「出町柳」と言っても、京都i以外の人でどれくらいご存知でしょうか。京阪電車終着駅があり、京福電車始発駅があるフツーの町。しかし、面白い店の広がる左京区の始まるところとして捉えると、また見方が変わってきます。そこに着目してできた雑誌が「気になる京都 あの店・あの場所」(800円)です。

先週、金曜日の夜のこと。この雑誌を一人で切り盛りしている太貫まひろさんが、出来立てホヤホヤのこの本を持って来店されました。最初は、この手のお店紹介の本なら在京出版社が出してるから、どうかな?と思いました。しかし、違いました。置いた翌日の土曜日、日曜日であっ!という間に完売でした。ということで、慌てた店主は見本として置いていた一冊に齧りつきました。

こりゃ、売れるわ〜と180度方向転換(この辺の切り替えの早さは、自分で言うのもなんですが抜群です。というか、最初にきちんと見てへんのか、と突っ込まれそうですが)して、10冊緊急追加仕入れいたしました。

さて、内容のご紹介です。第1章「出町桝形商店街とその周辺」。私もかつて出町近辺に住んでいたので、良く歩いた商店街です。大手出版社の観光ガイドには、商店街入り口にある和菓子屋「ふたば」さんしか取り上げられませんが、こちらはフツーの商店街をくまなく歩き回り、細かくレポートしてあります。フツーにお店を営業して、フツーに生活している人々のフツーの顔が見えてきます。

続いて紹介されるのは「出町柳で珈琲めぐり」。へぇ〜こんなにたくさん珈琲屋さんあったんだ、と気付かされ、そして、この界隈のお店紹介へとさらに続きます。時間がゆったりと流れるお店と町。本には「叡電で行こう おさんぽMAP」(叡電というのは京福電車の愛称です)が付いていて、これを片手に楽しい散歩ができそうです。

大手出版社の作るお店紹介誌面とどこか微妙に違います。情報てんこ盛りの雑誌からは伝わらない「優しい風」が吹いているとでも言いましょうか。この町を愛してやまない太貫さんの気持ちがこもっているからでしょうね。「あとがき」をお読みいただければお分かりいただけますが、この本の売り上げの一部は、故郷の東北復興支援に回されます。出町柳から、東北の美しい梅へとやさしい風は吹き抜けていきそうです。

現在「気になる京都」は「ガケ書房」さんとレティシア書房だけの「独占販売」です。あくまで、今のところですが。

ぜひ手に取ってみて下さい。

 

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ヨーロッパから、中古ですが数十枚のサントラCDが入荷しました。中には、「イージーライダー」、「2001年宇宙の旅」、「いちご白書」等のアメリカ映画も混じっていますが、メインはフランス、ドイツです。一個の音楽作品としてハイレベルの出来映えのものが多く、映画を見てなくても結構楽しめます。繊細なヨーロッパならではの音作りは、読書のお供に最適です。

ある年代以上なら、映画のタイトルだけで、あ〜あの曲ね!と思いだすC・ルルーシュ作品「男と女」。これに、さらに同監督作品「パリのめぐり逢い」が一緒になった、フランシス・レイのキラキラサウンドでお腹いっぱいになるお買い得作品があります。この映画と音楽でフランスに行ってみたいと思った人は相当いましたね。そういう軟派作品はいかん!という方には、ドイツの誇る監督、W・ベンダースの「ベルリン天使の歌」もあります。

いや、それもなぁ〜とお思いの方には、ルイ・マル作品「五月のミル」はどうでしょう、ジャズバイオリンの巨匠、ステファン・グラッペリのスインギーな演奏が粋です。いやいや、もっとスケールの大きいのは?といわれる方には、ベルトリッチ作品「シェリダリング・スカイ」でしょうか。坂本龍一のメインテーマの奇麗な事。哀愁ものはないの?とお探しの方には、各種イタリアものもご用意しております。もちろん「ニューシネマパラダイス」あります。レアなものに目のない方に、これはいかがでしょう?セルジュ・ゲンズブールが音楽を担当した”CANNABIS”。ジャケットは、恋人ジェーン・バーキンの素っ裸のお写真。どれも、お値段はお買い得価格です。

でも、久々にアメリカ映画「イージーライダー」を聴くと、主人公が時計をポイと捨てて自由な旅に出るシーンを思い出しました。まぁ、そんな自由なんかアメリカにはなかった、クスリでハイになって見た幻想だったんだ、という苦い映画でした。あの映画は、誰でもカメラさえあれば映画なんて撮れるよ、という意味では評価しますが、(現に、今やネットには、そんな動画が溢れています)映画の最も大事な「言葉」を置き去りにした(あくまで私の主観です)という点では、評価できない作品でした。

