関電から、脅迫状まがいの計画停電の案内状が届いた。通信費の無駄使いですね。

この夏は、そうなるか。ならば、熱い地方の音楽聴いて、ビール飲んでひっくり返るのが一番、と思いCDコーナーに沖縄サウンドを作りました。

沖縄、三味線といえば、映画「ナビーの恋」で、すっとぼけたお父ちゃん役が印象的だった登川誠仁でしょう。1932年兵庫生まれの沖縄育ち。一時エレキギターを弾いていて、「沖縄のジミ・ヘンドリックス」と呼ばれていました。店にはこの人の自伝「島唄」(荒地出版社500円)もあります。その最初に載っている登川さんの写真がいいです。軽妙で、自由闊達な風貌に、思わずニコリ。この本片手に速射砲の如く飛び出す早弾きの三味線を聴くのは、気分いいです。

この人の後は、やはり「ナビーの恋」に登場した嘉手刈林昌をじっくり聴いてみたいもの。1999年に亡くなった沖縄島唄の神様の枯れた味わいに浸ってもらいたい。ちょっと濃い酒が手元にあれば最高ですな。ルポライター竹中労は彼を島唄の神様と讃え、自らのプロデュースで73年渋谷でコンサートも行っています。沖縄では「オトー」(お父さん)と後輩たちから慕われていました。アルバムタイトル「風狂歌人」は代表作をズラーッと並べた作品です。このジャケット写真もいいですね。

 

沖縄音楽を、ポピュラーにした第一人者として忘れてはならないのは、ネーネーズでしょう。大手レコード会社SONYから、何枚もアルバムを出しています。独特のメランコリックな感情がベースの女性ボーカルグループの音楽は、人を優しくする魔力に満ちあふれています。私も一時その魅力に取り憑かれ、ライブまで追っかけました。穏やかにさせてくれるという事では、このバンド以上を、私は知りません。お店に何枚もありますので、いつでも試聴してください。気分良くなったら、踊っていただいても結構です。マイ・フェイバリットは、アルバム「コザ」に入っている「あめりか通り」です。歌詞に曰く

「あめりか通りのたそがれはロックに島唄ラップにレゲエ 我つ達島やコザの街 チャンポンチャンブルー チャンポンチャンブルー アメリカ通り」

体が踊りだしまっせ

 

沖縄音楽は、どこまでも気持ちいいものです。でも、今の沖縄が惨憺たる状況で、日本から見捨てられようとしていることも忘れてはなりません。それは、いわゆるワールドミュージックを聴く時の、取るべき態度ですね。

これで、計画停電なんて大丈夫。こら、関電!脅迫状送る暇あったら、関電ねえちゃんに酌でもさせんかえぇ。

 

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関西電力から、『計画停電をお願いする場合のスケジュール』が送られてきました。

先日の株主総会後の会見で、脱原発を完全否定した関電は、原発を停止して下さいというお願いには耳を貸さず、計画だからと、自分のお願いだけはしっかりしてきました。

だって、あんたたちが原発コワイって言うんだから、電力足りないじゃん、停電してもしかたないでしょ、という脅迫状にはっきり見えました。

明るくなくちゃ!いつでもお湯使えなくちゃ!やっぱ不便でしょ!!!っていうつもりやね。

 

わかりました。節電します。

今、家電はかなり賢くなっていますし、この際に買い替えられる人は即、節電に直結します。

それにみんながピーク時を意識してちょっと節電すれば、乗り越えられるはず。家を発電所ではなく節電所にすることで、電気は浮きます。

一人一人が何がホントに必要かを考える、とっても貴重な機会をあたえられたのです。

 

節電のお願い、受けて立ちましょう。(女房)

 

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秋吉敏子との出会いは強烈でした。

1929年満州に生まれた彼女は幼少よりピアノの魅力に取り憑かれる。戦後、別府のクラブからジャズピアニストとして活躍、53年には初リーダーアルバムを発表。56年には単身渡米し、多くのジャズマンと共演し、73年自己のビッグバンドを結成する。とたった二行で書いてしまいましたが、これだけで一冊の本が出来る程、波瀾万丈の人生だったはず。

そして、74年アルバム「孤軍」を発表。初めて聴いた時は、度肝を抜かれました。いきなり、小鼓です。重く、しかも力強い小鼓の音が響く。そして、それに同調するように重低音のホーンセクションが幕開けを告げる。たった一人、まだ日本人女性の才能が評価されていなかったアメリカで、ジャズを演奏していた日々。ジャズの本場の重圧に耐えつつ、日本人のジャズを創造する苦難の日々を、この「孤軍」で表現しています。曲の終わりは、やはり小鼓の澄み切った一音と、打ち手の気合いのこもった掛け声で終わります。

その後、夫のサックス奏者ルー・タバキンとの双頭オーケストラ、秋吉敏子=ルー・タバキンBigBandは破竹の勢いで、ジャズ界を駆け抜けます。このバンドの大きな特徴は、オリジナル(つまり敏子の作曲したもののみ)しか演奏しないという、前代未聞のバンドでした。彼女の尊敬するD.エリントンの曲すら演奏しない。76年発表の「インサイツ」では20分にも及ぶ組曲「ミナマタ」で、水俣の公害を、01年の「ヒロシマ、そして終焉から」では、原爆を、それぞれ表現しています。創造性、独創性、そして、おそろしいまでのオリジナリティーへの追求では、他の追従を許しません。

私がアメリカでヘラヘラな日々を送っていた時、彼女の演奏を見ました。もちろん、「孤軍」も演奏しました。小さな女性が、巨漢の男たちを統率し、自分の信じる曲を堂々と指揮する姿に圧倒され、しゃんとせんか!と一喝されました。帰国後も、ことある事に、彼女のコンサートには出かけました。音楽を通して、自分自身を語るーアイデンティティという言葉の意味に少し、近づいた気がします。彼女の書いた「ジャズと生きる」は、一人の女性が戦後の引き揚げから、世界屈指のバンドを作るまでを書いた自伝で、お薦めです。(岩波新書400円)

 

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古書店が舞台となった映画を、私は二本しか知らない。

一本は台湾の候考賢(ホウ・シャオエン)が監督した「珈琲時光」。主演の浅野忠信が古本屋さんでした。絵に書いたような、カウンターの奥に座っている古書店店主でした。この亭主の趣味が変わっていて、電車の音を収録する鉄道オタク。ジャズ好きのオーナーは知っていますが、こんなディープな趣味の持ち主が古書店には多いんだろか?

もう一本が、日向朝子監督の「森崎書店の日々」。もうこれは、そのものずばり、小さな古書店で働く女性の日々を淡々と綴った映画です。東京古書会館での市や、神田の古書店街の古本祭りのシーンが出て来たりと、なかなか楽しい映画でした。一瞬ですが、バーで飲んでいる書評家の岡崎さんの顔も見えます。

どちらの映画でも共通するシーンがあります。店の中に入り込んで来る太陽の光がとても優しく見えることです。そして、穏やかな時間が店内に静かに流れる。もちろん、音楽なんて何もありません。ちょっと空気が淀んだような、でも豊かな気持ちにさせてくれる空間を、映画の古書店は演出しています。いや、演出ではなく、実際そうです。新刊書店みたいに、絶えず人の出入りがあるわけではなく、ほんの一握りの人たちがやって来る店。誰もいない時、本達の呼吸が店の空気を穏やかにします。その雰囲気がそのまま、来店されたお客様にも伝わり、ゆったりとした気分で本のページをめくる。そういう場所なのかもしれませんし、そうありたいと思います。お客も、オーナーもウトウトしている店なんて最高ですね。

 

もし、私が映画監督で、古書店を舞台にするなら、もうTVドラマ「ナポレオンソロ」の古書店版ですね。ある棚の本を抜くと、地下にある秘密基地へと向かうエレベーターのドアが開くなんてオープニングかっこいいでしょう? そして、エンディングは買取りばっかして、多くなりすぎた本が、エレベータを開けた途端になだれ込んで来るという「ピンクパンサー」ばりのギャグで終わりたいですね。

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火曜日夜九時のTVドラマ「リーガル・ハイ」が終わってしまった。

こんな、毒のあるドラマを、民放で、しかも天下のフジTVで放映していたなんて、快挙ですな。最終回、ご覧になられましたか?

あのオチ笑ってしまいます。娘を殺された弁護士と、殺した弁護士の最後の対決。殴り合い、罵倒し合う二人。しかし、その娘が実は●●だったなんて、こんな脚本良く書けました。(多分、TSUTAYAでレンタルできるようになると思いますので、ラストはバラしません)

裁判劇の形をとりながら、私たちが隠している偽善をひっぺがし、笑い飛ばす。最後は視聴者の期待する感動のフィナーレさえ、あっけなく裏切るという快挙です。脚本は、以前にこの番組の事を取り上げた時にご紹介した古沢良太。水戸黄門こと里見浩太朗への愛情たっぷりのオマージュも見事です。

で、この人が脚本を書いた映画「探偵はバーにいる」。やっとレンタルできました。いやぁ〜最高に面白い映画です。コーネル・ウールリッチの「黒衣の花嫁」とロス・マクドナルドの創作した探偵リュー・アーチャーが活躍する「動く標的」あたりがベースになっていると思いますが、ギャグも満載のハードボイルドに仕上げています。北海道が舞台なんで、この地ならではのカーチェイスも用意。この人、きっと映画や、サスペンス小説が大好きなんだという事がよく分かります。直ぐに、続編製作が決定されたのも当然でしょう。そのうち、TVで放映されると思いますので、お見逃しなく。

ところ、TVと言えば、今日、双子姉妹のボーカルデュオ「ザ・ピーナッツ」の伊東エミさん死去(71才)のニュースを伝えていました。小学校時代、ザ・ピーナッツとクレイジーキャッツの「シャボン玉ホリデー」は欠かさず観ていました。エンディングで二人が歌う「スターダスト」。初めて覚えたジャズナンバーです。おそらく、この体験が後に洋楽指向へと向かわせたんでしょう。ブロードウェイのショーを日本に持ち込んだ革命的な番組で、まさに、TV黄金時代の幕開きでした。坂本九、青島幸男、前田武彦そして寅さん渥美清たちが駆け抜けたショービジネスの熱かった時代。小林信彦著「テレビの黄金時代」(文藝春秋1000円)を、再再読してみたくなりました。

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ドキドキする本に出会った。

それは、「アティテュード 男たちの肖像」(青幻舎2940円)。今、店内のギャラリーでは、地元の美術系出版社「青幻舎」の出版フェアを開催中だ。出版直前の本の一部が飾られている。その中の一冊「アティテュード 男たちの肖像」が刊行された。NHKのBS「男前列伝」に登場した15人の役者、ミュージシャンの番組収録時、あるいはロケ地での表情を撮影したB&Wの写真集だ。登場するのは

井浦新 山本耕史 中村獅童 田島貴夫 松重豊 石橋凌 山本太郎

佐野史郎 三上博史 市川春猿 津田寛治 石井竜也 トータス松本、光石研

この渋いラインナップ。どの写真からも、男達の物語を感じ取ることができる。写真を撮影したのは京都在住の写真家田村尚子さん。ファインダーを通して、この男達の持っている、狂気、孤独、激情、等の隠された感情をものの見事に解放させている。そして、長い役者人生、ミュージシャン人生で得た喜び、怒り、後悔、絶望が彼らの素敵な表情を作り出している事実を数枚の写真で表現している。

 

最近の冒険小説では屈指の傑作「ライオンの冬」(角川書店300円)を書いた沢木冬吾なら、写真集に登場する15人それぞれの表情から、何かをくみ取り、とてつもなく面白いショートストーリーを書いてくれるはずだ。それぐらい、この写真集の出来上がりは優秀だ。

卑しく瑣末な内容の癒し系本やら、根性ババ色の会社社長の書いた人生論ごときは、この一冊の前では束になってもかなうまい!一家に一冊。日本男子の本懐をお求めの愛国諸氏、いい男お探しのゼクシィ予備軍、寝てみた〜いとお思いの男色系の皆様まで、すべての方にお薦め。日々の生活で、己の矮小さにうんざりしたり、どうしようもない不安に打ち拉がれそうになった時、あるいは獅子奮迅の働きをせねばならない時、この本を見よ!見つめよ!! さらば、道は開けん!!

この出版不況の時代にこんな本を出した青幻舎は天晴れである。この上は関係者一同、乾坤一擲、奮闘努力して全国書店の平台占拠して販売していただきたい。ごたごたぬかす書店員などはり倒してでも、という気合いで邁進されんことを期待する。

全国発売は7月上旬とか。京都では我がレティシア書房のみの先行販売です。2940円、だまされたと思って払いなさい。明日からの人生の指針になること間違いない。

それでも、売れなかったら私が引き受けましょう(あ、これ気持ちだけね、気持ちだけ)

 

 

 

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木村伊兵衛の本が一冊入荷しました。タイトルは「木村伊兵衛の眼」(朝日新聞社2000円)

昭和45年、アサヒカメラ増刊として発行された写真集です。

「おんな」、「写真<新・人国記>」、「舞台」、「科学者」、「職人」、「人物写真」、「街頭」、「敗戦直後」、「東京・大阪ところどころ」、「秋田」、「漁村」、「沖縄」、「中国の旅」、「ヨーロッパの旅」等の章に分けられています。下の写真はその「舞台」の一ページです。どの、写真も見応え十分なんですが、「職人」の章に入っている十数枚の写真は特にお薦めです。撮影されたのは1958年と67年、68年のものです。釣り竿師、仏師、杜氏、竹細工師、そして料理人など、いろんなジャンルの職人さんの仕事場での、一瞬。己の技術への信頼と自身に満ちた表情を見事に捉えています。

写真はその人の表情だけでなく、その後ろの生活空間も捉えます。50年代後半から、60年代にかけての日本の貧しくも、まだ希望のみえる未来を信じていられる時代。確かな明日がやってくる幸福感までも伝わってきます。60年代前半に撮影された「中国の旅」では、今日のような巨大な資本が世界中を跋扈する、超大国の中国ではなく、市井に佇み、微笑む人たちの素朴で、美しい写真を見ることができます。とても、数十年前の同じ国とは思えません。

ささやかに生きるということは、日本も、中国も見捨ててしまいました。しかし、ささやかに生きることでゲットできる幸福は人をして、こんないい表情にさせるという真実を、この写真集で私たちは学ぶことになります。昔は良かったね、なんて簡単にいいたくはありませんが、しかし、この60年代の白黒写真を見ているとそうも言いたくなります。

楽しくて、でもふっと悲しくなる写真集です。

 

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春田太一著「仁義なき日本沈没」一気読みだ!

以前、ブログでご紹介した「天才、勝新太郎」の著者の新作新書です。まぁ〜面白い。

戦後、日本映画界を引っ張ってきたビッグカンパニー東宝、東映のサバイバルゲームです。戦後直後の東宝を大混乱に陥れた労働争議、いわゆる東宝争議。その一方、大借金抱えて、映画製作が火の車で、超高速自転車操業で、何とかやり繰りする東映。どん底から、這い上る、もうしぶとさだけが武器の映画人の悪戦苦闘。「七人の侍」で大作の大ヒットを飛ばし、都市部中心で大型映画に活路を見いだす東宝、一方スターを抱え込んで、勧善懲悪時代劇を量産し、地方の映画館を傘下に収め、現状を突破していく東映。そして、映画黄金時代へ。

しかし、いい日は長く続かない。TV等の新しい娯楽の進出で、娯楽の王者から転落。試行錯誤を重ね映画製作に挑戦するも、どれも失敗。スタジオの身売りに、社内の権力闘争、莫大な借金。もう、瀕死状態ですね。

しかし、72年両者に、9回裏ツーアウト満塁で、逆転さよなら満塁ホームランが飛び出す。

東映の実録シリーズ「仁義なき戦い」、東宝の「日本沈没」(リメイクされたひ弱な出演者で固めた駄作ではありません)の登場だ。起死回生の映画が、同じ年に登場しているというのも興味深い。そして、日本映画は息を吹き返し、昨今の幼稚映画人の跋扈するハリウッドを追い抜く日本映画界を作ってゆく。

今日に至る怒濤の日本映画の歴史を描いたノンフィクション。誰か、映画にして下さい。東宝を引っ張った名プロデューサー田中友幸には三国連太郎、東映社長岡田茂は、今や農民となった菅原文太でキャスティング。今まで、東宝争議は映画になった事がありません。是非、映像化して欲しいものです。

ところで、先日古本市で、今まで二度に渡って逃げられた一冊をゲットしました。この写真集です。でも、店では売りません、朝に礼拝、夕べに感謝?して神棚に祀ります。

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ルポライター竹中労の文章を愛していました。

ルポライターとしての彼の生涯のベスト的作品は「美空ひばり」(ちくま文庫版700円)、「聞書アラカン一代」(白川書院初版2000円)です。しかし、私が最も気に入っていたのは、雑誌「キネマ旬報」での芸能レポートでした。その中で、何度か口にしていた「たかが映画、されど映画」というフレーズでした。このフレーズを気に入り、「映画」の部分を変えて、何度か口にしたことがあります。

新刊書店員時代、この温厚で、臆病な私が、一度だけキレたことがありました。とあるパーティで、書店業界では高名な先輩のお話を聴いておりました。業界のために言っておきますが、私の知る限り、書店員は、よくもまぁ、あんな安月給、長時間労働にもかかわらず、心優しく、高慢のかけらもないという人たちでしたが、こいつは違いました。おそろしく、プライドが高く、どこかで本を売ってやっている(まぁ、全国規模の大型書店のエリート幹部でしたから)みたいな、文芸書売れない書店員は書店員にあらず、みたいな野郎でした。

「米を作るでもなく、牛乳を搾るでもなく、ましてや家を建てるでもないのに、そんな偉いか、書店員が!このくそガキが!!」と、迫り、「たかが本やろ」と吐き捨てるつもりでしたが、温厚な性格が邪魔をして、「たかが本」とだけ言ったものですから、二度としゃべってもらえませんでした。

今、お店に600枚程のjazzのレコードがあることは、ブログでお話しました。ありがたい事に、熱心なファンの方にお越し頂いいております。時間をかけてご覧、あるいはご試聴されていますが、そのレコードを探しておられる後ろ姿を見ていると、今幸せ!というオーラが立ち上っています。もちろん、ゲットしたレコードを聴く楽しみもあるでしょう。でも、それを探している濃密な時間の豊かさを楽しんでおられる。

「たかがLP、されどLP」

幸福は物ではないんだ。時間なんだということですね。本もしかり。ゆっくり棚をみているお客様を見ていると、やはりそんな気がします。以前、本を物色されていたお客様から、ここにいたら時間の過ぎるのを忘れるよね、と言われました。

この小さな店が、そんな幸せな時間の演出場所であったら、店主としてこれ以上の幸せはありません。

 

 

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善行堂さんのブログ読んでいたら、映画「マイバックページ」の事が載っていました。

川本三郎の、週刊朝日記者時代、自衛隊に乱入した過激派学生との関係から、朝日新聞退社に至るまでを綴った傑作ノンフィクションです。雑誌「Switch」に86年2月から、翌年12月まで連載された時からのファンでした。

川本三郎との最初の出会いは、映画雑誌「キネマ旬報」でした。小林信彦、渡辺武信、山根貞男そして川本の映画評は、映画を観る時の指針でした。観る前に読み、観た後に再度読み返しました。映画をめぐる思考の原型を作ったのは彼らの文章です。77年に発行された「朝日のようにさわやかに」は一番の愛読書でした。比較的、最近の著作ですが、「君美しく」(文藝春秋社1300円)は日本映画黄金時代の女優17人へのインタビュー集で、「銀幕」という言葉が輝いていた時代を生きた女性達の人生が見事に描かれています。その後、彼が映画評論だけでなく、都市論や、文学論、とりわけ永井荷風に関する本を出しているのを知り、新刊書店に立ち寄った時は映画コーナーだけでなく。文芸のコーナーもチェックしたものでした。

ところで、村上春樹との共作で「映画をめぐる冒険」という本があります。85年に発行されてから、一度も文庫化されておらず、絶版となったままの本です。古本でも価格は高く、5000円以上の高値が付いています。出た時に、買って購入したものの不純な動機で、私の手から離れてしまいました。春樹好きのうら若き女性のお部屋にお邪魔するための、出汁にしてしまったのだが、お部屋どころか、軒先100メートル前で討死、見事沈没。その後、本は彼女と共に去ってしまいました。こらぁ、ハルキ、弁償せんかぇ!という支離滅裂気分から抜け出せず、それ以降、今日に至まで、ハルキの本は買ったことがないし、読んだ事もありません。

お安く分けて頂ける方あれば、ご一報を

ところで、「マイ・バック・ページ」という題名はボブ・ディランの曲からですが、この曲のリフレインが素晴らしい。

「あのころの僕はいまより年をとっていた。今の僕はあのころよりずっと若い」

現在進行形で、「若い」といえる人生っていいもんですね。映画では、エンドクレジットで、爆風スランプが歌って、いい味出していました。

 

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