久々にCDのご紹介です。暑いからボサノヴァ!などという素人(?)選曲ではありません。

一つ目は、オランダの歌姫アン・バートンです。1966年から1988年までのラジオ局での録音を集めた「メモリアルアルバム1966-1988 」(国内プレス/1600円)。ジャズボーカルというと、エラ・フィッツジェラルドやサラ・ボーン、あるいはビリー・ホリディの名前が上がりますが、このクソ暑い時期には聴く気分にはなりません。エラが、あの巨体でシャバダバ、シャバダバ♩で迫ってこられると、ちょっと遠慮させてくださいと言いたくなりません?

その点、アン・バートンは、ぐいぐいと迫ってくることはありません。地味で、大人しい音楽です。そこには静寂とある種の倦怠感のような落ち着きが漂っています。そして彼女のバラード曲に流れる哀愁。そっと寄り添ってくる大人な雰囲気。こんな音楽を、真夏の夜の友としたいものです。当店では、アン・バートンは人気のシンガーで、過去何度かCDを入荷しましたが、すべて売切れています。渋い趣味の方が多いみたいです。

次にご紹介するのは、グラディ・テイトの「風のささやき」(国内プレス/1700円)です。グラディ・テイトをご存知の方は、余程のジャズファンだと思います。元々はドラマーで、多くのジャズアルバムでドラムソロなんて滅多にやらずに、しっかりと音楽を支えて来たミュージシャンです。その彼がボーカリストとして吹き込んだのが本作です。夏の午睡には、これとビール、その二つさえあれば幸せになれるはず。

アルバムタイトルの「風のささやき」は、S・マックィーン主演の映画「華麗なる駆け」の主題歌として有名な曲です。ゆっくりと、囁くように歌い始め、ストリングスオーケストラが絡んでくるあたりで、ゆっくり昼寝ができそうです。黒人シンガーらしいシャウトする曲もあるのですが、ギラギラした感じがなく、汗をかくことはありません。ビタースィートな心地よさ、タイトなリズムでリスナーを包んでくれます。

 

★連休のご案内  8月5日(月))6日(火)は恒例「レティシア書房 夏の古本市」(8/7〜8/18 参加27店舗)の準備のためにお休みさせていただきます。

 

かつて、ヒーリングあるいは癒し系の本としてネィティブアメリカンの本が流行りました。どうでもいいいような内容の本も多くありましたが、是非読んで欲しいと思うのは、ナンシー・ウッド著・金関寿夫訳「今日は死ぬにはもってこいの日」(めるくまーる/古書850円)、ジョセフ・ブルチャック編・中沢新一+石川雄午訳「それでもあなたの道を行け」(めるくまーる/古書800円)の2冊です。

「今日は死ぬにはもってこいの日だ。生きているもの全てが、わたしと呼吸を合わせている。すべての声が、わたしの中で合唱している。すべての美が、わたしの中で休もうとしてやって来た。あらゆる悪い考えは、わたしから立ち去っていった。」

生きること、死ぬことをこれほど簡素に、しかも深く描いたものはないと思います。この二冊の本は、ゆっくりと読むことをお薦めします。簡単な文章ばかりなので、一気に読もうと思えば読めますが、それでは意味がありません。ゆっくりと、ゆっくりと、心の中で反復することで、彼らの心とシンクロナイズしてください。アメリカ大陸の雄大な自然と共に、暮らしてきた中から生まれてきた彼らの精神は、きっと読者の心の中に染み込んできます。

 

ところで、最近ネィティブアメリカンの悲しい世界を知る映画を見ました。「ウインドリバー」です。ネィティブアメリカンの女性たちの失踪件数が急激に増加しているにも関わらず、一度も調査されたことがない現状。彼らが住む、いわゆる保留地の生活環境の悪化、広大なその保留地に警官が数名しかいないという危険等を、映画の背景に溶け込ませたサスペンス映画です。

