NYブロンクス動物園は、1899年の開園以来この業界で最先端を走り続け、それまでの動物園のイメージをガラリと変えたイノベーター的存在です。動物園は単なる動物を見る場所から、生態系の保存、生息地の保全に積極的に関与する存在になるという、最近の流れを作り出した動物園の一つでもあります。

ここで、展示グラフイック部門の第一線で業務に従事しているのが本田公夫さんです。彼の仕事を追いかけたのが「動物園から未来を変える(AKISHOBO/古書1600円)です。そして本田さんと共に園内を周り、来園者の心に訴えてゆく様々の仕事ぶりを記録していったのは川端裕人。サントリーミステリー大賞を獲得した「夏のロケット」などで、ご存知の方も多い小説家です。彼にはもう一つの顔があり、動物福祉の立場から動物にとって快適な環境を実現している動物園及び水族館を評価する「市民ZOOネットワーク」の、エンリッチメント大賞の審査員でもあります。だから、この本の進行役としてはぴったりです。

20世紀後半、環境問題や、生態系の維持の問題が社会問題になってくると、動物園もそこに加担しているという批判が出てきます。狭い檻に入れて、無自覚に餌を与えるだけの場所でいいのかという主張です。本田さんは大型類人猿についてこう語ります。

「成獣を捕獲しても動物園の環境には適応させられないので、コドモを捕まえるのが常套手段でした。そのためには、先ずは、母親を殺さなければなりませんし、ゴリラのように群れで暮らす種の場合は周囲のオトナも殺します。ひどい話です。」

動物園にいるゴリラの周りには、死屍累々たる仲間の死体があったのです。長い時間をかけて、見世物的展示から彼らの生きている世界を来園者に見せて、どういう環境下で生きているのかを、様々な手段や技術で伝えてゆくという風に変化してきました。本書では、展示デザイナーたちが苦心惨憺して、動物のリアルな姿を見せてゆく様が細かく描かれていきます。写真も沢山載っていますが、私はこの動物園のHPに入り、そこを見ながら読んでいきました。

珍しい生き物を観たいという欲望を満たすだけなら、見世物小屋でも構いません。しかし、現代の動物園は、社会的批判や要求に、高い水準で応える方向へと向かっています。1993年には、ブロンクス動物園の運営母体は、それまでの「ニューヨーク動物学協会」から「野生動物保全協会」へと名前を変えました。私たちは野生動物保護のために存在するというメッセージでした。

「動物園は、野生動物の世界とその保全活動へのゲートウェイ、門口であるというのがひとつの回答だ。」と、川端は書いています。そして、その門口の先にあるもの、つまり私たちと動物たちのより良い未来を創ろうというのが、本田さんの思いでもあり、おそらく積極的に飼育に関与している人たちの思いではないでしょうか。

GW中、動物園へお出かけの方も多いと思います。この本を読んだら、きっと印象が変わるはずです。

レティシア書房はゴールデンウイーク中も通常営業しております。(4月29日は定休日)

 5月6日(月)〜8日(水)は連休いたします。

 

レバノンの首都ベイルート。シリアと同じく長い内戦(75年-90年)を経験したこの都市は、美しい街並みで多くの観光客を魅了していますが、一方で、建設ブームに沸く海岸沿いは、超高層ビルの乱開発が進んでいます。内戦で家を奪われた多くのシリア人が、これらの建設現場の劣悪な環境で労働を強いられている状況をドキュメントしたのが、ジアード・クルス−ム監督の「セメントの記憶」です。

のっけから、超高層ビルを俯瞰で捉えたシーンが登場して、「2001年宇宙への旅」に登場するモノリスじゃないの??と思ってしまいました。かなり凝ったカメラワークと構図で、なんだかドキュメンタリーというより、アート作品を観ている気分。それも、SF映画的な世界が展開してゆくのです。ラストには、「2001年」で宇宙飛行士が体験する異次元トリップと同じようなシーンが用意されています。

だからと言って、この映画が上滑りに、今のベイルートで働く労働者を描いているのではありません。まず、驚かされるのは、彼らは建築中のビルの地下に寝泊まりしているのです。しかも、「夜七時以降のシリア人労働者の外出禁止」というベイルートの方針で、穴蔵みたいな場所で、黙々と食事をし、携帯を弄り、TVを漫然と見つめ、朝になると、地下室の階段を上がり、そびえ立つビルの現場へと向かいます。祖国を亡命した若き元シリア兵のジアード・クルスーム監督は、大げさな表現に走らずに、静かに彼らを見つめていきます。ふと気がつくと、美しいフォルムを誇る高層ビルが、シリア人労働者の自由と生活を押さえつける禍々しい存在に見えてくるのです。

