村上春樹ファンでジャズファンには、レアな雑誌がありました。1982年発行の雑誌「jazz Life」臨時増刊号「ジャズ情報の本」(1000円/出品・1003)です。この中で、若き日の春樹のインタビューが掲載されているのです。関西出身の彼は、高校時代、神戸三宮山手界隈のジャズ喫茶に通い詰めていたという話からインタビューはスタートします。後に東京でジャズ喫茶「ピーターキャット」を始め、ジャズとの関係が深くなってゆく辺りのことが語られています。

なおこのインタビューには、他に、三上寛、ハイファイ・セットというシブい面子が揃っています。

さすが神戸で店をされている1003さん、地元本安田謙一著「神戸書いてどうなるのか」(1000円/出品・1003)が出ています。神戸生まれの安田謙一は、ロック関係の本で音楽ファンには知られた人物です。この本は「ガイドブックには載らない神戸案内」と帯に書かれているように、ひたすら神戸の町を様々な角度から取上げた一冊。TV特撮番組「ウルトラセブン」の一話「ウルトラ警備隊西へ」では、神戸の町が舞台になっていることにも触れています。

「関西で言えば、同世代の大阪の子には『ウルトラマン』の『怪獣殿下』が、京都の子供には『怪奇大作戦』の『京都買います』がそれぞれ誇らしかったことだろう。」という記述には、そう、そう、そう、その通りと拍手です。

岸田衿子の素敵なエッセイ集「風にいろをつけたひとだれ」(800円/出品・ママ猫の古本や)は、超お買い得価格です。初版はネット上でとんでもない価格で取引されていて驚きます。手元にある本には、「七月堂古書部」という栞が入っていて、これがまたいいのです。猫が二匹、本屋に入ろうとしているイラストです。装幀、装飾を担当した安野光雅の作品ともマッチして、本の良さを高めてくれています。古本市で本を買う楽しみって、こういうオマケにもありますよね。

 

 

 

 

フランシス・レイ(18年11月死去)に続いて、ルグランも天国へ行ってしまったのか…….。若き日に観たフランス映画で、煌めくような音楽を届けてくれた方々でした。

誰もが知っているクロード・ルルーシュ監督「男の女」の、ブラジリアンテイスト溢れる音楽を作ったフランシス・レイ、ジャック・ドミー監督「ロシュフォールの恋人たち」でジャズテイスト一杯のスインギーなサウンドを楽しませてくれたミシェル・ルグラン。監督の力量はもちろんですが、この二人の作り出すサウンドは、おしゃれで華麗なフランス映画というイメージを、私に、いやあの時代フランス映画を観ていた人に、間違いなく刷り込んでくれました。

ルグランは、1932年作曲家のレイモン・ルグランの息子としてパリに生まれました。パリ国立高等音楽院で学び、1960年代に、ジャック・ドミー監督「シェルブールの雨傘」でカンヌ映画祭で最高賞を受賞して以来、映画音楽家として第一線で活躍しています。

「シェルブールの雨傘」は、ミュージカル映画としては異色で、セリフなし、全編歌と踊りで進行します。人気のある作品ですが、私はあまり好きではありません。それよりも、何と言っても「ロシュフォールの恋人たち」が断然いい。「バカラック、ルグラン、ジョビン」(平凡社/古書1300円)の著者、小沼純一は、この映画を「出会いと別れ、再会の物語だ。他愛もないといえば、充分すぎるほど他愛ないし、お伽噺めいている。ご都合主義と呼んでもいいかもしれない。」と手厳しい意見を書きながら、詳細にルグランの音楽を語っていました。

そうなんです、この映画はどこにでもあるメロドラマなんです。けれども、ドミーとルグランが、これ以上幸せになれない程の気分にしてくれるのです。私は映画館で追いかけ、ビデオを買い、ブルーレイを買い、さらに、CD、レコードまで買い集めました。

