昨年秋頃に出た「埴原一亟 古本小説集」(夏葉社2376円)は、読もう読もうと思っていたのですが、中々時間が無く、正月休みを利用して一気に読みました。

埴原一亟(1907−1979)は、古書マニアを除いて、今は殆ど知っている人の少ないと思います。明治40年山梨に生まれた埴原は、東京の中学卒業後、銀座松屋に就職します。5年間程ここで働いた経験が、初期作品には色濃く反映されています。

解説と作品の選書を担当された、「古書善行堂」店主の山本さんによると「資質として一亟は、私小説作家と見ていいだろう。また、働きながら、社会や組織に対して、またその中で働く人たちの、数々の問題のついても観察の目を向けていたことことも、一亟の小説から想像できる。それは、樺太での生活を描いても、古本屋の世界を描いても同様で、所謂私小説という枠からはみ出してゆくようなところがあるのも一亟の小説の個性になっていると思う。」

この作品集を一読して感じたのは、戦後に盛り上がったネオリアリズム映画、例えば「自転車泥棒」などに描かれた貧しさが色濃く出ていることです。

大陸から引き揚げてきた夫婦が、なんとか露天商の許可をもらおうと悪戦苦闘する「ある引揚者の生活」、百貨店の勤務していたものの、なんとなく辞めて生活に困り、古本屋を始めたところ、近寄ってきた親切そうな男に財産を巻き上げられる男とその妻を描いた「生活の出発」など、底辺の生活が漂ってきます。そのリアルな描写の中から、この時代を生きた男たち、女たちの真実が浮かび上がってくるところが、埴原の高い文学性ではないでしょうか。

私が、埴原を信頼できる作家だと思ったのは、「かまきりの歌」に出て来るこんな文章からです。

「敗戦後のある日、夕食の膳に向かって何気なくテレビを見ていた」

「終戦後」と言わず「敗戦後」と書いています。今では、メディアも、作家も平気で「終戦後」という言葉を使っていますが、いい加減な憶測で戦争を始めて多くの人間が死んだあの大戦は、未熟な国家の敗戦でしかありません。

ところで、先に引用した山本善行さんの解説は簡潔で、明確な埴原論です。私のブログはおいといて、先ずはこの本の解説をお読みいただき、読んでみたいなぁと思われたら、ぜひお買い求めください。

「強くなることが使命・・・・使命までいくか分からないですけれど、自分のすべきことだと思います。どのような景色が見えるのか。強くならなきゃいけないと思っています。将棋は奥が深い。強くなっても、強くなった先にある深遠さを見ていたいです。」

弱冠15歳の藤井聡太の言葉です。ベテランの棋士が言うならいざしらず、15才過ぎの青春真っ盛りの青年から、強くなった先にある深遠さを見ていたい、なんてセリフが出てきますか? なんとも凄味があります。

北野新太著「等身の棋士」(ミシマ社1728円)は、藤井聡太、羽生善治等の棋士へのインタビューと、対戦の日々をドキュメントしたノンフィクションです。私は、将棋のことは全く知らないし、やったこともありません。でも、これは面白かった。100%理解できたとは言えませんが、肉体と精神のギリギリのところで、勝負している人達がいることに驚かされました。

「棋士という二文字は『将棋を指す侍』を示している。プロ棋士という言葉を散見されるが、厳密には誤用である。力士と同じように、棋士という単語はプロフェッショナルであることを示す意味が初めから内包している。アマチュア棋士はいない」

勝つか負けるか、喰うか喰われるか、の世界です。筆者は、藤井や羽生といった人気の棋士だけでなく、非情な世界で生き抜く男達、そして女達を追いかけていきます。

驚いたのは、ワルシャワから日本に来て、女流棋士を目指すカロリーナ・ステチェンカという女性でした。彼女は15年12月、女流名人戦で山口恵梨子初段に敗れ、デビュー戦を飾れませんでした。遥か彼方の異国から、将棋を指しにこさせる原動力は如何なるものなのか興味は尽きません。

「等身の棋士」には、今まで読んだスポーツノンフィクションの傑作、例えば山際淳司の野球もの、沢木耕太郎のボクシングものと同じような匂いがします。簡潔でストイックな文体が、登場する男たち、女たちの心の襞を捉えていく手法です。

