「花森安治は<装釘>の字を使った。今、本の見返しや目次ウラ、奥付などには、もっぱら装幀や装丁の字が使われている。釘の字に違和を感じる人も多いのではないだろうか。

『文章は言葉の建築だ。だから本は釘でしっかりととめなくてはならない』 これが花森の本作りの考えであった。」

その思想に基づいて、花森が担当した書籍の装釘を集めた豪華な「花森安治装釘集成」(みずわの出版/古書4000円)を入荷しました。花森は「暮らしの手帳」の表紙でお馴染みですが、それ以外にも多くの本の装釘に携わっています。300ページ弱のこの本を開けば、その広範囲の仕事をつぶさに見ることができます。超ポップな坂口安吾「教祖の文学」、舟橋聖一「満月」の妖艶さ、お洒落な渋澤敬一「ベッドでのむ牛乳入り珈琲」、など多彩な彼の才能を楽しめます。歌舞伎評論の戸坂康二の、一連の歌舞伎本らしからぬ仕上がりには驚きましたし、ハーパー・リーの「アラバマ物語」の様な海外ものも担当していたことは、初めて知りました。もちろん「暮らしの手帖」の創刊号から100号の花森が描いた表紙は全て収録されています。

暮らしの手帖社で、花森最晩年の6年間共に編集部で働いた唐澤平吉と、古書好きにはお馴染みの南駝楼綾繁、そして京都在住の画家林哲夫の3人が編集したこの本は、定価8640円もするのですが、十二分に見合った作品集です。(今回ご紹介している古書は、美本でお買得ですよ)

さて、もう一冊、見逃せない装幀の本が「佐野繁次郎装幀集成」(みずわの出版/古書3000円)です。

1900年大阪に生まれた佐野は、小出樽重に師事して絵を学び、多くの著者の装幀、挿画を手がけます。30年代後半には渡仏し、マテイスに師事しています。新刊書店員時代の私は、佐野の事は全く知りませんでした。しかし、レティシア書房を始めてから、彼の作品を目にする様になりました。深沢七郎の「言わなければよかったのに日記」という本の、カラフルな文字を見たのが最初だった気がします。

手元にある「佐野繁次郎装幀集成」を見ていると、絵のうまさに引き込まれていきます。熊凝武晴「南極観測船航海記」の表表紙から裏表紙にかけて力強いタッチで描かれた観測船。土門拳の「ヒロシマ」の黒い外函に描かれたデザイン。吉井勇「東京紅燈 集」で、細密に描かれた東京の町屋等、見飽きることがありません。佐野の担当した書籍はコレクターが多く、この本もサブタイトルに「西村コレクションを中心として」とある様に、コレクターの西村義孝が集めた作品をメインに収録されています。実際に、そう簡単に目することのない本ばかりですから、この本は貴重です。ネットでは1万円以上の高値(絶版)が付いてたりしますが、持っていて絶対に損のない装幀集だと思います。(今回入荷したものは美本です)

 

★レティシア書房 恒例「女子の古本市」は2/6(水)~2/17(日)です。出店者は女子ですが、もちろんどなたでもご来店くださいませ!今回も25店程にご参加いただきます。お楽しみに!


 

ジェームズ・マーシュ監督の映画「喜望峰の風に乗せて」は、単独無寄港、世界一周レースに挑戦した男の映画です。と言ってしまうと、幾多の困難を乗り越え、愛する家族の元へと戻ってくるタイトル通りのステキなヨットマンの映画、と思いますよねフツーは。

でもこの映画は、そうではではありませんでした。

1968年、イギリスで小さな会社を経営し、趣味でヨットに乗るくらいの男クローハーストは、単独無寄港世界一周レースが開催されるという話を聞きます。優勝すれば、自分の名誉もビジネスの価値も上がると考え、広報担当者にジャーナリストを起用したり、取引先の企業へスポンサー参加の営業をするなど、参加準備を戦略的に進めていきます。

しかし、何より問題はヨットレースの経験がないこと。その上、肝心のヨットに対する準備時間が不足していて、乗り込むヨットは不完全なまま就航する羽目になります。案の定、外海に出た途端、様々の不具合に襲われます。多額の借金を背負っているので、レースをリタイアすれば、破産しかありません。