映画音楽の巨匠となってからは、ハリウッドにも進出して、多くの映画を担当。ベスト1は、ノーマン・ジュイスン監督スティーブ・マックィーン主演の「華麗なる賭け」でしょう。どちらかと言えば、無骨なイメージの強かったマックィーンが、憎めないやんちゃな少年がそのまま大人になったイメージで登場して、これ以上洒落た人物はないという姿を見せてくれました。ジュイスン監督の技巧的な画面処理と、やはりルグランの流麗なサウンドが大きかったと思います。

12月26日、ルグランが86歳でこの世を去った時、リステール文化相は「今朝、われわれはみな、ミシェル・ルグランの歌を口ずさんでいる」とTwitterに投稿しました。母国でもこんなに愛されていたのですね。

 

 

 

★レティシア書房 恒例「女子の古本市」は2/6(水)~2/17(日)です。出店者は女子ですが、もちろんどなたでもご来店くださいませ!今回も27店程にご参加いただきます。お楽しみに!

「女子の古本市」準備のため、4日(月)5日(火)はお休みいたします。


 

小野正嗣が芥川賞を受賞した「九年前の祈り」(講談社/古書750円)を読みました。蓮實重彦が傑作だと太鼓判をおしていたので、レトリックな文体を駆使した小説かなぁと思っていましたが、いや、面白かったです。何と言っても、登場する大分弁バリバリのおばちゃんたちの会話がイキイキしています。

東京で同棲していたカナダ人と別れ、生まれた息子を連れて郷里に帰ってきた安藤さなえが主人公です。さなえの混血の息子、希敏は外見こそ美しいのですが、しばしば癇癪(かんしゃく)の発作を起こして、「引きちぎられたミミズ」のように手の付けられない状態になリます。

「引きちぎられてのたうつミミズに人の言葉が通じるのか。投げかけられる言葉は切実なものであればあるほど、尖った石のつぶてとなって、すでに傷ついた体をさらに切り込んだ。いっそう痙攣させ、のたうたせた。」

帰郷した彼女は、昔なじみの「みっちゃん姉(ねえ)」の息子が入院中で、かなり悪いことを知り、見舞いに行こうとします。みっちゃん姉は、9年前に地元のおばちゃんたち8人で行ったカナダ旅行で一緒だった一人でした。

さなえは見舞いの品に、故郷の島で取れる厄除の貝殻を採りに行きますが、その道中で9年前の旅の記憶がフラッシュバックします。そこでの彼女たちの大分弁が爆発するところは、微笑ましくも哀しくもあります。おばちゃんの二人が、モントリオールの電車ではぐれてしまった時に、みっちゃん姉は近くに教会でお祈りをしようと提案し、見よう見まねでお祈りをします。

「モントリオールの教会で、さなえと他の三人が祈りを終えて立ち上がったあとも、みっちゃん姉は依然としてひざまずいた。真剣な様子に声をかけられなかった。」

その真摯な「祈り」の姿がこの物語の大きなモチーフになってきます。さなえは、みっちゃん姉の息子も障害に苦しんでいることを、道中一緒だったおばちゃんちゃんから聞きます。

「あげえ明るい人じゃけどな、さなえちゃん、どこの世界に明るいだけの人がおるんか……..。そげな人がおったら、そら、ただの馬鹿じゃ…….。」

過去の回想が現在と交錯する文章が、発達障害を抱えた息子、シングルマザーを取り巻く環境、未来への展望が全く見えない人生など、さなえの抱える苦しみをあぶり出していきます。

「その腐敗から生じた毒がさなえの体を通して息子に伝わってしまったのだろうか。だとしたら、すべてはさなえのせいだ。膝の上に置かれている希敏の頭が寝苦しそうだ。汗で少し濡れた希敏の髪をそっと撫でた。」

 旅行の機内で泣き止まない赤ん坊を守らんとしたオバちゃんたち、そしてひたすら祈っていたみっちゃん姉、登場する彼女たちこそ救いの象徴なのです。残念ながら、本作では男性はほとんど無意味な存在です。

そう簡単ではないだろう、これからの人生。でも、

「いま悲しみはさなえのなかになかった。それはさなえの背後に立っていた。振り返ったところで日の光の下では見えないのはわかっている。悲しみが身じろぎするのを感じた。」と、さなえが感じるラスト。救ったのは、あのおばちゃんたちだったのです。

