作家というのは、こんな思考をするのかと感心した一節。

「あたまを雲の上にだし」で始まる「富士の山」の後半の歌詞「四方の山を見下ろして」に違和感を持ち、

「富士山は、別に他の山を見下ろしているわけではない、ただそこにあるだけだろう、と思えてならなかったのです。そんなふうな擬人化は、富士山の無理やりな矮小化に思え、山を、自然を冒涜しているように感じていたのでした。」

と、語るのは、当店でも人気作家の梨木香歩です。師岡カリーマ・エルサムニーという文筆家と彼女の往復書簡集「私たちの星で」(岩波書店1100円)に登場します。師岡は、日本人の父とエジプト人の母の間に生まれたイスラム系日本人です。彼女が世界で感じたイスラムのことに、梨木が対応するスタイルの書簡集です。

二人は世界情勢やら、人種差別のことを語っているのではなく、日常の些細な事、日々の暮らしの中から浮き上がってきた事などを、ぜひ聴いてくださいみたいな、嬉しそうな感覚で話し合います。もちろん、妙なナショナリズムが徘徊する、今のこの国へは厳しい視線をお持ちですが、肩は全く凝りません。

書簡を読みながら、梨木が異文化に対する態度を書いていた「春になったら苺を摘みに」にあった文章「理解はできないが受け入れる。ということを、観念上だけのものにしない、ということ」を思いだしました。

この書簡の中でも、「違う文化を拒絶せず黙って受け入れた経験を、たくさん持てば持つほど、ひとの『寛容』はどんどん鍛え抜かれていき、そのことがきっと、私たちを『同じ』家族にする、という観測は、あまりにもナイーブな楽観主義でしょうか」と書いています。

20通の書簡を読んで、多くの異なった文化で構成されている世界を見る目に柔軟さが増せばいいと思いました。

さて、件の「富士の山」をどうせ、擬人化するなら、こうだと変えてきました。

「あたまを雲の 上に出し 四方の山を 見守りて かみなりさまは 下で鳴る 富士は日本晴れの山」

彼女、大声でこれを歌っていたみたいです。なるほど、こっちの方が気持ちいいですね。

 

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オープンして60年を迎えた、霧ヶ峰高原沢渡の山小屋クヌルプ・ヒュッテ。ヒュッテを仕切る松浦寿幸さんは1926年生まれ。一緒に山小屋を守る妻の小夜子さんは1937年生まれで、どちらも現役です。先の大戦を経験した後、この山小屋を開いた経緯、そこに集う多くの人々、そして高原の日々をを語ったのが「山の家 クヌルプ」(Ecrit2160円)です。

版元のEcrit(エクリ)は、クートラスの画集等アート系の優れた本を連発している出版社です。それが、山小屋の本を出すのは?? 読んでゆくと、文章を書き編集した版元のメンバーが、この山小屋に、夫婦で、子どもを連れて、何度も訪れたことが解りました。だから、本の隅々にまでクヌルプへの愛情が溢れています。

先ずは、松浦夫婦の出生、多感な少年少女時代の話から始まります。そして、忌まわしい戦争。戦争の荒廃で、心身共に疲労困憊していた寿幸さんを癒したのは、各地の高原であり、山々でした。

「風景だった。己に『生きよ』と言っているのは目前の山の風景だった。世界が新しく見えたわけではない。風景という言葉とともに、寿幸はこの日が戦後の精算と再作業のはじまりだった」

ヘルマン・ヘッセを愛読した寿幸さん、「指輪物語」が10数年間マイブームだった小夜子さん、という文学愛好家のもとには、様々な人達が寄り、別れていきます。

「山でも町でもない境界で、高揚し、一気に終息した学園闘争に疲れきって身体を休めたい学生と、どう見ても自殺願望としか考えられない女性が同じ食卓に着く。ランプの灯はとても小さい。薪の炎も近くへ人を招くけれども、ランプは仄かな光の中に人を囲い入れる。」

何物にも変えられない心の安らぎが、ここには確実にあったのでしょう。編者自身、山小屋の裏山で雲を見つめる楽しさをこう書いています。

「標高と眺望。空に広がる雲の様は、しばしば完璧に構成された絵画のように出現する。そして動くのだ。崩れるのではない。完璧さを保ちながら動き続ける。だから、きっと見飽きることがないのだろう。」

