”La casa sull’altura”(イタリア語版2500円)という洋書の絵本。文章はNino De Vita 、イラストはSimone Massi。”casa”は日本語に直すと「家」ですが、”sull’altura”は私にはわかりません。イタリア語の読める方ぜひ、翻訳してください。

物語もわからんのに、何が良いの?

ハイ、それは絵です。

大草原の中にポツンとある家。突如登場する悲しそうな目つきの大きな、黒い犬。蜘蛛の巣がいっぱいのなので空き家なんでしょう。その家に向かう少年、その関係は??。家の中に横たわる少年を見つめる犬。その絵のバックは真っ黒に塗りつぶされています。観るものに様々な感情を呼び起こす絵です。背景は真っ黒なために、私には、震えるような少年の孤独が伝わってきました。

 

 

絵本後半に少年が手にミミズクを載せているページが登場します。この少年の家族は?友だ

ちは??(何しろ言葉がわからないから想像がふくらむばかり)そして突然家を飛び出した後少年の姿は物語から消えます。家の前に所在なげに立つ犬、屋根に止まる鳥。そして、まるで映画の如く、倒れた椅子やハシゴのカット、一気にカメラが屋外に飛び出し、半分壊れた家を捉えて、終りです。

文章が理解出来ない分、どのようにも捉えることができるので、100人いれば、そこに100の物語が出来上がりそうです。まだ字が読めない子どもが、勝手に物語を紡ぐように。

私は、怒ったような目つきで正面を見つめる少年の顔を描いたページにくぎ付けになりました。この少年の怒りは何なのか?いや、本当に怒りなのか??

絵に力があるとはこういう事なのだと思わせた一冊です。このイラストを書いたSimone Massiをグーグルの画像検索してみると、ステキな作品がズラリと登場しました。

 

 

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トラピスチヌ修道院は、函館市郊外にあるトラピスト会系の女子修道院「天使の聖母トラピスチヌ修道院」の通称で、通称天使園とも呼ばれる日本最初の女子修道院です。

この修道院は周囲を高い堀で囲っていて、家族であっても立ち入りは許されません。中では、厳しい戒律を守りながら、隠遁修道生活が営まれています。

この修道院の設立100年を迎えるに当たって記念の写真集を発行することになりました。それが、野呂希一の写真集「天使の聖母 トラピスチヌ修道院」(菁菁社1400円)です。修道院の写真集?と思われるかもしれませんが、素敵な写真集です。

農作業をする修道女達の背後に広がる夏の青空、緑色の畑の眩しさ、稲作業を包み込むような冬の陽射し、修道院の中に射し込む柔らかい光、朝の祈りの後、廊下を静かに進む修道女達の清らかさ、等々心休まる作品が次々と登場します。図書室や、個室で一心に読書に励む彼女たちの後ろ姿には、「学ぶ」という事のプリミティブな姿が捉えられている気がします。

写真家が修道院の内部撮影をすることになったきっかけは、あるシスターが、野呂希一の作品集「WOODS」に共感し、自分たちの考えが「WOODS」の視点と共通するということでした。そして、「生命の織物」というコピーを野呂さんに渡されたことで、お互いを理解できたのです。

それは、1854年、アメリカの先住民達の土地を時の大統領が買い上げたいという申し出に対して、ネイティブアメリカンの首長が大統領に送った手紙でした。

「我々の住む土地も空気も聖なるもの。それらは人間の所有物ではなく、人間も大地の一部で、大地は自分自身、あらゆるものはつながっていて、人間が生命の織物を織ったものではなく、織物の中の一本の糸にすぎないのに、それをどうして売買などできようか」

というもので、「環境問題の旧約聖書」と呼ばれています。

この修道院では、自然のうちに生かされていることを最も大事に考えています。だからなのでしょうか、この写真集は、野外で自然とともに生き、働く姿が数多く収められています。所有しないことの美しさ、働くことの喜び、移り行く自然の姿が崇高に、見事に捉えられています。

蛇足ながらここで作っているクッキーが美味しくてお土産として人気とか。函館で買えるのかなあ?

