宮崎駿の「折り返し点1997〜2008」(岩波書店1850円)が、再入荷しました。全500ページのボリュームある一冊です。「もののけ姫」に始まり、「崖の上のポニョ」に至る12年間の、宮崎の頭の中を覗き込むとでも言うべき内容で、この巨人の思想を読むことができます。映画の企画書、エッセイ、インタビュー、様々な対談、講演までを網羅しています。

「もののけ姫」編に収録されている梅原猛、網野善彦、高坂制との対談「アニメーションとアニミズム『森』の生命思想」や、「千と千尋の神隠し」編で山折哲雄との「万物生命教の世界、再び」のようなアカデミックな読み応え十分の対談もあれば、「サン=テグジュベリの飛んだ空」で、彼の大好きなサン=テグジュベリのことを語りながらこんな死生観を述べています。

「ただ死ぬべくして死ぬ。そういう生き方を、僕は認めたい。いいじゃないですか、挫折したって、飲んだくれて死んだって、飛行機で死んだって。そういう権利、そういう選択肢はみんな持っているし、持ってていいんじゃないですか。みんなが前向きに健康に生きる必要なんてないんです。不健康の極みで生きる権利を、特に詩人は持っているはずだ。」

こんな中から、「生きろ」というテーマを掲げた「もののけ姫」が出てくるんですね。

さらに、宮崎の戦闘機、軍艦、戦車へのフェチをぶちまけたようなイラスト集「宮崎駿の雑草ノート」が二種類入荷しました。現在発行されている「増補改訂版」(写真右2700円)と、最初に出された版(写真左下2000円)です。増補改訂版の方が、当然ボリュームも増えていてお得なんですが、表紙のイラストが全くちがいます。個人的には、細部の細部まで描き込んだイラストの最初の版の方が好きです。宮崎の「紅の豚」ファンなら、持っておいて損はないはず。

改訂版には「紅の豚」のオリジナルとも言える「飛行艇時代」というタイトルの漫画が収録されています。映画とほぼ同じストーリーなのですが、違うのは、ホテルアドリアーノの魅力的な女主人が登場しないことです。映画版では、加藤登紀子が声を担当して、存在感のあるステキな女性を作り上げていました。彼女の存在が、映画の魅力を大きくしていました。

因みに、宮崎は、ヨーロッッパ各地で勃発した民族同士の苛烈な内戦を見た後、同じヨーロッパを舞台にした「紅の豚」を作ったことを後悔しているという主旨の発言をしていました。殺戮を撒き散らした戦闘機をヒロイックに描いてしまった事、そういうものへの愛着を恥じたのでしよう。

もう一冊、岩波新書「本へのとびら」(岩波書店650円)も再入荷しました。これは、児童文学の宝庫、岩波少年文庫の案内ともいうべき一冊で、50冊が推挙されています。

WOWOWで放映していたオリジナルドキュメンタリー「Out in Japan」を見ました。このNPO団体は、セクシャル・マイノリティーの人達のカミングアウトをバックアップする組織です。

「『OUT IN JAPAN』とは、日本のLGBTをはじめとするセクシュアル・マイノリティにスポットライトを当て、市井の人々を含む多彩なポートレートを様々なフォトグラファーが撮影し、5年間で10,000人のギャラリーを目指すプロジェクトです。

個人、団体、企業、自治体等との連携を通して、WEBサイト・展覧会・写真集などを展開し、身近な存在としてのセクシュアル・マイノリティを可視化させ、正しい知識や理解を広げるきっかけとしていきます。」

私が同性愛の人に初めて接したのは、30数年前アメリカで英語文化を教えてくれた女性教師でした。ある日、彼女のホームパーティに参加したら、若い女性がワンサカ、ワンサカという願ってもない場面。しかし、どうも様子が違う。で、数少ない男性に聞いてみたら、レズビアンの人達の集まりでした。いろんな人達がいるんだという気分と、ちょっとした違和感(この知らないということが差別に繋がるのかもしれません)が混じった数時間でした。

