「秘密の花園」「赤毛のアン」など児童文学について梨木が語る「物語のものがたり」(岩波書店/新刊1540円)は、取り上げた作品を深く掘り下げ、作者の心の中に迫ると同時に、読者だった彼女自身が何を思ったのかを知ることができます。

フランシス・ホジソン・バーネットが1911年に発表した「秘密の花園」は、彼女の「小公子」や「小公女」以上に高く評価されている児童文学です。私はこの本を読んでいないのですが、70数ページを使って詳しく解説、論評した文章を読んでいると、まるでもう読んだかのような気分になってしまいました。

舞台は植民地時代のインド。官史の一人娘メアリーは両親に育児放棄され、気難しく我儘な少女になっていました。そんな時に、流行っていたコレラに両親がかかり、死亡。メアリーはイギリスにいる遠い親戚に引き取れらます。ここでもまた、彼女は放って置かれ、遊ぶ相手もいませんでした。しかし、この大きな屋敷の奥にある庭園を見つけたことから、彼女の人生は大きく変わってゆきます。誰にも相手にされず、孤独だった彼女が生きる力を回復してゆくプロセスを、梨木は丁寧に解説してくれます。

物語に登場するパンとチーズを引き合いに出して、児童文学にある力をこんな風に書きます。「『ハイジ』に出てくるパンとチーズといい、児童文学に出てくる素朴な食べ物は、どうしてこうもおいしそうなのでしょうか。それはきっと、無我夢中で成長しようとしている子どもの食欲が、読み手である私たちにまで働き、『術』をかけるからなのでしょう。その『術』の中で、私たちの内奥にある、ある部分まで、育まれていく感覚を実感するからのでしょう。」

後半では、メアリー・ノートンの「床下の小人たち」、いぬいとみこの「木かげの家の小人たち」、モンゴメリの「赤毛のアン」を読み解きながら、児童文学の先達たち、石井桃子、村岡花子、ビクトリア・ポターたちの創作の核心へと迫っていきます。

ナチュラリストとしての意識の高かったジーン・ストラトン・ポーターが1909年に発表した「リンバロストの乙女」は、村岡花子の手で翻訳されました。

「村岡花子もまた、この『リンバロストの乙女』を、御殿場二の岡の森の中で熱中して読み、自然に親しむことの素晴らしさを日本の若い人たちに伝えたいと強く願ったのだった。その体験が、彼女を翻訳者の道に進ませる原動力の一つになったのだと、後のエッセイで述懐している。」

そんなことも教えてくれるエッセイです。

『山中さおりペーパークイリング展』、レティシア書房のギャラリー開催はなんと10回目を迎えました。2012年の開店以来、毎年必ず個展をしていただいて10年。今年も美しい紙の作品が並びました。

細い紙(2㎜〜6㎜幅くらい)をクイリングバーという棒でクルクル巻き、小さな円や楕円、四角や三角を作るペーパークイリング。一枚一枚丁寧にクルクル巻いて、その小さな部品が、花びらの一つ一つとなって花の作品になるという、とても細かい作業です。英国で生まれたもので、もともとは、聖書を製本した時に出る細い切れ端を(神のことばが書かれた紙なので)大切にして、鳥の羽根(quill:クィール)で巻き、宗教道具や絵画を飾ったのが始まりと言われています。

山中さんの作品に触れるまで、この手仕事のことは知りませんでした。不器用な私には気の遠くなるような作業の積み重ねです。今回、7年前に一度飾ったことのある美しい花の作品を持ってきてくれたので、一緒に並べようと試みたのですが、全然雰囲気が違うのに驚きました。年月を経て格段に技術力が高くなり、新しい作品群と釣り合わないのです。まさに継続は力なり!

今までは秋に開いていた展覧会を初めて5月に計画して、黄色のヒマワリが華やかに壁を飾ってくれました。相変わらずの几帳面さは、山中さんの持ち味ですが、花々が少しずつ自由に、立体的に動き出しているような印象を受けました。こうして毎年観ていると、進化が楽しみです。「こういう時期だからこそ、黄色の鮮やかな色合いで見てくださった方に元気を出していただきたい」という作家からのメッセージ。どうぞ繊細な「紙わざ」をご覧ください。

コロナ禍のせいもあり、作家の希望で今回は封筒やグリーティングカードの販売を店内では控えました。販売については、山中さんのオンラインショップ(下記)をご利用いただければ、と思います。

なお、レティシア書房から徒歩5分くらいのギャラリー「ONO」さんでは、第3回公募展が開かれていますが、ここでも山中さんの作品(5/23まで)を見ることができます。(女房)

