1988年「タイムマシンにお願い」で漫画家デビューした杉本亜未。SFから時代劇まで幅広い作品を送り出してきた彼女が、映画大好きいっぱいの本「CINEMA TAMASHII! 」(ミニプレス/1200円)を出しました。

一言でいえば、笑えます!!

さすが漫画家だけあって、取り上げられた映画のキャラクターを魅力的に描いています。「『コリアンジウム』熱いストーリーに燃え、いい男のオンパレードに萌える、あふれる映画愛を描いたイラストを一堂に」という見出しで、韓国映画から始まります。

私も最近観ましたが、血だらけ、オカルトどろどろ、後味が最高に悪いのに傑作だった(?)映画「哭声/コクソン」に登場する不気味度世界一の國村凖のフンドシ姿のイラストは、お見事。「ふんどし ふんどし一丁で山の中にいるんですよ」てっいうキャプションも最高です。

昨年劇場で観たゾンビ映画「新感染ファイナルエクスプレス」の紹介では「釜山行き、KTXにゾンビウィルス患者が乗って、アッというまにお客様がゾンビに!ワクワクする展開でテンポ良く進みゾンビも元気で良くて楽しかった」と、大喜び。

イラストや文章で、ちょっと観てみようかという気にさせてくれます。かなり好みが偏っているので、そういう気にならない人もいるでしょうが、真面目な映画評論ではなく、映画好き女子が、キャー!ワー!ムフフと、泣いたり、驚いたり、うっとりしたりして映画を楽しんでいるのを一緒に体感できます。

もう一冊、”笑える”映画本をご紹介。

繁華街で因縁を付けられた著者が、逃げるように飛び込んだ映画館で、上映されていたのはスプラッタ映画『悪魔にいけにえ』。「その怖さに(同時に”痛さ”に)驚き、冒頭の30分くらい、女の人が犯人のフックに引っかけられるシーンでもう我慢できず。『うわーっ』と叫びながら立ち上がって、映画館を出てきてしまったのである」

これ、音楽家細野晴臣「映画を聴きましょう」(キネマ旬報社/古書1400円)の一節です。日本の音楽シーンをリードしてきた細野の、映画音楽を中心にした本だけに、マニアックな情報満載かと思いきや、案外オーソドックスな内容。音楽家を描いた映画のベスト1が「五つの銅貨」(59年)、2位が「グレンミラー物語」というのですから。

ところで、映画館から逃げだした彼は、その後どうしたか。

「その怖さに負けた自分がくやしかった。それがきっかけで、ホラー映画から逃げずに、むしろ積極的に観に行くようになったのである。」とか。偉いなぁ〜。

 

★4月9日(月)10日(火)連休いたします。

4月11日(水)から、京都の出版社ミシマ社の展覧会『ミシマ社と京都の本屋さん』を開催します。

 京都の本屋さんマップをレティシア書房の壁に作り、刊行した書籍や制作資料も展示します。お楽しみに!

 

 

「CARAMEL PAPA   PANAM  SOUL  IN  TOKYO 」(CD/廃盤3000円)というオムニバスアルバムは私のお気に入りの一枚です。70年代の日本のシティミュージックを代表する大貫妙子、鈴木茂、細野晴臣、松任谷正隆などの名曲が20曲収録されています。

70年代後半、私は西武百貨店と西武グループが演出するバラ色の世界に、かなり影響を受けていたと思います。豊かで明るい社会で、お洒落に、知的に、好きな事をしながら暮らしてゆく、その眩しさに酔わされていたように思います。大学生の5年間このデパートでバイトしていましたし…….。

収録されているミュージシャンたちが皆、西武グループが作り出した「おいしい生活」のために歌ったわけではないのですが、こうしてまとめて聴くと、あの時代のシティーミュージックは、そんな生活への憧れがベースにあったのかもしれません。それまで、音楽トレンドの主流にあった私小説的な、いわゆる”四畳半フォーク”の貧乏くささにヘキエキしていた私にとって、甘く切なく、アメリカ音楽の洒落た音楽センスが一杯の曲は飛びつきたいほど魅力的でした。

