「『おやつ』とはなんだろう。小腹を満たす食べ物?友達と話しながらスイーツ?家族の団欒の時間?それとも仕事の合間のささやかな休憩?こっそりひとりで食べる贅沢?そう、人の数だけおやつの姿があるんです。そんなおやつにまつわるあれこれを、食や暮らし、文化、歴史、旅、科学といった、さまざまなテーマで追っていくのが、この『おやつマガジン』です」(1980円)

と創刊の言葉が書かれています。各地のおやつ紹介だとか、名店案内の情報誌ではなく、私たちが何気なく食べている「おやつ」をより深く考えていこうという知的探究心に満ちた雑誌です。創刊号だけに、著名な作家が寄稿していて、巻頭原稿は角田光代が「夢のおやつ」というタイトルでエッセイを書いていますが、角田さんはおやつを楽しむ生活とは無縁なのです。そこが面白い。

写真家の若木信吾は、本来甘いものが苦手だったのに、アメリカの留学先で「ブラウニー」というお菓子に出会って、甘党に転化しました。「おそらくこれまで食べたものの中で一番甘い食べ物だったと思う。しかも甘すぎた。その甘すぎたのが点火装置だったのかもしれない。」と、周囲のそんな甘いものよく食べるなぁ〜という声にもめげずに食べていると告白しています。アメリカのスーパーなら、どこでも売っている「ブラウニー」。どんだけ甘ったるいのか、興味あります。

「ホーチミンのおやつを追いかけて」という特集では、現地取材で、みんながどんなおやつを食べているかをドキュメントしています。屋台があるせいか、外で食べている人の写真が多く、おやつを口にする人たちの表情が生き生きとしてとても幸せそうです。

岡山と鳥取の県境で自然栽培の米農家を営む高谷絵里香さんが、「がんばって手に入れたり無理して背伸びしたるすることにも喜びや達成感があるかもしれないけど、当たり前のようにそばにあるものにこそ、幸福が宿っている気がする。おむすびや蒸したお芋のような、何気ない日々のおやつにように」と語っていますが、ホーチミンの人々の笑顔は、それを物語っています。

★店主  FM京都に出演! 3月23日、30日「サニーサイド・バルコニー」という番組の中です(13時50分ぐらい)。暇な方は聞いてやってください。

 


 

 

西山裕子さんのミニプレス「イギリスの小さな旅シリーズ」刊行を記念して、イギリスの写真と水彩画展が始まりました。

レティシア書房では2016年に、西山さんがイギリスで描かれた花の水彩画展を開いていただきました。2019年9月に出された「イギリスの小さな旅」は、4冊シリーズで、約10㎝角の手のひらサイズの文字通り小さなミニプレスですが、その中に、西山さんが見つけたイギリスの魅力が詰まっています。イギリスの田舎のTea Roomでの紅茶の楽しみ方や、ガーデニンググッズのこと。「ピーター・ラビット」の著者ビアトリクス・ポターの別荘を改装したホテル、ポターがナショナル・トラストに賛同して広大な土地を寄付したことや、ポターが保存を訴えたおかげで残った小さな家の写真。中世の豪族「エア」の名が刻まれた教会の写真と、小説「ジェーン・エア」がこのエア一族の名前をかりて命名したらしいことなど、西山さんの心を動かした小さなエピソードがいっぱいです。もちろんレティシア書房では、昨年から店頭販売していますので、ご存知の方もいらっしゃると思います。

なお、青幻舎発行「英国ヨークシャー 野の花たち」「さくら」を始め、「誕生」「愛おしいひととき」「英国ヨークシャー想い出の地を旅して」などの著作、水彩画の花々の便箋・封筒・一筆箋・ポストカードなども揃っています。この機会にぜひ美しいイギリスの風景写真と優しい花の水彩画をお楽しみください。(女房)

★「イギリス小さな旅シリーズ 刊行記念展」は、

3月17日(火)〜29日(日)月曜日定休 12:00〜20:00(最終日は18:00まで)

 

 

 

 

 

 

 

http://www.soukasha.com

 

Goldmundの “AlL Will Prosper”(輸入CD1650円)のジャケットは、西部開拓時代のむさ苦しい男たちがテントの前に並んでる写真。中を開けても、解説もなけりゃ、ミュージシャンの紹介もないという、今時珍しいCDです。ウィキペディアによるとキース・ケニフという音楽家がやっているバンドの名前らしいです。

