お昼の休憩とか、次の授業まであと少し時間が…なんて時に、長野まゆみ「ささみみささめ」(筑摩書房/古書1100円)はオススメです。不気味な話、苦笑いする話、不思議な話、呆然とする話、しみじみする話、ぞっとずる話など25編の物語が詰まった一冊です。一話十数ページ、そしてその殆どの運びが上手い!巧み!最後は座布団一枚!の幕切れなのです。

実は、長野まゆみという作家とは個人的に相性が悪かったのです。彼女は、小学校時代に竹宮恵子「空がすき」の漫画で衝撃を受け、少年愛ものの世界に入りこみ、萩尾望都などを読んでいました。耽美的な作風で、鉱石、幻想世界の美少年、といったモチーフを多用して少年同士、あるいは少年と青年の関係を描いた作品を書いています。宮沢賢治への言及も多いので、何冊か手に取りましたが、最後まで読んだ記憶がありません。しかしこの本で、日常の何気ない瞬間を描きながら、予想外の展開へ読者を誘う手法に、上手いなぁ〜と感心してしまいました。

例えば、娘と介護施設にいる父親の葛藤と許しを描いた「ドシラソファミレド」。物語に登場する「もろびとこぞりて」の歌に託された父のメッセージに気づいた娘の目が潤んでくる所に、こちらも涙します。また、小学校の時、なんでも出来る友だちミッチに羨望の念を持っていた主人公Qチャンが、数十年ぶりに出会い、お互いの人生の分かれ道を振り返る「すべって転んで」のラスト、

「運命の別れ道には太い橋がかかっているわけじゃない。うっかり見逃してしまうような細い細い道なのよ。娘にはそれを云いそびれたけど、このあいだ生まれた孫には耳にタコができるぐらい云ってやるつもり」

こんな会話どこかで聞こえてきそうですね。

この作家らしいな、と思ったのが「スモモモモ」でした。語り手である男には、双子の姉がいます。小さい時から雛人形が大好きで、小学校に入る時もピンクのランドセルに憧れ、しっかり者の姉に寄り添っていました。やがて、姉は結婚し、姉の夫とも仲良くなり、一緒の時間を過ごしますが、突然の事故で姉がこの世を去ります。でも、その後も姉夫妻の家で、義兄の好きな料理を用意して時間を過ごします。

「義兄もぼくを姉だと思っている。姉の死を受け入れることができず。事故で死んだのは、車酔いをする姉と席をかわって助手席に乗っていた弟のぼくだと思い込んでいる。周囲にもそう話す。」

世間的には奇妙な風景かもしれないが、誰も不幸じゃない、という幕切れが素敵でした。

 

★年内は12月30日(日)まで営業いたします。年始は1月8日(火)より通常営業いたします。

★イベントのお知らせ「宮沢賢治 愛のうた 百年の謎解き」

2019年1月18日(金)19時より、「新叛宮沢賢治 愛のうた」を出された澤口たまみさんとベーシスト石澤由男さんをお迎えしてトーク&ライブを行います。ご予約受付中(1500円)


 

 

京都のハンドメイドフェルト工房ZUSの、加藤ますみさんの楽しい作品展が始まりました。レティシア書房では三度目の個展になりますが、毎回必ずユニークな新作を制作されて、展示をお手伝いしながらウキウキしてしまいます。

今回初のお目見え「カワウソのコインパース」(写真右)の愛らしいこと!顔をぱかっと開けると小銭が取り出せます。型紙の上に、羊毛を薄く重ねて、ひたすらお湯をかけながらこすり続け収縮させて作って行くのですが、加藤さんの型紙はとてもよく考えられていて、デザインが洗練されています。

