音楽、映画、文学、アートを紹介する「Switch」とい雑誌があった。いや、今もある。しかし、今の「Switch」は全然面白くない、と思う。昭和60年に第1号が発売された。当時レコードショップに勤務していた私は、即座に仕入れを開始した。サム・シェパード、ミッキーローク、B・スプリングスティーン、スティング、ジョン・ベルーシなどの特集が続いた。ハイブロウな紙面作りはセンス良く、また一般書店ではあまり販売してなくて、ちょっと自慢したくなる雑誌でした。当時のトレンディードラマでおしゃれなデザイナーがくつろいでいるシーンで、読んでいる雑誌が「Switch」という、まぁそんな雑誌でした。

当時、この雑誌には、眩しく輝いていたアメリカンカルチャーへの憧れと、むやみに憧れることへの躊躇と恥ずかしさが同居し、覚醒した様な、ハードボイルドに突き放した様な文章が独特の世界を作っていました。僕自身、アメリカンカルチャーと一緒に育ち、憧れた。すべてかっこ良く、人生のすべてを教えてもらった教師でもあり、そして歳と共に憧れは消えさり、失望もした。単純で、複雑に世界をみるこのできないアメリカ人をくだんねぇ〜と思ったこともある。しかし、一時期、確実に”made in USA”は輝き、日本はださかった。その時代を見事にこの雑誌は描写しています。

では、何故今の「Switch」がつまらないのか? それは、Japan as No.1になってしまったから。音楽も映画も、今やアメリカ以上に日本の方が面白い。コミックは、アメリカなんぞ足下にも及ばない。アメリカに対する照れや、劣等感なんぞどこにもなく、堂々としている。それは、それで悪いことではない。ただ、アメリカに対する憧憬と気恥ずかしさがミックスされた時代の気分が醸し出す苛立ちがないのが物足りないのです。

☆Switchバックナンバーは各900円で販売中

 

 

 

レコード店や、本屋の店長の経験のある連れ合いと違い、私は店番をするのが恥ずかしいほど本に関しては素人です。読書好きと名のる程読んでもいないし、店に一人座っていると、お客様と何を話していいかわかりません。

けれど、ぼーっとしているのが邪魔にならないのか、ゆっくり本を選んでくださっているみたいで、それはそれで良いかなと思ったり。

 

古本屋を始める事になりそうだと、鳥取県に住む短大時代の友人ノブちゃんに年賀状を出したら、「私も本屋をするつもりで勉強中。いつ?どこで?店を出すの?」と年明け早々電話をくれました。彼女は学校の図書館司書をしていて、児童書の本屋さんを考えているようです。2月に京都に来た彼女と会った時、時期を同じくして店を持つ事を考えていたという一点だけで、なんかずーっと一緒にいたような気分になったものです。

 

3月の末、再びこちらに来る用事ができた彼女は、鳥取駅を出たときにメールをくれたので、店で会う約束をしました。私がいる事がわかった途端、その手でもう一人の友人ヒトミさんに電話してくれて、夕方二人でご来店。なんと、ヒトミさんはノブちゃんの電話で、大阪府北部の能勢から2時間ほどかかってわざわざ来てくれたのです。しかも二人は、短大を出て京都を離れてから、あまり連絡もとってなかったというから驚きです。たまたま仕事が休みの日だったらしいのですが、それにしても嬉しいことです。20歳頃から肝の座った頼がいのある姉御でしたが、変わっていない。「お互い性格っつうもんは変わらんな。」などと笑いながらひと時の再会を楽しみました。

 

本屋を始める時、暢気な私もさすがに「これはエライこっちゃな。」と何度か引き返しそうになりました。開店して約1ヶ月。慣れないことばかりで落ち着かない日々を過ごしてきましたが、こういう嬉しい再会があると力が出ます。ここに居て、居る事だけで、外とつながっていけるとしたら、案外おもろい老後が待っているかもしれない、とちょっと幸せな気分です。(女房)

 

 

