山田洋次監督「男はつらいよ お帰り、寅さん」を観ました。若い頃、私は寅さんシリーズが大嫌いでした。ロードショー公開されていた時、何本かは映画館で観ましたが、全く受け付けませんでした。日本的情緒たっぷりの登場人物たち、湿り気のあるユーモアセンス、そして何より渥美清演じる寅さんの行動が陳腐すぎて、何でこんな映画観るんだ!と怒りまくって映画館を出た記憶があります。

しかし、年を取るというのは恐ろしいというか、素敵というか。何年か前にBS放送で全作品を放映していた時、何気なく観たら、なんと完全に引き込まれてしまったのです。寅さんて粋だなぁー、カッコイイと思ってしまい、全作観たその上に、再放映されるごとに観るという熱心なファンになってしまいました。(もともと寅さんファンの女房は呆れ顔)

渥美清亡き後、再度寅さんをスクリーンに戻そうとして企画された本作品、最初はかなり??でした。かつてのマドンナが大挙登場して、同窓会みたいなお祭り映画になってしまうのでは、という懸念がありました。

いやぁ〜、流石に山田洋次監督は凄い!脱帽です。むやみと寅さんの映像を出さずに、きちんと一本の映画にしているのです。抑制が効いています。あくまでもさくらの息子満男を主人公にした物語として仕立てていました。小説家になった満男が、かつて結婚の約束までした初恋の人・イズミ(後藤久美子)と偶然出会うことから物語は始まります。彼女との過去を思い返すとき、そこに寅さんの姿が一瞬蘇ります。ストイックな演出が冴え渡ります。

私が感心したシーンがあります。イズミがお母さんと一緒に、老人ホームにいる父親に会いに行った帰りに、過去の母と娘の関係を巡って言い合いになり、母親が車を飛び出します。その背後に夕闇迫る空が広がります。暗闇とほんの少しの夕焼け。親子の行く末を象徴している風景のようでした。

そしてわずかな出番でしたが、やっぱり寅さんを演じた渥美清はかっこいい存在でした。こんな着こなしは、台詞回しや所作も含めて誰も出来ません。

★連休のお知らせ 1/20(月) 1/21(火)連休いたします

★1/22(水)〜2/2(日) レティシア書房冬の古本市プレ企画「こんな本が揃いました」展

★2/3(月)2/4(火)古本市準備のため連休いたします

★2/5(水)〜2/16(日) 恒例となりました女性店主による『冬の古本市』を開催します。今年も神戸・大阪・岐阜・東京・御殿場・京都などの女性店主の選書です。ぜひお立ち寄りください。


 

 

Tagged with:
 

神田日勝は、1937年東京に生まれました。4歳の時、日本は太平洋戦争に突入します。そして、45年3月東京大空襲、この年の8月戦災者集団帰農計画に基づく拓北農兵隊に応募して、北海道へと入植します。ここから、一農業従事者としての苦難の道が始まります。趣味として絵を描いていたものの、青年期の彼は農業こそ自分の生きる道だと思っていました。が、19歳の時に描いた「痩馬」という作品が注目を浴び、画家への道が開いていきます。

私が彼の作品を知ったのは、TVの「日曜美術館」でした。その時に見た馬の作品は力強さに満ちていて、記憶に残りました。

北海道新聞社発行の「神田日勝 北辺のリアリスト」(古書1100円)を入荷しましたのでご紹介します。彼が生涯描き続けた馬が何点か収録されています。道産子らしい太い足と優しそうな目の馬の作品と共に、1965年に発表した「死馬」という、個人的に傑作だと思っている作品も収録されています。体を丸めて永遠の眠りについた一頭の馬。人間の過酷な労働の手助けをしてきたのでしょうか、足元には太い鎖が見えます。共に生きた馬への哀悼が感じられる作品です。

一方で、厳しい自然に抗うように生きる人たちの姿を静謐に描いた「飯場の風景」のような作品も見逃せません。そんな彼が、魅入られたように色をふんだんに使い鮮やかに描いた「画室」(1966年)なんて作品のポップな感覚は、重く沈み込む馬の作品群とは全く正反対です。

 

 

