彼女のフェルトは、一言で言えば「男前」。「こすりの加藤」と自称されるくらい縮毛をかけるので、しっかり感がちがいます。しっかり堅いけれど、羊毛なので、手に取ってみると驚くほど軽く、暖かい。

加藤ますみさん(ZUS)のフェルト展は、2014年12月に初めて開催しました。2015年がヒツジ年だったので、羊毛でヒツジをたくさん作って頂けたら楽しい!とお話したら、即座にのってくださいました。「次は酉年に向けて、きっと2016年12月に!」という約束とおり、たくさんの鶏たちを引き連れて来て頂きました。親子の鶏は、「干支セット」として飾ってもらえるものと、ポケット代わりのバッグがあります。どちらも動物キャラを得意とされている加藤さんの、なんとも愛らしい作品です。

私が欲しいな、と思っているのは「お座布団」(写真上・1枚10000円)。中綿がはいっていなくても、フェルトが二重なので十分暖かくて、編んでいるものより季節を選びません。お尻に敷くのがもったいないからと、大切なものを並べるマットとして購入された方もいらっしゃっいました。「これはね、防災グッズになるんですよ。」と加藤さん。頭にのせたら頭巾のようになって、熊本のお友達に喜ばれたとか。フェルトは燃えにくいし(少しは焦げる)、水にも強い。防災グッズにはもってこい。動物の毛ってすごいです。

リュックサックも、軽くて美しいものが並びました。リュックを背負うと暖かいっていうのは、これからの季節、なんだか嬉しいですよね。2年ほど前から年に2〜3個作り続けておられる大作「キャリーバッグ」も、ぜひ実物をみてください。気の遠くなるほど時間のかかる作業だろうと思うのですが、「時々、大きなものが作りたくなる。」と、またまた男前なお言葉。どこまでも力強い。ご本人も作品もますます好きになります。

もちろんお馴染みの動物キャラのキーホルダー・ペットボトルホルダーも、人気のスリッパもたくさん並びました。今回新しく「ICホルダー」(イヌ・ネコ)も定番に加わりました。暮らしの中から、楽しくてユニークな発想を形にする実力者、加藤ますみさん。何かと忙しい時期ではありますが、彼女のステキなフェルト作品に、ぜひ触れてみてください。(女房)

★「ZUS HAND MADE FERT」展は12月28日(水)まで。

 月曜日定休(最終日は18時)

 

★レティシア書房は12月29日〜2017年1月4日まで休業いたします。新年は1月5日から平常通り営業いたします。

 

 

 

 

新しいミニプレス「季刊25時」が届きました。

「一日の終りでもあって、始まりでもある25時。好きなお店に立ち寄ったとき、ちょっとページをめくりたくなる。そんな雑誌があってもいいんじゃないかという思いから生まれた冊子です。」という主旨で大阪の(株)経堂福島出版社が発行。

「自分の時間に楽しめて、新しい発見やちょっとした教養に触れる酒場雑誌」というのですが、もちろん酒場に行かなくても、ポケットに入れて、通勤、通学の帰り時分に読むのにいいかも。中身はこんな具合です。

1号「歌謡曲、大好き」

巻頭インタビューは、元祖ご三家の一人、西郷輝彦です。代表作「星のフラメンコ」はかっこ良かったです。インタビューによると、65年当時なんと、1年間にシングル13枚をリリースとか。さらに玉置宏の流暢なMCで始まる「お口の恋人ロッテ提供、ロッテ歌のアルバム」(50代以上の方には涙ものですな)の他、すべて生放送の歌番組に出演し、ヒットした歌を直ぐに映画にする「歌謡映画」まで主演と、超多忙な日々。歌謡曲黄金時代の話満載の号です。

 

2号「ぼくたちの大好きな伊丹十三」

こちらの巻頭インタビューは、伊丹と親交の深かったフードコラムニスト、門上武司さんが、私もぜひ行ってみたい松山市にある「伊丹十三記念館」を巡りながら、マルチな才能を発揮した伊丹の魅力に迫っていきます。どの分野でも豊富な知識と蘊蓄を持つ伊丹ですが、それが嫌味にもキザにもならない。そのことを門上さんはこう考えています。

