京都駅ISETAN内にある、えき美術館で開催中の「渡辺貞一」展(11月11日まで)に行ってきました。

渡辺は1917年、青森に生まれました。18歳で上京し、画家になるべく川端画学校で学びました。1941年には第16回国展で初入選を果たし、画家としての道を歩み始めますが、病に倒れ青森に帰ることに。その後兵役に就き出兵しますが、奇跡的に帰国できました。

私はこの画家については全く知りませんでしたが、会場に入った途端にその幻想的で、静謐で、陰翳の深い世界に魅了されました。故郷青森の風景に広がる北国独特の暗い空からは、冷たい雪の気配をしみじみ感じました。

一方、花が好きだった彼は、自宅周辺の散歩を楽しみ、気に入った花々を描いてきました。本展では、花をモチーフに描いた静物画がズラリと並んでいます。そこにも清い精神性みたいなものが、静かに伝わってきます。さらに、花と月と鳥と河原をテーマにした作品群。渡辺の世界を支配しているのは、暗く、もの悲しい雰囲気です。「死」と「生」が同じ重さで描かれています。来場者も少なく、ゆっくりと見ることができたせいもありますが、思わず足が止まってしまう程、絵の中に入っていきそうになります。特に、右の写真の作品の背後に広がる空の深い青には感じ入りました。

1964年、ヨーロッパへ旅したとき、そこで感じたヨーロッパの空気、堅牢な建物の背後に広がる寒空を描いた作品もありました。1979年には、日中友好美術家訪中団の一員として中国南部へと向かいます。帰国後、現地で購入した紙と墨を使って水墨画に没頭します。会場の出口近くに、晩年の水墨画がありました。これが良いのです。掛軸などに興味がなく、あまり見た事がないのですが、三点並んでいた水墨の掛軸に、魅かれました。(歳をとったせいかも)

満足度100%だったので、滅多に買わないポストカードを数枚買って帰りました。

 

 

 

金子兜太と、いとうせいこうが選んだ「平和の俳句」(小学館/古書850円)は、ずるずると危険な時代へと向かう今だからこそ、読んで欲しい一冊です。

読者の投稿した平和をテーマにした俳句が、東京新聞・中日新聞・北陸中日新聞・日刊県民福井のが朝刊1面に、15年1月1日から12月31日まで、毎日1句掲載されました。投稿された句は1年間で57000通以上。本書は、毎朝1面を飾った俳句を1月〜12月まで日にち順にまとめました。

2月15日はこんな作品です。

「暴言を はかないことが 平和へと」

これ小学六年生に作品ですよ。いとうせいこうは「暴言だらけの世の中では、足元の平和もおぼつかない。話し合いの習慣がやがて外交にも通ずる。」と評価しています。そのままトランプさんに進呈したい作品です。

3月5日には「平和ぼけ結構なこと縁温し」

「『ぼけ』は『ぼけ』でも、『平和ぼけ』とは結構なことですぞ。縁側で日なたぼっこ。幸せなことですよ。」金子のユーモアたっぷりの評です。

5月31日 「立ち止まり 犬と平和の 風を嗅ぐ」

これはいいなぁ。私も犬と散歩に出かけていたので、この気分よく分かります。

8月29日の一句、是非アベさんにお送りたい。

「改憲という声 開戦に聞こゆ」

いとうせいこうは「素直な一句と見えて、奥に潜む怒りやおそれや皮肉は複雑である」と評しています。この大バカ野郎と言いたい気分を、明解な作品に乗せたのかもしれません。

思わず笑ってしまい、ベスト1だと思ったのはこれ。 「平和とは 水中に見る カバの顔」

水にゆがんで映るカバの顔を平和の象徴にしています。

全く俳句を詠んだことはないのですが、数少ない言葉でここまで大きな表現ができるのかと驚きました。

昨日(10月27日土曜日)は、北海道のネイチャーガイド安藤誠さんのトークショーの日。毎年この時期に釧路から、いつものように大きなバンに一杯荷物を積んでご来店…..と、思っていたら、午後4時頃、爆音を響かせた派手なバイクが店の前に止まるではありませんか。バイクで北海道を発って、各地で講演しているという噂は聞いていましたが、オイオイ、ホンマに来た!バイクにはてんで興味がない私には、性能とかスゴさなど全くわかりませんが、さあこの写真をご覧下さい。

