料理家として数々の著作がある高山なおみが、本についてのエッセイ集を出しました。題して「本と体」(アノニマスタジオ/1980円)は、彼女が親しんだ絵本や小説の思い出として26冊の本が並んでいます。そして、絵本編集者の筒井大介、写真家の斎藤陽道、画家の中野真典、各氏へのロングインタビューが収録されています。

へぇ、こんな本読むんだ!と思ったのは「ピダハン」の紹介。ピダハンとは、アマゾンの奥地に住む少数民族の名前です。著者のダニエル・L・エベレットは、ピダハンと30年近くも生活を共にし、ヤシの葉でできた小屋に住み、狩りの獲物はその日に全て食べ、穫らない日は全く食べなくても大丈夫という暮らしを体験しました。

高山は「村中が親戚みたいに仲良しで、将来も、明日のことも思い煩わず、今日だけを楽しんで生きている、笑いながら生きているとか。 夢も、現実のひとつと信じられているとか。」と感動しています。

そして、MARUUが書いた「うさぎのまんが」。当店にも在庫していますが、マルーという名のうさぎの女の子が主人公のコミックです。と言っても、可愛いうさぎの漫画ではありません。中学、高校と多感な時期に摂食障害だった著者は、その冴えない日々の思いを漫画という表現に託しています。

「辛さと楽しさ、悲しみと喜び、醜さと美しさは、まったく逆のもののようだけど、それらはふとしたきっかけでひとつになり、、眩しい光を放つことがある。自分がいることを根底から否定したことのある人だけが、私たちに見せてくれる世界。そういうものがあるような気がするのです。」と高山は評価しています。

彼女の本では、「明日もいち日、ぶじ日記」(新潮社/古書800円)が好きでしたが、この本も気に入りました。

最後に高山自身へのインタビューがあり、自分がどもりだったと言っています。

「体の中に言いたいことが人いちばい溢れているんです。私はそれがどもりだと思う。」

彼女は、日々の小さな変化をきちんと見て、聴いて、生きていたいと思っていて、そういうことを他人に正確に伝えようとすると、変なリズムになったり、同じ言葉を何度も使ったりと、間隔が空いたりするというのです。

「だから私、いまだにどもりなんです」

ヤンチャで幸せで少し切ない子供時代の話や、選ばれた本や対談から、高山なおみの人となりが見えてくるような本です。

 

佐藤春夫?明治生まれの詩人だったよね、「田園の憂鬱」とか「都会の憂鬱」とかいうタイトルの小説出していたはず…….。

確か、創作活動に行き詰まり、東京を離れて妻と愛犬と田舎暮らしを始め、その日々の中で考えたことを綴ったのが「田園の憂鬱」でした。「その家が、今、彼の目の前へ現れて来た。」という奇妙な書き出しで始まるのですが、ようわからん物語だった記憶があります。

そんな著者が、1920年6月、当時日本の植民地だった台湾へと旅立ちます。よほどこの地が気に入ったのか、その後、台湾を舞台にした作品を連発します。それをまとめたのが「佐藤春夫台湾小説集」(中公文庫/古書600円)です。

台湾でも人気のある「女誡扇綺譚」は、廃港を舞台に、この地の詩人と日本人記者が、だれもいない屋敷から聞こえてくる「なぜもっと早くいらっしゃらないの」という女の声を巡って、真相を追及するミステリー仕立ての話です。廃港を彷徨う二人の描写と、廃れてしまった港の描写が素晴らしく、今なら新鋭の台湾人映画監督が見事な映像美で見せてくれるのではないかと思います。

一方、「霧社」は原住民族セデック族による反日抗争事件「霧社事件」を思い起こさせる物語です。「霧社事件」は1930年、日本統治下の台湾で起こった最大規模の暴動です。佐藤は、討伐隊が集結して一触即発の最中に霧社に出向き、山登りをしながら見聞したものを記録風に描きました。梅毒で鼻がもげた男や、巧みに客を誘惑する少女、低賃金でこき使われる現地の人たちを描いています。

台湾で再評価されているという情報がなければ、手にとっていなかったと思いますが、興味深く読みました。

 

富山県のローカルテレビ局「チューリップテレビ」が、自民党市会議員の政務活動費使用で不正があったことをすっぱ抜きました。その一部始終を記録した「はりぼて」(京都シネマにて上映中)を観てきました。

