久々に春樹の本を読みました。「猫を捨てる」(文藝春秋/古書900円)には「父親について語るとき」というサブタイトルが付いています。その通り、この本は自分の父親について語ったものです。話は昭和30年代、村上家が兵庫県夙川に住んでいた頃、家に居ついた猫を捨てにいきます。

「ともあれ父と僕はある夏の午後、海岸にその雄猫を捨てに行った。父が自転車を漕ぎ、僕が後ろに乗って猫を入れた箱を持っていた。」

当時、著者一家が住んでいた家は大きな一軒家で、猫の一匹や二匹どうとでもなる生活環境でした。なぜ、捨てに行ったのか、皆目分からないと著者は振り返ります。海岸で猫を捨てるや否や、一目散で逃げ帰って玄関の戸を開けた途端、

「さっき捨ててきたはずの猫が『にゃあ』と言って、尻尾を立てて愛想よく僕らを出迎えた」

自転車に乗って全速力で帰ってきたのに何故、猫がいる?「そのときの父の呆然とした顔をまだよく覚えている。」この部分を読むと、なんかファンタジー小説風の展開なのですが、ここから村上の父親の歴史へ進んでいきます。ノンフィクションとエッセイが微妙にブレンドされたような文章へと変化していきます。

「父は京都市左京区栗田口にある『安養寺』というお寺の次男として、大正6年12月1日に生を受けた」

一度は養子同然の形で親元から離され、体を壊し連れ戻された経験のある父に、親に捨てられたという傷が残っていたかもしれない。だからこそ、捨てられた猫が家にいたのを見てホッとしたのかもしれません。

「人には、おそらくは誰にも多かれ少なかれ、忘れることのできない、そしてその実態を言葉ではうまく人に伝えることのできない重い体験があり、それを十全に語りきることのできないまま生きて、そして死んでいくものなのだろう」

その後父は召集され、歩兵第20連隊に入隊します。ここで村上は、この連隊が南京陥落ときの一番乗りだったことを知り、「ひょっとしたら父親がこの部隊の一員として、南京攻略に参加したのではないか」という疑問を持ち、調べていきます。

戦争をくぐり抜けた父は、息子に勉学の場を与えます。しかし、学校の授業の窮屈さを嫌悪した息子は、父の期待を裏切り、二人の関係が冷え冷えとしたものへと変わっていきます。

「僕は今でも、この今になっても、自分が父をずっと落胆させてきた、その期待を裏切ってきた、という気持ちを ーあるいはその残滓のようなものをー 抱き続けている。」と告白しています。

父親は、平成20年、京都の病院で90歳の生涯を閉じました。一冊まるごと(100ページ弱の本ですが)何故、父のことを村上が語り続けたのかは、最後の方に集約されています。村上文学らしい終わり方でした。

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1933年3月3日、岩手県で昭和三陸地震が発生しました。地震は、遠く北海道浦河郡荻伏村にまで到達します。この日、この村で生まれたのが宇梶静江です。「両手に入るくらいの超未熟児、しかもしわしわで、まるで猿の子のような児でした。」

「大地よ!アイヌの母神、宇梶静江自伝」(藤原書店/古書1800円)という400数十ページの大作を読み終わりました。本の帯に「女の一生」と大きく書かれています。大作ですが、とても読みやすい。まるで本人が読者に向かって、彼女の生涯を語ってくれているような身近な感じがします。アイヌの子として生まれた彼女が、どんな差別を受けながら育ってきたかは、一言では言い表せません。

戦前には「アイヌも混血して和人化された娘が、生活に困ると、小樽あたりに売られていくのです。」

明治32年アイヌ保護という名目で「旧土人保護法」が制定され、アイヌの財産は没収、アイヌ語彙の禁止などアイヌ文化の全てが奪われていきます。それは昭和になっても同じで、自分たちのアイデンティーを搾取されたまま、アイヌたちは生きて行かざるを得ません。「差別だけが横行する教室は、アイヌの生徒には寒々としています」とは、小学校時代の雰囲気です。

