山田英生編集による「老境まんが」(ちくま文庫/古書680円)は、「老人」を描いたものではありません。手塚治虫や水木しげるなどの漫画家の、あくまで「老境」を描いた作品を集めたものです。といっても、登場するのは老人たちばかりなのですが、微妙なニュアンスの差異は、収録された作品を読んでみると感覚として理解できます。

本書に収められた最も古い作品は、1963年発表の白土三平「ざしきわらし」です。最下層にいる『下忍』と呼ばれる年老いた忍者が忍者社会を抜け、『抜忍』となった晩年を描いています。代表作「カムイ伝」に描かれた差別される者、支配される者の世界といったテーマがすでに盛り込まれています。

その三年後永島慎二が発表した「生命」は、オオカミとの死闘に勝利した老猟師に訪れる死を遺憾無く描き切った作品です。白骨化してゆく猟師の姿を10カットで構成するラストは、諸行無常の世界観です。また、68年に「ガロ」に発表されたつげ義春の「長八の宿」は、つげの「旅物」の最初の作品で、陰影にとんだ世界の多い彼にしては、おおおらかで楽しく、フワッと読者を解放してくれる魅力に満ちています。

ここらあたり(60年代から70年代半ば)に登場してくる作品を、本書の解説の宮岡蓮二は「いずれも<老い>や<死>をテーマにしているが、登場する老人は元気だ」と書いています。しかし、72年に有吉佐和子の「恍惚の人」が登場し、家庭内に隠れていた痴呆や介護の問題が表面化された後、漫画界でも異なった角度で老いを描く作品が登場します。

高野文子「田辺のつる」、うらたじゅん「五月の風の下」、近藤ようこ「極楽ミシン」が、それに当たります。この三作について、宮岡蓮二はこう指摘しています。

「この三作に共通するのは、作者がいずれも女性ということである。年老いた親の介護は、娘や息子の妻に委ねられることが圧倒的に多い。昔から女性の義務とされてきたことを思い起こしたい。高野文子は看護の現場で、うらたじゅんは実父の介護をとおしてそのことを切実な問題としてとらえたのだろう。」

 

青年漫画がその世界を広げて、老境に迫った人たちまで描きうる力量を持ち始めたことを知るには最適のアンソロジーだと思います。同じ山田英生編集による「貧乏まんが」(ちくま文庫/古書650円)も在庫しています。こちらもオススメです。

 

 

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今年読んだ本の中でも極めて刺激的な一冊をご紹介します。松田行正著「独裁者のデザイン」(平凡社/古書2300円)です。

「デザインに罪はない。ただし『過剰』な『繰り返し』には要注意」と本の帯にあります。過去の独裁者、ヒトラー、ムッソリーニ、スターリンそして毛沢東が民衆を洗脳するためにポスターデザイン、建築デザイン、写真などの媒体をいかに巧みに駆使したのかを、多くの図版や写真と共に解読してゆきます。

「『プロパガンダ』と称される、宣伝を使った戦略の一種、戦法に乗せられることである。本書で取り上げる『デザイン』は、その本質を隠して心地よいものにするためのイメージ作りに使われている。」

独裁者たちがいかに様々のプロパガンダを使って大衆を踊らせ、戦地へ送り、他民族への憎悪と差別意識を植え付けていったのかを詳細に論じています。本書では、独裁者の民衆への視線に注目して、六つのスタイルに分けてあります。

「近現代においてはじめて視線の強さが効果を発揮したのはリクルート、つまり新兵募集のポスター」だったみたいです。こちらを向いて、兵士になって欲しいという視線のお陰で、英米で多くの新兵を獲得しました。その後、あの手この手でポスターを制作し、民衆の心を掴んでいきます。街角に掲示されているポスターの威力。よくもまぁ、ここまで集めたものです。

ヒトラーは、呪眼と呼ばれる視線で人民を睥睨し、彼らに突き刺ささるように指さしを駆使しました。ムッソリーニもしかり。人差し指を立てて、断言口調で話していたそうです。そう言えば、トランプさんも人差し指を立てて話しています……。

第4章「遠望する視線」に、ローアングルで撮影された遠くを見つめるポーズをレイアウトしたポスターの話が出てきます。このスタイルは、政党ポスター、選挙ポスターのよくあるスタイルですが、全体主義国家の独裁者を皆が崇拝することに貢献してきた歴史があったと書かれています。

