布作家、早川ユミの新刊「野生のおくりもの」(KTC中央出版1728円)が入荷しました。

「土から生まれる 土は はじまり 土にふれる手によろこび 土のうえにいると、わたしの野生がおどる」

という詩で始まるこの本は、土、そして大地と共に生きる考えを、様々な角度から描いた、いわば彼女の思想の拠り所をまとめた一冊です。

1971年、京都国立近代美術館で開催された「現代の陶芸ーアメリカ・カナダ・メキシコと日本」展で、鯉江良二の「土に還る」という作品に出会ったことが、彼女の分岐点でした。当事14歳だった著者はこう語っています。

「一瞬にして『土に還る』ということばが、わたしのからだにすっぽりはいっていきました。そして、そのあとのわたしの人生には『土に還る』が、こころのまんなかにいつでもあって、わたしの根っこのひとつになったのでした。」

「土に還る」とは、具体的にどう生きてゆくことなのかの思索の旅の始まりです。沖縄へ、アイヌへ、インドへ、とその土着の文化の根源に触れてゆきます。

「土から生まれる思想。沖縄やアイヌの祖先、縄文人にとっても、土は母なる大地だと信じています。縄文土器は母なる女のひとのからだをあらわしたもの、沖縄のひとのお墓は子宮のかたち、アイヌにとっては母なるものは川だといわれています」

母なるもの、女性性を代表するようなものを、現代の文明がぶち壊してきました。これからは、いかにして自然によりそう暮らしへとむかってゆくかを彼女は考えます。この本には、多くの人が登場します。この本に力強い絵を提供したミロコマチコ、フォークシンガーの友部正人、作家の田口ランディといった個性的な面々。京都白川にある「なやカフェ」や、鎌倉にあるパン屋「パラダイスアレイ ブレッド&カンパニー」等の、大地と関わりながら生きている人達の面白い生き方や、考え方が満載です。「くらしに野生の種をまく」指針となりそうです。巻末には、「野生をまなぶ本たち」という有り難い一覧まで付いています。

以前の著作、「種まきびとのものつくり」(2052円)、「種まきびとの台所」(1944円)も入荷しています。

 

 

 

★8月9日(水)〜20日(日)「レティシア書房 夏の古本市」を店内で開催します。個性的な28店のよりすぐりの古本が大集合です!(14日は休み)

暑い日が続きますが、お立ちよりください。

★休業のお知らせ 8月7日(月)8日(火)は古本市の準備のため連休します。 

8月21日(月)〜25日(金)は、夏期休業いたします。よろしくお願いします。


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林の中を全力で走り抜ける兵士。聞こえてくるのは兵士の鼓動と風だけ。立ち止まった兵士に一発の銃弾。死ぬ前に見たのは風に揺れる木々。無駄死としか言いようのない若い兵士こそ、貧しいけれども、勤勉な、どこにでもいる夫婦の一人息子でした。

映画「ヒトラーヘの285枚の葉書」(京都シネマで上映中)は、ここから、平凡な市民である夫婦が自分たちの出来る手段で、息子の命を奪ったヒトラーへの抵抗を描いていきます。

二人は、「ヒトラーを信じるな」と書いた葉書を、市内の至る所に置いていきます。対フランス戦で勝利を納めて、ヨーロッパでもドイツ帝国の優位が確実になってきた時代のベルリンで、こんな葉書を撒き、政権批判を繰り広げるのは、極めて危険な行為です。ゲシュタポと警察の捜査網をかいくぐり、2年間で285枚ものヒトラーへの批判の葉書を書きました。

映画は、ヒッチコックばりのサスペンス映像を組み込みながら、ささやかな抵抗を続ける二人の日々の生活を凝視します。市民としての日々の生活をこなしながら、毎夜、筆跡を隠して葉書を書き、置いてゆく姿に、息子を無駄死にさせたヒトラー政権への、戦争への怒りと悲しみが浮き上がり、心に沁みます。妻を演じたのは、名優エマ・トンプソン。夫役は、ブレンダン・グリーソン。二人の完璧な演技力は、観るものの魂を揺さぶります。

