えき美術館で開催中(14日まで)の「ショーン・タンの世界展」に行ってきました。

ショーン・タンは1974年オーストラリア生まれのイラストレーター、絵本作家です。2008年、新しい国へと旅立った男を文章を全く入れずに描いたグラフィックノベル作品「アライバル」(河出書房新社/古書1400円)で国際的に評価され、日本でも注目されました。怪奇と幻想、そしてユーモアが巧みにブレンドされた作風は、シュールなサイレント映画のような世界へと誘ってくれます。

ひずんで変な形の生物なのかロボットなのか判別できない、怖いのに可愛いキャラクターが、大挙登場します。繊細でありながら、壮大な、こんな世界あるわけないよな、と思いつつ、でもあったらいいかも、と思ってしまう不思議な作品世界です。

とりわけユニークなのが、2000年に刊行された「ロストシング」です。ある日、少年は海岸で奇妙なものに遭遇します。軟体動物と、カニと、ダルマが合体したような生き物です。少年は、この生き物が何で、どこから来たのかを探そうとします。しかし、その答えは見つかりません。やがて少年は、そんな変な生き物たちが生息している楽園を見つけて、その生き物を送っていきます。

タンは、この絵本を元にして、4人のクリエイターと8年間にも及ぶ制作期間を経て、 CG と手描きで15分のアニメーション短編映画を完成させました。本作品は、アカデミー賞短編アニメ賞を獲得しました。会場で上映されていますので、ぜひ観てください。少年とヘンテコな生き物の別れのシーンで、思わず涙が出ました。

展覧会では、大きな油彩作品も集められています。

今、店頭には、「夏のルール」(河出書房新社/新刊2200円)、「遠い町から来た話」(河出書房新社/新刊1980円)、「エリック」(河出書房新社/新刊1100円)、「鳥の王さま」(河出書房新社/新刊1980円)等と共に、展覧会の公式図録兼書籍「ショーン・タンの世界」(求流堂/新刊2750円)も販売中です。作品をパラパラ観てから美術館に行かれるも良し、その逆もまた良しです。(残念ながら古書はあまり出回っていませんので、新刊でお求めください)

 

 

 

 

静峰さんによる書展が本日より始まりました。タイトルは「多次元書」。平面に書かれた二次元の作品ですが、「書」というものの固定観念を外して見てほしいという、作家の意図ではないかと思います。

レティシア書房では、書の展覧会は珍しいのですが、2013年に静峰さんの書展を初めて開いてもらってから、彼女のファンになりました。紙に筆で一気に書き上げることは、きっと想像以上に楽しく、そして難しいものだと思います。この一枚の作品の裏に、数十枚数百枚の修錬があったに違いないのですが、それをさらっと見せてしまう墨色の美しさ、何もないところに筆を置く潔さに惹かれます。

「息」という作品(写真上)が「生」という字に見えたりします。生きる、と息が画面で一つになる。「多次元書」というタイトルには、こういったことも含まれているのかもしれません。

作品「炎」は、メラメラ燃え上がっています。この筆跡の力強いこと。一つの作品を仕上げるまでにどれほどの積み重ねがあったのか。けれども、心を無にして白い画面と対峙する時間、そんな密度の濃い時間を持つことは、本当に素晴らしいと思います。

今回静峰さんは、更紗の生地をパネル張りにして書を展示されています。床の間の設えのないところでも簡単にかけて楽しめるような、カジュアルな仕立てです。「書」を身近に感じていただければと思います。

それにしても、本屋に「書」が似合っていて嬉しい。10月に入り、朝晩少しずつ秋めいてきました。お散歩のついでにぜひのぞいて見てください。(女房)

★ 静峰展 II『多次元書』は10月1日(火)〜13日(日) 12:00〜20:00(最終日は18:00まで)月曜定休

 

 

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この本のタイトルを見て、「在野研究」って何?という方もおられるかもしれません。編著者の荒木優太は、「在野研究とは、ごく簡単に、大学に所属をもたない学問研究のことを指している。」と定義しています。