午後7時ちょうど。トークショーの安藤節は、いつもにもまして快調に始まりました。

「アラスカには二種類の人間しかいないと言われています。一つはチーチャコ、もう一つはサワドゥ。前者の意味は、アラスカ生活1、2年でギブアップして逃げる、いわば根性なし。後者は、アラスカ在住10年以上の、ホンモノ」。毎年オーロラツアーを率いて訪れるアラスカの話から、30年ぶりに買ったバイクのこと、そして北海道、アラスカの自然の話へと移っていきました。

可愛らしいキタキツネや、円満夫婦のエゾフクロウ、そして、昨年のトークに登場した知床の兄妹クマが独立し、妹クマがお母さんになった写真などが映し出され、大自然に生きる彼らの豊かな表情に、参加者から、歓声やら溜め息が上がりました。どの動物達も素敵でしたが、アラスカで撮影されたエリマキ雷鳥の求愛の姿が、特に印象に残りました。

欲望に取りつかれた奴、権力の溺れた奴など腐敗した輩がインチキ政治を行っている今の時代の危うさを憂い、しかし、私たちはそんな輩に騙されないようにするために、インチキもヤラセもない自然をしっかり見つめることが大事なことだと力説されました。

後半は、ミャンマーに行った時に撮影した写真をもとに、この国の人々の姿や、市場の風景、漁師さんの日常などの話へ。生活水準は日本の100年前かもしれないが、スマホのおかげで最新情報は獲得しています。生活も日常もすべてネット社会に組み込まれてしまった我が国とは違い、自然は保たれ、昔ながらのゆっくりとしたペースの生活で、最新情報にアクセスして、新しい知識を吸収しているミャンマーが、これからどんな人間を輩出してゆくのか興味あるところです。

そして、アメリカスミソニアン博物館主宰のネイチャーズベストフォトグラファー動画部門グランプリを受賞した、安藤さんの動画を鑑賞して、今年の会は終了。ぜひ冬の北海道へ行きたい!!と、参加者全員が思った事でしょう。(特に私)ごく内輪で遅い晩ごはんを食べ、クマ男は爆音を響かせ次の地へと向かいました。

 

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私は左ききです。我々の時代は、字を書く時は、右手で書くように矯正されましたけれど。小学校の時には「左ぎっちょ」などと笑われたりしましたが、そのことで虐められることはありませんでした。野球で左バッターボックスに入ると、女子の応援が一段と大きくなったものです。(そんな気がしていただけかも)

だから「左利きの女」(1000円)というミニプレスの案内をもらった時、即決で販売しますと言ってしまいました。早速、創刊号と第2号が到着。毎回、左利きの女性が一人登場し、彼女の写真と、ロングインタビューで構成されています。表紙の、左手にペンを持った若い女性は、仙台出身、国立大学でスウェーデン語を専攻しています。

「わたしたちの時代は、左利きを右利きに矯正する文化というか、そういうのはほとんどないですね。」とインタビューに答えています。ただ、マイノリティーであることを感じたのは、体育の時間で左利きと右利きに分かれる時、左利きの列は少数だったこと。基本的に手が左利きなら、足もそうなります。(私ももちろんそうです)

彼女も言っていますが、習字の授業が嫌でした。左手で筆を持って半紙に書くことは、かなり難しい作業です。おそらく私の両親も、その辺りのことを知っていたので筆記だけは右手に矯正したのでしょう。ただ、どんな風に左から右手に持ち替えて文字を書いたのか、実は全く記憶にありません。私は知りませんでしたが、女性のアクセサリーなどは右利き仕様みたいで、ネックレスとか苦労されているみたいです。

2号に登場するのは、神戸育ちで、設計事務所に勤める女性です。彼女が、フツーのカッターナイフ(即ち右利き仕様)を左手に持って作業しているところを、分解写真風に並べたページがあります。「カッターナイフは左利きの敵だ!」という言葉と裏腹に、器用に使っています。ご本人も左利きだという実感が全くないそうです。私は、趣味で卓球をやっていますが、左だと有利な展開になることさえあります。

今はフツーに生活していたら、左利きの人の存在って、ほとんど気にならないのですが、こんな風にインタビューを読み、写真を眺めていると、そうかオレも左利きだったんだと思い直しました。左利き女子フェチ風の匂いも漂わせながら、生き方にまで入り込むインタビューが、独特のスタンスを保っています。番外編で「左利きの男」出してくれないかなぁ〜。

サウスポーの人、必読です!!

