延江浩著「愛国とノーサイド 松任谷家と頭山家」(講談社1300円)。ユーミンの夫君で、稀代のアレンジャー松任谷正隆と、70年代から新たな音楽を作り出したミュージシャンの話だと思って読みはじめたのですが、これ、昭和の一時代を丸ごと捉えようとしたとんでもない本でした。

表紙を開けると、先ず松任谷家の家系図が書かれています。正隆の父親の兄弟の嫁として松任谷家にやってきたのが大藤尋子。彼女の祖父は頭山満。この名前を聞いて、「玄洋社」の事を思いだされたら、その方は現代史に詳しい。頭山満は日本の右翼運動の一大源流を作った男であり、戦前は英雄視されて心酔する者も多数いましたが、彼の作った玄洋社は敗戦後GHQによって抹殺させられました。

尋子は、祖父の家には、孫文、大杉栄、犬養毅、広田弘毅、岩波書店の岩波茂雄等々、主義思想に関わらず、そうそうたる面子がたむろしてたと語っています。また、頭を撫でてもらいながら「いかなる理不尽であろうとも、怒りは噛んで飲み下せ。そうすれば己の力に変わる。全ての憤りを己の滋養と心得よ、と諭されたことを覚えています。」とも。

そして、この本は一方で、新しく芽生えてきた日本のポップカルチャーに参加していったミュージシャンの交流を追いかけながら、頭山家と昭和の政治の流れを追いかけていきます。日本の戦後史、あるいは芸術に登場した多くの人々が登場してきます。もうそのまま、お正月にやっている10時間ドラマみたいです。(逆を云えば、掘り下げが足りない部分もあります)

25章「桜の国」では、頭山家と重信家とは交流があったことが書かれています。重信家は、元日本赤軍最高指導者、重信房子受刑者の家です。過激な暴力で世界革命蜂起を計画していた彼女の父、末夫と頭山満の子であった頭山秀三は、戦前の軍事クーデター、5・15事件の同士だったのです。様々な場所で、様々な人達が絡み合い、闘争を重ねて、時代が動いてゆく様を見ているようです。

一方、松任谷正隆と結婚したユーミンは、恐るべき才能で日本の音楽シーンを変えていきます。彼女の周りにも、やはり曲者が集まってきます。細野晴臣、松本隆らの「はっぴーえんど」組、加藤和彦、安井かずみそして「アルファレコード」創設者の村井邦彦。スマートで、お洒落で、クールなサウンドは、今日のJポっプの原点を作ったと言えます。

松本隆が所属していた事務所「風都市」にユーミンが立ち寄った時、彼女はこんな事を感じたそうです。

「事務所の窓から市ヶ谷の(自衛隊)駐屯地が見えたんですけど、すごくざわざわしていたのを覚えています。ちょうど三島(由紀夫)事件の直前か直後のどちらかで、あれも今振り返ると、とても70年代的な光景でしたね」

政治の季節は終わりをつげ、新しいカルチャーの始まりだったのかもしれません。その後の世代の私たちは、そんなカルチャーを浴びる程楽しんだのです。

 

住宅のもじゃ化(緑化)を推進する設計事務所「もじゃハウスプロダクツ」が作る、「House “n”Landscape」の最新4号がリリースされました。ちなみに「もじゃハウス」というのは、緑でもじゃもじゃした家のことです。

今回、初の海外取材?ということで、フィリピンのもじゃハウス一泊体験記が、大きな特集が組まれ、気合いの入った写真がたくさん掲載されています。

マニラ市内にお住まいのダニーロさんご一家。古民家付きの土地を買い上げ、増改築を重ねた家は、つる植物が巻き付くフェンス越しからは、家の外観は判別できません。まるで、森の中にある家、いや、家の中の森?とでも表現したらいいのでしょうか。3階の屋根を突き破って伸びるスターアップルの木の写真には驚かされます。

一年を通して常夏の国なので、こんなに緑があれば、蚊がワンサカと出てくるのでは、と恐怖に捉われますが、それほど被害はないとのこと。庭との仕切りの建具にはガラスが入っておらず、風が通り抜けて、極めて涼しいらしい。写真を眺めていると、晴れの日もいいけど、雨の日もいいだろうな、という気分にさせられます。

その後、取材班は、フィリピンから台湾に移動して、緑に覆われた家を探索。台湾には、本屋や図書館に行けば、「緑建設」というジャンル(エコロジーな建築と言う意味があるらしい)の棚があるぐらい、ポピュラーな存在になっているのだとか。もじゃハウスの干潟さんは、思わずここに事務所を構えたい、とつぶやきます。レトロなビルの屋上からだらりと伸びている植物は、まるでビルを侵蝕しているみたいです。次から次へと飛び出すもじゃ建築!

