フェルト作家鈴木オリエさんの「物語のかけら展」本日より始まりました。

2012年春、京都で開催された「ヒツジパレット」(羊毛を主軸とした作品の公募展)の会場で、鈴木さんの作品に出会いました。フェルトのカラフルなモザイク模様の小さなウサギ。緻密でありながら、ふっと肩の力の抜けたユーモラスな造形に心魅かれたのを覚えています。ちょうどレティシア書房開店のときでもありました。

2015年「第2回ヒツジパレット」に出品中の鈴木さんが、当店に立ち寄ってくださいました。このチャンスを逃してはならないと個展をお願いしたところ、店長の選書とコラボしましょう、という提案を頂きました。何度か本の選書に関するメールのやり取りをして、本を送って1年。さてさて、どんな作品が出来上がってきたのか楽しみでしたが、昨日荷解きをした瞬間から、多くの物語が飛び出しました。お送りした様々なジャンルの本の中から、鈴木さんがイメージをふくらませて作品にするという、本屋とフェルト作家の思いがひとつになった、嬉しい展示になりました。

池澤夏樹、星野道夫、宮沢賢治、長野まゆみ、小川未明、岸田今日子等々の作家の作品から、こんなに楽しい作品が出来上がってくるのかと驚かされました。池澤夏樹の「熊になった少年」に発想を得た大きな熊の顔は、熊になろうとした少年の真っ直ぐな目が、優しくじっと前をみつめています。独特の色使いが、幻想的で、民話から生まれたこの物語の世界にさそってくれます。

一方、宮沢賢治「雪渡り」に登場するスキップるんるんの白狐、そして「銀河鉄道の夜」の本を手にして、得意顔の猫たち。或は、星野道夫の世界から飛び出して来たカヌーに乗ったイヌイットと犬。「ネコナ・デール船長」の絵本から、物語を身に纏ったような、やさしい佇まいの男(写真左上)が、そして、船長の相棒の猫「くつした」も、海を連想させる色をした猫になり、すっくと立った姿が魅力的です。(写真下・右側)

鈴木さんのフェルトは、カラフルだけれど、温かくて落ち着いていて、本当に美しい。アクリル絵具と色鉛筆で描かれた幻想的な絵が2点あるのですが、これがまた、本屋にずっと掛けておきたいような素敵な絵なのです。ここから、さらに洗練されて、高い技の力で、独特の可愛さと力強さを持った立体になっていくのですね。

クリスマスも近いということで、ブローチ(各6500円)など小物もたくさん作って頂きました。(左写真)

フェルトを知っている方も、見た事のない方も、本屋の扉を開けてお入り下さい。ホントに楽しい鈴木ワールドです!(女房)

 

鈴木オリエ「物語のかけらたち」展は12月11日(日)まで

12時〜20時 (最終日は18時)月曜日定休

なお、12月3日(土)〜18日(日)静岡県賀茂郡松崎町「侘助」にて鈴木オリエさん・くぼやまさとるさん・中泉秀美さんの3人展「師走道楽」が開かれます。ワークショップもあるようです。お近くの方はこちらもどうぞ。

1933年生まれのドイツ文学者、評論家の種村季弘は、古今東西の異端文化や芸術に関する広汎な知識を駆使して、内外の幻想小説や美術、映画、演劇に関する多彩な評論を展開してきました。85年に発表された「一角獣物語」(大和書房/初版1400円)はこの幻獣の歴史を美術、文学を中心に解きほぐそうとする意欲作で、図版も多く収録されていて、熱心に読みました。

が、どうも文体の合わない作家が存在して、私の場合、田中小実昌、吉行淳之介、そして種村あたりになってしまいます。それ故おのずと、距離が出来ていました。

ところが、ある時手に取った種村のエッセイ「雨の日はソファで散歩」(筑摩書房1000円/絶版)は、心の中にすっと入ってきて、今でもパラパラ捲っては読んでいます。この本を手放せなくなったのは、「西日のある夏」の最後の文章からでした。

「西日のさす時間は、いわば汚れながら浄らかな光をはらんでいる。その青いまでにすみれ色の光を浴びていると、世紀末の画家や詩人がなぜこの土地を愛したかも、そこからの連想でパリや京都のような何度となく没落を経験してきた都市がなぜ西日さす窓を好んできたかも、おのずと理解されてくる。盛りの夏は、西側の太陽の没落の相で見るなら、死と再生の季節なのである」