 

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面白い企画で映画ファンに人気のあった立誠シネマ。劇場があったのは、明治に設立された元小学校でしたが、すべて取り壊されて新施設が建築中です。

そんな中、一足早くオープンしたのが立誠図書館です。2018年4月に開館し、600冊程の本を所蔵しています。小学校で使用していた調度品を取り入れた図書館内には、TRAVELING COFFEEを併設しています。

この立誠図書館が、「人・本・地域をつなぐPage3」というフリーペーパーを発行しました。創刊号では、最近イラスト集「UKIYO」(玄光社/新刊2700円発売中)を出版した慈船山端泉寺住職の中川学さんと、同図書館の岡見館長(お二人とも立誠小学校卒業生)が巻頭対談をしています。立誠小学校って京都市の小学校で初めてプールを持ったところなんですね。木屋町という京都の歓楽街の真ん中に図書館がある構図は、なかなか面白いものです。

同図書館の企画を担当しているのは、ブックディレクターの幅允孝さん。以前ブログで幅さんの「本なんて読まなくていいのだけれど、読んでみるのもいい」を紹介したことがありますが、「京都歩き」「食べる」「立誠小学校DNA」という三つのテーマに沿って選書されています。2020年に完成する複合施設内にオープンするライブラリーに先駆けて開館して、規模も小さく蔵書もこれからですが、幅さんのセレクションは、ユニークできっと面白いはず。

創刊号、最新号共に、館長やスタッフの推薦する本が6点並んでいます。岡見館長のおすすめは「京都映画図絵 日本映画は京都から始まった」という本です。1896年、初めて我が国で映画が上映されたのが、同小学校の一角だったのだそうです。また、映画監督の故大島渚が文章を書き、絵本作家伊藤秀雄が絵を描いた「タケノコごはん」は、監督の子ども時代の思い出を描いた絵本。幅さんが選書した「食べる」本棚からチョイスされた、高土実「ママ、なぜ野菜を食べなきゃいけないの?」と、田辺聖子「おいしいものと恋の話」など、興味深い棚構成になっているみたいです。

一世帯当りの珈琲消費量日本一の、京都の魅力的な珈琲ショップも紹介されています。TRAVELING COFFEEでは、月替りで市内の焙煎所のシングルオリジナルコーヒーを提供中です。図書館帰りに寄ってみたいところです。尚このフリーペーパーは離月刊で発行される予定です。店には2号を20部程在庫しています。

 

一方、京都の様々なジャンルの職人さんを 紹介しているフリーペーパー「想いのしおり」も、19号になりました。

今回は家具職人を取材した「真摯に木と向き合う家具職人」というタイトルで、京都府亀岡市に、”YOSIDA _WOOD_STUDIO”を構える吉田欣司さんが登場します。実家は大阪箕面市で、三代続く造園業を営まれていて、昔から木と緑が大好きだったそうです。現在、無垢のオリジナル家具と、建築関係の造作家具を製作されています。ご興味のある方はHPアドレスが掲載されていますので、ご覧下さい。

高知県が出している「とさぶし24号」も入っています。今回の特集は土佐和紙の特集です。まだ若干在庫がありますので、お早めにどうぞ。

 

山本昌代の中編小説を集めた「手紙」(岩波書店/古書900円)は、日常生活に入り込む微妙な狂いを描いています。

津田塾大在学中に、浮世絵師の応為と、その父葛飾北斎の姿を描いた「応為坦々録(おういたんたんろく)」で文芸賞を受賞してデビューしました。その後、歌舞伎役者の沢村田之助を描いた「江戸役者異聞」、平賀源内を主人公にした「源内先生舟出祝」など、近世を舞台にした作品が多く、時代作家のレッテルを貼られがちでした。有名なところでは映画化もされた「居酒屋ゆうれい」の原作者でもあります。

「文学界」「すばる」等の文芸雑誌に発表されて、この本に収録されている作品は、すべて現代を舞台にしています。普通の人々の普通の生活に、得体の知れない何かが忍び込む怖さを、巧みに描いていきます。だからといって、オカルト小説っぽくなることはありません。

