岡崎にある京都府立図書館はお薦めスポットの一つですが、先日ここの映画関係の書架で、四方田犬彦/鷲谷花編「戦う女たち-日本映画の女性アクション」(作品社)という主に東映アクション映画を論じた本を見つけた。私は高倉健の「唐獅子牡丹」シリーズや師菅原文太の「仁義なき戦い」、その他のお下品なB級東映映画を子守唄として大きくなった人間ゆえに、この手の本にはうるさい方ではある。

「緋牡丹お竜論」、「志保美悦子論」ズラリ並んでいる。しかも、論者は女性が中心の構成。「ふん、女だてらにアクション映画なんぞ、書きおって。小便臭い場末映画館で観たことないくせに」と高飛車かつ高慢極まりない態度でページをめくった。

しかし、「ごめんなさい」私が悪うございました。

斎藤綾子先生(急に先生になる)の藤純子の任侠映画シリーズ「緋牡丹お竜論」は、お見事の一言でした。ジェンダーコードとアクションコードそしてメロドラマコードを駆使しての藤純子という1人の女性が演じる緋牡丹のお竜が、100%男性をターゲットにしたプログラムピクチャーの中でお竜の世界を構築し、限界まで到達し、きっぱりと去ってゆくまでを論じているが、よくここまで映画を読み込んだー正確には観こんだかーと感服いたしました。先生は、現在明治学院大学で教鞭を取る一方で、「映画女優 若尾文子」(みすず書房)、「男たちの絆、アジア映画」(平凡社)等の映画関連の書物を出版されている。是非、我が店の書架にも揃えたいものだ。

もう一つ真魚八重子先生の「気高き裸身の娘たちー東映ピンキーブァイオレンス」論は、ご尊顔をぜひ拝し奉りたい眩しさに満ちていた。 池玲子のーと言っても誰もしらんだろうな〜ー「恐怖女子高校 暴行教室」に始まり、杉本美樹の「温泉スッポン芸者」、「やくざ刑罰史 リンチ!」そして梶芽衣子の「女因さそり」とタイトルだけでそのお下劣さが解る作品を俎上にのせて、女の圧倒する肉体を論じてゆく。この手のB級路線の映画をこれ程深く愛してーもちろん私も愛していたがー、論じたものは他にはないと思う。あだ花的ジャンルの一群の映画として切り捨てるのではなく、一つ一つの作品への真摯な批評がされている。

やくざ映画にしろB級ポルノ、バイオレンス映画にしろ、それらを単なるオタク的情報のまき散らし散文にすることなく、検証し、考察したこれらの論は、論者たちの研究心の逞しさと、果てしない探究心を見せつけ圧巻でした。

しかし、どこのレンタルビデオ店にも藤純子の本シリーズがない。まして、セルDVDも皆無という現状は、どうなってるの?関係者の改善を強く求めるものである!(店主)

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若い頃、バンドを組んでいだ。私はドラム。ドラムを始めたのは高校時代−女子高生にもてそう、と思ったからだ。さて、そのバンド。どういうわけか、私は「暴走する」ドラマーだった。つまり、きちっとリズムをキープしないドラム。自ずと曲が終わらなくなり、テープ切れみたいに突然終了。そして、バンドもあえなく解散。

それから、20数年。また打楽器を始めた。ドラム? 驚くなかれ、小鼓ですぞ、小鼓。能楽で囃子方を努める楽器です。素敵な先生(先生のブログも面白い)についてもう二年になる。今年初めには、発表会もどきにも出してもらった。いやぁ〜面白い!!

お謡が始まり、所定の場所で、小鼓を構える。小鼓の音色はそんなに種類が多いものではない。この楽器は、2枚の馬皮と、桜の木をくりぬいた胴を、調緒(しらべお)と呼ばれる麻紐で緩く組んである。左手で持って右肩の上に構え、右手で打つ。調緒を緩めたり締めたりすることで数種類の音色を打ち分けることが出来る。モノトーンな音、しかし恐ろしく奥深い。両手の動きと絞り出す様ような掛け声が、能の空間を作り上げる。

私が、何の違和感を持たず、小鼓そして能の世界に馴染めたのは、1人のミュージシャンに強く影響を受けている。その名は、エリック・ドルフィー。若くしてこの世を去ったジャズサックスの巨人だ。彼のバスクラリネットから繰り出される過剰なまでの音色。疾走するアルトサックス、そして極めて日本的なフルートの囁き。彼の音楽は決して聴きやすいものではない。むしろアナーキーで、過激だ。しかし、その理想の音を求める姿は、まさに求道者の姿だった。その姿に、小鼓の、能のストイックな求道者的な世界はぴたりと重なった。だから、違和感も難しさも感じなかった。

さて、明日も「いよ〜」ポン(小鼓の音色です)で行ってみよう。(店主)


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最初のお断りしておく。いかなる理由でも、戦争は認めないのが私のスタンス。しかし、敬礼の出てくる映画ー即ち戦争映画は大好きなのだ。日頃はマイナーな映画ばかり追っかけているのに、DVDコレクションはその手の戦争映画ばかりなのだ。

 スピルバーグ作品「プライベートライアン」。亡き上官への深い追悼を込めた敬礼シーン近くなるともうだめ。じわ〜っと涙が(もう10回近く観てますが、毎度…)  