今回入荷した作品は、しばらくは、店のBGMとしてもかけますので、おっ、いい感じと思われたら、お問い合わせください。

 

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本日より、川久保貴代子さんのガラス展が始まりました。DMで使われているウサギの大きさについては、お店のお客様からもサイズは?というお問い合わせもあり、興味津々でした。で、木箱から出てきたウサギはワォ〜!!ガッツ石松!?でした。

今、カウンターからもその作品が見えています。作家は、その跳躍しようとする姿勢をイメージして製作されたんだと思いますが、私にはどう見ても、ボクサー兎です。ぐっと、前足を出した仕草は試合開始のカウントを待つ姿勢です。ガラス工芸には、今まであまりときめきませんでした、まぁ、はぁ〜?という感じでした。

しかし、この木箱から出てきた兎には、心動かされました。この兎を正面から眺めると、私の愛読していたボクシング漫画「はじめの一歩」の主人公が、左に右にと身体を揺らしながら、リングの隅に獲物を追い詰めるシーンを思い出します。今にも、この兎のスピィデーな動きでシュッシュッと近寄られてアッパーに鋭いパンチ浴びせられそうです。(大きさ30cm高さ30cm)ぜひ、正面からご覧いただいて、彼(彼女)の素早い攻撃をかわせるかどうか。お試し下さい。

 

このボクシングする兎の横には。同じサイズの「Refuse」という作品名の兎がいます。こちらは、台の上に座ったポーズで、その前足の微妙な上がり方が気になる作品です。ちょい、左の前足を上げた感じが面白く、「てめぇの下らん話なんざ、聞きたくねぇ、顔洗って出直しな!」と江戸前で啖呵きられそうな、ちょっと粋な感じもあります。顔の上げ方が、歌舞伎の花道で、つんと顔を上げた女役めいていたりして、見ていて飽きません。30日まで開催です。扉を開けると、「よぉっ!」という風情のペンギンが出迎えてくれます。

動物シリーズ他にも色々あります。淡い色彩に彩られた動物達を見ていると、なんだか透き通った気分になります。

 

動物だけじゃなく、こんな可愛い作品も販売しています。クリスマス、お正月用にいかがでしょうか

 

★年内は30日(日)まで、新年は5日(土)から営業いたします。どうなるんか、と思いましたがおかげさまで無事年を越せそうです。ありがとうございました。

 

 

 

 

 

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クリント・イーストウッド主演と聞いたら行かない訳にはいかない、という連れ合いの影響で、私もいつのまにかすっかり彼のファンです。このところ、ますます頑固一徹の老人が板についてきたイーストウッド。前から思っていたのですが、後ろ姿など、晩年のヘンリー・フォンダのような風格があってとても素敵です。

 

父娘の葛藤、自身の老い、それに野球(アメリカ映画はホントウに野球映画が上手い)、ときたら面白くないわけがない。ましてやイーストウッドですし。

老いたスカウトマンのガスが、話題の新人を見定めに実際の試合を観に行く。彼はパソコンもできず、その上目が悪く、データを駆使してくる若いスカウトマンに追い出されかけているのですが、そこは長い経験と勘と耳で、新人の欠点に気付く。そこに今イチ関係がしっくりこない弁護士の娘が絡み、ガスの目となり、見事にどんでん返し、と、予想通りにストーリーは進んで行きます。

 

原題の「Trouble with the Curve」(カーブに難がある)は、その新人がカーブを打てない事の意味。たぶんその言葉には、人生のカーブ(曲がり角)がこめられていると思います。親子、それぞれの曲がり角のトラブルを野球と絡めて、申し分ない運びです。なんと言っても、地方の野球場の雰囲気がいい。それに、主人公と同じ様な少しくたびれかけたおっさんの、スカウトマン達に味があります。それぞれの人達が「生きている」ので、映画が嘘くさくないのですね。ハッピーエンドが、ちょっと頼りないと思ってしまうとしたら、それはもしかしたら辛い現実を映し出す映画を見慣れているせいかも。

古き良き時代のアメリカ映画の雰囲気たっぷりな、観た後も爽やかな気分にさせてくれる映画も、たまにはいいではありませんか。(女房)

 

