来週8月8日(水)からスタートする「レティシア書房夏の古本市」に出品される本のご紹介Vol.3です。

先ず、これは買い!安い!!という豪華五冊セットの本です。晶文社が出している「植草甚一倶楽部」全5巻がなんと1800円!!です(出品 徒然舎)。「芸術誌」「収集誌」「読書誌」「散歩誌」「映画誌」のジャンルに分けられていて、それぞれに植草の文章が収録されています。単品では当店にもありましたが、全巻セットで販売、しかもハードカバーで1800円(1冊当たり360円)。

「読書術」の中に「中間小説の面白さはスピードから生まれてくる」というエッセイがあります。「中間小説の面白さは、それを読んでいくスピードから生まれてくるのだ。あんまりゆっくり読んでいると、すぐにつまらなくなるものだし、それで、面白かったら、それは傑作のなかにはいってくる。」という指摘に、成る程な〜、と納得した記憶があります。「芸術誌」では、お決まりの西洋芸術の紹介ではなく、フリージャズ、ロックに始まり、新しいムーブメントに敏感だった植草らしいエッセイが並んでいます。

当店でも人気の翻訳家柴田元幸が、東京大学出版界から出した「アメリカン・ナルシス」(1000円/出品 徒然舎)は、柴田が大学教師になってから書いた論文を集めたアメリカ文学論です。第一部は19世紀アメリカ文学を論じたもので、メルヴィルの「白鯨」からスタートです。第二章ではアメリカ論を中心にまとめ、第三部では、彼の翻訳でお馴染みのポール・オースター、スティーブン・ミルハウザー等が登場してきます。端正なアメリカ文学論で、柴田ファンにはマストアイテムだと思います。なお、この本は第27回サントリー学芸賞受賞を受けています。

もう一点。私の大好きな香月泰男の図録「香月泰男小品展』(1000円/出品 徒然舎)は、1994年3月に画廊で開催された時の図録です。戦中戦後のシベリア抑留時代の極めて緊張度の高い「シベリアシリーズ」とは異なり、日常のありふれた空間を切り取った作品は静かで、子どもと触れ合う母親を描いた作品群には、平和の貴重な時間が描かれています。

 

 

 

★レティシア書房恒例「夏の古本市」は、8月8日(水)〜19日(日)開催です。なお、準備のため6日(月)7日(火)は連休いたします。

 

 

来週8月8日(水)から始まる古本市に出る本の紹介第2弾です。

これは面白そう!と表紙だけで、読みたくなったのが「謎のマンガ家・酒井七馬伝」(700円/出品 本は人生のおやつです)です。手塚治虫の単行本デヴュー作は「新宝島」ですが、その後、この作品は多くの漫画家に賞賛され、追い越そうと多くの作家が努力してきました。しかし、「新宝島」には共作者がいました。現在、手塚全集に収録されているのは、手塚がリメイクしたもので、どこにも共作者の名前はありません。まるで封印されたようなその共作者の名前が、酒井七馬なのです。

「新宝島」の作画を大学生だった手塚が担当し、原作構成を関西マンガ界のベテランだった酒井が担当しました。出版社に、無名の手塚を売り込んだのも彼でした。しかし、その後二人の間に確執が生じ、マンガ界の頂点目指して脚光を浴びる手塚に対して、酒井は全く売れず、紙芝居業界に転じ、あげくはコーラを食料にして、寒さに震えながら餓死同然にこの世を去ったという伝説だけが残りました。でも、それは真実なのか?それを探ってゆくのがこのノンフィクションです。我が国のマンガ黎明期の歴史もよく解る力作です。

池澤夏樹の娘、池澤春菜の書評集「乙女の読書道」(500円/出品 本は人生のおやつです)も、読んでおきたい一冊です。声優、歌手、ガンプラ女子など多彩な顔を持つ春菜は、SF小説にも深い造詣があります。海外のSFを中心にして、多くの書評が載っているのですが、ファンタジー、耽美小説、幻想文学と広い範囲をカバーしています。書評の間に、「向こう岸の父と祖父」という、自分の家族を語った文章もあります。「私の父は作家、池澤夏樹。 私の祖父は作家、福永武彦、私の祖母は詩人、原條あき子。」という書出しで始まります。著名な作家に囲まれて育った、彼女の思いが綴られています。巻末には父娘による「父と娘の読書道」も入っています。

昨日紹介した夏葉社の新刊「庄野潤三の本 山の上の家」の主人公、庄野潤三の作品もあります。「紺野機業場」(500円/出品OLD BOOK DANDELION)です。雑誌に掲載された長編小説を単行本化したもので、発行されたのは1969年。「ふとしたことから私は、北陸地方の海ばたの、さびしい河口の町で小さな織物工場を経営している紺野友次という人と知り合った。それからもう四年になる。」という風に始まる物語は、紺野という人物を通して、この地方の織物文化、歴史等が語られていきます。古本市では庄野の作品はよく見るのですが、これは初めて見ました。レアなの?

