盛岡発のミニプレス「てくり」は2019年11月に28号が出てからご無沙汰でしたが、4月に29号が発売されました。しばらく連絡がなかったので実はちょっと心配していましたが、店頭に並べることができて嬉しいです。「てくり」とは開店以来のおつきあいで、地方に生きる人々の生活、文化を紹介するというミニプレスの原点を教えてもらった雑誌です。

今回の特集は「 My Standard『ふつう』を更新する」というタイトルで、新しいビジネスに挑戦する人々が紹介されています。

「福祉実験ユニットヘラルボニー」という会社は、障害のあるアーティストとライセンス契約を結び、データ化したアート作品を企業に貸し出してラベルやユニフォームに使用してもらったり、作品をテキスタイルとして使った商品の開発や販売などの事業を展開しています。この会社が送り出す個性的な柄・色彩のネクタイやマスクは、岩手だけでなく、東京方面でも話題になっているとか。

「障害のある人が『○○さん』という個人として認識され、その生き方や人生がフューチャーされること。その結果、同社ではなく障害のあるアーティストが成功する社会になればいいと思っている。」という考え方です。

今年4月には、盛岡市内にギャラリー兼本社をオープン。「本社は盛岡に、と思っていました。その方が断然かっこいいと思っているんで」と副社長の松田文登さんがおっしゃています。東京、東京と言わないところが、ほんまにかっこいい!

「てくり」の素敵なところは、この地で愛されて続けているお店が紹介されているところです、甘栗を作り続けて55年の「甘栗太郎」や、晩秋からゴールデンウィークの期間限定ホットケーキによだれが出そうな喫茶店「パアク」。こちらも昭和44年オープンで、52年間営業されてきました。

同誌を読むたびに、もう一度行きたい!と思う魅力的な町ですね。

最新号とともに、売り切れていたバックナンバーも入荷しました。26号には「水中で口笛」(左右社/新刊1870円)などの歌集で若い世代に人気の歌人、工藤玲音さんのインタビューが載っています。

 

 

2016年京都「えき美術館」の安西水丸展を観に行った時に、彼が「ガロ」に発表したコミックを、80年代に青林堂が「青の時代」というタイトルで単行本として出版した本が飾ってありました。確か、青い函入りの装丁だったと思います。

当然絶版で、取引きされている価格も高く、手が出せない一冊でした。それが今年4月に、新たに序文とインタビューを加えて復刊(新刊/1980円)されました。まさか、再発されるなんて思っていなかったので、驚きです。版元はCreviis。拍手!拍手!ですね。

娘の安西カオリさんが、「『青の時代』の舞台は、主に千葉県の房総半島の南部に位置する海辺の町です。病弱だった父は幼年期から中学校を卒業するまでをこの町で過ごしました。」と巻頭で書かれています。彼の私小説的コミックと呼べるかもしれません。少年期から青年期にかけて体験する、甘酸っぱいノスタルジーと孤独を見ることができます。

安西は、昭和17年に七人兄弟の末っ子として生まれました。七人中、兄が一人いるだけであとは全て姉という環境でした。幼くして父と死別し、母と姉たちに囲まれて成長していきます。安西の作品には男がほとんど登場しないことを、嵐山光三郎が解説で、「男の存在感は薄く、空気のように漂っているだけだ。」そして、「水丸が、母親と姉にかこまれて生活してきたことを考えれば、それは理解できるのだが、ときどき、女の感性で男を見ているシーンにぶつかり、はっとするときがある。」と書いています。

安西の作品には必ずといっていいほど、風景がポツンと描かれた見開きのページが登場します。悲しく孤独な少年の意志、そしてそれをそっと慰めてくれるような風景が、一つのページの中に入っています。「荒れた海辺」のラストカットは、海辺を疾走する少年の姿が黒いシルエットで描かれています。いじめた生徒への復讐を敢行した少年の屈折した感情と、大きな風景の対比がワンカットに込められています。

「水丸の風景へのかかわり方は、父を失った少年がもつ、したたかな意志だ。風景というやつは、孤独な少年にとって、残酷強暴でありながら心あたたく大きい父のようなものだ。」という嵐山の指摘は鋭いと思います。

安西ファン必携の一冊です。

 

ドキュメンタリー映画「ブックセラーズ」を観ました。世界最大規模と言われるNYブックフェアを裏側から覗き、古書業界では名前を知られたディラー、書店主、コレクターなどへのインタビューを通して、奥深い古書の世界を案内してくれる90分間です。

