2022年に出版活動を停止する予定のLIXIL出版が、今まで発行してきたBOOKLETシリーズを6月末から販売してきました。ご好評をいただきましたので、一部入れ替えて第二弾としてお届けします。様々な文化を、独自の視点で捉えて多くのBOOKLETを発行してきました。第二弾として、30数点を改めて入荷いたしました。いくつかをご紹介いたします。

滋賀県には、村内の豊作と安全を祈願して、一月から三月にかけて圏内の各地の神社で行われる「オコナイ」という祭りがあります。その全貌を捉えたのが「オコナイ湖国・祭りのかたち」(1650円)です。「オコナイ」という言葉は、平安時代の書物「今昔物語」が初見とのこと。そんな昔からの祭りが、今も形を変えながら残っているのです。

今や、電話と言えばiphoneに代表される携帯電話ですが、「電話 コミュニケーション・ジャングル」(1540円)は、ここに至るまでの電話の歴史を貴重な写真と共に知ることができる一冊です。この中の「The Telephone1876-1993」では、1876年グラハム・ベルの初めての電話による会話から、高度情報化社会の電話機までの発展史が、図版で構成されています。携帯しか知らない世代には、ぜひお読みいただきたい。また、いとうせいこうと香山リカとの対談や、宮台真司の論文「電話風俗」など面白い企画満載です。

京都在住の方なら、京大総合博物館はご存知だと思います。「科学開講」(1980円)は、その博物館にある資料の一部を見ることができます。京大の前身の第三高等学校で使用されていた教育のための機械や道具です。「顕微分光器」とか「伏角計」、あるいは「リース電気空気温度計」とか、私には何に使うのかさっぱりわからんのですが、機会や道具のフォルムがとても美しい!眺めているだけで楽しくなる器具のオンパレードです。

コラムニストとしてよく知られている山本夏彦が、1955年に創刊した雑誌「木工界」。61年に「室内」と改題し2006年まで発行されました。全615冊、52年の歴史を一冊にまとめたのが「室内の52年」(1650円)です。現場で道具を持って働く人たちの姿を見つめるというのがテーマの雑誌で、一見地味ですが、奥が深い。世の中に迎合せずに、働く人々をバックアップする姿勢は首尾一貫していました。インテリアの雑誌ながら、文芸誌のような雰囲気を作り、出久根達郎らにも執筆を依頼していたところは山本夏彦らしいと思いました。

オタク的アプローチで迫ってゆくこのBOOKLETシリーズを、ぜひ手にとってみてください。

 

★お知らせ  勝手ながら8月17日(月)〜20日(木)夏季休業いたします。

話題の日本映画「アルプススタンドのはしの方」を観ました。「笑点」の大喜利風に言えば、座布団10枚!と声を掛けたくなるセンス。

夏の高校野球予選。地元公立高校と、優勝候補校の一戦の応援に駆り出され、いやいややって来た高校生4人。アルプススタンドの端っこでグタグタと話しをしている中、グランドで試合は進行していきます。けれども、映画には一切、野球のシーンがありません。必死で応援する応援団とブラスバンドの掛け声とアナウンス、そして、カーン、コーンと時折聞こえてくる打撃音だけが試合の進行を教えてくれます。

元々、この映画の原作になっているのは、東播磨高等学校が全国高等学校演劇大会で最優秀賞を獲得した戯曲です。

この四人、落ちこぼれでも、不良でもありません。まぁ、いたって普通の、どちらかと言えば真面目な男子高校生と女子高校生です。演劇部に所属する二人の女子高校生、元野球部の男子高校生、エースピッチャーに恋心を抱く優等生の会話が続きます。何かと言えば、「しょうがない」を連発して下向きな彼らが、試合経過とともに、ちょっと上を向くという、よくある青春映画です。でも、野球のグラウンドを見せずに、野球の経過と共に、変化してゆく四人の様を描いた映画の作り方に拍手です。監督は城定秀夫。なんとポルノ映画や、Vシネマ(レンタル屋にあるアクション映画)を多数作ってきました。少ない予算、セットなしのロケ撮影という過酷な制作条件に対応してきた人だからこそ、こんな自由な映画ができたのかもしれません。

