素人の夫婦がマンションを設計し、建築し、運営した。しかも5階建て!

JR高知駅から10分、500坪の敷地に建つ、白亜の「沢田マンション」。建設着工が1971年。今も夫婦とその子供たち、そしてその連れ合いの手によって増築、改築が続行中です。再度言いますが、ど素人の夫婦が建てたのです。小説でも、映画でもありません。今もこのマンションで暮らしている方が大勢おられます。

オーナー夫婦に密着したノンフィクション古庄弘枝「沢田マンション物語」(情報センター出版局/絶版1900円)は、とても面白い本でした。とにかくすべてが想定外の物語です。例えば、今でも家賃を払わず夜逃げする人が何人もいる。しかし、オーナーの沢田嘉農さんは「逃げる方が、考えたらずっと気兼ねして、ずっと骨がおれよる」と「夜逃げ黙認」です。

「お金というものに全くこだわらん。カネ、カネじゃったら心が汚くなるじゃろ。お金を思わん方が一番、幸せじゃ」

しかし、その一方遊び人風情はお断りで、例えば全く家賃を払わなかった男に、「部屋を壊すぞ」と何度も警告するも居座り続けたので、ついにハンマーで部屋を壊し始めるという武勇伝もあります。

沢田嘉農さんは1927年高知県の生まれです。いかにして、こんな人物が出来上がったのかは、第二章「奇才誕生」秘話をお読みください。ここだけでも、大河ドラマ一本分の面白さです。

最近、このマンションには、全国から建築の専門家や、環境デザインの専門家が頻繁に訪れています。このマンションには「楽しく暮す空間」、「自然との共生」といった現代的テーマの答えがあるからです。効率至上主義で建てられたマンションには、何ら心ときめくものはありません。

本の著者の古庄はこう書いています。

「経済効率優先の思想のもとで捨象されてきた『無駄』、それが何だったのかを見せてくれるのが、沢田マンションなのである。実はこの『無駄』にこそ、豊かな暮しのヒントが隠されていることを、ようやく専門家たちが気づきはじめたということだろう。」

あっけにとられて読み進んでいくうちに、この夫妻から、ダウンサイジングした環境でいかに、面白く生きてゆくかのヒントを教えられます。

こんな事もおっしゃってます

「困ったとき、いい争いになったとき、人の心は直せなくとも、自分の心は直せる」

大勢に影響がないなら、自分の気持ちの持ちようを変えた方がいい。他人の言動に振り回されずに、「自分は自分」と構えていられるという事です。さすが、多くの修羅場をくぐり抜けた人の言葉です。

 

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翻って、私の芥川龍之介体験は、碌でもないものでした。高校の現代国語の授業、真面目なだけの京大文学部卒の先生が嫌いで、クーラーのない教室で真夏に、龍之介を読まされる苦痛。しかも、教室は、男、男、男!!(つまり男子校)。こんな環境だったので、「龍之介はつまらない」という思い出だけがあって、遠ざかっていました。

しかし、短篇集「舞踏会 蜜柑」(角川文庫300円)に収録されていた「蜜柑」を読んだ時、大正時代にこんな斬新な小説を書いていたのか!!と驚きました。僅か、数ページの小説ですが、もうそのまま映画になりそうな程に映像として迫ってきます。

「ある曇った冬の日暮れである。私は横須賀発上り二等客車の隅に腰を下ろして、ぼんやり発車の笛を待っていた。」で、小説は始まります。主人公の前に「いかにも田舎者らしい娘」が坐っています。「私はこの小娘の下品な顔立ちを好まなかった。それから彼女の服装が不潔なのもやはり不快だった。」

主人公は上流階級の人間なのでしょうね、こんな娘の何もかもがうっとおしいんです。その内、列車はトンネルに差し掛かります。その時、小娘は、無理矢理窓を開けようとします。蒸気機関車の時代ですから、窓を開けたままトンネルに突入すればどうなるかは、蒸気機関車が先導する列車の乗った方なら、その悲惨な状況はご存知ですね。

