一昨日に続き、夏休み旅行のお話を。

知床へ行った目的の一つは、とみたみほさんの牛の木版画を、古いサイロを利用した佐伯牧場内の「荒川版画美術館」に見に行くことでした。2017年の当店での個展に出して頂いた、正面を向いた牛の版画に再会して、「お久しぶり!」と挨拶してしまいました。しかし、何度見ても、この木版画の美しさに感動します。冨田さんに、直接案内していただいたこともいい思い出になりました。

佐伯牧場内にはレストランもあり、冨田さんと、同行していただいた絵本作家あかしのぶこさんと共にお昼ご飯を楽しみました。牧場オーナー佐伯雅視さんは、様々なアート活動をされているとても素敵な方です。佐伯さんの案内で、牧場内に建つアートスペースや、ご本人が創作活動をされている木工の現場も見せていただきました。最後に、牛舎に戻る途中の牛が暴走気味に飛び出すというオマケ付き。牧場ではよくあることらしいのですが、冨田さんやあかしさんも加わって牛を追い込む光景を、邪魔にならないよう見ていました。牧畜をやりながら、アーティストたちへの援助、展示会の企画など、地元のアート活動に精力を注いでいる佐伯さんのパワーが凄い!

その夜、「シリエトクノート」というミニプレスを、斜里町で発行している中山さんに会うために、「ヒミツキチこひつじ」という魅力的な名前の、カフェであり、ギャラリーであり、またいろんな人が持ち込んだ本を展示してある場所へ向かいました。

かなり前のブログですが、こんなことを書いていました。

「一昨日、閉店間際に一人の女性が入店されました。なんと、『シリエトクノート』のNさんでした!

『えっ、知床から来られたんですか?』『はい。修学旅行以来の京都です』」

その時以来の再会です。「シリエトクノート」の表紙に描かれていたあかしのぶこさんのクマの絵に、おっ〜これは凄い!!と唸ったのを、彼女は覚えてくれていました。ここから、あかしさんとのお付き合いにつながり、同誌に掲載されていた牛の作品を通して冨田さんとも知り合うことができました。

「シリエトクノート」がどんなミニプレスなのか。こう書かれています。

「世界自然遺産の知床半島から発信している小冊子です。シリエトクは、知床の語源で、アイヌ語で「地のはて」を意味します。大自然や野生動物にスポットが当たりがちな知床ですが『自然とともに、こんな人々が生きているよ』ということを伝えたくて、作っています。」

どの号も暖かい手作り感のある雑誌でした。当店でも人気が高く、常に売切れ。バックナンバーも全くなくなってしまいました。残念ながら、現在この雑誌の発行は休止中ですが、いつか再開される日を待っています。

中山さんの主催で、「レティシア書房への道」(笑)という雑談会があり、「ヒミツキチ」に集う人たちと共に楽しい時間を過ごしました。どこにも魅力的な人がいますが、北海道は特にユニークな人が多いように思いました。いや、きっと佐伯牧場やヒミツキチの魅力に、面白い人たちが引き寄せられ、さらに深い場所になっているのでしょう。都会に住んでいると、北海道の雄大な風景に心が洗われます。が、何と言っても旅の楽しみは、そこで素敵な人たちと出会うこと。お会いできた全ての方々、本当に楽しい時間をありがとうございました!!

 

 

ところで、道内には、こんな可愛いポスターが方々に貼ってあります。いろんな姿をしたクマさんが、バッジや、ステッカー、手ぬぐいなどの製品になって販売もされていました。左の写真は、自動販売機の側面です。

あかしのぶこさんの絵本原画展を、9月21日(水)〜10月2日(日) レティシア書房で開催します。

 

 

「知らせを受けて夫が駆けつけた時には、すでに息はなかった。安置室の外では、小さな娘が、靴を片方なくしたと言って泣いていた。」

岩城けい「サウンド・ポスト」(筑摩書房/古書1300円)は、こんなショッキンングな描写で始まります。舞台はオーストラリア。主人公の崇は、友人が経営するレストランのシェフです。妻を亡くした崇には、メグという名の娘がいました。物語は、母を亡くした娘が音楽に目覚め、バイオリンを習い、その道を一直線に進んでゆく姿を、父親の目を通して描いていきます。