何の美術展かは忘れましたが、恩地考四郎の版画が飾ってありました。その時点では、名前すら知りませんでしたが、前衛的で、強烈なインパクトがあったので、彼の名前は頭の中にインプットされました。

明治24年東京に生まれた恩地 孝四郎は、創作版画(複製を目的とせず、版画独特の手法を創作表現の方法として活かした版画)の先駆者であり、また日本の抽象絵画のイノベーターとして評価されている人物です。しかし、美術界の評価よりも、装幀家としての仕事が気になっていました。

それは、萩原朔太郎が大正6年に出した詩集「月に吠える」の装幀が彼だったからです。装幀家としての活動を知りたいなと思っていた時、池内紀著「恩地孝四郎一つの伝記」(4800円)に巡り会いました。本書は、筑摩書房が発行している小冊子「ちくま」に連載されていた「恩地孝四郎のこと」を加筆、訂正し、大幅な書き下ろしを加えた300ページに渡る大著で、図版65点に年表も加えた愛蔵版の評伝です。

「月に吠える」は恩地の装幀家として実質的な初仕事でした。友人、萩原のために素敵な装幀を施した詩集を送り出します。この詩集の装幀に関して、池内は面白い事実を指摘しています。

「正確にいうと恩地孝四郎装幀の『月に吠える』は二つある。初版刊行後五年してアルスより第二版を出すにあたり、大きく改められた。初版がより強く友人の作品と思いをつたえるためであったとすると、再販はおのずからちがっていた。こちらは何よりも、装幀者の意向をこめて手を加えた。」(右の写真は初版の方です)

恩地自身は版画家としてより装幀家として見られることを嫌っており、これは生活のためだと割り切っていたようですが、その一方、1952年に出版した「本の美術」で「本は文明の旗だ。その旗は当然美しくあらねばならない」と書いています。本であるならば、美しくあらねばならないという装幀家の矜持を語っているところをみると、真剣に取り組んでいたのだと思います。

詩人、北原白秋の弟、北原鉄雄が大量部数の粗悪な出版物(なんか、今の出版状況みたいです)に異議を唱えて立ち上げた出版社アルス。より美しい本を少数部数で発行するこの出版社の本の装幀を、恩地は手掛けました。北原白秋「白秋小唄集」、室尾犀星「性に目覚める頃」、三木露風「象徴詩集」などがその一例です。

池内は、「孝四郎と一出版社との幸運な出会いが、わが国の装本の歴史に優雅な一章をつくりだした。」と書いています。残念ながらアルス社の本は、そう簡単にお目にかかりませんが、どこかの美術館で「恩地孝四郎装本展」が開催されることを期待します。

ちなみにご紹介した「恩地孝四郎一つの伝記」は、本好きには支持される、渋い本を出版する幻戯書房から出版されました。定価6264円と高価な本ですが、その内容の濃さは価格を超えていると思います。中身も綺麗で、あんまり古書では出ない本かもしれませんね。

虐げられた人達の世界を描いて、いつも背筋をシャキッとさせてくれる映画監督、イギリスのケン・ローチ。69年発表の「ケス」以降、できるかぎり観るようにしています。労働者階級の人々や、誰かさんの大嫌いな移民達の人生を描く映画を、数多く発表して高い評価を得ています。アル中男の出口のない人生を見つめた「マイネーム・イズ・ジョー」とか、ウイスキーテイスティングの才能をもつ貧しい青年が新しい生き方を見つける「天使の分け前」はお薦めです。間もなく新作「私はダニエル・ブレイク」が公開されるので、その前作「ジミー、野を駆ける伝説」を観てみました。

