本を読んでいると、何故か優しい気持ちにしてくれる本に出会うことがある。内容ではなく、文章が人を優しくしてくれる。最初の経験は坪内祐三の文章だった。書名は忘れましたが、神田の街角を歩いている情景を描いているところで、まるで春の風がふわっと吹き抜けてゆく錯覚を味わった。その後、この人の本はなるべく読むようにしている。本を読みながらステップする幸せ。

森絵都の「風に舞い上がるビニールシート」に収録されている「ジェネレーションX」。野球をめぐるお話ですが、ラスト主人公が車のアクセルを強く踏み込む。来ました、来ました心地よい風が。彼女は大好きな作家です。以前勤務していた書店で色々あった時、彼女の小説にはどれだけ助けられたか!登場人物達のキャラが輝く作家ですが、ちょっとした文章に、人を優しくする力があります。蛇足ながら「風に舞い上がるビニールシート」305ページで号泣する恐れがありますので、公衆の面前ではお読みにならないように。「風に舞い上がるビニールシート」はハードカバーで900円です。

 

最近、関口良雄の「昔日の客」を読んでいます。東京の古書店「山王書房」の店主と文学者たちの交流を描いた一冊。文学を愛する気持ちがどのページにも溢れています。税務署に行った帰り、お硬い税務署の文章を読むのに疲れた時、すぐ近くの喫茶店「月と六ペンス」の一番端の席(好みの席です)で、読み始めました。飾らない、でもとても美しい文章がジワリとしみ込みます。この本を復刊させたのが、夏葉社。良い名前ですね。夏の葉か。キラキラ輝いていて、涼しい風が通り抜ける感じです。これは、古本ではありません、新刊です。大切に、大事に売っていきたい一冊です。

 

 

 

沖縄出身のアイドルバンドSPEEDは、デビューから興味深く観ていました。

何となく仲悪そうで、なんとなくクールで、でも踊りは抜群に上手い!しばらくして解散。やっぱ中悪かったん〜?と思っていたら、一人がcoco d’orとしてソロデビュー。あっという間に2枚のソロCDを送り出す。

これが、いいんです。ほぼ、全曲カバー。しかもジャズやら、ソウル、R&Bの名曲ばかりです。お〜やるなぁ。H.メリルでお馴染みの「帰ってきてくれたら嬉しいね」まで歌ってます。でも、バラードは全曲下手。歌詞をなぞれば良いんじゃないんですよ。もうちょっと、男と刃傷沙汰起こすとか、金を持ち逃げされるとか、ちょっと地獄みてから歌ったらどうなん、と言いたくなるぐらいです。

でも、私がこの二枚のアルバム好きなのは、あたしこの歌歌いたいねん、という気合いと下手と思うなら、聴かんといてという開き直りの姿勢から生まれる、まぁ、やけっぱちのパワーの魅力が伝わるからです。ディスコブーム時代、一度は踊ったG.ゲイナーの”I will Survive”のドライブ感なんて、本家よりかっこいい。鼻息だけで突っ走る小娘をおじさんは応援していました。

昨今、多くのべっぴんさんの日本人ジャズシンガーが登場しています。皆さん、歌もお上手で、表現力も兼ね備えておられる。ただ、一つ欠けているものは、この歌を歌いたいという欲望が見えない事ですね。思いの込もった感情が聴こえてこない。だから聴いていると、いつまでグダグダ言うとんねん、酌でもせんかえと下品ないらつきが起こります。その点、coco d’orにはそれがない。歌いたい歌を歌うんや!という我がままな気分満杯で爽快です。がんばれ!と応援していたらSPEED再結成。ショックですね。まぁ、みんなで足の引っ張り合いしてください。

 

NHK大河ドラマは、多彩な登場人物が魅力のドラマです。実はコミックにもこれに匹敵、いや勝るとも劣らない作品があります。

先ずは、関川夏央=谷口ジローコンビの全五巻「坊ちゃんの時代」。夏目漱石39歳、時は明治38年。多くの文人、政治家がキラ星の如く登場し、明治という「多忙」な時代を描いていきます。第四巻では大逆事件を経て暗い方へ曲がってゆく時代を描写と、がんばって記事書いている最中、これくださいとのお客様。で、このシリーズの事掲載できなくなりました。

う〜ん、困ったと思った途端、来ました第二弾。手塚治原作、浦沢直樹画の「プルートウ」全8巻。しかも、限定版で出版された付録付きです。この付録が「鉄腕アトム」で育った世代の心を微妙にくすぐるものばかり。例えば2巻には昭和39年子供たちに人気の「明治マーブルチョコレート」復刻版ケースが付いています。(マーブルチョコレート知らない世代は、買わなくてよろしい)