ちなみに、作者の小野正嗣は、現在「日曜美術館」(NHK・Eテレ日曜朝10時)で司会をしています。

 

★ただ今開催中の「福井さとこ絵本原画展」に伴い、2月3日(日)18時から、福井さんによるスロバキアのお話会を行います。参加ご希望の方はレティシア書房までお申し込み下さい。(075−212−1772)

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「女子の古本市」準備のため、4日(月)5日(火)はお休みいたします。


 

エマニエル・ゴンザレスの短編を集めた藤井光訳「ミニチュアの妻」(白水社/古書1300円)の奇妙な味わいは、なかなかです。

まずは、「操縦士、副操縦士、作家」という物語でど肝を抜かれました。

「高度二千メートルから三千メートルの間で、僕たちは街の上空を旋回し続けてきた。僕たちの計算では、もう二十年ほどになるはずだ。」

作家が乗っていた飛行機がハイジャックされたのです。普通なら、ここから緊迫したストーリーが読者を巻き込んでいくはずなのでが、なんとこの機体は上空をぐるぐる回っているだけなのです。燃料が尽きたらどうなるのって?なぜか、飛び続けているのです。じゃあ食料は?ハイジャック犯が出してきた飲み物で、栄養が取れるようなのです。犯行の目的は? それもわかりません。そして、二十年以上、乗客たちは空にいるのです。物語は乗り合わせた作家の独白で進みます。

「何週間も、いや何ヶ月も、僕は化粧室の鏡で自分の鏡を見ずに過ごすことがある。もう化粧室の中を知り尽くしているから、目を閉じたままでも生理的なことはすべて済ませられるようになっている。」

不条理な事件が混乱に陥らず、物語は幕を閉じます。いや〜、なんと表現したらいいのでしょうか。何が面白いと問われれば、この不思議な状況です。

次に登場する話がタイトルになった「ミニチュアの妻」です。

主人公は、何でも小型にしてしまう業界(?)で働く技術者です。「何があったのかズバリ言ってしまおう。どうやってか、僕は妻を本当に、本当に小さくしてしまった。」そして、気がつくと、妻はコーヒーマグの高さぐらいに縮んでいたのです。小型化業界って何よ?とクラクラしますが、夫は、妻の肉体的魅力が失われてはいないなどと、ニヤニヤしながら妻のためにドールハウスを作り始めます。しかし、やがて妻との間に争いが発生します。妻は古代の戦士よろしく戦闘開始。

「彼女は小さな槍をいくつもカーペットに突き立て、自分の野営地の周りに防御線を張っている。小さな槍の先には、一匹か二匹のクモと数匹のゴキブリの頭部が刺さっていて、夜になると小さなかがり火が見えるので、ぼくの目は釘付けになる。」

あり得ない展開に、もう笑いながら読んでしまいました。そんな感じでズラリ短編が並んでいます。小説でなければ人に伝えにくい面白さと奇想に満ちたアメリカ文学です。

★ただ今開催中の「福井さとこ絵本原画展」に伴い、2月3日(日)18時から、福井さんによるスロバキアのお話会を行います。参加ご希望の方はレティシア書房までお申し込み下さい。(075−212−1772)

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1977年生まれの小林エリコは、短大卒業後エロ漫画雑誌の編集の仕事に就きますが、その余りに凄まじい職場環境のストレスで、自殺未遂を図りました。退職後、精神障害者手帳を取得し、生活保護を受けます。しかし、そこに待っていたのは地獄のような生活でした。何もしないでお金を得ることの後ろめたさ、役所の横暴、ケースワーカーとの軋轢、貧困、親との関係等々、死ぬことしか考えなかった彼女が、再生するまでをリポートしたのが「この地獄を生きるのだ」(イーストプレス/古書1100円)です。

お断りしておきますが、これは感動的闘病物語ではありません。普通に働き、暮らすことを切に望んだ女性が、その困難さに打ち拉がれる様をリアルに描いていく記録です。生活保護申請の役所での応対は、「まるで子どもに向かって話すかのように大きな声で制度について、説明」され、その態度が「私のプライドをズタズタに引き裂いた。福祉サービスを受けるってことがこんなに屈辱的なことだったのか。」