「在野研究ビギナーズ」(明石書店/古書1300円)は、現役で活躍中の15人の在野研究者による、研究生活の実践と方法を、各々の体験の中で論じてもらったものを編集してあります。研究生活の実践なんて、読んでおもろいか?と疑問視される向きもあろうかと思いますが、まぁ、ここはもう少しお付き合いください。

「在野研究には明日がない、明日は、労働や育児や家事や病院通いといったもろもろのスケジュールで埋め尽くされているから。生活のルーティンや雑事のせわしなさが優雅な(と想像される)研究時間をことごとく奪う。未来の空き時間が与えられずに現在の係累によって占領されてしまう。」

そんな状態なのに、なんで研究するのか?さらに、大学図書館へのアクセス制限、自分一人でやっているので他の研究者との交流が少ないこと、そして研究成果の発表の場の確保の難しさ、もう荊の道へ一直線です。

でも、皆さん好きなんですね、自分のやっていることが。情報学が専門の工藤郁子さんは、「『趣味で研究をやってます』と言うと、たいがい引かれる。勤勉ですねと言葉を濁されたり、研究はお遊びじゃないとたしなめられたりする。でも、なぜ論文を書くのかと聞かれたら、趣味としか答えられない」と言い切っています。

この本に登場する多くの在野研究者のライフスタイルを読んでいると、なんだか、本好き、音楽好き、アート好きな人なら、どっか似ていると感じるはずだと思えます。古本市を回り、本の山からお目当てを探し出し、熟読し、さらにそこから読書の幅を広げ、作家のことを調べ、それが現役の作家ならトークショーに出かけてゆく、という貴方もまた似たり寄ったりではないでしょうか。

お客樣で、ジャズ歌手のビリー・ホリディのレコードを集めている方がいます。レコードから始まり、シングル、果ては私家版まで集め、コレクターと録音データを巡って意見を交わす日々。これを在野研究者ではないとは言えないように思います。

妖怪研究家の朝里樹は、「在野研究とは何かと問われれば、私にとっては自分の好きなものたちに近づいて行くための一本の道だ。」と断言しています。

「オタク」=「研究者」とは言い切れませんが、そのあやふやな境界線上で、自分の気に入ったものを追い求める人たちの熱意と笑いに満ちた証言を読んでいると、もっともっと本を読もう、映画を観よう、音楽を聴こう、という気分になってきます。

 

 

 

 

夏葉社の新刊「サンライト」(2160円)は、永井宏の初のアンソロジーです。彼の著作はほぼ全て読んでいます。この人の言葉は、人を一歩前に押し出して、さぁ、楽しもうよ!という気持ちにしてくれます。後書きで、、やはり彼に後押しされて出版社「アノニマスタジオ」を立ち上げた丹治史彦が、永井宏のことをこう表現しています。

「一番最初に先ず『励ます人』という言葉が思い浮かぶ。『背中を押す人』『けしかける人』『種をまく人』、言い方はいろいろあるが、永井さんはとにかく人に何かをすることを勧めるのが上手だった。」

私が初めて読んだのは、大きな書店を任されて、にっちもさっちもならない時だったと記憶しています。「がんばれ」とか「諦めるな」とかそんな野暮なことを言わず、気持ちよく仕事をして、毎日を暮らすコツを教えてくれました。

永井宏は1951年東京に生まれました。美術作家として様々なジャンルの作品を発表しながら、80年代には「ブルータス」の編集にも携わります。しかし、99年、都心を離れ神奈川の海辺の町に引っ越し、生活に根ざしたアートを推進する「サンライト・ギャラリー」を運営しつつ、著作を発表していきます。

アノニマスタジオが活動し始めた頃に創刊された「クウネル」、「天然生活」に関係していたライター、編集者にも永井さんと交流があった人がいました。「くらし系」に出版物発行に、影響が少なからずあったみたいです。

「その夏は、トマトの初々しい緑との対話の日々が続いた。そしてそれは、だんだんと自分が望むようになってきた。光と水と土を見つめながら暮らすような、ささやかな生活の始まりでもあったような気がする。」