小さな山小屋の本ですが、豊かな気分にさせてくれることは間違いありません。

 

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「都市と野生の思考」(インターナショナル新書400円)は、京都大学総長の山極寿一と、京都市立芸術大学学長の鷲田清一との対談集です。

二人の知識人が、様々なテーマで縦横無尽に語り合います。大学の存在意義、老いと成熟を学ぶ場としての京都、これからの家族の在り方、アートの起源、自由の根源、ファッションに隠された意味、食の変化がもたらすもの、教養とは何か、AI 時代の身体性まで語り尽くします。優れた知識人の話が、読者の知的好奇心を膨らますというのは、こういう本のことですね。私は1章づつ、電車の中で読みました。

ところで、東京生まれで生粋の京都人ではない山極先生は、京都をこう語っています。

「京都ではいまだに、衣食住にかかわるしきたりがきちんと保たれている。これが根っこを共有する意義でしょう。これは表に現れないからこそ大切なものだった。そんな根っこを日本の多くの地域は失ったんですね。」

へえ、そうなの?と思わないこともないんですが……..。

山極寿一は、ご存知のように霊長類の研究者として、研究発表、執筆など様々な活動をされています。その中の一冊「ゴリラの森に暮す」(NTT出版/絶版1400円)はお薦め。アフリカのザイールで野生のゴリラを追い求めてジャングルを駆け巡った日々を中心に書かれた本ですが、文章が平易で、専門用語が少ないので誰でもスルリと読めます。第一章の「原生林の世界」だけでもお読み下さい。ジャングルで道に迷い野宿をしたその夜、すぐ側に何頭ものゴリラたちが集まっていた時のことなど、小説みたいに面白く読めます。

山極寿一が原生林を歩きはじめたのは、数十年前。日本でサルを観察するために、各地で餌付けが始まり、成果は大いにあったみたいです(京都なら嵐山のサルが有名)。しかし、その一方、これで本当に野生に生きるサルの生態が解るのだろうか、と、人間からエサをもらうために道路沿いにズラ〜ッと並んで待ち続ける彼らを見て、疑問に思い始めます。それで日本各地を巡り、最後に屋久島に行き着きました。

屋久島に棲息するサルたちの生態を追って、彼らの社会を描いたのが「サルと歩いた屋久島」(山と渓谷社1200円)です。当時、大学院生だった著者は、各地で餌付けされて、やけに人間に親しいサルたちに違和感を抱いていました。ところが、屋久島のサルたちは、まるで人間なんて存在しないかのように振る舞っていました。そんな野生のサルに引込まれてゆく姿が描かれたネイチャーエッセイです。

笑い顔が素敵な著者の研究の原点を読むような二冊のサル本です。

 

 

 

 

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「文麗仮名というのは、近代文学向けの書体です。夏目漱石の『こころ』を読んでつくってほしいと言われ、やってみたものです。文勇仮名はプロレタリア文学、流麗仮名は女流文学向け、そして蒼穹仮名はカタカナが主役になれるちょっと変わった書体で、外国文字の翻訳のためにつくりました。」

これは書体設計士の鳥海修さんが、詩人谷川俊太郎宅を訪れた時に、自己紹介代わりに自分の代表作を紹介されたものです。この二人が向き合ったのは、谷川さんの詩のために、鳥海さんが文字をつくるという企画のためでした。二人の対談は文字への愛情が溢れています。谷川が若き日に読んで、書体が気になった野上弥生子「小さき生きもの」を持ち出せば、鳥海が、それは大日本印刷が持っている秀英という文体ですね、と応えるというふうに。

本の文字への深い想いをまとめた「Book Arts and Crafts」の取り扱いを初めました。1号と2号が発売中で、谷川の本を作る特集は2号です(1080円)。発行元は「本づくり協会」。様々な本作りへの啓蒙活動を通じて、文字への、或は紙への理解を深めていくことを目的としています。

本の内容だけでなく、製本、装幀、文字等々をトータルにひっくるめてモノとしての本に魅かれる”愛本家”には、ぜひ読んでいただきたいミニプレスです。なお、この協会には、以前ご紹介したクルミド出版社代表の影山知明さんが理事として参加されています。徹底的にモノとしての本作りに拘ったクルミド社の本に接したことのある方には、この本の質感が分かって頂ける思います。

もう一冊、新刊で井原奈津子著「美しい日本のくせ字」(パイインターナショナル1944円)という、文字に関する本も入りました。様々なくせ字を分析してあるのですが、文章が面白い!