「もじゃハウス豊作状態の台湾!日本だと、もじゃもじゃ過ぎて近隣住民から距離を置かれそうなほどの植物たちとその主を、多くの方が抵抗なく受け入れていらっしゃるこの国は、まさにもじゃハウスにとってのユートピアです。」とコメントが書かれています。

で、もじゃハウスプロダクツが進めようとしている「みどりと共に生きる家」ってどんなん?という疑問に答えるべく、そのモデルプランが、今号の肝です。建物の上に植物が自生する大地を作ることが基本コンセプトで、都会にある20〜40坪のの四角い土地に立つミニマムなもじゃハウスを、具体的に図面で示しています。

眺望が良くて、庭が広くなきゃ植物と共に暮らせないなんてことはない。住まいの広さではなく、視点を変える事で、日々の暮らしに緑の楽しみを見つける。そんな家がこのプロジェクトの理想型です。

一例として、10坪のもじゃハウスの図面を提示しています。「読書好きのインドアな夫婦が2人で暮すには」という設定ですが、家の正面と奥、二階のベランダに木を植えることで、将来、家が緑が囲まれるというのです。読書に疲れた時、視線を見上げた時飛び込んでくる木は、目にも心にも優しそうです。まるで音楽が気持ちよく流れる空間みたいです。イギリスのトラッド系フォークか、アメリカのルーツミュージック系ロックか、チェロ主体のクラシックか、いや、レゲエもいいな〜と、勝手に想像してしまいました。

きっと幸せな空気が満ちた空間であることはまちがいありません。

 

★レティシア書房では「もじゃハウスプロダクツ」の展覧会を開催します。

『フレンドリー建築ショーin京都と題した、もじゃハウスと小嶋雄之建築事務所による建築展です。建築業界一匹狼系の二人が、どんな提案を展示されるかは、見てのお楽しみ!です。新築を考えている方も、全然その気がない方もお気軽にお越し下さい。

会期 5月10日(水)〜21日(日)レティシア書房にて

   (5月15日(月)は定休日です) 

おおよそ50号サイズの、正面を向いた牛(写真上)は、冨田美穂さんの木版画です。優しい瞳でこちらをみつめ、しっかりした足で立っている。揺るぎない確かなフォルム。力強く繊細な作品を見ていると、何というか、自分が今生きていることへの感謝というか、素直な気持ちになります。作家が、日々目の前にある仕事をこなし、大好きな牛を描き、生きている実感をもって出来上がった作品だからなのでしょうか。

この牛が搾乳された後のオッパイの作品も、横に並んでいます。我々が頂くお乳をしぼった後、ショボンとぶら下がっているオッパイの、体温を感じる肌色が美しい。京都の街などに住んでいると、牛を身近に感じる事はありません。小さな木版画の作品には、それぞれチャーミングな牛の表情がとらえられていて、驚きました。一頭ずつの肖像画のようで、牛への並々ならぬ愛情が感じられます。対象と真面目に向き合い、確かな技術力で、人の心に真っ直ぐに届く作品を作り続ける強さに、感動します。

冨田さんは武蔵野美術大学を卒業後、北海道へ渡り、酪農の仕事をしながら、牛の版画や絵画の制作をしています。レティシア書房で扱っていたミニプレス「シリエトクノート」の特集で、牛の等身大の木版画を見たときから、ぜひ実物を見たい!と思っていました。昨年1月個展をして頂いた、斜里町の絵本作家あかしのぶこさんのご紹介で、今回の運びとなりました。ひとのご縁が遠くから牛たちを届けてくれました。

冨田さんは、今年第20回岡本太郎現代芸術賞に入賞されました。4月に東京で作品展があったのですが、5月7日最終日には在廊してくださいます。木版画は、一部販売しています。

牛は、人間が肉を食べ乳を飲むために育てられます。冨田さんの木版画には、牛の耳についている「耳標」が描かれていますが、それは我々が頂く命の対する思いのようなものかな、とも思いました。そんな牛のことを書いた絵本「おかあさん牛からのおくりもの」(北海道新聞社1836円)も販売しています。ぜひ手に取ってご覧下さい。

