上村亮平が、すばる文学賞を受賞した「みずうみのほうへ」(集英社/古書650円)は、いわゆる純文学純度の高い作品です。帯に江國香織が「完成度が高く、作品世界に手ざわりがある。」と書いています。

「ぼく」の七歳の誕生日、父と一緒に乗った船上で父が忽然と消えます。「ぼく」が、たった一人船に残されるところから物語はスタートします。この小説は、登場人物に名前がありません。唯一名前で登場するのはサイモンですが、彼は、船の甲板で父と遊んだゲームに出てきた男の名前です。伯父に引き取られた「ぼく」は大人になり、ゲームに出てきたサイモンと同じ名前の男に出会います。

ぼくが大きくなるにつれて、同級生の女子やら、憧れの女性が登場してきますが、すべて彼女、もしくは女の子という表現です。だから、どれがどの女性なのか判別できず、さらに時制が、過去と現在を行きつ戻りつするので、迷路の中で立ち往生してしまいそうでした。もちろん、舞台設定に具体的地名がありません。おそらく東ヨーロッパの港町とか、アイスホッケーを見に行くシーンが登場するのでカナダのどこか、或は北海道の漁港……..。とにかく具体的な名称は、消されています。こういう小説って、ちょっとなぁ〜と思われる方もおられるかもしれません。でも、こんな文章を読んでみて下さい。

「空には白い月がでていた。くっきりと夜を切り抜いたような月だ。染み出した冷たい光が空をのみこんでいる。灰色のあばたもよく見える。月が夜気を放射しているのを見ていると喉の奥を寒気が滑り落ちた。空気が薄くなり、時間もすうっと潮のようにひいてゆく。」

静寂に満ちて、冷たさと鋭さが見え隠れする文体で進行します。ダラダラ読んでいると、足下をすくわれてしまいそうです。最後まで登場するサイモンという男の、不気味さと優しさに戸惑いながらも、私はこの本から離れられませんでした。どこへ連れていかれるんだろう、その不安が楽しみな一冊でした。

「月は完全に満ち、ひとつの世界が閉じた音をぼくは聞く。ベンチにうずくまったまま、じっとしている。次から次へと、魚の亡骸が、にぶい地鳴りのような音をたてながら目の前に積もっていく。腕を親指ほどの肉片が芋虫のように這っている」などというおぞましい文章も、そこだけ突出しているわけではなく、この不思議な物語の一部を構成しているのです。月が妖しく光り、ぼくの前に度々現れる湖の静かさが強く残る物語です。

著者は1978年大阪生まれで、関西大学を卒業。神戸在住。是非、関西弁で不可思議な物語を紡いで欲しいものです。

 

毎年人気の「ARKカレンダー2019」 入荷しました!! 

大/1080円 小/864円

売上げはARKに寄付いたします。よろしくお願いします。(写真展は23日までですが、カレンダーは在庫が無くなるまで販売します)

カレンダーの犬や猫たちついては、撮影者の児玉さんのブログにも書かれています。

 

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この夏、NHKで放映された地方発単発ドラマ「ワンダーウォール」。そのシナリオと澤寛による写真を組み合わせた、ドラマのタイトルそのままの「ワンダーウォール」(2700円)が発売されました。

シナリオを書いたのは、映画「ジョゼと虎と魚たち」やNHK朝の連ドラ「カーネーション」でお馴染みの渡辺あやです。撮影は11日間。そのわずか2ヶ月前に集められたキャストと、滋賀県の廃校に作ったセットで制作されました。渡辺は「そんな作り物の青春が、本物をはるかにしのぐ忘れがたさでまだ胸を去らない」と胸の内を語っています。

舞台は廃寮の危機にある大学の寮。老朽化した寮を取り壊して新しい建物に作り替えたい大学側と、反対する学生の青春の日々を描いています。ここまで書けば、京都の方ならお分かりでしょう。京都大学にある古い吉田寮が、取り壊しに危機にひんしていることを。ドラマでは、京都大学とか明言していませんが、事情を知っていれば、これは吉田寮の話だと気づきます。

