これは、我が尊師の尊い教えであります。尊師のお名前はヒデヨシ。

ますむらひろしの漫画「アタゴオル物語」に登場する大猫で、大酒飲み、大食い、いかさま博打にかっぱらい、そして口先だけの、人間だったら唾棄すべきようなキャラクターが、我が尊師であらせられる。1976年から81年にかけて書き続けられたこのシリーズ、とにかくヒデヨシ やることなすこと、もう滅茶苦茶なのだが、なぜか説得力があるのです。ますむら自身の言葉によれば、水俣病で人間のために実験動物にされた猫たちの苦しむ姿を見て、この大猫を造り出したという発言を読んだ記憶がある。だから、彼ヒデヨシは他者のために生きることを拒否する。97年から2年間に連載された「ギルドマ」(朝日ソノラマ500円)の最終回で、森を破壊しようとする輩に対抗するために犠牲になろうとする妖精にこう叫ぶ

「オレたちはトコトン生きるために生まれて来たのよ!誰かを助けるためだとか、森のためだとか、村のためだとか、そっけな理由で命を落とすなんて許さない」

ヒデヨシは美談を拒否する。また、他者のためにがんばるとか、自分を向上させるとかもまた然り。自分探しなんて「うぜぇ〜ゲロゲロ」で終わりです。希代のエゴイストと言っても過言ではありません。しかし。「ギルドマ」のラストはこんな風に終わります。「どんなに、すさまじい憎しみがやってきても、それを本当に破壊するものは微笑みの中にしかないんだ」という台詞と共に、ヒデヨシの笑い顔が広がっていきます。虚飾を限り無く削ぎ落し、自分に忠実に生きようとする求道者が、ヒデヨシです。ホンマかいな?と漫画を読む度に思うのが、この猫の大きな存在??なんですね。「アタゴオルは猫の森」(メディアファクトリー300円)でヒデヨシのことを「冬の深みに沈んだ者だけが、微笑みの熱さに気づくんだ」とも表現されている。「微笑む」強さを熟知している人、いや猫なんですね。

 

 

 

今更、いや今だから原田芳雄。

原田芳雄が亡くなって時間が経ちました。遺作「大鹿村騒動記」はラストまるで彼自信が花道を歩いて天国へ行くようなシーンで終わります。ご丁寧に、彼が天を見上げるショットまであります。歌舞伎の舞台なら、「原田屋!」と声がかかりそうです。

1970年日活映画「新宿アウトローぶっ飛ばせ」71年「関東幹部会」で初めて観た時、かっこいい、という言葉しか出ませんでした。その後、数多くの作品に出演しましたが、85年北方謙三の「友よ、静かに瞑れ」で演じたボクサーくずれの用心棒役が最高でした。後半藤達也と壮絶な殴り合いを演じます。このくずれた感じがたまらんです。こういう匂いを出せるのは、松田優作、ショーケン、そして北野武ぐらいで、私のフェイバリット役者です。で、また全員が渋い音楽を演奏しています。原田のCDとしてはお店には『BLUE/横浜ホンキートンくブルース」があります。(900円)けだるく、でも粋な曲が並びます。

 

京都発のミニプレスCINEMA  APIED Vol.8は原田芳雄の特集です。20数名の方が、彼について色々書かれていますがどれも刺激的です。最後の文章をこの雑誌の編集者の金城静穂さんが書いています。締めくくりはこうです。

「原田芳雄と縁のない私の人生なんて、つまらなかったなと、支離滅裂にバカみたいに思わせるほど、彼は我がアイドルだった」

もちろん、私にもそうでした。「大鹿村騒動記」をまた観たら、きっと最後の眩しそうに天を仰ぐところで、泣きながら拍手することになるんだろう。彼がいた日本映画を長きにわたり観る事ができて幸せでした。

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オ〜!Leni Rieffenstahl”Five Miles”(洋書5000円)が手に入った。

Leni Rieffenstahl、日本語で表記するとレニ・リーフェンシュタール。1902年生まれのドイツの舞踏家、女優、映画監督そして写真家でもあった。ナチス政権下で国威発揚のために製作されたベルリンオリンピックの記録映画「オリンピア」で注目を浴びるものの、ナチスのプロパガンダ映画を製作したとして、戦後黙殺されてきました。でも、この移動カメラを駆使して製作された記録映画は、今観てもとてつもなく面白いだけでなく、今日のスポーツ撮影に多大な影響を与えていることがわかる。というか、彼女がいなかったら、きっとスポーツの映像ってつまんないものになっていたはず。