この本に若い時に出会っていたら、特に感想を持たずに終わったかもしれません。しかし初老となってきた今日の時点で読むと、味わい深い小説を読んだ!という気分でページを閉じました。英語がよくわからない父親と、フランス語もできるのに日本語はさっぱりの娘が、異国で紡ぎ出す言葉と音楽の物語です。

「五線譜に引っかかって離れない音符も、その曲が生まれたときのことをちゃんと覚えているの。記号も音楽用語も、正確に思い出すためにあるの。メグ、楽譜に書かれていることには、ひとつひとつに意味があります。無駄な音、無駄なしるし、無駄な言葉はひとつもありません。それをどう弾くかは、あなたの心が決める。音楽は心で奏でるものなの」

と、ルーシー先生から音楽について教えられるメグは、日に日に上達していきます。父親の崇も、バイオリンは一音でそれを弾く人間がどんなやつかバレてしまう、と囁く友人の瑛二の言葉を聞いて、メグがその日をどう過ごしたか、その日をどう生きたかがわかるような感触を得ます。

岩城けいの小説は今回初めて読みましたが、登場人物たちのキャラが巧みに描かれていて、これをぜひ渋い役者で映画化して欲しいなぁ〜、と思いながら読んでいました。後半に登場するセルゲイ先生など、レッスンは極めて厳しいのに、時たま見せる優しさとチャーミングさが行間から立ち上ってきます。

そして崇の友人の瑛二は「肩の力を抜いて楽しめとかよく言うけど、肩の力を抜いてのんべんだらりとしているやつに、バッハが、チャイコフスキーが弾けるか?リストがショパンが?譜面見りゃわかるだろ、頭の血管ブチ切れそうになりながら、あいつらが必死こいて、一音一音、自分の血で書いたってことぐらい」と言い放つ好人物として、とてもよく描かれています。

やがて思春期を迎えた娘にオタオタする父親の姿の描写も抑制があって、無理やりドラマチックにしようとしていません。一時、楽器から離れていたメグが、セルゲイ先生の猛練習に耐えて、コンテストに出場し優秀な成績を残します。奨学金を得て、母の母国であるフランスに音楽留学に旅立っていきます。

「トーチャン、音楽って言葉なんだ!」

なんと素敵な言葉でしょう。全く見ず知らずの人々の心に語りかけ、豊かな情感を呼び起こす。優れた文学にも同じ作用があるように、音楽もまたそうなのです。

ラスト、ちょっぴり寂しいシーンが用意されていますが、これもまた人生。

 

 

遅めの夏休みをいただいて、北海道斜里町にある「北のアルプ美術館」を訪れました。山の文芸雑誌「アルプ」は、哲学者であり詩人であり優れたエッセイストであった串田孫一が代表になり、作家の深田久弥、尾崎喜八や写真家の内田耕作が中心になって、昭和33年に創刊されました。以来25年間にわたって、多くの自然を愛する作家や画家の紀行文、絵画、写真などを掲載してきました。そして昭和58年まで25年に渡り300号まで発行しました。

美術館には、なんと創刊号から最終号まで並べられた部屋があるのです!表紙のカットは串田が担当、そのセンスの良さは、こうして部屋に展示されたものを眺めているとはっきりわかります。室内には素敵な椅子が一脚置かれています。そこに座って、棚いっぱいに飾られた「アルプ」をじっと眺めるのは至福の時間でした!!

「北のアルプ美術館」は、三井農林(株)斜里事務所が、1961年に社員寮として建築したものを改修して、1992年に開館しました。白樺樹林の中にひっそりと建っている姿に、もうワクワクします。私自身は、串田の本を熱心に読み漁ったということはないのですが、「北海道の旅」という紀行文集を読んで惹きこまれました。生涯にわたって、自然を愛し山を歩き続けた作家の魂は、どこまでも澄み切っていて美しく輝いていました。何かの雑誌で、北の地にこの美術館があることを知り、いつか行ってみたいと思っていました。

