名古屋近郊の東海市で、踊り手がイヤホンで音楽を聴きながら、盆踊りを踊る「無音盆踊り」が始まっています。最近は、地域のお祭りを騒音と感じて、苦情が寄せられているのだそうです。徳島県の阿波踊りの練習でも、うるさいという苦情が県庁に来ているとか。

ところで、盆踊りは、お囃子の入る賑やかなものだったのでしょうか。元来、この踊りには、死者供養の側面があったことは確かです。柳田国男の調査によると、盆踊りの最も古いスタイルを残している「新野の盆踊り」はお囃子を伴わない静かな踊りでした。柳田が大正9年、岩手県で見た踊りも、音楽もなく、決して賑やかなものではありませんでした。

さて、件の「無音盆踊り」は2009年に誕生しました。しかも、驚くべき事に、「無音盆踊り」の前後に、会場に歌を流し、太鼓が盛り上げるフツーの盆踊りもあるのです。となると、無音のそれは騒音対策ではないみたいです。無音の時は、FM電波が二種類の周波数の異なった電波を流し、踊りの場に二つの輪が出来上がり、観客は異なるテンポと所作による二種類の盆踊りを見ることになります。シュールな展開です。

畑中章宏著「21世紀の民俗学」(角川書店/古書1300円)は、現代の様々な現象を民族学を切り口にして解明し、流動的な現象の中に見え隠れする日本人の本質を論じた刺激的な一冊です。

著者は、この盆踊りを「なかなかの『見物』だった。砂をこする草履の音、時間差で打たれる手拍子。お囃子が響かないことで、所作が露わになり、踊るからだが生み出す音だけが聞こえるのだ。」と評価しています。しかし、徹底的に踊ることなく、わずか数十分で終ってしまいます。内省的に霊と向き合う行為が、日本の祭の特色だったはずなのに、そこまでには達していないとも付け加えています。

無音盆踊り以外にも、自撮り棒、宇宙葬、ホメオパシー、アニメ聖地巡礼、ポケモンGO、など多種多様な現象を見つめながら、その奥に潜むリアルを解明していきます。著者はアカデミックな民俗学の教育を受けてはいません。だからこそ、四方八方に広がる思考の行方がスリリングなのかもしれません。

★レティシア書房恒例「夏の古本市」は、8月8日(水)〜19日(日)開催です。

 

大阪出身のイラストレーター益田ミリの文庫を、数点入荷いたしました。

書店員土田新二32歳、独身男性を主人公にした4コマ漫画「世界は終らない」(幻冬舎350円)は、一人の書店員の日々の仕事、暮らしを見つめるコミックです。書店員としてコツコツ働く毎日を描きながら、来店するお客さんの人生も取上げていきます。

お年寄りの男性がコミックを買いに来ます。どうやら孫娘に渡すためらしい。でも老人の「明日が四十九日なんです。」という言葉で、この孫娘が他界したことを土田君は知ります。「あの子がこのマンガを楽しみにしていたらしくて。そなえてやろうと思いました。」それを聞いた土田君、老人をちょっと待たせて、お供え用の花を買いにいきます。「このマンガ、オレも好きです」と土田君。「ありがとう、あの子にもそう伝えます」と微笑む老人。O・ヘンリーの短編小説を読んだような気分になりました。

ある時、小さな子どもを連れて来た女性。子育てに追われて、なにか報われていない空しい気分のまま店内をブラブラします。かつては仕事で一所懸命がんばったのに、「何やってんだろうあたしは」と、店内で立ち止まります。でも、はたと思い出します。仕事で嫌な事があった時、よく本屋に来た事を。「この中をウロウロしていると落ちつくんだよな〜 たくさんの本の中にいると。」そして、なんとなく答えを見つけ出して元気になったこと。今回も本にちょっぴり元気をもらって店を出ます。その時、土田君がお子さんにどうぞと風船をプレゼントします。その風船を見つめるママ。お店を出た彼女は「行っておいで」と言葉をかけて、風船を離します。風船の自由を祝福しながら、自分の人生を肯定するようなエンディングです。