文中の「この場所」とは詩人リルケが滞在したブォルブスブェーデンという芸術村で、種村は75年に訪れています。静かな村に射す西日を見て、こういう風に思ったのでしょう。

これは、生前彼自身が選んだ最後のエッセイ集で、予断を許さない病状のもとで、編集されていきました。いわば彼の「白鳥の歌」的な一冊です。どこかに死の予感が漂っているのかもしれません。

亡き山田風太郎をこう書いています。

「人生をぜんぶ余録、余生と見て、死ぬまでの一切を、とりわけ死を滑稽事として演じること。山田風太郎はすでにみごとにやり遂げた。われわれは今からでも遅くない」

そんな最後を種村も、彼なりにおくったのではないでしょうか。このエッセイに溢れる軽妙で、巧みな言葉使いの端々にその事を感じるのは私だけですかね…..?

 

第一次世界大戦の最中、フランスとの激烈な戦闘を続いている西部戦線に若きドイツ兵が送られます。戦場が珍しく静かだったある朝、青年の前に一羽の蝶が飛んできます。塹壕からその蝶々を掴もうと手を出す青年。しかし、その瞬間、敵狙撃兵の弾丸がポールの若い命を吹き消してしまいます。

1929年ドイツの作家レ・マルクが発表した小説「西部戦線異状なし」のラストです。翌年アメリカで、映画化されました。ラストシーンは小説そのままの描き方で、覚えておられる方も多いと思います。

この優れた反戦小説と同じ様なラストを持っているのが、長谷川四郎の「鶴」です。

彼は昭和17年に召集され、満州国で兵役に就きます。そして翌20年、ソビエト国境付近の監視哨に配属され、ここでの体験をもとに、「鶴」を書きました。この地で経験した恐怖、孤独、絶望は、そのまま小説の主人公の心奥深くに入り込んでいきます。いつどこから銃弾が飛んでくるかもわからない状況下で、望遠鏡で国境線を監視する毎日。そんなある日、主人公は望遠鏡のスコープに一羽の鶴を捉えます。

「時々首を垂れて、餌をあさっており生きていることがわかった。それは非常に静かで、純潔で美しかった」

国境と関係なく生きている鶴は、自由の象徴だったかもしれません。しかし、上官の命令で望遠鏡を取りに監視哨に戻った時、ふと主人公は鶴のいた方に望遠鏡を向けます。

「日は明るく、哨舎の中は静かで、破れた天窓からは朝日が射し込んでいた。」

「西部戦線異状なし」と同じく、静謐な時間。鶴はいませんでした。しかし、黒い影が動いたと思った瞬間、「一発の弾丸が窓から入って来たのである。」そして、

「それは望遠鏡の軸にぶつかって、反転して私の胸にあたり、体内にもぐり込んだ。血が傷口から吹き出て望遠鏡を濡らした」

戦場で無意味に命が奪われてゆく、その瞬間の見事な描写です。「鶴」「脱走兵」「張徳義」などを網羅した「鶴」(講談社文芸文庫700円/絶版)は、戦争文学の古典的名著とも言えます。

蛇足ですが、個人的に長谷川四郎の作品で、「ぼくの伯父さん」(青土社1971年)が気になっています。中身も全く知りませんが、ジャック・タチの映画と同タイトルであるところがひっかかっているのです。

 

 

滋賀県長浜市。ここに一見、フツ〜の店構えの「つる屋パン」というお店があちます。創業1951年、人気商品は「サラダパン」。そんなパン、どこにでもあるじゃん、と思ってしまいますが、ここのパンに「サラダ」は入っていません。千切りにされたたくあんをマヨネーズで和えて、パンの中に挟んであります。

今、この店を営んでいるのは、三代目の西村豊弘さん。東京の大学時代、あちらには自分の家でやっているようなパン屋がなかったことに気づき、卒業後店を引き継ぎました。そして、時代に合わせるのではなく、自分たちのライフスタイルに合わせながら、流行に踊ることなく、毎日パンを焼いておられます。

「変化の激しい時代だから、変わらないことが価値になる。お客さんが変化を求めているというよりも、それは常に成長を求めていく企業や店側の都合だったりするのだろう。」とは、この本「GOOD WORKS一生以上の仕事」(メアリーアンドディーン1782円)の著者、影山大祐さん。

