凝った装丁で、珍しい文学作品を小さな豆本にしている「ぢやむ」さんが、活版小本の新作を持ってこられました。

一つ目は萩原朔太郎の「散文詩集宿命」(1980円)です。これは散文詩集「宿命」より六作品を選んで豆本にしたものです。

二つ目は佐藤春雄の「指輪」(1980円)です。和綴じの上品な装丁ですが、妻が欲しがっている指輪を浮気相手に贈る男の物語で、「男の不貞が今程咎められなかった時代の空気が感じられ、罪悪感のない主人公と作者が重なり、後味の悪い作品として記憶に残りました。」とは、製作者の弁です。

三つ目は、松尾芭蕉の「幻往庵記」(2750円)。元禄三年、芭蕉は石川県の奥地にある幻往庵に移り住みます。ここで、日々のことをしたためました。「奥の細道」に並ぶ名文と高い評価を得た作品です。豆本の方は函入りで、函を開けると小さなお香が入っていて、いい薫りがします。

もう一作は、以前販売していたカフカの「道理の前で」(1980円)のニューバージョンです。縦6.5cm、横4cmのケースに入っています。本というよりは、インテリアですね。

 

こちらは、豆本ではありませんが、ミニプレス「なnD」の最新7.5号(550円)も入ってきました。7号と8号の間の小さな号ですが、ホホホ座の山下店長も原稿を寄せています。後半に、夏葉社から「全ての雑貨」を出した三品輝起が「境界」という文章を載せています。雑貨店を営む著者は、「あらためて私の店をながめてみると、弁明の余地もないほど、不要不急の物ばかりがならんでいて肩身がせまい。必需品がなにひとつない異様な空間のなかで、店、つぶれちゃうのかなーと他人ごとのように考えた。」という書き出しで、現状を語ります。

最後には、同誌編集者の小林英治さんがインスタ日記を載せています。当ブログでも紹介した映画「パブリック図書館の奇跡」を大絶賛。面白いインスタ日記です。

 

夕書房から出た鷲尾和彦写真集「Station」(夕書房/新刊・3960円)は、被写体となった一人一人の人生に思いを寄せて見た一冊でした。

「2015年9月9日、オーストリア・ウィーン西駅。欧州から日本への帰途にあった私は、空港へ向かうバスにに乗り換えるために降りた駅のホームで、あふれんばかりに押し寄せる人の波に突如としてのみ込まれた。」

多くの国の人々が行き交う駅のホームで、写真家が過ごした3時間。そこに映し出される時間を私たちは見る、いや体験することになります。写真集には梨木香歩は文章を寄せています。

「『Station』に収められた写真を見ている間、被写体となった人びとに何度も感情移入した。ひとの群れのなかに、自分も混じり込んでしまう。同じ時間、同じ場所を共にしている、自分も含め、彼らは行きずりの人びとでもある。つまりその場限り、かりそめ、つぎの瞬間は分水領のように運命が分かたれていく。」

祖国から離されて、他国へ流されてゆく難民らしき人々が、ここには多く登場してきます。壁際に立ちすくんだアラブ系の女性の視線と出合うと、もう動けなくなる。彼女の運命を思い、こちらも立ちすくんでしまう。大きなバッグを持って、ホームを足早に立ち去る男たちがどこへ行こうとしているのか。列車の窓から、こちらを見つめる少女には何が待っているのか、幸あれと祈られずにはいられない。

「一枚一枚に人生が集約されている」と梨木は書いています。私たちの生きているこの時代の姿を、普段の生活の中では忘れている姿を見せつけてくれる写真集です。ぜひ、傍に置いておいて欲しい一冊だと思いました。そして、ページを開いてこれからの彼らの暮らしに、思いを馳せてみてください。

誠光社で、現在「Station」の写真が展開催されています。(9月15日まで)

 