若くして生活保護を受けることへの忸怩たる気分から脱出するために、保護をどうやって止めて、自立してゆくかを調べるものの、保護費が振り込まれる日付は、書類に明記されているが、その保護を切る方法は書かれていません。生活保護受給者は、福祉事務所の管轄下にあり、指定された病院に行かねばなりません。精神疾患のある彼女も、指定されたクリニックに通院し始めます、しかし、このクリニックは製薬会社と癒着し、大量の薬を投与して患者をその薬の広告塔として使っていました。

「私は一生、このクリニックで生活保護を受け続けたまま、クリニックと仲の良い製薬会社の薬を褒め称え、『こんなに元気な患者なんです。』と嘘をついて生きていかねばならないのだ。」

彼女は再び自殺未遂を起こします。向精神薬を80粒も飲んで…….。

そんな彼女にも転機が訪れます。精神保護福祉の向上を理念とするNPO団体との出会いです。出版もしている団体で、元編集者の経歴を買われて、先ずはボランティアとして働き始めます。そして、ここから生活保護を打ち切るまでの長い日々が始まります。もちろん彼女は、あの時生活保護を受けなければ、今こうして生きているかどうか定かではなかったことも知っています。

「生活保護が羨ましいのなら、役所に行って受給したいと言えばいい。生活保護をバッシングする人は、窓口に足を運び、生活保護受給者たちの顔を自分の目で見てほしい。生活保護を受けるとういうことがどれだけ大変で辛いことがわかるはずだ。」

自分が弱者になった時に「生活保護や福祉サービスを受けることを責めるような世の中は、想像力の貧しい社会なのだ」と書いています。全くその通りです。とにかく、この国は「想像力の貧しい社会」になってますから….

後半は、生活保護廃止を獲得し、自分の人生を取り戻すまでの記録です。そして、市役所から来た手紙。

「『生活保護廃止決定』 たしかにそう書いてある。私は震えた。大声で自慢してやりたかった。通知書を書類ケースに入れておいたが、何度も引っ張り出してしまう。こんな嬉しい通知をもらったのは短大の合格発表以来の気がする。」

自力で脱出した悦びに満ちあふれた文章です。

なお、この本は「文学フリマ」で配布された「生活保護を受けている精神障害者が働くまで」を大幅に加筆修正したものです。

★ただ今開催中の「福井さとこ絵本原画展」に伴い、2月3日(日)18時から、福井さんによるスロバキアのお話会を行います。参加ご希望の方はレティシア書房までお申し込み下さい。(075−212−1772)

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ミニプレスに目を通していて楽しいのは、この地方には、こんな作家がいたのかという事実を知る時です。

三重県津市から発行されている「Kalas」最新36号を読んでいると、今井貞吉という作家のことが書かれていました。この雑誌の発行責任者西屋真司さんが、伊勢市にある「古本屋ぽらん」の店主から「津を舞台にした小説みたいだから、あなたにと思って取っておいたんです。」と手渡された今井貞吉の「鄙歌」という小説を読み著者のことを調べ始めたのだそうです。

「それは一組の男女の逢瀬を主軸にした物語だった。昭和初期という舞台設定に即した穏当な内容で、この後も派手な事件など起こりそうにない。三分の一程度まで読み進んだ印象はそんなところだ。それで退屈な話かと言えばそんなことはなく、丁寧に記述された戦前の津の風景にいつしかひきこまれている。」

どんな人物なのか、調べてみたものの手がかりが無かったみたいです。しかし、この地方の文化に詳しい市職員の中村光司さんを紹介され、早速会うことになります。中村さんは、伊勢出身の詩人竹内浩三の研究者であり、三重文学協会会長という肩書きの人物です。

氏との会談で今井貞吉のことが明らかになってきました。今井は、明治37年津市で砂糖商を営む家に生まれます。兄の俊三も、昭和12年「饗宴」という長編小説を発表していました。その兄の影響もあって、貞吉は文学に傾倒していきます。兄と共に上京し、小林秀雄、中原中也、中島健蔵らの文人たちと交流していきます。しかし、昭和20年津市への空襲で家財全てを失い、戦後は兄弟の面倒を見ながら、困窮の生活を送ります。こつこつと作品を発表しますが、話題にもならず、昭和60年八十一歳でこの世を去ります。