永遠に続くもの、それが日常だと思い込んでいると、突然さす影。その影で、人生がどう変わってゆくのかを淡々と描く作品が並んでいます。くっきりした結末が用意されているわけではありません。夢なのか、思い込みなのか、幻なのか、なんの解決もないまま物語は終ります。人生の翳りに見える時もあれば、怖さが剥き出しになる時もあります。

タイトルにもなっている「手紙」は、中年の男性作家のポケットから「I love you」と書かれた紙切れが何回も出てくるという奇妙な物語です。作家は、不思議に思いながらも、日常を生き続けます。外で仕事をする妻と、一日中家にいて原稿を書いている夫との、交流があるようなないような会話も不気味ですが、その日常に変化をもたらす兆しのような差出人不明の手紙。何度も投函されるこの手紙に、夫は段々と不感症になっていきます。やがて、不条理で不気味な幕切れが待っているのです。

「鷺」は、中年に差し掛かった女性と、介護が必要になってきた母が暮らす一軒家にゆっくりとカメラが入り込むように、二人の女性の日々を映し出されるお話です。掃除、洗濯、食事の用意、介護サービスに出かける母親の見送りと、決まりきった生活だけの繰り返し。しかし、デイサービスからの帰宅途中、遠くまで散歩に行ってしまった母親を見た時から、何かが変わっていきます。母親にも、また未来を全く描けない娘の方にも。それが何なのかは、描かれません。

「母は食べる手をすっかり止めて、何も映っていないテレビの画面を見た。食事中はテレビをつけない。父の存命中から変わらない習慣である。『テレビ、つける?』 訊いても無言のまま動かない。『お母さん』と呼んだ。」

二人を見続けたカメラが、すう〜っと家から抜け出してゆくような映像で物語は終ります。結末をつけない、つけることに意味をもたせない短篇集です。

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高山さんは、1991年京都府亀岡市に仲間とともに「亀岡未流窯」を設立して精力的に作陶をしておられます。レティシア書房では4回目の展覧会になりますが、いつもながらの青磁の端正な作品に加え、暖かな風合いの陶器の花器、鍋、マグカップなど 今年も新作をたくさん出品して頂きました。

壁に掛けられる花器に季節の草花を活けると、あの暑かった夏を忘れたみたいに、爽やかな空気が書店にも流れ込んできました。写真(上)の花器は赤伊羅保(釉薬・12960円)の色合いが良い塩梅で、殺風景な壁もすっかり秋の風情です。

小さな鍋は、1合分のお粥が炊けます。今年はこんなふうに、一人用の鍋やフライパンがいくつか出ているのですが、黒釉のフライパン(4320円)って、朝食一人分パパッと作りたい時などにけっこう便利かも、とちょっと心が動いています。お鍋がうれしい時期に合わせて、おおきな土鍋もありますよ。(今回は特別価格の16200円)

亀岡の工房には一度伺った事がありますが、電気だけでなく登り釜でも焼いています。その一つが、白磁器焼き〆注器(写真右)。灰が乗って深い色合いになりました。お酒を嗜む方にはこれまた良い季節。こんな酒器で一杯、贅沢な秋の夜長ですね。

毎回、陶展では壁がどうしても寂しいので、花器をたくさん掛けてもらうのですが、今年は高山さんの友人の日本画家大野忠司さんの美しい絵で飾って頂きました。大野さんは、嵯峨美術短期大学日本画専攻科卒業後、池田道夫画伯に師事して日展などで活躍されています。縦長の「バナナの木」など、ベテランの達者な筆による絵を、陶器の作品とともにお楽しみください。(女房)

★「高山正道 陶展」は10月24日(水)〜11月4日(日)

12時〜20時(ただし、10/27(土)はイベントのため18時半まで)

月曜日定休日  

 

 

 

 

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先日お客様と話している中で、「ミシマ社の本ってどれも読みたくなるね」と言われました。京都を本拠に出版活動しているミシマ社さんは、文芸書こそありませんが、評論、エッセイ、実用など様々なジャンルに渡って数多くの本を出されています。