でも、そんな苦難に満ちた彼女の生涯を語っただけの本だとしたら、深い感情を呼び起こす一冊にはなっていなかったはずです。

アイヌ民族が持つ深い精神性が、どれほど私たちに必要なものなのかがゆっくりと語られていきます。

16歳の頃、彼女は山の中でシマフクロウに出会います。その姿が、63歳から作ってきた古布絵の作品の中で蘇ります(右写真は個展のポスター)。多くのアイヌの同胞たちと関わりながら、現代文明への問いかけを続けます。

「アイヌの精神性は、きっと地球がもたらす尊いことを心の深くに据えて、敬って生きることではないかと思うのです。だから山の中で茸などに出会うと、敬って感謝する。『ありがとう茸さん、あなたを頂いて食べさせて頂きます、そしてあなたと生きるのです』と言って唄ったり、踊ったりします」

コロナウィルスの感染で、新しい生き方、考え方を模索せざるえない今こそ、読んでほしい一冊です。

本書の最後の方に、当店でも個展をしていただいた版画家の結城幸司さんが登場します。アイヌ伝統文化を映像や音楽、版画で表現し、さらに世界の先住民たちとの交流にも尽力されておられます。彼のことは当ブログでお読みください。

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大プロデユーサー永田雅一が指揮していた大映映画(1940年代〜60年代)。市川雷蔵、田宮二郎、勝新太郎、宇津井健等々、ひと癖もふた癖もある男前がずらりと並び、女優陣も京マチ子、山本富士子、若尾文子等々、錚々たる美人が並んでいて、彼らの演じるドラマの世界は、大人の香りに満ちていました。

「いま見ているのが夢なら止めろ、止めて写真に撮れ」(DU BOOKS/古書1900円)は、大映映画のスチール写真を集めた写真集です。写真の監修・構成をしているのは小西康陽。音楽ファンなら「ピチカートファイブ」の小西か、とすぐにお気づきでしょう。

1984年、 「ピチカートファイブ」がデビューした時の盛り上がりは凄いものでした。いわゆる”渋谷系”カルチャーのイノベーターでした。膨大な量の音楽を聞き込んだマニアの小西が、それぞれの曲の持っている良いところを抜き出して、抱き合わせて作る本歌取の手法で、リミックスカルチャーを作り出したのです。その頃私はレコード店の店長だったのですが、彼のセンスの良さに脱帽した記憶があります。上の世代からは、オリジナリティーがないという反発もありましたが、ナンセンスな意見だと当時も今も思っています。

小西は、その一方で部類の映画好きで、名画座を駆け回り、膨大な作品を観て、日活の助監督試験まで受ける映画マニアでした。そんな人物が監修した本だけに、やはりセンスの良さが随所に発揮されています。全240ページにわたる本編部分には、文章は全くありません。スチール写真がズラリと並んでいるのみ。ポイントは、最初にも書いた「大人な大映映画」。田宮二郎って男前で、スタイリッシュな役者だ!と改めて思いました。田宮も市川も、他の役者も白のワイシャツに細いタイとスーツが決まっています。そして、かなり妖艶な映画も連発していたのも本書でわかりました。子供だった私には近寄りがたい存在でした。右の写真は、実家の近くにあった大映映画館でやっていた「不信の時」です。中学生だった私は、通学の度にこのポスターを見たいような、見てはいけないような複雑な気分でいたことを覚えています。

91作品、347点もの写真を卓抜なデザインワークで編集されたこの写真集は、小西のリミックスマインド溢れる手法によって一つの映画作品にまでなっていて、見飽きることがありません。

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店内のギャラリー展示がしばらくのあいだ中止になっているので、この場所を使って単行本100円、200円、300円バーゲンコーナーを作りました。本日は300円本から。