違和感を払拭してくれたのは、同性愛を描いた数多くのアメリカ映画でした。古くはオードリー・ヘップバーンの「噂の二人」に始まり、最近では、トランスジェンダーの主人公が息子と旅する「トランスアメリカ」、ゲイのカウボーイの悲しい人生を描いた「ブロークバック・マウンテン」、同性愛者であることを公表した政治家を描く「ミルク」、さらに「キッズ・オールライト」、「ダラス・バイヤーズ・クラブ」、そして昨年見た「キャロル」など、様々な視点から同性愛をみつめた作品のおかげだと思います。

セクシャル・マイノリティーであることをカミングアウトするには、まだまだ困難な問題が山積みです。でも、このプロジェクトで写真を公開した人の表情は、どの人もステキです。最初に勤務したレコード店に来ていた化粧バリバリの男性二人が、手を取り合って楽しそうに試聴されていたことも、今ふと思いだしました。

梨木香歩のイギリス滞在時代のことを綴った「春になったら苺を摘みに」(新潮社600円)の最後を、彼女はこう結んでいます。

「理解はできないが受け入れる。ということを、観念上だけのものにしない、ということ」

なかなか困難なことかもしれませんが、いつぞや、TVの番組でボーイズラブコミックに夢中の女子高生に、俗にいう良識派の大人が白い目を向けた時、彼女は「何、読んだって自由じゃん」と、実に簡単に言ってのけました。これって、「誰を愛しても自由じゃん」と言い換えてもいいんですね。女子高生は真実を一言で言い切ったということです。

 

1976年5月、劇作家の唐十郎編集の「季刊月下の一群」という雑誌が発行されました。タイトルになっている「月下の一群」は、1925年、堀内大學によって発行された訳詩集です。特集は「人形魔性の肌」。執筆者は澁澤龍彦、種村季弘、赤瀬川原平、日影丈吉、津島佑子、そして、この特集ならではの、四谷シモン等々です。幻想、ファンタジー系の文芸誌という感じです。そんな執筆陣の中に、ジャズピアニストの山下洋輔、映画監督の若松孝二なども参加していて、一癖も二癖もある雑誌になっています。

この中の「からくり幻想考」という論考で、立川昭二が、自動人形について論じていて、「思想的にいって人間の夢といえば、空を飛ぶこと、実際に動く人形、このふたつだったと思うんですよ。」と書いています。「動く」という単語だけに限定すれば、時計にしろ、車輪にしろ多くの物が存在しています。しかし、それらは、定められた作業に終始するだけで、そこには創造的な感覚は関与しません。だからこそ、「動く人形に夢を託したのだ」と論を進めていきます。

「動く人形がでてきたら、いったいあれは物質なんだろうか、生き物なんだろうかという問題が出てくる。」そして「物であって、しかも動いている。これをもっと追求していけば、人間と同じものができるんじゃないかという恐ろしさがありますね」

この文章読んだ時、思いだしたのは銀行にも導入されているロボットです。様々の銀行業務を手振り身振りで説明するロボットを見ていると、電子機器の集合体と、生き物の境界線がぐらついてきました。

第二号の特集は「幻獣」です。さらに幻想アートに接近です。「幻獣画廊」という特集では、野中ユリ「妖精たちの森」そして、「地球へ…….」等のマンガでお馴染みの「夢魔のいる世界」という、これヤバイかもというオリジナル作品が収録されています。個人的には、あまり幻想文学やアートに惹かれたということはなかったのですが、脇明子が「幻獣のいる風景」でアルフレート・クービンについて言及していました。クービンは一時好きな画家でした。この論考でも何点か彼の作品が紹介されています。イタチのような獣が生まれたばかりの仔に乳を飲ませている「一腹の仔」は、ちょっと忘れがたい作品です。

あまり売れなかったのか、この季刊誌は2号で廃刊になってしまいました。どちらも1000円で販売中です。

岡崎さんの詩集「風来坊ふたたび」(善行堂1000円)が、著者のサイン付きで入荷しました。

ストレートに心の有様を描いた詩が多いのですが、読んでいるといろんな役者の顔が浮かんでくるのは、私だけでしょうか。例えば「海が見える窓」。電車に乗っていたときに、前に坐っている男のことを描いています。

