ドン・ユエ監督の長編映画デビューの中国映画「迫り来る嵐」。入場料を支払って、暗澹たる気分で映画館を出る”快感”を、たっぷり味わいたい方にお薦めです。映画館を出て、宵闇迫る京都の大通りに立つビル群の明かりを目にした時、自分が幸せな場所にいるとしみじみ思いました。

1997年。中国の片田舎に立つ大きな工場は、24時間体制で稼働しているのですが、何を作っている所なのかは説明がありません。舞台は、この工場と付近の町です。全編雨が降り続いていて、青空は全くありません。土砂降りで雷が鳴り響き、ぬかるんだ道。映画「ブレードランナー」でも全編雨は降っていましたが、この映画に比べれば穏やかに感じます。

そんな場末感一杯の町で、若い女性ばかりを狙った猟奇殺人事件が連続して起こります。工場の警備主任ユィは、刑事気取りで首を突っ込みます。そして、警察の情報をもとに犯人を追い詰めていきます。映画中程で登場する追跡シーンは、映画史に残る迫力です。剥き出しの鉄骨に覆われた工場、隣接する貨物駅と列車群、そして土砂降りの雨。犯人を執拗に追いかけるユィ。

ところが、映画は途中から犯罪映画路線を逸脱していきます。刑事たちや町の住人、そしてユィの恋人も、まるでこの猟奇殺人事件に興味がなく、一人、ユィだけが熱くなっているのです。それが最後に悲劇を生むのですが…….。

この時代、中国は経済発展に向けて猛進し、社会が激変した時代でした。かつての共産主義国家のもとで統制された工場は廃れていき、人々は都市へ向かい出します。空虚で、無機質な雰囲気を、灰色の映像が見事に描いています。映画は、犯人探しよりも、空回りするユィの心の闇に向かいます。

「どこにでもいるような人物が、時代の性質しだいで、いかに影響を受けるかを描くことで、その時代をむき出しにし、その社会の精神性みたいなものを浮き彫りにしたい。」と、監督はこの映画について語っています。

ラスト、映画は2008年に飛びます。ユィが勤務していた工場が、ショッピングセンター建築のため爆破されるのです。かつての工員たちが見つめる中、工場は崩れ落ちていきます。誰一人、幸せそうな顔の人はいません。薄汚れ、生きているのか、死んでいるのかわからない表情です。希望という言葉は泥にまみれ、激しい雨に流されてゆき、悪寒が走ります。

しかし、さらに観客は、これほど無惨な人生はないというシーンに直面して席を立つことになります。ぜひ、映画館で震え慄いてください。

 

★レティシア書房 恒例「女子の古本市」は2/6(水)~2/17(日)です。出店者は女子ですが、もちろんどなたでもご来店くださいませ!今回も25店程にご参加いただきます。お楽しみに!

 

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福井さとこさんは、京都嵯峨芸術大学デザイン科卒業後、手描きのアニメーション制作をしていました。その後、世界的絵本作家ドゥシャン・カーライに魅了され、一発奮起、スロバキアのブラチスラバ芸術大学に留学してカーライ氏のもとで版画と絵本の挿絵を学びました。

今回は日本デビュー作「スロバキアのともだち・はなとゆろ おるすばんのぼうけん」(JULA出版局)の原画展を開催します。この本は、2017年ブラチスラバ芸術大学版画学科大学院の卒業制作ですが、スロバキアの最も美しい絵本賞(学生部門)を受賞しました。

お留守番中のゆろとはなの兄妹が、想像の世界で様々な冒険をするお話です。お母さんがお出かけした後、寂しがる妹はなを、お兄ちゃんのゆろが、想像という魔法で、はなにステキな世界の扉を開けてくれます。身の回りのものを、何かほかのものに見立てるのは、子どもたちが得意な遊びですよね。二人は椅子の馬やはさみの鳥たち、くつ下のうさぎ、本のフクロウなどと出会い、テントウムシを救い出します。テントウムシはスロバキアでは神様のお使いとして幸せをもたらすと言われているのだそうです。