そして、もう一人、捜査をするフランスの若い刑事。彼は、ゲシュタポへの不信と、この夫婦への親近感を持ちながらも、時の巨大な権力には逆らえず、夫婦を処刑台に送ります。その後悔と自己批判の果てに待ち受けていたのは、やはり悲劇でした。おそらく、実際の戦争、例えば、第二次世界大戦下の日本でも、これは間違っていると思っていても、憲兵やら特高がうろつく街中では、黙らざるを得なかった人々は決して少なくなかったのだろうと思います。

285枚の葉書のうち、ほとんどは市民が警察に届けました。しかし、十数枚だけが発見できませんでした。心ある人達が読み、信用できる人へと回したのでしょう。小さな希望は消えなかったということです。

映画の原作は、ドイツ人作家ハンス・ファラダがゲシュタポの記録文書を基に、わずか4週間で書き上げたと言われる「ベルリンに一人死す」です。実在したオットー&エリーゼのハンペル夫妻をモデルにしたこの小説は、1947年の初版発行から60年以上経た2009年に、初めて英訳され世界的なベストセラーとなりました。2014年、日本でもみすず書房から翻訳本が出版されました。

 

★8月9日(水)〜20日(日)「レティシア書房 夏の古本市」を店内で開催します。個性的な28店のよりすぐりの古本が大集合です!(14日は休み)

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★休業のお知らせ 8月7日(月)8日(火)は古本市の準備のため連休します。 

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幸田文の随筆は、その文章の上手さに惹きつけられて、チョイチョイ読んでいましたが、こんなネイチャー・ライティング的な本も出していたのです。彼女の最後の長編「崩れ」(講談社950円)です。

この本の紹介をする前にネイチャー・ライティングを一般的に定義しておきましょう。基本的に自然環境を巡るノンフィクション文学をこう呼びます。。自然科学系の客観的な自然観察とは異なり、自然環境をめぐって「作家の思索や哲学的思考」が中心となるのが特徴です。おそらく原点は、アメリカならソローの「森の生活」、日本なら野尻抱影の著作あたりではないかと思われます。芦澤一洋の「アーヴィングを読んだ日」(小沢書店/絶版 950円)がそのアンソロジーとして優れた一冊です。

さて、幸田文の「崩れ」は日本の大自然の中で、各地で起きる山崩れ、河川の氾濫等を現地に出向き取材したものです。昭和51年11月から52年12月まで、雑誌「婦人之友」に連載されていたものを単行本にしてあります。どこから読み出してもいいのですが、第八章「十月なかば、富山県も常願寺川をさかのぼって、立山連峯のうちの一つ、鳶山の崩壊を見にでかけた。」がお薦めです。

砂防のメッカといわれる難所で、崩壊も荒廃も凄まじい場所なのだそうです。見に行きたいという欲求と、老体の自分が、そんな環境で耐えられるのかという不安のせめぎ合いの中、出かけてゆくところは、スリリングな出足です。幸田はその行程をリアリストの目線で見つめ、的確な日本語に置き換えて、読者に荒涼たる現場をつぶさに見せてくれます。リアルな自然描写のなかに、「作家の思索や哲学的思考」が巧みに織り交ぜられています。強力に背負われて、急峻な道を上り、その崩壊の現場に立った時、彼女はこう書き記しています。

「見た一瞬に、これが崩壊というものの本源の姿かな、と動じたほど圧迫感があった。むろん崩れである以上、そして山である以上、崩壊物は低いほうへ崩れ落ちるという一定の法則はありながら、その壊れぶりが無体というか乱脈というか、なにかこう、土石は得意勝手にめいめい好きな方向へあばれだしたのではなかったー私の目はそう見た。」

そして「おそらくここはその昔の崩れの時、人が誰もかつて聞いたことのないような、人間の耳の機能を超えるような、破裂音を発したのにちがいなかろう、と思わされたのである。気がついたら首筋が凝っていた。」と、長く佇むべきではないと確信しています。

