絵本作家の酒井駒子が陶芸家ルート・ブリュックのことをこう書いています。

「様々なピースの集合が一体になって、ひとつの世界になっている作品に惹かれました。陶板のひとつひとつが美しく、完結した世界を持っていて、いつまでも見ていたいような気持ちになります。そしてそれらが集合して『音』になって、心の奥の方へ響いてくるような気がしました。」

ルート・ブリュックは、1916年ストックホルムに生まれました。36年、美術工芸中央学校に入り、グラフィックアートを専攻。特に版画の制作に力を注ぎ、卒業後はデザインの世界で活躍していました。彼女の繊細な作風を、アラビア製陶所のアート・ディレクターのクルト・エクホルムが気に入り、42年、美術部門に所属し陶芸の世界に入り込んでいきます。小さな陶板から、大きな壁画まで多種多様な作品を生み出しました。

そんなルート・ブリュックを紹介する「はじめまして、ルート・ブリュック」(ブルーシープ/新刊2160円)を入荷しました。上記の酒井駒子の文章は、この本からの引用です。彼女が好きな、馬に乗った少年の透明感、或は母鳥が雛鳥に話しかけている作品が持っている愛情深さなど、初めて見る美しさに溢れています。

同書で志村ふくみは、

「北欧に流れている神話性を感じる。女性の情緒的なものを超えて、普遍的な世界に心が惹きつけられる。タイルの色は鉱物の持つ絶対的な存在の高さ。その色は、たぐいまれな品格を現している」と称賛しています。

私のお気に入りは、1950年の作品「蝶の研究者」。青い帽子を被り、ブルーのジャケットを着た研究者が、左手に持った蝶を、右手に持ったルーペで調べようとしている作品です。彼が、蝶と語りっている様子が印象的です。

来年「ルート・ブリュック展」が、全国を巡回することが決まりました。関西では兵庫県伊丹市立美術館で9月上旬から開催されます。実物の青と緑のコントラストをぜひ見なければ!と思っているところです。

 

★年内は12月30日(日)まで営業いたします。

 年始は1月8日(火)より通常営業いたします。

★イベントのお知らせ「宮沢賢治 愛のうた 百年の謎解き」

2019年1月18日(金)19時より、「新叛宮沢賢治 愛のうた」を出された澤口たまみさんとベーシスト石澤由男さんをお迎えしてトーク&ライブを行います。ご予約受付中(1500円)


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「世界の美しい女性たち」(PIE/新刊3240円)という300数十ページのボリュームある写真集が入りました写真家ミハエラ・ノロックが、50以上もの国々を訪れ、そこに生きる女性たちを撮影した、女性の美しさと多様性を紹介するというプロジェクト「The Atlas of Beauty」(美の地図)を一冊にしたものです。

様々な社会的、文化的、政治的環境のもとに生きる女性たちの日常の一瞬をスナップし、その一瞬の中に、前進する彼女たちのエネルギーを見事に写し取っています。どのページをめくっても、登場する女性たちの視線に圧倒されます。いたわりの目、思いやりの目、柔らかな目、微笑んでいる目、決意に満ちた目、等々。さらに彼女たちが来ている衣服が、その表情を美しく演出しています。

ブラジル、サルヴァドールで撮影された二人には、こんなキャプションが付いています。

「黒人でありレズビアンであることが、とてもつらい時がある、と語るラファエロとオバックスでしたが、ふたりの関係は、彼女たちが直面している偏見を乗り越えられるほど強靭なものに見えました。」(P154)

いいなぁ〜、このおばあちゃんと思ったのは、ミャンマー、イレネー湖畔でタバコを吸うおばあちゃん(P174)です。タバコの葉を手作業で巻きタバコにしている場所らしいのですが、出来上がったばかりのタバコを美味そうに吸っている姿が微笑ましい。キャプションは「ここでは健康へのアドバイスが付きまとうことはありません。」とユーモアたっぷりです。

この写真集は2017年にアメリカで発売され、新たに日本で撮影されたポートレートが加わりました。京都からは二人の女性が登場します。一人は英語教師退職後、茶道の先生になったエミコさん。(P145)、もう一人は芸妓の世界からバリスタに転身したユカさん。どこかで出会うかもしれませんね。

この写真家は、女性たちの持っている物語を見事に掬い上げています。彼女たちの人生の物語がどんなものなのか想像しながら、次々ページを捲ってしまいます。物語皆無ノッペラボウの政治家の顔ばかり毎日見せられるている昨今、一服の清涼剤として常備していただきたいと思いました。