残念ながら、私はこのドラマを見逃しました。が、この脚本を通読してみると、小説のように面白いのです。登場人物は数名の学生と大学の事務所に派遣された女性です。

「人々が大切に守り続けてきた場所というのは、その共同体の命が根ざすところであり、それを奪われるということは、その共同体が癒しようのない傷を負い、二度と取り戻せないものを失くし、やがて死に絶えてゆくしかないということなのだ」と渡辺は語ります。

脚本のラストは、反対運動の先頭を走っていた三船という学生の「世界から消えようとしていた。」というナレーションです。

事務所に派遣された女性、香に「こんなボロくて汚い寮を、これだけ歴代の寮生たちが残そうと努力し続けてきたっていうことは、案外ここには人間の幸福にとってすごく必要ななにかがあるんじゃないかって気がするんです。寮の人達にとってだけじゃなくて、もっと世の中の、大勢の人にとっても必要な・・・・わかんないですけど」というセリフがあります。

経済至上主義でのみ物事を判断する社会の風潮への警句です。

神戸女学院で教授をしていた内田樹が、ブォーリズ設計の古い校舎が取り壊されようとした時に、「ここには他の場所と違う空気が流れている」と、感じることができなかった銀行系コンサルタント相手に、校舎を守ったことをこの本に書いています。これは、ぜひお読みください。

内田の「日本中どこでも大学が『知』からどんどん遠ざかっているように感じます」という言葉がとても気になります。

 

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辻原登を読み始めたのは、ちくま文庫から出ている彼の読書体験を綴った「熊野でプルーストを読む」(古書500円)の後書きを読んだからです。ここで、映画好きの著者は、編集者から古いアメリカ映画で「男の旅立ち」という西部劇を知ってますか、ときかれます。知らなかった著者は早速ビデオを求めて鑑賞します。

「胸がひりつくように痛くなると同時に、強烈な浄化のある映画だ。」

私が予備校通いをしていた頃のこと。大学もどうでもいいやと、だれ気味の時にフラリと入った映画館で上映していた映画が「男の旅立ち」でした。カウボーイに憧れる少年が自分のアイデンティティーを探し出す地味な作品でしたが、辻原と同じような感想を持ったことを思い出しました。これは、彼の小説を読まねば…..

「枯葉の中の青い炎」(新潮社/900円)は、いい意味で奇妙な後味を残す短篇集です。一ヶ月だけ愛人と同棲したいという夫の望みを承諾して、淡々と自分の生活を続ける妻の行動を描いた「ちょっと歪んだわたしのブローチ」。昭和54年、大阪市内の銀行で起きた三菱銀行猟銃強盗人質事件を題材にした「日付のある物語」。中学時代、野球王と言われた少年のその後を描く「野球王」。戦前、戦後のプロ野球界で活躍した白系ロシア人、スタルヒンのピンチを救う為に、南洋の呪術を使った男を描く「枯葉の中の青い話」等々、舞台も時代もてんでばらばらな作品が並んでいます。

どの物語も、読む者をどこに連れてゆくのか皆目わからない不思議さがあります。「野球王」などは、主人公はなかなか登場しません。「ナバコフの短編で好きなものをひとつといわれれば『マドモワゼルO』を挙げるだろう。」という文章で始まり、ナバコフ家にあった家庭用エレベーターの話へ飛んでいき、はてはO・ヘンリーが登場してきます。しかし、物語は、野球に天才的能力を持ちながら、不幸な生き方しかできなかった男への哀切を込めて終ります。

「枯葉の中の青い話」はファンタジーと言えばそうなのですが、スタルヒンの実人生をノンフィクション風に追いかけながら彼に深く関わる南洋育ちの相沢という男との交流が描き出されます。野球ものノンフィクションの味わいが濃厚な物語は、ラスト、急転直下ファンタジーに変身します。

これもまた小説の面白さか、作者に引っ張られて遠くへやってきて、そこに一人取り残された気分とでも言えばいいのでしょうか? 次はどこへ連れて行ってくれるのやら、楽しみです。

 

