「読者はたとえ『つまらなかった』と読み捨てた本からも、何かを受け取る。一冊の本が読者の心を突き動かし、人生を変えることもある。本とはそういうものだ。自分たちが造っているものは、そういう大切なものだ」

「自分たちが造っている」という言葉から、これは編集者の物語?と思われるかもしれません。しかし、安藤佑介著「本のエンドロール」(講談社/古書1300円)の主人公は、印刷会社に務める若者、浦本。物語は、中堅どころの印刷会社営業部に勤務する浦本の、日々の仕事ぶりを描いています。

突然のレイアウト変更、印刷ミス、はたまたトンズラした編集者の後を受けて、迫り来る発売日を前に悪戦苦闘する日々が細かく描かれていきます。私たちは、著者が書いて、出版社で編集され、取次ぎへ回り、そして本屋に届くぐらいは知っています。しかし、その最終行程で、何がどんな風に行われているのか、そして会社内で働いている人達の思いがどんなものなのか、全く知りません。

変更、変更を押し付けてくる作家に対して、印刷会社の技術屋は、

「受けて立とうや。ぐうの音も出ねえ、文句なしのもんを造ってやれば、それで仕舞だ」とプライドをかけます。

日々、輪転機相手に格闘する彼らは、まぎれもなく本の職人です。

「作業を重ねた熱量や想いが、カバーを通して手に取る人の直感や潜在意識に訴えかけるはずだと思っている」

確かに店頭で、これは、と手に取った瞬間に心に飛び込んでくる本ってあります。

作家は、なんとか自分の本を多くの読者に伝えたいと様々な要求を出します。しかし、印刷する立場の人間は、全て要求通りには出来ません。「お言葉を返すようですが………色校にOKを頂いたので、紙は発注済みです」、「キャンセルは不可能です。今日工場に搬入されて、開封検品しましたので」

作家との格闘の日々です。

「本が売れなくなってゆく時代の中で、一冊の本の装幀にこだわるのは何のためか。その答えは分からない」と、自問自答しつつ、浦本は難問にぶつかっていきます。そして、彼は先輩社員のこんな言葉の深い意味を理解していきます。

「夢は、目の前の仕事を毎日、手違いなく終らせることです」

電子書籍の普及で、これから印刷がどう変わってゆくのか、未来への不安は消えません。それは、本を作る立場、売る立場でも同じです。でも、

「多くの人に祝福され、今日もまた新しい本が生まれる」

という最後の文章を、信じていたいのです。

昨日、このブログでご紹介した片岡義男の「珈琲が呼ぶ」など、珈琲に関連する本を集めたコーナーを作りました。珈琲の美味しい入れ方みたいな実用一点張りのものや、お店飲み歩きみたいなものは沢山出ていますが、読物として面白いものを探すのはちょっと時間がかかりました。

庄野雄治編集による「コーヒーと随筆」、「コーヒーと小説」(mille books/古書各1200円)は、珈琲が登場する小説、随筆がセレクトされているわけではありません。

コーヒーを生豆の状態で仕入れ、焙煎し、販売するコーヒーロースターとして徳島県内で店舗を構える庄野氏が選んだ10本の小説を集めた、「コーヒーと小説」の帯に、こう書かれています。

「小説は読まなければならないものではない。そこがコーヒーとよく似ている。コーヒーを飲まなくても人は生きていける。どちらも、あってもなくてもいい。けれど、あれば生活が豊かになる。だから、小説とコーヒーはよくあうのだ」

この本は以前、ブログで紹介していますので、今回は「コーヒーと随筆」をご紹介します。コンセプトは「繰り返し読める随筆集」です。二葉亭四迷、寺田寅彦、中原中也、北大路魯山人等々20名の随筆が並んでいます。お気に入りの珈琲店で、好きな所を読んでゆくのが良さそうです。

山川直人のコーヒーコミック、「コーヒーもう一杯」、「珈琲色に夜は更けて」、「一杯の珈琲から」(KADOKAWA/古書各600円)も、このコーナーに常備です。独特のペーソスで、現実世界を描いているのに、不思議なファンタジーの世界に迷いこんでしまいます。離婚した夫が、妻と暮す子どもと一緒に、大好きだった古本屋街を巡り、ひっそり店を開けているカフェで二人でコーヒーを飲む「バビロン再訪」など、中年男の哀感溢れる作品群をお楽しみください。

今話題のサードウェーブ・コーヒーの本もあります。何それ?と思われる方に、簡単な説明です。

「1960年年代に始まるインスタントコーヒーの普及で家庭に広まったファーストウェーブ、その後に続くスターバックなどの風味を重視するセカンドウェーブに次ぐ、第三のトレンドです。コーヒーの栽培管理、収穫、生産処理、選別そして品質管理に至る全てで適切な品質管理を行い、個性的で高品質の商品がこのトレンドです。」

私の感覚では、オーガニックコーヒーみたいなものだと思うのですが、詳しくは「サードウェーブ・コーヒー読本」(エイ出版/古書800円)を。

こちらは新刊ですが実用書で楽しい一冊。フランスでベストセラーになった「コーヒーは楽しい」(PIE2484円)は、サブタイトルに「絵で読むコーヒー読本」とあるように、カラフルなイラストで珈琲のすべてが学べます。

珈琲本の隣りには、名物書店店主の本などを揃えたコーナーも作りました。連休にのんびり読書はいかがですか?

 

 

 

入荷しました!

吉田篤弘「いつも晴れていた」(夏葉社1728円)入荷しました。サイン本1冊まだあります!

 と、書いているのは片岡義男。

そして、彼がどうしても行きたかったのが京都の「静香」。千本今出川を西に行ったところにある古い喫茶店です。「僕が平日の午後二時前後に静香の客になるとして、昼には新幹線に乗っていなくてはいけない」と、その通りに京都にやって来ます。

「静香の椅子にすわることが出来た。その椅子にすわってコーヒーを飲むことが出来た。椅子のすわりやすさには感銘を受けた、と言っていい」

片岡の珈琲エッセイ本「珈琲が呼ぶ」(光文社/古書1300円)に書かれています。珈琲を巡って音楽、映画、文学様々なジャンルが語られます。

もう一店、京都の珈琲ショップが登場します。当店からも歩いて行ける「スマート珈琲店」です。この店は、かつて美空ひばりが、映画の撮影で京都に来た時は、必ず母親と一緒にホットケーキを食べていたそうです。ひばりと「スマート」のホットケーキの話から、この後、想像をめぐらせたフィクションが、展開していきます。読んでゆくと、たまには「スマート珈琲店」に行ってみようかなと思ったりしますが、最近このお店は観光客に大人気で、いつも何人かが並んでいて、なかなか珈琲にありつけそうもありません。

本の中に、1938年、服部良一作曲、霧島昇とミス・コロンビアによる「一杯のコーヒーから」という曲について解説している所があります。

「一杯のコーヒーから 夢の花咲くこともある」という歌詞で、珈琲がもたらす夢の時間を歌っているのですが、実は翌1939年は国民精神総動員の年。

「国民の精神をなにに向けて総動員したかったのか。戦争の遂行に向けてだ。」

この年、日本国政府が矢継ぎ早に出した政策は、すべて国民を戦争に駆り立てるものでした。作曲者も歌手もそんな厳しい状況を生きています。「一杯のコーヒーから」は、そんな現実世界に背を向ける明確な意志があったのではないか、と著者は推理します。よくも、無事に発売されたものです。何故なら「時局柄まことに不謹慎である」の一言で、録音も販売もダメ!の時代でしたから。

映画の話も沢山あるのですが、黒澤明の比較的地味な作品「素晴らしき日曜日」の、主人公と彼女の夢が珈琲ショップを持つことだったとは覚えていませんでした。時代は1947年。日本軍兵士として戦争に行った男と、その彼女が、まだ戦争の爪痕が残っている都心でデートする。この時、二人はおいしい珈琲を出す店を持つ夢を語り合います。貧しく、慎ましい暮らしを続ける二人ですが、この時ばかりは素敵な時間を過ごすことができます。しかし、夢の時間は終わり、現実に戻ってゆく。二人の夢の原点が珈琲だったんですね。

 

 

明治生まれの作家永井龍男を久々に読みました。何も起こらない、季節がゆっくりと流れてゆく様を文章にしたような世界とと言えばいいのでしょうか。さしずめ、小津安二郎的映像世界が文章化されたような。