多くを求めず、日々の暮らしに価値を見つけるライフスタイルは、たくさんの支持者を生んでいきました。トレンドを素早く自分のものにする器用さではなく、今、ここで生きている意味を見つめ続ける愚直さを、軽やかに提唱した人だったと思います。

「気持ちが良いにしても悪いにしても太陽の光はいつもあるのだから、それを毎日どう受け止める生き方をしているかということが基本なのだ。」

そんな思いを持ちながら、ワークショップやらポエトリーディングを開催、多くの若者を背中を押し続け、2011年59歳の若さで天国へと旅立っていきました。惜しい、本当に惜しい人でした…….。今こそ、再評価される人物です。

先ずは、この散文集をお読みになって、いいなぁ〜、この人と思われたらぜひ彼の著作をお読みください。

特典!ただいま「夏葉社」の本をお買い上げの方には、この出版社の歴史がわかる素敵な小冊子「10年34冊」をプレゼント中です。

コルム・トビーンの「ブルックリン」(白水社/1800円)を読んで、長編小説の醍醐味を堪能しました。海外文学の長編を久々に読みましたが、毎日ページを開けるのが楽しみでした。

舞台は、アイルランドの片田舎の町エニスコーシとニューヨークのブルクッリンです。1950年代初頭、小さな町で、母と姉と暮らすアイリーシュは、未来の見えてこないこの地を離れて、NYブルックリンへと渡ります。アイリッシュコミュニティーの下宿屋で、小うるさい下宿屋のおかみと、下宿人の若い娘たちと暮らしながら、デパートに勤めます。仕事に慣れてきた彼女は、簿記の資格を取るため夜学に通い始め、私生活ではイタリア系移民のトニーと恋に落ち、幸せな時間を過ごします。しかし突然、最愛の姉が亡くなり故郷へ帰国する羽目になりました。その故郷で………..。

物語はこんな感じです。300数十ページの長編ですが、アイルランドとNYブルックリンの時代の雰囲気を細かく描いていて、頭の中に映画館で見るような映像が最後まで浮かんでくるのです。そしてアイリーシュの生活に顔を出してくる人たちの心理描写が細やかで、彼らの会話を十分に楽しむことができます。

「アイリーシュはこの街の朝の空気と静けさが気に入った。ほとんど縁がなく、交差点に商店があるほかは軒並み住宅で、それも一軒の家に三、四室の貸し部屋を持つ建物が並んでいる。」

と慣れてきたブルックリンの町並みを歩いて、勤務先のバルトッチ百貨店に向かうのです。「ブルックリンは毎日変化しています」とは百貨店の上司の言葉ですが、多くの国から人々が流れ込むこの街で、彼女は成長し、大人の美しさを身につけていきます。そして、恋人トニーとの出会い。ダンスホール、クラブ等々、めくるめく日々の描写も冴え渡ります。

しかし、亡くなった姉の元へ一時帰郷した時から、ドラマは意外な方へと進んでいきます。え!そうなの?そんなんあり?この最終章あたりで、私はやってはいけないことをしてしまいました。結末を先に読んでしまったのです。そうしないと、居心地が悪いというか、安心できないというか……。で、納得して元に戻って読み直しました。それぐらい、面白いとしか言いようのない小説です。最後のアイリーシュの微笑みが、心の奥に残ります。

これ映画化されていて、映画館で観るチャンスを逃してしまいました。残念!

 

絵本「ネコヅメのよる」でお馴染みの町田尚子さんの、ユーモア溢れるカレンダーを今年も入荷しました(2020年版540円)。

2019年版のテーマは映画でした。今回は音楽で、表紙はE ・プレスリーの扮装で踊る猫のピッピちゃんです。広げてみると、様々な音楽ジャンルでミュージシャンになりきったピッピちゃんが登場します。クラシック、ロック、ジャズ、ラップ、フォーク、パンクロックの音楽シーンでそれらしいスタイルで音楽を演奏したり、歌っている姿が楽しめます。相変わらずふてくされ顔でいるピッピちゃんの魅力満載です。彼女以外にも、ゆきちゃんとさくらちゃんの二匹の猫も花を添えます。