「崩壊についての書物は、読んでもわかるところが少なくなかった。」と自分の読書体験を綴り、だからこそ誰でも容易に理解できる荒々しい日本の自然の姿を書こうとしたのかもしれません。そして、その果てにある風景に、帯にあるように「生あるものの哀しみを見つめる」ことに向かいます。

日常生活の様々な風景を描いたエッセイとは全く別の世界ですが、ネイチャー・ライティングの力量まで持っていた作家の大きさを知る一冊です。

★8月9日(水)〜20日(日)「レティシア書房 夏の古本市」を店内で開催します。個性的な28店のよりすぐりの古本が大集合です!(14日は休み)

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★休業のお知らせ 8月7日(月)、8日(火)連休 21日(月)〜25日(金)夏期休業いたします

 

 

 

 

大空に、一羽、また一羽とハゲタカが現れてきます。そして、それが数十羽、もしかしたら100羽以上、地上に舞い降りてきます。そこには解体され、バラバラになった遺体。ハゲタカ達は一斉に肉に、骨に食らいつきます。その様子を遺族たちが眺めています。

チベット高地に住むチベット人にとって、最もポピュラーな葬儀が「鳥葬」です。チベット仏教では、魂が解放された後の肉体は、単なる抜け殻でしかありません。その亡骸を天へと送り届けるための方法として、こういった葬儀がとり行われています。日本語では、「鳥葬」と訳されていますが、中国語では、「天葬」というとか。多くの生き物の命を取り込んで、生命を全うしたのだから、せめて抜け殻同然の肉体ぐらい、他の生命のために与えようという思想が流れているみたいです。死体の処理は、鳥葬を仕切る専門の人が行い、骨も石で細かく砕いて全て鳥に食べさせるので、ハゲタカがいなくなった後には、ほとんど何も残らないのです。

そんな鳥葬の様子を捉えた吉田亮人写真展「鳥葬」を、店から歩いて行ける「gallery SUGATA 」(無料)まで観に行ってきました。

どこまでも広がる青空と、大地で繰り広げられる葬儀は、清いものがあります。風の強い高地は、天に近く、なにもかも風が運んでいってくれます。これ、当然のことながら、スモッグで汚れた大都会の郊外でやったら、説得力のない、単に残酷な儀式でしかありません。

布切れがくくり付けられた多くの竿がたっています。布には経文が書かれていて、お経も風に乗って世界中に広がっていくのだそうです。ハタハタと風になびく音が聞えてくるようです。

骨をついばむハゲタカ達を見つめる人々の静謐な顔を見ていると、人の生も、死も大いなる大地の時の流れの中では、一瞬でしかないと思いました。私たちは、地球に生きる所詮は小さな存在でしかないことを、改めて思いださせてくれる写真展です。(8月6日まで)

もし、宮沢賢治が生きていたら、きっと観に行ったような気がしました。

 

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★★お詫び。こちらの手違いで27日(木)〜31(日)のブログが更新されていませんでした。申訳ありませんでした。

 

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アメリカの音楽の原点といえば、奴隷として連れて来られた黒人が持ち込んだブルースと、スコットランドから移住してきた人達が作り出したブルーグラス、そしてニューオーリンズの酒場で生まれたジャズということになるでしょう。

そうした原点というべき音楽へのリスペクトを、色濃く反映させているミュージシャンのサウンドを「ルーツミュージック」と呼び、個人的には最も好きなアメリカンミュージックです。そんな、ルーツミュージックを日本人として追い求めているのが吉村瞳です。

1984年愛知県に生まれた彼女は、14歳のときエレキギター、18歳でスライドギターを始め、22歳でヴォーカリストとなります。アコースティックギターによるボトルネック、ラップスティール、リゾネイト・ギター等の、それぞれ個性的な音色を持ったギターを使い分け、アメリカ南部サウンドに根ざした音楽、ネイティヴ・アメリカンの音楽に影響を受けたロックンロールを、ソウルフルに歌いあげています。えっ?日本人が歌ってるの?と驚かれるかもしれません。

手元に彼女のアルバム「Isn’t it time」(1700円)があります。そのサウンドから見えてくるのは、どこまでも広がる青空とハイウェイ、そしてテンガロンハットを冠った男たちが牛追いをしている情景でしょう。