★インスタグラム始めましたlaetitia_booksで検索してください。

山田稔の散文を集めた「こないだ」(編集工房ノア/古書1500円)を読んだのは、巻頭に載っていた「けったいなアメリカ人」(米谷ふみ子著)のことを書いた文章に魅せられたからです。

大阪生まれの作家米谷ふみ子は、絵の勉強のために渡米して、そこで劇作家ジョシュ・グリーンフェルドと結婚します。その夫について、山田はこう書いています。

「この本で私はまた、つぎのことを知った。ジョシュ・グリーンフェルドは、私の好きな映画『ハリーとトント』の脚本作者であること、この題名は最初は『老人と猫』だったのを変更されて、原作者は不満に思っていることなどを。『老人と猫』?それでは平凡すぎる。どこかユーモラスなトントという猫の名前が気に入った私は、ひところわが家の庭にすみついていた野良猫をトントと呼んでいたのだった。」

「ハリーとトント」ご存知ですか?とても良い映画です。それを山田は観ていて、こんな風に書いているのです。

山田の本は、どれも読んでも気持ちが落ち着くというか、ゆったりしたリズムの文章に心地良くされてしまう作家だと思います、本書は様々の雑誌等に発表したものをまとめたものです。

「ある祝電」でフランス文学者、多田道太郎の娘である謡子の思い出を書いています。1976年、仏文科の学生として山田が教鞭を執っていた大学に入学した彼女に勉強を教えたこと、彼女が法学部に転学し学生結婚したこと、弁護士として活躍し、三里塚闘争の弁護人や、東アジア反日武装戦線の宇賀神寿一の控訴審などにも関わり多忙な日を送っていたこと、そして病魔におかされ1986年に亡くなったことなどが綴られています。

過去の日々が、書き続けられた日記、送られてきた膨大なハガキを見ながら脳裏に蘇って、ゆっくりと、ゆっくりと当時の面影が文章に焼き付けられていきます。最後に、父親の道太郎の弔詩「さよなら謡子」の一部が掲載されていますが、思わず涙がこぼれました。

第3章「読むたのしみ」は山田の書評を集めてあります。短いものばかりですが、どの本も読んでみたくなる文章です。ロジェ・グルニエ「ユリシーズの涙」は、グルニエの飼っていた犬への愛情が詰まった一冊で、以前に読んだことがあります。彼も、この本が好きだったのかと思うと嬉しくなりました。シンプルな装丁も素敵です。

 

 

Tagged with:
 

「オフィシャル・シークレット」は文句なしに面白い映画でした。

南アフリカ出身の監督ギャヴィン・フッドは、前作「アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場」では、ユニークな視点で、戦争映画を作り出しました。ドローン攻撃によって持ち上がる道徳的問題、倫理的問題、法律的問題をサスペンス風味豊かに描いた傑作でした。

本作「「オフィシャル・シークレット」」の舞台は2003年イラク開戦前夜です。イギリス諜報機関GCHQに勤務するキャサリンは、アメリカの諜報機関NSAから送られてきた極秘メールに愕然とします。それは、国連安全保障理事会に属する複数の国家へのスパイ活動の指示書でした。そのままにすることができなかったキャサリンは、知人の活動家を通して「オブザーバー」紙に、情報をリークする決心をします。映画はここから、キャサリンの行動と彼女が巻き込まれる裁判を描いていきます。実話なので、当然当時のブレア首相や、ブッシュ大統領の映像がバンバン挿入されています。エンディングには主人公本人も登場します。

大義なき戦争に遮二無二突っ込んでゆくブッシュ政権と、その神輿に乗ってしまったブレア政権。誠意のかけらもない大国のエゴに、たった一人でたちむかう女性という構図は極めて映画的ですが、ギャヴィン・フッドの演出術は冴えに冴えています。サスペンス映画の王道を進みます。誰が見ても、当時のポリティカル状況が容易に理解できる作品に仕上がっています。

こういうリアルな政治映画を作ろうとした監督に、それなら金を出してやると名乗り出たプロデューサー、そして作品を拍手で迎えた観客。このこと自体が映画界にとって幸せなことだと思います。

