「もしも/人の身体に鋼の刃がくいこんで/人の血が流れたとしても/それはそのうち/夕陽の鮮やかな色を浴びて/そして明日には/その血の跡を 雨が洗い流してしまう。/それが意味するものは、たぶん命をかけた諍いに/けりがつけられたという/ただそれだけの事。/暴力からはなにも始まらないのに。/一度だって、なかったのに……./この怒り狂った星の上で/生を受けた全ての命が/とてもとても/脆くて壊れやすいものだということを/決して忘れたりしてはならないのに」

朝鮮半島や中近東で睨み合っている政治家たちにぜひ読ませたい詩句です。これ、ロックシンガー、スティングの名曲「フラジャイル」です。

音羽信の著書「愛歌」(未知谷1800円)は、60年代から最近までのロックの曲を取り上げて、歌詞の一部をもとに、その時代がシンガーに与えたものを解説したものです。ロックを全く知らない人にこそ読んでもらいたいと思います。戦争、飢饉、暴動、差別等々、様々な形で牙を剥く暴力を、歌い手たちがどのように受け止め、歌ったのかが語られています。

1992年、ボブ・ディランレコードデビュー30周年コンサートで、ゲスト参加していたシニード・オコナーという女性シンガーが、恐ろしい程のブーイングを受けました。彼女はその直前に、幼児虐待に対するバチカンのローマ・カトリック教会とローマ法王の姿勢に抗議したため、全米から批判され、このコンサートでも起こったブーイングでした。彼女は騒然として歌う事が出来なくなった会場で、毅然とした態度で、たった一人歌いました。

「あらゆる人種差別、階級差別、幼児虐待。基本的人権を侵害するあらゆる差別や暴力が根絶されるまで、世界はどこだって戦争状態にあるんだ。それらが撲滅されるまで、私は戦う」

これは、ジャマイカを代表する歌手、ボブ・マーリーの「WAR」の一部でした。著者は、「こんな客をつくるためにロックがあったのではなかったはず。」とこのブーイングに憤慨しています。

著者の音羽信は、70年代に一枚だけアルバムを発表して、スペインに住まいを移し、音楽シーンから消えた人物です。そんな彼の、いわば、ロックと共に生きた半生記です。でも、音楽ファン向けのレコード紹介でもなければ、マニア向けの些細な情報本でもありません。

多くのロッカーが歌った愛歌は、「人や人生を愛し、自分や誰かを含めたみんなが、今よりすこしでもマシになることを願って歌われた、人が生きる場所の今と明日と、そこにあっていいはずの美を愛する歌」だと断言しています。かなりベタな言い回しですが、真実であることは間違いありません。

 

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 19日(水)〜23日(日) 上仲竜太イラスト展「ひとり旅」を開催します。

1930年、京都生まれの評論家渡辺京二さんは、熊本に住んでいます。その彼が、熊本在住の「近くにいて『気になる人』、昔から知っているけどもっと知りたい『気になる人』」とのインタビューをまとめたのが、「気になる人」(晶文社1300円)です。ちなみに本の装幀は、京都在住の矢萩多聞さん。

本好きなら、ここに登場する二軒の本屋さんを知っておられる方も多いと思います。新刊書店を扱う「長崎書店」(熊本市内のお店)と、カフェと雑貨と新刊書を扱う「橙書店」です。熊本に行く機会があれば、私も是非訪ねたい本屋さんです。

「橙書店」は村上春樹が訪れて朗読会をした小さな書店。店主の田尻久子さんは、それまでの会社員生活にピリオドを打って、2001年カフェをオープン。その6年後カフェの隣りに6坪程の小さな書店を開きました。海外文学、詩集等をメインに取り扱っています。彼女は本屋さんで仕事はしていませんが、本好きを唸らせるセレクトらしいのです。(見てみたい!)

