1923年、フランスで生まれたマルセル・マルローは、パントマイムの芸人として世界を風靡することになります。「パントマイムの神様」「沈黙の詩人」と呼ばれました。

チャップリンを見たことがきっかけで俳優を志した彼は終戦後、エチエンヌ・ドゥクルーに師事し演劇や身体を使ったパフォーマンスを学ぶ。40年代に、彼の代名詞ともいえるキャラクター「Bip」を創造。白く塗られた顔、よれよれのシルクハット、帽子に力なく飾られた花、ストライプのシャツなどはパントマイムの一般的なイメージとして幅広く浸透していきました。パントマイムだけでなく、映画にも進出、ロジェ・バデム監督のSF映画「バーバレラ」、ハリウッドにも出向きメル・ブルックス監督作「サイレントムービー」では、映画の中で唯一の「セリフをしゃべる本人役」で出演していました。我が国にもマルセ太郎という、彼に影響を受けた芸人がいましたね。

 

その彼が、絵本を描いていました。シャガールみたいなタッチで、自ら創造したキャラ「ビップ」を描いていきます。本のタイトルは「かえってきたビップ」。

マルソーは、日本の読者に向かってこう語っています。

「私たちはみな、他のなにものであるよりも以上に人間です。それゆえに私は、この物語がおとなと子どもとを問わず、日本のかたがたの心にとどき、私たちはみなこの同じ美しい世界の一部分なのだと、私と共に感じて下さることを願っています。」

沈黙で繰り広げられるパフォーマンスの豊かな世界を、マルソーは絵本の世界でも作り上げました。

「おおきなおおきな みぶりで、からっぽのくうきに ほおずりし、ぼくは せかいを うでに だきしめた。」

この台詞が絵本の最後に出て来ますが、舞台の上でも、その濃密な空間を抱きしめていたのでしょうね。絵本を翻訳したのは谷川俊太郎。(76年発行初版。冨山房4000円)

★ライブ世田谷ピンポンズ「COMEBACK FOLK」

   5月25日(水)19時30分  1500円(予約受付中)

 

 

数日前のブログで、静岡県三島市のビッフェ美術館で開催中の「ロベール・クートラス展」のことを紹介しましたが、美術館の近くに、庭園や、カフェ、ギャラリーなどが集まった「クレマチスの丘」というところがあります。その中の「IZU PHOTO MUSEUM]」で、本橋成一の写真展「在り処」が開催中でした。

本橋成一は、私の好きな写真家で、「ふたりの画家ー丸木位里・丸木俊の世界」という作品に接して以来のファンです。映画化もされた「老人と海」は与那国島で巨大なカジキを追いかける漁師の日々を追いかけた傑作でした。(どちらも、売切)

個展では、初期の作品から代表作まで200点が見られました。炭鉱、大衆芸能、サーカス、屠畜場、上野駅などを中心にして、名もなき多くの人々の生が息づく、人生の一瞬を切りとっていきます。一方で、チェルノブイリ原発事故の後もこの地で暮らす人々の日々を撮り続け、これまで3冊の写真集と2本の記録映画を制作しています。

上野駅を行き交う人々を捉えた写真からは、様々な思いを胸に秘めた、人々の交差点を見る思いが迫ってきます。また、屠畜場の営みを捉えた作品には、命のやり取りをする殺伐たる現場であるにもかかわらず、目が離せませんでした。

この屠畜場を被写体とした作品から、精肉店を舞台にした「うちは精肉店」(農文協1500円)が発行され、2013年には映画化されました。日々、育てた牛の解体に従事する人々の表情が見事に捉えられています。表紙の写真に映っている、精肉店一家の微笑みが素敵です。

もう一冊、店には「バオバブの記憶」(平凡社1900円)があります。こちらは、西アフリカ、セネガルの村で、バオバブと生きる人びとの暮らしを追いかけた写真集です。何故に、肌の色が黒い人達は、こんなに美しく輝くのだろう。日々の生活が苦しいのか、或は経済的に困窮しているのかは判りません。しかし、被写体となった彼らの微笑みの、なんと素敵なことか。そして、彼らと共に生きるバオバブの木の大きな存在。頼れる長老、優れた智慧の宝庫を見るようです。バオバブの前に佇む老人を捉えた作品には、崇高な宗教的尊厳が漂います。