しかし、1970年の夏、神田は32歳の短い生涯を終えました。死の少し前、彼はこんな言葉を残しています。

「結局、どう云う作品が生まれるのかは、どういう生き方をするかにかかっている」

生きることと描くことが同次元にある、リアリストならではの力が作品の隅々にまで行き届いているからこそ、私たちは感動するのだと思いました。

余談ですが、昨年末個展をしていただいた北海道在住のあかしのぶこさんにもらった、お土産のクッキーは、神田日勝の絶筆である「半分欠けた馬」のデザインでした。北海道の人々に愛されているんですね。

 

★連休のお知らせ 1/20(月) 1/21(火)連休いたします

★1/22(水)〜2/2(日) レティシア書房冬の古本市プレ企画「こんな本が揃いました」展

★2/3(月)2/4(火)古本市準備のため連休いたします

★2/5(水)〜2/16(日) 恒例となりました女性店主による『冬の古本市』を開催します。今年も神戸・大阪・岐阜・東京・御殿場・京都などの女性店主の選書です。ぜひお立ち寄りください。


 

 

Tagged with:
 

50代、60代前半のおっちゃん達、御同輩のみなさん、貴方がニキビだらけの中学生の頃です。みんなひし美ゆり子に萌えたはずですよね。知らない?それは人生最大の損失かも……..。

ひし美ゆり子?誰だったかなぁ〜と思い出せないオヤジ殿には、この台詞であぁ〜あの人かと思い出すでしょう。

「アンヌ、僕は人間じゃない。M78星雲から来たウルトラセブンだ」

そうです。円谷プロが制作した30分TV番組「ウルトラセブン」(1967年放送開始)の名シーンです。自分がウルトラセブンであることを告白したウルトラ警備隊のモロボシダンとそれをじっと聞く女性隊員アンヌ。背景の廃墟が急にロマンチックな海辺風に切り替わり、シューマン作曲ピアノ協奏曲イ短調作品54が流れ出すという、とんでもないラストシーンに貴方も、私も涙しました。

そのアンヌ隊員を演じたのがひし美ゆり子で、彼女の女優人生とTVに押されて映画界が急速に元気を失ってゆく時代を描いた樋口尚文の「万華鏡の女」(ちくま文庫/古書600円)を入荷しました。この本、単行本はかなり高値で取引されていて、文庫本化大歓迎です。筑摩書房にも、ファンがいたのかも…….。

当時の少年達は、この別れのシーンに涙する一方で、アンヌ隊員のボデイコンシャスな制服に萌えたはずです。著者は「あの隊員服のアンヌは凄くトランジスタグラマーで、われわれ子どもの視聴者はドキドキした」と語っています。元々、この役は他の女優が演じる予定でしたが、急遽、ひし美がやることになったのです。しかし、隊員服のサイズが、予定の女優のサイズだったために、ピチピチになってしまったという逸話が出てきますが、おかげで我々は彼女の一挙一動に釘付けになったわけです。

当時の「ウルトラセブン」には優秀な脚本家、気鋭の演出家が揃っていて、先住民の問題、核兵器開発のこと、侵略される側の悲惨、過去の悲しい戦争のことが、それとなく描きこまれていました。誰だか忘れましたが、「ウルトラセブンで反戦を学んだ」と言っていた学者がいました。そのあたりのことも彼女の口から語られていきます。

このインタビュー集が優れているのは、彼女が女優として生きた、映画からTVへと変わってゆく時代が見事に再現されていることです。斜陽になった映画界は日活がロマンポルノに、東映が実録映画へとシフトし、エログロ路線を走り始めます。そして彼女もまた、そんな世界に飛び込んでいきます。傑作として名高い「紅色元禄㊙︎物語」は、この時代の彼女の主演作でした。若き日の井原西鶴に色を教えるという滅茶苦茶な設定でしたが、映画作品としてよく出来ていて、えらく感動したのを覚えています。その後、実録映画「新仁義なき戦い 組長の首」にも登場していました。

この時代の東映エログロ路線・実録映画は、ほぼ観ていたので、ひし美ゆり子は、私にとってはずっと現役女優でした。当時人気のあった五月みどりの「かまきり夫人」シリーズのソフトポルノよりも、根性の据わった役柄を体当たりで演じていて、小気味よかったものです。