そして映画後半で、彼らが体験した地獄に私たちは付き合うことになります。焼け野原同然の市街で発砲する戦車。爆撃で倒れたビルの中から聞こえてくる子供の泣き声。断末魔の猫の表情。それでも、監督は感情的になることなく冷静に、いや冷酷に見つめていきます。だからこそ、怖い。

喪失と悲しみの記憶を、高度に完成された映像で描き切った、稀にみるドキュメンタリー映画です。世界各国で多くの賞を受賞をしたのもわかります。

「海外で働くすべての労働者に捧ぐ」というテロップが最後に流れます。シリア人の受難は、彼らだけのものではなく全世界共通のものだという、監督のメッセージです。

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「『棲む』ところを少しでも快適に自分らしく素敵にしたいと思っているあなたに。よりよく暮らすための、よりよく生きるための『衣、食、住』の提案をしてゆきます」

というコンセプトで、2009年秋創刊された「棲」(すみか)が、15号を持って廃刊します。10年間で15冊を発行し、自分にとって本当に価値のある暮らしって何?を、様々な角度から追い求めてきた雑誌でした。今でこそ、大きな書店の女性誌のコーナーに行けば、異口同音の”素敵な暮らし”の本が並んでいます。そのほとんどが、おしゃれであっても商品の羅列に終わっているもののような気がします。どこからも住んでいる人の匂いが漂ってこない雑誌が多いようです。

しかし、「棲」には、そこで暮らす人々の思いが溢れています。最終15号の特集は「リノベーションからはじまる。」です。「還暦リノベーション」という興味深いタイトルの記事を見つけました。賃貸でありながら、リノベーションができるマンションに引っ越した主人のリノベ顛末記です。マンションの住人たちと協力しながら、新居が出来上がりました。

「ここが『終の棲家』になるかどうかは、まだわからない。でも、母を実家で看取った経験から、たとえば終末期をここで迎えたとしても、いろんな人の手を借りながら住み続けられるような気がしている。大きな介護用ベットだって悠々置けるし、車いすを乗り回せる余裕もある。寝たきりになったとしても、南の窓近くに置いたベッドから空が見える。まあ、先のことはともかく、料理をつくったり、掃除をしたり、ベッドを整えたり、花を飾ったり、そんな毎日のことが今は楽しい。」

この雑誌には、TVや女性誌で紹介されるグレードの高いおしゃれな住まいこそ最高、という考えはありません。日々、どうやって機嫌よく暮らしてゆくか、そのためにどう暮らすべきかという思想が(もちろん、難しくなく)、毎号、毎号語られていきます。

当店でこの雑誌を扱い始めたのは、比較的最近でしたが、毎号全て完売でした。14号「家をつくる、という冒険」で登場する、馬と暮らす女性のことはブログでご紹介しました。改めて創刊号から揃えてみると、どの号もご紹介したくなます。創刊号から、9号までは515円、それ以降は972円という買いやすい価格です。すでに9号「本があるから」は、売れています。

そして、毎号連載されている「こんなとき、こんな音楽」で取り上げられる音楽は、パーフェクトに素晴らしい。うちのCD仕入れをお願いしたい!と思うほどです。マニアックな音楽の紹介ではなく、あくまでこの本の「日々好日」的ラインナップです。岐阜のカフェ「ミル」店主のセレクトですが、このカフェにも行ってみたくなります。脱帽のCD紹介ですよ。

 

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フェルト作家の鈴木オリエさんの絵の展覧会が本日より始まりました。

2012年3月に京都で開催された「羊パレット」で、初めて鈴木さんのフェルト作品を見て、その色の美しさと、スックと立った造形に惹かれました。ご縁があって2016年11月、レティシア書房でフェルト展を開催することができました。店長の選書、例えば宮沢賢治や池澤夏樹などを読んで、作品を作っていただくというワクワクする展覧会でした。鈴木さん独特のビビッドな色をまとったフェルトの立体作品、男の子やクマなどがギャラリー一杯に物語を運んでくれました。