一言で言えば、ワイオミング、テネシー、テキサスの大草原を吹き抜ける風を感じます。これらのアメリカの都市に行った経験はありませんが、真っ青な空と、一面に広がるトウモロコシ畑を通過してゆく心地よい風のような音楽です。ギターとピアノだけで演奏されているのは、アメリカンスタンダードとも言えるもので、「アメイジンググレイス」「テキサスの黄色いバラ」「シェナンドー」など、あれ?どこかで聞いた曲ばかりです。オリジナルの英語タイトルしか記載されていないので、日本タイトルがわかりませんが、あぁ〜懐かしいとノスタルジックな気分へと誘われること間違いなしです。ゆっくりと、長い時間をかけて歌われ、演奏されてきたトラディッショナルな曲が持っている詩情を、ポツリ、ポツリと囁くように演奏したアルバムですね。

もう一人、ご紹介します。マンドリン奏者のデヴィッド・グリスマンです。

マンドリン、ギター、ベース、バイオリンに4人によるスインギーなサウンドです。彼はカントリーミュージック系の人物です。しかし、フランスのジャズギタリスト、ジャンゴ・ラインハルトの名曲「マイナースィング」を演奏しているからでしょうか、これはヨーロッパに匂いがしてきます。それも、どちらかといえば北欧系。短い夏の日。森の中でみんなと楽しむランチの後ろで奏でられる楽しさと哀愁に満ちた音楽です。”Hot Dawg”というタイトルのアルバムは、ジャケットも素敵です。(輸入盤1400円)

どちらも、名作とか名盤ではありませんが、聴く人の気持ちを和らげてくれる音楽です。大文字山のてっぺんで、京都市内を見ながら、風に吹かれて聴いていたいな〜。

以前に、「ドライブイン探訪」(筑摩書房売切れ)という本を紹介しましたが、その著者橋本倫史の「市場界隈」(本の雑誌社/古書1300円)を読みました。

那覇にある「那覇市第一牧志公設市場」で働く人々をルポした本です。日本一小さい本屋として有名になった古書店「ウララ」もここにあります。戦後、那覇市は米軍管理の土地を借地契約し、1951年に公設市場が発足し、200店舗のお店が営業していました。近隣への大型店舗の進出等で、市場も店舗数は減少傾向にありますが、沖縄県の珍しい食材が安く購入できることや、食堂で家庭料理が安く味わえることからガイドブック等に掲載され、観光客が多く訪れるようになり、観光スポットとして脚光を浴びています。

著者は、この市場に店を構えている人々を訪ねて、店の歴史やそこで働くようになった経緯等を聞いていきます。正に人に歴史あり。

「私が小さい頃は、今日は何を食べる、明日は何を食べるという時代ですよ。ごはんを食べていくためには、小さいうちから働かないといけない。」とは、中国語も操る長嶺鮮魚の名物女将、長嶺次江さんです。本当最南端の糸満市から、戦後この市場に良い仕事を求めてやってきます。

「その当時は働いているのはほとんど戦争未亡人のおばちゃん達でした。皆さん私よりも年上だったけど、優しくしてくれて。沖縄の商売は会話が大事だから、ユーモアの精神でやる。」と話されていますが、「沖縄の商売は会話が大事だ」は、ここに登場する店主たちの多くがおっしゃっています。そして、誰もがよく働く。予算に縛られたり、売上に追いかけられているのではなく、生きることがそのまま働くことに結びついているのです。

大衆食堂ミルクで、75歳になった今も働く宮城初江さんは、こう言います。

「将来のことはね、何も考えませんよ。とにかく頑張って働くだけ。他に何があるの。『いらっしゃいませ』、『ありがとうございました』、これぐらいよ。別に儲けようと思ってませんよ。色々必要な支払いを済ませて、ご飯を食べることができれば十分よ」

多分、こういう人たちがいっぱいの市場だからこそ、その幸せをちょこっと分けて欲しくて、多くの人たちが訪れるのでしょうね。確かに、ここに登場するおっちゃんやおばちゃんの顔を見ていると、良い気分になってきます。

なお、この市場は2019年6月で営業を終了、建て替え工事に入るのだそうです。だから、ここに収録されている市場の写真は、もはや過去のもになってしまいました。貴重です!

