「女子の古本市」は、夏に行う古本市よりも絵本、ビジュアル系の本が沢山出品されています。

小薗江圭子・文、和田誠・絵の「モザイクの馬」(700円/出品・ますく堂)は、様々な馬のユーモア感覚溢れる物語に、和田誠の優しいタッチの絵がついた絵物語集です。

例えば「泥棒と馬」。盗んだ品を一杯背負わされて泥棒の家に帰る馬が、年老いて目が不自由になり、眼鏡を買って欲しいと頼むのですが、買ってもらえません。ある日、家と間違って交番に行ってしまい、盗品を降ろしてしまいます。泥棒は御用、そして馬は警察から表彰されるというストーリーに、一杯品物を積んだ馬の絵が添えられています。クスッと笑えて、ホッとする本です。和田誠の本としては、あんまり話題にもなってませんが、ファンなら持っていてほしい一冊です。

「こねこのぴっち」、「たんじょうび」、「長ぐつをはいたねこ」等の絵本で知られるハンス・フィッシャーは、本国スイスでは、版画、舞台美術、ショーウインドのディスプレイ等々、マルチに活躍した作家です。今回、出品された「ハンス・フィッシャーの世界」(3000円/出品・半月舎)は、絵本作家以外の仕事も紹介されています。チューリッヒ国際空港の壁画とか、チューリッヒ州教科書に使われたリトグラフ、或は1950年代後半の、もう絵本と呼んでいい素敵な日記などが収録されています。もちろん、彼の代表作「こねこのぴっち」、「長ぐつをはいたねこ」などの原画もふんだんに載っています。私は絵本作家としてしか認識がなかったのですが、そんなイメージを吹き飛ばしました。

ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」(1500円/出品・甘夏書店)は、絵本化されたものが多数ありますが、リスベート・ツヴェルガー絵によるアリスは、ユニークなセンス溢れた絵本です。妙にデフォルメされた登場人物が目に飛び込んできます。ろくろ首??と勘違いしそうなアリスとか、ページをめくる度に、キャラの奇妙な面白さに惹きつけられます。表紙を見れば、そのユニークさもわかりますね。

兵庫出身のイラストレーター、中村佑介。多くのCDジャケットのイラスト、森見登美彦のブックカバーなどで、よく見かける作家です。ポップで、カラフルなセンス一杯の作品を集めた作品集「Blue」(1500円/出品・星月夜 )は彼の作品の集大成みたいな分厚い一冊です。発行は2009年。手元の奥付けを見ると第10版までいった人気本です。

昔、京都発の三人組フォーク・クルセイダーズというバンドがありました。

「帰ってきたヨッパライ」、「戦争を知らない子供たち」等のヒット曲が、ラジオから毎日流れてきていました。メンバーは加藤和彦、はしだのりひこ(お二人とも故人となりました)、そして、今は精神科医として有名な北山修。北山のエッセイ集「戦争を知らない子供たち」(390円/出品・大黒屋)は、私も高校時代だったかに愛読した一冊です。奥付けを見ると、初版の発行が昭和46年3月。手元にある本は、同年5月に第17版!!当時の若者たちの愛読書だったのです。

「私は昭和21年6月19日に生まれた。純粋戦後派・戦無派と呼ばれるどうしようもない世代の一人である。大人たちが、どうわめこうと、<戦争を知らない子供たち>は明日の日本を台無しにするために、その果てしない行進をつづける。」と書かれています。

経済大国へのまっしぐらの日本で、その時代のゆがみ、見捨てられた真実に向かい合った音楽家の青春の記録です。

同じシンガーで、今なお現役の加山雄三が、自分の子育てを描き綴った「この愛いつまでも」(300円/出品・古本ハレクモ)は、北山の本の10年後の昭和56年発行で、奥付けによると11版という、やはりベストセラー。明るく健康で、ある意味能天気そうな、この表紙の写真通りの育児エッセイです。挿絵も加山本人が描いています。今も、「若大将」のままギター弾いているなんて立派です。

音楽関係で貴重な一冊、日本のコマーシャル音楽50年のあゆみを論じた田家秀樹「みんなCM音楽を歌っていた」(600円/ママ猫の古本やさん)は、日本の音楽シーンの違った側面をみせてくれます。