書店員の日々の中で、土田君がふっと人生について考え、立ち止まる姿に、そうだよなとか、その気持ちわかるよという、私たち自身が共感できるやさしい物語です。

夜空をテーマにした「夜空の下で」(集英社文庫・古書/300円)は、ふと夜空を見上げると、あ〜あの時はあんな事こんな事があったよな、と人生の様々な一瞬を思い出しました。ちっぽけで、でも愛おしい人々を描く素敵なお話ばかりです。

益田には女性への応援歌とでも呼びたくなる様なエッセイ集があります。「女という生きもの」(幻冬舎文庫・古書/300円)、「今日も怒ってしまいました」(文春文庫・古書/300円)、「前進する日もしない日も」(幻冬舎文庫・古書/300円)など。読んで、ちょっと肩の力を抜いてください。

 

★レティシア書房恒例「夏の古本市」は、8月8日(水)〜19日(日)開催です。

秋山豊寛さん、1992年ソビエトの宇宙船ソユーズに搭乗し、宇宙ステーション「ミュール」から、地球の様子を中継した宇宙飛行士で、その後、福島県で有機農業に取り組んできた人です。

彼の「来世は野の花に」(六曜社1100円)を読んでいると、こんな文章に出くわしました。

「『英国も豪州もニュージーランドも、羊については、ひどい状態」とポンタさんは言います。」

えっ?ポンタさん?羊?それって、もしかして京都の羊毛屋さん「スピンハウスポンタ」を運営する本出ますみさんのことでは?と読んでいくと、はい、その通りでした。

本出さんは、羊の情報誌「スピナッツ」の100号発行を記念して、これまでに発表した内容を一冊にまとめた「羊の本」(4860円)を出版されたばかり。7月21日付の京都新聞朝刊でも取り上げられていました。当店と長いお付きあいのある本出さんは、秋山さんとお知り合いだったんですね。

秋山さんは、3・11東日本大震災とそれに伴う原発崩壊で、事故現場から32キロ離れている自宅も、田畑も、雑木林もすべて、放出された放射性ガスで汚染され、暫くの間”原発難民”としての生活を余儀なくされます。本書の第一章「フクシマ原発崩壊」、第二章「疎開先で考えたこと」は、生活基盤を奪われ、難民として流浪の生活をせざるを得なかった時に、著者が感じたことや、欺瞞だらけのこの国と東京電力への批判が書かれています。

第三章以降は、事故以前、著者が農民として平和に暮らしていた頃に、雑誌等に発表された文章を大幅に書き改めたものです。前述のポンタさんが登場するのは、第三章「文明のリズム」の中の「羊を追いかけて」ですが、羊毛の先進国である英国や豪州では、度重なる干ばつやら、政府の方針変更で品質が落ちていることが報告されています。

日本も、一時多くの羊が飼育された時代がありました。ポンタさんは、京都新聞の取材の中で、羊とともに自立した暮らしを守り続けている遊牧民の姿から、私たちはもっと学ぶべき事があるはずだと語っています。有機農業で、これからの食のことを考えてきた秋山さんと、やはり羊を通じて、これからの暮らしを考えて来たポンタさんが目指すところは一緒のようです。

当店では「スピナッツ」はバックナンバーも含めて販売しています。

★レティシア書房恒例「夏の古本市」は、8月8日(水)〜19日(日)開催です。

盛岡発のミニプレス「てくり26号」は、「文学の杜にて」(648円)という特集です。盛岡で俳人、歌人として活躍する工藤玲音さんが、市内の高校の文芸部に所属している学生たちと語り合います。

各校とも文芸誌を出していて、17年の全国高校文芸コンクールでは、発行している文芸誌が盛岡第三高校が最優秀賞を、盛岡第四高校が優秀賞を受賞しています。石川啄木や宮沢賢治が若き日々を過ごした盛岡ならではですね。

盛岡には「さわや書店」という有名な書店があります。手書きPOPやパネル展示、果ては本全体を手書きのカバーで覆って中身をわからなくして販売した”文庫X”まで様々なアプローチでベストセラーを生み出した書店です。

「最近、世の中じゃあ軽い言葉しか聞かれなくなった。これはハードボイルド小説が読まれなくなったことと無関係ではないだろう……….。真に重い言葉は沈黙のなかにあるべしと識るべし」