しかし、小娘はおかまいなく、窓から身を乗り出して前方を凝視しています。今にも怒り出そうとしている主人公は、その時、前方の踏切の前に、三人の男の子を見つけます。

その瞬間、身を乗り出していた小娘が持っていた蜜柑を男の子達に投げつけます。

「私は思わず息をのんだ。そうして刹那に一切を了解した。小娘は、おそらくこれから奉公先へ赴こうとしている小娘は、その懐に蔵していた幾かの蜜柑を投げて、わざわざ踏切まで見送りにきた弟たちの労に報いたのである」

空を舞う蜜柑の橙色と、列車の音、声を上げる男の子たち、そして小娘とそれを見つめる主人公の姿が映画のように流れていきます。芥川の小説が技巧に走り過ぎていると言われるのは、この辺りの描写かもしれません。

小説は、最後この小娘を見上げた主人公にこんな台詞を言わせて終わります。

「私はこの時初めて、言いようのない疲労と倦怠とを、そうしてまた不可思議な、下品な、退屈な人生をわずかに忘れることができたのである」

作家、梨木香歩は中学二年生の時に、芥川にハマったと書いていました。私の場合、遅すぎたかもしれませんが、彼の短編を読んでいこうと思いました。この短篇集には、三島由紀夫が高く評価した「舞踏会」(これも素敵でした)など大正8年に描かれた作品が十数作収録されています。時代小説「鼠小僧次郎吉」なんて、音読したいような、キリリとした江戸言葉一杯です。

スペインの映画監督ペドロ・アルモドパルの最新作「ジュリエッタ」の原作、アリス・マンロー著「ジュリエット」(新潮社クレストブックス1900円)が入荷しました。マンローは短編小説の名手として知られています。この本も8本の短編が収録されていて、「ジュリエット」「チャンス」「すぐに」は、ジュリエットという一人の女性の人生を描いた連作短編で、マンローの愛読家だったアルモドバルが映画化しました。

大学院生だったジュリエットが、列車で乗り合わせた漁師と恋に落ち、結婚し、娘を出産します。人生が順調に進んでいたと思っていた矢先、夫は嵐の中、漁に出て遭難。娘はある日、家を飛び出し失踪。田舎に残した両親ともわだかまりが溜まってゆく。そして、娘の失踪先が判明し…….というのが三つの短編で描かれています。

角田光代は、マンロー的世界を見事に表現しています。

「アリス・マンローの短編小説は、読むというより「触れる」に近い。異なる時代、異なる場所で生きるだれかの人生に、否応もなく触れてしまう。その人生ががらりと変わってしまう一瞬に立ち会い、目撃してしまう。そんなちっぽけなことで人生はこうも変わるのかと、打ちのめされたように思う。それでも人生は続き、私はわからなくなってくる。あのときこうしていたら今より幸福だったのか? 不幸だったのか? だれかの、ではなく、自分のことのように。そして思う。生きることは、もしかしたら、幸福とも不幸ともまったく関係ない、それらを凌駕するようなものなのではないか、と。」

映画版「ジュリエット」ラストも、これから先に幸せがあるのか、そうでないのかわからない終わり方をします。角田の言う「生きることは、もしかしたら、幸福とも不幸ともまったく関係ない」、ひたすら続くのだ、という事でしょう。ジュリエットが乗る車の前に蛇行しながら続くハイウェイが、そのシンボルだとすれば、監督は見事に小説の世界を映画化しています。女性を、母を、そして、親子を様々なスタイルで描いてきたアルモドパルが、やはり女性の一生を描いてきたマンローに傾倒していたのは当然だったかもしれません。

書店経営を経て作家になったマンロー、73歳(2004年)の時に刊行された本短編集には、ハッピーエンドは用意されていません。けれども、だからといってそれは悲劇でもないのです。そこが面白いところです。