★300円コーナー

300円コーナーには、函入り全集の端本が何点か並んでいます。金子光晴全集15卷(中央公論社版)の内、評論と詩を扱った六冊が、そして永井荷風の随筆を全五冊にまとめた岩波書店版「家風随筆」(定価3000円)の内の二冊が出ています。特にこの二冊は超お買得です。文章の美しさ、達者な筆運びなど、明治から大正にかけて書かれた荷風の真髄が散りばめられています。

庄野潤三の「文学交友録」(新潮社)は、1994年から1年間雑誌「新潮」に連載された庄野の文学的自叙伝で、私もかつて近代日本文学史の勉強のために読みました。島尾敏雄、佐藤春夫、三好達治、吉行淳之介、井伏鱒二など多くの文人が登場します。最終章で実兄、庄野英二について語られていますが、この本を読むまで、恥ずかしながら児童文学者庄野英二が兄弟だと知りませんでした。

「昭和三十年、兄が四十歳のときに『朝潮のはなし』ほか十篇を収めた最初の童話集が京都のミネルヴァ書房から刊行された。自費出版であった。」

処女作「朝潮のはなし」は、戦争に召集され戦地に駆り出されて、帰ってこなかった朝潮という馬と、この馬を育てた少年の悲しい物語です。英二の代表作「星の牧場」でも愛馬が登場するので、その原点です。

「ぬかみそを漬けるとわかる 毎日がゆっくりとちがってみえる 手がはっきりとみえる」

とは、詩「ぬかみその漬け方」の最後の文章です。お料理をテーマに66編の詩を収めたのが長田弘の「食卓一期一会」(晶文社)です。全編全て食べ物の詩という画期的な詩集で、私も好きな一冊です。

「こころさむい時代だからなあ。自分の手で、自分の 1日をふろふきにして 熱く香ばしくして食べたいんだ。 熱い器でゆず味噌で ふうふういって。」

引きこもっている今こそ、こんな詩を読んで、ちよっとホッとしたい。

ジャズトランペッターの帝王マイルス・ディビスを論じたり、作品を紹介した本は沢山存在しますが、この本がベスト。信頼できる一冊というのが、中山康樹「新マイルスを聴け」(径書房)で、マイルスの全作品(いわゆる海賊版まで含んでいる)を紹介。500ページにも及ぶ大作です。アルバムごとに紹介、批評が簡潔に書かれているので、この本を読みながらマイルスの作品を集めるには絶好の一冊です。中山は、日本のジャズ評論家の中で、フラットな感性と新しいサウンドも熱心に紹介してきた、個人的には最も信頼できる音楽評論家でした。大阪出身、若い時に梅田のレコードショップでお見かけした記憶が………。

2015年63歳で亡くなりました。惜しい!なお、本書は若干の汚れがあります。だから300円です。

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店内のギャラリー展示がしばらくのあいだ中止になっているので、この場所を使って単行本100円、200円、300円バーゲンコーナーを作りました。

★200円コーナー

200円という価格は微妙です。100円は安い!買いだ!となります。また、この本が300円なら絶対お得だ!と。100円・200円・300円と並べると、200円の本って絶対的安さとお買い得感の間で揺れているように見えてしまうのです。

でも今回はいい本が沢山あります。先ずは昆虫学者の奥本大三郎が、愛読する本について語った「本を枕に」(集英社)です。のっけから、「神田の古本屋」というエッセイで、古本好きを引っ張り込みます。セレクトされている本は、内田百閒「比良の虹」、金子光晴「マレー蘭紀行」、夏目漱石「坑夫」など文学愛好者らしいものもあれば、中原和郎「少年甲虫学者」、ギルバート・ホワイト「セルボーンの博物誌」といった自然科学系もあってバラエティに富んでいます。この本に書かれているモームの「雨」を読んで、私にとってこれが初めて読んだモームで、映画化された「雨」も観たことを思い出しました。

