熊本にある橙書店店主、田尻久子さんの新刊「みぎわに立って」(里山社/新刊2052円)は、優しさに満ちた一冊です。書店を営みながら、日々の景色の移ろい、自然が見せる様々な表情、ご近所さんや、お客さんとの何気ない会話など、西日本新聞に連載されたコラムをまとめたものです。

ジャズのスタンダードナンバーに「ジェントルレイン」という曲があります。歌詞の内容はさておき、田尻さんの文章は、「ジェントルレイン」「優しい雨」というイメージなのです。憂鬱な雨が優しく見える瞬間、彼女はそれを見つけます。

「雨の本屋は気持ちがいい。本が雑音を吸収して雨音だけが響き、いつもより言葉と親しくなれた気がする。今日は、終日雨だった。みな気持ち良さそうに本をさわっていた。」

少し憂鬱な気分の日とか、なんとなく下を向いてしまう時に、この本を開けることをおすめします。幸せって、ちょっとした事で簡単になれる、豊かな時間を過ごすことができるんだ、という真理がここにはあります。地震を経験して、店を新しくして、町の人たちとゆっくりと生きて行く著者の姿が見えるようです。

この書店、店に糠床があります。「ある日、糠を混ぜていたらお客さんが入ってきた。糠床って魔法の箱見たいよねえ、入れたら何でもおいしくなって。カウンターの中を覗いて、心の底から感心するようにおっしゃる。理屈を説明するよりも、魔法ということにしておいたほうが、なんだか美しい気がした。」

お客さんと店主が、店の中で糠床を覗いている光景って、不思議だけど楽しそうです。或いは、店内に蜂が入ってきて、殺虫剤などという無粋なものを使わずに、なんとか店の外へ出そうと努力していると、常連さんが、すっと帽子で外へと誘導されたのを見て、「ほんのつかの間のことで、手際のよさにうっとりとしてしまった。」などと書いてあると、いいなぁ〜、この店と思ってしまいます。

お日様と心地よい風が通り抜け、青空に浮かぶお月様が微笑む店なんて言ってしまうと、なんかメルヘンチックですが、この店に立ち寄った人たちが、ちょっと幸せな気分を持って帰る場所なのです。人を幸せにする場所が、本屋の原点なのかもしれません。

橙書店は、熊本地震の後、それまでの長屋からビルの二階に移転しました。「外観の面影はまったくない。でも、見知らぬ場所にはしたくなかった。大切なものはすべて持っていくつもりで作った。モノも、言葉も、気持ちも。常連さんは、何年も前からここにあるみたいと言ってくださる。 どうやら、変わらず馴染みの場所であるようだ。」

店主とお客様が一緒に作っていくそんな店を、私もめざしたいと思っています。

この本を出した里山社は、女性一人で頑張っている出版社です。いい本を出してくれました。今後も応援します!

 

 

春の暖かさにつられて出てきたウサギさん。フェルトで作られたウサギの愛らしい仕草に見惚れます。ギャラリーの壁の向こうの不思議の世界から出てきたみたいです!

今回で4回目となる「棚からうさもち」さんの個展が始まりました。初日から多くのうさもちさんのファンで、賑わっています。

ウサギさんたちは進化を遂げて、一昨年個展の時より心なしかピシッと立っているようです。うさもちさんは多くの展覧会を開かれて、作り方もどんどん研究を重ねておられるに違いありません。写真上の「穴があったら入りたい」の毎回人気のシリーズも、リアルでありながら可愛さがさらに輝いているように感じました。

うさもちさんは、愛してやまないウサギさんを作ることを心の底から楽しんでいらっしゃるのでしょう。そして、製作することに真摯に向き合う姿勢が、きっとファンの方々にもしっかり届いているのです。好きなものがあって、まっすぐにそれに向かえる幸せが、こちらに伝わってきます。ウサギさんファンの熱いおしゃべりが、いつまでも続いていました。