お馴染み「アメイジンググレイス」の最初で聴くことができる彼女のギターのブルース感覚を楽しんでいただきたいものです。多くの人がこの名曲を歌っていますが、乾いた大地の臭いと、大地に吹く風が、身体を駆け抜けるバージョンはないと思います。この曲に続く”Can’t Find My Way Home”で聞こえてくる、オルガンとギターのアンサンブルにも、やはりアメリカのルーツを垣間見ます。

乾いた大地の大空を舞うコンドルが歌う音楽とでも言えばいいのでしょうか。こんな音楽には、やはりバーボンウィスキーがピッタリですね。アルバムを最後を飾るのは、「テネシーワルツ」。南部の薫りの濃いサウンドで幕を閉じます。

 

 

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岐阜に本拠を置くサカダチブックスの新刊が入荷しました。

「地方に住みはじめました。<岐阜市編>」(702円)です。東京から岐阜に越してきた女性が、縁のなかった一地方都市で、面白い暮らしかたを見つけてゆく本です。

「岐阜を全く知らなかった読者のみなさんが、少しでも岐阜に興味を持ち、せめて『岐阜』という字を間違えずに書けるようになりますように。それから、全国にある『岐阜』のような『地方』で暮すことを、ちょっとおもしろいかも、と感じていただければ嬉しいです。」という編集方針で、岐阜散策が始まります。

住みはじめて出会ったいい店のトップを飾るのは、「古書と古本の徒然舎」です。レティシア書房で年2回催す古本市にいつも出店してくださる常連さん。何度か伺ったことがありますが、程好い心地良さに満ちた古書店です。3年前に美殿町に移転して、店をスケールアップされました。この特集の面白いところは、お店の紹介記事のあと、「このあと、どこ行く?」という小コーナーがあって、周辺の素敵なお店を知ることができるのです。徒然舎に始まり喫茶ヨジハン文庫まで、個性的なお店がズラリ並びます。

今、地方都市の元気の無さが取り沙汰されていますが、きっとどこの街にも、新しい感覚でオーナーの個性を生かした店が誕生していると思います。岐阜の街をぶらぶらしたくなりました。

 

大阪発の出版社BOOKLOREから濱田久美子「Guide to Plants」(1944円)が入ってきました。この本は、一言で言ってしまえば、草木の切り絵集です。著者が心寄せる人たちと過ごした時間を、その庭に生えている草木を切り取ることで記録したとでも言えばいいのでしょうか。

「草木の切り絵は、庭で過ごした印象深い時間の記録でもあり、出会った人々をイメージして切り出したものがいくつかります。」

取り上げられているのは、作家永井宏さん、ソーイングテーブルコーヒーの玉井健二さん、恵美子さんご夫婦、そして、小さい頃過ごした母の、それぞれの庭にあった草木が集められています。大切な人達の日常を見続けてきた草木たちが、本の中で静かに佇んでいます。

巻末には、それぞれの草木の名前と、庭の持ち主との思い出話が載っています。読みながら切り絵を眺めたら、ゆったりした時間が流れるようです。

もう一点、海外文学好きにはお馴染みのフリーペーパー「BOOKMARK」の最新号も入荷しています。今回の特集は「やっぱり新訳」です、古今東西の文学、児童書、エンタメ小説の新訳本の紹介です。ゲストとして町田康が「気合と気合と気合」というタイトルで、自らが現代語訳した「宇治拾遺物語」のことを書いていますので、町田ファンなら見逃せません。

 

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個性的な28店のよりすぐりの古本が大集合です!(14日は休み)

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風変わりなタイトルの下に、「世界の本屋さんで考えたこと」というサブタイトルがあります。いろんな国の本屋の紹介かと思っていたら、これは本屋をめぐる超変化球的内容の一冊でした。

「日本語に生まれて」(岩波書店1300円)の著者、中村和恵は比較文学比較文化を教える大学の先生で、エッセイスト。この本は、岩波書店の月刊誌「世界」に「世界の本屋さん」として連載されたものが編集されて一冊にしたものです。しかし、欧米の大型書店、個性派書店を紹介するというのではありませんでした。