 あるいは「眼下の敵」。国こそ違えプロとしの力量を認め合った二人の艦長が交わす敬礼。「カッコイイ」。おそらく、その手を上げた瞬間の静かな佇まいに、少年時代からの艦長という職業への憧れと羨望がよみがえる。

 「ファイナルカウントダウン」という作品があった。アメリカ海軍の空母がタイムスリップして、真珠湾攻撃に向う日本軍と衝突する荒唐無稽なお話。そのラストで空母離陸する戦闘機のパイロットが、コックピット内からチラット地上支援員に敬礼しながら飛び立つシーンがあり、このシーンみたさに何十回も観てしまい、ビデオテープはぼろぼろになってしまった。

 と、おばかな行為を未だに飽きもせず、繰り返しているのだが、一つ教えられた事がある。それは、明らかな意志、気持ちを込めた身体行動、例えばお辞儀の所作。少なくとも、お店に来て頂いたお客様には感謝の気持ちを込めた敬礼、じゃなくお辞儀を忘れてはいけないという事を艦長や兵士から学んだこと。けだし、映画とはすごい存在ではある。(店主)

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 高校三年。今はもうない京都書院二階で一冊の本に出会った。植草甚一「映画だけしか頭になかった」まるで、映画を観ながら思いのまま書いた文章。リズムとビートが聴こえてくる、この人に導かれ海外文学、JAZZ、ROCKの魅力を浴びせてもらった。と同時に、これらの著作を出版していた犀のマークの出版社、晶文社にも魅入られるように、ここの出版社なら信用できると思い買い込んだ。レイ・ブラッドベリーもナット・ヘントフも、山下洋輔も、川本三郎も、双葉十三郎もこの出版社だった。 

 そして、大学。当時まだ学園紛争の残り火が燃えていた時代。友人たちが集会に行く中、背を向けて映画館とJAZZ喫茶に入り浸りの日々。これでいいんだろうか?  そんな時、これでいいんだ。好きなことだけに目を向けていいんだ。と思わせてくれたのも、やはり晶文社の本だった。その後、社会人になり、ひょんなことから、書店業界に足を突っ込む事になったのだが、やはり晶文社は気になる出版社だった。  もう、植草甚一の新刊は出ていなかったが、坪内祐三との出会いがあった。彼の「ストリートワイズ」を読んだ時、あのリズムとビートを思い出し、好きな事だけやってれば良いんだ的ウキウキ感が蘇ってきた。                 

来春、古本屋を開業する。願わくは、このウキウキ感のある書店を目指したい。 古本市に行くと、つい犀のマークの本に手を出てしまう。どうも、このマークは私には麻薬みたいな存在なのかもしれない。(店主)          

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1994年、秋。当時住んでいたアパートのドアの前で子猫を拾ってしまいました。寒さに耐えかねてか、帰宅した私のスニーカーの上にちょこんと載ってきた猫に「ここは動物禁止やねん。」と言っても聞きません

 

 仕方なく抱き上げて部屋に入れたのが、猫のレティシア。茶色のシマのある子猫は「トラ」か「たま」と呼ぶに相応しい面構えでしたが、映画『冒険者たち』のヒロイン、あの忘れ得ぬレティシアという美しい響きが心によみがえり、猫の名前は決まりました。

 

 連れ合いは「ほんまにこれをレティシアと呼ぶのか?」と笑っていましたが、2年前15才で天国に旅立った猫は私達にとって宝物でした。子猫を拾った当時、彼は長い間やってきたレコード屋から、慣れない本屋の店長に移動したばかりでした。もともと星野道夫や宮沢賢治に傾倒していたのが、動物(小さな猫1匹とはいえ)と共に暮すことをきっかけに、犬や猫の本が充実していき、お客様も増えたそうです。そして念願かなって来年開店することになった店はとうとう「レティシア書房」になりました。(女房)

 

 

 

 

 

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「レティシア」と聞いて、フランス映画を思い起こしたあなた、そうです。レティシアとはロベール・アンリコ監督の『冒険者たち』(1967年)のヒロインの名前です。この映画は男二人、女一人の三角関係を軸に、彼らが夢を追いかける甘く切ない青春映画です。

それまで、イケメンのアラン・ドロンの切り抜きを空き缶にためていた中学生は、この映画から男は顔とちゃう!と、リノ・ヴァンチェラの魅力にはまりました。私にとっては、現在に至るまで40年以上映画を見続けるきっかけになった作品です。目を閉じれば、テーマ音楽の口笛が聞こえてきます。

そして、そして、あの時のジョアンナ・シムカスの可愛かったこと。素敵なジョアンナ・シムカスが演じたレティシアという名前は、それから長い間忘れることはできませんでした。

ジョアンナ・シムカスは『冒険者たち』や『オー』など4〜5作品に出演した後、輝いている真っ最中に、黒人俳優シドニー・ポワティエと共演したのをきっかけに同棲。さっさとスクリーンから去りました。私が高校生くらいのことだったと記憶しております。

数年前、アカデミー賞の授賞式で、シドニー・ポワティエが名誉賞かなんかをとった時、スピーチで、「美しい妻と子供達に感謝する」と言うと、カメラがその妻ジョアンナ・シムカスを捉えました。わ、まだ二人は一緒やったん!と画面に向って叫んだものです。(女房)

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「レティシア書房の女房」ブログ、やっと開店です。来年3月6日までの間のドタバタを公開しますんで、お笑いください。