選挙ポスターで候補者が見つめるのは、理想に輝く未来像です。だから、「選挙候補者は、真摯に未来を語らなければならない。それが票に繋がる。」独裁者も同じです。

「未来を語ることによって、より良き独裁国家という幻想を与えられる。また、未来を語る預言者としてのイメージも付加される。そして『親しみ』も。」と著者は分析しています。北朝鮮の党首を讃えるポスターなんて、その見本ですね。

遠くを見つめるという構図は、プロパガンダマガジンの定番で、戦争中に日本で発行されていた「NIPPONN 」「FRONT」といった対外向け雑誌もこのパターンで製作されていました。収録されている雑誌の表紙は、今見ても優れたものです。

過去の独裁者たちを、こういう視点で見つめた本って、私は見たことがありませんでした。著者がグラフィック・デザイナーだからこそ、出来た本です。

チェ・グクヒ監督「国家が破産する日」(京都シネマ)は、韓国映画の力強さを見せてくれた傑作でした。

韓国経済が右肩上がりの成長を遂げ、国民が好景気が続くと信じていた1997年。しかし、その裏側では海外投資家が韓国から撤退を始めていました。韓国銀行の通貨政策チーム長ハンは、やがてこの国を襲う危機を予測し、政府へ報告しますが対応は後手に回り、さらには国民には公示せず秘密裏に事を運ぼうとします。それが裏目に出て国家破産の一歩手前まで加速する様を描いた映画です。

主な登場人物は4人。通貨政策チーム長ハンは、なんとかこの事態を国民に知らしめようと奮闘努力するのですが、国民の混乱を招くから非公開にするという政府首脳の姿勢の前に苦戦します。これって、福島の震災の時に原発の正確な状況を公開しなかった政府、東電、そして安全と言い続けた御用学者の発言と全く一緒です。ハンは、最後の手段として、記者会見を開いて事実を公表するのですが、どのメディアも政府への忖度で公表せず、失脚していきます。

二人目は、町工場を営むガプス。デパートからの大量注文が、それまで現金決済だったのを手形決済にされ、この経済危機でデパートは倒産して手形は紙くず同然になってしまいます。国民を蚊帳の外に置いた政府の密室政策に翻弄されて、全てを失います。いわば市民の象徴的存在で、やはり震災の時に翻弄された人々の姿とダブってきます。

三人目は、この危機を金儲けの機会と捉え、のし上がってゆく青年ユンです。常に「政府には騙されん」とむき出しの攻撃で、ひたすら金儲けに突っ走るユンが、実は映画の中で私には最も魅力的でした。損をする奴がいれば、得する奴もいるという資本主義社会を端的に描いています。

そして最後の主人公は、韓国経済を救うためにやってくるIMF代表の理事です。IMF、国際通貨基金は、為替相場の安定を目的とした国連の機関です。加盟国の経常収支が悪化した場合などに融資を実施することで、貿易促進、加盟国の高水準の雇用と国民所得の増大、為替の安定を図る、というのが設立の趣旨なのですが、ここでは他国の経済に介入し自国にとって利益になることを画策する組織として描かれています。自国とはアメリカ合衆国のことです。 IMFがこんなことを実行するのかは、分かりません。ただ、アメリカさえ儲ければ良しの大統領トランプの影がちらつきます。

この四者を巧みに操りながら物語を進めてゆく、チェ・グクヒ監督の手腕は大したものです。二時間ほどの上映時間中、緊張の糸は切れることはありません。面白いのはラストシーンで、この危機から20年後のハン、ガプス、ユンが登場します。なるほど、人生ってこんなに変転してゆくのかと思わされます。

そして映画は、国を盲信するな、メディアの言動を疑え、自分の目で見つめろ、ということを訴えて終わります。お隣の韓国の話ですが、日本の状況も全く同じです。お前の国はどうなのだと突きつけられた映画でした。

 

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2012年、14年、17年に続き4回目となる澤口弘子さんの「風展・2019・いつもひつじと」が始まりました。澤口さんは、北海道でフェルト・ニット作家として活動されています。レティシア書房とは2012年開店時、京都文化博物館で開催された「羊パレット」に澤口さんが参加されたのを機会にずっとお付き合いいただいています。

手染めの毛糸は、毎回ファンの方が購入されていますが今年も美しいものが揃いました。二つと無い美しい色合いなので、私のようにガーター編みしかできない者にもユニークなマフラーを作ることができます。

