盛岡発のミニプレス「てくり」(660円)の28号が入荷しました。もう28号まで出たんですね!盛岡に住み、そこで暮らしている人、この町で新しいことを始めた人たちが毎回登場します。編集方針ほぼ変わらずですが、毎号読んでしまうのは何故でしょうか。(ちなみにうちではミニプレス完売率1位です)「建築家と歩くもりおか建物探訪」とか、「医大が愛した、名店たち」とか、「希町商店街振興組合青年部の活動」とか、いつも通りの企画なのですが、良いなぁ〜、この人たちという感じなのですね。最終ページを飾る連載「もりおかわんこ」も19犬目の梅子ちゃん!和みます。地域とともに存在するミニプレスの王道です。

ところで、盛岡市内にトーテムポールが建っていることを今回知りました。カナダビクトリア市との友好の証として送られたものです。ビクトリア市には「ビクトリア盛岡友好協会」、盛岡には「盛岡ビクトリア友好協会」があり、民間交流が盛んになっています。

私が見逃せないのが「スコッチハウス」というお店の紹介。30年ほど書店営業をされていた方が、スコッチウィスキー専門店「スコッチハウス」を開店。書店勤務時代から集めた貴重なスコッチが並んでいます。100年前のスコッチが載っていますが、これ、飲みたい!!

もう一冊ミニプレス。「社会をたのしくする障害者メデイア」を標榜するミニプレス「コトノネ」(1100円)の32号には、スペシャルインタビューとして、れいわ新撰組から参議院選挙に出て、当選した重度障害者のお二人木村英子さん、舩後 靖彦さんのインタビューが掲載されています。中身の濃いインタビューですので、じっくりとお読みください。何故身障者を国会に送り込んだのかを中心にした、れいわ新撰組党首山本太郎さんのインタビューもあります。この中で彼は「頑張った人が報われる社会」は、平等な社会のイメージがありますが、では頑張れない人はどうなるのかという疑問から、「頑張らなくても生きていける社会」が理想だと自分の信念を、こう表現しています。

「頑張ることがスタンダードになると、頑張りすぎることが当たり前になって、人はドンドン壊れていきます。壊れた先に、セーフティネットでの救済です。福祉負担は大きくなるだけです。」

自分たちの日頃の視点から、全く違うところから世の中を見るという意味でも、ミニプレスの存在は大きなものだと言えます。

 

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壁掛けタイプ1000円 机上タイプ800円です。売上は、全てARKにお渡しいたします。当施設に保護されている動物たちのために使われます。

 

新刊書店に溢れるヘイト本について作る側、売る側の思惑を追いかけた永江朗「私は本屋が好きでした」(太郎次郎社エディタス/新刊1760円)は、新刊書店の現状を深く掘り下げた一冊で、少なくとも、新刊書店員は須く読んでおきたい本です。

本の紹介に入る前に個人的な体験を一つ。私が新刊書店勤務時代は、これほど多くのヘイト本は出ていませんでしたが、それらしい本は日々入荷してきました。署名も著者も忘れましたが、とある本のあまりに幼稚な内容の偏りに、入荷即返本をしたところ上司に注意されました。その時の指摘は、1.本の選別をするのは書店ではなく読者だ。2.書店は組織で動く営利企業だから利益第一だ。という二つでした。わかりましたと言ったものの、モヤモヤ感は残り続けてきました。この感じは、もしかしたら今の本屋を立ち上げる遠因にもなっていたのではないかとも思います。

で、そのモヤモヤ感が、この本を読んでスッキリ解消。なるほど、そう言う事だったのかと納得しました。永江さんありがとうございます。(永江さんにはお世話になりっぱなしです)著者はこう書いています。

「ヘイト本を『仕事』だからと割り切ってつくる編集者、『仕事』だからと割り切って広告宣伝し、営業する担当者は、『仕事』だからと割り切って原発を動かしつづけたり、廃液を垂れ流したりする公害企業の従業員や経営者と似ている。彼らもまた、手を汚している。」

そして書店については、「これは想像力の問題だ。店頭にヘイト本を並べている書店員は、その本が入荷した時、その本を見た人がどんな気持ちになるか想像していない。自分が働く書店にどんな客が来るのか想像していない。」

「韓国人出て行け」なんて本を在日コリアンの子供や、観光で日本に来た韓国の人々が見たらどう思うか。書店に入ったら、「京都人は醜い、臭い」なんて本が置いてあれば、「なんや、気分悪いわ〜」と一緒ですね。