 

 

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阿久津隆の読書日記第二弾「読書の日記 本づくりスープとパン 重力の虹」(NUMABOOKS2035円)は、なんと厚さ5cm強のハードカバーです。著者は、18年にも同社から「読書日記」(2750円)を出しています。通読できるものなら、読んでみな、みたいな挑戦的な本ですが、面白い作家を取り上げています。

今回は、武田百合子、植本一子、多和田葉子、島尾敏雄、トマス・ピンチョ、エリック・ホッファーなど多彩な顔ぶれです。その中に、前にブログでも紹介した柴崎友香の団地小説「千の扉」が取り上げられていました。紹介の出だしが面白い。こうです。

「壊滅的に暇な日になった。もう何時間もひとりきりでいる。だから柴崎友香を読み始めた。」

暇だから=柴崎友香って、いいですね。あの小説、最後まで静けさが染み入る物語だったので、誰もいない店内で読むには適したチョイスです。

普通の読書日記スタイルの本なら、読んだ順に本火ついて書かれています。でも、この著者の場合、前作もそうでしたが、読書の合間に起こる、日常の様々な出来事や、個人的用事などがインサートされています。「千の扉」でも、体の調子が悪くなったり、歯医者に行ったり、プロ野球観戦に熱中したり、友達の結婚披露宴に行ったり、ipadを買ったりと、著者の日常に付き合わされます。そこが、面白く、ダラダラ読んでいくと心地よくなってくるから不思議です。

ところで、著者は”本の読める店”というコンセプトの店「fuzke」を、東京で営んでいます。カフェ&ランチのお店みたいで、HPを眺めていると「静かな時間をお過ごしいただけます」とか「ゆっくりゆっくりお過ごしいただけます」といった文句に出会います。何やらうちのご近所の「月と六ペンス」みたいな場所ですね。

「0時半ごろ布団に入り『重力の虹』を読み始めた。1944年のイギリスが舞台。バナナの話が延々と繰り出されていた。かっこいい。」

ええっ〜そうか!あの本が??ピンチョの傑作と、高い評価ですが、私はダメでした。早々に放り投げました。でも、「夜、『犬が星見た』を読み始める。のっけからいい」というのには賛成です。

電車の中では読むのには不便ですが、寝床でダラダラ読むにはいいかも。しかし、分厚いなぁ〜枕代わりになるかも………。

 

公開時、映画館で観ていて、開いた口が塞がらなかった映画があります。ちょうどレティシア書房の古本市真っ最中で、ブログでご紹介していませんでした。

今回家で見直して、やはり凄い映画だなと感心しました。弱冠28歳のアニース・チャガンティ監督「サーチ」です。

妻を亡くしたデビットは、一人娘マーゴットと二人暮らし。ある日、マーゴットと連絡が取れなくなります。いつもやりとりしているメールにも、電話にも応答がありません。事件に巻き込まれたか、失踪したのか?なんとか娘を探そうとする父の姿を追いかける映画です。なんだ普通のサスペンス映画?とお思いの方、それが全く違うのです。

物語がすべてパソコンのモニター画面上で進行していくのです。娘の無事を信じたいデビッドは、マーゴットのPCにログインして、インスタグラム、フェイスブック等の彼女が活用しているSNSにアクセスを試みていきます。

映画には、パソコンの操作画面と、PCのカメラが捉えた父親の姿、そして誘拐事件を捜査する刑事とのチャット画面などのPC世界だけが延々映し出されます。

PCの画面には、父親が知らなかった娘の姿がありました。観ていると、そこに登場する娘や、娘の友人はリアルな存在なのか、もしかしたら架空の人物なのではないか、と不思議な気分に陥ります。沢山の情報が詰まっているのにそこに居る人の本心に届かないもどかしさ。娘はネットの向こうで何をしていたのか?私たちも錯綜しながら、刻々と変化するモニター画面に釘付けにされて、最後のどんでん返しに遭遇する羽目になります。

