森雅之の「ポケットの中の唄」(青林工藝舎/新刊1320円)を読んでいると、なごみます。

筆者は後書きで、「毎回毎コマ、同じ構図同じ画で、物語も無くただポツポツと歩くだけの漫画ですが、それでも『描きたい』と思ったのは『何かあったのだろう』と、自らをうなずかせる他ありません。『何かあったのだろう』と読んでください。

さて唄の漫画です。前述のように、読んだ人の胸の中に、何かひとつでも小さな唄が浮かんでくれることがあれば、この本に関わってくれた全ての人にとって、最上の出来です。」と書いています。

森雅之自選集「夜と薔薇」(復刻版/絶版・古書2500円)もそうなのですが、特別なドラマはありませんし、漫画全体の構図も古風でキャラも個性的というわけではありません。あえて言えば、「歩く人」の谷口ジローが描いたような人生の哀感に似ているかもしれませんが、谷口作品はもっと綿密に物語を紡いでゆきます。けれども森の漫画の登場人物を見入っていると嬉しくなり、ホロリとなるのは何故でしょう。

どこにでもいる人たちの日々の一瞬を、四季の移ろいを背景に描いています。例えば「クリスマス」というタイトルのお話。

「クリスマスの唄 好きなのに 少し、せつなくなるのは なぜだろう? クリスマスにもらったオモチャ。 あんなにうれしかったのに、あんなに大好きだったのに、いつの間にか無くしてしまった。 無くしたことを忘れてしまった。 クリスマスの唄を聞くと、無くしたオモチャを 思いだす。」

と、雪空を見上げながら家路を急ぐ青年が描かれます。たった9コマに過ぎません。センチメンタリズムと言ってしまえばそれまでなのですが、今時、そんなセンチな世界を堂々と描いてしまう作家はいません。作家が「何かひとつでも小さな唄が浮かんでくれることがあれば」と読者に期待している通り、ラストのコマで、皆さんの心の中にある唄がきっと浮かんでくると思います。

この「クリスマス」でわたしの心に聞こえてきたのはサイモン&ガーファンクルがニュースラジオのアナウンサーの言葉を背景に歌う「きよしこの夜」でした。曲が終わり、アナウンサーが最後に”good night”と言います。これが、とても切なくて、ちょっぴりホットな気分にさせてくれます。そんな唄が聞こえてくる一作でした。

本日はクリスマス。”good night”

 

★レティシア書房年始年末のお休み 

12月29日(日)〜1月6日(月)

新年は1月7日(火)から通常営業いたします。ギャラリーは「本づくりへの願い 版木とともに」(by法蔵館)です。よろしくお願いいたします。


 

 

 

 

黒川創の400数ページにわたる長編小説「岩場の上から」(新潮社/古書1300円)は、傑作中の傑作と言っても過言ではありません。

黒川は京都出身。鶴見俊輔に誘われ、「思想の科学」編集委員として評論活動を開始。99年「若冲の目」で小説家デビューしました.。2009年「カモメの日」で読売文学賞受賞と小説家として順調に滑り出しました。伊藤若冲を描いた「若冲の目」と、毎日出版文化賞受賞作品「京都」が、私のお気に入りでしたが本作はそれらを凌駕する小説でした。

時は2045年。北関東にある小さな町「院加」に、核燃料処分場が地下深くに建設されるという噂が流れます。物語はそんな町にふらりとやってきた少年シンと様々な影を抱えて生きる人々の関わりを通して、「戦後100年」の視点で日本の現在の政治的状況と、危機迫る未来を描いていきます。と言っても、これはサスペンス小説でもSFでもありません。確かに、現政府を奥で操っている”総統”と呼ばれる人物が存在したり、「戦争には行きたくない、家に戻りたい」という思いだけで中東へ派兵の決定していた兵士200人が、原子力発電所に籠城するという描写もありますが。

ひたすら戦争へと向かう国を象徴的に前面に押し出しながら、そんな時代をどこにでもある町でどんな風に人が生きてきたか、その日常をリアルに描いていきます。妻を亡くした不動産屋、駆け落ちした男女、ボクサーへの道を断たれ軍隊に入隊した男とその妹、夫が出て行った後、町に残って八百屋を切り盛りする妻などが登場します。さらに、首相官邸への住居侵入罪で服役中のシンの母親が登場してきます。彼らが入れ替わり立ち代り登場し、ほんの少し先の我が国を見せてくれます。