それから3年、念願の第2弾。美術大学でデザインを専攻されていて、絵は子供の頃から大好きで描かれていたのですが、フェルト作家としてずーっと活躍されていたので、今回は作家にとって初の「イラスト展」となりました。アクリル絵の具や色鉛筆を使った深い色合いが、書店に馴染んで落ち着いた雰囲気が漂います。フェルト作品を作り出すのと同じように、丁寧なタッチで一つ一つ愛おしむように描きこまれています。最近、猫を飼い始めたとのことで、どうしても目の前にいる同居人(?)がテーマになるとか。本好きの彼女が描く童話のような世界が広がっています。

二度と描けないということで、残念ながら作品は全て非売です。ゴールデンウイーク中、この辺りは比較的静かで落ち着いていますので、お時間があればぜひお立ち寄りくださいませ。鈴木オリエの新しい魅力をぜひ見ていただきたいと思います。(女房)

「鈴木オリエ イラスト展」は4月24日(水)〜5月5日(日)12時〜20時 月曜日定休

 

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これは、面白かった。今の所、今年読んだ文芸書ベスト1です。

日本文学短編のアンソロジーなのですが、発行をしているのがイギリスの大手出版社ペンギン・ブックス。洋書でおなじみの大手です。アメリカの日本文学翻訳家、研究者であり、村上春樹の作品の英訳者として知られているジェイ・ルービンに編集を依頼し、彼がセレクトし、さらに村上春樹が、収録されている作品を元に、日本文学の流れを解説した序文を掲載したのが本書です。つまり、ここに収録されている作品はすでに英訳されて出版されており、今回新潮社から日本版が出たのです。(中古/2800円 左の写真が日本版、右下が洋書です。)

春樹が序文で、「もちろん誰もが知っている『定番』もいくつか収められているが、素直に言って、そうでないものの方が数としては遥かに多い。そしてまた時代的に言っても、とても古いものととても新しいものが、文字通り隣り合って収められている。」

私もほとんど読んだことのないものでしたが、面白いのは、その作品の並べ方です。通史的に時代順に並べてあるのではなく、「日本と西洋」「忠実なる戦士」「男と女」「自然と記憶」「近代的生活、その他のナンセンス」「恐怖」「災厄 天災及び人災」というタイトルで、作品が区別されています。春樹が告白していますが、選ばれた作品で彼自身が読んだのは、たった6作品。私など柴田元幸の「ケンブリッジ・サーカス」のみでした。だから、どれも非常に興味深く読みました。よく、こんな作品翻訳したなぁ〜というのも多々ありました。

全く知らない作家もいました。「母の体で、初めて砂糖に変わったのは膣だった」という書き出しで始まる澤西祐典の「砂糖で満ちてゆく」。これ、「全身性糖化症、一般に糖皮病と呼ばれるこの進行性の病では、まず、使用されない内臓部分が、続いて表皮が糖化してゆく。」病に侵された母を介護する娘の話です。シュールな介護小説で、結末がすごい。

また、広島で被爆した直後の世界を、奇妙な虫の視点で描いた青来有一の「虫」は、強烈な印象を残します。語り手が、江戸時代の隠れ切支丹の末裔という設定で、人と神とのせめぎ合いに迫っていきます。この二人は全く知りませんでした。

春樹は、序文のタイトルを「切腹からメルトダウンまで」としています。三島由紀夫の「憂国」から、直接的あるいは間接的に東日本大震災を描いた、佐伯一麦、松田青子、佐藤友哉まで網羅して、日本の文芸を俯瞰しています。英語版を読んだ人たちの心には、どんな風に日本が映ったのか大いに気になります。

 

ようわからんタイトル、正確には「パリのガイドブックで東京の町を闊歩する1 まだ歩き出さない」です。歩くのか、歩かんのかどっちやねん、と関西弁でツッコミたくなります。出版しているのは「代わりに読む人」。著者は友田とんさん。縦長のガイドブック風で756円。

「東京の町のガイドブックを頼り、目的地を決めてしまったら、おそらくそこへの最短な経路を歩いてしまうだろう。」だから、「代わりに私はパリのガイドブックを握りしめる。東京を歩くために、パリのガイドブックをこれほど熟読した人間はいないという確信がある。その時、何が起こるのだろうか? 試してみようと思う」

というのが、趣向です。へそ曲がりと言えばそれまでですが、案外面白いのです、この本。

この著者には、ガルシア・マルケスの「百年の孤独」をタイトルに入れた「『百年の孤独』を代わりに読む」という本があります。「リュックに『『百年の孤独』を代わりに読む』の在庫とパリのガイドブックを詰めて、私は都内を歩き回った。」から、スタートします。

