毎回、ユニークなテーマで迫るミニプレス「月極本3」(YADOKARI1944円)の最新号は「好きなお金、嫌いなお金」が特集です。実は、この号で「個性派書店が選ぶ『お金』を知るための50冊」という特集を組むにあたって、本をセレクトしてくださいというお申し出がありました。

しかし、このテーマは案外難しいんですね。お金や金融の流れを解説したビジネス本でもなく、儲け方の本でもなく、もっとお金の本質に迫る本というのは。散々、悩んだあげく一冊のみ推挙しました。

本が出来上がり、この特集に参加された書店さんのチョイスした本を見ていると、う〜ん成る程なぁ〜と、その着眼点に感心していしまいました。少し、ご紹介します。

恵文社一乗店の鎌田さんは「エンデの遺言」。エンデが残したテープを元に制作されたドキュメンタリーから出来た本。「金利によって宿命づけられた経済成長本位の限界に異を唱え、そもそもお金とは何かという根源的な疑問」を語った一冊と説明されています。

長野の書店「栞日」オーナー菊地さんは「ゆっくり、いそげ」(大和書房1620円)。

この本は「クルミド出版」(当店でもクルミド出版の本は取り扱っています)を経営する「クルミドコーヒー」オーナー影山知明さんの本です。影山さんは、当店にも来られた時にお話をしましたが、明確なビジョンをお持ちで、「グローバル経済」と「スローな経済」の真ん中を行く、新しい経済について書かれています。実に面白い本です。

豊中の「blackbird books」店主、吉川さんは、サローヤンの「パパ・ユア・クレージー」。やるなぁ〜!、この本選ぶなんて。「幸福はお金とは別の場所でいつも生まれていること」に気づかせるとおっしゃていますが、その通りですね。伊丹十三の翻訳も素晴らしい!

「誠光社」堀部さんは、橋本治の「貧乏は正しい」。これも、なるほど〜!です。私も昔、読みましたが、わかったようで、わからん本でした。堀部さんは「若いことはすなわち貧乏である」という意味を理解するまで時間がかかったと書かかれていますが、自分の中にストンと落ち着くまで、時間のかかる本なのかもしれません。

さて、私が選んだ本は、以前に「店長日誌」でも紹介した渡邊格「田舎のパン屋が見つけた『腐る経済』」です。

信頼できる人から、それ相当の金額で正しく買うことで、お金の呪縛から解き放たれることを書いた、パン屋の青年の主張に納得させられた一冊です。この本は、今回の特集号の中で、もう一店が推薦されています。話題の新刊書店「title」さんです。店主の辻山さんが書かれた「本屋、はじめました」に共感して、ブログでも取り上げました。今、一番、お話したい店主さんです。

他にも、個性的、魅力的な書店さんが並んでいます。こんな本を選ぶんだ!という予想外の楽しさ一杯の特集です。

ゴールデンウィーク明けの二日間、店を連休しました。そして、只者ではない二人の表現者の芸を楽しんできました。

月曜日、久々に大阪松竹座の「五月歌舞伎」へ。お目当ては市川猿之助の「金幣猿島郡(きんのざいさるしまだいり)」。2時間半ぐらいのエンタメ。入場料いただいたら、その分、きっちりと楽んでかえってもらいます!という、気合い十分なお芝居です。男と女の嫉妬が、どす黒い怪物を生み出し、大活劇に至るという歌舞伎ならではの荒唐無稽な物語。能の名作「道成寺」までひっかけるスピンオフ的展開で満員の観客を引っ張ります。ワイヤーつけて3Fまで舞い上がる宙乗り(奈落からワーッと真っ直ぐに天井近くまで引き上げられる迫力!)はあるわ、ひっきりなしに三つの仮面を付け替えて踊る舞踊はあるわ、もうなんでもござれ。長唄、常磐津も怒濤の如く、迫ってきます。