第二回(1975年)の川端康成文学賞を受賞した「秋」を収録した、短篇集「秋その他」(講談社/古書700円)を今回ご紹介します。「月見座頭」という狂言を見に行く私と、住まいのある鎌倉付近で見る月見を綴った作品です。この中で、嫁いだ娘の姑が亡くなった場面で、娘と実母のこんな会話があります。

「その後、お義父さんどうしていらっしゃる?」「夕方から上がってきて、子どもたちと一しょに御飯をたべて、それから一人でお帰りになるわ。車で送るというんだけど、一人で歩いて帰る方がいいんですって」

と、まるで小津安二郎の映画に登場する原節子と三宅邦子の会話です。

永井の文章は、どこかで深い安らぎを与えてくれます。鎌倉に住む知人とのことを描いた「昨日今日」には、こんな文章があります。

 

「梅雨の庭木の、一日で一番美しいのは、薄暮の頃である。曇りがちで気づかないが、この季節は日が長く、時刻で云うと六時半から七時近く、風のないたそがれ時である。

常緑樹も落葉樹も、小雨の中の柔らかな光りをうけて静まり、一本の木一本の樹がある所では枝をさし交わしながら、それぞれに独立した姿を示す。なんの木も自分を護りつつ、さらに自分たちの世界を確っかり譲り合っている。」

どうということのない情景描写なのですが、日本語の持つ豊かで穏やかな情感に包み込まれてしまいます。永井自身、鎌倉に住んでいたために、あの土地の持っている豊饒な文化が染み込んでいるのかもしれません。永井は芥川賞選考委員だった時、「限りなく透明に近いブルー」、「エーゲ界に捧ぐ」の受賞に納得せず、作品を否定し、委員を辞任しました。古い文学的美意識を壊されることに我慢できなかったのかもしれません。

この短篇集には、著者に鎌倉を案内されているような気分になる「日常片々」も収録されています。ゆっくりとこの古い町を散策してください。

★ご予約開始

今月下旬、吉田篤弘の新刊「神様のいる街」が夏葉社より発売されます。「神様のいる街」とは神保町と神戸。筆者が通っ本屋さんや、カフェが登場します。ご予約先着5名様に限り、サイン入を予定しています 。また、本作には幻の処女作「ホテルトロールメモ」(30p)も収録されています。

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写真家原田京子さんの「Spanish Sentiment 2」を本日から開催いたします。

 原田さんがスペインに撮影に行かれたのは、写真がデジタルに移行しはじめた頃。もう何年も前のことです。ネガフィルム百数十本とカメラを抱えて、往復の航空券と一日目の宿だけを決めての旅だったそうです。撮りたいものだけを心の赴くまま撮る。それは、きっと仕事では得られない何かを渇望する旅だったのかもしれない、と想像します。

「アンダルシアは気候も人の生活も厳しく、差別の中での悲しみや怒りを表現したジプシーのスパニッシュ音楽やダンスの発祥の地。スペイン特有の鋭角で明るいはずの光の中の風景になぜか胸に沁みる寂寥感….。そして子供の頃、大泣きした後に感じる快感のような懐かしさ。不思議な感覚を覚えながらシャッターを押していました。」と、今回の写真展のために書かれた文章にありました。

明るいはずの光の下で撮られた寂寥。生きる者が胸に抱く孤独が、深く美しい風景写真の中から、静かに心に届きます。そして、全体の色調のせいかもしれませんが、いつまで見ていても疲れない。ヨーロッパの、例えばコローなどの絵画を眺めている様な、なぜか安らぎを感じます。

原田さんとお会いしたのは、2012年にARK(アニマルレフュージ関西)の写真展をギャラリーで開催した時でした。保護された犬や猫の写真をボランティアで撮影されていて、展示作業のためにわざわざ東京から来て下さいました。動物達の表情を見ていると、原田さんが彼らに心を寄せて、愛情を注いで撮影されているのがよくわかりました。それから毎年、ARK写真展の度に一緒に飾り付けるのが楽しみになっていました。そんな中、ARK以外の写真展をしませんか?という私の話に乗ってくれて、一昨年「Spanish Sentiment 」展の運びになりました。彼女曰く「日の目を見ることがなかった」写真は、どれも素晴らしく、さすがに業界で長い間活躍してこられたフォトブラファーだと思いました。

