結構人気のある300円均一コーナーに、大量に商品が入ったので、全面入れ替えをしました。

今回は函付きの文芸書、エッセイが沢山ありました。これを機会に、重厚そうな本を一冊、机の前に飾って”眺める読書”をされてはいかかでしょうか。無理して読まずとも、置いておくだけで、本の方から何か伝わってくるかもしれませんよ。300円はお得です。

集英社が出した吉田健一著作集から、「シェイクスピア物語/文学概論」と「英国の近代文学/ひまつぶし」がありました。「シェイクスピア物語/文学概論」には帯が付いていて、そこに吉田健一の横顔のイラストが描いてあります。これがよく似ていて、楽しくなります。

高木 彬光が昭和34年に出した、名探偵大前田英策の活躍を描く「断層」という推理小説も函入りです。函の表紙は鍵束のイラストで、これ刑務所の鍵束なんですが、かっこいい表紙です。推理小説が函付きなんて、今では想像も出来ませんね。

同じ函入りでも、森茉莉エッセー集は、少し小振りな、お洒落な感覚です。雰囲気のある装幀なら、森田たまの「花菖蒲」という短篇集。昭和14年発行の本で、それなりの古さとなつかしさを持っています。全11編の短篇集で、外出時に持っていっても、負担にはなりません。

海外文学もあります。こんな全集出てたんですね。「現代フランス文学13人集」というタイトルで全4巻。そのうちの3冊があり、収録されているのは、カミュ、ソレルス、ジュネ、ロブグリエ、クノー、ベケット等々です。カミュは「異邦人」が収録されているのですが、青鉛筆と赤鉛筆で方々に線が引かれています。

「彼女は僕に愛してくれるかときいた。それは何の意味もないが、たぶん愛していないだろうと僕は答えた。」なんて箇所への線引きは、なんとなく分かるのですが、「僕は野犬の収容所は三日間は保護した犬を所有者の請求があれば返すが、そのあとでは適当に処分してしまうのだといった」に線があると、??と思ってしまうところは、痕跡本ならではの面白さですが。

デザイン関係を学んでおられる方には、これ必読の一冊が、なんと200円!ニコラス・ペヴスナー著「モダン・デザインの源泉」(美術出版社/初版)。中身はとても綺麗で、本来2000円程度の値段が付くのですが、前半に赤のボールペンで線引きが何カ所もあります。定規を使った線は、読むのには問題ありませんが、後半、お読みになった痕跡がないところを見ると、半分で力尽きたというところでしょうか。 

 

 

日本の小さな出版社の本を流通させている会社と、取引を開始しました。第一弾は、先日ご紹介した「原民喜童話集」でした。そして、第二弾。

先ずは、隣の滋賀県のお菓子メーカー「たねや」が、出版した写真集「この建物お菓子屋です」(たねやグループ3780円)です。藤森照信の設計による建物と、広大な森を中心にした「ラコリーナ近江八幡」の全貌を撮影した本です。たねやグループは、明治5年近江八幡に創業した老舗菓子本舗です。里山と水郷の広がる広々とした土地に、不思議な建物と、そういえば昔みたことあるよなこんな風景、という世界が広がります。同グループの現CEO山本氏は「土と水と風。お菓子の素材のすべてはこのような自然に恵みによるものであることは言うまでもありません。」と語り、その自然の姿に学ぼうと「ラコリーナ近江八幡」を作ったそうです。行ってみたくなりますね。

 

絵本作家、荒井良二の本を二作品入荷しました。

目黒実の文章とコラボした「鳥たちは空を飛ぶ」 (アリエスブックス1728円)と、いしいしんじ「赤ん坊が指している門」(アリエスブックス1080円)です。前者は、何故鳥は空を飛べるのかという物語です。表に「希望に向かって逃げろ!」というシールが貼られています。その意味を、荒井のハッとする色彩と一緒にお楽しみ下さい。

「飛ぶことによって、さらに鳥たちが得たものは 空と対話する言の葉、風の旋律を聞き分ける力。山や海を渡る術。それはやがて、詩となり、歌となり、舞となって 高みへ飛ぶための、心の翼となりました。」