スティーブン・スピルバーグが、従来の映画文法を全く無視して作り上げた25歳のデビュー作「激突」(71年)と同じような、革命的な新しさに満ちた映画です。そして、私たちが、繰り広げられる事象がリアルなのか、ヴァーチャルなのか判断できないネット社会で生きていることを突きつける作品でもありました。もし、この作品が10年前に公開されていたら、SF映画と言われてしまうかもしれませんが、今なら誰もが、いかにもありそうだと納得します。SNSが日常のコミュニケーションツールになっている方には、これが当たり前でしょう。スピルバーグ同様チャガンティ監督は天才ですね。

エンタメ作品として、破格の面白さを持っている一方で、ネット社会に生きる私たちの姿を見事に捉え、戦慄します。

角田光代は、本著の解説でこう書いています。「ユトリロの描いたパリと、開高健の書いたパリはまったく異なる印象を残す。異なるどころか対極だとすら思う。かたや、人のまったくいない、『人間への拒絶』を示すパリであり、かたや、食べもののにおいと人間の熱と絶え間ないおしゃべりに満ちたパリである。ユトリロの描くパリは静で、開高健の書くパリは川のように止まることのない動だ。だから、この作家がユトリロの絵に惹かれた、というのは不思議なのである」

いや、全く同感。「開高健のパリ」(集英社/古書1700円)は、2019年に発行された新刊に近い本なのですが、中身は、1961年みすず書房より発行された「現代美術15 ユトリロ」に収録された文章とユトリロの作品、そして開高がパリについて書かれたエッセイをまとめたものです。

61年当時に比べて印刷技術が格段に向上しているので、ユトリロの作品がどれも見応えがあります。それぞれに、開高の短い批評が付いています。例えば、「ミュレー街のキャフェ」という絵の横にはこう書かれています。

「疲れて倦んだこころにはこよなき慰めをあたえてくれる作品である。明朗な空虚。(一部略)慎ましく、しかしゆたかに生きる術をねがってそのこころのままに絵筆は動き、とまったところで作品は完成し、作家は空虚にのこされて満ちたりたと思われるのである。」

若い時には、ユトリロの絵は退屈 でしかありませんでした。しかし最近、背後に広がるどんよりとした曇り空に惹かれるようになり、事あるごとに作品を見直しています。人影の全くないパリの街角から漂ってくるものを、開高がどのように見ていたのか興味津々でしたが、「明朗な空虚」と、見事に言い表しています。

開高健という作家は、ベトナム戦争の狂気と退廃と屈折の文学と言う印象があります。サブタイトルに「ヴェトナム短編集」とある「歩く影たち」(新潮社/古書1100円)あたりが、マイフィバリットです。濃密な文体で、角田が言うように「生への愉悦』を描き続けた彼が、寒々しい風景ばかりを描いたユトリロの作品の中に見出したものは何だっだのか? それを見つける一冊です。

 

「ちょっとしんどいことを『いつものこと』と思って流したり、日々大切にしている『いつもやっていること』があったり、そんな私の日々のなかに、つくることはあり、ただ、それだけのものを展示しています。ゆるくご覧になってください。」

すずむらのどかさんが個展に際して書かれた一文です。

絵本を自主制作されてきたすずむらさんの最新作「いつものこと」の原画展が今日から始まりました。彼女の近くにいる人たちの営みや、愛してやまない犬との生活が描かれています。描かれたディテールがなんとも懐かしい、昭和の香りに満ちています。

お正月やお盆やお祭りなどの決まりごとが、折折に、当たり前のように家の行事としてあり、おじいちゃんやおばあちゃんと一緒に過ごして来られたのだと、見ていると温かな気持ちになります。きっと彼女は優しい人たちに囲まれて、幸せな時間をいっぱい持つことができた人なんだと思いました。

私としては、昨年死んだうちのわんこマロンにそっくりなシバ犬の背中の絵に抱きつきたくなりました。すずむらさんの絵からは、匂いとか手触りとかがリアルに伝わってくるのです。彼女の初めての絵本「ぼっとんべんじょ」なんて、ホント、笑えてくるほど臭ってきますよ。

彼女は兵庫県たつの市出身。成安造形大学イラストレーションクラスを卒業後、しばらく奈良の就労支援施設「たんぽぽの家」アートセンターHANAのアトリエで、障害者の方達の絵を描くサポートの仕事をされていましたが、2年前から地元に戻り、制作に専念しています。今回は、原画とともに、手ぬぐい・カバン・Tシャツ・ポーチなど、すずむらさんの生み出すおおらかなキャラクターのグッズが、たくさん並びました。ぜひお立ち寄りくださいませ。(女房)