優しい牛の顔を間近で、しかも本屋のギャラリーで毎日見られることができて、幸せ!です。(女房)

★冨田美穂「牛の木版画」展  4月25日(火)〜5月7日(日) 5月1日(月)定休日  最終日は19時まで

 

松岩達(文)、冨田美穂(絵)による「おかあさん牛からのおくりもの」(新刊・北海道新聞社1836円)が届きました。

当然ですが、日々口にしている牛乳、チーズ、バター等々は牛からの贈り物です。そんな牛たちを飼っている酪農家の毎日を追いかけた絵本です。牛をよく観察して描き込まれています。

この絵を担当した冨田美穂さんの個展が、来週火曜日から当店で始まります。東京生まれ、武蔵野美術大学卒業後、北海道に渡り酪農業に従事しながら、牛の木版画、絵画を制作されています。知床発のミニプレス「シリエトクノート」に掲載されていた作品に出会ったのをきっかけに、京都初の個展をしていただくことになりました。

リアルな牛の作品を制作されていて、右の作品展のような大きなものが特徴的です。こんな大きな作品、小さな本屋のギャラリーに飾れるの?と思いましたが、今回は、中サイズと小サイズの牛が並びます。

絵本では、反芻する牛とか、牛舎のお食事タイムとかに描かれている牛はリアルであり、また愛嬌たっぷりです。生まれてから、最後に屠殺場に送られるまでの牛と農場との生活が解りやすい文章で書かれています。小学校中学年以上に向けられて書かれた本ですが、大人にも読んでもらいたい内容です。

子牛は、生まれて14ヶ月程で、オッパイが大きくなり、発情期を迎えます。そうすると酪農場に人口授精師が来て、人工授精を行い、赤ちゃんを生ませます。そしてお乳が出ます。そのお乳を分けてもらっているのが私たちです。因みに酪農場にオス牛はいません。彼らは生まれた後、肉牛牧場に引越して、牛肉になるために育てられます。何度かの妊娠後、雌牛は、「おつかれさま」という言葉と共に解体牧場に運ばれていき、加工用の肉にされます。我々は、牛乳から、お肉まで牛にお世話になっているということです。

 

 

そんな牛について、冨田さんは、「初めて間近に見た牛は、とても大きくて。あたたかくて、ふわふわしていてとてもかわいいものでした」と語っています。そして、酪農家が大切に育て、獣医さん、授精師さん、工場の人達など多くの人が誇りを持って働いている姿をしってほしい。食卓に並ぶ肉や、牛乳のことを知ってほしい、とこの本ができました。

個展最終日の5月7日(日)には、知床から作家が来廊予定です。動物好き、北海道好きの方、彼女とお話してみてはいかかでしょうか。東京から北海道に住まいを移し、牛を見つめて暮らしている彼女のハートウォーミングな眼差し溢れる作品展に、ぜひお越しくださいませ。

★冨田美穂「牛の木版画展」 4月25日(火)〜5月7日(日) 月曜定休日

森岡書店店主が推薦する写真集をまとめた「写真集 誰かに贈りたくなる108冊」(河出書房コロナブックス1500円)は、ユニークな本です。

森岡さんが気になる人、平松洋子、大竹昭子、坂口恭平、辛酸なめこ、ピーコ、しまおまほ、など様々なジャンルで表現活動をしている人に、貴方にはこんな写真集がお薦めという切り口で、本と推薦した理由を書いた文章を添えています。

例えば、坂口恭平には、こんな文章でスタートします。

「海には『海の幸』があり、山には『山の幸』がありるように、都会には『都市の幸』があるという坂口さん。『都会の幸』という観点からすれば、路肩にすてられているゴミや、川面に漂う廃材は、一転して実り豊かな生活資源として立ち現れます。」

そんな都市の幸を巧みに生活に取り込み、小さなダンボールハウスに住まいする人達の豊かな想像力に共感する作家へ送る写真集はフィリップ・モリソン他による「POWERS OF TEN」です。その推薦理由は

「本書は、宇宙の果てから、物質の最小単位までを旅するように構成されていて、目には見えない世界の広がりを見るという意味で、やはり想像力が要になっているといえます」

また、ピーコに贈りたいという写真集は、資生堂初代社長にして、写真家だった福原信三が、1922年ヨーロッパ滞在中に撮影した「巴里とセイヌ」。

ガンを告知され、片目を摘出し、数年間死と向き合ったピーコの著書「片目を失って見えてきたもの」を読んだ森岡さんは

「作者の『人格・個性』が『写真芸術』の『内容』を作る、と強調していた福原信三の観点からすると『巴里とセイヌ』に写しこまれた写真の美しさと、『片目を失って見えてきたもの』でピーコさんの伝えたい人間の美しさは、同じ意味といってもよいと思うのです。」と書いています。