仕事を途中で放り出して、第一線から逃げ出したように見える首相の数々の大ウソを、いつの日か、登場人物みんな実名で映画化できる日を期待しています。

 

 

京都の出版社エディションエフより発行された、清水哲男写真集「揺れて歩く ある夫婦の一六六日」(2420円)刊行を記念して、写真展が本日より始まりました。

エディションエフさんとは、2015年くらいからのお付き合いになります。確か、山川三多著「昼のビール」を持ってこられたのが最初だと思います。(ブログにも掲載しました)

清水哲男さんは、京都出身、現在は鹿児島県に住んでおられます。世界を放浪し、本もたくさん書いて来られました。今回の写真集「揺れて歩く ある夫婦の一六六日」は、京都の年老いたご両親の姿を、一番身近な人であるがこそ、ある距離を保ちつつ、しかしまた息子であるが故に捉えられたショットの数々が鮮やかで胸を打ちます。

父親の良一さんは、代々続く指物師の六代目。その道を著者は継ぐことはありませんでした。母親の千鶴さんは、大正13年京都生まれの歌人です。旧制女学校時代、石川啄木の歌に触れ、短歌を詠み始めた、と書かれています。「うちの歌なんか誰も読まんやろ」と、歌集の出版を拒み続けてきました。千鶴さんは、どの社中にも与せず一人で歌を詠んでこられましたが、八十九歳になった2012年、お父さんがどうしも出してくれと、ということで、2014年に歌集「日々訥々 清水千鶴の一日一首」を出されました。今回、その素敵な歌集も販売しています。(2200円)

「父と母は、朝起きて夜寝るまでの一日の大半を食卓を置いた二畳の間で過ごす。ここが二人の世界だ。手をのばせば必要なものはなんでもある。」お年寄りの居間というのは、あまり動かなくても手が届くように、たいていこんな風にゴチャゴチャと物が詰まっています。私の父が座っていた周りもそうだったと思い出しました。夫婦は、機嫌よくそんな住み慣れた空間に暮らして来られました。

「この時、母九十一歳、父八十六歳。間違いなく夫婦は『死にゆく自分』と『生きていく自分』の間を揺れながら歩いていた。」その一年後2015年、父親が末期ガンとわかり、そこからまた、夫婦、息子と父親、母親と息子、様々に揺れる様子がカメラに収められ、正直な言葉で丁寧に綴られていきます。この写真集は、老夫婦の最期の日々を綴った記録であり、死にゆく父親に寄り添う著者の深い思いが綴られ、そして長年の道連れを亡くした母親の生死観が書かれた本です。

私は「あとがきにかえて」で書かれた著者の文章に泣きそうになりました。家業を継がなかったご本人の思いや、その時のご両親の気持ちが、歳を重ねると心に沁みます。

「桐箱をつくり継ぐ子もなき幸せとひかる刃物を灯にかざす夫」これは家を手放すにあたり、200年の歴史を刻んだ仕事場を父子で片付けたあと、息子を見送った時に、お母さんが詠んだ歌です。

清水さんのこの写真展を、一人でも多くの方に見ていただければと思います。(女房)

 

 

「揺れて歩く ある夫婦の一六六日」清水哲夫出版記念写真展は、9月2日(水)〜13日(日)  13時〜19時 月火定休

 

 

 

 

 

 

 

 

木村元の「音楽が本になるとき」(木立ちの文庫/新刊2420円)は、音楽の本というジャンルを逸脱しながら、音楽の本質について考察した稀有な書物です。

「丸竹夷ニ押御池 姉三六角蛸錦(まるたけえびすにおしおいけ あねさんろっかくたこにしき)」という、京都の人なら口ずさむ通り名を歌った歌で始まるように、著者は京都生まれ。上智大学卒業後、音楽之友社に入社、一貫して編集者として活動し、2007年アルテスパブリッシングという音楽関係の書籍専門出版社を立ち上げました。(もちろん同社の本は当店で扱っています)

