春田太一著「仁義なき日本沈没」一気読みだ!

以前、ブログでご紹介した「天才、勝新太郎」の著者の新作新書です。まぁ〜面白い。

戦後、日本映画界を引っ張ってきたビッグカンパニー東宝、東映のサバイバルゲームです。戦後直後の東宝を大混乱に陥れた労働争議、いわゆる東宝争議。その一方、大借金抱えて、映画製作が火の車で、超高速自転車操業で、何とかやり繰りする東映。どん底から、這い上る、もうしぶとさだけが武器の映画人の悪戦苦闘。「七人の侍」で大作の大ヒットを飛ばし、都市部中心で大型映画に活路を見いだす東宝、一方スターを抱え込んで、勧善懲悪時代劇を量産し、地方の映画館を傘下に収め、現状を突破していく東映。そして、映画黄金時代へ。

しかし、いい日は長く続かない。TV等の新しい娯楽の進出で、娯楽の王者から転落。試行錯誤を重ね映画製作に挑戦するも、どれも失敗。スタジオの身売りに、社内の権力闘争、莫大な借金。もう、瀕死状態ですね。

しかし、72年両者に、9回裏ツーアウト満塁で、逆転さよなら満塁ホームランが飛び出す。

東映の実録シリーズ「仁義なき戦い」、東宝の「日本沈没」(リメイクされたひ弱な出演者で固めた駄作ではありません)の登場だ。起死回生の映画が、同じ年に登場しているというのも興味深い。そして、日本映画は息を吹き返し、昨今の幼稚映画人の跋扈するハリウッドを追い抜く日本映画界を作ってゆく。

今日に至る怒濤の日本映画の歴史を描いたノンフィクション。誰か、映画にして下さい。東宝を引っ張った名プロデューサー田中友幸には三国連太郎、東映社長岡田茂は、今や農民となった菅原文太でキャスティング。今まで、東宝争議は映画になった事がありません。是非、映像化して欲しいものです。

ところで、先日古本市で、今まで二度に渡って逃げられた一冊をゲットしました。この写真集です。でも、店では売りません、朝に礼拝、夕べに感謝?して神棚に祀ります。

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ルポライター竹中労の文章を愛していました。

ルポライターとしての彼の生涯のベスト的作品は「美空ひばり」(ちくま文庫版700円)、「聞書アラカン一代」(白川書院初版2000円)です。しかし、私が最も気に入っていたのは、雑誌「キネマ旬報」での芸能レポートでした。その中で、何度か口にしていた「たかが映画、されど映画」というフレーズでした。このフレーズを気に入り、「映画」の部分を変えて、何度か口にしたことがあります。

新刊書店員時代、この温厚で、臆病な私が、一度だけキレたことがありました。とあるパーティで、書店業界では高名な先輩のお話を聴いておりました。業界のために言っておきますが、私の知る限り、書店員は、よくもまぁ、あんな安月給、長時間労働にもかかわらず、心優しく、高慢のかけらもないという人たちでしたが、こいつは違いました。おそろしく、プライドが高く、どこかで本を売ってやっている(まぁ、全国規模の大型書店のエリート幹部でしたから)みたいな、文芸書売れない書店員は書店員にあらず、みたいな野郎でした。

「米を作るでもなく、牛乳を搾るでもなく、ましてや家を建てるでもないのに、そんな偉いか、書店員が!このくそガキが!!」と、迫り、「たかが本やろ」と吐き捨てるつもりでしたが、温厚な性格が邪魔をして、「たかが本」とだけ言ったものですから、二度としゃべってもらえませんでした。

今、お店に600枚程のjazzのレコードがあることは、ブログでお話しました。ありがたい事に、熱心なファンの方にお越し頂いいております。時間をかけてご覧、あるいはご試聴されていますが、そのレコードを探しておられる後ろ姿を見ていると、今幸せ!というオーラが立ち上っています。もちろん、ゲットしたレコードを聴く楽しみもあるでしょう。でも、それを探している濃密な時間の豊かさを楽しんでおられる。