 

また、前回から挑戦されている「球体関節人形」が、そこだけシンとした静かな空気を漂わせています。人形とウサギさんの新たなコラボが楽しみです。それと、これも一昨年の個展で、兎の口と眼だけ額から見えている新しいバージョンの「穴があったら入りたい」シリーズは、可愛いいだけではないシュールな魅力があり、うさもちさんの新たな物語が、どう続いていくのかますます期待大の展覧会になりました。もちろんお馴染みのスクーターで爆走中のウサギさんもいっぱい並びました。

作品は一部を除いて販売しております。ポストカード(150円)は、10種類揃いました。レティシア書房に春の訪れを告げるウサギさんたちに、会いにきてくだされば嬉しいです。(女房)

 

⭐️棚からうさもち「小さなうさぎたち」展  

3月19日(火)〜31日(日))12時〜20時(最終日は18時まで)月曜定休日

 

 

 

 

 

 

 

 

3月中旬ですが、まだまだ肌寒い日が続きます、そんな時に、もうすぐ春かなぁ〜と思えるような音楽をご紹介します。

先ずは、”Acoustic Brazil”(輸入盤900円)です。ブラジル音楽といえば、ボサノバ=おしゃれで、素敵なカフェで鳴っている音楽というイメージが定着してしまいました。このオムニバスアルバムは、そんな”誤解”を解くのに最適の一枚です。路上で、海辺で、ギター一本で人生の哀愁を大袈裟にではなく歌ってきたサンバやボサノバ。プリミティブでシンプルな楽器構成で歌われる土着の歌。ハートウォーミングな心地よさが溢れています。オムニバスって、二流シンガーの歌うお馴染みの曲満載のものが流通していましたが、これは違います。カエターノベローゾ、ガル・コスタ、チコ・バルキなどトップクラスのシンガーの曲が収録されています。一曲目のギターイントロから、もう春です。

春といえば桜。その桜の散りぎわにドンピシャな一枚が、ジミー・スコット「ムード・インディゴ」(中古900円)です。初めて聴かれる方は、えっ〜!えっ〜!このシンガー、これって男性の声なん?ほんとかよ?と驚かれるはずです。ジャケに写っているのは、フツーのじぃちゃんです。しかし、チャップリンの映画「モダンタイムス」に使われた名曲「スマイル」が鳴り出した途端、顔と声の違いにびっくりします。スローな歌い方が、徐々に忍びこんでくるところが曲者です。このアルバムを吹き込んだ時、ジミーは75歳。穏やかで、どこか日本的なあわれ感が出ているところが、桜の散りぎわに合うのではないかと。

3人目は、カボ・ヴェルテ出身のセザリア・エブォラの「ヴォス・ド・アモール」(中古900円)。どこそれ?と思われる方も多いかもしれません。カボ・ヴェルテは、アフリカセネガルから大西洋を西に450キロ行った先にある大小様々な島からなる国です。長い間ポルトガルの支配下にあり、かつてはブラジルや北米に奴隷を送り出す拠点でした。故に、アフリカ系音楽、ブラジル系音楽、そしてポルトガル系やら、地中海のサウンドが融合されて、独自の音楽を形成しています。はっきり言って、これはこの国の演歌です。でも、失った恋をうじうじ歌う日本のそれとは違い、カラリとした出来上がりです。私に任せなさい、みたいなドッシリとした声で、まぁ春だし一杯、という気分にしてくれます。彼女の音楽は、かなり前から聴いてきましたが、いつも安心して身を任せられます。春の宵にどうぞ。

最後のオススメは、アンカーソングの「コヒージョン」(中古1800円)。アンカーソングという人物は、イギリスを中心に活躍する日本人プロデューサーです。インドの伝統的パーカッションと、70〜80年代のインド映画音楽をベースにして作り出された音楽です。カラフルなリズムと、ダンサブルなメロディーが、春の陽気さを通り越して、初夏の風を伝えてくれます。その向こうに酷暑の夏がチラつくのがなんとも………..。