今回、人気の何点かを選んで、当店でもフェアを開催しています。当店の一番人気は、大瀧純子著「女、今日も仕事する」(1620円)です。マヤルカ古書店の店主なかむらあきこさんは、こんな推薦文を書いています。「生きるようにしなやかに、そしてできれば自由に仕事がしたい。すべての女の願いではないか。」仕事と人生を調和させる女性の毎日を描ききっています。

女性の生き方では、山口ミルコ著「毛のない生活」(1620円)、「似合わない服」(1620円)もお薦めです。仕事ばりばりの編集者が、癌を告知され闘病生活が始まります。まさか、毛のない生活をするなんて!?そこから見えてくるものを綴った前著と、そこから自分の暮らし方と今の社会の有り様を見つめて”似合わない”ものを脱ぎ捨ててゆく様を、爽快に描いたものです。もちろん性別を問わず、読んでいただきたい2冊です。

癌の事が出たので、健康に関わる本を三冊。こちらもブログで紹介した小田嶋隆「上を向いてアルコール」(1620円)は、元アル中だった著者の悲惨で、つらかったに違いない過去を描いているのに、なぜか大笑いしてしまう不思議な本です。また、鍼灸師の若林理沙著「絶対に死ぬ私たちがこれだけは知っておきたい健康の話」(1620円)は、そんじょそこらの健康本とは違います。死ぬまでの一時の間、この世を楽しむための心と躰の「いい塩梅」の状態を目指すのが健康だという彼女の思想の詰まった一冊です。もう一冊は、長谷川智・矢野龍彦共著の「ナンバ式!元気生活」(1620円)。今年4月、当店で「ミシマ社展」をした時にも良く売れていた本で、発行は2008年と少し古いのに、何故売れるのかなぁ、とミシマ社の人も首を傾げていた一冊です。

昨今、何かと悪いイメージが先行するイスラム教。誤解を生むような情報ばかり垂れ流される時だからこそ、きちんと知っておきたい人のために恰好の一冊が、内藤正典著「となりのイスラム」(1728円)です。スラスラ読めるところがいいですね。名作映画「アラビアのロレンス」の描写に、西洋的思い込みが在った指摘など、成る程と思いました。帯の「中学生にも理解できます」と書いてありますが、「小学生なみの頭脳」と揶揄されているトランプさんにも、わかっていただけるはず。

お隣の韓国から来日して、日本人の夫の出会い結婚し、しかし、習慣、文化の違いで巻き起こる妻の不満をコミカルに描いた趙美良「わが家の闘争」(1620円)。ムカつく妻とその不満をぶつけられた夫の”夫婦漫才”を聞いているようです。

フェアと同時に新刊も入荷しています。ミシマ社発行の読み応えのある雑誌「ちゃぶ台4号」(1728円)と、同社から「何度でもオールライトよ歌え」(1620円)を出している後藤正文の新作「凍った脳みそ」(1620円)です。同社の宣伝マンH嬢から、店長(私)にぜひ読んで欲しい、とのお言葉をいただきました。了解しました。近日中にブログに感想を書きます。

 

★ 勝手ながら10月22日(月)23日(火)連休いたします。


 

詩人まど・みちおの詩に、奈良美智、川内倫子、長野陽一、梶井照陰といった写真家、アーティスト達がコラボしたのが、「うちゅうの目」(FOIL/古書900円)です。

「いつのころから こういうことに なったのか きがついて みると みんなが あちらのほうを むいている ひとの いないほうを にじのように はなれて…….。」

という「どうぶつたち」という詩の隣りには、遠くをみつめる馬の目を捉えた写真(川内倫子)。同じ地球に生きる動物達と私たち人間の、どんどん距離が離れている現状を諦めているのか、人と同じ感情を持っているような馬の憂いに満ちた瞳が印象的です。

まど・みちお(本名:石田 道雄)は明治42年生まれの詩人です。25歳で、北原白秋にその才能を認められて、詩作を始めました。多くの作品を発表する一方で、「ぞうさん」や「やぎさんゆうびん」などのユーモラスな作品は、童謡としても親しまれていることは、皆さんご存知の通りです。

決して難しい言葉や、表現を使ってはいませんが、削いだ言葉が、ある時は美しく輝き、ある時は心の奥に突刺さってきます。

「どうしてだろうと おもうことがある なんまん なんおくねん こんなに すきとおる ひのひかりの なかに いきてきて こんなに すきとおる くうきを すいつづけて こんなに すきとおる みずを のみつづけてきて わたしたちは そして わたしたちの することは どうして すきとおって こないのだろうと……。」(「どうしてだろうと」)