「通路を挟んで 向かいに坐る男がいて 商人らしかったが ふと『こっちへお坐んなさい』と 俺に向かって手招きする 何事だろう? 思案していると 『こっち側の窓の方がよござんすよ』と言うのだった。

これは、渥美清。あの寅さんの人懐っこい笑顔がとびこんできそうな情景です。

「雨に濡れた地図」という作品の最後、「目の前の石ころ一つ蹴飛ばして 止まらぬ雨を前に ただ途方に暮れている 雨に濡れた場所で」で思い起こすのは、”ショーケン”こと荻原健一の顔です。

そして、最後に収録されている長編詩「猫またぎ」は、もう高倉健です。ある宿に泊っていた男のことを描いています。

「旅立つ陽 風が強い朝でした 風に誘われるみたいに あの道をまっすぐ歩いていかれましたよ あれ以来 村にあんな強い風が吹いたことはない 私いつまでも見ていました あの人のこと 遠ざかる後ろ姿が それはそれは きれいでしたよ」

ジャンパーに手を入れて、立ち去る健さんが目に浮かびました。

と、こんな感じで楽しんだ詩集です。なお発行元は、銀閣寺の古書店善行堂です。2冊目、3冊目も企画中とか、もちろんずーっと応援しまっせ!(写真は善行堂店主山本さんと岡崎さんです)

ところで、「風来坊」というタイトルは、はっぴいえんどの名曲「風来坊」を思いだします。

「朝から 晩まで 風来坊 風来坊 風来坊 風来坊」というフレーズで始まる名曲ですね。「ふらり ふらり ふら 風来坊」の歌詞の如く、岡崎さんが町を彷徨している様が詩になっています。

 

岡崎さんの「気がついたらいつも 本ばかり読んでいた」(原書房2000円)も古書で入荷しました。相変わらず本への愛情一杯で、本屋さんに、古本市に出かけようという気持ちにさせてもらえる一冊です。店で仕入れる本の参考にもさせていただきました。

おいおい、これ無料か?商売の邪魔するの?? と、言いたくなる程立派な雑誌が創刊されました

発行元は長崎県文化観光国際観光振興課。お役所発行のミニプレスで、タイトルは「SとN」。「S」は佐賀県、「N」は長崎県を表しています。創刊号の特集は「トコトコ列車で会いにいく」。佐賀県有田から長崎県佐世保まで走る松浦鉄道に乗って、沿線を散策する特集です。この2両編成の列車、きっと鉄ちゃんには人気があるんでしょうね。

この路線は日本最西端の「たびら平戸口駅」も擁しています。ここの女性駅長さんのインタビューはじめ、沿線で、様々な商売や仕事をされている方を取材しています。定期船の船長をされている、強面のおっちゃんが、大のボブ・ディランのファン。ひょっとして、この船ではディランの曲が流れている?なんて興味も湧いてきます。甘党のアナタなら、北佐世保駅にある「毎日饅頭店」は見逃せません。看板商品のほこほこの「甘酒饅頭」はぜひ食べてみたい。お値段もご近所価格で、安い!

高知発のミニプレス「とさぶし」18号も入荷しました。森林率日本一の高知で、山に生きる人達を特集してあります。地元の人達の山の楽しみ方や、高知、徳島に棲息するツキノワグマのことなど興味深い記事を読むことができます。四国八十八カ所霊場のひとつ東明院善楽寺山主、島田希保さんも登場します。高知県札所で唯一の女性住職は、年に二度、大祭と花祭りに美しい声でご詠歌を歌い、多くの人がお参りに来られるそうです。

同じく、四国徳島発の「あおあお」も新しい号が入荷しました。特集は「藍がある」。かつて天然藍染料”すくも”の産地として栄えた徳島で、すくもを使って、作品を生み出す藍染作家たちが暮らしています。特集もさることながら、裏表紙にど〜んと載っている「フィッシュカツ」が食べたくて仕方ありませんでした。それにしても、どこへ行っても美味しそうなものが多くて、それだけのために旅にでたくなります。

さて、こういった地方の文化発信のミニプレスばかりだけでなく、本好きには大人気の「BOOKMARK」の最新7号も入荷中です。「眠れない夜へ、ようこそ」というテーマで、ゾッとするホラーや、怪奇話満載の小説が紹介されています。