福井さんがスロバキアで学んだのは、西洋木版。木版画には板目木版と小口木版があり、我々がよく知っている日本の浮世絵などは、板目木版画。小口木版は銅版画のような細かい表現が可能な手法です。ヨーロッパでは、聖書の絵として発達した細かい描写はこの小口木版画や銅版画を駆使したものになります。刷る技法も日本ではバレンで刷り取りますが、西洋木版はプレス機を使います。版木、紙、インクの素材にも違いはあります。福井さんの今回の絵本の原画は、板目木版で、プレス機もバレンも使い、ウィーンで入手した水性インクによる落ちついた色合いで、シンプルで伸びやかな作品に仕上がりました。

絵本の中で、スロバキアのわらべうたが出て来ます。現地で時々ベビーシッターをしていて、小さな子どもたちと接する中でできあがったお話だそうです。勢いのある構図、繊細な色使い、和紙を使って刷った絵には、日本で培ったものとスロバキアで学んだことが、お話の中だけではなく、絵の表現にも混ざり合い、福井さんならではの独特の世界が広がっているように思います。瑞々しい絵本作家の楽しい原画をお楽しみ頂けたら幸いです。ぜひお出かけ下さいませ。(女房)

福井さとこ絵本原画展『スロバキアのともだち・はなとゆろ おるすばんのぼうけん』は1月22日(火)〜2月3日(日) 12時〜20時 月曜日定休  なお、最終日2月3日(日)18時から福井さんによるスロバキアのお話会を行います。参加ご希望の方はレティシア書房までお申し込み下さい。(075−212−1772)

 

伊藤さん。私、今まで貴方を女性だと思っていました。なんせ、女の子の複雑な心理を描かせたら絶品の作家なんで。しかも、元妻は角田光代さんだったんですね…….。

1971年神戸市生まれ。小学校時代を大阪枚方市で、その後浪人時代までを三重県名張市で過ごしています。だから、関西弁がバンバン飛び交う小説が多いのです。今回、読んだ「歌姫メイの秘密」(講談社/古書700円)も、元気な関西弁で、名(メイ)という少女といとこの僕の不思議な物語です。

「それで何するねん メイ」「手のひらの上に置いてて。ほんで、目をつむって」

こういう会話で物語が始まり、で、この後どうなるのかというと、これまたとんでもない展開です。メイは、自分のおっぱいぎゅっと握り始めたのでした。そして、「あああーつー」という叫び声がしたかと思うと、僕が手に持っていたグロー球が、破裂。つまり、とんでもない大声の力のなせるワザなのでした。

「どうや?びっくりしたろ」と自慢げなメイ。

物語は奇想天外で、自由奔放なメイと彼女に引っぱり回される僕を軸に進行します。青春物語なのですが、メイの家族が問題でした。父親と母親が、N神聖教会という新興宗教の会員だったのです。キャンプでの共同生活を強いる教会のやり方に反撥したメイと母親は教会を脱退し、その時のゴタゴタで父親は行方不明になっていたのです。

「とにかく私、あんなとこに戻る気ないで。もどされるくらいやったら、警察に逃げ込む気や」

メイと僕は、中学、高校へと進学し、多感な青春時代を迎えます。まわりから一人浮いていたメイですが、その声を生かして音楽の道へと進んでいきます。一方で、自分たちを捨てた父親のことを許すことができず、僕を巻き込んで父親探しを始めます。自由奔放なメイに、知らず知らずに惚れてゆく僕。しかし、フツーの青春小説的展開になることなく、ビターで、オフビートな展開になってゆく辺りが、この作家らしいところです。

「結局こいつにとって、僕ってなんだろう。ついそういうことを考えてしまう。彼女にとってみれば、キャンプの中の世界と、こちらの世界。二つをとりもつ仲介人くらいにしか思っていないのではないだろうか。ただ働きの通訳者みたいなものか。でも、現実はキャンプなんかにはないはずだ、幸せも不幸も、こちら側にしか存在しない。」