フェルトのストールは軽くて暖かく、彼女のおおらかなデザインと優しい仕上がりは独特です。オーガンジーと羊毛の組み合わせなどもありますので、ぜひ手にとってみてください。無地の黒いセーターなどに合わせるだけで、とても素敵です。今回は、首を温める小さなサイズのマフラーもアイテムに加わりました。マフラー・ストールは、9900円〜26950円(税込)。

フェルト作品を毎回主に見てきたので、今回初めて展示した手編みのセーター(税込33000円)にもちょっとカンゲキ。ファストファッション全盛ですが、冬になればタンスから出して毎年愛おしむように着続けるセーターやストールを持つことも忘れたくはないし、長い目で見れば決して贅沢ではないと思うのです。

寒くなってきました。暖かい羊毛の作品展にお散歩のついでにもお立ち寄りいただけたら幸いです。(女房)

「風展・2019・いつもひつじと」は11月24日(日)まで 12:00〜20:00 月曜日定休

 

 

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「馬語を学ぶための第一歩。それは、ウマを『感じる』ことです。」で始まった「馬語手帳」(カディブックス/1320円)を販売し始めたのが、約5年前。

その後、「夜明けまえ、わたしは車に乗って、カディのところへ行きます。牧場に着くと、車の音を聞きつけて、あるいは名前を呼ぶわたしの声を聞いて、カディは森から出てきます。」と、カディと名付けられた馬と暮らし始めた日々を綴った「はしっこに、馬といる」(1870円)が出たのが4年前。

そして、ついに3作目「くらやみに、馬といる」(990円)が発売されました。最初の「馬語手帳」が出た時は、売れるかなぁ〜と思っていたのですが、これが大間違い。当店だけでも数十冊、30版というリトルプレスでは信じられない重版です。与那国島でカディと暮らす著者の河田さんの飾らない文章と、馬を見つめる視線に、心地よさを感じた人が多かったのだと思います。私も、何度も開いています。

「くらやみに、馬といる」は、前2作より小ぶりの装丁で、文章と馬の写真で構成されています。深い森の奥にいる馬たちに深夜、逢いに出かけた彼女の文章が素敵です。

「それにしても、馬とくらやみにいることの、このおだやかでしみわたるような喜びはなんなのだろう。人生で初めて経験する感情だった。私が暗闇のなかで、こんなにもくつろいだ気持ちでいられるのは馬がいるからだ。カディや私の知る馬たちがくつろいでいる、それを感じているから私もくつろぐことができる。」

この島に来るまで、彼女は東京で編集者として忙しく働いていました。おそらく、精神的にも肉体的にもかなりキツかったのでしょう。これからの人生に不安を感じた時、カディがこっちにおいでよと誘ったのかもしれません。島に渡り、カディブックスという出版社を立ち上げ、本を出しながらの生活。東京にいた頃より、経済的にはシンドイと思いますが、常に心は満たされているという、理想の生活を得たのかもしれません。以前の暮らしをこう書いています。

「あらためて観察してみると、普通の暮らしだと思ってやってきたことのいくつかは、思っている以上にたくさんのエネルギーを費やして成り立たせていたものだということがわかった」

ところがこの島では、ある日、風雨を避けるためカディと、よく見かける野良猫と一緒に雨宿りをする羽目になった時に、一人と二匹で過ごした時間は穏やかなのです。

「カディと猫と私でくらやみにいた。雷鳴と雨音に包まれながら、なにもしないでそこにいた。なんと豊かな時間だったことだろう」

彼女の本が多くの読者に支持されているのは、本当の豊かさを知っているのだけれど現実の生活に追われている人たちが、ほんのひと時、自分の心をゆっくりさせてあげようと思っているからかもしれません。

 

「あたたかいくらやみに、馬といる。頭上には空が広がっている。空と地面との境界がどこなのかわからない。風が頬をなで髪をゆらしている。風と自分の境界がどこなのかわからない。私は静かに拡散している。生と死のどちらにいるのかわからない。わかるのは、親しい存在がそばにいる、ということだ。」

彼女はカディと共に生きて、いつか訪れる死までも見つめています。

 

 

 

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「徒党を組まず、何者にもおもねらず、孤独と背中合わせの自由を生きる歌手」友川カズキのエッセイを集めた「一人盆踊り」(ちくま文庫/古書700円)は、面白い。詩人として画家として、または俳優として活動する彼の独特の文体。酒に浸る日々の中から飛び出す心の叫びが迫ってきます。