「かつて羽生は言ったんだ。将棋には人をおかしくさせる何かがあると。」

そんな奥深い暗闇でもがき続ける勝負師たちにストレートに立ち向かった筆者の愛情が溢れたノンフィクションです。

なお筆者には、ミシマ社からもう一冊「透明の棋士」(1080円)があります。こちらもどうぞ。

 

あけましておめでとうございます。本日よりレティシア書房通常営業いたします。本年もなにとぞよろしくお願いいたします。

2018年ギャラリーは、町田尚子「ネコヅメのよる」原画展で幕開けです。

ある夜、古い家に住んでいるネコが、「ん?もしかして今夜か?」と気づくところから始まります。一体何が起こるのか?

あちこちの露地から、ネコたちがぞろぞろと出てきて、お互い「いよいよですね。」などと挨拶しながら、ある場所に集まっていきます。そこで大勢の猫たちが楽しみにしていたのは、何年かに一度夜空に上がる「月」だったのです。人は全く登場しません。ネコたちだけで成り立っている、ネコだけが知っている世界。

初めてこの絵本をみたとき、表紙のなんとも不敵な面構えに私はぞくっとしました。素敵!!!カワイイ猫は巷に溢れていますが、こういう、昔の映画に出て来る悪役のような、味のある顔にはなかなかお目にかかりません。この猫様を原画で観ることが出来たら、という願いが叶いました。本屋で原画展を巡回中の、WAVE出版さんからお話があり、町田尚子さんと親しいギャラリーnowakiさんのお口添えで、わがレティシア書房で開催されることになったのです。こいつぁ、春から縁起がいいわい!!

インパクトのある構図で様々な姿が描かれています。原画で見ると、夜の空気感や、細かいタッチ、深い微妙な色彩にみとれます。

 

町田さんは、8才のネコを引き取りました。「白木」という名前のネコがこの物語の主人公だと、絵本のあとがきに書かれています。そして、保護猫の活動にも参加されている様です。年末から販売中の町田さんの猫カレンダー「CharityCalendar2018」の売上げの一部も、動物保護活動に当てられています。

原画展開催を記念して、”ご当地サイン”入りの絵本「ネコヅメのよる」(WAVE出版1512円)、「CharityCalendar2018」(500円)、「手ぬぐい」(1300円)、「ポストカード」(2種類各162円)、「シール」(302円)など販売しています。(数量に限りがありますので、お早めに)

このブログを書いている最中に、町田さんのTwitterで知ったという図書館司書のお客様が来店されて「きっと関西でも原画展が開かれると楽しみにしていました。」と言って頂きました。本当に幸せなことです。「この絵本を子供たちに読聞かせしたら、すっごい喜ぶのですよ。」とも。ミステリー調に話して、怖い物語かと思っていると、最後に楽しいところで終るのがとってもいいのだそうです。

町田さんの猫世界にぜひ浸ってみて下さい。(女房)

 

 

 

レティシア書房は、本日が今年最後の営業日となりました。今年も様々な面白い本に巡り会うことができました。

小説は、松家仁之「光の犬」(新潮社)、川上弘美「森へ行きましょう」(講談社)、柴崎友香「千の扉」(中央公論新社)などの新刊書が強い印象を与えてくれました。偶然かもしれませんが、三作とも、長い時間を生きた人達の人生が語られていて、時の流れをじっくりと描くという長編小説の醍醐味を味わうことができました。数年後、もう一度読んでみたら、どんなふうに感じるのか、ちょっと楽しみにしています。

久々に読んだ沢木耕太郎の「流星ひとつ」(新潮社/古書700円)は、ちょいと変化球ぎみのノンフィクションでした。演歌歌手、藤圭子の波瀾の生涯を、差し向かいでお酒を飲みながら語り尽くすという構成です。彼女の心の奥底にどんどん降りてゆく技術はさすがベテランの作家の力量です。一緒に「旅の窓」(幻冬舎700円)という写真エッセイを読みましたが、上手いなぁ〜と思いました。

数多くの京都本が今年も出ましたが、その中では、吉田篤弘の「京都で考えた」(ミシマ社1620円)はお薦めです。吉田の文体って、わからん理屈で迷路に引っぱりこまれたりして、読みにくいなぁと思うこともありますが、これはストンと腑に落ちました。吉田の文体と京都の露地がシンクロして、あっちへ行ったり、こっちへ行ったり。

