この歌詞で始まるのは、ダニエル・ラノワのアルバム”ACADE”です。静謐で、力強い音楽については、後でご紹介します。この曲は、小説のラストシーンに見事にマッチします。それが、ハッピーエンディングでも、そうでもなくても。

中山可穂「悲歌」に収録されている「蝉丸」(もちろん能の名作を下敷きにしていますが、知らなくても全く問題ありません)。結婚していながら、かつて愛した男、蝉丸を忘れられない夫は、旅先のアンコールワットで、妻を捨てます。そして、ラストはこうです。

自分のからだを太陽と泥水に剥き出しに晒して、汗と埃と砂塵にまみれながら走っていると、これまでの自分を縛っていた常識とか世間体とかいったものから少しづつ解き放たれて、まっさらな素の自分自身に戻っていけるような気がした。

そして、この灼熱の街にいるはずの蝉丸を探し求め、

彼が自分を待ってはいないか、心の眼を開き、その手で触れながら、気が遠くなるほど何時間も何日もさまよい続けた。

で小説は終わります。まぁ、救いも何もない話といえば、それまでですが、この曲は似合います。

小説ではありませんが、映画「ヘルプ」のラストで使われても良い曲です。ご存知のように、この映画はまだ黒人が市民権を持っていなかった、差別されるのが当たり前の時代、お手伝いとして裕福な白人の家庭で働いていた黒人女性達の話ですが、黒人が被害者、白人が加害者という単細胞的描き方ではなく、女性の視点から描かれているところが素晴らしい映画です。(こんな全うな映画をアメリカは作れるんだ!!)そのラスト、前を向いて、黒人としての自分に誇りを持ちながら、一本道を歩む主人公を見つめるところで映画は終わります。ここで、この曲が流れれば、もう最高です。

と、様々な場面で使える曲ということは、音楽自体に説得力があるという証明です。

ダニエル・ラノワ。本来は音楽プロデューサーです。この人のプロデュース作品には100%信頼を置いています。過剰なまでに音を細分化して、搭載情報量ギリギリまで入れてしまうことをせず、もう空白だらけ、という意味では、極めて日本的な間を重視する製作態度でアルバムを作っています。一つ一つの音を大切に、というのは私の小鼓の先生がよくおっしゃるこですが、ダノワも、一つの音に深い意味を込めて音楽を創造しているからこそ、どのアルバムも素敵な出来上がりなのでしょう。お薦めです。

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安曇野発の沖縄紹介リトルプレス「ぱぴる文庫」1〜3号が入荷しました。
ページを開いた瞬間、眩しい!と感じるリトルプレスですよ、これは。
そして、各号で紹介されている沖縄野菜の写真やら、お料理を見て猛烈な食欲が襲ってくるアブナイ本でもあります。「ゴーヤーのサラダなんとなくベトナム風」、「タイ風かぼちゃのオレンジカレー」「ナーベラーとエビの卵炒め」(ナーベラーはへちまの事です)等々、名前を聞いただけでお腹が減ってきますね。
連載記事もユニークです。題して「沖縄おべんとうウォーズ」。1号の巻頭文にこうあります。
「ここに記すのは、沖縄おべんと修行の記録である。真夏の暑くて倒れそうな日も、台風の暴雨風が吹き荒れる日も、北風が吹きつけ凍え上がる日も、毎日毎日ここにたたずみその熾烈な争いを乗り越えてきたのだ。たかがおべんと、されどおべんと、たったひとつのおべんとの中にも、さまざまなドラマが詰め込まれているのである。」
と、日々灼熱の沖縄のストリートで繰り広げられるおべんとの顧客争奪合戦をレポートしてあります。その涙ぐましい努力。もちろん、写真入り。これが、また胃袋を刺激します。調査した久茂地交差点のマップと、どこでどんなおべんとを売っているかまで網羅されています。「今日のランチボックス」というコーナーでは、レシピも載っています。もう拍手、拍手です!
で、こんな沖縄100%の雑誌が、沖縄ではなく信州の安曇野発というのが面白い。このリトルプレスの主催者の方が、沖縄に移住し、また故郷に戻って来られたという経緯が創刊号に書いてありました、なるほどね。
そして、ここからもう一冊「くっきりと安曇の光の中で」という本も出版されています。循環型エココミュニティ「シャロムコミュニティー」を丸々紹介した本です。大地とともに共生し、自然と共に行きて行く実践の場としてのコミュニティーの姿が、美しい写真と共に掲載されています。こちらは、全く沖縄とは違う自然が楽しめる一冊に仕上がっています。
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20日の店主のブログでご紹介しておりますように、ただ今「羊・フェルト・風」展を開催中です。初日、北海道江別市から来て下さったフェルト作家の澤口弘子さんが、うれしいことに一日中在廊でした。