最近映画化もされた「高慢と偏見とゾンビ」などは読んでみたい一冊です。ジェイン・オースティンの傑作「高慢と偏見」にゾンビを持ち込んだというウルトラC級の小説。「8割はジェイン・オースティンの原文をそのまま持ってきて、隙あらば血みどろのゾンビの世界をもぐり込ませ」るという離れ業を敢行し、さぞかし天国のオースティンも真青というお話です。作者はジェイン・オースティン&セス・グレアム=スミスの二人になっています。

どの本も数量に限りがありますので、お早めにどうぞ。

 

 

 

 

詩人の茨木のり子さんの日々の献立を集めた「茨木のり子の献立帖」(平凡社1728円新刊)が入荷しました。自筆レシピに、茨木家の台所実測図、さらに昭和30年から49年にかけての日記の抄録まで付いています。

先ずお料理の写真(レシピに沿って再現したもの)がステキです。特別に凝った料理なんて一つもありません。パエリア、胡麻豆腐、チキンライス、茶碗蒸しなどの家庭料理ですが、細やかな心遣いがあふれ、豊かさが漂っています。

「茨木のり子の家」という写真集でも、詩人の凛とした生き方が行き渡った家の中を見ることができましたが、食卓にもやはり、彼女の生き方が反映されているみたいです。この食卓を預かる冷蔵庫は、質実剛健という風情です。

1966年の大晦日。日記にはこう書かれています

「おだやかおおみそか。五時、食膳につく。口取り、鯛南蛮漬け、煮〆など。白鷹三本のんで、Y、ごきげん良。紅白歌合戦を罵倒しつつ、最後までみる。お風呂に入って就寝1時半。」

Yとは、ご主人の三浦安信さんのこと。彼は、この9年後、肝臓がんでこの世を去ります。のり子さん49歳の時でした。その年に彼女はエッセイ「言の葉さやげ」を発表します。それから二年後、彼女の知名度を決定的にした詩集「自分の感受性くらい」を発表します。

「自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ」と剛速球でぶつかってくるこの詩集も傑作なのですが、私は詩集「食卓に珈琲の匂い流れ」に収録されている「さくら」が印象的です。

「ことしも生きてさくらを見ています ひとは生涯に何回ぐらいさくらをみるのかしら」で始まり、年を重ねてゆく自分を見つめて、こう結びます

「一瞬 名僧のごとくわかるのです 死こそ常態 生はいとしき蜃気楼と」

筑摩書房から発行されている「茨木のり子集」(全3冊セット3900円)があります。50年代〜60年代、70年代〜80年代、そして90年代以降の詩とエッセイを3冊にまとめたものです。慈しんで、慈しんで、時間をかけて読んでゆくに相応しい作品集です。紙の本だけが持ち得る、作者への愛情溢れる本作りが伝わってきます。

一つ一つ、ゆっくり読んで、のり子さんの豊かな言葉をかみしめてください。

 

 

「2001年宇宙の旅」等の映画監督、スタンリー・キューブリックの名前を付けた「ブックスキューブリック」という本屋さんが、福岡にあります。2001年オープンということで、キューブリックの名前を拝借されたそうです。この店を立ち上げて15年になる大井実さんの「ローカルブックストアである 福岡ブックスキューブリック」(晶文社1728円)が入荷しました。

本屋を開業したいと思っている人は、(つい最近まで)古本屋というのがセオリーでした。でも、大井さんは「『地域に根ざす町の書店』という理想のイメージがあり、雑誌がしっかり揃っている店をやりたかったので、取次との契約は避けて通れないとの結論に達した。」

これが、難題なんですね。特殊な流通組織で本が流れるこの業界で「取次」と呼ばれる問屋との契約は個人レベルでは極めて高いハードルです。そこを突破して、開業へと向かう姿勢には頭が下がります。

同志社大学卒業後、一旦は就職されますが、本屋をやるという気持ちに向き合って、あるべき本屋の姿を目ざして走り出します。店を始めることを、こう言っています。

「常々、商売というものは、町に名刺を出して生きているようなものだと感じている。もしくは、町に店の旗を立てると言っていいかもしれない。」

そして、「地道に仕事をしていれば世間に認めてもらえるという意味では、精神衛生上とてもいいのだ。お店を通じて社会と繋がっているという安心感は何ものにも代えがたい。」