松本隆作詞、鈴木茂作曲の「微熱少年」はこんな歌い出しです。

「俄か雨降る午後に 体温計はさみ 天井の休日 ゆらゆらと揺れて溶け出した 窓のガラスを叩く 野球帽子の少年の ビー玉を石で砕いては 空に撒き散らす」

カッコいい!日本語でここまでセンスのいい曲ができるんだ!と驚いた日を思い出します。

この時代の音楽を語るとき荒井由実(松任谷由実)は、はずせません。このアルバムの最後に、彼女の傑作「航海日誌」という曲が収録されています。しかしここでは、鈴木茂、細野晴臣、彼女の夫の松任谷正隆がメンバーだったグループ「ティン・パン・アレー」が、ボーカルなしでインストで演奏しています。

原曲はスローなテンポで哀愁漂うサウンドなのですが、細野晴臣はブラジリアン感覚一杯に編曲しています。個人的には、ボーカルなしのこのアレンジがベストです。松任谷正隆のキーボードがなんともメランコリックで、明るく楽しかったあの時代へとすーっと連れていってくれます。曲のあたまに、波の音、汽笛が入いり、チリンという自転車のベルの音。それなりの会社に就職して、横浜あたりのマンションに住んで、休日には自転車に乗って、綺麗な彼女とクラブサンドイッチをほうばる、みたいな、今振り返れば阿呆かと思えるような若い日の妄想が甦る曲です。

ラスト、もう一度自転車のチリンという音で音楽は終ります。「夢は終わましたよ」と、言われたみたいです。

 

 

 

 

 

 

「ぽっくりと盛り上つた二つの乳房が、歩くたびに、踊るのは別として、くびれた胴からものう気にひろがった腰のふくらみには眼を見張るだろう。その広さの中に海あり山あり、谷ありして、男を迷宮の内にさそい込んで了う。」

これ、日本画家、東郷青児の「窓から飛下りた薔薇」という短編に登場する樹里という女性を描いた文章です。「戀愛譚 東郷青児文筆選集」(創元社/古書1800円)は、神秘的な女性像を描く東郷が、少女の生態や恋愛をテーマにした文筆作品を集めたものです。

ご紹介した「窓から飛下りた薔薇」は昭和27年に発表されています。さらに遡って、昭和11年「星のハウス」で、こんなモダンでセンスのいい文章を書いています。

「『こんな春はまたとない』アド・バルンの広告文字が少し煙った空にゆらゆらとゆらめいている。流行歌の題だ。しかし私は、お目出度くうなづきながら、『またとない春』の中を泳ぐ心地で銀座をぶらついている。うす色の女の襟巻がなまぬるい風に弄ばれて、いたづらつぽいささやきが耳につく」

東郷の絵画にまつわるエピソードで、「香水を一滴たらして画面全体に夢見るような雰囲気をもたらす。」という表現があると解説で述べられていましたが、文章もまた、官能的、幻想的、少女趣味的なものが一体となって、まさに夢見がちな世界を表現しています。

「月の光が私の寝室にあふれていた。水のやうな月の光は私の羽根ぶとんを透して水のやうに私の心臓へしみ込んだ。月の光はそれ自体が女性であるから私はその光によってあやし気なまぼろしを描きつづけたのであらう。」なんて、「よるとひる」に出てくる文章は、東郷ワールドの極みですね。

東郷は若き日、竹下夢二夫人たまきに頼まれて、文具などの商品の版下にするために夢二の画集から絵を写す作業をしていた時期があります。このたまき夫人も、「夢二の家」という短編に登場します。「首すじから指の先まで一世を風靡した夢二の絵そっくりで、なんとなく店に集まるファンの連中を夢二の空気の中にとけ込ませてゆくような感じだった。」と書いています。

通俗的!と言ってしまえば、そうかもしれませんが、ゆらゆらと立ち上るエロスの香りに浸れます。もちろん、夢二のイラストも収録されています。ミュージシャンの小西康陽が「恋愛を人生の総てと考える人々」というタイトルで寄稿しています。

これで東郷に興味を持たれた方には、愛人だった宇野千代が書いた「色ざんげ」もどうぞ。

「雑誌Spectator41号」(古書/600円)は丸ごと「つげ義春」でした。この中で、無名時代の彼と親交を結び、貸本漫画の世界で試行錯誤してきた遠藤政治氏が、かつてのつげをこう語っています。