完全デジタル化の現在、印画紙などの製造も中止されようとしているのだそうです。原田さんは、フィルムメーカーの倉庫に残っていたネガフィルムを50本手に入れて、「Spanish Sentiment 」の旅の続きに出たいと思われているらしいのです。この展覧会が、その背中を押す力の一つに、もしもなれたのだとしたら、望外の歓びです。

ゴールデンウィーク中ではありますが、お時間があれば、ぜひアンダルシアの風を感じて下さいませ。(女房)

原田京子写真展「「Spanish Sentiment 2」は4月24日(火)〜5月6日(日)まで

4/30(月)定休日 12時〜20時(最終日は18時まで)

 

名古屋発のミニプレス「棲(すみか)」は、タイトル通り「住む」という事に特化した雑誌です。最新14号の特集は「家をつくる、という冒険」(972円)。この特集の中に、愛知県にあった自宅から、岐阜県に自分の理想の家を建てるために、5年間せっせと通って、自力で家を建てた女性が紹介されています。

40代後半。自分だけの場を作ろうと思い立ち、方々探し50歳の時、この地を見つけて、雑木をチェーンソーで伐採することから始まりました。もちろん、いくら何でも一人で家なんて建てられません。基礎部分は、岐阜の工務店にたのみました。それから5年。井戸を掘ってもらったり、建具屋さんに玄関ドアを依頼したりと多くの人に助けてもらいながら、花や野菜を植え、愛犬の囲いを作り、家を整備していきました。

彼女は独身ではありません。既婚者で、別に離婚の危機があるわけではありませんが、一番大変だったのは「家を出ると夫に告げた時だった」そうです。

「なにもかもなくす覚悟を決め、自分本来の生き方を始めたら、人も知恵も集まってきた」

という彼女の言葉はとても重いと思います。

もう一人、極めて潔い生き方をしているすぎのまきこさんが登場します。馬二頭と犬一匹と暮らしているのですが、その暮らしはまるで遊牧民です。夏は京都北部の山間部にある村で暮らし、冬は琵琶湖西岸、高原市のゲルで暮らしています。定収もなければ、未来もどうなるかわからない。けれども、彼女の生き方は決まっています。

「私はジプシーのように生きたい。意味も残さず結果を残さず、この世から消えてゆきたい」

そんな彼女のもとには、多くの人達がその魅力に引かれてやってきます。こんな自分流の生き方は、なかなかできないけれども、余計なものをそぎ落とすことの素晴らしさにはあこがれます。

 

 

 

ミシマ社さんの「京都本屋さんマップ」ついに、昨日完成しました!その労力と根性に拍手です!!「ミシマ社と京都の本屋さん展」は、本日5時過ぎまで。ぜひ、このマップを見に来て下さい。全部作った長谷川さん、お疲れ様でした!!

2005年〜2014年、読売新聞に連載されていた書評をまとめた「小泉今日子/書評集」(中央公論新社/古書900円)は、彼女のセンスの良さが溢れています。

書評デビューは、「女による女のためのR-18文学賞」受賞の「ねむりひめ」を収録した吉川トリコの「しゃぼん」というセレクトで、お〜さすが、キョンキョンです。その次が女優沢村貞子のマネージャーだった山崎洋子が書いた「沢村貞子という人」へとジャンプします。

そして、「何故だか太宰治の『人間失格』を思い出してしまった。」で始まるのが白岩玄「野ブタ。をプロデュース」です。「この小説には注意が必要だ。」と書いています。

「楽しい青春小説のようだが、その楽しさ自体が着ぐるみショーで、閉じた夢の中にみんなが憧れる人気者の深い孤独が隠されている。油断していると案外残酷な結末に胸がぎゅっと締め付けられる。人生は過酷なのだ。」

三崎亜記「となり町戦争」では「戦争の怖さは、人間から感情を奪ってしまうことでもあるのだろう。この本を読んで初めて、自分の身の丈で戦争のおそろしさを考えることが出来たような気がする。」

ここで取り上げられているのは、アカデミックな文芸評論には掲載されない、一般的な作品ばかりですが、キョンキョンは、読書を通じて、ものの見事に自分を語っていきます。短い書評ながら、彼女の考え方、生き方が伝わってきます。