 

第31回小説すばる新人賞受賞した増島拓哉の「暗闇の底で踊れ」(集英社/古書1200円)には驚きました。著者は1999年大阪生まれで、関西学院大学在学中の大学生。北方謙三が「達者な筆で十九歳という年齢には唖然とさせられた」と帯に書いています。

お話は大阪のヤクザで若頭の山本と、元舎弟でパチンコ通いのプー太郎の伊達が、闇社会を生きる日々を綴ったノワール物です。大阪弁丸出しの小説といえば、黒川博行が傑作を連発しており、その流れやね、と軽い気持ちで読み始めたのですが、これ、ほんまもんですわ、と思わず大阪弁になってしまうほど酔いしれました。まずテンポが良い。そしてセリフのひとつひとつが面白いのです。

「ブタ箱がなんぼのモンじゃい!人間はみんなブタや!人生は所詮、泡沫の夢、幻なり!夢こそ真の世界なんじゃ」とか、「誤解を恐れずに言うと、なんちゅう言葉は、今から暴言吐くけど怒らんとってや、って宣言してるようなもんや。目上の人間に対して使う言葉と違うで。のう?」といった言葉の応酬。

宮部みゆきが「これだけの暴力と笑いを紡ぎ出した増島さんの筆力はあっぱれ」と書いていますが、笑いとシニカルな味わいが、とても新人とは思えません。

私が笑ったのは、山本のこんな台詞です。「夜景は労働者たちの命の灯火や。恋人たちの前戯の道具やない。」

プー太郎で金欠の伊達が、入れ込んでいるヘルス嬢に貢ぐために、山本の使い走りをやらされて、詐欺やら、美人局をさせられていくのですが、やがて陰惨な暴力へと向かいます。それでも、著者は笑いを忘れません。

「病気の治療を頑張ってる奴に『死んだらええ』は暴言やけど、クソみたいな理由つけて選挙に行かんやつは、ゆっくり自殺してるのと同じや。自殺進行中の奴に『死んだらええ』言うのは、ポストが赤いですねえ、って言うてんのと同じや」と、悪事の限りを尽くす極道が、選挙に行かない連中を批判して笑わせてくれます。

こういう物語って、割と予定通りの終わり方をするものが多いのですが、この作品は違いました。著者が恐ろしいほどきっちりと登場人物たちを突き放すのです。格好良さもなければ、哀感もない。これにいちばん、驚かされました。

「まだ死んでへんから生きてるだけや、あほんだら」

小説の最後のセリフがこれです。いや、お見事な一冊でした。我が母校からは、原田マハや団鬼六という小説家を輩出していますが、新しい才能が出てきました。今後に期待です。

 

 

2011年3月11日の震災をめぐる、ある日の記憶を絵本作家達が絵と言葉で振り返った「あの日からの在る日の絵とことば」(創元社1836円)は、ぜひ持っていて欲しい一冊です。あの大震災から、すでに8年。「もうすべてコントールされている」などと発言をした総理大臣は論外としても、私たちの記憶からあの震災のショックは薄れつつあります。

この本を編集したのは、いつも素敵な企画展をされているギャラリー&ブック「nowaki」の筒井大介さんです。彼は、編集者としてこう書いています。

「この本は三十二の絵本作家による、ごくごく個人的なエピソードの集積で出来ている。それは一見あなたには関係ない、もしかしたら些細に思える、あの日にまつわる、在る日の物語。 しかし、読み進めるうちに、いつしか自分を重ねる瞬間がやってくるかも知れない。自分の物語を誰かに聞いて欲しい。近しい誰かの物語を知りたい。他の誰かの抱えているものを、気持ちを、共有する事はきっと出来ない。それでも、みんなあの日から同じ地続きの日々を生きている。何かを乗り越えたりせず、ただただ抱えて生きていく。」