凄い!と思ったのは、隣の席の女性が、役者の見得に合わせて首を振られているのです。いや〜、タテノリのライブ感覚。独自のスピード感で、劇場全体をドライブさせて、観客をノセルなんて、ロックのライブですね。先代猿之助が、この手のケレンたっぷりの舞台を復活させた時、批判も多々あったように聞いていますが、もうそんな言葉は寄せ付けません。照明や炎の演出も、おそらくスーパー歌舞伎などを経て技術力が上がり、ダイナミック。

次の日は、京都国立博物館で開催されている「海北友松(かいほうゆうしょう)」展に出かけました。開場30分前に着いたのですが、100人以上の列。海北友松は安土桃山から江戸時代初期にかけて活躍した絵師で、雲の間から飛来する竜の絵が有名らしいのですが、私は全く知りませんでした。

先ず、「放馬図屏風」という野生の馬を描いた作品に足が止まりました。野生のくせにちょっと太り過ぎだろうと言いたくなる馬の、真ん中の一頭の前足がかっこいいのです。大地を踏ん張っている感じ、その後ろ姿のポーズの良さにしばし見入りました。

そして、雲の間からこちらを睨みつける二頭の竜。展示室は、照明を落とした空間。きっと当時の人たちはこんな暗い空間で、蝋燭の灯りを頼りに眺めていたのでしょうね。画面から漂う妖気に震え、そして大自然への畏怖の念を感じ取ったことでしょう。

これらの竜は、その異形をもって、お前たちは万物の長にあらず、その一部に過ぎぬわ!何もかもコントロールできるなんて大間違いと、暗闇の向こうから喝!と、現代人の姿を一笑するするような凄味がありました。

 

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2011年の福島原発事故以来、住宅の省エネルギーへの関心は大きくなっています。

でも一体、冷房に頼らない夏の住宅環境を実現する、なんてことが可能なのか?電気に依存しすぎる生活を、どうやって考え直せばいいの?それになんだか、スマートハウスと銘打つ「省エネ」などは、機械設備に頼りすぎてはいないか?

そこで「パッシブデザイン」という定義。「建物のあり方に工夫して、建物の周りにある自然エネルギー(太陽・風・地熱)を最大限に活用・調節できるようにし、高い質の室内環境を実現させながら、省エネルギーに寄与しようとする、建築設計の考え方とその実際的手法。」なんです。

で、これをもうちょっと、目で見てわかるように展示しようじゃないの!というわけで、小嶋雄之さん渾身の模型を展示しました。家を三つに縦割りにしたものが模型になっていて、風の通り具合や、床の蓄熱の工夫など、見ることが出来ます。図面だけで見ると難しそうでも、模型にしてみて、お話を伺ったりすると、環境抜きに家を考えることはできないことに改めて気付かされます。この家なんとなくいい感じだな〜、と思うことができれば、省エネの第一歩かも。

家というのは、住んでいくうちに、住む人によって変化していくものだと思います。完成品に人をはめこむわけではありません。そういうことを、ずっと前から発信していたのが、「もじゃハウス」の干潟裕子さんです。干潟さんの作っているミニプレス「House “n”Landscape」は、第1号からレティシア書房で扱っていますが、彼女が提唱している、植物でモジャモジャした家こそは、住む人が育てるものです。

干潟さんは、造園を学んだ後、ランドスケープ設計士として公園などのデザインを手掛けて来られたのですが、緑でモジャモジャの家に住みたいと、建築士になりました。彼女自身が、緑に癒されて励まされたということで、植物の持つ力を信じ、植物の成長とともに生きる家の設計を目指し、その宣伝のためにミニプレスを作ってきました。第4号発行が、今回の展覧会に間に合ったので、バックナンバーと共に販売しております。(1号のみ完売・在庫なし)

住むこと、生活することを考え直すきっかけになるかもしれない、この展覧会『もじゃハウスプロダクツ&小嶋雄之設計事務所によるフレンドリー建築ショーin京都』にご来場をお待ちしています!(女房)

『もじゃハウスプロダクツ&小嶋雄之設計事務所によるフレンドリー建築ショーin京都』は5月21日(日)まで

 

これ、どう見ても異常なんですが、実はセルフポートレイト写真なんですよ!