松田聖子のファンである著者が、子供心にもデビュー当時の聖子の「丸文字」をダサい!と思い、「デフォルメが大きすぎる。左右非対称で均整が取れていない、曲線はゆがんでいる……..」と欠点をあげつらい、その後変遷する聖子の文字を巡ってああだ、こうだと推測し、「聖子さんはずっと輝き続け、私たちは魅了されるのだろう」と、やはり聖子は素晴らしいんだという結論まで楽しそうに綴られています。

70年代女子の丸文字から、90年代女子の長体ヘタウマ文字まで、よくここまでくせ字を集めたものです。これは?と思うくせ字に出会った時に、コレクター魂で例え落ちているメモでもゲットした努力の賜物なのでしょうね。著者は、習字の指導、毛筆ロゴの制作を行いながら、「くせ字愛好家」としてくせ字講習会も実施されています。

因みに、鳥海修さんも井原奈津子さんも出身は多摩美大です。

税務署の事業届けでは、古本屋で申請しています。ミニプレスやら、新刊、あるいは比較的新しい作家を、このブログでは取り上げていますが、いかにも古本屋さんらしい本も読みますし、販売もしてます。ただ、私は完本(初版/帯付き/函)至上主義ではないので、まぁ、あんまり積極的でないのも事実です。

昭和15年に発行された獅子文六の「牡丹亭雑記」(白水社/重版500円)は、この作家の飄々としたユーモア精神満載のエッセイ集で、気分が良くなってくる一冊です。

「乾いて、ヒンヤリと、セーヌの河波を運んでくる風ー。『あア、いい気持ちだなア』と、思ふ途端に、河岸のプラタースの葉越しに、パッと、花火の光と音に驚いたりする。」

これ、パリ祭を現地で楽しんだ時の文章ですが、初夏の風が肌に当たる気持ちよさが伝わります。

大正11年、”東京市”神田町の金星堂から出た佐藤春夫「芸術家の喜び」(初版1000円)は、真面目な芸術論で、眠たくなったりするのですが、「室尾犀星『幼年時代』は上品な静かな情緒が私を同感させた。それにはどこか、小川未明君や秋田雨雀君や葛西善蔵君などのそれぞれの一部分と一脈の共通した『詩』の心境がある」という文章を見つけた時、極貧を描く葛西の小説の良さを理解する手助けになりました。

最近、見直したのが昭和17年に発行された堀辰雄の「幼年時代」(青磁社/函入りー穴空いてます/初版300円)です。堀辰雄の、一般的イメージと言えば、「風たちぬ」に代表される清純で、ロマンティシズム溢れる世界ではないでしょうか。この文庫サイズの函入り本「幼年時代」を読んでいると、リアルな文体で、感傷的にならずに、少年の目で見た世界を見事に描き出しています。「さういふ夏が終って、雨の多い季節になった」で、始まる「洪水」は、台風並みの風と強い雨で、彼の家の側の河川が氾濫し、避難する話で、少年ながら冷静にその時の状況を見つめています。過ぎて行った時代へのセンチメンタリズムを巧みに織り込みます。あ〜堀辰雄ね……、などと知ったような顔をしてはいけないと思いました。

 

 

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この台詞、別に男と女の痴情の縺れを描いた小説に出てくるのではなく、イラストレーター安西水丸のエッセイ「メロンが食べたい」(実業之日本社/初版/帯3200円)の中にありました。

ある日、見知らぬ女性に「わたしのこと嫌になったらそう言って下さい。」こう切り出された安西さん。さらに、講義をしている女子大の卒業パーティーで、やはり見知らぬ卒業生らしき女性から「いつお電話いただけます」と迫られ、「えっ」と答えた様子が、軽妙な文章とイラストで描かれています。