「いずれにしろ、あの時代は食えなかったけどバカみたいに真剣だったですね。僕はつげと永島(注:漫画化の永島真司)のおかげで貴重な経験をさせてもらったね。二人が偉いなと思ったのは、二人とも結局短編作品で生きてゆくわけでしょう。僕はそれに反対して、つげにも『それじゃ食えないだろう』って言ったんですよ。でも二人ともそのまま描き続けましたよね。心の奥深いところで、人生をかけて創作するというか。偉いですよ、あの二人は。」

「人生をかけて創作」した作家だからこそ、今も輝いているのですね。個人的に若い時は、貧乏くさいつげ漫画は苦手でした。最初にいいなぁ〜と感じたのは漫画ではなく、紀行文集「貧乏旅行記」(晶文社/古書950円)でした。「世の中の裏側にあるような貧しげな宿屋を見ると、私はむやみに泊りたくなる」という性格の作家が、ふらりと宿場や錆びれた漁村、鄙びた温泉を巡った記録です。

1989年。つげ52歳の時、「山奥でひっそり独居することをこの数年来夢想していて、近ごろ旅に出ると隠棲するにふさわしい場所探しもついでにそれとなくしてみたりしている」

52歳で繁栄にも名誉にも後ろ向きな姿を読んでから、この作家の描く世界がぐっと自分に近づいたと思います。

Spectatorには、三つの漫画が収録されています。「退屈な部屋」は、タイトル通り”退屈”を漫画化したような世界ですが、人生盛り上がりも、盛り下がりもせずに淡々と生きてゆく幸せが描かれています。なんだか、はっぴいえんどが歌う世界に似ています。

2017年、つげは日本漫画協会賞大賞を受けたのですが、贈呈式当日蒸発します。その一週間後戻ってきたつげは、こう言いました。

「僕はわりと昔から嫌なことは逃げるんです」

つげ関係の本で、一点レアなものが当店にあります。昭和53年、限定1000部で北冬書房から出た「つげ義春選集」(古書/ナンバリング入3000円)の第六巻で初期作品集です。少女マンガの原型とも言える「愛の調べ」、まるで西部劇みたいな「怒れる小さな町」などが収録されています。

 

 

 

関川夏央の「寝台急行『昭和』行」(NHK出版/古書700円)は、”鉄ちゃん”関川の鉄道愛溢れる一冊ですが、決してオタクっぽい鉄道の本ではありません。ここに登場するローカル線に乗って、沿線の風景に出会いたいと思いました。

「昭和」を探す旅をしませんか、という編集者の誘いで始まった企画で、関川は各地へ向かいます。「私が好むのはローカル線のローカル列車である。ローカル線ならどんな線でもおもしろく感じられるが、とくに山越えをする線がよい。」という彼と一緒に、読者を線路沿いの懐かしい景色に出会う旅へ誘います。

新幹線とか、特急には何の興味もない著者ですが、「愛着はないはずなのに、鉄道公園で雨にそぼ濡れた0系22形(注:東海道新幹線の最初の車両)は、捨てられた巨大なネコみたいに孤独で、ふてぶてしく、可憐だった。よく働いたからもういいだろうという顔をしていた。私は、人でも機械でも、よく働いてよく古びたものが好きなのだ」とも書いています。

私も学生時代に乗った急行「銀河」。東京から大阪まで8時間少しで走っていました。「まことに昭和的な速度で夜をくぐりぬける「銀河」だが」と、この列車に乗ったこと、昭和50年代には多くの寝台特急が運行していたことに触れながら、旅は続いていきます。

この本の良い所は、取材にいった場所の鉄道路線の地図が載っていることです。文章と地図で読み進める楽しさを味わえます。その一方で、「鉄道趣味が昨今はブームの様相を呈している。廃止になる寝台特急最後の運行の日の東京駅ホームの混雑ぶりなど、正気の沙汰かと思う。」と批判し、「背景には、昭和戦後への郷愁があるのだろう。」と分析する。疲れるだけの寝台特急の旅が、「成長する日本とともに走っていたという思いが郷愁を誘うのだろうか。」と。

鉄道文学のスタイルを広めた宮脇俊三についての解説もあります。国鉄旅客営業路線208294キロ完全乗車を記録した「時刻表2万キロ」はベストセラーになりました。この本について関川は、

「『汽車に乗ることが好き』といういわば『児戯』をほとんど極限まで追求するまじめさと、それを記述する正確で穏やかな文書にひそむユーモア。そのバランスのよさゆえである。『徒労』も文学化の魅力といってもよい。」と書いています。

宮脇だけでなく、鉄道に縁のある宮沢賢治、幸田文等も登場。「小説中に、汽車を主要な要素として登場させた最初の人は夏目漱石だと思う。」とも。

季節も良し。この本をパラパラ読んで、電車に飛び乗ってはいかがでしょうか?