「たかがLP、されどLP」

幸福は物ではないんだ。時間なんだということですね。本もしかり。ゆっくり棚をみているお客様を見ていると、やはりそんな気がします。以前、本を物色されていたお客様から、ここにいたら時間の過ぎるのを忘れるよね、と言われました。

この小さな店が、そんな幸せな時間の演出場所であったら、店主としてこれ以上の幸せはありません。

 

 

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善行堂さんのブログ読んでいたら、映画「マイバックページ」の事が載っていました。

川本三郎の、週刊朝日記者時代、自衛隊に乱入した過激派学生との関係から、朝日新聞退社に至るまでを綴った傑作ノンフィクションです。雑誌「Switch」に86年2月から、翌年12月まで連載された時からのファンでした。

川本三郎との最初の出会いは、映画雑誌「キネマ旬報」でした。小林信彦、渡辺武信、山根貞男そして川本の映画評は、映画を観る時の指針でした。観る前に読み、観た後に再度読み返しました。映画をめぐる思考の原型を作ったのは彼らの文章です。77年に発行された「朝日のようにさわやかに」は一番の愛読書でした。比較的、最近の著作ですが、「君美しく」(文藝春秋社1300円)は日本映画黄金時代の女優17人へのインタビュー集で、「銀幕」という言葉が輝いていた時代を生きた女性達の人生が見事に描かれています。その後、彼が映画評論だけでなく、都市論や、文学論、とりわけ永井荷風に関する本を出しているのを知り、新刊書店に立ち寄った時は映画コーナーだけでなく。文芸のコーナーもチェックしたものでした。

ところで、村上春樹との共作で「映画をめぐる冒険」という本があります。85年に発行されてから、一度も文庫化されておらず、絶版となったままの本です。古本でも価格は高く、5000円以上の高値が付いています。出た時に、買って購入したものの不純な動機で、私の手から離れてしまいました。春樹好きのうら若き女性のお部屋にお邪魔するための、出汁にしてしまったのだが、お部屋どころか、軒先100メートル前で討死、見事沈没。その後、本は彼女と共に去ってしまいました。こらぁ、ハルキ、弁償せんかぇ!という支離滅裂気分から抜け出せず、それ以降、今日に至まで、ハルキの本は買ったことがないし、読んだ事もありません。

お安く分けて頂ける方あれば、ご一報を

ところで、「マイ・バック・ページ」という題名はボブ・ディランの曲からですが、この曲のリフレインが素晴らしい。

「あのころの僕はいまより年をとっていた。今の僕はあのころよりずっと若い」

現在進行形で、「若い」といえる人生っていいもんですね。映画では、エンドクレジットで、爆風スランプが歌って、いい味出していました。

 

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「ル・アーブルの靴磨き」を観に行きました。大人の映画だ。

お話は簡単。不法入国してきたアフリカの少年を、逃がしてやる主人公と、その町の人々を描いただけ。満足なシナリオの書けないハリウッド映画や、おせっかいな日本のTVドラマならきっと、何故主人公と彼を取り巻く人々が、少年を救うかを延々説明して、は〜い、こんな美しい話です、感動しましょう!と迫ってきます。

しかし、この映画には一切その説明はありません。みんな、淡々と行動するのみ。主人公は港町のしがない靴磨き。彼の生活圏にあるパン屋も八百屋も、一杯飲み屋も、もう下町の質素なお店ばかり。そして、当然みんなお金はない。映画は、彼らの日々の暮しを、徹底的にリアルに描く。そこへ、飛び込んで来た少年一人。聞けば、英国の親戚に行きたいとの希望。ならば、お手伝いしましょう、とごく自然に行動する。リアルとファンタジーの同居みたいに映画は進行。皆が、フツーに、ハイハイ分かりましたとばかりに動く。理由の説明は一なし。

非現実的、と思われる方もおられるでしょう。でも、助けないより、助けた方がいいもんね、という個々の人々の判断が連帯し、やれる事やりましょ、という行動へと、大げさではなく、何度も言いますがフツーにつながるって、大人ですね。

