「70パーセントの青空」は、1988年秋から1989年春にかけて、「月刊カドカワ」に連載されたものに加筆修正した安西水丸の長編小説デビュー作です。

「一九六四年十月、東京は第十八回オリンピックでわきたっていた。昨日、マラソンで、エチオピアのアベベ・ビキラが優勝した。」

主人公は美大を卒業して、大手広告代理店の下請け会社に入社した若い男です。彼が広告代理業界で、様々な人達と出会い変化してゆく姿を追いかけていきます。ここには等身大の著者がいます。物語では、主人公は二人の女性と出会います。割烹で働く古風なヤエ子と、同じ広告代理店で働く現代的な文里です。9ページにヤエ子の、68ページに文里のイラストが挿入されていますが、その絵が二人の女性の内面まで語っています。

「時雨がいった。プラタナスの色づいた紀尾井坂を上がり、上智大学の土手に出た。土手下のグラウンドの土が雨でコーヒー色になっている。身体が冷えて感じたのは雨に濡れたせいではなかった。時雨のいったあと、つめたい風が吹きはじめた。」

都会小説には、なくてはならない上手い情景描写です。かといって、ただスケッチとおざなりの恋愛事件だけで作り上げられた小説ではありません。苦々しい青春の一時を切り取った物語です。

「ぼくは射精した。ヤエ子の腰あたりから、精液は内股をつたって流れた。ぼくはヤエ子の背にかぶさるようにして立っていた。吐く息で、ヤエ子のうなじのほつれ毛がゆれた。」

生々しい性描写を交えながら、空虚さに引きずられる日々が続いていきます。小さな広告代理店に入社したはずが、親会社に出向することになり、実力派のデザイナーたちに揉まれながら、彼は日に日に実績を積み上げていきます。輝ける日々の始まりのはずなんですが、満たされないまま、きらびやかな広告業界の中で立往生してしまいます。

そして、「どこか知らない国に、自分の若い日の時間が持ちたい」という思いに目覚め、会社を辞め、ニューヨークに向かうことを決心します。ラストは新天地に向かう飛行機の中です。

「空は青かった。さわやかな秋の午後の青空だった。この青は、100%の青ではないな。ぼくの仕事の時に使うカラー・チャートをおもった。何パーセントの青だろう。しばらく考えた。

70パーセントの青だと思った。70パーセントの青空。それは完全な青になにかが不足している。今までの自分にそれを重ねた。70パーセントの青空。それはぼく自身だったかもしれない。」

安西自身の青春の記録はこうして幕を閉じます。(2300円/古書・絶版・初版・帯付き)眩しい青空が心に残るエンディングです。

 

 

 

★イベントのお知らせ「宮沢賢治 愛のうた 百年の謎解き」

2019年1月18日(金)19時より、「新叛宮沢賢治 愛のうた」を出された澤口たまみさんとベーシスト石澤由男さんをお迎えしてトーク&ライブを行います。ご予約受付中(1500円)

神保明子さんの「ガラスの豆皿展」が本日より始まりました。

直径10㎝〜13㎝くらいのガラスの豆皿がズラーッと並びました。豆皿って聞くと、私はちょっとだけテンションが上がります。食器の中でも大げさでなく、骨董等よほど高価なものは別として、使いやすいし思わず手に取ってしまいます。素材がガラスというのも珍しくて展示を手伝いしながら、あれこれ目移りしてしまいました。

神保さんの技法を、壁に展示されたパネルに沿って少し説明します。①粘土で皿の原型を作り、②耐火石膏で型をとります。③型に色ガラスの粉(または粒)を詰め、④電気炉に入れて焼成します。⑤型からガラスを取り出し縁を削り(写真左)、⑥裏をヤスリで手磨きします。これは型の石膏などが付いているのをきれいにするためですが、手で磨くので一個につき30分くらいかかるのだそうです。⑦お皿の形にくぼんだ型にのせて、再び電気炉にかけます。そうすることでお皿の形を整え、ツルッとした美しい肌合いもできるのだそうです。⑧最後に研磨してしあげます。