主人公は、この地の野生管理局に勤務するハンターです。彼が、雪の上に若い女性に死体を発見したところから物語は始まります。捜査にやって来た FBIの女性刑事と共に、その死因を探ってゆくうちに、やりきれない現実に直面することになります。舞台となるウインド・リバーは、全米各地に点在するネイティブアメリカンの保留地のひとつで、荒れ果てた大地での生活を強いられた人々は、貧困やドラッグなどの慢性的な問題に苦しんでいます。保留地で頻発する女性たちの失踪や性犯罪被害も多発しています。現代のアメリカの繁栄から見放された”忘れられた人々”の姿を、正統派のサスペンス映画に仕立て上げたテイラー・シェリダン監督の腕前に拍手です。

主人公のハンター、コリーを演じるのはジェレミー・レナー。「ハート・ロッカー」「メッセージ」などでめきめきと頭角をあらわしてきた役者ですが、実にいい!マッチョ的な強さではなく、人生の悲愁を滲ませた佇まいが様になっています。復讐は、賛美されるものではありませんが、この映画のラストには溜飲が下がる思いでした。

 

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70年代のアメリカ映画や小説の匂いを持った絵本を、先ず紹介します。ラスカル文、ルイ・ジョス絵のコンビニよる「オレゴンの旅」(セーラー出版/古書1250円)です。

アメリカ映画には、ロードムービーというジャンルがあります。男二人(男とは限りませんが)が、アメリカ大陸を横断しながら、友情を温め合うというものです。この絵本は、まさにそんな映画のような絵本です。

サーカス団で、熊のオレゴンに出会った曲芸師のデュークは、森に帰りたいというオレゴンの希望を果たしてやるために旅に出ます。ピッツバーグからシカゴ、アイオワを経てロッキー山脈の向こうにある森を目指して、モーテルに泊まったり、ヒッチハイクをしたりしながら、二人の旅は続きます。彼らを助けるのは、肌の色も、職種も違う人達です。そして、熊のオレゴンを、オレゴン州にある大きな森に送り届けたデュークは、「明日の朝、空が白くなり始めたら、今度はぼくの旅に出よう、なんにも考えず、心を軽くして」と決心し、旅立つところで物語は終わりです。今まで顔にくっつけたままだった道化の赤い鼻を捨てて。

自らの新しい生き方を求めて歩き出すラストがいいですね。アメリカの田舎の情景を、生き生きとした線と暖かな色彩で描いたルイ・ジョスの絵もこの物語にぴったりです。

もう一点は、中国の絵本作家チェン・ジャンホンによる「ウェン王子とトラ」(徳間書店/新刊2052円)です。小学校3年の教科書に登場する物語だそうですが、大人も泣けてきます。

自分の子供を人間に殺されたトラは憎しみから人を襲い続けます。その凶暴さに手を焼いた国王は、怒りを鎮めるためにとうとう自分の子供を差し出します。その子供を咥えた瞬間、トラの母性が蘇ります。ここから、この子供はトラを母として育っていきます。宮崎のアニメ「もののけ姫」のヒロインのような設定です。絵本の表紙が凄い!まさに子供を飲みこもうとする瞬間のトラの迫力ある顔の表情。しかし、よく見ると、愛情が憎しみを超えてゆく瞬間を描いているのです。この子供は、その後数奇な運命を辿るのですが、何度も読みたくなる絵本です。

中国古代王朝の青銅器から着想を得たお話だそうですが、水墨画の手法で描かれた絵の巧みさが説得力を持っています。絵巻物語を読んでいるみたいです。

 

 

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自称”お散歩フォトグラファー”で、建築家・インテリアデザイナーの呑海龍哉さんが、ブータンを訪れた時に、そこに暮らす人々を撮影した作品を集めた個展が本日より始まりました。

呑海さんが書かれた文章によると、他のアジアの国々では働いているために学校に行けない子供達を多く見かけるというのに、ブータンでは働いている子供達がいないのだそうです。国が子供の教育に力を入れているのです。そして、ブータンの人々は大地の恵みに感謝し、毎日何百回と祈りを唱え、国と国の文化に誇りを持っているというのです。チベット仏教を心の拠り所にして、お金や物質に振り回されることなく、穏やかに暮らす人々の美しい写真が並びます。