「知識がどこかからの受け売りではなく、一度自分のなかで吟味して咀嚼して、血肉化したあとの発言であること。最後は、経験というのかな、実績というのかな、伊丹さんが生きてきた時間や世界が圧倒的なので説得力の度合いが違いますね、だからでしょうね。」

究極のスタイリスト伊丹十三の魅力が詰まった一冊です。

8号「加点主義で行こう」

ん?加点主義って何だ?平たく言えば、人の悪いところを積み重ねて、その人の価値を減点してゆくよりも、良いところを加点していこうよという考え方で、当雑誌の編集者でもあるタレントの松尾貴史と、脳科学者茂木健一郎との突っ込んだ対談を通して、読者に提示していきます。茂木は、人の評価の仕方はもっと多様であってほしい、しかし、この国にはそういう流れがなくなってきている、と危惧しています。

この対談のあとに「加点して生きてゆく人への応援歌」として各界の著名な人達の言葉が採録されていて、どれも説得力があるのですが、その中から写真家、土門拳の言葉

「気力は眼にでる 生活は顔色にでる 年齢は肩にでる 教養は声にでる」

或は、水木しげる「少年よ、がんばるなかれ」

そして意味深なタモリの言葉「わたしもあなたの作品の一つです」と、フムフムの連続です。「25時」は各500円(税込み)。

江戸文化研究家の田中優子著「江戸の音」(河出書房新社700円)は、江戸時代の劇場、街角に流れていた三味線の音色をもとに、江戸のモダニズムと深い音楽性を考察する刺激的な一冊です。

能「安宅」を歌舞伎にした、お馴染み「勧進帳」。「安宅」は他の能の演目同様に、極めてストイックな舞台で粛々と進行していきます。ところが、歌舞伎「勧進帳」になると、緋毛氈が舞台後方に横一文字に引かれ、ズラリと三味線の弾き手が並びます。幕明きは、能の謡いで始まるのですが、突如三味線のアンサンブルが始まると、もう別世界。エキサイティングでスリリリングな舞台へと進んでいきます。本書はそういった解りやすい例をあげながら、音という視点で江戸を見てゆくユニークな一冊です。武満徹との「江戸音曲の広がり」はぜひ一読していただきたい対論です。

京都在住のマリンバ奏者でエッセイストの通崎睦美が、平岡養一の生涯を描いた「木琴ディズ」(講談社1550円)も面白い本です。

平岡養一は、明治40年生まれ。独学で木琴を学び、当時、木琴奏者の王国だったアメリカに単身渡航し、なんとNBC専属の奏者になり、日米開戦まで演奏を続け、世界一の木琴奏者にまで上りつめました。そして、戦後、独特のスイング感覚で国民的音楽家になっていきました。その音楽人生を追いかけていきますが、実は、皮肉なことに著者の演奏するマリンバの日本上陸で、木琴の時代が幕を閉じることになっていきます。「天使突破一丁目」、「通崎好み」等のエッセイでお馴染みの著者が、300数ページに渡り、波乱に満ちた男の人生を描ききっています。

そして、もう一点。これは本ではないのですが、ディズニーの古典的映画「ファンタジア」の3枚組レコードです。中に映画「ファンタジア」の画集が入っているのですが、これが貴重です。この映画は1940年、ウォルト・ディズニー製作によるアニメーション映画で、本格的にクラシック音楽を駆使した画期的な作品でした。フィルムの精度も映画技術も、今日とは比較にならない程貧弱だった時代に、これ程優れた作品を作ったのは驚きです。本がいつぐらいに発売されたのか、詳しい情報がないので判断できませんが、十数ページに渡って映画のワンシーンを描いたものが綴じてあります。まるで画集を開くような感じです。全編にわたっての音楽演奏は、レポルド・ストコフスキー指揮フィラデルフイア管弦楽団。レコードから流れるクラシックを聴きながら、ひと時壮大なファンタジーの世界に遊んでください。珍しい一品で、バカみたいに高い値段がついていたことがありましたが、当店は4000円で出しています。 

 

 

 