 

⭐️『山中さおりペーパークイリング展』は5月12日(水)〜23日(日) 月火定休

13:00〜19:00  最終日は18:00まで

【紙工芸kotohana*オンラインショップ】https://kotohana.handcrafted.jp/

 

大阪府内の救命救急センターの医者犬養楓さんは、コロナウィルス感染拡大で過酷な勤務を続ける中、その日々を歌に詠んできました。それが「前線」(書肆侃侃房/1650円)という一冊の短歌集になりました。

こんな歌が詠まれています。

「昼が来て夜が来てまた昼が来て看護師はこれを一日と呼ぶ」

「世の中の風当たりにも耐えるよう防護ガウンを今日も着込んで」

本作品集には、コロナ禍が本格化する直前の2019年末から約1年分の歌が収められています。日々、厳しい状態にさらされている現場で、医者・看護師のやり切れなさ、その思いをすくい上げ歌に託して伝えます。

「同乗なき救急車でひたすら息子の名前を呼んでいた人」

家族の付き添いも拒否される状況で、搬送される患者の孤独と絶望。

「ご迷惑をお掛けしますと愛し子を身籠り看護師潔く去る」

やむにやまれず救急の前線を去る看護師の複雑な思い。

「マスクでも感謝でもなくお金でもないただ普通の日常が欲し」

医者も看護師も普通の人々で、使命感いっぱいの崇高な人間じゃない、という現場の本音です。

歌人はあとがきでこう書いています。「非常事態宣言が連発され、本来の非日常が日常化していく中で、言葉が持つ力が次第に弱まっていくことを危惧している。しかし、映像では伝わらない出来事や、声にならない声を言葉にすることが、現在の第三波まで続く不連続な局面を打開する希望になると信じている。」

そして続けて、「その不確実さや不連続な状況にもまれながら、医療従事者が目の前の出来事に、どう向き合ってきたかをこの禍が過ぎ去ったあとにも残しておきたいと思い、歌を詠んだ次第である。」と。最前線(命をかけた戦場のような)の、貴重な記録です。

「この国の『いってきます』と『おかえり』を奪って流行るコロナウィルス」

私たちの日常を破壊している現状を理解していれば、安心・安全なオリンピックなんて言葉が首相の口から飛び出すわけがない。ぜひ、この歌集をご一読いただきたい。

盛岡発のミニプレス「てくり」は2019年11月に28号が出てからご無沙汰でしたが、4月に29号が発売されました。しばらく連絡がなかったので実はちょっと心配していましたが、店頭に並べることができて嬉しいです。「てくり」とは開店以来のおつきあいで、地方に生きる人々の生活、文化を紹介するというミニプレスの原点を教えてもらった雑誌です。

今回の特集は「 My Standard『ふつう』を更新する」というタイトルで、新しいビジネスに挑戦する人々が紹介されています。

「福祉実験ユニットヘラルボニー」という会社は、障害のあるアーティストとライセンス契約を結び、データ化したアート作品を企業に貸し出してラベルやユニフォームに使用してもらったり、作品をテキスタイルとして使った商品の開発や販売などの事業を展開しています。この会社が送り出す個性的な柄・色彩のネクタイやマスクは、岩手だけでなく、東京方面でも話題になっているとか。

「障害のある人が『○○さん』という個人として認識され、その生き方や人生がフューチャーされること。その結果、同社ではなく障害のあるアーティストが成功する社会になればいいと思っている。」という考え方です。

今年4月には、盛岡市内にギャラリー兼本社をオープン。「本社は盛岡に、と思っていました。その方が断然かっこいいと思っているんで」と副社長の松田文登さんがおっしゃています。東京、東京と言わないところが、ほんまにかっこいい!

「てくり」の素敵なところは、この地で愛されて続けているお店が紹介されているところです、甘栗を作り続けて55年の「甘栗太郎」や、晩秋からゴールデンウィークの期間限定ホットケーキによだれが出そうな喫茶店「パアク」。こちらも昭和44年オープンで、52年間営業されてきました。

同誌を読むたびに、もう一度行きたい!と思う魅力的な町ですね。

最新号とともに、売り切れていたバックナンバーも入荷しました。26号には「水中で口笛」(左右社/新刊1870円)などの歌集で若い世代に人気の歌人、工藤玲音さんのインタビューが載っています。

 

 

2016年京都「えき美術館」の安西水丸展を観に行った時に、彼が「ガロ」に発表したコミックを、80年代に青林堂が「青の時代」というタイトルで単行本として出版した本が飾ってありました。確か、青い函入りの装丁だったと思います。