どちらの写真集も、落ち込んだり、後ろ向きになった時に手を差し伸べてくれる力を持っています。

 

先週に続いて、たくさん入荷した絵本をご紹介する第二回目です。

文章を岸田衿子、松竹いね子、谷川俊太郎が分担し、堀内誠一が絵を書いた「どうぶつしんぶん」(2004年福音館書店発行1500円)は、作りが面白い一冊です。本を開くと、大型封筒に入った「どうぶつしんぶん」春号、夏号、秋号、冬号の4部入っています。それぞれの季節に相応しいトップ記事、ハンプシャー夫人の料理教室、連載記事、「ゆきおとこかいけんき」みたいなスクープ記事と、盛り沢山の内容になっています。三人が書いている文章は達者だし、堀内の色使いもカラフルで楽しくなってくる一冊です。

子ども向け絵本の装幀なのですが、ユニークな絵が印象的な「こねこポックとなんでもはかせ」(1977年偕成社発行2000円)。絵を書いているのは赤坂三好。版画を中心にして、絵本、さし絵など幅広く活動した画家です。鮮やかな色彩感覚、ロボット猫の造形のユニークさ、そして現代のコミックにも通じるキャラクターのアクションの斬新さ等々、大人も楽しい(内容は子ども向けですが)一冊です。

「よるのきらいヒルディリド」(1975年発行冨山房・初版2000円)もお薦めです。ラテンアメリカ文学の翻訳等で知られるチエリ・デユラン・ライアンが考案した、夜のきらいなおばあさんが、自分の周りから夜を追い出そうとするシュールな物語を、アメリカを代表する絵本作家アーノルド・ローベルが、白黒の線画と変幻自在な空間の処理を施した絵で表現した小粋な絵本です。まるで、画集をめくっているみたいです。

気に入ったのが、いわむらかずおの「月夜の子うさぎ」(1996年発行クレヨンハウス800円)です。作家の絵が極めて映画的躍動感に満ちているのです。ローアングルで捉えた飛び跳ねるうさぎ、猛然と走り出す犬など、そのまま映画になりそうなダイナミックな構図です。走り去るうさぎを背後から捉えたところなどは、トップスピードに加速するうさぎのエネルギーを見事に描いています。映画好きにもお薦めの一冊かな。

アメリカ文学における幻想小説の草分け、エドガー・アラン・ポーが、40歳で謎めいた死を遂げてから数十年後、H・P・ラヴクラフトが登場します。SF的要素を散りばめたホラー小説を発表しますが、三流雑誌に掲載されていたものが多く、文学的評価は芳しくありませんでした。

しかし、日本で、彼の作品がコミック化され始め、俄然注目を浴びるようになりました。田辺剛が「ラヴクラフト傑作集」として現在まで3冊を発表しています。2014年「魔犬」というタイトルで第一巻が発売され、翌年「異世界の色彩」で第二巻が発売、今年春、「闇を這う者」として最新刊が発売されました。このうち、一巻と二巻が入りました(各500円)

ゴシック小説の扉を開くのに最適な、深い闇を象徴するような黒ベタのカットを巧みに配置し、細く、鋭いペンで細密に書き込まれた、ぞっとする地獄からの使者達がべっとりとまとわりついてくるという不気味さに、飲み込まれてしまいました。

墓場を暴いたが為におぞましい獣に付きまとわれる恐怖を描いた「魔犬」、第二次世界大戦中のドイツの潜水艦内で次々と発狂してゆく乗組員と、突然深海に姿を現す神殿を描いた「神殿」は、悍ましさと、漆黒の闇の向こうからじっと見つめる存在の視線が描き込まれています。

「異世界の色彩」は、アメリカ西部のフツーの農家にある日、隕石が落下したことから始まるグロテスクな物語で、ラヴクラフト自身、最も気に入った作品と伝えられています。悪臭を放つ隕石、そして巨大化する植物、災いは村の人々へと降りかかってきます。SFと怪奇のブレンドが見事な筋運びで、原作を読みたくなりました。