荒井良二、ささめやゆき、スズキコージ、原マスミ、町田尚子、ミロコマチコ、坂本千秋等々、第一線で活躍する作家たちが、あの日の、あの時を語ります。それは個人的な体験かもしれませんし、震災を直裁的に描いたものでもありません。けれども、この本に参加した作家たちは、あの日を抱えて、明らかにそれ以前とは違う今日を生きてきているのです。

私も繰り返し読んだ「希望の牧場」の、作画を担当した吉田尚令は、2013年にこの本を出した時の思いを伝えています。「希望の牧場」は、福島の原発事故で大打撃をこうむった牧場主の絶望と希望を描いた絵本で、高い放射線量の浪江町へ取材に行きました。

「2013年、森さん(注:原作者の森絵都)や僕らは牧場や牛飼いの核にある強さのなかに希望を見たように思う。それを絵本に記録しようと試みた。いずれその強さが消え去り、様変わりするのかもしれない。だけど2013年には確かにあったと信じている。それを絵本のなかに記録しようとしたんだ。こんな強さがあったのだと。」

作家たちの思いに寄り添いながら、それぞれにあの日を忘れずに生きていきたいものです。バカ高い東京オリンピックのチケット買うぐらいなら、この本をバンバン買って、お友達や知人にプレゼントしていただきたいと思います。自戒をこめて、私もこの本を側に置きます。

nowaki」さんでは、3月16日から4月1日まで、この本の原画展も開催されます。ぜひ、見に行ってください。

 

 

2007 年に創刊された小冊子『mürren(ミューレン)』は、 「街と山のあいだ」をコンセプトに、独自の視点で山と自然に関する内容をさまざまに企画したミニプレスです。

「創刊 13年目、25号を数える本年 2019 年は、小冊子と は別に、叢書『MURREN BOOKS』シリーズを創刊いたします。 著者のもつ多様な自然観に触れていただくことで、いつしか 読者の方の人生に山と自然の世界が広がっている本シリーズ がそんなきっかけになればと考えております。」そして、その創刊第 1巻は、イラストレーター安西水丸さんの低山歩き の イラストエッセイ集 「てくてく青空登山」が届きました。(1296円)

「味わい深いイラストと、飄々とした穏やかな文章 で知られる安西水丸さんは、多彩な分野に通じ、数多くの作品 を生み出し、交友も広く多くの人に親しまれましたが、一方で ひ と り 静 か に て く て く と 、小 さ な 山 歩 き を 好 む 方 で も あ り ま し た 。 本書は、生前安西さんが各雑誌や小冊子にかかれた、山歩 きに 関 するイラストとエッセイをまとめたもので す。 幼少期に遊んだ裏山を訪ね、戦国武将を慕って城跡に上り、 雨に降られ雷に追われ、山頂でお手製のおむすびをほおばり、 帰 り 道 にド ン グ リ を 拾 って は ポ ケ ット に 入 れ る 水 丸 さ ん 。 没後早 5年が経ちますが、水丸さんは今もなお生き生きと、 私たちに山登りの楽しさを語りかけてくれます。」

本書の宣伝文句をそのまま掲載しました。各地をてくてく歩かれたという安西さんですが、その中に、京都鞍馬山が載っています。夏の暑い一日、彼は鞍馬山から貴船に出るハイキングコースを歩きます。

「本殿金堂までは今まで何度か来たことはあるが、ここから奥の院に出て貴船に下るコースは、歩いたことがなかった。おそらく京都に住んでいる人でもあまり歩いていないだろう」

いえいえ、安西さん、京都人も歩いてますよ。私も何度か歩きました。「マムシ注意」の看板にはドキリとしますが。この山は牛若丸が少年時代過ごした場所だけあって、様々な牛若伝説に満ちています。安西さんは、面白いことを言います。