ヒラリーさんが、マンローの愛読者らしいのですが、政治的手腕はともかく、こんな”めんどくさそうな”小説に目を向けないだろうトランプさんよりは、マシだろうという気はします。

「ジュリエット」以外にも、優れた海外文学を翻訳している「クレストブックス」が何点か入荷しています。ブックデザインも素敵です。

 

「シェイクスピア・アンド・カンパニーはセーヌ左岸のまさに河岸にある。店の戸口の前に立って、力いっぱいリンゴの芯を投げれば、楽に川面に届くほどセーヌに近い。この戸口の前からは、シテ島のすばらしい景観が望まれ、ノートルダム大聖堂、パリ市立病院、堂々たるパリ警察庁の建物をつくづく眺めることができる」 ジェレミー・マーサー「シェイクスピア・アンド・カンパニー書店の優しき日々」

シェイクスピア・アンド・カンパニー書店はアメリカ人女性シルヴィア・ビーチによって1919年、パリセーヌ左岸のオデオン通りにオープンしました。1920年代から30年代にかけてヘミングウェイ、S・フィッツジェラルド、ヴァレリーらが出入りした本屋でした。ヘミングウェイは「移動祝祭日」(土曜文庫771円)の中に、わざわざ「シェイクスピア書店」という項目を設け、「冷たい風の吹きさらす通りにあったが、ここは、あたたかくて、陽気な場所であった。」と書き、いつも出入りしていたみたいです。残念ながら、第二次世界大戦勃発でパリが占領され、閉店してしまいます。

しかし、1960年代半ばに、風来坊みたいなアメリカ人、ジョージ・ホイットマンが、初代の店の側に、二代目の「シェイクスピア・アンド・カンパニー」書店をオープンさせました。やはり、この店にもギンズバーグやバロウズといった、ビートニク系作家が出入りするようになりました。この書店の大きな特徴は、書架の間にベッドを入れ、一文無しの若い作家や、旅人に無償で宿泊させていたのです。

ホイットマンのモットーはこうです。

「見知らぬ人に冷たくするな、変装した天使かもしれないから」

「シェイクスピア・アンド・カンパニー書店の優しき日々」(河出書房新社1900円)は、ジョージ・ホイットマンの作り上げた、このシェイクスピア・アンド・カンパニー書店を、ここに住みつくことになった、元新聞記者のジェレミー・マーサーの視点で描かれています。一種のユートピア的書店の存在を描いたものとしては、須賀敦子の「コルシア書店の仲間たち」(文藝春秋/単行本絶版800円)がありますが、こちらも是非読んでいただきたい一冊です。

ウッディ・アレンの映画にも、ワンカット登場した記憶がありますが、アレン的な優しさ、ユーモア、機知に富んだ店として描かれています。売上げデータ至上主義の書店経営のあり方にウンザリしていた私は、2010年にこの本が出た時に、飛びついたものです。書店の持つ豊かさと奥深さは、そこに集まる人たちの面白さが作ってゆくことを知りました。この店のことを知って数年後に、レティシア書房を開きましたが、頭の片隅にはこの書店のことが常にありました。

本のラストがいいんです。著者がホイットマンに、この書店と出あったことがどれ程幸せだったかを伝えた時、ホイットマンはこう言います

「ずっとそういう場所にしたかったんだよ。ノートルダムを見るとね、この店はあの教会の別館なんだって気が時々するんだ。あちら側にうまく適応できない人間のための場所なんだよ」