定番の動物顔のキーホルダーやカードケース、山羊さんのティッシュケースに加えて、干支のイノシシのミニバッグ(お財布にも)、イノシシ親子、クリスマスのオーナメント。色とりどりのバッグは形もいろいろ、肩にかけるタイプや愛らしい巾着、A3のノートが入る新作のバッグ(持ち手がかわいい)などたくさん展示して頂きました。針や糸を収めるお道具バッグもありますよ。そして、これさえあれば冬大丈夫!のルームシューズもサイズ違い揃いました。寒さ対策といえば、耳まで暖かい帽子、コハゼ付きの足首カバー、手袋、マフラーなど、クリスマスプレゼントにもぴったりのステキな小物がいっぱい。

実は私、今年の1月にワークショップに参加して干支の「犬」を作りました。6時間ただただ羊毛をこすり、出来上がった時の感動といったらありません。ものを作り続けるスゴさも改めて感じた次第。加藤さんのフェルト大好きファンの方はもちろん、まだ見たことない方も、この機会にフェルトの豊かさに触れてみてください。(女房)

 

 

ZUS HAND MADE FELT展は、12月19日(水)〜29日(土)

 12時〜20時(最終日18時)月曜(12/24)定休 

 

 

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今、一番お会いしたい書店「Title」店主、辻山良雄さんの新刊「ことばの生まれる景色」(ナナロク社/新刊2484円)を入荷しました。店主が選んだ大切な本40冊に簡潔な文章と、著者の本への深い愛情を汲み取って、絵を描いたnakabanさんの作品がセットになっています。

ブログに書こうとして困りました。ご紹介したい本を読む時、必ず付箋を横に置いて、ここぞという箇所に貼付けていました。しかし、この本を読了してふとみると付箋だらけ、いや付箋が猛烈な勢いで増殖した感じになっているのです。それ程、どこを取上げても心に沁み込んでくるのです。nakabanさんの絵が、著者に深く寄り添っているのも見逃せません。

もう一つ、この本で取り上げられた本は私の愛読書が多く、さらに当店でもお好きな方の多い作家ばかりなのです。星野道夫、須賀敦子、メイ・サートン、石牟礼道子、谷川俊太郎、永井宏、今村夏子、宮沢賢治、高橋源一郎、武田百合子、庄野潤三、ブローディガン、アーヴィング、そしてブルース・チャトウィン等々。

著者の書物に対する真摯な、奥行きのある文章を前にすると、私の書くものの未熟さばかりが目立ってしまいます。最もリスペクトしている星野道夫がトップというののも嬉しかったのですが、星野の本質をこんな風に書かれています。

「星野道夫は、終始<失われていくもの>の側に立ち続けた人であった。その土地に根付く自然や文化、風習を根こそぎ破壊していく西洋文明には懐疑的であり、何千年も前から引き継がれた先住民の偉大な智慧とそれをいまに残す人に、心からの敬意を払った。」

メイ・サートンを語る時には、茨木のり子の詩を重ね合わせ、彼女たちが見つめた孤独をこう書いています。

「一人でいることが淋しいのではなく、その淋しさを紛らわそうとする心が淋しいのだと、この東西の女性詩人たちは考えていたようだ。」

と、こんな具合で書き出すと切りがないので、是非本を手に取って下さい。最後に一つだけ。本のラストを飾るのはエンデの「モモ」です。

「閉店後、誰もいなくなった本屋のなかに一人で立つと、自らの時間を取り戻した本が、小さな声でつぶやきはじめる瞬間がある。店のなかには、人が出入りし慌ただしかった日中とは別の時間に切り替わり、静かであるが濃密な空気が次第にあたりを満たしはじめる…….。」

同じ様な瞬間の体験、私にもあります。「小さな声でつぶやき」というより、本の呼吸している音が聞こえる瞬間が。店ってそうゆう風に育ってゆくのかもしれません。とにかく、幸せな読書の時間でした。本好きには最高のクリスマスプレゼントになこと間違いなし。ありがとう、辻山さん、nakabanさん。

★連休のお知らせ 12月17日(月)、18日(火)