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この台詞でピンと来る方、映画通です。これは、ハリウッド最大のお祭り、「アカデミー賞」授賞式で、各賞の受賞者を発表する時にプレゼンターが発する台詞です。アメリカ映画で育った私には(正確には1970年代から2000年代ぐらいの)この賞は、今日、堕落したハリウッド映画界とはいえ、見逃せません。

店に一冊の洋書があります。”The Academy Awards”(6000円)アカデミー賞創設の1927年から2001年までの作品賞、主演、助演の各賞受賞者を網羅。さらに、ノミネート作品まで掲載しています。もちろん、すべて映画の写真付きです。また、10年ごとの女優のドレスの変遷も紹介されていて、見所満載です。洋書ですから、映画タイトルもすべてオリジナル英語ですが、面白いことに気付きます。年代が古くなる程、日本の映画界社の宣伝マンは、オリジナルタイトルから頭をひねって、日本人向けのタイトルを考えていたことがわかります。最近は、そのままで、全く意味不明のタイトルが主流になっていますが。“Cool Hand Luke”が「暴力脱獄」、”Bonnie and Clyde”が「俺たちに明日はない」,”To Kill A Mockingbird”が「アラバマ物語」ですからね。

 

もう一冊、映画の本です。戦前からのフランス映画の字幕で一時代を作り、作家高見順とも親密な交際をしていた飛田余四郎の魅力的な一生を綴った「字幕の名工」(白水社1500円)もお薦めです。例えば、スタンダール原作、桑原武夫・生島僚一訳「赤と黒」の一文

「わたしはつまらぬ人間です、奥様、しかし卑しいまねはいたしません」

映画では、ジェラール・フィリップがこの台詞を3秒で話します。これを飛田さんはウルトラC級の台詞に変えます。

「一寸の虫にも五分の魂です」

お見事!本の後半で、フランス映画の傑作「天井桟敷の人々」の原文、翻訳、そして字幕の比較がされています。最も、スリリングな部分です。酒を愛し、映画を愛した人生物語。一本のフランス映画を観た気分にしてくれる濃密な一冊です。

 

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日本映画黄金時代。小沢栄太郎、西村晃、戸浦六宏、佐藤慶、成田三樹夫、小池朝雄、そして小沢昭一等々、名脇役達がいつでも観ることができた時代がありました。そして、観客も安心しました、この人達が出てるのならと。今、列記した役者で唯一残っていた小沢昭一さんが亡くなりました。「幕末太陽伝」以来、ひょっことヘンな役で出てきては、ひょいと消えて行く味わいのある役者さんでした。

彼を偲んで、先日BSNHKの「100年インタビュー」という90分のインタビュー番組に出演したものが再放送されていました。チャキチャキの江戸前で軽妙に語られる少年時代の話。寄席に魅了された大学時代から、新劇へ、そして映画へと活躍の舞台を広げてゆく、いわば疾風怒濤の時代。そして大衆芸能を愛し、多くの本を出版した今日までのマルチな顔が、魅力的に語られます。

河出書房発行の「文藝別冊 小沢昭一ー芸能者的こころ」には、彼を慕う多くの人達が文章を寄せています。元NHKアナウンサーにして、古典芸能に造詣の深い山川静夫氏が、小沢さんが編集していた全10巻の雑誌「季刊・藝能東西」(昭和50年〜52年)について触れています。

「一流雑誌がふれなかった人間のサガ、ともいえる性の部分とか庶民のホンネの部分をさらけ出して大あばれさせたいという恐ろしい企画のもと」

にこの雑誌は誕生しました。今ではめったにみることのない希少本です。また、大竹まこととの対談「ダメ礼賛 くだらなさの芽を育てたい」は抱腹絶倒の対談です。きっと小沢さんは、常に庶民の目線で世の中を見てきた人です。インタビューでも、戦時中の軍国主義から、敗戦後の民主主義への急変化を目の当たりにして、エラそうに言う輩は信用できないことを話されていました。そして、経済成長をとげ、富める国になったこの国に生きる私たちにこう言いました。

「貧主主義」 「経済中国」

ほどほどの貧乏で、ほどほどに楽しむ。その結果、国の生産性が下がって経済中国、あるいは小国になっても、その方が幸せなんじゃないかなと。このインタビューは数年前に放送されています。当然、原発は吹っ飛んでませんし、技術革新とネット社会の恩恵で、みんな消費に浮かれていましたよね。それが、どうです。消費は下向きになり、当然経済力も降下している今日、彼が言ったほどほどの貧乏で、ほどほどに楽しむ「貧主主義」が当たり前になりそうです。かつて、高村薫の言った「日本はアジアの小国になるべきだ」と同じ趣旨の考えを小沢さんは持っていたようです。

インタビュー最後、彼はこう言います

「戦争だけはやっちゃいかん。何の得もない」

宴を、芸能を楽しみ、ほどほどに機嫌良く暮す生き方にとって、戦争程無意味、無駄なことはない。その言葉を残して、彼はあっちの世界に行ってしまいました。きっと、先に天国にいった勘三郎の芝居を見て、「中村屋!」とほろ酔い気分で声をかけていることでしょう。

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小さな出版社、夏葉社がとても素敵な本を出版しました。タイトルは「冬の本」。サブタイトルにこう書かれています「84人の冬の本のかたち」。雪の中、本を読みながら歩く男性のイラストは和田誠。この本を出そうとした経緯が、「はじめに」のページでこう書かれています。

「小さな本を出したいね」 「小さいけれど、たくさんの人が書いている本」 「たくさんの人が、大切な1冊について書いた本」

ここで、その84人を列挙することはできません。お〜こんな人が、本についてならこの人は当然かぁ〜、あ〜なつかしい人も、と、どのページからでも楽しめます。(最後のページには丁寧に全員の簡単なプロフィールに、著作物まで載っています)ミュージシャンで、元書店店主だった早川義夫さんは島尾敏雄「死の棘」を選びます。『ああ、読まなければよかったと思うほど暗い本だった』で始まるのですが、その後に続く文章が、切なくなります。当店でも人気の平松洋子さんは、十代に京都へ憧れる原因を作った倉橋由美子の「暗い旅」を取り上げ、その甘い毒にハマったことを告白しています。

古書に関して多くの本を執筆されている岡崎武志さんは、大学時代京都で過ごし、冬の寒さの中で読んだ梶井基次郎の「檸檬」を取り上げ、『梶井の本を読むと、無性に歩きたくなる』と書いています。そして、

『ポケットに新潮文庫を突っ込んで、哲学の道を天王町まで歩き、また戻ってくるというような夜の散歩を繰り返していた。冴えた月が上がった夜は、あたりの明るさがまったく違った。』

やはり、古書に関しての本が多い萩原魚雷さんは、私小説の第一人者尾崎一雄について、言い切ります

『わたしは尾崎一雄から、弱っているときや寒いときは寝ていたほうがいいという人生の真理を学んだ。』

84人84冊が紹介されていますが、書評ではありません。温泉よりヌクヌクと、お鍋よりホカホカさせてくれる、本にまつわる素敵な人達の温もりを楽しむ一冊です。

夏葉社の本はどれも素敵です。代表の島田氏が、美味しいウイスキーがじっくりと熟成してゆくような職人の手作りに満ちた本作りをされているからだと思います。夏葉社HPにこうあります。

『何度も読み返される本を』

「冬の本」もそんな一冊であることは間違いありません。

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ちくちく縫うのは嫌いではありません。が、はっきり言って下手。

けれど、こういうものに出会うと不器用を顧みず、針仕事してみようかな〜ッて思います。

 

先月、寺町通りの「ギャラリー啓」さんで見つけた藍の手甲。籠に無造作に積んであって、布の中から呼ばれたような気がしました。

畑仕事のような労働のための小物は、使った方の汗や日々の暮しを想像して、手に取ってじっとみつめてしまいます。藍染めはマムシ避けでしょうか。貴重な布だったにちがいありません。足袋のこはぜをつけて大切に使ったもの。
人が毎日生活する中で、もしかしたらちょっと嬉しいことがあった日に繕い直したのか、あるいは、腹立たしいことがあっても明日の事を思って仕上げたのか。時代も違い、場所も離れていても、生きて行く道筋にある色々な思いは似ているのかもしれない。

手が作り出した物には、そういった思いが伝わってくるような力がありますよね。

 

中指を引っかけるところがとれてしまった片方だけの手甲ですが、美しいと思いました。
特に何に、という使い道はありませんが、呼ばれた声に振り向いてつい買ってしまいました。(女房)

 

 

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DECO-CHAT Vol.2号「旅のツヅキ」(900円)入荷しました。1号が「旅と本のコラム」でした。そして、2号は、寺山修司風に言えば、「書を捨てて旅に出よう」です。