今なら、衛星のカメラや、ネット情報ですぐにどこにいるか瞬時にわかるのですが、当時は航海日誌だけがレースを完遂した証拠でした。早くも他のヨットに遅れをとった彼は、無線で偽の情報を流してしまいます。素人のヨットマンが記録を更新したと、地元は大騒ぎになり新聞でもトップニュースで取上げられます。偽の航海を続けるクローハーストの、不安と後悔と己への失望を、大海原に浮かぶヨットを俯瞰で捉えたカメラがシンボライズします。

主役を演じるのは、「英国王のスピーチ」等でお馴染みのイギリス映画界のトップスター、コリン・ファース。ヨットでの一人だけの演技が見事で、小心者で名誉欲は人一倍、そして家族思い、という男の複雑な心の内を演じています。

これはかなり特殊な状況下の物語ですが、名誉欲、出世欲、金銭欲等に囚われてしまって、できもしない事に手を出し、失敗を繕わざるを得ない事って、どんな人生にもあります。誰にでも多かれ少なかれ起る事かもしれません。

よってたかって、当時のマスコミが彼の美談を作り上げていきます。平気で偽記事をデッチ上げ、記事に新鮮味がなくなると、家族に予定調和的なインタビューを敢行する。ネット時代の今なら、さらにひどいことが起こっていたにちがいありません。ちなみにこの映画は事実に基づいているそうです。 

 

 

★レティシア書房 恒例「女子の古本市」は2/6(水)~2/17(日)です。出店者は女子ですが、もちろんどなたでもご来店くださいませ!今回も25店程にご参加いただきます。お楽しみに!


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レイチェル・カーソンの名著「センス・オブ・ワンダー」(新潮社/古書1000円)を読まれた方も多いと思いますが、上遠恵子訳の本書は、こんな素敵な文章で始まります。

「ある秋の嵐の夜、わたしは一歳八ヶ月になったばかりの甥のロジャーを毛布にくるんで、雨の降る暗闇のなかを海岸へおりていきました。

 海辺には大きな波の音がとどろきわたり、白い波頭がさけび声をあげてくずれ、波しぶきを投げつけてきます。わたしたちは、真っ暗な嵐の夜に、広大な海と陸との境界に立ちすくんでいたのです。

そのとき、不思議なことにわたしたちは、心の底から湧き上がるよろこびに満たされて、いっしょに笑い声をあげていました。」

先日、この本の洋書版で、Nick Klewshの写真をふんだんに使用した豪華本を入荷しました。(洋書/古書1800円)

“One stormy autumn night when my nephew Roger was  about twenty months old I wrapped in a blanket and carried him down to the beach in the darkness”

と、なめらかな滑り出しの英語で始まります。「不思議なことに〜」で始まる文章は ”Together  we laughed for pure joy”と極めてシンプルです。このシンプルさが魅力です。上遠恵子の翻訳は、かなり叙情的というか詩的に仕上がっています。だからこそ、日本で今もって売れているのかもしれません。カーソンのシンプルで、ストレートな英語と比べてみるのも面白いです。

日本語版を横に置いて、英語版を声に出して読んでみてはいかがでしょう。数ページ読むと、Nickの美しい写真が登場します。日本語版よりもかなり点数が多い美しい写真を眺めながら、次へと進み、リズミカルな文章に出会えば、声に出してみる。レイチェルが伝えたかった自然がもたらす美しいもの、神秘的なものを感じ取れるような気がします。

“The lasting pleasures of contact with the natural world are not reserved for scientists but are available  to anyone who will place himself under the influence of earth , sea and sky and their amazing life”

ラストの文章は翻訳では、「自然にふれるという終わりのないよろこびは、けっして科学者だけのものではありません。大地と海と空、そしてそこに住む驚きに満ちた生命の輝きのもとに身をおくすべての人が手に入れられるものなのです。」となっています。原文の持っているピュアな感覚を残しつつ、”The lasting pleasures of contact with the natural を「自然にふれるという終わりのないよろこび」とはなかなか表現できないものではないでしょうか。カーソンの思想を理解した翻訳者ならではの仕事です。。

 

★レティシア書房 恒例「女子の古本市」は2/6(水)~2/17(日)です。出店者は女子ですが、もちろんどなたでもご来店くださいませ!今回も25店程にご参加いただきます。お楽しみに!


 

「TRANSIT」は、ズバリ「世界を知る」雑誌です。

最新号は「韓国・北朝鮮」(1944円)。旅のガイドブック?いえ先ずは、この分厚い(約200ページ程)号を見てください。韓国の社会、文化が徹底的に紹介されています。一般雑誌でここまで北朝鮮を特集したものは、あまり見たことがありません。左写真の、颯爽と歩くOL風の二人の女性、笑顔の若い夫婦を捉えた地下鉄のホームを撮った表紙が特集号。もちろん、北朝鮮のお役人立会いのもとに撮影されたものです。

私が、初めてこの雑誌を買ったのは、2016年に発行された34号「オーロラの煌めく街へ」でした。当店で個展をしていただいたことのある、かくたみほさんのオーロラ写真と、谷川俊太郎の「Aurora」という詩で始まります。

オーロラの科学的説明、鑑賞の手引きなど盛りだくさんです。この号で、北欧に生きる少数民族、サーミのことを初めて知りました。かつては、トナカイと共に北欧の大自然の中で自由に生きてきた彼らですが、今はフツーの人と同じ定住生活を営んでいます。近代化される生活と、引き継がれてきた伝統の間で、彼らがどう生きていこうとしているのかがレポートされています。そして、特集は北の大地アラスカに生きるイヌイットの世界へと移っていきます。

アラスカ、イヌイットとくれば、星野道夫です。石塚元太良の文章と写真による「星野道夫の小さなアトリエ」という彼の自宅訪問記は、星野ファンには見逃せません。

「星野道夫の文書はよく、優しいといわれる。言葉がすんなり頭に入ってきて、体を通り抜けていくような感覚があるのだ。それは、アラスカの荒野を一人で旅した彼にとって、本が何よりも『よき友』であったからではないかと想像する。彼は親密な友に語りかけるように、言葉を紡いできたのではないだろうか。難解な言葉を使うわけでもなく、ただシンプルに『よき友に』に伝わる言葉を。」星野の文章の特徴を捉えていると思います。

サーミ、イヌイットときて、我が国固有の民族アイヌへと向かい、今を生きる少数民族の姿を文章と写真で知る一冊になっています。

ただ今店頭では、上記を含め「TRANSIT」6点程バックナンバーを扱っています。

「美しき神の島へ ハワイ島 バリ島 出雲・隠岐」(2016年夏号)、「美しき奄美・琉球 秘密の島旅へ」(2016秋号)、「ベトナム 懐かしくて新しい国へ」(2017年冬号)、「ニューヨークには夢がある」(2018年秋号)です。

これを機に、ぜひ手に取ってみてください。現在TRANSIT制作によるポストカードも無料配付中です。

 

★レティシア書房 恒例「女子の古本市」は2/6(水)~2/17(日)です。今回も25店舗程が参加します。お楽しみに!

 

山下達郎が結成したバンド「シュガーベイブ」は、アルバム「SONGS」(2500円/LP)だけリリースして解散しました。が、シティーポップの先駆けとして、いまだに人気の高いアルバムです。このバンドで、ベースを担当していたのが寺尾次郎。彼はバンド解散後、音楽界を去り映画界に転身。翻訳家として、多くのフランス映画の翻訳に関わり、二度とベースを弾くことなく昨年6月、63才で亡くなりました。

その娘の寺尾紗穂のエッセイ「翠星の孤独」(スタンドブックス/1400円)を読みました。父と同じく音楽と文筆の道に進みましたが、この本は、音楽家として一流だった父へのオマージュではありません。彼女が幼少の時、家を出て別の仕事場で暮らし始めた父は、年に数回しか家には戻ってきませんでした。

「私にとって父親は思い入れを持つには遠い人になり過ぎていた。時折CDや映画のビデオテーテープなんかを送ってきてくれたが、それはちょうど親切な親戚のおじさんから送られてくるような感じだった。」と回想しています。

そんな彼女も恋をし、子供を産み、そして辛い別れを経験してきました。一人の自立した女性が見つめた日常が、社会が、世界が書かれています。最後の章は、「二つの翠星ー父・寺尾次郎の死に寄せて」というタイトルで遠すぎた父の背中を描いています。

「つくづく私の人生はイレギュラーだ。未婚の母として長女を産み、そのまま次女三女が生まれた。三女が生まれて翌年、一度結婚することになったが、結局離婚に大きな労力を使った末、今は無事シングルに戻った。」

それでも、立ち止まることなく彼女は音楽を作り続けます。

「人と人との関係も音楽のように目には見えなくても、ある日突然途切れたり、転調しうるはかなさを持っている。私たちはたよりなさを生きる。たよりない日々を生き、憤ったり悲しんだりしながら、自らを抱えている。それでも人が生きていくのは、いがみ合ったり争ったりするためではなく、調和の音を鳴らすためだと信じている。音も狂い、加えて不況和音が鳴り始めているように思われるこの世界の中で。せめて一時、あなたと美しい音楽を奏でたいと思う。」

自分の立ち位置をしっかりと定め、「不況和音が鳴り始めている」世界をみつめます。原発労働者の悲惨な実態を書いた「原発と私」を読むと、「シュガーベイブ」に在籍していて、彼女の敬愛する大貫妙子が、六ケ所村について語る雑誌インタビューにも、「一通り目を通しはしたものの、これといって自分の中で原発が大きな問題となるということもなく、そのまま日常を送っていた。」程度とあります。しかし、ある労働者との出会いをきっかけに、その実態を知るために多くの本を読破して、その過程で彼女が感じたことが克明に書かれています。日常の些細な事柄から、社会の歪みに至るまで、時には怒りに満ちた文章で綴られたエッセイです。

蛇足ながら、現在彼女は、昨日紹介した斎藤美奈子と共に朝日新聞書評委員として活躍しています。

 

★レティシア書房 恒例「女子の古本市」は2/6(水)~2/17(日)です。今回も25店舗程が参加します。お楽しみに!

⭐️2019年1月18日(金)の「新叛宮沢賢治 愛のうた」のトーク&ライブは受付を終了しました。空席の確認などはレティシア書房075−212−1772までよろしくお願いします。


 

お正月休みに「ヴィヴィアン・ウェストウッド最強のエレガンス」というドキュメンタリー映画を観ました。

ファッション・デザイナーであり、環境問題活動家であり、パンク誕生の立役者であり、世界的ブランドの創始者であるヴィヴィアンは1941年英国に生まれ、現在78歳。権力に楯突いてきた人生といっても過言ではありません。

1971年ロンドンのアンダーグラウンドから飛び出したロックバンド、セックス・ピストルズをプロデュース。彼らが着ていたヴィヴィアンのデザインしたTシャツは、パンクスタイルを定着させます。体を奇妙に揺らせながら「アナキー・イン・ザ・UK」を歌う彼らは、当時の英国の支配階級を大いにイラつかせました。映画は、過激に突っ走る若き日の彼女の姿を巧みに織り込みながら、現在の彼女を映し出していきます。

スタイルを変えながら新しい感覚のファッションを生み出し続け、ファッションデザイナーとして50年のキャリアをキープし、現在も大企業の傘下に入ることなく、世界数十カ国、100店舗以上を展開する独立ブランドのトップにして現役のデザイナーという立場にいます。頑固でアグレッシブなこんな上司では、正直周囲は大変だよな、と思います。その一方で、年令などおかまいなしに派手な衣装に身を包んで、ヒョイと自転車に乗って駆け抜けていく姿は、とてもチャーミングです。

厳然たる階級社会がベースにあったイギリスの閉塞感を打ち破った、パンクファションの中心にいたパワフルな彼女と出会い、別れていった男たちを絡めながら映画は進んでいきます。

幸せな幼少期を経て、幼い子どもふたりと若いミュージシャンのマルコムと暮らしながら服づくりに励み、やがて、世界的成功をおさめるまでの70年間。様々な現代アートに刺激を受けながら、彼女は自分の世界を作りあげていきます。猪突猛進というのは、この人を指し示すものなのかもしれません。2015年、水圧破砕法によるシェールガス採掘に反対し、当時のキャメロン首相に対して、戦車をくり出し抗議デモを実行しました。そのシーンも映画には登場しますが、老いてますます元気、強烈な女性の半生です。

 

 

★レティシア書房 恒例「女子の古本市」は2/6(水)~2/17(日)です。今回も25店舗程が参加します。お楽しみに!イベントのお知らせ「宮沢賢治 愛のうた 百年の謎解き」

⭐️2019年1月18日(金)19時より、「新叛宮沢賢治 愛のうた」を出された澤口たまみさんとベーシスト石澤由男さんをお迎えしてトーク&ライブを行います。予約受付中(1500円)レティシア書房075−212−1772まで。

 

斎藤美奈子の「日本の同時代小説」(岩浪新書/古書450円)は、眠たくなる様な退屈な文学史本とは全く違い、痛快さに満ち溢れています。

1960年代から2010年代までの文学の大きな流れを、エポックメイキングな作品を中心にして描いています。ケイタイ小説や、ネットの伝言板を元にした小説までもが取上げられているのは、おそらく史上初の試みではないでしょうか。

のっけから、痛快です。「日本の近代小説の主人公は、概してみんな内面に屈折を抱えた『ヘタレな知識人』『ヤワなインテリ』たちでした。外形的に言うと『いつまでグズグズ悩んでんのよ』とドつきたくなるような性向を彼らは持っていた」で始まります。

60年代を「知識人の凋落」、70年代を「記録文学の時代」、80年代を「遊園地化する純文学」、90年代を「女性作家の台頭、2000年代を「戦争と格差社会」、2010年代を「ディストピアを超えて」と言うキーワードで括り、文学が切りこむ、その時代時代の姿に迫っていきます。それもノラリクラリではなく、もう全力疾走で。

世界ではベルリンの壁が崩壊し、日本では昭和から平成になっていった90年代を「女性作家の時代でした。」と位置づけます。その理由はこうです。

「文壇もまた長い間、男性社会でした。(かつて純文学の主流がヘタレな知識人予備軍だったことを思い出してください)。しかし。各種文学賞に女性作家が選考委員として加わり文芸誌の編集者や新聞の文芸担当者にも女性が増えれば、自ずと雰囲気も作品評価も変わります。」

さらに、90年代初頭には、文学界ではもう書くべき対象がないという雰囲気が漂っていましたが、様々な壁と偏見の前で動けなかった女性たちが、その閉塞感を破り、まだまだ書かれていなかった材料に挑戦していったのです。90年代前半は、笙野頼子、多和田葉子、松浦理英子がリード、後半に入ると、エンタメ系では高村薫、宮部みゆき、桐野夏生が、純文学系では、川上弘美、小川洋子、角田光代が、青春小説系では、江國香織、姫野カオルコ、藤野千代が、児童文学系からは、梨木香歩、森絵都、湯本香樹実が、そしてファンタジー系からは、恩田陸が登場します。この人たち、今も第一線にいて新刊を出しているのは、みなさんご存知の通りです。蛇足ながら、女性作家に混じってがんばった渡辺淳一の「失楽園」は「美食三昧、性交三昧。バブル時代を懐かしむかのような小説」と評価されています。 

村上春樹の「1973年のピンボール」の登場が1980年。この時代に出た本は、私が読書に熱中した時とシンクロしているので、あぁ、そうだった、こういう本あったなぁと、その頃を振り返りながら読んでいきました。2000年時代は、私事でいえば新刊書店の店長として大きな店舗を任されていた頃ですが、ケイタイ小説が登場し、インターネットに押され、本の売上げが急速に低下していきました。そして、2010年代。震災小説、介護小説、新しいプロレタリア文学と、未来の見えない時代を象徴するような作品が登場してきます。

ここまで、よくぞ描ききった! 斎藤美奈子の本はかなり読んできましたが、これは彼女の仕事としてはベスト1になるのではないかと思います。読書欲モリモリになってきます。

 

★レティシア書房 恒例「女子の古本市」は2/6(水)~2/17(日)です。今回も25店舗程が参加します。お楽しみに!

イベントのお知らせ「宮沢賢治 愛のうた 百年の謎解き」

2019年1月18日(金)19時より、「新叛宮沢賢治 愛のうた」を出された澤口たまみさんとベーシスト石澤由男さんをお迎えしてトーク&ライブを行います。予約受付中(1500円)レティシア書房075−212−1772(ただし、来年1月7日まで休業いたしますので、電話はつながりません。よろしくお願いします。)


 

歌舞伎囃子方の田中佐太郎「鼓に生きる」(淡交社/古書1900円)を読みました。表紙には、白髪の女性が鋭い視線で前を向いて、鼓をまさに鳴らそうとしている瞬間が撮影されています。この女性こそが、田中佐太郎さんです。えっ?女性なのに”佐太郎”?と思う方もおられるはずです。

彼女は、江戸時代から続く歌舞伎囃子方の田中傳左衛門家の、兄と四人姉妹の三女として、昭和23年に生まれました。生家の芸事が鼓だったので、お茶やお花を習うような軽い感覚でお稽古を始めます。ところが、兄が学問の道に進むことを決心し、他の姉妹たちがお稽古から疎遠になり、人一倍稽古熱心だった彼女に、白羽の矢が立ちます。しかし、歌舞伎の世界は女人禁制。そう簡単に、女性が舞台には上がれません。

田中家が担当する歌舞伎囃子は「鳴物」と呼ばれて、小鼓、大鼓など様々な打楽器を演奏します。舞台に上がり演奏する「出囃子」から、舞台下手の「黒御簾」と呼ばれる小さな部屋で舞台を盛上げる効果音を担当する「下座音楽」まで、広範囲に渡っています。その伝統ある田中家の未来が、一人の少女に託されようとしていました。限界に挑戦する様な厳しい稽古が始まり、実力を付けていきます。

それでも、女性であるという事がこの仕事には最大の障害でした。そんな時です。六代目中村歌右衛門の舞台で、囃子方の一人が急病になり、その代役として、彼女が小鼓を打つことになります。その結果、歌右衛門から「このままお嬢さんに(歌舞伎の黒御簾)をさせたらいかがですか」という、お墨付きの言葉をもらいます。最高の女形として歌舞伎界に君臨していた歌右衛門の後押しで、彼女は表舞台へと出て行きます。男性 だけの世界に初めて女性が入るのは、並大抵のことではありません。父傳左衛門は、「私語は絶対に慎むこと。きものは地味な色を着ること。笑顔は無用。たとえ役がないときでも黒御簾にいて、目と耳と空気で舞台の全てを覚えること」と、十六歳の少女にとって、極めて窮屈な心得を言いつけます。彼女はその心得を今も守っています。

女だからという理由でバカにされない様に、厳しい芸能の世界で第一線の実力を保つための姿が描かれて行きます。かなり以前ですが、NHKのドキュメンタリー番組で、彼女を特集した番組を観ました。鼓を打つ凛とした姿が、とても印象的でした。しなやかで力強い音は、厳しい修錬の中から生まれてきたのだと、本書を読んで理解で来ました。

能楽師で太鼓方の亀井忠雄と結婚し、三人の男の子を育てました、長男は亀井広忠として能楽の世界に進み、次男は歌舞伎囃子方として研鑽を積み、十三世田中傳左衛門を襲名、三男は七代目田中傳次郎を襲名して、やはり歌舞伎囃子方として、それぞれ第一線で活躍しています。家のことも子育ても、一切引き受け人任せにしない「昭和の母」らしい生き方も語られていきます。

長男の広忠は、この本の中で母親をこう表現しています。

「姿も、立ち振る舞いも、考え方も、すべて凛として、周囲に流されることなく自分というものを貫いて生きてきた人です。」

今や、古びてしまったような言葉「修行」という二文字が鮮やかに蘇ってきます。新春に読むに相応しい一冊です。

★レティシア書房 恒例「女子の古本市」は2/6(水)~2/17(日)です。今回も25店舗程が参加します。お楽しみに!

 

 

京都は割合暖かなお正月でしたが、皆様いかがお過ごしでしたか?本年もよろしくお願いします。

さて、2019年最初のギャラリーは草木勝さんの写真展で幕開けしました。

コマーシャルフォトスタジオ勤務を経て、1980年に草木写真事務所を開業。日本写真協会、京都写真協会に所属するプロの写真家です。

今回のテーマは「水の形」(SHAPE OF WATER)。鮮かな色合いの作品の数々は、すべて川の中に置かれた空き缶を撮したものです。なるほど大きく引き伸ばされた写真をよく見ると、ビールの銘柄まで分かるものもあります。しかし、なにか解らない物体がうごめいている様にも見えたり、ガラスの塊が輝いているようにも見えたり、光りが踊っている美しい画面に思わず見入ってしまします。

空き缶が川の流れによって、形を変えていくように見えるのをそのままとらえていて、あえて後から加工を施さないのは、作品の全てを自分の支配下に置かない、自然に委ねたいという作家のこだわりです。写真作品をどこまで作って行くのか、葛藤の中で、次々と新しい表現に挑戦しているようです。草木さんとは随分前からの知合いなのですが、こうして彼の作品を改めて架けることができてとても嬉しく思っています。

本屋の壁に飾られたダイナミックな写真は、もっと引きのある大きなギャラリーの方が生きるのかなと心配しましたが、この小さな空間だからかえっていいのではないか、と草木さんには言ってもらえました。というわけで、いつになくシャープな展示となって新鮮な気分です。新年第一弾の写真展にお立ち寄り下さいませ。(女房)

 

★「水の形」草木勝写真展は、1月8日(火)〜20日(日)12時〜20時(最終日は18時まで)月曜日定休

 期間中、草木勝フォトブック「水の形・時間の形」(700円・税込)も販売しております。

 

 

 

 

 

 

 

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2018年、下半期の読書と映画を振り返ります。

面白い小説が沢山ありました。雪深い町に都会から逃げてきた女性がひっそりと暮らす、木村紅美「夜の隅のアトリエ」は、哀しさが印象に残る作品です。ラブホテルのオヤジとか、古びた家でひっそりと散髪屋を営む青年など、魅力的なキャラが登場します。地味な仕上がりになるかもしれませんが、映画にしてほしいものです。

河川敷に集まるホームレスを主人公にした、木村祐介「野良ビトたちの燃え上がる肖像」は、少し先の日本を舞台にして格差、貧困、差別を描いています。悲劇が待ち受けているのですが、暗澹たる気持ちで本を閉じることのないエンディングが用意されています。作家星野智幸が「路上文学の傑作」と評価していますが、その通りです。

第一線で活躍している辻原登「枯葉の中の青い空」、岩崎保子「世間知らず」、上村亮平「みずうみのほうへ」、山本昌代「手紙」、滝口悠生「死んでいない者」など、表現や内容に優れた作品に数多く出会いましたが、藤野千夜「編集ども集まれ」の面白さは格別でした。80年代の漫画業界に生きる主人公を描いています。二つの物語が同時進行しながら、一つに収縮してゆく流れが見事だと思いました。

尊敬する書店主が書いた2冊は刺激的でした。誠光社店主、堀部篤史「90年代のこと」、Title店主、辻山良雄「言葉の生まれる景色」は、それぞれ個性的な世界観が、見事に文章の中に息づいていました。彼らの存在は、同業者としてとても心強いです。

なお、2019年7月上旬に、「言葉の生まれる景色」の絵を担当したnakabanさんの原画展を行う予定です。ご期待下さい。

映画は、上半期に続いて、野尻克乙「鈴木家のウソ」、サミュエル・マオズ「踊る運命」、ジアド・ドゥエィリ「判決ふたつの希望」、そしてオフィル・ラウル・グレィツァ「彼が愛したケーキ職人」等々、忘れられない作品に巡り会いました。「彼が愛したケーキ職人」のラスト、ヒロインの微笑みは、映画がくれた最高のプレゼントでした。

さて、今年の営業は本日で終了いたします。2018年もレティシア書房のギャラリーコーナーを飾って頂いた皆様に、この場を借りてお礼申し上げます。

町田尚子さんの「ネコヅメのよる」原画展から始まり、季刊「コトノネ」さん、高原啓吾さん、長野県ゴロンドリーナ工房さん、ミシマ社さん、原田京子さん、沖縄からほんまわかさん、東京甘夏書店さん、梅田香織さん、村上浩子主宰「えほん作家養成教室展」、「災害で消えた小さな命展」、ハセガワアキコさん、いまがわゆいさん、すずきみさきさん、ARK写真展、白崎和雄さん、高井八重子さん・長野利喜子さん・大屋好子さん、高山正道さん、さわらぎさわさん、やまなかさおりさん、神保明子さん、ZUS加藤ますみさん。ステキな作品展を本当にありがとうございました。2月と8月の「古本市」にご参加頂いた皆様にも心よりお礼申し上げます。こうして振り返ってみると、本の関係の展覧会をたくさん開催出来ました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。良いお年をお迎え下さいませ。(店長&女房)

★イベントのお知らせ「宮沢賢治 愛のうた 百年の謎解き」

2019年1月18日(金)19時より、「新叛宮沢賢治 愛のうた」を出された澤口たまみさんとベーシスト石澤由男さんをお迎えしてトーク&ライブを行います。予約受付中(1500円)レティシア書房075−212−1772(ただし、来年1月7日まで休業いたしますので、電話はつながりません。よろしくお願いします。)