「彼はファーストネームを平成(ひとなり)という。この国が平成に改元された日に生まれたいう安易な命名なのだが、結果的にその名前は彼の人生に大きく貢献することになった。彼は『平成くん』と呼ばれることで、まるで『平成』という時代を象徴する人物のようにメディアから扱われ始めた」

というのは、古市憲寿著「平成くん、さようなら」(文藝春秋/古書900円)の滑り出しです。平成くんは、原発で働く若者たちの聞き取りをした地味な卒業論文が、2011年という年だったことでメディアの目に止まり、出版されて一躍注目された若者。その若者と同棲している彼女の日常を描いた小説です。

ある日、平成くんは「安楽死を考えている」と彼女に伝えます。え?何故安楽死?という彼女の疑問を巡る物語です。

「僕はもう、終わった人間だと思うんだ」

と彼がそう思ったのは何故なのかをなかなか理解できずに、不安と焦燥が繰り返しやってきます。

「すべての人は例外なく死ぬ。その時期が ちょっと早まることに大騒ぎしないでよ」と平成くんはマイペースです。この小説に悲壮感はありません。

「平成くんの今日の予定は?」 「15時から新潮社で打ち合わせがあって、その後は木下さんとの会食だよ」と、深刻な問題があるとは思えないいたってフツーのカップルの会話で進んでいきます。

悩んだ彼女は、平成くんの友達に相談するのですが、「僕自身、死ぬことの何が悪いのか全くわからないのです。それに平成が死んでも、彼が残した本当の対話はいつまでもできるし」などと言いだす始末。

この二人の部屋にはミライという名前の老猫が同居していました。その猫が末期症状になった時、彼は動物病院で安楽死をさせます。しかし、その場に立ち会えなかった彼女は「ミライは喋れないでしょ。本当はもっと生きたかったかも知れないじゃない」と罵るのですが、その後、「じやあ平成くんは、自分で死にたがっているのだから、いつ死ぬのも自由ということなのか。自分の発した言葉で頭がこんがらがりそうになる。」というジレンマに陥るのです。

小説はどう終わるのか、興味津々でしたが、成る程こうするか!と唸るエンディングでした。そこには、様々な情報機器に囲まれて生きている私たちの時代における死が、見事に描かれていました。

著者の古市憲寿は社会学者で、「絶望の国の幸福な若者たち」、「保育園義務教育化」といった現代日本を考察した本を出しています。そして、小説第一作の本作は、芥川賞候補になりました。

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6月より、営業日・時間を下記のようにさせていただきます。

月曜、火曜定休 水曜日から日曜日まで 13時〜19時に変更いたします。また、ギャラリーの企画展は6月下旬からのスタートを予定しています。度々の変更でご迷惑をおかけいたしますが、よろしくお願いします。

通販、メールでの在庫確認は常時できますので、ご利用ください。(info@book-laetitia.mond.jp)


 

1944年製作(太平洋戦争中です)の映画「深夜の告白」をテレビで観ました。

とあるセールスマンが金持ちの人妻の魅力にハマって、その妻を蔑ろにする夫を殺害、アリバイ工作をして、財産を乗っ取るという、もう今や2時間サスペンスドラマの定番中の定番になってしまった犯罪ドラマの原点みたいな映画でした。

オープニングは、松葉杖の男のシルエットにタイトルがかぶさってきます。この松葉杖姿というのが、ドラマ後半のキーポイントになってきます。監督は、洒落たコメディーに傑作の多いビリー・ワイルダーで、脚本にはハードボイルド小説の巨匠レイモンド・チャンドラーが参加しています。

殺人を犯したセールスマンが、自分でその罪を告発するという新しい感覚の演出で始まります。破滅に向かう主人公の回想によって物語を描くスタイルは、犯罪ドラマの基本手法の一つになりました。

戦時中の作品であるにも関わらず、ワイルダーの演出、ジョン・サイツ撮影による重苦しく不安を誘う映像には、目を見張るものがあります。夜間撮影のシーンは本作の見所であり、実際のロサンゼルス駅周辺で夜間ロケーションを敢行したということです。アリバイ工作前後のサスペンスは、極めて秀逸なものであり、多くの演出家・小説家が手本にしたのではないでしょうか。かつて淀川長治氏の「日曜洋画劇場」で放映されて、淀川さんが気合の入った解説をされていた記憶があります。