 

山尾三省、1938年東京生まれの詩人。60年代の後半に社会変革を志すコミューン活動「部族」を開始。73年には家族と、インド、ネパールへ1年間の巡礼の旅に出かけます。帰国後、77年に屋久島の廃村に一家で移住し、田畑を耕し、詩の創作を中心とする執筆活動の日々を屋久島で送りました。2001年63歳で亡くなりました。

私が、山尾の作品を最初に読んだのは、琉球大学で五日間に渡って行われた講演を収録した「アニミズムという希望」(新泉社/新刊2750円)でした。そこから、彼の島での暮らしをテーマにした詩集を読んだのです。

今回、1987年に発表された詩集「びろう葉帽子の下で」(新泉社/新刊2860円)新装版発売記念企画として、直筆原稿、アメリカの詩人ゲーリー・スナイダー氏との対談時に写真家高野建三氏が撮影した写真などを展示します。出版社からはかつて発行された珍しい本お借りできました。(こちらは展示のみです)

また詩人の生誕90年記念出版として刊行された詩文集『火を焚きなさい』『五月の風』、そして詩集『新版 びろう葉帽子の下で』の装画を担当した画家nakabanさんの作品原画をしていますので、ぜひご覧ください。(一部販売もしています。)

「びろう葉帽子の下で」の中に「ことばー斎藤正子さんに」という詩があります。その後半をご紹介します。

「あなたはあなたで わたくしはわたくしで もろともに 本当に心から好きなことばを見つけて

そのことばを大切にし そのことばを生きてゆくのが人間であり 人間社会であると わたしは思います。

あなたはどんなことばが好きですか。」

ことばを大切に扱うことが、人間の基本だという詩人の考えが伝わる作品だと思いました。 

 

詩人・山尾三省 展は、8月5日(水)〜16日(日)13:00〜19:00 (10日・11日は定休日)


									

村上春樹の短編集「一人称単数」(文藝春秋/古書1100円)は、全8編の短編が収録されています。もともと、私は春樹は短編作家だという思いが強くありましたが、熟練度、洗練度がますます上がって、名人の高座を堪能した素敵な気分になりました。

「品川猿の告白」は、とある鄙びた温泉宿に投宿した主人公の「僕」が、温泉に入ってきた日本語を話す猿に遭遇する物語です。

「猿がガラス戸をがらがら横に開けて風呂場に入ってきたのは、僕が三度目に湯に使っている時だった。その猿は低い声で『失礼します』と言って入ってきた。」

奇妙で不思議な物語が展開します。

「『お湯の具合はいかがでしょうか?』と猿は僕に尋ねた。『とても良いよ、ありがとう』と僕は言った。

その後、僕は猿に背中を流してもらい、さらに部屋でビールを酌み交わします。

「名前というほどのものは持ち合わせませんが、みなさんには品川猿と呼ばれております」

僕は、部屋で品川猿の身の上話を聞くことになるのですが、このあたり物語の進行に無駄がなく、二人の様子がくっきりと想像できる筆さばきです。

「私はいつの間にか、人間の女性にしか恋情を抱けない体質になってしまっていたのです」と告発する品川猿。少し危ない展開になるかと思えば、オチとしては、お見事!上手い!エンディング。粋で、ちょっとセンチなラストです。

音楽に造詣が深い春樹らしい作品も何篇か収められています。名アルト奏者チャーリー・パーカーと、ありえないレコードをめぐる不思議なお話「チャーリー・パーカープレイズ・ボサノブァ」。

ビートルズの「ウイズ・ザ・ビートルズ」というレコードを巧みにイントロダクションで展開した「ウイズ・ザ・ビートルズ」。シューマンの「謝肉祭」を演奏したコンサート会場での男と女の奇妙な巡り合いを描いた「謝肉祭」。

そして、自身がファンのヤクルトスワローズをテーマにした「ヤクルト・スワローズ詩集」。ここでは、大好きだったプロ野球のことを語りながら、若い日の野球観戦と、彼が創作したヤクルト・スワローズを主題にした詩が何編か紹介されます。