この技法は「パート・ド・ヴェール」と呼ばれています。「パート」はケーキのたねの意味。パネルの写真を見ると③の粉を詰めるところは、お菓子作りの様です(「ヴェール」はガラスの意味)。彼女の豆皿自体、とても美味しそうな色をしていますが、果物・漬物・金平糖・佃煮、何を乗せても活きるかわいいお皿たちです。ガラスは、光を受けると表情が変化するのが魅力。窓にかざしたらホラ、こんなにキラキラ(写真右)。テーブルの上に置いた時には気づかなかった透明感のある美しい色が見えてきます。

神保さんは、倉敷芸術科学大学芸術学部工芸科のガラスコースを卒業しました。「日本のガラス展」などに入選されましたが、子育ての間10年以上ガラス制作から離れていました。今回再開されて初めての個展を、レティシア書房で開催いたします。クリスマスなどのプレゼントにもきっと喜ばれると思います。(豆皿は2800円〜3500円・ペーパーウェイト1000円)色とりどりの小さなお皿をぜひ手に取ってご覧ください。(女房)

★「神保明子 ガラスの豆皿展」12月4日(火)〜16日(日)まで 

12時〜20時(最終日は17時終了)月曜日定休 作家在廊日は12月9日・16日

 

 

エドワード・ゴーリーの本が数冊入荷しました。ゴーリーは、1925年シカゴ生まれの作家で、独特の文章と独自のモノクローム線画で多くの作品を発表しました。ベケット等の戯曲作家の作品の挿画や、劇場の舞台美術などにも参加しています。日本版の翻訳は柴田元幸。

「不幸な子供」(河出書房新社/古本1050円)は、陰鬱で暗い救いのない作品です。裕福な家に生まれた女の子が、父親の戦死が原因で、どんどん不幸になっていき、あげくに失明し、道路に飛び出したところを、実は生きていた父親の運転する車に跳ねられて死んでしまうという物語です。車にひかれた娘の姿が、あまりにも変わり果てていたので、父親は気がつかないというところで終ります。200%救いのないお話です。そして、よぉ〜く見ると、各ページに目立たぬように不気味な小さな動物が、不幸な物語の道案内か、観客のように描かれています。これが怖い。

「キャシークラムのちびっ子たち」(河出書房新社/古本750円)は、AからZまでの名前の頭文字についた子どもたちが、数え歌のように次々と怪我や死に遭う。ただそれだけの、悲惨な絵本。左ページに英語の原文、右ページに白黒のペン画、画の下にキャプションのような邦訳がついています。韻を含んだ原文がリズミカルで、声に出して読みたくなりますが、恐ろしいことがさらりと書かれています。

“A is for Amy who fell down the stairs       B is for Basil assaulted by bears      C is for Clara who wasted away”

「Aはエイミー かいだんおちた Bはベイジル くまにやられた Cはクララ やつれおとろえ」

こんな具合にZまで続きます。そして、その文章に沿った絵が展開していきます。26人の子どもたちが、26通りの事故や犯罪に遭遇します。不幸の重箱みたいな絵本なのですが、何度も読みたくなるのは何故なのでしょう?

「うろんな客」(河出書房新社/古本800円)は、かなりシュールな展開なのですが、どこか笑える風変わりな物語です。冬の晩、館に妙な奴が闖入します。ペンギンのよう形態の動物ですが、声をかけても無視。明くる朝から、何でも食べる大喰らいの本性を表し、家にあった蓄音機の喇叭の部分を取り去るし、眠りながら夜中に徘徊、本を破る、もう滅茶苦茶です。しかし、不思議なことに一家はその客を追い出すこともせず、気づけば17年も同居しているというお話。

不気味ですが、滑稽。不思議なゴーリー世界を覗いて下さい。案外、ハマるかも………。

 

 

★イベントのお知らせ「宮沢賢治 愛のうた 百年の謎解き」

2019年1月18日(金)19時より、「新叛宮沢賢治 愛のうた」を出された澤口たまみさんとベーシスト石澤由男さんをお迎えしてトーク&ライブを行います。ご予約受付中(1500円)

 