 

 

オフィル・ラウル・グレイツァ初監督による「彼が愛したケーキ職人」(イスラエル映画)は、今年のマイベスト10に入る、優しくて、愛おしい映画でした。

イスラエルのエルサレムでカフェを営むアナトは、夫と一人息子の三人家族です。夫のオーレンは、出張先のドイツのベルリンで行きつけの店のケーキ職人のトーマスと恋に落ちます。オーレンは妻を愛しながらも、同性愛者だったという設定です。こう書くと、なんかドロドロした展開を思い浮かべる方もおられるかもしれませんが、全く違います。抑制の効いたダイアローグ、控え目な音楽、チャラチャラ動かないカメラ、そっと室内に射し込む外光を演出した照明と、極めて静謐な映画的表現で物語は進んでいきます。

オーレンと突然連絡がとれなくなったトーマスは、エルサレムまでやってきて、オーレンが交通事故で亡くなったことを知ります。彼を忘れられないトーマスは、素性を隠したまま妻のアナトの店でアルバイトとして働き出します。愛した人がエルサレムでどんな生活をしていたのか、ただただ知りたいという気持ちで一杯でした。彼が身につけていたスイムパンツを履いてプールに佇むシーンはとても切ない場面です。

最初は単なるバイトとして見ていたアナトでしたが、トーマスの作る美味しいクッキーやケーキに魅かれていき、そして彼に愛情を感じ始めます。アナトや息子と仲良くなっていくトーマスですが、観客の私たちは、こんな幸せがイスラム社会で長くは続かないことはよくわかっています。問題は終り方です。

 トーマスとアナトの慎ましい日々の幸福を静かに描きながら、アナトの心情に深く入っていきます。彼女は、トーマスと夫とのことを知ることになりますが、この辺りのストイックな演出は見事です。彼を許せるのか、許せないのか、愛しているのか……。非常に微妙で複雑なアナトの心を見つめます。心は深く傷つくのですが、ラスト、ベルリンへと向かったアナトが、目の前に広がる青空を見て微笑むところで映画は幕を閉じます。そこに私は希望を感じました。映画だけが持つ、本来の表現力を生かしきった見事な作品です。絶対にお薦めです!

 

★年内は12月30日(日)まで営業いたします。年始は1月8日(火)より通常営業いたします。

★イベントのお知らせ「宮沢賢治 愛のうた 百年の謎解き」

2019年1月18日(金)19時より、「新叛宮沢賢治 愛のうた」を出された澤口たまみさんとベーシスト石澤由男さんをお迎えしてトーク&ライブを行います。ご予約受付中(1500円)

 

 

 

お昼の休憩とか、次の授業まであと少し時間が…なんて時に、長野まゆみ「ささみみささめ」(筑摩書房/古書1100円)はオススメです。不気味な話、苦笑いする話、不思議な話、呆然とする話、しみじみする話、ぞっとずる話など25編の物語が詰まった一冊です。一話十数ページ、そしてその殆どの運びが上手い!巧み!最後は座布団一枚!の幕切れなのです。

実は、長野まゆみという作家とは個人的に相性が悪かったのです。彼女は、小学校時代に竹宮恵子「空がすき」の漫画で衝撃を受け、少年愛ものの世界に入りこみ、萩尾望都などを読んでいました。耽美的な作風で、鉱石、幻想世界の美少年、といったモチーフを多用して少年同士、あるいは少年と青年の関係を描いた作品を書いています。宮沢賢治への言及も多いので、何冊か手に取りましたが、最後まで読んだ記憶がありません。しかしこの本で、日常の何気ない瞬間を描きながら、予想外の展開へ読者を誘う手法に、上手いなぁ〜と感心してしまいました。

例えば、娘と介護施設にいる父親の葛藤と許しを描いた「ドシラソファミレド」。物語に登場する「もろびとこぞりて」の歌に託された父のメッセージに気づいた娘の目が潤んでくる所に、こちらも涙します。また、小学校の時、なんでも出来る友だちミッチに羨望の念を持っていた主人公Qチャンが、数十年ぶりに出会い、お互いの人生の分かれ道を振り返る「すべって転んで」のラスト、

「運命の別れ道には太い橋がかかっているわけじゃない。うっかり見逃してしまうような細い細い道なのよ。娘にはそれを云いそびれたけど、このあいだ生まれた孫には耳にタコができるぐらい云ってやるつもり」