このカレンダーの売り上げの一部は動物愛護活動への寄付になります。町田さんは「身近に暮らし、私たちの友人であり家族である動物たちが幸せに暮らせますように。」と、このカレンダーを製作した気持ちを書いています。毎年店に貼っておくと、お客様のお問い合わせが多い人気のカレンダーですが、限定販売ですので、在庫無くなり次第終了します。(例年1ヶ月ぐらいでソールドアウトになりますので、お早めにどうぞ)

さて、高知県が出している無料のミニプレス「とさぶし」最新号は、本好きならゲットしたくなる「ノスタルジックな文学の世界へ」という内容です。高知県立文学館の資料を元に構成された、高知ゆかりの作家らが綴った文学作品の案内です。明治時代は中江兆民、幸徳秋水、大正時代は寺田寅彦、昭和になって登場するのは、倉橋由美子、安岡章太郎。そして平成には、山本一力、有川ひろなど。

明治時代、高知出身の黒岩涙香が創刊した新聞「万朝報」が大人気になり、帝都で発行部数第一位へと躍り出ました。黒岩は新聞だけでなく、外国小説を翻訳して、独自のアレンジを加筆して新聞連載し、サスペンス小説として読者を広げていきました。高知県立文学館の学芸員の福富さんが、非常に興味深い事実を指摘をされています。

「江戸川乱歩は、大正時代に涙香の描いた小説『幽霊塔』にいたく感銘を受け、リメイク版の『幽霊塔』を執筆しているのです。昭和時代に描いた乱歩の『幽霊塔』に憧れて、今度は宮崎駿が『カリオストロの城』を創っているんです。涙香がルーツとなって乱歩に繋がり、そして平成の宮崎駿へと繋がっていく。」

高知県は、なんとなく男性的なイメージの強い県だと思っていましたが、まだ男女差別が強かった昭和時代に、すでに「女流文学賞」を創設し、「執行猶予」の小山いと子、「婉という女」の大原富枝、そして宮尾登美子など一世を風靡した作家が登場します。

高知文学の話題満載の「とさぶし28号」は、読み応え十分で、今後の読書計画の参考にもなる一冊です。こちらも無くなり次第終了ですので、お早めにご来店ください!

岩阪恵子の短篇集「雨のち雨?」(新潮社/古書1100円)を読みました。詩人として出発した彼女は、昭和61年「ミモザの林を」で野間文芸新人賞を、平成4年、評伝「画家小出樽重の肖像」で平林たい子賞を受賞しました。私が初めて読んだのは、「淀川にちかい町から」(講談社文芸文庫/古書700円)でした。大阪生まれの著者らしく、活発な大阪弁が飛び交う詩情あふれる短篇集でした。

今回読んだ「雨のち雨」は、文芸雑誌「群像」に連載された短篇集です。極端な言い方になりますが、重松清の小説を読んだ後のような爽やか感は全くなく、突き放されて、ドスンと尻餅を付いて呆然とするような気持ちになる作品ばかりです。

表題作「雨のち雨?」は、夫の昌夫がある日失踪してしまった妻、佐知子の物語です。方々手を尽くすも、全く消息不明のまま。そんな折に義母が、妻のマンションに乗り込み、一緒に昌夫の帰りを待つことになります。

「いずれ義母がもっと年老いてからは同居もあるかもしれないと漠然と考えていたが、このようなどさくさに紛れて同居することになろうとは…..しかも彼女の息子が行方知れずでいない家に二人きりで暮らすことになろうとは…….。」

と、複雑な感情を抱いたまま同居が始まります。そして、物語は失踪した夫ではなくこの二人の生活を見つめていき、えっっ!と思うような、しかし、女性にとっては、あるかも…と納得できる結末を迎えます。

定年退職後、家に居場所のない夫と、何かと活発に外へ飛び出してゆく妻の家にきたムクドリの一家を中心にして進む「ムクドリがやってきた」。どこにでもある夫婦の物語です。ムクドリの巣立ちを見て、少しは前向きな生き方を模索し始めた夫ですが、ゾッとするような、いや笑ってしまうような結末が訪れます。定年退職したアナタの身の上にも、こんな結末は降りかかってきます。