こんな店長の作ったポップがズラリ並んだ楽しい書店です。この書店に勤務する方々5人が集まって、文学をテーマにした座談会が掲載されています。「よくわからないものが、文学なんだ!」なんていう意見も飛び出す楽しい座談会。全国的に文芸書の売上げ不振で、各書店の文芸書の在庫比率が下がっている中で、さわや書店は「うちも文芸書の比率は低いですが、文芸書は『顔』、花形だと思っていますから、しっかり棚をつくっているつもりです」と頼もしい。

一方、2017年オープンのセレクトショップ「BOOKNERD」、本とコーヒーとワークスペースのある古書店「ponobooks&time」も紹介されています。どちらも盛岡へ行ったら、お邪魔したい居心地の良さそうなお店です。

現在の「盛岡の文学」を語る上で、欠かせない二人が、沼田真祐と木村紅美です。盛岡在住の沼田は「影裏」で第158回芥川賞を受賞、盛岡に実家のある木村は「雪子さんの足音」で第155回芥川賞候補に選ばれた若き文学者です。

二人が、それぞれターニングポイントになったという作家の話から、興味深い文学論へと突入していきます。オーソリティのある文学者の対談よりも、若手のスリリングなトークの方が格段に面白いと思いました。

ところで、昨年の総務省の統計で、盛岡の書籍購入額は全国の県庁所在地・政令指定都市の中で第一位でした。読書への意識の高い都市なのですね。毎回読み応えのあるミニプレス「てくり」が26号も続いて来たのも土地柄と無関係ではないのかもしれません。

★レティシア書房恒例「夏の古本市」は、8月8日(水)〜19日(日)開催です。

ミシマ社から、「絶対に死ぬ私たちがこれだけは知っておきたい健康の話」(若林理沙著/1728円)という長いタイトルの本が出ました。京都は40度近い猛暑の日々、外へ出るだけで危険な暑さです。こんな時こそお薦めの、ココロとカラダを考える一冊です。

本の中に「ミシマ社通信」という小冊子が付いています。そこに、著者が、夏バテは冬と春から始まっているという東洋医学の考え方を述べています。即ち、「すでにバテ気味だという人、冬の間に夜更かしをたっぷりしたり、冷たいもの・ナマモノをよく食べる生活をしていませんでしたか?これらは夏の暑さに対抗するために必要な体のラジエーションシステム(陰気)を弱める行為とされています」ということです。

著者は、死ぬまでの間それなりに楽しめる、ココロとカラダの「いい塩梅」の状態を目指すことが健康であり、最終目標は、ああ、楽しかったと息を引き取ることだと考えています。そのために、何をどうしてゆくのか。自分の健康法の棚卸しに始まり、「寝る・食う・動く」の時間を決める、「寝る・食う・動く」の質を高める、風邪は引き始めに東洋医学で治す、生活そのものが養生になるという順番でステップアップしていきます。

成る程と思ったのは、「ハレ」をちょこちょこ消費する不健康という見方ですね。たまにしかない「ハレの日」は、豪華で楽しい一時です。それに比べて、ごく普通に続く、そして日常生活の多くを占める「ケの日」は地味な日です。ところが、ネット時代の到来と共に、膨大な量の情報が流れ込み、これも楽しい、あれは美味しい、こっちはお買い得と、本来なら「ハレの日」の情報が、日々の生活を侵します。増加する情報や刺激の量が、ハレの感覚を麻痺させてしまい、現代人は祝祭が毎日ないと我慢できなくなりつつあるようです。結果、ちょこちょこ「ハレの日」を消費してしまい、「ハレの日」へのハードルが上がってしまい、感動が目減りして、徒に多くのものを消費してしまいがちです。

「生きている間の限られた時間を最大限に楽しむためには、ハレとケをある程度分離させた、メリハリが必要なのです」という著者の考えには頷きます。BS放送の民放チャンネルを回していると、健康食品からファッション、美容に至るまで「ハレの日」の情報の垂れ流しに遭遇します。このスィッチをオフにすることから、健康は始まるのかもしれません。

ミシマ社からは、矢野龍彦&長谷川智「ナンバ式元気生活」(1620円)、大塚邦明「病気にならないための時間医学」(2376円)、そしてブログでも紹介した小田島隆「上を向いてアルコール」(1620円)など面白い健康関連の本が出ています。

★レティシア書房恒例「夏の古本市」は、8月8日(水)〜19日(日)開催です。

 

1973年、全世界で9000万人の目をくぎ付けにしたテニスの試合がありました。(日本でもダイジェスト放送があったみたいです)女子テニスの世界チャンピオンのビリー・ジーン・キングと、元男子チャンピオンのボビー・リッグスが対戦する試合です。なんで女子と男子が試合を?