こんな会話どこかで聞こえてきそうですね。

この作家らしいな、と思ったのが「スモモモモ」でした。語り手である男には、双子の姉がいます。小さい時から雛人形が大好きで、小学校に入る時もピンクのランドセルに憧れ、しっかり者の姉に寄り添っていました。やがて、姉は結婚し、姉の夫とも仲良くなり、一緒の時間を過ごしますが、突然の事故で姉がこの世を去ります。でも、その後も姉夫妻の家で、義兄の好きな料理を用意して時間を過ごします。

「義兄もぼくを姉だと思っている。姉の死を受け入れることができず。事故で死んだのは、車酔いをする姉と席をかわって助手席に乗っていた弟のぼくだと思い込んでいる。周囲にもそう話す。」

世間的には奇妙な風景かもしれないが、誰も不幸じゃない、という幕切れが素敵でした。

 

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京都のハンドメイドフェルト工房ZUSの、加藤ますみさんの楽しい作品展が始まりました。レティシア書房では三度目の個展になりますが、毎回必ずユニークな新作を制作されて、展示をお手伝いしながらウキウキしてしまいます。

今回初のお目見え「カワウソのコインパース」(写真右)の愛らしいこと!顔をぱかっと開けると小銭が取り出せます。型紙の上に、羊毛を薄く重ねて、ひたすらお湯をかけながらこすり続け収縮させて作って行くのですが、加藤さんの型紙はとてもよく考えられていて、デザインが洗練されています。

定番の動物顔のキーホルダーやカードケース、山羊さんのティッシュケースに加えて、干支のイノシシのミニバッグ(お財布にも)、イノシシ親子、クリスマスのオーナメント。色とりどりのバッグは形もいろいろ、肩にかけるタイプや愛らしい巾着、A3のノートが入る新作のバッグ(持ち手がかわいい)などたくさん展示して頂きました。針や糸を収めるお道具バッグもありますよ。そして、これさえあれば冬大丈夫!のルームシューズもサイズ違い揃いました。寒さ対策といえば、耳まで暖かい帽子、コハゼ付きの足首カバー、手袋、マフラーなど、クリスマスプレゼントにもぴったりのステキな小物がいっぱい。

実は私、今年の1月にワークショップに参加して干支の「犬」を作りました。6時間ただただ羊毛をこすり、出来上がった時の感動といったらありません。ものを作り続けるスゴさも改めて感じた次第。加藤さんのフェルト大好きファンの方はもちろん、まだ見たことない方も、この機会にフェルトの豊かさに触れてみてください。(女房)

 

 

ZUS HAND MADE FELT展は、12月19日(水)〜29日(土)

 12時〜20時(最終日18時)月曜(12/24)定休 

 

 

★年内は12月30日(日)まで営業いたします。年始は1月8日(火)より通常営業いたします。

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2019年1月18日(金)19時より、「新叛宮沢賢治 愛のうた」を出された澤口たまみさんとベーシスト石澤由男さんをお迎えしてトーク&ライブを行います。ご予約受付中(1500円)

 

 

 

今、一番お会いしたい書店「Title」店主、辻山良雄さんの新刊「ことばの生まれる景色」(ナナロク社/新刊2484円)を入荷しました。店主が選んだ大切な本40冊に簡潔な文章と、著者の本への深い愛情を汲み取って、絵を描いたnakabanさんの作品がセットになっています。

ブログに書こうとして困りました。ご紹介したい本を読む時、必ず付箋を横に置いて、ここぞという箇所に貼付けていました。しかし、この本を読了してふとみると付箋だらけ、いや付箋が猛烈な勢いで増殖した感じになっているのです。それ程、どこを取上げても心に沁み込んでくるのです。nakabanさんの絵が、著者に深く寄り添っているのも見逃せません。

もう一つ、この本で取り上げられた本は私の愛読書が多く、さらに当店でもお好きな方の多い作家ばかりなのです。星野道夫、須賀敦子、メイ・サートン、石牟礼道子、谷川俊太郎、永井宏、今村夏子、宮沢賢治、高橋源一郎、武田百合子、庄野潤三、ブローディガン、アーヴィング、そしてブルース・チャトウィン等々。

著者の書物に対する真摯な、奥行きのある文章を前にすると、私の書くものの未熟さばかりが目立ってしまいます。最もリスペクトしている星野道夫がトップというののも嬉しかったのですが、星野の本質をこんな風に書かれています。