なんせ、最初に紹介されるのがドミニカ島の「ジェイズ・ブックストア」という教科書と観光案内所書を扱う本屋さんですからね。(因みに、このドミニカ島はハイチの隣国ドミニカ共和国ではなく、カリブ海にある小さな島です。)この島出身の、ジミー・リースという作家を追いかけながら、ヨーロッパ列強の植民地だった島に息づく独自の文化へと視点は向いていきます。

次に紹介されるのは、やはり現在もフランス領マルティニーク島では、1890年代に誰が書いたのかわからない官能小説「マルティニーク島サン・ピエールの乱痴気騒ぎの一夜」。「当時の植民地のキリスト教道徳観からして市場に堂々と出回るものではなく、マルティニークの一部の読者の間で『コートの下で』まわし読みされていたものであろう」というこの官能小説を巡りながら、植民地文化の中で、やはり独自の解釈で男と女を見つめてきた島の文化が紹介されていきます。

つまりこの本は、こんな素敵な本屋さんがあります的な、単純な本屋探訪記ではなく、自分たちを育んできた文化が生み出したものへの探求を目指しているのです。私も読んでみて、こちらの思い込みが見事に外れたことに驚きましたが、それ以上に言葉を通して世界を知るという、スリリングな経験をさせてもらいました。

「すみません、本屋さんはどこですか」と著者は世界の<端っこ>を歩きながら本を求め、翻って日本語について想いを巡らす。そんな彼女の旅にお付き合いした気分です。こういう濃い内容は、かなり専門的言葉を駆使して、学術的な本になってしまうのですが、著者のユーモアが巧みに配置されていて、素人でも読めるところがいいですね。例えば、コートの下で回し読みしていたという件の官能小説の事を書いた後に、こう続いています。

「でもコートって、マルティニークじゃ着ないよね。毎日、ほんとうに暑い。」

好奇心が強くて、物知りの人の話って面白い。

 

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2014年「ふたりのねこ」で絵本作家としてデビューしたヒグチユウコは、グロテスクさと可愛らしさをブレンドしつつ、奇妙な世界を、これでもかという過剰な描きっぷりで人気急上昇です。

しかし、奇抜な発想と画力だけではないとう事が、今回入荷した3冊の絵本を通してわかりました。2015年に発表された「せかいいちのねこ」(白泉社1512円)は、深く心に染み込む物語です。

本物の猫になりたいと願う、ぬいぐるみニャンコと、旅先で出会う本物の猫との交流を描くハートウォーミングな絵物語。登場する猫たちは、当然細かいところまで描き込まれていますが、ぬいぐるみニャンコが見せる様々な表情は、擬人化されたようなものではなく、ヒグチの猫だから出せる独特の魅力があります。そして、ニャンコをいじめる、一見イヤミな猫が、実はそうではなかったことが明らかになる所は、この絵本のクライマックスで、映画なら儲け役と呼べるキャラ。

 

「おれたちねこは、人間より寿命が短いからたいてい先になくなるんだ。でも、おまえはずっといっしょにいられるじゃないか」と、本物の猫になろうとするぬいぐるみ猫を説得して、泣かせます。

その翌年、発表した「ギュスターブくん」(白泉社1512円)は、作家の奇抜な発想力満開の一冊です。上半身は猫で下半身は、ヘビのような、蛸のような、グロテスク極まりない奴なのですが、猫の無邪気な可愛らしさと、底知れない不気味さを持ち合わせて、実にチャーミング。その他の奇妙な動物も、ここまで書き込まれるとアートですね。

そして同年出版された「すきになったら」(白泉社1512円)には、猫は登場しません。少女とワニの恋愛物語です。ワニは極めてリアルに描かれているのですが、とても優しい感情が伝わってきます。このワニ、前作の「ギュスターブくん」にも登場していますが、今回は少女と愛し合う二枚目の主役でした。とても素敵な恋する絵本です。

摩訶不思議な世界に遊ばせてくれるヒグチユウコは、これからも目の離せない作家の一人でしょう。

 

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廣木隆一監督作品「彼女の人生は間違いじゃない」を観ました。