より高みへと飛翔する鳥たちの、楽しそうな姿を描いた荒井の絵が心に残ります。プレゼントにも最適です。

もう一点の方は、いしいしんじが書いた「門」に関する6編の小説に、荒井の絵が素敵な作品集です。微妙に交差するアブストラクトな線、そして「山に問う。わたしは、問いかける」という文章に添えられた山の強い稜線が、印象的です。

書店ではあまりお目にかからない新刊本を、これからも紹介していきます。

 

 

 

開高健と言えば、60年代のベトナム戦争取材を通して描かれた「輝ける闇」「夏の闇」などの長編を読むのが王道なのかもわかりませんが、内容の濃さゆえ、ちょっと遠慮したくなります。

しかし、サントリー宣伝部在籍の体験をもとに書かれた短編「巨人と玩具」など初期作品は、スラスラと読めました。敗戦後の闇市を生き抜く青年を描いた「なまけもの」、ベトナム戦争を巡るエッセイや東京の街角をスケッチしたものを収録した「開高健初期作品集」(講談社文芸文庫/古書1400円)もお薦めです。

「巨人と玩具」は、1958年単行本として出版された後、直に増村保造がメガホンを取り、大映で映画化されました。原作を読む前に、私はこの映画を観ていて、成る程、宣伝業界の熾烈さとはこういうものなのかと教えてもらいました。物語は、大手菓子メーカーの新商品売り出しキャンペーンに、ズブに素人の女性が抜擢されるところから始まります。ライバル会社を出し抜く宣伝部員たちが疲弊し、焦燥してゆく姿が描かれる、いわば企業小説です。

映画版では、ヒロインを野添ひとみが天真爛漫で、奔放なスタイルで演じていましたが、原作は、もっと不気味に変身してゆく姿をリアルに描いていきます。

「デニムのズボンや破れかけたサンダルをぬぎすて、髪をオキシフルで染め、コーセットのたがの味をおぼえ」華やかな世界へと飛び出します。

「彼女は駅前広場から遠ざかり、満員電車の男の筋肉の固さを忘れた。ライトを浴び、レンズにしのびこみ、揮発性の抒情でたっぷり味付けしたワルツにのり、薄暗がりにひしめく女の瞳と体臭と拍手を呼吸した。彼女は舞台にでるとぎらぎら光る川のなかで笑い、熱い埃りを吸いこみ、無限の小さな渦を巻きつつ、会釈して、消えた。」

彼の宣伝マン時代の経験が色濃く反映されている小説です。売上げという数字に踊らされる男たちの疲労感を尻目に、ある日突然、スポット輝く舞台に引き上げられた女性が、さらなる欲望に取り憑かれてゆく姿が印象に残る作品でした。

 

 

 

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正木香子の「文字と楽園」(本の雑誌社/古書1100円)を読みました。

ぐっとくる本とか、しみじみした感情に包まれる本、あるいは迫力に押しつぶされそうな本は沢山あります。けれども、愛しい気分にさせてくれる、読み終わった後も書架から出して、表紙をそっと撫でてみたくなる本は、あまりありません。これはそんな貴重な一冊でした。

サブタイトルの「精興社書体であじわう現代文学」とあります。精興社は1913年、東京活版所として設立された印刷会社です。。活版印刷の品質の向上を目的として、新しい書体を開発し精興社タイプと呼ばれる、細身の美しい書体を作り上げました。

古くは、1958年から83年まで25年間、串田孫一が創刊した「アルプ」の活版印刷を担当していました。岩波書店をはじめ、多くの出版社で採用されています。例えば村上春樹「ノルウェイの森」、川上弘美「センセイの鞄」、吉田篤弘「つむじ風食堂の夜」、あるいは三島由紀夫「金閣寺」と、読書好きなら一度は出会った書体です。

著者は、この文体が使用された本を十数本選び出して、美しい文字が作り出す世界を教えてくれます。吉田篤弘の「フィンガーボウルの話の続き」に入っている短編「白鯨詩人」をあげながら、こう書いています。