これはタイトル通り、北半球に生きる動物達を描いたイラスト絵本(洋書5000円)です。著者はDieter Braun。動物のイラストとなると、可愛らしいものが大半ですが、これは全く違います。動物達が持っている野性的な姿を、木版画のような手法で色彩豊かに描いてあります。表紙の狼からして、俺たちは荒野で生きているという気合いが漲っています。

第一章は北米大陸で、先ず登場するのはPuma(ピューマ)です。ブラウン系の色を巧みに組み合わせたピューマの横顔(写真右下)。解説(英語)にこうあります。

The Light puma goes by many names:the silver lion,the mountain lion,or the cougar.Measuring up to 1.4meters in Length,it’s one of the Largest big cats in North America.

ピューマは別名を幾つか持っていて、北米大陸では、最も大きいネコ科の動物の一種だということが分かります。てっきりピューマはアフリカだけだと思っていました。(そんなに難しくない英語ですので読めます)

ページを捲ると、Bald Eagle(白頭鷲)、polar Bear(北極グマ)などお馴染みの動物が、大胆にデフォルメされたり、眩しいくらいの色で彩られ、ビビッドな姿を楽しむのと同時に、英語でこの動物はこう呼ぶのかということが解り、思わず発音したくなったりします。

Peregrine Falcon,

Great Spotted Woodpecker,

Hedgehog

Puffin

Mandarian Duck

なんの動物かわかりましたか?

Japanese Macaqueは、日本のお猿さんで、雪深い森にありそうな温泉につかっているところが描かれています。流れる様な白い模様が美しいEuropean Badger(アナグマ)や、赤い嘴をシンボリックに使ったWhite Stork(コウノトリ)等、どれも大胆でシャープなデザインの美しさに驚かされます。

個人的には、Snow Leopard(ユキヒョウ)のイラストが一番好きです。写真左のカッコいいフォルムの次のページには、こちらを睨みながらソロリと向かって来るユキヒョウの、威厳がありながらどこかユーモラスな正面の顔が掲載されています。作者は、たぶん意識的に動物を正面から捉えた顔を多く製作していると思います。真っ直ぐにこちらを見つめる顔はとても魅力的で、自然界に生きる彼らの美しい姿が集約されてる一冊です。

 

★イベントのお知らせ「宮沢賢治 愛のうた 百年の謎解き」

2019年1月18日(金)19時より、「新叛宮沢賢治 愛のうた」を出された澤口たまみさんとベーシスト石澤由男さんをお迎えしてトーク&ライブを行います。ご予約受付中(1500円)

 

 

 

 

村田らむ著「樹海考」(晶文社/新刊1674円)を読むと、樹海に分け入ってみたくなります。

富士の裾野に広がる青木ヶ原樹海。「樹海」という名称がくっ付くだけで、なにか邪悪な呪いの渦まく異界のイメージを持ってしまいそうです。入ったらでられないとか、コンパスが狂うとか、その手合いの都市伝説がまかり通っています。しかし、樹海のある山梨県南都留郡富士川口町近辺には、キャンプ場にゴルフクラブ、レストラン等の観光施設が建ち並んでいます。では、どこから怪奇めいた伝説が生まれてきたのでしょうか、という素朴な疑問からこの本はスタートします。

自殺の森=樹海というイメージですが、この青木ヶ原は、樹海にある洞窟観光のメッカで、多くの人が訪れます。樹海の中には散策路もあり、深い森の雰囲気を味わうこともできます。その一方、近辺には富士山を信仰の対象とする浅間神社が多数存在し、パワースポットなどともてはやされています。

また、得体のしれない新興宗教の道場があり、筆者はそこへ乗り込んで話を聞きました。「乾徳道場」というところには、老夫婦が住んでいましたが、何度もここを訪れた筆者も、2度しか夫婦には出会ったことがなく、いつのまにか引き払ったらしく、樹海で生活するのも大変そうです。しかし、道場自体は古くからあるらしく、暗い洞窟で修行の跡がみつかっています。樹海の宗教施設が、一躍クローズアップされたのがオウム真理教です。樹海を突っ切る71号線を南下するとサティアンがあった場所にぶつかります。ギリギリ樹海に入る所で、教団が施設を作りたくなるような何かがある場所なのですね。