ポストアトムのロボット社会の矛盾と悲劇を見事に描き出す。さすが「20世紀少年」を世に送った浦沢です。お値段は全8巻で10000円(開封されていないので新品同様)

そして、もう一点藤原カムイ「雷火」。舞台は女王卑弥呼が老い、その後継者を巡って熾烈な権力闘争の幕が上がった倭の国。裏切り、陰謀渦巻く政治の世界に飛びこんでいったライカという名の少年のクロニクル。忍者漫画の最高傑作は「伊賀の影丸」と「カムイ伝」というのは周知の事ですが、「雷火」もそれらの作品に匹敵する忍者漫画であり、「風の谷のナウシカ」と同じようなスケールの大きい世界観を持った作品です。89年スコラ社から単行本として世に送り出されます。しかし、スコラ社倒産のため、一時は読めなくなりましたが、復刊しました。全15巻で3000円。ハリウッドのバカ大作やら、グタグタやってるテレビドラマ観てる暇あったら、これをど〜んと机の上において読むべし。

 

 

京都西陣に「はちはち」というパン屋さんがあります。街中というのにまるで森に迷い込んだようなところなのです。

森の中のパン屋さんって、なんかいい酵母菌がいっぱい生きていそうですっごく美味しいパンができそうですよね。

道順は、説明するのがとっても難しいので、ホームページを見て確かめてください。連れ合いなどは何度通っても、迷い、いまだに一人では行きつくことができません。

重くて、味わい深いライ麦パンを作っています。

時々食べたいな〜と思った頃に、

「そちらに行くついでがあるけど要る?」などと嬉しい連絡が入りゲットすることもしばしば。

先日も、レティシア書房で写真展をして頂いている家住利男氏の教え子さんが「はちはち」でランチしてからこちらへ回るというので、パンの配達をお願いしました。薄くスライスしたパンを、オーブントースターで少し温めて食べるのですが、馥郁とした香りに、ホント幸せな気分になります。

写真は12月限定の「はちはち」のシュトレーン。あ、今は行ってもありませんよ。クリスマス限定ですから。たいていは写真を撮るのを忘れて、食べてしまうのですが、奇跡的にこのときは記録を残せました。

メチャクチャオイシイです。しかし何度も言いますが、12月のみ。スミマセン。

 

 

わかりにくい場所にも関わらず、レティシア書房の回りにはここのパンのファンが多いです。「はちはち通信(はちはちが出しているウェブマガジン)」の先月号で、レティシア書房が開店したことを掲載してくれたので、それを見てお客様が来てくださった事もありますし、こちらからご紹介した方は必ずっていうほどリピーターになられます。

 

そういえば、お世話になった建都住宅の担当フジイさんも知らない間に「はちはち」へ出入りしている一人。フジイさんとは色々なところで好みが似ているのですが、やっぱりどこかで通じていたようです。

家に関してはエピソードがあまりに多すぎて、なかなか書けないでいるのですが、少しずつ綴っていけたらと思っているところです。

まず、私とフジイさんの出会いから・・・っていうと、ああ、ますます話が進まないかな〜。(女房)

 

 

 

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どうです、凄い文句でしょう。こんなのもあります。

「槍みてえに痛ぇ土砂降りめ!どっからでも俺を刺しゃあがれ」

お分かりですか。お分かりの方は相当映画好き、しかも私と同じような映画館通いをされた方と思います。これは、東映映画のポスター、新聞広告に載る宣伝文句を生涯作り続けた関根忠郎氏にインタビューした貴重な一冊「惹句術」(講談社 昭和61年発行初版)から抜粋した惹句です。関根氏は東映時代劇から、やくざ映画そして最近の大作まで、ひたすた惹句をひねり続けてきました。東映という映画会社は、戦後満州から引き上げてきた人たちが立ち上げた会社です。どこか、無頼で、アナーキーな雰囲気を持っていました。で、お上品な東宝や、松竹を鼻で笑い飛ばすがごとく、男性映画ファン向けに、時代劇、やくざ映画、成人映画(梅宮パパが熱演?)路線をひた走りました。単純明快、エログロ、暴力万歳の映画。よって、惹句も分かりやすい。

「どてらで笑って、女でご満足」

「男東映太鼓がドンと鳴りゃ男の夏がやってくる」

「仁義の裏をのぞいてみたら犬畜生の真っ赤な血」

こういう、惹句に魅せられるように、汚い東映映画館に通いました。水商売のおねえさんと小指のないお兄さんの横で、酒とタバコの臭い一杯にヘキヘキしながら観たこともあります。テニスとダンパ(ダンスパーティです)に浮かれる大学にも、革命を引きづり回るどアホな学生政治活動にも、高度成長できらきら輝く社会にも、苛立っていた私を救ってくれたのは東映でした。関根さんの惹句を観るたびに血が騒ぎました。そんな青春時代を思い起こせてくれる貴重な一冊です。