わずか数十秒のギリギリの時間枠の中で、より新鮮に、商品の魅力を伝えてゆくかが問われる音楽。CM音楽の父と呼ばれた三木鶏郎の門下生として登場したのが、大森昭男というCM音楽プロデューサーが、この本の中心人物です。 「サクセスサクセス』(宇崎竜童)、「時よ止まれ』(矢沢永吉)、「君のひとみは10000ボルト」(堀内孝雄)などの資生堂黄金時代を創り、西武百貨店の「おいしい生活」を矢野顕子、糸井重里たちと生み出した人物です。お洒落で豊かな生活の彼方に未来がある、と信じていた時代です。因みに、企業と音楽業界のタイアップは70年代後半から始まりました。大森が資生堂で手掛けた最初は、76年の「オレンジ村から春へ」で、歌っていたのはりりィでした。

なお巻末には、大瀧詠一と大森の座談会「『三ツ矢サイダー』での出会いから『熱き心に』まで」も収録されています。大瀧ファン必読です。

 

こんな写真集フランスで出ていたんだ!!という驚きの一冊。

昭和三十年時代、殺人事件を捜査する刑事たちの日常を追いかけた「張込み日記」(新刊/2916円)のフランス版です。装幀、ブックデザインは、フランス版の方が良い出来だと思いました。表紙に使ってある写真なんて、まるでフランス映画のワンカットみたいです。写真の構成もフランス版独自の編集みたいで、(7000円/出品・マヤルカ古書店)お値段は高いですけど、これは部屋に飾っておきたいクールな一冊です。

根強いファンの多い詩人、天野忠も二冊出ています。一冊は「掌の上の灰」(2800円/出品・徒然舎)で、表紙の絵は、滝田ゆうです。最後に載っている「世間へ」という詩は、仔猫の独立を描いた作品ですが、平易なことばで、希望や哀しみや切なさが立ち上がってきます。天野忠の詩は、京都言葉の巧みな扱いで、人生の機微をヒョイと描くところに良さがあるのだと思います。「私有地 天野忠詩集」(1600円/出品・徒然舎)にこんな詩があります。

「どっちが先か わしか おまえか そら わしが早いのがえぇ わしがすんでから 来てくれたらええ いそがんでもええ

ゆっくりしてからでええ それまでは たのみます ・・・・・ なあ ばあさんや」

「彼岸」という作品です。ホッとさせてもらえます。彼の詩集ってあんまり古本市に出ないので、お早めにどうぞ。

お次は、ガラリと変わります。「谷崎万華鏡」(300円/出品・橘史館)です。これ、谷崎作品を個性的な漫画家がコミック化したものです。今日マチ子「知人の愛」、高野文子「陰翳礼賛」、古屋兎丸は永井荷風が絶賛した「少年」を、とコミックで谷崎の世界を表現しています。とりわけ面白いのは、しりあがり寿が「瘋癲日記」とヘミングウェイの「老人と海」を掛け合わせた作品でした。彼のハチャメチャさが見事にブレンドされています。ラストカットが秀逸ですね。

「ある街の本屋の棚で、まだ真新しい一冊の本を見つけた。箱は銀箔をはりつけたように輝き、ショッキングピンクの帯には変体文字で薔薇十字社と書いてあった。私は吸いつけられるように指を伸ばし、その挑発的な本を引きずりおろした。『アップルパイの午後』尾崎翠作品集。」

薔薇十字舎、尾崎翠という名前だけで、本好きにはたまらんのが加藤幸子「尾崎翠の感覚世界」(600円/出品・1003)です。著者が尾崎に魅かれてゆく様が描きこまれた評論です。

★murren最新号「岩波少年文庫」特集号(520円)入荷中です。朝日新聞書評で取り上げたために、な、なんと重版決定です。岩波少年文庫で育った方には必携の一冊です。

 

 

 