ところで、小説に登場する総統はもともとは我が国の首相でした。その人物のことがこう書かれていました。

「現役首相だったころ、あの人物は、未成熟な印象ばかりが強かった。答弁なんか聞いても、ひたすら機械的、表層的で、相手がどう出てきても、結局『断固やります』か、『いいえ、やるつもりはありません』か、切り口上 で終わってしまう。まちがっても、互いの発言がかみあって、やりとりが成り立つということはない。あれは、たぶん、子どものときからのものだったんだろう。」

これって誰かに似てますね。ということは、こいつが日本を戦争へと導くのかと思うととても近未来のお話とは思えません。

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「ビートニクス」は、wikipediaではこう説明されています。

「ビート・ジェネレーションは、1955から1964年頃にかけて、アメリカ合衆国で異彩を放ったグループ、あるいはその活動の総称。ビートニクス(Beatnik)と呼ばれる事もある。生年でいうと、概ね1914年から1929年までの、第一次世界大戦から狂乱の20年代までに生まれた世代に相当する。

最盛期にはジャック・ケルアックやアレン・ギンズバーグそしてウィリアム・バロウズを初めとするビート・ジェネレーションの作家たちは多くの若者達、特にヒッピーから熱狂的な支持を受け、やがて世界中で広く知られるようになった。またポエトリーリーディングの活動も有名である。」

「ヒッピー」などという死語も出てきて、若い世代には理解できない部分もあるかもしれません。実は私も全然興味がありませんでした。しかし、アメリカ西海岸にいたとき、何人かの学生から、「お前ギンズバーグ知らへんの」だの、「アメリカンロック聴くのに、バロウズ読まへんの、おかしいで」とか言われて、慌ててケルアック「路上」を読んだ若き日のことを思い出しました。

本書「ビートニクス コヨーテ、荒地を往く 」(幻冬舎/古書1850円)は、日本のポピュラー音楽シーンを走り続けてきた佐野元春が、アメリカに行き、ビートニクスたちに会い、彼らのムーブメントが現在のポップカルチャーにどんな影響を与えたかをエッセイ的にまとめたものです。佐野の音楽は、個人的にあまり好きではありませんが、本書はとても面白い。特にベトナム戦争前後のアメリカの音楽、映画、文学などに影響を受けた方には、読み応えがあると思います。

「1994年日7月6日。再訪のニューヨークシティは気が狂わんばかりのアスファルト熱に包まれていた。」から彼のビートニクスをめぐる旅は始まります。

後半にはギンズバーグ等の対話が組まれていて、その中にゲイリー・スナイダーが登場します。彼は山尾三省とも親交があり、ご存じの方も多いと思います。ケルアックに仏教を教え、禅の修行のため長期にわたって京都に滞在していました。さらに宮沢賢治の「春と修羅」の英訳にも挑戦、エコロジー運動への参加、ネイティブアメリカンの神話の研究など多彩な活動をしています。

作品は人間と自然との関係をテーマにしたものが多く、ソローの作品を原点にした自然文学、つまり「ネイチャーライテォング」の系譜に位置づけられる人物です。

なお、本書にはDVD  が付属しています。これは佐野がケルアックのホームタウンを訪れた時の短編ドキュメンタリーです、ファンには見逃せません。

 

大阪の動物保護団体ARKの来年度カレンダー発売中です。

壁掛けタイプ1000円(残りわずか) 机上タイプ800円です。売上は、全てARKにお渡しいたします。当施設に保護されている動物たちのために使われます。

レティシア書房は、年内28日(土)まで通常通り営業いたします。新年は1月7日(火)から営業いたします。


 

 

120分笑いっぱなしの忠臣蔵映画。制作は吉本興業。当然、吉本の芸人がずらりと出ています。でも、不真面目に作っているわけではなく、これはこれで気合を入れた娯楽映画になっています。

ところで、若い方々は忠臣蔵をご存知ですか?