夫の殺害に際しても動じることなく、クールな笑みさえ浮かべる妻フィリスの非情さは、ファム・ファタール(運命の女、危険な女)と言われる女性像の古典。セールスマンが、最初に彼女にハマったのが、彼女の足首に着けていたアンクレットだったというのも象徴的です。

アメリカ公開時は「倫理的に許し難い映画」という批判もあったようですが、戦時中の不安な世情下の観客には大受けだったという記録が残っています。翌46年にはフランスでも公開され、早くから「フィルム・ノワール」(暗黒映画)の代表作とされてきました。なお、日本では公開は戦後でした。どんな評価を受けていたのか知りたいところです。

 

 

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コーリー・スタンパー著「ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険」(左右社/新刊2970円)は、300数十ページある分厚い本です。

アメリカで最も歴史ある辞書出版社メリアム・ウェブスター社の編纂者による英語の奥深さを教えてくれる一冊です。そして、本好きのオタク心をときめかせてくれます。

著者は「わたしは大して文学的素養のない、ブルーカラー家庭に長子として生まれた、本が大好きな子どもだった。」らしいです。しかし、幼少の時から言葉が大好きで絵本だけでは飽き足らず、カタログまで読み漁っていました。「言葉に食らいつく」ような恐るべき子どもだったそうです。

それが成長して、「彼らは言葉のオタクであり、その人生の大半を、辞書の語釈を執筆したり編集したりことや、副詞について真剣に考えることに費やし、ゆっくりと、容赦なく視力を奪われていく。それが、辞書編纂者だ。」という業界に入っていきます。そして、忍耐力と好奇心のみがエネルギーとなる仕事に従事します。その日々の業務がつぶさに語られます。

辞書の話といえば、三浦しおんの「舟を編む」が有名ですが、あれは日本語辞書の世界。こちらは英語という言葉の海です。英語が現在使用されている形で、一言一言分析し、分類する。それを365日休みなく繰り返すという、究極の地味仕事です。本書は、一つの単語が様々な意味に変化し、多様性を持ちながら進化してゆくことを、多くの例文を挙げて解説しています。これは英語の参考書ではありません。英語研究者の本でもありません。池澤夏樹が「辞書の側から見た英語がこんなにおもしろいとは!言語は子どもである。行儀よくと願って育ててもどんどんワイルドになってゆく。」と推薦の言葉を書いています。

「なにかを読むことが好きなだけじゃなく、読み出したら止まらないこのわたしがーバスに乗れば広告を読み、次にポケットに突っ込んだレシートを読み、最後は他人の肩越しにその人が読んでいるものを読んでしまわずにはいられないこのわたしがー読むことでお給料をもらえるなんて。この仕事はやばい、もう最高」とその喜びを語っていますが、もうオタク丸出しですね。

ところで、皆さんは英語がいつから世界の公用語になっかご存知ですか。本書によれば「15世紀半ばに至るまで、英語が意想伝達や公文書に用いられうる、恒久的な言語だと思っていいる人なんていないのも同然だった。」のが史実です。しかし、1547年、ヘンリー5世が突如として英語を公的な書状に使い始めて以来、それまで言語の王位にあったラテン語、フランス語を駆逐してしまったのです。このように学校では教えてくれない英語の歴史をを知ることができます。

例えば、今フツーに使用している”tweet”(ツイート)という言葉は、20数年前には、「鳥の嘴からこぼれるもの」という意味でしかなかったのです。こういう事実を知ると、言葉って面白い!という思いが湧き上がってきます。

 

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私はサブカルに関する評論などを読みません。それは、自分自身がサブカルって何?という地点でウロチョロしているからです。アンダーグラウンド系コミックのことを指すのか、オタク系カルチャーをそう呼ぶのか、あるいは極めてパーソナルな音楽や映像を象徴する言葉なのか、イマイチ理解できないのです。

それなのに、この「ポスト・サブカル焼け跡派」(百万年書房/新刊2640円)を手に取ったのは、帯に書いてあった推薦文の言葉でした。

「彼らの饒舌な対話が言論ゲームに陥っていないのは、そこで、我々の暮らす社会は何故こんなことになってしまったのか。そしてどうするべきなのかという精密な検証と誠実な議論が行われているからだろう。」

書いたのは、音楽評論家で「踊ってはいけない国で、踊り続けるために ―風営法問題と社会の変え方」(2013)を出版した磯部涼です。

本の著者は、TVODという二人のテキストユニットで、1970年代から2019年までの音楽シーンを代表する人物を取り上げて、その時代を象徴するものを解き明かしていきます。