最近オープンしている個性的書店は、古書メインが主流ですが、彼女は新刊を選びました。その理由が明快です。

「みんながみんな古本屋ばかりしちゃったら、今、現存している作家で食べていこうという人たちはどうやって暮すんですかって思うんですよ。」

大手新刊書店がつまらなくなっていく現状で、これはとれも重い発言です。

なお、橙書店は熊本を襲った地震で被災しましたが、多くの人達の協力で再開。看板猫のしらたまも戻ってきたとの事です

もう一軒の「長崎書店」は創業125年を迎える老舗書店です。2009年、4代目社長に就任された長崎健一さんが、個性派書店に大きく舵を切りました。そして、書店経営の思いをこう語っています。

「やはり、書店は自主的な仕入れの割合を高めて棚を作り、棚を通して読者と対話していかなけらばならない」と。

そうなんです。私が在籍していたチェーン店も商品部主導に傾いて、何度も衝突しました。書店の力を削ぐことになると進言したこともあったんですが、力不足でした。

その長崎書店で、「売りにくい」人文書を担当している児玉信也さんが著者と話し合います。書店の棚割から、人文書は店舗の奥に配置されるのが常識です。しかし、この書店は一番前に持ってきています。「ほかの書店にない本から置く」というポリシーからです。一冊の本を通して、客とのコミュニケーションをどう深めてゆくかを探っていくのですが、これは本屋だけでなく、物を売り買いするすべての人にとって、最も大事なことです。

あまりの忙しさに、お客さんと話をすることが煩わしかった私は、そんな書店員時代を反省しています。

この本には、他にも建築家坂口恭平さんなど、個性的な方々が登場されます。「小さいが、まぎれもなくその人の場所を持っている人々」と帯に書かれています。人生で、自分の場所を持つってこんなにステキな事なんですね。

 

 

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イラストレーターで漫画家だったフジモトマサルが、47歳の若さで亡くなって約2年。彼の本に、「聖なる怠け者の冒険 挿絵集」(朝日新聞社900円)があります。これは森見登美彦の新聞連載小説「聖なる怠け者の冒険」に発表された挿絵を一冊のまとめて、その絵ごとに、森見とフジモト両氏の楽しいおしゃべりのようなコメントを載せたものです。

学生時代を京都で過ごした森見は、舞台を京都に設定しているようです。小説の本文がない分、物語を想像してみていくと、フジモトの画もなんだかおとぎ話風で面白いのです。四条烏丸付近とか、四条大橋西詰めの交番、或は廃校になった立誠小学校とか、京都の人ならお馴染みの場所が、独特のフジモトタッチで描かれています。

こんな店あるねえ、と思わせるのが「蕎麦処 六角」。フジモトのコメントはこうです。

「これは実在しない架空の蕎麦屋さん。しかし設定上の高倉通りにあってもおかしくないような、それらしい店構えを考えて描きました。」

レティシア書房の前を南北に走るのが高倉通りなのですが、側にぜひあって欲しい蕎麦屋です。

四条大橋にある有名な「レストラン菊水」屋上から見る繁華街のネオンがあり、ひっそり佇む柳小路の八兵衛明神とかあんまり知らない場所も登場します。異次元にある京都をフラリ、フラリと歩いた不思議な気分になります。

さて、もう一冊ご紹介するは、「この世界の片隅で」が大人気のこうの史代の「日の鳥」(日本文芸舎650円)です。妻を探して東北を旅するニワトリの眼を通して、東北の今を描いてあります。

ニワトリは震災後5ヶ月、9ヶ月、そして1年、1年半、2年と旅を続けますが、何故、ニワトリが妻を探して東北を旅するのか?ということはさておき、巧みなデッサン力で、震災後の東北の姿が描かれていきます。震災の爪痕はもちろん描かれていますが、東北の様々な景色を丹念にスケッチした画集と呼びたい一冊です。

「この世界の片隅で」は、何気ない日常の風景の中に忍び込んでくる戦争の恐怖を浮かび上がらせていましたが、その作風は「日の鳥」でも見ることができます。何気ない街や自然の姿の中に、破壊の爪痕が垣間見えます。誰もいない風景が、生活の場を奪われた人々の悲しさを表現しています。そのままリアルに写し取った現場の写真以上に、もしかするとインパクトがあるかもしれません。

 

 

 

 

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アイヌ民族に伝わる「イオマンテ」という儀式をご存知でしょうか。

彼らは冬の終わりに、ヒグマを狩る猟を行います。冬ごもりの間に生まれた小熊がいた時は集落に連れ帰って育てます。やがて、成長して(大体3年間)大きくなったら、集落をあげての盛大な送り儀礼を行い、そのヒグマを屠殺し、解体してその肉を人々にふるまう。この儀式は、ヒグマの姿を借りて人間の世界にやってきたカムイ(神)を一定期間大切にもてなした後、神々の世界に返すものと解釈されています。ヒグマを屠殺して得られた肉や毛皮は、もてなしの礼としてカムイが置いて行ったもので、集落すべての人間に分配されます。。地上で大切にされた熊のカムイは、天に帰った後も再度肉と毛皮を土産に、また戻ってくる。それが村の豊かさになる。