時は江戸元禄時代。江戸城内で赤穂藩主浅野内匠頭が、今で言うところの高級官僚の吉良上野介に切り掛かります。大切な行事の最中に城内での刃傷沙汰、加害者とされた浅野は即日切腹となり、被害者の吉良はお咎めなしで一件落着となりました。

喧嘩両成敗の原則のはずが、殿様だけが充分な詮議もなしに切腹させられたのを不服として、赤穂藩家老大石内蔵助ら47人の武士が吉良邸に討ち入り、吉良の首を取った「赤穂事件」が起こりました。この血生臭い事件を、戯作者たちが私たち好みの武士道の鏡みたいな物語に作り上げました、それが「忠臣蔵」です。歌舞伎になり、ヤンヤヤンヤの大ヒット。その後現在に至るまで、あらゆる角度からTVドラマ・映画が数え切れないくらい製作されてきました。中でも討ち入りのシーンは、最大の見せ場です。

ところが最新作「決算忠臣蔵」には、大盛り上がりのこのシーンはありません。それどころか、大事な敵役吉良上野介も登場しません。え!そんなんあり…….ですが、テーマはあくまでお金です。幕府に国を取り上げられて、あとのない彼らがどうやって資金を集めたのか何に使ったのかをひたすら追いかけていきます。画面には、その都度使用される金額がデジタル表示されていきます。

「そんなん、お金持ちまへんで」とのっけから大阪弁満載で物語はスタート。赤穂藩が兵庫県だからといって、全員ベタベタの大阪弁はどうよ?と思いましたが、いや、こういう喜劇の時の大阪弁は極上ですね。主演の大石を演じる堤真一は関西出身だけにネイティブな言葉使いですし、予算を管理する矢頭長助を演じる岡村隆史は、もちろんバリバリの関西の芸人です。彼らの会話を聞いていると、なんか、討ち入りなんて面倒やなぁ〜、やめときまひょか、みたいになりますね。

やっと討ち入りの計画が決定するも、どう考えても赤字。下手すれば弓矢も買えないという状態です。で、どうやって赤字予算を黒字にしたのか!これは映画館で見て、大笑いしてください。

日本ではこういうパロディ映画って敬遠されがちですが、映画館はよく入っていました。ガチガチの忠臣蔵ファンは拍子抜けかもしれませんが、このくすぐり方、笑わせ方はなかなかです。私が関西人のせいかも。忠臣蔵をよく知っていればいるほど面白いと思いますよ。

レティシア書房年始年末の休業のお知らせ 12月29日(日)〜1月6日(月)

 

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「1964年のことだった。それまで輝かしい演奏家として名を馳せていたカナダのピアニストのグレン・グールドは、コンサート活動から完全に身をひいてしまった。1982年に死去するまで、その後はレコード録音、ラジオおよびテレビ番組、彼自身の音楽へのアプローチを論じる文書を書くなどの仕事以外はやらなかった。」

というのは、ミシェル・シュネデール著「グレン・グールド孤独のアリア」(筑摩書房/古書850円)の始まりです。クラシック界の異端児であり、ある種オタクだったグールドは、それゆえに誰にも到達できない美しいピアノの音色を響かせてくれました。クラシックファンだけでなく、ロック、ジャズを聴く人にもファンが多いというのも異色です。

彼のピアノが、ガブリエル・バンサンの「アンジュール」の短編映画のサントラ(CD国内盤/中古900円)として起用されています。絵本「アンジュール」は、理不尽に捨てられた犬のアンジュールが、孤独と失望の旅の果てに、新しい飼い主と出会うまでを、全く台詞なしで描き通した傑作で、犬を飼っている人には涙なしでは読めません。この作品にグールドのピアノ、いい選択です。

ノルウェイーを代表する作曲家グリークの「ピアノ・ソナタホ短調作品7」という地味な作品で幕を開けます。いかにもグールド、みたいな選曲ではなく、あくまでドラマに寄り添った選曲が続きます。で、本作のメインテーマにはバッハ/グノーの名曲「アヴェ・マリア」に、宮本笑里のヴァイオリンを重ねて録音したものが使われています。冬の夜明けの美しさを想像させるような、数分の曲ですが、何度聴いても素晴らしさに心震えます。

原作の「アンジュール」( BL出版/古書1050円)も在庫していますので、セットでグールドの繊細極まりない音楽に耳を傾けるのも一興です。グールドの名演奏21曲を集めた”The Sound of Gould”(US盤/中古1800円)もございます。何かと騒がしい年末のTVを消して浸ってみてください。