「星野道夫は、終始<失われていくもの>の側に立ち続けた人であった。その土地に根付く自然や文化、風習を根こそぎ破壊していく西洋文明には懐疑的であり、何千年も前から引き継がれた先住民の偉大な智慧とそれをいまに残す人に、心からの敬意を払った。」

メイ・サートンを語る時には、茨木のり子の詩を重ね合わせ、彼女たちが見つめた孤独をこう書いています。

「一人でいることが淋しいのではなく、その淋しさを紛らわそうとする心が淋しいのだと、この東西の女性詩人たちは考えていたようだ。」

と、こんな具合で書き出すと切りがないので、是非本を手に取って下さい。最後に一つだけ。本のラストを飾るのはエンデの「モモ」です。

「閉店後、誰もいなくなった本屋のなかに一人で立つと、自らの時間を取り戻した本が、小さな声でつぶやきはじめる瞬間がある。店のなかには、人が出入りし慌ただしかった日中とは別の時間に切り替わり、静かであるが濃密な空気が次第にあたりを満たしはじめる…….。」

同じ様な瞬間の体験、私にもあります。「小さな声でつぶやき」というより、本の呼吸している音が聞こえる瞬間が。店ってそうゆう風に育ってゆくのかもしれません。とにかく、幸せな読書の時間でした。本好きには最高のクリスマスプレゼントになこと間違いなし。ありがとう、辻山さん、nakabanさん。

★連休のお知らせ 12月17日(月)、18日(火)

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目取真俊(めどるま・しゅん)の「風音」(リトル・モア/古書700円)は、沖縄出身の作家だからこそ書ける色彩感覚で、沖縄県の過去の歴史を知っている作家にしか書けない力作です。彼は1997年、「水滴」で芥川賞を獲得しています。

海岸の崖に人の手で積み上げられた石の壁があり、その壁の奥にあるもう一つ空間。そこには、銃弾が貫通して穴のあいた白い頭蓋骨が置かれています。その穴を風が通り抜ける時、不思議な音が発生します。

「音が泣いているように聞こえるだろう。だから泣き御頭というんだ。」

この頭蓋骨をめぐって、物語は始まります。暴力を振るうだけの夫を東京に残し、故郷に戻ってきた和江と息子のマサシ、和江の母マカト。沖縄戦の戦火をかいくぐって生き延びた清吉と、孫のアキラ。沖縄戦の特攻で死んだかつての恋人の骨を探しもとめて、毎年東京から来る藤野。彼らの人生が徐々に、徐々に語られていきます。

「泣き御頭といってもですね、いつも泣いているわけではないんですよ。海から吹いてくる風がですね。こう、何かの拍子であの骨の中を通り抜けたときに、音が鳴るんです」と、現地を案内する男が藤野に説明します。

登場する男たち、女たちはそれぞれに悲しく、辛い過去を背負っています。戦後生まれの和江にとって、故郷は「村には楽しい記憶よりも、つらく、苛立たしく、いつも誰かの視線に脅かされているような記憶が推積していた。」場所でしかありませんでした。だからこそ、東京へ逃げた。この人ならと思って所帯を持ち、息子を育てたが暴力をふるう男であることが分かり、故郷に戻ってきたのです。

清吉は、アメリカ軍の艦砲射撃の中を這いずり回りなんとか生き延びたが、戦後の沖縄返還と同時に本土企業による乱開発、土地搾取で海が荒廃し、漁師として生き残れず、やむなく建築現場で働かざるを得ない日々を送ります。

「自分のやっている工事が、雨が振るたびに海を駄目にしていくことが分かっていても、その矛盾から抜け出すことができない。そのことに悩んで追い込んでしまい、酒浸りにな男たちもいた。」

そんな一人が清吉でした。ヤマトンチュウ政府に滅茶苦茶にされた歴史が、今も続いていることはご存知の通りです。それぞれに背負ったまま、和江の夫が沖縄に現れることで、血なまぐさい悲劇的なラストを迎えます。

けれどもこの小説には救いがあります。それは、アキラとマサシです。二人の人生にどんな未来が待っているか分からないけれど、この地で育んだ二人の友情があれば乗り越えられるかもしれない。そんな僅かの希望を思わせつつ小説は終わります。

映画にもなった名曲「スタンド・バイ・ミー」に、こんな歌詞があります。「君がそばにいてくれたら、怖いもの なんてない」  歌が聞こえてきた気がしました。

 

