在日三世の小説家、李龍徳(イ・ヨンドク)の長編「あなたが私を竹槍で突き殺す前に」(河出書房新社/古書1600円)は、いいよと、誰にでもお薦めはできません。複雑な構成ではあるものの、決して難しい文章があるわけではないのですが、読みづらい部分があります。時間もかかりました。でも、あえて言えば、こういう文体で、こういう世界設定で、日本の姿を極めて象徴的に描き切ったのは稀有なことです。最初は、読むことを放り投げようかという誘惑に駆られたのですが、不思議なことに後半に進むに従って、その危険な香りに麻痺させられていきました。

「特別永住者の制度は廃止された。外国人への生活保護が明確に違法になった。公文書での通名仕様は禁止となった。ヘイトスピーチ解消法もまた廃され、高等学校の教科書からも『従軍慰安婦』や『強制連行』や『関東大震災朝鮮人虐殺事件』などの記述が消えた。」

そんな近未来(いや、現実か?)の日本が舞台です。「韓国に悪感情を持つ日本国民は九割に近い」時代を生き抜くのが在日三世の柏木太一です。彼が、様々な過去を持つ男たちを集めて反日武装闘争に突入する、と書いてしまうと、新手のアクションサスペンス小説かと思われるかもしれませんが、そうではありません。

「日本の現状だって、飼いならされて気づいてないかもしれないけれど、いや、かなりのディストピアだから。何も明確なジェノサイドや強制収用所の再来だけがディストピアじゃない。ディストピアは今だ。」

これは、ディストピアな国家、日本の底辺を這いずり回る若者たちの青春群像劇なのです。彼らが実行する反撃は、決してカタルシスに満ちたものでもなく、自らの命を削ってゆくものでしかありません。

「世界とは大衆のことであり、世界の意思とは大衆の意思のことだ。 最終の敵はいつだって大衆。そしてそれには絶対に勝てない」

その勝てない大衆にぶつかってゆく最後の手段に、唖然とするしかありませんでした。370ページの大作の最後の文章まで、頭の中を引っ搔き回され、混乱し不安になる読書。でも、私はこれを肯定し、この迷走感を楽しみました。読んでよかった、と思います。

この本のことを、ときわ書房の書店員の方が WEB本の雑誌の「横丁カフェ」で見事な分析と評論をされています。その中で、こう書かれています。

「優れた文学、ノンフィクション、その他書物は、読む者を不安にさせ、深い絶望に落とすこともある。しかし私たちには、その絶望を直視できるかどうかが問われている。絶望を知らずに希望を持つことは出来ない。表面上のわかりやすさだけでは伝わらない怒り、悲しみ、葛藤、絶望を知ることは、本の持つ大きな役割の一つではないかと思っている。それを知ってこそ人は喜びと希望の存在を理解出来るのではないか。

読書とは、無関心から私たちを引き戻す行為の一つではないかと、今まさに痛感している。
李龍徳『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』。これはまさに2020年の文学である。」

 

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「2012年3月、ぼくはシューカツをやめた。それは人生で初めて、周りからズれた瞬間だった。」で始まる 中須俊治「GO toTogo」(烽火書房1650円)。著者は、誰も見たことのない風景を探しにアフリカのトーゴ共和国へ渡り、ラジオ局で働きます。一度帰国し、地元である京都の信用金庫で働き、ここで地元京都の染色技術に心打たれ、トーゴ共和国エゥア族の織物を融合したアパレル企業AFURICA DOGSを起業しました。この本を出版したのは、同じ地元育ちの嶋田翔伍が立ち上げた一人出版社「烽火書房」。これ、とても面白い!こんな事やろうと決めた若者と、じゃ、それを出版しよう!と決めた若者のコラボが決まった一冊。そんな本を、レティシア書房で売らずしてどこで売る!京都信用金庫の入社面接で、著者は「五年後には辞めようと思っています」と言ってしまいますが、にもかかわらず入社を認めたこの銀行も面白い。

