鯨庭(クジラバ)の初作品集「千の夏と夢」(リイド社/古書600円)について、朝日新聞の「好書好日」でこんな文章を見つけました。

「職人がひとつひとつ手で仕上げた工芸品などから、生体エネルギーの迸り感じる時がある。躍動する竜のしなりに辺りの空気を震わせるグリフィンの羽ばたき 本作に登場する伝説の生き物を描いた線からも、エネルギーの放出を感じた。」

決して緻密な線で描かれた漫画ではないのですが、明らかに空中に飛び出すエネルギーを感じました。

短編が5つ収納されています。村に雨を降らすために龍神の生贄として献上された娘と、龍神との心の交流を描いた「いとしくておいしい」、山で人間の子供を拾い名前をつけて育てた鬼と、人間社会へと帰ってゆく子供との永遠の別れを描いた「ばかな鬼」、生物兵器として育てられたケンタロプスが戦後に目覚める「君はそれでも優しかった」、鷲の頭と馬の後半身があわされたヒポグリフと研究者の交流を描いた「僕のジル」、そして父親をなくした娘を見守る掛け軸の中に描かれた龍の物語「千の夏と夢」。どれも幻の獣と人間の交流を描いています、

どの作品にも感情移入してしまいそうですが、やっぱり第一話の「いとしくておいしい」のラストシーンでしょうか。本当は生贄を食べたくないのだが、村に恵の雨をもたらすために食いちぎる竜の迫力あるカットに続いて、目に涙を浮かべる龍神、そして、降り出す雨。龍神が流す涙のように降り続きます。

ファンタジーですが、慈愛に満ちていて、ある時は悲恋のような物語は涙を誘います。最終話の「千の夏と夢」で、幼い娘を残して天国へ旅立った父。父の納骨の朝、娘はそれまで彼女を見守ってきた掛け軸の竜にそっと触れるワンカットで幕を閉じます。これは泣ける。今後の活躍が期待の作家です。

 

 

タイ発の映画「バッド・ジーニアス危険な天才たち」は、評判を聞いていましたが見逃していて、外出を控えた正月休みのDVD三昧でやっと見ることができました。開いた口が塞がらない、というか、カンニングをテーマに、それだけでサスペンス映画を作ってしまったのです。しかも、スタイリッシュでスピーディ。劇場で払ったお金分だけは、きっちり楽しんでもらいますという映画職人魂のこもった作品でした。

中国で実際に起こったカンニング事件をモチーフに製作されました。小学校中学校と優秀な成績で、進学校に特待奨学生として転入を果たした女子高生リン。テストの最中に友人のグレースをある方法で手助けしました。リンの噂を耳にしたグレースの彼氏で、金持ちの御曹司パットは、リンにカンニングのビジネスを持ちかけます。すごいテクニックで、学生たち(リンの顧客)は試験で好成績をあげ、リンの収入は増加していきます。そして、アメリカの大学に留学するため世界各国で行われる大学統一入試「STIC」攻略へと挑戦していきます。

試験がマークシート方式なので、これまでのカンニングビジネスは比較的うまくいったのですが、「STIC」は難題でした。この試験を受ける受験生を合格させてやれば、大金が転がり込みます。もう、ここまでくると大人顔負けの技術と方法を駆使していきます。

39才の監督ナタウッド・プーンピリヤは、アジア各国のヒートアップする受験戦争と格差社会を底辺に置きながら、極めて洗練されたエンタメ映画を作り上げました、最初のシーンから観客は騙され、とんでもない方向へ持ってゆくテクニックに乗せられてしまいます。

ラストは見てのお楽しみですが、 こうくるか、という見事な結末です。リンを演じた美しいチュティモン・ジョンジャールスックジンのラストの視線が清々しい。

「恥ずかしい料理」(新刊/1980円)って何?と、先ずそんな疑問が頭を過ぎります。でも、これ一応レシピ本なんです。トーストの上にキュウリを切って絞っただけの「キュウリトースト」っていう超簡単レシピも含めて。