 

 

★レティシア書房恒例「夏の古本市」は、8月8日(水)〜19日(日)開催です。なお、準備のため6日(月)7日(火)は連休いたします。

次週8月8日(水)から、第7回レティシア書房「夏の古本市」が店内で始まります。

今回も25店程が参加してくださいます。どんどんと荷物が入ってきていますので、今日から、すこしずつご紹介していきます。

「ここが家だ/ベン・シャーンの第五福竜丸」で日本絵本賞を受賞したアーサー・ビナードが、ボブ・ディランの名曲”forever young”を翻訳し、イラストレーターのポール・ロジャーズが絵を書いた「はじまりの日」(1200円/出品UNITE)は、とても素敵な絵本です。ディランの歌詞って、かなり複雑で難解です。歌のサビの部分で繰り返し登場する”forever young”を、ビナードは「毎日が きみの はじまりの日 きょうも あしたも あたらしい きみの はいまりの日」と、前に向かって歩く人生の応援歌として訳しています。

和田誠の「CATS IN WADALAND」(950円/出品UNITE)もお薦めです。1975年、角川文庫のルイス・キャロル「不思議の国のアリス」の挿絵として描かれた、有名なチシャ猫から始まり、和田が書籍や雑誌に描いた猫作品を集めたものです。発表されたものばかりではなく、エッチングの習作も収録されています。岩手県の「森の音楽会」という団体の「セロ弾きのゴーシュ」をイメージしたマーク、などというレアな作品もあります。タバコを吸う猫を描いた作品は、日本専売公社のポスターのためのイラスト。タバコの灰が、地上に出て来たモグラの口元に落ちているところが面白い。

もう一つ、絵本の紹介を。萩尾望都が文章を書き、こみねゆらが絵を書いた「トリッポンのこねこ」(教育画劇/950円)です。萩尾望都が、絵を書かずに文章だけに専念しているって珍しい本ではないでしょうか。

漫画家の井上雄彦がガウディと組んだ(?)二冊組「特別展ガウディ×井上雄彦/シンクロする創造の源泉」は、同タイトルの作品展の図録です。一冊は、ガウディの業績を豊富な写真と共に論じたもので、もう一冊が、井上雄彦がガウディの生涯を描いたもの。井上の繊細で、しかもダイナミックな画力を堪能できます。ガウディに触発され刺激を受けて、井上が描いたアート作品です。(左の作品は井上の描いたガウディの様々な表情です)

★レティシア書房恒例「夏の古本市」は、8月8日(水)〜19日(日)開催です。なお、準備のため6日(月)7日(火)は連休いたします。

 

夏葉社の新刊「庄野潤三の本 山の上の家」(2376円)は、1961年に完成した、東京生田の山の上に建つ、庄野家の写真から始まります。当時はまだまだ、人家の少なかった場所にあり、庄野は約50年間、ここで小説を書き続けました。

2009年に逝去した後は、庄野の妻が一人で暮らしました。家族たちは、作家の部屋も、机の上も書架もそのままのかたちで保存していました。2017年、作家を支え続けた妻が亡くなりました。誰もいなくなった家にカメラが入り、端正な佇まいと清潔感あふれる家の中の表情を、写真家の白石和弘が撮影しました。

子供たちが過ごした部屋、風通しの良さそうな作家の仕事部屋、そして本棚。井伏鱒二、佐藤春夫らの本が並んでいます。須賀敦子が庄野の「夕べの雲」のイタリア語に翻訳した版もあります。決して贅沢にお金をつぎこんだという風ではなく、慎ましい、でも住み心地の良い住居、気持ちのよい家の香りのする写真です。

これらの素敵な写真に続いて、佐伯一麦の特別寄稿文、庄野の随筆、家族が語る父親の姿、単行本未収録作品「青葉の笛」、庄野全著作案内と、この作家を丸ごと紹介してゆく魅力的な内容です。