「住んでいる場所から最短距離にある球場でサンケイ・アトムズを応援することに決めた。住んでいる場所から最短距離にある球場で、そのホームチームを応援するーそれが僕にとっての野球観戦の、どこまでも正しいあり方だった。」

(サンケイ・アトムズは、ヤクルトスワローズの前の球団名です)

関西にいた時は阪神タイガースを応援し、東京に出てスワローズ本拠地の神宮球場近くに住んだことで、この球団を応援するという真っ当な選択。

本書のタイトルになった「一人称単数」は最後に収録されています。これは、他の作品と違う世界が展開します。歪み出した自分の心象風景に絡みとられてゆく主人公のラストは、ゾッとするものがありますが、これも春樹の世界なのですね。

「グリコ・森永事件」は、1984年3月にグリコ社長を誘拐、身代金を要求した事件を発端に、同社に対して脅迫や放火を起こした事件です。その後、森永やハウス食品など、大手食品企業を脅迫。現金の引き渡しには次々と指定場所を変更して捜査陣を撹乱し、犯人は一度も現金の引き渡し場所に現れませんでした。さらに同年、小売店に青酸入りの菓子を置き、全国に不安が広がりました。結局、犯人は逮捕されずに、事件は時効を迎えました。

この事件を元にしたのが、塩田武士「罪の声」(講談社文庫/古書300円)です。発売当時、2016年の「週刊文春」ミステリーベスト10第1位、山田風太郎賞受賞、本屋大賞第3位と、高い評価を得た作品が文庫になったので読んでみました。面白い!の一言に尽きる作品でした。

事件ものですが、刑事は登場しません。京都でテーラーを営む曽根俊他と、大阪に本拠を置く大日新聞記者阿久津英士が、主人公です。舞台は京都からイギリスへと発展していきます。

曽根俊他は、ある時、自宅で見つけたカセットテープに録音されていた音声を聞いて驚愕します。それは誘拐事件の時、使われた指示の声で、なんと子供の時の曽根の声だったのです。俺は加害者なのか?というところから、自分の家族の過去への旅が始まります。事件の背後で、崩壊してゆく家族の姿が描かれていきます。

小説の中で著者は、この事件の起こった時代をこう描いています。

「犯人グループが摂津屋へ脅迫状を送った三ヶ月後、被害総額二千億円の巨額詐欺事件を起こした豊田商事会長の永野一男が、マスコミの衆人監視の中、自宅マンションで自称右翼の二人組に刺殺された。その翌日『兜町の風雲児』こと中江滋樹が投資ジャーナル事件で逮捕される。第一次サラ金パニックの真っ只中で、拝金主義たちが時代を闊歩した。

そして『くら魔天狗』が犯行の終結宣言を出した八月十二日、五百二十四人を乗せた日航機123便が群馬県の御巣鷹山に墜落。その日を境に、人々の耳目は史上最悪の墜落事故に集まる。それから約一ヶ月後の『プラザ合意』により、日銀が公定歩合を引き下げ、日本は実体なきバブル経済へと突き進んでいく。」

登場する「摂津屋」「くら魔天狗」は、架空の名称ですが、巧みに歴史的事実を刷り込ませてあります。「グリコ森永事件」の時代がよく理解できます。

重苦しい物語ですが、ラスト、二人の男の別れのシーンが感動的です。なお、本作は映画化され、小栗旬、星野源という旬の役者が、この二人を演じるみたいです。

 

最近、京都市動物園に行かれたことは?古い動物園のイメージをお持ちの方、一度行ってください。素晴らしい場所ですよ!