そして、ラスト、絶対に並の監督ならこんなエンドは用意しません。あ、はっ、はっ、のハッピーエンディング。妻が不治の病で入院。無事、少年を脱出させて病院へ急ぐ主人公。ベッドはもぬけの殻。で、ラストは、フツーならこうは絶対、絶対にあり得ません!。

あっ、はっ、はっと笑う花さか爺さんの声が聞こえそうですが、なんとラストは爺さんが登場しそうな桜の花。こんな、人を喰ったような映画を作ったのはフィンランドのアキ・カウスマキ。久々にオフビート映画を楽しみました。

 

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台風と一緒に大量のjazzLP&CDが上陸いたしました。その数600枚程

あるお店の方からのお申し出で、当店で販売することになりました。台風で、外は豪雨。誰も来ないので、お宝の山を整理してましたが、もう腱鞘炎寸前でした。ジャケットを見た瞬間、頭の中にその音や、売っていた当時の事が蘇るアルバムがかなりありました。まだ、皆がレコードを買って、何回も聞いて、ライナーノーツを読んでお勉強するのが、当たり前という幸せな時代でした。

今はipod全盛時代。一曲お気に入りの曲をゲットするのが当たり前。それは、それで素敵な事ですが、アルバムは一枚で、完結します。アルバムに託された物語の一部だけ抜き取るのは、いい小説の、良い部分だけを読むようなものです。ベートーベンの有名な第九交響曲の最終楽章だけ聴いても、ワクワクドキドキ感は十分味わえますが、静かに始まる第一楽章から聴いて、段々とエクスタシーが高まり、最後で頂点へ(あくまで音楽の話です)と上り詰めてこそ、心地よい疲労も味わえるというもの。

 

しかし、なんで50年代からのLPジャケットって、こんなに素敵なんでしょう。ロゴ、デザイン、そしてミュージシャンの服のセンス。レコードプレイヤーなくても、洒落たお部屋の小道具に使えます。因みに、価格は900円、600円、300円という値段設定です。ご興味ある方は、お申し出下さい。ジャズのシングルが数十枚ありましたが、ジャズファンでもある、同業のY氏に根こそぎ持っていかれました。さすが、いいセンスです。お見事!

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本日より、京都の美術系出版社「青幻舎」の展示会開始です。

古本屋で、なんで?という疑問をお持ちの方ごもっとも。

話は、私が北山で新刊本書店の店長を任された時代に戻ります。今は、青幻舎の先頭に立って引っ張っておられるY嬢が、営業のペイペイでお店に来られました。こちらも、新人書店員、向こうも新人(だったはず?)。お互い、向こう見ずな企画やら、展示で面白いことやりました。北山ではそれなりの支持をいただきました。本+作品展示なんか出来たらいいよね、と話したこともありました。そして、時は流れ、古書とはいえ、本屋の主になりました。開店に駆けつけてきてくれたY嬢と飲みにいき、展示会の話で盛り上がり、そのまま実施へとなだれ込みました。

美術、アート系で、しかも京都でがんばっている出版社。営業は大変だと思います、なかなか、この手の本は売れません。でも、同じ本を扱う者として、応援するのは当然。台風上陸目前の土砂降りの雨の中、展示物片手にてくてく歩いて搬入に来られたY嬢。獅子奮迅、じゃなくマイペースで、まぁ、出版直前の本ってのはこういうもの、という滅多にみられない「作品」を飾っていただきました。もちろん、自社の出版物もディスプレイ。ほぼ絶版状態になりつつある「舟越桂全版画1987−2002」(定価3800円)も販売中です。

出版社の展示会です。新刊書店・出版社の方々、ぜひご来店をお待ちしております。

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漫画家西原理恵子原作の映画は、なぜかほぼすべて観ている。そして、どの作品も女優が輝いています。