ヴィルヘルム・ハンマースホイは、1864年生まれのデンマークの画家。彼の絵画の大部分は室内風景画で、住んでいたコペンハーゲンのアパートの室内を描いたものが多く、生活感や物語をうかがわせるものが、ほとんどありません。描かれている人物は後ろ向きであることが多く、鑑賞者と視線を合わしません。さらには無人の室内を描いた作品も、少なくありません。白と黒を基調としたモノトーンに近い色使いと静謐な画面は、ハンマースホイ独自のもので、観るものを不思議な世界に引き込んでいきます。東京で開催されたハンマースホイ展の図録「ヴィルヘルム・ハンマースホイ静かなる詩情」(5500円・出店者/葉月と友だち文庫)が出品されています。これは、個人的に欲しい図録です。最終日まであれば…..。

これとは正反対のエログロナンセンスの極みみたいなのが「新天地第一巻」(500円・出店者/トンカ書店)です。昭和26年発行のこの雑誌、表紙に「独身者読むべからず奇抜事件特集号」などと書かれています。ページをめくると「ああ だれにやろうか知らこの身体」などという文句と共に、水着姿の女性が写っていますが、今時のエロ写真に比べれば健康そのものですね。

次にご紹介するは、絵本「浦島太郎」(400円・出店者/旅猫雑貨店)です。なんで、今さら浦島太郎、と思われる方が多いはずですが、面子が凄いのです。文章は物理学者の中谷宇吉郎、影絵の第一人者、藤城清治が絵を、写真を松本政利が担当しています。出品されているのは、平成15年に復刊されたものです。藤城の見事な影絵が楽しめます。発行元は暮らしの手帖社。後書きには、この三人が藤城の影絵作品をみているところが写っています。

女子の古本市は3月4日(日)まで

★壁面では「松田敏代素描展・彼女たち」を同時開催中です。合わせてお楽しみ下さい。

 

 

 

昨日の続きで、21日(水)から始まる「女子の古本市」に出品される本の紹介です。

「週刊新潮は明日発売です」というテレビCMをご存知でしょうか。50代以降の方の記憶にはあるかもしれません。だいたい、テレビで週刊誌の宣伝やってたなんて信じられますか?画面に「週刊新潮」の新しい号の表紙が映ります。当時、その表紙を描いていたのは、谷内六郎。おそらく、私が最初に名前を覚えた画家です。日本の各地の風景、人々の姿を描いたノスタルジックな作品が印象的でした。

「没後25年谷内六郎の軌跡 その人と仕事」という図録(1500円)が、出品されています。週刊新潮時代の作品も数多く収録されています。愛らしい子供たちが登場する表紙絵は、今見ても美しく輝いています。ほかにも、絵本、挿絵、装幀、企業の広報誌、舞台のポスターまで、谷内の多彩な画業がわかります。幸田文「笛」、深澤七郎「笛吹川」、小松左京「闇の中の子供」など店にあった小説も彼の装幀でした。

この図録を見て、谷内はノスタルジックなものばかりでなく、ポスターや企業の広告等モダンな作品も残していたことを知りました。或は、「夜の公衆電話」や「最終バスの客」などのファンタジー空間は、宮崎アニメ「隣りのトトロ」に相通じるものがあります。

 

村上勉「ペインズグレイに誘われて」(小峰書店1000円)も味のある画文集です。兵庫県出身の村上は、児童文学の挿絵を多く担当する作家です。細部までリアルな描き込みつつ、デフォルメされたデッサンが独特の世界を醸し出す画風を持っています。児童文学者、佐藤まさるとのコンビが多く、デビューも佐藤の「だれも知らない小さな国」でした。

ヨーロッパ各地を旅した時、出会った様々な職業のおっちゃんの肖像画がシブい味を出しています。荷車を引くスペイン、アビラのムッシュ。モロッコ、マラケシの水売りのじいさん。その紅い衣裳が、暑い大地を伝えます。極めつけは宮沢賢治全集を読み終えた直後に描いた「私のイートハーブ」。宮沢の小説に登場する人物がズラリと並び、狸、フクロウ、狐、猫、象など印象的なキャラクターも一緒です。チェロを弾いているのは、ひょっとして賢治? 村上はこの作品が気に入ってたみたいです。美人も二枚目もない、まるでじゃがいもの品評会みたいな、しわとでこぼこのオンパレードの作品を、「人それぞれの生き様が、一つ一つのしわやでこぼことなり、『よう頑張ってきたんだね』と声をかけたくなる。」と書いています。