では何故この手合いの本が並ぶのかについて、著者は旧態依然とした流通制度にメスを入れています。もちろん、悪戦苦闘している書店員たちの現状を常に頭に置きながら、どうあるべきかを論じていきます。

「入荷してきたヘイト本を書店員が店頭に並べるたびに、その街の誰かを傷つけ、泣いている。そのことを出版業界にいる者は無自覚ではいけない。」これは肝に命じておかねばならない言葉です。

ところで、青林堂という出版社をご存知でしょうか。漫画雑誌「ガロ」を出し、漫画界のニューウェーブを引っ張った出版社です。しかし今、青林堂は確信犯的にヘイト本を出しています。え?あの出版社が?と、私もこの本で知って驚きました。

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出版ジャーナリスト石橋毅史が、ソウル、台北、那覇、日本で取材した本屋たち。その本屋が、実はそこに暮らす人々の自由を支えてきたことを伝える「本屋がアジアをつなぐ」(ころから/新刊1870円)は、アジアに生きる人々の今を伝える傑作ノンフィクションです。

韓国、台湾、そして香港の本屋には、社会的メッセージを発言するところが、数多く存在します。店主たちは、言論と表現の自由を守っている役割が与えられていることに自覚的です。

「韓国と台湾は、1980年代後半まで言論・表現の自由がなかった。政府が直轄する機関の検閲を受けずに本を出せるようになってから、まだ30年しか経っていない。」だからこそ、店主たちは敏感になると著者は言います。

とりわけ台湾の書店は、環境問題、人権侵害、先住民族への支援、性的マイノリティへの差別反対などに、直接的間接的に関与している書店が多いそうです。2015年、著者が訪れた台湾の小さな書店には、どこもこんな垂れ幕が下がっていました。

「反核 NomoreFukusima  不要再有下一福島」(不要再有下一福島は、もう一つの福島は必要ないの意味)

独裁政権下、監視の目を掻い潜って禁書扱いされていた本を売っていた露天商の本屋が沢山ありました。そこでは客を装った政府のスパイか、本当にその本を読みたい読者かを見極めながら本を売る、という極めて緊張した関係が続いていました。そういう人たちのおかげで、民主化されて表現の自由を獲得した今の台湾がある。その精神を小さな書店は持っているのです。

かつて台湾にあった銅羅湾書店を営んでいたリンロンチーという人物が登場します。中国政府を批判する書物を販売したために、拘束され、数ヶ月間尋問を受け、銅羅湾書店の顧客名簿を出すように要求されます。偽のPCを渡してその場を脱出したリンは、今でも「逃亡者」です。彼は、こんなことを語っています。

「本とお客を裏切ってはいけない。これだけはずっと思っていた。誰もが自由に考えを主張する権利があること、それを、自ら手渡してはいけないということを、私は本に教わった。本を買ってくれたお客さんのことも、絶対に売るわけにはいかなかった。私に勇気がなくても、それだけはしてはいけないことだった。」と。

しぶとい本屋が多い!ということを実感させてくれる一冊でした。では、日本の本屋はどうなのだ?

ということで、明日は、ヘイト本とそれを販売する本屋の状況に切り込んだ永江朗の「私は本屋が好きだった」をご紹介します。

今週は昨日の「新聞記者ドキュメンタリー」から硬派ブログの釣瓶打ちですよ〜。

 

中日新聞東京本社社会部に望月 衣塑子という記者がいます。彼女の取材ぶりを追いかけた映画「新聞記者ドキュメント」は、表現の自由、あるいは国民の知る権利が、知らず知らずのうちに侵害されている現状を浮き彫りにしています。

政権へとすり寄ってゆくメデイアの中で、官邸記者会見場で、一人納得がゆくまで質問を続ける彼女の姿は孤軍奮闘としか言いようがありません。森友学園、加計学園の取材チームに参加し、前川喜平文部科学省前事務次官へのインタビュー記事などを手がけ、元TBS記者からの準強姦の被害を訴えた女性ジャーナリスト伊藤詩織へのインタビュー、取材、そして、菅義偉内閣官房長官に質問を行う姿をカメラは追いかけていきます。