新刊書店店長として仕事をしていた時代、新刊の小説は片っ端から、読んでいました。もちろんただで….。本来は、店内の本を休憩室に持ち込まない事、買って読む事というお達しがあったのですが、店長は別、と勝手に解釈。職権乱用ってやつですね。

今、第一線で活躍中の作家は、ほぼ読んだのではないでしょうか。最後まで読めなかった一人を除いて。その作家は恩田陸。SF、ファンタジー系の作家としてヒット作を連発していたのに、途中でだれてくるのです。小難しいとかストーリーが迫ってこないとか、ではないのですが、途中で売場に戻してしまうというのが常でした。

ところが、「六月の夜と昼のあわいに」(朝日新聞出版600円)は、手に取った瞬間から、あれれ、と言う間に読み切りました。10の短篇で構成された本作は、各短篇の頭に杉本秀太郎の序詞(和歌で使用される修辞法で、特定の語の前に置いて、比喩、掛詞、同音語などの関係に係る言葉)が付いています。そしてさらに各篇の扉に、新鋭作家によるアートが付いています。多分、そんな構成に惹かれて読み始めたのですが、シュールで幻想的な世界に巻き込まれました。イメージが思い切り飛翔する世界です。

「なぜ日本の泥棒が背負っているのは、いつも唐草模様の風呂敷なのだろう」で始まる「唐草模様」はやがて、この模様がぐるぐると回り出す不思議な世界へと連れ出します。

以前、読めなかった作家を面白く読み切る。これって、書店主のおいしい仕事かもしれません。現役の作家で、絶版になっていない本を紹介するのは、新刊書店員の仕事のはずでした。しかし、無駄に忙しい勤務体制では、それは無理。ならば、古書店が、と思い、今年もそういった本を紹介してきました。稲葉眞弓「半島へ」(この方は故人です)、石田千「唄めぐり」、河崎秋子「颶風の王」、黒川創「京都」、松家仁之「優雅なのかどうか、わからない」、湯本香樹実「岸辺の旅」、小川洋子「いつもかれらはどこかに」等々。

歴史の彼方に埋もれた作家を掘り起こすのも仕事かもしれませんが、今の作家の、あんまり知られていない本をどんどん紹介していくのも仕事ではないでしょうか。私は、そっちに比重をかけていきたいと思います。

「TIME TRAVEL」(1080円)というミニプレスが創刊されました。創刊号の特集は「HAWAI’I」です。旅行情報誌と思われる方、大ハズレです。歴史的アプローチから、ハワイに渡った日本人の歴史とその歩みを見つめるのがテーマです。でも、堅苦しい歴史書ではありません。

ハワイに日系人が誕生したルーツを探り、先の世界大戦をどう戦ったのかを、現地での取材を含めてルポしていきます。戦時中、アメリカ軍として戦闘に参加した日系人部隊は、正面から日本人と衝突する太平洋方面ではなく、ヨーロッパ戦線に駆り出されていました。しかし、一部対日戦争に駆り出されて、諜報の仕事に就いていた日本人がいました。ハワイで生まれ、沖縄で育ち、ハワイに戻り、戦争に巻き込まれ、沖縄戦では塹壕を回って、投降を呼びかけた経験を持つ比憙武二郎さんのインタビューは鮮烈でした。

本好きには「郷愁から発信へ 日本語書店の変化」というレポートをぜひお読みいただきたい。ショッピングモールに入居している「博文堂」は、なんと1910年創業の日本語書店です。空路、東京から毎日、本や雑誌が届けられていて、日本と発売日はほぼ同時だそうですが、日本での価格よりは割高になっています。一方、再販価格制度(定価販売で値引きしない制度)がないので、ディスカウントされた新刊本が並んでいます。1940年代ホノルルには、日本語書店は13店舗あった記録が残っています。

しかし戦後、日本語を使う人々が減るに従って、減少し、現在のあるのはこの「博文堂」のみとのこと。そんな事実も、この本で教えてもらいました。

ところで、ハワイに平等院があることはご存知ですか。移民100年を記念して建立されたものですが、この写真(右)だけでは、よもやハワイとは誰が思うでしょうか?