おばあさんが、可燃ゴミとして処分される自分のポートレイトを撮るか?!と思いますが、この作者の西本喜美子さんは、取材当事87歳。熊本在住で、感情認識パーソナルロボット「Pepper」(なんと、熊本弁を話すらしい)と暮らしています。写真を撮り始めたのが72歳。その10年後の2011年に初の個展を開催。この写真が老人虐待だ、と非難が出たりとかしたみたいです。彼女曰く、写真撮影に必要なのは、好奇心と行動力だ。並外れた行動力ですね。

さて、このおばあさんより、少し若いのですが、76歳の小林伸一さん。横浜にお住まいです。このおじいさんの自宅が、そのまま強烈なカラーアートで囲まれています。もちろん、描いたのは小林さん。植物、食物、富士山、鉄腕アトム等々、1階から2階に至まで、鮮やかとかいう言葉が吹っ飛ぶ色彩が迫ったきます。岡本太郎じゃないけれど、「芸術は爆発」ですね。

と、まあ、恐らく世間からは、あの人はちょっとねぇ…….と、敬遠されているかもしれないけれど、好きなように生きて何が悪いという表現者を集めたのが櫛野展正著「アウトサイドで生きている」(タバブックス1944円)です。著者は、日本唯一のアウトサイダー・キュレーターです。社会と断絶した、あるいはさせられた人たちが、再び社会との接続する時にバックアップする存在として活動を続ける一方で、こうも語っています。

この本に登場する多くの人たちが、全く孤立無援なわけではなく、それなりの生活を送っていることを踏まえて、「狂人だから制作しているのわけではない。正気を保っておくためにつくり続けているのだ。誰もがアウトサイダー・アーティストになる可能性を秘めている。そう、みんなアウトサイドで生きているのだ。」

NYの暗闇を歌い続けたルー・リードの名曲“Walk on The  Wild Side”も、アウトサイドで生きているほうは面白いよね、と歌っています。この本に登場する11人の刺激的な生き方を読んで、見て、少しだけ横にそれる楽しさを知っていただければいいかもしれません。

 

 

サスペンス映画の巨匠、アルフレッド・ヒッチコックの個人的ベスト3は、「北北西に進路と取れ」、「鳥」そして「サイコ」ですね。「鳥」も「サイコ」もほらほら、出るぞ〜キャー!コワイ〜的な映画なのですが、そこへゆくまでの描写で、ヒロインを付けねらうスケベ根性丸出しのカメラ演出が傑出しています。

例えば「鳥」でヒロインが、ちょいと気になる男の家をふいに訪ねるシーン。金髪がフワリフワリと揺れる後ろ姿を執拗に追いかけます。そのカメラの動きが、妙に卑猥です。「サイコ」は、もうのっけから、安っぽいホテルで情事に耽った後の二人を覗き見するようにカメラが室内をなめ回します。主演のアンソニー・パーキンスが、自分が経営するモーテルに泊ったヒロインの下着姿を壁の穴から、やはり覗き見するシーンも、これまたドキドキするいやらしさです。

スティーブン・レベロ著「アルフレッド・ヒッチコック&メイキング・オブ・サイコ」(百夜書房/初版1300円)は、世にいうサイコスリラーの原点になった「サイコ」が公開に至るまでを詳細に追っかけたノンフィクションです。そして、これはそのまま、ハリウッドの映画資本家に映画監督が、いかに知恵を駆使して、自分の映画を作り上げるかという苦闘の物語でもあります。

この映画で話題となった、風呂場で女性が刃物で惨殺されるシーンについての記述を読むと、いかにこのシーンに心血を注いでいたのかが理解できます。僅か45秒の殺人シーンですが、全世界が凍り付いたのも当然です。

このシーンを巡って、映倫がやれ乳首が見えただの、乳房が見えただのと難癖をつけて撮り直しを迫っています。しかし、当時のスタッフは「ヒッチコックは裸を見せるのではなく、裸を匂わせたがっていました。」とこの本で証言しています。結局ヒッチコックはのらりくらりの映倫の追求をかわして、そのまま使用しました。本には、風呂場のシーンも含めて多くのシーンが収録されていますので、それを見ながらお読みください。