「パーマネント野ばら」は菅野美穂、「女の子ものがたり」は深津絵里、「毎日かあさん」はキョンキョン、「ぼくんち」は観月ありさ、「いけちゃんと僕」のCGいけちゃんの声は蒼井優、そして旦那の鴨志田穣の小説ですが「酔いがさめたら、うちに帰ろう」は永作博美と、何れも若手、中堅のノッテル女優さんたちばかりです。

女優さんが輝いているだけでなく、どの作品もそれぞれに個性を持ち、多面的な魅力を楽しませてくれる西原さんの漫画の力は何なのでしょうか。彼女のコミックを初めて手にしたのは「まあじゃんほうろうき」でした。アナーキで、暴力的な麻雀漫画は抱腹絶倒でした。

おかたい「週刊朝日」に掲載されていた、各地の老舗料亭をぼろんちょにあざけり笑う「恨みシュラン」もまた、お下劣、お下品で、よくもまぁ、お上品な雑誌に長い間連載できたものです。その後、税務署との大バトルを描いた「できるかな」と、世の中を常識や、良心をこき下ろし、笑い飛ばす作品を愛読してきました。

一報、叙情派として分類されている作品も数多くあり、映画化されているのはこのジャンルからです。淡い色彩と柔らかい線で構成されたこれらの作品はとても、同一作家とは思えない程です。メルヘンの世界と戯れる女の子と、都会の地の底を這いずり回る女達、男達。絶望を丸呑みする強靭な精神。だから、どうした!と徹底的に反旗を翻し、いかんる相手にも長期戦も辞さない力。もうひれ伏すしかない女性です。

 

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1985年、雑誌Switchは縦28cm×21cmの判型で発行される。

85年Vol.4の特集は俳優ミッキー・ロークと、ニュージャーナリズムの旗手、トム・ウルフ。連載には、鈴木博文がビートルズのことを書いている。86年発行のVol.4の特集は、「ブルックリンライターを求めて」というタイトルで、ピート・ハミル、アーウィン・ショー等の短編が並ぶ。沢木幸太郎の「246」という日記の連載が始まっている。87年Vol.5では特集が「サム・シェパードと漂う男たち」と題して新しい俳優を紹介している。パラパラめくると。山本容子の版画が何点も載っている。写真家、橋口譲二の写真と文章で「見えない時代」もある。

影響大でした、私には。アメリカンカルチャー、そして新しく登場してきた文学、映画、音楽はこの雑誌から教えてもらいました。すべてが、かっこ良かった。スタイリッシュで、知的で、硬質感があって、ちょっとポップカルチャーの最先端知ってるもんね、という錯覚を持たせてくれました。逆に、ヨーロッパはダサく、陰気で、ぼそぼそ歯切れの悪いフランス語なんて聞くと吐きそうでした。第二外国語はフランス語でしたが、なるべくアメリカ英語風に発音していました。

やがて、Switchは縦29.5cm×23cmに大きなサイズに変型する。89年Vol.7の特集は「つれない女」と題してメリル・ストリープ。高橋源一郎の連載の「追憶の1989年」も始まっている。なんと、ポール・ボウルズの幻の短編「視線」も読めたんだ!

Vol.7号に至っては、小林薫の特集。沖縄で映画撮影中の小林を追っかけたノンフィクション。表紙も、もちろん小林薫。巻頭小説は池澤夏樹の「マリコ/マリキータ」。そうか、ここで最初に読んだんだ。

ただ、この辺りから私はこの雑誌から離れてゆく。何故だろう?

字が小さくて読みにくくなったという肉体的な事実はさておき、一言で言えば、ええかっこするのに飽きた、という事でしょうね。今、店には、30冊程でていいます。パラパラめくっていると、switch片手に、ジャズ喫茶にいりびたっていた滑稽極まりない姿が、四谷怪談のお岩さんみたいに、べったりと張り付いてきます。早く、買ってお岩さんを背中から離してください。

 

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いつ頃だったか、テレビをつけたら小林旭の映画「渡り鳥シリーズ」をやっていた。とんでもない映画ですよ!

