書評家の岡崎武志さんの新刊「気がついたらいつも本ばかり読んでいた」(原書房)を読んでいたら、こんな記述にぶつかりました。

「蓮實重彦を代表とする映画の高踏的ファンのあいだで、フランシス・レイが好き、というのは、文学好きのあいだで、相田みつおが好き、というぐらい勇気がいる。しかし、好きという気持ちはどうしようもない。」

岡崎さんは、映画「男と女」のサントラを担当したフランシス・レイのことを賞賛しているのですが、ロマンティシズムとリリシズム一杯の、あの音楽を誉めるのは、気が引けるのかもしれません。私は大好きです、このサントラは。

これほど冬にピッタリの音楽はないと思います。もしかしたら夏にかけたら、うざい!と再生を止めてしまうかもしれません。ところが晩秋から冬にかけて聴くと、これほど季節に寄り添った音楽は、ないでしょうね。映画界に革命をもたらした「男と女」は、その後多くのTVコマーシャルでパクられる程有名でしたが、映画を知らなくても、雪の降った日にエンドレスで流しておけば、見慣れた街の風景が全く違ってみえてくるかも。

映画音楽というのは、もちろん映画に属しているのですが、「男と女」は完全に独立した力の持った音楽でありながら、映画の世界を深く語るだけのサウンドを持つ希有なアルバムです。店にはレコード2000円、CD1400円を置いています。どちらも、オリジナルの映画ポスターをジャケットに使用しています。

このサントラで歌っている歌手であり、出演者でもあったピエール・バルーが昨年82歳で亡くなりました。歌手であり、俳優であり、レコードレーベル「サラヴァ」の創設者であるという、多面的な活動をしていました。彼のデヴュー作品、フランシスとコラボしたアルバム「VIVRE」(1800円)も、これまた冬に聴くべき音楽だと思っています。梅雨時分に聴くと、ドロドロと心が溶けてしまいそうなので御注意ください。

モノクロームな光景とアンニュイな雰囲気、そして孤独感。フランシスのアコーディオンがそっと寄り添うところがニクイですね。ピエールはこんな風に冬を歌っています

「冬のある日、光を浴びて君が目覚めた とまどう冬 冬の太陽 君が見つめている僕だけの心が目覚めた 鳥は僕の夏に向かって鳴いた」

★2月8日(水)〜19日(日)レティシア書房恒例「女子の古本市」を開催いたします。

東京、岐阜、神戸、大阪、滋賀、京都から20数店の女性店主がセレクトしたステキな本が、所狭しと並びます。ご来店お待ちしています。

 

 

 

 

先日、京都で行われた「京都文学フリマ」に出店されていた「クルミド出版」さんの本が入荷しました。

「京都文学フリマ」当日、寺井暁子著「草原からの手紙」(2160円)という15cm×12.5cmの小さな本が目に止まりました。著者が2014年アフリカへ旅立った時の体験を、手紙風に綴ったエッセイです。(表紙にがご丁寧に消印が押してあります)

搭乗機が乗り遅れた乗客を待ったり、ナイロビの入国審査でトラブったりと初日から数時間の遅れ。でも、待っていてくれた仲間の、旅にはそんな日もある、今日がその日と思えばいい、という言葉にほっとして、「全身を黒い服で包み、片手に赤ちゃんを抱え、もう一方の手で小さな女の子の手を引いてタラップを登ってきたムスリムのお母さんが飛行機に乗れて本当に良かった。」と前向きな気持ちで旅をスタートさせます。ステキな写真を交えながら、旅が続きます。アフリカの人々や、大地が、彼女に何をもたらしたかが、飾らない文章で語られていきます。

寺井さんは、クルミド出版から、もう一冊「10年後、ともに会いに」(2700円)という、やはり旅の記録を綴った本を出しています。ヨーロッパ、北米を経てイスラエル、パレスチナ、そしてエジプトへと向かいながら、世界を見つめた大作です。本のサイズ、判形は岩波書店「愛蔵版・モモ」を参考にした落ち着いた感じで、手触りもステキな外観です。

ほかに、小谷ふみ著、エッセイ&詩「やがて森になる」(2160円)も入荷しました。クルミド出版は、版形、フォント、紙質にも拘りがあって、最後のページにどんな紙を使ったか、使用したフォントは何で、どこの印刷所を使ったのかまで詳細なデータが掲載されています。そこに、この本の版形が決まったのは「喫茶店で『珈琲、ケーキと一冊の本』の組み合わせに」に合う大きさになったと書かれています。掌に乗る文庫サイズで、赤い紬の優しい手触りのクロス貼りです。