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妄想文学青年はドアーズのジム・モリソン。暴走映画監督はフランシス・F・コッポラ。この二人とくれば、映画はもちろん「地獄の黙示録」。カルフォルニア大学きっての秀才詩人と言われたモリソンが組んだバンド、ドアーズは、その音楽の中に幻想的な物語を埋め込む才能に溢れていました。延々12分にも及ぶ”The End”はシタール、オルガン等の楽器を巧みに用いてアバンギャルドなサウンドを聴かせてくれます。一方、同じカリフォルニア大学で映画を学んでいたコッポラは、その巨体に相応しいパワフルで、陶酔感に満ちた映画を作ります。よし、謎めいたベトナム映画を作ろう!と思い立ったコッポラは、やはり謎めいたドアーズの曲をオープニングに採用。まぁ、これがクスリでハイになっている如き酩酊感一杯です。元来戦争映画は、被害者の立ち位置の反戦映画とアクション映画のジャンルとしての活劇の二つでした。しかし、「地獄の黙示録」はどちらにも属さない映画。あえて言えば、観ているうちに、何が何だか分からなくなり、主人公と一緒にジャングルを迷走させられ、あげくに放り出される不親切な映画です。濃い霧の中を漂う間に、誰かに素肌を撫でられている「危ない感じ」に満ちています。

映画の歴史の中で、監督が映画に取り憑かれ、気が狂わんばかりなって逃げ出した作品があります。「2001年宇宙の旅」なんかその代表です。「地獄の黙示録」もやはりそんな一本。映画を観る楽しみは色々ありますが、ずるずると奈落に引き落とされる映画に己を委ねるのは最高の快楽です。危ないクスリは御法度ですが、映画なら大丈夫。みんんでトビましょう。でも、最近そんな危ない映画が少なくなりました。 あぁ〜トビタイ。

ドアーズのCDは800円で販売しています。嫌な事があって、この世におさらばしたい時、そっと背中を押してくれます。

 

ご想像いただきたい。大阪下町、やくざの親分が手下と街を歩いている。と、ひょんな事から知り合いになったフランス人おねえちゃんが、「ボンジュール」と挨拶する。と、手下が親分に向かってこう言う。「親分、盆や〜って言うたはりまっせ。そんな季節でっかいな?」「ボンジュール」を「盆や〜」と取り違えるギャグですね。小林信彦の「唐獅子」シリーズに出てきます。抱腹絶倒という言葉が相応しい小説に、このシリーズで初めて出会いました。そして、このシリーズが源氏物語をパロディ化しました。題して「唐獅子源氏物語」。大阪弁丸出しのやくざと悪徳刑事(映画にするなら佐川満男がぴったり)のドタバタ。親分曰く。「わしは光源氏やぞ。人妻やからいうて、遠慮はせんのじゃ」。まじめに源氏物語研究されている方々、品性下劣でごめんなさい。でも、オリジナルと同様に「明石」、「須磨」と話は粛々?と進行します。もちろん全編大阪弁です。「須磨」の章ではこんな”なごみ”の和歌も登場します。

「われなくて草の庵はあれぬとも、世に極道の種は尽きまじ」

紫式部真っ青。いや、墓場で読んで笑い転げています、きっと。小林信彦は忠臣蔵の浅野内匠頭の辞世の句さえも、何がなんだかよくわからん日本語と捉え、その後の大騒動を描いています。もちろん、シリアスな小説群も面白いのですが、一連の爆笑小説をぜひ、お読みください。ただし。電車の中で読んでいて、突然笑い出しても責任は持てません。

当店はしつこく小林信彦を集めています。棚一段一杯になるまでやりまっせ。因みに小林版「源氏物語」は300円です。文庫じゃないですよ!!