 

彼女は3月に京都文化博物館で行われた「羊パレット」(羊毛を主軸とした公募展)に出展されていました。出展者のうち何人かの作家さんに、レティシア書房で個展をしていただけませんか?とお願いした中で、快くお引き受け頂いた方のおひとりです。「羊パレット」を開いたスピナッツの本出さんも、初日に駆けつけてくださいました。

 

30年ぶり、新婚旅行以来の京都だということでしたが、月曜日に来て水曜日には帰るという強行スケジュールでした。でも、初日のお客様の隙間をぬって、四条のギャラリーギャラリーへ作品展を見に行ったり、レティシア書房の近く、寺町通りを散策したりと、短い滞在を精力的に楽しんでおられました。

 

北海道の茶路めん羊牧場とは羊毛の関係でお付き合い頂いているようで、牧場からもスゴイ作家さんだよ、ということは聞いていました。

初めてお会いした方のようには思えず、散策にご一緒しながら随分親しく楽しくおしゃべりいたしました。私は、フェルトの技術については門外漢ですが、並べられた作品はどれも軽く暖かく美しいものです。

 

北海道のご自宅に帰宅後、すぐメールを頂きました。「江別はみぞれまじりの雪が降り、長い冬の始まりです。暖かかった京都が懐かしい(笑)」と書かれています。その寒い冬もフェルトのベストがあれば、あとはコートを着れば大丈夫!と、ご本人から聞いたことを思い出し、ギャラリーの作品を眺めながら、遠く離れた北の風景を想像しています。(女房)

 

 

 

 

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一時、正確に言えば、大学からペーペーのサラリーマン時代にかけてですが、辻邦生の小説を読み漁りました。大正14年生まれの小説家、フランス文学者です。この人のおかげで、その後の人生観が大きく変わりました(かな?)

「君の美しい髪の毛に触れてみたい」などという唾棄すべき台詞を口に出して、女子大生にへらへらすることにのみ、頭を使っていた大学時代ですが、辻さんの小説を読んでいる時は違いました。清廉、禁欲的、孤高、実直、そして高い美意識に貫かれた彼の小説の主人公は、もう私の生活からは、銀河系の彼方の彼方の人々でした。

私は、時代小説は読みません。大体、長ったらしい漢字がいらつきます。信長なら信ちゃん、秀吉なら秀さんにしてもらえれば別ですが。しかし、辻さんの時代もの「西行花伝」「安土往還記」は何度も読み直しました。前者では源氏平家争乱の時代、地獄のような苦しみに喘ぐ庶民の中を見つめた西行の詠んだ歌

暇もなき 炎のなかの 苦しみも 心おこせば 悟りにぞなる

そして、有名な

願はくは 花の下にて 春死なん そのきさらぎの 望月の頃

で終わる最終ページで涙し、後者では究極の孤独の中で己のすべてを燃やす信長の姿に、背筋を伸ばさねばならぬ、女性の髪の毛のことばかりの妄想の日々に決別せねばならぬと、「超」短い決心をしては、又妄想に戻っていました。