開催していない市政報告会の領収書、勝手に数字を書き込んだ領収書などが、どんどん出てきます。当初の言い訳を、記者にグイグイ追及された議員たちが、いともあっさりと、トランプみたいにゴネまくることなく、「申し訳ありませんでした」と謝罪会見を開き、辞職してゆくのです。尊大な態度で記者に接していた議員も、次のシーンでは頭を下げているのですから、ほんま、笑ってしまいます。

市議会のビルに集まってくるカラスたちの鳴き声が、所々に入ります。どう聞いても「アホウ、アホウ」と鳴いているよう。頭を下げる議員、アホウと鳴くカラスが交互に登場します。情けない。

最初に、偽の領収書を突きつけられた議員は、”富山市議会のドン”と言われた人物で、ちょうど議会で議員給与の値上げ法案を提出して根回しの結果議決されたところでした。しかし、疑惑発覚後議員辞職に追い込まれ、その後半年の間に14人の議員が続々と辞職していきます。

さらに、この失態を追及していた議員もセクハラ容疑で告訴されるという、開いた口が塞がらない状況です。

「仁義なき闘い」で金子信雄が演じた小悪人の醜悪さに大笑いしましたが、あれ以上です。きっと、伊丹十三が生きていたら、この事件をベースに面白い劇映画を作っていただろうなぁ〜と思いました。

しかしこれはお話の出来事ではなく本当のことなので、笑っていてはいけない状況です。が、あまりの愚かさに、映画館内もため息と失笑しかありません。2020年には、全国一厳しい条例を制定したものの、不正が発覚しても辞職しないで居座る議員の状況も描かれています。

さらにこの議会、女性が全くいない。おっさんばっか。こりゃダメだ。出直し選挙で少しは増えたみたいですが、まだまだです。地方議会だけでなく、国政でも変わりません。選ぶ者の責任が突きつけられます。笑って、笑って、ゾッとさせられる、エンタメ作品になっていました。ぜひご覧ください。

 

 

三宅章介さんの写真集「Typology  for traces  of  Gable Roofs切妻屋根の痕跡のための類型学」(赤々舎/新刊3300円)は、街中でよく見かける建物に取り残された家屋の痕跡(隣接していた建物の壁についた跡)を撮影したものです。正直言って、著者本人が持ってこられた時には、その面白さがもう一つよく分かりませんでした。特にこれという個性もない痕跡ばかり。写真専門の出版社である赤々舎がよく出したなぁ〜とまで思ってしまいました。ところが、何度かパラパラとめくっていると不思議な感覚に陥るのです。

ここにかつて存在していた家はどんな外観だったのだろう、どのような家族がどんな風に暮らしていたのだろう、そしてどうして家屋を潰したのだろう等々、様々な思いが溢れてくるのです。幸せだったかな、それとも何か事情があってこの地を去ったのだろうか………。妄想はつきません。残された家の痕跡が、亡霊のように立ち上がってきます。

三宅さんは、「かつて、そこにあった人の営みを刻印した化石のようだ。痕跡は風雨にさらされ、時の流れのなかで磨耗していくだろう。新たな建物が建てば視界から消える。やがては痕跡を印した壁面も解体され、人々の記憶からも跡形なく消え去るにちがいない。」と記しています。

そんな思いを持って京都の街中を歩いてきた集大成が本書です。巻末には、撮影日時と場所が記載されています。「京都市中京区瀬戸屋町465」と番地まで記載されていますので、近所の方の記憶に残っているものもあるかもしれません。

一時、「痕跡本」というものが、古書好きの間で話題になりましたが、こちらは「痕跡壁」とでも言うべきか、具体的であり幻想的でもある、面白い写真集です。当初の印象を撤回します。傑作です。

 

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★ARKの犬猫カレンダーも販売中!(大・1000円 小・800円 税込)こちらは売り上げをARKに寄付いたします。

 

 

 

日本画家さわらぎさわさんの個展「絵から飛び出た楽しい仲間たち」が始まりました。レティシア書房では、2018年の秋以来2回目の個展になります。

さわらぎさんの絵は、可愛らしい動物や少女がテーマですが、日本画のせいでしょうか、独特の深い奥行きがあります。「ナルニア物語」にインスパイアされて描いた絵には、ライオンの思慮深い眼差しがこちらに向けられていて、壮大な物語に思いを馳せました。

