香川の島と陸をつなぐミニプレス「せとうち暮し」9号は美味しい!

特集は「島の台所」です。先ず、表紙をめくると、昭和40年代から50年代にかけての伊吹島でお昼ご飯を食べている女性達の写真が飛び込んできます。あっ〜、湯気が立っている!たった1枚の何気ない写真ですが、食事をする喜びと楽しさがバンバン伝わります。そして、こう書かれています。

瀬戸内の島々には、その島々ならではの味の記憶があります。 それは、島のお母さんたちが代々受け継いできた島で生きる知恵。

起きて、食べて、働き、眠る。一年365日、島の毎日を見守り続ける台所からは、どんな風景が見えるでしょう?

はい、人と自然が調和して、何も望まない生活が見えて来ます。(もちろん、あれが欲しい、これが欲しいという欲望はあるにせよ)

大将が獲ったタコで作る女将さんのタコ飯

香川県西部の塩飽諸島で、江戸時代から伝わる「茶粥」

いりこ島と呼ばれる伊吹島の味”ヨウショク”

どれも、食べたくなるものばかりです。昨今B級グルメの大会がお盛んですが、私はこちらの方を食べてみたいですね。そして、その後に続く特集が、島のお土産物。どれも、美味しそうなものばかりですが、「醤油サイダー」なんて飲んでみたいし、島で収穫されたジャムをトーストに塗ってみたいし、直島の塩で作ったおにぎりは、幾つでもお腹に入りそうです。

このミニプレスを出版しているのは、香川の小さな、小さな出版社ROOTS BOOKSです。けれど、「幸せに暮そうよ」というコンセプトのもと編集される紙面作りは、東京の大手出版社に負けません。そう言えば、もう十年程前に、食に関する出版社の集まりで、「食はすべて東京に集まるのよ」とかのたまわれたお美しい女性編集長がおられました。(その時は、お江戸の人はわかったはりまへんなぁ〜、と同じ在京の書店の方と頷き合ってましたが)あの方のお手元のこの雑誌をそっとお届けしたいものです。

我が店にはバックナンバーも揃えています。この本持って、瀬戸内巡りツァーなんて出来たら楽しいですよ。「せとうち島手帖」も付いて600円。安い!

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「小林信彦文筆生活50年記念出版×幻戯書房10周年」と帯に書かれた四編の中編を集めた一冊「四重奏」は面白い。

「面白い」という意味は多義に富んでいますが、ここではある時代の小説雑誌の裏側で蠢く男たちの心の闇の描き方が「面白い」という意味です。「ある時代」というのは、60年代。江戸川乱歩と共に新たに台頭してきた翻訳推理小説を掲載し、それが浸透してきた時代。

第一作目の「夙川事件ー谷崎潤一郎余聞ー」は、若き雑誌編集者が見た江戸川乱歩と谷崎潤一郎の奇妙な交差を描く。この中に初めて乱歩が谷崎に出会い、谷崎が猟奇小説を書いてみたいということを話す。そして、著者はこう書きます。

当時としても<猟奇小説>という言葉は決して良い響きを持っていない。むしろ、いかがわしく感じられるものだったが、「細雪」を書き上げた作家の口から出た時、乱歩にとって、それは格別の味わいであったろうと推測される

純文学ではなく、帯にある言葉を引用すれば「推理小説の軽視された時代」が見事に蘇ってきます。小林信彦の小説の神髄は暗い情熱に翻弄される人達の姿を冷静に描くところにあると思います。舞台がTVや映画の世界、出版界や広告といったマスコミの世界であっても、それは同じです。五木寛之も初期には、そんなマスコミものの短編を書いていましたが、あんなにスタイリッシュではなく、生身の人間の溜め息が聞こえてきそうなリアル感があります。それは、時代背景をきっちり描いてあることとも関係しています。例えば第三作目「墨の老人」では、日記、手帖でお馴染みの出版社、博文館が明治の後半、出版界をリードする存在だったのが、大正デモクラシーの時代に入って、中央公論社や改造社に読者を奪われ、今や大出版社となった、当時新興勢力だった講談社に押されて行く話が出てきます。この当時の出版界の動きも良く理解できます。

華やかさの微塵もない小説ばかりですが、同じ小説でも格下と蔑まれていた業界に生きる男たちの鬱屈した感情と、そして誇りが読み取れます、筆者は「あとがき」の最後をこう締めくくっています。