樹海へ100回も入っている著者は、落とし物、もしくは廃棄物の多さにまず驚きます、大量のアダルトビデオ、テント、ゲーム機器に、CDプレイヤー、車両(これは自殺者の乗っていたものみたいですが)。一番奇妙だったものはというと、「散策中にふと上を見上げると、かなり高い位置の樹の枝にブーツが片方だけ引っ掛けられていた。枝にヒモで括ってある。しばらく歩くと、もう片方も掛けられていた。」ちょっと、気味悪い光景です。

さて、後半は、死体のお話です。自殺者の死体を探すマニアが登場します。40代半ばのサラリーマン。彼が樹海散策で、ゾンビ映画にでも出てこないようなグロい死体が木にぶら下がっている現場に遭遇します。それから、何故か、死体探しにハマり、週末には必ず樹海に入っているのだとか。そんな彼と一緒に入った時に、ほぼ白骨化、上半身の骨はバラバラ、頭蓋骨は見当たらないという悲惨な現場に遭遇します。このあたりから、本書は死体の話が盛り沢山になってきます。

首を吊った死体にウジが湧いているのを見た時のすさまじい体験も語っていますが、ここから後は本書をお読みください。それだけ自殺者が多いことが、怪奇な物語が流行る温床になっているのかもしれません。自殺できなかった人たちが作った村がある、殺人鬼がいて侵入者を殺す、野犬の群れが人を襲う等々、オンパレードです。

とはいえ、自殺者は減りません。筆者は『自殺スポット』とメディアが取上げると、自殺者が急増すると書き、その番組を見た人達が「『樹海=自殺の名所』と認識し、自殺場所として樹海を選ぶ」と断定しています。樹海の誤ったイメージに捉われている人は多いと思いますが、この本を読んでリアルな姿を見てください。

 

★イベントのお知らせ「宮沢賢治 愛のうた 百年の謎解き」

2019年1月18日(金)19時より、「新叛宮沢賢治 愛のうた」を出された澤口たまみさんとベーシスト石澤由男さんをお迎えしてトーク&ライブを行います。ご予約受付中(1500円)

東本願寺の近くに、仏教系書籍を主に発行する出版社「法藏館」があります。歴史は古く、慶長2年(1602年)創業の仏教書肆・丁子屋の流れを汲み、浄土真宗の仏教書を中心に、多くの仏教書全般を出版して今日に至っています。出版部門の横に書店を併設して、仏教書をメインにした書店も経営しています。東本願寺の向いにあるので、門徒さんが多いとの事でした。

一見、うちとは全く関係のなさそうな出版社なのですが、ミニプレスを買いに来られた営業の方とお話をしているうちに、当店ギャラリースペースを使って、面白い企画展が出来るかもしれないということになりました。同社が保管している、江戸時代の版木がたくさんあるとお聞きしたからです。

版木は、木版とも呼ばれていますが、印刷のために文字や絵画を(反対向きに)刻した板の事です。木版印刷や木版画制作に用いられてきました。仏教を国の宗教と定めた高麗では10~13世紀に木版印刷による経典の印刷が盛んに行われたそうです。その技術は日本にも伝わり、仏教教典、様々の学術書が、木版印刷の技術で印刷されて、多くの人々が読むことができるようになりました。江戸時代の浮世絵も、この技術なくしてはあれ程盛り上がることはありませんでした。

多くの読者に膨大な情報を伝えるという、出版の原点にあたるのが木版印刷だったのです。電子書籍やブログ、フェイスブック等新しいコミュニケーションツールが盛んな今こそ、その原点とも言える版木を知ることも良いのではないかと思い、法藏館本社にお伺いしました。実は、私が通っていた小学校はここのすぐ側にありました。お忙しいところ、西村社長と戸城編集長にお会いできて、打合せの後、同社の版木が保管されている蔵を見せてもらうことができました。蔵には多くの版木が眠っています(写真右上)。

私たちが日頃接している書物の、一番最初の形を知る事ができる展示にできればと思っています。2020年1月最初の展示になる予定です。ご期待下さい!