「この本には、文字を目で味わう楽しみがあふれている。物語が料理だとするなら、背後にある皿の美しさの「ほう」と見とれる瞬間がある。でもそれはまぐれや偶然で起きることではない」

作家が紡ぎ出した無数の言葉に命を吹き込み、読者に伝え、言葉の彼方の世界へと連れ出すような書体。その魅力を持っている精興社書体への思いが、ピックアップした本への愛情と共に語られていきます。

個人的にこの書体に着目したのは、新潮社が発行する海外文学シリーズ「クレストブックス」でした。新潮社装幀室が手掛けた、毎回変化する美しいブックデザインと、本文の読みやすさに魅かれました。それまでの、他社のお堅いイメージの書体による翻訳物は、ちょっと苦手でした。クレストブックスの流れるような美しさは、海外文学初心者には、ありがたかったです。創刊から2010年まで編集を担当した松家仁之は、「文字と楽園」によると、最初から精興社ありきで考えていたらしいです。

日頃、何気なく本を開く私たち。どんな字体を使用しているかなんて気にしている人は少ない。しかし、読んだ後も心に残り、再び読もうとする本は、人の半生と同じくらいの歳月を生き抜いた、精興社書体のような日本語書体の偉力なのかもしれません。

 

今年発売された、全500ページの大長編小説、川上弘美の「森へ行きましょう」(古書1300円)は、とてつもなく面白い小説でした。

1966年ひのえうまの同じ日に生まれた留津とルツ。二人がこの世に生まれた日から、60歳になるまでを描いています。留津0歳、ルツ0歳という風に交互に、二人の女の子が、少女から大人へと成長し、老年期になるまでの人生。読者は、ある時は俯瞰で、ある時は彼女たちに寄り添いながら、見つめていきます。

彼女たちの前には、進学、就職、結婚、妊娠と多くの岐路が現れ、その都度、選択して後悔して、の繰り返し。人生の分岐点で、彼女たちの選んだ道は、もちろんこの二人だけに限ったことではなく、すべての女性に関わる道です。

男の立場からは、こんな描写は理解を飛び越えていると思う場面に遭遇しました。

「体が子どもを生みたがっているような気がしたのよね」

40才を過ぎ、不倫関係を続けていたルツが、突然に持つ感情です。

「どこから湧いてくるのか、まったくわからない。激しい欲望だった。田中涼と体をあわせる時と同じくらい熱いものが、ルツの体の中をかけめぐっていた。『なに、これ』ルツは仰天した。」

ここだけではなく、多くの場面で、恐ろしい程の女性の生きる強さに驚愕しますが、女性の立場から見れば、えっ?そんなん当たり前じゃん、とフツーに反応されそうです。元々、本小説は、日経新聞夕刊連載を単行本にしたものです。世のおっちゃん御用達の日経に連載されていた当時、多くの男性読者は、どんな風にこの二人の人生を見つめていたんでしょうか。そっちも興味あります。

それ程までに、圧倒的な描写と構成で迫ってくるのですが、最後の方、正確には477ページの「2017年 留津五十歳」の展開には、えっ???????????私の小さな脳みそは大混乱。読み違えたのかと、何度も読み直しました。とんでもないどんでん返しが準備されているような、そうでないようなエンディングです。二人が不幸せであるわけではありません。このラスト、社長室で、新聞を読んでいた社長など、おそらくお茶をこぼしたでしょうね。

私はこのラストが不愉快でも、面白くないとも思いません、ただ、混乱し、理解できないのです。なので、今年のベスト1は、今読んでいる松家仁之「光の犬」(新潮社)に譲りました。書評家の岡崎武志さんはブログで、この作品を高く評価されていましたが、あの結末をどう理解されたのか聞いてみたいです。

 

映画館で観たい映画ってありますよね。

古くは「アラビアのロレンス」「2001年宇宙の旅」「地獄の黙示録」「未知との遭遇」そして「スターウォーズ」と、大スクリーンで、響き渡る音響の中に身を置いてスクリーンを凝視することで、その映画のスゴさを理解できる映画。

「ブレードランナー」の続編として製作された「ブレードランナー2049」もそんな一本でした。映画が始まってすぐに広がる未来のLAの都市の姿など、小さい画面で観たら、その迫力なんてさっぱりわかりませんね。