本書の著者は梶谷いこさん、写真を担当したのは平野愛さん。そして発行元は誠光社。こういうアプローチで家庭料理に愛を込めた本なんて、きっとなかったはず。うん、面白く読みました。

著者の梶谷さんは、友人や知人に頼み込んで、家に上がり込み、そのご家庭の日常にの料理を見せてもらいます。著者はこう言います。

「見せてもらった”恥ずかしい料理”たちはどれもキラキラ輝いて、手を合わせて拝みたいくらいでした。わたしの知らない”いつもの料理”をする淀みない手付き、思いも寄らないところから出てくる意外な道具、お願いして開けてもらった冷蔵庫のドアの内側、それはわたしが子どもの時からずっと探していた、台所の謎の答えだったような気がします。 台所という場所は、一体何をするところなのか?そこには、淡々とした日々の繰り返し、うんざりするような難題、それから、今のわたしではとても言葉にならないようなおかしさや味わいがありました。」

長々と引用しましたが、彼女は、入いり込んだ家庭の台所の匂い、佇まい、そしてそこに住む人々が口にする日常の食事を文章に吸い上げていきます。レシピと一緒に、その家庭への思いのこもったエッセイが掲載されていますが、そちらがとても良いのです。

誠光社で開催されていた発行記念の平野愛さんの写真展を見ましたが、やはりここに登場する家庭料理に対する愛情があふれていました。本書の表紙にもなっている「キュウリトースト」を撮った作品には、ファインダーを覗きながら、微笑んでいる写真家の気持ちが乗り移ったかのような素敵な仕上がりでした。

もちろん、ここに登場する人たちは気取りがなく、ナチュラルな人たちばかりであるのはいうまでもありません。自分にとって何が大切で、何が不要かをよく知っている方々ばかり。これは簡単なことではありません。

そうそう、当店ご近所にお住いの方ならご存知の「寿司割烹ふじ吉」さんも登場します。

 

 

気づいたら、私は中野翠のコラムを愛読してきていました。映画、小説、落語、ファッションについて、時に辛辣に、時に軽妙洒脱に綴っています。小林信彦という長編小説に傑作が多い作家にも、コラムが沢山あって、そちらを好きで先に読んでいましたが、中野のコラムにも同じものを感じたのかもしれません。

「コラムニストになりたかった」(新潮社/古書1200円)は、1969年に大学を卒業して、新聞社でバイトした時から最近までの、女性コラムニストの先駆け的な彼女の人生を振り返った本です。と同時に、時代により変遷していった風俗、流行、映画を再認識できる一冊でもあります。

「コピーライターというのは当時、急激に一般化しつつあった鮮度の高い職種名だった。老舗出版社の主婦の友社で、なぜコピーライター?という疑問も少しかすめたし、一名だけの採用というのも気になったけれど、軽い気持ちで受けたら受かってしまった」

これが彼女の出発点でした。それから「アンアン」に参加するようになり、様々な雑誌へと仕事を広げていきます。インタビューの仕事も増え、憧れだった森茉莉とも会うことができました。「マリさんの文章は、やっぱり特異な生まれ育ちというのも無視できず、私なんかがマネしたりするのは、みっともないことだというのは承知していた。私は私なりの生まれ育ちの中で、形成されて来たものを大事にしたエッセーを書けないものかなあーと、ボンヤリとだが模索していたような気がする。」と自分の仕事のスタンスを考えはじめています。

1985年、「サンデー毎日」から連載エッセーの依頼が舞い込みます。週刊誌2ページの連載は初めての経験で、躊躇したものの引き受けてスタート。これがその後、長期に渡って続くことになるのです。