 

★お知らせ 19日(月)20日(火)は古本市準備のため連休いたします。

 

 

次週21日(水)より、「女子の古本市」が始まります。これは、毎年2月に開催しているもので、出店者を女性に限定しているレティシア書房の冬の恒例行事。東京・横浜・岐阜・滋賀・京都・兵庫・大阪から参加して頂いている、女性店主セレクトの面白い本がいっぱい。勿論、お客様は老若男女どなたでも、気楽にご来店くださいませ!ちょっと早いのですが、到着した本の山からいくつかご紹介をします。(店頭に並ぶのは21日から。お楽しみに!)

愛読者の多い野呂邦暢。彼の随筆をまとめたシリーズの第2巻「小さな町にて」(みすず書房4500円)は、持っていたい一冊。1977年から80年にかけて発表された随筆、65年から80年にかけて発表された書評を、原則として発表順に編集したものです。500数ページ、定価7000円の大作ですが、頭から読む必要はありません。お気に入りの文章、あれっ?と感じた単語が飛び込んできたら、そこから読むのでいいと思います。名手の手にかかるとこうなのかと感嘆します。

中に、小林信彦の「ビートルズの優しい夜」がありました。60年代から80年代にかけての芸能界を描いたこの小説を「小林信彦氏は芸人と芸を愛しているのだ。芸人をタレントとい安っぽい言葉で私は片付けたくない。かんじんな点はここの所で、氏の芸人に関する見方の鋭さはみな深い愛情で支えられている」と書かれています。

同じ、みすず書房から「大人の本棚」シリーズという地味ながら、シブいセレクトの文学集が出ています。その中から、傑作二点をみつけました。野呂邦暢「愛についてのデッサン」(1200円)、山田稔「別れの手続き 山田稔散文選」(1200円)です。この装幀、帯の落ち着いた色合い、触っているだけで本好きなら幸せな気分ですね。当店のお客様で、全部コレクションして棚に並べるのが夢とおっしゃった方がおられましたが、さてコンプリートされたかな?

もう一点、夏葉社が出した復刻版関口良雄「昔日の客」(900円)。尾崎一雄、上林暁、三島由紀夫たちに愛された古本屋「山王書房」店主が綴る古本と文学への愛に満ちた一冊です。老舗古本屋の店主による文学の話って小難しい感じがしますが、これは平易な言葉で語ってくれます。心休まる文章とは、こういうものかもしれません。

 

★お知らせ 19日(月)20日(火)は古本市準備のため連休いたします。

小川洋子と平松洋子の対談集「洋子さんの本棚」(集英社文庫/古書300円)を、単なる読書案内の本と思って読み出したのですが、そうじゃなかったんです。

第一章「少女時代の本棚」は、本好き少女二人の、微笑ましいシーンが一杯語られます。平松が、ツルゲーネフの「はつ恋」で主人公が令嬢を鞭打つ場面で茫然となったり、三浦哲郎「忍ぶ川」にあるセリフ「雪国ではね、寝るとき、なんにも着ないんだよ」というセリフ通りに、素っ裸で寝た逸話などが出てきます。

第二章「少女から大人になる」では、本の紹介からさらに女性性についての考察へと向かいます。この章で小川はアンネ・フランクの「アンネの日記完全版」、中沢けいの「海を感じる時」を、取り上げています。一方平松は、増井和子「パリから 娘とわたしの時間」、西原理恵子「パーマネント野ばら」、キャスリン・ハリソン「キス」を。

「パリから 娘とわたしの時間」では、十歳から十五歳にかけて女の子の心と体が、劇的に変化する時代をどうすり抜けてゆくかを語りながら、著者の増井と同じ母の立場から、平松は「娘の中に女を発見した、認めた女性性から私は逃げないという、ある種の母としての覚悟みたいなものが、増井さんの中にあるんだ」と語っています。

さらに「アンネの日記完全版」では、小川が「自分の性器の仕組みを、自分で見て、詳細に書いている」ことを上げます。アンネが体のこと、性のこと、男の子のことを知りたがっていることが詳細に書き込まれ、実際にベーター少年と恋をして、キスして、お互いを理解して、はい、おしまいにしてしまいます。