こんな可愛い象さんの版木(写真左)も見つけました。

 

★イベントのお知らせ「宮沢賢治 愛のうた 百年の謎解き」

2019年1月18日(金)19時より、「新叛宮沢賢治 愛のうた」を出された澤口たまみさんとベーシスト石澤由男さんをお迎えしてトーク&ライブを行います。ご予約受付中(1500円)

 

今年、是枝裕和監督「万引き家族」は、家族の姿を描いた映画としてとても記憶に残りました。それにしても、この作品に勝るとも劣らない作品に出会うとは!野尻克己初監督作品「鈴木家の人々」です。「万引き家族」に圧倒された皆さん、この映画を見逃してはなりません!

物語は、ある一家の息子の自死から始まります。息子は、どうやら長期に渡って引きこもりだったようです。彼は突如、自分の部屋で首を吊ってしまいます。帰宅した母親が見つけ、台所から包丁を持ち出して紐を切ろうとするようなのですが、自分の腕を切って、意識を失います。(何故、そうなったかは、映画のラストで明確になります)病院に運びこまれ、昏睡状態に陥ります。父親が看病するのですが、何故か彼は、とあるソープランドに通い詰めます。(何故、そうなったかは、映画のラストで明確になります)一家の娘は、そんな父親のソープでの失態の後始末をしたりと、散々な目にあいます。

ある日母親が意識を回復し、周りにいる家族に向かって息子の所在を訊ねます。彼女は、どうやら息子の死の前後の記憶がとんでいるみたいなのです。真実を話して、自殺をされては困る家族は、「引きこもりをやめてアルゼンチンで仕事をしている」と嘘を言います。さぁ、それからが大変。いかにもアルゼンチンから手紙がきたみたいな小細工をしたり、お土産が届いたような演出をしたりと嘘に嘘を重ねていきます。

映画は、息子の死を隠す家族の姿を、距離を保ちながらシニカルに見つめていきます。でも、こんなこといつかバレると、観客の誰もがわかっています。宙ぶらりんの状態で、毎日を空しく生きる残された者たちの空虚な思いは限界まで来ていたもかもしれません。突然、息子の死は母親に知るところとなります。さらに、彼女はその時の記憶を戻してしまうのです。崩壊寸前の母親、凄まじい嗚咽を、カメラはやはり静かに見つめます。母親を演じた原日出子の凄味ある演技に釘付けです。

映画はここから、母親、父親、娘、そして亡くなった息子のそれぞれの立場から、苦痛と後悔、迷いや憤りを描いていきます。ここで、私たちは長い時間を一緒に過ごす「家族」って何なのだと考えてしまいます。監督は家族とは何なのかを知りたくて脚本を書いたと述べた上で、こう語っています。

「『映画』というものに答えがないように『家族』というものにも答えはないだろう。しかし、答えを知りたくてもがいてしまうのは人間の業だ。もがいた先に憎しみや怒りや悲しみが見えたとしても。 脚本を書き終えても答えは見つからなかった。ならば、作りながら更にもがけばいい、と思った。今回、初めて出会う『家族』と一緒にもがいて映画を作り上げればいい。そこに見える家族の風景。 私が最初の目撃者となりたい。」

いつも遅く帰ってくる父、早くに死んだ兄。そんな環境で育った野尻監督には、団欒という記憶がほぼないのだそうです。家族って何?を問い続け、自らの疑問を抱えながら、映画を作ったのです。

「万引き家族」のエンディングは、将来への希望が見えないものでしたが、「鈴木家の嘘」の場合は、未来の見えてくる幕切れです。観ている者も、この家族に幸せが訪れてほしいと心底思ってしまいます。拍手をもって祝福したい気分で終りました。父親を演じた岸部一徳、母親役の原日出子は、ともに代表作になるに違いありません。そして、熊切和嘉、豊田利晃、大森立嗣に師事し、橋口亮輔、横浜聡子、石井裕也ら日本映画界を牽引する監督たちの現場で、助監督を務めたという野尻克己監督の実力が証明された処女作になりました。強くお薦めしますが、映画館はガラガラの入りだったので、もしかしたら早く終るかもしれません。