推理小説で直木賞を得られるようになったのは、1967年ごろからで、それ以前は推理小説は問題にもされなかった。ここに集められた小説の背景はそうした<推理小説の軽視された時代>とお考えいただきたい。

この世界の浮き沈みを見て来た著者にしか書けない一冊です。因みに1932年生まれの小林信彦は今年80才。

 

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自分のお葬式には、やぱり”I Shall Be Released “で送って欲しい。皆で”Any day Now,Any day Now,I Shall Be Released”で歌ってね。

ボブ・ディランのこの曲に出会ったのは、大学時代。真夏の暑い日、心斎橋の映画館で、ザ・バンドの解散ドキュメント映画「ラスト・ワルツ」を見た時です。アメリカンロックの土の香りのする音楽の洗礼を受け、この国への憧憬を深めて、大学をほったらかしにして渡米する一因を作った映画でした。この映画のラストで、主演者全員が歌い上げたナンバーがこの曲です。

卒業後、繁華街の隅っこの小さな輸入レコード店働いていた時、お店の相棒の金ちゃんと二人でこの曲について交わた会話です

「I Shall Be Releasedって何から解放されるん?」『そやんなぁ〜わからんな〜」

で、早速、今はもうない丸善書店へ出向き、片桐ユズル訳詞の「ボブ・ディラン全詩集」を買いました。蛇足ながら、この本を出版していたのが晶文社。この時から、新しい文化やアートを紹介してくれるこの出版社が好きになりました。

さてその意味は、

なんだって変わることができると人は言う/ どの道のりも近いわけではないと人は言う/そう オレはヤツらの顔を覚えている
オレをこんな境遇においやったヤツらのすべての顔を /おれの光が輝いてやって来るのが見える /西から東へと
いつの日か、いつの日かオレは自由になるんだ…

誰でも守られることが必要だと人は言う /だれでも堕落するものだと人は言う/でも断じて、おれにはおれの考え方がある
この壁のずっと上の高いどこかに/おれの光が輝いてやって来るのが見える /西から東へと/いつの日か、いつの日かオレは自由になるんだ…

この孤独な群集の中、/遠くのむこうに立っている男/そいつは自分は悪くないと叫んでいる/一日中、奴が大声で叫ぶのがきこえる
俺ははめられたんだと泣き叫んでる/おれの光が輝いてやって来るのが見える /西から東へと/いつの日か、いつの日かオレは自由になるんだ…

と漠然で、曖昧模糊の歌詞です。しかし、渡辺武信の「映画は存在する」(サンリオ出版1500円)の最後で、映画の魅惑から離れて、より過激な政治の世界へ加速し始めた、ジャン・ルック・ゴダールへの共感を残しつつも、「映画とは魅惑だと!と答えることによって、夢の中にとどまりつづけよう」という文章をひたすら信じていた若者(今も信じているが)に、「いつか自由になるんだ」と納得させた曲でした。まさに「ディランにはじまる」(浜野サトル著/晶文社800円)です。

その後、沢山の音楽に出会いました。けれど「ラストワルツ」のCDを聴いたり、DVDを見たりする度に、あのくそ暑い心斎橋の路上を、映画終了後、魂の抜けたように歩いていた(今なら、きっとかっぱらいの良い餌食です)姿を思いださせる体験はありません。

「Any day Now,Any day Now,I Shall Be Released/いつか自由になるんだ」と口ずさみながら死んで行けたら。素敵な事だと思います。

 

 

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矢吹申彦(1944〜)の描くイラストに吸い込まれた時期がありました。

はっぴえんどのベストアルバム「CITY 」のLPをレコードショップで手に取った時、高速道路の後方に広がる青い雲に引き込まれました。なんて、奇麗な青なんだろう!

その時は、このイラストレータの名前を知りませんでした。時は前後しますが、69年の創刊2号から、76年まで、彼は音楽雑誌「ニューミュージック・マガジン」の表紙のアートデレクションを担当していました。ミュージシャンの顔の表情を上手く捉えたイラストは、なんだかその音楽を聴いた気分にさせてくれました。

また時が前後しますが、伊丹十三の著書「女たちよ!男たちよ!子供たちよ!」を本屋で手に取った時、棒高跳びに興じている男性の向こうに広がる青空に、やはり魅入られました。開放感にあふれたブックデザインは、かっこいいと単純に思いました。今、手元にある「矢吹申彦風景図鑑」(美術出版社2000円)には、この本の著者、伊丹十三がこんな文章を寄せています。