「ぼくはこの牛若を昔から怒れる若者と考えてきた。つまり、今の時代であるなら、家庭愛に恵まれない暴走族であり、ロックンローラーと見ていいだろう。」

騎馬軍団を率いて疾走する姿は、バイクを暴走させる若者に置き換えられるというイメージなんですね。そんなことを考えながら、杉の木が地面を這い廻っている木の根道を通り、貴船へと向かいます。貴船の川床でビールを飲む著者を描いたイラストが可愛らしい。

この本には1990年「新刊展望」という小冊子に載せた「登山少年だった頃」から、2012年雑誌「BE-PAL」に収録されたインタビュー「山に登って 話をしよう」まで全15本が集められています。中には、初出年不明のものや、どこに出したか不明のものまであります。今や、読めないもののオンパレード。ファンならずとも持っておきたい一冊です。

これからの叢書『MURREN BOOKS』シリーズ、期待度大です。なお最新号「mürren24号ー葉で包む」は、あと数部のみとなりました。お早めにどうぞ。

文庫の判型15cm×10.5cmよりも小さな本が、最近増えています。

先ずは、全4冊にもなる「タミオー日記」です。これは、タミオーさんの海外旅行の記録なのですが、表紙帯に、

「文字が小さいので、虫眼鏡のご使用をおすすめします。ページによって印刷ズレのため、文章が読めないページがあります。あらかじめご了解ください。」

と書かれているように、過剰に過剰に、さらに過剰に書き込まれているので、読めません。じっと見つめていると頭がクラクラしてきます。さらに、現地で撮影した写真やら、描いたイラストやらが縦横無尽にコラージュされていて、もうここまでくると笑うしかありません。「インドアジア編」(1650円)、「東欧と中南米編」(1350円)、「アメリカ、エベレストトレッキング他編」(1300円)、そして「ベトナム、その他アジア、メキシコ編」(2105円)。「「ベトナム、その他アジア〜」に至っては430ページ全ページフルカラーというから、おそれいります。「字が極小なので絵的にパラパラと見る、これが楽しい」とは作者の言葉ですが、しかし、よくもまぁ、これだけ世界を回ったものです。あっぱれ!

この過剰さとは、対照的なのが、箕輪要佑さんの、やはり全4冊の日記のような短編集です。スタートは2000年、第一話「アーケード」から始まり、2015年、第729話「ゆったりシート席」で、一応今のところ終了です。第一巻は「今日というより凶な今日」、第二巻「もうひとつの今日」、第三巻「みぞが埋まるくらいに」、第四巻「よくねたパン」に分かれています。

「スーパーに行く。枝豆の殻が置いてあり食べかけにしか見えないが、どうやら売り物のようである。長野県民でないと食べてはいけないらしく、店員に止められた。『素人はやめた方がいいよ』 私はながの県民ではあるが、まだ素人なので食べてはいけないのだろうか。よくよく考えると枝豆の殻なんて食べたくない。危うく騙されるところだった。」(第672話)

ほんとか?事実なのか、嘘なのか。こんな話が延々続くのですが、現実空間からふわりと抜け出させてくれるところがミソです。価格はすべて520円です。

そして当店ロングセラーはと言えば、小幡明さんの海外旅行見聞ぺーぱー”Papel Soluna”シリーズ(330円)ですね。全24冊すでに刊行されていて、「マレーシア編・韓国編」が待機中とか。20カ国以上の国々を回り、印象的なもの、興味をひいたものをイラストで描いて、冊子にしたものです。本職はデザイナーなんで、絵が上手いのは当たり前にしても、小幡さんが目を留めるものが面白い!