そのイオマンテの物語を寮美千子が描き、それを英語版にして、小林敏也のステキな絵と共に出版されたのが“The Ainu and the Bear”(R.I.C.Publications1600円)です。

“I am a newborn bear”という文章で始まるこの物語は、人と自然は共生している、というアイヌの知恵と思想を教えてくれます。英語は、平易です。しかも、CDが付いていて朗読を聴くことができます。耳と眼からこの美しい物語を味わってください。

さて、この本の中に、「キムンカムイ」という言葉が登場します。

「キムンカムイ」はアイヌ語で「クマ」を意味し、「山の神」ということを表現します。こんなアイヌ語を含めてアイヌを特集した雑誌「TRASIT34号」(800円)が入荷しました。 アイヌ文化の紹介、今を生きるアイヌの末裔たちの姿、ヘイトスピーチまでも含めた彼らを取り巻く諸問題まで取り上げられています。

この雑誌のもう一つの特集は「極北の夜空を見上げよう オーロラの煌めく街へ」です。オーロラの科学的解説に始まり、フィンランド、アラスカ、グリーンランドを訪ね歩いて、その美しさを捉えています。以前このブログで紹介した写真家かくたみほさんの新作「MOIMOIそばにいる」の中でも取り上げられていた、北欧の少数民族サーミやイヌイットが紹介されています。

アラスカと云えば、星野道夫を外すことはできません。写真家石塚元太良が、アラスカの星野の自宅を訪ねた時の思い出が載っています。本棚の写真を見ていると、彼の読書の幅の広さが伝わってきます。ねじめ正一の「高円寺純情商店街」も読んでいたんだ。

 

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賢治の絵本が2点入荷しました。

くもん出版が出している「宮沢賢治絵童話集」の第一巻(900円)は、ねずみが主人公の3編「ツェねずみ」「鳥箱先生とフウねずみ」「クンねずみ」と「どんぐりと山猫」が収録されています。ねずみ3編の絵を書いているのが、イラストレーターの飯野和好。クローズアップや、デフォルメされた映画的な構図で絵本の世界に引っぱりこまれます。そして「どんぐりと山猫」は司修が担当。こちらはハッとする色彩に溢れた絵で、主人公のやまねこって、こんなに女性っぽかったの?と原作を再読してしまいました。

もう一点は、「竜のはなし」(戸田デザイン研究室700円)。宮沢賢治のそんなタイトルの童話あったけ?と首を傾げましたが、これ、遺族の了解のもと、「手紙一」を改題したものです。内容的には、「よたかの星」、「グスコーブドリの伝記」に繋がる”自己犠牲”が主題になっています。戸田孝四郎の絵が、悲しくも美しい物語を見事に具象化しています。主人公の竜の変わり果てた姿が強い印象を残します。賢治自身が「このはなしはおとぎばなしではありません」と残しているところから、仏教的な説話を目指したのかもしれません。

賢治の傑作詩集「春と修羅」(日本図書センター2500円)の再発版も入荷しました。この詩集は、大正13年4月、東京の関根書店というところが発行元になっていますが、実質はほぼ私家版です。1000部発行の、当時のミニプレスみたいなものなので、この詩集のオリジナルなんて見ることは少ない本です。再発版もきちんと函に入っていて、オリジナル仕様に出来ています。

「四月の気層のひかりの底を唾し はぎしりゆききする おれはひとりの修羅なのだ」というカッコイイフレーズがよく引用されますが、なかなか理解できるものではありません。何度も読み返しました。長編詩「小岩井農場」で、賢治に散々引っぱり回されて、幻想の彼方と現実が交差する世界で立ち往生しましたが、それでも何度でもトライしたい詩集です。書き込み、線引きするなら、この再発版が便利です。

もう一点、金子民雄著「宮沢賢治と西域幻想」(中公 /絶版600円)をご紹介します。法華経を深く信仰していた賢治にとって多くの仏典が発見された西域は、永遠の憧れの場所でした。彼の作品や、詩に登場する西域を例示して、その意味を考察しています。タリム盆地からパミール、インド、ペルシア、さらに賢治は中近東までを視野に入れて、多くの物語を書いています。もちろん彼は、この地方を旅したことは全くありません。彼の心象に立上がってくるイメージをもとに描いていったのです。