史上最高額で競り落とされたダ・ヴィンチや、ボルヘスの手稿、「不思議の国のアリス」のオリジナル原稿など、とんでもない稀少本もチラリと登場してきます。

ちょっと、フィルム止めて!と思った瞬間がありました。マンモスの標本付きの探検記やら、18世紀後半の化石の魚類の研究書をコレクションするデイブ・バーグマンの書架に、メルヴィルの「白鯨」がチラリと見えたような気がするのですが、もしかして限定特装版なのか、ゆっくり観たかったですね。

この古書の世界も、ご多聞にもれず男性が大半を占めていたのですが、女性のコレクターの中の一人、キャロライン・シンメルは、重要とされている女性作家の膨大なコレクションを持っています。また、1925年にNYに開店した「アーゴシー書店」を営む三姉妹は、NYの書店の変遷を語っていきます。この書店も登場しますが、ぜひ訪れてみたい雰囲気がありました。

映画の進行役とも言える作家、映画評論家のフラン・レボウイッツ(写真左)の辛口評論も面白く、ラストエンドロールの後、「私ね、D・ボウイが必ず返すからと言って借りていった本を、結局返さなかったわ。」とサラリと言い切りますので、ここまで席をお立ちにならないように。

映画のHPには、多くの方がコメントを寄せていますが、書店「title」の辻山店主や、先日当ブログで紹介した「BOOKNERD」の早坂大輔オーナーが文章を寄せています。私のイチオシ「夢見る帝国図書館」(古書1550円)を書いた中島京子が「ニューヨークに旅行して古本屋めぐりをしている幸福感を味わえる、本への愛に満ちた映画!」と紹介しますが、その通りです。

蛇足ながら、フラン・レボウイッツはマーティン・スコセッシの新作ドキュメンタリ「都市を歩くように フラン・レボウイッツの視点」でも辛口のユーモアと皮肉で大人気だとか。これも観てみたいものです。

 

 

奈良県出身の動物行動学者、松原始は、多くの「カラス本」を書いています。「カラスは飼えるか」や「京都とカラス」など、タイトルだけでも興味が湧きます。今回ご紹介する「旅するカラス屋」(角川春樹事務所/古書1100円)は、多いに笑って、楽しませてくれる一冊です。

私たちが、そこらで見かけるカラスはハシブトカラスとハシボソガラスの二種類で、著者はハシブトカラスの生態を研究しています。「ハシブトカラスの英語名はジャングル・クロウで、もともと森林性だから、都会というコンクリートジャングルにも適応できたんだよ」と言ってはみたものの、森林でどんな生活をしているか誰も全く説明できていない。だったら、調査してみようと、同好の東大農学部の森下英美子さんを誘って”カラス旅”に出かけるところから、スタートします。えっ〜!研究者ってここまでやるのかというぐらい涙ぐましい努力が綴られていきます。著者の旺盛なユーモア精神か、関西人のノリかはわかりませんが、笑えて、どんどん読んでいけます。

そして2013年の鳥学会で「山のハシブトカラス プレイバックパート3」という、著者曰く『アホなタイトル』で発表にまでこぎ着けるのです。が、サンプル数が少ないという指摘があり、それなら日本中行くしかない!と、とんでもないカラス旅が始まります。山中でハシブトカラスを見てから20年、調査しようと思って13年、きっちりとした調査がスタートして10年という長い時間がかかっています。

第二章は「学会もまた旅である」と題して、内外の学会での経験やら、ドタバタを軽妙に書いています。親睦会でずらりと並んだ教授たちの前にある寿司をかっぱらう方法などは、もう喜劇映画のワンシーンですね。海外での学会での、いろんな人たちとのやりとりも面白い!なんだか、動物学者の書いた文章というよりは、軽妙洒脱な海外旅行エッセイを読んでいる気分で、ますますページが進みます。

世界最大級のワタリガラス。全長63センチ、翼開長120センチ、体重1・2キロの大きさのワタリ鳥で、日本では知床、根室あたりで観察できます。当然著者も、相棒の森下さんと連れ立って北の国を目指します。実は、私もワタリガラスを見てみたいのです。星野道夫が熱心に追いかけたワタリガラス。北米先住民の伝説では、ワタリガラスは神とされているのですから、そんな鳥ならば、この目で見てみたいものですね。

この本は最後まで、カラスを求めて世界中を旅する研究者の話です。そしてそこから浮かび上がってくるのは、研究者の地道な努力と熱意。

著者は研究の定義をこう書いています。「研究によって得られた結論が正しいかどうかは、実は永遠にわからない。我々は神ではないから、真理を知ることができない。どんなに正しいと思えても、それは『将来の研究によってひっくり返るかもしれない結論』でしかない。ただし、否定されるまでは科学的事実や正しい仮説として支持され、それを土台として科学は前に進む。それが科学の作法だからだ。 研究とはそういうものである。」