彼女は多くの本を出していきますが、スタートから今日まで、一人であっちへ行ったり、こっちへ行ったりしながら、自分の仕事を、自分にふさわしい仕事を、確立していきます。その姿には、力みもなく、清々しい印象さえあります。

本著の最後の方でこんな文章に出会いました。

「小林信彦さんには確実に影響を受けた。『世界の喜劇人』『日本の喜劇人』、この二冊は決定的で、私のバイブルのようになった。」

そうか、やっぱり小林信彦か、と思いました。

 

 

本日より新年の営業を開始しました。本年もどうぞよろしくお願い致します。

ギャラリーの展示は、野生動物写真家に焦点を当ててみました。野生動物写真家といえば星野道夫を外すことができません。1996年、不慮の事故でこの世を去って今年で25年。写真集とともに多くの文章を残して、世代を問わずに支持されています。

彼が愛したアラスカの日々変化してゆく自然とそこに住む動物たちの姿を、写真で、または文章で伝えてくれました。確実なことは、彼がアラスカの大地に愛されていたことでしょう。そして、その大自然の姿を通じて、人も大きな生命の川の中で生かされていることを語ってきたのだと思います。

「星野道夫 最後の狩猟」という特集をしている雑誌「Coyote」最新号(新刊1320円)を始め、多くの本を揃えましたが、ほとんどが絶版になっているのですね。これを機会に集めてみてはいかがでしょうか。

当店で個展をして頂いた上村知弘さん(カナダ在住)と、安藤誠さん(北海道在住)の写真を示しています。10年くらい前に、初めて上村さんにお会いしたのが、安藤さんが経営する釧路のロッジ「ヒッコリーウインド」でした。その時に出会った暮れ行く湖に佇む一羽の鳥を撮った作品は、胸が締め付けられるような孤独、黄昏れる大自然の美しさに満ちていました。お金もないのに買います!と安藤さんに言ってしまったことを思い出します。

安藤さんは、毎年秋にネイチャートークで当店に来られていますので、ご存知の方も多いと思います。クマと、キタキツネを捉えた2作品を展示していますが、ポイントは眼です。じっとみていると、向こうから見つめられているような気分になります。二人の本も並べましたので、ご覧ください。

 

 

京都新聞の日曜版書評ページに、恵文社一乗寺店の鎌田さんが、一冊の詩集を紹介していました。個人的に好きな詩人以外、どちらかといえば詩は苦手です。でも鎌田さんの紹介は、とても正直ないい文だったので、読んでみようと版元を探しました。

それが「あさやけ出版」という小さな版元でした。岐阜県恵那市の古民家に移住してきた百瀬さんご夫婦が、「庭文庫」という書店を始められて、クラウドファンディングで資金を調達して出版社「あさやけ出版」を設立され、その第1作が、恵那市在住の石原弦さんの詩集「聲」(2585円)でした。(右下の写真は百瀬さん夫婦の「庭文庫」)

さて、「聲」の著者石原弦さんは、20年間山奥で豚を育ててきた人です。彼が生活の傍ら書きためた作品が一冊になりました。扉を開けたら、美濃手漉き和紙が一枚そっと挟まれた素敵な装丁で、76編の詩が収録されています。

「しんと静かで美しい言葉を、一人声に出して読んでいると、自然そのものと対峙しているように思えてくる」と鎌田さんは新聞に書いていました。

「古いレコードが/静かに回り始めたと思ったら/ぷつぷつと優しい音を立てて/針のように細かい雨がふっているのだ/六月の雨の夜は/大きな黒い円盤になって/ゆっくりと回り続ける/音楽は聞こえないけれど/それはとてもなつかしい/はるかむかし/水の中で聴いた音楽/細胞の中の音符/ 針音のように優しいノイズ/六月の夜に/古いレコードが/静かに回り始めたと思ったら…….」

鎌田さんがいう通り、「六月の夜のレコード」を音読してみると、静かな夜の満天の星空の下にいるような気分になってきます。

こんな素敵な詩集が、ひっそりと出版活動を始めた小さな出版社から発行されて、その紹介で今年を終わることができるのは幸せなことだと思います。来年も、このような出会いがあることを願っています。

★今年も一年間ありがとうございました。思いもよらぬコロナ禍の下、準備をしていただきながら、延期や中止をお願いせざるを得ない作家の方々には、この場を借りてお詫び申し上げます。また、そんな中ではありましたが、この小さな本屋のギャラリーで様々な展覧会にご協力いただいた皆様、お客様には心より感謝しております。人の繋がり、ご縁を大切にしてこれからも運営に努めます。2021年は、1月6日(水)より通常営業いたしますので宜しくお願い致します。(店長&女房)

 

谷崎潤一郎の「細雪」は「昭和十一年の十一月から昭和十六年四月までの足かけ六年の物語である。いうまでもなく昭和十二年は日中戦争が始まり、昭和十六年の十二月には太平洋戦争が勃発する。谷崎は、あえて時代状況を詳しく書き込むことはしないが、それでも四姉妹の暮らしに、戦争へと向かう時代が見え隠れする。」

と「『細雪』とその時代」(中央公論新社/古書2000円)の著者川本三郎は書いています。谷崎の「細雪」は、大阪船場の旧家の四人 姉妹の物語です。戦時下にあって、こんな優雅な、贅沢な暮らしの小説は時局に合わないと、軍部から雑誌への連載を差し止められました。しかし、谷崎はいつ出版できるかもわからないのに書き続け、戦後に出版されました。文庫にして全三冊の大長編小説です。

川本は、この大河小説を仔細に読み込み、四姉妹が生きた時代を見事に浮かび上がららせます。様々な資料を探して、読み、必要な箇所を提示していきます。本書は2006年から、約1年間、雑誌「中央公論」に連載されたものが単行本化されたのですが、丹念な取材や資料探しには膨大な時間がかかっていると思います、谷崎が住み、見つめてきた阪神モダニズム文化を、小説の世界に巧みに取り込んでいるのですが、川本は、こう言い切っています。

「つまり『細雪』で描かれた阪神間文化圏の世界は、大阪からはみ出た、あるいは、いまふうに言えば、大阪から『自立』した女性たちの『女だけの世界』だった。その世界を描けるのは、終生、女性を愛し続けた谷崎潤一郎しかいなかったし、谷崎によってしかあの時代の『女の世界』は描けなかった。」

小説の中の昭10年代の芦屋、神戸、船橋の風景の美しさ、たおやかさの描写を切り取り、実際のあの時代のモダニズム文化の諸相を、そこに当てはめながら、川本は、戦争へと向かう昭和10年代を描いていきます。

小説は三女の雪子の結婚までの道のりと、旧家のありように反発する四女の妙子の生活が軸になって進んでいきます。そして、物語のラストもこの二人です。しかも、決して明るい未来では在りません、いや、暗い影を落としているのです。雪子は挙式のために東京に向かう列車の中で、ひどい下痢に襲われ、苦しみ続けます。一方の妙子は身ごもっていた子供を流産してしまいます。かつては栄華を極めた旧家の没落を象徴するかのような幕切れです。

川本は「雪子の下痢は、妙子の赤ん坊の死と同じ流れの中にある。それは、蒔岡家という美しい花園の決定的な終わり、終末を示している。彼らの行く手には、太平洋戦争が待ち受けている。」

本著はこの文章で終わっています。

★レティシア書房 年末年始の休み

12月28日(月)〜1月5日(火)休業いたします。よろしくお願いいたします。

アトリエを運営しながら多くの本を書いてきた、美術作家永井宏がこの世を去ったのは、2011年。59才の若さでした。ミュージシャンとしてもライブを行い、また、今でいう「一人出版社」の走りとも呼べる「WINDCHIMEBOOKS」を立ち上げて、表現活動を行ってきました。

華美に走らず、ストイックに、物静かに、日々の暮らしを見つめた彼の文章にはファンが多くて当店でも人気があります。この程、新しく立ち上がった「一人出版社」信陽堂が、「愉快のしるし」(ミニプレス新刊/2420円)を出版しました。社長の丹治史彦さんは、2003年、暮らしや旅を見つめる出版社アノニマスタジオを作り、永井宏、高山なおみ、早川ユミなどの本を出してきました。2010年ぐらいから信陽堂の準備を始めて、この本を世に送り出しました。

先日、丹治さんが来店された時に、まだ未発表の原稿がこんなにあったのですね、とお訊ねすると、永井がオープンさせた「SUNSHINE+CLOUD」というショップの通販カタログに17年間載せていた彼の文章を集めたもの、ということでした。

「インディゴは洗えば洗うほど愉快な色になる。生活と水と太陽の光と風が響き合って肌に馴染んでいく色だから。」

と服飾店のカタログらしい文章もありました。

永井は、1992年生まれ故郷の東京を離れ、神奈川県葉山の海辺のまちに転居。「サンライトギャラリー」を開設して、生活に根ざしたアートを提唱しました。過剰な消費生活に背を向けて、足元を見つめながらアートと共に暮らしてゆく生活を実践していき、その思想が、多くの著書で若い世代を中心に支持が広がっていきました。この人のことが当店のお客様に受け入れられていることは、嬉しい限りです。

本書の中で、書店にとっては”天の声”みたいな文章を見つけました、

「カフェ・ブームの次にきてるものは個人的な視線や趣味を持った書店だって知ってた?新刊も古書も含めた、ブック・ストア、好い感じの言葉だ。どんな小さな街にも、面白いブック・ストアがあるときっと楽しい。ちょっとお茶を飲めたりするのも基本的なパターンになっているから、色々な話の詰まった本を背にしたり、手に取ったりしながら世間話をそこで始める。文化っていうのはそんな些細なことから定着したり、育っていったりする。そして、それが、これからの時代って言うもんじゃないだろうか。」

永井の旧作もどんどん入荷中です。これを機に一度手に取ってみてください。蛇足ながら信陽堂社長の丹治さんは、バームクーヘンでお馴染みの近江八幡の「たねやグループ」広報誌の監修もされています。

★レティシア書房 年末年始の休み

12月28日(月)〜1月5日(火)休業いたします。よろしくお願いいたします。

 

Tagged with:
 

う〜ん、こんな新しい感覚の文学が、韓国から出るんですね。タイトルは「ギター・ブギー・シャッフル」(新泉社/新刊2200円)。著者はイ・ジン。タイトルから、懐かしい曲!と思われた方は音楽通かも。これ、ベンチャーズの曲がタイトルになっています。

朝鮮戦争で孤児になった青年が、ギター片手にショービジネスの世界で活躍するという「青春」ものです。すらすらと読める小説ですが、作家のいとうせいこうは「日本の市場にエンターテイメント小説が入ってきたことになる。だが、かの国の文学の特徴でもある社会と個人の軋轢は決して消えることがない。この辺は日本との大きな違いだろう」とその深さを語っています。

二十冊ほどですが、新しいアジア文学が揃いましたので、海外文学のコーナーに特集を組みました。以前、ブログで紹介したウー・ミンイーの「歩道橋の魔術師」や、イ・ヨンドクの「あなたが私を竹槍で突き殺す前に」も再入荷しました。

一方、韓国、済州島の詩人ホ・ヨンソンの詩集「海女たち」(新泉社/新刊2200円)も邦訳されました。日本統治下の済州島での海女闘争、出稼ぎや徴用といった悲劇的歴史を背景に、時の権力に立ち向かった海女たちの姿を詩という形で表現したものです。