彼女が執拗に官房長官に向かってゆくのに、記者会見会場はどこか冷めた雰囲気です。他社の記者の熱は感じられない。たまたま、この映画の前にWOWOWドラマ「トップリーグ」を見ました。こちらも官邸に詰める新聞記者たちを描いているのですが、政治家たちと緊密な関係を作ってネタを引きたいために、やはり沈黙を守っていました。一人、想定外の質問をした記者が、とんでもない闇に巻き込まれてゆくドラマですが、実際の会見現場もそうだったのですね。

「新聞記者ドキュメント」を監督したのは森達也。98年、オウム真理教広報副部長であった荒木浩と他のオウム信者たちを描いた『A』を劇場公開、99年にはテレビ・ドキュメンタリー「放送禁止歌」を発表。最近では、ゴーストライター騒動をテーマとする映画『Fake』を作ったドキュメンタリー映画監督です。著作も多く、かなり読んできましたが信頼に足る映像作家です。

知る権利も表現の自由も踏みにじるような政府のあり方、そして奇妙な沈黙と、本来の報道の仕事のあるべき姿が消えてしまったようなメディアの現場が、この記者の行動を通して浮き彫りにされていきます。

もう一つ、私が感じたことは映像の怖さです。質問する記者、それを阻止しようとする官邸広報室、苦々しい表情でノラリクラリと答弁する官房長官。その映像が組み立てられゆくと、最後にストップモーションで捕らえられた長官の顔が、極悪非道の悪者に見えてきます。仮に、この記者を推測と主観で質問する人物として設定し、それに苦慮する長官といったイメージで映像を組み立てると、不思議なことに、長官の顔が善意の人に見えてくる可能性があります。

映像を撮る立場によって、どうとでも変化してしまう怖さ。監督の森達也は、そのことを十分承知の上で、本作を製作しています。メディアが垂れ流す映像、言説を簡単に信じるな、という思いがあるのかもしれません。

蛇足ながら、森友学園問題の中心人物、籠池夫婦ってオモロイです。いや、思想的にも教育者としてやってきたことは全く否定しますが、二人のインタビューシーンは、もう笑えてきます。関西人の典型ですね。腹立たしい政府の答弁ばかりですが、心和ませる?二人でした。

 

 

本日より山中さおりさんの「ペーパークイリング作品展」が始まりました。

レティシア書房での作品展は8回目となりましたので、ご存知の方も多いとは思いますが、「ペーパークイリング」の説明を少しさせて下さい。細い紙(2㎜〜6㎜幅くらい)をクイリングバーという棒でクルクル巻き、小さな円や楕円、四角や三角を作ります。一枚一枚の紙を、クルクル、クルクル、さらにクルクル巻き、その小さな部品が、例えば花びらの一つ一つとなって花の作品になるという、とても細かい作業の積み重ねで出来上がるものです。英国で生まれたもので、もともとは、聖書を製本した時に出る細い切れ端を(神のことばが書かれた紙なので)大切にして、鳥の羽根(quill:クィール)で巻き、宗教道具や絵画を飾ったのが始まりと言われています。

 

 

どのような手仕事にも言えますが、細かい作業を繰り返し繰り返し積み重ねることで、美しい作品に磨きがかかります。芸事などの技が上達することを「手が上がる」と言いますが、正にそれ!「手」が思う通りに動いて、作品に命が吹き込まれます。新作のコスモスの花々をあしらったウェルカムボード(写真上)は生き生きとした感じがしますし、一方で、ポインセチアの少し落ち着いた色合いの作品も目を引きます。それらすべてが、細い紙を巻いて作った小さなパーツの集まりなのです。この写真(左)でわかっていただけるでしょうか?

 

クリスマスシーズンということで、グリーティングカードや、プレゼントに添えるクリップなど華やかな小物もたくさん並びました。また、初級〜中級者用にペーパークイリングのキットをセットしたもの、用具なども販売しております。1セット1200円のものが2セット購入の場合は、二つで2000円となる特別価格のものもご用意しておりますのでこの機会にぜひ。

山中さんは絵を描いたり絵本づくりを考えたりと進化し続けています。来年もまた新作を並べるべく、構想を練り始めました。まずはこの秋の新作を、お楽しみ下さいませ。(女房)

山中さおりペーパークイリング作品展 11月26日(火)〜12月8日(日)12:00〜20:00 月曜定休日

 

大阪の動物保護施設「ARK/アニマル・レフユージュ関西」が発行する2020年のカレンダー販売中です。

壁掛けタイプ(1000円)。机上タイプ(800円)があります。売上は、全てARKにお渡しいたします。当施設に保護されている動物たちのために使われます。

 

 

 

 

 

1986年夏に発行された「別冊太陽モダン東京百景」(平凡社/古書1000円)は、なかなか内容の濃い一冊です。特に、「描かれた東京」という特集は作品のセレクションが、際立って上手い!と拍手したくなりました。小林清親の錦絵に始まり、松本竣介の孤独感漂う都市の風景まで、20人の画家の作品から、作家たちがどういう視線で移りゆく東京の姿を見つめていたのかが浮き上がってくる企画です。

江戸風俗を残す文明開化の東京を描いた小林清親の版画作品には、まだ江戸情緒が残っていますが、遠くに蒸気汽船が隅田川に浮かぶ情景を描いた井上安治の作品には、近代化に向かうこの都市の姿があります。そして、大正5年に発表された織田一磨の「東京百景」では、市電が走り、少しづつビルが建ち始めた上野の町が俯瞰で描かれています。

そして関東大震災。震災を描いた作品は少ないのですが、被災した人を全く描いていない、廃墟と化した風景を描いた速水雄御舟の作品は、逆に震災の恐ろしさを浮き彫りにしています。この震災から復興した東京は、大きく変化していきます。その後、都市に住む者の生の視線で変貌してゆく町の姿を捉えた画家が、長谷川利行であり、松本竣介です。画風は全く異なっていますが、都市生活者の視線は一緒でした。

「二人を並べてみると、街にこだわって町をさまよい、街そのものをアトリエにして制作した点で、似た者同士の画家だったということはできる。東京がなければ、存在しない画家だったかもしれない。この二人のきわだった共通点は、街中に出て、かえってそこで、行きどころをもたない孤立した淋しさを感受する傾向が強かったということだろう。」と原田光は論じています。

もう一つ共通点といえば、長谷川は新宿の喫茶店「ノア・ノア」を拠点に、松本は谷中の「りりおむ」という喫茶店を拠点に活動していた時期があります。様々なカフェが、新しいムーブメントを起こしている昨今の状況の原点がここらあたりにあったのかもしれません。

この雑誌のもう一つの目玉は、藤巻義夫の「隅田川絵巻」です。1935年、完成した全4巻にもなる「隅田川絵巻」を姉に預けた後、消息を絶ち、生死不明のまま今日に至っています。隅田川を上流から、中流、下流へと、不思議な構成で描いた絵巻は、彼の行方不明と同時に、埋もれていましたが、1977年奇跡的に発見されました。特集ではその絵巻を誌上に再現し、洲之内徹が文章を寄せています。これは貴重な企画です。

ちなみに「別冊太陽」最新号にレティシア書房の写真が載っています。どこかで立ち読みしてみてください。(笑)

海外文学の面白いところを取り上げる無料のミニプレス「BOOK MARK」の15号が入りました。特集は「Be  short!」と書かれているように、短編小説の特集です。このセレクション見事です。欧米や非英語圏の文学から、刺激的な短編集が15作品選ばれています。

以前ブログでも書いたピョン・ヘヨン「モンスーン」(白水社/古書1600円)も、取り上げられていました。翻訳した姜信子さんが、「不穏です。9つの短編に、9つの日常から洩れでる、9つの密かな叫びがこだましているんです」と解説していますが、まさにそんな物語が詰まっています。

台湾フェミニズム作家リー・アンの短編集「海峡を渡る幽霊」(白水社/古書1800円)は、以前から在庫していた本です。この作家の長編を読んだ記憶があります。人々を締め付ける土俗的風習や情念を、とある殺人事件を通して描く「夫殺し」。凄まじい暴力を振るう夫も、それを容認する人々も、実は極めて孤独な存在だったという視点で語られていました。緻密な執筆力は、この短編集でも生かされています。本作で全ての物語に貫かれているのが、中国語で「鬼」と呼ばれるお化けです。お化けが象徴するものが何かを探してください。

さて、とても刺激的な海外文学を入荷しました。アティーク・ラヒーミーの「悲しみを聴く石」(白水社/古書1550円)です。植物状態で戦争から戻ってきた夫と彼を看病する妻を描いているのですが、回復の見込みのない夫に向かって、妻は自らの罪深い秘密を語り出します。

「透き通った皮膚の下には、静脈が、ぼろぼろの身体から張り出した骨に、窒息しそうなミミズのように絡まっている。左の手首には自動巻の時計、薬指には金の結婚指輪。右ひじの裏側には、カテーテルの針が刺され、頭上の壁につるされたプラスチック製のバッグから、色のない液体がしたたり落ちている。」

滑り出しから緊張感と、奇妙な静謐感に交互に押し寄せてくる長編です。

著者は、アフガニスタン出身の作家であり、映像作家です。アフガニスタン紛争の最中にフランスに亡命し、映画学を学びドキュメンタリー作品を制作。1999年、故国の現状を描いた小説「灰と土」を発表して、後に自ら映画化もしています。

 

「文士」という言葉がふさわしい作家の愛用品を集めた一冊の写文集を入荷しました。文・矢島裕紀彦、写真・高橋昌嗣による「文士の逸品」(文藝春秋/古書1000円)です。

「『文士はかすみを食って生きるべし』という名言がある。なるほど文士の逸品には豪華絢爛たるものはない。がらくた(?)ばかり、されど逸品なのである」とは、本書の帯に書かれた半藤一利の言葉です。確かに、いかにも高価なものは登場しませんね。エリート会社員から一転して、貧困の俳人として生きた尾崎放哉のインク壺なんて、どこにでも転がっていそうな壺なのですが、こう書かれています。

「放哉は独居無言、句作三昧で生きながら、夥しい数の手紙を書き送っていた。孤独を希求しつつも、真冬の深更、火鉢の埋み火に思わず手をかざすように、友の情愛に縋らずにはおれなかった。横たえた壜の口から、そんな放哉の生の痕跡がこぼれ落ちて見えた。」

こんな文章を読みながら壜を見てみると、寒さに震えながら手紙を書く放哉の姿が立ち上ってきます。写真と文章が見事にコラボして、文士たちの生の姿が浮き上がります。「反骨とははにかみの人生哲学」をモットーにした山口瞳の帽子では、「真面目な性格の現れか、気楽な散歩でもての指先までをピント伸ばして歩いていたという作家の姿が、帽子の向こうに浮かんでくる」。その姿が蘇ってきます。

幸田露伴の煙管とか、池波正太郎の万年筆とか、遠藤周作のマリア像、宮沢賢治のチェロ、いかにもこの作家らしいものが並んでいる反面、谷崎潤一郎のめちゃくちゃ派手な長襦袢や、檀一雄の貝の化石などなんだか笑えてくるものもあります。

古びて黄ばんだオルガンは、寺田寅彦が愛用したものです。「寅彦が理学博士の学位を得たテーマは、尺八の音響学的研究。中学時代から尺八を吹き、長じては蓄音機に凝る音楽マニア」だったそうです。知りませんでしたが、今なら、中古レコード店でレコードを漁る姿を見かけたかもしれませんね。

私が一番、驚いたのは小林多喜二のデスマスクです。プロレタリア文学の旗手だった小林は、警察に目をつけられて拷問の末に惨殺されます。葬儀まで妨害する警察の隙をついて、仲間たちが作ったデスマスクです。深夜、塗った石膏を生乾きの状態ではがしたため、マスクの一部が裂けてしまいました。

「狂気の時代に抵抗し無念の死を遂げた作家の魂が、苦闘と崇高の色を宿すそのマスクに、確かに刻まれていた。」という文章で結んでいます。このデスマスク、小樽市の小樽文学館が所蔵していて見ることができるのだそうです。

 

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「住む」ということについて様々な角度から考察する本を何点か入荷しました。従来なら、住宅については建築家の仕事と決まっていました。しかし最近、建築家の中には、自分の作った家にどんな家族が入居し、どのような生活を営むのかということに興味を持ち、それまでこういった事に対応してきた社会学者や、文学者が、それぞれの垣根を超えてアプローチしてゆくというムーブメントが起こりました。その動きを書き留めたのが上野千鶴子「家族を容れるハコ、家族を超えるハコ」(平凡社/古書1500円)です。

こういう動きが出てきたのは、「住宅という『ハコ』と家族という『現実』がどうやらズレてきているらしい、という現状認識です。『住宅に、想定通りの家族がおさまっているわけだはなさそうだ」というズレに気がついたから、こういう関心が出てきたのでしょう。」と著者は指摘しています。