幸せな時間を提供する場所。かくありたいものです。

現在、この書店はホイットマンの娘さんが引き継いで店を守っています。

ドキュメンタリー映画「ウィーナー懲りない男の選挙ウォーズ」を観ました。アメリカの選挙選を描いたドキュメントなんですが、下手なドラマより面白く、笑えます。

主人公アンソニー・ウイーナーは、2011年当時、人気抜群の民主党議員でした。鋭いスピーチ、行動力、そしてヒラリー・クリントンの懐刀だった政治手腕に優れた美貌の妻と、すべてが揃っていました。オバマに続く次世代の民主党ホープとして注目されていましたが、ブリーフ姿の下半身写真をTwitterに投稿してしまい、それが公になってしまいます。彼には、女性と性的なメッセージや画像を送り合う〝セクスティング〟という性癖があったことが暴露、非難集中で議員辞職に追い込まれました。

しかし、この男めげません。数年後、今度はNY市長選挙に立候補!鋭いスピーチ連発するわ、路上パフォーマンスはやりまくるわ、「夫を信じます」という愛妻の言葉でおしどり夫婦を演出するわで、支持率急上昇。今度こそ、と思った瞬間、またやってしまうんですね、この男。偽名を使って、若い女性に性的な写真やら、テレフォンセックスやらを繰り返したことが暴露。もう万事休す。クールな街NY を無様な男が走り回る姿は、もう笑うしかありません。

この映画、自分のオバカな性癖で、自滅していった男の姿をメインに描いていますが、様々なアメリカの姿も画面に取り込んでいます。例えば、シモネタばかりを追いかけるメディアが、段々と市政の本筋からズレてゆく姿。視聴者に解りやすい事、喜びそうな事のみを追いかけて形成される世論って実に危険です。これはアメリカだけの問題ではなく、我が国も一緒ですね。

もう一つ、この映画は、オバカな男に付いている女性たちを見事に浮き彫りにします。妻のフーマは、ヒラリーの側近中の側近として世界中を飛び回っただけあって、冷静に事態を見つめていました。なんと、ヒラリーは、自分の大統領選挙出馬へのイメージ低下を避けるため、夫を取るか、自分を取るかを迫ったらしいです。そして、ウィーナーの選挙スタッフにいる多くの女性たち。危機回避に、こちらもやはり冷静に取り組んでゆく様が描かれています。

映画は、ウィーナーを描くとみせて、実はだらしないことなんて、とっくに知ってるわ、とでも言いたげな女性たちの仕事ぶりを描いた作品とも見えてきます。アホな男性上司に辟易している方々、必見です。

監督は二人。お一人はエリース・スタインバーグという女性。やっぱりね。

 

小林信彦が、みずからの集団疎開体験を描いた「冬の神話」(角川文庫800円)が入荷しました。昭和50年に発行された時のカバーの絵は金子國義。手元にあるのは51年の重版分ですが、金子のカバーで、この版を集めておられる方もおられるはず。やや表紙が汚れているのでこの価格です。

小林はあとがきで、かつての疎開児学童たちが、疎開地を再訪し、現地の人たちとあの時代の思い出を語りあう、という美談風のハートウォーミングな記事について、不快感を滲ませてこう書いています。

「いまや中年太りした『疎開学童』たちと『純朴な』農民たちとの交歓を称える新聞の文章は、疎開学童を『ヨイコ』と猫撫で声で呼んだ戦争中の新聞記事と奇妙に似通ったところがある。現代史の空白部分といわれる集団疎開の真実は、これら偽善的な記事の向こう側に塗り込められたままになっている。」

体験した疎開先での出来事を元に、小林は、慢性的食料不足による飢餓感、周囲から隔絶した閉鎖的空間が生む歪んだ人間関係、それが誘発する暴力、窃盗、リンチ等々、とても”ハートウォーミング”などという言葉では片付けられない世界を描いています。これは、兵隊こそ登場しませんが、戦争を描いた傑作です。