舞台は福島県いわき市。母を津波でさらわれ、稼業の農業が放射能汚染で出来なくなり、仮設住宅に住む父と娘が主役です。

娘は市役所に勤務する傍ら、週末は東京で風俗嬢をやっています。父は、保証金でパチンコ狂い。もう、のっけから辛い状況を見ることになります。廣木隆一監督の映画って、リアリステイックな描写が多く、しかも画面が静謐。出口の見えないこの二人の人生を凝視することになります。

何故、娘は東京で風俗嬢をやっているのかについての説明は、最後までありません。私たちは、彼女は何を目的に生きているのかという疑問を持ちながら、ドラマの進行を見つめるだけ。生き地獄と言えば、そういう世界かもしれません。

映画がどういう風に収束してゆくのかと不安に覚えながらも、目を離すことはできません。このまま、震災と原発で人生を狂わされた家族の物語だけでは、見る価値があるのかと思われるのですが、廣木隆一は、見事なエンディングを用意しています。もちろん、それは、明日からはがんばります、なんていう安物のTVドラマみたいなものではありません。父親、娘にそれぞれ起こる出来事を通して、僅かですが一歩前に向います。ラスト、娘は小さな犬を家に迎えます。この犬が、これからも希望になるのかはわかりません。けれども、ここからしか人生は始まらないのです。

映画の最初で、いやいや寝室から起き出した娘が、ラスト、朝食のために米を研ぐ姿をカメラが追いかけます。でも、そこには最初のイヤイヤ感はありません。私たちは、少しほっとして席を立つことになります。

震災の後、多くの表現者がそれぞれの思いを作品として発表してきました。文学、音楽、映画、舞台と様々なジヤンルで、語られました。私にとっては、園子温監督作品「ヒミズ」と「希望の国」は、忘れがたい優れた作品でした。震災の悲惨さや、原発の恐ろしさだけを描いただけでは説得力がありません。表現者の思想が深く問われるのだと思います。この作品も、そんな一本でした。

「撮りたかったのは、現在の日常です。何かが欠落したまま、決して満たされることのない日々の暮らしを撮影することで福島だけでなく、今の日本が抱えている矛盾を描きたいと思いました。」

と監督は語っています。娘を演じた瀧内公美、父親を演じた光石研、風俗嬢のマネージャーを演じた高良健吾、生まれ故郷の町で、もがきながら生きる男を演じた柄本時生達の優れた演技力で、監督の意図を見事に映像化した映画です。

 

 

たがわゆきおさんのスケッチ展は、2015年6月、ご自身も大好きなイタリアの風景に続き、2回目。「旅する。たがわゆきお展・ふたたび」と題して、今回は、南フランスの旅です。

たがわさんは、学生時代に油絵を描いていましたが、退職後は日課のように水彩画を楽しんでいます。3年で1000枚、これってすごいことです。日々精進というような硬い感じは微塵もなく、軽やかで、何より自分が楽しい時間を過ごしていることが伝わってきて、見る方もなんだかゆったりした気分になります。その時々の想いを、自分の中に留めておく為だけに描くという、無欲で素直な印象が、気持ちをほぐしてくれるのかもしれません。

楽しい時間を持って、機嫌良く歳をとっていきたい、と近頃しみじみ思います。できるなら、何か作る喜びがあればなおいい、と思います。絵を描いてみようかな、とふとそんな気にさせるやさしいスケッチの数々。とは言え、ここに掲げられた絵のうしろには、1000枚のスケッチがあるのです。初めて外で描いた時、枠をきめるのが難しく、どこまでも広がる景色を前にすくんだことを思い出します。きっと何枚も描いていくうち習得した技術が、さらに絵を描く喜びを大きくしていくのですね。

旅の空気をまといながら、その場でだいたい20〜30分かけて、描き綴ったスケッチ18枚を選んで並べて頂きました。京都の蒸し暑い夏をひととき忘れてしまうような、爽やかな風が本屋に流れてきたようです。(女房)

『旅する。たがわゆきお展・ふたたび』は8月6日まで 

12時〜20時(最終日は18時まで)月曜定休