書評家の岡崎武志はこの本の中で、庄野と親交のあった作家藤沢 桓夫が、「自分の家の畳の上にやっと横になれたような、ふるさとの草っ原に仰向けにねて空の青さと再び対面したような、不思議な心の安らぎがよみがえって来る」と、彼の文学の特徴を書いた文章を紹介しています。慎ましく、静かで平和な暮らしの描写は、小津映画の世界に相通じるものがあります。そういった暮らしぶりが、伝わってきそうな昭和30年代の家族写真が色々並んでいます。自宅の庭で、息子達と梅の土用干しをする姿を撮った写真には、家族の幸せが伝わってきます。

もうすぐ夏の甲子園が始まりますが、終戦直後、大阪旧制今宮中学で教鞭をとっていた庄野は、野球部部長として選抜中等学校野球大会(のちの選抜高校野球)に大阪代表として出場しました。「日本文学史上、いわゆる『甲子園の土』を指導者として踏んだ文学者は、庄野潤三だけではないか」と岡崎は書いています。

丸ごと庄野潤三を詰め込んだこの本をパラパラめくって、拾い読みしているだけで、心持ちが豊かになり、ゴロンと昼寝をしたくなってきます。相変わらず、いい本を出しますね、夏葉社の島田さんは!

同社からは「親子の時間 庄野潤三小説撰集」(2592円)も出ています。こちらもどうぞ。

★レティシア書房恒例「夏の古本市」は、8月8日(水)〜19日(日)開催です。なお、準備のため6日(月)7日(火)は連休いたします。

 

 

村上春樹が、かなりの音楽マニアであることはよく知られています。ロック、ジャズ、ソウル、クラシックとジャンルを問わず、よく聴き、音楽エッセイも何冊か出しています。ジャズレコードを紹介した「ポートレイト・イン・ジャズ」、「意味がなければスイングはない」(文藝春秋/古書800円)等はその代表作でしょう。

音楽好きなだけではなく、彼は自分の作品に多くの曲を登場させています。その曲を紹介しながら、曲が使われた小説を解説するというユニークな栗原裕一郎編集著「村上春樹の100曲」(立東舎/古書1600円)を入手しました。

「僕は十三歳か十四歳の頃からずっと熱心にジャズを聴いてきました。音楽は僕に強い影響を与えました。コードやメロディやリズム、そしてブルースの感覚、そういうものは、僕は小説を書くにあたってとても役に立っています。僕は本当はミュージシャンになりたかったんだろうと思う」とインタビューで答えています。

様々なジャンルの音楽を巧みに小説世界に溶かし込む技術は、独自のものだと思います。最も有名な例が、作品のタイトルにもなった「ノルウェイの森」です。ビートルズ6枚目のアルバム「ラバー・ソウル」の2曲目に収録されている名曲で、ジョージ・ハリスンが奏でるインドの弦楽器シタールの響が特徴的な曲です。小説「ノルウェイの森」には、この曲が三回登場します。一度目は主人公の飛行機が着陸後、耳にするBGMでオーケストラ版が流れます。二度目は、恋人直子の入院している施設で、病院のルームメイトのレイコがピアノでこの曲を弾き、三度目は、やはりレイコが、主人公の家で弾きます。つまり、オリジナルを聴くシーンは一度も登場しないというユニークな設定です。

私の個人的体験を一つ。村上のデビュー作「風の歌を聴け」で、「小指のない女の子」が勤めるレコード屋で、主人公の「僕」がベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第3番」のレコードを買うシーンで、女の子が「グレン・グールドとバックハウス、どっちがいいの」と訊ねてきます。グレン・グールドというピアニストの名前が妙に頭に残り、彼のレコードを買い出したのは、この小説辺りだった様な気がします。映画版では、若き日の小林薫が「僕」に扮し、真行寺 君枝がレコード店の女の子をやっていました。このレコードを探すシーンがあったかどうかは、もう覚えていません。

そんなに春樹ファンではない私が、この本を熱心に読んだのは、はやり春樹の音楽への愛情の深さに触れたかったから。あの曲を、こんな風に使うのか、成る程、と感心しきりでした。

巻末には春樹作品に登場する全音楽リストが付属しています。これを見ていると、「ダンス・ダンス・ダンス」なんて恐ろしく多くの曲が使われているんですね。いや、驚きました。

 

★レティシア書房恒例「夏の古本市」は、8月8日(水)〜19日(日)開催です。

 

 