この本は97年から2年間に渡って「週刊小説」に連載された「描く書くしかじか」から抜粋された、肩のこらない60篇です。どれも、ムフフと笑えそうな作品と、安西の素敵なイラストが楽しめるエッセイ集です。本の構成は「こんな人、あんな人」、「これが好き、あれが好き」(苦手編)、「これが好き、あれが好き」(好き編)そして、「こんな旅、あんな旅」の四つに分かれています。「こんな旅、あんな旅」には京都も登場しますが、

「日本人はよほど京都が好きらしく、ちょっとした地方の城下町などでもすぐに小京都と呼びたがる。料理屋でも京風を自慢にしている店がある。ぼくは絶対入らない。」と辛辣です。

安西は懐石料理が大の苦手で、美味しい店は京都にないと言い切ります。「時々、御飯がヒョウタンの形にかためられていたり、ニンジンがモミジの形に切って出てきたりするとむかむかする。」とか。京都人としては残念なことです…….。

もう一点、安西の本で「a day in the lie」(風土社1600円)も同時入荷しました。こちらは2000年から14年間、雑誌「チルチンびと」に連載された傑作エッセイ67話とカラーイラスト、青山の事務所と鎌倉山のアトリエ、そして彼が集めた様々な物の撮りおろし写真が収録されています。小さい時の思い出、暮らしてきた家のこと、興味をもって集め出した器や、スノードームなど、ノスタルジックな世界が一杯です。文章も素敵ですが、居心地の良い空間を見せてくれるイラストに、惹きつけられます。安西の中に満ちていた幸せな時間が充満している本です。

初めて住んだマンションに、野球好きの青年がやって来ては、野球談義に花が咲きます。安西はへそ曲がりの東京人で中日ファン。青年は「中日を好きだなんていいですね」と喜びます。その青年こそ、今日のスポーツドキュメントの文体を作った山際淳司だったのです。そういう発見も方々で出会える素敵な一冊です。

 

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須賀敦子のエッセイ「ユルスナールの靴」(河出文庫350円)の出だしは、この作家らしい凛とした文体で始まります。

「きっちり足に合った靴さえあれば、じぶんはどこまでも歩いていけるはずだ。そう心のどこかで思いつづけ、完璧な靴に出会わなかった不幸をかこちながら、私はこれまで生きてきたような気がする。行きたいところ、行くべきところぜんぶにじぶんが行っていないのは、あるいは行くのをあきらめたのは、すべて、じぶんの足にぴったりな靴をもたなかったせいなのだ、と。」

今世紀フランスを代表するであろう作家、ユルスナールの心に分け入り、自らの人生の軌跡をクロスさせてゆくこのエッセイ集は、1998年に亡くなった須賀の最後の著作であり、静謐な筆運びが心に染みこんできます。

ところで、店に入荷した「ナチュリラ別冊 大人になったら着たい服」(主婦と生活社700円)は、40代以降の女性たちの服を並べた雑誌です。パラパラと捲っていると、チャーミングな女性の足下に目がいきました。昔、私も履いていたバスケットシューズです。被写体になっている女性の足下にスッキリ収まっている靴を見た途端に、あの須賀敦子の文章を思いだしました。

愛用のコンバースだからでしょう、どんな服を着ても自分風にコーディネートされています。さぁ、歩き出そうという感じです。

もう一人、そんな素敵な靴を履いている人物を見つけました。「つるとはな5号」(つるとはな1404円)に載っている伊東四朗です。それなりのスタイリストがコーディネートしているのでしょうが、靴先に人生への自信が載っかっている感じです。

案外、足下にはその人の生きる姿勢が見えてくるのかもしれませんね。

ところで、最初にご紹介した「ユルスナールの靴」の当店在庫の文庫には、小さな押し花が二つ入っていました。前の持ち主が、お気に入りの靴で散歩に出かけた時に、拾われたものかもしれません。そう思うだけで素敵です。

 