「生まれて初めて教科書や参考書以外の本にラインマーカーを引きまくった。私の未来。新しい世界、新しい生き方への受験勉強をしているみたいで楽しかった。」

これ、上野千鶴子と湯山玲子の「快楽上等」の書評の最後の文章です。

現在開催中の「ミシマ社と京都の本屋さん」に出品されている益田ミリさんの「ほしいものはなんですか?」もこの書評集で取り上げらています。

デビュー当時(このシングル発売当時?)、レコード業界のお祭りで一度お会いしたことがありますが、好奇心一杯の瞳が印象的でした。

読書を通して、彼女が思ったこと、考えたことが語られる傑作書評、いや彼女の世界観を発信した本だと思いました。

 

「ミシマ社と京都の本屋さん」展は明日まで!!壁一杯に貼り出した京都の本屋さんマッ プも完成間近ですよ。

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1971年、ベトナム戦争が泥沼化し、アメリカ国内には反戦の気運が高まっていました。国防総省はベトナム戦争についての調査を行い、その結果を膨大な量の機密文書を作成していました。その一部が、ニューヨーク・タイムズに掲載され、国民の注目するところとなりました。一方、ライバル紙のワシントン・ポストはその文書を入手することができずにいました。

スピルバーグ監督作品「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」は、遅れをとったポスト紙が文書を入手し、ニクソン政権の発行妨害に屈することなく、戦争の真実を世の中に公開するまでを描いています。

気鋭の編集主幹ベン・ブラッドリー(トム・ハンクス)の活躍を描く一方、ワシントン・ポスト社長で史上初の女性発行人キャサリン・グラハム(演じるはメリル・ストリープ)の、報道するか否かギリギリの判断に重点を置いています。

当時、ポスト紙は経営に行き詰まっていて、運営資金獲得のため自社株の株式市場への公開を目指していました。しかし、政権に楯突く様な記事を掲載すれば、裁判沙汰になる危険もあり、そんな企業に投資家が資金を出すことには消極的な状況になりかねません。

何としてもこの文書の掲載を進めたいという編集主幹のベンとは裏腹に、経営者として会社を危険に晒すことを恐れるキャサリンの2人は、真っ向からぶつかることになります。まくしたてるベンと、落ち着いてさばいてゆくキャサリンの演技合戦は、名優二人の見せ場。

映画の最初で、キャサリンが銀行家たちとのミーティングに向かうシーンがあります。居並ぶ銀行の男たち。まだまだ、女性がビジネスの最前線にいることが珍しかった時代。彼らはどんな目でこの女性を見ていたのでしょうか。紳士づらした顔の下には冷淡さと、差別意識があったはずです。

ベンの妻が、キャサリンは想像もできないぐらい辛い立場にいて、謂れのない差別や侮蔑の嵐の中にいることを見抜いています。そして、夫に「この決断を下すのは彼女の財産や人生そのものの新聞社を賭けることになる。とても勇気ある決断だ。でもあなたには失うものは何もないはず」と指摘します。映画は一新聞社の報道にかける執念を描きながら、実はキャサリンという女性の勇気と決断を浮かび上がせていきます。

後で知ったのですが、この映画には製作者、脚本家その他スタッフに大勢の女性が関わっています。だからこその視点で描かれたのですね。

★ご予約開始

今月下旬、吉田篤弘の新刊「神様のいる街」が夏葉社より発売されます。「神様のいる街」とは神保町と神戸。筆者が通った本屋さんや、カフェが登場します。ご予約先着5名様に限り、サイン入を予定しています 。また、本作には幻の処女作「ホテルトロールメモ」(30p)も収録されています。

 

京都育ちの国文学者、田中貴子の「あやかし考」(平凡社/古書1250円)。中世という時代を「あやかし」という言葉で括り、「中世の、ちょっと不思議であやしい『物語』に触れたいと思うなら、この本を手に取って頁を繰ってみてほしい」という言葉に誘われて読み始めました。

女性が若き僧に恋心を抱いて、追いかけ回し、寺の鐘に逃げ込んだ彼の前で大蛇になって呪い殺すという、歌舞伎でお馴染み「道成寺」がまず登場。様々なテキストを示しながら、この物語の出来上がるまで、そして道成寺という寺の位置づけを説明していきます。詳細に論じてあるのですが、これ以上になると国文学の専門家相手の専門書という狭い世界にいる人達のための書物になるところを、ぎりぎり躱してあるところが上手い。私のような歴史まるでダメ人間でも、一つの物語に、様々な思惑が絡んでいることが理解できます。