70年代、あらゆる場面での男女平等を求める運動が全米で起こっていました。プロテニスの世界でも女子の優勝賞金が男子の1/8でした。不平等に抗議して、ビリー・ジーンは、仲間と共に“女子テニス協会”を立ち上げ、自分たちでスポンサーを探し出して、女子テニス界の待遇改善を図ろうとします。

一方、いかにも紳士然した業界の大御所たちは、あくまで男性優位を譲りません。そんな対決の姿勢に金儲けを企んだのが、元世界チャンピオンのボビー・リッグスでした。俗物のボビーの挑戦にビリー・ジーンは、当初は無視するのですが、一方的な男性優位主義を押し付けてくる男たちに、もうそういう時代ではないのだということを知らしめるためにも、彼女はこの挑戦を受けます。

彼女には、優しい夫がいましたが、実はレズビアンでした。当時は、今では考えられないほど同性愛に対するバッシングが凄まじかったのです。この試合は、単に男女の力の差をみせるゲームを超えて、政治や社会、学校や家庭における女と男の関係までも変えてゆく様相を呈していきます。そのプロセスを描いたのが「バトル・オブ・セクシーズ」です。

ビリー・ジーン役には、大ヒット作『ラ・ラ・ランド』で見事オスカーに輝いたエマ・ストーン。実際のビリー・ジーン・キングのように、前をしっかり見据えた優しく強い女性を好演しています。ボビー・リッグスには、『フォックスキャッチャー』でオスカーにノミネートされたスティーブ・カレル。俗物度満点の“全女性の敵”を、いやらしく、時には哀愁を漂わせて可愛く、たっぷり演じきります。

心に残ったのは、ビリーの試合のユニフォームをデザインするテッドという男性です。彼もまた同性愛者で、おそらく仕事の場面などでも、差別や迫害を受けているはずです。そんなことは少しも顔に出さず、彼女を見守り、ラスト、世紀の試合を終えた彼女を祝福し、これからは自分らしく正直に生きることができる時代が、きっとやってくるよと微笑みます。男も女もありのままに生きてゆくことができる未来が来ることを、暗示させるエンディングでした。演じたのはアラン・カミング。ゲイカップルが、育児放棄された少年を育てる「チョコレートドーナッツ」で、ゲイのミュージシャンを演じていました。優しさと深い人間性が、ひとつひとつの表情に滲み出ていて、素敵でした。

 

★レティシア書房恒例「夏の古本市」は、8月8日(水)〜19日(日)開催です。

 

 

レティシア書房では2回目の、ハセガワアキコさんの銅版画展。前回2015年、本好きの作家の深く緊張感のある版画の世界へ誘われました。今回は、また違った魅力的な展覧会になっています。

今回のテーマは「Blue」です。最近の作品の中から、果てしない宇宙の、海の底の、空の、草木のイメージをはらんだ青い色を使った版画を選んで展示しました。物語が先にあって、形を決め、追求していくというのではなく、なんというか、自由で伸びやかなデザイン。作品を創って行く過程で、素材が語りかけるものを受け入れ、楽しんでやりとりして間口を広げて行く、柔らかな感じがします。

「風」「夏銀河(写真左)」「蒼(写真下)」「海底」「天高く」「月に吠える」など、自然に身を委ねるような、緩やかな動きのある作品が並んでいます。それぞれに使われている青色が涼やかで印象的ですが、その中にも作家の持つ文学性は流れていて、何処かで出会った懐かしい風景のようにも、これから見る夢のようにも見えます。

入り口すぐの所に飾られた、「交差するモノ」(写真上)は、ドライポイントのあたたかなタッチで、おおらかな作品。「狭き窓へ」は、レイチェル・カーソンを読んでいるときにイメージが湧いた作品で、小さな窓から見る湖や林のような景色は、何を意味しているのでしょうか。銅版画の方法は多様だそうですが、どの作品も、長い時間をかけて培った技術に支えられた表現が効果的で、見ていて心地よさを感じました。