女性二人が作っているミニプレス「ucaucaうかうか 2」(税込864円)を入荷しました。

「女子後の生き方」というタイトルがついていますが、女子と言われる年代が過ぎて、おばあさんになるまでの間をどう生きたらいいか、を模索しています。その場合の「女子後」は、男性から可愛いと思われたい、出産年齢は過ぎたものの恋愛から結婚という目も捨てきれない年代を指している様です。40歳を過ぎて選択肢や可能性が減って行く焦りや、この先の不安など、どれも解る様な気がします。前向きに頑張って「出来る女」を目指して走ってきたものの、体力の衰えや男性優位の社会の中で、疲れなどたまっていることも多いはず。

「老眼鏡」を「シニアグラス」と言い換えたりして、抵抗する姿も健気です。記事の中の、老眼鏡の選び方の取材で、「とにかく見える眼鏡をください、ではなく、何がみたいのか、が重要だ。」と指摘されたことは、なんかすべてに通じている様な気がしました。見たいものがあるのなら、弱ってきた視力をカバーしてかっこいいシニアグラスをかければいい。年齢で決めるのではなく、自分が着たい服に合わせて、歩きやすい靴を履いて、行きたい所へ出掛ければいい。やりたいことを見つけたら、この歳から…..などど躊躇せずに始めれば良いということです。音楽について、姿勢について、色々なインタビューの中で見つけた言葉が、生きるヒントになりそうです。この年代の生きて行く悩みや迷い、本音を、正直に語り合ったミニプレスは珍しいかもしれません。面白い切り口だと思います。

可愛いいフリをしなくてもよくなった分、自分を肯定して、少し自由になった時間を楽しめばよいだけ。歳をとっていく自分と怖がらずにつきあっていきましょうよ。と、女子の成れの果てになった私などは思いました。物や情報の溢れる時代に生きてきた女子たちは、思っている以上にそれらに振り回されてきたのかもしれません。

「女子」と言えば、神戸発ミニプレス「ほんまに」(476円+税)の最新号の特集は「わたしたちの少女文化」ですが、その中でも「タカラヅカ」が大きく取り上げられています。

宝塚歌劇でしかあり得なかった大ヒット作「ベルサイユのばら」の、少女マンガと宝塚との幸福な出会い、ジュンク堂書店神戸さんちか店にある宝塚関連本のコーナー、宝塚初心者の夫を連れて観劇したエピソード等々、宝塚ファンでなくても面白い話が満載です。それに加えて、少女画の巨匠高橋真琴さん(宝塚歌劇ファンです)と、高橋さんが尊敬する画家石阪春生さんのインタビューも素敵でした。(女房)

 

 

 

1900年代初頭に活躍した、アメリカの詩人ロバート・フロストの作品は、口語的で清貧なスタイルを持っていて、今でもアメリカ人に暗唱され、愛されています。特に、ニュー・イングランド地方の自然をテーマにした作品に秀逸なものが多くあります。

“Stopping by Woods on a Soney Evening”(雪降る宵、森に佇みて)を題材にして、スーザン・ジェファーズの繊細な鉛筆画が素晴らしい「白い森のなかで」(ほるぷ出版/古書800円)を入荷しました。

「この白い森はだれの森」で始まる詩に、雪深い森の奥から馬車に乗ってやってくる老人が描かれています。静まりかえった森をみつめる老人。彼のことを知るのは森に生きる動物達のみです。

「家もないのにたちどまる わたしを子馬はふしぎがる」一面真白な世界の向こうに、ウサギ達や鹿の姿がうっすらと見えています。「森と こおった湖の あたりをつつむ この年の いちばんみじかい日のくれに」、老人は動物達の食べ物を置いて去ってきます。