京都市動物園は明治36年開園で、上野動物園に次いで古い動物園です。2008年、京都大学と連携をきっかけに、「共汗で作る新『京都市動物園構想』」を策定し、それに基づいて全面リニューアルしました。「いのちをつなぐ動物園」(小さな子社/古書1300円)は、生まれてから死ぬまで、動物達にとって住み心地の良い暮らしを模索する動物園の人たちの日々が詰まっています。

動物園の動物達がストレスなく、生き生きと暮らしてゆく環境を保持し、生活の質を向上させるのが動物福祉(アニマルウェルフェア)で、この考えは世界的な広がりを見せています。見る者が楽しければそれでいいという時代は終わりました。

2019年、京都大学と京都市動物園を舞台にして、第14回国際環境エンリッチメント会議が開催されました。環境エンリッチメントとは「動物達が心身ともに健康で暮らせるように、動物の生物学的な知見やライフヒストリーをもとに必要な要素を特定し、飼育環境や飼育管理手法に工夫を加える」ことです。その世界大会が京都で開催されたのです。

また、動物園で動物を飼育するということは、調査や研究と切り離せません。本書の様々なレポートの中に、身体障害を伴うチンパンジーの研究をしている櫻庭陽子さんのレポートがあります。京都市動物園には障害を持つチンパンジーはいませんが、彼女が研究してきた他の動物園のチンパンジーのそれぞれの障害の例を知ることができます。先進的なユニークな取り組みなども紹介されていて、収録されている写真から、彼らの日常を見ることができます。

最終章は、動物園の主役ともいえるゾウをめぐる物語です。現在、5頭のゾウが暮らしています。推定48歳の「美都」はマレーシアから、他の4頭は、ラオスからやってきました。この5頭の暮らし、そして世界のゾウの状況が語られていきます。

多くの研究者や飼育員達が、思考し、実践し、時には失敗しながらも、動物園に暮らす多くの動物達の幸せを守っている姿を知った上で、実際に訪れたら、また感じ方が変わるかもしれません。

「『怒りの葡萄』は10代必読の書です」

とは、映画に登場する図書館司書のセリフです。ジョン・スタインベックが1930年代に発表した長編小説「怒りの葡萄」は、土地を追われる農民と資本家の軋轢を描いた物語です。「パブリック図書館の奇跡」で、この一節を良い場面で使っています。とてもウェルメイドな作品で、社会体制批判を織り込みながら、成る程と納得させるエンタメ映画に仕上がっています。監督・脚本・主演はエミリオ・エステベス。「地獄の黙示録」などで有名な俳優マーティン・シーンの長男。「プラトーン」に出ていた俳優チャーリー・シーンは弟という映画一家の役者で、監督です。

舞台はオハイオ州シンシナティの公共図書館。実直な図書館員スチュアート(エミリオ・エステベス)が、常連のホームレスから「今夜は帰らない。ここを占拠する」と告げられます。大寒波で路上凍死者が続出しているのに、市の緊急シェルターが満杯で、行き場がないから、ここに泊まることを決めたというのです。70人余りのホームレスが図書館の一部を占拠。彼らの苦境を察したスチュアートでしたが、事態はそれでは収まらず、政治的なイメージアップをもくろむ市長候補の検察官の主張や、センセーショナルなメディア報道によって、スチュアート自身が危険な”容疑者”に仕立てられてしまい、機動隊が出動し、スチュアートとホームレスたちは追いつめらていきます。

「俺は本で救われた。だから、ここで働いている」とスチュワートは語ります。かつて、彼はアルコールと薬で体も心も蝕まれ、犯罪を起こし、路上生活も経験していました。そんな彼が、本を読むことで、荒れた生活から抜け出すことができたのです。

さて「怒りの葡萄」ですが、事件の中継をしていたマスコミにスチュワートがコメントを求められた時に、小説の中の台詞を語ります。ここにいるホームレス達も、小説の中の農夫達も、政府や資本家から搾取され、放り出された人たちです。だからこそ、この台詞には説得力があるのです。

占拠が長引き、警察は突入することを決めます。今回だけは反抗すると宣言したスチュワートやホームレスは、大胆な行動(これは映画を見てのお楽しみ)に出ます。上手い!ラスト。監督の才能に感服しました。非暴力、非抵抗ながら彼らの意志を鮮明にしたエンディングには拍手拍手でした。

「ここは公共図書館だ。民主主義最後の砦だ」

と、スチュワートが警察に向かって言います。アメリカでは公共図書館とは権力から表現の自由を守り、弱者の側に立つ、そういう存在なのだということを知ると、羨ましくなりました。

