが避けられないものであることはよく分かります。しかし、「生」は何故苦しいのか?ここでは、ハイデガーの「存在と時間」からの引用で始まります。

「私たちはそのつどすでに或る存在了解のなかで生き、しかも同時に、存在の意味は暗がりのうちに蔽われている」

?………..????理解できなくても心配ご無用。著者が、日常で体験するいろいろな事を例にして解説してくれます。ただ、頭の隅に置いておきたいのは、様々な原典の文章を「誤解でも曲解でも牽強付会でもかまわない。あくまで参考意見。哲学者のことばを思考の条件のようにして、わたしがじぶんで考えるきっかけにしたい。」という著者の言葉です。この本は哲学の解説書ではないということです。だからこそ、面白いのです。

最近の読んだ本の中では、恐ろしい程の付箋を貼付けました。特に第四章「生について」で、ハイデガーやらレヴィナスが登場してくると完全にお手上げ状態でしたが、著者のサポートで、それこそ「四苦八苦」しながら読みました。刺激的でした。

ここで、この本からの引用を書き出したらきりがないのですが、自殺について考察した部分に、著者のホンネが突出していたので、ご紹介します。

病気による肉体的苦痛に耐えかねて死ぬのはわかるが、それ以外の理由で自殺することについて、「人はなんてくだらない理由で自殺するのか」と著者は言います。そして、「追いつめているものはなにかと冷静に観察すると、それは欲求・欲望の一形態でしかない。欲望を棄ててしまえば、自殺なんてしないですむのに。集団本位的自殺にいたっては、アホらしいとしかいいようがない。乃木希典夫妻の殉死に感動した同時代人は多かったようだし、神社までつくって祀られたが、実につまらない死に方ではないか。(中略)仕えた王のための殉死であろうと、遥か昔にあった面目を失うようなことを償うための自殺であろうと、どちらにしてもばかばかしい。死ぬのは勝手だが、神社までつくることはないだろう。」

同感です。「殉死」の上に「お国のために」なんていうのは実にばかばかしい。

読み終わって、成る程な〜、そういう真理かと理解したこともあったけど、やっぱりわからないこともありました。今度、永江さんが来られたら聞いてみよう!

 

マスコミ報道、TVニュースで「イスラム」という言葉が、飛び交っています。そして、受け取る側は、あんまりイスラム人に近づきたくないイメージを持ちがちではありませんか。

しかし、そのイメージがいかに誤ったものであるかを、はっきりと極めて分かりやすく教えてくれるのが、内藤正典「となりのイスラム」(ミシマ社/新刊1723円)です。世界の人口の1/4にあたる15〜6億人がイスラム教徒といわれているのですから、彼らと関わることなく生きてゆくのが困難になってきています。

「イスラムにはキリスト教の『原罪』という感覚はありません。単純な話で、『生まれてきた赤ん坊に罪なんかないだろう』ということです。キリスト教では生まれながら人間は『原罪』を背負っていることになっていますが、イスラムにはそういう”辛気臭さ”はありません。」

ミッション系の大学に通学していたので、「宗教原論」が必須でした。その講義で、のっけに出た言葉が「原罪」です。なんじゃ、それっ???の状態でしたが、この本に出会ってすっとしました。

イスラム教は、利子を禁じていることをご存知ですか。私は池澤夏樹の著書で、彼がそのことに賛同していたことから覚えていました。「簡単に言ってしまえば、眠っているあいだに金が増えたり減ったりするということがダメだという意味です。」何もしないのに、お金が増えているっておかしいですよね。高い利子に目がくらみ、無謀な投資を行い、すってんてんになった人の話はそこら中にあります。ちゃんと汗かいてお金儲けしようよっていうのは、当然の教えではありませんか。

著者はイスラム教徒の本質をこう見ています。

「他人を騙すようなことは決してしない、他人を見下さない、自分の家族を含めて、何が正しいことなのか、いつもそれを考えて行動する。」

だから、イスラム圏に旅すると、安心と平安をもたらすと感じるそうです。キリスト圏の国に旅した時には感じない、だらっ〜としたリラックス感に満たされるのだとか。そういうことを、著者自身の体験を交えて書いています。そこから、実際にイスラム教徒とお付き合いする時に、どうすべきかが丁寧に解説されています。お役立ち情報満載です。