戦後を生きる元刑務官が、東京裁判で裁かれた囚人たちが収容される「巣鴨プリズン収容所」勤務時代を回想する、吉村昭「プリズンの満月」(新潮社700円)も、戦場を描くことなく、戦争に翻弄される男たちの姿をリアルに描いています。小説は現代からスタートします。収容所があった場所に建つ巨大ビル群。そのビルの管理会社に勤務する男が、退職の日、かつて、ここにあった収容所を忘れない為に建てられた戦犯の碑の前に立ったところから、時代は昭和25年の時代へと一気に戻っていきます。そこからドキュメンタリータッチで、収容所を管理する米軍との軋轢、囚人との亀裂等が描かれていきます。巣鴨プリズンを主役にした小説ってこれぐらいじゃないでしょうか。

もう一人、とんでもない戦争体験を、自らの作品に色濃く投影しているのが島尾敏雄です。終戦直前に特攻命令を受け、まさに死に行く直前、敗戦が決定したという体験を持つ彼が描いたのが「出発は遂に訪れず」です。この小説については「戦争はどのように語られてきたか」(朝日新聞社600円)という鼎談集のなかで、高橋源一郎が文芸評論家川村湊、近代日本史が専門の成田龍一と「戦後の戦争文学を読む」という章で取り上げていますので、こちらをお読み下さい。

「遂に最後の日が来たことを知らされて、こころにもからだにも死装束をまとったが、発進の合図がいっこうにかからぬままに足ぶみしていたから、近づいて来た死は、はたとその歩みを止めた」

と島尾は小説の中に書いています。それが、どんな心理状態であったのか、私たちには想像を絶します。

木版画家、川瀬巴水。

大正五年、木版処女作「塩原おかね路」を発表の後、日本各地を取材して”風景版画シリーズ”を刊行し、知名度を上げます。500点にも及ぶ風景版画を残し、昭和31年、74歳で亡くなりました。叙情性と日本的風情から「昭和の広重」とも称されました。

巴水の版画集「夕暮れ巴水」(講談社/絶版3800円)が入荷しました。林望が、各作品に、文章或は詩を付けて、巴水的世界を言葉で表現しています。かつて、どこかで見た風景、とでも言えばいいのでしょうか。限り無い郷愁を思い起こさせる作品がズラリと並んでいます。真青な空、美しい浜辺、そして夕暮れ…….。その一方で、夜の闇に建つ二棟の蔵の間から不思議な白い光が出ている作品「夜の新川」があり、林はこう評価しています。

「この光には、ただ無為の『詩』、一瞬に存在して次の刹那には消え去る『時』のなつかしさが描き取られている」と

寂寥感、という言葉だけでは当てはまらない、深い豊かさと哀しみを漂わせています。雨にけむる橋の上に佇む人力車を描いた「新大橋」、雨上がりの港で沖の船を見つめる犬を描いた「明石町の雨後」などの作品にそのテイストが滲んでいます。寂しげな風景なのですが、どこかに幸福感もある不思議な世界です。

細い雨が降る露天風呂を描いた「修繕時の雨」に林はこんな詩を付けています。

「ぼくが温泉を愛するのは 風景があたたかいからです そこでは なにもかも湯気のなかに霞んでいて 空気がはるばるとしているからです (中略) ただじっと湯に浸かって むかしのことを思っていよう それで 涙が出たら 温泉のお湯で洗い流して 空でも見ていようさ ほうほうと湯気 ほう ほう ほ ほ 」

なんて幸福感に満ちた詩でしょう!

作品集には絶筆となった「平泉金色堂」も収められています。雪が降り積もる金色堂に向かう、一人の僧の後姿を捉えています。人生の最後を予感される作品ですが、豊かな人生を生ききった作家の最終に相応しい作品です。

「かぎりあるみちは いつかきっとおわる そう、こころにねんじて きしきし ゆきふみしめてあるく」

林が巴水の画業を讃えた最後の詩です。

 

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クラシックファンのみならず、あらゆるジャンルの音楽ファンに支持されているピアニスト、グレン・グールドの膨大なアルバムから、ちょっと面白い企画物CDが入荷しました。

