本日ご紹介するのは、「文学的香り」どころか、「文学作品」そのものを映画にした「長いお別れ」です。中島京子の原作は、当ブログで紹介しました。認知症になって、日々記憶を失ってゆく父親と、彼を見つめる妻と二人の娘の人生を描いた原作通りの映画化でした。

監督・脚本は、初めての長編商業映画『湯を沸かすほどの熱い愛』(16)が、日本アカデミー賞主要6部門を含む、国内の映画賞計34部門を受賞した中野量太。これは宮沢りえ熱演のロードムービーの傑作でした。 オリジナル脚本で独自の世界を創り続けてきた監督が、今回は、原作に惚れ込み初めて映画化にチャレンジした作品です。認知症を発症した人物と家族の関係というのは、こんな淡々としたものでもなく、もっとドロドロとしたものだと思います。

でも今回、映画作品を見て再度原作に目を通して気づいたのは、これは認知症になった父親の物語ではなく、このことをきっかけに人生の新しい舵取りを選択してゆく妻と二人の娘、そして登校拒否の長女の息子タカシの物語なのだということでした。主演の父親に山崎努、妻には松原智恵子。長女の竹内結子、次女蒼井優。全て見事でした。

映画には、父親との永遠の別れのシーンはありません。主人公が不在になった部屋に、次女が借りていた本を返しにきて「ありがとう」というだけです。

原作の最も素敵なところは、タイトルの「長いお別れ」の意味が判明するラストなのですが、映画も忠実に、しかし、映像でしか表現できない方法で描いています。

アメリカにいる長女の息子タカシは、ずっと登校拒否状態で、学校からの呼び出しで校長との面談に臨む場面になります。そこで、初めて彼の口から「祖父が死にました」というセリフが出ます。10年前から認知症が始まりっていたことを校長に告げるとを、校長はこう言います。

「十年か。長いね。長いお別れだね。」その意味を分かりかねた彼に向かって、「『長いお別れ』と呼ぶんだよ、その病気をね。少しずつ記憶を失くして、ゆっくりゆっくり遠ざかって行くから。」

このあたりの描写は、映画は完全に原作に忠実です。原作はこの後「タカシはちょっと考えて、肩をすくめ、校長室のドアを開けて廊下に出た。」という文章で幕を閉じます。しかし映画は、ドアを出てから誰もいない長い廊下を歩いてゆくタカシの後姿を、しばらくの間捉え続けます。彼のこれからの人生が、彼が納得の行くようなものに進んでいけばいいというような思い、3人の女性たちの人生が少しでもいいものであるようにと願うような幕切れでした。

このブログで、中島京子について、「長いお別れ」「彼女に関する十二章」最近作の「夢見る帝国図書館」と三作も紹介していたんですね。いつの間に、こんなに熱心な読者になったんだろう……..。

 

インド映画「あなたの名前を呼べたなら」は、例えば、小川洋子や森絵都の長編小説を読み終わった後のような、とても味わい深い気持ちになりました。インド映画といえば、キラめくような踊りと音楽に満ちた世界を想像しがちですが、これはそうではありません。

インドの身分社会に対して明確な批判を込めた視線、抑制の効いた映像処理、過剰にならない演出、控えめながらエモーショナルな音楽などが見事にブレンドされています。物語は至ってシンプル。資産家の御曹司の家にメイドとして奉公する若い女性とその御曹司の、”身分違いの恋 “を描いています。

経済発展著しいムンバイ。農村出身のメイド、ラトナの夢はファッションデザイナーになることです。若くして夫を亡くした彼女が住み込みで働くのは、建設会社の御曹司アシュヴィンの新婚家庭、のはずだったのですが、結婚直前に婚約者の浮気が発覚し破談になってしまい、広すぎる高級マンションで一人暮らす彼に気遣いながら、ラトナは身の回りの世話をしています。メイドと雇い主の関係だった二人は、急速に接近してゆくのですが、ここにインドの階級社会の厚い壁が立ちはだかります。それでも世間知らずの御曹司の方は、二人で暮らす道を探ろうとするのですが、ラトナは甘い!とバッサリ。彼の家から出て行きます。未亡人の女はそれでなくても差別されているのに、しかも厳しい身分差がある社会で、どうやって幸せになんねん、アンタ!と切りつける演出。監督はムンバイ出身の女性ロヘナ・ゲラでした。

身分による差別が、今も残っているインド社会を見つめながら、一人の女性の成長を丹念に描いてゆき、悲恋ものでは終わらないところが「後味のいい映画」の所以です。オリジナルタイトルは”Sir”。つまり「ご主人」ですが、ラストシーンに彼女が携帯越しに発する一言にきっと涙します。

大切なものを見つけ、懸命に生きる女性を描いたという物語として、森絵都「風に舞いあがるビニールシート」(文藝春秋/700円)を思い出しました。あれも、最後の少女の言葉が、涙腺を200%緩くする効果有り、でした。

明日も映画紹介が続きます。お楽しみに!