写真集を贈る側と贈られた側の思想、美意識をみることのできる一冊です。

筆者が自ら経営する書店のことを書いた「森岡書店のこと」も収録されています。オープンから今日までの、長いようで短い道程を読むことができます。ぜひ行きたい書店です。

 

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京都シネマで上映中の「マン・ダウン」という映画を観てきました。

アフガニスタンに派遣された、海兵隊の兵士の帰国後が描かれているのですが、彼のホームタウンが廃墟と化して、愛する子どもと妻が行方不明。彼らを探す物語かと思ったら、全く違っていました。実験精神溢れる映画でした。

物語が多重に進行していきます。廃墟に立つ兵士のシーン、海兵隊に入り戦地へ赴くシーン、戦地での上官の彼に対する査問シーン、そして、パトロールに出かけた先で起こった彼が体験したシーンが、ほぼ同時に進行していきます。各シーンの画調を、巧みに変化させているところが監督の技です。

兵士には、小学校低学年の子どもと妻がいます。二人を残して、派遣された戦地でゲリラに襲われます。その時、銃撃してきた所を目がけて、滅茶苦茶に銃弾を放ちます。敵が隠れていたと思われる毛布を取り上げたら、なんとそこには、小さな子どもと母親が、血だらけで死んでいました。この事件と、さらに現場で死亡した親友の隠された過去を知ったことで、恐怖体験が彼の心に深い傷を与え、PTSDという精神疾患にかかってしまいます。

そして、帰国、しかし、何故か故郷は廃墟、人っ子一人いません。何故?という疑問などお構いなしに映画は進みます。

今まで、戦争で受けたPTSDに苦しむ兵士の姿は、多くの映画で描かれてきました。その殆どは、役者の身体表現で伝えられてきました。しかし、「マン・ダウン」は違います。この廃墟は、主人公の脳に植え付けられた世界なのです。現実の彼の故郷では、市民が普通に暮らしているのに、彼には、そこが終末を迎えたゴーストタウンにしか映りません。そして、ここで彼がやることは、行方不明の彼の息子(実際には息子は普通に日常生活を送っています)を探し出すことなのでした。

息子が、誘拐されて囚われの身となっていると思いこんだ彼は、助け出そうと激しい銃撃戦を展開します。しかし、それは息子を無理矢理連れ出そうとしている男の妻が、恐怖におののいて警察に連絡したからです。主人公にとっては、愛する子どものための闘いなのですが、実際は警察相手に撃ち合いをするという、凶暴な男でしかないのです。当然、ラストが幸せにクローズするわけないのはお分かりでしょう。

観客はPTSDに苛まれる世界を、彼と共に生きることを余儀なくされるという手法で、戦争の傷跡を追体験することになります。映画自体にやや強引さもありますが、前代未聞の表現方法です。

そして、ラスト、こんなテロップが流れます。

「戦地から帰還した兵士の5人に1人がPTSDに悩み、20万人以上がホームレスとなり、11人に1人が自殺未遂をしている」

戦争とは、かくも自国民を傷つけるということを「最強の空母を派遣した!」とか「潜水艦もいるぞ!」とか自慢げな大統領も、ミサイル撃つぞ!と息巻く主席も、一体ご存知なのだろうかと思ってしまいます。

映画館には、たった4人しかいませんでいたが、勿体ない、こんな映画があったなんて!(28日まで上映されています。)

 

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「かんしゃになろうよ。こころで」(発行ホホホ座1620円)は、1990年、大阪に生まれたダウン症の、佐藤春菜ちゃんの作品集です。

彼女は、生後2週間目にダウン症であることをつげられますが、小学校4年生の時から父親と交換日誌を始め、同じフレーズを毎日のように書きだします。77年、知的障害のある人達の「アトリエひこ」に参加します。2003年、かんでんコラボ・アート21審査特別賞受賞を皮切りに、詩集を発表しています。

ケント紙にマーカーで、ズラリと歌のタイトルを160個並べた作品を見ていると、この単語を描いている時の、彼女の想像力がどこまで飛翔しているのか、聞いてみたくなります。彼女の底知れない豊かさを垣間みた気がします。