本書は、地元京都市下京区にある「木立ちの文庫」よりリリースされました。

「感動というのは、ある種の甘美な自己肯定感と、安易にそれに浸ることを許すまじとする自己規制の感覚とのせめぎあいだということである」

著者は、このことは音楽だけでなく、読書にも当てはまると言います。映画も演劇もそうだろうと、個人的に思います。第1章「泣くのは恥ずかしい」は、感動という現象について掘り下げています。

また、著者の専門分野であるクラシック音楽についての情報や、オタク的知識の羅列といった音楽本にありがちな展開はほとんどありません。音楽という表現形態を深く追求します。理論的、哲学的考証で、私たちに著者が投げかけてくる言葉について、考えることえを求めてきます。だから、決して読みやすい本ではありません。しかし、理路整然とした文章を解きほぐしてゆく面白さを体験させてくれます。

「音楽をするということは、楽譜に書かれた普遍的な芸術を再現することであると同時に、楽譜に書かれていないことを読みとってくれるたったひとりの聴き手に、みずからの思いを届けれることでもあるのだから。」

この文章を読んだとき、新刊書店員として新米の頃にある先輩に言われたことを思い出しました。「本屋は本を売る場所ではない。本と本の間にあるものを売るんやで」と。さらに、「数多くの人に向かって売るんやない、ひとりに向かって売るんや」とも言われました。そう言われてもなんだか訳がわかりませんでした。ちょっと似ているなぁと思いました。今になれば、本を仕入れる時、あるいはブログを書いている時など、あの人に向けて、この人を思い浮かべて、というのが確実にあります。

取り扱い中のアルテスパブリッシング社の出版物は「文科系のためのヒップホップ入門」1&2、「すごいジャズには理由がある」、「現代ジャズのレッスン」、「 YMOの 音楽」、「ミシェル・ルグラン自伝」、「魂のゆくえ」、「ポップ・ミュージックを語る10の視点」

どれも魅力的ですが、個人的オススメはピーター・バラカンの「魂のゆくえ」ですね。

 

イラストレーター、シルクスクリーン作家の森温さんのイラスト集「# JYP31」(2750円)。このミニプレスは著者のよると「新型コロナウィルスが日本でも広がり始めた2020年3月4日から描き始めました。世間に不穏な空気が流れている中、それに飲み込まれてしまってメンタルや仕事にバッドな影響が出てはいけない。ってことで、自分のご機嫌をほどほどに保つプランを、思いつくままに1ヶ月分ぐらいは描いてみよう!と考えたのがきっかけです。」

日々の暮らしのあれこれを、文章とイラストで伝えるタイプのものは山ほどあります。でも、彼女のは最初に観た時から、なんか違うと感じたのです。

タイトルの「JYP31」は「自分を(J)喜ばせる(Y)プラン(P)」ということ。ちょっと心を楽しくしてくれる31の作品です。「本屋さんに行く」というページには、アルフベットを巧みに使ったシャレたイラスト。「ダンスする」では、めちゃポップな色使いでウキウキします。一番気に入ったのは、ベン・シャーン風の落ち着いた色合いでペンを持つ手と、ノートを描いた「日記を書く」でした。全体を通して色彩が豊かで、実に巧い。ステイホームの今、プレゼントにもグッドな一冊です。(150部限定です)

 

2018年に個展をしていただいた沖縄在住の紅型染めの作家ほんまわかさんから、可愛らしい「ネコとハコ」(770円)が届きました。箱を見つけると、猫は必ず入ってしまいます。そんな猫と箱の楽しい姿を、紅型染めの作品と文で小さな絵本仕立てにした一冊です。紅型は琉球染物、沖縄を代表する伝統的な染色技法の一つで、その起源は13世紀ごろと言われています。ほんまさんは、現在猫10匹と同居中。猫たちの可愛い仕草が、独特の色使いでシンプルに描かれています。