マーケティングとか差別化とかという言葉に惑わされることなく、日々やってきたことが受け入られているという商売の原点が、ここにはあります。この本には、「つる屋パン」以外にも、若き跡継ぎたちが大勢登場します。山形県甲府市の「五味醤油」六代目、大阪市の昆布屋「こんぶ土居」の四代目、山形県南陽市の農業「清六ファーム」の八代目と、職種は様々ですが、それぞれに良いと思ったものを伝えようと日々努力している姿を読むことができます。

「まっとうに、普通に、適正なものを適正な価格でつくって、それで暮らしていけないのであれば、あきらめればいいと思って。これだけ長く続いている味噌って食文化の要だと思うんです。だから、ぼくが変に儲けようとして製法を変えるとか、そういうことはせずに、普通にやって、原料が高くなったら値上げし。それで続けていけないのであれば、もうそういう世の中なんだとなと思って、なんか割と気楽にやっているんですよ」とは「五味醤油」六代目です。

安ければいいという世の中ではなく、多種多様な価値観が溢れているべきですね。「GOODWORK」とは良いタイトルです。”Good Job”という言葉はよく聞きますが、これは、雇用関係にある者の上司が部下に言う言葉です。”GOODWORK”って言葉には、何物にも左右されないその人の仕事への思いと信念があるように感じます。日本語でいえば「生業」て言葉がしっくりくるように思います。

 

「まだどこにも紹介されたことのない日本全国のおもしろい本屋22店を現役の書店員22名が文章で案内」

と、帯に書かれた「まだまだ知らない夢の本屋ガイド」(朝日出版社1200円)という本。全国の本屋って、もう津々浦々まで紹介され尽くされているのではないかと思っていたので、「ほんまかいな?」と、読み始めましたが、「ほんま」にありました。

従来の書店紹介本では、おしゃれなセレクトショップや、オーナーの個性溢れるお店、或はイベントで、新しい顧客開拓にがんばっている店舗の紹介が主でした。しかし、この本に登場する本屋さんは、全く違います。

先ず、登場するのは「死者の選書」をする月蝕書店。ここは、亡くなった方のために本を揃えるという、故人が好きだった食べ物を供えるかわりに本をというサービスですが、故人の持っていた本を祭壇に飾るのではなく、亡くなられた方が、きっと読まれるだろうと思われる本を持っていくという珍しい提案です。

神戸にある書店も紹介されています。お店の名前は「GOKUCHU BOOKS」。えっ、「獄中ブックス?」。その通りなんです。つまり服役中の人から来た本の注文を受け、刑務所に配達するサービスを行っています。なんでこんなことを始めたのかについて、オーナーの北嶋さんは、徳島刑務所に服役中だった暴力団員の父親のもとに本を送り続けたことが原体験だと語っておられます。そして、父親と同じ組にいた方から、本の注文が入りそこから本格的に獄中にいる人に届ける業務が始まったとの事です。

出所した人が店に訪れて、(俗に言うお礼参りではありません)受け取った本のことについて語られたりすることもあるそうですが、最近出所した青年が、出版社を立ち上げました。刑務所の検閲にひっかからない受刑者向けの最高のエロ雑誌を発行するとか。頑張ってください!

読み続けると、驚くような本屋さんばかりなのですが、中でもウソみたいな話が、名古屋にあった「本屋の奥の秘密の本屋」です。メガ書店の地下1階の奥。什器に囲まれた壁面の奥にその扉はあります。しかも、この本屋の事を知っているのは、メガ書店の店長と数名のスタッフのみ。知らないスタッフには、その扉は開かずの扉としてしか認識されていません。そんな秘密の本屋にある本は、貴重な本ばかりだろうと推測しがちですが、なんとその大きな書店の中にある本からセレクトしたものが並んでいます。秘密のサロンめいた場所でゆっくりと本が読める場所らしいです。いちげんさんお断りの書店の極みのような場所ですね。

この本屋を取材された方が本の発売決定を連絡したところ、なんとその秘密の本屋は消えていました。

「メガ書店が入っていたビルの跡地には、建て替えと移転を知らせる看板が立っていたのだ……。」

その後、この書店がどうなったのかは誰も知らないというおとぎ話のような不思議な顛末です。

と言うように、従来の本屋訪問本の常識を覆してくれることは間違いありません。

 