この本を出した京都のミシマ社は、相変わらずいい本を出しています。山口ミルコ「似合わない服」(1620円)、安田登「あわいの力」(1836円)、「うしろめたさの人類学」(1836円)は中身の濃い傑作です。最新作の北野新太「等身の棋士」(1728円)は藤井聡太、羽生善治らの棋士を描くノンフィクションで、将棋のことを全くしらない私のような者でも面白く読めます。

来年、レティシア書房でミシマ社の展示会をするので、さらに充実したコーナー作りを計画中です。

ミシマ社と同じように小さな出版社ながら、書物への愛情一杯の本を出し続けている夏葉社からも、尾形亀之助著、松本竣介画による「美しい街」(1728円)や、「東京の編集者 山高登さんに話を聞く」(2484円)など、机の上に置いて、ずっと眺めているだけでも幸せになってくる本が出ました。特に最後に出た埴原一亟 「古本小説集」(2376円)は、よう出した!!と拍手です。殆どの人が知らない作家、埴原一亟の短編を集めたもので、古本を拾い、古本屋を始め、そして続けてゆくその姿を、様々な角度から描いていきます。帯にこうあります

「小売商人は何を犠牲にしても店を守らなければならない」

この言葉を肝に銘じて、来年も頑張ります。

ギャラリーでも新しい作家さん達との出会いが多くありました。一方、2回目3回目と個展を開いて下さる作家さんと親しくさせて頂き、実りの多い1年間でした。

得地直美さん(初)、福原真理子さん(初)、呑海龍哉さん(初)、高原啓吾さん(初)、中西敦浩さん、棚からうさもちさん、森野有子さん(初)、上仲厚志さん、冨田美穂さん(初)、もじゃハウス&小嶋雄之さん、大島尚子さん(初)、ARKさん、村上浩子さんと絵本教室の皆さん(初)、「震災で消えた小さな命展」の皆さん、土本照代さん、たがわゆきおさん、長元宏さん(初)、朝野ペコ&楠木雪野さん、白崎和雄さん、沢朱女さん、梶間千草さん、山中さおりさん、澤口弘子さん、越智信喜さん(初)、そして「贈り物展」の作家の皆さん、本当にステキな展覧会をありがとうございました。

そして、雨にも風にも負けずご来店頂きましたお客様に心よりお礼申し上げます。来る年も、いい本と巡り会えることができますように。(店長&女房)

★新年は1月5日(金)より営業いたします。最初のギャラリー展示は、いま人気の絵本作家町田尚子さんの絵本「ネコヅメのよる」原画展です。著者の”ご当地サイン”入の絵本や、手ぬぐい、町田尚子キャットカレンダーなども同時に販売いたします。おたのしみに!

 

 

 

 

「房総カフェ」を出版している暮ラシカルデザイン編集室が「房総コーヒー」(1350円)を出しました。巻頭に、幼い時に南房総に暮らした安西水丸の文章が載っています。

「一流のものを見て育つことはもちろん大切だが、ぼくに関していえば小児喘息の悪化で、3歳から数年南房総のほとんど文化のない土地で暮らしている。」

文化的に不毛だと嘆きながらも、「ぼくは海が好きでよく海辺を歩いた。太平洋の波が押し寄せていた。太陽は水平線から昇り、背に陽を浴びると波は透けて見えた。ぼくは一流のものを感じた。ダ・ヴィンチにもミケランジェロにもない一流の姿だった。」

たしかに、東京の背後にありますが、この本に登場するカフェの写真と店主の珈琲への拘りを読んでいると、自分たちの生きてきた土地への思いや、そこでお店を営み、お客様に一瞬の幸せを提供する喜びが見えます。ゆっくりと寄せては返す太平洋の波の如く、地に足のついた珈琲文化が育っています。

この本は、情報誌によくあるお店紹介的なものではありません。珈琲を通して、店主の生き方や世界観が、発行責任者であり、ライターでもある沼尻瓦司の文章で綴られている読みものなのです。