もう一点ご紹介します。当店では人気の「murren vol.26 」(715円)です。今回の特集は「模様」です。アフガニスタンのキリムの模様、アイルランドのアランセーター、タイのナーガの織物、ギリシアのクレタ刺繍、そして日本の津軽こぎんと世界中の衣に関わる模様が集められています。巻末に載っている模様に関する書籍案内も見逃せません。ここに紹介されている「日本の装飾と文様」( PIEINTER/新刊2750円)は美術評論家の海野弘がフルカラーの図版を駆使して、多種多様な観点から日本の伝統的デザインに迫った傑作です。

 

毎年8月15日の敗戦記念日には、原民喜の「夏の花」を読みます。原爆で命を奪われた妻の墓参りに行くところから物語が始まります。原爆投下の日、「私は廁にいたため一命を拾った。」ここから広島の地獄絵が書かれていきます。この本と共に、岡本喜八監督の映画「日本の一番長い日」を観たりします。ポツダム宣言受諾から玉音放送までの間に、権力者の中で何が起こったのかをリアルに描いた傑作です。最近リメイクされてましたが、重厚感ではオリジナルに敵いませんでした。

さて、今年は少し違う本と映画に出会いました。映画は、堀川弘通監督「軍閥」(1970)です。海軍と陸軍の権力闘争で、日本が戦争の深みにはまってゆく様が描かれています。印象に残ったのは、一人の特攻隊員と、毎日新聞社の記者との会話です。出撃したものの敵艦を見失い帰ってきて、再び特攻命令を待つという立場の彼が、やってきた新聞記者を激しく詰ります。メディアが戦争を賛美し、東條英機を祭り上げたのだと。記者が、負けていることを国民に知らせて早く終結させるべきだというのに対して「勝てる戦争なら、やってもいいのか」と詰め寄るのです。この問いかけは衝撃的でした。勝とうが、負けようが戦争の全否定を特攻隊員が口にするのですから。

今回読んだ本は、濱田研吾著「俳優と戦争と活字と」(ちくま文庫/古書700円)です。これは労作です!よくこれだけの資料を集めたものです。著者は、京都造形芸術大学を卒業して、映画、放送、鉄道など多彩なジャンルで執筆活動をしています。

「昭和に活躍した俳優が好きで、そうした人たちが書いたり、語ったものを高校時代から蒐めてきた。映画・演劇・放送関係の本や雑誌、俳優が書いた(語った)本、プログラムや広告の類いまでいろいろである。」おそらくそれらの膨大な資料(巻末に参考・引用文献の一覧が載ってますが、おそろしい量です)から、俳優たちが戦争について、疎開について、原爆について、そして玉音放送について語ったものを拾い上げたのが本書です。

多くの演劇人、俳優たちが、自分たちが経験した戦争を語っています。最初に紹介した「日本の一番長い日」のパンフレットで、8月15日に何をしていたのいか、その時の気分はどうだったのかを出演俳優たちに問うアンケートの回答が載っています。

例えば、当時八歳だった加山雄三は「小学校二年生の時だった。家に憲兵がいて、あの放送をきいて泣いていたのを覚えている」と回答しています。笠智衆は41歳。「玉音にタダ涙。カンカンでりの青空が空しかった」と答えています。

悲惨な戦闘を繰り広げた中国戦線、大陸からの引き揚げ、シベリア抑留など多くの俳優たちが経験した戦争の姿が迫ってくる一冊です。

 

女優オリヴィア・ワイルド初監督作品「ブックスマート」(MOVIX京都で上映中)は、アメリカの二人の女子高校生が主人公の、文句なしに楽しい映画です。

ひたすら勉強して一流大学入学が決まったモリーとエイミー。遊んでばかりいた連中とは、私たちは違うもんね、と見下していたのですが、ヘラヘラしていた同級生も実は、それぞれ一流校に入ったことを知り、勉強ばかりしてバカみたいと思った二人は、最後に思いっきり羽目を外そうと、卒業パーティーに突入します。