当然絶版で、取引きされている価格も高く、手が出せない一冊でした。それが今年4月に、新たに序文とインタビューを加えて復刊(新刊/1980円)されました。まさか、再発されるなんて思っていなかったので、驚きです。版元はCreviis。拍手!拍手!ですね。

娘の安西カオリさんが、「『青の時代』の舞台は、主に千葉県の房総半島の南部に位置する海辺の町です。病弱だった父は幼年期から中学校を卒業するまでをこの町で過ごしました。」と巻頭で書かれています。彼の私小説的コミックと呼べるかもしれません。少年期から青年期にかけて体験する、甘酸っぱいノスタルジーと孤独を見ることができます。

安西は、昭和17年に七人兄弟の末っ子として生まれました。七人中、兄が一人いるだけであとは全て姉という環境でした。幼くして父と死別し、母と姉たちに囲まれて成長していきます。安西の作品には男がほとんど登場しないことを、嵐山光三郎が解説で、「男の存在感は薄く、空気のように漂っているだけだ。」そして、「水丸が、母親と姉にかこまれて生活してきたことを考えれば、それは理解できるのだが、ときどき、女の感性で男を見ているシーンにぶつかり、はっとするときがある。」と書いています。

安西の作品には必ずといっていいほど、風景がポツンと描かれた見開きのページが登場します。悲しく孤独な少年の意志、そしてそれをそっと慰めてくれるような風景が、一つのページの中に入っています。「荒れた海辺」のラストカットは、海辺を疾走する少年の姿が黒いシルエットで描かれています。いじめた生徒への復讐を敢行した少年の屈折した感情と、大きな風景の対比がワンカットに込められています。

「水丸の風景へのかかわり方は、父を失った少年がもつ、したたかな意志だ。風景というやつは、孤独な少年にとって、残酷強暴でありながら心あたたく大きい父のようなものだ。」という嵐山の指摘は鋭いと思います。

安西ファン必携の一冊です。

 

ドキュメンタリー映画「ブックセラーズ」を観ました。世界最大規模と言われるNYブックフェアを裏側から覗き、古書業界では名前を知られたディラー、書店主、コレクターなどへのインタビューを通して、奥深い古書の世界を案内してくれる90分間です。

史上最高額で競り落とされたダ・ヴィンチや、ボルヘスの手稿、「不思議の国のアリス」のオリジナル原稿など、とんでもない稀少本もチラリと登場してきます。

ちょっと、フィルム止めて!と思った瞬間がありました。マンモスの標本付きの探検記やら、18世紀後半の化石の魚類の研究書をコレクションするデイブ・バーグマンの書架に、メルヴィルの「白鯨」がチラリと見えたような気がするのですが、もしかして限定特装版なのか、ゆっくり観たかったですね。

この古書の世界も、ご多聞にもれず男性が大半を占めていたのですが、女性のコレクターの中の一人、キャロライン・シンメルは、重要とされている女性作家の膨大なコレクションを持っています。また、1925年にNYに開店した「アーゴシー書店」を営む三姉妹は、NYの書店の変遷を語っていきます。この書店も登場しますが、ぜひ訪れてみたい雰囲気がありました。

映画の進行役とも言える作家、映画評論家のフラン・レボウイッツ(写真左)の辛口評論も面白く、ラストエンドロールの後、「私ね、D・ボウイが必ず返すからと言って借りていった本を、結局返さなかったわ。」とサラリと言い切りますので、ここまで席をお立ちにならないように。

映画のHPには、多くの方がコメントを寄せていますが、書店「title」の辻山店主や、先日当ブログで紹介した「BOOKNERD」の早坂大輔オーナーが文章を寄せています。私のイチオシ「夢見る帝国図書館」(古書1550円)を書いた中島京子が「ニューヨークに旅行して古本屋めぐりをしている幸福感を味わえる、本への愛に満ちた映画!」と紹介しますが、その通りです。

蛇足ながら、フラン・レボウイッツはマーティン・スコセッシの新作ドキュメンタリ「都市を歩くように フラン・レボウイッツの視点」でも辛口のユーモアと皮肉で大人気だとか。これも観てみたいものです。

 

 

奈良県出身の動物行動学者、松原始は、多くの「カラス本」を書いています。「カラスは飼えるか」や「京都とカラス」など、タイトルだけでも興味が湧きます。今回ご紹介する「旅するカラス屋」(角川春樹事務所/古書1100円)は、多いに笑って、楽しませてくれる一冊です。