★レティシア書房で小幡明さんの個展を6月5日(水)〜16日(日)に開催します。上記の冊子だけでなく、ハンドメイドの雑貨なども並ぶ予定です。先行して、 4月7日(日)〜29日(月)までホホホ座浄土寺店にて、「胸に絵を灯す」と題したブローチ展が開催されます。そちらもお楽しみに。

クリント・イーストウッド監督・主演作品「運び屋」は、絶対お勧めの映画です。

現在89歳のイーストウッド。もうご老体ですが、何とまぁ元気な映画を作られました。鼻歌歌いながらアメリカ中をドライブ、モーテルに女性を引っ張り込むは、パーティではナンパするは…..。そんなノーテンキな爺さんですが、実のところシリアスなお話です。

主人公アールは、身勝手な振る舞いのせいでとうに家族からも見放された、孤独な90歳の男性です。ユリ科の名花「デイリリー」の栽培事業に行き詰まり、自宅も差し押さえられ、万事休すの状況になった時、「車の運転さえすればいい」という仕事を持ちかけられるのです。「簡単な仕事」とは、メキシコの麻薬カルテルの運び屋だったのだですが、深く考えもせず、中身を見るなという約束を守り、大金を手にします。しかし案の定、カルテルの内紛と麻薬取締局の捜索などで、危険が迫ってきます。
イーストウッド映画のセオリー通り、静かにゆっくりと物語は動いていきます。アメリカ中を麻薬を積んで旅するシーンは、西部劇風のところもあって心地良い感じが伝わってきます。車中のカーステから流れるに合わせて歌い出すと、監視のために後からついてくるカルテルのメンバーも、車に仕掛けた隠しマイクから、聞こえてくる彼の歌声に合わせて、いつの間にか歌ってしまったりと、ちょっと笑えます。
家族をないがしろにしてきたアールは、それまでの人生に後悔しながらも、なかなか家族と向き合おうとしません。そんな彼が、妻の元へと戻ってくるあたりから、映画は一気に緊張感を上げていきます。昨今のアメリカ映画の、すぐに場面転換して、刺激的なシーンを並べ立てるようなことをせず、ていねいな場面の積み重ね。あぁ〜映画を観ている、という幸福感で一杯になります。
自分の美学に酔って仕事を優先し続けた男が、家族から孤立してしまう当然の報いを受け止め、老人の孤独、悲愁、そして人生へのけりの付け方を、イーストウッドは、見事に演じていきます。長年彼を追っかけて来た身には、アールとイーストウッドが重なり、深い皺さえも格好いいと思いました。

写真集専門の出版社で、京都を拠点にしている「赤々舎」の本が出ました。「本をつくる赤々舎の12年」(産業編集センター/1728円)。出版社代表を務める姫野希美さんへのロングインタビューを中心にして構成されています。会社は堀川五条付近にあります。

「赤々舎の設立は2006年です。当時勤めていた青幻舎から独立して立ち上げました。」

美術系出版社として、京都を拠点にワールドワイドに出版活動を続ける青幻舎(当店でも二度展覧会をしていただきました)から独り立ちした姫野さんが、どうして写真集専門でスタートしたのか。写真集という、なかなか売りにくい本を専門に会社を立ち上げるのは、かなりの冒険です。因みに、私がこの出版社の名前を覚えたのは、 浅田政志 『浅田家』ですが、こんなに面白い写真集は初めてでした。

大手出版社でさえ後ろ向きにも関わらず、個性的な写真集を出し続け、写真界の芥川賞と称される木村伊兵衛写真賞を立て続けに受賞しています。若い作家をどう見出すのかという点について、インタビューに彼女はこう答えています。

「作家にとって本が表現物として価値あるものになって、世の中に問いかける手段として役立ち、表現者として社会に在るようになるまでがひと繋がりなんです。そうやって深くのめり込んだ人と仕事を続けることが多いので、ただ一冊の本をつくるというよりは、作家として丸ごと付き合うようになる。」

多分、大きい出版社では、次から次へと流れ作業的に仕事が進んで行くので、こんな強靭な関係は先ず成立しません。

「写っているものが何であれ、人の存在と社会について考えられる写真が好きです。人の営みに何か新しく触れている写真や、立っている足もとを深く考えようとしている写真に反応していると思う。」と語ります。おそらく、これが彼女の根本なのではないでしょうか。