「自分の今この瞬間の精神に向き合える自由。理念や思想、価値観から解き放たれた時、感性が研ぎ澄まされ、心地良い緊張が身体をすくっと貫く。そう、それは遥か遠くの地へ旅に出た時の感覚と似ている。思考が許容量を越えて溢れ出さんとした時、旅先のコーヒーに、どれだけ救われてきたことだろう」

自家焙煎珈琲とパンの店「KUSA」探訪記などは、沢木耕太郎のトラベルノンフィクションを読んでいるような気分です。

大都会のトレンドに引っぱり回されない、自分たちにジャストフィットした暮らしを続ける人達の日々を、文章と写真で描いた素敵な一冊です。

安西さん、この地が文化的不毛だなんてことありませんよ。こんなにグレードの高い文化が育っているじゃありませんか。

 

●暮ラシカルデザイン編集室が出している「房総カフェ」は、3号と4号のみ在庫あります。

 

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再度、アガサ・クリスティーの「オリエント急行殺人事件」が映画化されました。物語も、ラストの謎ときも知らない人はいないくらい有名な小説なので、今更と思われるかもしれませんが、やはり面白いのです、これが。

新作は、英国演劇界の重鎮で、映画監督でもあるケネス・プラナーが監督主演し、名探偵ポワロを演じています。前回の映画化(1974年)同様に、オールスターキャストです。まあ忠臣蔵みたいなもんですね。舞台が列車内だけに限定されるので、ちゃんと演技の出来る役者が起用されてますからその演技を楽しむことができます。可哀想にズタズタに刺し殺されるジョニー・デップも、いかにも悪い道を歩いてきたという凄味のある悪役を演じています。

74年の映画では、辛い人生を背負った人達がやむなく犯罪に走り、最後にポワロの計らいで救われるという幸せな幕切れでした。登場人物みんなの笑顔を見て、こちらも幸せな気分で劇場を後にした記憶が甦ります。

今回、監督のプラナーは捻った展開を見せます。もちろん、誰が殺したかがメインに物語は進行しますが、それ以上にポワロという人物の心に奥に入り込み、彼の不安や焦燥感を炙り出していきます。ミケランジェロの絵画「最後の晩餐」の人物配置と同じような感じで、容疑者たちを並べるというケレン味たっぷりの演出で、ポワロが屈折した思いを訴える辺りは、さすがシェイクスピア役者と感心いたしました。

ラストも笑顔はありません。ポワロは雪の降り積もる淋しい駅に一人下車し、迎えの車に乗る後ろ姿で終ります。決して、事件解決で良かった、という雰囲気ではありません。白と黒しかないという彼の信じる正義と、灰色の結末のまま終ってしまった虚しさが描かれているようなエンディングでした。

映画にする以上、今までにないポワロを創造してやるというケネス・プラナーの気合い十分の映画でした。

今年も30本程の映画を映画館で観ることができました。私の今年のベストは、こんな感じです。

「メッセージ」、「ブレードランナー2049」、「ベストセラーズ」、「怪物はささやく」、「パターソン」、「ラ・ラ・ランド」、「シーモア先生の人生相談」、「ドリーム」、「女神の見えざる手」そして「彼女の人生は正しい」(邦画)の10本です。「メッセージ」はDVD買って何度も見ています。

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前日に引き続き、中島京子の家族小説をご紹介します。中央公論文芸賞を受賞した「長いお別れ」(文藝春秋/古書1150円)は、チャンドラーのハードボイルド小説と同じタイトルですが、こちらは認知症になった父親の物語です。

東昇平には妻と三人の娘がいます。娘達はそれぞれ独立していて、長女は夫の仕事の関係でアメリカに滞在、次女も結婚し、三女はフードコーディネーターとして頑張っています。昇平は教師として職責を全うし、今は妻と二人で暮らしています。

と、こう登場人物を書いてしまうと、やはりどこにでもある家族です。物語は、昇平が徐々に認知症を患い、その介護に巻き込まれる女性たちの10年間の姿を描いていきます。

後半、認知症の進行に伴って、疲弊してゆく妻と娘たちとの葛藤が表面化していきます。作家自身の体験なのか、それとも詳細な取材の結果なのかはわかりませんが、介護の状況はリアルに描かれています。きっと、実際の現場はもっと修羅場なのでしょうが、あくまで小説でノンフィクションではありませんので、その辺りを物足りないと取るか、物語としてスルスルと読めていいと取るかは、読者次第です。