こうして詳しいことが判明するなんて、地方の文化研究者や、郷土史家の人たちの知識は半端じゃないですね。好きなことをコツコツと、地道にやるって本当に大事なことです。

西尾さんは、最後にこう書いています。

「三十幾つか過ぎた定職もない男の心理描写には、借り物とは思えない追憶と寂蓼がある。津に暮らす読み手としては、全編を通して流れる街への心情に共感するところも多く、確かにこれは同じ土地で生きた人の手による物語だとの印象を強くする。」

一地方都市で、ひっそりと人生を終わらした作家の本。機会があったら読んでみたいものです。

 

★ただ今開催中の「福井さとこ絵本原画展」に伴い、2月3日(日)18時から、福井さんによるスロバキアのお話会を行います。参加ご希望の方はレティシア書房までお申し込み下さい。(075−212−1772)

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明治四十四年、女性解放運動の先駆者平塚らいてうたちが発行した雑誌「青鞜」は、当時全く新しいタイプのものでした。仲間たちで記事を書き、印刷所を見つけ、販売してくれる書店を探してゆく。これって、考えてみればミニプレスと同じ手法です。そして、著者の森まゆみもまた、仲間の女性たちと共に、地域雑誌「谷中・根津・千駄木」を1984年に創刊し、2009年まで刊行してきました。100年前の”新しい女”たちの雑誌作りが、著者にはどう映っていたのかが興味があって、「『青鞜』の冒険 女が集まって雑誌をつくるということ」(古書/900円)を手に取りました。

読もうと思った理由のもう一つは、「青鞜」に伊藤野枝が参加していたことです。ご承知のように、彼女はアナキスト大杉栄と共に1923年憲兵隊に拉致され、扼殺されて死亡しました。結婚制度を否定し、堂々と不倫を行ってきた彼女の生き方と平塚らいてうは、どんな関係だったのかも興味がありました。

著者は幼い時に、TV の歴史番組で「らいてうが森田草平と心中未遂事件を起こし、スキャンダルになって社会から葬りさられそうになるも屈せず、二十五歳で『青鞜』を創刊した女性の勇気ある行動にすっかり心を動かされてしまった。」らしいのです。

発行された「青鞜」全てを、精読し、内容を検討し、進歩的な部分、未熟な部分を、ほぼ300ページにわたる本書で検証していきます。また、関わった女性たちの生い立ち、「青鞜」で何をしてきたか、その後の人生はどうだったのかも追いかけていきます。女性が、今の何倍も生きにくかった時代を、どう生きたのかを検証している一冊でもあります。

そして、森は、同じ女性雑誌創刊者としての平塚のあり様を、時に、こうすべきだっだのではと、編集者ならではの視点で批判します。そこが、単なるらいてうを紹介した本とは違うところで、最も面白いところです。例えば、らいてうが、家事従事から解放されることが、精神の集中を高めると考え、女中を雇ったことに対しては、

「私は家事を手伝ってくれる人を雇えなかった。それは自分の思想を裏切ることになる。家事育児は家族と地域で助け合いながら満遍なく分担するのがいいと思う。」と述べています。

1885年福島に生まれた伊藤野枝は、この「青鞜」の編集部に1912年辺りから近づき、社内外から集まった新しい女達、与謝野晶子、長谷川時雨、岡本かの子らと親交を深めて強い刺激を受けとります。「青鞜」に詩を発表し、頭角を現していき、1915年に雑誌の編集、発行を受け継ぎ、この雑誌を女性文芸誌から、女性評論誌、女性論争誌へと変身させていきます。しかし、世間と軋轢を生じ、発禁処分や売り上げの低下等で、発行を続けることが困難になり、ついに廃刊へと追い込まれます。

森は、東北の震災や原発事故で、日本の未来に暗い影が落ちる毎日を生きなければならない今、らいてうや、野枝が生きていたら、何をするかを考えます。

「彼女たちは思うところを堂々と述べるだろう。もうごまかさなくていい、自分を偽らなくてもいいとというその声こそが、私を励ましてくれる。」

 