★年内は12月30日(日)まで営業いたします。年始は1月8日(火)より通常営業いたします。

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長倉洋海の写真集「ともだち」(偕成社/古書700円)は、紛争地で、貧困が蔓延する町で、或は繁栄から取り残された都市で生きる子どもたちの、魅力的な表情をまとめた作品集です。厳しい現実に直面しながらも、生きることに積極的な子どもたち。真っ直ぐにこちらを見つめる彼らの視線が眩しいばかりです。

最初に登場する少女に釘付けになりました(写真右)。場所はエル・サルバドル。長倉はこう説明しています。

「中央市場の通路で、母親を待つ少女。足もとに売れ残った野菜を入れた大きなかご。物売りの仕事につかれたのか、少しぼんやりりと遠くを見るような表情に魅かれた。」

明日も今日と同じかもしれない、けれども…..。何か新しい喜びがあるかもしれないと願わずにはいられません。

ドキリとさせる作品もあります。エル・サルバドルのテナンシンゴで、ぐっと前方を見つめる少年が被写体です。少年はクリスマスの日、解体される牛を見ていると解説にありました。クリスマス休戦中は、普段は食べられない肉にありつくことができるので、美味しい肉が食べられる!その時を静かに待っているのです。しかし、この少年の手には機関銃が握られています。戦乱の地では、楽しみにしている食事の間に銃弾が飛んでくるかもしれない。闘いの恐怖を自覚しつつ、ここで生き残る覚悟が漂います。本来なら、子供らしい微笑みがあるべき姿なのでしょうが、厳しい状況は、こんな強い顔つきを生み出すのかもしれません。

子どもたちは、おそらく自分たちの生きている環境を知っているのでしょう。しかし、一方でその現状を跳ね返す強さも持っているようにもみえます。アフガニスタンで、旅人にお茶をふるまうショートカットの少女、あでやかな民族衣裳に身を包んだ涼しげな視線が美しい。

「威風堂々」とした少年(写真左)。「マレーシアの農村。稲穂がたわわに実る田園を、通勤カバンを背に、イスラムの日曜学校に行く男の子がいた。背すじをしゃきりとのばし、ものおじすることなく、堂々とこちらを見据える彼の視線にドキドキし。うれしくなった。」こんな姿勢の良い少年には、いや大人にも滅多にお目にかかれません。

グアテマラの町で撮られたインディオの二人の姉妹も印象的です。小雨のなか、土産物店に民芸品を届けて帰る所で、振り返ってカメラの方を見て少し微笑んでいるところが可愛い。こっちに元気がない時には、「おっちゃん、元気だしや〜」というような声が飛んできそうです。

南アフリカの少年は、学校から戻り、野良着に着換えて、タップを踏んでいます(写真右下)。これから羊の放牧するのが仕事です。名前はロアンディーレ9歳。踊る喜びが躰全体から弾けて、強烈なリズムまで聞こえてきそうです。アパルトヘイト政策で家族が引き裂かれる過酷な体験を、こんなステップで跳ね返してきたのかもしれません。

ここに登場する子供たちは、先進国の、それなりに生活環境がしっかりした社会で育っているのではありません。彼らの24時間は厳しく辛いものに違いないけれど、生きて行くという曇りのない表情が捉えられています。世界がどうあっても、前を向いていてほしいという写真家の思いにちがいありません。

 

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シルヴィー・ネーマン・文、オリヴィエ・タレック・絵による「水曜日の本屋さん」(光村教育図書/古書1300円)は、こんな寒い時に読むと、心も体も温まる素敵な絵本です。

本の好きな少女は、学校がお休みの水曜日、必ずお気に入りの本屋さんへ行きます。そこで、必ず見かけるおじいさんがいます。少女はおじいさんをチラチラと観察します。

「おじいさんは分厚い本を、少しずつじっくり読んでいた。題名をみたからわかったけれど、それは戦争の本だった。1ページが戦争の一日分くらいかしら。だとしたら、すごくながい戦争だったのね。」

時には本を読みながら、おじいさんが涙ぐむところを目撃します。どうしてだろう?おじいさんは帰りがけに、いつも店の女性に「この本が、売れてしまわなければいいけれど」と言って店を出ます。

もうすぐ、クリスマスのある日。いつものようにおじいさんがやって来ましたが、棚に読みかけの本が見当たりません。お店の女性が「あの本は、今朝、売れました。クリスマスプレゼントに」と告げます。背中を丸めるおじさん。その時です。