時代は、1932年のアイルランド。国を分断した内戦終結から10年。もと活動家で、アメリカに暮らしていた青年ジミーが生まれ故郷に戻ってきます。彼が、故郷で差別と弾圧を体験したあげくに、国外に退去され、NYで死去するまでを描いています。映画制作に確乎たる信念を持つローチ監督が正攻法で描いたドラマに、こちらものめり込んでいきます。

ローチの映画はたいてい、僅かの希望を残して終わります。この映画もしかり。国外退去で連行されるジミーを見つめる若者達のワンカットです。自由を弾圧するこの時代にハッピーエンドはあり得ません。しかし、青年達に僅かの希望を託しています。この世界の悲惨さを映像化するだけでなく、そこにあるかないかの希望を見つけようと苦闘する作家の姿こそ魅力的です。

明るい明日なんてほぼ絶望的なのに、そこに一筋の希望を、説得力のある描写力で示すのは、宮崎駿も同じです。「もののけ姫」ラストはその最たるものですね。原発事故を思わせる大破壊の後に、森に戻って来た妖精はたった一人。さて、豊かな森は元に戻るのか、もう戻らないのではないか…….。しかし、それでは我々の明日はどうなる?作家の混迷と悩みが導き出したのが、たった一人の妖精の帰還。ここに託すしかない、という宮崎の決意を読み取りました。

映画ではなく、漫画版の「風の谷のナウシカ」(徳間書店全7巻2500円)を読んでいると、権力闘争の凄まじさと惨たらしさ、永遠に続く地獄のような世界の中で、ナウシカという少女にすべてを託した宮崎の思いが伝わってきます。映画も傑作ですが、まだ原作を読んでいない方はこちらもぜひ。

 

 

つばたしゅういち(1925−2015)。建築事務所勤務を経て、「自由時間評論家」として評論活動を行う。つばた英子(1928−)キッチンガーデーナーとして活躍。ご夫婦の年齢、合わせて171歳。彼らの日々の暮らしを、「永井荷風 ひとり暮らしの贅沢」等を出版した水野恵美子が聞き手となり、一冊の本にまとめたのが「ときをためる暮らし」(自然食通信社1500円)です。今、みんなが憧れるシンプルライフ、スローライフの実践書的な本なのですが、お説教くさくない。このご夫婦のナチュラルな感性と、きき語りというスタイルの持っている柔らかさが多分に関係しているように思います。

しゅういちさんは「僕らは『だんだん美しくなる人生』をめざしてやってきたんですよ」と仰る。それは、大量のサプリメントを飲んだり、エイジレス美容というなんだかわからん事にうつつを抜かすことではありません。小難しいことは全く語られていませんが、お金はなくても、素敵なじーじ、ばーばになってしまったよねという体験談を、暖炉にあたりながら聴いている感じの本です。

「本当の豊かさというのは、自分の手足を動かす暮らしにあると思いますよ。」

と言いながら、出来る事は全部やっている、微笑ましい後ろ姿が見えて来そうです。

そして、もう一冊、このご夫婦の本が出ています。「ふたりからひとり」(自然食通信社1500円)です。本の表紙は、英子さん一人が食卓に坐っている写真です。「ときをためる暮らし」から、四年あまりの日々が過ぎ、夫のしゅういちさんが天国へと旅立ちました。一人になっても、淡々と、以前からの暮らしを続ける英子さんの日常を、語っています。

6月2日。その日も普通通りの暮しが始まります。しかし、食欲がないと部屋にこもったしゅういちさんは、そのまま息を引き取ります。

「書きものをして、外が好きだから、何かしら外の仕事をつくっては動き回る。寝込むこともなく、逝けてよかったけど。『最後はスマートに逝きたいね』と言っていたから。」

と英子さんは振り返ります。そこから始まる英子さんの一人暮らし。しかし、しゅういちさんの居た頃と同じペースで、暮しは淀みなく続いていきます。スマートに旅立つことも、老いてなお自分流に豊かに過ごすことも、これはそう簡単な問題ではありません。でも、自分の立ち位置さえしっかりしていれば大丈夫、そんなご夫婦の声が聞えてきそうです。

しゅういちさんの素敵な言葉をひとつだけご紹介しておきます。

「長い時間をためたひとつのストーリーを届けられば……..。それが年寄りの仕事かなと思っているんです。僕たちの生き方を。ひとり、ひとり、暮らしていくうえでの何かの知恵のような、次の世代に何かを伝えるためのそういうストーリーをと。」

 

 

 

写真家のかくたみほさんの新刊「MOIMOIそばにいる」(求龍堂2484円)が入荷しました。彼女には、当店のギャラリーで、二度個展をしていただきました。

2006年、初めてフィンランドを訪れたかくたさんは、この国の魅力にハマり、その後十数回も渡航を重ねます。

「自然の恵みを活用して循環できている中に、生きる人と動物の知恵があり美しいのです。日本のように自然信仰がベースにある考え方は居心地良くて、みんなが仕事より暮すことに重きのある生活を送っていることにも惹かれました。」と、書かれています。

当店での写真展で在廊中に、我が家の愛犬マロンを撮影していただきました。ちょうど2015年度のカレンダーの仕事で、犬をたくさん撮影していらした時で、なんとマロンは、表紙になりました。(その時の飼主のバカ喜びぶりは以前ブログに書きました。)

犬の写真には定評のある彼女なので、この写真集でも、フィンランドの優しい自然の中で、のんびり暮す犬たちが撮影されています。犬ぞりで冬の大地を駆け抜ける作品は、おそろしく寒いだろうけど、たまらなく魅力的な夜明けが撮影されています。

「犬ゾリで凍った湖の上を走る。am10:00明るくなり始めた美しい空。太陽が低いのでピンクとブルーのファンタジーな色が数時間続くのが日本の空とは違う。私が冬に魅せられた色だ。」疾走する犬ゾリの前方にうっすらとピンク色で輝く地平線が美しい。

犬ぞり最後尾を走る、しっかり者の犬が、ちゃんと付いて来てる?と振り返ってチェックする様を捉えたユーモアたっぷりの作品などを見ていると、かくたさんと、この犬の間に伝わるものが感じられます。

サンタクロースが住んでいるとされているラップランド。スウェーデン、ノルウェイ、フィンランド、ロシアの4カ国にまたがっている広大な場所は、原住民のサーミ人が暮らしています。かくたさんは、ここを訪れて、トナカイと暮す人達もファインダーに収めています。湖に佇むトナカイを見ていると、サンタさんが住んでいても不思議ではないと思いました。

サーミの華やかな民族衣装に身を固めた人物が、飼っているトナカイと一緒に収まっている写真が最後を飾っています。暖炉にあたりながら、魅力的な神話を語ってもらえそうです。

彼女の前作「キラリキラリ」(パイインターナショナル)も置いていますので、こちらもぜひご覧下さい。

◉写真集発売記念の個展が神戸であります。5月12日〜31日 神戸・iiba ギャラリー

 

 

最近の日本映画では、スケール、内容共に「シン・ゴジラ」に勝るものはないと確信していました。しかし、これを上回る評価を得た映画がありました。

こうの史代の全3巻に及ぶコミック「この世界の片隅に」を映画化した、同タイトルの映画化作品がそれです。戦時下の昭和19年に広島から呉に18歳で嫁いだ主人公すずの日常を描いたアニメ映画で、監督は片淵須直。

映画はほぼ原作通りの、平和で穏やかな毎日を送っていたすず一家が、日米戦争に巻き込まれてゆく姿を描いていきます。劇中、こんな台詞があります。

「誰もが笑って過ごせればいいのにねぇ〜」

静かにうつろいゆく四季を感じながら、すずとその一家は、ゆったりとした時間の流れの中で、笑みを絶やさずに暮らしていたのですが、戦争がすべてを奪っていきます。アニメならではの透明感のある色彩感覚を駆使して、戦時下の日常が描かれます。感情過多になった画面を見せなかったがために、逆に戦争で奪われた平和な日々の愛しさが胸に迫ります。