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大阪にあるBOOKLOREから、「耳の人」(1620円)、「言の森」(1575円)など数冊の詩集を出している詩人、西尾勝彦が編集「旅人と詩人の雑誌 八月の水」の最新5号(BOOKLORE/1296円)が入荷しました。

この雑誌が作られたのは、東北大震災と、その後の世間の混乱が切っ掛けでした。これからどんな時代になってゆくのかという不安を越えて、こんな時代になってほしいという思いを雑誌という形にしたものです。

創刊の言葉にこうあります。「『旅人』と『詩人』が見直される時代になってほしい、と思ったのです。目先の利益ではなく、はるか遠くをみつめる『旅人』と『詩人』の存在が、今後、重みを持つはずだと思ったのです。彼らのまなざしの強さ、そして優しさによって、少しでも時代がおだやかになればと希望しています。」

その思いで5号まで発行されてきました。詩を中心にしたミニプレスはあまり動きが良くないのですが、例外的にこの雑誌はほぼ完売します。飾らない文章とシンプルな本作りがいいのだと思います。「ホホホ座」の山下店長が、毎回素敵な詩を発表されていて、今回も三作掲載されています。「おおみそか」という短い詩の後半が、いい雰囲気です。

「師走気分の人も、関係ないという人も 子どもだったおおみそかをよぎらせ 寒さを顔にたくさん受けて 冷たいほほの街

よいお年を ノーサイドの言葉で 皆 家路を歩く」

今年5月レティシア書房で紅型染めの個展をしてくださった、絵本作家ほんまわかさんも、毎号寄稿されています。絵本の仕事のこと、そして沖縄の市場のことを書いています。住まなくてはわからない沖縄の面白さが伝わって来ます。

紀行エッセイでは、大西正人の「ターナー島」が本好きにはお薦め。伊予鉄高浜線の最終駅、高浜に降り立った著者と妻は、そこでターナー島を見つけます。ターナー島とは漱石の「坊ちゃん」に登場する島です。そこから小説「坊ちゃん」の世界に入るのですが、松山を舞台にしたこの小説、「実際作中に出て来る地名などは、そのほとんどが実在しない。」と著者は指摘します。松山が舞台とは言っても、これは漱石が作った架空の松山なのです。それは、知りませんでした。

さらに、著者が再読して驚いたのが「『マドンナ』が実はほとんど登場しないという点である。登場する場面も少なければ。一言の声すら発しない。まちがいなくキーパーソンの一人でありながら、当人はほとんど現れないのだ」という事なのです。

そうだったか?とお思いの方、「坊ちゃん」を再読しては如何でしょうか。

なお、「八月の水」は2号〜4号まで各1冊づつ在庫がございます。

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と、書くといかにも難しいテーマです。しかし、そこを巧みに映像化して、彼らの国から遥か彼方に住む日本人にも、内容を理解させてくれたレバノン映画「判決、ふたつの希望」(ジアド・ドゥエイリ監督作品)はお薦めです。

レバノンで自動車修理工をしているトニーは、ささいな事で住宅補修の現場監督ヤーセルと喧嘩を起こし、罵り合うちに民族差別用語を口にし、ヤーセルに殴られます。謝れ、謝らん、とお互いエスカレートし、裁判沙汰になっていきます。

トニーはレバノン人で、愛国的キリスト教徒。一方のヤーセルは戦火を避けてレバノンに逃れた難民です。最初は二人の喧嘩を仲裁する裁判が、やがて政治色を帯び、裁判所に詰めかけたレバノン人とパレスチナ難民が対立する騒ぎにまで進展してしまいます。怒りっぽく、猪突猛進なトニーに対して、なんとか戦争から逃れてこの国で細々と暮らしているヤーセルには、悲しさが付きまといます。だから、暴力を加えたヤーセルにシンパシーが湧くようになります。しかし、後半トニーの秘密に迫るあたりから、映画は、どちらが加害者でどちらが被害者なんだ、と観客に迫ります。法廷シーンが中心となりますが、サスペンスの重ね方が見事で、画面から目を離せません。