戦後、ナチスとの関係を追求され続けますが、尊厳を回復(本人はナチス党員ではなかった)。70年代以降、アフリカのヌバ族の人たちの生活を撮影した写真集を発表。さらに、驚くべき事に70才を過ぎてスキューバダイビングの資格を取り、100歳!!のときに『ワンダー・アンダー・ウォーター 原色の海』で現役の映画監督として復帰する。もちろん、世界最年長者ダイバー記録を樹立。その翌年の2003年、静かにこの世を去りました。101才生涯現役でした。

いや〜ぁ、波瀾万丈の生涯。その彼女のすべてを網羅した写真集。当然、オリンピック撮影中の力強い写真は見所で、観ていても全然飽きて来ない。しかし、もっと凄いのは最後のページに載っている海中で撮影された海洋動物の生々しい色合い。この高齢で海に潜り、生命力溢れる世界を撮ろうとする欲望はただ者ではありませんな。少々高いかもしれません。あんまり売りたくないのでお客様防衛価格ですが、どうしても欲しい方は、気合い入れて価格交渉をしてみては? 

店には彼女の本としては「レニ・リーフェンシュタール芸術と政治のはざまに」(LIBRO社昭和56年初版 1500円)もあります。こちらはナチス政権下で彼女の悪戦苦闘が描かれていて、ドキュメンタリー映画を観ているような面白さです。

 

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中山可穂の小説に一時入れこみました。何故って。それはタイトルに能の名曲を使い、その筋を踏襲して新しい物語を作っていたからです。

「悲歌」(角川書店2009年 700円)に納められているのは「隅田川」、「定家」、「蝉丸」の三編。お能の事ご存知ならよくお分かりだと思いますが、能の名作ばかりです。でも能の事全く知らなくても、大丈夫。恋愛小説の面白さを楽しめます。特にお薦めは、最後の「蝉丸」。結婚して幸せな男が、かつて溺愛した青年のことが忘れられず、妻をほっとらかしにして、「彼は僕のすべてだ」と言い放ち、アンコールワットの遺跡をさまようお話。この人の小説には、男性同士、女性同士の性愛描写が登場します。特に、女性同士の描写は、とても濃く、ページとばしそうになる事があります。タイトル忘れましたが、好きな女性探して砂漠をさまよい歩くヒロインのお話は、映画「シェリタリングスカイ」さながらの喉が乾く事この上ない砂漠放浪小説ですが、のめり込みそうになります。

 

多分、この人のテーマはかなわぬ恋、禁じられた愛を様々な側面から描くことにあります。やはり、能のモチーフを散りばめた「卒都婆小町」、「弱法師」、「浮舟」などその代表作(文庫本「弱法師」200円)でしょう。ただ、熱愛シーンの描写が一本調子になることもあり、その辺りの作家の技術力の一層の向上をファンとしては望んでいますが、先ほどご紹介した「悲歌」の三編はラストシーンの切なさが見事ですので、推薦できます。

少し、じめ〜っとした湿気漲るお部屋で、ドアーズの”The End”でもお聴きになりながら、お読み下さるとよろしいかと思います。

 

 

 

 

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エリック・ドルフィーで、私は歌舞伎、そして能に目覚めた? はぁ〜ですよね

ドルフィーは、30代でヨーロッパツァーで亡くなったジャズマンだ。馬のいななきに似ていると言われたバリトンサックス、恐ろしく鋭いアルトサックス、そして尺八の音色に似たフルートと多彩なスタイルを持っていた。若い頃から聴いていましたが、ものすごく好きなミュージシャンではなかった。ジャズ喫茶の薄暗い空間で、フルパワーで聴くのに適した音楽だった。

ところが、歌舞伎そして能楽を観るようになってから、ドルフィーはフェイバリットミュージシャンになった。ジャズと古典芸能。全く無関係なジャンルなのだが、考えてみると似ている点がある。ジャズの曲は、おおむねが昔のミュージカルの曲で、単純で美しいメロディを持っている。多くのミュージシャンが、メロディを大切にしながら、より自由な曲へと飛翔させんと悪戦苦闘してきた。原曲から、いかに自由になるか。もちろんドルフィーも、人一倍その事に拘った。テーマの演奏から、ソロになった時、音をすべて解放して、高みへと一気に上がろうとする。しかし、いっぽう原曲のシンプルな美しさが引き戻そうとする。引き戻す力と引き上がろうとする力がぶつかり、せめぎあう。その一つ一つの音に込められた緊張感を聞き込むことが、彼の音楽を聴く魅力だ。