ぜひ見てみたかったのが、串田の書斎でした。元々は武蔵野にあったものを、串田に惚れ込んだ北海道の実業家山崎猛が、そっくりそのままここに移したのです。随筆、詩、小説、哲学、博物誌、さらに音楽に至るまで書き続けた広範囲にわたる「知」が渦巻く書斎。豪華な造りというのではありませんが、木の香りと、収集した本の匂いが漂ってくるような素敵な部屋でした。ガラス越しですが、そこに作家が座ってペンを走らせている姿が見えてくるようでした。

そしてもう一箇所、まさかこんな展示が見られるとは思わなかったものに出会いました。網走の北海道立北方民族博物館で開催されている「イヌイトの壁掛けと先住民アート」です。当店でもよく売れた岩崎昌子著「イヌイットの壁掛け」(絶版)で紹介されていたイヌイットの壁掛けと、先住民アートが展示されているのです。ホッキョクグマやトナカイなどの動物の姿や、彼らとともに生きるイヌイットの暮らしが、一枚の壁掛けに表現されています。とてつもなく厳しい生活を送っている彼らなのですが、見ていると心がゆっくりと和んでくるのです。数多く描かれている犬ゾリによる狩の姿が印象的でした。

この日(9/14)の温度は17度、風も強く、オホーツクの海の波が高く打ち寄せていました。そんな中、知床の絵本作家あかしのぶこさんが、女房と私を車で連れて行ってくれました。あかしさんには、前日から色々なところを案内してもらい、北海道の素敵な人たちに会えることができました。この場を借りて改めてお礼を申し上げます。

☆ご案内 あかしのぶこ「えほんのえ展」は9月21日(水)〜10月2日(日)開催予定です。

文筆家でイラストレーターの内澤旬子は、現在、小豆島でヤギと暮らしています。「世界屠殺紀行」や「飼い喰い 三匹の豚とわたし」といった食文化に関してのユニークなエッセイがあります。2014年に小豆島に移住し、狩猟、採集生活を行なっているようです。

「カヨと私」(新刊/本の雑誌社2200円)は、その生活の場にやってきたヤギのカヨのことを綴ったものです。

「ヤギは犬や猫と違って、人に甘えたりしない。淡々とした生き物なのかもしれない。今の私にはそのほうがいい。そもそも愛玩のために動物を迎えるならば、犬や猫にする。ヤギを飼おうとしたのは、家の周りの雑草を食べてもらうためなのだから。」

と言いながら、「『明らかに臨月の乳房です』」と牧場の人の説明を受けた時には「ええええっ。カヨったら、いつのまに。いつのまに??それならそうと言ってよ。と話しかけたところで、カヨは知らん顔で、洗面器にこぼれたカキの果肉を舐めている。」

と、一緒に暮らすうちに、なんだかお母さんと娘みたいな関係になってきています。一人の女性と、一匹のヤギの交流が、少しづづ、少しづつ深まってゆくような感じで文章は続いていきます。なんだか、こちらの心落ちついてゆくような本です。

「カヨの要望に真剣に耳を澄ませるうちに、カヨと私の関係性は、予測もつかない方向へと変転してゆく。一頭だけだったときのカヨは、半分人間のようになって私に依存してきたが、交配を境にどんどんヤギの世界に戻っていき、むしろ私がヤギの世界に引きづり込まれていった。

と後書きに彼女は書いています。たった一匹の動物が暮らしの中に入ってくることで、世界が全く違うように見えてくるのです。そういう意味では、これは、動物と人との交流を描いた素敵な文学作品です。随所に描かれているヤギのイラストも、この本の良さを高めています。

もう一点、彼女自身が出したミニプレスが小豆島から送られてきました。タイトルは「こんにちわヤギさん!」(1100円)ヤギを飼ってみたいと思っている人?に向かって書かれた冊子です。こちらにもモノクロのイラストが多数入っています。

与那国島に移住して馬と暮らしている様子を描いて、ロングセラー中の河田桟の「馬語手帳」が好きな方にはオススメです。

☆お知らせ 11日(日)〜15日(木)休業いたします。

 

原作は、独学で魚の研究者になったさかなクンの自叙伝的エッセイ「さかなクンの一魚一会」。それを、センスの良い作品を送り出し続けている沖田修一監督が映画化しました。南極越冬隊のコックを主人公にした「南極料理人」、林業に携わる人々を描いた「キツツキと雨」、自宅の庭の虫や花を描き続けた画家熊谷守一を山崎努が演じた「モリのいる場所」等、選ぶ舞台や登場人物がユニークすぎて、観る前からワクワクしてしまう監督です。