映画・TV界のトップ女優の一代記ではありませんが、子供向け特撮番組から、TVドラマ、そしてエロ映画を経て、この業界の浮き沈みを見てきた人間の生の声が聞ける貴重な文庫だと思います。

大学の時、ファイルに挟んでいたアンヌ隊員のブロマイドを見たガールフレンドに、「ばっかじゃない」と笑われたことも、この本を読んでいて思い出しました……….。

 

★連休のお知らせ 1/20(月) 1/21(火)連休いたします

★1/22(水)〜2/2(日) レティシア書房冬の古本市プレ企画「こんな本が揃いました」展

★2/3(月)2/4(火)古本市準備のため連休いたします

★2/5(水)〜2/16(日) 恒例となりました女性店主による『冬の古本市』を開催します。今年も神戸・大阪・岐阜・東京・御殿場・京都などの女性店主の選書です。ぜひお立ち寄りください。


牧舎の前で、それぞれ牛を連れた男3人を描いた絵に惹かれて仕入れたCD。

アーテイストはハリー・マンクス/Harry Manx。タイトルは”Faith Lift”(US盤1700円)。アメリカの大地を吹き抜ける風が感じられるような音楽だろうと予想して、スタートボタンを押すと……。

えっ、えっ、なんだこの男??

いや、想像以上に心の中に染み込んでくるのです。生い立ちを調べてみると、これまた驚きでした。英国のマン島で生まれ、カナダに移住して育ち、70年代後半にヨーロッパに戻り、膝の上にギターを横にしてギターを弾くスタイルのシンガー&ソングライターとして活動を始めます。その後、日本に移って10年以上暮らし、インドの音楽家 ヴィシュワ・モハン・バットの演奏を聞いて、インドに渡って彼に師事し、5年間在住。インド楽器を習得し、2000年にカナダに戻り、ソルトスプリング島を拠点に活動を開始、という世界を渡り歩いて自分の音楽を作ってきた人です。CDジャケの内側の写真を見ると、50代のおっちゃんです。この手のシンガーにしては、CDがまた変化球的編成で、バイオリン、チェロ、ビオラというクラシック音楽風アンサンブルです。

彼のボーカルは、最初の印象通り「アメリカの大地を吹き抜ける風を感じさせる音楽」。

コマーシャル的なことに背を向けて、ひたすら自分の音楽を追求しています。色々な音楽を聴いていると、たまに風が吹いている気分にさせてくれるアルバムに出会うのですが、これもまたそんな一枚です。ガーシュインの名曲「サマータイム」。こんなアレンジもあるんだと感激です。

インドの弦楽器MohanVeenaも彼が弾いていて、時たまオリエンタルな世界が広がるのも面白いところです。彼のデヴューアルバム”Dog my Cat”(US盤2400円)も入荷しました。こちらはアメリカのルーツ音楽の味わい十分な一枚です。旅先で聴いたら、気分最高ですね。

さて、もう一人ご紹介します。こちらは女性のブルース系シンガーです。名前はダニーワイルド/Dani Wilde。1985年、英国生まれ。父の影響を受けて、幼い頃からシカゴ・ブルースや60年代のモータウンなどのソウル系レコードを聴いて育ち、地元で聞いたブルースフェスに魅了されて、シンガーへの道を歩み出します。今回入荷したのは”Live at Brighton Road”(US盤1900円)でCDとDVD(スタジオライブ)の二枚組です。

個人的に、アメリカの姉御肌のソウル&ブルース系シンガーが大好きで、このジャケを見た途端、姉御!と言いたくなりました。(でもまだ30代前半です)。ゴスペルフィーリング溢れるフォーク的な曲と、ブルースロックな飛ばしまくる曲で構成されたスタジオライブ盤です。こういう女性達ってみんなカッコいいいですね。ホッとさせてくれたり、元気出さんかい!と気合いを入れてくれます。

★連休のお知らせ 1/20(月) 1/21(火)連休いたします

★1/22(水)〜2/2(日) レティシア書房冬の古本市プレ企画「こんな本が揃いました」展

★2/3(月)2/4(火)古本市準備のため連休いたします

★2/5(水)〜2/16(日) 恒例となりました女性店主による『冬の古本市』を開催します。今年も神戸・大阪・岐阜・東京・御殿場・京都などの女性店主の選書です。ぜひお立ち寄りください。