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目取真俊(めどるま・しゅん)の「風音」(リトル・モア/古書700円)は、沖縄出身の作家だからこそ書ける色彩感覚で、沖縄県の過去の歴史を知っている作家にしか書けない力作です。彼は1997年、「水滴」で芥川賞を獲得しています。

海岸の崖に人の手で積み上げられた石の壁があり、その壁の奥にあるもう一つ空間。そこには、銃弾が貫通して穴のあいた白い頭蓋骨が置かれています。その穴を風が通り抜ける時、不思議な音が発生します。

「音が泣いているように聞こえるだろう。だから泣き御頭というんだ。」

この頭蓋骨をめぐって、物語は始まります。暴力を振るうだけの夫を東京に残し、故郷に戻ってきた和江と息子のマサシ、和江の母マカト。沖縄戦の戦火をかいくぐって生き延びた清吉と、孫のアキラ。沖縄戦の特攻で死んだかつての恋人の骨を探しもとめて、毎年東京から来る藤野。彼らの人生が徐々に、徐々に語られていきます。

「泣き御頭といってもですね、いつも泣いているわけではないんですよ。海から吹いてくる風がですね。こう、何かの拍子であの骨の中を通り抜けたときに、音が鳴るんです」と、現地を案内する男が藤野に説明します。

登場する男たち、女たちはそれぞれに悲しく、辛い過去を背負っています。戦後生まれの和江にとって、故郷は「村には楽しい記憶よりも、つらく、苛立たしく、いつも誰かの視線に脅かされているような記憶が推積していた。」場所でしかありませんでした。だからこそ、東京へ逃げた。この人ならと思って所帯を持ち、息子を育てたが暴力をふるう男であることが分かり、故郷に戻ってきたのです。

清吉は、アメリカ軍の艦砲射撃の中を這いずり回りなんとか生き延びたが、戦後の沖縄返還と同時に本土企業による乱開発、土地搾取で海が荒廃し、漁師として生き残れず、やむなく建築現場で働かざるを得ない日々を送ります。

「自分のやっている工事が、雨が振るたびに海を駄目にしていくことが分かっていても、その矛盾から抜け出すことができない。そのことに悩んで追い込んでしまい、酒浸りにな男たちもいた。」

そんな一人が清吉でした。ヤマトンチュウ政府に滅茶苦茶にされた歴史が、今も続いていることはご存知の通りです。それぞれに背負ったまま、和江の夫が沖縄に現れることで、血なまぐさい悲劇的なラストを迎えます。

けれどもこの小説には救いがあります。それは、アキラとマサシです。二人の人生にどんな未来が待っているか分からないけれど、この地で育んだ二人の友情があれば乗り越えられるかもしれない。そんな僅かの希望を思わせつつ小説は終わります。

映画にもなった名曲「スタンド・バイ・ミー」に、こんな歌詞があります。「君がそばにいてくれたら、怖いもの なんてない」  歌が聞こえてきた気がしました。

 

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長倉洋海の写真集「ともだち」(偕成社/古書700円)は、紛争地で、貧困が蔓延する町で、或は繁栄から取り残された都市で生きる子どもたちの、魅力的な表情をまとめた作品集です。厳しい現実に直面しながらも、生きることに積極的な子どもたち。真っ直ぐにこちらを見つめる彼らの視線が眩しいばかりです。

最初に登場する少女に釘付けになりました(写真右)。場所はエル・サルバドル。長倉はこう説明しています。

「中央市場の通路で、母親を待つ少女。足もとに売れ残った野菜を入れた大きなかご。物売りの仕事につかれたのか、少しぼんやりりと遠くを見るような表情に魅かれた。」

明日も今日と同じかもしれない、けれども…..。何か新しい喜びがあるかもしれないと願わずにはいられません。

ドキリとさせる作品もあります。エル・サルバドルのテナンシンゴで、ぐっと前方を見つめる少年が被写体です。少年はクリスマスの日、解体される牛を見ていると解説にありました。クリスマス休戦中は、普段は食べられない肉にありつくことができるので、美味しい肉が食べられる!その時を静かに待っているのです。しかし、この少年の手には機関銃が握られています。戦乱の地では、楽しみにしている食事の間に銃弾が飛んでくるかもしれない。闘いの恐怖を自覚しつつ、ここで生き残る覚悟が漂います。本来なら、子供らしい微笑みがあるべき姿なのでしょうが、厳しい状況は、こんな強い顔つきを生み出すのかもしれません。