ヒッチコックの映画は、その後の多くの作品に影響を与えていきます。「JAWS」は「鳥」の、「ローズマリーの赤ちゃん」は「サイコ」の影響下にあることは明らかです。映画だけでなく、日頃何気なく見ているTVのサスペンスものも、お手本は彼の映画です。まだ、「サイコ」未見の方は、是非見て下さい。そうすれば、あ、これ「サイコ」のパクリだ!と思わず口にでる場面に出会うはずです。

80年代半ば、アート系出版社として、ユニークな本を出していたリブロポートが 「うたの絵本」シリーズという子供向けのシリーズ本をリリースしました。

その第一作が「なかよしともだち」(初版900円)というタイトルで、装本が平賀甲賀、挿絵が武井武雄でした。「なかよし小道」、「どんぐりころころ」等の懐かしい唱歌12曲に武井の絵が付いています。どの絵も愛らしく、手元に置いて見ていたいものばかりです。北原白秋の「雨ふり」や、「かくれんぼ」(作者不明)に用いられている独特の鳥のデザインなどは、さすが洗練されています。

京都在住の版画家、木田安彦の2002年京都大丸で開催された個展の図録「異才・木田安彦」(1500円)が入りました。図録といっても400ページ以上あるぶ厚い一冊です。この個展では、木田が魅了されていた歌舞伎の舞台の臨場感あふれるスケッチが並んでいます。役者のダイナミックな動きをスピーディーに捉えた素描は、歌舞伎好きでなくとも面白い。木田のライフワークとなった「三十三間堂」シリーズ、日本の祭シリーズ等の傑作も収録されています。

 

歌舞伎絡みでもうひとつ。通称「武智歌舞伎」を立ち上げた武智鉄二の芸術と生涯を追いかけた森彰英著「武智鉄二という藝術」(水曜社1500円)も入りました。

昭和24年、彼の演出による実験的歌舞伎公演が行われました。これが、武智歌舞伎の始まりです。しかし、数年で活動は終息し、その名前だけが残りました。その後、映画界へ転出し、なんとハードコアポルノ映画「白日夢」でセンセーショナルな話題を世間に投げかけます。さらに、彼の監督作品「黒い雪」が猥褻文書図画公然陳列の疑いで訴えられ、「黒い雪裁判」に巻き込まれていくという波乱の生涯でした。伝統芸能の伝承者が、なぜポルノ映画を作り始めたのか、1人の芸術家の内面に迫ってゆくノンフィクションです。

 

 

 

★勝手ながら、5/8(月)、9(火)連休いたします。

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梨木香歩作品集「西の魔女が死んだ」(新潮社1200円)を読みました。

傑作「西の魔女」に登場するおばあちゃん、ヒロインのまいちゃん、そして愛犬ブラッキーが登場する「ブラッキーの話」、「冬の午後」、「かまどに小枝を」を一緒にした「西の魔女が死んだ」をめぐる作品集です。

作者あとがきは、これ程美しいあとがきはない、と思いました。

「ただシンプルに素朴に、真摯に生きる、というだけのことが、かつてこれほど難しかった時代だあっただろうか。社会は群れとして固まる傾向が強くなり、声の大きなリーダーを求め、個人として考える真摯さは揶揄され、ときに危険視されて、異質な存在を排除しようとする動きがますます高まってきた。」

まいのおばあちゃんと同世代になった作者は、こんな時代だからこそ、まいの物語を読んで、その人に寄り添う一冊であって欲しいという思いから、再度「西の魔女が死んだ」を送り出すことにしたのです。そして

「老若男女問わず、この本を必要としてくれる人びとに辿り着き、人びとに寄り添い、力の及ぶ限り支え、励ましておいで。私たちは、大きな声を持たずとも、小さな声で語り合い、伝えていくことができる。そのことを、ささやいておいで。」

と結んでいます。自分の書いたものが、読者の人生の、小さいかもしれないが、手助けになって欲しいという思いが伝わってきます。

「かまどに小枝を」は、「西の魔女」の中で、自分で生きてゆくことを学んだまいちゃんが、おばあちゃんの家を去った後の日々が描かれています。ある日、彼女は虹を見に丘に向かいます。そして小さな虹に向かって祈りを捧げます。

