海外文学の翻訳家として、一番人気は柴田元幸ですが、岸本佐和子も負けていません。スティーブン・ミルハウザー、ニコルソン・ベイカーの翻訳で有名になりました。個人的には、ジャネット・ウインターソン「灯台守の話」(白水社900円)がお薦めです。海の気配、潮に香りに満ちた文学で、

「愛している(I  love You) この世でもっとも難しい、三つの単語。でも、他に何が言えるだろう?」

という切ないラストで幕を降ろすのですが、深い余韻を残す翻訳が素晴らしい。

ところで、彼女は翻訳だけでなく、エッセイでも魅力を発揮する女性です。奇妙な味わい、暴走する妄想に彩られた話を、リズミカルな文体で読ませてくれます。第23回講談社エッセイ賞を受賞した「ねにもつタイプ」(ちくま文庫400円)の中に、彼女の小学校時代の、それこそ妄想じみた話が登場します。

ひょっとして海は生き物なんじゃないか?という思いに捉われて、こう考えます。

「あの波は何なのか。行っては帰り、行っては帰り、まるで息みたいに休まない。待てよ。息。ひょっとして海って生きているんだろうか?そういえば、海のあの丸っこい水平線は大きな動物の背中みたいに見えるし、だいいちちょっと生臭い」

海を見る度に彼女の言葉を思いだして、成る程、生き物だなぁ〜と考えてしまいます。

新作「なんらかの事情」(筑摩書房1100円)にも、やはり小学校時代の微笑ましくも、本好きならわかるなぁ〜というお話があります。「どんな本だってこの世にない本はない」という意見のお友達の正子ちゃんに対して、筆者はいやそんなことはないぞ!と、そこら辺の棒切れを振り回して、これが主人公の本なんてないよ、と詰め寄ります。すると、正子ちゃん「双子の棒切れ」って本を読んだと言い返し、ここから、ホンマ、ウソ、みたいな本の話が始まります。そして、著者は、その時代をこう振り返ります

「でもあるわけない本を、私は何度繰り返し読んだことだろう。クリームがかった、厚ぼったい紙だった。くっきりとした濃紺の活字だった。しおりの紐が、きれいな赤い色をしていた。」

なんか、想像できそうな楽しい想い出ですね。

そして、装幀、イラストはクラフト・エヴィング商會。これがまた楽しい。「子供のころ耳かきが趣味だった私は、耳の中の地理に精通していて、毎日のように耳かきの先で耳の中を歩いていた。」なんて、はぁ〜??と思うようなエッセイに、素敵なイラストが添えられています。「不思議の国のアリス」になった気分で、言葉の迷路を遊んでみてはいかがですか。

 

 

 

 

ヤクザの事務所で始まるミーティング。上座に座ったヤクザが、開口一番こう言います。

「物故者と服役中の者に黙祷!」

これ、東海テレビの製作した映画「ヤクザと憲法」の始めの方に出て来るシーンです。生きてる者に黙祷するの?と思いますが、カメラはどんどん指定暴力団「二代目東組二代目清勇会」の組員達の日常を撮影していきます。最初は恐る恐るだったインタビュアーも慣れて来ると、さっとカメラを回して、彼等の言葉を取り込みます。

簡易テントの入ったケースを見つけたスタッフが「マシンガンですか」と問えば、ヤクザが「そんなもん、置いてまへんで。映画の観過ぎでんな」と笑いながら答えるなどという微笑ましいシーンも出て来て、最初はちょっと引いていた観客も、逆に画面に引っぱりこまれます。事務所で電話番しているおっちゃんも、フツーの好々爺みたいな感じで、和やかな時間さえ流れます。

しかし、組長が登場し、インタビューに応じる辺りから画面が緊張してきます。この組長、男前で、映画、TVでそのまま登場できそうな風体なのですが、眼光は鋭く、無駄口は一切ありません。製作中に実施された国政選挙にもきちんと投票し、馴染みの飯屋で女将と雑談する、どこにでもいる中年男性ですが、15年の服役を経験した殺人犯です。

映画は、何故彼等がヤクザになったのか、などという安易なストーリーを選ばずに、今、生きている彼等の生活を追いかけることで、暴力団排除条例以降の肩身の狭くなった彼等の環境を記録していきます。そして、ある日降り掛かる組員の逮捕、家宅捜査……。

長がラスト、こう呟きます。「ヤクザ者やった奴を、どこが受け入れてくれるん?」

だから落ちこぼれて、世間から排除された人間をヤクザが世話しているという論理には賛成できませんが、この台詞には製作者の深い意味が込められています。それは、この国への深い愁いです。

お上の立場で言うと、私たちが与える情報や、お金やモノに何の疑問を持たず甘授している限りは、TVや雑誌が提供するような豊かな生活を保障しますよ。美味しいものを食べて、高価な服を着て、どんどん海外に行ってくださいね。しかし、一旦、意義あり!と反対の声を上げた途端、私たちは徹底的に排除し、社会から弾きとばしますよ、ということです。

それが現状なのだと製作者は考えています。だから、「ヤクザ者やった奴を、どこが受け入れてくれるん?」は「お上に逆らったモンを、どこが受け入れてくれるん?」という意味です。

中立を守らないTV局の放映規制もありうる、などと発言したアホンダラ大臣の発言の真意は、お上に逆らわなかったら、守ってあげるねということなのです。製作者は、その危険な状況が近づいていることを感じていたのかもしれませんね。

しかし、組長、男前でした。殺人犯ですが……….。

 

 

 

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タモリがホストを務めるNHKの人気番組「ブラタモリ」、4月30日と5月7日は京都です。

ぶらりブラブラ京都を彷徨うタモリのお相手が「京都高低差崖会崖長」梅原秀行さんです。その彼が「高低差に隠された古都の秘密」を書いた「京都の凸凹を歩く」(青幻舎1728円)が入荷しました。

「ブラタモリ」は、そんじょそこらの凡庸な町歩きものとは違います。地図マニア、高低差マニア?のタモリのオタク精神が如何なく発揮されたユニークな番組で、以前、京都では「御土居」が紹介されていました。とにかく地形の起伏から、町の歴史を見直していきます。とても楽しそうなタモリの表情が素敵です。番組放映前に読んで、ぶらりと歩かれることをお薦めします。

さて、この本を出版したアート系出版舎「青幻舎」のブックフェアが本日より始まりました。

京都関連本も何点か登場していますが、パン屋さんの写真を撮り続けている写真家の田村泰雅さんの「京都のてづくり市」(1620円)は、人気の16の市を紹介した一冊で、市に出展されている個性的なお店がズラリと紹介されています。でも、京都って市の多い土地なんですね。

青幻舎といえば、昨年大ヒットした「SAPEURS/サプール」(2484円)が印象的ですが、この本の著者、ダニエーレ・タマーニの最新作、「FASHION TRIBES」(3456円)も、今回の目玉として入荷しました。「サプール」ではコンゴの若者達のド派手で、エレガントでクールなスタイルが紹介されていましたが、今回は、南アフリカ、セネガル、キューバ、ボリビア、コンゴ、ミャンマー、ボツワナとあまり取り上げられない地域の若者たちの、過激で、センス溢れるファッションと生き方をお楽しみください。

「サプール」の帯のこう書かれています。

「武器を捨て、エレガントに生きる。」と。いい言葉ですね。

 

青幻舎アートブックフェアは5月8日(日)まで

レティシア書房にて

 

 

発売初日に完売した1号に続き、しろうべえ書房「京都文芸 洛草2号」(648円)出ました!!

相変わらず、ディープなネタ満載ですぞ。「連続特集太秦ハリウッド」、今回は元東映の録音技師濱口十四郎氏の語る、映画全盛期の現場の話です。(これって、文化博物館の映画保存機関あたりが資料として持っているべきものです)

映画がらみの記事では、武智鉄二が監督しようと準備していた「三島由紀夫の首」のシナリオ。関西歌舞伎に新しい波を創り出し、市川雷蔵を映画界に送り出し、晩年はポルノ映画やら、スキャンダルに塗れ、毀誉褒貶の激しい人物でしたが、最近再評価されています。彼の幻のシナリオが公開されました。

「『俺は、三島由紀夫の胴体だ。俺の首はどこへ行った。』阻止しようとする警備員を踏み倒して、三島の胴体は去ってゆく。

ええっ〜どんな映画なん!?と開いた口がふさがらんシナリオですが、笑えます。

「死屍累々、第三機動隊を全滅させて、三島の胴体前進してくる」 もう、スゴい展開です。

ほかにも面白い読み物が続きます。京大吉田キャンパス裏手の吉田山(京都市民の方なら、ああ、あの辺りかと想像されるはず)がかつて神楽岡と呼ばれ、神の降臨する洛東の聖地で、今から百年前、奇妙な風体の少年が徘徊していました。その少年の名は、村山槐多。大正時代を代表する洋画家、詩人ですが、彼が日々、なぜ奇妙な行動を取ったのかが解明されていきます。明治末に、京都帝国大学が設立され、東京に対抗する革新的文化環境が形成されつつあったこの地域で、少年は大きな影響を受けていました。この時代から左京区は、そういうエリアだったんですね。

ところで、今号に台北在住の古書店店主チャーティー・モンなる人物が、自分の店に泥棒が入った顛末を書いた「嗚呼妄我」という短いエッセイを寄せていますが、なかなかいい味が出ています。衰えてゆく自分の叔父と、泥棒という非日常が交錯する短篇小説ですが、この作者、実は・・・?

なお「洛草」創刊号は1冊のみ在庫あります。お早めにどうぞ

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「今日は四月の十三日。洛北二軒茶屋の桜は今日あたりかが満開らしい。ゆうべ歩いた町なかの疎水の桜はもう散りはじめていて、道は花びらで白かった。町なかより気温が三度は低いというここ洛北では、花は少なくとも三日から四日おそくなる」

これを書いたのは日高敏隆。日本の動物行動学の先駆者で、京大で長い間教鞭をとられていました。彼が、街中の身近な自然が起こす驚きを書き綴った「セミたちと温暖化」(新潮社700円)の一節です。寺田寅彦や、野尻抱影を持ち出すまでもなく自然科学者の書く文章は、どうしてこれ程平易で、美しく、自然の風を感じさせてくれるのかと思います。

北風に吹き飛ばされて、どこかに飛んでいく落葉は、情景的には晩秋の寂しさ一杯の感じですが、実はカブトムシのメスは、こういった落葉が溜まった所に卵を産むなんてこと、ご存知でしたか。幼虫の食べ物は、醗酵して腐食土に化しつつある落葉で、メスはその場所を探して卵を生まなければならない。積もった落葉が醗酵して、独特の匂いを出しています。その微かな匂いを求めて飛び回ります。その光景が、目前に広がるような言葉で、日高は、私たちが日頃接している自然の不思議さへと導きます。

表題の「セミと温暖化」では、昨今の地球温暖化をピシャリと言い切っています。

「世界じゅうが平穏であったという年などほとんどないようである。どこかの地域は異常に寒く、その同じときに他の地域は異常に暑いということがくりかえされてきた。それが地球というものである。セミばかりでなくすべての生きものは何十年という長い年月の間、そのような変動に耐えて生きのびてきた。」

著者は、学術的専門書はさておき、一般読者向けの本では、動物と人間の垣根をひょいと飛び越えていく魅力に溢れています。「犬のことば」(青土社1500円)には、そんなエッセイが満載です。親犬と子いぬの会話の話とか、可哀想なくらい嫌われるゴキブリへの愛情とか、微笑ましい話や、大変だなぁ〜と同情を禁じ得ない話など、楽しく動物行動学を学べます。この表紙がすべてを物語っています。

ウイスキー、日本酒、ワイン等々ジャンルを問わず、お酒には物語があります。お酒を飲むことは、その物語を聴くこと。だから、私はやけ酒を飲みません。お酒を作った人に失礼になりますからね。

お酒専門の雑誌、「たる」最新号(510円)は、「ウィスキーのブレンドの妙に触れる」という特集です。いまだにワインは、高かろうが、安かろうがさっぱり判別できずに何でも「美味しい!」と飲んでいますが、昔、友人のやっていたバーで、ウイスキーは勉強させてもらって、少しはその味がわかるようになったつもりです。

今回の特集で、ブレンデッドウイスキーの特集が組まれています。ウイスキーには、大麦麦芽だけを原料とするモルトウイスキーと、トウモロコシなどの穀類を主原料とするグレーンウイスキーがあります。どちらもそれぞれの個性があるのですが、その二つを微妙にブレンドしたものが、ブレンデッドウイスキーです。絶妙なテクニックで美酒を創り出すブレンダーや、バーのマスターが登場し、ウイスキーファンには必読の話が満載です。

その土地の風土、自然、職人の誇りが衝突することなく、芳醇な味わいが楽しめるブレンデッドウイスキー。個人的にはアイリッシュのお酒が好みですね。荒涼たる風土に吹き付ける荒々しい風と、冷たい海、そして黙々と働く職人の心意気が見えてきそうと言うと大げさかもしれませんが、一杯のお酒にはそれだけのものが含まれていまるように思います。そして、その酒を出すお店がいい雰囲気ならベストです。

吉田健一のエッセイ「新編酒に呑まれた頭」(ちくま文書400円)で、ロンドンの酒場のことに言及しています。

「どのような作りの店でもそこで飲んでいる気分に変りがないのは飲み屋というものが英国人の暮しに深く根を降ろしていることを示すものに違いない。それで飼い犬を連れたどこかのおかみさんが買いものに出掛けた帰りに一杯やりに入って来もすれば、老人が新聞を持って一朝を潰しに現れもする。又飲み屋に連れて来られる犬がおよそよく躾けられていることも外国人には珍しくて主人の席が決まれば直ぐその椅子か卓子の下に腹這いになり、そのままで主人が店又出て行くまでは身動きもしない。」

一杯のウイスキーをゆっくり飲み干し、家路に向かう光景が見えてきそうです。

★「たる」の「杜氏秘蔵の酒」プレゼント企画。京都からは、最近はお父さんもCMに登場の佐々木酒造「平安四神ブルー吟醸」が出品されています。詳しくは今月号P49に。

 

「『禅は座っていることに限らない』『歩くという禅もある』 どうやら歩く禅のことを歩行禅(歩禅)と呼ぶらしい。歩きながら禅を組むとは、すなわち歩いている状態で精神統一を図ること。効果はそれだけでなく、脳のリラックスや全身新運動による健康促進も果たすという。」皆さんも歩禅をぜひ、というミニプレス「LOCKET No.2」(1080円)が入ってきました。

「LOCKET 」創刊号に、編集発行人の内田さんが、この雑誌の主旨をこう宣言されています。

「LOCKETは世界各地のセンス・オブ・ワンダー(価値観)を彷徨う旅雑誌です。ここには便利で最新な情報がなければ、WEBの集積から集めた絶景写真もありません。そういった主語のないインフォメーションは遮断して、見えない風景に隠れた物語に想いを馳せ、一流の先輩たちの言葉に耳を傾けました。」

というわけで、第2号は「徒歩旅行」について多くの先人たちの言葉を集めてあります。ページを開くと、リヤカーを引きながら、灼熱の大地を歩いているおっさん。永瀬忠志さんは4700キロ、リヤカーを引いて歩いたのです。

?!?!としか表現できませんね。このおっさんの後にも、日本アルプス、屋久島、パシフィック・クレスト・トレイル(USA)等様々な場所が登場しますが、読者もそれなり装備を持って、大自然の中を歩こう!がテーマではありません。

ブルース・チャトウィン著「パタゴニア」の一節が引用されています。貴方の宗教は?と問われた主人公がこう答えます

「今朝は、とくに宗教を持っていません。僕の神様は歩く人の神様なんです。たっぷりと歩いたら、たぶんほかの神様は必要ないでしょう。」

場所はどこだっていい。A地点からB地点への移動ではなく、長い短いは関係なくひたすら歩く。この大地を一歩一歩踏みしめることで、この星との交流をする。そのことで、人はこの上なくリラックスできるのかもしれません。歩く神様が、そんな時、よう!と声をかけてきそうです。

★ところで、人気のミニプレス『ヨレヨレ』廃刊のお知らせが届きました。

特別養護老人ホームも完成したことで一区切りついたことと、人気沸騰したこの雑誌の対応の為に、本業に支障がでるまでに  なったことが、主な理由ということでした。創刊号〜4号まで各10部ほど在庫していますが、これが最後となります。

 

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これ、ドイツの児童文学者ケストナーの言葉なんですが、「叙情文学」に新境地を開いた城夏子につけられた言葉です。

1902生まれの城夏子。若い時から少女小説を書き、1924年に小説集「薔薇の小径」(装幀は竹下夢二)を発表し、文壇の地位を確立していきます。しかし、67歳の年に、それまでの地位をあっさり捨てて、千葉県の老人ホームに入所。その後の人生を軽やかに過ごし、多くのエッセイを発表しました。

元雑誌編集者で、「森茉莉かぶれ」、「エッセンス・オブ・久坂葉子」などのアンソロジーでお馴染みの早川茉莉が編集した「また杏色の靴をはこう」(河出書房・絶版1050円)が入荷しました。

「この十年あまり、私は花、猫、人間の、まっ只中にいる。ここは女の天国である」という書き出しではじまる「ここ」とは彼女が入居した老人ホームのことです。とかく、ネガティヴに語られるホームの生活ですが、彼女はものの見事にポジティヴに暮らしを楽しむのです。

「もう十五年もここで暮らしているが、飽きっぽい私が一度も、世の中へ帰りたいと思ったことはない。」とホーム暮らしに惚れまくっています。

早川茉莉は、他の仕事で図書館で調べものをしている時に、偶然に城の「薔薇の小径」に出会います。素敵な装幀に引込まれて読んでいくうちに、キュートなファッションに身を包んだ著者の写真にぶつかります。そして、「私は1902年生まれですから、もう大変な老女です」という文章に、ええ〜うそ〜ぉ!?と仰天し、調べものをほっとらかして、のめり込んでいきました。そして、

「もう面白くて、楽しくて、愉快で、読み終わった時、心だけじゃなく、からだまでが軽くなったような気がした。」

同感です。悲しいことに留まらず、愉しいことに心留めて、みずみずしい感性とオシャレ心で、ふふふっと生きてゆく様がエッセイ集にぎっしりと詰め込まれています。なんせ、戦時中に、ダサいもんぺを身につず、どうしても履かなければならなかった時に、「あんな愉しくないもの身につけたのは、わが生涯にあの時だけである。」と悔しさを滲ませました。

「愉しがりだかうれしがりだか、とにかくかれこれ三十年近くなるだろう、私の心は年と共に華やぎ、愉しみ上手、喜び上手とでもいうのだろうか、全くめそめそ知らずの毎日である」と言い切る彼女が、晩年に暇を持て余さない秘訣を、こう書いています。

「あたりをよく見ることである。よく、丁寧に見ることは発見につながる。一日が暮れようとする時、空の色を仰ぐ、その夕焼けの美しさ、また野鳥の飛翔する姿の面白さ。その気になれば発見はいくらでも出来る。愉しいことである。少なくとも、鏡の中の自分の顔の皺のふえ方を発見するよりは。」

これって、老いも、若きもすぐ出来る贅沢な生活ですね。

このエッセイで城さんに興味を持たれたら、連作短篇集「六つの晩年」(講談社500円)、或は彼女の敬愛する文学者を語る「朱紫の館」(文化出版局900円)もどうぞ。

また、早川茉莉が、41人の作家、文化人のドーナツへの思いを集めた「なんたってドーナツ」(ちくま文庫500円)も楽しい一冊で、お薦めです。

本年度アカデミー賞受賞作「スポットライト」を観てきました。

まだまだハリウッドにも、こんなにきちんとした映画作れる人いたんですね。秀作です。

カソリック教会の神父による児童虐待を暴いたボストンの新聞記者の活躍を描いています。新聞が巨悪を暴くという意味では、ワシントンポスト紙が、共和党政権による民主党本部盗聴事件を描いた「大統領の陰謀」があります。「スポットライト」も、最初はバラバラだった破片がピタリと合ってゆき、隠されていた真実が浮かび上がるという「大統領の陰謀」のやり方を踏襲しています。一人の神父の事件だと思っていた記者たちは、調査をしていく内に数多くの神父が関与しており、教会がもみ消している事実に驚愕します。日本で、優れた新聞記者映画「クライマーズ・ハイ」を監督した原田眞人は、「スポットライト」をこう評価しています

「ヘミングウェイの文体のように、気高くハードボイルドな調査報道のこころ。簡潔で力強い名作の誕生。マイケル・キートン、絶品。」

抑制のきいた演出と、マイケル・キートン以下、ちょっとしか登場しない弁護士に至るまで、リアルな人物像を創り出しています。大げさな演技など全くなく、きっちりした台詞回しで、緊張感が伝わります。原田監督は「ヘミングウェイ」の名前を出しましたが、ストイックという意味合いでは、まさにその通りで、本格的に組み立てられた骨太の小説を読み終わった気分です。

後半、証拠も揃い、さぁ載せるぞ!となったその時、あの9.11事件が勃発して、アメリカ市民は、無惨に崩れ落ちる貿易センタ−ビルの映像を前になすすべをなくします。民衆が、深い祈りへと向かう時に、教会の裏側を暴き出す記事を発表するという困難な状況下、描かれる記者達の葛藤が映画の最大の見せ場です。

そして、もう一つ。実は正義という御旗を掲げる記者の心の中にも、隠していた、厳しく批判されなければならない事実があり、それが最後に明かされていきます。その巧みな演出は、映画好きにはたまりません。多分、DVD化されたら、しつこく観ることになりそうです。

まともなアメリカ映画を観た、という充実感に包まれて映画館を後にしました。

 

 

 

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左京区にあったユニークな本屋「ガケ書房」を立ち上げた山下賢二さんが、本の帯にあるように「京都、本屋さん、青春」を綴った自伝「ガケ書房の頃」(夏葉社1944円)が入荷しました。

山下さんの第一印象は、礼儀正しい人だなぁ〜でした。そして、物静かな雰囲気の人物です。この本には彼の家出に始まり、東京で仕事を見つけて一人暮らし、波瀾万丈の青春時代が前半に語られています。

住み込みガードマン、エロ本出版社、印刷工、教材の営業職、古本屋、新刊書店のアルバイトと、人様にはあんまり言えないような経験も含めて、若き日の姿が描かれています。

そして、東京での日々を終えて、京都に戻り、ガケ書房を立ち上げるまでの悪戦苦闘が始まりました。私も二度程、新刊書店を立ち上げたので、その苦労はよくわかります。ただ、彼の場合、資金を捻出し、店を軌道に乗せるために、その資金を運営するという難しい作業が控えていました。私はサラリーマンで、会社の業務命令でしたのでそんな心配などなく気楽なものでした。

「ガケ書房」オープンの頃、この本にも登場する本の取次ぎ「大阪屋」の営業マンと一緒に、視察に行ったことがあります。ど派手な外観とは裏腹に、どこの本屋にもある雑誌が並んでいて、違和感が気になりました。その事を彼は本にも書いていました。そうか、中々売り上げが上がらなかったので、フツ〜の雑誌も置いて経営を安定さえようとされてたのか。あの手、この手と試行錯誤しながら、自分の店を作り上げてゆく様は、これから独立を考えている人には必読です。

やがて「ガケ書房」は、世間に広く知られることになり、同じ左京区にあった「恵文社一乗寺店」と同じく、左京区カルチャーシーンの中心になっていきました。しかし、時代も、彼自身も変わっていきます。店を閉める決断に至る過程は、様々な彼の思いが吹き出していて、よくここまで書かれたものだと思いました。

そして、「ホホホ座」開店へ。逡巡、後悔、怒り、自己批判等々、それらを一旦脇に置いて、新たな挑戦を始めたところで本は終わります。その最後に書かれた言葉に、私も同じ思いです。それは、こうです

「僕は本屋は勝者のための空間ではなく、敗者のための空間なんかじゃないかと思っている。誰でも敗者になったときは、町の本屋へ駆け込んだらいい。」

うちでも何度か「ここで本を触って、読んでいたら気分転換できたよ」と言われたことがあります。しんどい時の駆け込み寺みたいな町の本屋であり続けたいものです。

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