「さかなのこ」の主人公ミー坊は、もう魚のことしか頭にない高校生です。飽きることなく魚を観察し、お魚新聞を作っては学校に張り出し、毎日魚料理を食べるという、ユニークな生徒です。ミー坊は小さい時、近所では変人扱いされているギョギョおじさん(さかなクンが演じてます)と意気投合して、さらに魚のことしか頭にない人になりました。そして何より幸せなことに、魚に夢中になる子供を応援する母親が、側にいてくれるのです。

さかなクンを彷彿とさせるミー坊を演じているのは、NHK朝の連ドラ「あまちゃん」で国民的アイドルになった、のんです。

映画の冒頭に「男か女かどっちでもいい」というテロップが出ます。なので、彼女が学ランを着て、高校の不良仲間とやりあっても全く違和感はありません。ミー坊に絡んでくる不良仲間や、ペットショップの店長、幼な馴染のモモコも、ちょっとヘンな人たちではありますが、穏やかで憎めない人ばかりです。悪人が一人も出てこない、という極めてレアな映画かもしれません。だから、観ていて、本当に幸せな気分になってくるのです。のんの、飄々とした姿を見ていると、もう本当にどっちでもいい、取るに足らないことのように思えてきます。それよりも、好きなことを見つけ、それを貫き通す自由を映画を観ながら楽しんでほしい。

みんなと違う、普通じゃないことを気にせずに、好きなことを好きにやっていいんだよ、という監督の思いが嬉しい映画です。ラスト、防波堤を一気に走り抜けて、海へと飛びこむミー坊が素敵です。

さかなクンの現在の肩書は、東京海洋大学名誉教授、同大学客員教授。最初はあの喋り方や風体を馬鹿にする人がいたり、芸人と思われたりと、様々なことがあったのではないかと思います。普通に、進学して大学で研究を続け、学者への道を歩むというオーソドックスなやり方ではなく、全く独学でここまできました。「好きこそものの上手なれ」という諺を思い出しました。

☆レティシア書房・夏季休業のお知らせ  

勝手ながら9/11(日)〜15(木)休業いたします。よろしくお願いします。

 

 

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イタリアで大ベストセラーになった、アルプスを舞台にした長編小説「帰れない山」(新潮社クレストブックス/古書1400円)は、読み終わった時に極上の気分に浸れる小説です。二人の少年が大人になり、それぞれの道を進んでゆくところまでを、北イタリアモンテ・ローザ山麓の自然描写を交えながら描いていきます。

「光の犬」「沈むフランシス」などの著者松家仁之が、

「揺さぶられるほどに懐かしく、せつない読書体験だった。」と帯に推薦文を書いています。

登山好きの父親に連れられて山を歩いてきたミラノ育ちの内向的な少年ペリオは、牛飼いの少年ブルーノと出会います。ペリオの、ブルーノに対する最初の印象をこんな風に描いています。

「彼が来ていることは、姿を見る前に、においでわかった。少年は、家畜小屋や干し草、凝乳、湿った土、それに薪の煙といったもののにおいをまとっていた」

森や山のことを知っているブルーノに引き込まれるように、ペリオは、この地方の自然に魅入られていきます。そして二人は親友になっていきます。渓流をわたり、大自然の匂いに包まれながら、友情を深めていきますが、その一方で、ペリオと父の間には、いつしか深い亀裂が生じます。息子には理解できない父親の人生。

少年時代は終わりを告げ、ペリオはミラノに戻り、自分の人生を模索していきます。ブルーノは、生まれた場所から離れることもできず、黙々と農作業の日々をこなしていきます。そして、青年から中年へと差し掛かった二人は再会します。

「朝陽はグレノンの山頂を照らしているものの、窪地までは届いておらず、湖はまだ夜の気品を保ったままだった。夜の闇と朝の薄明かりのあわいに空があるかのように。僕は、自分がなぜ山から遠ざかっていたのか思い出せなかった。山への情熱が冷めていたあいだ、なにに夢中になっていたのかも。けれど、毎朝一人で山に登っているうちに、少しずつ山と和解できていくような気がした。」