 

そして、ハセガワさんの作る小物はいつも素敵なのですが、今回も、栞(500円)、キーケース(600円)、折り紙札入れ(900円、)紙挟み(1000円)、ペンダント(1500円)、蔵書票(2000円)など個性的なものが揃っています。 手に取ってご覧ください。

暑い最中ですが、素敵な版画の世界を覗きにお運び頂ければ幸いです。(女房)

尚、ハセガワさんが所属する「京都銅版画協会ミニアチュール展」が、ギャラリーヒルゲートで開催中です。7月22日まで。

ハセガワアキコ版画展は7月18日(水)〜29日(日) 

 12時〜20時 最終日は18時まで 月曜定休日

 

 

 

 

 

1959年1月から、その年の年末まで、須賀敦子が詩を書いていたそうです。もしかしたら、それ以外にも詩作に没頭していた時期があったのかもわかりませんが、今回、59年に書かれたものが発見されました。それをまとめたのが「須賀敦子詩集 主よ一羽の鳩のために」(河出書房/古書1550円)です。

今まで発表されなかったのは何故か。解説で池澤夏樹が「創作者はみな己の内に批評家を抱えている。時にはその批評家がとても厳格で、これは発表に価しないと言うこともあり、これ以上は書き続けるに及ばないとさえ言うことがある。」だから、これまで発表されなかったのかもしれません。

気取りのないスタイルで綴られた作品は、すっと心に入ってきます。

「あさが 私を たたきおこした 目をこする私を しかりつけて つよく 私に ほほずりした。湧き水に 手足を洗ひ すこし ぬれた わらぞうりを ひたひたとはき さあ したくはできた 六月の 草のあさの中へ 出かけよう。」

59年6月に書かれた「あさが」という詩は、爽やかな朝の匂いに満ちています。ところで、詩集のタイトルに「主よ」という言葉が入っています。須賀はカソリックに入信しています。この作品集の背後にはキリスト教があり、はっきりと主に向かって語りかけているものもあります。

池澤は、やはり解説で「信仰ある人々は常に内心で主に話しかけているのではないかと想像している。祈ることは勝手な欲望を訴えることではなく、まずもって語りかけること、答えを期待しないままに思いをつたえること、それによって結果的に自分を律することではないだろうか。」と書いています。須賀の詩にあるストイックな部分は、信仰の力によるものなのです。イタリア語で「クリスマス・イヴ」を意味する「Vigilia di Nastale」という作品では「主よ もう何日も あなたの大きな手を肩にかんじながらも わたくしは ことばのないままに ただ町をあるきまわったのです。」と主へ語りかけています。

私の様な信仰心のない者でも、須賀の言葉は深く心に染み込んできました。

須賀の詩集と一緒に、彼女の代表作「ミラノ霧の風景」、「コルシア書店の仲間たち」、「ヴェネツィアの宿」、「トリエステの坂道」から、異国で出会った彼女の大切な友人のこと、イタリアで知り合い結婚した夫ペッピーノと家族のこと、そして須賀の父と母への思い出を描いた作品を中心に17作を選んだ「須賀敦子エッセンス1 仲間たち、そして家族」(河出書房/古書1600円)も入荷しました。須賀敦子の本を読むのに、何から手をつけようかとお考えの方は、こちらのアンソロジーはいかがですか。

 

誠に勝手ながら、7月16日(月)17日(火)連休いたします。

 

山田宏一と言えば、フランス映画を中心にしたヨーロッパ映画の批評で著名な評論家です。著書も多く、当店にある「山田宏一のフランス映画誌」(ワイズ出版/古書1800円)は、600ページにも及ぶ、監督別のフランス映画紹介の傑作です。

そんな山田が「NOUVELLE VAGUE/ヌーヴェル・ヴァーグ」(平凡社/古書2100円)という写真集を2013年に出していました。なかなか面白い写真集です。

「私はもちろんプロの写真家ではなく、ましてやアマチュアの写真家ですらありません。1960年代、フランス滞在中にヌーヴェル・ヴァーグの映画人と知り合い、活気にみちた映画的環境に誘われ魅せられて、初めて写真を撮ったのです」と序文で書いていますが、ジャン・ルック・ゴダール、フランソワ・トリュフォー、ジャック・ドゥミーら、新しい感覚の映画人たちが製作する、現場の熱い雰囲気が伝わってきます。山田がプロのカメラマンではなく、熱心な映画青年だったために、あ、これ映画的!というセンスでシャッターを押しています。ゴダール映画に出ていたアンナ・カリーナを控え目に撮った写真には、山田の彼女への愛情が感じられます。