さて、この二人の進む道がどうなってゆくのか、続きは小説をお読みください。辛い部分もあります。けれども最後のページまでたどり着いた時には、良かったね、と二人を祝福してあげたい気持ちになります。

「彼女の理想郷が音楽の世界になかったとしても、それがなんだというのだ。ほんの少し遠回りして、きっと探し当てたに決まっている。それがメイという女だ。欲しいものは見つける。見つからなければ、見つかるまで、自分で穴を掘り続ける。」

頑張れメイちゃん!

 

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昨夜、絵本作家の澤口たまみさんとベーシストの石澤由男さんをお迎えして、著書「宮澤賢治愛のうた」(夕書房/新刊1944円)より、賢治の恋愛の話をお聞きしました。彼女の低く優しい声に、アコースティックベースの低い音が寄り添うように響き、とても心地よい空間になりました。

私が賢治の本に夢中になって読んでいた頃、小さな疑問がありました。賢治の本のどこにも、若き日の恋愛について一切書かれていないということ、そして彼の愛情は過剰なまでに、若くして死んだ妹トシに向けられていたということです。彼は生涯、童貞だったという噂まで、まことしやかに流れていました。俗っぽい私には、女性に憧れたりすることがないなんて、到底信じられませんでした。恋の成就はさておき、淡い憧れすらないまま、あのような美しく、哀しい物語を想像できるものなのかと、不思議に思っていました。

澤口さんの「宮澤賢治愛のうた」に出会い、やはり恋をしていたのだと知り、なんだか安心しました。研究者でもない彼女が、コツコツと調査し、賢治作品を精読し、その奥に隠された彼の心情をあらわにしてゆくプロセスが、この本には凝縮されています。書かれている内容に沿って、温かな語り口で賢治と彼が愛したヤスという女性の恋を、お話ししていただきました。残念ながら、二人の恋は成就することなく、望んでいない結婚を強いられたヤスは、夫の仕事の関係でアメリカに渡ります。馴染んでいた岩手の自然を懐かしみながら、渡米後三年でこの世を去りました。

この本について書いたブログを読んだ店のお客様Hさんのご紹介で、今回澤口さんにお話しして頂く機会を得ることができました。賢治と同じ盛岡生まれの澤口さんは、賢治の高校の後輩でもあるので校歌を歌ったり、地元の蕎麦屋に賢治の好きだったメニュー「天ぷら蕎麦とサイダーのセット」がある話など、そこで生きている人ならではの、親しみをこめて地元の言葉で賢治とヤスの恋を話してくれました。恋愛もせず、恋人もいなかったというがんじがらめの賢治の定説が、ゆっくりと溶けてゆくようでした。最後まで控え目ながら、店全体を包み込んでいたベースの音が、語りに似合って素敵な夜になりました。

お二人は、九州、岡山と巡ってきて、京都での2デイズのトーク&ライブの初日が当店で、今日19日は誠光社です。賢治好きの方、児童文学好きの方達が集まって下さいました。ありがとうございました。

1927年東京生まれの作家、歌人尾崎左江子の「チョコちゃんの魔法のともだち」(幻戯書房/古書1200円)は、日本が戦争に向かっていた昭和初期、感受性の強い少女時代を支えた本について書かれたエッセイ集です。

このころ、東京山ノ手にはハイカラな外国文化と自由な空気が色濃く残っていました。けれど、時代は確実に戦争に向かっていました。

「私がものごころついたころには、日本はいつも『非常時』だった。」

灯火管制が厳しくなり、知人たちが集まってレコードなどかけていようものなら、町内から部屋の灯が漏れていると警告を受けます。暗い時代はすぐそこでしたが、チョコちゃんと呼ばれた著者は、両親と優しい姉に囲まれて、様々な本に出会っていきます。アンデルセン「えんどう豆の上に寝たお姫様」に夢中だった冬のこと、外でポンポンという音がします。それは銃声。二・二六事件の日だったのです。