荻窪にある書店Titleに向かい、ここに本を置いてもらえることになります。ここから、店主の辻山さんとのやり取りや、自著が売れてゆく様が描かれていきます。著者は、この書店のカフェで出されているフレンチトーストの匂いに惹きつけられて、何度も通うのですが、ご縁がなく、いつも売切れ。やっと食べることが出来るまでが描かれていて、それがなんか微笑ましく面白いのです。フレンチトーストの写真を見ると、確かに美味しそうです。Titleさんに行ったら、私も注文してみよう。

「何度来ても食べられないという展開がコントのようですねと言うと、辻山さんが『カフカの『城』のようでもありますね』とおっしゃった。カフカの『城』で主人公の測量士Kは結局、城に行ったのだろうか。『城」とフレンチトースト。私はフレンチトーストにいつかありつけるのだろうか」といった風に綴られます。

ところで、これがパリのガイドブックとどう関係するのか?

「Kが城にたどり着けないように、私はフレンチトーストにたどり着けず、またどうやったらパリのガイドブックで東京の町を歩けるのかわからない」

東京の町とパリのガイドブックという異質のものを結びつけようとする、ある種文学的試みが面白くて、一気に読んでしまいました。最終章は「ポストフレンチトースト」です。ガイドブックを深く読み込むことで、異次元の東京が飛び出すかもしれない、という無茶な試みですが、書名に「1」と入っている以上、続くみたいです、早く読みたい!ちなみに著者は京都出身(関西人やん!)です。

 

 

★勝手ながら、4月22(月)23日(火)連休いたします。よろしくお願いします。なお、ゴールデンウィーク中は通常通り営業いたします。(店主)

一人で、或いは仲間と一緒にミニプレスを発行してる女性が多くなってきました。京都なら「気になる京都」の太貫まひろさん、「台湾手帳」の田中六花さん、「APIED」の金城静穂さん、大阪なら「ほんと本屋と私の話」の宮井京子さん、岡山なら「おきらく書店員のまいにち」のいまがわゆいさん、東京の「1/f」(エフブンノイチ)の長尾契子さん。まだまだおられます。

その中で、様々な切り口で読者を増やしている「1/f」」のバックナンバーフェアを始めました。(6月中旬まで)

2015年に創刊し、7号まで発行されています。「ここちよい、ヒト、モノ、ストーリー探し求めるリトルマガジン」を標榜し、毎回「おやつ」「夜の時間」「ひとりの時間」「旅」などをテーマにしています。当店では、創刊号から取り扱っていて、創刊号の「草餅の作り方教えてください」という特集で、あっという間に完売しました。2号「光とくらし」、3号「祝いと食事」、4号「乙女の遊び」、5号「眠れない夜」、6号「一人の時間」、7号「手にひらサイズの旅」と、毎回違った特集で読者を楽しませてくれます。

毎回本が取り上げられている、ミニ特集のセレクションが渋い! 創刊号では、シャーロット・ブロンテの「ヴィレット」を取り上げ、その中に登場するシードケーキをテーマに語っていきます。5号では、タブッキの「インド夜想曲」が、眠れない夜にぴったりと取り上げられています。主人公ロショニルがインド各地を巡ってゆく物語で、イラストの地図を駆使して、この物語の世界が解き明かされています。6号では、「ひとり時間を過ごす女性たち」というテーマで、ブロンテ、林芙美子、アン・モロウ・リンドバーグ、オーバル・ウィットリーがピックアップされました。本好きには見逃せないものばかりですが、3号の「作品から見る『祝いと食卓』のかたち」で取り上げられた「バベットの晩餐会」を、特に面白く読みました。

今回のフェアでは、創刊号から最新号までに加えて、発行者の長尾さんが描いたイラストを元にしたポストカードセットも販売しています。創刊号から3号までは在庫僅少ですので、まだお持ちでない方はお早めに。(京都では当店とホホホ座浄土寺店のみの取り扱いです)

ところで、こんな本が手元に届きました。「かわいいウルフ」です。英国の作家ヴァージニア・ウルフをいろんな角度から読み込んだ文芸誌です。このタイトル、厳格な英国文学研究者なら、卒倒しそうなタイトルですが、中々奥深い内容です。発行人は、神奈川在住の小澤みゆきさん。また新しいミニプレスが登場しましたが、当店でも販売開始します。発売は5月上旬です。(ご予約受付中)

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先日ご紹介した「数学の贈り物」に続いて、う〜む、分からん。が、面白い本を読みました。池澤夏樹著「科学する心」(集英社/古書1400円)です。「生命の原理は有機物を主体とする動的平衡である。」えっ何の事?