 

 

 

「何かおかしな本ができてしまった、というのが編集を終えた今の感慨」

これは、池澤夏樹編集による日本文学全集の一冊「日本語のために」(河出書房新社)のあとがきです。

確かに「おかしな本」です。小説でもなく、評論でもなく、エッセイでもない。般若心経もあるし、マタイによる福音書もある。かと思えば、大日本憲法もあれば、終戦の詔書も読むことが出来る本なのです。

「日本文学の定義は日本語で書かれていることである。言語と文学の関係を明らかにするための実例と日本語論を幅広く集め、豊饒の由来を明らかにする。」というのが編集方針です。「幅広く集め」という主旨のもと、「古代の文体」「漢詩と漢文」「仏教の文体」「キリスト教の文体」「琉球語」「アイヌ語」「音韻と表記」「現代語の語彙と文体」「政治の言葉」「日本語の性格」というテーマで、日本語を論じていきます。このタイトルだけだと、まるで大学の国文科のゼミみたいですが、面白いです。「現代語の語彙と文体」で、「ハムレット」の有名な「死ぬべきか生きるべきか」で始まる台詞を坪内逍遥、木下順二、福田 恆存、小田島雄志、松岡和子、岡田利規の翻訳者別に列記してあり、時代と共に、こんなに言葉って変化するのかということが理解できます。 

熟読したのは、先の大戦で天皇が敗戦を国民に知らせた玉音放送の原稿「終戦の詔書」と、それを高橋源一郎が訳した翻訳版と、池澤夏樹が法律の文体を日常語の世界に戻した「日本国憲法」でした。

「朕深く世界の体勢ト帝国ノ現状トニ……」で始まりますが、大体何を語っているのか、殆どの国民は理解できなかった文章です。でも、高橋訳では、この中で天皇が、これ以上戦えば、日本の滅亡だけでなく、人類の文明の破壊にまで行き着くことへの危機感から、戦争の終結を決心したことが語れています。あんたが起こした戦争の、責任はどうすんね!という事実はさておき、この文章が戦後日本の基礎であったことがわかります。その事を踏まえて、「日本国憲法」を読むと、これ程理路整然とした、向かうべき人間の理想を語った文章はないことは明白です。

堅苦しいものばかりではありません。大野晋「文法なんか嫌いー役に立つか『日本語練習帳』」は、文章を書く時に大いに役立ちそうですし、精神科医、中井久夫「私の日本語雑記」は、会話で「あの〜、あの〜」と連発するのは何故?みたいな話から日本語の本質へ向かっていきます。日頃、無神経に使っている日本語をきちんと知るための一冊だと思います。

ただし、私が全く歯が立たない論もありました。もちろん、すっ飛ばしました..。 

★古本市のお知らせ

「さんにん古本市」11月26日(土)〜27(日)11:00−21:00 河原町丸太町カフェ「アイタルガボン」(075-255-0871)  参加されるのは「古本固有の鼻歌」「ポコモケ文庫」「古書ダンデライオン」の3店です。

 

ペドロ・アルモドバル監督「ジュリエッタ」を観ました。

1951年、スペインのラ・マンチャ生まれの監督は「オール・アバウト・マイ・マザー」「トーク・トゥ・ハー」(02)で日本でも映画ファンにはお馴染みです。「ジュリエッタ」は、若い時に家を出たまま戻ってこない娘と、母親の葛藤を見据えた映画なのですが、テーマよりもこの監督の色彩感覚に先ず圧倒されます。

ペドロ作品では「赤」色が重要です。この映画でも、のっけから赤いドレスで始まります。全編、赤、赤ですね。ダイニングキッチンに掛かる赤い時計は、極めて印象的です。といっても、饒舌すぎず、さりげに赤い色を画面に滑り込ませます。作品全体の美術に関して、これほどしっかりと描き込む人は少ないのではないでしょうか。美術監督、スタッフは大変です。

母親は若い時、ふとした事で知り合った漁師と恋に落ち、娘を授かりますが、その娘は成長して、突然家を出ます。そして、母はひとり残されます。母の若い日々と現在が、巧みな話術で語られていきます。そこから浮かび上がる喪失と再生が、ゆっくりと表現されているのですが、ラストシーンは、極めてヨーロッパ的です。ハリウッドならきっと、娘と母親が抱き合うか、哀しみの涙で終わるか、というよくあるパターンで、映画館を出たらもう終りなのですが、こちらはどこまでも心に残ります。