真ん中に、横幅1mあまりの大きなモノクロの作品「大地の恵み」が飾られました。空の広さ、澄んだ空気を感じ、そこで働く女性の力強さ圧倒されます。この写真は今年4月、フランスのサントスアートサクレに出展され、GalerieCombes賞を受賞しました。

呑海さんの写真展は2017年に続き2度目になります。連日36度を超えるような猛暑日の京都ですが、ブータンの自然と人々の優しい笑顔をご覧いただければと思います。(女房)

「ブータン祈りの大地」呑海龍哉写真展は、7月30日〜8月18日まで。なお、8月7日〜18日は恒例の「レティシア書房夏の古本市」を開催しますが、その間も写真展は一部を入れ替えて展示いたします。(8/5、8/6、8/12は休み)

 

 

 

さて、7月27日(日)北海道の森末忍さんと、京都で酒器を作っておられる「今宵堂」上原さんのトークショーが当ギャラリーで行われました。主催は NPO法人京都カラスマ大学。森末さんと畠山さんが作っている「その界隈 北海道と京都」というミニプレス10号発刊を記念した「僕らの界隈展」の開催最終日に実現したとても楽しいひとときでした。こだわった紙面作りをしているミニプレス「その界隈 北海道と京都」ですが、上原さんの掘り下げた質問に答えて、デザインのこと、文字情報の面白さなどについて1時間余り語っていただきました。その中で、しんどいこともあるけれど作り続けるコツは「やめないこと」と森末さんがおっしゃっていたのが印象的でした。何でもそうかもしれませんね。司会進行は京都カラスマ大学代表の高橋マキさん。猛暑の中ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。

 

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高度200メートルの高さに上がって、高層ビルの窓ガラスを拭く清掃員翔太の青春を描く、古市憲寿「百の夜は跳ねて」(新潮社/古書1100円)は、大都会東京を変わった視点から描いた小説です。著者の古市憲寿は、先日ご紹介した岸政彦と同じく社会学者が本業です。「希望の国の幸福な若者たち」で注目され、2018年、初の小説「平成くん、さようなら」で芥川賞候補になりました。TVにもよく登場されています。

就活で挫折し、なかばヤケクソでこの仕事を選んだ翔太は、高層ビルの窓ガラス清掃をしながら無気力な日々を送っています。ただ日々の生活のためだけに淡々と作業をこなしていたのですが、彼に転機が訪れます。ある高層マンションの清掃作業中のこと、翔太はひとりの老婆と目が合いました。視線を外せば良いのに、吸い寄せられるように見つめ、その後彼女の住む部屋に向かいます。
「3メートルはあるだろう高い天井のリビングには、とにかく様々な箱が並べられているせいで、床はほとんど見えない。僕が座っているテーブルと椅子は、箱に囲まれような形になっていた。僕たち以外に人の気配がないということは一人暮らしなのだろうか」
そんな、どうもよくわからない老婆ですが、さらに彼は「作業中に見える部屋の写真を撮ってきてほしい」という不思議な依頼を受けます。
作業中に写真を撮るのは犯罪ですが、隠しカメラで撮影しては、老婆の元へ持っていき報酬を手に入れます。名前も素性も知らないまま、依頼された仕事を続ける翔太に変化が出てきます。犯罪まがいの事に手を出し、名前も知らないふたりの密会にはいかがわしさが付きまといますが、彼は彼女の喜ぶ顔がただただうれしかったのです。そして彼女と交わした仕事から生きる意味を見出していきます。
「無駄な仕事だと思ってたんです。いくらガラスをきれいにしたところで、数ヶ月後にはすっかり汚くなってるから。雨なんか降った日には、下手をしたら数時間で無駄になる。しかもほとんど誰も見てないんです。」
仕事をそんな風に思い、無意味に生きてきた翔太が、物語の後半、徐々に変化してゆくところが小説の醍醐味です。ラスト近くで、それまで彼女が降ろしていたマンションの部屋のカーテンを、翔太が全て開けて、眩い夜景が飛び込んでくるところは感動的です。

ラストの会話が、小説の読後感を良いものにさせています。

 