それから、数十年、ぶれすぎて芯など摩耗しきった私ですが、彼の小説から教えてもらったことは忘れていません。「三つの真実より、一つの美しい嘘を」とはヨーロッパの大作家の言葉ですが、虚構として提供された物語の面白さから、美意識の大切さを自分のものにする努力を怠らない、ということです。何が美しいかは、人によって様々で、自分が美しいと思ったものを後生大事に抱えていくと、その人だけの美意識ができあがることの大切さを忘れないということを、物語が教えてくれます。

古書業界でも新刊業界で、彼の小説は真面目すぎて…..で人気下降中ですが、当店では私自身の軽佻浮薄への自戒の意味も込めて、長編、短編に関わらず在庫します。因みにこの人の小説は、文庫ではなくハードカバーでお読み下さい。ずっしりとした重みと丁寧な本作りを味わいながらお読みになることをお薦めします(高くないんで、ご安心を)

短編「オルフェウスの娘たち」のラストでこんな台詞が出て来ます。

「いいのよ、一度どこかで苦しまないと、人間て、大人になれないんだわ」

辻邦生の小説は、苦しみ抜いた人間が到達した世界(彼はそれを「甘美な世界」という言葉で表現していましたが)を描くことに一生執着した人なのかもしれないですね。ほんの少し、清廉潔白、実直にして誠実という言葉のお友達になりたいなら、彼の小説は親友になってくれるかもしれません。小説はちょっと、という方には山本容子とのコラボ「花のレクイエム」がお薦めです。

 

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秋深まる頃の季語「冬隣り」

11月16日〜18日の三日間、その「冬隣り」という展示会に伺いました。(写真は撮れませんでした)

上京区の京都府庁近くのお宅を借りて、お茶にまつわる陶、漆、木工、染織、彫金、銅版画、などの作品を並べ、そこでお茶を頂くという企画です。若い工芸家がそれぞれの感性で作ったものを、茶道の難しい作法はさておき、色々な工夫でカジュアルに楽しみましょう、って感じで、家のあちこちに作品を置き、お茶席で使い、和の暮し方もいいね!と提案しています。

 

銅版画を染織の作家が軸に仕立てて、床の間に飾ってありました。少し大きめの木の箱を木工作家が作り、その中に、抹茶茶碗や棗などを収めて携帯用のセットを仕込んだ物もありました。それを持って、紅葉の下でお抹茶を頂くのも風情でしょうねぇ。

 

レティシア書房には様々なDMが置ける棚を入り口付近に設けています。

「冬隣り」のDMは、まず、作陶家の田頭さんが置きにみえました。彼女の個展やグループ展のDMは、開店当初からお預かりしていました。

それから、木工の川上さんが持って来て下さいました。彼は猫町というカフェのオーナーで、レコードを通じて店主がお付き合いさせて頂いていました。まさかのお二人一緒の展示会にちょっと驚きながら、ご縁が繋がってるのを強く感じて、なんか嬉しくて、川上さん作の茶杓と、田頭さんのカップを買ってきました。茶杓はうちではジャム用スプーンに、カップは毎朝のコーヒーに活躍しています。(女房)

 

 

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先日、劇場で観るのを見逃した、ヴィム・ベンダース監督の「Pina/ピナ」を観た。かっこいい!の一言でした。そして、その時、何故か上林暁の一連の私小説が脳裏を横切った。似ている、そんな馬鹿な。お前の頭イカレテルんちゃうか?と言われそうなのだが。

「Pina/ピナ」はご承知のように、ドイツの誇るピナ・パウシュの舞踏をドキュメントした作品です。しかし、「パリ・テキサス」、「ベルリン天使の歌」等のヴィム・ベンダース監督は、舞踏を単純に追っかけるような映画を作るわけがありません。絶妙なトリックを使ったり、街中の雑踏、あるいは現代建築の硬質感のある空間での舞踏とのコラボで、映像で舞踏を捉える巧みな演出を見せます。ピナも凄いけど、おいらも凄いぜとカメラの後ろでほくそ笑んでいる彼の姿が見えてきます。だから、かっこいいんです。ピナなんて知らなくても、エンドロールのサウンドで、思わずピナ風の踊りをしてみたくなります。