文芸誌「たべるのがおそい」を発行している九州博多の書肆侃々房が、また新たな文芸誌を出しました。「ことばと」という雑誌です。「言葉と、その他の何かについて、言葉と私やあなたを含んだ誰かについて、生まれ変わったような気持ちで、もう一度あらためて考えてみたい、そんな想いとともに、ことばは羽ばたきます。」

ことばを羽ばたかせるって、いい表現ですよね。巻頭座談会は柴田聰子、佐々木敦、又吉直樹の三人が、言葉って何?というかなり大きなテーマで120分語っています。

また、今年の1月、東京武蔵野市で「貯金も使い果たし、書店をオープンさせた」古書「防波堤」店主の堤雄一さんが、「二つの本棚」というタイトルで書かれている記事を読みました。これは連載となるので、なんか面白くなりそうな予感がします。

障害者の暮らし・生き方を、様々な角度から取り上げる「コトノネ」最新34号に、「戦争と農業」「ナチスのキッチン」などの著書でおなじみの藤原辰志のインタビューが掲載されています。

「欲望には限界がある。それでも欲望をもっとつくれ、お前ら飢えている、って言い続ける社会にいま無理が来ている。もう壊れかけている」

大量生産に大量消費をセットして動く社会への人々の疲弊が指摘されています。

当店には「共和国」というマイナー出版社のコーナーがあります。その中に藤原辰志の「食べること考えること」(2640円)、「ナチスのキッチン」(2970円)があり、販売していますので、ぜひ見てください。

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京都市西域で、四条大宮、嵐山、北野白梅町を結ぶ「京福電気鉄道嵐山線」が走っています。通称「嵐電」と呼ばれている私鉄です。この嵐電を舞台に製作された映画が、タイトルもズバリ「嵐電」です。沿線の駅や住宅を中心に撮影されました。製作の中心になっているのは、京都造形大学(現在は京都芸術大学)。監督の鈴木卓爾はこの大学の准教授で、出演者も大学で映画演劇を学ぶ学生が中心です。物語は三組の恋愛の行く末を描いていますが、それを追っかけていると、本作の面白さを見失うと思います。

観ているうちに、なんだか懐かしい感情が湧き上がってきました。それは、京都府立医大出身の大森一樹や、先日なくなった大林宣彦、という助監督を経験しないで映画監督になった彼らが、本格デビュー以前に撮っていた実験映画の手作り感を思い出したからです。実験映画には、アバンギャルドなものと、ごく私小説的に身の回りの世界を描いたものがあります。「嵐電」は後者に当たります。だから誰が観ても、わかれへ〜ん、てなことはありません。

主役は、もうこれは嵐電ですが、電車オタクの映画ではありません。監督は、この映画製作についてこう述べています。

「嵐(あらし)と、電(いなづま)という文字を持ったこの電車は、線路を走っていたかと思うと、自動車と一緒に大通りを並走したりして、ひっきりなしに人を運んでいます。人を運ぶという事は、きっとその人の抱えているものも丸ごと運んでいます。誰かに対する想いも運んでいます。嵐電がすれ違うように、互いに偶然の交差を繰り返すたび、嵐のように電のように、物語がそこから立ち上がる、一瞬一瞬の光景を真冬の一時、掴みたいと思いました。」

京都の人なら、あ〜あそこ知ってる、ここで降りたなぁ〜などと画面を見ながら、現実の空間を思い起こしつつ、映画が作り出す非現実的な空間を行ったり来たりします。現実の御室仁和寺駅が、まるで幻想空間の駅に見えたりしてきます。映画の不思議さであり、魅力です。普通の街並み、風景、町の雑音が、演出家の手により切り取られることで違う世界へと変貌する楽しさ。

学生と映画のプロフェッショナルとが一緒になって制作される映画学科の劇場公開映画制作プロジェクト「北白川派」で製作された本作には、映画を学んでいる学生たちの、映画を作るという楽しさ、熱気があふれています。