花田菜々子(書店員/ブックストア・エイド基金運営事務局メンバー)さんは、映画のHPでこうコメントしています。

「書店員も図書館員も慈善事業じゃない。でもいつでも弱者の側にいたいと思う。たくさんの本が私に、弱く生きる人々の美しさを教えてくれたからだ。」素敵なコメントです。

 

 

 

 

佐藤亜紀の長編小説「スウィングしなけりゃ意味がない」(角川書店/古書1350円)は、1940年代、ナチス政権下のドイツが舞台です。金と暇のあるブルジョワ階級の悪ガキ達が、敵性音楽のジャスに狂い、夜な夜なパーティを開き、酒を飲んだり、クスリでラリったり、女の子を追いかけ回したり、という物語です。

先ず驚いたのは、日本の作家がこれほど綿密に当時のドイツの社会状況を描いたことです。週刊新潮に出た石井千湖の書評の言葉にこうあります。

「ナチスがものすごく格好悪い。そのダサさに史実をもとにした綿密な裏付けがある。最高に格好いいい小説だ」

その通りで、ここまでダサくナチスを描いた小説なんて日本にはなかったと思います。

「機関銃陣地に向かって大きな声で国家を歌いながら行進する。おいちにい、おいちにい、ドイツ、ドイツ、世界に冠たる、ドイツ。そんなことをしてその馬鹿どもは一体どうなると思ってんだ。」

『ばっかじゃねえの、とぼくは小声で呟いた』」

少年たちは、愛国主義にわく母国を尻目に遊び呆けています。ところが、少年たちが馴染みにしていたレコード屋店主がユダヤ人でした。「ゲシュタポは店主を逮捕した後、店の中を捜索し、ついでにレコードを全部床にぶちまけたのだ。野暮くさいおまわりの靴に踏みにじられて、ほとんどが割れていた。」

そこで彼らが思いついたのが、海賊版の製作でした。海外の放送を傍受し、レコードを作り、闇ルートで販売してゆく。お前ら頭ええなぁ〜、と読みながら感心してしまいました。そしてこの商売が軌道に乗ってくるのです。シャンパンをかっぱらい、パーティをぶち上げ、女の子達が歓声をあげて熱狂の中、「A列車で行こう」のイントロが流れ出し、大盛り上がりの様相になってきます。

しかし、戦争は激しさを増してきます。空襲も度々あり、

「他にも数機落ちた。そのうちに一機からはパラシュートで三人が脱出した。一人は捕まったが、他は焼け出されたばかりに市民に殴り殺された」という悲惨な場面が日常化してきます。

後半、攻勢に出た連合軍の攻撃で街が破壊されてゆく様が、リアルに描かれています。著者は数多くの当時の資料を読み込んだのでしょう。破壊された街の臭いが漂ってきます。

悪ガキ達も逃げまどい、家を失って路上に放り出されます。それでも兵隊には行かず、クソッタレのナチスとつばを吐きながら、戦争の終わる日を待ちます。

最後のセリフはこうです。「解放。なんて美しい言葉だ。」

非合理で、暴力的なナチス政権下の不良少年達の、「国家なんて知らないよ」という態度が印象が残る小説です。

 

三國連太郎(1923〜2013)という役者の名前から、若い方が思い浮かべるのは、「釣りバカ日誌」に登場する温厚そうなスーさんか、俳優佐藤浩市の父親か、あるいは三國自身のスキャンダラスな女性関係のゴシップあたりになるのでしょうか。しかし、彼は間違いなく昭和という時代のエネルギーを、凶暴に表現した名優でした。貧しい時代を生きぬき、殺人者の顔を隠して名士になった男の悲劇を描いた水上勉原作「飢餓海峡」、日中戦争下の中国で、利権拡大に血道をあげる財閥の汚い仕事を不気味に遂行する男を演じた五味川純平原作「戦争と人間」(出演は第一部、第二部)、そして建前としての武士道を完膚なきまでに叩きこわした「切腹」の家老が、私にとって、映画俳優三國連太郎ベスト3です。

宇部宮直子著「「三國連太郎 彷徨う魂へ」」(文藝春秋/古書1100円)は、老境に入った彼へのインタビューをまとめたものです。一人の役者と時代のこと、そして死の淵に立つ心境を語っています。