ラストシーンがまたすばらしい。なんとか生き延びたすず達は偶然出会った戦争孤児を育てます。エンドクレジットと共に、その子が大きくなってゆく姿が映し出されます。平和で楽しい一家の姿は、しかし、戦争さえなければ、この子は母親とも死別することはなかったはず。私は戦争を憎む、という製作者達の思いが静かに伝わってきます。

エンドクレジットがそこで終わるかと思いきや、名前がズラリと登場します。

映画の製作者はその制作費の一部をクラウドファンディングで調達することを企画しました。その求めに応じて投資した数多くの人達の名前が、最後に登場するのです。一人一人から、私たちも戦争を憎む!という声が聞えてきそうでした。

そうして完成した映画は、最初は小さな劇場で公開されていたのが、大劇場で拡大公開されるにまで至りました。戦争のことを分かっていないゴルフバカの(あの)二人とは違う、良識のある人が、まだまだこの国には沢山いたのです。因みに最初の公開館数は36館でしたが、本年2月時点で約300館。動員数150万人。お見逃しなく。

 

 

 

2月22日はニャンニャンニャンの日!偶然にも今日から「猫」の絵の展覧会が始まりました!

『ねこのように』というタイトルがついていますが、その意図をお尋ねしたところ、

「彼ら(猫)は、とくに野良なんかは、自分のやるべきことをよくわかってて、風のふくまま・気の向くまま・なるようになる、そんな彼らみたいに、僕もとにかく今やるべきことをやって、気持ちよく生きて行きたいなあ、というような意味合いを込めています。」とのお答え。

猫は飼っているとよくわかりますが(うちにもふてぶてしい奴が一匹おります)、本当にわがままで、マイペース。言う事もきかないし!と思いながら、時に甘えるしぐさは可愛く、寝顔は極上。飼主は言いなりです。高原さんは、実はアレルギーで猫と住んだことはないのだそうです。その分、じっくり観察して絵に仕上げていかれるのではないかと思いました。猫の造形そのものが、好きなんですね、きっと。だからでしょうか、高原さんの猫たちは、甘いところがなく、すっきりとした佇まいで、こちらとの距離を測っているように見えます。

 

世の中、猫ブームとかで可愛い猫があふれていますが、ぜひ、クールで美しい高原啓吾の猫に会いにきて下さい。

 

 

なお、作品はすべて販売しております。今回の個展に合わせて「手ぬぐい(640円)」「ポストカード各種(162円)」「トートバッグ(1944円〜)」など、ステキなグッズもあります。(女房)

「ねこのように」展は、2月22日(水)〜3月5日(日) 月曜定休

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山形おきたま発のミニプレス「nda nda!」(750円)が届きました。

特集は「本でつながる人、店、まち」。山形県の置賜(おきたま)エリアで開催されているブックイベント「Book! book! Okitama」を紹介した一冊です。このイベント、会場の川西町フレンドリープラザを中心に近隣の市町村を巻き込んで、数十カ所の会場で本に関する企画を行うという、本好きなら行ってみたい催しです。

日々イベントを開催することで有名な東京の書店「B&B」オーナー、内沼晋太郎とブックカフェ「6次元」オーナー、ナカムラクニオの本で繋がる人と店、そして町をテーマにしたトークショーが採録されています。

そして、当店でも人気の高野文子著「ドミトリーともきんす」(中央公論新社900円)の編集者、田中祥子が、その制作過程を振り返るトークショー「『ドミトリーともきんす』漫画で読み解く詩と科学が交わるころ」に呼ばれた時のことを語ります。