子どもたちは、おそらく自分たちの生きている環境を知っているのでしょう。しかし、一方でその現状を跳ね返す強さも持っているようにもみえます。アフガニスタンで、旅人にお茶をふるまうショートカットの少女、あでやかな民族衣裳に身を包んだ涼しげな視線が美しい。

「威風堂々」とした少年(写真左)。「マレーシアの農村。稲穂がたわわに実る田園を、通勤カバンを背に、イスラムの日曜学校に行く男の子がいた。背すじをしゃきりとのばし、ものおじすることなく、堂々とこちらを見据える彼の視線にドキドキし。うれしくなった。」こんな姿勢の良い少年には、いや大人にも滅多にお目にかかれません。

グアテマラの町で撮られたインディオの二人の姉妹も印象的です。小雨のなか、土産物店に民芸品を届けて帰る所で、振り返ってカメラの方を見て少し微笑んでいるところが可愛い。こっちに元気がない時には、「おっちゃん、元気だしや〜」というような声が飛んできそうです。

南アフリカの少年は、学校から戻り、野良着に着換えて、タップを踏んでいます(写真右下)。これから羊の放牧するのが仕事です。名前はロアンディーレ9歳。踊る喜びが躰全体から弾けて、強烈なリズムまで聞こえてきそうです。アパルトヘイト政策で家族が引き裂かれる過酷な体験を、こんなステップで跳ね返してきたのかもしれません。

ここに登場する子供たちは、先進国の、それなりに生活環境がしっかりした社会で育っているのではありません。彼らの24時間は厳しく辛いものに違いないけれど、生きて行くという曇りのない表情が捉えられています。世界がどうあっても、前を向いていてほしいという写真家の思いにちがいありません。

 

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シルヴィー・ネーマン・文、オリヴィエ・タレック・絵による「水曜日の本屋さん」(光村教育図書/古書1300円)は、こんな寒い時に読むと、心も体も温まる素敵な絵本です。

本の好きな少女は、学校がお休みの水曜日、必ずお気に入りの本屋さんへ行きます。そこで、必ず見かけるおじいさんがいます。少女はおじいさんをチラチラと観察します。

「おじいさんは分厚い本を、少しずつじっくり読んでいた。題名をみたからわかったけれど、それは戦争の本だった。1ページが戦争の一日分くらいかしら。だとしたら、すごくながい戦争だったのね。」

時には本を読みながら、おじいさんが涙ぐむところを目撃します。どうしてだろう?おじいさんは帰りがけに、いつも店の女性に「この本が、売れてしまわなければいいけれど」と言って店を出ます。

もうすぐ、クリスマスのある日。いつものようにおじいさんがやって来ましたが、棚に読みかけの本が見当たりません。お店の女性が「あの本は、今朝、売れました。クリスマスプレゼントに」と告げます。背中を丸めるおじさん。その時です。

「おねえさんは、赤いリボンをかけた金色の包みをおじいさんにさしだした。『わたしからのクリスマスプレゼントです…..』それからにっこりほほえんで、『でも、たまには顔をみせてくださいね』とつけくわえた。」

読んでいた本がなくなった寂しさ一杯のおじいさんの心情を表すような暗いブルーの場面から、ページはパッと明るく輝きます。ショーウインドに並んだ本も、本屋の外を散歩する犬にも幸せがあふれたように。プレゼントを渡されたおじいさんの丸い背中が、心情を語っています。