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J・パトリック・ルイス作、ロベルト・インノチェンティ絵、長田弘翻訳による絵本「百年の家」(講談社/古書900円)は、家が主人公。

「この家の扉の上の横板に、1656と記されているのが読めるだろう。それがこの家、つまり、このわたしがつくられた年だ。それはペストが大流行した年だった。はじめわたしは石と木だけの家だったが、時とともに、窓ができて、わたしの目になり、庇ができて、人の話しごえも聞こえるようになった。」

というモノローグで絵本はスタートします。語り手はこの家です。ヨーロッパのどこか、森の中の古い家が、災厄と山火事で廃屋になって200年以上経ったところで、ある家族が修理をして我が家とします。ロベルト・インノチェンティは、森を切り開く作業、人々の暮らし方など、家と周りの森の様子を丹念に描いていきます。ある場所の定点観測のような絵本は時々ありますが、精密に描くことで、時代の移り変わりを表現しています。

1905年、家によると「ここに住むことにした人たちは、工夫をかさねて、つよい品種の果樹を育てた」とあります。家は命を吹き込まれ、子供達は大きくなりそれぞれに伴侶を得て、新しい命が誕生していきます。自然に囲まれた、慎ましい、しかし幸福な人生の時間が過ぎていきます。

ページをめくって、1918年にさしかかると、大黒柱の夫を失った妻が涙で顔を覆っています。妻の側には、一枚の紙切れが……。この年は第一次世界大戦終了の年です。夫は戦死したのです。

でも、人生は続いていきます。家は「この地が平和でありますように」と祈ります。自然豊かな環境で、作物を育てる人々と共に暮らし、誕生と死を見守ります。けれども、再び「破壊が、絶望が、憎悪が、犠牲者を追い立てる」時代がやってきます。ナチスの侵略です。家は、戦火を逃れた人たちの避難所となります。暗い日々をロベルト・インノチェンティは、深く沈んだ画調で描いています。

平和が戻り活気を取り戻した家ですが、やがて大家族を支えた母がなくなります。お葬式のあと、この家の終わりがだんだんと近づきます。子供たちは都会へと出ていき、家は朽ち果てていきます。

「二十年後のわたしは、墓の土になっているだろう。わたしは独りのままうごけないのだ」

長い時代を生きた家の物語は終わり、最後のページには、その土地に真新しい家が建っていました。

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「おまえらヤクザか」

これ、給料を払わないキャバクラにユニオンのメンバーが乗り込んだ時、鼻息荒く経営者が投げつけた言葉です。

キャバユニオンは、キャバ嬢や、その他水商売で働く女性、男性のために結成された労働組合です。2009年の結成以来、セクハラ、暴力、不当労働行為が横行する業界で、200件以上の事件を扱い、労働争議を実行してきました。会の中心メンバーの布施えり子が、その過酷な現場を通して、女性たちの権利を勝ち取ってきた活動を描いたのが「キャバ嬢なめんな」(現代書館/古書950円)です。

「解雇や未払い。セクハラやパワハラは不正だからだ。ガマンし続けることなんてない。そして、不正に対してやり返すことは正しいことだからだ。」 だから、ユニオンを立ち上げたのだと。

しかし、なんせ怖いイメージの業界です。著者は、キャバクラ業界のことを知るために、自らも業界で働くことを決意し、飛び込んでいきます。身を以て知る、極めてルーズでいい加減な給与体系と悪どい経営の実態!彼女たちも、私たちと同じ賃金労働者のはず。それが、なせこんな仕打ちをされるのか。

とんでもない相手に団体交渉を突きつけ、粘りつよく要求を勝ち取ってゆく様は痛快です。刺青ちらつかすガキには、「わざわざショボいモンモン見せてんじゃねぇよ!」とブチ切れることもあったみたいです。「女性を食い物にして儲けている奴らを、絶対に許さない」という大きなエネルギーでいかなる妨害も突破してゆく有様が、ユニオンが実際に手がけた事案をもとに書かれていきます。

キャバ嬢ってお給料沢山もらってるんじゃないの、と漠然と思っていたのですが、これは大きな間違い。額面だけ見ると、高めの時給ですが、天引きの嵐です。詳しいことは第3章「自己責任と給与明細の暗黒」を精読してください。最低賃金にも満たない時給になっています。労働者であるキャバ嬢に、自分の仕事の業績を低く見積もらせて、「売上が悪いのは、私がダメだからだ」という自己責任意識を植え付けるシステムが蔓延っています。

さらに、「どうせキャバクラ嬢じゃん」という世間の差別意識が、彼女たちを追い込みます。「自分自身が持っている、差別や偏見についての意識を見直してほしい」と著者は切に願っています。この世界で働くのは恥だと思わされながら、働かざるを得ないって、とても辛いことです。

この本は彼女たちの現状を報告しながら、著者は他の業界がキャバクラ化しているのではないかと危惧しています。病欠したアルバイトから罰金を取ったコンビニ業界、飲食店のサービス残業の強制など、やたらと努力や自己責任が強調されてきています。季節労働者やフリーターを使い捨てる会社の、身勝手な雇用で作り上げた右肩上がりの経済って、そもそも何なんだろう? 総理、ぜひ御一読ください

★ただ今開催中の「福井さとこ絵本原画展」に伴い、2月3日(日)18時から、福井さんによるスロバキアのお話会を行います。参加ご希望の方はレティシア書房までお申し込み下さい。(075−212−1772)

 

★レティシア書房 恒例「女子の古本市」は2/6(水)~2/17(日)です。出店者は女子ですが、もちろんどなたでもご来店くださいませ!今回も25店程にご参加いただきます。お楽しみに!

 


 

 

 

 

詩人の新川和江と、洋画家の野見山暁治がタッグを組んだ詩画集「これはこれは」(玲風書房/古書2000円)は、詩人のクールな感性と、迸るエネルギーに満ちた洋画家の筆が、コラボした一冊です。

「うまく結晶できないままに 雪は 地上に 到着してしまうことがある そんなとき 雪はとても はずかしい わが身をひどく不甲斐無ながって いそいで とけてしまおうとする 青年のとがった肩や 少女の長いまつげの先で ほんとうは 雪は美しい花のかたちになって とまってやりたかったのだ それきり逢わない つらい<さよなら>をしようとしている 街角の ふしあわせな恋人たちに」

「雪」という詩に付けられている野見山の作品は、赤を基調にした踊っているような、回転しているような抽象作品です。

1920年生まれの野見山は、東京美術学校(現東京藝術大学)を経て、フランスに渡り、12年間パリで暮らし、独特の抽象画の世界を作りあげてきました。一方の新川和江は、野見山より9歳年下で、小学校時代野口雨情などの童謡に親しみ、女学校時代、近くに住んでいた西條八十に詩を学んだ、正統派の詩人です。

「男の子 あなたは ふりそそそぐ五月の光の矢を束ねて 持たせよう 走っておゆき 野を よく動く目で お探し 森とえものの眠る枝を 男の子 あなたに 翼つきのシャツを あの青空を裁って縫ってあげよう おとび 高く 遠く そしてまだ 誰も船を漕ぎ出したことのない 海をごらん 男の子 いつでも出かけて行けるように 外向きにママが生んだ あなた」

という「男の子は」に添えられている絵などは、心の中にある塊が、それに名前をつけて言葉にしてくれるのを待っているようです。まるで、生き物のように自由奔放に、躍動感一杯にキャンバスを動き回り、飛び回る野見山が生み出す線に、新川のありふれたやさしい言葉ながら、輝きを放ち、奥底に淋しさ切なさを感じる詩。絵も詩も独立して拮抗しているところがカッコイイ詩画集です。極めてジャズ的な、自由奔放な野見山の作品の数々はファンにとってはたまりません。

 

★ただ今開催中の「福井さとこ絵本原画展」に伴い、2月3日(日)18時から、福井さんによるスロバキアのお話会を行います。参加ご希望の方はレティシア書房までお申し込み下さい。(075−212−1772)

 

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