山崎としてるの写真集「ブタとおっちゃん」(FOIL/絶版・古書1100円)は、タイトルそのまま、ブタを育てる養豚家のおっちゃんとブタを撮った写真集です。

可愛い子豚と一緒に昼寝するおっちゃん、飼育している牛を前にタバコプカプカふかして(おっちゃんは片時もタバコを離さない)、缶ビールで一杯やりながら、膝に抱いた子豚にお前も一杯やるかとでも言いたげなおっちゃん、大きなブタに囲まれながら、新聞を読んでるおっちゃん等々、ムフフと笑えてくる写真が満載です。

撮影した山地さんは香川県丸亀市の元職員です。農林行政を担当していた1978年、市街化調整区域にあった養豚場を郊外へ移転させました。その移転させられた養豚場の主が、上村宏さんでした。彼の事が気になっていた山地さんは、市の職員を退職した後の19997年に、上村さんの養豚場を訪ねていきます。そこで、山地さんが見たのは、大量飼育・大量生産によって進む機械化養豚に背を向けるかのように、餌やりから糞尿(ふんにょう)の処理まで自分の手で行い、一頭一頭に愛情を注いで育てている光景でした。その姿に打たれた山地さんは、上村さんと彼の愛すべきブタにカメラを向け始めます。それも1年や2年ではなく、10年間、上村さんの牧場を撮り続けました。

 

養豚の世界でも、他の業界と同じく大規模化、機械化が進んでいます。しかし、上村さんは、一頭一頭の豚を大切に扱いながら、豚中心の飼育方法を貫いていました。そうして育てられた豚がどれ程美味しいかは、彼が幾度も農林水産大臣から表彰を受けている事実からもわかります。

この写真集は、豚とおっちゃん夫妻の幸せそうな暮らしを捉えたものなのですが、大量生産、消費という時流に乗らず、本当に美味しいものを届けることを生業にしたおっちゃんの強い意志を写真の中に焼き付けたものなのです。豚相手にギターを鳴らすおちゃんの自信ありげな表情や、豚を枕にくわえ煙草で携帯を操作するおっちゃんの姿に、豚との間の深い絆が見えてきます。

スーパーに行けば簡単にどんなお肉も手に入る、命を考えずになんでも食い尽すという生活スタイル、それでいいの?と、自分たちの暮らしの足下を見つめ直してしまいます。

残念ながら上村さんは体調を崩して、今、牧場はありません。

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当店の300円均一コーナーに、様々なスタイルの読書案内や、本にまつわる本を新たに入れました。

紀田順一郎の「四季芳書ー読書人の日常」(実業之日本社)は、なんと700ページの大著です。「20世紀末の本の文化を語りつくす」と帯に明記されている通り、本とは何か、出版とは何かを極めて本格的に論じてあります。発行されたのは平成4年、定価3500円。こういうアカデミックな書物がまだ求められていたんですね。きちんと出版文化のことをおさらいしておこうと思われたら、どうぞ。通読は大変ですよ!

いいなぁ、この本と思ったのは「本なんて!」(キノブックス)です。著名な作家達による読書論を集めたものです。巻頭を飾るのは須賀敦子「塩一トンの読書」。

新旧の作家が60数名名を連ねています。文学者もいれば、漫画家の萩尾望都、鈴木清順、園子温のような映画監督まで広い範囲に及んでいます。海外文学の編集者で作家の常盤新平は、1920年代、30年代に出た本が揃っているNYにある古本屋「ブック・フレンズ・カフェ」のカフェでの出来事を語っていました。ある日、流しの楽団がやって来てオールドファッションなワルツを演奏します。するとカフェにいた中年の男女がワルツを踊り始めます。まるで映画のワンカットみたいな光景。常盤はこの文章に「古本屋」というタイトルを付けています。本や、書店の関する素敵なエッセイ集としてお読みください。

赤瀬川原平、荒井良二、中野翠、金子國義、福岡伸一等が20数名が集まって、本棚についてのウンチク、思い出等を語っているのが「私の本棚」(新潮社)です。珍しいと思ったのは、絵本作家の酒井駒子が文章を寄せていることです。幼少の頃、母に連れられて図書館に行った時の「本を選ぶ母親の、鬼気迫るような様子が忘れられません。おんぶ紐で弟を背負いながら一心不乱に本を見つめている母親と、無機質で圧倒感のある本棚に私はすっかり気圧されてしまいました。」という思い出です。それぞれの人の本棚への思いが語られています。「本棚にまつわるちょっといい話」という、帯の宣伝文句通り。さて、自分の本棚はどうなってるのかな?と見上げたくなります。