又吉直樹が「悟らず狂わず愚かであり続ける覚悟を決めた人ほど強いものはない。美しい魂。乾杯。」と帯に書いていますが、これ以上、この本の魅力を語ったものはないと思います。

高校時代「おまへはなにをして来たのだと……..吹き来る風が私に云ふ」という中原中也の詩句に打ちのめされた彼は、詩を書き、曲を付けて歌い出します。もちろん、それだけで生活できるわけもなく、土方など日雇いで稼ぎながら全国を放浪し、ギターを鳴らして来ました。1950年生まれですから、今年69歳。それまでの人生には最愛の弟、覚の自殺もありました。当時をこう振り返ります。

「仕事を終え、一列に並んで金を貰い、アパートへ帰って来て安酒をあびるほど呑んでゴロンと寝、また同じ朝だ。冷蔵庫もフトンも何も無かった。雨の降った日はどちらかが喫茶店へ行き夫々本を読んだり詩を書いたりした。誰からもどこからもはねっ返りのない生活と詩を抱え途方にくれ、酒を飲んでは荒れていた。自分の視点も生きる基盤も定まらぬまま覚を叱り殴り付けていた。」

友川はその後、個展を見てくれた美術評論家洲之内徹の知遇を得て、「芸術新潮」で取り上げられ、独特の作品でさらにファンを増やしていきます。この文庫にも何点か収録されています。一方で、中上健次の「枯木灘」に衝撃を受け、彼に接近していきます。そして、会えば、酒浸りの日々です。

「人と会う度、心のどっかで格闘に似た感情がむくりと起き、酒量が嵩むに連れ、それが抑えがたくついにはあたりかまわずぶつかってしまう。ここ十年くらいそんな風にばっかりやってきたから、すがすがしい朝なんかなかった。」と思い返しています。

しかし、彼が単なる自堕落な酔っ払いではなく、心の奥底から出てくる言葉を書き留め、それを歌って来たのは間違いありません。

「呑んだくれて呑んだくれて重なり合っていくのじゃなく、また机の前で紅茶を呑みながら頭をひねって生む何かでもなく、いつだって最後の最後の力で、精一杯地面の上に棒っ切れで大きく書く、その行為とその言葉で重なっていかなくてはいけないと思う。」

ところで、シンガーとしての友川のこと知らない人でも、あぁ〜あの歌かというのがあります。1977年の紅白歌合戦で、ちあきなおみが歌った「夜へ急ぐ人」。これは友川がちあきに提供した曲でした。youtubeでちあき版も、最近の友川版も聴くことができます。本当に、いい曲です!

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昨日に続き、古い雑誌のご紹介です。

伊丹十三が編集した「mononcle/モノンクル」(1981年創刊)。編集長曰く、「雑誌『モノンクル』をして知の世界と生活者の交わるパフォーマンスの広場であらしめたい」。確かに、登場する執筆陣や内容を見ていると、伊丹らしいひねりの効いた作りの雑誌です。創刊号に登場するオジサンとして、岸田秀、南伸坊、村松友視、寺山修司、田中小実昌、糸井重里、山口昌男、ますむらひろし、赤瀬川原平、萩尾望都、そして YMOにタモリと硬軟入り混じった布陣です。

YMOと、民族音楽を研究する小泉文夫がインドを巡って二時間にも及んだ対談は、音楽ファンには貴重な資料です。 YMOが中心に使っていたシンセサイザーという楽器が世間から感情のない音楽と言われてきたことについて、そうではなくて無機的な感情の音楽であり、「シンセサイザーという楽器が、かえって人間の様々な不合理的な面をゆたかにすくい上げられる」と坂本龍一が語っているのが興味深いです。

高橋幸宏も、糸井重里がラジオで「 YMOのことを無機的な音楽、感情のない音楽って、いう人が世の中にいるというー感情のない音楽、そんなものが存在するなら見てみたい」と言っていたと語っています。さすが糸井重里だなぁ〜と感心しました。

伊丹らしいひねりが最も利いているのが、三人の文筆家が三人の漫画家と組んで、人文系の書物と対峙する企画です。『糸井重里+マルス鈴木』VS『栗本慎一郎「幻想としての経済」』、『岸田秀+長谷川集平』VS『フロイト「夢判断」』、そして『村松友視+ますむらひろし』VS『ロラン・バルト「表象の帝国」』。