1枚は、グールドの音楽を使った映画を集めた「グールド・アット・ザ・シネマ」(SONY/国内盤1600円)です。

カート・ヴォネガッドjrの奇想天外な小説「スローターハウス5」は、「明日に向かって撃て」や「スティング」で有名なジョージ・R・ヒルが監督し、グールドの演奏が映画の中で使用されました。原作者ヴォネガッドjrは、この映画をくだらないと発言していましたが、時空を巡る原作を、SF的手法で巧みに映像化していて、ジョージ・R・ヒルの傑作だと思います。バッハ「ゴールドベルグ変奏曲」他のグールドのピアノが静かに画面に溶け込んでいきます。

もう一枚は、坂本龍一がセレクトした「グレン・グールド」(SONY/国内盤2CD2500円)です。お馴染みのグールドベストではなく、坂本的感性で選ばれた作品集で、あぁ〜この瞑想的な雰囲気は坂本らしいな、と感心します。グールドと言えばバッハですが、バッハはたった2曲のみという布陣です。

グールド関連の書籍も沢山出ていますが、あまりにも学究的なものは退屈してきます。やはり一番のお薦めは「グレン・グールドとの対話」(晶文社950円)でしょう。とはいえ、音楽の技法の話になると、私には「???」なので、吹っ飛ばしましたが。クラシック界きっての変人、奇人扱いされているグールドが、「北極圏で少なくとも一回越冬してみたい。太陽のある夏ならだれでも行けるが、ぼくの行きたいのは、太陽のないとき。本当に行ってみたい」と北極への憧れを告白したりと、素顔の彼を知ることのできる一冊です。

そして、フランスの精神分析学者、ミシェル・シュネデール「グレン・グールド孤独のアリア」(ちくま学芸文庫600円)も、やや難解ですが、面白い本です。

「グールドは性的なるものへと話題が及ぶのを好まなかった。彼がバーブラ・ストライザンドを高く買うのも、こまやかな愛情のセンスが彼女にそなわっており、それはあからさまに肉体的接触を求めたりするような種類のものではないということによる。」なんて、記述には驚かされました。

最近入荷した、青柳いずみこ「グレン・グールド」(筑摩書房1500円)も、グールドファンなら手に取ってみてください。

 

なお、この「坂本龍一セレクトグレン・グールド」CDが載っている重量感ケースはハンドメイドの作品です。興味のある方はKADEFのHPをご覧下さい。

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日曜日に、千葉からのお客様が寄って下さいました。お膝元のミニプレス「房総カフェ」の事を、少しお話しながら、そう言えば、ここ暫く音信がないなぁ〜、新しい号出てないのかなぁ〜?と思っていました。そうしたらその日の夜、ひょっこりと「房総カフェ」(暮ラシカルデザイン編集室)の人が、新作の案内でご来店!おもしろいこともあるもんです。

なんと、「房総カフェ」3号、4号そして「房総のパン」(すべて税込み880円)と、一挙に3作続けて発売です。

「房総カフェ」3号の特集は、「それぞれの食のシーン」で、自らの畑で収穫した野菜を経営するカフェで食材として使っておられる方々が登場します。元ソフトウェアエンジニアだった栗田さんが始めた「Kiredo」。キッチンカー「キレドカー」で、自分の思いを載せた野菜料理を提供し、ついに奥様が切り盛りする「Kiredo VEGETABLE  Atelier」をオープンしました。「野菜の一生を見ること」という言葉が強く印象に残ります。

4号にも「記憶の履歴書」という副題で、素敵な人たちが沢山登場します。創業100年を誇る町の金物屋さん。その記念すべき年に生まれた女の子に両親は「百子」と名付けました。彼女は両親の思いの一杯詰まった実家のお店をカフェとして再建しました。名前は「ミナモ」。

「カフェをやりたいなと思っている時に母が亡くなって、オープン準備をしている時に父が亡くなって、親孝行ができなかったけど、こうして一生懸命お店をやってゆくことが、親孝行になるのかな。紆余曲折ありましたけど、時間がかかってよかったかなと思います。」