トークショー「装丁家が語る本のあれこれ」に登場した装丁家、桂川潤が、出版危機という言葉に右往左往するよりも、「『本のある風景』が広がりつつある現実」を見つめることの方が大事だと語っていますが、その通りです。

「『本のある風景』に、わたしの生業とする装丁も含まれています。わたしたちは本を手に取り、本をとおして人とつながり、暮らしと地域を見つめなおしていきます。」

これが、あるべき姿だと思いました。

一箱古本市発案者、南陀楼綾繁も登場します。彼はトークショー「ナンダロ〜ド本の旅あるき」とワークショップ「自分新聞を作ってみよう」に参加しています。小さい時、45回転のEPレコードをブーメランよろしく片っ端から投げた話、オレもやったなぁ〜とあの時代を思いだします。LPレコードはあまり飛びませんでしたね。

と、なんだかとても楽しそうなイベントだらけですが、2014年からスタートしました。この本はその3回目をレポートしています。全国発の企画「図書館宿泊」レポートに、読書にピッタリの置賜地方のおやつの紹介など盛り沢山な内容です。

本の危機を叫ぶ一方のマスコミのばかりの中で、地方都市でこんなステキなイベントをやっていることを忘れてはいけないと思います。

置賜で商いをする方々がすすめるこの一冊というコーナーまであって、なんだかそこで暮す人達と、知り合いになれた気がするミニプレスです。

 

★レティシア書房は20日、21日と連休いたします。22日(水)から高原啓吾作品展『ねこのように』が始まります。

 

 

レティシア書房「女子の古本市」も、いよいよ明日までとなりました。出品されている本の紹介も本日が最後です。

遊知やよみ「福家堂本舗」(集英社文庫7冊で1800円)は、全7巻のコミック文庫です。

「難儀どすなあ あそこのおっしょさん気むずかしいよってに 色やら形やらまた難癖つけてきまっせ」

というおかみさんの台詞で始まる、創業450年の京都の老舗和菓子屋の三姉妹の青春物語です。顔見せ興行に出ている歌舞伎役者が、ひょっこりこの菓子屋を訪ねたり、細かい京都の行事を織り込んで描かれていきます。ちなみに前出の台詞を、微妙な京都弁のイントネーションでしゃべるのは、朝ドラでもかなりハードル高そう。実際に創業400年くらいの和菓子屋はあります。京都の老舗はコワイ……。

前から読んでみたかったノンフィクションが出ていました。チベットにある世界最大のツアンポー峡谷に挑んだ角幡唯介著「空白の五マイル」(集英社700円)です。

「世界最大の規模を誇るチベットのツアンポー峡谷、私はそこを探検しようと思っていた。欧州の探検家から地元チベットの冒険的ラマ僧まで含めて、人跡未踏といわれるこの峡谷の初踏査をやってやろうという野心家は、この100年でざっと二十人から三十人はいただろう。」

しかし、誰も完全に成功していない、そんな場所への単独行を綴った紀行ノンフィクションの傑作として、発売当時は高い評価を得ました。ついに、古本市に出たか!誰も買わんかったら、買いまっせ。

今回の古本市には、佐野洋子の本が数店舗から出ていました。今でも文庫では容易に入手できる「わたしいる」の函入のハードカバーは珍しいかも(童話屋/初版1000円)。彼女の作品は、やはりこういう大きな版型で見た方が、その個性がよく分かってきます。もう一点は、「あっちの豚こっちの豚」(諸学館600円)です。元々、87年に小峰書店から発行された時は、作・佐野洋子 絵・広瀬弦という親子競演で出されました。しかし、彼女の死後、佐野自身による原画30点が発見され、これは、その原画を収録した復興版です。巻末には、オリジナル版に収録されている作品21点が採録されていますので、比べてみると面白いですね。

★「女子の古本市」は明日18時までです。20日(月)、21日(火)は連休いたします。