 

 

 

毎回一人の作家を多方面から論じる文芸ミニプレス「APIED」を主宰する金城静穂さんが、初の単行本を出されました。写真とエッセイを主体にした「桜の木が一本」(1980円)です。夏葉社から出た「庄野潤三の本 山の上の家」(2420円)や、新潮社から出た「茨木のり子の家」を思い出すテイストです。

吉田一之さんはつれづれ織り作家、妻の道子さんは児童文学作家としてそれぞれ活躍し、京都の山科にある一軒家に長年暮らしておられます。夫婦の暮らしを支えるこの家が主人公でもあり、カメラマンの酒谷薫さんが、味わいのある一軒家の姿を写真に捉えています。

吉田家には巨大な桜の木があります。「1979年に1メートルほどの苗木を四百円で買い、一坪の庭に植えたものである」と道子さんは書いています。それが、今や幹回り1メートル50センチ、背丈は自宅二階の屋根を覆うまでに成長しました。その桜の木の写真を見ると、家がまるで巨木に覆われ、守られているという雰囲気です。夫婦は、桜の木を「叔父さん」と呼んで愛で、花の頃には、多くの人が集まってきました。いや、人だけでなく鳥や蛇までも寄ってきました。(なんだか素敵な絵本の始まりみたいです)

「風の音は葉のそよぎでわかる。空の深さは枝枝のいくつもの青で。たたきつける雨の警告、雨宿りの安らぎ、木陰の清涼さ、深い闇。自ら歩かないものが抱える懐の深さに、しんとする。」

風通しのいい家、古い本棚、ずらりと並んだ文学全集。窓際に置かれた水槽の向こうには、満開の花をつけた桜の枝が幾重にも広がっている。豊かな時間がここに流れています。

道子さんは子供の頃、西田幾多郎で有名な哲学の道のそばに住み、近所の友達とプールに通っていました。泳いだ後のけだるさは、泳いだという満足感と引き換えのように感じたとか。幼な心に「それが人生の何ものなのか、を教えるようなものだったのだ。何かをすれば、何かを得れば、何かが失われる。」と思ったそうです。

「その後の人生で、思い出すのは、この細い哲学の道と蝉時雨とその中でのけだるさ。そして、その蝉時雨を今我が家で聞いていることの不思議さ。」

本書には、一之さんのつづれ織り作品や道子さんの仕事場をはじめ、季節の野菜がいっぱいのとても美味しそうな食卓の風景など、お二人の生活が撮影されています。そして、道子さんの素敵な文章。

「時は料理を作る。ストーブに野菜と水を入れて置くだけで時間が経った後おいしいスープになっている。わが家では、時は風景を作る、である。桜が月桂樹が、紫陽花や木槿、山茶花が、壁の色が郵便受けが一つの風景を作っている。そして、その風景にいつか住人自身もなって、溶け込む。」時の仕事と題したエッセイには窓辺の本の写真が添えられています。

50年近く暮らしてきた家の風景に溶け込み、年を重ねて、やがて迎えるであろう死をどこかに感じながらも「先に思いを馳せるのではなく、今を生き切る。そうしたい。成長した暁にではなく、今、その瞬間を生きる子どものように。」書かれた文章に、しみじみ感じるところがありました。

★「桜の木が一本」発行を記念して、レティシア書房で7月21日〜8月2日に写真展を開きます。

 

 

 

Tagged with:
 

古谷田菜月の「神前酔狂宴」(河出書房新社/.古書1200円)を読み始めた時は、どこから面白くなるのか見当がつきませんでした。しかしこの特殊な物語世界に洗脳され、脳内を撹乱されて、ズズッとのめり込み、そこから一気に読みきりました。

物語の中心となるのは、明治期の軍神をまつった神社併設の結婚披露宴会場。ここで派遣社員として働く、浜野と梶という青年が主人公です。給料分の仕事をやればいいや、とやる気のなかった浜野でしたが、ある日「新郎新婦の愚かしさ、披露宴の滑稽さを限界まで高めることこそ我が使命と考えるようになり、全力で働くようになった。」のです。