このサントラあれば欲しいです。開店前のお掃除に使って、奇妙な動きで硝子拭きやります。きっと、ご近所からは、あ〜あぁ、ついに脳みそおかしならはったわ〜という声が聞こえてきそうですが。

この映画、もちろん他のベンダース映画もそうですが、カメラが微妙にゆらぐのが気持ちよくなります。ハリウッド映画みたいに、人の動体視力を無視した如き、派手な動きではありませんが、微妙に左に、右に揺らぐのです。そして、これって、上林の小説に似ていると唐突に感じました。

上林暁は、私小説、特に妻の入院中の事を扱った病院ものに定評があります。銀閣寺の古書店「善行堂」店主、山本善行さんが選んだ小説集「星を撒いた街」(夏葉社)に収録されている「花の精」に主人公の視線のゆらぎを感じるのは私だけでしょうか。夕暮れ迫る、寂しい駅の降り立ち、サナトリウムに向かい、戻ってくるまでを描いた辺りの描写に、特にそれを感じました。

或は、「星を撒いた街」冒頭で、主人公が友人、沼田の家目指して歩く描写でも、ゆらぎを感じます。蛇足ながら、初めてこの小説を読んだ時、ラストシーンで突然、エリック。ドルフィーの吹くバスクラリネットの重苦しく喘ぐサウンドが聞こえてきた、極めて音楽的小説でもありました。それだけ文章が研ぎ澄まされてていて、あらゆる感性を刺激する程の完成度を持っているという事でしょう。

全く関連のないものが、突如関係があったごとくに蘇ってくる瞬間がある。その突拍子もない関連づけには、我ながらヘキヘキすることもありますが、それもまた面白いと感じるようになりました。これも、年のおかげですかね。

 

 

 

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新しいミニプレスの仲間が増えました。タイトルは[Bon Appetiit/ボナペティ」雑誌のテーマは「つくること」です。

パラパラとめくると、あぁ、大橋歩が編集していた「アルネ」風ね、と思われる方もいらっしゃるかともしれません。でも、キラリと光る記事を見逃してはいけません。今回、バックナンバーから揃えましたが、例えば4号では、このブログでも紹介した大竹昭子さんが主宰されている「カタリココ」という朗読とトークイベントに関しての記事が載っています。「カタリココ」は大竹さんの造語で、「語り」と「ココ」を組み合わせてあります。様々な場所で、様々な人達を呼んで、本の、そして言葉の楽しさを分かち合うイベントです。何故、こんなイベントを始めたのか、という質問に彼女はこう答えます

「人のため、本のため、自分のため」

最新12号は、「今だから、自分らしく真っ当な店」というコンセプトで、喫茶店オーナー、アンティークファブリック主宰者、生活雑貨屋さんが登場します。「静謐」という言葉がピッタリのお店とオーナーの言葉です。

ところで、連載記事に、一度行ってみたい書店「森岡書店」オーナー森岡督行の対談「本と人」は、本好きにお薦めです。今回、対談のお相手は生活雑貨店Roundaboutオーナー小林和人さん。対談の俎上にのる書物は、河井寛次郎「いのちの窓」、尾崎放哉「尾崎放哉句集」、ロラン・バルト「愚景」、谷川俊太郎「しりとり」という渋いラインアップです。尾崎放哉「尾崎放哉句集」は全く知りませんでしたが、小林さんはこう言っています

「その言葉の外に広がる、途方もない余白に魅力を感じるんです」

きっと、この人のお店もそんな、余白の魅力を楽しめるのだと思うと、行ってみたくなりまね。

この連載は三度目で、11号、10号でも読めますが、残念ながら11号は品切れだそうです。いずれ、この連載をまとめて、さらに本好きに気に入られるような企画を入れて一冊の本にしていただきたいものです。

表紙に曰く「つくる人の姿を伝える本 ボナペティ」とありますが、正確に言えば「つくる人の静かな姿を伝える本」だと、私は思います。バックナンバー(550円)と「思いつきは神のささやき〜旅するシェフの4000日」(1200円)本日より販売開始です。