私たちが、そこらで見かけるカラスはハシブトカラスとハシボソガラスの二種類で、著者はハシブトカラスの生態を研究しています。「ハシブトカラスの英語名はジャングル・クロウで、もともと森林性だから、都会というコンクリートジャングルにも適応できたんだよ」と言ってはみたものの、森林でどんな生活をしているか誰も全く説明できていない。だったら、調査してみようと、同好の東大農学部の森下英美子さんを誘って”カラス旅”に出かけるところから、スタートします。えっ〜!研究者ってここまでやるのかというぐらい涙ぐましい努力が綴られていきます。著者の旺盛なユーモア精神か、関西人のノリかはわかりませんが、笑えて、どんどん読んでいけます。

そして2013年の鳥学会で「山のハシブトカラス プレイバックパート3」という、著者曰く『アホなタイトル』で発表にまでこぎ着けるのです。が、サンプル数が少ないという指摘があり、それなら日本中行くしかない!と、とんでもないカラス旅が始まります。山中でハシブトカラスを見てから20年、調査しようと思って13年、きっちりとした調査がスタートして10年という長い時間がかかっています。

第二章は「学会もまた旅である」と題して、内外の学会での経験やら、ドタバタを軽妙に書いています。親睦会でずらりと並んだ教授たちの前にある寿司をかっぱらう方法などは、もう喜劇映画のワンシーンですね。海外での学会での、いろんな人たちとのやりとりも面白い!なんだか、動物学者の書いた文章というよりは、軽妙洒脱な海外旅行エッセイを読んでいる気分で、ますますページが進みます。

世界最大級のワタリガラス。全長63センチ、翼開長120センチ、体重1・2キロの大きさのワタリ鳥で、日本では知床、根室あたりで観察できます。当然著者も、相棒の森下さんと連れ立って北の国を目指します。実は、私もワタリガラスを見てみたいのです。星野道夫が熱心に追いかけたワタリガラス。北米先住民の伝説では、ワタリガラスは神とされているのですから、そんな鳥ならば、この目で見てみたいものですね。

この本は最後まで、カラスを求めて世界中を旅する研究者の話です。そしてそこから浮かび上がってくるのは、研究者の地道な努力と熱意。

著者は研究の定義をこう書いています。「研究によって得られた結論が正しいかどうかは、実は永遠にわからない。我々は神ではないから、真理を知ることができない。どんなに正しいと思えても、それは『将来の研究によってひっくり返るかもしれない結論』でしかない。ただし、否定されるまでは科学的事実や正しい仮説として支持され、それを土台として科学は前に進む。それが科学の作法だからだ。 研究とはそういうものである。」

きっと読んだ後に、カァー、カァーという鳴き声を聞いたら空を見上げて姿を探しているはずです。

兵庫県出身で、1991年に北海道へ移住した写真家、堀内昭彦の写真集「アイヌの祈り」(求龍堂/古書2800円)は、比類のない美しさに圧倒されます。

以前、新刊書店でこの写真集を手に取った時、「フッタレチュイ」(黒髪の踊り)と言われる踊りのページに惹かれました。長い髪の女性が、上半身を前後左右に曲げて、髪の毛を振りかざして、その毛が地面に突き刺さるように激しく踊るのですが、激しい踊りの一瞬、踊り手の魂を表現したような写真。そして「エムシ リムセ」(剣の舞)では、カムイへの奉納として踊り、魔を祓う舞踏の青年の瞳、手先の美しさにググッときました。(写真・下)

定価より少し安い価格の古書で見つけたので仕入れて、隅々まで見ましたが、アイヌの人たちを撮った写真集では、個人的にベストワンです。

「カムイノミ」と呼ばれる神への祈りは、様々な行事を行う際に必ず行われるもので、何事であれ重要な行動を起こす際には、人間の意志を神様に伝え、その庇護を願うための行事です。

古老達が感謝を捧げる。自分たちを守り育てた森へ祈る。サケという恵みを与えてくれる川への感謝など、彼らの神様への思いが写真に収められています。祈りを捧げる人たちの姿、視線が素晴らしく迫ってきます。生きているのではなく、生かされているという信仰のせいでしょうか。

「人間には、それぞれ後頭部に憑き神がいて、良いことも悪いことも見守っている。トノト(御神酒)はその憑き神にも捧げるんです。」

 

後半は、アイヌ伝統工芸に生きる人々がポートレイトされています。やはり、ここに登場する職人達の表情がとても美しい。彼らの実生活がどんな状況なのかはわかりませんが、でも、神と共に生きる人々にこうあって欲しいという写真家の思いがフィルムに乗り移ったようです。