「この空の下で、私の娘も、その娘も、今、生きている。新しい環境の中で、新しい道を選ぶこと、さらにその道を進むということは、体力と気力がバランスをとっていなければ、なかなか簡単にいくものではない。今はまだアンバランスだとわかっていても、他にどうしようもなく、進まなければならないときがある。時の流れは容赦ない。」

でも祈ろう。それは、著者が、色んな人生を選択した人たちの、明日が良い日でありますようにという祈りなのです。

 

★勝手ながら、5/8(月)、9(火)連休いたします。

 

傑作、名作、レア物ではありませんが、これなら買ってもいいな〜と本好きならニンマリの本が入ってきました。

昭和30年発行の「巴里風物誌」(東峰書店/帯1500円)は、パリを巡るエッセイです。あとがきで著者の渡辺紳一郎は「これは、絵・佐野繁次郎、文・渡辺紳一郎で、佐野君の画集とすれば、渡辺の文は、その説明であり、紳一郎の巴里風物誌とすれば、佐野君の六十枚のスケッチは、その挿画ということになる。」と書いていますが、個人的には佐野の絵を楽しみました。さっと描き上げた街の雰囲気や、行き交う人々の姿は、どれも素敵です。この本、ネット上では数千円の価格が付いていますが、最終ページに小さな蔵書印があるので、この価格になってます。

久世光彦(文)×北川健次(美術)のコラボによる「死のある風景」(新潮社/初版/帯900円)は、身近な人の死であったり、古今東西の文学、美術の表現されている死をテーマにしたエッセイに、銅版画を中心に多彩な活動を続ける美術家が、挑発するかのように制作したオブジェが一緒になった本です。久世が、古本屋で西條八十の詩集「砂金」を見つける度に買っていることを書いた「砂金」は、短い文章なのですが、本好きにはグッとくる物語です。

イラストレーター原田治の初の随筆集「ぼくの美術集」(PARCO出版/初版/函/帯3000円)は、中々入手できない一冊です。先ず、装幀がいいです。やや小さめの落ちついたブルーの函(20cm×13cm)に入った本体は、目の覚めるような黄色の表紙に英語で「OSAMU HARADA MON CAHIER D’ARTS」と書かれています。ペーパーバックの洋書風です。現在も高値で取引されている、詩人にして装丁家の北園克衛について、エラリー・クィーンの「緋文字」の文庫版のカバーデザインが北園であったことを発見したことから始まる北園論は面白いところです。

最後に個人的に読みたかった、堀江敏幸の「未見坂」(新潮社/初版/帯900円)を少しご紹介。初めて、この作家の短篇集「雪沼とその周辺」を読んだ時の深い感動は忘れられません。その彼の連作短篇集がこれです。短編の名手は、芥川龍之介以来、数多くいます。でも、静謐な筆致という言葉が合うのは、今ならこの人でしょう。儚いタッチの版画で人気の清宮質文の作品を表紙に添えたのは、正解です。

なお、本日ご紹介した本はすべて絶版です。

★勝手ながら、5/8(月)、9(火)連休いたします。

俳優イーサン・ホークが、監督した「シーモアさんと、大人のための人生相談」(京都シネマにて5日まで)は、良いドキュメンタリー映画です。

シーモアさんって?

シーモア・バーンスタイン、1927年生まれのピアニストです。ピアニストとして世界的名声を得た50代半ばで引退し、89歳の現在までNYのマンションで一人暮らしをしながら、ピアノ教師として多くの生徒に教えています。シーモアさんが「人生とは」などと、延々しゃべる野暮な映画ではありませんので、ご心配なく。

マンションのピアノに向かうシーモアさん、いいなぁ〜この部屋。豪華ではないのですが、きちんと片付けられた家財道具、間接照明で浮かび上がる壁に掛けられたアート。コンパクトで清潔そうな台所。優しく、深く人の心にはいってくるピアノの音は、こんな部屋での暮らしが醸し出しているんだ。静かな夜空、ゆっくりと波が満ち欠けする海辺が与えるような、リラクゼーションと同じものかもしれません。