「ドンドンドンドンドララララドララララみんなでもりあがっていくぞー。ドシャドシャドシャドンバドンバドンバとらペットとらペットらららとららら。」という踊るような文字を見ていると、身体がリズムを刻み踊りそうになってきます。思いのまま書いていく文字は、意味を超えて絵として面白い。右の写真は、「お買得品」と書いたセールの札に単語を書き並べ、貼ってあるユニークな作品。

東北の震災の後、「地震のひとへ」というタイトルで数多くの詩を綴って、なお現在進行形です。

「やまになろうよ。やまびこさん、おげんきですか。かわったかたちの石になろうよ。まんぞくになろうよ。みんなで、にんげんになろうよ。なつやすみをかんじでいこうよ。にんげんになって、げんきにいこう。からだに、しあわせをつくろう。」

彼女は今も「じしんのひと」のことを気にしています。コンピュータが変換して出て来た文字ではなく、個性いっぱいの彼女の文字で楽しんでもらいたいと思います。

裏表紙には、正方形の小さい紙に「OK」と書かれたものが散らばっています。自分は大丈夫とでも言い聞かせているようでもあり、こちらも元気づけてくれる作品です。

このステキで力強い本を発行したのは、ご存知ホホホ座さんです。山下店長がわざわざ配達してくれました。これからも、いろんな本を出されるはず。がんばって売りますよ、店長。

レティシア書房で、上仲さんのイラスト展は数えて5回目。

アートマルシェで、可愛いイラストの栞をみつけて、店で扱うようになったのがきっかけとなり、2014年7月「真四角展」を開催。続いて2015年夏「小さな絵本展」では、大きなブルーのカメレオンを壁いっぱいに貼りだしました。そのほか、「古書善行堂ワンコイン展」「2016年女子の古本市」などで、作品を飾ってもらいましたが、毎回、工夫をこらして新しい自分を見せようというガッツがいいなと思っていました。

今年2月に開いたグループ展で、酉年をテーマに発表した作品から、レティシア書房バージョンにと、絵本風に改めて作り直しての展示になります。上仲さん独特のとぼけたニワトリ君が、ひとり旅の末に愛をみつけるまでのお話が、本屋の壁にピッタリのサイズで並んでいます。今回は、これまでの楽しい色使いを封印して、黒と赤を主体にちょっと和風にまとまっています。クマやクジラをテーマにしていた時のダイナミックな構図とは違い、小さなニワトリ君が、風景の中に描かれています。色使いのせいもあるかもしれませんが、風の音や川の流れが聞えてくる旅は、これまでの作品には見られなかった静かな広がりがあります。

メッセージカード(80円)、ブックカバー(100円)、便箋(100円・250円)、栞(50円・100円)は、彼独特の可愛いキャラクターが勢揃いしました。「ウッドブロック」と称した小さな置物(写真右・700円)は、今回の特徴である和風な色合いで、まるで花札が並んでいるみたい。

酉年ももうすぐ三分の一が過ぎようとしていますが、上仲さんのニワトリ君の旅にお付き合い下さいませ。(女房)

★上仲竜太イラスト展「ひとり旅」は、4月23日(日)まで   最終日は19時まで

「もしも/人の身体に鋼の刃がくいこんで/人の血が流れたとしても/それはそのうち/夕陽の鮮やかな色を浴びて/そして明日には/その血の跡を 雨が洗い流してしまう。/それが意味するものは、たぶん命をかけた諍いに/けりがつけられたという/ただそれだけの事。/暴力からはなにも始まらないのに。/一度だって、なかったのに……./この怒り狂った星の上で/生を受けた全ての命が/とてもとても/脆くて壊れやすいものだということを/決して忘れたりしてはならないのに」

朝鮮半島や中近東で睨み合っている政治家たちにぜひ読ませたい詩句です。これ、ロックシンガー、スティングの名曲「フラジャイル」です。

音羽信の著書「愛歌」(未知谷1800円)は、60年代から最近までのロックの曲を取り上げて、歌詞の一部をもとに、その時代がシンガーに与えたものを解説したものです。ロックを全く知らない人にこそ読んでもらいたいと思います。戦争、飢饉、暴動、差別等々、様々な形で牙を剥く暴力を、歌い手たちがどのように受け止め、歌ったのかが語られています。