きっと読んだ後に、カァー、カァーという鳴き声を聞いたら空を見上げて姿を探しているはずです。

兵庫県出身で、1991年に北海道へ移住した写真家、堀内昭彦の写真集「アイヌの祈り」(求龍堂/古書2800円)は、比類のない美しさに圧倒されます。

以前、新刊書店でこの写真集を手に取った時、「フッタレチュイ」(黒髪の踊り)と言われる踊りのページに惹かれました。長い髪の女性が、上半身を前後左右に曲げて、髪の毛を振りかざして、その毛が地面に突き刺さるように激しく踊るのですが、激しい踊りの一瞬、踊り手の魂を表現したような写真。そして「エムシ リムセ」(剣の舞)では、カムイへの奉納として踊り、魔を祓う舞踏の青年の瞳、手先の美しさにググッときました。(写真・下)

定価より少し安い価格の古書で見つけたので仕入れて、隅々まで見ましたが、アイヌの人たちを撮った写真集では、個人的にベストワンです。

「カムイノミ」と呼ばれる神への祈りは、様々な行事を行う際に必ず行われるもので、何事であれ重要な行動を起こす際には、人間の意志を神様に伝え、その庇護を願うための行事です。

古老達が感謝を捧げる。自分たちを守り育てた森へ祈る。サケという恵みを与えてくれる川への感謝など、彼らの神様への思いが写真に収められています。祈りを捧げる人たちの姿、視線が素晴らしく迫ってきます。生きているのではなく、生かされているという信仰のせいでしょうか。

「人間には、それぞれ後頭部に憑き神がいて、良いことも悪いことも見守っている。トノト(御神酒)はその憑き神にも捧げるんです。」

 

後半は、アイヌ伝統工芸に生きる人々がポートレイトされています。やはり、ここに登場する職人達の表情がとても美しい。彼らの実生活がどんな状況なのかはわかりませんが、でも、神と共に生きる人々にこうあって欲しいという写真家の思いがフィルムに乗り移ったようです。

最後のページに載っている古老の力強く、優しく、そして知性溢れる姿も素晴らしい。より良き生き方の教えを請うなら、こういう人にしてみたいと思いました。

 

一昨年でしたか、「mal”創刊号」が出た時、あっと言う間に売切れた記憶が残っています。今日ご紹介する本誌は、正確には「隣町珈琲の本mal”02号」(1540円)と言います。主宰者の平川克美さんは、「隣町珈琲」の店主で多くの著書があります。以前当ブログでも「見えないものとの対話」を紹介しましたが、最近気になっている評論家の一人です。

本好きならば、読みたいと思わずにはいられない面子が、今回並んでいます。

銀閣寺の「古書善行堂」店主山本善行さんが「『古書善行堂』は『町の灯』になれるか」と、コロナ禍で悪戦苦闘する店の様子と、新しい試みでお客様を開拓している様子を報告されています。

また、人文系私設図書館ルチャ・リブロ店主の青木真兵さん(2月に当店でも個展をしていただきました)が、とても素敵な文章を寄せておられます。田舎に建てた図書館は、何かと地元の行事参加が多くなります。

「山村での生活は、共同墓地の清掃や地区の消防団の活動など、地縁と血縁が要です。この『濃い縁』の中での暮らしは、都会で生活していた頃には全く興味の湧かなかった『あるもの』にハマるきっかけを与えてくれました。それが映画『男はつらいよ』です。」

なんで寅さんが登場するの?まさか人情がどうのこうのとかいう話なの?いえ、違います。詳しく本書をお読みください。青木さんの物の考え方がわかると思います。

「夏葉社」代表島田潤一郎さん、古本屋「山王書房」店主関口良雄さんのご子息の直人さん、平川克美さんとの「『昔日の客』が残したもの」と題した座談会は、古書好きには注目です。「昔日の客」は、夏葉社から再発されていて、 関口良雄さんの、本と作家への愛情あふれる随筆集です。この本を巡っての三人の座談は、心から本を愛している心情が伝わってきます。(右は夏葉社版「昔日の客」)

小説、エッセイ、詩と盛りだくさんな一冊ですが、最後に古屋美登里が、自身翻訳した「その名を暴け」(古書/1500円)について書いています。「#MeToo運動」の先駆けとなったハリウッドを揺るがしたスキャンダル事件について、執拗に追いかけた女性記者のノンフィクションは、昨年ブログでも取り上げましたが、こちらもぜひお読みください。