と百子さんの言葉には泣かされます。

さて、「房総のパン」というタイトルでお目見えした新雑誌は、「南房総という生き方」という特集を組んでいます。新しい雑誌だけに気合い十分です。単なるパン屋さんの紹介みたいな、大手雑誌がやるお手盛り企画ではありません。パンを通して、これからの生き方を見つめる内容です。山のパン屋を営む木村優美子さんが、出来立てのパンを抱えて、相棒のヤギ君と一緒に写っている写真を眺めるだけで、その魅力が伝わってきます。「私のパンは発酵がゆっくりなんです」と、何でも簡単に、速くというこの時代に流されない「ゆっくりさ」を重視されています。

「特別なものを買ったり、特別な技術を使ったりしなくても暮せる。手間と時間をかけて、身の回りできることをやってゆく。自然のまま、普通の暮しで。それが私の生き方」

消費経済の片棒を担いできた多くの雑誌と、真逆の立場で雑誌を作り続けるミニプレス全般に相通ずる考え方です。

京都シネマで上映中の「人生タクシー」を観ました。

「人生タクシー」なんてタイトルから、車窓から窺い知る人生模様を描いた作品だなんて思うと、大間違い。もしかしたら退屈するかもしれませんが、この監督の映画人生を少しでもご存知なら、頭の中がひっくり返る映画です。

監督のジャファル・パナヒは、過去に監督した作品でイラン社会の実像を描き、国際的には評価されていますが、イラン国内では上映を禁止されています。逮捕された経験もあり、数十日間拘留されています。その時は、自身が拘置所内ハンストを実行し、そして世界中の映画作家達の尽力もあって、保釈されました。しかし、裁判所は映画製作・脚本執筆・海外旅行・インタビューを20年間禁じ、違反すれば6年間の懲役を科される可能性もある、という判決を言い渡します。

そこで、撮ったのがこの映画。タクシー運転手に扮した監督自身と乗り込んでくる奇妙な人たちのやり取りを描いたドッキリカメラみたいなドキュメンタリーなのですが、どうも乗って来る人たちは素人ではありません。役者ですね、これは。だから、ドキュメンタリーに見せかけた劇映画です。お上に、これ映画じゃないもんね、と言い張るつもりなのかも。

延々、この乗客達との会話を、助手席に設置されたカメラが追いかけるだけの映画です。私も何度か、ウトウトしかけましたが、退屈はしませんでした。

後半、姪っ子が乗ってきます。彼女は学校で短編映画を撮りなさいという課題を与えられ、車内でもカメラを回します。とある横町で、ゴミを漁る少年が、路上に落ちていた財布を盗んでいるところを撮影します。学校は、「現実を撮りなさい」しかし、「醜い現実はだめです」と表現に制限しています。で、彼女は少年がお財布を持ち主に返すところを撮って美談の現実を撮るべく、少年に指示します。しかし、少年は去っていきます。映画上映できない!と彼女は罵声を浴びせます。

偽の現実を撮ろうとする彼女のカメラのファインダーを、タクシーのカメラが撮り続けるという不思議なシーンです。お上好みのフェイクな現実を撮る、リアルな現実。一見、活気のある街並みなのですが、自由のない国。

翻って、キナ臭い法律ばっかり作って、国民の目に蓋をして、でも言う通りしていれば、幸せな一生間違い無しと迫る我が国のお上。反対を表明した途端締め付けてくる国も、また似たり寄ったりの国家なのかもしれません。さて、そんな情けないこの国に、ジャファル・パナヒみたいな気骨ある表現者が現れるのでしょうか?

蛇足ながら、、この映画はイランでは上映禁止。映像を収めたUSBを箱に入れて国外の持ち出し、支援者の努力で作品として公開されました。穏やかそうな表情で運転する、このおっさん只者ではありません。