亡くなった父親が、ペリオに残してくれた、半ば崩壊した山の家。そこをブルーノと修繕してゆくうちに父の生き方を理解してゆくようになります。

父と息子の関係、男同士の友情、そして少年が大人へと成長してゆく姿を、クラシカルな手法で、しかも野生的な描写も残しながら語ってゆきます。正統派、直球ど真ん中の作品です。

「僕にはやはり二人の父がいたのだと思った。一人はミラノという都会で二十年間一緒に暮らしたものの、その後の十年はすっかり疎遠になっていた、他人同然の父。もう一人は山にいるときの父で、僕はその姿を垣間見ることしかなかったけれども、それでも都会にいるときの父よりは良く知っていた。僕の一歩後ろから山道を登り、氷河をこよなく愛する父。その山の父が、廃墟のあった土地を僕に遺し、新しい家を建てろと言っている。ならば…..、と僕は心に決めた。都会の父との確執は忘れ、山の父を記憶にとどめるために、託された仕事をやり遂げようではないか。」

物語は終盤、過酷な運命が待ち構えているブルーノの人生へと向かいますが、山の民ブルーノらしいと納得です。山を通じて二人の人生を描く傑作でした。これ、いい役者で映画になって欲しいものです。きっと号泣します。

 

 

 

 

アメリカの物理学者ケネス・リブレクトと写真家のパトリシア・ラスムッセンが組んだ「スノーフレイク /SNOWFLAKE」(古書/山と渓谷社1500円)は、「森の生活」のソローのこんな文章で始まります。

「こんなものを生み出すとは、空気とはなんと創造の才に溢れていることか!夜空の星たちが降ってきてジャケットに張りついたとしても、この星たちの美しさにはきっとかなわないだろう。」

ノースダコタの農場育ちのケネス・リブレクトには、幼い頃から雪は身近な存在でした。雪の結晶の美しさに惚れ込み、その研究へ向かいます。本書では、雪の結晶を撮影する研究をしていたパトリシア・ラスムッセンの写真を駆使して、この美しい存在を解明していきます。

科学者の書いた本なので科学論文的な部分もありますが、決して専門家向けの難しいものではありません。そして随所にちょっと面白い表現があります。例えば「第6章 雪結晶の気象」では

「雪結晶は大気中で大量に生産されます ー毎秒10億✖️100万個という驚異的な速さです。10分ごとに無敵の雪だるまの軍隊ができるほどの雪が作られます。世界の人口と同じだけの雪だるまができるでしょう。地球誕生以来、地球丸一個分の小さな氷の結晶が、10回ほど降った計算になります。」なんとなくその多さがわかるような表現だと思いませんか。

本書にいっぱい収録された雪の結晶写真を眺めていると、美しさに魅了されます。こんな複雑なデザインをしているのか!と驚くものや、優雅なスタイルをしているものもあります。もう、宝石の世界です。よくもまあこんな写真を撮影したものです!とりわけ、「十二花/Twelve-Sided Snowflake 」と呼ばれる結晶の見事な姿をここまで完璧な形で撮影した技術には目を見張ります。こんなにも美しいものが空から降ってくるんですね。

そういえば、「雪は天から送られた手紙である」という名言を残した物理学者中谷宇吉郎も、結晶には深い興味を持ち研究していました。

「兎の毛の先に六花の結晶が白く光っている。そっと取り出して顕微鏡で覗いてみると、この出来立ての雪は天然の雪よりも一層の見事さである」

「中谷宇吉郎森羅万象の手帖」(LIXIL出版/新刊1980円)で、カメラが捉えた結晶の写真を楽しむことができます。

ひょっとしたら、この冬は、天から降ってくる雪を見る目が変わるかもしれません。

基本的に、闘病ものや、老いや死をテーマにした本は読まない。目を背けてはならないことなのですが、読まない。気が進まないまま読んでも、きっとなにも得ることなどないと思うから。

ではなぜ訪問看護師を中心にして、緩和ケアに従事する人々を追いかけた「エンド・オブ・ライフ」(古書/集英社1100円)を読んだのかというと、 一つは、著者がノンフィクション作家として信頼している佐々涼子だったからです。