 

手元に光文社古典新訳文庫で出たジロドゥの演劇「オンディーヌ」(古書400円)があります。漁師の養女オンディーヌは、騎士ヨハンと出会い、お互い強く惹かれ恋に落ち、ついに城で暮らし始めます。しかし、彼女は実は人間ではなく水の精だったという物語です。

このモチーフは古くはギリシャ神話まで辿ることができるそうです。アンデルセンはお伽話「人魚姫」を書き上げ、チャイコフスキーやドビュッシーはこの物語をベースに楽曲を作り上げました。ドイツロマン派のフリードリヒ・フケーが発表した小説「水の精 ウンディーネ」は、現代でも読み継がれています。わが国でも手塚治虫や、山岸涼子が漫画化し、三島由紀夫の自伝的小説「仮面の告白」にも登場しているのです。

この物語を、現代ベルリンの街に置き換え「愛する男に裏切られたとき、その男を殺して、水に還らなければならない」という宿命を負った女の物語として再生させたクリスティアン・ペッツォルト監督作品「水を抱く女」(京都アップリングにて上映中)を観ました。

映画は、まずは視覚に訴えるアートです。その点で、この映画はかなり優れています。と言っても、ケレンやCG満載だったり、滅多やたらとカメラが動き回るような過剰な映像のオンパレードではなく、ヒロインの横顔にすっとシンプルなタイトルが出るところから、端正な映像が最後まで続きます。私はこれに酔いしれました。

ベルリンの都市開発を研究する歴史家ウンディーネ。彼女は小さなアパートで一人暮らしをしながら、博物館でガイドとして働いています。恋人のヨハネスと別れて、辛い日々を送っていたウンディーネの前に潜水作業員のクリストフが現れます。惹かれ合う二人だったのですが、クリストフはウンディーネに違和感を覚え始めます。一方のウンディーネは、自分を裏切った恋人を殺し、水の世界へと戻っていかねばならない宿命に身を投じます。

この映画、ラストシーンが好きです。この終わり方!アンハッピーエンドとかハッピーエンドとかでは括れない静かな幕切れです。

水の世界に生きる彼女が、永遠の別れにクリストフに渡したものは? 泣けました!

乗代雄介の長編小説「旅する練習」(講談社/古書1200円)は、サッカー大好き少女亜美と小説家の叔父が、利根川沿いに数日間かかってテクテク歩き、鹿島アントラーズの本拠地を目指す旅を描いた、ロードムービーならぬロードノベルです。小説のありがたみを堪能する傑作です。

春休みになったら、鹿島にあったサッカー合宿所で亜美が借りたままの本を返しに行く、ついでに鹿島の試合を観ようという計画を立てていた二人。しかし、コロナ感染拡大のため、試合も、学校の授業も全て白紙になってしまいます。

でも、本だけは返しに行こうと、二人は利根川に沿って歩いて鹿島まで行くプランを実行します。この利根川沿いの風景や自然の描写が生き生きとしていて、実際に行ったことはないのに、その空気感が染み込んできます。叔父が、道中つけている日記に登場する鳥たちの生態が詳しく書き込まれていて、こちらもその光景が目に浮かびます。

歩くこと、ボールを蹴ること、そして二人とも日記を書くことを、旅の日課としてスタートします。ボールを蹴ることが至上の喜びの亜美、それを見つめながら日記をつける叔父の姿に、私たちは一緒に歩いているような錯覚に陥ります。気持ちのいい時間を心ゆくまで味わえる小説です。

旅の途中で、やはり歩いてアントラーズの本拠地までゆくみどりさんという女性も加わり、珍道中は続きます。サッカーの話、特に名手A・ジーコの話が印象的です。「人生には絶対に忘れてはならない二つの大切な言葉がある。それは忍耐と記憶という言葉だ。忍耐という言葉を忘れない記憶が必要だということさ。」というジーコの言葉を巡って、叔父の解釈が日記に綴られていきます。

旅の終わり頃、亜美は「サッカーは仕事じゃないけどさ、本当に大切なことを見つけて、それに自分を合わせて生きるのって、すっごく楽しい。ジーコもそうだったんじゃないかな。そう思ったら、サッカーと出会ってなかったらって不思議に思えてきたの。」と考えるようになります。