トランプのアメリカ第一主義にしろ、ヨーロッパ各地で起こる難民排斥の動きにしろ、我が国のヘイト・スピーチにしろ、「俺たちが正義だ、お前達は悪だ」と一方的に決めつけ、排除しようとする動きに、おい、ちょっと待て、ほんまにそうか?と問いかけてきます。

ラストは100%めでたしで終るわけではありません。しかし、ほんの僅かな希望を残します。現実はあまりにも苛烈だ、しかし映画には希望を残しておきたい、という監督の思いが伝わりました。感動的です、あの微笑みは。

ところで、裁判が政治的になって収拾がつかなくなった時、レバノンの大統領が登場し、二人に和解するよう説得します。その時、トニーが言うセリフが凄い!「お前は公僕だろ。オレの権利を回復しろ!!」(写真右。左側から大統領、トニー、ヤーセル)

一般人が国の最高権力者に向かって、公僕やったら、人民のために仕事せんかい!と詰め寄るんですからね。安倍さんにも、トランプさんにも是非見て頂きたいものです。

 

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私のアメリカでの小さな体験ですが、とあるカフェに入って、カウンターでランチを金髪のウェイトレスに注文したところ、「私、今休憩中。だから注文受けられへん」と、カウンター内で珈琲を飲み始めたのです。こんなこと、日本でやったら、客が烈火の如く怒り始めます。しかし、その時私は、ふ〜ん、そうなんだ、アメリカってこういう国なんだ、って思いました。

「千の扉」(中央公論新社/古書1000円)で、古い団地を描いた柴崎友香が、世界各地から作家や詩人が集まるIWP(International Writing Program)に参加して、作家の視点から見つめたアメリカの姿を捉えたのが「公園に行かないか?火曜日に」(新潮社/古書1300円)です。本の帯には「不得意な英語で話し合い、街を歩き、アメリカ大統領選挙を目撃した三ヶ月を描く小説集」と書かれていますが、彼女が感じたアメリカと、そこの集まる世界の人々を描く紀行文です。

ホテルに宿泊した夜、奇妙な物音で彼女は目覚めます。それはけたたましく鳴る非常ベルでした。しかし、アナウンスもなにもなく、皆勝手に避難しています。ベルが鳴り止んだ後、ホテルのスタッフに聞いても、さぁ?という答えのみ。こんな対応あり得ないと参加していた作家は嘆きますが、著者は「うん、アメリカやな、とわたしは思った。ここはアメリカ」この感情はきっと、私が注文を拒否されたカフェで感じたものとほぼ一緒です。

様々な会合に出席し、対話をし、またアメリカの街を歩きながら、作家らしく言葉について深く考えていきます。

「英語を頭の中で日本語にして理解するとき(だんだん英語のまま受け取って返すことができるようになっていったが最初の頃はとくに置き換えて考えていた)、それはなんとなく大阪弁になっていた。会話だから、というのも大きかったと思う。そして、日本語が話せない毎日の中で、自分が話したいと思うのは、話したいと体の奥から湧き出てくるのも、いつも、大阪の言葉だった。」

大阪生まれの著者は、だからこの本の方々で、アメリカの人達との会話を大阪弁で書いています。

彼女が参加したワークショップで取上げられていた言語は、英語、フランス語、スペイン語といったメジャー言語です。しかし、世界中から集まってきた作家の中には、マイナーな言語を駆使して活動をしている人も多数います。その一方で、アメリカは、世界中のマイノリティ文学を英語に翻訳し、そのスタイルや表現技法を自分たちの文学に取り込んでいます。英語に、アメリカに取り込まれている現状を知ります。小説家が見つめた英語とアメリカの風土を描いた一冊です。

 

 

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宮城県出身の小説家、木村紅美の「夜の隅のアトリエ」(文藝春秋/古書1150円)を読みました。2006年「風化する女」で文学界新人賞を受賞し、08年「月食の日」で芥川賞候補になり、本作で野間文芸新人賞候補に選ばれて、順調に小説家としての道を歩んでいます。彼女の小説はこれが初めてですが、ハマりました。