チョイスの基準がユニークで、73年〜78年は矢沢永吉・沢田研二・坂本龍一の三人。さらに79年から83年は、ビートたけし・戸川純・江戸アケミと、メジャーもインディーズも取り混ぜての選択です。

「70年代にアイドルを文芸として読む、みたいな態度も編み出されたわけだけど、沢田研二はむしろそういうところから離れていったというか、D ・ボウイ等を手本にして、自ら率先して記号になろうとしたと思うね。心情吐露的に内面を表現することからは距離を置いて、自分を記号的なキャラクターにしていったというか。」

四畳半的な心情や、私小説的ニューミュージックの世界に背を向け、自分の叙情性を放り投げて、実態のないものの中に、その存在を記号化してしまう方向へと突き進んでいきます。

糸井重里作詞による「TOKYO」の歌詞覚えてますか?「空を飛ぶ街が飛ぶ 雲を突き抜け星になる 火を吹いて闇を裂き、スーパーシティが舞い上がる」という、とんでもないシュールな歌詞で、さらにこの歌は「海に浮かんだ光に泡だ」と来たるべくバブルの時代まで予感しています。

こんな風に「精密な検証と誠実な議論」は2019年代まで続くのですが、椎名林檎、バンプ・オブ・チキン、星野源などが登場するあたりから、私にはもう理解ができない…….。ぜひこの本は若い世代の方にお読みいただき、解説をお願いしたいと思っています。X-JAPANまでは、成る程と理解できたんですけどね。

本作品を発行した「百万年書房」は最近立ち上がった出版社で、以前にも「しょぼい喫茶店の本」を当ブログで紹介しています。他にも刺激的な本があります。この出版社のコーナーも常設していますので、手に取ってご覧ください。

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サンフランシスコから東へ向かったところにヨセミテ国立公園があります。数十年前に行ったことがあります。巨大な樹木ジャイアントセコイアが数多くある巨木の森です。そのスゴさに圧倒された記憶が蘇ります。実はこの森は、1864年、連邦政府が保護と公共利用のために公園を指定した文書にリンカーン大統領が署名した最初の場所であり、後のアメリカ国立公園設立のお手本になった場所でもあります。

シェラネバダ山脈に位置するヨセミテの森を愛し、ひたすら山の中を歩き回り、開発されてゆく森を守り、後に自然保護の父と呼ばれたのがジョン・ミューア(1838〜1914)です。加藤則芳著「森の聖者」(大と渓谷社/古書950円)は、ミューアの生涯を追いかけた本です。

八ヶ岳にペンションを営みながら、ネイチャーライティングに携わっている著者が、この森に足をふみ入れた時のことを、「気が遠くなるほどの長い歴史を包み込んだ巨木の群れの中で、私はさながら巨人の森に迷い込んでしまったガリバーだった。」と書いています。

ジョン・ミューアは、スコットランド生まれで、「お前たちもう勉強しなくてよろしい。明日の朝、アメリカへ行く」という父の言葉で、1849年アメリカへと渡ります。元来自然の中を探検することが好きだった彼は、新天地に広がる大自然に魅了されていきます。やがて、父の元を離れて、アメリカの荒野や峡谷を探検する旅に出ます。その旅はカナダまで続きます。

「私は押し黙ったまま放浪を続けた。自由であり幸福であったが、貧しくもあり、豊かでもあった」

と回想しています。1868年、カリフォルニアに入り、シェラネバダの山々に出会い、まるで仙人のごとく山の中で暮らし始めます。彼の日誌には「ジョン・ミューア 惑星=地球。宇宙」と書いてあります。自分の住所を国ではなく、地球と記しているのです。

セコイアの森とともに生きてきたミューアでしたが、知らない間に開発が進み、水源が枯れ、自然体系が徐々に破壊されてゆく様を見て愕然とします。ここから、森を守ろうという彼の人生後半の大きな仕事に取り掛かります。山にいるのが一番快適だった彼は、保護の運動のためにプレス関係者や、大学関係の人々とのミーティングなどの人付き合いが苦手でした。ましてや議員連中との政治闘争なんて、もっての他でした。しかし、ゆっくりと熱心に活動を続け、時の大統領ルーズベルトまで巻き込んでいきます。