当店も以前、京都芸術大学の学生たちの製作する映画のラストシーンに使っていただきました。学生映画やから機材も簡単なものだろうと思っていたら、本格的でした。助監督はカチンコ持って走りまわり、店の前の通りを交通整理したり、プロの現場さながらでした。そしてスタッフ、キャスト皆さん嬉々として動いおられました。

大学時代、8ミリ映画クラブに在籍していたのですが、阪急梅田駅の雑踏でロケしたり、中之島地下道をモデルガン持って突っ走っておまわりさんに怒られたり、挙句、上映会でボロクソ批判されたりした頃を思い出してしまいました。

願わくば、大学で映画を学んだ彼らが、卒業後も映画の現場で働き、生活できるような文化政策が実行できる国になって欲しいものです。

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久々に春樹の本を読みました。「猫を捨てる」(文藝春秋/古書900円)には「父親について語るとき」というサブタイトルが付いています。その通り、この本は自分の父親について語ったものです。話は昭和30年代、村上家が兵庫県夙川に住んでいた頃、家に居ついた猫を捨てにいきます。

「ともあれ父と僕はある夏の午後、海岸にその雄猫を捨てに行った。父が自転車を漕ぎ、僕が後ろに乗って猫を入れた箱を持っていた。」

当時、著者一家が住んでいた家は大きな一軒家で、猫の一匹や二匹どうとでもなる生活環境でした。なぜ、捨てに行ったのか、皆目分からないと著者は振り返ります。海岸で猫を捨てるや否や、一目散で逃げ帰って玄関の戸を開けた途端、

「さっき捨ててきたはずの猫が『にゃあ』と言って、尻尾を立てて愛想よく僕らを出迎えた」

自転車に乗って全速力で帰ってきたのに何故、猫がいる?「そのときの父の呆然とした顔をまだよく覚えている。」この部分を読むと、なんかファンタジー小説風の展開なのですが、ここから村上の父親の歴史へ進んでいきます。ノンフィクションとエッセイが微妙にブレンドされたような文章へと変化していきます。

「父は京都市左京区栗田口にある『安養寺』というお寺の次男として、大正6年12月1日に生を受けた」

一度は養子同然の形で親元から離され、体を壊し連れ戻された経験のある父に、親に捨てられたという傷が残っていたかもしれない。だからこそ、捨てられた猫が家にいたのを見てホッとしたのかもしれません。

「人には、おそらくは誰にも多かれ少なかれ、忘れることのできない、そしてその実態を言葉ではうまく人に伝えることのできない重い体験があり、それを十全に語りきることのできないまま生きて、そして死んでいくものなのだろう」

その後父は召集され、歩兵第20連隊に入隊します。ここで村上は、この連隊が南京陥落ときの一番乗りだったことを知り、「ひょっとしたら父親がこの部隊の一員として、南京攻略に参加したのではないか」という疑問を持ち、調べていきます。

戦争をくぐり抜けた父は、息子に勉学の場を与えます。しかし、学校の授業の窮屈さを嫌悪した息子は、父の期待を裏切り、二人の関係が冷え冷えとしたものへと変わっていきます。

「僕は今でも、この今になっても、自分が父をずっと落胆させてきた、その期待を裏切ってきた、という気持ちを ーあるいはその残滓のようなものをー 抱き続けている。」と告白しています。

父親は、平成20年、京都の病院で90歳の生涯を閉じました。一冊まるごと(100ページ弱の本ですが)何故、父のことを村上が語り続けたのかは、最後の方に集約されています。村上文学らしい終わり方でした。

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1933年3月3日、岩手県で昭和三陸地震が発生しました。地震は、遠く北海道浦河郡荻伏村にまで到達します。この日、この村で生まれたのが宇梶静江です。「両手に入るくらいの超未熟児、しかもしわしわで、まるで猿の子のような児でした。」

「大地よ!アイヌの母神、宇梶静江自伝」(藤原書店/古書1800円)という400数十ページの大作を読み終わりました。本の帯に「女の一生」と大きく書かれています。大作ですが、とても読みやすい。まるで本人が読者に向かって、彼女の生涯を語ってくれているような身近な感じがします。アイヌの子として生まれた彼女が、どんな差別を受けながら育ってきたかは、一言では言い表せません。