東京で美容師をしていた主人公、田辺真理子が「自分の素性もわからなくしたい。仕事も名前も変えて、つきあいのあるすべての人のまえから、突然、予告なしに消える」ことを実行し、年の暮れに東京から半日かけある町に辿り着きます。そこは、「猛吹雪に支配されていた。薄黒色の空から、意思を持っていそうな雪が、たえまなく、降る、というよりも渦を巻きながら、巨大なバケツをひっくり返されたみたいに襲いかかってくる」ような、まるで世界から孤立したような所です。

この町で、彼女は殆ど客のいない散髪屋の二階に下宿し、誘われるままに場末のラブホテルの受付を始めます。生きる希望とか、人生の展望などまるでなく、惰眠を貪る生活を続ける真理子。作家は、ひたすら雪に閉じ込められる町を精緻な描写で描いていきます。退屈?いや、全然。息をひそめて暮らす彼女の生活に安らぎさえ感じてくるのです。そんな生活でも、それなりに人間関係が生まれます。それを切っ掛けに彼女が生きる希望を見出す、などというやわな展開にはなりませんので、ご安心を…….。

デッサン教室でヌードモデルのバイトをした縁で、ラブホテルの主人のヌードモデルを始めます。ここで、二人に歪んだ性関係が生まれるような展開にしないところが巧みです。病気で臥せているホテルの主人の妻、老朽化する建物の改装資金もない、そんな場末のホテルにも容赦なく雪は降りかかります。小説の主人公は、雪かもしれません。

誰も見向きもしない町で生きる真理子を見つめて終るのかと思いきや、こんな展開になります

「いまいるここで、東京を離れいくつめの町になるやら、いつからか正確に把握していない。短くてひと月ほどから長くて一年半ごとに、北から南まで、観光地でなくこれといった特徴のない町、産業が衰え過疎化の進んだ町ばかりに引き寄せられ、移り住んでいる。候補地はいたるところにある。五、六年を過ぎた。」

彼女には、「いままでもこれからも、知らない町へと流れ去ってゆくことだけがたしかだ。追われているようなこの暮らしは安住より生きている心地を得られる。」のです。

寂寞たる光景の過疎の町にあって、その寂しさ、孤独を友にするように生きてゆく自由。

「朝が訪れるまえに、自然とそのままに目ざめなくなる日がくることを夢見る。上手くいくだろうか。くちびるがほころぶ。帰る場所はどこにもない」

この簡潔なラスト。私たちが、見知らぬ町に立ち寄った時、そこに真理子が人知れず生きていると思うような幕切です。

 

★町田尚子さんのCharity Calendar2019入荷しました。

540円(右)

(売上の一部は動物愛護活動の一貫として寄付されます)昨年も早々に完売しました。お早めにどうぞ!

 

ARKカレンダー2019も入荷しました!! (下)

大/1080円 小/864円

こちらも毎年人気です。売上げはARKに寄付いたします。よろしくお願いします。

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一箱古本市の発起人として有名な南陀楼綾繁さんが、日本全国の本に関わる人達や、イベントを取材した「ほんほん本の旅あるき」(SHC/古書1000円)が、面白いです。

岩手県盛岡、秋田、宮城県の石巻・仙台、新潟、富山県高岡、三重県津、鳥取県松崎、島根県松江・隠岐、広島県呉・江田島、高知、徳島県阿波池田、北九州、大分県別府、鹿児島、そして、都電荒川線沿線の東京と、ほぼ日本全国が網羅されています。

盛岡編では、当店でも開店以来販売を続けているミニプレス「てくり」が登場します。

「『てくり』がブックイベントを始めるというので、参加するのを楽しみにしていた。この年は仙台、盛岡、秋田、会津でブックイベントがあり、その四か所に『東北ブックコンテナ』という地域の本と物産を販売するイベントが巡回するという。なんだか、東北の本の動きが盛り上がっているのを感じた。」

しかしその矢先、あの大地震が起こり、状況が変わりました。無理かもしれないと著者は思いますが、予定通り実施されます。どんな思いでスタッフは開催にゴーサインを出したのか。けれどこのブックイベントがスタートしたことが、東北だけでなく各地の本好きを勇気づけたと著者は確信しています。