「研究者という、狭い世界のなかで細かな事柄について議論している人種と、書店に行くけれどおもしろい本がないとつぶやく一般読者とのあいだになんとか橋を架けたい」と、あとがきに書かれている通りです。

次に登場するのは、ご存知安倍晴明。彼が注目されたのは、夢枕貘の小説「陰陽師」、そのマンガでしょう。ここで描かれる陰陽師像には色々問題があるのですが、著者は「平安時代には多数くいたはずの陰陽師の活動が、晴明一人に集約して語られることの説明がなされていないことである。」と指摘しています。晴明が生きていた時代には、こんな超人的活躍を示す記録が、なにもないにも関わらずです。

私が面白いと思ったのは、「夕暮時には、人の手で整然と構成された都市の表面からは見えない部分が人間を浸食してくる」で始まる「夕暮の都市に何かが起きる」という論考です。ここでは「今昔物語」をとりあげて、「黄昏の空漠とした時間は、さまざまな思惑を持った人間のるつぼである都市の中に、ふとした不安感をもたらす魔の時間である。そのような時間に出会った人だけが、都市の裏側をかいま見ることができたのである。」と論じています。照明もなかった平安京の夕暮って、今よりも不気味だったにちがいありません。

こんな風にして、この本は、「平家物語」の無常観や「徒然草」の厭世観とはちがう不思議な中世の一断面を見せてくれます。興味を持たれたら、さらに専門的な本を開いてみてはいかがでしょう。それこそが、著者の望んでいる事かもしれません。

 

★ご予約開始

今月下旬、吉田篤弘の新刊「神様のいる街」が夏葉社より発売されます。「神様のいる街」とは神保町と神戸。筆者が通った本屋さんや、カフェが登場します。ご予約先着5名様に限り、サイン入を予定しています 。また、本作には幻の処女作「ホテルトロールメモ」(30p)も収録されています。


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すずきまいこさんの新作絵本「いつも おまえの気配を さがしていた」(新刊/1080円)が、北海道のかりん舎より届きました。すずきさんは、北海道在住で、昨年の5月に絵本「ぼく生きたかったよ」発売記念の原画展を当店ギャラリーで開催しました。

前作「ぼく生きたかったよ」は、戦時中、国が猛獣の脱走を恐れて動物園に処分を命じた時に、京都動物園で殺された熊の親子の実話をもとにした絵本でした。戦争は動物の命も平気でむしり取ることを、独特のペンのタッチで強く印象づけた絵本でした。今回の新作は、北の大地にいきる熊たちの気配を身近に感じていたい、著者の気持ちが込められた素敵な絵本です。

「カサカサなる 笹の葉 ひんやりした 森の空気 ーこの風のなかにすわって 絵を書くこと…….  それは とおい都会にいたときに 涙が出るほど 夢見ていたこと」

その夢みていたことに身をまかせて、山の中のクマの気配に耳をそばだててながら、細密に描き込まれた植物と、そこにヒョイと出て来るユーモラスなタッチのクマの足。豊かな森に囲まれて、森に生きる命と会話しながら描くすずきさんの幸せな感じが伝わります。

「リスに はなしかけながら おまえの息づかいを かんじながら いま ここに 生きているんだ……..と 目のまえの いのちを 紙に描きおこす たのしさ」

レイチェル・カーソンの「センス・オブ・ワンダー」に近い感覚をちょっと覚えました。

作者は最後にこうつぶやいています。

「一とうのクマが 撃たれて 星になった それ以来 わたしの胸の だいじなところに おまえは棲みついて 森をはなれると おーい おーいと こころの中の おまえが呼ぶ」

星野道夫が、都会で生きている時、同じ時間をくまが森の中で生きている不思議さに感動すると書いていました。最終ページに描かれた絵(写真右)は、星野も、すずきさんも心の中で見たに違いない森をゆくクマの姿のようです。

 

★ご予約開始

今月下旬、吉田篤弘の新刊「神様のいる街」が夏葉社より発売されます。「神様のいる街」と神保町と神戸。筆者が通った本屋さんや、カフェが登場します。ご予約先着5名様に限りサイン入(予定)。また、本作には幻の処女作「ホテルトロールメモ」(30p)も収録されています。