戦前には「アイヌも混血して和人化された娘が、生活に困ると、小樽あたりに売られていくのです。」

明治32年アイヌ保護という名目で「旧土人保護法」が制定され、アイヌの財産は没収、アイヌ語彙の禁止などアイヌ文化の全てが奪われていきます。それは昭和になっても同じで、自分たちのアイデンティーを搾取されたまま、アイヌたちは生きて行かざるを得ません。「差別だけが横行する教室は、アイヌの生徒には寒々としています」とは、小学校時代の雰囲気です。

でも、そんな苦難に満ちた彼女の生涯を語っただけの本だとしたら、深い感情を呼び起こす一冊にはなっていなかったはずです。

アイヌ民族が持つ深い精神性が、どれほど私たちに必要なものなのかがゆっくりと語られていきます。

16歳の頃、彼女は山の中でシマフクロウに出会います。その姿が、63歳から作ってきた古布絵の作品の中で蘇ります(右写真は個展のポスター)。多くのアイヌの同胞たちと関わりながら、現代文明への問いかけを続けます。

「アイヌの精神性は、きっと地球がもたらす尊いことを心の深くに据えて、敬って生きることではないかと思うのです。だから山の中で茸などに出会うと、敬って感謝する。『ありがとう茸さん、あなたを頂いて食べさせて頂きます、そしてあなたと生きるのです』と言って唄ったり、踊ったりします」

コロナウィルスの感染で、新しい生き方、考え方を模索せざるえない今こそ、読んでほしい一冊です。

本書の最後の方に、当店でも個展をしていただいた版画家の結城幸司さんが登場します。アイヌ伝統文化を映像や音楽、版画で表現し、さらに世界の先住民たちとの交流にも尽力されておられます。彼のことは当ブログでお読みください。

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大プロデユーサー永田雅一が指揮していた大映映画(1940年代〜60年代)。市川雷蔵、田宮二郎、勝新太郎、宇津井健等々、ひと癖もふた癖もある男前がずらりと並び、女優陣も京マチ子、山本富士子、若尾文子等々、錚々たる美人が並んでいて、彼らの演じるドラマの世界は、大人の香りに満ちていました。

「いま見ているのが夢なら止めろ、止めて写真に撮れ」(DU BOOKS/古書1900円)は、大映映画のスチール写真を集めた写真集です。写真の監修・構成をしているのは小西康陽。音楽ファンなら「ピチカートファイブ」の小西か、とすぐにお気づきでしょう。

1984年、 「ピチカートファイブ」がデビューした時の盛り上がりは凄いものでした。いわゆる”渋谷系”カルチャーのイノベーターでした。膨大な量の音楽を聞き込んだマニアの小西が、それぞれの曲の持っている良いところを抜き出して、抱き合わせて作る本歌取の手法で、リミックスカルチャーを作り出したのです。その頃私はレコード店の店長だったのですが、彼のセンスの良さに脱帽した記憶があります。上の世代からは、オリジナリティーがないという反発もありましたが、ナンセンスな意見だと当時も今も思っています。

小西は、その一方で部類の映画好きで、名画座を駆け回り、膨大な作品を観て、日活の助監督試験まで受ける映画マニアでした。そんな人物が監修した本だけに、やはりセンスの良さが随所に発揮されています。全240ページにわたる本編部分には、文章は全くありません。スチール写真がズラリと並んでいるのみ。ポイントは、最初にも書いた「大人な大映映画」。田宮二郎って男前で、スタイリッシュな役者だ!と改めて思いました。田宮も市川も、他の役者も白のワイシャツに細いタイとスーツが決まっています。そして、かなり妖艶な映画も連発していたのも本書でわかりました。子供だった私には近寄りがたい存在でした。右の写真は、実家の近くにあった大映映画館でやっていた「不信の時」です。中学生だった私は、通学の度にこのポスターを見たいような、見てはいけないような複雑な気分でいたことを覚えています。