社会の発展のためには、未開地は開発され自然は破壊しても進むべき、という当時の西部開拓思想が一般的だった社会で、彼は人間と自然は一体であり、共に生きるべきだと、極めて今日的な考えを表明したのです。その考えへの反発、批判は大きなものがありました。しかし、誰も語ったこのない自然保護という思想を生涯守り抜いたのです。確かに、彼の前にもソローやエマソンが警鐘を鳴らしていましたが、徹底した自然体験から、人と自然の関わり方を模索し、自然保護の理想的あり方を提示し、さらに発展させ、将来へのビジョンまで示した先駆者でした。「自然保護の父」と呼ばれる所以です。

この本を読んで、再びヨセミテ峡谷に行ってみたい、そんな気分になりました。

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武田百合子といえば「富士日記」が思い浮かびますが、私はこの本の良さがいまいち分かりませんでした。文庫なら上中下3巻という量で、結局パラパラとつまみ食いみたいな読み方で終わってしまいました。

が、久々に手に取った「日日雑記」(中央公論社/1050円)を、面白く感じました。

「玉(うちの飼猫)は今朝八時までに、日光浴をし水を飲んで牛乳を飲んで『北海しぐれ(カニアシの名前)』を食べ、毛玉を吐いてゲロも吐いて、うんことおしっこをした。あっという間に、そのうちにすることを全部してしまった。玉は十八歳、ヒトの年齢でいったら九十歳である。若い。えらい。すごいと思う。」

何気ない文章なのですが、あっという間に、猫の一日を簡潔な言葉で書いているところがいいですね。因みに、この文章、音読するとさらに良い。「ヒトの年齢でいったら九十歳である。」まで一気に喋り、「若い。えらい。すごいと思う。」を上がり調子で発声してみてください。

難しい言葉や、美辞麗句は全くなく、適度なユーモアと洒落っ気が、読者をニンマリさせるところがこの作家の真骨頂なのかもしれません。彼女が偶然見つけたポルノ映画館の宣伝ポスターには、「老人福祉週間。証明書をお見せください。半額」と書かれていました。その宣伝文句から、彼女はこんなことを想像します。

「辛うじて残っているポルノ映画館。ゆらゆらと老人が自転車を漕いで一人やってきて、自転車を立てかけ、汚れた厚ぼったい黒いカーテンをまくって吸い込まれて行く。」

なんか映画のワンカットみたいにリアルな情景ですね。そういえば、大阪環状線に乗っていた時、ラブホテルの看板に「全館バリアフリー」と言う大きな看板を見つけた時、大笑いしたことを思い出しました。彼女ならどんな情景を描写をしたでしょうか。

おいおい、そんな風に考えるか?という発想が随所にあるのも、この本の楽しさです。水族館にある爬虫類を集めた場所で、大型の毒ヘビのボアとアナコンダを比較して、こんなとんでもないことを言います。

「ボアは丁度あくびをしたところだった。隣のアナコンダに比べると、ずんと顔立ちもよく可愛らしかった、飼うならこれだ。」

「飼うならこれだ」で締めくくるか?と突っ込みたいところですが、ちょっと人を食ったところや、クールで投げやりな視線が魅力的です。

「夕方まで、だらだらと雨が降った。少し裁縫をし、少し本を読み、電話がかかってきて、ちょっと喧嘩した。夜になると、ざんざん雨が降った。レコードを出してきてかけた」

本書に収められたエッセイは、当時ハイブロウだった女性誌「マリ・クレール」に連載されていたものです。今の作家でも書きそうなことを、彼女はすでに80年代後半にすでに書いていたんですね。

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恩田陸という作家、どうも波長が合わずに、何度か長編小説にトライしましたが失敗。それからは疎遠になっていました。しかし、今回文庫化された「土曜日は灰色の馬」(ちくま文庫/古書400円)を、初めて読破して、この作家の事が少し理解できて、また小説にトライしようか、という気分になりました。

「土曜日は灰色の馬」は、彼女の書評がメインの本です。ヒッチコック映画でお馴染みの、デュ・モーリアの「レベッカ」を「それにしても、完璧な小説である」という言葉で語り始めます。鋭い分析で、映画版しか知らない私は、興味をそそられました。また、SF作家レイ・ブラッドベリを深く愛し、ブラッドベリのイメージが小学校時代に読んだ萩尾望都の漫画のイメージに近似しているので、「私はブラッドベリを読む前からブラッドベリを追体験していたらしい。」と書いています。

三島由紀夫の「憂国」も、面白い視線で見ていて、「『一見上品なふりをしているが本当はスケべな世界文学』というテーマで密かに選定しているベストテンでも上位に入る」としています。殉死がテーマの小説なのですが、妙にエロっぽい作品だったと私も印象として残っています。