ますむらひろしファンにも見逃せない企画ですね。哲学者のバルトが60年代にフランス文化使節の一員として来日、数ヶ月の滞在で日本各地を訪問。その印象を基に記号論の立場から独自の文体で展開した日本文化論が「表象の帝国」です。手強さでは随意一のバルトの書物をこの二人がどう料理していくのかという、面白い企画です。

アタゴオルの森にやってきた仮面の男が「おのれ自身の独特の表現体をうち立ててバルトの森に近づくのさ」と口走った途端、主人公の大猫ヒデヨシガ「わけのわからんことを言う奴だ。一種の馬鹿だな…..」と小馬鹿にしながらも、バルトの世界を解釈してゆきます。これらの企画は3号をみるとまだ続いているので、その後も連載されていたかもしれません。

才人伊丹らしい雑誌は、貴重かもしれません。創刊号〜3号まで3冊セットで2000円です。そんなに安いの?実は1号が本誌と表紙が外れているのでこの価格です。2号、3号はそこそこ美本です。(以前4号までのセットを京都の書店が8000円近い価格で販売していました)

因みにこの読み応えのある雑誌は、6号で廃刊になってしまいました。

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「このところ、1920年代が脚光を浴びている。ファッション、インテリア、映画、美術と。色々なジャンルに渡って。」という言葉で始まる「モボ・モガの時代』(平凡出版/古書1500円)。アン・アン&ブルータス共同編集という、今では考えられない企画で発売されたのは、1983年9月です。そうか、この時代は1920年の頃がトレンドになっていたんだ、ということか。

「ベストセラー『生きていく私』の宇野千代さんは60年前はモガだった。1920年代、東京の街はモボとモガは闊歩した。彼らの生き方と美意識は、いま、時間を超えて私たちに迫ってくる!」と気合いの入った宣伝文句ですが、そう言うだけあって、執筆陣は超豪華です。VAN創始者石津謙介、吉行淳之介の母で「吉行あぐり美容室」の吉行あぐり、俳優の益田喜頓、そして淀川長治などが登場します。

1909年神戸生まれで、当時は中学生だった淀川さんは、この時代を「映画でいうたらサイレントからトーキーになるまでの間ね。今みたいにテレビがないから、映画がモダンボーイ、モダンガールの教科書でしたね」と話しています。

モガ・モボ達の溜まり場だったフルーツパーラーの物語が登場します。お店で使っていたマッチのデザインの洒落ていること!そのほか先端トレンドをファッション、建築、映画と様々なジャンルに分けながら、紹介しています。スタイリスト原由美子の担当する20年代のファッションページもいい感じです。1985年当時の雑誌は、今のものとは印刷技術や紙質などは比較できないぐらいの程度なのですが、センスあふれる紙面作りは、失われていません。レイアウトや写真など、その後様々の雑誌で一時代を作った出版社らしい感覚です。

本好きに注目して欲しいのが、龍膽寺 雄が昭和3年、雑誌「改造」に掲載された著者27歳のデビュー作「放浪時代」が読めることです(挿し絵・ペーター佐藤)。龍膽寺の本は、かつて高価な価格が付いていて見つけるのも困難でした。彼はサボテン研究者としても多くの本を残しています。

こういうのが読めるのも、古い雑誌ならではの特典ですね。ちょっと楽しいので雑誌特集、明日も続けます。

 

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谷口ジローのコミックは、若かったらその小市民的世界に辟易したかもしれませんが、年をとると、これがグググッ〜と心に染み込んできます。

私が最初に読んだのは「犬を飼う」です。昨年愛犬をなくしたので、この本を開くだけで涙が溢れてきます。谷口ジローといえば、夏目漱石を中心として明治の時代と文壇を描いた「坊ちゃんの時代」が有名ですが、これは全5巻の大河ドラマなので、読み切るにはちょっと根気が要ります。

その点、「犬を飼う そして猫を飼う」(小学館/古書750円)、「欅の木」(小学館/古書800円)、「歩く人plus」(光文社/1400円)、「遥かな町へ」(小学館/古書1200円)は、さらっと読めて、しかも心に残るものばかりです。

老夫婦が、新しく引っ越してきた家に残っていた欅の木を、一度は切ってしまおうとするのですが、この木を守っていこうと決意する「欅の木」には、市井に生きる人々の優しさが滲み出ています。感動的な盛り上がりがあるわけでもなく、日々を誠実に生きる人たちの哀歓を巧みに描いてる短編が並んでいます。多分、若い時にはわからなかった人生の真実がここにはあって、それを理解できる年齢になったということかもしれません、