神前結婚の披露宴という特殊な職場の環境を生きる人々や、別の神社から会場を乗っ取ろうと乗り込んでくる倉地と、浜野の確執も描かれ、仕事小説としてのスタイルを見せつつ、物語はどこへ向かうのかわからんままに、どんどん進んでいきます。二人の青年の青春物語であり、お仕事小説でもあり、披露宴という茶番を笑い飛ばすかのような喜劇小説というように、多面的な側面を垣間見せながら、読者は、超忙しい式場内を浜野たちと疾走してゆく羽目になります。

結婚披露宴が「伝統主義による女性差別」と「商業主義による男性差別」に満ちた滑稽な儀式だと気付きながらも、浜野はその茶番劇に全精力を傾けて仕事をするうちに、社内で出世していきます。そんな時、「“自分の本心”と結婚式を挙げたい」と希望する松本千帆子という不思議な女性がやってきます。え?どんな結婚式?? 新郎はいません。??もうこの辺で私の脳はショート寸前です。

松本千帆子は付き合っていた男性がいたのですが、結婚話が出たところで別れた過去があります。彼女の話を聞いた結婚式場のスタッフがこんなことを浜野に言います。

「よくわかんないですよね。人でもなく、物でもない。確かなものと結婚したいって。自分自身というのとも違って……..。本心と、って言ったかな。自分の本心と、連れ添っていきたい。そんなふうに言ってました。」

後半は、この女性の申し出を受けた浜野が「ねえ、やろうよ、その婚礼!」と宣言し、神社も式場も巻き込んで、一気呵成に実行してゆくところがクライマックスになります。

この小説、すべての人におすすめしません。現に、書評を読んでいても、よくわからんという意見と、大絶賛という意見が交互に出ていました。でも、全く違う文学体験をしてみたい方には強くお勧めします。私は最後のページで、上手い!と思わず拍手してしましました。

 

★連休のお知らせ 1/20(月) 1/21(火)連休いたします

★1/22(水)〜2/2(日) レティシア書房冬の古本市プレ企画「こんな本が揃いました」

★2/3(月)2/4(火)古本市準備のため連休いたします

★2/5(水)〜2/16(日) 恒例女性店主による『冬の古本市』を開催します。今年も神戸・大阪・岐阜・東京・御殿場・京都などの女性店主の選書です。ぜひお立ち寄りください。

 

面白いミニプレスの写真集が入荷しました。題して「OSAKAN SOCIALISMー大阪的社会主義風景」(1300円)。大阪のあちこちを面白い切り口で撮影した島田春菊さんは、この写真集についてこう語っています。

「思わず『社会主義的』と形容したくなるような幻視の瞬間がたしかに存在する。そうした瞬間の積み重ねによって、この写真集は生まれた。」

「社会主義的」とは、なかなか想像しにくい言葉です。戦後、社会主義国家として世界をリードしたソビエト連邦が国家の威信をかけて建設した地下鉄と団地。島田さんは、大阪の地下鉄や団地には、ソビエト社会主義的匂いがあると指摘しています。大阪地下鉄の御堂筋線は、日本初の公営地下鉄でした。東京の地下鉄の人工美満載のホームに比べると、なんだか場末感のある駅が多い大阪地下鉄ですが、どちらが好きかと問われれば、私は大阪の地下鉄駅舎です。生活感のある街の匂いが、薄汚れた壁から立ち上ってきそうで、寂れた公共施設という言葉にぴったりの風景です。この本でも地下鉄中央線の駅構内がシャープに撮影されています。

もう一つのポイントが、25年に開催される大阪万博で活気付く大阪湾岸風景です。「近代日本における未来イメージの総決算が1970年の大阪万博にあるとすれば、大阪の沿岸部には、万博のパロディのような未来の廃墟が転がっている。そうした風景を、社会主義的な『ロストフューチャー」と相通ずる」ものとして、島田さんは本書に取り込んでいます。

 

ここに収録された作品が、写真家が言うように社会主義的かどうかは、観る人の判断ですが、どれもユニークな作品ばかりです。後半に登場する「南港ポートタウン」「住吉団地」は、無機質な姿が迫ってきます。また、表紙にもなっている「大阪府咲州庁舎」の極めてSF的な建物も、そのまま映画に使えそうな建物なのですが、よく見ると、二階部分に「手打ちうどん」というのぼりが立っているのです。まぁ、この建物に最もふさわしくないものなのですが、大阪的といえば、大阪的です。