「絵から飛び出た仲間たち」というタイトル通り、描かれた絵からそれぞれ可愛いキャラクターが、フェルトの人形になり絵とともに並んでいます。フェルトを手掛けるようになってからそれほど年月が経っていないはずですが、絵から飛び出してきたシマウマや牛やウサギや少女など、みんな楽しそうに踊ったり歌ったりしています。作家が心から楽しんで作っておられるのが伝わってきて、表現方法が変わってもセンスの良さが光ります。

今回、描かれた絵や立体をもとに小さな絵本に仕立てて500円で販売されていますので、こちらも手にとってご覧くださいませ。

日に日に秋が深まってまいりました。やわらかで美しい日本画に親しんでいただければ幸いです。(女房)

さわらぎさわ「絵から飛び出た楽しい仲間たち」展は、11月4日(水)〜15日(日)まで 月火定休日 13:00〜19:00

 

 

 

 

毎年、北海道からネイチャーガイドの安藤誠さんをお迎えして、北国の自然を語る会を開いています。今年は、コロナ感染拡大のためどうなることかと思いましたが、参加者を制限させていただいて、10月30日に開催いたしました。

コロナ流行のため、安藤さんの経営するペンション、ヒッコリーウィンドは三ヶ月間の休業を余儀なくされました。そんな中、彼は「本当にやりたいことは何なのか、何の為に仕事をしているのか」を問い続けたといいます。そして、原点に立ち戻って、大自然の美しさ、不思議さを知ってもらうことが、自分の務めだと再確認します。そこで、素敵な映像制作を手掛け、この会で披露していただきました。

プロ仕様の機材を駆使して制作された、北の国に生きる動物たちの姿は、奇跡のように美しいものでした。この先、北海道の自然をいっぱい詰め込んだ長編ドキュメンタリー映画を作って全国を巡回することも、安藤さんとヒッコリーウィンドのスタッフの力を思えば夢ではありません。

彼はさらにステップアップを目指します。なんと現在、狩猟免許と罠猟の許可を取る為に勉強しているということです。何故か?

人里に出没するクマに対して、猟友会の方々が動いておられますが、猟友会も高齢化していて、銃を扱える人が年々少なくなっています。銃を持つものに対してクマはそれ以上近づくことはありません。ですが、銃で追い払う代わりに罠を仕掛け、捕まったクマは片っぱしから処分されているのが現状です。どこのクマかわからないまま、安藤さん曰く、無実のクマが殺され続けているのです。その数、年間5000頭とか。

彼が免許を持つことで、自治体と協力しながら最小限の処分で、結果、クマを守るという方法を模索するという試みです。ネイチャーガイドとして、自然を熟知している彼にこそ、できることかもしれません。ここまでのクマへの深い愛情の、その根底には、この星は人間だけのものではないという信念があると思います。

90分ほどのトークでしたが、実り多き一夜でした。こんな時期にも拘らず、小さな書店の小さな集まりに来てくださったお客様と、安藤さん、ヒッコリーウィンドのスタッフの皆様にお礼申し上げます。

⭐️11月5日どう出版より安藤さんの自伝的エッセイ集「日常の奇跡」(税込1870円)が発売されます。もちろんレティシア書房は、この本を取り扱います!安藤さんを知っている方も、ネイチャーガイドって何?という方もぜひ手にとってみてください。予約も受付ております。

白土三平といえば、「カムイ伝」なのですが、第一部「カムイ伝」が全15巻、第二部「カムイ外伝」が全11巻、そして「カムイ伝第二部」が全12巻という超大作で、どれぐらいの人が読破したのでしょう?1964年から2000年まで、実に37年かかって書き続けられ、しかも未完なのです。

本書、毛利甚八著『白土三平伝 カムイ伝の真実』(小学館文庫/古書300円)は、白土の側にいた編集者から見た彼の肖像画的な一冊です。まずは、何よりも面白いのは、彼の父親です。

白土が生まれたのは1932年。満州国建国宣言がされ、長い戦争へと突入する前夜でした。5月には犬養首相が暗殺されるという世の中です。そんな情勢下、プロレタリア美術運動に関与していた三平の父岡本唐貴は警察に逮捕、拘留され、激しい拷問を受けます。社会活動をする父の絵が売れるわけもなく、一家は貧困に喘ぐ生活を余儀なくされます。