中年を過ぎた夫と妻の暮らしの隙間を描き、そこに忍び込んでくる孤独感、不安、恐れを見事に描き出した短篇集です。年をとらんとわからん話かも…….。

フィンランドを代表するセラミック・アーティスト、ルート・ブリュックの個展を観るために伊丹市美術館へ出掛けました。彼女の事を知ったのは、以前ブログで紹介した「はじめましてルート・ブリュック」(ブルーシープ/ 売切)を手に取った時です。詩情を湛えた美しい作品をぜひ実際にみたいと思っていました。

幼少期をストックホルムで過ごした彼女は、蝶類研究者であり、画家でもあった父親の影響で自然や美術に親しみます。会場には、キラキラ光って、今にも飛び出しそうな蝶の作品も数多く展示されていました。大好きだった父親と蝶の作品には、父への愛情が溢れています。

学生時代は建築家志望でしたが、グラフィックデザインに転向します。当時から彼女が持っていた繊細で詩的な世界観が、アラビア製陶所の目にとまり、1942年に美術部門のアーティストとして入所しました。アラビア製陶所は、スウェーデン・ロールストランド製陶所の子会社として、1873年にフィンランドのアラビア地区に設立されたのがはじまりだそうです。90年代からは、英国のアーツ・アンド・クラフツの芸術家を招いてオリジナルの食器をつくり始めていました。

全く陶芸の経験も知識もなかったブリュックは、この製陶所で技術を習得し、職人たちと共に独自の成型技術を開発し、オリジナルの陶板制作をスタートさせます。果物や鳥、建物など日常的なモチーフを描いた陶板は、どれも美しく、眺めているだけで幸せな気分にさせてくれるのです。旧約聖書にある「ノアの箱船」をモチーフにした作品は、箱船に乗った動物たちが生き生きと描かれています。

50年代後半、彼女の作風は具象から抽象表現へと流れるように変化していきます。さらに1970年代後半から、教会や市庁舎など公共建築のための大型壁画を手がけ始めます。おそろしく膨大な数のタイルを手作業で組み合わせた作品は、高度な技術力と抜群の造形力で、力強さに圧倒されます。前期と後期で大きく作風が変化している彼女の作品を、通して見ることができます。

1958年に発表された「都市」は、タイルと立方体で構成され、床に設置された大きな作品です。上から見下ろしたり、地面にしゃがみ込んで見たり、と長い時間眺めていました。できることなら太陽光線のもと展示して、太陽の移動と共に、光と影に変化を見られたら最高です。

大きなミュージアムで、膨大な作品を展示している美術展は疲れますが、伊丹市美術館のブリュックの個展は、程よい大きさで、幸せな時間を過ごせました。

因みにブルーシープからは「ルート・ブリュック 蝶の軌跡」(3240円)というタイトルで公式図録も発売しています。一度、店頭で手に取ってご覧ください。

 

 

山崎まどかは、比較的若い女性に人気ではないでしょうか。2002年、「オードリーとフランソワーズ」(晶文社/古書600円)が出たとき、いわゆる「乙女カルチャー」という言葉が躍り出て、彼女もそんなカルチャーの紹介役として支持されました。私も当時、通読しましたが、本好き、映画好き、アート好きの女性たちのニュースタンダード紹介本か、ぐらいの印象しかありませんでした。

しかし、「優雅な読書が最高の復讐である」(デイスクユニオン/古書1900円)を読んだ時、その深い思索と、文学への愛情に圧倒されました。ごめんなさい、山崎さん…….。

「本屋や古本屋で本を漁り、買って、読み、語り、愛でることでひろがる世界、そのユニークで熱心な研究と軽快なレポート」

とは、ふたば書店店長の清野さんの推薦文です。「熱心な研究と軽快なレポート」とは、よく言い表していると思います。この本は、白い紙に書かれた書評部分と、ピンクと、イエローの紙に印刷された日記、そしてブルーの紙に印刷された岸本佐知子との対談「年始年末におススメ 女子のための翻訳小説」に分けられています。どこから読んでもOK! 私なんか、面白そうな本が登場する日記部分と、書評部分を交互に読みました。