先ず、この映画、言葉で書かれたシナリオの世界を、よくもまぁ、ここまで映像化したもんだと驚きました。最先端のCG技術を駆使しながら、意匠デザイナー、セットデザイナー、美術監督、色彩コーディネーター等々多くのプロが作り上げた2049年のLAの姿を堪能してください。

そして、CGは凄いが中身からっぽの大作が多い中、深い物語性をきちんと備えていました。前作「ブレードランナー」は、反乱した人造人間(レプリカント)を追いかける捜査官を描いた単純なストーリーでした。今回も、そんな感じの話ですが、ゆっくりしたリズム(上映時間は2時間半を超えます)で、進行していきます。自身もレプリカントの捜査官Kが、人間に反旗を起こした旧型レプリカントを追い詰めてゆく過程で、自分の頭の中にある記憶を巡って疑問を持ち始めます。私とは何者なのかという問いかけが、とんでもない方向へと向かっていきます。圧倒的な映像美に幻惑さらされながら、私たちもKと共に長い旅をすることになります。

監督は、個人的に今年のベスト3に入る「メッセージ」のドゥニ・ヴィルヌーヴ。「メッセージ」の時も、複雑なストーリーを単純に割り切らずに、不可解な部分を残しながら演出していました。

「ブレードランナー」の下敷きになっている日本のアニメ「甲殻機動隊」は、人間の躰に機械を埋め込んだ人物が主人公です。つまり、生物だった人間が、無生物へと転化してゆく世界を描いています。しかし、「ブレードランナー2049」は、その逆です。人造人間であるはずのレプリカントが子供を生むという、無生物だったはずの存在が生物として存在しうるのかへと向かいます。どちらにしても人間って何?というテーマを内包していることは間違いないですね。

様々な解釈が成り立つ映画です。テクノロジーに満ちた世界を描きながら、雪とか木とか虫が、何らかの意味合いを持って迫ってくる不思議な作品でもあります。もう一回見ておきたい(大画面で)と思いました。

 

 

 

 

 

「獲物を狩るのは面白い。そこにはたしかな興奮と喜びがある。準備を整え、じっと状況を積み重ね、備え、そして訪れた遭遇の瞬間に、すべての感情を封鎖する。精神と肉体は装置となり、絞り込まれるように連動して、破壊の一点に向い集約する。殺生とは相手を殺すことのようで、自分という人間をひととき殺すことだ。」

これは服部文祥の「息子と狩猟に」(新潮社1100円)の一節です。

死体を抱え山に遺棄しにきた詐欺集団の男と、息子を連れて鹿狩りに来ていたハンターが山中で遭遇するというお話です。遺棄の現場を見られた男は、ハンターと息子を殺そうとする、という展開は冒険小説の典型です。そしてその手の小説ならば、山に有利なハンターが、人智を尽くして危機を乗り越えるという風に向かうのですが、これはそうではありません。多分こんなエンディングは誰も考えないでしょう。重い、という言葉が適しているかもしれません。先程引用した文章の最後「自分という人間をひととき殺すことだ」が響いてきます。

この本には、もう一作「K2」という小説が収録されています。こちらは、タイトル通りK2登頂の話ですが、テーマとして浮き上がるのは人肉を食べるということです。カニバリズムというモチーフは、武田 泰淳の「ひかりごけ」など多くの文学に、最近ではメルヴィルの「白鯨」の後日談的なナサニエル・フィルブリックの「白鯨の闘い」にも登場します。「K2」では、登頂に成功した二人のクライマーが、下山途中で遭遇した天候の悪化、雪崩等の自然現象でベースキャンプに帰還できなくなり、偶然見つけた遭難者の死体を食料にするという物語です。ここでは、人の肉を喰らう罪悪とか原罪っぽいテーマが出てきません。圧倒的なリアリティーで、人間の生を描いています。