心から好きなものの存在は、人生を考えさせる力となるのです。

鹿島神宮でみどりさんと別れ、本を返し、亜美の新しい人生がスタートするのかと思って、最後のページを捲った途端、とんでもない悲しみと絶望を味わうことになりました。その単語を見た途端、私はえっ??と思い、何度も読み返しました。

これが小説のエンディングとして最適なのか疑問は残りますが、もう一度読みたい、もう一度あの風景に、あの鳥たちに会いに行きたいと思わせる力を持った小説でした。巧みな物語の構成、会話の妙味、自然描写の見事さなど、欠けるものがない作品でした。

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シンガーソングライター山崎まさよし氏の楽曲が大好きだという、写真家松本紀子さんが、その楽曲からインスピレーションを受けて撮影した写真展が始まりました。

山崎氏の歌詞には、「夢」という言葉が多く出てきます。今回は「夢」が出てくる一節を集め、その言葉の奥にある彼女が見た景色を写真で切り取った作品展です。一人のミュージシャンをこよなく愛する写真家が見る「夢」と言っていいかもしれません。

光と影がひそやかに揺れているような美しい写真は、彼女が大切にしている日常の景色が、少し揺らいで映ることで「夢」で出会ったような表情を見せます。そして、

「ゆっくりと日が翳るゆるい坂道に あてどなく転がっている夢がある」(歌・山崎まさよし)

というような切ない優しい気分が、写真になっています。「山崎まさよしの歌のような写真が撮りたい」とずっと思ってきたという写真家は、しかし、確実に彼女自身の世界を築いているような気がします。

それにしても、山崎氏に対する敬慕は強くて、手製本の写真集『Dream』まで作ってしまいました。第1章、第2章は、それぞれの楽曲に合わせて撮りためた写真を並べ、第3章は、「夢」という言葉を含んだ歌詞の一節に写真を添えた形になっています。紙も厳選し、全て手作りという気合の入った写真集(函入り・ポスター付き・5500円)を、この展覧会では限定2部のみ、販売しています。もう一冊、個展に間に合うはずだった小さな写真集(5月16日発売予定/2200円)の予約も受け付けていますので、見本をぜひ手にとってみてください。ステキな写真集です。

「空にかかげた夢は雲のように どこかへ行ってしまったけれど この場所を踏みしめれば あなたの心が解ったような気がする」(歌・山崎まさよし)

こんな時期だからこそ、静かな音楽が流れてくるような写真展にお越しいただければ、と思います。(女房)

✴︎松本紀子写真展「Dream」は、4月28日(水)〜5月9日(日) 月火定休 

13:00〜19:00最終日は18:00まで

 

 

印南敦史「音楽の記憶」(自由国民社/古書1100円)は、帯に大きく「ガイドブックではありません」と書いてあり、サブタイトルは「僕をつくったポップ・ミュージックの話」とあります。

著者の印南敦史は、1962年東京生まれの書評家、作家です。音楽の批評でも、マニアックな知識をひけらかすような文章を書くことを好まず、例えば私などが「こういうのがあるから、読んでみたら?」みたいなアプローチで、「こういうのがあるから、聴いてみたら?」という風に書いています。

本書は、著者が人生の、あるいは青春の節目節目に影響を受けた音楽について語っています。クィーン、マービン・ゲイ、ビートルズ、サイモン&ガーファンクル、オフコース、ブルーハーツなど、誰もが知っているシンガーやグループが登場してきます。

若き日にLAのホテルで、同行したばんばひろふみとの会話が面白いです。自分の未来に何も期待が持てず、自己嫌悪に陥っていた著者に対して、ばんばは「自分を変えたいとか、そんなん無理やし、うまくいかん。そうじゃなく、いまの自分をどう生かすかを考えるべきなんや。」そして

「考えすぎや。”Take it Easy”や。”Take it Easy”でええんや」と言い放ちます。

“Take it Easy”は、イーグルスのデビューシングルのタイトルです。言われたその時は、なにを訳知り顔でと思った著者でしたが、年とともに”Take it Easy”という言葉の持つ重みがわかってきたと書いています。

そんな感じで、本書は続きます。もう音楽ガイドブックではないのはお分かりでしょう。

また、経済的にどん底だった著者が、一時、足繁く通ったジャズバーでマスターに「経済的にちっとも楽にならないんんですけど、こういう状態っていつまで続くんですかね」と訊ねた時のマスターの答えも素晴らしい。スパッと明快にたった一言「一生」お見事!

好きなことをやってるんだから、そりゃそうだよな、と納得したといいます。続いて、そのバーでよく聞いたバド・パウエルについてしみじみ書かれています。

こんな風に音楽を聴いてきたのだ、という一冊です。