 

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ミア・ハンセン=ラブ監督、イザベル・ユベール主演の「未来よ、こんにちわ」は、のっけから驚かされるフランス映画でした。

ユベール演じる高校の哲学教師が学校に行くと、学生がストライキ中。フランスの労働政策への不満をぶつける学生達の間をすり抜けて先生が登校します。でも、学校側が学生たちを弾圧するでもなく、ましてや警察なんてどこにもいません。そんな事もありますね、みたいな感じで授業開始。とても、今の我が国では考えられません。

または、この教師の娘が父親と会話するシーン。喋りにくそうにしている娘にむかって、父親が「妊娠か?」と問いかけます。そうではない、と答える娘に「じゃあ何だ?」。娘は「お父さん、浮気しているでしょう。その女性かお母さんかどちらか選択して」とズバリ斬り込みます。

映画は、そんな事こんな事おかまいなく、テンポ良く進行していきます。哲学教師どうしの熟年離婚になってしまった女性は、夫の告白に唖然としながらも、淡々とした雰囲気で生活を続けます。別れ話を持ち出した後、夫が贈った花束を、何よこれ!と捨てるシーンにだけ、感情が爆発しますが。

老いて、少し認知症のある母親と主人公の確執だけでも、一本映画になりそうな展開なのですが、これまた、淡々と描いていきます。そういうことも、こういう事もあるのよね、と時の流れを受け入れて生きる一人の女性を描いていきます。ラストもフランス映画的なエンディング。出会いがあり、別れが来て、今日が終わり、明日が始まる、私の人生にも、アナタの人生にも。だから、頑張りましょうなんて野暮なことも言いません。名曲が彩りをそえてエンドマーク。

突き放すわけでもなく、べったり寄り添うわけでもなく、人が生きるのは、こんなもんよ、目の前の一つ一つを、その時々に、自分の頭で考え選んでいく。おひとりさまは自然な事、でも愛しい私だけの人生、をスケッチ風に描いた映画です。

社会学者の上野千鶴子は、この映画をこう評価していました。「ひとりの孤独と充実を内に、初老の女が草原に立ち尽くす風景は心に刻まれる」と。

 

監督のミア・ハンセン=ラブは81年パリ生まれ。両親共哲学の先生だったとか。多分に自伝的要素も入っているかもしれません。

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当店で配布しているJAZZの無料ペーパー「WAY OUT WEST」というミニコミ紙から、影響を受けたジャズの本を3冊選んでくださいという企画がありました。何を紹介したかは次号をご覧いただくとして、ジャズプレイヤーとしても、人間としても、この凄味と深い思想には、敵わないと思える人物が一人います。

ピアニスト、作曲家、オーケストラ指揮者の秋吉敏子。大学時代のこと、高野悦子の「二十歳の原点」にも登場するジャズ喫茶「シアンクレール」で、煙草プカプカさせながら、うつらうつらジャズを聴いていた時、いきなり小鼓と大鼓の音が巨大なスピーカーから流れてきました。なんだ、なんだ、ここは邦楽も鳴らすのか?と思っていたら、まるで尺八みたいなフルートが流れてきたのです。そして分厚いホーンセクションが、能の地謡みたいな重々しいサウンドを奏で出しました。

レコードを見せてもらうと、「秋吉敏子&ルー・タバキンビッグバンド/孤軍」と書かれていました。ここからです、彼女の音楽家としての人生に興味を持ったのは。1956年、たった一人で渡米して、ジャズプレイヤーとしての修行が始まります。日本から来た女性ということで、バカにされたり差別されたりした事がたくさんあったと思いますが、着々と頭角を表わし、なんと自分のオーケストラを持つに至りました。しかも、このオーケストラは、彼女の作曲したものしか演奏しない、スタンダードナンバーなんて絶対にやらないという、あり得ないビッグバンドです。

当然「孤軍」も彼女の作曲です。おそらく、たった一人でアメリカで音楽を追求した自分の人生を象徴させたタイトルなんでしょう。深く心に突き刺さってくる音楽です。このアルバムの2年後、「インサイツ」という作品を発表。この中に「ミナマタ」という組曲が入っていました。観世寿夫、亀井忠雄らの能楽家も参加したこの曲は、タイトルから分かるように水俣の公害病と、病に苦しむ街を音楽で表現したものです。凄いな、ジャズでここまでやるんだ!と驚きました。

その後、「ヒロシマーそして終焉から」とうアルバムで、未来の平和を祈るアルバムを発表します。原爆記念日の8月6日、ヒロシマでお披露目公演が行われ、CD化されました(1300円)。曲は三章に分かれていて、第二章で、重森涼子さんが原爆落下直後の惨状を朗読します。そして、第三章では「これは原爆の無い世界、そして願わくは平和な世界を、と云う、広島からの愛と希望を込めた、全世界へのメッセージです」というナレーションと共に、力強いジャズサウンドが爆発します。会場にいた人達は恐ろしいほど深い感動に包まれたことでしょう。

1929年満州生まれ、今年88歳。長い人生をひたむきにジャズに生きてきた女性です。彼女の音楽に出会えたことに感謝します。

蛇足ながら、you tubeで彼女のオーケストラと和太鼓奏者林栄哲のNYでのコラボライブが観ることができます。夫君ルー・タバキンと林の凄まじいアドリブはジャズも、邦楽も飛び越した唯一無比の音楽を作り出しています。

なお「孤軍」はアナログレコードのみ在庫があります。(800円)

 

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最近は、新刊本も仕入れています……..と言っても、村上春樹をドンと積むというようなことではありません。この店のお客様に面白く読んでもらえるような本があれば、どんどん仕入れていく、ということです。

今年の1月だったと思いますが、初の文学フリマが京都で開催されました。その時出会ったクルミド出版のことは、店長日誌で紹介いたしました。暫く前には、クルミド出版のオーナー影山知明さんが、立ち寄ってくださいましたが、美しい装幀の本ばかりで、お客様の評判も上々です。で、その影山さんの本「ゆっくり、いそげ」(大和書房1620円)が出版されました。サブタイトルに「カフェからはじめる人を手段化しない経済」と付いています。元々、この出版社は、JR中央線にある乗降者最下位という不名誉な西国分寺駅に出したクルミドコーヒーが母体です。

著者は、これからの経済や社会を考える時、「ゆっくり、いそげ」を基本に考えるのがベストと考えています。劇的に変化する社会にしっかり対応しつつ、日々、何を大切にしながら生きてゆくのかを試行錯誤しながら、経済活動を続けるという事です。「グローバル経済」という言葉の対極にあるのが「スロー」、あるいは「降りてゆく生き方」、「減速生活者」という言葉です。著者の考えはその中間を行くものです。ネットワークを広げながら、関わった人達との幸せ共有する「理想」と、貨幣を動かすことで日々の生活が保障される「現実」を両立させる仕事論として読み応えのある一冊です。

ミニプレス「のんべえ春秋」や、書評集「猫の本棚」(平凡社950円)等で、当店ではお馴染みの木村衣有子さんの「はじまりのコップ」(亜紀書房1944円)は、彼女が惚れ込んだ「佐藤吹きガラス」を描いた本です。オーナーの佐藤玲朗さんが作り出す器を使うだけで物足りなくなった彼女は、何度も、何度も工房に押し掛け、佐藤さんと話をします。それがまとめられています。

お話の間に、「佐藤吹きガラス工房公式業務日誌」が収録されていますが、これが面白い。

例えば、この会社の社訓は

「零細の製造業として食べていくためには皆が通る道を迂回する知恵が必要だ。ひとが宙吹きなら自分は型吹き、ひとがカラフルなら自分はモノクロ、ひとがナチュラルなら自分はインダストリアル、ひとがアーティストなら自分は職工、ひとが出会いを大切にすれば自分は嫌な相手と絶縁する、ひとが内房線に乗れば自分は外房線に乗るという具合に。」

面白い。

 

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売れ行き急上昇中(といっても小さな店ですんで、そんなに冊数は多くない)の2冊、つばた英子、しゅういちご夫婦の「ときをためる暮し」「ふたりからひとり」(どちらも自然食品通信社1944円)が、「人生フルーツ」というタイトルでドキュメンタリー映画として今月末に京都シネマで公開されます。この本については、以前に店長日誌にて取り上げましたが、「暮らす」ということの理念が平易な文章で語られている、どの世代にもお薦めできる中身です。

一方、帯広発のミニプレス「スロウ」最新号(905円)にも、つばたさん夫妻と同じように、日々の暮しを丁寧に紡いで生きる歓びを見出している宮本さん夫妻が紹介されています。

札幌で暮らしていたご夫婦が、子供たちの独立を切っ掛けに、田舎暮らしを考え始めたのが2003年。それから試行錯誤の後、なんとログハウスを自分で建ててしまったのです。そして、畑をやりながら、二人で質素だけれども、豊かな暮しを楽しんでおられます。面白かったのは、付箋がベタベタと貼付けられた図鑑類の写真です。ご主人曰く、引っ越してきた時は、山菜の名前も、キノコの種類も、ましてや野鳥の名前なんかも全く知らなかったとか。この記事を書いた記者はこう想像しています。

「すっかりボロボロになった何冊もの図鑑にはたくさんの付箋が貼られていて、いろいろな書き込みがされていた。動植物の名前をひとつづつ知ることも、大きな楽しみになっていることだろう。」と。

スマホ、ネットではなく、紙に図鑑というところが嬉しいですね。鳥の図鑑には、その鳥が庭に訪れた日時が書かれていて、使い込まれた図鑑の写真には親しみを感じました。

創刊50号を迎える「スロウ」は内容盛り沢山で、すべて紹介したいぐらいですが、興味深い記事をご紹介します。それは、「たねたね交換会」です。

野菜の産地は気にするものの、それらの種の産地は気にしないでいいのか、という疑問から始まった交換会は、種の物々交換の場であるばかりでなく、食に対する価値観を分かち合う場所になっています。ルーツを探れば海外からの輸入種であったり、農薬付けだったりする事もあるとか。本来、百姓という言葉には「百の仕事ができる」という意味があり、農家は種取りができて当たり前でした。しかし、今は種苗会社がその仕事をしていて、農家は外されています。だからこそ、種から選び、自分たち育てたいものを作ることで、本当に安全なもの、本当に美味しいものが出来上がる。そんな価値観を持った人達が情報を共有し、より広いネットワークを形成することを目的にしています。

「スロウ」は北海道発信の情報誌ですが、しっかりと暮らしを見つめた本で、誰が読んでも納得がいくと思います。

 

★レティシア書房臨時休業のお知らせ 4月17日(月)18日(火)連休いたします。

「本を読むというのは元来のんびりした趣味であって、それこそ川辺に椅子を出してそよ風の中で読みすすみ、時に柳の葉が頬をなでるというようなエレガントなものであるべきだ」

と池澤夏樹は書評集「風がページを」(文藝春秋1100円)で書いています。

静かに時の流れる中で、本を読む事の至福を撮影したアンドレ・ケルテスの写真集「読む時間」(創元社2376円)は、とてもステキな本です。様々な場所で、様々なポーズで読書する人たちを捉えたこの写真集の、お気に入りのページをぐっと開いて、机の上、或は食卓に置き、そして、今度は自分の読みかけの本を開いて読み出す。ちょっと疲れたら、先程開いた写真集を眺める。すると池澤が述べたようなエレガントな時間が流れてきます。次の日には、違うページを開いて立てかけておく。本は傷むかもしれませんが、それがこの本の正しい使用法です。(と、思います)

「読む時間」の巻頭に谷川俊太郎が「読むこと」という詩を寄せています。その後半を引用します

「いまこの瞬間この地球という星の上で いったい何人の女や男が子どもや老人が 紙の上の文字を読んでいるのだろう 右から左へ左から右へ上から下へ下へ(ときに斜めに) 似ても似つかないさまざまな形の文字を 窓辺で木陰で病床でカフェで図書室で なんて不思議・・・・あなたは思わず微笑みます 違う文字が違う言葉が違う声が違う意味でさえ 私たちの魂で同じひとつの生きる力になっていく しばらく目を木々の緑に遊ばせて あなたはふたたび次のページへと旅立ちます」

本なんて読まなくても生きていける、でも本を読む幸せを知っている人なら、この写真集を捲るたびに微笑むことでしょう。41ページには、おそらく阪急電車だと思われる車内で、頭を剃った和服姿の女性が、手元の本に目を落としている作品が載っています。車外から射し込んでくる日光が彼女の手元をやさしく照らしています。タイトル通り「読む時間」が流れていきます。

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