そのやり取りを見ていた少女は、こうつぶやきます。

「おじいさんもにっこりした。なんだか、世界中がほほえんだような気がした。おじいさんは、軽々と包みをかかえて帰っていった。よかったわ。あの本は、そんなに重くなかったんだ。」

おじいさんがもらったプレゼントは、少女の心まで暖かくしました。そして、この本を読んだ私たちにも優しいプレゼントをもらったようです。

 

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池澤夏樹の「星に降る雪/修道院」(角川書店/古書500円)は、片方は岐阜を、もう片方はクレタ島を舞台にして、この世のものではないものに憑かれた男の物語。と言ってもホラーではありません。

「星に降る雪」は、岐阜にある世界最大の地下ニュートリノ観測装置スーパーカミオカンデが舞台です。飛騨市神岡町の神岡高山の地下 1000メートルに、素粒子物理研究のための観測装置が設置されています。直径 39m、高さ42mの円筒形タンクに 5万トンの純水を蓄え、壁には直径約50cmの 光電増倍管1万数千本を設置して、宇宙から飛来する素粒子を観測しています。(写真右)

「地下に潜るのは、余計なものを見ないためだ。眼は遠い星からのニュートリノを見る。そのために巨大なタンクに五万トンの水を湛えて、その水を無数の眼が見つめている。ニュートリノしか入れない深い地下に潜る。この微粒子にとっては千メートルの岩盤も直径一万三千キロの地球もないに等しい。すべてをすり抜け、ごくたまに電子や原子核にぶつかって光子に変わる。それを眼は見る。」

池澤は光電増倍管のことを眼と表現しています。

主人公はこの施設に勤務する技術者田村。彼は登山中に親友新庄を雪崩で失くしています。彼の元に、親友の恋人大牧が訪ねてきます。彼女は、当時共に登山していたのですが、雪崩で他のメンバーは助かったのに、何故新庄だけ死なねばならなかったのか、あの時、山で何が起こったのかを田村に問いただします。しかし、彼はおよそ技術者らしくない説明をします。

「星のメッセージって何なの?哲之さんは何を言って死んだの」と問いつめますが、星の彼方からやって来るメッセージを待つなどという答えに、「ぜんぜんわからない」といら立つ彼女の態度はもっともです。地上に生きる時間は、正しい方法で旅立つための準備期間で人はその日を待つだけだという田村の話に、彼女はこう反論します。

「でも、人は旅立ちを待ちはしないのよ。地上でつつましく健全に暮らして、最後に老いて死ぬの。」

真っ当な意見です。地に足をつけて生きてきた彼女には、田村の荒唐無稽とも言える話は信用できません。二人は理解できないまま別れます。ばかばかしい、意味不明という感想を持たれる方があるかもしれませんが、私は信じますね。彼の言う星の彼方にあるものを。

「修道院」はクレタ島を旅行中に、偶然に寄った田舎の町で見つけた修道院を巡る物語です。修道院の墓地の礼拝堂に秘められた悲しい物語を、主人公が宿屋の女主から聞くことになります。

「男が一人ね、村にやってきたんだよ」。どこの誰ともわからない男に、村人は不信感を抱きますが、やがて、彼は廃墟同然になっていた礼拝堂を一人で直し始めます。修道院の院長は、この男が魂に何か重い荷物を背負っていることに気づき、修道院で暮らすことを提案します。しかし、彼の返答は「自分は魂に重い荷物を負っている。その荷が僅かでも軽減できるまではお仲間には入れてもらえない。」でした。

何も語らない男が、たった一人で修道院を直すのか、その理由を読者が追体験してゆきます。上手い!としか言いようのない展開に、早く、早くとページをめくりたくなる気分でした。そして読者は正体不明の男が抱える宗教的な無限地獄を直視することになります。けれども、作者はここで終らせません。男も、彼の人生を読んだ私たちの魂も解放させてくれるようになエンディングを用意しています。いい気分で本を閉じました。