本との出会いといえば、三谷幸喜が面白い。彼のエッセイを集めた「ありふれた生活」シリーズには、彼の読書体験がひょいと顔を出すのですが、第9巻「さらば友よ」で、珍しい作家の名前を発見しました。ジェイムズ・サーバー。日本では、彼の原作を元にした映画「虹をつかむ男」で有名ですが、それほど知名度の高い作家ではありません。三谷は中高校時代、アガサ・クリスティに出会いミステリーの世界に目覚めるのですが、

「そこから横道にはずれ始める。ハードボイルドや警察小説には行かず、早川から出ていた異色作家短編集に夢中になる。ロアルド・ダールやスタンリー・エリンといった短編の名手が描く、いわゆる『奇妙な味』の作品にのめりこんだ。中でも僕を虜にしたのがジェイムズ・サーバーだ。」

確かに、あの短編集には奇妙なテイストの作家が揃っていました。三谷がどんな影響を受けたのかもっと知りたいものです。なお、この本の最後に、三谷と18歳の猫「おっしー」の別れが書かれてますが、猫好きはぜひお読みください。(イラストは和田誠です)

 

三冊目は、エイミー・E・ハートマン「観察力を磨く名画読解」(早川書房)です。名画の鑑賞眼の磨き方の本ね、と思われた方、間違い。オリジナルタイトルは”VISUAL INTELLIGENCE”と書かれています。「見ることで得る情報収拾」とでもいう意味でしょうか。著者は美術史家で弁護士で、彼女の主催する「知覚の技法」というセミナーはFBI,CIAでも採用されているぐらいの優れた観察力の磨き方を教えています。基本のスタンスは美術作品を見て言葉にしてみることです。でも、これって簡単なようで、結構、見てないことが判明します。単なる美術作品解説本ではなく、脳みそを刺激する一冊です。

え?これも200円?? 山本容子の「エンジェル・ティアーズ」(講談社)です。素敵な画文集ですが、残念ながら表紙が一部破けています。中身は全く問題なし。お買得ですよ!

明日は300円本を紹介します。

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★100円コーナー

京都に育ち、府立大学で長年教鞭をとり、エッセイストとして多くの本を出し、平和憲法への思いを言及してきた寿岳 章子「過ぎたれど去らぬ日々」(大月書店)は、サブタイトルに「わが少女期の日記妙」とついているように、1936年から1941年までの女学校時代の日記です。「一人の女学生がひそかに平和憲法的な世界を恋していた客観的事実も知って欲しいと思った。その祈りにも似た思いが、どんな時代に育っていったかも提起したかった。」と書かれているように、多感な少女時代に暗い影を落とした戦争と、当時の京都の情景が描かれています。

写真家森山大道が2003年から05年にかけて大学等で行った講義と聴講生との対話を収録したのが「昼の学校 夜の学校」(平凡社)です。新宿の場末をひたすら歩き回り、そこに暮らす人々や、生活の場を撮り続けてきました。ザラッとした白黒の画面が強烈な印象を残す写真家です。「量のない質はない、ただもうそれだけです」という彼の言葉。写真だけでなく、文章も、絵画も、音楽も量をこなさなければ高い質はないと思います。この写真家が、藤圭子・宇多田ヒカル母娘を撮影していたことを初めて知りました。

こんなところに本屋があったんだと驚かされたのが、井原万見子著「すごい本屋」(朝日新聞出版)です。場所は、和歌山県日高郡日高川町。山奥にある本屋さんで、周りにお店がないので、味噌や洗剤まで販売しています。20坪の店の名前は「イハラ・ハートショップ」で、著者が店主です。この本屋さんのすごいところは、地元の子供達に絵本の良さを知ってもらおうと、様々なイベントを開催。今森光彦や、宮西達也といった大物が来店してトークショーをしています。その熱意が素敵です。ライターの永江朗さんも取材に訪れていました。この本が出たのが2008年。今も頑張っておられます。(現在はコロナ感染防止のため休業中)