私が矢吹申彦の世界に惹かれたのは、おそらくは、彼の雲に対する変愛ゆえではなかったかと思う。かつて、私もまた雲に対する変愛者であった。

そして、矢吹の雲の本質をこう書いています

矢吹申彦の雲が気象学的な雲とは無縁の、孤独や飛行の記号としての雲であることは私には一目瞭然であった。

73年から、彼は伊勢丹のポスターデザインを手がける。「帽子のUFO」と題された作品の空中を浮遊する帽子の後ろに浮かぶ雲も、伊丹の言葉を借りるなら「飛行の記号」でした。

児童文学者の今江祥智は、この本の中で、彼の絵本「ぼくの絵日記」を取り上げて、「文章のセンチメンタルな部分とはうらはらに、絵はどこにもない時間と空間と存在を描いて、不気味だ。」と評しています。そして、描かれている人物、動物、風景が「ちゃんと描かれてあるのに、見ていると、ゆっくり溶け始め、光の中に消えてしまう」。そして、再度ページをめくると、やはりそこに存在しているよいう不思議さを体感すると書いています。「サウンド・オブ・サイレンス」の世界です。

この孤独で、静謐で、しかし飛翔への予感を内在する感じは、どっかで体験したなぁ〜と思っていたら、そうだ宮崎の長編アニメに出て来る青空がそうでした。どこかで、同じ世界を共有しているのかもわかりませんね。

 

26日(金)の安藤誠さんの「安藤塾」は店舗閉店後8時すぎに開始いたします。なお、満席になりましたので当日の分はございません。

 

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先日、「京都カフェ案内」や「猫の本棚」などの著書でお馴染みのの木村衣有子さんがご来店されました。お店では、彼女のミニプレス、と言っても彼女一人で作っている本ですが、「のんべえ春秋」(木村半次郎商店)を販売しています。

いいなぁ〜、この本。同じお酒好きとして、どのページをめくっても楽しいですね。お酒がダメな方には書評エッセイ「酒飲む本」をお勧めです。書評ではこんな本が紹介されています。

大竹聡さんの「酒呑まれ」(ちくま文庫)

タイトルは「飲」ではなく「呑」と表記されていても本文では一貫して「飲」が使われている。あえて使い分けられている。「呑む」か、「飲む」か

という些細な事から、木村さんと著者の馴れ初め、当然酒場ですが、が語れていきます。2002年、大竹さんは「酒とつまみ」という小雑誌を発行されるまでが書かれています。どこまでいっても、酒の話というところが面白いですね。お酒の本以外の木村さんの本は「手紙手帖」を在庫してあります。これは、手紙の書き方に始まって、手紙必需品の紹介、そしてどんな手紙をだしているのかの実例紹介まであります。何かと、メールに頼りがちな昨今ですが、手紙の良さも見直していただきたい一冊です。

さて、本日よりギャラリーでは、高山正道作陶展「On the table 」が始まりました。素敵な作品が並んでいます。 ぐい飲みに最適なおちょこも数点あります。価格は2000円ちょっとからです。日本酒の美味しい季節になりました。今日のお酒もさらに楽しくなる事間違いなしです。

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「ヒト」というタイトルのミニプレス8号到着しました。コンセプトが良いプレスです。

1号「絵」をかくヒトーインタビュー漫画家江口寿史

2号「旅」をするヒトーインタビューイラストレータ下田昌克

3号「縫う」ヒトーインタビュー服装家&漫画家ワタナベ・コウ

4号「キャラクター」をつくるヒトーイラストレータ坂崎千春

5号「本」をつくるヒトーインタビュー装丁家、川名潤、清水良洋、関善之

6号「撮る」ヒトー女優裕木奈江*撮られる側の女優が、何故?ここがひねってあって面白い

7号「書く」ヒトー随筆家山本ふみこ

最新8号「絵」をかくヒト2ーイラストレーター&画家長野剛

もう、どれも編集部が頭を捻って紙面つくりした企画ばかりです。しかも、雑誌一冊丸ごとその特集で埋めるという快挙を8号まで続けてあります。個人的には本に関連した5号を愛読しました。(難を言えば、おじさんには字が小さいので、老眼鏡を買わなくてはいけない)

装丁家三人のお話も笑えます。また、三木俊一さんの「アートブック」は美しいし、手製本を作らているオバネヤさんの本はどこまでも愛しいし、もうどのページもナゼナゼ(別に紙面フェチではありません)したいプレスです。手作りという技術はもっと高くてもいいはすですが、すべて500円!という安さ。まとめて買いましょう。

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びわこの東のすてきなところ」というミニプレスに掲載されていた「ファブリカ村」へ行きました。

来春、レティシア書房で個展をしてくださる藤田良子さんからDMをいただいたので、これ幸いに行く事にしたのです。

 

DMにはJR能登川駅から徒歩15分と書かれていたのですが、ワタクシ重度の方向音痴なので、駅前の案内所でどっちむいて歩けばいいの?と立ち寄ったところ、そこのオジサンが即座に「あ、そこのね、横断歩道を左に入って50m。すぐわかるよ。」って教えてくれました。

「ありがとうございます」と、一応お礼は言ったものの、徒歩15分って書いてあるし、50mなら走ったら1分やん、って思い直し、おじさんには悪いですが左に曲がってすぐ、作業中のオニイサンに「ファブリカ村はどこですか?」とDMを見せて聞きました。「ファブリカ村へ行きたいの?歩いては遠いよ。歩けない距離ではないけど。」とオジサンとは違う意見です。DM上に現在地を指し示し、道順を丁寧に教えてくれました。

でもね、歩き始めたらすぐ着きました。約10分。きっとオニイサンは歩くの好きじゃないな。そう言えば、滋賀県って車保有台数が多いと聞いたことがあります。それにしても地元の人の距離感は当てにならない。かつて、「バス停すぐそこ。」と言われて山一つ越えたこともありますし。

 

さて、ファブリカ村です。

高度成長期に近江を支えた織物工場の跡を、ギャラリーとカフェにされて三年。土日の営業のみですが、いい雰囲気です。

藤田さんのアクリル画も年代を経た壁に素敵に似合っていました。3月26日からの個展も楽しみです。(女房)

 

 

 

 

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先日から始めたDVD販売好調です。日活ロマンポルノの小沼勝ドキュメントへ方々からのお問い合わせ、ありがとうございました。昨日、販売終了しました。ありがとうございました。そして、この作品に続いて、奇妙な作品登場です。

東宝映画「マタンゴ」1963年8月公開の人間がキノコに変身する怪奇SFです。小学校の時、あまりの不気味さに夜うなされ翌日から、数十年間きのこが食べられなくなった、私にはトラウマ映画です。

お話はこうです。

豪華なヨットで海に繰り出した7人の若い男女が遭難し、無人島に漂着します。そこは、カビと不気味なきのこに覆われた孤島。唯一見つかった難破船には、生存者はおらず、「船員が日々消えていく」といった内容の意味不明の日誌と「キノコを食べるな」という警告が残っていました。やがて、7人が食料と女性を奪い合い対立し、飢餓と不和の極限状態に陥ると、島の奥からは不気味な怪物が出没し始め、そして1人、また1人と禁断のキノコに手を出して全身きのこだらけの怪物に変身してしまう。

という荒唐無稽なお話ですが、ウイリアム・H・ホジスンの海洋綺譚『夜の声』を原作として、星新一、福島正実が原案を作り、馬淵薫が脚本化(この人は元共産党員で、10年程投獄され、演劇青年時代には筒井康隆と交流があった人物です)そして、「ゴジラ」シリーズの本多猪四郎が監督、特撮には円谷英二が当たりました。

子供だましの映画と思うなかれ。禁断のキノコを食べた若者の恍惚とした表情は、まさにトリップ映画だし、ヒロインを演じる水野久美は妙に色っぽい。ルージュの唇のアップやら、キラキラ光るスカーフの間に見え隠れす肌は艶かしく、メンバーを性欲と食欲に狂わせてゆくというキャラクターは、実に魅力的(なんで孤島で、こんな化粧品があるのとツッコミ所満載のキャラでもあります)です。

ラスト、一人脱出した男は、病院の窓から、キノコを食べて皆と一緒にいたら良かったと後悔します。人間は、一旦禁断の悦楽を知ると戻れないというメッセージを残してエンドです。暗く、ペシミスティックな映画でした。ちなみに、公開当時もう一本の併映作品は加山雄三の「ハワイの若大将」。もう屈託のない、明るさだけの映画でした。二本見ると、丁度バランスがとれるのかも。

お値段は高くありません。恐いもの見たさの方、ツッコミ所満載なんで、みんなで大笑いしたい方にお薦め。お早めに。

その他に劇場アニメ「アキラ」限定2枚組も入荷しました。

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マシーン前方の椅子に縛り付けられて飛んで来るボールで顔面血だらけになってこの世とおさらば。

北野武作品「アウトレイジビョンド」のワンシーンです。当然、マシーンは機械ですから、相手が絶命してもなおボールを投げつけます。カメラは、顔のアップと、ロングで、この可哀想なやくざ者(演じる加瀬亮君もかわいそうです)を捉えます。そのざらついた雰囲気。生きている温もりの全くない無機質で虚無的世界。これこそ、映画作家北野武の真骨頂ですね。

北野作品は、第一作から注目してきました。暴力描写ばかりが、強調されていますが、こういう無機質で冷たい世界を美しく捕まえる監督は、そうはいないと思います。映画作品としては中途半端だったり、支離滅裂だったりすることもありますが、どこかで必ず出会える廃墟に立っているような静寂に満ちたシーンを味わいたくて、すべてではありませんが北野作品は観に行きます。「HANABI 」なんて、二週続けて観に行きました。映画館を出た後、夕闇迫る街の風景が全く違って迫って来ました。

「アウトレイジビヨンド」は「アウトレイジ」の続編として製作されたやくざ映画です。凄いな〜と思うのは、主要な出演者はすべて、バストショット、即ち顔と肩で演技を強要されていることです。真っ直ぐ見つめるカメラのレンズに対して、怒鳴りまくる役者たち。演技を越えて、その人間の人生で失ったもの、得たものが作り上げた顔を見せます。まぁ、「男の顔は履歴書」ってこういう事ですね。

それは、主演も兼ねる北野監督もそうです。ラスト、彼が見せる恐ろしく孤独で、無機質な表情は、演技の幅が狭いという弱点を跳ね返す凄みで、それはこの人の心の暗闇が創り出すものなのでしょう。北野映画は「北野ブルー」と言われるように、青を基調とした色調がベースですが、真っ青というより、冷たい青、いかなる感傷も排除する青です。それも、また魅力です。彼の映画には久石譲のスコアがピッタリでした。お店には「Joe hisaishi meets kitano films 」という彼が担当した北野作品のスコアを集めたCD(1000円)があります。どうして、こんなに素敵で、涙が出てきそうなぐらい美しい曲が、暗く沈み込んだ北野作品にマッチするのか不思議です。

感傷を排する男、北野武そしてビートたけしは最もストイックなエンターテイナーです。次回作も楽しみです。

店には「キネマ旬報増刊/フィルムメーカーズ2北野武」(600円)、「ユリイカ98年2月増刊号北野武そして/あるいはビートたけし」(300円)、「新潮45コマネチ ビートたけし全記録」(500円)、「ブルーフィルム」(700円)と在庫しております。

 

 

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100円のミニプレス「本と本屋とわたしの話」の第三号入荷しました。

大阪にお住まいの女性四人が記事を書いて、編集されている小さなミニプレスです。中身は、タイトル通りの本についての、本屋についての思いのままを綴ったものです。

「読み終わったあとに何か種のようなものが残るのが、よい本です」

という書き出しではじまる「ソング・フォー・マイ・ファーザー」。お父様が買ってくれた小川未明の童話集で語られている北国の風物が筆者の心に種をまき、憧憬を膨らませてゆく。そして、その憧れは須賀敦子の「ミラノ霧の風景」や、堀江敏幸の「河岸忘日抄」と繋がる幸せな読書につながってゆく。

「本棚にまっすぐ立っている本」

とタイトルだけで、本好きにはたまらないお話です。庄野英二の「ロッテルダムの灯」をもう一度読んでみたくなりました。

「いちばん敷居の低い店ー古書店街の草」

これは、入りやすい古書店、入りにくい古書店についてのお話です。銀閣寺の古書店善行堂さんの格子戸が、「さあ、おはいり」と言われている気がするというのは同感です。後半では武庫川の古書店「街の草」のことを愛情たっぷりに書かれています。

最後はお好きな詩の一部を抜粋された「とっておきのフレーズ」

「ふる里は/山嶽のかなた/雪にみちて/はてしなく離れていた」

と北園克衛の詩がさりげなく引用されています。

執筆者みなさん、全くの素人さんなのに、本を読む幸せを噛み締めていることをきちんと伝えてもらえて、微笑んでしまう一冊です。100円で100円以上の価値ありというのは、間違いではありません。

1号、2号も再入荷しました。すぐに完売しますので、お早めにお越し下さい。

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