すずむらのどか「いつものこと」は3月15日(日)まで 12:00〜20:00

 

 

チュニジア生まれの作家ナセル・ケミルと、北京生まれの画家エムル・オルンが組んだ絵本「歌う悪霊」(小峰書店/古書600円)を読んだ感想が、このブログのタイトルです。

北アフリカサエル地方の昔話から作った物語で、貧しい男が決心して「悪霊の荒れ野」を開拓します。草を刈り、石を拾い、土を耕していると、悪霊たちが現れて「おまえは、そこで、なにをしている?」と尋ねてきます。この地を開拓すると答えると、悪霊たちが手伝ってくれます。翌日、石ころを拾っていると、今度は10人の悪霊が出てきて、手伝ってくれます。男は、日々この地に出かけて作業をすると、どこから湧いてくるのか多くの悪霊たちが手伝ってくれます。麦を蒔こうとした日には、その数なんと40人の悪霊。

とめどなく出てくる悪霊の姿が不気味です。インドかアフリカっぽい帽子をかぶった彼らの目線が怖い!もう、この時点で、子供はアウトじゃないかな。本を投げ出すでしょう…….。

さて、男は自分の息子に麦畑が鳥に襲われないように見張りに向かわせますが、これが命取りになってしまいます。悪霊に魅入られたこの男と一家の最後は悲惨です。息子は、25600人の悪霊に打たれ続け、クレープより薄くなってしまい、妻は51200人の悪霊に髪の毛を毟り取られてしまう。オカルト話なんですが、これが滅法面白い。この絵をそのまま短編アニメに仕立てあげたら、きっとゾッとする作品になるでしょう。

悪霊の「まて、てつだってやる!」という言葉が、後ろから追いかけてきそうです。知らない人の親切に注意というような教訓なのか? それにしても怖い!

★本日の京都新聞書評に、ブログで紹介した小暮夕紀子「タイガー理髪店心中」が載っています。まだ在庫はございますので、良ければどうぞ。

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先ず、ご紹介するのは雪村いづみ(1937年〜)。元祖三人娘と言われた日本を代表する歌手、美空ひばり・江利チエミ・雪村いづみですが、その中でも最も英語の発音がよく、海外の曲を歌わせれば、抜群の歌唱力を発揮したシンガーです。

彼女が、フランスの民族音楽ミュゼットを歌ったコンサートが1994年にありました。その様子を収録した「ミュゼットを唄う」(絶盤1700円)を入荷しました。音楽家の父と映画会社を経営する母をもつ雪村には、モダンなセンスが早くから身についていました。このライブには、ミュゼット界の大物アコーディオン奏者も参加して、フランスの下町の雰囲気一杯のコンサートに仕上げています。小粋で、ちょっとセンチで、ハートウォーミンな雪村の歌声を聞いていると、心が解放されてゆくようです。ベースはシャンソンなんだけれども、陽気で、明るく、ちょっと哀愁のある曲をのびのびと歌っていて、アコーデイオンが奏でるキラキラした音色とまるでダンスを踊っているような感じが素敵です。ジャケットデザインは和田誠。このCDの楽しさが伝わります。

さてもう一人ご紹介します。ズバリ美空ひばりです。今回入荷したのは1955年から1966年にかけて録音された膨大な曲の中から、ジャズスタンダードと、ポピュラー音楽の名曲をセレクトした2枚組「ラブ!ミソラ ヒバリ」(2500円)。エリントンの名曲「A列車で行こう」は、ドラムの音だけで列車が走り出す雰囲気を作るイントロで始まり、ベースとピアノが絡んで美空が登場。日本語で歌い出して、途中で英語にチェンジ。後半はスキャットでスイングします。この人の音楽力の大きさを知る一曲です。コール・ポータの”Just one of those things”では、フルオーケストラバックに、これもまた日本語でシャウトしていますが、ジャズと歌謡曲の微妙なライン上で巧みに歌う芸当を見せてくれます。

彼女の歌は、感情が過剰になりすぎることがあります。アイルランドの民謡で誰でも知っている「ダニーボーイ」も後半、そうなるのですが、そこですっと引く歌い方で、曲に深みを与えています。ライナーノーツも充実していて全曲歌詞(訳詞)付きです。