「洛中から守口(大阪府)は遠おすなぁ〜」と、いけずな京都人なら言いそう、とは大げさですが、京阪電鉄で、三条から1時間ほどかかりました。

なんで、守口まで行ったかと言うと、数ヶ月前にオープンした「たられば書店」のオーナー山本さんとお近づきになるためです。ちょうど「たられば書店」のギャラリーで開催されている小幡明×たられば書店「世界のかけらと守口雑貨」も見たかったので。

小幡明さんは、当ブログでも紹介しましたが、彼女が旅した世界の色んな町を

イラストで描いて、小冊子にまとめた「世界のかけら」(各330円)の作者です。当店でも扱っていますが、売切続出。再度バックナンバーを揃えて販売する予定でしたので、せっかくの個展に行かねばと守口の駅前に降り立ちました。

特急の停車しない守口は、ご他聞にもれず、商店街にあまり活気がありませんでした。駅前の横町に佇む「たられば書店」は古い二階建ての民家をそのまま書店にした感じで、一階の奥には、かつてここに住んでいたご家族の台所が残っていました。

急な階段を登って2階に上がると、冬の日ざしが眩しい明るい部屋。窓際の部屋は、子どもの遊び場として解放されていて、さながら児童図書館みたいです。お手製の小さなすべり台も備えてあります。きっと、午後は、子どもたちの歓声でにぎやかなことでしょう。

その反対側に小幡明さんの小冊子とポスターが並んでいました。雰囲気に妙に溶け込んでいる面白い展示です。彼女の作品を前に、山本さんが珈琲を入れてくれました。お店を始める前は何をされていたんですか?とお聞きしたら、「主夫」ですとキッパリ。子どもが大きくなったので、子育てから解放されて店を開かれたとの事でした。

1階の書店は、もう「ザ・古本屋」。買い取った本や、在庫が所狭しと並んでいます。さらに、その間にちくま文庫の新刊や、ミニプレスも顔を覗かせています。ここに座り込んで、のんびりと本を探していたら、あっと言う間に日が暮れそうな、居心地のいい本屋さんです。本には値段が付いていません。店主とお客さんがワイワイ言いながら、ま、こんなもんでしょうね、と決めていくみたいです。と言っても大阪っぽい「にいちゃん、もっとべんきょうしてやぁ〜!」みたいなノリではなく、もっとゆる〜い感じみたい。

珍しいものを発見しました。村上春樹原作の映画「ノルウェイの森」の10インチレコードサイズのパンフレットです。

レコードよろしく、ジャケットを取ると、「Norwegian Wood」とセンターに書かれたレコードが撮影されたパンフレットが登場します。きちんと配給元「東宝」のマークも入っています。

こんな店が、この町のあちこちに出来て、活性化するのが夢ですねという話などをしながら、店を後にしました。最初、活気がないと思われた(着いた時間が早すぎたか)商店街をよく見ると、素敵なカフェや、面白そうな店があるのがわかりました。特急は停車しませんが、若い世代が、盛り上げて新しい魅力が発信できたらいいですね。

当店の夏の古本市(8月)に、出店のお誘いをしてきました。楽しみです。

★2月8日(水)〜19日(日)レティシア書房恒例「女子の古本市」を開催いたします。

東京、岐阜、神戸、大阪、滋賀、京都から20数店の女性店主がセレクトしたステキな本が、所狭しと並びます。ご来店お待ちしています。

 

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小説なり、エッセイなりを読んでいてシャキッとさせる文章に出会うと、思わず背筋が伸びます。

大学生の時に、辻邦生に出会い初めて言葉の持つ強さに目覚めました。「嵯峨野明月記」、「安土往還記」そして「背教者ユリアヌス」といった歴史小説に、心動かされた「真面目だった」青春時代の思い出です。

その後、様々の作家に出会いました。生き方や世界感が文章に溢れている池澤夏樹。首尾一貫した思想に、強さを感じました。池澤と親交のあった須賀敦子も、やはり凛とした文章を書く作家です。

「幼いときの読書が私には、ものを食べるのと似ているように思えることがある。多くの側面を理解できないままではあったけれど、アンの文章はあのとき私の肉体の一部になった。いや、そういうことにならない読書は、やっぱり根本的に不毛だといっていいのかも知れない。」

「遠い朝の本たち」(ちくま文庫350円)に収録されているアン・モロウ・リンドバーグのエッセイについて書かれた文章です。一人の少女が、大人へと成長する過程で、精神の羅針盤となった本について書かれています。

最近、その力強さに驚かされたのは幸田文「父その死」(新潮社/絶版1800円)です。

昭和23年夏、父幸田露伴の臨終と葬儀を冷静に見つめた本です。父が初めて寝室で血を吐いた、その瞬間を

「死は父を奪うに、なんとふてぶてしくやって来たことだかと。しょっぱなから鮮烈な血の彩りをもって、不敵に面つきだして挑んだことだった。」

父親に近づきつつある死の訪れに、混乱する彼女を、まるでドキュメンタリストのカメラが正確に捉えた如き描写も凄味があるのですが、何度も吐血を繰り返す中、血の臭いを「鈍重な、ずうずうしい。押し太いにおいだ。ものを統一させる、清澄なにおいではない。悩乱させ騒動させる臭いだ。」と描いています。90ページ弱に及ぶこのエッセイは、最後、簡潔に終わっています

「父は死んで、終わった。」

あとがきで幸田文は、「死とはかくも内外ともにたやすからざることであり、他方からいえばこうもやすやすと行われるかとも深く感じ、思うこと多く」とあり、父の死には「私一人が直面しようとした。面と対えるのは一人の一人だ」と強い文章で、彼女の心持ちを描いています。決して、読んでいて楽しい一編ではありませんが、誰もが直面する死を、正面から捉えた傑作でしょう。

★2月8日(水)〜19日(日)レティシア書房恒例「女子の古本市」を開催いたします。

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北海道在住の写真家、伊藤建次の写真エッセイ集「アイヌプリの原野へ」(朝日新聞出版 1900円)は、北の大地に住み、アイヌ文化の真実を探し求める探究心に満ちた一冊です。元々、雑誌「家庭画報」に1年半程連載されていたのを、一冊の単行本にまとめたものです。全16章、北海道の自然を捉えた写真と文章で構成されています。

「初めてOKI(オキ)と出会ったのは確か占冠(しむかっぷ)のライブ会場だった。当時旭川に住み、アイヌ文化に思いをよせながら自然の撮影をしていた僕は、樺太アイヌに伝わる弦楽器、トンコリのライブがあると聞いて足を運んだ。OKIがトンコリを弾きだして間もない頃だ。」

伊藤さんは、トンコリの音色に誘われるように北海道の原野を旅していきます。そして、様々な形で色濃く残るアイヌ文化に触れて、読者にわかりやすく、彼らの文化を紹介してくれます。

例えば、ヒグマ。アイヌ語でキムンカムイ(山の神)と呼ばれています。つまり、それ程位の高い存在です。そして、アイヌの信仰では、クマの肉や毛皮は、クマという神がアイヌモシリ(人間の国)に来る時のお土産なのです。アイヌが飼っていた子グマが大きくなった時に、神が再訪してくれることを祈願して、息の根を止め、霊魂をカムイモシリに送り返すイオマンテと呼ばれるクマ送りの儀式をしていたことについて、

「『イオマンテ』という言葉には、元来、イ(それ=クマの霊魂)、オマンテ(送る)という意味が込められている」とアイヌ語の世界も教えてくれます。

この本は、著者の撮影した動植物や、広大な風景の作品を楽しみながら、豊饒なアイヌ文化の一端を知ることができるのです。

「カント オロワ ヤク サクノ アランケプ シネプ イサム」ー「天から役目なしに降ろされたものは、ひとつもない」

というアイヌの教えあります。アイヌ語を口に出して読んでみるのも面白いかもしれません。

ところで、私のトンコリ初体験はというと、数年前、当店で開催した「纏うべき風 結城幸司木版画展」で、結城さんが語るアイヌの民話に合わせて、彼の友人の長根さんが演奏したトンコリを聴いたときでした。風の奥から聞えてくる優しい音色に聞き惚れたことを思いだします。

そして、この本に載っている版画はすべて、その結城幸司さんの作品です。よけいに親しみを感じました。

OKIのデヴューアルバム「カムイコルヌプルペ」(カムイの偉力1300円)もありますので、よければご試聴ください。

 

★2月8日(水)〜19日(日)レティシア書房恒例「女子の古本市」を開催いたします。

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1900年代初頭、アメリカ文学界に登場したトーマス・ウルフは、四作の長編、その他に短篇、戯曲を発表し38年の生涯を閉じました。ウォール街の株大暴落直前の1929年に発表した「天使よ故郷を見よ」が大ヒットして、一躍文壇に躍り出ます。彼を売り出したのが、ヘミングウェイ、フィッツジェラルドらの作品を担当していた名編集者マックス・パーキンズでした。

マイケル・グランテージ監督作品「ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ」は、この編集者と作家との間の葛藤、そして友情を描いています。パーキンズを演じたのは、今やイギリスの演劇界を代表するコリン・ファ−ス。破滅型の作家を演じたのが、こちらも演技派で男前、年を重ねてますますステキなジュード・ロウ。そして作家の愛人にニコール・キッドマンと、お子様ランチばかり連発のハリウッドにあって、極めて”大人な”人達がガッチリ組んだ映画です。魅せます、三人とも!

映画は、あの当時のNYの街角、そしてパーキンズの勤務するチャールズ・プナーズ・サンズ社を見事に再現、三人の演技を盛り立てています。乱雑に書きなぐられたウルフの膨大な原稿は、タイピスト達が打ち直し、パーキンズの部屋に運びこまれ、彼が、赤鉛筆で原稿に「削除」と書き入れてゆくシーンの積み重ねは、スピーディで極めて映画的な処理です。

パーキンズは、編集部内をたらい回しされていたフィッツジェラルドの処女作「楽園の向こう側」を出版し、フィッツジェラルドを作家として世に送り出しています。その後も名作「グレート・ギャッツビー」など多くのフィッツジェラルド作品を担当しました。村上春樹訳の日本版で、今も人気の小説が、当時は重版の際の印税が2ドルそこそこだったというエピソードも映画で触れられていました。

生まれて来た子どもがすべて娘だったせいか、パーキンズは、子どものようなわがままさを持ったウルフを、編集者としての立場を超えて、どこか息子への愛情に満ちあふれた父親のように接します。冷静な編集者と、父親としての態度を使い分けるコリン・ファ−スは、お見事という他ありません。また、ウルフの愛人で、嫉妬と猜疑心に満ちたアリーンを演じるニコール・キッドマンも主演ではなく、どちらかと言えば損な脇役で、その演技力を存分に発揮していて魅力的です。

編集者が主役という地味な映画ですが、見終わった後、あぁ〜いい時間だったな、としみじみ思いました。字幕協力に柴田元幸の名前が入っていましたので、彼のファンも必見ですね。

★2月8日(水)〜19日(日)レティシア書房恒例「女子の古本市」を開催いたします。

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私たちの世代は作家立松和平を、久米宏が司会をやっていた「ニュース・ステーション」で、素朴な口調で日本の各地を紹介していた人として知った方が多いようです。個人的には、1981年映画化された「遠雷」を観て、原作を読み、知りました。

「沖縄になぜいこうと思ったのか。私は大学一年生、十八歳だった。十八歳という年齢を覚えているのは、免税店で酒を買えなかったからである。1966年当時、沖縄は日本にとっては外国だったのだ。」

沖縄が日本に返還される前の、アメリカ支配下の沖縄で観た事、聞いたことを粒さに文章化したのが「沖縄 魂の古層に触れる旅」(NTT出版700円)です。

日本でもなく、外国でもない中途半端な状況で生きて行く人々の暮らしを通して、沖縄の姿を浮かび上がらせた労作ですが、後半で沖縄文学の第一人者、大城立裕の事が描かれています。

1925年沖縄生まれの大城立裕は、戦後、県庁の職員をしながら小説を書き、67年「カクテル・パーティ」で沖縄初の芥川賞受賞者となりました。2015年には「レールの向こう」という作品も発表されています。

「カクテル・パーティ」という美しいタイトルながら、中身は当時の悲惨な状況を描いています。アメリカの軍人に自分の娘をレイプされます。娘はその軍人を崖から突き落とし告訴されますが、父親は、そのアメリカ人を告訴します。被害者でありながら、加害者という複雑な立場から、それまでの人間関係が捩じれてゆく様を描いた小説です。さらに、父親は、先の大戦では軍人として中国で圧政者の立場にいたことも描かれていきます。今でも、岩波現代文庫で読めるはずです。

大城と親交のあった立松は、沖縄に生きる血の通った描写を語っています。岩波の文庫に収録されている「亀甲墓」(1945年作)は、アメリカ軍の猛烈な艦砲射撃から逃げるために先祖を祀る亀甲墓に逃げ込んで生き延びる人達を描いた小説です。立松は、この短篇にこそ、作家の本質があると論じていきます。そして、こう結んでいます。

「火焔地獄のただ中にあるその亀甲墓の内部にも、平和な時となんら変わりない湿った人間関係がある。共同体のもどかしい人間関係を維持するために、人は死さえもいとわないのである。こんな世界は小説にしか描けないものだ。」

「沖縄 魂の古層に触れる旅」は、何も沖縄への無作為政策でドタバタする日本国のことを描いているわけではありません。けれども、美しい自然というイメージだけではなく、沖縄を知る為に、読んでおいて損はしない一冊です。

★2月8日(水)〜19日(日)レティシア書房恒例「女子の古本市」を開催いたします。

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あっという間に文壇から消えてしまった山川方夫。村上春樹のはるかな先駆者とも言われている山川は、昭和19年、戦争が激しさを増した時代に、14歳で父、画家の山川秀峰を亡くし、戦後の混乱期に青春時代を送ります。その後、何度か直木賞、芥川賞候補になりながら受賞しないまま、34歳で交通事故のためこの世を去りました。

1960年、中原弓彦(現、小林信彦)が編集を務める「ヒッチコックマガジン」に参加、ショートショートを発表します。その一編「夏の葬列」は強烈な印象を残す短篇小説です。

戦争末期の夏。空襲の最中、助けにきた幼なじみの少女ヒロ子を突き飛ばし、自分だけ助かった少年。

「彼女は重傷だった。下半身を真っ赤に染めたヒロ子さんはもはや意識がなく、男たちが即席の担架で彼女の家に運んだ。そして、彼は彼女のその後を聞かずにこの町を去った。あの翌日、戦争は終わったのだ。

大人になった少年が、疎開していたその町にふらりと戻ってきます。彼は、彼女を見捨てたという罪の意識が消えません。ふと見上げると、葬儀の列がゆっくりと進んでいます。亡くなったのはおばあさん。しかし、棺の上にあるのは若い時の写真。青年は、その写真にかつての少女の面影を見つけます。彼女は機銃掃射で死んだのではなく、長生きしたのだと思った途端に、

「おれの殺人は、幻影にすぎなかった。あれからの年月、重くるしくおれをとりまきつづけていた一つの夏の記憶、それはおれの妄想、おれの悪夢でしかなかったのだ」

しかし、次に突きつけられた残酷な現実。強烈な夏の太陽が、我が身を焼尽けてしまいそうな感覚になるエンディングが待っています。

坂上弘一が編集した「展望台のある島」(慶応義塾大学出版界会2300円)には、「夏の葬列」以外にも7作のショートショートが収録されています。どれもが、そのまま2時間サスペンスドラマに転用できそうなエンターテイメント系小品ですが、ゾクッとします。この本には純文学系列の「展望台のある島」も載っていて、彼の異なった作風を読むことができます。

もう一冊、山川のエッセイ集「目的をもたない意志」(清流出版1500円)も入荷しました。彼は、作家論の他、勢力的に映画評論も発表していました。その中に、増村保造監督、若尾文子主演の作品を論じているんですが、映画「妻は告白する」について、こう書いています。

「あの映画には女そのものの裸体が、強烈なエロティシズムとともに動いていた。僕たちはそこに呼吸のつまるほどなまなましく、美しい一人の女を見たのである。」

確かに、若き日の若尾文子の美しさは山川の言う通りです。

洗練された感覚と、都会的な文体で、喪失と孤独を捉えてきた山川は、きちんと全作品に目を通したい作家ですが、この人の全集は、わりと高いし、あまり古書市でも見た事がありません。気長に揃えてみようかと思っています。傑作「海岸公園」の新潮文庫は、なんせフォントが、小さくて年寄りには読めたもんではありません。(450円)

 

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ドイツ文学者池内紀、昆虫学者奥本大三郎、そして映画&文芸評論家川本三郎という無類の本読みが集まって、様々な本について語る「快著会読」(リクルート出版/初版/帯付き1400円)は、極上の座談会です。オタク的知識のひけらかしでもなく、小難しい文学談義でもない、三人の個性溢れる意見が飛び交う読書談義です。

先ず、この本、判型がいいですね。ほぼ正方形の変型盤に、表紙にはウィリアム・モリスの「チョ−サー著作集」のタイトル部分がレイアウトされて、持った感じ、見た感じから、中身が楽しみです。

藤沢周平「蝉しぐれ」の項では、各々が好きな文章を読み上げます。奥村は「今から読みます。七ページです。」とことわって、数行読み上げ、「ぼくはここら辺、幸福感にひたってなんべんんも読み直したんです。」といかにも楽しそうです。これだけで、こちらに本を読む楽しさが伝わってきます。

取り上げる本は千差万別です。元々、雑誌文学界に88年から89年にかけて連載された鼎談ですので、今から見ると古い本が多いのですが、村上春樹「ダンス・ダンス・ダンス」、山田詠美「ひざまずいて足をお舐め」、澁澤龍彦「高丘親王航海記」、小出楢重「小出楢重随筆集」、鶴岡眞弓「ケルト/装飾的思考」、田中小実昌「アメン父」など31冊が語られています。

池内、奥本の関西人が、大阪出の小出楢重を語り合う大阪風土記や、小林信彦の「小説世界のロビンソン」を、川本がこれ程ユニークな文学論はない、「基本的には小林信彦本人の断固たる好みで論じている、その凄味があります。気持ちのいいタンカを聞いたという気がしました。」と言い切っていますが、ほんとにズバズバと切り込んでゆく面白さに満ちていました。

31冊、すべて読んでみたいと思わせる座談会なのですが、とりわけ吉行淳之介の短篇集「目玉」に心魅かれました。いわゆる「私小説」のジャンルに入るのだろうが、池内は、この短篇集を「『私』という要素はあまり感じられない。むしろ『私』の肉体、もう少し即物的にいえば、『私』という物体の物語であって、私小説の『私』性は少なくて、病んだ肉体、物体を冷静に観察している人物の語り手がいる、そんな感じです」と解説しています。そこから、座談会は方々に話が飛び、そして、吉行を「生活の匂いのない作家」という意見で一致していきます。

ここで紹介されている本を読まなくても、三人の話がスリリングに、軽妙に進行してゆくので、紹介されている本の世界に知らず知らずに入ってしまいます。この三人でなければでない旨味なんでしょうね。

●「快著会読」は売り切れました。

★2月8日(水)〜19日(日)レティシア書房恒例「女子の古本市」を開催いたします。

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キッチンミノルさんの写真集「メオトパンドラ」(FOIL2160円)が入荷しました。

キッチンミノルさんは、先週までレティシア書房で『神保町』展をされていた得地さんのお連れ合いです。ちょうど『神保町』展と同時期に誠光社さんで写真展をされていました。

「メオトパンドラ」は、数十組の共働き夫婦の日常を捉えた写真と、桑原滝弥の詩が一緒になった写真集です。え?フツーの夫婦の写真ばっかの本って面白いの?

これが面白いんです。

谷川俊太郎が帯にこう書いています。「シャッターの一瞬と、詩の一節が、女と男のパンドラの函の蓋をほんの少しずらして見せる。ここから彼らふたりの物語とともに、わたしのわたしと、あなたのわたしの、いのちといのちの物語が生まれる。」

 

「ある日人生捨てて運命拾いました」という詩句の横に、マンションの通路に立つ若いご夫婦のポートレイトから、写真集は始まります。そして、部屋にいるご夫婦の前に立って、こちらを見つめる愛娘の写真と「わたしもいつかそうなるの」という詩句で本は幕を閉じます。数多くのご夫婦が登場しますが、まるで一組の夫婦の生きる時間を集約したような錯覚を覚えます。

「出会った夫婦の関係はそれぞれが独特で、唯一無二の存在なのだった。きっとそれは夫婦として、一人の人間として試行錯誤し作り上げたものだからだろう。その結果、夫婦関係には独特の味が滲み出ているのだった。」

とはキッチンさんの言葉ですが、その「独特の味」の味が画面にほのかに表れているのが、この写真集の最大の持ち味でしょう。

何回も眺めているうちに、何故か戦後の小津映画を思いだしました。何気ない日常生活を、執拗なまでに細かく描き続けた小津映画を、同じ松竹出身の吉田喜重監督は、「何気ない日常が、今日も、明日も続くことが平和であり、小津映画は、その平和を邪魔しない、されないことを描く反戦映画だ」と言い切りました。「メオトパンドラ」に登場する夫婦達にも、多くの事が起こります。それは生きていれば当然です。けれども、明日も、明後日も同じ空気を吸い、同じごはんを食べて生きてゆく、その日常の平和を願わない夫婦はありません。

「暮らしの中に死んで生まれて」という詩句が、本の中に入っていました。そういう暮らしを邪魔するものが戦争です。「私達は平和に生きる。」そんなメッセージが聞えてきそうな写真集です。

 

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まるで物語の中から出て来た様な少年少女や、動物たちが、本屋にお目見えしました。mariko fukuraさんの『Journey』(ジャーニー、旅)というタイトルの展覧会が、今日から始まりました。

本が大好きなmariko さん、京都で初めての個展をレティシア書房で開いていただきました。本をテーマに描かれた絵も並んでいます。大きな本を前に、なにやら楽しそうな男の子は、お話の旅に出かけようとしているのかもしれません。そして、お話の波に漂いながら眠っている女の子は、どんな夢をみているのでしょう。お盆に本をのせて運んでいるお針子さんも、夢と現実を行き来しているように歩いています。

ステキなシャツを着てお出掛けしようとしているワニも、花のメロディーを奏でているウサギも、みんなそれぞれの人生(?)の一コマ。ここから新しいお話が紡ぎ出されていく感じ。

mariko さんの描かれる『Journey』は、旅の風景画ではなく、みんな物語の旅の途上ってことなのでしょう。色鉛筆、水彩、コラージュ、染色を使って描いた絵は、カラフルなのに、しっくりと落ち着いていて、自然な色合いが好きだと言う作家が、こだわり抜いて作り上げた画面には、奥行きがあります。

そして、物語の中から出て来た様な少年少女、動物たちは、絵の中で、思い思いに生きることを謳歌しています。「描くことも歩くことも。眠ることも、みな旅のようなもの」というmariko さんの絵本ができたらぜひレティシアに置かせて下さい。主人公が、歩き出す旅のお供をしたいものです。

今回、mariko さんデザインの雑貨もたくさん並んでいます。カード、布製バッグ、紙テープ、はんこ、レターセットなどなど。中でも個展のために、親しくしているお菓子屋さん「niwa-coya」に作ってもらったという特製クッキー(600円・450円)は、ぜひ。(女房)

 

 mariko fukura『Journey』展は、1月29日(日)まで  月曜定休日

 

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アイドルだと思っていた原田知世は、今や立派な女優さんになりました。彼女が、オールドファッションな曲を、オリジナル言語でカバーしたアルバム「カコ」(廃盤2200円)が入荷しました。

ジャケットに、まるで彼女の幼少の時かと思わせる写真が使われていますが、これ植田正治のお嬢さんの和子さんを撮った作品なのです。和子さんの愛称”カコ”をアルバムタイトルにしています。アルバムが発表されたのは1994年。自分の写真を使用しないで植田の作品を使った彼女のセンスに、アイドルから脱皮していく気持ちを感じました。

さらに、CDのインナースリーブの写真は植田正治が撮影しているのです。まさか、こんなところで植田の作品で出会うとは驚きです。彼は出身地の鳥取県境港市を拠点にして、いわゆる「植田調」の写真を撮り続けました。とりわけ、鳥取砂丘に人物を並べたポートレイトは、独特の、不思議な世界が立ち現れていました。彼の全貌を知りたくて鳥取にある「植田正治写真美術館」まで行き、素敵な時間を過ごしたことを思いだします。

さて、原田知世は、プロデュースに「ムーンライダーズ」の鈴木慶一を迎えて、62年、スキータ・ディビスのヒット曲「この世の果てまで」(あぁ〜あの曲と思いだす、あの曲です)、64年、イタリアの歌手ミーナが歌った「砂に消えた涙」、ご存ジョニ・ミッチェルの名曲「青春の光と影」等7曲を歌っています。裏ジャケのスタッフの名前のところに、”Language Master”というクレジットで三人の名前が入っています。英語、イタリア語、フランス語の歌詞をきっちり歌うために、発音をしっかり学び、発声したという気合いの表れです。これも、アイドル脱皮第一歩だったのかもしれません。

植田の撮った彼女のポートレイトは、きっと被写体と相性がいいのか不思議な浮遊感を醸し出しています。

 

ところで、京都は朝から雪。犬の散歩コース御所も雪景色でした。犬たちはもう大喜び。写真は「楽しいなぁ〜」会話する我が家のマロン(15歳)と後輩犬のラッキー(7歳)です。

 

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