後半、彼女が大好きだった少女漫画の世界を語っています。萩尾望都が描く世界は「喪失の予感」であり、それが世界の本質であり、私たちの人生が真実なのだという指摘も深く鋭い。そして吉田秋生の「六番目の小夜子」を取り上げながら、

「女性作家に吸血鬼ものや超能力者ものの傑作が多いのは、自分がある時期怪物になっていくような恐怖を味わう体と思う。やおいものが生まれるのも、変貌しない性に憧憬を抱くからだ。」と書いています。

本の中ほどに、「恩田陸・編  世界文学全集」というタイトルのベスト10が、三つのジャンルに分けて掲載されています。

「硬派!長編小説ベスト10」第一位は、マルケスの「予告された殺人の記録」

「いつまでも甘えべたな少女の物語ベスト10」第一位は、バーネット「秘密の花園」

「いつまでも夏が終わらない少年の記憶ベスト10」第一位は、ブラッドベリ「たんぽぽのお酒」

となっています。著者の読書体験が見えてきます。

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ポーランド映画界で突出した才能で活躍していたロマン・ポランスキーはアメリカに招かれ、1967年「吸血鬼」を監督します。そして、映画に出演していた女優シャロンー・テートと結婚します。が、69年8月、狂信的カルト指導者チャールズ・マンソンの信奉者たちによって、ロスの自宅にいた彼女の友人共々惨殺されます。その時シャロンは妊娠8ヶ月で、子供だけは助けてと懇願しますが、16箇所も刺されて殺されます。これが、ハリウッドを震撼させたシャロン・テート事件です。

この事件とあの時代のハリウッドの空気を描いたのが、クエンティン・タランティーノ監督「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」です。タランティーノ監督は、若い頃レンタルビデオショップの店員でした。当時の数多くのB級映画や、大量生産されるTVドラマを浴びるほど観ていたはず。なので、この映画には、TVに娯楽の王座を奪われる前のハリウッドへのオマージュとノスタルジーが滲んでいます。主人公は落ち目の役者とそのスタントマン。くだらないTVウェスタンに出演しながら、再起を図っています。また、当時の音楽・ファッション・街の様子を見事に再現していて、本年度アカデミー美術賞受賞は当然だと思いました。

でも、タランティーノ監督の手に掛かると、そこは単なるあの日のハリウッドノスタルジーだけの映画にはなりません。忍び寄る落日、酒とドラッグまみれで怠惰に流れる日々。そして起こる凄惨な事件。タランティーノお約束の血だらけシーンがきっと炸裂するんだろうな、とソワソワして見ていると見事に外されます。殺害にやってきたカルト集団のメンバーは、テート邸の隣に住んでいた落ち目の役者の家に侵入、ここでとんでもない返り討ちを浴びるのです。上手い!と拍手しました。

トップクラスの役者の道を歩むスティーブ・マックィーン、カンフー映画のブルース・リーなどのソックリさんが登場するなど、隅々まで贅沢です。映画のタイトル通り「昔、ハリウッドではこんな事があったよ」という作品でした。

落ち目の俳優役のディカプリオと、スタントマンの友人ブラッド・ピットが、さすがに上手い。

 

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様々なジャンルの本に手を出していると、刺激が強かったり、文体の濃さで疲れることがあります。そんな時には幸田文の本。内容がどうのこうの言うよりは、真っ当な日本語の美しさにホッとするのです。

とりわけ、昭和34年「婦人公論」に連載されたものをまとめた「動物のぞき」(新潮社/古書1050円)は、ユーモアに富んでいて、彼女とゆるりと動物園めぐりをしている気分になります。

「動物園の門を入って第一に私の前に現れた動物を、みなさんはいったい何だと思うだろう。おそらく意外だと思う。私にも意外だった。それは猫だった。ふとって大きいきじ虎の猫だった。観覧用ではない。檻にも金網にも入れてない、ただのにゃごだった。」

もう、これだけでなんだか楽しくなってきます。「猿人類」「きりん」「象」「河馬と犀」「熊」「爬虫類」「仕込まれた動物」「狐と狸」「猛禽類」「猛獣」について書かれていて、どの章にも土門拳の写真が付いています。ゴリラの写真など、さすが土門拳!表情が素晴らしい