と書かれていますが、それは私も感じます。店で、ギャラリーの作家さん、ミニプレスの作り手、そして本好きの方々などと接している安心感は、確かに、会社勤めでは絶対にあり得ません。

「ブックスキューブリック」は、独自の店作りから始まって、トークイベント、ブックフェス等の企画を通して、町づくりに関わっていきます。だから、この本は、本屋開業ノウハウブックではなく、自分の生き方と思いをお店に託して、町と共に生きていく方法の一端を教えてくれる本です。

大井さんも開業時には、大型書店ばっかりの新刊書店業界で、町の小さな本屋では太刀打ちできないという「一般論」で反対されたと思います。でも、自分の頭でしっかりと考え、どうすればいいかと試行錯誤していった結果が、今日の「ブックスキューブリック」を作っていったのでしょうね。

都筑響一著「だれも買わない本はだれかが買わなきゃならないんだ」の、こんな一節を書き記されています。

「大人になったら、周囲の大人の話にいかに耳をふさぐかの訓練が必要になってくる」

最近、ユニークな新刊書店が登場してきましたが、その火付け役ともなった「ブックスキューブリックは、九州に行かれたら寄っていただきたいお店です。

 

 

 

岸本佐知子、柴田元幸、高橋源一郎、堀江敏幸等、翻訳家として、あるいは作家として第一線で活躍する12名の対談を集めた「翻訳文学ブックカフェ2」(本の雑誌社1200円)が入荷しました。

先ず、マンハッタンで酒とドラッグに溺れてゆくヤッピー青年を描いたジェイ・マキナニーの「ブライト・ライツ、ビッグ・シティ」を、高橋源一郎が翻訳した顛末記が面白いです。滅茶苦茶に〆切に遅れてしまった話に始まり、日本語、英語の持つ潜在的な力まで語ってくれます。英語が原理的に男性的で、自己中心的な言語であり、9・11以降のアメリカの体制は男性原理主義社会の成れの果て状態になっているのに対して、日本語をこう解説しています。

「日本語は二千年間、他者の文物を輸入しては無限定に交配しまくってきた。これこそがこの国を長生きさせてきた原理みたいなものだと僕は思います。だから元気がなくなったらどんどん輸入しちゃえばいいんですよ。そしてがんがん異種交配したらいい。」そこから新しい小説が登場してくると結んでいます。

海外文学に興味のない方でも、どんどん読んでいけるところがこの本の良さです。原作にぶつかって悪戦苦闘しながら、作者の選んだ言葉の持つ意味に合致した日本語を、手探りで見つけてゆくスリリングな姿は感動的です。

エッセイストとしても人気の岸本佐知子さんは、翻訳家志望の人には、必ず一度は就職しなさいとアドバイスするそうです。それは、「会社のような、縛りのきつい環境で発せられる言葉こそが、本当に生きた言葉だと思うんですよ。それに、その言葉には必ず表情や匂いや空気がくっついてきますよね。それはものすごく貴重なデータベースなんです。今翻訳をする上で、六年半勤めていたときの経験は、本当に貴重な財産になっています」

生きた言葉をストックするには、足かせガンジガラメの状況に身を置くということですね。この本の対談の時、彼女はジャネット・ウインターソンの「灯台守の話」(白水社1100円)翻訳中で、いかにこの本に美しい表現が散りばめられているかを力説されています。この本については、当店の海外文学ファンのお客様も、やはりその美しさを語っておられました。

「愛している。でもこの世でもっとも難しい、三つの単語。でも、他に何が言えるだろう?」

このエンディングに乾杯です。

徳島県にある焙煎コーヒーの店「アアルトコーヒー」オーナー庄野雄治さんの本「コーヒーと小説」(サンクチュアリ出版1404円)が入荷しました。

「コーヒー屋になって何年もヒマだった。テレビもパソコンもない店だったから、とにかく一日じゅう本を読んでいた。そのほとんどが小説。しかも、これがすこぶる面白かった。そして、それらの作品から、時代は変わっても、人は全然変わっていないんだってことを教えられた。自然災害の前では立ちすくみ、妻と仲良くする男には腹を立て、猫の足の裏はあたたかい」