「ほかにはやさしい風の音 吹きすぎる風の音ばかり 雪の花びら ちるばかり 森はしづかにくれてゆく くらく やさしく かげがふく」

静寂だけが支配するこの世界を、詩句と絵が見事に美しく表現しています。

「けれども わたしは 約束を まもらなければなりません」

村に立ち寄った老人は、ほんの一時村人と交流をかわした後、「約束をまもるために もういかなければなりません。眠りにはいるまえに」という言葉を残し、村を去っていきます。

「もういかなければなりません。眠りにはいるそのまえに」という言葉と共に、雪の降りしきる森の奥に消えていきます。この「約束」って何なのかは、読んだ者が想像するしかありません。

日本はこれから暑い季節へと向かう時に、季節外れの本かもしれませんが、心の奥深くに染み込む静謐な世界に浸っていただきたいと思いました。

スーザンは「木の枝々や、そうしたものの存在する空間について語りたかったのです。そして雪嵐の静寂や、わたしがそのなかにふみだすときに感じる”永遠性”についての感覚などの印象をかきたいと思いました」と述べています。

森のすべてはモノクロで描かれる一方、老人や子供たちの服には色彩が加えられ、冷え冷えとした森の佇まいと、体温の温もりの対比が見事です。吹雪く森の彼方に消えてゆく老人の姿を、いつまでも見送りたくなる絵本です。

 

 

ヒエロニムス・ボスと聞いて、あっ、あの気色悪い絵を描く画家かと思われる方もあるかもしれませんね。

人物像はおろか、生年月日すら不明。後年、ブリューゲルやダリ、マグリットなど多くの画家に影響を与えた謎の多い画家ですが、肖像画も残っていないそうです。緻密な描写で、天国と地獄を所狭しと描いた代表作『快楽の園』に着目し、奇想天外なボスの世界を、ドキュメンタリーにした映画「謎の天才画家 ヒエロニムス・ボス」を観てきました。

「快楽の園」は、1490年から1510年の間のいずれかの時期に描かれたもので、スペインのプラド美術館に所蔵されています。

奇々怪々、グロテスクに満ちていながら(写真左上)魅力的な作品で、いつまでも魅入って佇んだり、その描写に思わず笑っている人や、あっけにとられている観客を映画は捉えています。作品を巡って美術史家、作家、哲学者、音楽家、アーティスト達がそれぞれに熱い思いを語っていきます。それにしてもです、映像で捉えられた「快楽の園」の細部をじっくりと見ていると不思議な感覚になってきます。

エロチックであったり、オカルト風であったり、スプラッタ風であったり、これはギャグか??と思わせたりと、様々な場面がぎっしり充満しています。ボスが、誰のために、何のためにこの作品を描いたのか、全く不明です。描かれている世界が天国なのか、或は地獄なのか、多くの論争を巻き起こしましたが、これもまた不明のまま。ただ、何でもありの世界をじっくりと見た人が皆、それぞれの物語を語りたくなってくるのです。

平凡なセンスを吹き飛ばすボスの作品に一度トライしてみて下さい。

映画「謎の天才画家 ヒエロニムス・ボス」の優れているなと思ったところは、監督が選んだ音楽が完璧に画面にマッチしていることです。ジャック・ブレルのシャンソン。エルヴィス・コステロの「オベロン・アンド・ティタニア」。「快楽の園」の世界をそのもののようなラナ・デル・レイの唄う「Gods&Monsters」。カール・リヒターのオルガンで、「憐れみたまえ、わが神よ!」等々、クラシックから現代のロックまで、その選曲のセンスに脱帽しました。

日本各地の素敵な村を紹介する新聞「日本で最も美しい村連合」(450円)の最新号は、北海道の鶴居村。毎年当店でのネイチャートークでお馴染み「ヒッコリーウィンド」オーナー安藤誠さんの牙城です。ページを捲ってみると、やはり大きく掲載されていました。

鶴居村は、北海道道東。阿寒湖と釧路湿原の間に広がる人口2500人程の小さな村です。村の名前通りにタンチョウと人々が共生しています。この地にロッジ「ヒッコリーウインド」をオープンして20年。安藤さんは「鶴居村は、鶴が居る村ではなく、正確には『鶴が選んだ村』。自分の住む村を大切に思い、誇りを持つことにリスペクトできているかが重要です。」と村への愛情を語っています。田舎に暮らす子どもたちの意識を変えることが重要であり、「いったん、外に出てもいいから、また戻ってきたくなる村にする。大事なのはタレントやオリンピック選手ではなく魅力ある村民を輩出すること」が、村を良くしてゆくのだとも。