思わず笑ったのが、「私はわにの寝そべっている姿を見ると、少女のときの晴れ着の感覚をおもいだす。」というワニについての件です。幼少の頃、どこかへ行く時、「二枚重ねの着物に、厚板の帯をでこでこと矢の字に背負わされた。」ことを思い出し、こう続けます。

「からだが一本の棒みたいに、まるで不自由にしゃちこばったものだが、わにのじいっとしているのを見ると、よそいきのいい着物のかなしさと具合悪さをおもいだすのである。暑くて硬いものを着せられれば、遊ぶこともできないし、それでいて人に『まぁ、きれいだこと』と云われる嬉しさと、てれくささがある。」

ワニを優しく見つめる著者の姿が見えてきます。ペリカンが逃げ出した時のエピソードも面白い。飼われていた鳥は一気に飛び去ることなく、少しづつ逃げ去る習性を踏まえて、

「すぐには飛び立てず、助走路を駆けて舞いあがったのであり、斜に滑空してから、風に乗って上昇したのだろうし、高い空の空気を吸ってからは、本当に一トはばたきごとに、もりもりと、野生だったときの元気を取り戻して勇んだのだろう。」とその様子を描写しています。

「もりもりと」と言う言葉に、ぐんぐん飛び去ってゆくペリカンの姿を想像します。「猛禽類」に登場するお話ですが、「この話は春の出来事やら、夏の出来事やらききもらしたが、初秋の夜、きけばいかにもひたひたと懐かしく、名残り深くおもったので、添えて記すのである。」と、最後の余韻がいいのです。

緊急事態宣言解除で、動物園にも行けるようになりました。たまには動物たちを見つめるのもオツな時間の使い方ではないでしょうか。

 

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「飲み屋ってのは、ハゲたらダメなんだよ。コーヒー屋のオヤジはハゲればハゲるほど、コーヒーがうまくなる。味に濃さが出る。でも飲み屋のオヤジがハゲると酒がまずくなる。これ、ほんとだから!オレが長いことやって来れたのは、ハゲなかったからだよ」

なんて言ってるのは、東京下北沢で40年続くロックバー「イート・ア・ピーチ」のオーナー中居克博さんです。彼は1974年にこの店を始めました。凄いですね、40年も同じ場所で、ロックバーを営んているなんて!

こんな名物オヤジたち11人の人生観、音楽への思い、店への愛着を描いたのが、和田静香「東京ロックバー」(シンコーミュージック/古書650円)です。

中居さんの話を続けます。彼が、店を継いだのはなんと19歳。前のオーナーが体を壊したため、やってみるかと言われて、うんと言ったのが始まりでした。いきなり大学生に店を譲る人も、譲られて拒否しなかった方も、なんだか凄い。筆者は「70年代ってお店を開くことが今よりもずっと堅苦しいものじゃなく、しかもロックが学生のものだったから学生がロック喫茶をやるのはそんなに奇をてらったことでもなかったようだ。」と書いています。

日本最古のジャズ喫茶は横浜にある「ちぐさ」。昭和8年開店です。私も行ったことがあります。で、最古のロックバーとなると1972年開店の「フルハウス」だろうということで、千葉県の稲毛にあるお店に筆者は向かいます。オープンした頃、日本中を震撼させた連合赤軍による「あさま山荘事件」を、持ち込んだTV で客と一緒に店で観ていたと語る高山真一さんは66歳。彼は電電公社(現NTT)に務めるサラリーマンでした。それが、どうして東京でもない千葉の片隅に店を開いたのか、面白いエピソード満載。そして今の心境をこう語っています。

「飲みすぎたからいつ脳こうそくになってもおかしくはない。一応は丈夫だけど、血液はドロドロだよ。この年になるとね。健康を一番考える。」

間食なし。納豆と魚焼いた朝ごはんを8時に食べ、自分で畑をやり、野菜を作る。まるで健康雑誌に登場しそうな人物です。でも、自分の店についてこんなことも言ってます。

「勉強してますよ、そうしないと若い子にバカにされちゃうし、ここが老人ホームみたいになるのはイヤなんでね。」

同感です。私も店を開けるとき、若い人に支持されない店には絶対したくないし、上から目線で語るジジイになりたくない、と思っていました。

昨年、当店で個展を開いてもらった九州の造形作家9cueさんと、彼女が是非行きたかったという市内のロックバーにご一緒しました。あぁ〜、この雰囲気、懐かしい!何十年もロックを聴いてて良かったとつくづく思いました。

“No music No life”ですね。

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