「『ポケットの脳みそ食べよう』 ポケットから脳みそを出した。ポケットの脳みそは照りだした太陽と体温で溶けはじめていた。」

そこに在るものを食って生きてゆくという事実だけです。著者の服部文祥は実際にクライマーでで、最近は装備と食料を切り詰めたサバイバル登山を行っています。


「bootな金物店主 嘆きの100選」(1890円)という面白い本が9月に出ました。著者は、京都山科にある三木屋金物店3代目店主古川勝也さん。11月23日の京都新聞朝刊に紹介記事が掲載されましたが、レティシア書房では、以前から著者が持ち込んで来られていて、既に売れておりました。本日再入荷したので、ご紹介しておきます。

三木屋金物店は、来年100周年を迎えます。しかし、古川さんは、金物屋自体がもはや絶滅危惧種であるということを誰よりも自覚しつつ、お店にある珍しくも可笑しい商品を改めて解説した本を作りました。読んでみると、著者の軽妙で、皮肉たっぷりの文章が笑わしてくれます。

例えば、「ホースリール」の項。

「誰がこんなこざかしいものを考えたのか。使っている人はみんなものすごいストレスを感じているはず。満足度ワースト1の商品アイテムではないか。ホースはロープとおなじようにヨリや向きがあり、もともとあんなものを巻こうとすること自体ムリがあります。確かに見た目は便利そうで体裁もよく、しかもガーデニングという欧州のライフスタイルをいかにも体現していそうなイメージのためか、人々はホースといえば当然のようにこの巻き取り式を買うのです。(中略)通販である水圧で3倍に伸びる魔法ホースなど新製品も出ていますが、文字通り魔法にかけられた絵空事のようで水漏れ、ホース外れなど苦情続出で即不燃物ゴミ捨て場に直行です。結局は地べたにとぐろを巻いて置くのが一番よいという身もフタもないというのが結論なのです。」とこんな具合です。よくもまぁ、こんな商品作ったもんやと頭を傾げるものもあります。

本は「厄よけ火箸」「包丁」「釜くど」「卵焼き・調理」「やかん・鍋」「掃除」「火打クワ・金槌・左官」「鍵」「昔の家の補修」「昔ながらの良き金物」「鋏」「ノコギリ」というジャンルに分かれて紹介されています。面白そうと思われたジャンルをピックアップしてお読みいただき、これはと思うものを発見したら、ぜひお店に。

包丁のところに「境忠義 総霞研青二・三徳包丁八角水牛ツバ165」という長い名前の包丁が載っています。家庭用包丁の最高峰と評価したあとに、こんな文章が続きます。

「それにしても長すぎる品名。口上多く値打ち付け過ぎです。名前の長さにもイヤミがある。私の嫌いな伝統的工芸品に指定されています。しょせん包丁です。」

誰ともわからない職人が作った、ほどほどの価格で購入できるものこそ、日用品の王道だという著者の考えが随所にみられます。

生活スタイルがどんどん変化して、その速さに追いつかない道具達。道具を使いこなす職人さんもいなくなる一方だし、孫子の代まで使えると書かれた道具も修理するところもなくなる。もはや、どこに使う物かもわからないような希少品、と思うとオブジェのような珍しい形の物も、と言う具合に、古い金物屋の倉庫はワンダーランド。これを読むと、量販店にはないものを探しに、専門店に行きたくなります。

ちなみに古川さんは、現代アーティストとして作家活動をしておられて、視点の面白さ、文章の洒脱なのは、その辺りにも関係しているかも。

 

音楽評論家荻原健太の「70年代シティポップクロニクル」(P・ヴァイン/古書1300円)は、70年代前半が、日本のポップスシーンに大きな地殻変動が起こった時期だったということを、アルバムを紹介しながら論じた貴重な一冊です。

はっぴいえんど、南佳孝、吉田美奈子、シュガーベイブ等々、日本のシテイミュージック創成期でした。そして著者は、73年「ひこうき雲」でシーンに登場した荒井由美を、「流麗な旋律、新鮮な転調、鮮やかな歌詞表現などすべてが驚きだった。」と当時を振り返っています。翌74年には、ユーミンは傑作「ミスリム」を発表し、日本のポップス・シーンは飛躍していきます。