さらに、チョコちゃんに災難が襲い掛かります。父親が倒れ入院したのです。

「戦前の、東京山ノ手の家族というのは、主人をささえてしっかりと寄り添っていれば、自然に生きて行けるようにできていた。それは、チョコの家も例外ではなく、一家の大黒柱である父は、いつも健康で、まともであるものと、誰もが思いこんでいた。 それが一朝にしてガラガラと崩れたのである。」

そして、日米開戦、疎開と暗く、辛い時代を生きることになります。そんなとき彼女の傍には、多くの児童文学や冒険小説、神話がありました。物語の主人公と共に生きることで、彼女は真っ直ぐに成長していきます。育ちの良さというのは、こういう事なんだろうな、と思いました。「ピーターパン」「ふしぎの国のアリス」「ヘンゼルとグレーテル」などのお馴染みの児童文学が、どれもキラキラと光っています。アンデルセンの「鉛の兵隊」の悲しく美しい物語も、現実世界の死と静かに重なるように幼い心に残っていきます。

この本の最後では、学徒出陣の見送りに動員された彼女が、その頃読んでいたトルストイの「光あるうちに光の中を歩め」の「光」という言葉を心の中でつぶやきます。「それにしても、暗い。ふりしきる雨、たれこめた雨雲、一言の声も立てない出陣学徒、そしてひっそりと葬列を見送るような女子学生の群。すべてがきちんと並び、すべてが無言である。チョコは反射的に、”光”という言葉を心に探した。『光・ある・うちに・光・の・中を・歩め」』

児童文学の案内書でありながら、戦前、戦中時代を語った本に感銘を受けました。

 

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恵文社バンビオ店閉店セール「バンビオ店乗っ取りフェア 1月19日(土)〜2月11日(月)」が開催されます。十数店の古書店が参加して、バンビオ店の棚を乗っ取ります。当店も参加します。http://keibunshabambio.hatenablog.jp


 

「花森安治は<装釘>の字を使った。今、本の見返しや目次ウラ、奥付などには、もっぱら装幀や装丁の字が使われている。釘の字に違和を感じる人も多いのではないだろうか。

『文章は言葉の建築だ。だから本は釘でしっかりととめなくてはならない』 これが花森の本作りの考えであった。」

その思想に基づいて、花森が担当した書籍の装釘を集めた豪華な「花森安治装釘集成」(みずわの出版/古書4000円)を入荷しました。花森は「暮らしの手帳」の表紙でお馴染みですが、それ以外にも多くの本の装釘に携わっています。300ページ弱のこの本を開けば、その広範囲の仕事をつぶさに見ることができます。超ポップな坂口安吾「教祖の文学」、舟橋聖一「満月」の妖艶さ、お洒落な渋澤敬一「ベッドでのむ牛乳入り珈琲」、など多彩な彼の才能を楽しめます。歌舞伎評論の戸坂康二の、一連の歌舞伎本らしからぬ仕上がりには驚きましたし、ハーパー・リーの「アラバマ物語」の様な海外ものも担当していたことは、初めて知りました。もちろん「暮らしの手帖」の創刊号から100号の花森が描いた表紙は全て収録されています。

暮らしの手帖社で、花森最晩年の6年間共に編集部で働いた唐澤平吉と、古書好きにはお馴染みの南駝楼綾繁、そして京都在住の画家林哲夫の3人が編集したこの本は、定価8640円もするのですが、十二分に見合った作品集です。(今回ご紹介している古書は、美本でお買得ですよ)

さて、もう一冊、見逃せない装幀の本が「佐野繁次郎装幀集成」(みずわの出版/古書3000円)です。

1900年大阪に生まれた佐野は、小出樽重に師事して絵を学び、多くの著者の装幀、挿画を手がけます。30年代後半には渡仏し、マテイスに師事しています。新刊書店員時代の私は、佐野の事は全く知りませんでした。しかし、レティシア書房を始めてから、彼の作品を目にする様になりました。深沢七郎の「言わなければよかったのに日記」という本の、カラフルな文字を見たのが最初だった気がします。