「『いやぁ〜亀岡から来はったん?』京都人から受ける理不尽な”カメハラ”」という表紙の文句だけで、吹き出しました。ご存じグレゴリ青山さんと、キリカメ7の「ナマの亀岡」(ミニプレス/300円)です。な、何だ「キリカメ7」って!?

これ、「かめおか霧の芸術祭」のイベントの中で、自分のことをキャラクター化して亀岡ネタで漫画を描くというグレゴリさんの教室に参加した人たちの、キャラと地元ネタの漫画があまりにも面白くて、本になったらしい。「かめおか霧の芸術祭」にちなんで、漫画を描いた六人を”キリカメ7”と呼んでいるのです。6人なのに7(セブン)としたのは、ゴロがいいから。

ヘェ〜、亀岡ってこんな場所、と興味が湧いてきます。亀岡市は京都府の中西部に位置し、宇治市に次ぐ京都府第三の都市。ここが霧の町だとは知りませんでした。「今工事中のサッカーズタジアム ただでさえ巨大すぎて非現実的なクレーンが深い霧につつまれると」「な、なんか世界が終わった後の景色みたい…….」なんてギャグも描かれています。京都市内に住む人から微妙にいじられる”カメハラ”満載。なお、当店販売分はグレゴリさんサイン入です!

 

もう一冊新着のミニプレスは、福井県小浜市から入ってきた佐藤実紀代著「はしはうたう」(HOSHIDO1296円)です。著者の佐藤さんは、福井市生まれのフリーの編集者です。編集などの本に関係する仕事をしながら、書店「HOSHIDO」を立ち上げ、この書店を通じて出版された処女作がこの本です。

著者の佐藤さんから、「レティシア書房のお客様へ」というメッセージに「『鯖街道』で結ばれている京都と福井県小浜市。小浜という小さな町で、人生をかけて作られて若狭塗箸の職人、的場さんの想いと作品を味わってください」と書かれていました。

500種類以上にもなる的場さんの作品から、ご本人によってセレクトされた16点の美しいお箸の写真。制作過程と、小浜市から少し離れた所にある谷田部という野山と田んぼに囲まれた村に生まれた的場さんの人生が、この本に詰まっています。若狭塗箸の伝統を継承しつつ、鮮やかな色彩でまるで芸術品のような職人技にため息が出てきそうです。

 

 

 

2015年、映画をテーマにした「荒野の二人展」を、イラストレーター朝野ペコさん楠木雪野さんコンビにより開催しました。レティシア書房の名前の由来である映画「冒険者たち」から始まって、連想ゲームのようにセレクトされた映画のイラストが並んだ楽しい企画でした。続いて2017年の「続・荒野の二人展」には「私たちのするめ映画」という副題がつき、地味ながら味のある映画の一場面のイラストがずらり。そして、映画好きイラストレーター二人によるお待ちかね第3弾!!「新・荒野の二人展」のテーマは「ヒーロー」です。自分にとって「ヒーロー」は誰か?ヒーロー映画とは何か?という二人の問いに、想いを巡らせてください。

選ばれたヒーローたちは、カッコいい「グロリア」のジーナ・ローランズや、「ドラゴンへの道」のブルース・リー、「サムライ」のアラン・ドロンもいれば、「幕末太陽傳」のフランキー堺というひねりの効いた人もいて、やっぱりこの映画好きの二人、一筋縄ではいきません。

モノクロの朝野さんの作品は、計算されたこれしかない!という気持ちのいい線は相変わらずですが、今にも次のシーンに続く動きがあって新鮮な感じがしました。シャッ!とか、バン!なんていう音が聞こえてきそう。「ピンポン」(写真上)の緊張感は本人が卓球を始めたせいもあるのか…….。ちなみに朝野さんが映画好きになったきっかけになった映画は「狼たちの午後」とか。