そんな彼がチョイスした本10冊。ジャンルに拘らずに、「コーヒー屋のくせにではなく、コーヒー屋だから作れた、ちょうどいい短篇集。コーヒーを飲みながら楽しんでいただけると、望外の幸せだ。」というアンソロジーです。

収録されているのは、太宰治「グッド・バイ」、芥川龍之介「桃太郎」、宮沢賢治「水仙月の四日」、江戸川乱歩「日記帳」、岡本かの子「鮨」、梶井基次郎「愛撫」、横光利一「七階の運動」、二葉亭四迷「嫉妬する夫の手記」、久生十蘭「野萩」、坂口安吾「夜長姫と耳男」という地味な作品ばかりです。芥川の「桃太郎」なんて、有名な「桃太郎」のパロディーというか、シニカルなバージョンアップ版というか、味わいがあります。岡本かの子は読んだことがなかったので、この短篇集が初体験でした。鮨好きの中年の男の話なのですが、奇妙な世界が広がっていきます。太宰の「グッドバイ」は未刊作品ですが、「未完成であるがゆえに完成されているという、不思議な作品」と庄野さんは絶賛しています。確かに面白い作品です。

ところで、もし私がこんな企画があったらどんな本を推挙するかなと考えてみました。「まずいコーヒーの話でよければ、いくらでも話していられる。」という書出しで始まる吉田篤弘の長編小説「ソラシド」(新潮社1200円)を。

「1986年1月忘日。五得町J社。午後六時。四階喫茶の殺人的にまずいコーヒーを飲みながら作業開始」などと「まずいコーヒー」なんて台詞が飛び出すのですが、逆にコーヒーを読みたくなる小説です。あと、音楽ファンにもぜひ読んでいただきたい一冊です。

レティシア書房の3月は、2015年から毎年「棚からうさもち展」で春を迎えます。3度目となった個展も、初日からファンの方々で賑わっています。

うさもちさんは、お名前のとおり、羊毛でうさぎを作る作家さんです。感触がうさぎの持つもふもふ感にピッタリだというのは誰しも納得だと思いますが、その表現を追求していくのは容易な事ではありません。今回もうさぎへの愛情があふれた作品の数々が並びました。

アンティークレースの衣裳を纏って坐るうさぎさん(写真上)は、本屋のギャラリーに美しく静かな空気を運んできてくれました。思わず抱きたくなる白いうさぎ(写真右)は、体温までこちらに伝わってきそうにリアル。技術の高さ、確かさが、ただ可愛らしいというものから個性的な造形に飛翔していきます。どんなものでもそうでしょうが、一見可愛らしさだけが目を引く「ウサギ」も、きっと付き合っていると、そして観察していくと、キャワイイ!!って感じでは済まされない、生き物としての手強さがあると思います。今回初めて、小さな額縁の穴から、うさぎの「口」だけ、「目」だけが覗いている作品をみせていただきましたが、うさぎ作品の深さを感じました。

そして、昨年から新たに作りはじめてたという球体関節人形も初めて展示されました。クールな少女は、妙にうさぎの世界に溶け込んで白うさぎを枕に夢をみているようです。これからどんな世界が展開されていくか本当に楽しみです。

毎回人気のスクーターうさぎたち、卵の殻からちょこんと顔をだしている卵うさぎさん、いずれも残りわずかとなりました。楽器を手にしたうさぎたちは、前回からさらにパワーアップして演奏をしています。

うさもちさんの個展をして頂くまで、世の中にこんなに多くのうさぎファンがいらっしゃるとは知りませんでした。しかし、たまたまご来店になった中にも「実は好き」と言う方がおられたりと、けっこう表に出ない(?)うさぎ好きは多いようです。猫の次は、うさぎブームになるかも?

作品は、一部を除いて販売しています。コサージュも新しく加わりました。ポストカード(150円)も多くの種類が揃いました。ぜひあなたのうさぎさんを探しにお越し下さいませ。(女房)

棚からうさもち展「小さなうさぎの話」は4月2日(日)まで。最終日は18時まで。月曜定休日。