人に生きる希望を与える映画って、ブレット・ヘイリー監督・脚本の「ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた」みたいな作品のことだと思います。97分間、映画の中の父娘と共に人生を楽しんでください。

ニューヨークはブルックリンの海辺の小さな街レッドフックで、うだつの上がらないレコードショップを営む元ミュージシャンのフランクと、将来の夢のためにLAの医大を目指す娘サム。サムが幼少の時に、フランクの妻は事故で死亡したため、一人で娘を育ててきました。いい加減な感じでだらだらと、17年間レコードショップを経営してきましたが、赤字続きで遂に店を閉める決心をします。ある夜、サムが作っていた曲を見つけセッションを開始して、フランクは娘の音楽の才能に気づきます。映画のタイトルにもなっている”Hearts Beat Loud”という曲を、二人が完成させてゆく様が実にいいのです。疾走感溢れる音楽に身も心もうウキウキしてきます。

あまりの曲の良さに、フランクは勝手にSpotifyにアップロード。それが人気の曲を集た”New Indie Mix”にリストインされ、たくさんの人の耳に届くことになります。大喜びして、娘とバンドを組もうと動き出すフランクですが、サムにとって描く未来は医者であって、音楽家ではありません。映画は、二人のすれ違いを描きながら、レコード店を閉める日、たった一度だけのライブを行います。わずか3曲だけのライブですが、どの曲も素敵で映画館でステップしたくなりました。

店内でタバコを吸って、客から注意を受けるようなフランクでしたが、この一夜のライブで娘を送り出し、大切にしていた音楽から離れて新しい生き方を見つけていきます。それが、友人が経営するバーで働く事でした。ラスト、女友だちにお酒を出しながら音楽の話をするところで、カメラは、「良かったね」とでも言いたげに、ゆっくりと後退していきます。「いい加減な人生」が「好い加減な人生」になっていくんだというチャーミングな終わり方です。

私は過去3回、レコードショップを閉めた経験があります。二度目、三度目はチェーン店の閉鎖だったので、従業員の解雇という苦い思い出しかありません。
けれど、最初の10坪くらいの小さな店は、当時のロックファン、ジャズファン、ディスコのDJのたまり場で、営業最終日、店の仲間やお客様とレコードを鳴らして、ビールを飲み続けました。懐かしく、そして甘酸っぱい思い出です。この映画の中で、フランクとサムが乾杯をするシーンで、父がその瞬間「ロックンロール」と言って乾杯します。私の小さな店でも、同じことを言った青年がいました。彼は今どうしているんだろうと、映画館を出た時、ふと思いました。

日本を代表する女優京マチ子死去(95歳)のニュースが先月流れました。1924年大阪生まれ、大阪松竹少女歌劇団から大映に入り映画女優デビューします。後輩格の若尾文子、山本富士子と共に大映の看板女優として活躍しました。溝口健二「雨月物語」、黒澤明「羅生門」、衣笠貞之助「地獄門」等の作品が海外の映画祭で賞を獲得し、「グランプリ女優」と呼ばれた時代もありました。

北村匡平「美と破壊の女優今日マチ子」(筑摩選書/ 古書1000円)は、ヴァンプから醜女、シリアスな作品からコメディ作品まで、多彩な作品でマルチな魅力を発信し続けたこの女優を、単に作品批評に終わらずに、下記のように生涯を括って論じています。

「肉体派ヴァンプ女優の躍進」「国際派グランプリ女優へ」「真実の京マチ子ー銀幕を離れて」「躍動するパフォーマンス」「政治化する国民女優ー国境を越える恋愛メロドラマ」「変身する演技派女優ー顔の七変化」「闘う女ー看板女優の共演/競演」

当時の日本の女優にしては珍しく官能的な香りと肉体美を前面に出す女優でしたが、その長いキャリアの中で変化してゆく姿が書かれています。

50年代後半、それまで人気女優トップの座にいた彼女は、若尾文子と山本富士子にその座を渡します。そんな現実の世代交代の構図を、そのまま映画にしたような作品が立て続けに製作されました。その中の一本「夜の蝶」(DVD/中古800円)で、京は銀座の一流バーのマダムを演じ、そこへ進出しようとする祇園の元芸者(山本富士子)と夜の銀座で激しくぶつかります。トップの座にいる女優と次の座を狙う女優のバトルを象徴するかのように、ライバル意識むき出しの演技合戦が楽しめる一本で、江戸前言葉でポンポン突きつける京と、はんなりした京都弁でのらりくらりかわしてゆく山本に圧倒されて、私は続けて二度見てしまいました。