時間を遡って、この魅力溢れる島と日本人の関係を語り尽くした希有な本ではないでしょうか。次号は沖縄特集です。こちらも期待しています。

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メリル・ストリープ&ヒュー・グラント主演映画「マダム・フローレンス」はお薦めです。

個人的に、何を演じても上手すぎるメリルは苦手で、どちらかと言えば敬遠してきた女優さんですが、「マディソン郡の橋」辺りから、馴染めるようになりました。

1940年代のニューヨークに生きた社交界のトップレディ、フローレンス・フォスター・ジェンキンスは、自分が稀代の音痴である事を自覚せずに、歌手になるために努力していました。そして、とうとうカーネギーホール出演のチャンスをゲットしてしまいます。妻の音痴を知り尽くしている夫は、ありとあらゆる手段を使ってコンサートを成功させようとします。そのドタバタぶりを面白可笑しく、ペーソスも交えながら、夫婦の情愛たっぷりにを描いていきます。

メリルはミュージカル映画にも出演したぐらいですから、歌唱力抜群です。それが、ものの見事に音程を外して歌います。映画館で今年、一番吹き出した瞬間です。よくもまぁ、微妙にヘタクソに歌えるものです。しかし、よく聞いていると、下手なんだけれども味があって、聴かせる時もあるというさじ加減は、巧みな演技力の証しです。

さて、フローレンスの夫を演じているのが、ヒュー・グラント。ロマンティックコメディ映画で、チャラチャラした二枚目を飽きずにやって来ました。予告編だけで沢山の俳優でしたので、主演作は一本も観ていませんでした。しかし、しかし、今回のフローレンスの夫役には仰天しました。

とにかく、粋なのです。そして純情なのです。ちょっとした仕種、手の動き、煙草の吸い方、台詞の言い回し、すべてがいいんです。1960年生まれのヒューは、今年56歳。”ロマコメの帝王”と言われた彼が、こんなになるなんて、長生きはするもんです。映画の中で、ジャズのリズムに合わせて彼が踊るシーンが出て来ます。キャメラはローアングルでその動きを捉えるのですが、躍動感溢れる動きに拍手したくなりました。笑って、泣かせて、気分良く帰らせてくれる映画の王道みたいな、今どき珍しいクラシックな映画でした。

 

なお蛇足ながら、このヘタクソな女性は実在の人物で、相続した莫大な遺産をNY音楽業界に投じ、76歳でカーネギーの舞台に本当に立ちました。凄い女性ですね。この写真の女性がそうです。彼女は晴れ舞台の一ヶ月後この世を去りました。

絵本作家、町田尚子さんの個展を観に行った時、いやぁ〜人を食った顔だなぁ〜と拍手喝采したのが彼女の新作絵本「ネコヅメのよる」(WAVE出版/新刊1512円)でした。この表紙を見ればわかりますよね。昨今猫ブームとかで、大量に猫本が出版されていますが、この本がピカイチだと思っています。

 

主人公は家猫ですが、人間が一人も出て来ません。そして、極端に少ない言葉。「おや?」「あれ?」「もしかして」「そろそろかもしれない」なんてフレーズに絵が一枚づつ付いているのですが、猫を見つめる視線が、まるで映画のカメラを覗いているみたいです。ローアングル、ロングショット、超アップ、大俯瞰と変化していきます。そしてある夜、猫達が行き着くステキな場所へと我々を誘ってくれます。妙に擬人化を施さないとこがいいです。猫に興味のない人もフフフと笑えてきそうな一冊。玄関に立てかけておいたら、この顔ですから厄払いもしてくれるかもしれません。

 

 

さて、もう一冊、やはり素晴らしい絵本の紹介です。酒井駒子(絵)、LEE(文)による「ヨクネルとひな」(ブロンズ新社/新刊1620円)です。仔猫のヨクネルのかよわい表情、女の子ひなちゃんの素直な感情が、酒井駒子さんらしい繊細なタッチで描き込まれていて、高いクォリティーの絵本に仕上がっています。ひなちゃんの顔、手の動き等隅々にまで、仔猫への愛しさが溢れています。ぐっすり眠っているヨクネルの表情も、よく猫を観察されているなぁ〜と感心します。駒子ファンなら、必読の一冊です。古書では、「金曜日の砂糖ちゃん」(850円)、「BとIとRとD」(1300円)、「ビロードのうさぎ」(1250円)、「くまとやまねこ」(1050円)もあります。