ただ単なる書評ではなく、言うべきことはきちんと主張しています。例えば、1945年夏、NYのティフアニーで働く二人の若い女性を描いた マージョリー・ハートの小説”Summer at Tiffarny’s “では、自由を謳歌する二人には、はるか彼方の日本への原爆投下のニュースが流れてきます。本来なら、彼女たちと同じように自由を謳歌できたはずの日本の女性たち。その歴史的事実に目を向けた著者は、こう言います。

「アメリカがいいとか、悪いとか、そういうことではない。少女たちに平等に与えられるはずの『人生最高の夏』を奪うナショナリズムは、どんな国のものでもくだらない」

と、バッサリ切り捨てます。乙女ちっくな感性と、新しい文学の向こうに広がる世界をきちんと見ているところが両立しています。甘すぎず、辛すぎずというところです。

彼女は、エッセイ、書評だけでなく翻訳にも携わっています。台湾系アメリカ人作家、タオ・リンの「イー・イー・イー」(河出書房新社/古書1100円)です。若い世代の退屈と憂鬱を独特の文体で描いた小説ですが、私には意味不明、これはおふざけか?、なめとんのか、と途中で放り出しました。しかし、著者は翻訳者として、こう擁護します。

「甘ったれの退屈と孤独と憂鬱はどんな時代にも語られるべき題材なのだ。違う言葉で。新鮮な言葉で。『イー・イー・イー』には青いリンゴのような端々しく甘酸っぱい、真新しい虚無が描かれている。」

彼女に読まれる本は幸せです。そして、「優雅な読書が最高の復讐である」を読む貴方には、本を読む幸せが訪れるはずです。

そんなに古くもなければ、最近でもない、ビンテージモノにはなれないけれど、まぁこれはいいよね、という雑誌が、数点まとめて入りました。

先ずは、2006年6月発行の「ブルータス」で、特集は「国際空港」。世界中を旅する写真家などが、お気に入りの空港をそれぞれ上げています。写真家大森克己が推薦した飛行場というのが、ケニアのマサイマラ国立公園内発着場。広大なサバンナの中、キリンやゾウが走り回る草原の一角にある待合所には、ウソでしょう?!と声を出したくなりますが、いい写真です。冒険家石川直樹はベスト1に南極飛行場を上げていて、これも飛行場とは呼ばんだろうという場所。でも美しい。そして写真家木寺紀雄が撮ったブータンのパロ国際空港は、これまた物語に登場しそうな美しい場所。

で、この号、音楽ファンは探している人も多いはず。藤原ヒロシと大沢伸一によるCD が付いているのです。「ファーストクラス・ラウンジ・ミュージック」(未開封)が楽しめます。さらに、飛行機ファンには、コレクターアイテムの「エアライン61社尾翼ステッカーが付属しています。値段は800円。

 

次は、2012年10月発行の「ポパイ」です。こちらは、丸ごとニューヨーク特集。アメリカ映画、音楽、小説好きの方はぜひ。12年発行なので、情報としては古いですが、この街の魅力を十分に伝えています。音楽を聴きながら眺めるといいかも。もちろん、NYの本屋特集もありますよ。全160ページ、ほぼNYです。値段は400円。

 

大橋歩が責任編集をして、ミニプレスとして発行していた頃の「Arne/アルネ」の14号と16号もあります。やはりこの頃のアルネは、いい!レイアウト、写真、構成、そして出てくる人たちのセンスの好さ等が、上手くクロスオーバーしていて、上質な生活雑誌になっています。16号に登場するイラストレーターの柳生まち子さん夫婦の、黒姫の仕事場兼自宅の空間の素敵なこと。本好きなお二人の書架を見ているだけで楽しくなります。

このスタイルを、その後、多くの出版社が真似て雑誌を発行していますが、どれも似たり寄ったりです。発行されたのは、14号が2005年、16号が2006年。大橋歩の優れた感覚が如実に出た雑誌でした。今、この時代のアルネを集めるのは、かなり難しいかもしれません。値段は各800円です。