「わずか数分の間に、なにかのせいで彼の肉体への致命的な異変が起きたのは・・・変色と腐敗と崩壊が手の施しようもなく進んでしまったことは明らかだった。」

これ、映画化したら、館内阿鼻叫喚の嵐となること間違いなしです。

因みに、田辺剛は、三遊亭円朝の「真景累ヶ淵」をコミック化しています。「四谷怪談」と並ぶ、惨殺ホラーをどのように描いたのか興味深いところです。

 

「人間は皆、等しく陽気であるべきだと思う。ときに寂しげであったり、陰鬱であったり、激怒していたりと、さまざまな面があるのも豊かでいいけれど、やはり陽気な人間の姿を私は一等快く思う」

ふ〜んなる程というご意見を述べられているのは、実は犬だったのです??? はぁ〜、なんのこっちゃ。

これ、吉田篤弘が2015年に発表した小説「レインコートを着た犬」(中央公論新社1400円)の冒頭部分です。映画館主の元で飼われている犬ジャンゴの一人称で語られてゆくのですが、中々彼の考え方が面白い。

彼は出来ることなら、ぜひ人間が行く銭湯なるものに行ってみたいと思っています。何故なら、銭湯帰りの人間は皆、陽気になっているからだと考えるのです。

物語は、ジャンゴの目を通して、彼が住む街と、そこで暮らす奇妙だが、味のある人達の姿を描いていきます。「お前の人生はどう呼ぶんだろう。人ではなく、犬の人生ってのは……..」と悩む古本屋のマスターとは合性が良く、店内の本の上に置かれた座布団で惰眠を貪ったりしています。なんか、いいな、この街。

ジャンゴは、こう解説します

「町の名は<月船町>。この名にあやかって、銭湯は<月の湯>、団子屋は<月見堂>、うちの映画館は<月船シネマ>と名乗ってきた」

クラフト・エヴィング商會の頃から、この作家は、ちょっと不思議な世界を好んで描いてきました。そして、小さな幸せが見えてくる場所へと読者を案内してくれます。それは、小説だけでなく、エッセイ「木挽町月光夜咄」(筑摩書房1350円)を読んでいても、日々の暮らしのなかの、ささやかな幸せを丹念に描いていきます。過剰にセンチメンタルにならずに、今日よりは、明日は少しは良いよねみたいな希望を語ってくれます。

「レインコートを着た犬」の装幀は、もちろん吉田浩美、篤弘のクラフトエヴィング商會コンビ。レインコートを着たジャンゴが描かれていますが、小説のエンディングで彼はこのレインコートを着て登場します。このエンディング、切なくで、甘酸っぱい感じ一杯で、ちょいと泣けてきます。

おっと、このラスト直前に、古本屋のマスターが、こんな台詞をふっと言います。

「これだから、古本屋はやめられねぇよな」

ごもっとも、ごもっともですね。

アドルフ・アイヒマンをご存知だろうか?

1932年ナチス親衛隊入隊。35年ユダヤ人担当課に配属。ホロコーストにおけるユダヤ人列車移送の最高責任者を務めた。終戦後アルゼンチンに逃亡するも、60年逮捕されて、翌年エルサレムで裁判にかけられ有罪。62年、絞首刑に処された第一級の戦犯です。

その裁判がTVで、全世界に放映されて、ホロコーストの実体が知られるきっかけになりました。映画「アイヒマンショー」は、その番組を製作したイスラエルのTV局と、番組進行の陣頭指揮を取ったアメリカ人ディレクターの姿を描いたドラマです。(京都シネマにて上映中)

実際の裁判シーンの映像、被告席で表情ひとつ変えないアイヒマンの姿を巧みにインサートしながら、子煩悩の父親である男が、世にも恐ろしい残虐な行為を繰り返していったかを見つめていきます。

ディレクターを任されたレオ・フルヴィッツは、ドキュメンタリー監督として有名でしたが、当時ハリウッドに吹き荒れた赤狩り(マッカーシズム)に引っかかり、干されていました。彼は、裁判全体を俯瞰で捉えるという方法を取らず、徹底的にアイヒマンの顔のアップにこだわります。ホロコースト生き残りの証言や、悲惨な映像が次々と登場するにも関わらず、少しも表情を変えないアイヒマン。何故だ、焦燥するレオ。実物のアイヒマンと、ドラマとして演じるレオの姿がカットバックされて、サスペンスを作り上げてゆく手法はなかなかです。

観客は、こんな残虐で非人間的な行動を実行しながら、彼は何も感じないのかというレオの思いに同化していきます。一部、責任を認めたものの、最後まで無表情を押し通したアイヒマン。人間の持つ、深い闇が浮き彫りにされます。

因みに、この裁判を傍聴した哲学者ハンナ・アーレントは、亡命先のアメリカで雑誌に裁判傍聴記を掲載し、物議を醸しました。日本では「イエルサレムのアイヒマンー悪の陳腐さについての報告」というタイトルで「みすず書房」から出版されています。また、近年「ハンナ・アーレント」というタイトルで映画化もされています

一方で、著書「ドキュメンタリーは嘘をつく」(草思社800円)で、ドキュメンタリー映像の危うさに言及した森達也は、この映画をこう捉えています。

平凡な男はなぜモンスターになったのか。世紀の裁判の舞台裏は圧倒的にスリリングだ。でも同時に、イスラエルはこの裁判を国策として利用したことも忘れてはいけない。」

映像には、常に二面性が存在します。正義の味方みたいな、したり顔のTVキャスターの言説なんぞは眉唾ものであることも忘れない事ですね。

 

★ライブ決定 世田谷ピンポンズ「COMEBACK FOLK」

        5月25日(水)19時30分  1500円(予約受付中)

2002年、作家の辺見じゅんが設立した出版社、幻戯書房は、日本文学を愛する人にとっては、渋いけれども、愛すべき本を出版しています。串田孫一、久世光彦、常盤新平、野坂昭如、小島信夫、北園克衛等々、放っとけない作家の本を刊行しています。

今回、その中でも人気の高い二人の作家の作品が入荷しました。一点は、上林暁「ツェッペリン飛行船と黙想」(2800円)です。これは、新たに発見された、上林の初期から晩年に至る未発表原稿を含む、上林全集未収録125編を一冊にまとめ上げた作品です。

本のタイトル「ツェッペリン飛行船と黙想」は、昭和4年、世界一周の旅の途中に日本に立ち寄った巨大な飛行船ツェッペリン号の偉容にインスパイアされて書かれた詩です。上林と言えば、私小説の第一人者ですが、この詩を目にすると、えっ?と思いたくなるような自由な詩です。或は、しょっちゅう使用する赤電話を「あの赤い色がまたいい。目立って、可愛い」なんてチャーミングな表現をしている事にもへぇ〜と、上林への興味がさらに湧いてきます。

もう一人は木山捷平です。岡山出身の詩人であり、小説家、特に短編小説に優れたものを多く書いた小説家です。二冊出版されていて、一冊は「暢気な電報」(2800円)、もう一冊は「行列の尻っ尾」(2800円)です。前者は戦後、様々な雑誌に発表した短篇で、単行本としても、全集にも収録されなかったものばかりです。後者は、未刊行の随筆89編を集めたものです。個人的には、木山は随筆の名手だと思っています。特に、お酒にからむ話は面白い。「酒のめば楽し」というエッセイでは、お酒の飲めない昭和天皇を茶化しまくっています。大酒飲みの天皇という設定で、べろべろの天皇が、時の総理大臣東条英機と架空の対談をするのですが、抱腹絶倒です。

或は、還暦を目前にして、もうここまで来れば、儲けもの。後の人生はオマケみたいなものと考え、

「人生なんてそんなにおもしろいところでもなかったというのが私の六十年の実感だが、行きの汽車で見なかったところが相当沢山あるので、帰りの汽車では勲章を胸にぶらさげて、ゆっくり見物することにしよう。」

と締めくくっています。

さらに、同社は2012年、小林信彦50周年記念出版×幻戯書房10周年企画として小林信彦の「四重奏カルテット」(1400円)も出版しました。60年代、翻訳推理小説雑誌が盛り上がった頃を背景とした中編小説を集めた傑作です。 

 

★ライブ決定 世田谷ピンポンズ「COMEBACK FOLK」

        5月25日(水)19時30分  1500円(予約受付中)

北海道発の、京都&北国の紹介プレスという、面白いスタンスの新聞スタイルのミニプレス「その界隈」(540円)の創刊号が届きました。

「阿闍梨餅は、加熱すると美味しい。マルセイバターサンドは、冷やすと美味しい。共にひとつから買える。100円強。なんだか似ているではないですか。対照的な土地のように思われているけれど、実は似ているところもあるのです。両方とも人気があって、観光客が多い。京都と北海道、一緒にしちゃうと面白いんじゃないか。」

という冒険的企画で始まったミニプレスです。そして、創刊後のトップを飾るのは、当店でも作品を販売してくれた「酒器 今宵堂」のお二人です。植物園近くの閑静な住宅街に工房を構える今宵堂さんは、昨年、北海道で「ほろ酔う器展」を開催されたそうで、個展に合わせて。20日程北海道を回られました。「仕事と生活の糧となるような風景を、私たちは北国でたくさん眺めることができました。」との事です。鞍馬口の「力餅食堂」の前のお二人の姿が、今宵堂の暖かい雰囲気を出しています。

「妄想の寺町」なんて企画の横には、「北海道ドライブイン紀行」が飛び出してきたりと、古都と北国の距離をひょいと乗り越える紙面作りが魅力的です。北海道に知り合いが多い私には、これから楽しみなちょっと気になるミニプレスです。

もう一冊、倉敷の古書店「蟲文庫」の田中美穂さん編集による「胞子文学名作編」(2808円)が目出たく再発されました。彼女は苔、羊歯、海藻、茸等が放出する胞子の特異な有り様に着目し、こう考えました。

「異質な存在であるがゆえに、わたしたちを固定する論理や常識にもたやすく穴をあけ、思わぬ世界を開いてみせる。菌糸や原糸体のひろがりは、一見してまるで無関係のものをむすびつけ、出現させます。かすかでひそやかで、そして大胆不敵。そのような『胞子性』を宿した作品を『胞子文学』と名付け、ここに集めました」

尾崎一雄、内田百間、宮沢賢治、太宰治、らの文人がズラリリストアップされている一方で、小川洋子、川上弘美などの「胞子性」溢れる??作家の作品も忘れてはいません。読み応え十分の一冊です

「田鼠の穴からぬつとつくし哉」なんて、ユーモラスな一茶の俳句もあって、コーヒーブレイクの時にでもお読み下さい。

★ライブ決定 世田谷ピンポンズ「COMEBACK FOLK」

                5月25日(水)19時30分  1500円(予約受付中)


 

 

ゴールデンウィークが終わってからお休みを頂いて、静岡県三島にある「ベルナール・ビュフェ美術館」にクートラスの作品展を観に、女房と出掛けました。

この美術館は、戦後の具象画を代表するフランスの画家ベルナール・ビュフェの作品を収蔵・展示するために、岡野喜一郎(1917-1995)によって1973年に創設され、収蔵作品数は2000点を越える世界最大のビュフェコレクションを持ってる美術館です。

ビュフェの作品を常設しており、行った時は「ビュフェと1940−50年代 不条理に対峙する絵画」というテーマで 初期の作品を鑑賞することができました。ビュフェ独特のカリカリッと引っ掻いたような特徴ある作品を、改めて目の前で観ることが出来ました。

続きの部屋では特別展として「ロベール・クートラス僕は小さな黄金の手を探す」を開催中で、実はこっちが本命でした。

現代のユトリロとも評されたクートラス(1930−85)は、流行に左右される画壇から遠く離れ、手札大の大きさのカード(カルト)に、神話的イメージや、抽象的なデザインを描く事に没頭していきます。もちろん、収入は絶たれ、極貧生活に陥ります。それでも描き続けることに情熱を傾けた彼は、ポスターの裏側、靴箱と手に入るありとあらゆる物を活用して、一夜に一枚、倦むことなくカルトを作り続けて、その数6000枚にもなりました。パリの街角に暮らす人々や、動物たちを独特のセンスで描いた小さな作品は、ユーモアを漂わせながら、悲しみや喜びを垣間見せてくれます。ズラリ並んだ作品群を行きつ戻りつ、何度も観ていると、これらの小さな断片がふっと微笑んでくれたような錯覚を覚えました。

彼の作品を収録したEcrit社の本「僕の夜」(2700円)、「僕のご先祖さま」(3780円)、「屋根裏展覧会」(1620円)そして「ある画家の仕事」(36480円)は、どれもクートラスの魅力を十分に引き出した作品集です。ひたすら描きつづけることに生涯を捧げた彼に出会うことができます。哀しいような、切ないような、そしてフッと笑ってしまうような気分を味わえば、毎日背負う荷物も、ほんの少し軽くなるかもしれません。

月曜日が定休日の店の、最大の難点は美術館の休みと重なることです。たまに連休を頂き本物に触れる時間を作りたいと改めて思いました。とはいえ、ご迷惑をおかけしたお客様、申し訳ありませんでした。

 

 

イタリアをベースに、ヨーロッパで活動されている工藤あゆみさんの本「はかれないものをはかる」の原画展が本日より始まりました。本は以前から当書房でお取り扱いしていましたが、念願かなって素敵な原画を見ることができました。

さて、「はかれないもの」を「はかる」って、どういう事でしょう。工藤さんは、こう書かれています。

「数字ではあらわされないけれども確かに感じられる感情の温度、大切な人との距離、願いや希望の重み。はかろうとすることは、そこにある本質に少しだけですが近づこうとすることなのかなと感じます。」

例えば「弱い者の声を聴きとる耳の長さを測る」「言うのと言わないのの大きな差をはかる」の言葉とともに描かれた絵は、控え目でやさしく、ちょっと哀しくておかしい

工藤さんは、日本語で考えてからイタリア語に翻訳するのだそうです。そうすることで、言いたかったことの本質が見えて来る。そこからもう一度日本語に意訳する作業を通して、言葉を紡いでいくのです。

一方、絵の方は、どこかフワフワしていて、定かではなく、地球の重力からさえも自由になったかのような感じの、独特のキャラが、四角い画面をけっこう一所懸命生きています。

原画以外にも、カワイイ作品が並びました。縦長の作品で「棚上げする」というのがあります。脚立に乗って、傾斜した棚に、放射性物質のマークの入った缶を上げようとする姿が描かれています。オイオイ、こんな傾斜した棚にそんな危険なものを置いて、大丈夫?・・・そんなものまで棚上げするなよ、という鋭さも彼女の中にしっかりあるのです。

ユーモラスな彼女のキャラは、部屋の片隅で、無意味に逆立ちしていたり、「自分のため息は自分で片付ける」なんて言いながら、ホウキでさっさと掃いていたりとか、「いつでもどこでも、休憩しょうず」と開いた本の上でべた〜っと寝転んでいたりとか、微笑ましい姿ながら、自立しています。

白い静かな空間に漂う、このキャラと一緒に一時遊んでみるのも、ゴチャゴチャになった頭の中が、するする〜っと真っ白になってリラックスできそうですよ。

今回の個展には、作品と共に、出来立ての本「今日は自習にします」(1296円)も販売しています。

表紙の人物は、黒板に書かれたこんな、数学のような、国語のような問題を解こうとしています。

(君がげんき)+(   )=私は幸せ

答えは・・・・?

原画の下に彼女自身のだした答えがありました。

「何も足さなくていいや」

工藤あゆみ「はかれないものをはかる」展は5月22日まで(最終日18時まで)

★ライブ決定 世田谷ピンポンズ「COMEBACK FOLK」

   5月25日(水)19時30分  1500円(予約受付中)