フリーの森林ジャーナリスト、田中淳夫の著書「森は怪しいワンダーランド』(新泉社/古書1200円)は、著者が世界各地の森林で体験した不思議な出来事やとんでもないトラブルに巻き込まれた体験、そして、今、普通に流布している森林に関する常識の本当の姿が書き綴られています。

ソロモン諸島にあるシンボ島でのこと。深夜聞こえてくる祭りのような音に、ひょいとテントから顔出すと、誰もいない。「何もなかった。生ぬるい風は吹いているが、光も音も聞こえない。黒々とした森が広がっているだけだ。祭りどころか、人っ子一人歩いていない。太った月だけが深夜の村に陰翳をつけていた。」

精霊だった……?そんな体験からお話は始まります。森林で生きる民族と暮らす中で、そこに息づく伝説や神話を聴いたり、自らその渦中に入ったりして、こう考えます。

「彼らのような自然の中で暮らす民族は、伝説と現実の経験談の区別が判然としないことを、私はニューギニアだけでなく各地で経験している。だが近代教育が行われる過程で、そうした世界は科学的に否定されてゆくのだ」

また、ボルネオの奥地では、自分自身どう判断していいのかわからない現場に立ち尽くします。テレビをつけると「美川憲一と研ナオコの歌謡ショーが始まったのである。ボルネオ奥地で『かもめはかもめ〜』と聴く、この違和感。しかし、思わず聞きほれてしまう私がそこにいたのだった」

第2章「遭難から見えてくる森の正体」は、まさに映画「インディージョーンズ」の世界です。テントの上の木の葉を食べる多くの虫が、糞をして、それが「テントをたたいて雨の音に聞こえるなんて」虫嫌いの人なら卒倒しかねません。それでも著者は、秘宝を求めてジャングル奥地に踏み込むジョーンズ教授よろしく、森の奥地へと入っていきます。

笑ったのは、勝手知ったる生駒山でのこと。「斜面を登る途中で滑り落ちた。沢に足を突っ込んだ。一瞬、悲鳴が口を突いた足元は濡れて泥だらけになった。遭難…….という文字が脳裏に浮かんだ。」その時、携帯のメールに着信が入ります。「娘からだった『帰りにキャベツ買ってきて』」さらに「玉ねぎと牛乳も買ってきて」と…….。なんとか無事下山し、娘さんの買い物も部終了したとか。やれやれでしたね。

第3章では、常識として受け入れている森の現象の本質を見抜いていきます、例えば森林セラピー。「森林浴」「森林療法」「森林セラピー」という言葉の裏に潜む、トンデモ科学とごまかし。その姿を読者に示して、「森林散策が心地よいことは、誰もが感じる経験則だ。しかし、トンデモ科学の装いを施して、トンチンカンな期待だけが膨らまされているのが森林セラピーではないか。」と結論づけています。

森という大きな存在を、様々な角度から教えてくれる格好の一冊です。アウトドア派必読!

 

新年最初の読書は、マガジンハウスで、数々の雑誌の編集に携わってきた編集者岡本仁の「続々果てしのない本の話」(オークラ出版/古書1200円)でした。同社の「&Premium」に連載されていた読書エッセイ40編をまとめたもので、誠光社の堀部篤史さんと共作した「古本18哩」も収録してあるという本好きにはたまらん一冊なのです。ところが読みだした最初は、ケッ!アートに詳しい編集者が、クールに自分の好きな作家をエッセイ風に描いた東京人好みの本ね…….みたいな感じで、プリプリしながら読んでいました。(なら読むな!)