昇平が元気になるという事態はありえませんし、当然、家族との永遠の別れは待つのみなのですが、「お父さん、お別れね」などという陳腐なシーンは全くありません。それどころか、妻や娘たちとの死別のシーンがありません。もう、最後というシーンで一気に舞台はアメリカに変わります。

アメリカにいる長女の息子が登校拒否になり、校長との面談に臨む場面になります。そこで、初めて孫の口から「祖父が死にました」というセリフが出ます。認知症の始まりを、孫が「十年前に、友達の集まりに行こうとして場所がわからなくなったのが最初」と校長に伝えると、その言葉を受けて、校長はこう言います。

「十年か。長いね。長いお別れだね」。その意味を分かりかねた孫に向かって、「『長いお別れ』と呼ぶんだよ、その病気をね。少しずつ記憶を失くして、ゆっくりゆっくり遠ざかって行くから。」ざっくばらんな校長との会話に、本のタイトルが登場するのです。

この二人の会話で小説は幕を閉じます。静かなエンディングです。亡くなった人への切ない思いを、ふっと浮き上がらせる巧みな終り方だと思いました。

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中島京子が、どこにでもある家族を描いた長編小説、「彼女に関する十二章」(中央公論社/古書1200円)、「長いお別れ」(文藝春秋/古書1150円)を連続で読みました。

家族って、めんどうだなぁ、でも、しかしなぁ〜という実感は誰でもお持ちでしょう。そこを見事に突いて、読んだ後、まぁ仕方ないね、自分の人生だからね。とちょっと前向きになれるお話です。決して「泣ける」とか「涙が止まらなかった」的な陳腐な小説ではありませんので、ご安心を。

今日ご紹介する「彼女に関する十二章」は、初老にさしかからんとする夫婦の物語です。

「どうやらあがったようだわ。こんなにきれいに、まるでお役所仕事のようにきっぱりと容赦なくあがるとは思わなかった。五十歳の誕生日を過ぎてからこっち、きっぱりと月のものが無くなった。」

という主人公の主婦、宇藤聖子のひとりごとで始まります。ライターの夫と、遠くの大学に通っている一人息子、そして自分は、パートをしながら家計を支えるという、典型的な家族の日常が描かれます。現状への不満はないものの、忍び寄る将来への不安。

そんな時、彼女の小学校時代の初恋の男性の息子が現れます。「父親が亡くなりました」という報告と共に。彼の息子の表情に過去の淡い思い出が甦りますが、この二人が恋に陥るわけではありません。これまでの日常になかった感情に揺さぶられる主人公。さらに、パートの仕事で舞い込んだ新しい職場と、その職場で出会った風変わりな老人片瀬。根無し草みたいな生活を続ける彼はこんなことを言います。

「便利ということに興味が持てなくなったんです。」「便利である必要があるのか、何にとって便利か、ということを突き詰めるとめんどくさくなってきて、興味がなくなってしまったんです。」

この老人との付き合いやら、突然女の子をつれて帰ってきた息子の登場やら、それなりに人生は動いていきます。もちろん「寒い日に身体の節々が痛くなったり、シャンプーをいくつ変えても髪型が決まらなくなったり」というこれまでとは明らかに違う兆候を意識せざるをえなくなり、確実に老いは近づいてきます。でも納得して生きるしかないね、ふふふ……、と笑って小説の幕は降ります。

「そう言えばここ二三ヶ月、月のものがないけど、こんどこそ、あがったのかなと考え、どことなく月経前症候群めいた下腹の張りがあるのに気づき、きっぱりとあがらないのよ、予断は許さないのよ、と、一人、カフェオレとトーストの朝食を摂りながら、聖子はいつものように脳内独白を続けた。」と。

「生きるって予断は許さない」というのは真理です。

明日は、老人介護真っ最中の家族を描く「長いお別れ」を紹介します。

 

今年1月、レティシアで個展をしていただいたイラストレーターの得地直美さんの「御所東考現学」(誠光社1080円)が発売されました。

当店では、彼女の「神保町」(夏葉社1836円)発売記念で、神保町の古書店街を描いた本の原画展でした。今回は、なんと京都は御所東界隈を中心にした本です。御所東とは、京都御所の東側から鴨川あたりまでのエリアを表しています。(ちなみにレティシア書房は御所南のエリア。惜しい!)また、考現学というは、現代の社会現象を調査・研究し、世相や風俗を分析・解説しようとする学問で、考古学をもじった造語です。