最後に、もう一冊ご紹介。西牟田靖「本で床は抜けるのか」(本の雑誌社)です。これは、気がつけば部屋中、本だらけの方には必読の一冊です。井上ひさしの奥様が、「パネル状の四角い建材をはめ込んで作った床が、ある日、本の重みで『ぱんっ』と落ちた」と証言されているように、本の重さで床は抜けるのです。さて、どうするか。まとめて処分した人、蔵書を電子書籍化した人、私説図書館を作った人、大きな書庫を作った人等々、さまざまなエピソードを交えながら、この危機を脱するための指南となる一冊です。

どれも、お値段は300円。気楽に読んでみてください。

レティシア書房恒例「夏の古本市」は、8月8日(水)〜19日(日)開催です。


 

 

 

 

澤口たまみ著「新版宮沢賢治愛のうた」(夕書房/古書1300円)は、彼の若き日の恋愛と作品の関係を解き明かした労作です。

宮沢賢治は、生涯恋人もいず、童貞であった。或は擬似的恋愛感情を若くして死んだ妹トシに抱いていたとか、学生時代の後輩の男性に同性愛的感情を抱いていたという説がフツーになっています。しかし、それはおかしくない?まあ、自分のことを引合にだすのはなんですが、10代、20代を振り返っても、女性に触れることに血道を上げていたし、周りの友達もみなそうでした。性欲やら、恋愛感情なしの若い日々なんて信じられない。そんな人物がこんなにも美しい文学を作り上げるのだろうかと常々疑問に思っていました。

「賢治は年譜に記されていない恋をしていた」と、確信めいた思いを持った著者は、丹念に作品を読み漁り、検証作業を積み重ねて、彼には結婚まで考えていた女性がいて、その女性との恋が、彼の小説や詩に少なからず影響を与えていたことに迫っていきます。ただ、思い込みと推理だけで走りだすと、あったような、なかったような女性週刊誌の芸能ゴシップ記事になりかねません。僅かばかりの証拠をもとに、当時の賢治の行動と作品をねばり強く検証してゆく姿勢は、彼への愛情なくしてはありえません。

恋人は大畠ヤスという女性です。大正6年、花巻高等女学校卒業後、小学校の教員をしていました。賢治との出会いは、彼が主宰していたレコードコンサート。普段から、賢治は変わり者と評されていたのですが、美しい日本語で音楽の世界を語る賢治に彼女は惹かれていきます。しかし、賢治とヤスは近所同士の教師同士。賢治の家は金持ちで、彼は変人で有名。一方、ヤスは美人で知られた蕎麦屋の看板娘。万一、二人が付き合っているのが公になったら、大騒ぎになります。人知れず二人は交際を深めていきます。彼女を自分のものにしたいという欲望との葛藤が表れているのが、傑作長編詩「小岩井農場」です。

結局二人の恋は成就しませんでした。賢治最愛の妹が結核でこの世を去り、自らもその疑いがあること、そして二人の家のこと等々、超えられない問題の前で、賢治はこの恋にピリオドを打ちます。

小説「ヤマナシ」の最後「私の幻燈はこれでおしまひであります」二人の恋もまるで幻燈のように消えていったと著者は書いています。

ところで、ヤスは、その後、結核を発病しますが、年齢の離れた医者と結婚し、渡米し、アメリカで生涯を閉じました。彼女が暮らしたシカゴの町から「木と空気の悪いのが悲しくて悲しくて」と書いた手紙を賢治に送っています。故郷、花巻の美しさとそこにいた賢治の姿を思っての言葉だったのかもしれません。

この本で描かれていることが本当だったのかどうかはわかりません。著者の妄想なのかもしれません。ただ私としては、こんな恋の苦しみがあったからこそ、美しい作品を残せたのだと思いたいものです。

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奈良の古書店、「とほん」さんが製作されているミニプレス「ブックレットホン」の3号(648円)が発売されました。特集は「空と本」です。本好きには、楽しいことこのうえない仕上がり。

「空を読む」というコーナーは「いろいろな空の意味を思い浮かべつつ、空と本というテーマでいくつか本を紹介していきたい」と様々な本が取上げられています。「空」を見上げて思い浮かぶ「まどみちお詩集 こんなにたしかに」、「夜空」なら最果タヒ「夜空はいつまでも最高密度の青色だ」、「星空」の名文は石田五郎「天文屋渡世」、「雪空」は中谷宇吉郎「雪を作る話」、角田光代「学校の青空」と素敵な本が並んでいます。「空」を「から」「くう」と読めば、「架空」「空想」「空白」「空欄」という言葉にはまる本も紹介されています。