さて、こちらも新刊ですが、五味太郎「絵本図鑑」(青幻舎3024円)も見逃せません。1973年から2016年までに発表された、五味太郎の作品が網羅されています。全作品の表紙を収録、またエポックメーキング50と題して本人のコメント付きで中身が紹介されています。後半には五味太郎覚え書きがあります。

また、メリーゴーランド店主、増田喜昭さん他の方々が、五味太郎について語っていますが、その中で、編集者の小野明さんが興味深い指摘をされています。

「五味太郎は垂直好きだ。ビル、煙突、立木、塔、灯台、殿中、旗、信号、標識、杖…….。 絵本のそこかしこに立っている。」

絵本はページをめくる行為が水平方向の動きを促進するので、そちらに強い。だから垂直なものは、水平方向の動きに対して読点を打ち、画面全体をリズミカルにもする。画面がはずみ、軽快にする作用を持っている、との指摘です。これから五味太郎の絵本を見るときには、この点を注意して見てみるのも面白いかも。

★レティシア書房では、新刊書・古書の色々な絵本を置いています。

 

小学館が、松本清張原作の映画を「解説本+DVD」で10本出していました。

この10本の中で、大傑作は「張込み」(1958年松竹/モノクロ 中古2100円)です。個人的には、大好きな日本映画50本に入れたい程、惚れ込んでいます。清張の原作は僅か30ページ程の短篇です。殺人犯逮捕のために、犯人の昔の恋人の自宅前で張込みを続ける二人の刑事の緊迫の日々を描いたサスペンスですが、映画は116分の長編に仕立て上げました。

何がスゴイと言っても、アバンギャルドな映像表現でしょう。

先ずタイトルが中々出てこない。横浜駅を出る桜島行夜行に飛び乗る二人の男。季節は夏、冷房のない車内はうだる様な暑さ。あの時代、東京から九州に行くのに一昼夜かかりました。その道中を、なんの説明もないまま描いていきます。二人は佐賀で下車して、とある家の前の宿に入る。そして、若い男の独白で「さぁ、張込みだ」という台詞と、睨みつける様な視線のアップの映像に「張込み」のタイトルがかぶさる。ここで、初めて二人の男は刑事だったことがわかります。初めて観た時は、その格好良さにしびれました。絶対に小説ではできない。

そんなシーンを取り上げていったら切りがありませんが、後半、犯人が乗っているバスを空撮で捉えるシーン。刑事のアップから一気に映像は空高く舞い上がり、俯瞰で田舎道をゆくバスを捉えます。こういう視点の切り替えに出会えることこそ、映画の醍醐味の一つですね。音楽を担当しているのは黛 敏郎で、サスペンスを盛り上げる見事な音楽を作り出しています。

解説本も充実しています。全10作の解説は川本三郎。同じく連載で松本清張記念館館長、藤井康栄が松本の実像に迫っていきます。川本は「松本清張の犯罪小説の特質は、犯罪を犯す人間の側にある悲しさ、無念、疎外感を描いたことにあるが、映画『張込み』も東京に出て、犯罪に走らざるをえなくなった出郷者と、彼を愛した女性の悲しみを浮き上がらせたところに、感動がある」と書いていますが、その通りです。

映画は「砂の器」の名コンビ野村芳太郎(監督)と橋本忍(脚本)。出演は大木実、宮口精二、田村高広そして高峰秀子と、これまた見事なキャストで、当時の役者の層の熱さを感じます。TVでは何度もドラマ化されていますが、高峰の役を大竹しのぶが演じたフジテレビ版、ビートたけしが刑事を演じたテレビ朝日版が印象に残っています。

 

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瀬戸内沿岸の人々の暮しを見つめるミニプレス「せとうち暮らし」最新号は、このエリア一帯の本に関する特集です。

先ず、京都の古書善行堂店主が、壷井栄について書いたコラムで始まりです。「壷井栄を読むと、心はいつも小豆島に」なんて上手いなぁ〜。ここで紹介されている「坂道」を読みたくなりました。