 

ガラス工芸作家として、内外で活躍中の家住利男氏の初めての写真展、本日より4月8日まで開催します。

海外の美術館で撮影した彫刻、工芸品の何点かを展示してあります。被写体となった作品は、本来の作家が、自らの美意識を忠実に具象化したものですが、カメラのファインダーを通して一人の作家が切り取ると、全く別の作品世界が広がります。彫刻の裸婦像を撮影した数点は、艶かしさえ感じさせます。また、NYメトロポリタン美術館で撮影された19世紀の犬の彫刻は、きっと幸せな一生を送った犬だったんだろうなぁ〜とこちらまで幸せな気分にしてくれます。

作品はすべて販売しています。小サイズ(28cm×35cm)は3000円 大サイズ(35cm×43cm)は8000円です。また額装されているものは14000円です。今回の写真展とは別に、ガラス工芸作家作品として「ガラスの書籍」も展示販売しています。(小)8000円(中)12000円(大)20000円です。もちろん、ページはめくれませんが、素敵な物語が詰まっている本です。

ギャラリーの白黒写真の佇まいと、書架に並んだ書物の雰囲気が適度にブレンドされ店は今いい雰囲気です、ジョアン・ジルベルトのギター一本のボサノヴァサウンドもその雰囲気作りに一役買っています。

 

今朝は朝からローリング・ストーンズを聞いている。試合の前はストーンズに限る。

 

試合?ハイ、3年前から卓球を始めました。そして今日は級別試合です。京阪中書島へ9時に向かう。すでに、多くの選手が練習中です。ウォークマンに入れたストーンズを聴きながら、軽く体操。ボリュームを大きくして聴くので、会場のざわつきは聴こえてこない。(なんか、一流のアスリート気分です)やっぱし、キースのギターをかっこ良いなぁー。不良爺かくありき!

西洋音楽に革命を起こしたのは、バッハ、モーツアルトそしてビートルズというのは歴史的事実です。ビートルズのサウンドは聴く度に、新しい発見があります。音のコラージュに関しては天才的です。一方、ストーンズは、アメリカのR&Bに影響されたイギリスの小僧達が、こんなかっこ良い音楽作ったら、女にモテルぜ!という下半身の欲望満足のためにスタートしました。だから、不良のイメージがつきまとっていました。彼らは、そのイメージ通り不良の音楽青年を演じました。酒、ドラッグ、女、暴力事件。そう遠くない日に、この世とおさらばするだろう、というのが大方の予想であり、期待でもありました。歳をとれば、ロッカーは死なねばならない暗黙の運命。しかし、彼らはしぶとい!もう、60歳過ぎてもステージでロックロールしています。音楽的には、目新しいことはありません。ユーミンがユーミン節から逸脱できないように、彼らもまたストーンズ節から抜けきれない。アメリカの友人が”Keep Rockin”と言ってくれたことがあります。ストーンズもまた、うん十年そうしているのです。再度言います、不良爺かくありき!!忌野清志郎亡き後、最後までKeep Rockinしていただきたいです。

写真のCDはDVD付きの限定版でお店では1500円で販売

で試合結果はというと、2勝1敗。私はサウスポーで、武器は、右ききの人とは逆方向に玉が逃げてゆくこと。今日も全勝狙い!えっ、対戦相手もサウスポーがいた!これは、まずい!

 

 

今日は、神戸三宮で古本市があるので、8時過ぎに家を出る。市は10時からで、会場に開始時間に着いた。京都市内のスーパーの前で、毎週木曜日にやっている100円市といい、各地で行われる大きな古本市といい、朝一番に行くと会場全体に気合いというか、殺気がみなぎっています。特に均一コーナーには、近寄りがたい雰囲気さえあります。業界人っぽい人で一杯です。新人の私も負けるわけにはいきません。以前、大阪の古本市で、どけ!どかん!で殴り合い寸前までいきそうな人を見かけたことがありました。荷物が当たらないように気をつけながら、各ブースを回ります。お、トンカ書店さんのブースだ。神戸へ来れば、ここの女性店長の楽しそうな顔を拝みに必ずいきます。仏様みたいな方です。

お昼には店に戻らねばならないので、「3万円、5万円、7万円がっちり買いましょう」(このギャグ分かる方には、お店のファンになっていただきたい)と一時間で駆け足で回る。10冊程バッグに詰め込んで、駅にダッシュ(万引きした訳ではありません)