フレディみかこ著「ぼくはイエローで、ホワイトで、ちょっとブルー」(新潮社/古書950円)は、イギリスの中学校に通う息子と、彼の言動を見守る母親の日常を綴った一冊です。高橋源一郎が、帯で「自分たちの子供や社会について考えざるをえなくなる」と評価していますが、まさに差別、偏見、貧困の中を生き抜く中学生達の日常を通して、イギリスの教育システムの明暗が、そして私たちが生きる私たちの社会のあり様が見えてくる傑作ノンフィクションでした。

カトリック系の小学校を卒業した子供は、普通はそのままカトリック系の中学に入学するのが常識なのですが、母親は、あえて白人労働者階級が通う公立小学校に息子を通わせます。その中学校は、学校ランキングで底辺を彷徨っていたのが、最近ランクの真ん中あたりまで上がってきた事実に、興味の湧いた母と息子が、学校見学会に向かうところから二人の物語が始まります。

英国の中学校には「ドラマ(演劇)」という教科があるそうです。何も俳優養成のためではなく、「日常的な生活の中での言葉を使った自己表現能力、創造性、コミュニケーション力を高めるための教科なのである」から驚きです。

彼はその教育過程でミュージカルに参加してゆくのですが、ここで様々な民族的差別に遭遇します。多くの移民が暮らす一方、保守党の緊縮財政政策で白人社会に広がる貧富の格差。この二つが、常に本書に流れています。けれども、堅苦しい現状報告に終わらず、母親の息子への信頼と愛情、そして尊敬が巧みにブレンドされていて、読む者を疲れさせないところが秀逸です。著者のユーモアのセンスも抜群で、「今日ね、こんなことが学校であってね……..」みたいな会話を聞いているようです。

人種差別丸出しの美少年や男か女かジェンダーに悩むサッカー少年がいたり、暴力が飛び交う日々なのですが、パンクな著者と冷静で分別のある息子が、共に悩み、混沌とした日々を生き抜いてゆく様子は、小説以上に面白く、「う〜む、そう考えるか」とこちらも巻き込まれていきます。

「多様性ってやつは、喧嘩や衝突が絶えないし、そりゃないほうが楽」なんて息子の台詞には、確かにそうだよな、難しい問題やなぁ〜と考えてしまいましたね。極めて私的でありながら、普遍的な親子の成長物語です。

おそらくこの親子は、閉塞感100%の日本の教育界では窒息死してしまうでしょう。失点続きの文科大臣にも、ぜひお読みいただきたいものです。

 

 

独特のタッチの絵本で人気の石黒亜矢子が、長年温めていた冒険ファンタジー物語が「九つの星」(新刊/URESICA2970円)というタイトルの本になりました。彗星との衝突で弾けた特別な星。不思議なパワーを持つその星のかけらを追って、こどもたちが旅をするのです

「お母さん、たった今、星のかけらが九つ、空から落ちてきたのを見た」

「あたし達、これからすぐに拾いに行ってくる」

ワクワクするような言葉を残して、彼らの冒険が始まります。

石黒亜矢子の本といえば、猫が主役の「てんまると家族絵日記」が人気でしたが、本作でも、「猫人以外は入れない猫人酒場です。」というバーの付近に星のかけらがあるというところからスタートして、石黒タッチの猫が登場します。彼女の絵は、単にかわいいというキャラではなくて、気味悪い雰囲気であったり異形であったりするのですが、それが読者を怖がらせるものではなく、とんでもない不思議さに満ちたワンダーランドへと誘ってくれます。最後に登場するお母さんの絵も、グロテスクだけれどユーモラス。

この本の発売を記念して、「てんまると家族絵日記」全5巻も揃いました。各巻1100円です。

「『犬や猫を新しく家族に迎えたいと思ったとき、お金で買うのではなく、飼い主のいない動物をもらい受ける、ということが当たり前になってほしい』という考えに賛同し、売上の一部を動物保護活動のための寄付金とさせていただきます」と、著者の思いのこもったコミックエッセイです。

 

さて、今回石黒さんの本と一緒に、当店で大人気の町田尚子さんの絵本「なまえのないねこ」に登場する猫の型抜きカード(2種類各330円)も少量ですが入荷しています。クリスマスカードにピッタリ。販売中の「町田尚子カレンダー」は残りわずかとなりました。まだの方はお早めにどうぞ。