拘りで言えば、その最たるものは古川誠著「りんどう珈琲」(2冊組3240円)でしょう。これは、拙い文章で紹介するよりも実際に手に取ってご覧ください。全ページ500を超える大作ですが、それ故に分冊で2冊組になり美しい函に入っています。手元に置いて、ちょっとずつページを捲りたくなる魅力のある本作りです。

「そういえばさぁ。」(300円)という雑誌も到着しています。出版社のある西国分寺界隈をテーマにした小冊子です。

クルミド出版は西国分寺駅前クルミをテーマにしたこどものための喫茶店「クルミドコーヒーからはじまった出版社で、ポリシーは、

「丁寧に時間と手間をかけてつくったものは必ず受け取ってくださった方の心に届く」

です。丁寧な作りで出来上がった本ばかりですので、ゆっくりとご覧いただければありがたいと思います。

★2月8日(水)〜19日(日)レティシア書房恒例「女子の古本市」を開催いたします。

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女性店主の古書店を巡る本で、今でも入荷すると売れる、岡崎武志「女子の古本屋」という古本屋さんのガイドブックがあります。本を扱って暮すそんな女性たちを、新しい視点で見つめた「本の時間を届けます」(洋泉社1000円)が入荷しました。

ここで、選ばれているポイントは、1.女性店主、主宰者の個人の力を大切にしている、2.スタートして10年に満たない、3.地域に根ざしている、の3点です。次週から、当店で始まる「女子の古本市」に参加していただく岐阜の徒然舎さん、滋賀県彦根の半月舎さん、京都のcroixille/クロアゼィユさんも取りあげられています。

croixille/クロアゼィユさんは、2015年のクリスマスに、京都大学近くの古い洋館アパートの一室にオープンしました。え?こんな場所で成り立つの?と思ってしまうロケーションですが、オーナーの中村早美さんは、「いまここにいる環境で、自分なりのやり方で、できることからはじめた」と語っておられます。この書店を特徴づけるのは月一回の読書会です。会で参加者との親交を深め。さらに市内の古書店とも繋がりを持ってネットワークを広げてゆく、というのは、croixille/クロアゼィユさんだけでなく、当店も含めて皆さん同じ気持ちだと思います。

この本では、古書店だけでなく、出版社を立ち上げた女性も紹介しています。大手出版社で猛烈編集者だった女性が、地元の北千住(東京)のアパートの一室に「センジュ出版」を立ち上げました。「弱肉強食」をモットーに、「明日死んでもかまわない」と思うぐらいの覚悟で編集者業に邁進していた彼女が、今や「共存共栄」を座右の銘にして、自分の時間を大事にしながら、本を世に送り出そうとしています。彼女の人生のこの大きな転向を促すきっかけは、小さなことから。そこが、面白いところです。(詳しくは本書で)

一方、図書館をオープンさせた女性もいるんです。瀬戸内海の男木島に大阪から移住した額賀さんがその人です。移住を決心した時、島には学校がありませんでした。先ずは、学校の再開からスタートします。多くの署名が集まり、役所を説得し、男木小中学校の再開が決まります。そして、皆が集まれる場所として図書館の開設へと進んでいきます。島にあった廃家を、持ち主とねばり強く交渉し、クラウドファンディングで資金を集め、みごと「男木島図書館」としてオープンさせました。彼女曰く

「先ずは継続ですよね。とにかく10年は続けてみる。そのぐらいはやってみないとわからないこともあると思うんです。」

多分、ここに登場する女性たちは、長く続けることで見えてくるものがあることを知っているのではないでしょうか。どこまでも自然体で気負わず、今の暮らしを守りながら大好きな本と生きるなんて、これ以上の幸せはないでしょうね。

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エストニア&フィンランド合作「こころに剣士を」を観ました。舞台は、第二次世界大戦後のエストニアです。エストニアは、ドイツ側として参戦。終戦後、ソビエト連邦の支配下に置かれ、時のスターリン政権は、ドイツ側で戦ったエストニア人狩りをやっていました。