夏休みに一日、尾道市立美術館へ行ってみませんか。7月6日〜9月1日まで、「絵本原画 ニャー! 猫が歩く絵本の世界」展が開催されています。

「絵本の中の猫は、あっちこっち、動き出すんじゃないかな。なぜなら、とても生き生きとしているから。隙あらば、こっちへ飛び出してきそうなほどです」とは、主催者の言葉ですが、今注目の作家から、ベテランまで15組の絵本作家の約250点の原画と貴重な資料が美術館に並んでいるのだそうです。

 

この美術展の公式図録も兼ねた「絵本原画ニャー」が京都の青幻舎から発売(2268円)されました。単なる図録とは違い、かなり独創的な作りになっています。「本書では、『原画』に、絵本にあるのとは違う言葉を並べます。それは、作者自身のコメントだったり、『原画』の特徴を指摘する文章だったり、様々です」と編集者は言います。その意図は、絵本の原画を、普段見ている状態から切り離し、少々外側から観察してみることにあります。ストーリーから離れて、とびとびの原画を、絵本としてではなく、絵そのものとして見ることで、新しい発見があるかもしれません。

例えば、当店でも開催した原画展が大好評だった「ネコヅメの夜」の著者町田尚子。階段で惰眠をむさぼる猫の絵に下には、こんなコメントが付いています。「人間は出てこない。だが、人間もそこにいることができるような空間になっている。人の『気配』を省かない」。確かにこの物語には人は登場しません。けれども、猫が暮らす家には、人の生活の匂いが漂っていたのはそういうことだったのですね。

おばあさんが暮らす古い家に遊びにきた少年が目にする恐怖を描いた絵本「いるのいないの」では、著者は絵本のラフを作る前に、家の「間取り図」を制作しています。その図を元に、映画みたいに、どの角度でどの位置でカメラを構えるかを考えながら、ポジションを決めていった、という事です。この絵本の主人公は「古い家」なので、どう表現してゆくのがポイントだったのです。

今回の原画展に出品されているのは、ささめやゆき、石黒亜矢子、加藤休ミ、牧野千穂など、人気の作家だけでなく、1960年代から活躍している瀬川康男、40年代後半に貸本漫画で単行本デビューした馬場のぼる、海外からはペロー原作の「長くつをはいたねこ」のハンス・フィッシャーなど、時代も国も様々な作家たちです。

そんな全ての作家たちの原画を分解し、新しい観点からリミックスした本書は、実にユニーク。この本を片手に、ぜひ美術館に行きたいと思いました。

鬼海弘雄という写真家をご存知だろうか。TV番組「情熱大陸」に登場されたので、知ってる方も多いかもしれません。1973年から30年間、浅草で人物写真を撮り続けています。被写体となるのは、そこで初めて出会った無名の人々。声をかけて、浅草寺の朱塗りの塀の前で写真を撮っています。

そのポートレイトも面白いのですが、「東京夢譚」(草思社/古書3300円)がオススメです。

「気ままに東京の風景を撮っている。その日の行き先は、何となく駅まで歩きながら決めることが多い。ただ漫然とひとの住む場所としての町、暮らすひとびとの日々の営為の影や匂いをとおして『場所の肖像』のようなものを撮れないものかと、続けている。訪ねる町はとりあえず何処でもいいわけだ。」

と、この本に書かれてます。全く人影のいない街角、古くから住んでいる匂いのする古びたアパート、木造平屋のタバコ屋、静まり返った住宅街等々。まさしく「場所の肖像」という作品であふれています。寂しさ、孤独といった感傷と同時に、そこに生きる人たちの息遣いやありふれた生活のワンシーンを想像させてくれます。どんな喜びと悲しみを抱えて生きているんだろうと写真を凝視してしまいました。

エッセイも巧みで、店には、「誰をも少し好きになる日」(文藝春秋/古書1500円)、「眼と風の記憶」(岩波書店/古書1800円)、「靴底の減りかた」(筑摩書房/1300円)の3冊があります。どの著書もエッセイと写真を組み合わせてあります。

「誰をも少し好きになる日」最後に収録されている「一番多く写真を撮らせてもらったひと」は、浅草で毎日服を着替えて街角に立っている老女が主人公です。元々は、街角で男を引っ掛ける通称「たちんぼ」をしていたお姐さんです。何処に住んでいるのかもわからない彼女を、愛情を込めてシャッターを切ります。彼女を捉えた作品が10枚載っています。ある日、そのお姐さん死去の報が届きます。