彼女の「エンジェルフライト国際霊柩送還士」は、昨年紹介しました。国際霊柩送還士は、海外で死んだ日本人、あるいは日本で死んだ外国人を、遺族の元に送り届ける人のことです。その仕事を専門にしている唯一の会社「エアハース・インターナショナル」を取材して、まさに死と隣り合わせの職場を追いかけました。今回も「死」が大きなテーマになってくる作品。

もう一つは、上賀茂神社近くにある渡辺西賀茂診療所が本作の中心になっていたことです。地元の診療所がどんな訪問医療をしているのかに興味を持ちました。ここに勤務する訪問看護師森山文則(48歳)が、体の異変に気付き診察を受けた2018年8月から始まります

診療所を運営する渡辺康介院長は、「僕らは、患者さんが主人公の劇の観客ではなく、一緒に舞台に上がりたいんですわ。みんなでにぎやかで楽しいお芝居をするんです」と語ります。診療所の40名ほどのスタッフは、訪問看護を選択した患者の元を訪れ、なにをするのがベストかを試行錯誤しながら、患者の最後の日までお付き合いをしていきます。

森山もそんな一人でした。多くの患者を看取った森山が突然、癌に冒され、自らの死をどう受け入れていったのかを、著者は何度も京都を訪れて取材を重ねていきます。と同時に、診療所で受け入れている患者たちの終末の現場に立ち会います。穏やかな死を迎える人、自死した人、など様々な最期でした。

一方。著者は自分の母親を自宅で介護しています。そのほぼ全てを引き受けているのは父親です、それも完璧に。イライラしたり、暴力的になることもなく、まるで自分の仕事だと言わんばかりにマイペースで続けています。そんなことがなぜ出来るのだろうか?そのことが彼女を訪問介護の現場に向かわせたのかもしれません。母親が亡くなるまでのことも、冷静に描いていきます。

「まるでつっかけを履いて庭に出るようにして、母は境界を超えてあの世へ渡った。医師、看護師、理学療法士、マッサージ師などのチームで母の看護にあたっていたが、医療の手を借りずに、静かに今生を終えたのだ。想像していた『死』とはまったく違っていた。私たちは穏やかに母の死を受け入れている。生と死の境界線は曖昧で、母の気配はいつまでもなくならない。」

そして、森山とのお別れの日がやってきます。「死が遠ざけられて、子どもたちが死を学ぶ機会を逃している。亡くなる人が教えてくれる豊かなものがいっぱいあるのに、すごく残念なことだと思うのです」と森山が生前語っていました。そうなのだ、「死にゆく人は、ただ世話をされるだけ、助けてもらうだけの、無力な存在ではない。彼らが教えてくくれることはたくさんあるのだ。」これからも、著者は生と死を見つめる現場にきっと飛び込んで行くのだろうと思いました。そしてまたきっと私も読み続けます。

 

 

☆レティシア書房より

 誠に勝手ながら、9/11(日)〜15日(木)休業いたします

 

 

今、高橋源一郎の評論は、テーマ・ジャンルが何であれ切れ味抜群の刺激を与えてくれます。今日ご紹介するのは「僕らの戦争なんだぜ」(朝日新書/古書900円)です。新書とはいえ、約500ページの大作で読み応え十分です。

テーマは戦争。著者は古い日本の教科書や世界の教科書を読み、第二次世界大戦下に我が国で編集された戦意高揚の国策詩集と徴兵されたフツーの市民兵士が戦地で詠んだ詩を読み、戦争文学の極みとも言える「野火」、林芙美子の従軍記を精読し、太宰治が作品に埋め込んだ戦争表現を明らかにしていきます。

どの章もここでは語りきれない刺激と面白さに満ちています。中でも、敗戦が迫ってきた昭和19年に発行された「詩集 大東亜」(日本文学報国会編・河出書房)という戦意昂揚の本(当時のオールスター詩人から成る)と、昭和17年発行の「野戦詩集」(山雅房刊・山本和夫編)との比較検証がずば抜けています。前者は、もう「頑張れ!ニッポン、戦争勝利!」で一杯の詩集です。それを読んだ著者は「大きな言葉は怖い」と書いています。一方、「野戦詩集」は、出征した兵士6人が戦場でひそかに作り戦地から持ち帰った詩を集めたものです。