ほかにも魅力的な人が住んでいます。小説「大草原の小さな家」に憧れて、ゲストハウス「ハートンツリー」を営む服部さんご夫婦。創業100年を迎えた老舗ホテルのオーナー和田さんは、宿泊客を連れてネイチャーガイドを行い、必ずタンチョウが見えるスポッットまで連れてゆくそうです。

鶴居村周辺の大きな地図には、この地に棲息している動物達が紹介されています。キタキツネ、エゾシカ、エゾユキウサギ、エゾヒグマ、オジロワシ等々。私は、ここで日本最大の猛禽類オオワシを見ました。もう堂々たる姿。夏のご旅行のプランにぜひ加えて下さい。

一方、高知発のフリーペーパー「とさぶし」最新号も入荷しています。「地域の名のつく種」として、各地で、種を採り、植え、収穫してきた作物が紹介されています。それらの作物が収穫されている地域の名前を冠にした野菜ばかりです。田村かぶ、大豊在来きゅうり、中追大根、潮江菜、日南のぼたなす、下知ねぎ、大道の昔高菜、本川じゃがいも等々が、生産者の方々の顔とともに掲載されています。どこで生産されているかの地図もあります。

 

長野県下諏訪町の「ものつくり開発室 ゴロンドリーナ」による『ルアトタウンのとあるモノたち』展が、当ギャラリーで始まりました。

ルアトタウンとは架空の町の名前。「ル・ア・ト」つまり「と・あ・る」町の住人で、木工を生業にしているゴロンさんが作る家具やドアの数々。ルアトタウンの人々は、我々よりずっと小さなサイズなので、ゴロンさんが作るモノたちは、ミニチュアと呼ばれます。小さな本屋の木の棚に並んだら、なんとも暖かで幸せな空気が漂いました。

洋服屋さんには、一つ一つ作られた小指の爪くらいのボビン(写真右)が置かれています。展示のために、その小さなボビンが箱から取り出されて、一個一個棚に並べられるのを見た時、可愛くてキュンとなりました。ゴロンさんのアトリエ(写真右下)の設計図や道具は、いまさっきまで作業をしていたゴロンさんの気配を感じます。

そして、ルアトタウンにある小さな路地のガス灯と自転車(写真左上)、パン屋さんやアパートの扉など、絵本から立ち上がってきた様な世界がリアルに広がり、次から次へとお話を綴っていけそう。高い技術力が、想像の翼をどんどん広げてくれます。

木のボトル型ブローチ(1080円)、ボトル型小物入れ(3024円)、ボックス(1836円)など、即売もしています。作品はご注文を受け付けています。1〜2ヶ月でお届け出来るということです。(手づくりのため少しお時間頂きます。)

ゴロンドリーナはスペイン語で「つばめ」を意味するそうです。ものつくり開発室長で製作者の古川千恵子さん、製作助手兼広報担当の古川賢悟さんは、二人共スペインに縁があり、さらに工房を設立する際、軒下につばめが巣を作ったという、二つの縁を大切にしたいという気持ちから工房の名前に選ばれたとか。

2016年京都恵文社のギャラリーで、初めてルアトタウンを見た時、可愛いけれど甘くない雰囲気と木の美しさに魅かれました。そこで「市内で小さな本屋をやっていますが、その小さなギャラリーで作品展をしていただけないか」と、声をかけてしましました。

桜の季節に、お二人が、8時間をかけて長野から京都へ幸せの町を運んできて下さいました。まだ、ルアトタウンにであっていない方々に、ぜひこの素敵な物語の世界を覗いていただきたいと思っています。京都の街中は、花盛り。お散歩のついでにぜひお立ち寄り下さい。(女房)

 

ものつくり開発室ゴロンドリーナ「ルアトタウンのとあるモノたち」展は3月27日(火)〜4月8日(日)

 12時〜20時 (最終日18時まで)月曜定休日  (作家在廊日は3/27と4/8)