「撮り終えたシーンを翌日、撮り直してもらうこともあります。そうすると、苦虫を潰すような顔をされる方もいますが、苦虫は何べんだって潰すべきなんです。

フィルムは無駄にした方が、勝ちだと思います。反感を買うこともありますが、人のために仕事をしようと思わないのです、僕。絶対に思いません。」

人のために仕事は絶対にしないという姿勢から、業界では扱いの難しい役者というレッテルが貼られています。

「僕は僕以外の人間に、僕の時間をもぎ取られるのは我慢できない」

自分を曲げず、押し切る。当然多くの人を傷つけてきたはず。業界に友人を作らず、いや接点を遮断してゆく。そんな男の人生の原点はどこにあったのでしょうか。

中学時代、学校のつまらなさに嫌気がさして家でぶらぶらしていたのを、父に見られ、殴られ追いかけられる。その時彼のとった行動が驚きです。

「僕は逃げて、それっきり、家に戻りませんでした。大陸へ行ったんです。目的があったわけではありません。ただ、行けばなんとかなりと思っていました。不安ですか?なかったですね」

そこからどんな人生が始まるかが、詳細に語られていきます。

傲慢不遜という言葉が当てはまるのが、こんな会話です。

「結婚は僕にとって、運命でも愛でもないんです。ひどい言い方かもしれませんが、端的に言えば、下宿生活に女が付いてという感じでしょうか」

流石に、著者は「不道徳極まりない、と思います」とやり返しています。しかし、それでもこの複雑な役者の凄みには惹きつけられます。

本書には、最後に佐藤浩市のインタビューが収録されています。彼が父親について語るのは珍しいと思います。「三国は、僕が小学五年生のときに、家を出ていきました。それ以前も、終始家にいる人ではなかたっので、生活を共にしている感覚はほとんどありませんでした。」

そして、病に伏せている三國に対して、佐藤はこう答えている「演者として立てなくなった時点で、三国は半分死んでいるんです。だから、僕は、彼を半分看取っていた。」

中身の濃すぎるインタビュー集でした。

ヨーロッパで大人気だった舞台を映画化したドイツ映画「お名前はアドルフ」(京都シネマにて上映中)がとても面白い!!

舞台は現代のドイツの大都市ボン。哲学者で大学教授のステファンと教師のエリザベスの夫婦は、ある夜、実業家の弟トーマスと恋人、夫婦の幼馴染みで音楽家のレネを招いてディナーをすることになっていました。それは、きっと知的な会話に満ちた愉快な夜になるはずでした。

しかし、出産間近の恋人を持つトーマスが、生まれてくる子供の名前を「アドルフ」にすると発表したことからその場の雰囲気はガラリと変化していきます。アドルフ・ヒトラーと同じ名前を子供につけるとは気は確かなのかと、ステファンも、エリザベスも、レネも猛反対。まぁ、当然の反応ですね。ところが、論争はここから意外な方向へ展開して、家族の秘密が暴露されていき、スノッブでインテリ階級の、その顔の下に隠れている部分が露出してきます。とうとう、レネの恋が明るみに出た途端、もう収拾がつかない状態になってしまいます。トーマスとエリザベスの速射砲のような掛け合いは大爆笑もんです。ともかく5人の俳優たちが巧い。

それまで甲斐甲斐しく料理を運び、おもてなしをしていたエリザベスが最後に爆発。おいおい、どうなってゆくんだこの家族、という展開なのですが、ご心配なく。なんと、ハッピーエンドです。

ステファンとエリザベスが住む住居のデザインが素敵です。食堂には絵画や写真が飾られ、高級なオーディオセットに、ズラリ並ぶレコード。居間にはピアノがあり、モダンなデザインの応接セットが並んでいます。キッチンも整理されていて、仕事をしながら家事をこなすエリザベスの日常が垣間見えます。カメラは、それぞれの部屋を巧みに移動しながら、この5人の口論をみせていきます。90分ノンストップで突っ走るコメディ。あなたの脳みそを揺さぶる傑作だと思います。

エリザベスの爆発には、そうだ、そうだと思われる女性も多いはず。