「雨! ざあざあ 文太びっしょり ドスもずぶ濡れ」このトホホな感じが、私の大学生活でした。

あんまり売りたくないんで、高めに値段(3000円)つけています。どうしても、欲しい人熱意お話いただければ値引きします。

 

 

いつの頃からだろうか、星野道夫という動物写真家のことが頭から離れなくなったのは。アラスカの熾烈な自然の中を生き抜く動物達、そしてそこに暮らす人達の写真には、生きることの愚直なまでの共感と尊厳を読み取ることができる。可愛い!と思う動物写真は大量にあるが、愛しくて涙が出そうになる動物写真は彼だけ。そして、写真だけではなく、彼は多くの文章を残している。すべての生きとし生けるものへの愛情その思いを真剣に伝えようとする姿勢が、すべての文章に満ちている。

彼は、長年に渡る撮影で、荒れてゆく大地、消えてゆく動物達を眼の前で見たに違いない。しかし、一度も「自然を守ろう」などと声高に、叫ばなかった。無関心であったはずはない。人が自然を守る、という言葉には生物界の頂点たる人が自然を守ってやろうという不遜な響きがある。彼はそれを嫌った。「地球に優しく」なんて言葉、地球の立場にたったら、お前に言われる筋合いではない、いつから人は地球より偉くなったん?と言われるかもしれない。

彼は黙々と写真を撮影し、文章を書き、生きることの愛おしさと死ぬ事の意味を伝えようとした。あぁだ、こうだなどとご託を並べたがる自分自身を消して、大地に寄り添う。多分に宮沢賢治的な思考と生き方。実際、長期に渡るアラスカの撮影で、たった一人、荒涼たる大自然の中で愛読していたのは宮沢賢治だった。賢治の残したものは星野に引き継がれ、そしてまた誰かこの星を真剣に愛しているに引き継がれてゆく、そう信じていたいものである。

 

「ノーザンライツ」は200円 「表現者」は4000円で販売中です。これは、再入荷難しいでしょう。

 

 

ある年代以上にとって、犀のマークを会社のシンボルに使っている晶文社の本は、忘れられない出版社だ。先ず、植草甚一との出会い。映画、ジャズ、文学の新しい感覚、ヒップなサウンドを軽妙なタッチで書いた一連の本は、アカデミックにお勉強しなくても、雑学で十分だという事実を教えてくれた。今第一線で活躍中の坪内祐三や、小西康陽のコラムはその植草の遺産を見事に継承している。蛇足ながら、一部で人気のジャズ評論家の某氏は、継承者を任じておられるが、アホか!。あんたの聴くジャズの幅の狭さ。植草さんは、自由だった。ひょい、ひょいと自由に面白いものを発見するのが真骨頂なのに。

すべては植草さんに始まった。彼がいなかったら、映画も音楽も、海外のミステリーもあんなにキラキラ輝いているように見えなかったに違いない。本屋に行って、犀のマークの新刊を見ると、ドキドキする経験は、ある年代以上で、若き日々、新しいビートに、映像に心奪われたヒップな少年、女子にはご理解いただけると思う。晶文社の本には絶対的な信用があった。可愛い女の子には、いつもドキドキしていましが、出版社でドキドキするなんて、幸せな時代だったんだ。

歳はとりましたが、可愛い女の子と、犀のマークには今だに、ハラハラドキドキでいるのは、やはり幸せなんでしょうね。私の店にもお越しくださるブックカフェUniteにも犀のマークの本がありました。きっと、幸せな青春時代を送られたんでしょう。そういう店は居心地はいいもんです。

 

音楽、映画、文学、アートを紹介する「Switch」とい雑誌があった。いや、今もある。しかし、今の「Switch」は全然面白くない、と思う。昭和60年に第1号が発売された。当時レコードショップに勤務していた私は、即座に仕入れを開始した。サム・シェパード、ミッキーローク、B・スプリングスティーン、スティング、ジョン・ベルーシなどの特集が続いた。ハイブロウな紙面作りはセンス良く、また一般書店ではあまり販売してなくて、ちょっと自慢したくなる雑誌でした。当時のトレンディードラマでおしゃれなデザイナーがくつろいでいるシーンで、読んでいる雑誌が「Switch」という、まぁそんな雑誌でした。

当時、この雑誌には、眩しく輝いていたアメリカンカルチャーへの憧れと、むやみに憧れることへの躊躇と恥ずかしさが同居し、覚醒した様な、ハードボイルドに突き放した様な文章が独特の世界を作っていました。僕自身、アメリカンカルチャーと一緒に育ち、憧れた。すべてかっこ良く、人生のすべてを教えてもらった教師でもあり、そして歳と共に憧れは消えさり、失望もした。単純で、複雑に世界をみるこのできないアメリカ人をくだんねぇ〜と思ったこともある。しかし、一時期、確実に”made in USA”は輝き、日本はださかった。その時代を見事にこの雑誌は描写しています。