本好きには、素敵な小物が沢山登場します。この母親はかつて古典文学の先生で、中年になってからは校正の仕事をしています。だから、彼女が使っているペン、あるいは机上スタンドなど、デザインの良さには注目です、もちろん、書架に入っている豪華写真集、画集もチラッとしか出ませんが、見逃せません、坂本龍一の本もバッグの底にありました。

娘の友だちのダイニングに、写真家集団マグナムの本があったのですが、もしかしたら、店に置いている「MAGNUM MAGUNUM−コンパクトバージョン』(青幻舎4104円)のオリジナル版ではないでしょうか??

★古本市のお知らせ

「さんにん古本市」11月26日(土)〜27(日)11:00−21:00 河原町丸太町カフェ「アイタルガボン」(075-255-0871)

 参加されるのは「古本固有の鼻歌」「ポコモケ文庫」「古書ダンデライオン」の3店です。

 

 

 

 

 

文学ムック「たべるのがおそい」(vol.1vol.2各1404円)という本が、福岡の出版社「書肆侃侃房」からでています。

1号の特集が「本がなければ生きていけない」、2号の特集が「地図−共作の実験」です。若手作家、ライター、詩人、歌人がそれぞれに作品を発表していて、1号では藤野可織、穂村弘、2号では津村記久子、森見登美彦らのベテランも登場しています。

「本がなければ生きていけない」は、同じ様なタイトルの特集で、本への熱い愛情を語ったり、大事な本を抱えた作家と幸せそうな写真、などが多い中、こちらはいたってクールなところが心地よい。本を読む事についての思いが短いエッセイで語られています。そして、作家の気になる三冊がそれぞれ紹介されているのですが、どれも個性的です。歌人でありながら、校閲を生業としている佐藤弓生さんが、職場の静けさをこんな風に描いています

「みな鉛筆を手に黙ってゲラを読んでいます。じょわーと電動鉛筆削りの音がたまに響くのも風情があります、鉛筆の匂い、いいですよ森っぽくて」

「いいですよ森っぽくて」って素敵な表現だなと思いました。

また「なお眼鏡女子、男子が多いので、文学フェチかつ眼鏡フェチには天国っていうかむしろ浄土かも」という文章には吹き出してしまいました。

第1号で「公共へはもう何度も行きましたね」ー言わずとしれたフォークの名曲マイペースの「東京」のパロディですーというタイトルで短歌を発表している岡野 大嗣さんの作品が気に入りました。こんな作品です

「映画館で大きく笑う老人を見かけて生前の祖父だった」

「あれは赤い観覧車ではなく観覧車が赤く深呼吸をしているんだ」

「夕方のにおいがホームセンターで行き交う誰もが晩年めいて」

なんだかどれも、そんな感覚を持った覚えがあるような。

この出版社、全国のジャズ喫茶巡りの本を出しているかと思えば、若手短歌作家の短歌集も出しています。最近のものでは、中山俊一「水銀飛行」、杉谷麻衣「青を泳ぐ」、鈴木晴香「夜にあやまってくれ」(各1836円)を仕入れました。

短歌なんて縁遠い世界だと思っていたのですが、若手作家の作品は刺激的で、面白いものがあります。

「お彼岸の花屋に集う蝶々のどれもこれもが命に見えた」

「教える手おしえられる手が重なってここに確かに心臓がある」

どちらも鈴木晴香「夜にあやまってくれ」の作品ですが、ユーモアとハートウォーミングな感性が詰まった短歌集です。

文学系を中心に、どんと7箱程古本が入荷しました。小さな古本市でも、おやっと思われる本をゲットしました。

宮沢賢治関連で2冊。一つは、ファンの多かったパロル舎から出版された「賢治草紙」(初版/帯付き1500円)。賢治の代表作10作に、小林敏也がイラストを付けた本です。「注文の多い料理店」で、フォークとナイフに映った猫を描いた秀逸なイラスト等、賢治の世界をさらに広げてくれます。もう一冊は、(財)宮沢賢治記念会が発行した「宮沢賢治いしぶみの旅」(900円)です。こちらは、賢治ゆかりの地に建てられた石碑を集めた作品で、その石碑に書かれた言葉を採録してあります。盛岡へご旅行される時には、鞄に入れて、これはと思う石碑巡りをされてはいかがでしょうか。