1992年、ボブ・ディランレコードデビュー30周年コンサートで、ゲスト参加していたシニード・オコナーという女性シンガーが、恐ろしい程のブーイングを受けました。彼女はその直前に、幼児虐待に対するバチカンのローマ・カトリック教会とローマ法王の姿勢に抗議したため、全米から批判され、このコンサートでも起こったブーイングでした。彼女は騒然として歌う事が出来なくなった会場で、毅然とした態度で、たった一人歌いました。

「あらゆる人種差別、階級差別、幼児虐待。基本的人権を侵害するあらゆる差別や暴力が根絶されるまで、世界はどこだって戦争状態にあるんだ。それらが撲滅されるまで、私は戦う」

これは、ジャマイカを代表する歌手、ボブ・マーリーの「WAR」の一部でした。著者は、「こんな客をつくるためにロックがあったのではなかったはず。」とこのブーイングに憤慨しています。

著者の音羽信は、70年代に一枚だけアルバムを発表して、スペインに住まいを移し、音楽シーンから消えた人物です。そんな彼の、いわば、ロックと共に生きた半生記です。でも、音楽ファン向けのレコード紹介でもなければ、マニア向けの些細な情報本でもありません。

多くのロッカーが歌った愛歌は、「人や人生を愛し、自分や誰かを含めたみんなが、今よりすこしでもマシになることを願って歌われた、人が生きる場所の今と明日と、そこにあっていいはずの美を愛する歌」だと断言しています。かなりベタな言い回しですが、真実であることは間違いありません。

 

★レティシア書房臨時休業のお知らせ  明日4月17日(月)と18日(火)連休いたします。

 19日(水)〜23日(日) 上仲竜太イラスト展「ひとり旅」を開催します。

1930年、京都生まれの評論家渡辺京二さんは、熊本に住んでいます。その彼が、熊本在住の「近くにいて『気になる人』、昔から知っているけどもっと知りたい『気になる人』」とのインタビューをまとめたのが、「気になる人」(晶文社1300円)です。ちなみに本の装幀は、京都在住の矢萩多聞さん。

本好きなら、ここに登場する二軒の本屋さんを知っておられる方も多いと思います。新刊書店を扱う「長崎書店」(熊本市内のお店)と、カフェと雑貨と新刊書を扱う「橙書店」です。熊本に行く機会があれば、私も是非訪ねたい本屋さんです。

「橙書店」は村上春樹が訪れて朗読会をした小さな書店。店主の田尻久子さんは、それまでの会社員生活にピリオドを打って、2001年カフェをオープン。その6年後カフェの隣りに6坪程の小さな書店を開きました。海外文学、詩集等をメインに取り扱っています。彼女は本屋さんで仕事はしていませんが、本好きを唸らせるセレクトらしいのです。(見てみたい!)

最近オープンしている個性的書店は、古書メインが主流ですが、彼女は新刊を選びました。その理由が明快です。

「みんながみんな古本屋ばかりしちゃったら、今、現存している作家で食べていこうという人たちはどうやって暮すんですかって思うんですよ。」

大手新刊書店がつまらなくなっていく現状で、これはとれも重い発言です。

なお、橙書店は熊本を襲った地震で被災しましたが、多くの人達の協力で再開。看板猫のしらたまも戻ってきたとの事です

もう一軒の「長崎書店」は創業125年を迎える老舗書店です。2009年、4代目社長に就任された長崎健一さんが、個性派書店に大きく舵を切りました。そして、書店経営の思いをこう語っています。

「やはり、書店は自主的な仕入れの割合を高めて棚を作り、棚を通して読者と対話していかなけらばならない」と。

そうなんです。私が在籍していたチェーン店も商品部主導に傾いて、何度も衝突しました。書店の力を削ぐことになると進言したこともあったんですが、力不足でした。

その長崎書店で、「売りにくい」人文書を担当している児玉信也さんが著者と話し合います。書店の棚割から、人文書は店舗の奥に配置されるのが常識です。しかし、この書店は一番前に持ってきています。「ほかの書店にない本から置く」というポリシーからです。一冊の本を通して、客とのコミュニケーションをどう深めてゆくかを探っていくのですが、これは本屋だけでなく、物を売り買いするすべての人にとって、最も大事なことです。

あまりの忙しさに、お客さんと話をすることが煩わしかった私は、そんな書店員時代を反省しています。

この本には、他にも建築家坂口恭平さんなど、個性的な方々が登場されます。「小さいが、まぎれもなくその人の場所を持っている人々」と帯に書かれています。人生で、自分の場所を持つってこんなにステキな事なんですね。

 

 

★レティシア書房臨時休業のお知らせ 4月17日(月)18日(火)連休いたします。