エストニアの田舎町ハープサルに赴任してきた新人の体育教師は、実はソビエトの秘密警察に追われていて、姓名を偽っています。この田舎町で、なんとか生き延びようとしました。彼は教師でありながら、かつてはフェンシングの名選手でした。もう剣は持つまいと決心していたのですが、ひょんな事から子供たちに教えるはめになります。一方、この学校の校長は、彼の出生に疑問を持ち、調べ始めます。映画は大げさな描写は極力避けながら、警察に怯える教師と、次第にフェンシングに目覚める子供たちを淡々と描いていきます。フェンシングが、こんなに大きく取り扱われている作品って滅多にありません。

上達した子供たちは、レニングラードで行われる試合に出たいという思いが強くなります、しかし彼の立場に立てば、そんな大都会に行ったら、逮捕されるのは間違いありません。出場に尻込みする教師、剣を交えてみたい生徒達、迫り来る警察。

補欠になっていた女の子が最後に登場して活躍するという設定は、「がんばれベア−ズ」以来のスポーツもののパターンですが、しかし試合終了後、警察に連行される教師を見送るその女の子の、現実を見つめたきびしい視線には、大人が始めた戦争に子どもを巻き込むな!と言う強い意志が込められています。

ハープサルの町には、親のいない子どもたちが沢山います。みんな、父親を戦争に駆り出されて戻ってきていません。また、インテリジェンス溢れる祖父と生活していた生徒は、スターリン政権 の思想弾圧で逮捕されていきます。戦争に巻き込まれた子どもたちは、その悲惨な現実の前でどうしようもありません。

たとえ、どんな大義名分があろうとも、戦争の犠牲になるのは子どもたちです。その重たい事実をベースにして彼らが、一本の剣にすべてを託して、未来を切り開く姿を描いた作品として、心に残る映画でした。

 

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呑海(どんかい)龍哉写真展、本日より開催です。(2月5日まで)

呑海さんは、自称「お散歩フォトグラファー」。昨年、京都のあちこちの日常風景を撮った自身の写真集「京都夢物語」を持って来店されたのですが、せっかくなのでオリジナルの写真展を企画しました。

某関西私鉄電車の、ホームにズラリと並んだ舞子さんを撮影した宣伝がありますが、同じテイストの上りエスカレーターに並んでいる舞妓さんを捉えた作品がユーモラス。タイトルは「ひよっこ舞妓」。そして、愛くるしい女の子が、自宅の魚屋さんでお店番をしている「いらっしゃいませ」(写真左)。懐かしいような、微笑ましい一瞬が切り取られています。

写真集「京都夢物語」(1944円)の表紙を飾る、唐草模様のスカーフを巻いた子いぬを捉えた「室町の若旦那」(写真右下)は、入口の最初に飾られました。なんとも愛くるしい。

以前、この写真集のことを紹介したブログで、京都大学の合唱団の部室の前で、チェロを弾く楽団員を捉えた大学の静かな情景をとらえた作品を取り上げました。こちらも、部室の前に広がる日だまりがなんとも優しい雰囲気を伝えています。練習している彼女の演奏が、聞こえてくるような素直な風景です。

映画のワンカットみたいな「それぞれの人生」(写真左)はどこかのお寺の山門に腰掛けた二人のご老人が談笑しているとことを背後から撮った作品です。山門の前に広がる木々の若さと人の老いとの対比、時間の流れを感じる構図です。

「いらっしゃいませ」もそうですが、少女のちょっとした表情を捉えた叙情性に、作家の個性があるように思います。虚無僧を見上げる興味津々な少女の姿「何してるの」、疎水べりを手紙を読みながら歩く女の子の軽やかな姿を撮った「パリからの手紙」(写真右下)、傘をさした少女を真正面から捉えた「雨あめ降れふれ」など。

京都の観光案内や、美しい風景写真集では出会う事のない、ゆっくり散歩して見つけた京都の町を観に、ぜひ足をお運びください。なお、作品は全て販売しています。

呑海龍哉写真展は、2月5日(日)まで

 

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昨日のブログは吉田健一と娘、暁子との「父娘もの」でした。続いて、本日は、娘の朱女(しゅめ)が、父である日本画家、沢 宏靱(さわ こうじん)との生活を描いた「飯場と月」(ヒャクジツコウ舎1350円 新刊)を紹介します。

明治38年生まれの日本画家、沢 宏靱は、戦後「世界性に立脚する日本絵画の創造を期す」と宣言し、秋野不矩、上村松篁らと「創造美術」を結成しました。

昭和46年、住み慣れた京都市内から、比叡山山腹に移り住みます。朱女さんは、この時代の父と家族のこと、そして家の周りに広がる風景を叙情的に描いていきます。彼女はプロの文筆家ではありませんが、その情景がありありと浮かんでくるような文章です。「孤高の画家」と称され、自分の画業追求のために画室に籠った父親を見つめる優しい眼差しが、読む者を穏やかな気持ちにしてくれます。

タイトルにある「飯場」は、彼女が引っ越した時、まだ家が建ってなくて、住んでいた飯場同然のプレハブ小屋のこと。本来なら、えっ?こんな場所に住むの!?なんですが、子どもであった天真爛漫な彼女は、「だけど、あたしには毎日が夢のようだった。あたしは生涯一幸せだった。だって楽しいんである。毎日が、キャンプだよ。家族全員で」と嬉々として暮らします。

そして、あの頃を振り返って「遊びに遊んで、ひとかけらの心残りもない。あの絶大な幸福感は、いまも私のなかに満ちわたっている。たぶん、生涯の涯まで。」家族の愛情の中で、羨ましくなるくらい伸び伸びとした少女時代。

昨今は夏といえば、「酷暑」「猛暑」とネガティブなイメージですが、私たち世代(彼女は10歳ほど年下ですが)、夏は子どもにとって天国でした。

その嬉しさはこうです。「きりりと冷たい高原の朝のラジオ体操 ヘブンだったプール! 着替えのパンツを忘れてスースーするお尻の帰り道 日没を待ちかねて山々から降り注ぐ蜩の声 漆黒の空から舞い降りる星々の光り」

思いだします、幼かった夏の日々を……。

この家には、TVがなかったそうです。で、食事時間は様々な話に花が咲きます。その中で、前の戦争のことが話題になります。戦争中、日本軍が何をしてきたかを彼女は父から聞かされました。亡くなったお兄さんが「親爺が毎日さもいやそうにゲートル巻いて工場にいくんや」と言っていたと、戦争嫌いの姿も描かれています。このお兄さんも生涯反戦を貫いたという気骨のある一家でした。

ところで、彼女は小さい時「しめちゃん」と呼ばれていて、へんな名前!と父に訴えると、いやいや、狂言師の茂山さんも「七五三」と書いて「しめさん」と読むんやとのお答え。茂山さん(後の千作さん)は父親のあそび友だち。「沢宏靱を偲ぶ会」で狂言を演じてくれた関係です。その茂山さんも、平成14年5月、この世を去りました。今頃は天国で、やあやあとお酒をくみ交わしているかもしれません。

私がこの本で最も好きなフレーズはこれ。

「むかし、元日の朝の空気は『お正月の匂い』がした。幾つくらいまでだが、毎とし。」

最近はそんな匂いもなくなりましが…….。

ところで、朱女さんは水彩画、銅版画の制作をする作家で、一昨年、当レティシア書房ギャラリーで個展を開催(左写真)、今年は10月11日より第二回目の個展をお願いしています。またここでご案内します。

 

英文学者、吉田健一は、どうも苦手な作家の一人でした。「舌鼓ところどころ」(中公文庫250円)等の食文化に関するエッセイは読みましたが、本格的文学論になるともうお手上げでした。

しかし、娘の吉田暁子さんが書いた「父吉田健一」(河出書房新社1400円)は、等身大の吉田が描かれていて面白く読むことができました。

彼女が生まれたのは終戦の年。当時、吉田一家は鎌倉に住んでいました。その鎌倉時代に、彼女は父親の書いたものを初めて手に取っています。こんな記述があります。

「自分の著作を署名入でりで贈ってくれるのは、父が子どもの本を訳さなくなってから一時途絶えたが、私が大学を出て、父が今代表作と言われているものを次々と書くようになると再開された。」

そうか、吉田健一は、娘に本を贈る際に署名するんだ。暁子さんが、大学を出て翻訳家としての道を歩み始めたので、「父が私を一人前と認めてくれたということがある。」と回想しています。

今回、初めて知ったのですが、彼は大の犬好きでした。吉田家には三代にわたって犬がいました。その三代目「彦七」、通称彦ちゃんは13歳と半分の長寿を吉田家で全うしました。本の後半で、父親と犬の関係について書かれています。

戦時中、彼は疎開した人々に置き去りにされた犬がいれば連れて帰り、一晩世話をして、翌日、出かける時にどこかで別れを告げていたみたいです。

「犬を最後に見つめる父は、パリの空港での、それと知らずに父と私の今生の別れとなってしまった時の『それじゃあ』と父がいった時の、優しい、悲しい、大きな眼をしていたのだろうと思った。」

という思いを暁子さんは、書いています。

偉大な父を持った、娘の慈愛にみちた回想録としてお薦めしたい一冊です。なお、表紙の写真は、吉田健一書によるお皿です。

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「洛中から守口(大阪府)は遠おすなぁ〜」と、いけずな京都人なら言いそう、とは大げさですが、京阪電鉄で、三条から1時間ほどかかりました。

なんで、守口まで行ったかと言うと、数ヶ月前にオープンした「たられば書店」のオーナー山本さんとお近づきになるためです。ちょうど「たられば書店」のギャラリーで開催されている小幡明×たられば書店「世界のかけらと守口雑貨」も見たかったので。

小幡明さんは、当ブログでも紹介しましたが、彼女が旅した世界の色んな町を

イラストで描いて、小冊子にまとめた「世界のかけら」(各330円)の作者です。当店でも扱っていますが、売切続出。再度バックナンバーを揃えて販売する予定でしたので、せっかくの個展に行かねばと守口の駅前に降り立ちました。

特急の停車しない守口は、ご他聞にもれず、商店街にあまり活気がありませんでした。駅前の横町に佇む「たられば書店」は古い二階建ての民家をそのまま書店にした感じで、一階の奥には、かつてここに住んでいたご家族の台所が残っていました。

急な階段を登って2階に上がると、冬の日ざしが眩しい明るい部屋。窓際の部屋は、子どもの遊び場として解放されていて、さながら児童図書館みたいです。お手製の小さなすべり台も備えてあります。きっと、午後は、子どもたちの歓声でにぎやかなことでしょう。

その反対側に小幡明さんの小冊子とポスターが並んでいました。雰囲気に妙に溶け込んでいる面白い展示です。彼女の作品を前に、山本さんが珈琲を入れてくれました。お店を始める前は何をされていたんですか?とお聞きしたら、「主夫」ですとキッパリ。子どもが大きくなったので、子育てから解放されて店を開かれたとの事でした。

1階の書店は、もう「ザ・古本屋」。買い取った本や、在庫が所狭しと並んでいます。さらに、その間にちくま文庫の新刊や、ミニプレスも顔を覗かせています。ここに座り込んで、のんびりと本を探していたら、あっと言う間に日が暮れそうな、居心地のいい本屋さんです。本には値段が付いていません。店主とお客さんがワイワイ言いながら、ま、こんなもんでしょうね、と決めていくみたいです。と言っても大阪っぽい「にいちゃん、もっとべんきょうしてやぁ〜!」みたいなノリではなく、もっとゆる〜い感じみたい。

珍しいものを発見しました。村上春樹原作の映画「ノルウェイの森」の10インチレコードサイズのパンフレットです。

レコードよろしく、ジャケットを取ると、「Norwegian Wood」とセンターに書かれたレコードが撮影されたパンフレットが登場します。きちんと配給元「東宝」のマークも入っています。

こんな店が、この町のあちこちに出来て、活性化するのが夢ですねという話などをしながら、店を後にしました。最初、活気がないと思われた(着いた時間が早すぎたか)商店街をよく見ると、素敵なカフェや、面白そうな店があるのがわかりました。特急は停車しませんが、若い世代が、盛り上げて新しい魅力が発信できたらいいですね。

当店の夏の古本市(8月)に、出店のお誘いをしてきました。楽しみです。

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小説なり、エッセイなりを読んでいてシャキッとさせる文章に出会うと、思わず背筋が伸びます。

大学生の時に、辻邦生に出会い初めて言葉の持つ強さに目覚めました。「嵯峨野明月記」、「安土往還記」そして「背教者ユリアヌス」といった歴史小説に、心動かされた「真面目だった」青春時代の思い出です。

その後、様々の作家に出会いました。生き方や世界感が文章に溢れている池澤夏樹。首尾一貫した思想に、強さを感じました。池澤と親交のあった須賀敦子も、やはり凛とした文章を書く作家です。

「幼いときの読書が私には、ものを食べるのと似ているように思えることがある。多くの側面を理解できないままではあったけれど、アンの文章はあのとき私の肉体の一部になった。いや、そういうことにならない読書は、やっぱり根本的に不毛だといっていいのかも知れない。」

「遠い朝の本たち」(ちくま文庫350円)に収録されているアン・モロウ・リンドバーグのエッセイについて書かれた文章です。一人の少女が、大人へと成長する過程で、精神の羅針盤となった本について書かれています。

最近、その力強さに驚かされたのは幸田文「父その死」(新潮社/絶版1800円)です。

昭和23年夏、父幸田露伴の臨終と葬儀を冷静に見つめた本です。父が初めて寝室で血を吐いた、その瞬間を

「死は父を奪うに、なんとふてぶてしくやって来たことだかと。しょっぱなから鮮烈な血の彩りをもって、不敵に面つきだして挑んだことだった。」

父親に近づきつつある死の訪れに、混乱する彼女を、まるでドキュメンタリストのカメラが正確に捉えた如き描写も凄味があるのですが、何度も吐血を繰り返す中、血の臭いを「鈍重な、ずうずうしい。押し太いにおいだ。ものを統一させる、清澄なにおいではない。悩乱させ騒動させる臭いだ。」と描いています。90ページ弱に及ぶこのエッセイは、最後、簡潔に終わっています

「父は死んで、終わった。」

あとがきで幸田文は、「死とはかくも内外ともにたやすからざることであり、他方からいえばこうもやすやすと行われるかとも深く感じ、思うこと多く」とあり、父の死には「私一人が直面しようとした。面と対えるのは一人の一人だ」と強い文章で、彼女の心持ちを描いています。決して、読んでいて楽しい一編ではありませんが、誰もが直面する死を、正面から捉えた傑作でしょう。

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北海道在住の写真家、伊藤建次の写真エッセイ集「アイヌプリの原野へ」(朝日新聞出版 1900円)は、北の大地に住み、アイヌ文化の真実を探し求める探究心に満ちた一冊です。元々、雑誌「家庭画報」に1年半程連載されていたのを、一冊の単行本にまとめたものです。全16章、北海道の自然を捉えた写真と文章で構成されています。

「初めてOKI(オキ)と出会ったのは確か占冠(しむかっぷ)のライブ会場だった。当時旭川に住み、アイヌ文化に思いをよせながら自然の撮影をしていた僕は、樺太アイヌに伝わる弦楽器、トンコリのライブがあると聞いて足を運んだ。OKIがトンコリを弾きだして間もない頃だ。」

伊藤さんは、トンコリの音色に誘われるように北海道の原野を旅していきます。そして、様々な形で色濃く残るアイヌ文化に触れて、読者にわかりやすく、彼らの文化を紹介してくれます。

例えば、ヒグマ。アイヌ語でキムンカムイ(山の神)と呼ばれています。つまり、それ程位の高い存在です。そして、アイヌの信仰では、クマの肉や毛皮は、クマという神がアイヌモシリ(人間の国)に来る時のお土産なのです。アイヌが飼っていた子グマが大きくなった時に、神が再訪してくれることを祈願して、息の根を止め、霊魂をカムイモシリに送り返すイオマンテと呼ばれるクマ送りの儀式をしていたことについて、

「『イオマンテ』という言葉には、元来、イ(それ=クマの霊魂)、オマンテ(送る)という意味が込められている」とアイヌ語の世界も教えてくれます。

この本は、著者の撮影した動植物や、広大な風景の作品を楽しみながら、豊饒なアイヌ文化の一端を知ることができるのです。

「カント オロワ ヤク サクノ アランケプ シネプ イサム」ー「天から役目なしに降ろされたものは、ひとつもない」

というアイヌの教えあります。アイヌ語を口に出して読んでみるのも面白いかもしれません。

ところで、私のトンコリ初体験はというと、数年前、当店で開催した「纏うべき風 結城幸司木版画展」で、結城さんが語るアイヌの民話に合わせて、彼の友人の長根さんが演奏したトンコリを聴いたときでした。風の奥から聞えてくる優しい音色に聞き惚れたことを思いだします。

そして、この本に載っている版画はすべて、その結城幸司さんの作品です。よけいに親しみを感じました。

OKIのデヴューアルバム「カムイコルヌプルペ」(カムイの偉力1300円)もありますので、よければご試聴ください。

 

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