おかげでこの映画で共演している船越英二が、トレンチコートのよく似合うヨーロッパの香りがする俳優であることも確認しました。

戦後日本を代表する俳優の一人でありながら、いわゆる日本的な美しさとは異質なものを持っていた彼女でしたが、日米合作映画「八月十五夜の茶屋」がアメリカで公開された時、ニューヨークの新聞にこんな記事が載りました。

「京マチ子は日本で一番美しい足を持っている女優で、日本のマリリン・モンローである」

 

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「世界ひとめぐり旅路録」展開催中の小幡明さんが、14日(金)19時半より、FMひらかたパーソナリティー久保有美さんと一緒に「小幡明の旅の話アレコレ」と題したトークショーを当店にて開催します。(参加費1000円/要予約)

 

 

 

吉田篤弘のデビュー作「フィンガーボウルの話のつづき」(平凡社/古書1400円)が、書き下ろし解説を含むリマスター版として復刊されました。本書は2001年新潮社より単行本として刊行され、2007年8月新潮文庫から出ましたが、単行本、文庫とも絶版になっていました。装丁はもちろんクラフト・エヴィング商會で、イラストは著者が描いています。親書を少し大きくしたサイズは、手に持った時の感触が素敵です。

著者は、この増補版に収録されている「『フィンガーボウルの話のつづき』を書くまで」で、自分の書く物語を壮大で大きな物語ではなく、「ささやかな『小さなもの』でいい。読むのに何週間もかかる大長編ではなく、子供のころに書いていたもの、仕事の合間にこっそりと書いてきたもの、そうしたごく短いものでいい、それが自分にはちょうどいいのだ。」と語ります。では、どうしたらそんな物語が出来上がるのか。

この小説は11の短編から成り立っているのですが、どの物語にも共通するのが、ビートルズの傑作アルバム「ホワイトアルバム」です。曲がどうのこうのというよりは、このレコードジャケットに印字されている6桁の数字が、大事になっています。私の持っているアルバムにも「No A 418604」という数字が印字されています。

「ひとつ、ヒントがあった。とある中古レコード店でビートルズの<ホワイトアルバム>を見つけたとき、ジャケットの

隅に打たれた六桁の数字に、ふと感じ入った。それは全世界共通の通し番号で、本当かどうか分からないが、同じ番号は二つとないという。そこから物語の入口を思いついた」

そうして出来上がった物語がこれです。「やわらかな雨の降る日に開く<レインコート博物館>」、「毎日、午後四時あたりになると、かならずそこへ閑人たちが集まって来る」という閑人カフェ、「食堂の本当の名前が思い出せない。なんというかセイロン風の名があったかと思うが、私たちは皆、『シナトラ食堂』と呼んでいた、等々不思議な店がポツリポツリとあるこの街を歩くことになります。ビタースィート、メランコリック、そして少々ペシミスティックでありつつ、ロマンチックな世界が心地よくなってきます。

いいセリフをひとつ。

「人の記憶に残ることなど、引きちぎられた紙屑ぐらいのものでしかない。それはまさしく、ちょうど<予告編>ぐらいの分量ではないか」

 

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イラン出身の監督アスガー・ファリハディの新作「誰もがそれを知っている」を観ました。「別離」「セールスマンの死」と傑作続きの監督で、今回はハリウッドのトップスターのペネロペ・クルスを迎えてのメジャー映画です。しかし英米の資本が入ろうと、この監督は自分の映画に仕上げています。

物語は、アルゼンチンに暮らすラウラ(P・クルス)が、妹の結婚式のため故郷スペインに帰省し、ワイン業を営む幼なじみのパコや家族との再会から始まります。結婚式の後に催されたパーティーのさなか、ラウラの娘イレーネが失踪してしまいます。必死に探すのですが、手掛かりすらありません。まもなく巨額の身代金を要求するメッセージが届き、ラウラは不安と絶望で、焦燥します。結婚式に来ていなかったラウラの夫もアルゼンチンから駆けつけるのですが、疑心暗鬼に陥った家族の間で、長年隠されていた秘密がじわりじわりと露わになっていきます。なぜ犯人は10歳の弟ではなく16歳にもなる娘のイレーネを誘拐したのか。