手元にある「佐野繁次郎装幀集成」を見ていると、絵のうまさに引き込まれていきます。熊凝武晴「南極観測船航海記」の表表紙から裏表紙にかけて力強いタッチで描かれた観測船。土門拳の「ヒロシマ」の黒い外函に描かれたデザイン。吉井勇「東京紅燈 集」で、細密に描かれた東京の町屋等、見飽きることがありません。佐野の担当した書籍はコレクターが多く、この本もサブタイトルに「西村コレクションを中心として」とある様に、コレクターの西村義孝が集めた作品をメインに収録されています。実際に、そう簡単に目することのない本ばかりですから、この本は貴重です。ネットでは1万円以上の高値(絶版)が付いてたりしますが、持っていて絶対に損のない装幀集だと思います。(今回入荷したものは美本です)

 

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ジェームズ・マーシュ監督の映画「喜望峰の風に乗せて」は、単独無寄港、世界一周レースに挑戦した男の映画です。と言ってしまうと、幾多の困難を乗り越え、愛する家族の元へと戻ってくるタイトル通りのステキなヨットマンの映画、と思いますよねフツーは。

でもこの映画は、そうではではありませんでした。

1968年、イギリスで小さな会社を経営し、趣味でヨットに乗るくらいの男クローハーストは、単独無寄港世界一周レースが開催されるという話を聞きます。優勝すれば、自分の名誉もビジネスの価値も上がると考え、広報担当者にジャーナリストを起用したり、取引先の企業へスポンサー参加の営業をするなど、参加準備を戦略的に進めていきます。

しかし、何より問題はヨットレースの経験がないこと。その上、肝心のヨットに対する準備時間が不足していて、乗り込むヨットは不完全なまま就航する羽目になります。案の定、外海に出た途端、様々の不具合に襲われます。多額の借金を背負っているので、レースをリタイアすれば、破産しかありません。

今なら、衛星のカメラや、ネット情報ですぐにどこにいるか瞬時にわかるのですが、当時は航海日誌だけがレースを完遂した証拠でした。早くも他のヨットに遅れをとった彼は、無線で偽の情報を流してしまいます。素人のヨットマンが記録を更新したと、地元は大騒ぎになり新聞でもトップニュースで取上げられます。偽の航海を続けるクローハーストの、不安と後悔と己への失望を、大海原に浮かぶヨットを俯瞰で捉えたカメラがシンボライズします。

主役を演じるのは、「英国王のスピーチ」等でお馴染みのイギリス映画界のトップスター、コリン・ファース。ヨットでの一人だけの演技が見事で、小心者で名誉欲は人一倍、そして家族思い、という男の複雑な心の内を演じています。

これはかなり特殊な状況下の物語ですが、名誉欲、出世欲、金銭欲等に囚われてしまって、できもしない事に手を出し、失敗を繕わざるを得ない事って、どんな人生にもあります。誰にでも多かれ少なかれ起る事かもしれません。

よってたかって、当時のマスコミが彼の美談を作り上げていきます。平気で偽記事をデッチ上げ、記事に新鮮味がなくなると、家族に予定調和的なインタビューを敢行する。ネット時代の今なら、さらにひどいことが起こっていたにちがいありません。ちなみにこの映画は事実に基づいているそうです。 

 

 

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レイチェル・カーソンの名著「センス・オブ・ワンダー」(新潮社/古書1000円)を読まれた方も多いと思いますが、上遠恵子訳の本書は、こんな素敵な文章で始まります。

「ある秋の嵐の夜、わたしは一歳八ヶ月になったばかりの甥のロジャーを毛布にくるんで、雨の降る暗闇のなかを海岸へおりていきました。

 海辺には大きな波の音がとどろきわたり、白い波頭がさけび声をあげてくずれ、波しぶきを投げつけてきます。わたしたちは、真っ暗な嵐の夜に、広大な海と陸との境界に立ちすくんでいたのです。