そうかと思えば、これも紹介したことのあるクミ・ホンビの痛快な女性たちが登場する「女の答えはピッチある」(白水社/古書1300円)のようなエッセイも楽しむことができます。また「82年生まれ、キム・ジョン」のチョ・ナムジュが2018年に出した短編集「彼女の名前は」(筑摩書房/古書1200円)も読んでおきたい一冊です。28編の物語から、暮らしの中に潜む不条理に女性たちが声を上げています。

割と早くからアジアの文学書を翻訳していた九州の出版社、書肆侃々房から出ているチェ・ウンミの「第九の波」(書肆侃々房/新刊2090円)は、欲望渦巻く町で起こる奇怪な事件をベースにした社会派の小説で、私が今最も読んでみたい一冊です。カルト教団が蠢き、原子力発電所誘致を巡っての利権争い、監視し合う住民たちなど、どす黒い世界が舞台です。

 

★レティシア書房 年末年始の休み

12月28日(月)〜1月5日(火)休業いたします。よろしくお願いいたします。

 

 

 

 

 

 

 

 

カルーセル麻紀は、私たちの世代には、初めて出会うトランスジェンダーのタレントで、関西系のTV番組で司会や、コメントを言っていたのを懐かしく思い出します。とても綺麗な頭の回転の早い人でしたが、1970年代なんて、ニューハーフやオカマなどという偏見や差別が今とは比べ物にならないくらい多かったはずです。そんな中で、彼女が堂々と振舞っていたのが印象的でした。

桜木紫乃の「緋の河」(新潮社/古書1650円)は、カルーセル麻紀の半生を描いてた小説です。500数十ページにも及ぶ大河小説、いやぁ〜読むのに時間かかりましたが、超面白い!

「釧路の街に、昭和二十四年を迎える除夜の鐘が響いた」という文章で物語はスタートします。カルーセル麻紀、本名平原鉄男は、昭和17年、厳格な父親の二男として釧路に生まれます。

「へえ、ヒデ坊はもうじゅうぶん可愛いと思うけどねえ」(小説では秀男という名前になっています)と書かれているように、小さい頃から可愛い子供で、女性への憧れを抱いていました。

小学校にいく頃になっても、「なりかけ、なりかけ、女になりかけ」と周りから虐められていました。けれども「なりかけ」というアダ名で呼ばれても、「どこが悪い」と反発していました。

「いじめられて泣くぐらいならば、すべてやめられるのだ。自分は間違ってなどいない。父に殴られようと兄に疎まれようと、母が悲しもうと、生まれ落ちたこの体と性分をせめて自分だけは好いていたい。」

高校生の時に家出をして、札幌のゲイバーに勤めて頭角を表します。実際にカルーセル麻紀は、札幌時代に去勢手術をして、73年にはモロッコに渡り性転換手術をしました。

秀男が様々な人間に出会い、時には影響を受け、あるいは傷つけられながら、大きくなっていき、そして、東京に出て蛇を使ったショーで人気を上げ、さらにそこから大阪へと転進していく様を小説は丁寧に描いていきます。

去勢手術を受けるとき、こんな会話を医者と交わします。

「絶対に後悔せんな、タマ取ったら二度と男に戻れへんで」

「もともと、戻るところなんかないんですあたし」

「戻るところのない人間なんぞおらん、お前さんが誰だったとしても」

「強いていうなら、あたしはあたしに戻ります」

自分のアイデンティティにとことんこだわり、人生を切り開いていった大きな人間の物語です。「生まれたからには、自分の生きたいように、生きてやる」というカルーセルの生き方に共感した桜木の、気合いじゅうぶんの文章も素敵です。久々に「ど根性」という言葉が頭を駆け抜けました。泣けて、笑えて、元気がでます。年始年末の一気読みにおすすめの小説です。

★レティシア書房 年末年始の休み

12月28日(月)〜1月5日(火)休業いたします。よろしくお願いいたします。