91作品、347点もの写真を卓抜なデザインワークで編集されたこの写真集は、小西のリミックスマインド溢れる手法によって一つの映画作品にまでなっていて、見飽きることがありません。

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店内のギャラリー展示がしばらくのあいだ中止になっているので、この場所を使って単行本100円、200円、300円バーゲンコーナーを作りました。本日は300円本から。

★300円コーナー

300円コーナーには、函入り全集の端本が何点か並んでいます。金子光晴全集15卷(中央公論社版)の内、評論と詩を扱った六冊が、そして永井荷風の随筆を全五冊にまとめた岩波書店版「家風随筆」(定価3000円)の内の二冊が出ています。特にこの二冊は超お買得です。文章の美しさ、達者な筆運びなど、明治から大正にかけて書かれた荷風の真髄が散りばめられています。

庄野潤三の「文学交友録」(新潮社)は、1994年から1年間雑誌「新潮」に連載された庄野の文学的自叙伝で、私もかつて近代日本文学史の勉強のために読みました。島尾敏雄、佐藤春夫、三好達治、吉行淳之介、井伏鱒二など多くの文人が登場します。最終章で実兄、庄野英二について語られていますが、この本を読むまで、恥ずかしながら児童文学者庄野英二が兄弟だと知りませんでした。

「昭和三十年、兄が四十歳のときに『朝潮のはなし』ほか十篇を収めた最初の童話集が京都のミネルヴァ書房から刊行された。自費出版であった。」

処女作「朝潮のはなし」は、戦争に召集され戦地に駆り出されて、帰ってこなかった朝潮という馬と、この馬を育てた少年の悲しい物語です。英二の代表作「星の牧場」でも愛馬が登場するので、その原点です。

「ぬかみそを漬けるとわかる 毎日がゆっくりとちがってみえる 手がはっきりとみえる」

とは、詩「ぬかみその漬け方」の最後の文章です。お料理をテーマに66編の詩を収めたのが長田弘の「食卓一期一会」(晶文社)です。全編全て食べ物の詩という画期的な詩集で、私も好きな一冊です。

「こころさむい時代だからなあ。自分の手で、自分の 1日をふろふきにして 熱く香ばしくして食べたいんだ。 熱い器でゆず味噌で ふうふういって。」

引きこもっている今こそ、こんな詩を読んで、ちよっとホッとしたい。

ジャズトランペッターの帝王マイルス・ディビスを論じたり、作品を紹介した本は沢山存在しますが、この本がベスト。信頼できる一冊というのが、中山康樹「新マイルスを聴け」(径書房)で、マイルスの全作品(いわゆる海賊版まで含んでいる)を紹介。500ページにも及ぶ大作です。アルバムごとに紹介、批評が簡潔に書かれているので、この本を読みながらマイルスの作品を集めるには絶好の一冊です。中山は、日本のジャズ評論家の中で、フラットな感性と新しいサウンドも熱心に紹介してきた、個人的には最も信頼できる音楽評論家でした。大阪出身、若い時に梅田のレコードショップでお見かけした記憶が………。

2015年63歳で亡くなりました。惜しい!なお、本書は若干の汚れがあります。だから300円です。

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店内のギャラリー展示がしばらくのあいだ中止になっているので、この場所を使って単行本100円、200円、300円バーゲンコーナーを作りました。

★200円コーナー

200円という価格は微妙です。100円は安い!買いだ!となります。また、この本が300円なら絶対お得だ!と。100円・200円・300円と並べると、200円の本って絶対的安さとお買い得感の間で揺れているように見えてしまうのです。

でも今回はいい本が沢山あります。先ずは昆虫学者の奥本大三郎が、愛読する本について語った「本を枕に」(集英社)です。のっけから、「神田の古本屋」というエッセイで、古本好きを引っ張り込みます。セレクトされている本は、内田百閒「比良の虹」、金子光晴「マレー蘭紀行」、夏目漱石「坑夫」など文学愛好者らしいものもあれば、中原和郎「少年甲虫学者」、ギルバート・ホワイト「セルボーンの博物誌」といった自然科学系もあってバラエティに富んでいます。この本に書かれているモームの「雨」を読んで、私にとってこれが初めて読んだモームで、映画化された「雨」も観たことを思い出しました。