一方の楠木さんは、白い画面を大きくとった構図に、少しだけ加えられた色彩が美しい。添えられた文字がとっても上手くて洒落ています。こんな程よい軽やかさは、簡単そうに見えて実はとても難しいと思うのですが、センスの良さに舌を巻きます。映画好きになったきっかけになった映画は「明日に向かって撃て」、R・レッドフォードが楠木さんのヒーローだそうです。描かれた「コンドル」のレッドフォードには愛を感じます。

それぞれの作品には、「どんな映画?」「どんなヒーロー?」の説明が書かれていて、一つ一つ読んでいくのも楽しいです。私のヒーローは、「十二人の怒れる男」のヘンリー・フォンダかな。この展覧会が終わるまでに今まで見てきた映画をゆっくり思い出してみよう………。それにしても毎回楽しいこの企画。ぜひ続けてほしいと願っています。(女房)

なお、作品は全て販売しております。「ヒーローオリジナルグラス」(1200円)、ポストカードなどのグッズも販売中。

「新・荒野の二人展 ヒーロー」は8月24日(土)〜9月8日(日) 12:00〜20:00(最終日は18:00まで)月曜定休日

 

 

本日で「夏の古本市」は終了です。毎日、古本市に出品されている本を紹介してきました。各お店から、本が届くと、これは店で買おうととか、自分で読もうかと思う本が沢山あります。しかし、古本市が終わりに近づくに連れて、そんな目星を付けておいた本は、ほぼ買われているのが現状です。(まさか、初日から当店が抜くわけにもいきません)でも、それでも残っているのもあり、お〜ぉ、残っていてくれたのかと、買ってしまいます。で、本日は今回ゲットしたものをご紹介します。

村上春樹のギリシャ・トルコ辺境紀行を、ギリシャ編、トルコ編に分けて、松村映三の写真と一緒に収録したのが「雨天炎天」(らむだ書店/新潮社)です。春樹の紀行は、どれも良くて、私は長編小説より好きです。本作も、文庫本では読みましたが、箱入り2冊セットものは、あまり見ません。北部ギリシャからトルコ最深部へと旅する作家と写真家のハードな旅をまとめたものです。修道院に泊まりながら、ひたすら歩くギリシャ編、その一方で四駆の車で埃だらけの街を疾駆して、兵隊と羊がやたらと目立つトルコ編。喉が渇いてくる辺境踏破物語です。

 

「京都市中京区の千本通りで、千本座という小さな劇場を営む牧野省三は、巡業映画の横田商会を営む横田永之助から映画作りを頼まれた。明治四十二年十月十七日早朝、牧野の数人の撮影隊は、劇場裏の大超寺の境内で横田がパリで買い求めたパテのカメラを回し始めた。」

これ、都筑正昭著「シネマがやってきた」(町家古本はんのき出品/小学館)の一部分です。映画機材が日本に入ってきて、日本映画の曙とも言える時代が始まります。そんな時代を走り抜けた愛すべき活動屋たちのドラマを描いた一冊です。小説並みに面白い!

 

えっ。こんな表紙で、この作家の本??と不思議に思っていたのが、小沼丹の「お下げ髪の詩人」(葉月と友だち文庫出品)です。ユニークで、文学愛好者にはファンの多い幻戯書房が出版したもので、小沼の未刊行少年少女小説集です。1950年代から60年代にかけて少年少女雑誌に発表したものを中心に組まれたアンソロジーです。渋い小説の多い小沼のみずみずしい恋愛小説って興味湧きませんか? また、表紙も小沼らしくないところがいいです。

 

連日38度という猛暑の中、お越しいただいたお客様、お忙しいところ選書していただき、本をお送りいただいたお店の皆様、本当にありがとうございました。当店は、明日より23日までお休みさせていただき、24日より「新・荒野の二人展」が始まります。こちらも、よろしくお願いいたします。

 

 

 

第八回の「夏の古本市」も、いよいよ明日が最終日(18時まで)。というわけで「『夏の古本市』こんな本あんな本」も本日が最終回となりました。紹介した本が次々と旅立ちました。読んでいただきありがとうございました。

小島信夫著「こよなく愛した」(らむだ書店出品/講談社2200円)。個人的読書体験ですが、小島の本は最初に全3巻にもなる「別れる理由」にチャレンジして、途中で挫折して以来、読んでいませんでした。老夫婦の暮らしに流れる孤独、不安、そして愛すべき人生を綴ったエッセイのような短編集ですが、一筋縄でいかない所が、小島の世界です。この人の小説って、スルスルとは読めません。会話のズレや、食い違いを楽しみましょう。最晩年に書かれた「養老」は、かなりユニークな小品です。

文芸評論家の饗庭 孝男が、京都の古寺を歩いて、その風景を綴った「中世を歩く 京都の古寺」(本は人生のおやつです出品/小沢書店1000円*著者献呈署名本)は浄瑠璃寺、神護寺、仁和寺などの古寺を歩きながら中世文学と思想への思いを込めながら、思索したアカデミックな一冊です。

「灰色の空から雪が舞い落ちてくる。その白さに咲きはじめた梅の紅色が入りまじり、黒ずんだ北野の御社の堀がその背後の幻想のようにうかんでいる。これは二月も半ばの、昔からの北野の風景であるが、本殿に続く石畳の道をわが子の合格を祈る母たちが足しげく通ってゆくのは今日の風景であろう。」

で始まるのは北野神社の風景です。観光客でごった返す昨今の古寺の風情と違う、静謐で、ゆっくりとした時間の流れる古寺を著者と共に散策するような名著です。

誰これ?という興味津津の本がありました。若林純著「謎の探検家菅野力夫」(徒然舎出品/青弓社800円)。明治末から昭和初期にかけて世界中を探検した男です。表紙(写真左)のように、探検家ルックでポーズを取り、手には骸骨を持っている姿を写真に撮り、それを絵葉書にして売っていた男。経歴不明、どんな探検を行ったのかも明らかになっていない菅野に興味を持った著者が、彼の足跡を丹念に追いかけるノンフィクションです。彼の撮ったフィルム5700枚、探検旅行を集めたアルバム20冊、膨大なスクラップに旅の記録。膨大な資料の山に挌闘しながら、この怪人の姿をあぶり出していきます。

絵葉書コレクターの間では、菅野の絵葉書は有名なのだそうです。

★「夏の古本市」は明日18日(日)の18時まで開催しています。

勝手ながら、19日(月)〜23日(金)まで休業いたします。

 

 

 

 

 

 

 

いよいよ、夏の古本市も残り三日。極めて安い本もあって、まとめ買いの方もおられます。まだまだ、掘り出し物があるみたいですよ。

どこの古本市でもそうですが、ちくま文庫が狙い目です。え?この価格で!というものを見つけると嬉しくなってきます。今回もありました。古今亭志ん朝の「風流入門」(待賢ブックセンター出品/100円)。日本の風流を、小唄、和歌俳句、芝居などの言葉から選び、粋な調子で志ん朝が語ってゆきます。

同じく、ちくま文庫の野原一夫「人間檀一雄」(待賢ブックセンター出品/500円)は、あんまり見ない一冊ですね。放浪の一生だった檀一雄と長年接してきた著者が、坂口安吾、太宰治らとの親交や、名作「家宅の人」のバックグラウンドを語ります。この小説の主人公矢島恵子のモデルになった入江杏子にも会い、檀がのめり込んでゆく様を見つめています。無頼派作家というイメージとは違う檀一雄が立ち上がる作品です。

 

阿川弘之の「カレーライスの唄」(本は人生のおやつです出品/500円)は、会社倒産で職を失った主人公が、妻と協力して、美味しいカレーライスの店を開業させてゆく姿を描いたエンタメ小説です。かなりの食通で知られた阿川だけに、こういうテーマでは、極上の旨さで読ませてくれます。

「特製インドカレー百五十円、カレーライス百円、ドライカレー八十円」

1961年2月からスタートした新聞小説後半に登場する、二人のお店のカレーの価格です。平松洋子が解説で「カレーライスひと皿、きっかり百円の潔さ。船出したばかりの小さな店『ありがとう』の空気がぴんぴん跳ねて伝わってくる。」と絶賛しています。

こちらは文庫にしては、やや高いのですが、中々この価格では入手できません。殿山泰司「三文役者の待ち時間」(らむだ書店出品/1000円)。貴重なバイブレーヤー役者殿山は、独特の文体とセンスで多くの本出していて、私も持っています。この文庫は、2章に別れていて、第1章は70年代〜80年代、著者の愛するミステリ、ジャズ、映画を論じたもので、第2章「三文役者の待ち時間」は、単行本未収録を集めたものです。1980年から83年までのミステリー小説、映画へ遍歴を綴りながら、やっぱり役者稼業もおもろいもんやという心情を書いています。

最後にもう一点。神蔵美子の「たまもの」(林海寺社/300円)は、2002年に単行本で出た時に衝撃を受けました。私的フォトドキュメンタリーの傑作です。元夫(評論家の坪内祐三)と別れ、新しい恋人(作家の末井昭)と一緒になった神蔵は、元夫との『特別な関係』を持ったまま、三人の奇妙な生活を送っています。このまま続いてゆくと思っていた関係が壊れてゆき、変わりつつある男たちの自我と自分の自我をファインダー越しに見つめたもので、写真と日記で構成されています。末井昭の作品の映画化で主役を演じた柄本祐が「読み応えが、凄いっす!」と帯に推薦文を書いています。ホントその通りの一冊ですよ、これは。

★「夏の古本市」は18日(日)まで開催しています。(最終日は18時まで)

勝手ながら、19日(月)〜23日(金)まで休業いたします。

 

台風が近畿地方に近づきつつある不安定な天気ですが、古本市は今日も開いております。

京都市左京区にある書店「ホホホ座」は、本好きなら知らない人はいないほどの有名店です。絵本「やましたくんはしゃべらない」(葉月と友だち文庫出品/岩崎書店1000円)は、「ホホホ座」店主の山下賢二さんがユニークな自らの少年時代を描いた素敵な絵本です。彼は小学校に入学してから、卒業するまで学校内で一言も喋らなかったのです。別に病気だったわけではありません。絵を描いた中田いくみが、俺は喋らないと決めた山下くんの表情を生き生きと見せてくれます。固い決意で最後まで押し通す山下くんですが、卒業式の微笑ましく、ちょっと切ないエピソードが素敵です。著者のサイン入りです!

食に関する本は、今回参加しているどの店からも出品されているのですが、最もユニークだっだのがこれです。熊田忠雄「拙者は食えん!サムライ洋食事情」(榊翠廉堂出品/新潮社600円)。この本は、日本が開国し新しい時代を迎えた明治初期、海を渡った幕府の各使節団や、諸藩が海外に送った留学生たちが、初めて目にする洋食といかに向き合ったかを調べ、未知の食文化をどのようにして受け入れていったのかを描いたノン・フィクションです。

米と魚と野菜を食べて育ってきた彼らが、いきなりパン、肉、乳製品に出会った時には、とんでもないカルチャーショックを受けたと思います。著者は、そんな彼らの心情を丹念に拾い出していきます。拒否感の多かった西洋料理ですが、当時日本にはなかったアイスクリームだけは、「たちまち解けて誠に美味なり」と絶賛だったそうです。ユニークな視線で開国当時の歴史を見つめた一冊。

村山槐多と共に大正画壇で活躍し、20歳で亡くなった画家関根正二の生涯を追った「青嵐の関根正二」(徒然舎出品/春秋社600円)は、とてつもなく面白い本です。著者が村山槐多の作品を見に美術館に出かけた時、こんな経験をします。

「『俺を見よ!』 おかしい。ぼくの他には誰もいなかったはずである。横を向くと、黒っぽい服を着た三人の男女が描かれている一枚の肖像画があった。

『?』空耳だろう、絵がしゃべるはずがない、と思い直し、また槐多の絵の世界にひたっていると、今度ははっきりと聞こえてきた。 『俺を書け!』」

まるで小説の滑り出しみたいですが、これが著者と関根正二の出会いでした。「新宿鮫」でお馴染みの大沢在昌が、「この本にあるのは、純粋に、己が目で確かめようとする作家の姿勢だ。問いかけ、答を胸で喰み、さらに素朴に次の問いへの答を探してゆく。美術にはまったくの門外漢である私にも、目がはなせない。」と、帯に推薦の言葉を書いていますが、本当に目が離せない伝記です。

 

 

★「夏の古本市」は18日(日)まで開催しています。(最終日は18時まで)

勝手ながら、19日(月)〜23日(金)まで休業いたします。

 

 

「夏の古本市」も後半に入りました。暑い中、遠方からもお越しいただきありがとうございます。多くの本が旅立っていきましたが、まだまだ面白い本があります。

天本英世という役者をご存知ですか。東宝の映画に数多く出演していた怪優です。戦争映画、怪奇映画、SFものなどジャンルを問わず、ワンカットでも強烈な存在感がありました。彼は、またスペインの詩人ロルカを深く愛する人で、「スペイン巡礼」というエッセイを出していますが、それから2年後に出された「スペイン回想」(テルミネス出品/500円)は、彼のスペイン文化、人々への愛情が込められた一冊です。私は天本のファンだったので、彼が登場する映画があれば熱心に見ていました。「スペイン巡礼」も以前に読んでいましたが、この国への深い思い、フラメンコへの限りない情熱等が蘇ります。ロルカの詩をスペイン語、日本語両方で朗読できる稀有な役者です。

当店でも人気の作家山尾悠子は、シュールレアリスム芸術に強い影響を受け、詩的な文体で幻想的な異次元ワールドを作り出し、最後にはその世界を崩壊させるという作品を送り出してきました。「夢の棲む街/遠近法」(古書柳出品/三一書房2500円)は、あんまり目にしない一冊です。私は文庫版で読みましたが、表題作の「夢の棲む街」は難解な作品でした。「<腸詰宇宙>(とその世界の住人は呼んでいる)は、基底と頂上の存在しない円筒型の塔の内部に存在している。」で始まる「遠近法」のイメージが、無限大に拡散してゆく世界に頭の中がクラクラしつつ、山尾的なSF世界を楽みました。長野まゆみファンは必読です。 

集英社創業85年企画として出された全20巻「戦争と文学」。第9巻「さまざまなな8・15」(半月舎出品/集英社2000円)は、このお盆休みに読んでおきたいアンソロジーです。敗戦が確定した8月15日を境に日本は大きく変わっていきます。敗戦の衝撃、今まで信じていたものが崩壊してゆく様を様々な作家が描いています。中野重治、島尾敏雄、林芙美子、井伏鱒二、太宰治、茨木のり子など、多彩な作家の作品が選ばれています。同封されている月報では、安野光雅の「絵という旗印のために」というインタビューが収録。太平洋戦争開戦時、15歳だった著者の戦争体験を読むことができます。敗戦記念日には、この本ですよ。

できることなら全20巻読破していきたいと思える程に魅力的ラインナップです。

★「夏の古本市」は18日(日)まで開催しています。(最終日は18時まで)

勝手ながら、19日(月)〜23日(金)まで休業いたします。

 

 

絵本もたくさん出ています。

まずは、姫路の絵本専門店「おひさまゆうびん舎」の箱から、二点ご紹介。福音館が発行している「月間たくさんのふしぎ」は、こんな作家が、へぇ〜、こんな画家が参加しているんだと、驚かされる号がよくあります。1982年10月号「宇宙のつくりかた」(おひさまゆうびん舎出品/400円)は、文は池澤夏樹、絵は佐々木マキ担当という豪華布陣です。これは、ほんとに面白い!

続いて、長谷川集平の「あなに」(おひさまゆうびん舎出品/解放出版社/600円)。1976年、長谷川が「はせがわくんきらいや」を発表した時に、出版された谷川俊太郎(作)・和田誠(絵)のコンビで発表された絵本「あな」。この本へのオマージュとして2015年に出されたのが、「あなに」です。「集平さん、素敵な返球ありがとう!穴に埋められた40年の年月が、絵本の中で今日の青空に溶けていきます」と、帯に谷川が書いています。素敵なラストに、込められた思いを知るためにも、谷川の本も読みたくなります。

なんとゲーテ作「ファウスト」(徒然舎出品/西村書店800円)も絵本になっていた!戯曲「ファウスト」は、ご存時の通り、悪魔と契約し自分の魂と引き換えに、やりたい事を好き勝手にやった男の物語です。ファウスト博士、悪魔メフィストが繰り広げる人生の悲喜劇を、細密なウラウス・エンジカートが描いた、大人が楽しめる絵本です。
これを絵本と呼んでいいのかわかりませんが、ジャン・コクトーの「おかしな家族」(古書ダンデライオン出品/講談社800円)は、コクトー唯一のファンタジー作品として有名な作品です。彼が59歳の時に書いたこの本には、太陽と月の夫婦、悪ガキ達、ユーモアいっぱいの犬の家庭教師が登場して、ナンセンスで、不思議な物語を展開していきます。コクトーの卓越したセンスで描かれたデッサンが洒落ています。

エリック・カールの「カンガルーの子どもにも、かあさんいるの」(にゃん湖堂 出品/偕成社500円)は、さすがに魅力的な色彩が素敵。デフォルメされて描かれた動物たちが独特の躍動感を与えていて、楽しくなります。翻訳は佐野洋子です。

★「夏の古本市」は18日(日)まで開催しています。(12日(月)は定休日。)

その後19日(月)〜23日(金)まで休業いたします