舞台は一応日本ですが、なんと旭兄いは、馬にまたがり、白いギターをぶら下げて登場。しかも、町中に馬止めて、悪党がたむろする酒場(これが、西部劇そこのけの両開きドアで、長いカウンターまである)に入って、一曲歌ってから、殴り合い。おいおい、町中に馬なんて止めたら、道交法違反だろ。それに、歌ってる間に、なんで誰も殴りかからないの?まぁ、TV「桃太郎侍」で、主人公が『ひと〜つ」と長い台詞を言う間、誰も切り掛からないのと同じパターンですね。そして、ラスト、旭兄いは、テンガロンハット姿で、馬と共に去ってゆく。61年作「波濤を越える渡り鳥」では、なんとバンコクまで行ってします。ネクタイ&ワイシャツ姿にギターですよ。もう無茶苦茶。

小林信彦+大瀧詠一コンビによる「小林旭読本」(2002年キネマ旬報社3000円)で内館牧子さんが、「彼は『闇』を抱えている」というエッセイを書かれているが、どこに闇があんの?

しかし、後年「日本暴力列島 京阪神殺しの軍団」で、在日朝鮮人の武闘派やくざを演じた時は、成る程ね、と納得いたしました。日活退社後、東映で主にやくざの幹部を演じていて、それはそれで凄みがあって面白かったのだが、「渡り鳥シリーズ」みたいに、あっけにとられる展開、別に今、歌う事ねえだろうに、という所で、いや歌いますというストーリー無視の唐突さ等々、突っ込み所満載の「渡り鳥シリーズ」をきちんと?観てみたいですね。

こんなシュールな映画に、観客が詰めかけ笑い、楽しんでいた時代というのは、もう二度と戻ってこないだろうから。カラオケで彼のヒットナンバー「熱き心に」を歌う度に、そう思います。

店には、読本以外に、旭本人による自叙伝「さすらい」(新潮文庫200円)もございます。ミュージシャンとしては東京スカパラダイス・オーケストラと組んだライブCDが良いですね。もう往年の歌の歌詞も抱腹絶倒ですぞ!オーケストラとのアンサンブル無視して、一人突っ走る旭に、素敵なサウンドを作ってリスペクト表したスカパラの清々しい演奏を楽しめるCDでしたが、残念売れました。

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先日、星野道夫のファンの方と、彼の著作「ゴンベGOMBE」にてついてお話をしていました。

当店にあるのは97年に発行された初版の大きいサイズ(5000円)ですが、やっぱり後から発行された普及版より、写真の精度がはるかに良いですね、という話から始まって、この本に登場するチンパンジー研究の第一人者ジェーン・グドールへと進み、そして京大霊長類研究所の山極寿一先生の話になりました。その方から「ゴリラとあかいぼうし」は良い絵本でしたね〜と会話は進みました。

私にとって、山極さんを初めて知ったのは、NHKで放映していた爆笑問題の「学問のススメ」でした。この二人の鋭い突っ込みにも動じる事なく、温和な口調でお話をされていたのが印象的でした。その後、TVで何度か拝見しました。また、京都シネマでは、狂言師のゴリラパーフォーマンス付きの講演も聴かせてもらいました。(映画もあったんですが、何の映画だったか思い出せません)

「ゴリラとあかいぼうし」。ほぼ絶版状態みたいでした、で、ネットで探して注文しました。郵便屋さんが届けてくれて開封して、さて販売カードをつけようと思った矢先、なんと目の前に、山極さんご本人がいらっしゃいました。もう、シェ〜ッ!のポーズの気分でした。

ご本人は、ちょうど店内で開催中の斎藤博先生のアフリカ素描展を見に来られたところでした。早速、先生サインお願いします、今届いたばかりです!と迫り、TVで見る時と同じ感じで、気持ちよくサインして下さいました。(今、店にあるのは貴重なサイン本です)

星野道夫→グドール→山極寿一の本→ご本人と繋がっていきました。こういう事もあるんですね。

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