本との出会いといえば、三谷幸喜が面白い。彼のエッセイを集めた「ありふれた生活」シリーズには、彼の読書体験がひょいと顔を出すのですが、第9巻「さらば友よ」で、珍しい作家の名前を発見しました。ジェイムズ・サーバー。日本では、彼の原作を元にした映画「虹をつかむ男」で有名ですが、それほど知名度の高い作家ではありません。三谷は中高校時代、アガサ・クリスティに出会いミステリーの世界に目覚めるのですが、

「そこから横道にはずれ始める。ハードボイルドや警察小説には行かず、早川から出ていた異色作家短編集に夢中になる。ロアルド・ダールやスタンリー・エリンといった短編の名手が描く、いわゆる『奇妙な味』の作品にのめりこんだ。中でも僕を虜にしたのがジェイムズ・サーバーだ。」

確かに、あの短編集には奇妙なテイストの作家が揃っていました。三谷がどんな影響を受けたのかもっと知りたいものです。なお、この本の最後に、三谷と18歳の猫「おっしー」の別れが書かれてますが、猫好きはぜひお読みください。(イラストは和田誠です)

 

三冊目は、エイミー・E・ハートマン「観察力を磨く名画読解」(早川書房)です。名画の鑑賞眼の磨き方の本ね、と思われた方、間違い。オリジナルタイトルは”VISUAL INTELLIGENCE”と書かれています。「見ることで得る情報収拾」とでもいう意味でしょうか。著者は美術史家で弁護士で、彼女の主催する「知覚の技法」というセミナーはFBI,CIAでも採用されているぐらいの優れた観察力の磨き方を教えています。基本のスタンスは美術作品を見て言葉にしてみることです。でも、これって簡単なようで、結構、見てないことが判明します。単なる美術作品解説本ではなく、脳みそを刺激する一冊です。

え?これも200円?? 山本容子の「エンジェル・ティアーズ」(講談社)です。素敵な画文集ですが、残念ながら表紙が一部破けています。中身は全く問題なし。お買得ですよ!

明日は300円本を紹介します。

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★100円コーナー

京都に育ち、府立大学で長年教鞭をとり、エッセイストとして多くの本を出し、平和憲法への思いを言及してきた寿岳 章子「過ぎたれど去らぬ日々」(大月書店)は、サブタイトルに「わが少女期の日記妙」とついているように、1936年から1941年までの女学校時代の日記です。「一人の女学生がひそかに平和憲法的な世界を恋していた客観的事実も知って欲しいと思った。その祈りにも似た思いが、どんな時代に育っていったかも提起したかった。」と書かれているように、多感な少女時代に暗い影を落とした戦争と、当時の京都の情景が描かれています。

写真家森山大道が2003年から05年にかけて大学等で行った講義と聴講生との対話を収録したのが「昼の学校 夜の学校」(平凡社)です。新宿の場末をひたすら歩き回り、そこに暮らす人々や、生活の場を撮り続けてきました。ザラッとした白黒の画面が強烈な印象を残す写真家です。「量のない質はない、ただもうそれだけです」という彼の言葉。写真だけでなく、文章も、絵画も、音楽も量をこなさなければ高い質はないと思います。この写真家が、藤圭子・宇多田ヒカル母娘を撮影していたことを初めて知りました。

こんなところに本屋があったんだと驚かされたのが、井原万見子著「すごい本屋」(朝日新聞出版)です。場所は、和歌山県日高郡日高川町。山奥にある本屋さんで、周りにお店がないので、味噌や洗剤まで販売しています。20坪の店の名前は「イハラ・ハートショップ」で、著者が店主です。この本屋さんのすごいところは、地元の子供達に絵本の良さを知ってもらおうと、様々なイベントを開催。今森光彦や、宮西達也といった大物が来店してトークショーをしています。その熱意が素敵です。ライターの永江朗さんも取材に訪れていました。この本が出たのが2008年。今も頑張っておられます。(現在はコロナ感染防止のため休業中)