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東大東洋文化研究所の教授安富歩の本のご紹介、と書き出すとなんか難しそうな本かなぁ〜と引いてしまわれそうですが、ちょっと違います。先ず、表紙をご覧下さい。大きく「男性のフリはやめました」と書かれた横に写っている方が教授です。本のタイトルは「ありのままの私」(ぴあ)

若き日に、「自分は男性のフリをしている」ことに気づいた著者は、そのストレスから抜け出るために、男性の服装を脱ぎました。では、女装趣味か?いえそうではありません。こう書いてあります。

「私は『女装』をしているのではないのです。ただ、普通に服を着ているだけなのです。それが女性の服なのです。なので、私がしているのは『女装』ではなく『女性装』と言うのです」

この本は、著者の女性装から始まり、自由に生きること、自分らしく生きること、そして異なるものを排斥するこの国の窮屈さが、軽やかな文体で書かれています。

最初に女性服を着た時の印象「それは柔らかくて薄い、ということでした」。それが自分の身体にフィットして、心まで軽くなってくることを知った著者は、多くのバリエーションを持つ女性服の豊かな世界へと入っていきます。最初はオズオズと、やがて、その姿で社会に出ていきます。講演会に出たとき、会場にいた女性から「おきれいですよ」と言われて、一歩前に出る事ができたのだそうです。そして、教授会にも女性装で登場します。

話はちがいますが、同じ色のスーツ姿のサラリーマンがぞろぞろと出て来ると、私は気色悪さを感じてしまいます。個性も無いし、それにまるでスーツが戦闘服みたいで、組織の暴力をそのまま背負っているイメージがするからです。

さて、やがて、おネエ好きのTV界からもお声がかかります。最初の声をかけてきたのはフジTV。マツコ・デラックスを看板にした「アウト×デラックス」でした。この番組以外では、保守的なTV界でかなり嫌なこともあったそうですが、「アウト×デラックス」は彼を「男装をやめた東大教授」ときちんと紹介して、主張も視聴者にわかりやすく的確に編集されていたそうです。

けれども一方で、LGBTに対する差別がひどいテレビ界への苦言も書かれています。「日本のテレビが下らないのは、『わかりやすさ』と称して、視聴者が事前に抱いているステレオタイプに寄りかかった番組を作るからです。そして対象となる人や出来事に対して、ステレオタイプを押し付けるのです。これが大変な暴力を生み出します。これが差別なのです」ステレオタイプに挑戦する心構えがなければ、早晩視聴者からは見放されるというのは、全くその通りです。

この本で私が最も面白いと思うところは、マツコデラックスという存在を、歴史学者、網野善彦の「無縁・公界・楽ー日本中世の自由と平和」で述べている「無縁」の原理に体現者ではないかという考え方です。

 

 

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個人的に、ゾンビもの、吸血鬼もの、そして半魚人もの映画は、大好物です。昨今、吸血鬼や半魚人は、絶滅危惧種でスクリーンでお目にかかることは滅多にありません。しかし、ゾンビものは手を変え品を変えて登場して、ファンを喜ばせてくれます。

先日、韓国映画「新感染ファイナル・エキスプレス」を観に行きました。傑作です。監督ヨン・サンホという人は、スピルバーグの「JAWS」、あるいは黒澤明「天国と地獄」辺りの映画文法を熱心に研究していたんではないかな、と思いました。

映画は、バイオ企業が垂れ流した薬に感染した人間がゾンビ化し、その一人が超特急に乗り込んで、一気にゾンビが増加。列車内が大パニックに陥るという(もちろん)荒唐無稽なお話ですが、監督が映画の技術を自分のもににしているので、バカバカしいなんて全く思うことなしに、一気にラストまで見せてくれます。ゾンビが登場するまでの伏線も巧みで、例えば主人公が勤務する投資会社が、問題のバイオ企業に絡んで来るというオチなんて、上手いですね。

主人公と娘が列車に乗り込み、娘が何気なくホームを見ていると、ホームにいた人物が襲われるます。えっ!と思った途端に、列車は発車。その間、僅か数十秒のカットですが、映画とはこれだ!と思う瞬間です。列車内で孤立した乗客達が、次々とゾンビ化していきます。あ、この人は襲われるな、きっとこいつは好きな女を守って死んでゆくな、こいつは他人を押しのけても生き残ろうとするな、と思った通りに進んでいくのですが、途中でその定石の展開がガタガタと崩れていきます。