「最後に会った十一月の三十日には、脱いだ靴を枕に地べたに横になって眠り込んでいた。肩を揺すってカイロがわりにと熱いコーヒーを二本渡した。

ホームレスだったのかもしれません。でも、彼女がいつもいた場所には、花束が数多く置かれていました。名前も住まいもわからない女性でしたが、この町は見捨てなかったのです。

「周りの人たちはお姐さんを排除もせずに見守っていた様だ。やはり浅草には他人の哀しみを自分の哀しみとして感受する自然なぬくもりが、まだ伝統としてのこっているのだろう」

そんな文章の横に、2013年3月12日に撮られた彼女のポートレイトが配置されています。いい写真です。

当店で開催中「僕らの界隈展」を主宰しているミニプレス「その界隈」から、初の小冊子「北海道と京都とワンダーランド」(1080円)が出ました。

2016年に発行を開始したタブロイド判の「その界隈」は10号まで発行されています。今回の小冊子では、「その界隈」周辺からの味わい深いコラムが並んでいます。

「京都駅は何と言っても駅全体に漂うアートの空気を満喫するのが、正攻法かと思われる。まぁ、構造そのものもアートなんだけれども、駅ビル随所に見られるアートの欠片を探して散策すべし。珍しいものでは「石の博物館」なんてものもあって」と京都駅クルージングを提案しています。

取材で来京されると、朝はホテルで朝食を取らず、散歩途中で見つけた喫茶店に入るのが習慣となっていると書かれています。素敵なお店で小一時間、過ごす幸せ。一方、北海道はどうかといえば、

「地方の駅前の喫茶店を探す。こちらはもう瀕死状態だ。クッションがへたってしまって沈み込む様に座るソファー。インベーダーゲームが故障したままで使われているテーブル。」

それでも、喫茶店好きの筆者はそこにまた惹かれるといいます。

京都の地名についてのコラムもあります。「東本願寺近隣にある『艮町』は、イラッとするぐらい読めそうで読めない」とこの町名を上げています。

「『艮』は中国の八卦という図象を示す言葉のひとつで、地名として使われている場合は、北東を示すとのこと。『丑寅』とも書くらしいからそれで読める人も多いだろう。京都の地名はこういった方角を示す言葉が使われるケースが多く、加えてその方角の基準地がどこなのか探るのも面白い。」

勉強になります。

「終着駅を味わう」と題したコラムには、なんと、阪急四条河原町が登場します。確かに、阪急電鉄の終着駅ではありますが、京都に住んでいてそう感じたことはなかったな….。この地下鉄の駅を撮影した写真が載っていますが、なんとなく終着駅の寂しげな風情が感じられるのも面白いところです。そして、叡山電鉄・出町柳駅、京福電鉄・四条大宮駅が「最も味わい深い終着駅として推奨したい」と書かれていました。住んでいるものには案外思いつかない様なところが面白いですね。その後に、北海道の終着駅が紹介されていますが、こういう最果て感が漂うのが終着駅だよねと、私たちは思ってしまいます。

⭐️「僕らの界隈展」は7月28日までです。28日朝10時15分より、「北海道と京都とワンダーランド〜ようこそ、リトルプレスの世界」と題したトークショーが、当店で開催されます。ご予約はNPO法人「京都カラスマ大学」まで

 

日本の新刊業界や出版業界と同じく、台湾も読書離れで出版不況に陥っています。しかし一方、個人経営の町の本屋さんが、活発に営業しています。そんな個性あふれる書店主四十三人に迫ったノンフィクション「書店本事 台湾店主四十三のストーリー」(THOUSASNDS OF BOOKS/新刊2808円)をご紹介します。