さて、そんなイスラム教徒のイメージが凶悪なものになってしまったのは何故なのでしょうか。暴力組織として恐れられている「イスラム国」最大の問題は、「イスラム千四百年の『共存の歴史』に学ぶつもりがさらさらないということです。寛容であり、共存のために積み重ねてきたイスラムの伝統や知恵を、完全に無視してしまうことなのです。」

一方で、先の大戦で西欧列強が、今の中東・イスラム世界をずたずたに分割し線引きをし、植民地支配を続け、あげくにイスラム文化よりもヨーロッパ文化が上であると考え、無理矢理欧化させようとしたことが、イスラム国の暴力化に火を付けたのだといいます。フランスでは公教育の場から、イスラム教徒の女性が身につけているスカーフやヴェールの着用を禁止しました。彼女たちにとって、髪の毛やうなじは性的な羞恥心の対象です。だからスカーフなどで隠しているのです。例えば、ミニスカートをはくのが恥ずかしい人は、パンツルックにするとか、ロングスカートをはきます。何を着るかは、本人が決めることであって、国家があれこれ指示することではありません。イスラム文化が劣っているから、優美なフランス文化を教えてあげようというゴーマンフランスの姿なのです。

「これは国家をあげてセクハラを働いているようなものではないか。髪の毛をあらわにしてヴェールをとれば女性が解放されて自由になるとでも思っているのかもしれないが、それはミニスカートをはけば女性が自由になるといっているようなもの。逆に女性の側からいえば、性を商品化する行為そのものだ」と、著者は欧州評議会でぶち上げたそうですが、反応は,,,,,,,,,だったようです。

イスラムを学ぶことで、世界を違う角度から見ることが出来る書物です。

トップ・モデルとして活躍した山口小夜子(1949- 2007)は、今、世界中で活躍しているアジア人ファッションモデルの先駆者でした。黒髪のおかっぱ頭と切れ長の目で「日本ブーム」を起こし、77年にはアメリカのニューズウィーク誌の「世界の6人のトップモデル」に選ばれました。

かつて、勅使河原三郎の前衛舞踊の舞台で、彼女の踊る姿を観たことがあります。思っていたよりずっと背が高く、存在感のあるカッコいい人でした。その山口の、モデル時代から女優、舞踏家としての半生を、膨大な写真、ポスター等で振り返った「山口小夜子 未来を着る人」(河出書房新社/新刊2916円)を入荷しました。

高田賢三、山本寛斎らのファッションショーで注目され、パリコレへと進出します。その独特の雰囲気が、欧米で日本ブームを巻き起こします。神秘的で、鋭い目線は、それまでのトップモデルのスタイルにはなかったものです。73年発行「毎日グラフ」の表紙などの古い写真も混ぜながら、モデルとして活躍した全盛時代を見ることができます。

この本に収録されている、イッセイ・ミヤケを着た写真(右)は、彼女の魅力を完璧に表現しています。能面のような無表情で、こちらを見つめる目の奥に冷たい炎が燃えています。

1973年、彼女は資生堂の専属モデルとなり、同社のCMに出演。86年まで続きます。資生堂は彼女の起用で、それまでの欧米一辺倒の美から、日本的な美を作り上げていきます。資生堂時代のポスターも数多く収録されていますが、写真家横須賀功光とアートディレクター中村誠とのコンビで創り上げられた香水のポスターは、大胆なトリミングで観るものを圧倒します。我々世代には、山口小夜子といえばこの頃の美しい大胆な姿が強烈に残っています。

竜安寺の襖に描かれた竜の前で撮影された「流行通信」の写真などは、芸術作品です。80年代の「流行通信」は、けっこう過激で面白い写真がいっぱい掲載されていました。その一方、彼女は舞台、映画女優としてのキャリアを積んでいました。77年、寺山修司「中国の不思議な役人」で飛躍し、舞台をダンスや舞踏の世界へと広げていきます。彼女に触発されたアーティストはさぞ多かったことでしょう。一昨年、公開された山口のドキュメンタリー映画「氷の花火」のことを以前ブログに書いていますので、よかったら読んで下さい。

時代の最先端を疾走しましたが、急性肺炎で58歳でこの世を去りました。それまでの日本女性の美しさから、クールで強くミステリアスな女性の美を創造した功績は大きいと、改めて思いました。

※紹介したばかりの「山口小夜子 未来を着る人」(河出書房新社/新刊2916円)は、売切れました。