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 NHK大河ドラマ「いだてん・東京オリムピック噺」が終了しました。翌日の新聞によると、歴代大河ドラマで視聴率ワースト1だったと書かれていましが、私は、ベスト1でした。(といっても大河をしっかり見だしたのはここ10年余りですが)

脚本は宮藤官九郎、音楽は大友良英という朝ドラ「あまちゃん」コンビで、4人の人物が大きく物語を動かしていきます。柔道の創始者嘉納治五郎(役所広司)と、1912年のストックホルムオリンピックに、日本人として初めて出場した陸上選手金栗四三(中村勘九郎)、そして1964年の東京オリンピックの誘致に尽力した田畑政治(阿部サダヲ)。この三人に加えて、落語家の古今亭志ん生(ビートたけし・森山未來)です。反乱万丈の人生模様を戦前、戦中、そして戦後を経て悲願の東京オリンピック開催までを描いたドラマでした。

メインのドラマに寄り添うように、数多くのドラマが絡んでいきます。全てオリンピックにまつわる物語の中で、戦争とオリンピックの問題もきちんと取り上げています。ヒットラー政権のプロパガンダに終始したベルリン大会や、戦前、東京に誘致が決定していたのに、日本の軍部政権による中国侵略により中止になった歴史的事実。さらに競技場から出征した学生たち、東京オリンピックの聖火リレー最終走者が、広島に原爆が投下された日に生まれた青年であったことなど、オリンピックにおける戦争の影をきちんと描いていました。そして、まだまだ差別の大きかった時代の、女性とスポーツの姿もしっかり書かれてました。

「原爆に背を向けることは、平和の祭典になっていない」

最終走者が間接的とはいえ原爆に絡んでいることを、アメリカがどう思うかを慮る政府に対して、田畑が発するセリフです。彼は、オリンピックが人種も国も様々な人たちが集まる大運動会であり、それ以上でもなくそれ以下でもないというスタンスで誘致を進めていきます。ナショナリズムにも、商業主義にも屈することなく進んでゆく姿は爽やかでした。実際の人物がこうだったのか、宮藤官九郎の思いだったのかはわかりません。しかし、ロスアンゼルスのオリンピック以降肥大化し、商業主義と利権争いの渦中にあるオリンピックを原点に戻そうとしていたのかもしれません。ラスト、実際の東京オリンピックの入場行進のシーンに、同じ会場でほんのすこし前に、この同じ場所から学徒動員で学生たちを戦地に送り出す映像をかぶせるという、平和への強い思いが感じられました。

長い時代を描く大河ドラマでスピーディに物語を進行させるために、現在と過去のカットバックやCG映像の駆使など、極めて映画的な手法が持ち込まれていました。その分、わかりにくさが生じていたのだとしたら残念です。志ん生の落語「富久」の中で走る男と、マラソンの金栗四三にまつわる話がパラレルに描かれるし、さらに時代は戦前と戦後と行ったり来たりで、じっくり腰を据えてみないと解りづらいところもあったかもしれませんが、まさにその行ったり来たりの重なり方が、宮藤官九郎の世界。様々な人生の錯綜が見所でした。成り行きを知っている時代劇とは違う、人々が迷走するスピード感が面白かったと思います。(実際、阿部サダヲの速い台詞回しの達者なことに感動しました)さらにタイトルの足がくるくる回る横尾忠則のデザイン(写真左上)も抜群でした。

ところで、音楽を担当した大友良英は、「あまちゃん」と同じく素晴らしいスコアを提供していました。メインテーマでは様々な楽器を駆使して、晴れやかな音楽を楽しませてくれました。彼の対談集「クロニクル」(青土社/古書950円)、稲葉俊郎との対話を集めた「見えないものに、耳をすます」(アノニマスタジオ/古書1400円)を在庫していますので、よかったらお読みください。

 

 

 

 

 

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ローン地獄、児童虐待、性暴力、障害者差別、親の介護、などなどの諸問題を、ちょっとだけ「自分のこと」として引き寄せて考え、文章にした青山ゆみこ「ほんのちょっと当事者」(ミシマ社/新刊1760円)は、笑って、泣かせて、そうだよなと納得させ、最後にまた泣かせてくれる松竹新喜劇みたいに楽しい。そして、実は極めて深刻な状況を生きなければならない我々の姿を浮き彫りにしてくれます。彼女自身は、「ほんのちょっとした」どころではない当事者だったのですが……。

彼女は、小さい時に家庭に来ていた、ある医師に性暴力らしきものを受けています。第4章「あなたの家族が経験したかもしれない性暴力について」でかなり詳しく告白されています。「もう三十年だぜ。それぐらい性暴力は根深い傷跡を残すのだ。そしていまならわかる。あれは治療なんかではなく、単なるわいせつな性行為であったことが。」と総括し、こう書いています。

「性暴力は被害者を何重にも傷つける。たかが痴漢だなんて思わないでほしい。その被害者が、あなたの大切な娘であり、妻であり、家族があるかもしれない。

そして、それは女性に限ったことではない。あなたの大事な息子が、性被害を受けて傷ついているかもしれないのだ。他人事ではない。そう感じて欲しいと切に願う。」

彼女は、様々な体験の中から自分の心の中を見つめていきます。こういうことが、本当の「自分探し」かもしれません。「自分が弱く愚かで、正義とは反対の真反対にいる人間であることを、わたしは日常でもよく思いしらされる。その度に、自分の弱さが誰かに対して暴力に変わるかもしれないと、とても怖くなる。」

「『参院選』元派遣労働者のシングルマザーが立候補へ。「ボロ雑巾のように捨てられた。世の中を変えたい」

これ、参院選に「れいわ新撰組」から立候補した渡辺照子さんのニュースのヘッドラインです。第8章「わたしのトホホな『働き方改革』」の巻頭は、このニュースから始まります。ほんとに、トホホな彼女の就活なのですが、笑って済ませられない現状が見えてきます。「一億総活躍社会」って、どこの国のこと?という有様が語られていきます。

悩み、悲しみ、時にはイラつきながら、「当事者」にならざるを得なかった彼女が最後に対峙したのが、親の看取りでした。彼女は父親と長い長い確執の時間がありました。第9章「父のすててこ」では、母のこと、父のことを振り返ります。しんどい事ばかりだった彼女が、本文最後で「パパ、ありがとう」という言葉を書くことができるまでの物語に、親を見送った人なら涙するかもしれません。

「わたしたちが『生きる』ということは、『なにかの当事者となる』ことなのではないだろうか』という文章が強く響いてくる本です。

 

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京都国立近代美術館で開催中の「丸山応挙から近代京都画壇へ」が15日で終わるので、散歩がてら行ってきました。ヘェ〜結構人が入っているんだ〜と感心しながら、鑑賞しました。

18世紀の京都。円山応挙は、実物写生に基づいた写生画というジャンルを切り開きました。精緻に描かれた応挙の写生画は、爆発的な人気を博し、円山派を形成します。私のような日本画に馴染みのないものにも圧倒的美しさで迫ってきます。小さく描かれた雀は、今にも屏風を突き破って飛び出しそうだし、「保津川図」に描かれた水の勢いは、4K、8Kの最新の映像技術の表現に負けない凄みがありました。

明治期の京都画壇を代表する一人、岸竹堂の「猛虎図」の虎なんて、咆哮が聞こえてきそうなぐらい臨場感に溢れていました。久々に来て良かったなぁ〜と思いながら、4Fのコレクションギャラリーに向かいました。

 

 

そこでは写真家野島康三の作品がズラリと展示されていました。かなり前でしたが、この写真家の作品を見て以来、特に女性のポートレイト作品に強く惹かれました。

野島康三(1889–1964)は、絵画を意識させる写真作品を数多く残しています。野島初期の「ピクトリアリズム」と呼ばれる写真は、ぼかしなどの技法を用いない「ストレートフォトグラフィ」が主流となると、絵画の模倣だとして批判の対象となり、下火になっていきます。しかし、独特の質感をもつ世界観を作品に投入した野島は、1930年代のドイツ新興写真に影響を受けながら、新しい作品を発表してきました。今回の展示には、モダンガールの素顔を捉えた「女の顔」も展示されていて、素敵な再会を果たしました。

ちょっと攻撃的で、アンニュイな視線をこちらに向ける女性を、ややローアングル気味で捉えた作品に、初めて出会った時は、そのクールな作品の佇まいに魅入ってしまいました。このまま、今のファッション雑誌にも使えそうな斬新な感覚だと思います。応挙の作品を見にきたはずが、野島の作品で頭がいっぱいになった帰り道でしたが、久々の近代美術館はやっぱり行って良かったです。

 

 

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