原罪とでも言うべきものへの詩人の怒りと悲しみは、戦争に駆り出されていった経験が原点にあるのではないでしょうか。しかしその一方で、私たちは、空を仰ぐ時などに、まだ希望を持てることができます。

「いちばんぼしが でた うちゅうの 目のようだ ああ うちゅうが ぼくを みている」(「いちばんぼし」)

四人のアーティスト達撮った写真はどれも素晴らしいのですが、裸の電球がぶら下がっている古びた家の窓辺に置いてある小物を捉えた奈良美智の写真と、「どうして いつも」という詩のマッチングが見事です。

「太陽 月 星  そして 雨 風 虹 やまびこ  ああ 一ばん ふるいものばかりが どうして いつも こんなに 一ばん あたらしいのだろう」

「NHKスペシャル」で取り上げられて、話題になった詩「れんしゅう」。死ぬということを見つめた美しく、そして厳しい作品ですが、この作品が単行本に初収録されています。

 

★ 勝手ながら10月22日(月)23日(火)連休いたします。

 

藤野千夜の「編集ども集まれ」(双葉社/古書700円)は、400ページを越す大長編小説ですが、面白い!こんな展開になるのか!おそれいりました。

1985年のこと。学生時代漫研にいた小笹一夫は漫画雑誌を発行している青雲社に入社します。「週刊大人漫画クラブ」編集部に配属され、電話番の仕事をやらされます。「巨人の星」の原作者梶原一騎から、クレームの電話を受け取ったりと、新入社員らしい失敗を重ねながら、編集の仕事へと携わっていきます。この小説、実名で多くの漫画家や作品が登場するので、80年代からの日本の漫画史を読んでいるようなものです。なつかしい漫画家や、作品名が登場します。

そして、もう1人の主人公。作家の笹子さんです。2015年、彼女はJ保町(神保町のことですね)を訪れます。この町には、彼女が22年間勤務していた青雲社がありました。が、個人的事情で解雇されてしまい、その後一度も立ち寄らなかった場所です。彼女にとって、苦々しい思いしか残っていない町を再び訪れたのは、自伝小説の取材のためでした。取材の途中で、かつて通ったカレー屋さんやら、古書店を巡るうちに、あの時代を思い出します。85年青雲社に入社の若者小笹一夫の物語と、かつては同社で漫画編集部員として過ごし、今は文学賞を幾つか受賞した女性作家の物語が交互に語られます。漫画王国日本を俯瞰的に描いた世界は圧倒的です。

この小説は、二人の成長を過去と現在から見つめるものなのだな、と思い込んで読み始めました。しかし、ちょうど小説の中程で物語は大転換していきます。実は小笹一夫は、「小さい頃には、大きくなったら女の人になると信じていたのです。今も寝言が思い切り女言葉らしいと。」と、幼い時から性別に違和感がありました。スカートをはき、「一夫」ではなく「笹子」として出勤し始めたのです。70年代のことだから、性を変えることに慣れている社会ではありません。でも、彼、いや彼女の周りの女性同僚たちは、「そうなんだ。そういう人もいるんだよね」と、それまで通りの付き合いをします。ところが、会社はそうはいきません。男性として入社したからには、男性の服装で出勤しなさいと強要してきます。それを突っぱねた笹子は、結局会社を解雇されこの街を去ります。これ、藤野千夜の実話です。

帯に木皿泉が「藤野さんの書くものは、つよくてやさしい。そうか、こんなことがあったからか。」と書いています。

この物語は、自分が自分でいる、あるいは生きてゆくことを守る闘いの記録だったのです。そして、主人公がそれを守れたのは、漫画を愛する仲間たちがいたからであり、何よりも、闘いのど真ん中にいた本人の漫画への深い愛が支えになっていたのです。女であることを告白したあたりから、漫画家の岡崎京子が頻繁に登場してきます。彼女も作家を支えた一人だったのでしょう。

藤野千夜怒濤の実録物語です。是非お読みください。

 

★ 勝手ながら10月22日(月)23日(火)連休いたします。