と、こう書くと誘拐された娘の救出劇のようですが、映画はそこに重心を置かなくなるというか、どうでも良くなってくるのです。娘の誘拐で炙り出された過去が、登場人物の心理に深い影響を与える様子をじっくりと描いていきます。ダイアローグを積み重ねたえも言われないスリリングな展開が、この映画の醍醐味です。善悪だけでは割り切れない現実。きっと家族は、あるいは世界は、そんなものに満ち溢れていることを見せてくれます。事件は一応解決するのですが、彼らの肩には、重たいものがズシンと残ったままです。

映画が始まって数十分間、幸せ一杯の家族の姿が、これでもかこれでもかとキラキラと眩しいくらいに描かれ、後半になって、過去の因果が主人公たちに覆いかぶさって来る辺りからの演出は、ファリハディ監督の真骨頂でしょう。幸せそうだったラウラが、憔悴しきった表情に様変わりしてゆくペネロペ・クルスの演技が見事でした。

作家池澤夏樹は「若い恋の果実がずっと後になって中年を襲う。 巧妙なプロット、達者な役者、見事な映像。 映画って、こういうものだ。」と映画の公式HPにコメントを寄せています。

ちなみにファリハディ監督は、「セールスマンの死」でアカデミー外国映画賞を受賞した時、トランプのシリア難民の受け入れ拒否と、イラクやイランなどの中東7カ国からの入国一時禁止の大統領令に署名したことに抗議して、式には参加しませんでした。

最近リリースされているミシマ社の新刊は、眠っている脳みそをハンマーで殴って、刺激を与えてくれる本が多いように思います。森田真生著「数学の贈り物」(1728円)、松村圭一郎著「うしろめたさの人類学」(1836円)そして、最近出された安田登著「すごい論語」(1944円)も、そんな一冊でした。

今から2000年以上も前に、孔子の言行を弟子たちがまとめたのが「論語」です。「子曰く」で始まるアレです。あぁ、早くも辛気くさそうな気配がしてきますが、孔子の研究者ではない三人の著名人が、著者の安田と語り合うというスタイルを取っているので読み進めることができました。その三人とは、音楽家で作家のいとうせいこう、宗教家の釈轍宗、情報学のドミニク・チェン。安田も本職は能楽師ですので、これまた論語の専門家ではありません。

で、これを読んで論語がわかったかと問われれば、理解できないことも多々ありました。しかし、なんだかもうメチャクチャ面白い。いとうせいこうとは、「『論語』に『音楽』を投げてみる」というテーマでスタートするのですが、

安田 「あの、本題からどんどん離れちゃっていいですか?」 いとう「どんどん行きましょう。僕もそういう方向に話を展開していますから」

という具合に、四方八方へと話題が飛びまくるのです。論語で音楽を意味する「樂」という言葉を巡る話から、笑いの話へと移行し、いとうが「『樂』の対象はもともと先祖だったんですね。芸事の基本は先祖を喜ばせることにあるっていうのは、僕はすごくしっくりきます。」と発言し、客席の一番前を笑わせているのはたいした事のない芸人で、大向こうの客を笑わすこと、それは延長すれば、そこにいない人、すでにこの世にいない人を喜ばせる感覚を理解しているという言葉に対して、

安田「なるほどまさに、『樂』を届かせようとするのは、いまここにいない人です。そこに届かせるところから、『樂』や芸事は始まったという事ですね」

と答えています。もう、ここら辺りは芸とは何かみたいな論議です。

三人の中で最後に登場するドミニク・チェンは、一番知名度が低い人だと思いますが、彼が言った「ヒューマン2.0」を巡ってのスリリングな対話は、脳みそガンガンとやられます。とても私には要約できませんので、本文をお読みください。

読み終わって、アレ?論語の本読んでたんだよなぁ、と再度タイトルを確認しました。頭脳明晰な人たちの会話って、これほど刺激を受けるものなのだ、ということを見せつけられた一冊でした。