 

 

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小村雪岱と言えば、泉鏡花ファンならよくご存知だと思います。装幀家として繊細で、ちょっと懐かしい江戸の姿を描いて、懐古的でありながら、極めてモダンなタッチ。大正から昭和初期にかけて、大衆文化のジャンルで活躍したデザイナー的存在です。雪岱の作品を多数収録し、その生涯を解説した「意匠の天才小村雪岱」(新潮社とんぼの本/古書1300円)は、手頃に買える入門編として最適の一冊です。

雪岱は、 大正7年、出来たばかりの資生堂意匠部に入社し、商品や広告のデザインに携わることになります。西欧調のスタイルが主流だったデザイン業界で、小村のような日本調のデザインを使うことは画期的でした。大正12年には資生堂書体と言われる独特の書体に制作に取りかかります、しかし、関東大震災で中断、その後、彼は同社を退社します。

大正3年、泉鏡花の小説「日本橋」が刊行された時、雪岱は20歳そこそこの若者で、もちろん本の装幀なんて経験がありません。余程、鏡花は雪岱に惚れ込んでいたんでしょうね。「雪岱」という雅号も鏡花が与えたものです。入手が極めて困難なこの本の装幀も収録されています。

本書には、鏡花小説に使われた挿画が沢山収録されていて、モダンな感覚が溢れる作品を楽しめます。私が見とれたのは「愛染集」の表見返しです。しどけない姿で夜の屋敷街に佇む遊女と、画面全体を覆う雪、雪、雪。その寂しさと静けさ。

或は、「春告鳥」に載っている、髪の毛一本、一本まで描き込んだ見返り美人風の女性にも、目を見張りました。「新柳集」の鳥の装幀などは、一度でいいから手に取ってみたいと憧れます。

雪岱は、舞台美術の分野にも進出しました。歌舞伎界のトップ役者、中村歌右衛門、市川左團次の舞台美術を担当。六代目尾上菊五郎からは絶大な信用を受けて、昭和6年初演「一本刀土俵入り」の舞台が大当たりしてから今日に至るまで、この舞台美術は踏襲されているのだそうです。

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川本三郎の「あの映画に、この鉄道」(キネマ旬報社/古書1800円)は、この著者の博識ぶりに驚かされながらも、楽しく一気に読んだ本です。よく知られているように、映画・文芸評論家であり、絶妙の散歩エッセイも書く著者は、鉄道ファンでもあります。この本では、そちら方面の知識、情報もフル稼働して、映画に出て来た鉄道を詳しく紹介してくれます。

しかも、北海道、関東、中部、関西、中国、四国、九州に区分けして書いているから驚きです。例えば、群馬県桐生市から栃木県日光市までを結ぶわたらせ渓谷鉄道。井筒和幸作品「のど自慢」、森田芳光の「僕達急行 A列車で行こう」等に登場し、最近の映画では是枝裕和「海街diary」にも使われていて、解説しています。

「父親の葬儀のために山形県の田舎町に来た三姉妹が、腹違いの妹に見送られ東京に戻る駅は、終点のひとつ手前、足尾駅でロケされている。」

と万事この調子で、映画に登場する駅のことが詳しく書かれています。凄いな、この記憶力と情報力。実際に足を運んだ場所もあるみたいです。京都も登場します。一本は山本富士子主演の「夜の河」です。

「昭和三十一年に公開されたこの映画は、何よりもまず、空襲の大きな被害を受けなかった古い京都の街並みをとらえるところに良さがある。堀川のあたりに瓦屋根の家が並ぶ。その堀川沿いに市電が走る。ポールを付けた昔ながらの市電。」