では、何故今の「Switch」がつまらないのか? それは、Japan as No.1になってしまったから。音楽も映画も、今やアメリカ以上に日本の方が面白い。コミックは、アメリカなんぞ足下にも及ばない。アメリカに対する照れや、劣等感なんぞどこにもなく、堂々としている。それは、それで悪いことではない。ただ、アメリカに対する憧憬と気恥ずかしさがミックスされた時代の気分が醸し出す苛立ちがないのが物足りないのです。

☆Switchバックナンバーは各900円で販売中

 

 

 

レコード店や、本屋の店長の経験のある連れ合いと違い、私は店番をするのが恥ずかしいほど本に関しては素人です。読書好きと名のる程読んでもいないし、店に一人座っていると、お客様と何を話していいかわかりません。

けれど、ぼーっとしているのが邪魔にならないのか、ゆっくり本を選んでくださっているみたいで、それはそれで良いかなと思ったり。

 

古本屋を始める事になりそうだと、鳥取県に住む短大時代の友人ノブちゃんに年賀状を出したら、「私も本屋をするつもりで勉強中。いつ?どこで?店を出すの?」と年明け早々電話をくれました。彼女は学校の図書館司書をしていて、児童書の本屋さんを考えているようです。2月に京都に来た彼女と会った時、時期を同じくして店を持つ事を考えていたという一点だけで、なんかずーっと一緒にいたような気分になったものです。

 

3月の末、再びこちらに来る用事ができた彼女は、鳥取駅を出たときにメールをくれたので、店で会う約束をしました。私がいる事がわかった途端、その手でもう一人の友人ヒトミさんに電話してくれて、夕方二人でご来店。なんと、ヒトミさんはノブちゃんの電話で、大阪府北部の能勢から2時間ほどかかってわざわざ来てくれたのです。しかも二人は、短大を出て京都を離れてから、あまり連絡もとってなかったというから驚きです。たまたま仕事が休みの日だったらしいのですが、それにしても嬉しいことです。20歳頃から肝の座った頼がいのある姉御でしたが、変わっていない。「お互い性格っつうもんは変わらんな。」などと笑いながらひと時の再会を楽しみました。

 

本屋を始める時、暢気な私もさすがに「これはエライこっちゃな。」と何度か引き返しそうになりました。開店して約1ヶ月。慣れないことばかりで落ち着かない日々を過ごしてきましたが、こういう嬉しい再会があると力が出ます。ここに居て、居る事だけで、外とつながっていけるとしたら、案外おもろい老後が待っているかもしれない、とちょっと幸せな気分です。(女房)

 

 

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妄想文学青年はドアーズのジム・モリソン。暴走映画監督はフランシス・F・コッポラ。この二人とくれば、映画はもちろん「地獄の黙示録」。カルフォルニア大学きっての秀才詩人と言われたモリソンが組んだバンド、ドアーズは、その音楽の中に幻想的な物語を埋め込む才能に溢れていました。延々12分にも及ぶ”The End”はシタール、オルガン等の楽器を巧みに用いてアバンギャルドなサウンドを聴かせてくれます。一方、同じカリフォルニア大学で映画を学んでいたコッポラは、その巨体に相応しいパワフルで、陶酔感に満ちた映画を作ります。よし、謎めいたベトナム映画を作ろう!と思い立ったコッポラは、やはり謎めいたドアーズの曲をオープニングに採用。まぁ、これがクスリでハイになっている如き酩酊感一杯です。元来戦争映画は、被害者の立ち位置の反戦映画とアクション映画のジャンルとしての活劇の二つでした。しかし、「地獄の黙示録」はどちらにも属さない映画。あえて言えば、観ているうちに、何が何だか分からなくなり、主人公と一緒にジャングルを迷走させられ、あげくに放り出される不親切な映画です。濃い霧の中を漂う間に、誰かに素肌を撫でられている「危ない感じ」に満ちています。

映画の歴史の中で、監督が映画に取り憑かれ、気が狂わんばかりなって逃げ出した作品があります。「2001年宇宙の旅」なんかその代表です。「地獄の黙示録」もやはりそんな一本。映画を観る楽しみは色々ありますが、ずるずると奈落に引き落とされる映画に己を委ねるのは最高の快楽です。危ないクスリは御法度ですが、映画なら大丈夫。みんんでトビましょう。でも、最近そんな危ない映画が少なくなりました。 あぁ〜トビタイ。

ドアーズのCDは800円で販売しています。嫌な事があって、この世におさらばしたい時、そっと背中を押してくれます。