平松は「性の目覚めを通じて、あ、人はひとりなんだ、自分で立っていかなくちゃいけないんだというそのことを、少しづつ発見していった」とまとめていますが、これは男の性にはありません。男の子にとって性の目覚めは、そのまま性の妄想、いや憧れです。

さて、ここからです、この本がスリリングになってくるのは。性の目覚めを通して、娘は母を乗り越えていこうとするという真実へと向かいます。女性には「生まれる時、自立する時、親が死ぬ時。人生には三回の裁ちバサミがある」ということを、「海を感じる時」を参考にしつつ、語っていきます。もう、ここまでくると、男の私から見れば異星人のお話です。しかし、それが極めて面白いのです。

この章の終わりが傑作です。平松が作家高樹のぶ子の「女にとって男は人生のお客様」という言葉を受けて、小川が「なるほどね、来ては去り、通り過ぎていく。」のかと納得した後、

平松 「パーマネント野ばら」もそうですよね。基本的に男たちは通り過ぎてゆく。それこそ風景みたいに。

小川 男は風景。そうかそうか。そう思えば、いいんですね

 

さて、男性諸氏はどう思われるかわかりませんが、「男は風景」って言葉、私は嫌じゃないですね。

 

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  レティシア書房 第5回「女子の古本市」2/21(水)〜3/4(日)月曜定休日

京都・大阪・兵庫・滋賀・岐阜・東京などから、出展者が女性という古本市です。お買い得の面白い本を見つけにお越しくださいませ。(古本市準備のため19日、20日は連休いたします)

 

1930年、ポーランドに生まれたライナー・チムニクは、ミュンヘン美術学校に進み、1954年在学中に、「熊とにんげん」を発表します。自然と人間を優しく見つめた絵物語の傑作で、話題をよび日本でも翻訳されました。その翻訳者、上田真而子は、エンデの「はてしない物語」等で有名ですが、彼女が最も愛した一冊が、この「熊とにんげん」(徳間書店/新刊1512円)でした。

踊りをする熊をつれた男が、村から村へと旅する物語です。熊と男の友情を中心に、自然と人間を見つめています。上田は、「ナイーブな、純な、ういういしさがあると思います。それでいて、世の中を、人生を鋭く見透している眼があり、それはある意味で宮沢賢治の世界と重なるのではないかと思いました。」と後書きに書いています。

「かれらは村から村へとわたっていった。ふしくれだったりんごの古木やさんざしなどの並木とともに、かれらのすがたはいなか道にすっかりとけこんでいた。ゆっくりと、いつも同じ、ひと呼吸に三歩の足どりで歩いていった。」という文章の横には、並木道をゆっくりと歩む二人の後ろ姿が描かれています。上手いですね、この背中の曲がり方。生きることの哀愁がワンカットで浮かび上がります。

物語は「いなか道に旅芸人のすがたを見ることは絶えてひさしく、おどる熊も、いまはいない」という文章で終わりを迎えます。けれども、何かの拍子に、遠くから踊る熊の足音、おじさんが鳴り響かせる音楽が聞こえてくるようです。かつてはりんごの古木が並んでいた道には、電線が張り巡らされ、カラスがたむろしている絵が添えられていました。哀感あふれるエンディング。

チムニクは、その後、矢川澄子の翻訳で「セーヌの釣りびとヨナス」(パロル舎/古書1700円)、「タイコたたきの夢」(パロル舎/古書1700円)と寓意に満ちた作品で多くのファンを獲得していきました。

 

 

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マーティン・マクドナー監督「スリー・ビルボード」は傑作です。

アメリカ南部ミズーリ州の小さな町。その町の郊外を走るハイウェイ沿いに突如現れた3枚の真赤な看板。娘をレイプされ、焼き殺された母親の、死後7ヶ月経過してもなお、犯人を検挙できない警察と所長への抗議のメッセージが、それらの看板に書き込まれていました。

娘を殺された母には町全体が同情していたのに、この看板が出てから、微妙に変化してゆく町の住民たち。しかし、如何なる妨害にあっても抗議を辞めない母親と、警察の対立はエスカレートしていき、不気味な緊張感が満ちてきます。署内には人種差別主義者でマザコン、バイオレンスでしか自分を表現できない警察官がいて、今にもキレそうな状態です。

しかし、この映画、一触即発のバイオレンスの危機を描くだけの作品ではないのです。無能だと思われていた警察所長の隠れていた人間性、どうしようもない単細胞警察官の変化、そして強引に突っ走るだけだった母親の心の揺らぎが交差しながら、物語は進んでいきます。

とてつもなく大きな悲しみを背負わされた人間が、いかにして、ほんの僅かの希望の扉を押し開けてゆくのか、という誰の人生にも起こりうる事を見せてくれます。ノーテンキな癒しや、感動的結末なんてありません。そんなことすれば、この映画は三流のお涙頂戴作品だったでしょう。殆どノーメイクで、ジャンプスーツにバンダナという出で立ちの母親を演じる、フランシス・マクドーマンドが全身で演じる怒りのエネルギーが、いい加減な感動を許しません。

毎日新聞で映画評を書いている藤原帰一氏が、本作品を高く評価しつつも、最後を甘いと書いていましたが、その気持ちもよくわかりました。ややご都合主義的な展開かもしれませんが、明日の希望へ繋がるかもしれない可能性を示唆するエンディングがなければ、私たちは恐ろしく寒々しい気分のまま映画館を後にしなければなりません。どのような状態であれ、いかにして生き延びてゆくのかということへの答えがあるからこそ、じわりと押しよせる感動を胸に劇場から出られるのと思うのです。

 

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私は熱心な石牟礼道子ファンではありません。まだ代表作「苦海浄土」も読んでいません。しかし、池澤夏樹が編集していた日本文学全集に収められた「椿の海の記」、「水はみどろの宮」には心動かされました。以前ブログに書いたことがありますが、今一度ご紹介します。

「苦海浄土」を発表されたのが69年。それから4年後、筑摩書房の「文芸展望」創刊号から連載されものが「椿の海の記」です。76年朝日新聞社より単行本として発行されたものが手元にあります(古書1200円)。小説なのか、彼女が育ってきた郷土への想いを綴ったエッセイなのか、いずれにしても豊饒な郷土、不知火を描ききった作品だと思います。

帯に瀬戸内晴美(寂聴)が書いています。

「不知火沿岸は、この女詩人の記憶の中では光と花と風と海のささやきにつつまれた、この世ならぬ浄土である。その美しさを希有で完璧にえがききることによって、冒され、汚された故郷の現実の悲惨を無言のうちに告発する」

「光と花と風と海のささやきにつつまれた、この世ならぬ浄土である」は、この作品の本質だと思います。四季折々の風景と、そこに生きる人達の自然と対峙した生活を、練り上げられた文章で描いていきます。むっ〜と肌に覆い被さるような夏の熱気、突刺さるような冷気が漂ってきます。

「色どりあでやかな、熱気を帯びた天乞いの行列が、汗をふりこぼし、山の迫々からそのようにしてくり出して、町方のドラと合流し、渦巻き状となりながら、道の幅に従ってほそく伸びたり、ひろがったりして来る。行列はもう連日、炎天下の行事に憔悴しきっているのだが、神を招ぶものの目つきになって栄町どおりまで来て、浜辺をさしていた。」

踊り狂う天乞いの行列の汗が飛び散ってきそうです。池澤夏樹がゆっくり、ゆっくり読む本だと書いていたと記憶していますが、一行一行、声に出して読んでいきたい、長い長い詩なのかもしれません。

一方、「水はみどろの宮」(福音館文庫/古書400円)は、壮大な神話的ファンタジーです。千年狐のごんの守と共に山の彼方へと飛んで行けそうです。石牟礼と同じ熊本出身の坂口恭平は「みっちんの本は音符のない楽譜だ。わたしはつい歌ってしまう。歌っていると山の精がとんできて、アスファルトから草がもさもさと生えてくる。」と賛辞の文章を書いているのですが、上手いなぁ〜この言い方。ホント、この通りなんですよね。

「苦海浄土」が取り上げられることが多いのですが、是非この二作品を読んでもらいたいものです。

石牟礼さんのご冥福を御祈りします。

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