そして、やはりミニプレス「Kalas」でお世話になっている三重県津編。「Kalas」を発行する西屋さんが企画したブックイベント「ホンツヅキ」で、著者は、古書店「徒然舎」オーナー深谷さん(当店の古本市でも毎度お世話になっています)と、西屋さんでブックトークをしています。

そして、「津にはカラス=西屋さんがやるなら一緒にやろうという人がたくさんいるんだなと判る。雑誌や店という『場所』を持ち、それを続けていくうちに出来ていく人間関係。それは『ネットワーク』という言葉が軽々しく響くほどの、貴重なつながりなのだ。」と考えます。

「続けていくうちに出来ていく人間関係」とは大事な言葉です。我々も、同業の書店さん、ギャラリーを利用していただいた作家さん達、当店を面白いと思って通っていただいているお客様とのゆるやかな関係に支えられています。顔の見えるお付き合いを重ね、好きな本で一緒に盛り上がる。そういうところにこそ、書店業界の未来はあるのではないかと思います。

この本は、本に関わる人達と彼らのイベントを追いかけたものですが、その土地土地で見たもの、食べたものなどが随所に散りばめられ、一度は行ってみたくなるように仕上がっています。昨年の夏休み、女房と行った別府編は興味深く読みました。また、「ガケ書房」店主の山下さんが登場して、オカマバーに行って、ふっくらした体系が好きなママに惚れられたと書いてありにやりとしました。

同業の方、ミニプレスの方たちが各地でがんばってることが心に残る本でした。

 

 

★町田尚子さんのCharity Calendar2019入荷しました。540円

(売上の一部は動物愛護活動の一貫として寄付されます)昨年も早々に完売しました。お早めにどうぞ!

 

 

 

 

 

★釧路ヒッコリーハウスオーナー安藤誠氏の「ネイチャートーク」が決定しました。

10月27日(土)19時スタートです。参加費は2000円です(要予約)

 

これは、今の日本ではそう簡単に作れない映画です。母国の歴史的汚点を、一部のコアな映画ファンに向けてではなく、一般の人達に見てもらえる映画なんて、誰も作らないし見たくないのかもしれません。

チャン・ジュナン監督作品「1987ある闘いの真実」は、1987年1月に起こった学生運動家の朴鍾哲拷問致死事件から、その後の民主化闘争を真正面から描いた映画です。本国では2017年12月に公開され、多くの観客動員をしました。

当時、韓国は全斗煥大統領軍事政権の圧政のもと一般民衆は苦しんでいました。民主化を求めるデモが学生を中心に激化した最中、ソウル大学の学生が警察の取り調べ中に水責め拷問で死亡します。原因は共産主義撲滅に燃える治安本部のパク所長(キム・ユンソク)にあるのですが、この所長がこうまで共産主義を嫌悪する理由も観客は知ることになります。

もみ消しを画策する所長達の前に、無頼派で権力に屈しない検事やら、恫喝なんてなんのその、猪突猛進する新聞記者など、社会派サスペンス小説や映画には定番のキャラが登場します。映画は、彼らがぐいぐい引っ張ってゆくリアリズムドラマになるのかと思いきや、後半の話は、美形男子大学生と彼に憧れる女子大生の2人が引き継いでいきます。

えっ?なに、その展開?と私はちょっと混乱しました。今の韓国映画の実力なら、もっと切れ味鋭い映像表現も出来たはずです。ラストシーンには、ちょっとなぁ〜と思ってしまいました。しかし、よくよく考えてみると、これはワザとじゃないか、誰にでも感情移入しやすく、自分たちの国の根幹に潜む悪の存在をはっきりと浮き彫りにするために、こういう演出をしたんじゃないかと思えてきました。ドキュメンタリータッチで始動し、多彩な人物が登場するドラマチックな群像劇へと発展し、若い男女の悲しい青春ドラマで幕を閉じるなんて、この監督の力技ですね。