が、そういう扁壺なおじさんの気持ちを、ゆっくりと柔らかにしてくれて、結局最後まで一気に読みきりました。そのキッカケになったのが、こんな文章でした。

「幸せな結婚というのは『いま、ここ』がいちばん尊いと知るきっかけであると同時に、『いま、ここ』がいかに儚いものなのかを悟るきっかけでもあるのじゃないか。ミランダ・ジュライの『あなたが選んでくれるもの』で、彼女が自分の結婚について触れている部分を読んでいるうちにそんな気持ちになり、庄野潤三の『夕べの雲』を思い出した。」

ミランダ・ジュライ→庄野潤三へと流れてゆく文章が、チャーミングです。本書では、ひとりの作家、あるいは著作から、岡本が思い浮かべた作品が次々と果てしなく並べられていきます。もちろん、私の知らない作家や、アーテイストや写真家がどんどん登場してきますが、決して上から目線にならずに、ねえ、こんな面白い人いるよ、みたいな感覚なのです。程々にクールでベタベタせずに描かれているので、心地よく読めます。

岡田温司著「モランディとその時代」という美術の本から「この本は自分自身の考えと信じていることが、もしかしたらただの紋切り型になっていないかと疑ってみることの大事さを教えてくれる。見ているようで見ていない、聞いているようで聞いていない、考えているようで考えていないことが、自分のまわりにまだまだたくさんあるような気がしてきた。」

本の内容を紹介しつつ、最後に自分の言葉で、その本から受けた思想をきちんと伝えることは、なかなか出来ません。(ブログを書きながら日々痛感しています)

一方で、著者は、少年のような瑞々しい感性をひょいと出すことがあります。京都の細見美術館で見た「永遠の少年、ラルティーグ」展の感想をこんな文章で綴っています。

「いまこの瞬間の興奮と幸せを永遠のものにしたいという、ラルティーグの無邪気さが観る者を自然に笑顔にしてしまうような写真、涙が出そうになるほど素敵だった。」

なんだか写真展で、顔をクシャクシャにして楽しんでいる著者の姿が想像できます。

それにしても方々の美術館に出かけていますねぇ〜。本当に好きなんだ。

Tagged with:
 

「スターウォーズ」第一作が公開された1977年。大学4年だった私は、就職も卒業もほったらかしにしてアメリカ西海岸にいました。自分なりの理由はありましたが、本音を言ってしまえば現実からの逃亡でした。日本に帰ったらどうなるのかなぁ〜と思い悩みながら、アメリカの日々を楽しんでいました。そこで出会ったのがこの映画でした。バスに乗ってサンフランシスコの映画館へ、2度見に行きました。アメリカ映画の楽しさがすべてここにある、こんな映画に出会いたくて映画館に通っていたんだと、暗闇で自分を納得させていました。

帰国してなんとか就職。1980年「帝国の逆襲」、1983年「ジェダイの帰還」を映画館で観ました。その間、会社の倒産、転職を経て結婚して、1999年公開の「ファントム・メナス」は女房と一緒に観に行きました。最初の三部作に比較してCG技術が格段に飛躍していましたが、物語が脆弱で、その後公開された「クローンの攻撃」、「シスの復讐」は映画館で見ずに、レンタルビデオで済ましてしまいました。自分の中での「スターウォーズ」の存在が小さくなった時期でした。

それまでのレコード店から書店へと勤務が変わり、親の死など様々な出来事に対処していた頃であり、荒唐無稽な世界はお呼びじゃなかったのかもしれません。

しかし、2015年「フォースの覚醒」からスタートする三部作には、引き込まれていきました。最初の三部作を観ていた頃の青春の輝きみたいなものが蘇ってきたのです。この三部作には、最初の三本に出ていた人物が3人登場します。皺の増えた彼らの顔を見ていると、こちらも歳をとったことを痛感しました。そして、昨年大晦日に最新作「スカイウォーカーの夜明け」を観にいきました。

派手なアクション満載でエキサイトしましたが、ラストシーンで涙が止まりませんでした。詳しくは書きませんが、ヒロインの取る行動が、最初の三部作を葬り去るような象徴的なものに見えたのです。

本場アメリカで観た第一作から、それなりの人生を経て、この第九作まで観てきた長い時間、「スターウォーズ」はずっと私のそばにいたのです。どこかでこの映画に支えられてきたんだなぁ〜という思いで一杯になりました。ふと横を見ると、私と同じ世代のおっちゃんも涙ぐんでいました。あぁ〜、このひとも「スターウォーズ」と一緒に生きてきたんだ….。ヒロインの最後の微笑みは「よく生きてきましたね」と言ってくれているように感じました。

「スターウォーズ」と共に生きて来られてよかった。

Tagged with: