一箱古本市の発起人として有名な南陀楼綾繁さんが、日本全国の本に関わる人達や、イベントを取材した「ほんほん本の旅あるき」(SHC/古書1000円)が、面白いです。

岩手県盛岡、秋田、宮城県の石巻・仙台、新潟、富山県高岡、三重県津、鳥取県松崎、島根県松江・隠岐、広島県呉・江田島、高知、徳島県阿波池田、北九州、大分県別府、鹿児島、そして、都電荒川線沿線の東京と、ほぼ日本全国が網羅されています。

盛岡編では、当店でも開店以来販売を続けているミニプレス「てくり」が登場します。

「『てくり』がブックイベントを始めるというので、参加するのを楽しみにしていた。この年は仙台、盛岡、秋田、会津でブックイベントがあり、その四か所に『東北ブックコンテナ』という地域の本と物産を販売するイベントが巡回するという。なんだか、東北の本の動きが盛り上がっているのを感じた。」

しかしその矢先、あの大地震が起こり、状況が変わりました。無理かもしれないと著者は思いますが、予定通り実施されます。どんな思いでスタッフは開催にゴーサインを出したのか。けれどこのブックイベントがスタートしたことが、東北だけでなく各地の本好きを勇気づけたと著者は確信しています。

そして、やはりミニプレス「Kalas」でお世話になっている三重県津編。「Kalas」を発行する西屋さんが企画したブックイベント「ホンツヅキ」で、著者は、古書店「徒然舎」オーナー深谷さん(当店の古本市でも毎度お世話になっています)と、西屋さんでブックトークをしています。

そして、「津にはカラス=西屋さんがやるなら一緒にやろうという人がたくさんいるんだなと判る。雑誌や店という『場所』を持ち、それを続けていくうちに出来ていく人間関係。それは『ネットワーク』という言葉が軽々しく響くほどの、貴重なつながりなのだ。」と考えます。

「続けていくうちに出来ていく人間関係」とは大事な言葉です。我々も、同業の書店さん、ギャラリーを利用していただいた作家さん達、当店を面白いと思って通っていただいているお客様とのゆるやかな関係に支えられています。顔の見えるお付き合いを重ね、好きな本で一緒に盛り上がる。そういうところにこそ、書店業界の未来はあるのではないかと思います。

この本は、本に関わる人達と彼らのイベントを追いかけたものですが、その土地土地で見たもの、食べたものなどが随所に散りばめられ、一度は行ってみたくなるように仕上がっています。昨年の夏休み、女房と行った別府編は興味深く読みました。また、「ガケ書房」店主の山下さんが登場して、オカマバーに行って、ふっくらした体系が好きなママに惚れられたと書いてありにやりとしました。

同業の方、ミニプレスの方たちが各地でがんばってることが心に残る本でした。

 

 

★町田尚子さんのCharity Calendar2019入荷しました。540円

(売上の一部は動物愛護活動の一貫として寄付されます)昨年も早々に完売しました。お早めにどうぞ!

 

 

 

 

 

★釧路ヒッコリーハウスオーナー安藤誠氏の「ネイチャートーク」が決定しました。

10月27日(土)19時スタートです。参加費は2000円です(要予約)

 

これは、今の日本ではそう簡単に作れない映画です。母国の歴史的汚点を、一部のコアな映画ファンに向けてではなく、一般の人達に見てもらえる映画なんて、誰も作らないし見たくないのかもしれません。

チャン・ジュナン監督作品「1987ある闘いの真実」は、1987年1月に起こった学生運動家の朴鍾哲拷問致死事件から、その後の民主化闘争を真正面から描いた映画です。本国では2017年12月に公開され、多くの観客動員をしました。

当時、韓国は全斗煥大統領軍事政権の圧政のもと一般民衆は苦しんでいました。民主化を求めるデモが学生を中心に激化した最中、ソウル大学の学生が警察の取り調べ中に水責め拷問で死亡します。原因は共産主義撲滅に燃える治安本部のパク所長(キム・ユンソク)にあるのですが、この所長がこうまで共産主義を嫌悪する理由も観客は知ることになります。

もみ消しを画策する所長達の前に、無頼派で権力に屈しない検事やら、恫喝なんてなんのその、猪突猛進する新聞記者など、社会派サスペンス小説や映画には定番のキャラが登場します。映画は、彼らがぐいぐい引っ張ってゆくリアリズムドラマになるのかと思いきや、後半の話は、美形男子大学生と彼に憧れる女子大生の2人が引き継いでいきます。

えっ?なに、その展開?と私はちょっと混乱しました。今の韓国映画の実力なら、もっと切れ味鋭い映像表現も出来たはずです。ラストシーンには、ちょっとなぁ〜と思ってしまいました。しかし、よくよく考えてみると、これはワザとじゃないか、誰にでも感情移入しやすく、自分たちの国の根幹に潜む悪の存在をはっきりと浮き彫りにするために、こういう演出をしたんじゃないかと思えてきました。ドキュメンタリータッチで始動し、多彩な人物が登場するドラマチックな群像劇へと発展し、若い男女の悲しい青春ドラマで幕を閉じるなんて、この監督の力技ですね。

1987年と言えば、日本はバブル経済の真っ最中。高級車、高価なブランド品、贅沢な食事に狂っていた時代です。俵万智の「サラダ記念日」がベストセラーになっていました。また安田海上火災がゴッホの「ひまわり」を高額で落札した事を皮切りに外国の有名絵画の購入ブームが巻き起こった時代でもあります

金の亡者になっていた我が国のお隣で、こいつは怪しいと見なされるや否や捕まり拷問を受け、デモを行えば催涙弾が飛びかっていました。そんな暗黒の時代を、数十年経った今、もう一度見直そうとする映画を作った映画人がいて、やはり見ておこうと思う人が数多くいたのです。拷問シーンにも目を逸らさず、自分たちの国の恥部を知っておこうと劇場に向かいました。つくづく韓国の人って、強靭だなと思いました。

慰安婦問題は解決済みなんて言ってる政治家の皆様、もしこの問題を真正面から捉えた映画が公開されたらどうします?軟弱な皆さん、韓国の人たちの強靭な精神に木っ端みじんにされますよ。

 

★釧路ヒッコリーハウスオーナー安藤誠氏の「ネイチャートーク」が決定しました。

10月27日(土)19時スタートです。参加費は2000円です(要予約)

 

 

 

 

ささめやゆきの絵本「椅子」(BL出版/古書1650円) は、様々な人生を「椅子」になぞらえて絵と文章で綴った大人向け絵本です。

絵本は「ぼくたちには座る椅子が用意されている。しあわせの分量も かなしみの分量も きまっているんだ。」と誰も座っていない椅子の絵から始まります。その後、様々な国の色々な職業の、お年寄りや子どもと、その人が座る椅子が登場します。

画家は立てかけたキャンパスに向い、ボクサーは、3分間闘っては1分間パイプ椅子に腰をおとし、映画監督は自分の名前の入った椅子にどっしりと座って、演出を始める。どんな人にも、座る椅子が用意されています。その人の人生になくてはならない椅子の物語があります。

表紙は、編み物をするおばあさんが座っている椅子。「祖母の座った藤の椅子、母の座った藤の椅子、おばあさんになった私が座る。祖母のくらしたこの家に、母のくらしたこの家に、おばあさんになった私がくらす。椅子もテーブルも壷までもそのままで、ただ人だけがかわってゆく。祖母がしたように母もしたように。」

学校の椅子、会社の椅子、行きつけのバーのいつもの椅子、そして自宅で寛ぐ時の椅子と、人生に寄り添う椅子が誰にも用意されていることに気づきます。

「西14丁目狼通り38番地 ステージの音をかき消す大笑いの酔っぱらい。それでもピアノにむかう人。汗まみれのYシャツの襟もと、曇ったままのメガネのレンズ。だれがきこうがきくまいがその音色には気品があって、この人は、ここを愛している。自分の場所だというように椅子をぐっとひきよせた。」

これは、ピアノに立ち向かうジャズマンですが、流れるようなサウンドが聞こえてきそうな絵は、レコードジャケットのよう。

もう一点、椅子を主人公にした素敵な絵本があります。池谷剛一「椅子」(パロル舎/古本900円)です。レストランに置かれた椅子が、何故だが誰も座ってくれず、その事に腹をたてたレストランのオーナーは、この椅子を路地裏に捨ててしまいます。誰も通らない路地で椅子は孤独な時間を過ごします。しかし、ある雨の夜、ずぶ濡れの猫がやってきます。「 猫はゆっくりと僕の下にもぐると まるで暖かい毛布でも見つけたかのように 気持ちよさそうにくるまり 降り続く雨空をときどき見上げながら 冷たく濡れた身体を休め いつしか深い眠りにつくのでした。」

その後、この椅子には猫が集まり座るようになりました。「僕は椅子。座ってもらうことが幸せです」という文章でこの絵本は幕を閉じます。優しいタッチの絵が魅力です。

秋の夜長、いつもの椅子に座ってこんな絵本を読みたいものです。

 

 

★釧路ヒッコリーハウスオーナー安藤誠の「ネイチャートーク」が決定しました。10月27日(土)19時スタートです。参加費は2000円です(要予約)

毎年、実施している動物保護団体ARK(アニマル・レフュージ関西)の写真展、今年もスタートしました。今回は、犬を中心にして、約20枚の写真が並びました。

最初のコーナーは、柴犬クク(写真左)。ARKのHPによると「太ってるわけではないけど骨太な、人間で言うとガテン系男子。人が大好きで犬舎の前を通ると大喜びで寄ってきます。」大地に足を踏ん張って、ワンと鳴いている凛々しい姿の柴犬です。

 

いたずら好きの白猫サラ(写真上)は、べっぴんさん。まだ1歳なので、はやくいい飼主さんに会えれば、やんちゃに磨きがかかることでしょう。 そして、13歳のワンコ、名前はカポタスト。老犬らしい穏やかな顔つきですが、この保護施設に収容されるつらい過去を持っています。

以上の3匹は、飼主さん募集中だそうですが、ARKから新たな飼主が見つかり、巣立っていったワンコたちもいます。野良のお母さんが生んだ小犬達(1歳ぐらい)は、みんなつぶらな瞳でこちらをじっと見つめています。その愛らしい事と言ったら!!そして、最後を飾るのは、雑種の老犬ハニーとごはんの2匹が、新しい飼主の元で、幸せな老後を送っている様子が写されています。老犬の穏やかな優しい顔が、今の生活を物語っています。

私たちが、レティシア書房でARKの写真展を開催するきっかけになったのは、先月死んだマロンという雑種犬でした。12年前に5歳でやってきたマロンは、もともと暢気な子でしたが、時々大失敗もやらかして笑わせてくれました。犬や猫のいる生活が、これほど人を優しい気持ちにさせてくれるなんて、ホントに一緒に暮らさないとわからなかった。もしも新しい家族を迎えるのなら、ペットショップに行く前に、この子達のことを思い出して下さい。

写真は、児玉小枝さん 。保健所の取材や動物の殺処分の現状を訴え、人と動物の共生を目指して活動を続けています。動物達の代弁者でありたい、と語る児玉さんの目線で撮られた写真は、冷静でいてとても優しい。ぜひ彼らに会いにお越し下さいませ。

期間中、ポストカード、キーホルダー、Tシャツ、シールなどARKのグッズを販売しております。児玉小枝さん撮影の来年のカレンダーは初日には間に合いませんでしたが、16日頃届きます。お楽しみに!売上げは全てARKに寄付いたします。よろしくお願いします。(女房)

★「Special  Friends」ARK写真展(撮影児玉小枝)    9月12日(水)〜23日(日)12時〜20時 月曜定休日  最終日は18時まで

 

 

 

 

2015年3月のブログで、「野生のクマの写真で、星野道夫を越えてゆくのは、なかなか出現しないだろうと思っていましたが、やはりさらに前に向かう者っているんですね。」と動物写真家、前川貴行を紹介しました。その時魅かれた作品について以下のように書きました。

「星野とは違うアプローチで、野生に切り込む写真家の鋭い視線に魅了されました。それは、彼の「道を拓いた一枚」と題して紹介された写真で、2002年秋、南アラスカで撮影された、サーモンを口にくわえたブラックベアーを捉えた作品です。

血の滴るサーモンを頬張るブラックベアーの表情。目には狩猟する者としての深い悲しみさえ感じます。」

2016年に発行された写真集「クマと旅する」(Keystage21/古書1900円)では、星野とは違う、前川の世界観で撮影された各地の野性のクマたちが登場します。

おとぼけ顔の子どもと鼻を膨らまして周囲の情報を収集する親クマ、川下から歩いてくる堂々たる風格のグリズリー、知床の奥地のテッパンベツ川で、遡上してくるサケやマスを待ち構えるエゾヒグマを捉えた作品などがそれです。

この作品集で、前川は、井上奈奈のイラストも組み込んで文章を書いています。

「一億五千万キロの宇宙空間を飛び越えてきた太陽光が、緻密に密集した半透明の毛をするりと通り抜け、紫外線で日焼けした真っ黒い肌に、熱とエネルギーを伝えはじめた。瞳から射し込む光は、闇夜に凍りついた魂をゆっくりと溶かし、今日生きることをうながす」

これは、極北に生きるホッキョクグマが目覚めた時の様子を描いています。この文章に添えられている井上の挿絵「風の匂いを嗅ぐシロクマ」の表情が素敵です。

作品集の最後二枚の写真。一枚は、日没とともに森へ帰る親子のグリズリー。夕陽に輝き、クマの背中の輪郭が美しい。彼らが歩く傍の湖は静寂そのものです。今日も一杯食べたね、というような親子の会話が聞こえてきそうです。もう一枚は、満月が登った夜、湖で頭だけを出しているグリズリー。ああ、いい湯だなぁ〜みたいに、一息ついた様子を捉えています。どちらもクマへの深い愛情なくしてはシャッターを押せない作品です。

 

 

 

 

 

 ★釧路ヒッコリーハウスオーナー安藤誠の「ネイチャートーク」が決定しました。10月27日(土)19時スタートです。参加費は2000円です(要予約)

詩人の高田敏子の本を初めて読みました。1914年東京生まれの彼女は、1846年満州から引揚げて詩作を開始。60年代には朝日新聞に詩を連載していました。初期はモダニズム風の作風でしたが、その後、何気ない日常生活に垣間見える心の機微を、優しく見つめたものへと変化していきます。

私が手にしたのは、76年に発表された「むらさきの花」(花神社/古書1400円)です。

「日々は平穏である 長女は四部屋の社宅に住み 二児を育てながら 料理とケーキ作りに熱中している 次女は二部屋のマンションに移り 靴のデザインを仕事として 土曜か日曜日にもどって来る  テレビの前でコーヒーを飲みながら きっということば  この家 寒いわ もっと暖房を強くしたら」

というのが本のタイトルにもなっている「むらさきの花」の出だしです。え?これ詩なの?と思ってしまいそうですが、ささやかなシアワセに満たされている心の有り様が映し出されています。

「この平穏な日々 何をほかに思うことがあろう 毎夜私は 縁先につながれて眠る犬の いびきを聞きながらねむる」

難しい表現や、意味の理解できない単語などありません。でも、こんな言葉が伝えてくれる穏やかさを、私たちも体験することがあります。

山小屋暮らしをする主人のもとへ、娘とその子供たちが来て、去っていった時を描いた『夏の終わりを』という詩では「楡の木から聞こえる ひぐらしの声 ひとり夕食は 茄子のしぎ焼きと 茗荷の味噌汁で終った」(中略)そして

「日常のなかで 訪れあう度にくり返す 別れのときのその度に 娘の目には いたわりとさびしさが増して 私の朝が少しずつ淡くなってゆくことが思われる そんな私の中に まだ黒い瞳を見張っている私がいて 眠れぬ夜を待ちつづけている」

老境の中に忍び込む寂寞たる想いを、どこまでも優しく描き出しています。

疲れた時は、複雑に重なり合うイメージを解きほぐすような、すっと胸の中に入り込んで来るこんな詩を読むと、詩人の言葉に心が満たされていくような気がします。

「母の愛は 母が逝ってもなお 寒い夜の私をあたために来る 白髪の 老いた母の 細い手」(『母の手』より)

静まり返った寒い夜、貴方を温める存在に気づかせてくれる言葉です。

「すべて自然のまま 海底に 心静かに 忠実に 生を呼吸しているだろう」

という海亀の描写が美しい『私の夜』で、この詩集は終ります。最後の行は「私も 星明かりの海の 深みへと降りてゆく 私の夜」深い眠りへと誘ってくれそうです…。

 

★連休のお知らせ 9月10日(月)11日(火)連休いたします。

9月12日(水)〜23日(日)ARK(アニマルレフュージ関西)写真展「Special Friennds」

  保護シェルターで暮らす犬猫の日常を写した作品展です。

 

 

 

福音館が出版している膨大な点数の「こどものとも」シリーズの中で、レアーなもの、面白そうなものを数点ご紹介します。

先ず、ネットで数千円の高値が付いている2点です。どちらも谷川俊太郎(文)、大橋歩(絵)のコンビによる「これはおひさま」、「おしょうがつさん」です。(どちらも900円)

「これはおひさま」は「これは おひさま」、「これは おひさまの したの むぎばたけ」、「これは おひさまの したの むぎばたけで とれた こむぎ」というふうに、太陽を起点につぎつぎと関連つけてことばが増えていき(「つみかさねうた」といいます)、最後に再び太陽に戻ります。付録の「絵本のたのしみ」で谷川は「子どもの身近な食べもの、飲みものと自然とのかかわりをおりこんでみました。」と述べています。

 

「おしょうがつさん」は、こどもの視線で見たお正月の光景です。元日の日めくりの絵には、谷川のこんないい文章がついています。

「いちって だまって ひとりで たっている いちって おおきな きのようだ」

「1(いち)」を木に見立てる詩人のセンスが素敵です。そして二つの作品それぞれにタッチを変えて描く、大橋歩のイラストの凄腕!

「びんぼうこびと」(700円/付録「ギャラリー絵本のたのしみ」付)は、ウクライナ民話を内田莉莎子が再構成して、太田大八が絵を描いた作品です。真面目な貧乏農民が、ふとしたことでお金持ちになり、ずるがしこい金持ちが没落してゆく、というよくある物語です。けれど戦後数多くの絵本を手掛けた太田の、デザイン性あふれる、そしてウクライナの農民たちの世界を美しい色彩で描いた面白い一冊です。因みに付録の「ギャラリー絵本のたのしみ」は一枚の紙切れですが。堀内誠一が連載で執筆しています。

何故か心魅かれる絵本が、浅野庸子作、浅野輝雄絵による「スペインの小さな村」(500円)。この本にも「絵本のたのしみ」が付属していて、作者の浅野輝雄が、「スペインのアンダルシア地方の古都、グラナダから約7〜80キロメートルのシエラ・ネバダ山脈の中腹にあるピットレス村が、この絵本の舞台です。」と書いています。なんと彼は、この地方が気に入り、妻と小さな子どもと一緒に住んでしまいます。

浅野の妻の庸子が、初めて絵本に関わったのがこの本で、山羊やろばと共に生きる、質素で静かな暮らしが描かれています。現代人が憧れる田舎暮らしの断片をすでに1985年に描いていたのです。ちょっと疲れた時に、絵本を開いて、この小さな村をブラブラしてみませんか。きっとリラックスできるはずです。

★連休のお知らせ 9月10日(月)11日(火)連休いたします。

9月12日(水)〜23日(日)ARK(アニマルレフュージ関西)写真展「Special Friennds」

  保護シェルターで暮らす犬猫の日常を写した作品展です。

 

1905年広島に生まれた原民喜は、幼年期の頃から小説家を目指し、慶応大学仏文学部を卒業後、貧しい生活を強いられながら作家活動を続けます。44年、彼を支えてきた妻が病気で亡くなります。翌年、疎開先の広島で被曝。戦後、数々の作品を発表するも、51年鉄道自殺しました。

ノンフィクション「狂う人『死の棘』の妻・島尾ミホ」の著者梯久美子は、「原民喜 死と愛と孤独の肖像」(岩波新書/500円)で、原民喜の人生を追いかけました。

「私は街に出て花を買ふと、妻の墓を訪れようと思った。」で始まる彼の傑作「夏の花」は、亡くなった妻の初盆に当たる八月十五日の広島からスタートし、原子爆弾を落とされた日のこの街の、悲惨な状況が克明に描かれています。

「戦後の東京にひとり戻った原は、死者たちを置きざりにしてしゃにむに前に進もうとする世相に抗い、弱く微かなかれらの声を、この世界に響かせようとした。そのために詩を書き、小説を書き、そしてそのあとでかれらの仲間入りをしたのである。もっとも恐怖していた死に方を選んで。」

と、梯は、原の生き方を描いています。本書は原の幼年時代、最愛の妻と過ごした時代、その妻に先立たれて失意の中で被曝し、戦後なんとか生き延び「夏の花」等の作品を発表して、自殺するまでの三章に分かれています。全く他人との会話ができない、社会への適応能力に欠けていた原にとって、妻の貞恵との出会いは、彼の人生最高のできごとでした。しかし、結婚6年目に妻は肺結核を発症します。死に向かう彼女の傍で、原はこんな詩を書きます。

「冷え冷えとしたなかに横たはって、まだはつきりと目のさめきらないこのかなしさ。おまへのからだのなかにはかぎりない夢幻がきれぎれにただよっていて、さびれた池の淡い日だまりに、そのぬくもりにとりすがっている。」

44年9月28日、貞恵死去。享年33歳、結婚して11年と半年が経っていました。その悲しみも癒えぬ翌年8月6日、疎開先で便所に入った途端、頭上に一撃を受け、目の前が真っ暗になります。

「8月6日8時半頃 突然 空襲、一瞬ニシテ 全市街崩壊 便所ニ居テ頭上ニサクレイスル音アリテ頭ヲ打ツ 次ノ瞬間暗黒騒音」という文章を残しています。

梯は「原爆は人類史上に残る惨劇であるゆえに、それを語る声は高くなりがちである。言葉には熱狂が宿り、政治性をおびる。だが原の声はあくまで低く、言葉は静かである。」と述べています。

静謐にして繊細な文章だからこそ、悲惨な現場の描写も読めるのかもしれません。初期作品集「幼年画」(新刊1944円)を読むと、美しい文章を書く作家だったことがよく理解できます。

倉敷の蟲文庫オーナー田中美穂さんは、この初期作品集を「おそらく誰しもが持っていた『幼き日』の記憶が、春から夏にかけての瀬戸内のやわらかな風土とともに、せつなく美しく描かれている。」と評価しています。その言葉通り、美しい小説集です。

私はこの「幼年画」で原に魅力に引き寄せられて、「夏の花」を、その他の小品を読みました。そしてこのノンフィクションに辿り着くことができました。逆に本書から原民喜に入るのもいいと思います。

★連休のお知らせ 9月10日(月)11日(火)連休いたします。

 

8月28日〜9月2日までの「いまがわゆいのイラストエッセイ展」は、最終日に入れ替えを終わり「おかしなうさぎ展」と名称も新たに、いまがわさんと、すずきみさきさんの二人展として、9月9日(日)まで開催します。

すずきさんは、東京のイベントを中心に活躍中のイラストレーターです。今回は、「おかし」と「うさぎ」がテーマ。

うさぎが大好きで、飼っているうさぎさんからイメージしたストーリー性のある絵を、それはそれは丁寧に、時間をかけてボールペンで描いています。細かい線を描くのに、エッチングでもない、鉛筆でもない、ボールペンという画材は、すずきさんと相性が合っているのだそうです。自分のフォルムは、ボールペンで描ききる、絶対譲れない、という強い気持ちが、可愛いうさぎの向こうから立ち上ってくるのを感じて、絵の前に立つと、思わず見入ってしまします。

いまがわさんのイラストにも同じ事を感じるのですが、「好き!」という気持ちが画面全体からあふれ、大好きな事があるシアワセを、見ている側へ真っ直ぐ届けてくれます。

今回いまがわさんは、本への愛いっぱいだった前半の作品を全て入れ替え、お菓子大好き!!の直球勝負(可愛くて、勝負という言葉は似合わないけど)。お二人とも、小物やポストカードをたくさん持って来てくれました。ブローチ、バッチ、ハンカチ、コインケース、布バックなどどれも優しく可愛いものばかり。おかしなうさぎの世界に浸ってみて下さい。

いまがわさんは、「ドーナツの穴」「おきらく書店員のまいにち」などに加え、新作「あ」(600円)「は」(700円)のミニプレスを販売しています。すずきさんは今まで描いてきたイラストを「ちいさなおはなし」という作品集(1200円・ポストカード付き)にまとめました。この機会にぜひご覧下さい。

 

初めて京都で開催する二人展の初日9月4日は、強い台風の上陸のため、店を臨時休業させていただきました。雨風が心配ですが、どうか気をつけてお過ごし下さい。(女房)

 

 

「こんなに明るい街で、多くの人がたいして明るいと思わずに生きている。それが世界的に見て特異なことなのだという自覚が足りない。日本は世界の中でも特別に明るい、光の国なのだ」

という警告で始まるのは中野純「『闇学』入門」(集英社新書/500円)です。古来、日本人は闇を友とし、月光を愛で、蛍を楽しみ、今も続く京都の愛宕詣出の様に夜登山を平気でしていました。しかしいつの間にか、四六時中、どこへ行っても光溢れる国になっています。

著者は、その原因を戦時中の灯火管制にあると指摘します。毎日続く暗闇で怯える日々。「この戦争のせいで、日本人にとって闇は怖ろしいだけのものになってしまった。もう闇なんていらない。」未来は光の中にあると考えた昭和一桁世代が、戦後高度経済成長を牽引します。「光る東芝」、「明るいナショナル」等のメーカーの宣伝文句が、それを物語っています。

そして、部屋全体をまんべんなく照らす蛍光灯の白い光で、部屋を真白にして闇を駆逐していきました。かつては、夜明けと日暮れが交互に訪れる、光と闇のページェントを受けながら暮らしていたはずです。

「闇と光のドラマを失ったこの単調な生活は、知らぬ間に、私たちにとんでもなく強いストレスを与え続けているのではないか」

闇=悪、光=善、という見方に疑問を持った著者は、古の日本文化へと向かいます。「蜩が鳴くと、訪れつつある闇に気持ちが向かう。秋の虫の音は、闇がそこにあることをしみじみと感じさせてくれる。虫は夜の闇を呼び、夜の闇を楽しむ装置だった。」ことは、多くの文学作品にある通りです。蛍狩りなど闇があって成立する文化ですね。日本人がいかに闇から恩恵を受けていたかということを、文学、信仰、風俗等あらゆるジャンルを通して証明していきます。

試しに、夜、部屋の電気を全て消してみて下さい。暫くは真っ暗ですが、やがてほんわかと周りが見えてくる。そして、落ちつく。その当たり前のことを、この本はしっかりと見つめていきます。私たちが日頃感じているストレスも、暗闇の中にひっそりと過ごせば、解消されるかもしれません。

24時間明るい状態にしているのは何故なんだろうか、という疑問に対しては、原発だと言い切っています。夜の電力需要は、昼間に比べて激減します。原発によって生じた夜の電力供給に、どんどん余裕が生じます。深夜の電力需要が上がれば、原発の存在価値も上がる。

「原発を推進していくなら深夜にいくら電気を使ってもかまわないし、深夜に電気を使いまくることこそが、原発とお国のためになる」と結んでいます。

今夜から電気を消して、夜空を眺めてみませんか。ひょっとして円盤が視界を横切るかも……..。

なお、暗がりの美学を追求した谷崎潤一郎の名著「陰翳礼賛」の文章と、大川裕弘の美しい写真とのコラボレーション、ビジュアル版「陰翳礼賛」(PIE/新刊2052円)も店に置いています。京都の老舗で撮影された作品も何点かあります。素敵です。