70年代、人文系の本を前面に押し出し、新しい書店の姿を作り上げた池袋リブロの店長田口久美子著「書店風雲録」(本の雑誌社)。私も、新刊書店員時代貪るように読みました。

最後にご紹介するのは木村英昭著「検証福島原発事故 官邸の100時間」(岩波書店)です。あの大事故の時、政権中枢で何が起き、どう対処しようとしていたのか。膨大な取材を元に、当事者全員実名で登場し、その一刻一刻をドキュメントしています。まるでパニック小説を読んでいるような緊張感溢れる描写が続きます。こんな現状だからこそ、非常事態下の国家を考える一冊としてお読みください。

その他数十冊を100円コーナーに出しています。補充はしませんので、お早めに。明日は200円コーナーを紹介します。

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コロナウイルス蔓延のために時短営業しているので、家にいる時間が長く、長編小説を一気に読むことができます。おかげで440ページもあるラーラ・プレスコット著「あの本は読まれているか」(東京創元社/古書1500円)も四日で読めました。エンタメ小説としても文学としても、これ程面白い作品にはなかなか出会えません。

小説のタイトルになっている「あの本」とは、ロシアの文豪パステルナークの「ドクトルジバゴ」です。原作より、デビッド・リーン監督の映画作品でご記憶の方が多いかもしれません。1950年代後半に発表された本は、ソ連において反体制的描写で発禁処分となり、密かに国外に持ち出されます。57年にイタリアで刊行され、パステルナークは翌年のノーベル文学賞の受賞が決定します。が、ソビエト共産党、ソ連作家同盟の反対で受賞辞退に追い込まれます。

ロシアでの出版禁止に目をつけたアメリカCIAが、原本を入手してロシア語に翻訳し、密かにソビエトの人々に手渡して、自国の言論統制や迫害を知らせ、社会体制を揺さぶるという「ドクトル・ジバゴ作戦」を実施しました。2014年、機密書類だった作戦の報告書が公開され、その事実を元に組み上げられたのが「あの本は読まれているか」で、著者のデビュー作です。

パステルナークの愛人オリガと、CIAタイピストの女性たちの中から本の受け渡しのスパイに仕立て上げられるイリーナの二人を軸に、物語は1949年から1961年までの二つの大国エゴイズムの中で、熾烈な生き方を選択してゆく彼女たちの姿を描いていきます。派手な撃ち合いやら、サスペンスは皆無です。作家はひたすら、登場する多くの人物たちの日々を詳細に描きこみ、この時代を生きた人たちのリアルな姿を浮かび上がらせていきます。CIAが舞台の割には、男性スパイは、ほとんど登場しません。むしろCIAに勤務するタイピスト部門の女性たちが主役です。

「わたしたちの大部分は独身で仕事をしており、この選択は何度も繰り返し両親に言って聞かせなければならなかったが、確固とした信念ではなかった。確かに、親はわたしたちが大学を卒業した時は喜んでいた。けれど、赤ちゃんを産む事なく仕事ばかりしている一年がすぎていくたび、娘が独り身であることや湿地に造られた都会で暮らしていることに不安を募らせるようになっていった。」

そういう時代を生きた女性たちを、著者は徹底的に書き込んでいきます。そして、「ドクトルジバゴ」のヒロイン、ラーラのモデルとなった愛人イーラの壮絶な人生が、よりいっそう詳細な描写で迫ってきます。そのあたりが単なるスパイものではなく、人生の深い闇を浮き彫りにした文学作品になっている所以でしょう。読み終わった時の満足感は、とてつもなく大きなものでした。

野心的な映画人、例えばニコール・キッドマンあたりが映画化権を買い取って、ベテラン、中堅、新人に至るまで女優をかたぱっしから引っ張り出して映画にしそうな気がします。いや、ぜひそうして欲しいものです。

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「『詩、読みますか?』と聞いて、まだ『ハイ』といわれたことがない。たいてい『本は好きなんだけど』とか、『小説は読むんだけど、』という具合に、あとは続くのです。」

大阿久佳乃「のどがかわいた」(岬書店/新刊1430円)はこんな風に始まります。詩のことを知ってもらいたくて、彼女は「詩ぃちゃん」というフリーペーパーを発行しました。私は、何人かの詩人を除いて、あんまり詩を読まないのですが、彼女が紹介している詩人やら、詩の楽しみを読んでいると、こういう読み方もあるんだと、視界が広がります。

著者の大阿久さんは、2000年三重県鈴鹿市の生まれで、このフリーペーパーは2017年、17歳の時に出しています。

「半年ぐらい学校に行っていなかったのだと思う。けれど、はっきりいつから行かなくなったかは覚えていないし、そういえば、学校に行っていた間のこともあまり覚えていない。」

結局、出席日数が足りず留年、そして退学。本書の第二章で、その息苦しかった時代のことを振り返っています。「もともと私には、十八歳まで時が止まっていて、十九歳から一気に死に向かっていくという、謎の思い込みがある」とまで書いています。

思春期にありがちな不安、苛立ち、孤独の告白といえば、そうかもしれません。ここにはそんな状態から、彼女を支えた言葉と共に、出口を求め、模索する一人の女性の偽らざる姿が描かれています。先の見えない閉塞感と息苦しさは、数十年前に”穏やかだった”十七歳を経験した私には、理解できないものが潜んでいます。

でも、これは、あくまで彼女の心を支えた読書案内です。フランシス・ジャムという詩人を紹介する件は、この詩人の言葉がどれだけ彼女の心に寄り添っていたのかがわかります。

「ここを読んでいると、自分が難しい顔ばかりして生きてきたと思い、これからもずっとそうなんだろうと、落胆したり、度が過ぎてちょっと面白くなくなってしまったりする。しまいには涙が出て、人生がなんなのかさっぱりわからなくなって、このやろう、と乱暴に、すがるようにジャムの詩をまた読み進めてしまう。」

とても素直な文章で、店にあるジャムの詩集を開いてみたくなります。

彼女の祖父母が京都市内に住んでいる関係で、よく来京しているそうす。そこで出会ったのが「古書善行堂」の店主山本さんでした。あぁ、いい店に出会ったなと思いました。ここで、彼女は多くの作家や本を山本さんから紹介してもらいます。書店にとって、読者の心持ちに沿った本を紹介できるほどの喜びはありません。そしてここから、岬書店の島田潤一郎さんに出会い、本書の発行へと繋がっていきました。しかるべき時に、しかるべき出会いがある、という事です。

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外出もままならず、ちょっとギスギスした気分にもしもなっていたら、こういう映画はいかがでしょうか。ロバート・レッドフォード主演の野球映画「ナチュラル」。弱小プロ野球チームが、一人の選手の加入によって、優勝争いにまで加わるという作品なのですが、いわゆるスポ根ものではありませんし、友情ものでも伝記映画でもありません。野球界を舞台にした大人のおとぎ話です。レッドフォードという俳優は、この作品のために役者になったと思えるほどピッタリの役柄で、おそらく他の俳優では、きっと彼のような素敵な笑顔は作り出せません。

天才的な野球センスに恵まれたロイ・ハブは、シカゴのメジャーリーグに入団するために故郷を後にしますが、その途中で列車で出会った謎の女性と不祥事を起こし、球界にデビューすることなく消え去ってしまいます。。そして16年後、35歳になったロイは新人選手として万年最下位のポンコツチームに入団します。最初は、年寄り選手と馬鹿にされてたのですが、優れたバッティングで、球団を活気付かせます。時代は1930年代。映画はその時代を見事に再現し、クラシカルな画調と演出で進んでいきます。

ところが、賭博で大金を動かす球団オーナーが主人公に立ちはだかってきます。彼の配下にいる美女にメロメロになったロイは、またまた迷走し始めます。フラフラと美女に振り回されるモテ男という役柄に、レッドフォードはなぜかピッタリなのですね。しかし、彼の窮地を救ったのも、女性でした。故郷に残してきたた恋人との再会です。やれやれまた女かいな、と思うのですが、恋人を演じたグレン・クローズとレッドフォードの出会いのロマンチックなこと。クラシックな映画の楽しさいっぱいです。(グレン・クローズの抑えた演技が見事です)

もう一人重要な人物がいます。それはチームに属するバット・ボーイのサヴォイです。最終試合で、ロイが使い続けてきた大切なバットが折れるのですが、その時サボイが渡したのは、手製のバット「サヴォイ・スペシャル」。ロイに教わったやり方で作ったバットを手渡すシーンは、何度見てもホロリときます。
優勝をかけた試合の9回裏、ランナー1、3塁でカウント2-2。そこで彼が打った打球は……。もう素敵なおとぎ話です。

一人の青年が、右往左往しながらも、やっと自分の人生を見つける映画ですが、それをおとぎ話みたいに、めでたしめでたしで描いたのが秀逸です。問題作でも、大作でもありません。職人肌の監督が丁寧に作り上げたハリウッド映画の中の一本です。でも、これほどまでにホッとさせてくれる、気分を和らげてくれる映画も、そう多くはないはずです。

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坪内祐三著「新書百冊」(新潮新書/古書400円)は、知の宝庫ともいうべき新書のジャングルに分け入り、向学心に燃えていた若き日の著者が出会った新書100冊をセレクトして紹介した本です。

「自らの意志で新書本を読みはじめた頃」、「新書がどんどん好きになっていった予備校時代」、「新書で読んだ読書ガイドと読書法と書斎の話」、「講談社現代新書のアメリカ文化物は充実していた」、「やがて来るニューアカ・ブームを前に」、「作家の書いた新書本とお勧めの伝記物」、「新書で近代日本の文化研究をする」の7章に分かれています。著者がその本に巡り合った、その時の環境なども書き込まれていて、肩のこらない新書案内に仕上がっています。

例えば、高校時代にTVドラマで城山三郎原作の「落日燃ゆ」を見て、ひどく感銘を受け、原作を読み、物語の舞台となった東京裁判に興味をもち、中公新書「東京裁判」に出会います。「『落日燃ゆ」を読んだ私は物語として感銘を受けた。しかし、小嶋襄の『東京裁判』によって私は、物語ではなく、一つの歴史、つまり史実を知った。」

なんて幸せな本との出会いなんだろう、とこの一節を読んで思いました。また、1977年、岩波新書の黄版(表紙が黄色のもの)発行がスタートした時の気分をこう書いています。

「黄版が出たその五月の、十九歳の私の新鮮な気持ちを今でも忘れない。心地良い五月の陽差しの中、私は、早足で靖国通りと白山通りの交差点の角にある信山社(岩波ブックセンター)に向かう。」

そして、千円で三冊買える低価格の本をコンスタントに読んでいけば、「ただのつまらないサラリーマンにはならないだろう」と、豊かな将来へ広がるような希望を、当時の新書は持っていたと回想しています。

この本の中で、最も共感を持ったのは「講談社現代新書のアメリカ文化物は充実していた」です。坂下昇「アメリカン・スピリット」は、アメリカ文学、映画、音楽を理解するのに欠かせない周辺知識の宝庫でした。ここで紹介されている講談社現代新書はほぼ、大学時代に私も読んでいました。岩波新書に比べて、スマートなデザインと色合いも、お気に入りでした。

面白かったのは「作家の書いた新書本とお勧めの伝記物」です。安岡章太郎「アメリカ感情旅行」、大岡昇平「コルシカ紀行」など傑作が並んでいます。ここで紹介されている開高健の「声の狩人」という本は、初めて知りました。読んでみたいと思います。

本書の欠点を言えば、発行されたのが2003年なので、本の情報が古いことですが、逆に本書片手に古書店を回るのに最適な一冊かもしれません。

 

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