最後のページに載っている古老の力強く、優しく、そして知性溢れる姿も素晴らしい。より良き生き方の教えを請うなら、こういう人にしてみたいと思いました。

 

一昨年でしたか、「mal”創刊号」が出た時、あっと言う間に売切れた記憶が残っています。今日ご紹介する本誌は、正確には「隣町珈琲の本mal”02号」(1540円)と言います。主宰者の平川克美さんは、「隣町珈琲」の店主で多くの著書があります。以前当ブログでも「見えないものとの対話」を紹介しましたが、最近気になっている評論家の一人です。

本好きならば、読みたいと思わずにはいられない面子が、今回並んでいます。

銀閣寺の「古書善行堂」店主山本善行さんが「『古書善行堂』は『町の灯』になれるか」と、コロナ禍で悪戦苦闘する店の様子と、新しい試みでお客様を開拓している様子を報告されています。

また、人文系私設図書館ルチャ・リブロ店主の青木真兵さん(2月に当店でも個展をしていただきました)が、とても素敵な文章を寄せておられます。田舎に建てた図書館は、何かと地元の行事参加が多くなります。

「山村での生活は、共同墓地の清掃や地区の消防団の活動など、地縁と血縁が要です。この『濃い縁』の中での暮らしは、都会で生活していた頃には全く興味の湧かなかった『あるもの』にハマるきっかけを与えてくれました。それが映画『男はつらいよ』です。」

なんで寅さんが登場するの?まさか人情がどうのこうのとかいう話なの?いえ、違います。詳しく本書をお読みください。青木さんの物の考え方がわかると思います。

「夏葉社」代表島田潤一郎さん、古本屋「山王書房」店主関口良雄さんのご子息の直人さん、平川克美さんとの「『昔日の客』が残したもの」と題した座談会は、古書好きには注目です。「昔日の客」は、夏葉社から再発されていて、 関口良雄さんの、本と作家への愛情あふれる随筆集です。この本を巡っての三人の座談は、心から本を愛している心情が伝わってきます。(右は夏葉社版「昔日の客」)

小説、エッセイ、詩と盛りだくさんな一冊ですが、最後に古屋美登里が、自身翻訳した「その名を暴け」(古書/1500円)について書いています。「#MeToo運動」の先駆けとなったハリウッドを揺るがしたスキャンダル事件について、執拗に追いかけた女性記者のノンフィクションは、昨年ブログでも取り上げましたが、こちらもぜひお読みください。

 

手元に光文社古典新訳文庫で出たジロドゥの演劇「オンディーヌ」(古書400円)があります。漁師の養女オンディーヌは、騎士ヨハンと出会い、お互い強く惹かれ恋に落ち、ついに城で暮らし始めます。しかし、彼女は実は人間ではなく水の精だったという物語です。

このモチーフは古くはギリシャ神話まで辿ることができるそうです。アンデルセンはお伽話「人魚姫」を書き上げ、チャイコフスキーやドビュッシーはこの物語をベースに楽曲を作り上げました。ドイツロマン派のフリードリヒ・フケーが発表した小説「水の精 ウンディーネ」は、現代でも読み継がれています。わが国でも手塚治虫や、山岸涼子が漫画化し、三島由紀夫の自伝的小説「仮面の告白」にも登場しているのです。

この物語を、現代ベルリンの街に置き換え「愛する男に裏切られたとき、その男を殺して、水に還らなければならない」という宿命を負った女の物語として再生させたクリスティアン・ペッツォルト監督作品「水を抱く女」(京都アップリングにて上映中)を観ました。

映画は、まずは視覚に訴えるアートです。その点で、この映画はかなり優れています。と言っても、ケレンやCG満載だったり、滅多やたらとカメラが動き回るような過剰な映像のオンパレードではなく、ヒロインの横顔にすっとシンプルなタイトルが出るところから、端正な映像が最後まで続きます。私はこれに酔いしれました。

ベルリンの都市開発を研究する歴史家ウンディーネ。彼女は小さなアパートで一人暮らしをしながら、博物館でガイドとして働いています。恋人のヨハネスと別れて、辛い日々を送っていたウンディーネの前に潜水作業員のクリストフが現れます。惹かれ合う二人だったのですが、クリストフはウンディーネに違和感を覚え始めます。一方のウンディーネは、自分を裏切った恋人を殺し、水の世界へと戻っていかねばならない宿命に身を投じます。

この映画、ラストシーンが好きです。この終わり方!アンハッピーエンドとかハッピーエンドとかでは括れない静かな幕切れです。

水の世界に生きる彼女が、永遠の別れにクリストフに渡したものは? 泣けました!