おお〜、これは!!と感激したのが、ドゥミーが「ロシュフォールの恋人たち」を製作している現場の写真の数々です。出番のなかった主演のフランソワーズ・ドルレアック&カトリーヌ・ドヌーブ姉妹が、普段着で撮影現場に来ているところ(写真右)なんてレアです。普段着でもやっぱり美人姉妹です。当時24歳だったフランソワーズ・ドルレアックが現場に現れた写真(写真左)は、若いのに大人の風格を漂わせた彼女を見事に掴まえています。残念ながら、その1年後事故で亡くなってしまうのですが……..。

その次に登場するのは、「トリュフォーの思春期」の現場です。子供が大好きだった監督のトリュフォーが素人の子供たちを大勢使って、ほぼ即興で取り上げた映画です。子供たちに囲まれたトリュフォーの幸せそうな表情が素敵です。映画の撮影現場にはとても見えないくらい、生き生きとした表情の子供のキラキラした一瞬を捉えていて、素人カメラマンとは言えない出来映えですね。フランス映画ファンには見逃せない写真集です。

 

★レティシア書房「夏の一箱古本市」は、8月8日(水)〜19日(日)開催

★★ネイチャーガイド安藤誠氏の「安藤塾」は10月27日(土)に決まりました。参加ご希望の方は電話、メールにてご連  絡下さい

 

 

『「ユタカ」とは金を持っていることを言うのではない。「考え方がユタカ」なこと」

だと言い切るのは、高知で活躍するデザイナー、梅原真です。生まれた故郷に拠点をおいて、「一次産業×デザイン=風景」という独自の方程式のもとで、様々な作品を世に送り出しています。例えば、かつおを藁で焼く「一本釣り・藁焼きたたき」、荒れ果てた栗の山から「しまんと地栗」等々。「土地の力を引き出すデザイン」で2016年度毎日デザイン賞・特別賞を受賞しました。

ユニークな活動を続ける梅原真の考えている事、やろうとしている事を、彼がデザインした作品と共に紹介したのが、「おいしいデ」(羽鳥出版/新刊3024円)です。

「今までは、『農薬使わずにできるわけない』という固定観念があった。大量生産、大量収穫を教えられ、疑わなかった。」荒れ放題になった四万十流域の栗山。中国産の安い栗が市場を席巻し、誰も栗を作らなくなり、荒れていきました。そこで、原田は、化学肥料と農薬を使わずに栗を作ることに挑戦し、少づつケミカルフリーの栗農家が増えていきます。

2016年、首都圏のデパートから、フードコレクションへの依頼が飛び込みます。ケミカルフリーの価値を「地」という文字に象徴させるために、「しまんと栗」から「しまんと地栗」にデザインをリニューアルし、さらに◯印の中に、「地」の文字を入れこみます。結果、高級感を助長するような浮ついた感じがなく、生産者の誠実さ、商品の安心感が消費者へ伝わっていきます。原田は「その商品が『誠実に見えているか」というのは大きなポイントであり、誠実さというのはおいしさとイコールに近い。」と語っています。大量生産ラインから生み出される商品には、見つけられない誠実さです。

「昔は暮らしのために経済があった時代で、ちゃぶ台が暮らしの中心にあった。ところがいまは先に経済があるから、未来を語るのではなく経済を語っている。日本の姿を誰も語らないじゃないですか」

本当に価値あるものを探し、支援し、デザインの力で世間に広げてゆく。効率最優先のフード業界に挑戦してゆく原田を、糸井重里は「梅原真というおっさんは、なんでもやりよるデ」と帯に書いています。どことなく、関西の馬力あるおっさんの仕事ぶりを読んでいる気分になってきました。お薦めです。

 

★レティシア書房「夏の一箱古本市」は、8月8日(水)〜19日(日)開催

★★ネイチャーガイド安藤誠氏の「安藤塾」は10月27日(土)に決まりました。参加ご希望の方は電話、メールにてご連  絡下さい