次に紹介されているのは、瀬戸内が舞台の本です。私のお気に入りの、瀬戸内の島を舞台に繰り広げられるサスペンス一杯の池澤夏樹「アトミックボックス」は、もちろんリストアップされています。村上春樹の「海辺のカフカ」もここが舞台だったんですね。そして、小豆島を舞台にした角田光代「八月の蝉」。著者のインタビューも載っています。

60年代から80年代、瀬戸内の島々を巡り、本を届けた「文化船ひまわり」は、日本で唯一の船の図書館だったのです。この船のことを初めて知りました。就航から引退までの物語の前に、見開きでnakabanさんのイラストが目に飛び込んできますが、これがいい!港に着いた船に向かって一直線に、坂道を女の子が走って下りて行きます。本を読みたくてワクワクしている女の子の気持ちが伝わります。

次は、島のブックカフェ、街の本屋さんの紹介と、必読の特集が続きます。高松の「なタ書」、岡山の「451BOOKS」、松山の「トマト書房」、広島の「DEADAN DEAT 」等々、行ってみたい本屋さんのオンパレードです。「トマト書房」の写真を見ると、書架の前にズラリとアナログレコードが並んでいるのが見えます。これだけで、もうこの店には行かなあかん、と血が騒ぎます。

さらに、島旅の達人、編集者、画家、古本屋店主達が、瀬戸内の島めぐりをする時に、読んでおいて欲しい本を各5冊選んでくれます。森山大道「何かへの旅1971−1974」、吉村昭「海も暮れきる」、内田麟太郎「みさき」など、店に置いておきたい本もありました。

年末年始に、ぶらり島巡りなんて行ってみたいものです。そんな時、この本はきっと役に立ちそうです。

★なお、2009年に誕生した「せとうち暮らし」は、次の21号から「せとうちスタイル」へと名前が変わります。乞うご期待!

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ヘンリー・ディヴィッド・ソローの著作を、これだけ置いている古本屋はないだろうと勝手に思っています

彼の著作だけでなく「ソローの森から雨の屋久島へ 自然の歩き方50」や「釧路湿原の長谷川光二 日本のソロー」といった周辺の本まで揃えています。

ウォールデン湖畔の森の中に丸太小屋を建て、2年間の自給自足生活を送った記録をまとめた「ウォールデン森の生活」(1854年)は、彼の代表作であり、その後多くの作家に影響を与え、エコロジカルな生活が見直されている今、多くの方に読まれています。「新装版森の生活」(宝島社/絶版1900円)ではイラストも多用されているので、こちらの版もお薦めです。

ソロー自身は44歳という若さでこの世を去りましたが、死後「メインの森」、「コッド岬」(工作舎/絶版2350円)など人間と自然との関係をテーマにしたものが多く出版されています。ただどの本も大著です。彼を知ってみたいという方にお薦めなのが、「ソロー語録」(文集社1500円)です。

この本はテーマ別に彼の言葉がズラリと並んでいます。

「人間がいまだ空を飛ぶことができず、大地のようには空を荒らしていないことに感謝しよう。」とは自然について語られた「日記」(1861年)です。

森を歩き回った彼は「歩く」ということについて、「人によってそれぞれ歩むペースが違うのは、みんな違った太鼓のリズムを聞いているからだ。自分の耳に響く行進のリズムに合わせて歩もう。それがどんな拍子であっても、どんなに遠くとも」

アメリカの奴隷制度に反対し、税の支払いを拒否し、投獄された経験があり、「人が集団からこうやれとか、ああやれとか強いられるなんて聞いたことがない。いったいどんな人生を生きろというのか」と憤ります。

また労働について「勤勉なだけでは十分とはいえない。そんなことはアリだってやっている。問題は、何について勤勉であるかだ」と蘊蓄のある言葉を残しています。

環境保護運動の先駆者として、貨幣経済に依存しない生き方を模索した人物として、あるいは国のあるべき姿を見つめ続けた一人の市民として、様々な魅力を持つソローの本は熟読に値するものばかりです。

私が魅了されたのは「森の生活」に登場するこの言葉からです。

「シンプルに、シンプルに、生きよう。すべきことは百や千ではなく、二つか三つでいいのだ。」