大学で理工学部物理学科に在籍したこともある池澤は、今までも化学的テーマでエッセイや、評論を出しています。本書は季刊誌「考える人」(新潮社)、「Kotoba」(集英社)に連載されていたものを集めて、人工知能、進化論、原子力、昆虫学など、多彩な分野にわたり、「科学する心」を目覚めさせる内容です。なんのことやら、と言う箇所も多いのですが、そこは小説家だけあって、随所に「文学的まなざし」を保持しつつ、世界を考察する刺激的な書籍になっています。

「AIが人間を征服するという説の間違いはAIに意想があると仮定しているところだ。AIには生存欲がない。スイッチを切れば、あるいはもっと乱暴にプラグを引っこ抜けば消滅する。AIはそれに抵抗しない。一寸の虫にも五分の魂と言うけれど、その五分の魂の魂がない。生きていないのだから、彼らのふるまいは擬似的な生態でしかない。」

AIとはそういう存在なのだということを、簡潔に述べます。先端の科学論だけだなく、古生物学、博物学、人類の歴史、昭和天皇が生物学者として研究の中心地にしていた、吹上御苑の生物研究所まで登場してきます。森羅万象の現象に分け入りながら、今を見つめ直していきます。

第6章「体験の物理、日常の科学」では、プラスチックについてこう語ります。

「水など自然の素材には細部がある。薄く切り出して顕微鏡で見れば細胞が見える。更に倍率を上げればもっと微細なところまで見える。プラスチックには細部はない。どこまでもただのっぺりと均質なだけ。今、我々のプラスチックへの信頼は高い。水の入ったペットボトルとパソコンを平気で一つのバッグに入れて不安に思わない。しかし、プラスチック製品はおもしろくないのだ。初めから完成されていて手を入れる余地がない。不自然であると言えないか。」

こんな感じで綴られてゆくので、少々困難な言葉に出会っても、大丈夫、読めました。難しさよりも、面白さが優った本です。

ちなみに「科学する心」という言葉は、1940年、生理学者の橋田邦彦が提唱したもの。彼は、戦前、戦中文部大臣を歴任、東條内閣の時に辞任しました。学徒動員に反対し、戦後A級戦犯として連行されようとした矢先、青酸カリを飲んで自殺。自宅玄関前で死んだ学者でした。

 

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東京新井薬師に、ホントにある「しょぼい喫茶店」の店主、池田達也が書いた「しょぼい喫茶店の本」(百万年書房/新刊1512円)は、起業して成功するための本ではありません。これからの働き方、生き方を考えてみるには最適の一冊です。

「僕は働きたくなかった。ただただ働きたくなかった。理由はよくわからない。」という出だしで本は始まります。なんと甘えたことを!とお怒りのサラリーマン諸氏、まぁまぁ、その気持ちはちょっと横に置いて、著者の思いを聞いてあげて下さい。

著者はアルバイトをしても長続きせず、就活では「会社で使える人間」をなんとか演じる努力したものの、全くダメ。社会人失格の烙印を押された気分で鬱々とした日々を過ごすことになり、挙句に自殺まで考えるようになります。それなりに人生の階段を上がってきて、初めて蹴つまずいた著者は、ここで一人の男性に出会います。”日本一有名なニートphaさんです。彼の著書「持たない幸福論」で出会った「自分の価値基準で幸せを決める」という言葉に心動かされます。

「嫌な人たちと嫌なことをしてお金をもらうよりも、好きな人と好きなことをしていたい。」大正解です。でも、普通のレールに乗って、会社に勤めていたら不可能です。そんな考えは甘えだと言う方が多いでしょう。しかし著者はここから、じゃあ自分の幸福は何か、どう生きていけばいいのかを必死で考えていきます。

ある日、twitterで”えらいてんちょう”という様々な事業を展開している人物に出会います。

「金がないことが貧困なのではなくて、金がないならないなりにやる、ということができないのが貧困。金を得る方法を知っているのが知性ではなく、金がなくても笑って過ごせるのが知性。」