著者は、これらの詩を作った無名の詩人たちを「彼らは、鉄の弾丸をこめた銃を抱えて、異国の地を進んでいたが、ことばの弾丸をも隠し持っていたのだ。ことばの弾丸は、物としての弾丸よりも、ずっと遠くへ飛ぶことができるのである。」と評価して、大きな声で、日本万歳!と叫ぶ声よりも、小さな声で兵士自身が戦争を語ったところを著者はどしどしと紹介していきます。

最終章「『戦争小説家』太宰治」で、太宰を評価する文章を書きながら、作家たるものかくあるべしという文章を書いています。

「『戦時下』では、書けないことが多い。書くことは難しい。書くことは不可能だ。みんなが、多くの作家が、そう思っていたとき、太宰治は、そうではないと考えた。いや、そうではないと考えようとした。  不可能だからこそ書くのだ。『書くな』と周りが命じるからこそ書くのだ。そこで通じる作品を書くのだ。そのために、全知全能を傾けるのだ。加害の国の作家として、『戦時下』の作家として、書くことはなにより危険であると知りながら、だからこそ、書かねばならないのだ」

多くの作品を俎上に上げて、はるか向こうにあった戦争の姿をぐっと身近に引き寄せることに挑み、そして見事に成し遂げた傑作だと思います。

しっかり心に留めておかなければと思った文章があります。

「『みんな』と名前がつくものには、気をつけなくてはならない。なぜなら、ぼくたちは、弱いからだ。  『みんな』が同じ方向を向いていると、ついぼくも、『みんな』が見ている方向を眺めてしまう。それは、ひとりだけちがう方向を見ているのがこわいからだ。」

「みんな」が弔意を表しているから、日本国民ならあなたも、なんて言葉が誰かの国葬に際して聞こえてきたら、要注意!

 

 

 

「新章パリ・オペラ座 特別なシーズンの始まり」(京都シネマにて上映中)は観客の鳴り響く「拍手」の音に、涙が溢れたドキュメンタリーでした。

2022年、バレエの殿堂パリ・オペラ座は、世界中の劇場がそうであったようにコロナ禍で閉鎖を余儀なくされます。映画はここから始まります。三ヶ月の自宅待機の後、同年6月15日にやっとレッスンが再開されます。

「1日休めば自分が気づき、2日休めば教師が気づく。3日休めば観客が気づく」という言葉がバレエ界にあります。多くの時間を割いて、そう人生の全てをかけて練習に明け暮れているダンサーにとって、満足に練習できなかった数ヶ月の後に始まった練習は大きな試練だったことでしょう。

けれども、また踊れる!という喜びに満ちたダンサー達の様々な表情をカメラが見事に捉えていきます。ぐんぐんと熱を帯びてゆくレッスン場。ヌレエフが振り付けた、極めて難易度の高い「ラ・バヤデール」の公演に向けて厳しいレッスンをこなしていきます。

しかし、再び感染拡大に伴い、開幕直前に公演中止という決定がなされ、たった一度だけ、無観客での舞台を配信するという形で上演されました。いつもならカーテンコールの際、ダンサー達は舞台から観客席に向かって深々と頭を下げて大きな拍手に包まれるのですが、無観客のため拍手は全くありません。およそ舞台に上がる表現者達にとって、観客の拍手こそがすべてのエネルギーの源なのです。それが全く聞こえない、終演後の空虚な舞台裏の空気感をカメラはじっと見つめます。

コロナが少し落ち着き、再び再開したパリ・オペラ座で上演されたのは「ロミオとジュエット」。ファンも待ちに待った舞台、もちろん満席です。ラストの万来の拍手。これほど素敵な拍手を見た、いや聴いた記憶はありません。拍手こそすべて。舞台を作るのは表現者と、そして観客なのだという真実を再認識させてくれました。コロナ禍が長引く今、舞台を愛するすべての人に捧げられた映画でした。

 

☆レティシア書房からのお知らせ

9月11日(日)〜15日(木)休業いたします。よろしくお願いいたします。