本の構成はこんな感じです。

第一章「時間長河、歴久不衰」ー老舗の書店。

第二章「在一日又一日的閲読時光中、理想堆積成形」ー経験を積んだ書店。

第三章「記録這段夢想初起飛的歳月」ー新しいタイプの書店

第四章「我們的閲読、不是書」ー蔵書豊富な書店以外の店

の四章に分かれています。著者のグイ・イーチンは、全ての本屋を巡り、店主から話を聞いて書店の個性を伝えてくれます。第三章の新しい書店には、日本と同じようにカフェを併設している店も紹介あります。変わり種は、「時光二手書店」という店で、本の収集に慣れようと古紙回収所に向かう途中、捨てられた犬を発見し保護して以来、店に一時的に野良犬を保護し、新しい飼い主を探す本屋さんです。店主のクー・シウニンは、店の宝物は何?と問われて、

「2匹の猫です。猫はカウンターの上にじっと座ってくれるので、店の宝っぽいです。犬はあちこちうろうろして、店の中でじっとしていてはくれません。」

所変われば、店も変わるのですね。この書店は、取り扱いジャンルが、文学・歴史・哲学・生活・芸術と多義に渡っています。全部読んだわけではないのですが(400ページの大著)、どの書店の店主も面白く、ユニークな方たちばかりです。自ら、身勝手な書店と言う「新手書店」店主ジョン・ユーテインは、経営上の問題を聞かれて、「収支バランスが取れないこと」と即答したり、店の宝物ときかれて「サルです。申年生まれなので、店にサルの小さなぬいぐるみをたくさん飾っています」と答えています。

台湾に行く、行かないに関わらず、隣国の書店事情を覗き見るにはうってつけの一冊だと思います。

 

 

 

 

青春時代ってどのあたりをいうか、人によって違うと思いますが、まぁ16〜7才から20代後半としてその頃に、私がこの人の映画はすべて観ておこうとのめり込んだ俳優が、スティーブ・マックィーン、ロバート・レッドフォード、クリント・イーストウッド、そして菅原文太でした。マックィーンと文太は亡くなりましたが、レッドフォードとイーストウッドは健在です。二人の共通点は、ハリウッドとの距離を保ちながら自分の世界を作ってきたことです。そのレッドフォードが「俳優引退」宣言をした映画「さらば、愛しきアウトロー」を観ました。

時は1980年代初頭、アメリカ。スーツのポケットに忍ばせた拳銃をチラと見せるだけで、誰も傷つけず、銀行強盗を成功させる男、フォレスト・タッカー。なんと74歳現役。被害者のはずの銀行の人間たちは警察の取り調べに対して、彼のことを「紳士だった」「礼儀正しかった」「微笑んでいた」と褒める始末です。その男を、御歳83才のレッドフォードが演じます。かつての美貌は跡形もなく消え去り、皺だらけの顔に最初はちょっと引きました。

思えば、1960年「明日に向かって撃て」で登場した彼は、もうカッコいい!としか表現できませんでした。それから、「スティング」「追憶」「大統領の陰謀」「ナチュラル」とどれだけ彼の映画を観てきたことか……。彼の皺だらけの顔を見ているうちに、こちらも年齢を重ねて来たんだなぁ〜としみじみ思ってしまいました。

レッドフォードは、彼だけが持っている軽妙洒脱な雰囲気を上手く使っている作品が多くあります。この映画も彼のそんな特質が生かされています。1980年代のノスタルジックな雰囲気も、彼にとても似合っています。監督はデビット・ロウリー。昨年の「ゴーストストーリー」で、その手腕に感心し、ブログにも書きました。昨今の過剰なまでのスピードアップの演出とは全く違い、ゆっくりと、物語を紡いでいきます。それが、60年代後半から70年代後半のアメリカ映画のリズムだったことを思い出させてくれます。あの時代のアメリカ映画を浴びるほど観てきた青春時代を想い、ノスタルジックな感傷に浸ってしまいました。

撃ちあいも、スリリングな銀行強盗のシーンもありませんが、アメリカ映画のいい匂いが立ち込めている作品でした。ホッコリする強盗映画です。共演のシシー・スペイセクが、美しく歳を重ねてレッドフォードに静かに寄り添い、素敵でした。

ところで、この邦題のセンスはどうよ!オリジナルタイトルの「オールドマン・アンド・ザ・ガン」の方が、よっぽど映画を表現しています。が、こういう邦題のつけ方もなんだか懐かしいかな。