著者とは、一度ミシマ社のパーティーでお会いして、少しお話をさせていただきましたが、何事にも興味津々という知性の塊のような、面白そうな方でした。そのイメージ通りの本です、これは。

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小幡明(Obata Mei)さんは、2010年から手描きの「Papel Soluna」という新聞型ミニプレスを発行しています。レティシア書房でも人気の冊子です。世界を一人で旅して、そこで出会った人々、食べ物、風景、歴史、建物などが、絵と文で綴られていて、上手いな〜といつも思っていました。本人が好奇心いっぱい元気一杯で、初めてのことを楽しみながら描いているので、読む方も楽しい。

今回その原画が展示されています。ペンで輪郭を描き、色鉛筆で着色してありますが、細かい味のある線に改めて魅了されました。ミニプレスやグッズをあまりに上手に作られるので、そちらに目が奪われますが、彼女は素晴らしい絵描きさんだとつくづく思いました。お話を聞いてみると、大学で銅版画を専攻していたそうです。

そして「Papel Soluna」(330円)の全ナンバーがずらりと並びました。これまた壮観です。一つ一つに面白い体験が詰まっています。「Papel Soluna」ファンの方も、彼女の絵をご存知ない方も、ぜひご覧いただきたいと思います。最新号もご用意しております。ところで、「Papel Soluna」というのはどういう意味だと思います?Papelはスペイン語で紙。 SolunaのSolは太陽を意味し、lunaは月のこと。小幡さんの名前「明」を分解すると、なんと太陽と月。いわば小幡さんが楽しんで描くペーパーというわけです。

旅先から小幡さんがご両親に出したハガキ(写真右)も楽しいです。元気に旅している証拠に行く先々からスケッチを送られているのですが、表に貼ってある各国の切手も美しい。こんなハガキが外国から届いたら嬉しいでしょうね。彼女の作るミニプレスの原点のような気もします。

この展覧会では、手作りの陶器のブローチ(3780円〜)、手ぬぐい(1750円)、ミニノート(400円)、すごろくセット(2330円)、ポストカード(220円)の他に、台湾で仕入れたバッグや封筒など可愛いグッズを販売しています。「Papel Soluna」の雰囲気そのまま丸ごと展示したようなウキウキ感いっぱいの『世界ひとめぐり旅路録』をどうぞお楽しみください。

なお、展覧会中に旅のトークイベントを下記の通り予定しております。興味のある方どうぞお越しください。(女房)

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本に関する書籍を発行している神戸市の出版社、苦楽堂の作品はユニークです。

先ずは、3冊シリーズで出版されている「次の本へ」(1944円)。様々な人たちが紹介する「面白い2冊目」とどう出会うかを集めたユニークな本です。一冊は読んだ、しかし次にどんな本を読めば良いのかをわからないという方々へ、こんな本からあんな本へと繋がったということを紹介してくれます。フランクルの「夜と霧」から、同じ著者の「それでも人生にイエスと言う」という繋がりは、成る程と思いました。坪内祐三「靖国」から赤坂真理の「東京プリズン」も戦後を考えるということでは納得です。でも、中にはそっちへ向かうのかとびっくりさせてくれるものも沢山あります。

この本は売れたので、第二弾「「続・次の本へ」(1620円)が登場しました。山崎ナオコーラ、山折哲雄、最相葉月などの著名人も参加、さらにヒートアップしていきます。第三弾「次の本へ しごと編」(1728円)は、少し切り口を変えて、囲碁棋士、映画館支配人、喫茶店店主、遊覧航海士、ラジオ記者など、様々な仕事をしている人たちが、一体どんな本を読み繋いでいるのかを集めています。元保育士の方は、「怪獣大図鑑」から「特撮秘宝Vol.1」へ。コンサートホール企画に携わる人は、「戦後日本のジャズ文化」から「芝居上手な大阪人へ」などフムフムの連続です。

さて、こんな本出すのか!とびっくりしたのが「スリップの技法」(1543円)です。「スリップ」は、新刊本に挟まれている栞みたいなもので、新刊書店で本を買うと、このスリップは店員が抜き取ります。集まったスリップをもとに在庫のチェック、発注や売場の管理に使います。業界人以外にこんな本読むの?と半信半疑で置いてみたら、数冊売れました。お買いになられたお客様に書店関係の方ですか?と聞くと、「いいえ、でも面白そうだから。」というお返事に、そうか〜面白いと思う人がいるんだと感心しました。