元フォーククルセイダースの北山修さんの「人形遊び」という昭和52年発表のエッセイを見つけました。彼は幼稚園の先輩?です。散髪屋でもよく顔をみました。「はい、北山医院のぼんの番やで」という散髪屋のおっちゃんの声が聞こえてきます。でも、もう古い事なんで、ほんまのことやったんかいな〜、わかりません。

 

うちの犬マロンです。

相変わらずまったり生きてます。

お彼岸も過ぎて暖かくなってきたので、店の前に看板犬しています。

と言っても、眠気を誘うこの陽気。道路に面している店先で、まどろんでいるだけ。

 

店の奥から見ていると、道行く人が、頭を撫でたり写真を撮ったりしてくれています。男女問わず、結構若い人に人気があるみたいで「かわいい!」と声も聞こえてきます。

 

よっしゃ!頑張れマロン!新しいお客様をちゃんとご案内するんやで!

とエールを送るのですが、犬の相手をして、そのまま店には立ち寄られない方が多いようです。

看板犬ちゃうやん。

 

このノン気犬が売り上げに貢献するには、これからのワタクシの躾にかかっています。(女房)

 

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滋賀県から、素敵なミニプレスCOCOCUが届いた。3号の特集は「おうみをたべる」。「特産品や名物料理だけでは見えない、その土地の日々の暮らし。そんな暮らしを覗くために三件の台所におじゃましました。」という編集方針の通り、それぞれの土地で、普通に暮らしているご家族の台所が紹介されている。別に何の特徴もなさそうな、ごく当たり前の台所ですが、ゆっくり眺めていると、各家庭の食文化を作ってきた食器たちの、こんな風にみんなを支えてきましたというささやきが聞こえてきそうです。

食器たちの家族三世代の日々の食事をフル回転で作ってきた自慢、ご夫婦二人の静かな生活を見守っている暖かい眼差し、そし一軒のシェアハウスで、、住人同様にそれぞれの食器がワイワイガヤガヤ楽しくやっている姿ガ見えてきます。小津の映画に登場する食器や、家具が「平和な日々」の象徴であるように、ここに登場する食器もまた、「平和な日々」を表しているようです。

 

この雑誌の連載されている「おうみのふみくら」という書評もおススメです。ミコシバ書店店主の文章が、華美に走らない、とても読みやすい文章です。我が店でもここに載った本は、この文章と一緒に並べたいくらいです。紙質、読みやすいレイアウトで全44ページで500円。これは絶対買いだ!とうなっていたら1号から、3号まで売れだしました。2号は残1冊です。すぐに、再注文しなくっちゃ。

 

 

お店では、ギャラリー以外にも、小さなスペースで、作家さんの作品を並べています。今は天田悠さんの「ガラスの羊」、井本真紀さんの「Kumonoko 羊毛×ガラス」(どちらも倉敷在住)ふらっと入ってきたお散歩女子が、可愛い〜と眺めているのを見ると、若い女の子大好おじさんとしては、もう天国にいる気分ですね。

高校時代、面白いと思った学友が二人いました。一人は愛国心一杯の国粋主義系のN君。普段はもの静かですが、暴れるとどうしようもない彼とお好み焼きとビールでほろ酔い気分になった時、真剣な顔でこう言いました。「子供が生める若い女を守るのが愛国心だ」と。まぁ、高校生の論理ですから、飛躍もありますが、なんか説得力ありました。私の若い女性大好き傾向は、ここに始まったかもしれません。N君は、その後自衛隊へ入隊したとか。

もう一人はY君。彼が貸してくれた雑誌が、男色系雑誌の「薔薇族」と『SMマガジン」。気色悪いと思いながら、読んでました。こんな雑誌が好きな彼は、学内でも女の子風に振る舞ってました。なんせ、男子校です、重宝?されてました。男の子も可愛いくても良いのありなんだと、やはり納得しました。 既成概念にとらわれない楽しさ。わがレティシア書房も、古本屋というイメージを逸脱し続けていきたいものです。