1987年と言えば、日本はバブル経済の真っ最中。高級車、高価なブランド品、贅沢な食事に狂っていた時代です。俵万智の「サラダ記念日」がベストセラーになっていました。また安田海上火災がゴッホの「ひまわり」を高額で落札した事を皮切りに外国の有名絵画の購入ブームが巻き起こった時代でもあります

金の亡者になっていた我が国のお隣で、こいつは怪しいと見なされるや否や捕まり拷問を受け、デモを行えば催涙弾が飛びかっていました。そんな暗黒の時代を、数十年経った今、もう一度見直そうとする映画を作った映画人がいて、やはり見ておこうと思う人が数多くいたのです。拷問シーンにも目を逸らさず、自分たちの国の恥部を知っておこうと劇場に向かいました。つくづく韓国の人って、強靭だなと思いました。

慰安婦問題は解決済みなんて言ってる政治家の皆様、もしこの問題を真正面から捉えた映画が公開されたらどうします?軟弱な皆さん、韓国の人たちの強靭な精神に木っ端みじんにされますよ。

 

★釧路ヒッコリーハウスオーナー安藤誠氏の「ネイチャートーク」が決定しました。

10月27日(土)19時スタートです。参加費は2000円です(要予約)

 

 

 

 

ささめやゆきの絵本「椅子」(BL出版/古書1650円) は、様々な人生を「椅子」になぞらえて絵と文章で綴った大人向け絵本です。

絵本は「ぼくたちには座る椅子が用意されている。しあわせの分量も かなしみの分量も きまっているんだ。」と誰も座っていない椅子の絵から始まります。その後、様々な国の色々な職業の、お年寄りや子どもと、その人が座る椅子が登場します。

画家は立てかけたキャンパスに向い、ボクサーは、3分間闘っては1分間パイプ椅子に腰をおとし、映画監督は自分の名前の入った椅子にどっしりと座って、演出を始める。どんな人にも、座る椅子が用意されています。その人の人生になくてはならない椅子の物語があります。

表紙は、編み物をするおばあさんが座っている椅子。「祖母の座った藤の椅子、母の座った藤の椅子、おばあさんになった私が座る。祖母のくらしたこの家に、母のくらしたこの家に、おばあさんになった私がくらす。椅子もテーブルも壷までもそのままで、ただ人だけがかわってゆく。祖母がしたように母もしたように。」

学校の椅子、会社の椅子、行きつけのバーのいつもの椅子、そして自宅で寛ぐ時の椅子と、人生に寄り添う椅子が誰にも用意されていることに気づきます。

「西14丁目狼通り38番地 ステージの音をかき消す大笑いの酔っぱらい。それでもピアノにむかう人。汗まみれのYシャツの襟もと、曇ったままのメガネのレンズ。だれがきこうがきくまいがその音色には気品があって、この人は、ここを愛している。自分の場所だというように椅子をぐっとひきよせた。」

これは、ピアノに立ち向かうジャズマンですが、流れるようなサウンドが聞こえてきそうな絵は、レコードジャケットのよう。

もう一点、椅子を主人公にした素敵な絵本があります。池谷剛一「椅子」(パロル舎/古本900円)です。レストランに置かれた椅子が、何故だが誰も座ってくれず、その事に腹をたてたレストランのオーナーは、この椅子を路地裏に捨ててしまいます。誰も通らない路地で椅子は孤独な時間を過ごします。しかし、ある雨の夜、ずぶ濡れの猫がやってきます。「 猫はゆっくりと僕の下にもぐると まるで暖かい毛布でも見つけたかのように 気持ちよさそうにくるまり 降り続く雨空をときどき見上げながら 冷たく濡れた身体を休め いつしか深い眠りにつくのでした。」

その後、この椅子には猫が集まり座るようになりました。「僕は椅子。座ってもらうことが幸せです」という文章でこの絵本は幕を閉じます。優しいタッチの絵が魅力です。

秋の夜長、いつもの椅子に座ってこんな絵本を読みたいものです。

 

 

★釧路ヒッコリーハウスオーナー安藤誠の「ネイチャートーク」が決定しました。10月27日(土)19時スタートです。参加費は2000円です(要予約)