「白土の生い立ちは、在日朝鮮人や長屋に生きる貧しい人々をごく普通に隣人として眺める仲間意識を白土の心のなかに育てた。後年、戦時下に『アカの子』として孤立感を意識した中学生時代や紙芝居作家として東京の下町で過ごした二十代を通じて、そうした仲間意識はいっそう磨かれることになった。」

第一部で非人部落に逃げ込んだ登場人物が被差別の過酷な暮らしの中、自らの考えを改めるというモチーフは、若き日の経験が影響を与えています。

1944年、十二歳の白土は疎開先の長野県上田市に降り立ちます。自然豊かなこの場所で狩猟採取本能を蘇らせるような経験を数多く積みますが、やはり、そのこともカムイ伝に反映されます。

戦後、父の知人の紹介で紙芝居に携わります。漫画家白土三平の原点です。やがて紙芝居作家から貸本作家へと進み、後に「月刊漫画ガロ」編集長になる長井勝一に出会います。そして、長井のもとで、初の長編「甲賀武芸帳」を書き始めます。その頃から、それまで生活のために書いていた漫画を、自分の表現手段として考えるようになります。

そして、自由な発想で新しい漫画表現を探すための雑誌「ガロ」を創刊します。多くの漫画家がこの雑誌から世に出ましたが、とりわけ大きな衝撃を与えたのがつげ義春でした。「ねじ式」の掲載です。

「『ねじ式』は全共闘世代の若者に雷のような衝撃を与え、日本の漫画文化を多様化させるジャンピングボートとなってゆく。」

左翼画家の下で育ち、したたかに戦争を生き抜き、戦後漫画文化を大きく飛躍させた男の自伝として、また戦争をくぐり抜けた一家の物語として面白い本でした。

なお、現在は房総半島の小さな家で、魚釣りに勤しみながら暮らしておられるとか。

 

 

黒沢清の最新作「スパイの妻」(ベネチア国際映画祭監督賞)を観ました。演出、撮影、照明、役者の演技等どれを取っても素晴らしい。映画好きならご存知のように、黒沢監督は独特のセンスで、ホラーやサスペンス映画を作ってきました。寒々しい映画館で観た「Cure」なんて、怖くて怖くて震えました。

彼にとって初めての歴史ものとなった本作は、まるでオペラみたいに堂々とした展開で、太平洋戦争下の日本で、軍の秘密を知ってしまったある夫婦の運命が描かれていきます。

1940年代の神戸。優作は貿易商を営み、妻の聡子と西洋風の自由な生活を謳歌しています。ところが仕事で満州国へいったとき、優作はそこで日本軍の秘密を目撃してしまいます。それは、関東軍の細菌部隊による人体実験でした。その事実を世界に公表しようとする優作と、そのことを夫から知らされた聡子に憲兵隊が迫ってきます。

東出昌大が、従来の黒沢映画によく登場する突発的な暴力を振る舞う憲兵隊隊長を好演しています。一方、聡子は当初、夫の行為を愚行と非難するのですが、やがて、自らの思いで夫の行為を助けようとします。豹変するあたりの聡子を、蒼井優が完璧に演じ切ります。蒼井優無くして、この映画は成り立たないと思います。

後半は二人の脱出劇と情愛を巧みに絡めて、緊張感を持ったまま観客をラストへと導いていきます。サスペンスとメロドラマを縦糸に、陰影深い映像を横糸に上質の織物のようなクラシカルな演出で、あぁ〜いい映画を見せてもらったという100%の満足感をもたらしてくれます。

強圧的で暴力的な戦時中の権力と、それに抗う個人の正義という図式は、そのまま今の状況を映し出していきます。そういう意味では、黒澤らしい「ゾッとする」作品でもあります。

なお、監督の本として「映画のこわい話黒沢清対談集」(青土社/2100円)、「映画はおそろしい」(青土社1600円)の二冊を、店に置いています。

 

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先ずは、科学用語満載のこの本を最後まで読んだ(理解はともかく)ことに、拍手をしたい!