監督のイーサン・ホークは、人生の折り返し点に立ち、役者として、クリエイーターとして、ハリウッドで生きることに行き詰まりを感じ、悶々としていたそうです。彼がシーモアさんに出会い、いかに生きるかを知り、シーモアさんの素晴らしさを多くの人に知ってほしいという思いで映画を制作しました。魑魅魍魎が跋扈するアメリカ映画界にいながら、真面目で誠実な彼の姿勢が伝わってきます。

真剣に一つのことを極めようとしている人の言葉と、シーモアさんが紡ぎ出すゆったりとしたピアノの一つ、一つの音を味わってもらいたいものです。音楽と共に生きる、こんなにも豊かな世界があるのだと。

「夜空の星座が普遍的秩序を目で確認できる証拠ならば、音楽は普遍的秩序を耳で確認できる証拠と言える。音楽を通じて、我々も星のように永遠の存在になれる。音楽は悩み多き世に調和しつつ、語りかける。孤独や不満をかき消しながら。音楽は心の奥にある普遍的真理、つまり感情や思考の底にある真理に気づかせてくれる手段なのだ。」

と文章にすると堅苦しいのですが、シーモアさんは、ゆっくりとした口調で微笑みながら語りかけてくれます。

圧巻はラスト、35年ぶりに開かれた小ホールでのコンサート。ピアノの向こうにはNYの街並みが見える所で、シューマンの「幻想曲」を弾くところでしょう。(6月に発売されるDVDには、そのフルバージョンが収録されているとか)心が解放される瞬間です。クラシックをあまり聴かない人も大丈夫。ひたすらシーモアさんの滋味豊かなピアノの世界を楽しんで下さい。

エンディングの彼の台詞が素晴らしい!!漫画家のさそうあきらが「あんな言葉を残して僕は死にたい」には100%同感です。GW、映画を見に行く予定のある方にはラインナップに入れて欲しい一本です。

 

★勝手ながら、5/8(月)、9(火)連休いたします。

 

兵庫県出身のイラストレーター&画家の下田昌克に初めて接したのは、雑誌「Coyote」最新号(スイッチパブリッシング700円)でした。特集は「アフリカの南」で、この中に彼のアフリカ滞在日記「SOUTHER   AFRICAN DIARY」が載っています。

「アフリカのずーつと下 雲のない空 波のない川」と書かれた最初のページのアフリカ象のイラストに目を奪われました。大草原を行く象が、子供の絵のような無邪気さで描かれています。ページを捲ってゆくと、彼がジンバブエ、ボツワナで出会った人達のスケッチに出会います。これが、いいんですね。やわらかいクレパスのタッチで、アフリカらしい眩しさと、おだやかで滋味深い表情で描かれた人たち。中でも、丸太を削ってカヌーを作っている男性のポートレイトが好きです。

「WILDLIFE野生動物の教え」では、アフリカの動物たちのスケッチが、ペンでさらりと描かれています。この作家の作品は、特集だけで終わりでしたので、面白い作品集ないかなと探していたら、いいのがありました。

谷川俊太郎とコラボした「恐竜がいた」(スイッチパブリッシング/新刊1728円)です。真っ黒な表紙に、描かれた恐竜のユーモラスな姿だけで、この本、面白い!と思ってしまいます。

「ほりだされたほねから なんぜんまんねんまえのほねから すがたかたちをえがくことはできる でもきょうりゅうのこころはみえない かんじることがあったのだろうか かんがえることがあったのだろうか うまれたばかりのこどもをみて だまってかがやくほしぞらをみて それともにんげんだけのものなのだろうか かなしみもおそれもあこがれも」

という谷川の詩と共に、下田の恐竜が闊歩します。ユニークなのは、自作の恐竜の骨のかぶり物を冠って、作品とコラボし、同じ空間で戯れているところです。ユーモラスで、躍動感のある画面になっています。ラストページでは、始祖鳥と人間の大合唱が聞えてきそうな楽しさです。