 

Tagged with:
 

少し前のブログに梯久美子の「原民喜死と愛と孤独の肖像」(岩波新書/売切れ)のことを書きました。今回は同じ著者の「愛の顛末」(中公文庫/500円)です。サブタイトルに「恋と死と文学と」とあります。三角関係、夫婦の葛藤、ストーカー、死の床で語られる愛など、もう韓流ドラマ好みの話題満載なのですが、ここに登場する文学者の本を、思わず読んでみたくなるところが著者の力量です。

小林多喜二、近松秋江、三浦綾子、中島敦、原民喜、鈴木しづ子、梶井基次郎、中城ふみ子、寺田寅彦、八木重吉、宮柊二、吉野せい、という12名が登場します。どの人も「激し過ぎる」人生なのですが、だからこそ、彼らが永遠に輝くのかもしれません。そんな中から私の知らなかった作家を紹介します。

戦後を代表する歌人の一人宮柊二は、1912年新潟に生まれ、1939年徴兵されて、日中戦争ど真ん中の中国山西省に送られます。その時詠んだのが、

「うつそみの骨身を打ちて雨寒しこの世にし遇ふ最後の雨か」です。

「うつそみ」は現世を生きている自分のこと。戦闘にのぞむ兵士の死の覚悟を詠っています。敵陣深く侵攻する日々の中で、内地にいる最愛の女性、英子に多くの手紙を送ります。「ここは山西省の一寒村であり、この前には日本の部隊は居りません。殆ど想像のつかない少人数が、ここを死守して作戦の十字を掴んで居ります。」

激しい戦闘が日々繰り返される最前線から送られてくる手紙には、時を越えて、個人の真摯な思いが溢れています。その激戦を耐えぬき、故国に戻った彼は英子と結婚し、子どもが生まれ、職も得て再スタートします。1945年再び召集されて、戦地に赴くことになりますが、敗戦が決まり、家族の元に戻ります。戦後は短歌界を牽引します。晩年の歌にこんなものがあります。

「中国に兵なりし日の五カ年をしみじみと思ふ戦争は悪だ」

1986年、74歳でこの世を去りました。

この本に登場する文学者たちが背負っていたものは、戦争であり、貧乏であり、病いでした。重圧に耐えながら、命を削った果てに残ったのが、彼らの作品でした。

戦中から戦後にかけて古い因習、価値観に抗い、恋に生きることを選んだ、中城ふみ子という歌人がいました。19歳で親に決められた結婚をし、3人の子の母となり、文学も諦め、そして離婚。31歳で乳がんで亡くなるのですが、人とは違った生き方を貫く女性に世間は冷たく、母となった女に自由な恋愛などできなかった時代に、死を前にして彼女は抗い続けました。

「内部のこえに忠実であらうとするあまり、世の常の母らしくなかった母が子らへの弁解かも知れないが、臆病に守られる平穏よりも火中に入って傷を負ふ生き方を選んだ母が間違ひであったとも不幸であったとも言へないと思ふ」

と生前出された歌集「乳房喪失」のあとがきに書いています。

この文庫の解説で、永田和宏は「もう一度、これらの作家を読み直してみたいと思わせてくれる一冊であった」と書いていますが、その言葉通りのノンフィクションです。

 

 

石田千の「店じまい」(白水社/古書800円)は好きな本で、前にもご紹介しましたが、また手に取って読んでしまいまいした。帯の言葉を借りていうと「あなたの町にもきっとあった、あの店この店・・・・その不在の光景の数々」を描いたエッセイです。

昔馴染みの店の閉店の話って、ちょっと感傷的になるものです。私が閉店を経験した時も、店側の人間はわりとクールで事務的になってゆくのですが、お客様サイドはやはり違っていたようでした。石田の文章は、哀愁をにじませながらもどこか醒めた部分があり、しかも瑞々しい感性で語られて、とても気持ちよく読めます。彼女の好きなお店は例えばこんな感じ。どんな町にでもあるような蕎麦屋さんで、