山本富士子の着物姿の色っぽさにあてられていただけの私とはちがうな〜。

もう一本は、京マチ子主演「偽れる盛装」(昭和26年)の京阪電車です。「京人形のような美女を、嫉妬に狂った男が追う。とうとう彼女は電車の踏切のところで追いつかれ、刺されてしまう。(幸い命はとりとめる) この踏切が京阪電車。地下に潜ってしまった現在、こういう場面は生まれない。」

著者はあとがきでこう書いています。

「日本映画が数多く作られた昭和二、三十年代の映画には、廃線になった数々の鉄道が、まだ現役時代の姿をよくとどめている。動く絵のなかにきちんと動態保存されている。そのことを記録に残しておきたいという気持ちも本書のモチーフになっている。」

昭和の時代が鉄道と共にあったことを記録する、資料としても一級の価値のある本です。ここに紹介される映画は、おそらく映像ソフトで観ることができます。お好きな一本を探すのも良し、文章を読んで行ってみたくなったら、ふらりと出かけるも良し。

因みにこの本は全編書き下ろしです。資料集めもさぞや大変だったと思います。

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長期にわたりニューヨークに滞在し、現代アート、写真のキューレションに携わっていた河内タカが、現代アートを紹介する「アートの入り口」(太田出版/古書1300円)は、気楽に読める一冊です。

著者曰く「ここに書き綴ったものは、そのほとんどがまだ朝日が昇る前の早朝の静かな時間帯を使って書いたものです」。ラジオから流れる“Take Five”にでも耳を傾けながら、気分よく現代アートの世界に入れます。

ここにも登場するジャクソン・ポロックやマーク・ロスコなどの、現代作家を書いた本には難解なものが多く、辛気くさい。その点この本は、先ず著者の住んでいたNYの雰囲気や、彼の生活を記した文章から始まります。一緒にソーホーのギャラリーを回っている感じがします。そして、徐々に作家についての紹介が始まります。

マーク・ロスコを、人の感情に深く訴えかける「カラーフィールド・ペインティング」と呼ばれる抽象絵画のスタイルの中心をなすアーティストと捉え、「油絵具を水彩のように薄く溶き、何層にも塗り重ねていくことによって生み出される深く透明感のある画面であり、その表面を凝視していると、最初に見えていた色とは異なる色彩が感じられます。海の色や夕焼けが刻一刻と動くのと同じで、それ自体がまるで生きているかのごとく、キャンパスの奥から淡い光が静かに放たれているようなのです。」

イメージが湧いてくる文章です。紹介した作家の作品や作品集が掲載されているのですが、いかんせん小さい。興味ある作家に出会えば、パソコンを立ち上げて、画像を検索されることをお薦めします。

後半、新しい流れの写真家が多く紹介されています。ポートレート写真で有名なアーヴィング・ペンでは、生前彼が「人を撮るということは手術するようなものと語っていたそうです。被写体となる人物の中に深く入っていって、その人の真の姿を切り取ることは、その行為にあたる自分にも痛みを覚えるというニュアンスで語ったのかもしれません」と彼の言葉を紹介しています。(右のヘップバーンの写真は彼の作品です)

この本で最後に紹介されるのが、ヴィヴィアン・マイヤーという写真家です。彼女については、ドキュメンタリー映画をブログで前に書いた事があります。生前は全く無名の写真家でしたが、死後、その膨大な数の作品が発見されました。写真を誰からも学ばず、ニューヨークやシカゴのストリートで、日々シャッターを押して、リアルでライブ感に溢れる写真を撮っていました。晩年、生活に困窮し、2009年に人知れず亡くなりました。著者は「この名もない一人の女性が生涯をかけてコツコツ撮り続けた、これほど凄みのある写真を見ることができる奇跡に、ぼくは感謝したい気持ちでいっぱいです。」という文章で結んでいます。蛇足ながら、この映画を観たのは、2015年12月7日でした。3年ぶりに彼女のことを書く事になりました。

多くの現代アートの作家や、写真家を網羅した本書から、お好みの作家を見つけ出してみてはいかがでしょうか。

 

 

 

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