いつか、ゆっくり読んでみたかった内田百間「戦後日記」(上下二冊/小沢書店2000円)が入荷しました。こちらは平成5年発行の新装版です。日記は昭和20年8月22日「今二十二日午前零時、防空終始命令が出たさうである。」で始まります。そして、下巻の昭和24年12月31日「夕近く東京驛へ散髪に行ったがもう店がしまっていた」で終ります。別に難しいことが書いてあるわけではなく、日々の細々した事ばかりなのですが、内田らしい飄々とした雰囲気が現れていて、少しずつ、毎日読んでみたい日記です。

かつて、筑摩書房から「明治の文学全25巻」が発売されました。坪内祐三編集によるこの全集は、古色蒼然とした明治の文学のイメージを一新する画期的な全集でした。ブックデザインを吉田篤弘、吉田浩美の「クラフトエブィング商會」を起用したことが大きかったです。すっきりしたデザインと色使い。その全集の中の石川啄木が入荷しています。(900円)本文下には、適切な註があって、理解しにくい言葉への手助けをしてくれます。

さて、ガラリと変わって、俳優原田芳雄のエッセイ「B級パラダイス」(KKベストセラーズ/500円)は、エッセイも面白いですが、出演映画の写真がかなり沢山収録されていて、これが貴重。日活映画「関東幹部会」でサングラス姿を捉えた渡哲也、郷鍈治、そして原田のワンカットは、今見てもカッコいい!!インタビューも多数入っていて、松田優作、タモリ、西川峰子等々バラエティーに富んでいます。

 

順次店に出していきます、当分の間日々、棚が変わっていきそうです。

 

今、作品展があれば是非行きたい写真家、奈良原一高の初のエッセイ集+代表写真45点を収録した「文集 太陽の肖像」(白水社2500円)は、深い味わいのあるズッシリとした重さ(総ページ380)があります。

1931年、福岡に生まれた奈良原は、55年、池田満寿夫等と共に新鋭画家のグループ「実存者」に参加。56年「人間の土地」のタイトルで個展を開催、写真家としての道を歩み始めます。

この本は、ヨーロッパ、アメリカ滞在時代を中心に、世界と自分をみつめたエッセイが、写真家らしいクールな文体で描かれています。とりわけ面白かったのは、70年代初頭アメリカで行われた巨大なロックコンサートに行く旅を描いた部分です。まるで、あの時代の「ドラッグ&ピース」的なアメリカンニューシネマを観ている気分になってきます。

「写真は未来から突然にやって来る。僕の場合は、いつもそうだった。僕は空中にひょいと手を伸ばしてつかみとる・・・・・すると写真がひとりでに僕の手の中で姿を現す。」

彼はそう感じながら、ヨーロッパの街角を、闘牛を、NYのビビッドな姿を、そして日本を捉えてきました。

私は、初めて、男性修道士の写真に目を奪われて以来、彼の作品をたくさん観てきましたが、文章も素晴らしい。

「初夏には、僕が好んで歩く横町や路地は夏草が生い茂っています。そして、秋ともなるとそこからは虫の声がいっせいに聞えてきます。ああ、俺は東京にいるんだなあ……としみじみと耳を傾けるのはその時です。パリやニューヨークでは虫の声を街中で聞いたことはありません。東京では都市の中に田舎があります。いや、村が都市へと進化した名残りがあちこちに残されていると言ったほうがいいでしょう。東京の郷愁ともいえそうな優しさに出会うのもそのような渾然とした場所なのです」また違った東京への視線の詰まった文章です。

残念ながら、彼の写真集は高くて、中々入手できませんが、一点だけありました。「現代日本写真集」という大判のシリーズの中に「近くて遥かな旅」というタイトルで彼の作品集があります。このお相撲さんの写真凄くありませんか?この大型本、900円です。

 

 

 

★お知らせ

明日19日(土)開催の「天神さんで一箱古本市」は会場が変更になりました。長岡天神から開田自治会館に変更になりました。最寄り駅は阪急長岡天神とJR長岡京です。詳しくはこのアドレスにアクセスして下さい

 

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