「水が来て注文をして、テレビに飽きぬうち。新聞なら三面記事と黒枠、天気予報と週刊誌の広告をながめたころ。おまちどおさま。それまでの心づもりと空腹の間あいは、からだで覚えていて、整えられる店のおくの湯気のむこう、あかい顔をしてゆでているおじさんや、三角巾をきっちりむすんだおばさんが、あわてずせかさず、長年のいつもどおりを守っているおかげで、気どりなくいられる。食べたいものを、食べたい速さでたいらげる。」

こんな居心地のいい店って、誰も何軒かお持ちのはず。それが、ある日行ってみると閉店している、という経験もされているでしょう。その店が存在した時の街の情景を背景にして、店の人と交わった一瞬を書き留めています。石田は、古風なセンスの優れた下町エッセイを何点か書いていますが、この本がベストではないでしょうか。

馴染みの豆腐屋が閉店していた時。

「暮れに来たときは、あぶらあげ二枚買った。半年後、店をたたんでいた。ひとの死を知ったときのようにざわついて、部屋のなかで、立ったりすわったりしている。すぐそばにあった景色が、腰まわりからはなれていかない。」

店は変わり、街も変わり、そこに何があったのか誰も忘れている、というのが現実ですが、心のどこかに様々な思いと郷愁と共に残っている店ってありますよね。この本を読みながら、そういえば、あの店…..って思い出したりしました。

 

Tagged with:
 

写真家百々俊二(ドドシュンジ)が、生まれ育った街大阪を撮った写真集「大阪」(青幻舎/古書2000円)は面白い写真集です。

半生紀を生きた大阪を、きちんと作品として残しておこうと思ったのが切っ掛けで、撮影に着手しました。あとがきで「自分の記憶がある場所から撮っていこうと。記憶の大阪です。記憶といっても、もちろん写真では『いま』を撮ることしかできません。こういう場所もあったなぁ、と思い出しながら、場所の磁力に呼び寄せられように歩きました。最初に訪ねたのは自分が生まれた場所なんですが、1947年当時の四軒長屋がまだあったんです。驚くと同時に、小学生のころの記憶がダッ〜と甦ってきた。背中を押されるように撮影に入り込むことができました。」と書いています。

「大阪やん、これ」って思わず言ってしまいたくなる程、大阪です。高層ビルの立ち並ぶ街の風景、別府行きのサンフラワー号が出る大阪南港の夕暮、JR吹田駅付近を疾走する列車を捉えたスピード感など、多分、東京を舞台にして、同じ様な作品を撮った時、そこには全く違う空気感があるように思います。関西人なので、大阪の街並みや空気を多少は知っているがゆえに、よけいにそう感じている部分があるかもしれませんが…….。

写真集には、これこそ大阪という風情の下町が数多く収録されています。例えば生野区鶴橋。近鉄・JR鶴橋駅そばの商店街は、この街に古くから住む韓国、朝鮮の人達が営むお店が並んでいます。街のざわめきが聞こえてきそうです。鶴橋卸売市場に働く人達を捉えた写真にも、同じ様な匂いがあります。市場にあるらしい一杯飲み屋の椅子に、ポツンと座る女性。常連客か、それとも店の人間か。仕事帰りにやってくるおっちゃんに「お疲れやなぁ〜、一杯飲んでいき」という甲高い声が聞こえてくるような、いい写真です。

ひなびた商店街、古い工場、河岸のホームレスのテント、淀川に上がる花火、工事中の街角、どこにフレームを合わせても、そこに息づく人達の生活が浮かび上がり、そしてそれは、観る者に、失くしてしまった街の哀愁を思い起こさせます。

心理学者の鷲田清一が「高架路線の下、高層ビルの下にも、お城の下、樹の下にも、河川敷や堤防にも、解体現場の隙間、墓場の傍らにも、ひとびとはいつく。ひとは空間を生きるというよりは、場所にいつく。」と後書きに書いています。

もう閉店した美容院と、やはりシャッターの降りた店舗を捉えた作品を眺めていると、ここでどんな暮らし、どんな人生をおくってきたのか、今も幸せなのだろうかと様々な思いが過ります。

 

 

 

Tagged with: