ギャグマンガでお馴染みの上野顕太郎が、自分の妻の死を描いた「さよならもいわずに」(ビームコミック400円)を入手しました。元来、ナンセンスでシュールな世界を描いて来た漫画家が、突然の妻との永遠の別れを、どう描いているのか興味はありましたが、そんじょそこらのお涙ものにしていないのはさすがです。

作家は、本編の中でこう書いています。

「葬式が済んだ直後に、私はこの作品に着手する旨を担当に表明しており、直ちにネームにとりかかっている。それは生々しく、作品として客観性を欠いていた」

しかし、出来上がった作品は冷静です。妻の死亡から、その後の一年を描いているのですが、各章の見出しは「2004年12月9日 午後5時55分」とか、「2004年12月初旬」という風になっています。まるで、映像によるドキュメタリーみたいな感覚で、こちらも過剰な感情移入をすることなく、この作家の生きてきた時間を見つめることができます。細かい所まで描き込んだセレモニーとしての葬儀のシーンは、実際に身内を送った方には、そう、そうこういう感じだったよねと思いだされるかもしれません。

喪失感に苛まれた年が終り、新しい年を迎えます。だからといって、心機一転とならず、人生は続く。作者は、またこう言います。

「この作品の最後にあるのは絶望だ。だが、その先に希望があることを今の私は知っている。」

家に帰るのが好きだった主人公の「ただいま」という言葉で始まったこの本の、最後の章「2010年6月」の、最終のページに書いてある言葉は「おかえり」です。

コミックの様々な技法、或は映画的手法を駆使しながら、一人の作家の悲しみを描いた、いわば私小説ならぬ、私漫画の傑作でしょう。

★毎年恒例になりました『ネイチャーガイド安藤誠さんの自然トーク「安藤塾」』は、10月28日(金)7時30分より開催が決定しました。(要・予約 レティシア書房までお願いします) 

岩手発のミニプレス「てくり」最新22号(648円)の特集は、『「なおす』を選ぶ』です。

岩手県立図書館は、児童書を中心に、月80冊程、修理の必要な本が出てくるとか。それを、ボランティアの皆さんが、黙々と、でも和気あいあいと作業に打ち込んでおられる写真は、おもわずニンマリしてしまいます。ところで、気になる発言がありました。「宮沢賢治の初版本のような希少本など、深い修理知識が必要な案件は、外部職人へと以来する」とか。この図書館では賢治の初版本を手に取ることができるのでしょうか?興味あるところです。

図書館の次に登場するのが、椅子の修理を一手に引き受ける小林椅子工業さん。新品のオーダーから、脚や背もたれも含めて、素材を選ばずトータルで引き受ける業者は、あまり見当たらないそうです。だから、盛岡市内の、病院、美容院、三陸鉄道の座席シート等々、巷のあちこちにこの小さな会社が関わった椅子が点在しているのです。「雑な直しはしない」ことを信条とする会社が地域から信頼されていることの証しです。

開発で様変わりする町の一角で、ひっそりと店を続けているのが、「塩釜馬具店」。創業は大正12年。当初は、騎馬軍隊用の馬具店として始めた馬具の専門店です。使いこなされた修理道具、ミシンなどの写真を見るのは、なんとなく集めた古本に見入っている時の気分に似ています。

時代と共に馬具製造の需要は減りましたが、素材を巧みにいかした同店の革製品は人気があり、剪定用ハサミケース、犬の首輪、ベルトなどは、今も根強い人気があるそうです。「生業」という言葉がそのまま当てはまる職場の雰囲気もいいですね。

ところで、山に囲まれた盛岡で最も重宝されているのは、クマ避け鈴「南部熊鈴」だそうです。

 

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「強くならなくてはならない。強く。お尻を丸出しにして洗面器でおしっこできる広東の女のように。ぼろぼろになっても風にそよぐ南国の葉っぱのように。」

この力強い台詞は、稲葉眞弓の「半島へ」(講談社700円)に登場する女主人公の思いなのですが、艱難辛苦を乗り越えて怒濤の人生を乗り切る、というような小説ではありません。

タイトルの「半島」という言葉から、朝鮮半島のことを想像し、もしかしたら政治的な、或は北から南へと逃げて来た越境者の話かと思われるかもしれませんが、全くちがいます。場所は志摩半島のどこか。豊かな自然に囲まれたこの地に、東京から引っ越してきた女性の日々を描くのが、本作です。

ま、人生色々あって、東京を離れた彼女。身内からは、そんな所に家建ててどうするの、老後は?と猛反対されるのだが、「いざとなったら猫と一緒に、沼や森に住む女になる。野や山に暮らすことになっても、食べていくだけならなんとかなるだろう。」

そして「野で暮らすのだ。海に入るのだ。釣や罠作りを覚えて漁師と猟師の両方になるのだ。なんて贅沢な老後だろう」と、始めた一人生活の日々を、小説は丁寧に描いていきます。事件は全く起こりません。言葉のひとつひとつが、半島の豊さを伝えてくれます。

ある夜、ベランダでいつもの様に夜空を見上げていた彼女は不思議な体験をします。

「ぼうっと空を見上げていると、波動のようなものが体内をかすめていく。地球の自転の震えだろうか。体と空が一瞬にしてつながるような未知の感覚に襲われる。同時に人間が流れることなく、地につながっていることが、なぜか奇跡のように思えてくる。」

やがて、体が肉体を離れていく錯覚に捉われる。彼女はこれが無になるという感覚なのだと思う。

こんな経験、ありませんか。この星が持っている大きな力にゆらりゆらりと揺らされて、彼女は自分の人生を回復していきます。そして、大きな決断が…….。

ラストシーンを飾るのが、フランソワーズ・アルディの名曲「もう森へなんか行かない」です。こら、いかんわ、泣けてくる。こんな禁じ手、やらせ!と思いながらも、芳醇な小説を読んだ喜びを満喫しました。

この作家の最初のエッセイ集「少し湿った場所」(幻戯書房900円)を読んで、良い文章を書く人だなと思い、小説にトライしました。続けて読んでみたくなり、資料を調べていたら、女優鈴木いずみと、フリージャズサックス奏者阿部薫の凄まじい日々を描いた「エンドレスワルツ」の作者だったことが判明。あれ、読んだのにな…..そんなに心に残らなかったのに……。

 

毎年恒例になりました『ネイチャーガイド安藤誠さんの自然トーク「安藤塾」』は、10月28日(金)7時30分より開催が決定しました。(要・予約 レティシア書房までお願いします) 

 

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作家、開高健のノンフィクション全5巻が、文藝春秋から発行されています。その第4巻「孔雀の舌」は、全500ページ強に渡って、開高が生涯書き続けた、酒と食に関してのエッセイが網羅されています。通読したわけではありませんが、時々、ページを開けて、最強の健啖家の文章を楽しんでいます。(この本は頭から通読するのではなく、好きな時に、好きな場所を読んでは、積読するのが正しい読書法かもしれません)

吹き出したのは、作家が幼少の時より持っていたカニのイメージです。志賀直哉の小説「暗夜小路」に、女性を形容して、遠い北の海で取れたカニを思わせる箇所があり、そのイメージが頭から離れなくなります。彼がこの本を読んだ時は戦時中で、女性として一番近いところで、生きることに精一杯の母親に向かって「かあちゃん、遠い北の海でとれたカニを思わせるようなところがある女て、どんな女やねン」などと聞けたものではありません。それから、彼がその意味を知るまでのカニをめぐる文章が続くのですが、野性的な開高文学を楽しむことができます。

本の帯に「味覚へのあくなき探求を卓れた文明批評に高めた」と賞賛されていますが、その通りの一冊です。「食の極は人肉嗜食である。」なんて言葉が登場すると、ゲッ!この先生、人肉も口にしたんか??と思ってしまいますが、ご安心を。(ハードカバー550ページで、なんと400円!)

この濃い!ボリューム満点の本とは対照な薄さですが、新入荷のミニプレス「1/f」(エフブンノイチ734円)の1号が「おやつの記憶」という特集を組んでいます。日本のエーゲ海と呼ばれる岡山県瀬戸内市牛窓に住む、筆者の祖母の作る草餅が紹介されています。あぁ〜懐かしい味が漂ってきそうな出来上がりです。

「物語の中のおやつ」という企画で、シャーロット・ブロンテの小説「ヴィレット」に登場する「シード・ケーキ」なるものを取り上げています。英国の伝統的スイーツで、シャーロットの代表作「ジェイン・エア」にも登場するケーキだそうです。スイーツの話から、英国女流文学へと入っていくのが面白いところです。

 

本日より、「ARK (アニマルレフージュ関西)写真展2016」が始まりました。

 

 

捨てられたり、虐待されたりした犬、猫を保護し、新しい飼主を探す活動を続けているARK。そこで暮らす、犬、猫達の個性的な顔がまた今年もズラリと揃いました。レティシア書房での開催は4回目。写真家の原田京子さんは、ボランティアで撮ってこられた犬猫たちの写真を並べる為に毎年駆けつけてくださるのですが、この展示作業がいつもとても楽しいのです。この子は何処に飾ろうか?見つめられて照れるね、とか言いながら。

そんな中、貫禄十分な猫の「ゴンゾー」はやっと決まった位置から「なんや、あんた、見に来ただけか、ちゃんと寄付しぃや」と言われそうな迫力ですが、どうぞ気にしないでご鑑賞くださいね。その横には、小さな、小さな子いぬの「ルッツ」(写真右)。どんな経緯でARKに来たのかは知りませんが、新しい飼主に出会って欲しいものです。一方で、もう可愛いという言葉しか浮かばない仔猫達のあどけない姿を捉えた写真もあります。

この子たちは、それぞれ何らかの不幸な事情でここへ来ています。子いぬ、仔猫ばかりではありません。警察に収容され、あまりにも可愛かったために、保健所送り一歩手前で、警官が連れて来た犬の「一歩」は、調べてみると老犬。でも残りの犬生を幸せにここで過ごし、天国へと旅立ちました。一本道の手前で振り返ってこちらを見る彼は、まるで「ありがとう」と言っているみたいです。

或は、ホームレスの飼主の元で育った犬「せいちゃん」。飼主が警察のお世話になったために、ARKで暮らしています。すっかり老いていまいましたが、真っ直ぐにこちらを、見つめている瞳の中にあるのは何でしょうか。一緒に暮した飼主との懐かしい日々のことなのか、今日の散歩のことか。無垢な表情にくぎ付けになります。同じように、飼主が刑務所暮らしを余儀なくされたために、やって来た猫の「イヴェール」。私って美人よね、と訴える視線には、オジサンはまいったなぁ〜。どうやら、新しい飼主を見つけて、幸せに暮らしているようです。

今回の写真展で、私のお気に入りは、森の中にすくっと立って、風の匂いをかいでいる犬、ハクホウです。動物が持つ逞しさと優しさが溢れ出た一枚です。(CDの棚の上に飾りました)

写真展では、多くのARKグッズを販売しています。半袖・長袖Tシャツ、クリアファイル(5種類あります)、オリジナルトートバッグ、本、シール、キーホルダーなど。売上げはすべてARKにお渡しいたします。

「ARK写真展2016 犬生、猫生、人生。」は9月18日(日)まで。

なお、ARKの写真家原田京子さんの個展をレティシア書房で開催します。ご期待下さい。

★原田京子写真展「Spanish Sentiment」10月4日〜16日

 

「デルス・ウザラー」と聞いて、あぁ、あの黒澤明の映画と思いだされる方もいらっしゃるでしょう。(映画の題名は「デルス・ウザーラ」)黒澤監督がソビエトに出向き、アルセーニエフ原作の国民的文学を映画化した作品は、「七人の侍」「天国と地獄」とともに彼のベスト3だと私は思っています。(写真は映画のワンカット)

さて、原作を書いたアルセーニエフは、1900年代初頭、調査隊を率いてロシア極東の探検を行い、多くの貴重な記録を残しました。そして、その探検行を下敷に、「デルス・ウザラー」を書き上げました。日本では長谷川四郎が翻訳。紀行文学の名作として人気があります。

この原作に、本の挿絵で高い評価を受けているバウリーシンが、絵を提供して出来上がったのが「森の人デルス・ウザラー」です。

実は、こんな見事な絵本が出版されているなんて全く知りませんでした。先月、短い夏休みを利用して、釧路のヒッコリーウィンドに泊った時、そのリビングに置いてありました。版元を調べてみると群像社という小さな出版社。早速連絡して販売させてもらうことになりました。

森を住処とするデルスと調査隊の前に出現する豊かな森と、森で命を育む多くの動物たち。見事な自然描写、細かく描き込まれた生き物たちの表情と植物の見事なこと。バウリーシンは、極東ロシアの大自然の大きさ、美しさを余すところなく描き出しています。映画も原作も、デルスと隊長との友情がじっくりと描き込まれていますが、絵本版の方ではサラリと流してあります。しかし、その一方、襲い来るトラや、ちょっとユーモラスな山猫の姿、細密に書き込まれた鳥達など、絵本ならではの魅力がいっぱい。

森と共に生き、生き物たちと会話してきたデルスですが、ラストはとても悲しい運命が待ち受けています。隊長の厚意で、町に住むことになったデルスは新しい生活には馴染めません。「わし、まったく町に住めん。薪は買う、水も買う、木きると、ヒトしかる」という言葉を残して山に戻りました。その後、森の中で、もらったお金と銃を奪われ人に殺されてしまいます。映画の哀切に満ちた美しいラストを改めて思いだしました。読み応えのある素晴らしい絵本です。ぜひ手に取って見て下さい。(新刊2160円)

 

 

「1995年3月、アイディタロット1800キロの犬ぞりレースに出場した僕は、最後の難関のトップコックヒルを無事クリアしようとしていた」

しかし、彼は油断していた。その後に起こる悲劇。猛吹雪の中で将来犬たちのリーダー格になる三才のペイデイが死んでしまう。因みに犬ぞりレースで犬を死亡させた場合、マッシャー(そりを引くリーダー)は厳しく責任を追求されます。

日本にいたペースで事を急ぎ、アラスカのペースに合わせなかった自分の過ちでパートナーの犬を死なしてしまった後悔。天国からペイデイが「あわてない、あわてない」と言ってくれている気がする。だから

「『あわてない あわてない』が今では僕たちの言葉になっている」

それから、数年後、1600キロを走破する最大の犬ぞりレース「ユーコン・クエスト」に参加する。人と犬が、限界に挑むレースです。

舟津圭三(文)&佐藤日出夫(写真)による「アラスカ犬ぞり物語」(七賢出版900円)は、アラスカに移住した著者と妻、そして彼らの最愛のパートナーの犬たちの日々を追いかけたノンフィクションです。ここには魅力的な写真が数多く収録されています。雪原を走る犬ぞりを捉えた作品ももちろん素敵ですが、秋の草原を疾走する姿に、私は引込まれました。人と犬と大自然がひとつになっているのです。
「ユーコン・クエスト」に関しては、このレースを完走した女性マッシャー、本多有香の「犬と走る」(集英社800円)という傑作が先行しています。2012年の「ユーコン・クエスト」を走破した本多有香は、本の最後を「今まで私に関わってくれた多くの犬たちのおかげで私はゴールすることができた。犬たちが私をここまで導いてくれた。」という文章で結んでいる。97年に走破した舟津圭三も、共に走った犬の名前を上げて、本を終わらせています。そして、著者と絶対の信頼と友情で結ばれた犬の写真を、そこかしこに配置しています。いい写真ばかりです。

次週9月6日より、動物保護団体「ARK/アニマルレフージュ関西」の写真展が始まります。グッズの販売もいたしますが、期間中の売上げは、すべてARKの活動援助のために寄付いたしますので、ぜひ見に来てください。

 

小説では表せない世界を、コミックという表現手段を駆使すれば、とても面白い世界が展開することがあります。最近、何冊かそんな本に出会いました。

「辺境で」(角川400円)というタイトルに魅かれて手に取ったのが、伊図透の作品集です。壮大な物語がこれから展開しそうな最新作『銃座のウルナ』(1巻発売中)で話題の作家の、初期から最近作まで集めた作品集です。クールなタッチで描かれる「辺境で」は、冷たい風が吹き荒れる北の大地で繰り広げられるサスペンス。ハードボイルドタッチで物語は進みますが、人物造形が見事です。

次に紹介するのは、ガラリと世界が変わり、秋山亜由子の「こんちゅう家業」(青林工藝舎800円)。なんとも不思議な世界が展開する、一種のファンタジーです。タイトル通り、こんちゅう達が主人公なのですが、人間のごとき姿の虫?も登場して、奇妙な世界が展開していきます。グロテスクなようで、哀れで、そして切ない感情が入り乱れます。黄泉時を巡って展開する「十三夜」、花の精が登場する「つくも神」はお薦め。表紙に「あんじょういきますように…..」と京都弁で書かれていますが、まさに「あんじょういかはる」世界です。因みにこの京都弁「(過不足なく、ほどほどに)上手く行きますように」というニュアンスです。

 

さて、もう一冊。Panpanya「蟹に誘われて」(白泉社700円)です。これ、文章で説明するのが難しい。「いずれが幻なのか この世か。あの世か」と帯に書かれていますが、その通りの世界です。とは言え、妖怪やら魑魅魍魎が闊歩するものではありません。脱力系キャラの女の子の日常を散文的に描いてあるのですが、どうにも説明できないシュールな世界なのです。ちょい、つげ義春風に書き込まれた背景に佇むかわいい女の子。ユルキャラっぽい山椒魚に、イルカまで登場して、物語があるような、ないような展開が続きます。なんだこれ、とは思いながら、不思議とこの世界が心地良いのです。やはり、幻なのか、あの世なのか…..。多分、描き込まれた背景がリアルなこの世で、女の子たちはあの世の住人。その接点をフラフラ漂いながら、読みました。

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京都在住の装丁家、矢萩多聞さんの新刊が、ミシマ社の「コーヒーと一冊」シリーズとして出ました。タイトルは「たもんのインドだもん」(1080円)です。

インド暮らしの長い多聞さんが、何、それっ?と思いつつも、そういう生活もありか、と納得してしまうインドの人々の日常を書いたエッセイです。

すぐに、お前の家を見せてとズカズカ入ってくる話や、別に性的関係があるわけではなく、恰幅のいいおじさん同士や、女性たちが手をつないで闊歩している街中の光景とか、笑える話がリラックスした文章で語られていきます。

いいなぁ〜と思うのは、17歳の頃、はじめてインド人の友だちの家に泊った時のこと。お母さんの手料理がどんどん出て来て、矢萩さんは、どれから食べるのと訊いたところ、こんな答えが返ってきました。

「あなたのお皿はあなたの宇宙よ。順番なんてない。好きに混ぜ、食べなさい。人生を楽しみなさい。」

著者は「皿のなかの自由。なんて美しい言葉だろう。」と感動して、モリモリ食べるのですが、ホント美しい言葉ですね。

楽しい話、ひっくり返りそうになる話の中に、生きることの根本的姿勢にまつわる、著者の経験に出会います。それは、彼が町を歩いてた時、突然、看板が落ちてきたのです。幸いけがはなかったのですが、この国では、路肩にバスが横転していたり、いきなり車が炎上したりなどはよくある事らしい。そういう日常の中で、彼は「たまたまで生きている」ことを確信します。

「大きな事故も、小さなミスも、日々のささいな選択肢の末に、起こるべくして起きているような気がする。良いことも悪いこともごったまぜ。複雑にからまった縦横の糸と糸の間を、祈りながら、忘れながら、綱渡りのように歩くほかない。」

人生は綱渡りだ!多分、日本ではなかなか納得できない考えかもしれません。

著者が晶文社の「就職しないで生きるには」シリーズの一冊として出した「偶然の装丁家」 も近日中に再入荷いたします。併せてお読み下さい。

大阪生まれの写真家、渋谷敦志の新作「回帰するブラジル」(瀬戸内人3996円)が入荷しました。

ブラジルと言えば、ビーチ、サンバ、サッカーというよくあるイメージを払拭してくれる写真集です。決して、この国の政治的、経済的現状が良いというわけではありませんが、写真集に登場する子供たちの笑顔、男たち、女たちの表情に魅せられます。

「憧憬にも似た未知の世界へのまなざしを生きる道標に、撮り手である自分の心を試しながら、そのまなざしのもっと向こう側にあるであろう、未来とも希望とも言っていい光の射す場所を探し求めてきた。それがぼくの写真であり、そのはじまりの場所がブラジルだった。」と、写真家は言います。

その街角の雑踏の音、響き渡る情熱的な音楽が聴こえ、大陸を渡ってゆく熱い風を肌で感じることが出来ます。その先に見えてくるのは、「未来とも希望とも言っていい光の射す場所」なのかもしれません。

この国の原語であるポルトガル語に「サウダージ/Saudade」という言葉があります。郷愁、憧憬、思慕、切なさ、などの意味合いを持つ単語です。ブラジルの歌によく使用されていて、温かい家庭で、無邪気に楽しい日々を過ごした過去の自分への郷愁を思い起こさせるみたいです。そういった複雑な意味あいを兼ね備えた言葉のチャーミングな魅力を、この写真集は表現しています。

 

もう一人、京都生まれの疋田千里のセカンド写真集「A Day in India」(ミニプレス/1300円)も入荷しました。前作でブラジルを撮影した彼女が今回選んだのが、インド。カラフルなインドの姿が捉えられていましすが、決して極彩色のインドではないところが魅力です。この国の青空の美しさが心に染み込む写真集です。

彼女は9月10日(土)〜21日(水)まで、西陣のマヤルカ古書店にて「トラベリング・ウィズ・スパイス」と題して写真展を開催します。10日、11日、19日にはそれぞれイベントもありますので、興味のある方はぜひどうぞ。