そのとき、不思議なことにわたしたちは、心の底から湧き上がるよろこびに満たされて、いっしょに笑い声をあげていました。」

先日、この本の洋書版で、Nick Klewshの写真をふんだんに使用した豪華本を入荷しました。(洋書/古書1800円)

“One stormy autumn night when my nephew Roger was  about twenty months old I wrapped in a blanket and carried him down to the beach in the darkness”

と、なめらかな滑り出しの英語で始まります。「不思議なことに〜」で始まる文章は ”Together  we laughed for pure joy”と極めてシンプルです。このシンプルさが魅力です。上遠恵子の翻訳は、かなり叙情的というか詩的に仕上がっています。だからこそ、日本で今もって売れているのかもしれません。カーソンのシンプルで、ストレートな英語と比べてみるのも面白いです。

日本語版を横に置いて、英語版を声に出して読んでみてはいかがでしょう。数ページ読むと、Nickの美しい写真が登場します。日本語版よりもかなり点数が多い美しい写真を眺めながら、次へと進み、リズミカルな文章に出会えば、声に出してみる。レイチェルが伝えたかった自然がもたらす美しいもの、神秘的なものを感じ取れるような気がします。

“The lasting pleasures of contact with the natural world are not reserved for scientists but are available  to anyone who will place himself under the influence of earth , sea and sky and their amazing life”

ラストの文章は翻訳では、「自然にふれるという終わりのないよろこびは、けっして科学者だけのものではありません。大地と海と空、そしてそこに住む驚きに満ちた生命の輝きのもとに身をおくすべての人が手に入れられるものなのです。」となっています。原文の持っているピュアな感覚を残しつつ、”The lasting pleasures of contact with the natural を「自然にふれるという終わりのないよろこび」とはなかなか表現できないものではないでしょうか。カーソンの思想を理解した翻訳者ならではの仕事です。。

 

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「TRANSIT」は、ズバリ「世界を知る」雑誌です。

最新号は「韓国・北朝鮮」(1944円)。旅のガイドブック?いえ先ずは、この分厚い(約200ページ程)号を見てください。韓国の社会、文化が徹底的に紹介されています。一般雑誌でここまで北朝鮮を特集したものは、あまり見たことがありません。左写真の、颯爽と歩くOL風の二人の女性、笑顔の若い夫婦を捉えた地下鉄のホームを撮った表紙が特集号。もちろん、北朝鮮のお役人立会いのもとに撮影されたものです。

私が、初めてこの雑誌を買ったのは、2016年に発行された34号「オーロラの煌めく街へ」でした。当店で個展をしていただいたことのある、かくたみほさんのオーロラ写真と、谷川俊太郎の「Aurora」という詩で始まります。

オーロラの科学的説明、鑑賞の手引きなど盛りだくさんです。この号で、北欧に生きる少数民族、サーミのことを初めて知りました。かつては、トナカイと共に北欧の大自然の中で自由に生きてきた彼らですが、今はフツーの人と同じ定住生活を営んでいます。近代化される生活と、引き継がれてきた伝統の間で、彼らがどう生きていこうとしているのかがレポートされています。そして、特集は北の大地アラスカに生きるイヌイットの世界へと移っていきます。

アラスカ、イヌイットとくれば、星野道夫です。石塚元太良の文章と写真による「星野道夫の小さなアトリエ」という彼の自宅訪問記は、星野ファンには見逃せません。

「星野道夫の文書はよく、優しいといわれる。言葉がすんなり頭に入ってきて、体を通り抜けていくような感覚があるのだ。それは、アラスカの荒野を一人で旅した彼にとって、本が何よりも『よき友』であったからではないかと想像する。彼は親密な友に語りかけるように、言葉を紡いできたのではないだろうか。難解な言葉を使うわけでもなく、ただシンプルに『よき友に』に伝わる言葉を。」星野の文章の特徴を捉えていると思います。