70年代、人文系の本を前面に押し出し、新しい書店の姿を作り上げた池袋リブロの店長田口久美子著「書店風雲録」(本の雑誌社)。私も、新刊書店員時代貪るように読みました。

最後にご紹介するのは木村英昭著「検証福島原発事故 官邸の100時間」(岩波書店)です。あの大事故の時、政権中枢で何が起き、どう対処しようとしていたのか。膨大な取材を元に、当事者全員実名で登場し、その一刻一刻をドキュメントしています。まるでパニック小説を読んでいるような緊張感溢れる描写が続きます。こんな現状だからこそ、非常事態下の国家を考える一冊としてお読みください。

その他数十冊を100円コーナーに出しています。補充はしませんので、お早めに。明日は200円コーナーを紹介します。

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コロナウイルス蔓延のために時短営業しているので、家にいる時間が長く、長編小説を一気に読むことができます。おかげで440ページもあるラーラ・プレスコット著「あの本は読まれているか」(東京創元社/古書1500円)も四日で読めました。エンタメ小説としても文学としても、これ程面白い作品にはなかなか出会えません。

小説のタイトルになっている「あの本」とは、ロシアの文豪パステルナークの「ドクトルジバゴ」です。原作より、デビッド・リーン監督の映画作品でご記憶の方が多いかもしれません。1950年代後半に発表された本は、ソ連において反体制的描写で発禁処分となり、密かに国外に持ち出されます。57年にイタリアで刊行され、パステルナークは翌年のノーベル文学賞の受賞が決定します。が、ソビエト共産党、ソ連作家同盟の反対で受賞辞退に追い込まれます。

ロシアでの出版禁止に目をつけたアメリカCIAが、原本を入手してロシア語に翻訳し、密かにソビエトの人々に手渡して、自国の言論統制や迫害を知らせ、社会体制を揺さぶるという「ドクトル・ジバゴ作戦」を実施しました。2014年、機密書類だった作戦の報告書が公開され、その事実を元に組み上げられたのが「あの本は読まれているか」で、著者のデビュー作です。

パステルナークの愛人オリガと、CIAタイピストの女性たちの中から本の受け渡しのスパイに仕立て上げられるイリーナの二人を軸に、物語は1949年から1961年までの二つの大国エゴイズムの中で、熾烈な生き方を選択してゆく彼女たちの姿を描いていきます。派手な撃ち合いやら、サスペンスは皆無です。作家はひたすら、登場する多くの人物たちの日々を詳細に描きこみ、この時代を生きた人たちのリアルな姿を浮かび上がらせていきます。CIAが舞台の割には、男性スパイは、ほとんど登場しません。むしろCIAに勤務するタイピスト部門の女性たちが主役です。

「わたしたちの大部分は独身で仕事をしており、この選択は何度も繰り返し両親に言って聞かせなければならなかったが、確固とした信念ではなかった。確かに、親はわたしたちが大学を卒業した時は喜んでいた。けれど、赤ちゃんを産む事なく仕事ばかりしている一年がすぎていくたび、娘が独り身であることや湿地に造られた都会で暮らしていることに不安を募らせるようになっていった。」

そういう時代を生きた女性たちを、著者は徹底的に書き込んでいきます。そして、「ドクトルジバゴ」のヒロイン、ラーラのモデルとなった愛人イーラの壮絶な人生が、よりいっそう詳細な描写で迫ってきます。そのあたりが単なるスパイものではなく、人生の深い闇を浮き彫りにした文学作品になっている所以でしょう。読み終わった時の満足感は、とてつもなく大きなものでした。

野心的な映画人、例えばニコール・キッドマンあたりが映画化権を買い取って、ベテラン、中堅、新人に至るまで女優をかたぱっしから引っ張り出して映画にしそうな気がします。いや、ぜひそうして欲しいものです。

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