この本は、一人で出版社を立ち上げた記録ではあるのですが、従来の出版の慣習に捉われることなく、ブレずに進んできた人の生き方を知る一冊です。編集者は、姫野さんに会うたびに「その人間の深さに圧倒され続けた。」と書いています。インタビューを通して私たちもそれを知ることになります。

今のところ、当店で赤々舎の本は取り扱いしていません。高価な写真集を売る知識も、ノウハウもないからです。でも、彼女はこれからやりたい事として、写真や美術に対して言葉を主体にした本を手掛けていきたいと語っています。小説、詩、随筆などでしょうか。それなら、当店でも販売してみたいとおもいます。

なお、本書のインタビュー・構成は、津のミニプレス「Kalas」を主宰する西屋真司さんです。

 

森見が2003年「太陽の塔」で第15回日本ファンタジーノーベル大賞を受賞した時、面白い作家が登場した!と喜び、その後の作品を読んでいきましたが、ちょっとご無沙汰していました。久々に読んだ「夜行」(小学館/古書900円)は、森見世界の集大成と言える傑作です。ファンタジー、オカルト、そして文学性が巧みにブレンドされていて、居心地の良い読書時間を持ちました。

主人公の大橋君が「叡山電車は市街地を抜けて北へ向かう。学生の頃、叡山電車は私にとって浪漫だった。夕陽に沈む町を走り抜けていくその姿は、まるで『不思議の国』へ向かう列車のように見えた。たまに乗ったときは、ひどく遠くへ旅をしたように感じられたものである。」と懐古するように、舞台は京都です。

話は、「鞍馬の火祭り」から始まります。10年前、京都の英会話スクールに通っていた年齢の違う男女5名が登場人物で、大橋君も含めて彼らが「鞍馬の火祭り」を見に行くために10年ぶりに集まります。以前、彼らが「鞍馬の火祭り」に行った時、英会話スクールのメンバーの長谷川さんという女性が突然失踪してしまいます。彼女の失踪以降、それぞれのメンバーの、不思議で恐ろしい体験をポツリポツリと語りあいます。彼らの体験に共通しているのは、岸田道生という画家が描いた「夜行」という銅版画に出会うということでした。結論は語られぬまま、読者はクライマックスへと導かれていきます。タイトル通り、私たちを夜行列車に乗せて、未知の世界へと連れて行ってくれます。

「黒々とした山かげや淋しい町の灯が流れ、通りすぎる見知らぬ駅舎の灯りが妻の横顔を青白く照らした。車輪がレールの継ぎ目を超えていく音に耳を澄ましていると、まるで夜の底を走っていくように感じられた。」

登場人物たちが集まって、過去を振り返る古典的な手法で、お話は進んで行きます。

彼らが語る物語に現れる謎はほとんどそのままで、読んでる時にふとゾワゾワとした気分になったり、得体の知れない怖さに取り憑かれたりすることもあります。その宙ぶらりんの状態のまま最終章で、旅先でぽっかりと開いた穴に吸い込まれた長谷川さんと大橋君が再会するのですが、そこで飛び出してくるのは、あり得ないような世界です。疑問に対する明確な答えがない不安感、そして不気味さに包まれて物語は幕を閉じます。

「世界はつねに夜なのよ」と長谷川さんのセリフの通り、夜の世界が支配しています。けれど、ラスト、出町柳の賀茂川べりで大橋君はこんな朝を迎えます。

「土手の石段を上がって賀茂川の方へ歩いていった。犬の散歩をさせる人や、ジョキングをする人たちが、白い息を吐いて川べりを行き交っていた。朝露に濡れた土手に腰をおろして、私はしばらく茫然としていた。冷たい朝の空気を吸い、洗い清められた美しい星を見上げた。」

夜の世界から、朝の世界へとぐるっと転換するエンディングに、深く感動しました。

 

 

 

 

 

 

 

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