サーミ、イヌイットときて、我が国固有の民族アイヌへと向かい、今を生きる少数民族の姿を文章と写真で知る一冊になっています。

ただ今店頭では、上記を含め「TRANSIT」6点程バックナンバーを扱っています。

「美しき神の島へ ハワイ島 バリ島 出雲・隠岐」(2016年夏号)、「美しき奄美・琉球 秘密の島旅へ」(2016秋号)、「ベトナム 懐かしくて新しい国へ」(2017年冬号)、「ニューヨークには夢がある」(2018年秋号)です。

これを機に、ぜひ手に取ってみてください。現在TRANSIT制作によるポストカードも無料配付中です。

 

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山下達郎が結成したバンド「シュガーベイブ」は、アルバム「SONGS」(2500円/LP)だけリリースして解散しました。が、シティーポップの先駆けとして、いまだに人気の高いアルバムです。このバンドで、ベースを担当していたのが寺尾次郎。彼はバンド解散後、音楽界を去り映画界に転身。翻訳家として、多くのフランス映画の翻訳に関わり、二度とベースを弾くことなく昨年6月、63才で亡くなりました。

その娘の寺尾紗穂のエッセイ「翠星の孤独」(スタンドブックス/1400円)を読みました。父と同じく音楽と文筆の道に進みましたが、この本は、音楽家として一流だった父へのオマージュではありません。彼女が幼少の時、家を出て別の仕事場で暮らし始めた父は、年に数回しか家には戻ってきませんでした。

「私にとって父親は思い入れを持つには遠い人になり過ぎていた。時折CDや映画のビデオテーテープなんかを送ってきてくれたが、それはちょうど親切な親戚のおじさんから送られてくるような感じだった。」と回想しています。

そんな彼女も恋をし、子供を産み、そして辛い別れを経験してきました。一人の自立した女性が見つめた日常が、社会が、世界が書かれています。最後の章は、「二つの翠星ー父・寺尾次郎の死に寄せて」というタイトルで遠すぎた父の背中を描いています。

「つくづく私の人生はイレギュラーだ。未婚の母として長女を産み、そのまま次女三女が生まれた。三女が生まれて翌年、一度結婚することになったが、結局離婚に大きな労力を使った末、今は無事シングルに戻った。」

それでも、立ち止まることなく彼女は音楽を作り続けます。

「人と人との関係も音楽のように目には見えなくても、ある日突然途切れたり、転調しうるはかなさを持っている。私たちはたよりなさを生きる。たよりない日々を生き、憤ったり悲しんだりしながら、自らを抱えている。それでも人が生きていくのは、いがみ合ったり争ったりするためではなく、調和の音を鳴らすためだと信じている。音も狂い、加えて不況和音が鳴り始めているように思われるこの世界の中で。せめて一時、あなたと美しい音楽を奏でたいと思う。」

自分の立ち位置をしっかりと定め、「不況和音が鳴り始めている」世界をみつめます。原発労働者の悲惨な実態を書いた「原発と私」を読むと、「シュガーベイブ」に在籍していて、彼女の敬愛する大貫妙子が、六ケ所村について語る雑誌インタビューにも、「一通り目を通しはしたものの、これといって自分の中で原発が大きな問題となるということもなく、そのまま日常を送っていた。」程度とあります。しかし、ある労働者との出会いをきっかけに、その実態を知るために多くの本を読破して、その過程で彼女が感じたことが克明に書かれています。日常の些細な事柄から、社会の歪みに至るまで、時には怒りに満ちた文章で綴られたエッセイです。

蛇足ながら、現在彼女は、昨日紹介した斎藤美奈子と共に朝日新聞書評委員として活躍しています。

 

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⭐️2019年1月18日(金)の「新叛宮沢賢治 愛のうた」のトーク&ライブは受付を終了しました。空席の確認などはレティシア書房075−212−1772までよろしくお願いします。