なんだ、女子高校生の学園モノか、とバカにしたら素敵な映画を見逃しますよ。この映画は学園モノの王道の”ボーイ・ミーツ・ガール”ではありません。最後まで、二人の高校生の友情のお話です。二人の会話が、もう刺激的、刺激的です。下半身ネタやら、言いたいことをバンバン言い合います。そして、卒業を前に、エイミーは自分が同性愛者だとカミングアウトします。際どい会話、本音トークが炸裂します。

でも、ただワイワイやってるだけではありません。パーティーでお互いの魅力に惹かれて、エイミーと抱き合ったホープという女の子が、卒業式の後、エイミーの家にやってきます。

ホープが「私はバックパック背負って半年ほど旅に出る」と言うと、エイミーは「私は一年間アフリカに行ってくる」と答えます。じゃあ、またねと別れる二人。世界での自分の立ち位置を見定めて、社会へと飛び出してゆく二人の笑顔が素敵です。

アフリカへと旅立つエイミーを見送るモリー。ちょっとセンチな気分になっているのですが、お互いの夢を認め合い、最後までやっぱり弾ける笑顔に、オリヴィア・ワイルドのセンスが光ります。魅力的な女子たちが、これからの世界を引っ張っていってくれる予感がします。昨日紹介した「女の答えはピッチにある」同様「どんとこい、人生」的な元気を与えてくれます。(写真は監督です)

因みに、「ブックスマート」は、試験に合格したり有名大学を卒業することでスマートとみなされる人達のことらしい。皮肉として、実践に乏しい人という意味もあるとか。

カッコいいタイトルの著者はキム・ホンビ。これがデビュー作品です。「女の答えはピッチにある」(白水社/古書1300円)を翻訳した小山内園子さんは、「アマチュアの女子サッカーチームに入団した著者が、文字通り体ごとぶつかって学んでゆくサッカーの物語。と同時に、女性たちの連帯の姿をも描き出す物語だ。」とあとがきで書いています。

「へ?試合ですか?まだ入団して一時間十分で?インサイドキック以外、教えてもらってないのに?」

と、いきなり試合に出されることになった新米のドタバタから始まります。読みながら、どれほど笑い転げたことか!韓国では、もしかしたら日本もそうでしょうが、何かと女子サッカーには男性サイドからの偏見があって、何にも知らないから教えてあげようという、いわゆる”マンスプレイニング”が束になって襲ってくるようです。「オフサイドって知ってますか?」なんて質問、関西なら「おっさん、ケンカ売っとんのかい!」ですよね。しかし、彼女たちは、そんな束をすり抜けなていきます。シニア男性チームとの練習で罵声を浴びても知らん顔で、自分たちのサッカーテクニック向上に邁進していきます。

チーム内にあっては、様々な揉め事が起こりますが、それを大げさに描かず、随所に笑いを盛り込みながら、彼女たちが一つのチームを作ってゆく様を描いていきます。日本でも人気のある作家チョン・セランは、本書を「サッカーを比喩にして女の丸ごとの体、丸ごとの人生、丸ごとの世界をつづっているのだ。」という評価をしています。終わり近くで、著者が初めてシュートに結びついたロングパスを蹴り出す瞬間の躍動的な文章にドキドキさせられました。パスを送り、自分のポジションを確認しながら、間合いを詰めてゆく。ピッチ一杯に女性たちが走り抜けてゆく姿がよぎりました。

「仕事と育児の時間の隙間をかいくぐり、なんとかして日常にサッカーを押し込もうとするこの人生行路そのものが、なんとかしてボールをゴールに押し込もうとするある種のサッカーなのだ。」

帯で津村記久子さんが「いつまでもホンビさんの話を聞いていたかった」と書いていますが、その気持ちわかります。「どんとこい、人生」みたいな気合いいっぱいです。