出版社、書店員が「空」というお題で、この一冊をセレクトするコーナーは、ミシマ社さん、徒然舎さん、ブラックバードブックスさん等、個性的な面々が集まっているだけに、選んだ本もユニークです。ブラックバードブックスさは谷川俊太郎の「空に鳥のいなくなった日」(サンリオ/古書700円)から「空に小鳥のいなくなった日 空は静かに涙ながした 空に小鳥がいなくなった日 ヒトは知らずに歌いつづけた」というフレーズを抜き出しておられましたが、これはいい。私も好きな詩です。

「本は何を読んでも、面白い。それは、どんな人にでも面白いと思える箇所があることと似ている。本屋は一冊の本を愛するというよりは、本そのものが持つ『空』に惹かれる人種なのかもしれない」と書いているのは、書店titleの辻山さん。選んだ本は、「わたしの名前は『本』」。辻山さんがどのような意味合いで「空」と言っているのかわかりませんが、無限に広がってゆく空間とでも解釈すれば、たしかに本屋は、果てしなく広がってゆく様々な世界の彼方を愛する人種なのかもしれません。

さて毎回、奈良の魅力的なお店紹介が楽しいのですが、今回紹介された靴屋さん「NAOT NARA」さんは、出版も開始されました。「ループ舎」という版元を立上げ、いしいしんじ、大竹昭子、広瀬裕子等が参加した「靴のおはなし」(ループ舎/ミニプレス1404円)がそれです。靴屋が出した靴の本って魅力的です。当店でも販売中です。

「ブックレットホン」には「休日は本屋さんへ」という連載があります。今回、なんと当店を載せていただきました。音楽好きのとほんさんらしく、CDコーナーの写真を使われています。是非、お買い求めくださいませ。

★レティシア書房恒例「夏の古本市」は、8月8日(水)〜19日(日)開催です。

 

1925年生まれの写真家、長野重一は、1949年「岩波写真文庫」の部員となり、多くの作品の撮影を手掛けました。60年代には、市川崑の映画「東京オリンピック」にも参加しています。

2000年「この国の記憶 長野重一写真の仕事」展に合わせて出版された、写真集「この国の記憶」(東京都写真美術館/古書・1900円)を見つけました。戦後の焼跡から高度経済成長を遂げた、この国の光と闇が見事にとらえられています。

焼跡、駐留軍、被曝してケロイドになった女性、浦上天守堂で一心に祈る人々、戦死した息子を弔う遍路の老夫婦等々の、戦争の傷跡が浮き彫りになった作品群は、写真の力だけが持つ歴史の貴重な証言集です。そして、少しずつ平和を取り戻してゆく市民社会。1952年に撮影された「洋服屋さん」は、古いミシンの前で洋服を仕上げる店主を捉えた作品ですが、仕事を真面目にこなし、日が暮れてゆく、平和を取り戻した暮らしの一時を捉えています。東京隅田公園、大八車で行商するパン屋さん同士の会話が聞こえてくるような「パン屋さん」にも、平和に暮らす庶民の姿が映し出されています。

1960年、初の大衆車が発売され、80万人の人々が押し寄せた自動車ショー「自動車ショー」や、満員電車でぎゅうぎゅう詰めになっているサラリーマンの姿「通勤電車」などの作品から、日本が高度経済成長時代に入ったことがわかります。61年には、日本初の巨大室内プールが出来ていたこともこの写真集で知りました。その一方で、過疎化してゆく炭鉱、埋め立てで漁場を負われる漁民など、時代の負の部分が多く撮影されています。

個人的に惹きつけられたのは、1988年港区南青山の、ある風景を撮った「南青山」です。これから開発されるために更地になった場所を通り過ぎてゆく女性の後姿。女性の前方には新しいビル群が並んでいます。荒廃と繁栄の時代を生きる人の姿を象徴的に表現していると思いました。廃墟同然の戦後から、がむしゃらにここまできたこの国の姿を見つめるにはもってこいの素晴らしい写真集です。

ちなみに、先日ブログでご紹介した絵本「よるのびょういん」の撮影も長野重一でした。

 

★レティシア書房恒例「夏の古本市」は、8月8日(水)〜19日(日)開催です。