ドキュメンタリー映画作家であり評論家の、文系バリバリの森達也が、理系バリバリの第一線に立つ科学者と対話する「私たちはどこから来て、どこへ行くのか」(ちくま文庫/古書700円)。

脳科学者、理論物理学者、人類学者、生物学者、進化生態学者、物理学者、サイエンス作家等10名が、森と現代サイエンスの最先端を語り合っていきます。森は子供の頃、死ぬということに恐怖を覚え、死んで消えてしまう、と両親に泣きながら訴えた経験を持っています。

「なぜ消えなくてはならないのか。ならば何のために生じたのか。何のために今があるのか。そんな自問自答をくりかえしながら、もしかしたら消えるわけじゃないのかもしれないと子供は考える。肉体はそこに置いて、意識だけがどこかに行くのかもしれない。ならばどこに行くのか。そして生じる前はどこにいたのか。どこから来てどこへ行くのか。」

と、子供ごころに考えたと言います。本書で、最先端の科学理論を駆使する研究者たちに、手を変え、品を変えてこの質問をぶつけてゆくのです。そこがスリリングです。TV レポーターのように「私は初心者なんで簡単に」などとは言いません。かなり勉強し、論点を明確にして対談に臨んでいます。

だから科学者たちも、真剣に答えます。でも、ここに登場する学者は、森の命題に対して現在の科学は答えることはできないと明言しています。生命の発生にしても、宇宙の最初の姿にしても、私たちの身体についても、わからないことだらけなんだという事実をこの読書で知ることができました。

ただ、森の問いかけに対して、やれダークマターだの、嘘時間だの、エントロピーだの、ネオ・ダーウィニズムンだの、アポートシスだの、ポンポンポンと様々な科学概念が登場してくるので、その都度ipadで調べて解説を読んで、さらに頭の中が大混乱に陥るという繰り返しでした。それでも最後まで興味を持って読めたのは、科学者たちの理論を聴きながら、森がその科学者を丸裸にして、彼らの心の中を探り出そうとしているところなのかもしれません。

半分以上わからん・・・で終わったのですが、ジャーナリストとしてのシャープな切込みに巻き込まれていった、というのが正直なところです。

「私たちはどこから来て、どこへ行くのか」について、明確な解答が得られるとは森自身も考えてはいませんでした。学者たちの話を聞いて、もがいてもがいて、何かを掴みたいとしてきた結果がこの本です。知りたいと思ったことに挑戦し、考え、話を聞き、理論を読む。これが学ぶということですね。本書は学ぶということを理解する一冊、なのかもしれません。

 

福音館が出している「月刊たくさんのふしぎ」2020年11月号の特集はシベリアの遊牧民ネネツです(古書500円)。

といっても、ご存知ない方も多いと思います。シベリアのツンドラ地帯でトナカイと共に暮らす遊牧民です。トナカイと暮らす遊牧民としては、北欧に暮らすサーミが最近は知られるようになりましたが、おそらくネネツを取り上げる、しかも子供向けの月刊誌に登場するなんて初めてのことでしょう。

担当したのは、写真家の長倉洋海です。トナカイの首をぐっと抱え込んだ少年の力強さを撮影した表紙の写真を見ていると、彼が世界の少年少女を撮った「ともだち」(偕成社/古書700円)を以前ブログでも紹介しましたが、あの世界を思い出します。

「ネネツの人口はヤマル半島を中心にして4万1千〜5千人ほど。『ネネツ』とは『人』を意味し、『ヤマル』とは『地の果て』を意味するという。ネネツの人々は何千年もトナカイを飼って生活してきた。」

長倉は、「地の果ての人」がいるヤマル・ネネツ自治区へと向かいます。列車の停車場には、長倉のホストファミリーがトナカイそりで待っていました。トナカイそりの写真なんて、滅多に見る機会はありません。一家族に必要なトナカイは最低でも250頭だそうです。ネネツの人たちは、トナカイを「生活を与える動物」を意味する「オレン」という名で呼びます。長倉は、厳しい自然の中の彼らの遊牧生活を丁寧に撮っていきます。

ネネツへの思いに溢れ、彼らの生き方を「カッコいい」と思った長倉の写真には深い愛情が満ちています。特に子供たちの、ちょっとした表情は本当に愛らしい。子供達の一番の楽しみである夏のブルーベリーやクラウドベリー摘みに出かける少女は、まるでおとぎ話から出てきたようです。ホストファミリーとの別れの日、この一家を撮った写真が最後に掲載されています。颯爽としていて、確かに、カッコイイ!

 

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