いっぽう、歌舞伎、能楽。もう、こちらはすべて完璧なまでに出来上がった所作通りに演じ、演奏することが絶対の世界だ。逸脱は許されない。では、所作通りやれば、それで感動につながるか、と言えばそういうものでもない。型に押し込めようとする力と、型から自由になり、新しい表現を目指す力が、やはりせめぎあう。ドルフィーは決められた音符の進行を破壊し、新たな表現を模索し続けた。古典芸能の演者は、型を徹底的に己の身体に記憶させることで、型から離れ、やはり新たな表現を求めた。

能「道成寺」を観た時、あの緊張感に縛られた二時間、舞台でドルフィーが狂おしい程に演奏している姿が消えることはなかった。

 

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たまには、分厚い本を読んでみましょう。

お薦めはスポーツライターの故山際淳司の「スポーツノンフィクション傑作集成」(文芸春秋社95年発行)。全ページ796項で3000円。1ページに換算すると、約4円のお買い得。

山際は、ご存知のようにスポーツノンフィクションに一つのスタイルを作った作家です。特に「Suports Graphic Number」誌創刊号に載せた「江夏の21球」で注目され、そのストイックな文体で人気を呼びました。野球、ボクシング、サッカーありとあらゆるジャンルのスポーツを取材し、対象にのめり込む事なく、山際の視点で躍動するアスリート達の喜び、挫折を描いてきました。スポーツに興味なくたって、この人のノンフィクションは読めます。「江夏の21球」からお読み下さい。この時の日本シリーズ知らなくても、いや、野球知らなくても、まるであの球場にいて、何が起こりつつあるのか、そのサスペンス。大味な昨今の映画や、サスペンス小説に負けません。因みにページ数は9項で36円!たった、36円ですぞ、この興奮を味わうのに。

蛇足ながら、この作品はアメリカで映画にしてもらいたい。ハリウッドの野球映画と、「地獄の黙示録」までの戦争映画には絶対の信用を置いています。日本シリーズに出場する近鉄バッファーローズの監督役にはウォルター・マッソー、広島カープの監督にはトム・ハンクス、最後のバッター石渡にはロバート・レッフォード、江夏のキャッチャー役にはフィリップ・シーモア・ホフマン、そしてフーァースト衣笠にはケヴィン・コスナーと野球映画の名演で知られる俳優達が競演すればワクワクです。でも、肝心の主役の江夏に匹敵する役者が想像できません。それだけ、このノンフィクションの江夏の描き方が優れているのかもわかりませんね。

文庫片手の読書を楽しむのもいいですが、たまには分厚い本と格闘するのもいいものです。枕にもなるし、お店も儲かるしね。

 

 

 

 

 

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川本三郎の、バーズの、妻夫木のそれぞれの「マイ・バック・ページ」

映画評論家として信頼している川本三郎さんの、ノンフィクション「マイバックページ」に始めて出会ったのは86年雑誌「Switch」での連載だ。衝撃だった。自分自身の忌まわしい過去を振り返えるつらい作業。川本さんがかつて朝日ジャーナール記者だった時代に、自衛隊基地に乱入した過激派の活動家と接触し、その結果、警察の取り調べを受け、朝日新聞社を退社せざるを得なくなるまでを綴った苦い記録だ。(河出書房新社版1988年発行1400円)

激しく揺れ動く時代に自分を見失いそうな時に、彼を助けたのはCCR、ストーンズ。そして本のタイトルにもなった曲を作ったボブ・ディランらのロックだった。時代にロックが反抗し、また寄り添った幸せな時代でもあった。

 

 

そして、昨年映画化される。監督は、やはり信頼している山下敦弘。出演は妻夫木 聡×松山ケンイチ。原作の持ち味は十分に生かしながら映画独自の解釈をする。ラストシーンで妻夫木が大号泣する。もう素晴らしい泣き顔だ。妻夫木は上手い役者だが、彼のベストパフォーマンス。何故、彼が号泣するのかの説明はしません。DVD借りて観てください。男の泣くシーンで、こちらも泣いてしまいそうになる。

 

もうひとつ、この曲について。ボブ・ディランの名曲であることは事実だが、カヴァーしたウエストコースト系バンド、ザ・バーズが素晴らしい。朝の犬の散歩の時、ipodで聴く。多分、世界で最も切ない歌声だろう。桜の満開の下で、この曲が脳みそにしみ込んでくると、もう何もいらないという気分にさせてくれる。(この曲の入ったCD昨日までありましたが、残念売れました)

いろんな意味で、「マイ・バック・ページ」という言葉は今も影響を与える言葉だ。

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この台詞、覚えていますか。60年代後半一世を風靡した「ザ・フォーク・クルセイダーズ」のヒット曲「戦争は知らない」の一節です。

作詞は寺山修司。当時、このフォークバンドはヒットを連発「悲しくてやりきれない」、「青年は荒野をめざす」。フォークルのメンバーだったはしだのりひこはその後シューベルツで「風」、「花嫁」とやはりフォークの名曲を送り出す。やはりメンバーだった北山修は加藤和彦と「あの素晴らしい愛をもう一度」を送り出す。どこか切なくて、哀しくて、美しい曲ばかろです。この時代の代表曲を集めた「Folk Village Vol 1」(2CD 1500円)には、高度成長に一気に突き進む日本への戸惑いと、置いてきぼりにされそうな若い人たちに寄り添う気持ちが感じられます。このCDの中には市川染五郎(今の染五郎じゃなく、お父さんの方)が歌う「野バラ咲く路」、広川あけみ「悲しき天使」などのレアーな曲も楽しめます。

日本ポップス史で、今もって語られる伝説のバンド「ジャックス」の早川義夫さんの書いた「たましいの場所」、一読をお薦めします。私が、ある日突然、会社から「明日から書店員やれ!」と言われ、もう右往左往していた時に、救ってくれた本が早川さんの「ぼくは本屋のおやじさん」という本でした。バンド解散後、小さな町の本屋を始めて20年後に書いたエッセー集。音楽のこと、本のこと、そして生きること等々、どこから読んでも気持ちのいい文章が楽しめます。(晶文社900円)

「本当のことは言葉にならないかも知れない。言葉にした途端、すり抜けていってしまうのだ。心に残るものは、形にならない。読み取らなきゃ、聴き取らなきゃ、つかめない」。ですね。

 

 

 

 

数年前に、大阪の古本市で布施英利著「鉄腕アトムは電気羊の夢を見るか」(晶文社2003年)に出会った。

「電気羊の夢を見るか」は、映画になった「ブレードランナー」の原作「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」から引っ張っている。タイトルから分かるように、鉄腕アトムとブレードランナーをキーワードに構成されたサイエンスエッセイだ。第三章「アトムは夢を見るか」はスリリングな章だ。サイセンスものにしては、文章は読みやすいし、挿入されている写真も面白い。値段も安い。購入しようと思い、中を見るとカラーマーカーの痕跡だらけ。こりゃ、だめだと購入を断念する。その後、この市では売れずに残り続けた。他の市でも見かけることなく、もう入手は無理と思っていた先日、京橋の市で巡り会いました。おそるおそる中身を見ると、きれいでした。待っていてくれたんだ、そんな気分になりました。900円でお店に出しました。

お店をやろうと思い立って二年半の間に、汚くて諦めたり、高かったり、あるいは後で買おうと思って戻ったら誰かにさらわれたりと再会の時を待ちながら、巡り会った本が何点かある。山田稔「シネマのある風景」(みすず書房2000円)、野地通秩嘉「エッシャーが僕らの夢だった」(新潮社700円)、中川素子「本の美術誌」(工作舎1500円)、天野忠詩集「うぐいすの練習」(編集工房ノア3000円)なんかは、そうやって再会した本達だ。いい読者に巡り会えたらいいね。

 

やっとこさ、春の陽気です。京都御所は外国からの観光客でてんこ盛りです。

さて、こんな陽気な日の午後、ビール片手にまったり過ごすにはワールドミュージックですね。ブラジルからはToquinho&Paulinho da ViolaのライブCD(2枚組で1300円)。もう心ウキウキにさせてくれます。ブラジルから飛んで沖縄に。お薦めは大島保克の「島時間」(900円)です。ブラジルとは違うゆったりした時間が流れます。3曲目「流星」は傑作です。世界のポップスの名曲に負けない曲です。頭の中、真っ白にしてくれます。こちらは900円です。今度は本土へ飛んで、ピアニカ前田のアルバム「ピアニカスイング」(500円)。名前の通りピアニカ奏者のグルーブ感溢れるアルバム。全然ワールドミュージックのジャンルには入りませんが、南太平洋の島でお昼寝している気分満載です。ちょっと、散歩に行って、古本屋にでも寄って、カフェでビール一杯という楽しいお休みの日にピッタリです。そして、もう一人おおたか静流の「リピートパフォーマンス」(600円)。「林檎の木の下で」、「アカシアの雨がやむとき」、「花」と耳に馴染んだ曲を無国籍風ボーカルで歌います。ベトナム、タイ辺りの熱帯の夕暮れで飲む地酒のほろ酔い気分になれます。

ワールドミュージックは、どの国、どのエリアも面白い。もちろん、私たち、日本人に合わないのもあります。自分にピッタリの音を探してもらえれば、ありがたいですね。もちろん、店のCDはすべて試聴できます。どんな気分になりたいかおっしゃてもらえれば、ドンピシャの一枚お薦めします。(まっ、外れることも多々ありますが)でも、千円札数枚で世界一周は可能ですよ。