え?え?え〜!この人もゾンビに?! まさか、まさか、この人までも!そんなぁ〜、という悲痛な思いのまま進行。非情な演出が冴え渡ります。さぁ、ここで泣いてくださいと言わんばかりのケレン味たっぷりの演出に、まんまとはまって泣いている人もいましたね。ハリウッド映画だったら、絶対こんな展開にはなりません。

ディーゼル機関車に飛び乗ってやっと脱出した主人公たちにむかって何十人ものゾンビが走ってきます。機関車に乗り込もうとして引きづられてゆくシーンを俯瞰で撮るという、とんでもない映像美学まで楽しませるヨン・サンホという映画人は、第一線級の実力者です。

ラスト、主人公の娘が歌う「アロハ・オエ」に、私も(まんまとはまり)思わず泣いてしまいました。

 

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映画好きイラストレーター、朝野ペコさんと楠木雪野さんのユニットによる「続・荒野の二人展 /私たちのするめ映画」が本日より始まりました。

2年前、「荒野の二人展」をしていただいた時、映画の話で盛り上がり、次はいつ?と楽しみにしていた第2弾です。前回は、連想ゲームのように、ある映画の一場面から次の映画がつながって、二人のイラストレーターが交互に絵をならべていく趣向でしたが、今回は「私たちのするめ映画」という副題がついています。「するめ映画」とは、作家・エッセイストの吉本由美さんが提唱した「地味で渋くてゆるゆるなんだが噛めば噛むほど味の出るスルメのような映画の総称」だそうです。映画大好きのイラストレーター二人が選んだ、シブい映画が12点並びました。いずれも大ヒット作は微妙に避けた、センスの良い面白い選択になっています。何より、この自分だけの「するめ映画」を選んでいく時が一番楽しかったとか。この映画のここが大好き!譲れない!という、自分の好みを改めてみつめることのできた時間だったそうです。

その一点、一点には映画の解説と「するめポイント」と題した小ネタを書いた解説プレートが設置されています。例えば、1931年製作のドイツ映画「会議は踊る」の「するめポイント」は、気楽に楽しめ、笑える軽妙で良質な歌劇との評価のあとに、「皇帝の影武者は登場するときにいつも歌をくちずさんでいるが日本語吹き替え版だとそれが『与作』っぽくて、それも好き」と鑑賞のポイントが書かれています。

1967年のSF映画「縮みゆく人間」(写真右)なんて、80分たらずのB級作品があるかと思えば、1969年のグルジア作品「放浪の画家ピロスマニ」という人知れず公開された傑作も選ばれています。(暫く前に、無くなった立誠シネマで再上映されてました)或は、能天気な1967年公開にハリウッド映画「ハタリ!」や、1984年公開のスタイリッシュなフランスアクション映画「サブウェイ」など。展示されている作品すべてを紹介するわけにはまいりませんが、二人とも映画のジャンルに拘ることなく、新旧、ヨローッパ、アメリカ、日本の映画を縦横無尽に楽しんでこられたことがよくわかりました。

映画好きはもちろん、最近あんまり観てないなと言う方も、ぜひ一度ご覧下さい。個性の違うお二人の絵がほんとうに楽しいです。朝野さんの、モノクロのキリッとしたイラストは、スクリーントーンを使って丁寧に、好きな映画を愛おしむように描かれています。一方、楠木さんの生き生きとした線と大胆な構図は、そのまま映画のポスターになりそうです。(作品はすべて販売しています)

なお、同時企画として映画パンフレットフェアも開催中です。新旧の映画パンフが100円から販売中です。すこしずつ秋の気配が漂う今日この頃、映画館へ出かけてみませんか?ちなみに昨日の定休日、店長はゾンビ映画に、女房は時代劇にとそれぞれ好みの映画館へ行ってきました。(女房)

「続・荒野の二人展 私たちのするめ映画」は9月24日(日)まで 月曜定休日 最終日は19時まで。