「犬を飼う」で、年を取った犬のタムに、おばあちゃんが語りかけるシーンがあります。おばあちゃんは生きていても他の人の迷惑になるだけだから、早く死んでしまいたいと思っています。タムに向かって「あたしゃね、迷惑かけたくないんだよ…..。この子だってそう思っている。そう思っているんだよ。でもね、死ねないんだよ…..。なかなか……死ねないもんだよ。思うようにはね……。なかなかいかないもんだね」と語りかけます。

愛犬の一生を描きながら、私たちの死を見つめた名シーンだと思います。

ところで谷口は、2000年代からヨーロッパでの評価が高まり、フランスを中心に数々の芸術系統の賞を受賞しました。きっかけは「歩く人」や「遥かな町へ」などの翻訳版刊行でした。カルテイエの2007年と翌年の広告を複数の画家とともに担当し、本国フランスのブティックではカルティエに関する漫画の入った小冊子まで配布されています。「歩く人」は、どの物語も極端にセリフが抑えられています。だから、ヨーロッパの人に理解されやすかったのかもしれません。しかし、小津安二郎の映画が、ヨーロッパで圧倒的な人気を持っているのと同じく、谷口のマンガ世界には、日本人独特でありながら世界にも通用する自然観、死生観、人生観があり、受け入れられたのではないでしょうか。

「歩く人」の世界は、どこにでもある日常です。でも、ここにはホンモノの喜びと哀しみがあるのです。谷口ジローは2017年70歳でこの世を去りました。きっと天国で、彼の愛犬達と遊んでいることでしょう。

みなみ会館で上映中の「ボーダー」を観てきました。イラン系デンマーク人の新鋭アリ・アッバシ監督と、原作者ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト(「ぼくのエリ 200歳の少女」原作者)が、共同脚本を手掛けた本作は、カンヌ映画祭「ある部門」で見事グランプリを獲得。第54回スウェーデン・アカデミー賞で作品賞をはじめ最多6部門を受賞するなど国際的に高い評価を受けてきました。映画祭で「ショッキング過ぎる」と話題になったシーンもあるのですが、修正は一切無しで、ノーカット完全版での日本で公開されました。18歳未満はアウトです。

ポスターを見たとき、醜い容貌の女性が、自然の生き物と交流するようなファンタジーかなと思っていたのですが、見事に裏切られました。怖い映画見ても滅多に目を背けないのですが、何度か俯いていました。オカルト映画でもないし、エイリアンも登場しません。根源的な生を見せつけられたからです。

スウェーデンの税関勤務のティーナは、違法な物を持ち込む人間を嗅ぎ分ける能力を持っていて、違反者を摘発していました。臭いだけではなく、その人物の破廉恥で邪悪な隠したい感情までかぎ分けるのです。しかし、人間離れした容貌のため世間から孤立し、山の中の一軒家で暮らしていました。

ある日、彼女は勤務中に怪しい旅行者ヴォーレと出会います。同じような顔つきのヴォーレを見て本能的に何かを感じたティーナは、彼を自宅に招き、離れを宿泊先として提供します。次第にヴォーレに惹かれていくティーナ。が、彼はティーナの出生にも関わる大きな秘密を持っていたのです。

彼も彼女も、実は人間とは違う異形のものだったのです。映画は、そんな彼らの悲しい過去を描きつつ、この二人の生き方を見つめます。仲間を人体実験にされたヴォーレは、人間への憎しみに満ちていますが、それなりに人間社会で生きてきたティーナには、人間としての優しい感情があります。後半、獣なのか人間なのか判別できない様相を見せながら二人の葛藤を描いていきます。。

私たちの価値観、倫理観、偏見などを破壊しながら、化け物映画、SF 、謎解き映画、ダークファンタジーといったジャンルさえ超えて、新しい地平へと映画は進んでいきます。二人のセックスシーンは、従来の映画の概念をぶち壊してしまうほどの迫です。そりゃ「行き過ぎ」という意見もわかります。

ラスト、ティーナが同じ種族の幼児を抱きかかえて、微笑むところで幕を閉じます。人間の奥深い偏見、暴力、格差を考えると、この二人が幸せになる可能性は薄く、大きな虚しさと切なさがこみ上げ、そんな感情を持ったまま映画館を出るはめになりました。そういう意味では残酷な映画かもしれません。しかし、映画の表現力はここまで可能なのだということを、明確に示した作品でもありました。

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