本書には、様々なジャンルで活躍している人たちとの対論も収録されていて、これが面白い。かつて「日航スチュワーデス魅了の礼儀作法」というベストセラーを出した(新刊書店時代、実際よく売れました!)の著者、奥谷禮子との対論「みんなシングルの時代」はオススメです。日本最強のシングル対談!と言いながら、話が始まります。シングル差別言葉としては、かつて「小野小町」がそうだったという指摘があります。え?どーいう意味?って、ここでは書けません。(あまりの下ネタ)

数年後、「『51C』家族を容れる箱の戦後と現在」(平凡社/古書2500円)が出されました。こちらは、建築家を中心とした対論が中心で、やや専門的な内容になっています。ちなみにどちらも絶版です。

さて、「TOTO」というロゴ、皆さんご存知ですよね。トイレ、バスなどの製造を手がける大手メーカーですが、業界向けに出していた「TOTO通信」が20冊ほど入りました。元は建築関係用の雑誌ですが、興味深い記事やインタビューもあり、住居やビルの内部を撮影した写真が美しくて楽しめます。価格は100円!です。すでに何冊か売れていますので、お早めににどうぞ。

最後にご紹介するのはアサダワタル著「住み開き」(筑摩書房/古書900円)です。これ、自宅の一部を解放して、博物館やギャラリーにしたり、廃工場や元店舗を改装してシェア生活を実践している人々の姿を記録したものです。ここでは登場していませんが、書店をしている例なども実際にはあります。

共通していること、「それは、無理せず自分のできる範囲で自分の好きなことをきっかけにちょっとだけ開いているということ」。公共施設や、商売目的の施設ではなく、個人宅をちょっとだけ解放することで新しいコミュニティが生まれ、「自分の仕事や趣味の活動が他者へと自然にかつ確実に共有されてゆくのだ。そこでは無論、金の縁ではなく、血縁でもなく、もはや地縁でも会社の縁でもない。それらが有機的に絡み合う『第三の縁』 が結ばれるのだ。」という事例が満載です。

 

レティシア書房で開催中の「風展2019・いつもひつじと」北海道在住のフェルト作家澤口弘子さんの作品展は、今週日曜日まで。手作りならではのマフラー・ストール・ベストが並んでいます。今週に入って、新作の追加も北海道から届きました。ぜひ手作りの暖かさに触れてみてください。

芦原伸著「森の教え、海の教え」(天夢人/古書1300円)を読んでいると、日本列島の広さと奥深さが迫ってきます。

「土地々々に伝わる『教え』を学ぶと、見える風景も変わってくる。歴史や風土、民族に触れることにより、旅人の視野は広がる。人々の暮らし方、生き方が理解できる。伝承や習慣は人々が昔からつないできたもので、伝統芸能はその結晶といえるものだ。森に寄りそう人々、海を糧とする人々には、生きる知恵が備わっている。本書はそういう意味で、日本各地に起こる『教え』をまとめたものだ。」

著者は日本各地を回り、絶滅したと推測されているニホンオオカミが教えてくれたことを調べて、奈良県大台ヶ原へ、埼玉県秩父の森へ、そして、マタギが教えてくれたことを知るために秋田県の阿仁に向かいます。

紀伊田辺で、南方熊楠が宇宙の概念を「曼荼羅」という表現で描いた立体形の空間の意味を探り、京都丹後半島で、浦島太郎伝説に耳を傾ける。ところで、本書に出てくる「ブラキストン・ライン」というのは、津軽海峡の上に引かれた動物分布の境界線です。北海道には本州固有の動物が生息せず、逆に本州にはいない固有種が生息しています。津軽海峡はニホンザルの北限であり、ヒグマの南限を分かつ海。ブラキストンは動物境界線がここにあることを立証した人物なのですが、一体どういう人物なのか知っている人はほとんどいません。その人物にスポットを合わせて、彼が求めた世界を見つめていきます。

北海道から沖縄まで様々な場所を巡り、最後に登場するのはカナダ、ハイダ・グアイです。星野道夫ファンならピンときますよね。ハイダ・グアイは、太平洋の北東部にある諸島で、トーテム・ポールが並んでいます。トーテム・ポールには多くの動物が彫られていますが、その中にワタリガラスがいます。星野道夫はワタリガラスの神話を追いかけて、世界各地を巡りました。アラスカからカムチャッカに渡り、極東の少数民族を訪ねて話を聞く予定でしたが、熊に襲われるという悲劇に遭遇しました。

今、星野が生きていたら60代後半。彼の口から辺境の民たちの声を、教えを、聞いてみたかったです。