得地さんは京都精華大学在学中、鴨川にかかる荒神橋近くの古い長屋で生活していました。

「私にとって御所東は、自転車で四条河原町など街に向かう時の『道』でした。」つまり、この界隈は懐かしい場所なのです。

十数年ぶりに町を歩き、ここに暮らす人達の話を聞いて作られた本です。例えば、地蔵盆を見学して、地蔵盆の提灯、数珠廻しなど、京都人には馴染み深い行事が描かれています。また、大正末期に建てられた古い町家に住んでいるあるご家族の家にお邪魔して、その雰囲気を伝えてくれます。かつては薪を使っていた煮炊きをしていたおくどさん(かまど)も備え付けられてありました。このお宅では、さすがに薪ではないけれどガスを引いて現役で活躍しているおくどさんの姿を、得地さんは、愛らしいタッチで描いています。

最近話題のエスニック料理店に混じって、國田屋酒店が紹介されています。私は、鴨川のもう少し北にあたる出町柳に住んでいたころ、帰宅途中にあったこの酒店に、毎日のように通っていました。三階建ての大きな建物の一階部分が酒店で、お酒以外にも果物など売っていて、様々なものが積んであり、不思議なワンダーランド化しているお店。店内には立ち飲みコーナーもあり、しかも明け方まで営業しています。得地さんは、店内の様子を事細かに、楽しそうに描かれています。水槽にナマズまでいるそうですが、それは知りませんでした。

「神保町」でも、街の空気をふっと感じさせる彼女のタッチは、「御所東考現学」でもますます健在です。なお、この本には、梅林秀行氏に、誠光社の堀部さんがインタビューした記事が掲載されています。梅林さんは、TV「ブラタモリ」にも登場し、「京都の凸凹を歩く」(青幻舎/古書1200円)の著者です。「いま、京都を考現学的に歩く意味」について語っておられます。これは、面白い!

なお、誠光社では、1月15日まで「御所東考現学」原画展が開催中です。

 

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版型のでかい(37cm×27cm)150ページ程、定価9990円という「京都市今昔写真集」(樹林舎/古本4500円中身美本)が入りました。

おっ〜おお〜と表紙を見て驚きました。京都駅側から、真っ直ぐ北に伸びる烏丸通りを捉えた写真。現在は、ヨドバシカメラが建つ烏丸通りの西側に、丸物百貨店が写っています。この百貨店には、遊園地があり、館内には映画館まであり、地下の食品売場では、鯨の揚物を売っていました、なぜ、そんなに詳しいかと言えば、このデパートの向い側に、私の実家がありました。昭和20年代ぐらいの写真でしょうか、一気に幼少時代にタイムスリップです。

この写真集の構成の面白いところは、同一場所のかつて(昭和時代)と今(平成)が写真で対比されていることです。観光客で年中ごった返す「四条通、八坂神社前」。昭和47年当時、神社前には市電が通っていました。とても、とても京都の有名スポットとは思えません。或は、昭和30年代の京阪三条駅の写真には、旧タイプの京阪電車が木造駅舎を出るところが写っています。現在は地下にもぐってしまって、この風景はありません。

いつまで営業していたのかは分かりませんが、現在の高島屋デパートのすぐ側に映画館がありました。この写真集によると、映画館は龍池山大雲院境内に設営されました。三館あった映画館は、パレス大劇場、パレス劇場、パレス名画座と言って、「イージーライダー」も「卒業」も「アラビアのロレンス」もここで見た青春時代の思い出一杯の劇場でした。

見所は、もう山のようにあるのですが、鉄ちゃんのアナタには、必見ですぞ。旧京都駅(ここで祖母と食べたパンケーキの味は忘れられません)、旧国鉄バス、京阪電車、京福電鉄、市電そして梅小路機関区の蒸気機関車等々珍しい写真のオンパレードです。今では、左京区文化ゾーンの入り口みたいな京福電鉄出町柳駅舎の昭和30年代の建物も見逃せません。

 

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