もう一冊。「真っ直ぐに本を売る」(1944円)は、出版社から直接仕入れをしたり、もっと簡便なやり方で本を仕入れるやり方を説明した本です。これまた本屋さん以外の人は読まないのかと思っていると、違う商売の方が買われたり、メディア関係の方が買われたりと面白い売れ方をしている本なのです。

およそ一般向けとは言い難い本を出版する、苦楽堂を応援していきたいと思っています。

レティシア書房連休のお知らせ

誠に勝手ながら、6月3日(月)4日(火)連休いたします 

 

今年87歳の小林信彦は、最も敬愛する作家の一人です。教養、大衆芸能への知識、文学的技量に加えて、ユーモアと笑いのセンスを兼ね備えた作家です。この人の映画論、コラムに駄文はなく、作品の評価も的確で信頼していました。週刊文春で連載されていた「本音を申せば」は、楽しみでした。80歳を超えた作家が、広瀬すずや、橋本愛を語るのですからね。ただ残念ながら、体調を理由に休載中です。

小林が2003年に出した「名人」(文藝春秋)が、朝日新聞社から文庫で再発(古書300円)されました。しかも1981年「ブルータス」に収録された古今亭志ん朝との対談も再録されています。「名人」というタイトルからわかるように、これは江戸落語を代表する古今亭志ん生と、その息子志ん朝について書かれたものです。米朝一門に代表される上方落語は見たことがありますが、江戸のは実際に見たことがありません。だから、この本はとても興味深く読みました。

落語に興味のない人は、後半かなりページを割いて書かれた「落語・言葉・漱石」をどうぞ。「夏目漱石と落語」と題された章では、漱石の「我輩は猫である」と落語の世界を様々な角度からアプローチしていきます。

「江戸芸能を源流とするもっとも洗練された笑いが、じかに西洋に触れてきたもっとも知的な作家の筆によって蘇ったのは、明治文学史上の大きな皮肉である。」

「文学の中に<厳粛な真実・人生>のみを求めた(同時代の)自然主義作家の作品の大半が読まれなくなった今日、『猫』は依然として読み継がれている。それも、<教科書にのっているから読まれる>古典のたぐいではなく、ぼく自身が体験したように、もっとスリリングで白熱した読書の時を過ごすことができる。このような作品を古典の枠内に閉じこめておくのは読書界にとって大きなマイナスである」

というのが小林の「我輩は猫である」評価の核心です。

最後に収録されている対談で、志ん朝が「芸」の定義をこんな風に語っています。

「芸というのは、やはり聞いている人に魔術をかけるというか、何もないのに本当に飲んだように見せたりという、まやかしに近いものでしょう。まやかしに近いものというのは、精一杯やっちゃうと、相手はまやかされないんですよ」

至極名言です。余裕のないところに良い芸はない。それは小説も一緒だと小林も賛成しています。

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前田亜紀著「カレーライスを一から作る」(ポプラ社/古書750円)が面白い!カレーライスを作る本のどこが面白いの??とお思いの方、これ単なるレシピ本ではありません。

カレーを作るなら、まずスーパーへ行って、具材を買い調理し、ご飯を炊いて盛り付けて、はい終わりというのがフツーですが、ここで作るカレーライスは、すべて一から作ってゆくのです。つまり、

1.野菜を種から育てる 2.お米を苗から作る 3.肉となる鳥をヒナから育てて、屠殺する 4.塩、スパイス、器もスプーンも一から作ってゆく

というカレーの作り方です。

提案したのは、「グレートジャーニー」で有名な冒険家の関野吉晴。で、それを実行したのがドキュメンタリー番組制作者の前田亜紀。実際に作ったのは武蔵野美術大学の学生たち。期間は1年間。4本足の動物は一般人は殺せないので、2本足の鳥なら大丈夫。なら、鶏よりダチョウが面白いと、ダチョウカレーに決定します。総勢150名ほどが参加した、奇妙なプロジェクトのスタートです。