名言ですね。会社員として遭遇する、不条理、我慢の対価として金を得て、それなりの生活を送るのではなく、自分の価値基準で幸せになる生き方を選び、それには自営業が最適と考え、店を持とうと思い、そこから、著者の人生は動き出します。物件を探し、お金を工面し、オープンへと向かいます。このあたりの描写も、よくある開店指南書とは大違いの面白さ。面白いキャラクターの人物が登場し、さながら青春小説です。

中々、上手くいかない状況に、諦め気分の著者に”えらいてんちょう”が言った言葉が、「いや、そんな真面目に考えなくてもどうにかなるっしょ!もっと適当で大丈夫」ってそんなことで、上手くいくか!

ところが人生どうにかなるんです。この本の後半はその記録です。もうダメだと思っていた著者は、店を軌道にのせ、なんと生涯の伴侶まで見つけてしまいます。拍手、拍手です。

嫌なことはしない。好きな事だけを仲間と一緒にやってゆく。金持ちになることを考えず、果てしない消費に突き進むことなく、微笑んで毎日生きてゆく。そんな若い人たちが沢山出てくれば、この社会も、ちっとはマシになるかもしれません。

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イザベル・コイシェ監督「マイ・ブックショップ」は、本好き、本屋好き、書店業に従事している者ならば、観てほしい映画です。

舞台は1959年、イギリス東部の小さな海辺の町。戦争未亡人のフローレンスは、夫との夢だった書店をこの地に開くことを決意し、放置されていた古い家を買取り、店を開きます。しかし、地元の金持ちで、慈善団体活動をしているガマート夫人は、この場所に芸術センターを建てるとしていて、いい顔をしない。本屋作りに走り出すフローレンスと、それを阻止しようとするガマート夫人の画策。

古い家に、書架が入り、本が並んで、本屋に命が吹き込まれてゆく様子が描かれていきます。そして、小学校に通うクリスティーンのお手伝いでオープンします。この少女がまた、読書が嫌いで、算数と地理が好きな不思議な子なのですが、ラストでとても重要な役柄になりますので、注意して観てくださいね。

町には、古い邸宅に引きこもる読書好きの孤独な老人ブランディッシュがいます。彼の佇まい、ファッション、気骨は、初老に入ろうとする者にとってお手本なので、御同輩の皆様、ここもしっかりとご覧いただきたいのですが、彼は、早速面白そうな本を送ってくれと注文を出します。フローレンスが選んだのがユニーク。レイ・ブラッドベリのSFの古典「華氏451度」でした。ブランディッシュは、この作家が気に入り、次から次へと読破していきます。書店員として、これほどの幸せはありません。さらに彼女は、悩んだ末に、当時スキャンダルな内容で話題になっていたナバコフの「ロリータ」を、これは売るべき本だと250冊仕入れて、店頭にズラリと並べます。私は持っていたコーヒーカップを落としそうになりました。いや、こんな決断なかなか出来ませんよ。売りたい本を、覚悟して売るという本屋の原点です。

 

順調に見えた書店経営も、イケズなガマート夫人の、巧妙な政治的画策で廃業に追い込まれていきます。この作品、ラストのラストに至るまで、大げさな描写を一切廃して、書店と町の住人を見つめていきます。だから、追い出される場面も極めて静かです。荷物をまとめて船に乗った彼女を見送るのは、クリスティーンのみ。読書嫌いの彼女の腕には、フローレンスがこれだけは読んでね、と渡したリチャード・ヒューズの「ジャマイカの烈風」が抱かれています。あなたの本への想いは受け取ったというクリスティーンの瞳を見るだけで、泣けます。

映画の公式サイトのコメント欄を見ていると、川本三郎や上野千鶴子らの著名人に混じって、書店員、店主のコメントが載っていました。HMVBooksの店長を務める花田菜々子さんが「ラスト最高、私が彼女でもそうする。書店員の執念は凄まじいのだ。なめてかからない方がいい」と。「書店員の執念」という言葉は、どうかなとは思いますが、気持ちはよくわかります。旧態依然とした業界の疲弊、未来の見えない新刊書店の現状で仕事をする書店員に、クリスティーンの瞳が気合を入れたのかもしれません。

しかし、映画はここで終わりではないのです。ここから、後は劇場で。本を、本屋を愛している貴方なら、溢れ出る涙に遭遇することになります。名作です。