さて、この本からは離れますが、70年代後半にデビューし、山下達郎と結婚した竹内まりやは、1987年「リクエスト」を発表しました。このアルバムに収録されている曲の半数は、当時のアイドルシンガーに提供された曲で、それを楽曲提供者がカバーした、いわゆるセルフカバーアルバムです。中森明菜で大ヒットした「駅」も収録されています。先日TVで、こ曲を巡る番組を偶然に目にしました。番組では、竹内のバージョンと中森のバージョンの差異を取り上げていました。

歌の内容は、かつて付き合っていた男性を車中で見かけた女性が、あの時代をメランコリックに思い出すというものです。竹内は、そんな時もあったよね、あの人を真剣に愛してたんだねと思い出しながらも、でも今は、違う人と新しい生活を始めていて、懐かしい心情で歌います。しかし、中森の方は、今でも思い出を引きずって未練たっぷりに歌い上げます。どちらがいいかは、聴かれる方の好みでしょう。

「ラッシュの人並にのまれて 消えてゆく 後ろ姿が やけに哀しく 心に残る 改札口を出る頃には 雨もやみかけた この頃に ありふれた夜がやって来る」

というラストの歌詞を二人の歌手が、それぞれの解釈で歌うと、違う世界が立ち現れて来るのです。このアルバム「リクエスト」(2000円)が発売30周年を記念してリマスターされて、ボーナストラック6曲を付けて再発されました。80年代青春を送ったあなたに、どんな風にあの頃が甦ってくるのか、是非聴いていただきたいと思いました。 

西子智編集の「ライフ 本とわたし」(ミニプレス594円)の販売を始めました。

何人かの執筆者が、巡りあった本と、自分の人生がクロスしてゆく様を綴ったものです。選ばれている本が刺激的です。宮内勝典「ぼくは始祖鳥になりたい」、リチャード・ニクソン著・星野道夫写真の「内なる鳥 ワタリガラスの贈りもの」、山田詠美「ぼくは勉強ができない」等々、オーソリティある方々がいかにも大御所の本をあげた、という本とは一線を画しています。

宮内の本を選んだ浅野卓夫さん(編集者)は、「自分探しはしない。自分ではない誰かから託された声を記録し伝えること。このときの旅の経験が、のちに編集という仕事を選択することにつながった。」と、宮内の本と自分の南米行きが、その後の人生を決定したと書いています。本が、その人の人生に何らかの影響を与えるって素敵なことですね。

「ライフ 本とわたし」に収録されている写真は、疋田千里さん。老人の手と本とペンを捉えた写真の佇まいがこの本を象徴しています。疋田さんの写真集は、当店でも販売しています。

 

南陀楼綾繁さんの「編む人」(ビレッジプレス1728円)は、様々なアプローチで本を作り続けている人達9人へのインタビューをまとめたものです。「入谷コピー文庫」という、わずか15部しか作らない小さな本があります。編集者は堀内恭さん。ご縁があって、毎号送っていただいていますが、内容が濃いので、楽しみにしています。インタビューでは15部しか作らない?!というその辺りのことを話されています。(入谷コピー文庫の小栗康平監督特集では、わたしの拙文も掲載して頂きました。)

画家の牧野伊三夫さんが立ち上げた、美術専門のミニプレス「四月と十月」。1999年から、年二回発行を続けています。牧野さんは、画家、ミニプレスの発行以外にも、マルチな活動をされています。その一つが飛騨にある家具メーカー飛騨産業の広報誌「飛騨」の創刊です。単なる広報誌ではなく、飛騨高山の魅力も伝える無料冊子で、当店にも20冊程入荷しますが、すぐに無くなります。「飛騨」に描かれている牧野さんの絵を楽しみにしておられる方も多いはずです。インタビューの最後で、こう話されています。

「一見何でもないものなんだけど、よく見ると奥深いというようなものの方が好きなんですね。あいまいな何かを見つめた方が、広がりがあって面白くなる。絵を描くときも、仲間たちと本をつくるときも、ぼくはいつの間にかそんなことを考えています。」

牧野さんは絵だけでなく、文章も素敵です。食べることを楽しく描いた「かぼちゃを塩で煮る」(玄冬舎1404円)を是非お読み下さい。