ここで、関野はひとつ提案します。「作物をなるべく自然に近い形で育てようという提案だ。野菜や米をより早く、より大きく育てるための化学肥料や、害虫を防ぐための農薬は一切使わないやり方で作ってみよう」というものです。しかし、畑仕事もしたことのない、ましてダチョウなんて飼ったことのない学生たちです。次々とトラブルやら、難問が押し寄せてきます。ダチョウのヒナが全部死んでしまい、ここで、熱が引いたみたいに多くの学生が去っていきます。しかし、プロジェクトは続きます。

「一から作る」という関野の言葉には彼の自然への思いが込められています。

「私たちは自然のものを『ゼロから』作ることはできない。種から植物を育てることはできる。生まれた動物を大きく育てることもできる。でも、何もない『ゼロ』から、種や命を生み出すことはできない。だから、始まりは『ゼロ』ではなく『一』なのだ。自然から生み出す大事な『一』」

『一』からスタートしてゆくことで、命を見つめ、社会を見つめるのが、このプロジェクトの原点です。実際、最後まで付き合った学生たちの社会を見る目が変化してきているのです。

関野は「体を通して学んだことは、すぐに結果は出ないし、そもそも、すぐに身につく知識を教えているつもりはない。」と考えます。そして、その体験から10年ぐらい経過した時に、ああ、あれは、こういうことだったんだと分かってくれればいい、と。

「答えはすぐに出なくて良い。いつまでも待つ。それが関野ゼミなのだ。」

蛇足ながら、著者は「カレーライスを一から作る」というタイトルで劇場公開映画を作ってしまいました。

 

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「なnD7」(972円)は、「なんとなく、クリティック」、「nu」、「DU 」の編集者三人が集まって作ったミニプレスです。それぞれの雑誌の頭文字を取って作った雑誌です。最後の「7」は7号の意味です。

本好き、ギャラリー好き、音楽好きには刺激的な記事、インタビューが満載です。最近話題のケイト・ザンプレス著「ヒロインズ」を翻訳して、自らが主宰する翻訳・出版プロジェクトC.I.P.Booksから出版した西山敦子さんの元へ、近代ナリコさんがインタビューにゆく記事が巻頭にあります。

近代さんはこの本を、文学の本質、作家という職業の意味、ジェンダーなど、多くの問題を詰め込みながら、「書くことから疎外された女の人たちの歴史を追っている評伝でもある。しかも、そのスタイルを壊すような評論家という客観的な立場から対象化して何かを評論する方法も、ひっくり返して書いていますよね」と評価しています。ザンプレスと一歳違いの翻訳者の西山さんと、熱っぽい対談が始まります。

暫くページをめくっていると、夏葉社代表島田潤一郎さんが登場。島田さんは、夏葉社としての出版活動とは別にインディーズレーベル「岬書店」を立ち上げ、その第1作として本人が執筆した「90年代の若者たち」(1404円)を刊行しました。なぜ、インディーズレーベルを立ち上げたのかを語っています。インタビューの場所が、書店「title」さんに納品にゆく道すがらというのが島田さんらしくていい感じです。「綺麗な本を作る、美しい出版社」という夏葉社のイメージに対して、島田さんは「くすぐったいところはあるんですよ」と話し始め、こう続けます。

「綺麗な装丁の美しい本って、洗練されているようで非常に保守的だし、排他的なんです。綺麗な本作りって、雑味のようなものをどんどん省いていけばできるし、そんなに難しいものではなくて、少なくとも僕以外の人でもできる仕事で、そこにあまり未来はない」

だから自由な雰囲気で表現できる場として、岬書店を立ち上げたということです。私は90年代の若者ではありませんが、この本は面白かった。以前ブログで紹介しましたので、ぜひお読みください。

さらに読み進めてゆくと、神戸元町の古書店「1003」のオーナー奥村千織さんが登場します。元司書の彼女が、何故、古書店を立ち上げようとした のか、その後押しをしたのが岡本太郎の著書「自分の中に毒を持て」だったことなど、興味あるお話ばかりです。こんな風に、様々な場所でユニークなコンセプトでお店を始めた人たちの話が満載です。文庫サイズなので、持ち運びも便利ですよ。

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6月5日(水)より「世界ひとめぐり旅路録」展をされる小幡明さんが、14日(金)19時半より、FMひらかたパーソナリティー久保有美さんと一緒に「小幡明の旅の話アレコレ」と題したトークショーを当店にて開催します。(参加費1000円/要予約

 

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