執筆者は4人。それぞれの旅への思いが語られています。夏葉社代表の島田潤一郎さんの「忘れられない青年」。セネガルで出会う青年の持っている白地図の白が強烈に目に差し込んできます。

「人生をこんなデタラメな切り抜け方で進もうとするなんて。そんな青年が、いま目の前に、ここにいることに、

僕はただ感動していた。」

扉野良人さんの詩「気だてのいい滞在」。これは、もう青、それも不純物のない、痛々しいくらい純化された青のイメージです

「烏賊釣りの造船が退屈そうに離れる/ 海は空の影/ 空は海の影/ 海は空/のわたしたちは急ぎ次のページを繰って出立し」

共に吸い込まれそうです。「活字と自活」等の著書でお馴染みの萩原魚雷さんの「古本旅日記」。若き日の、古本探しの旅。

「いちど家を出たら体力と財力の限界まで旅先をさまよった」

熱い夏、野宿して、古本を求めて彷徨う姿が目に浮かびます。リトルプレス「For Everyman/フォーエブリマン」主宰の川田拓也さんの「どこにも行けなくて」の帰省の捉え方は、どんよりとした曇天に向かって列車に乗るイメージが新鮮です。

「本の中に見つけた隣人の、ため息のような言葉。ただ、『いてくれてありがとう』『書いてくれてありがとう』と思う。」

いや、ホントウに「書いてくれてありがとう」です。

そして、掲載されたすべての文章には林裕美子さんの英語訳が付いています。先ほどの詩「気だてのいい滞在」のラストフレーズはこうです。

“We started to turn our new page,while we left a piece of bookmark between the sea horizon”

ちょっと声に出してみたくなります。全体のデザインと写真は東海林さおりさん。鏡に映る物体。私には異星人に見えます。彼(彼女)もまた、遥か遠くの銀河を彷徨っているのかもしれません。

旅行雑誌にあるような、さぁ〜旅に出よう!みたいな晴れ晴れとした感じではなく、どこか淋しげで、うつむき加減で、肌寒いイメージが、私は好きです。高校時代の貧乏旅行を思い出しました。この本を持って旅に出て、どこかの駅、港にポイっと置いて来る、そして、それを知らない誰かが読むというのがピッタリな気がします。

 

 

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先日、歌舞伎俳優中村勘三郎さんが亡くなりました、二つの意味でショックでした。彼とは同世代だったこと。そして、20年程前の初めての歌舞伎体験が、南座の勘三郎(当時は勘九郎でしたが)さんでした。出し物は、「一条大蔵卿」。バカ殿、実は名君だったという歌舞伎お得意の演目でした。連日のテレビの報道では、新しい歌舞伎に挑戦し続けた役者として取り上げられていますが、彼は王道を往く人でした。

彼の座右の言葉は、

「型があってこその、型破り。型がなければ、型なし」とか。

古典歌舞伎のすべてが身に染み込んでいるからこそ、そこから飛び出し、新しい挑戦ができたのでしょう。確か、先代の市川猿之助も同じようなことを言っていました。スーパー歌舞伎が出来たのも、古典がきっちり身に付いていたからにちがいありません。

勘九郎時代の本、「勘九郎芝居ばなし」(朝日新聞社600円)は、古典歌舞伎の演目について話されたものを集めた一冊ですが、古典を語るのが楽しくて仕方ないことがよくわかります。その演目を演じた時の写真もどれも魅力的です。

古典かぁ〜。漱石も、シェークスピアも、ドストエフスキーも縁遠かった私が、古本屋をやっているのが恥ずかしくなりますね。でも、初めて「罪と罰」を読んだ時、これ一級のサスペンス小説だ!とワクワクしたり、シェークスピアの心突き刺す言葉の応酬に興奮したことも事実ありました。おそらく、「物語」の面白さの基本を教えてくれたのだと思います。大きな虚構を支えるために、散りばめられた無数の小さな真実が一級の物語の構造とするならば、古典はその宝庫です。なかなか、トライできませんが……..。

勘三郎さんの舞台は、その後、三島由紀夫作の「鰯売り」や古典落語の「らくだ」を歌舞伎にしたものとか、色々楽しませてもらいました。しかし、その真骨頂であった江戸の人情話河竹黙阿弥の名作「梅雨小袖昔八丈」(髪結新三)を観る事ができなかったのが残念です。本当に芝居を愛し、魂のこもった舞台こそが人を感動させることを熟知していた人だったと思います。

「あばよ、また来らぁ!」と言い残して花道を走り抜けた、そんな気がします。

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