 

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本日より、北海道江別市(札幌のお隣だそうです)の「Simple風」主催の澤口弘子さんの、フェルト作品展が始まりました。男子禁制です。(嘘ですが)

古本屋があっという間にブティックに変身しました。暖かそうな手袋、ショール、ベストそして帽子等の作品がズラリ並んでいます。私は帽子が気に入りました。しかし、冠れません。これ、着こなせる男性いたら凄いです!!。写真取ってブログに載せます。お店に飾ってある作品は、すべて手に取って、着ていただいても構いません。これ、可愛い、あれも、となると男子はきっと無理です。いや、その輪に堂々と参加出来る男子いたら、男の中の男ですね。蛇足ながら、女子会にふわぁ〜と参加できて、ニコニコできる力のある男子こそこの国の首相になって欲しいもんですね。消費の半分を引っ張ってる女性のことわかんなさそうな爺さんじゃね。

ご来店された方同士で、似合うわね〜と褒めちぎり大会していただきたいものです。実はもう、なってますが…………。

フェルト作品と一緒に、同じく北海道白糠の茶路めん羊牧場のサフォーク靴下や、羊油せっけん「サボーの丘」も販売中です。ハッキリ言っておきます。高いです。しかし、けれど、but、使用感は最高です。靴下は、私も愛用しております。三足某の靴下ではこんな暖かさは期待できません。身体全体が暖まってきます。石鹸は、羊油から作られた国内初の化粧石けんです。合成の香料、着色料、防腐剤は一切使用していません。お肌の弱い方をはじめ、少なからず愛好者がおられます。牧場の愛らしい羊フォトも販売中です。

さらに、北海道発の雑誌「カイ」の羊特集号やら、北海道紹介マガジン「スロウ」(バックナンバーも在庫しています)果ては立松和平の写真集「釧路湿原」まで揃えております。以前、安藤誠さんの「安藤塾」に来られて、彼の話にすっかり魅了された貴女!なら絶対に来るべき展示会です。北の大地の暖かさにほっこりして下さい。

ご注意ー入店された時に、ぷう〜んと動物の臭いがするかもしれませんが、これが羊の匂いです。一度その匂いに魅入られるともうたまらん!!

こういう企画の時って、ライ・クーダーやボビー・チャールズ、レア・カンケル等のシンガー&ソングライター系のシンプルなサウンドって似合います。さらに北の大地気分を盛り上げてくれます。

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昨今、若い人の海外留学や長期の旅をする人が減りつつあるらしい。わからんでもないですね、ネットが側にあれば世界なんて、いつも一緒。なんで、文化も言葉も違う環境に身を置いて、悪戦苦闘しなけりゃならんの?ごもっとも。でも行ってみなけりゃ、わからんものもあります。

サントリー社長、佐治敬三が書いた「新洋酒天国ー世界の酒の旅」(文藝春秋)。タイトル通り、世界の酒を巡って旅したエッセイです。酒飲みには、酒を学ぶのには最適の本ですが、そうでない人にもこんな文章はいかがでしょう。「数オクターブにも達する幅広いシェリーは、食前、食中、食後を通じて、人の味覚を楽しませるのではないか」そしてイギリスの諺「シェリーの一杯が先行しない食事は、太陽のない曙のようなものだ」をこう自分で訂正します。

「シェリーのない食事は、太陽のない1日のようなものだ」

ということで、「異国にて」というタイトルで、それらしい?本を集めてみました。この手の本は「深夜特急」以降、膨大に出版されていますが、やはり読ませるのは、沢木耕太郎です。「一号線を北上せよ」(サイン入り/講談社)は、彼が彷徨したアジア、ヨーロッパの喧噪の中で身についた、その街角の臭いを見事に言葉に置き換えています。さすが、「深夜特急」の著者です。簡潔で、ストイックな文体は、相変わらず魅力です。若き日、「深夜特急」をポケットに入れて、世界へ飛び出したバックパッカー達には必読です。「一号線を北上せよ」という内なる声に突き動かされて、旅に出ようとする姿が見えてきます。

沖縄、フランスへと住居を変えながら、世界とは何かを発信し続ける作家、池澤夏樹との超ロングインタビューを一冊にした「アジアの感情」(Switch)。池澤には「マシアス・ギリの失脚」、「ハワイイ紀行」、「やさしいオキナワ」、「花を運ぶ妹」そして「セーヌの川辺」と世界各地を(私は海に隣接した街が舞台だと思います)背景にした小説、評論が多数あります。このインタビューは、何故作家は世界を移動するのか、という根源的テーマを様々な角度から俎上に乗せます。第三章「狩猟者」では、知遇を得た写真家、星野道夫の生と死について、どう受け止めたかを語っています。池澤は、かつて星野をこう評価しました。

自然について詳しく知っていること、謙虚にして勇敢という矛盾する資質をもって自然の中にはいってゆくこと。それを人生の姿勢として選びとること、それらの点で星野道夫はまちがいなく狩猟者である。

世界とは何かを得ようと、灼熱のジャングルを、極寒の極地を、熱気溢れる雑踏を彷徨う作家たちも、狩猟者なのかもしれません。

飛行機に乗る時間も暇もない方、いや、乗るのが億劫な方にも一読していただきたい本ばかりです。

 

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と言っても、SMの世界ではありません。打楽器の事です。すぐれた打ち手が叩き出す打楽器の音は、リスナーにとっても、或は叩かれている楽器にとっても快感のはず。私のごとき下手なドラマーに叩かれたドラムも、今叩いている小鼓も、きっと迷惑でしょうね。

小鼓や三味線が活躍する歌舞伎、能、そして文楽、あるいは落語といった古典芸能の本は少しづつ拡張しています。ただ、専門的にならずに、読んで楽しめる本、そして聴いて面白いCDを集めます。基準は、古典芸能なんて知りません、という貴方のためにです。

「歌舞伎名セリフ集」というCD(廃盤)があります。歌舞伎の名作の名シーンの、名台詞を抜粋したものです。

「月もおぼろに白魚の縢りもかすむ春の空」の七五調で始まる「三人吉三」、「ご新造さんえ、おかみさんへ、お富さんえ、いやさお富、久しぶりだなぁ』と、こうして恫喝しましょうのお手本「源氏店」等々、10作品が収録されています。台詞だけなんで、音楽は入っていません。しかし。洗練された日本語を、一流の役者がしゃべるのを聴いていると、気持ちよくなります。もちろん、舞台を知らなくても大丈夫。全部、台詞が載っています。

「知らざぁ言って聞かせやしょう」とか、「問われて名乗るもおこがましいが」なんて台詞は、一度言ってみたいもんです。

歌舞伎ではもう一つ。「芝居の食卓」。これは、舞台に登場する様々な食事を取り上げて解説した本です。嫌みなグルメ本や、食文化解説本にならずに、食べるという事についての上質のエッセイになっているのは、さすが、演劇評論家の第一人者、渡辺保先生の教養の深さによるものです。例えば、桜餅の登場する「法界坊」という芝居の章で、こう書いています。

あの葉の香りと塩味、皮のやわらかさと餡の甘さは、すでにふれたように独特の春の花の予感がするが、その幻想の力が芝居の空間をつくるのである。歴史への回帰。だから「桜餅」はいまでも私を夢にさそう芝居である。

菓子一個というなかれ。これが文化というものだろう。

さて、叩かれる快感といえば、日本の和太鼓集団「鼓童」のCDを外す事は出来ません。彼らの質の高さはライブを見て頂くのがベストですが、SONY の誇る録音システムで製作されたCDも、中々の出来上がりです。和太鼓だけのCDって、退屈?イエイエ、とんでもない。もう目頭が熱くなるなること請け合います。アルバム「鼓」。このジャケット見ただけで、大空に向かって飛び出しそうになるでしょう!えっ、俺だけ?

試聴大歓迎(ほんとはフルパワーでガンガン鳴らしたい!!)なんで、エキサイトして思い切って飛び出してください。


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