「おねえさんは、赤いリボンをかけた金色の包みをおじいさんにさしだした。『わたしからのクリスマスプレゼントです…..』それからにっこりほほえんで、『でも、たまには顔をみせてくださいね』とつけくわえた。」

読んでいた本がなくなった寂しさ一杯のおじいさんの心情を表すような暗いブルーの場面から、ページはパッと明るく輝きます。ショーウインドに並んだ本も、本屋の外を散歩する犬にも幸せがあふれたように。プレゼントを渡されたおじいさんの丸い背中が、心情を語っています。

そのやり取りを見ていた少女は、こうつぶやきます。

「おじいさんもにっこりした。なんだか、世界中がほほえんだような気がした。おじいさんは、軽々と包みをかかえて帰っていった。よかったわ。あの本は、そんなに重くなかったんだ。」

おじいさんがもらったプレゼントは、少女の心まで暖かくしました。そして、この本を読んだ私たちにも優しいプレゼントをもらったようです。

 

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池澤夏樹の「星に降る雪/修道院」(角川書店/古書500円)は、片方は岐阜を、もう片方はクレタ島を舞台にして、この世のものではないものに憑かれた男の物語。と言ってもホラーではありません。

「星に降る雪」は、岐阜にある世界最大の地下ニュートリノ観測装置スーパーカミオカンデが舞台です。飛騨市神岡町の神岡高山の地下 1000メートルに、素粒子物理研究のための観測装置が設置されています。直径 39m、高さ42mの円筒形タンクに 5万トンの純水を蓄え、壁には直径約50cmの 光電増倍管1万数千本を設置して、宇宙から飛来する素粒子を観測しています。(写真右)

「地下に潜るのは、余計なものを見ないためだ。眼は遠い星からのニュートリノを見る。そのために巨大なタンクに五万トンの水を湛えて、その水を無数の眼が見つめている。ニュートリノしか入れない深い地下に潜る。この微粒子にとっては千メートルの岩盤も直径一万三千キロの地球もないに等しい。すべてをすり抜け、ごくたまに電子や原子核にぶつかって光子に変わる。それを眼は見る。」

池澤は光電増倍管のことを眼と表現しています。

主人公はこの施設に勤務する技術者田村。彼は登山中に親友新庄を雪崩で失くしています。彼の元に、親友の恋人大牧が訪ねてきます。彼女は、当時共に登山していたのですが、雪崩で他のメンバーは助かったのに、何故新庄だけ死なねばならなかったのか、あの時、山で何が起こったのかを田村に問いただします。しかし、彼はおよそ技術者らしくない説明をします。

「星のメッセージって何なの?哲之さんは何を言って死んだの」と問いつめますが、星の彼方からやって来るメッセージを待つなどという答えに、「ぜんぜんわからない」といら立つ彼女の態度はもっともです。地上に生きる時間は、正しい方法で旅立つための準備期間で人はその日を待つだけだという田村の話に、彼女はこう反論します。

「でも、人は旅立ちを待ちはしないのよ。地上でつつましく健全に暮らして、最後に老いて死ぬの。」

真っ当な意見です。地に足をつけて生きてきた彼女には、田村の荒唐無稽とも言える話は信用できません。二人は理解できないまま別れます。ばかばかしい、意味不明という感想を持たれる方があるかもしれませんが、私は信じますね。彼の言う星の彼方にあるものを。

「修道院」はクレタ島を旅行中に、偶然に寄った田舎の町で見つけた修道院を巡る物語です。修道院の墓地の礼拝堂に秘められた悲しい物語を、主人公が宿屋の女主から聞くことになります。

「男が一人ね、村にやってきたんだよ」。どこの誰ともわからない男に、村人は不信感を抱きますが、やがて、彼は廃墟同然になっていた礼拝堂を一人で直し始めます。修道院の院長は、この男が魂に何か重い荷物を背負っていることに気づき、修道院で暮らすことを提案します。しかし、彼の返答は「自分は魂に重い荷物を負っている。その荷が僅かでも軽減できるまではお仲間には入れてもらえない。」でした。

何も語らない男が、たった一人で修道院を直すのか、その理由を読者が追体験してゆきます。上手い!としか言いようのない展開に、早く、早くとページをめくりたくなる気分でした。そして読者は正体不明の男が抱える宗教的な無限地獄を直視することになります。けれども、作者はここで終らせません。男も、彼の人生を読んだ私たちの魂も解放させてくれるようになエンディングを用意しています。いい気分で本を閉じました。

 

 

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