シャーロット・ランプリング主演「さざなみ」を観て来ました。上等な映画に久々に出会いました。ここで言う「上等」という意味は、抑制のきいた演出と、簡潔な脚本、そして過剰にならない演技で、じっくりと人間の心の奥を見つめる作品のことです。

お話は極めてシンプルです。初老を迎えた夫婦の幸せな一日からスタートします。その夫に一通の手紙が届きます。妻と一緒になる前につき合っていた女性がかつて山で遭難、その遺体が何十年かぶりに見つかったという内容でした。最初は気にもとめていなかった妻ですが、徐々に、心の中に言いようのないさざ波が立ち始めます。別に夫が不倫してたとか、愛人がいたとか生臭い話ではありません。もう40年以上前の話です。しかし、妻の心に打ち寄せる苛立ち、不安が途絶えることがありません。

思わす、上手い!と拍手しそうになったのが、ぼんやりと川辺を見ていた妻の前を、一隻のモーターボートが横切っていく場面。静かな水面にさざ波が出来ていきます。妻の心に起こることを予期させるような見事な演出です。

極めて上等な作り故に、映画はリズムが急激に乱高下することなく静かに進行していきます。90分間、私たちも息をひそめて、この夫婦と時間を過ごす事になります。ゲイの青年同士の二日間を描いた「ウィークエンド」で注目された41歳の若手監督アンドリュー・ヘイは、デビット・コンスタンティンの短編小説を元に、深く心に留まる省察のドラマを作り上げました。ラストの妻の複雑な表情は、彼女の心にうまれた波がおそらく一生おさまる事はないと予感させます。一人でいるより二人の方が、孤独の闇は深いものですね。

シャーロット・ランプリングも夫を演じたトム・コートネィも、絶品です。

★お知らせ

すずきまいこさんの個展(6/5で終了)で販売していた絵本「ぼく、生きたかったよ」(かりん舎)は、反響が大きく、このままお取り扱いを続けます。よろしくお願いします。

国文学者、折口信夫が釈迢空(しゃく・ちょうくう)の名で1943年に出版したた「死者の書」が、近藤ようこによって上下巻のコミックとしてリメイクされました。(角川書店2冊1100円)

奈良県にある当麻寺に伝わる当麻曼陀羅の伝説を基に書き上げられた幻想小説です。

時代は平城京の盛りの頃。お彼岸の日、藤原四家の一つ豊成の娘、郎女(いらつめ)は、日が落ちる山に尊い御方の幻影を見ます。 千部写経の成就に導かれ、非業の死を遂げた大津皇子の亡霊と交わり、尊い御方の姿を蓮糸で曼陀羅に織り上げた姫は、自らも浄土へと誘われてゆく、というお話です。

原作を読んだ時、錯綜する人物、古代の宗教観、死生観等が入り交じって進行するものですから、なかなか読みづらい小説でした。しかし、

「した、した、した」という言葉で死者が目覚める物語の始まりから、何か得たいのしれない力にぐいと掴まれて、魍魎たる世界へと入ってしまいました。

この死者は射干玉(ぬばたま)の闇の中でゆっくりとに記憶を呼び戻し、かつて好きだった耳面刀自(ミミモノトジ)に語りかけていきます。非業の死を遂げた若者のキャラクター造形が見事で、あの小説はこういう話だったんだと納得しました。

近藤ようこは坂口安吾原作による「戦争と一人の女」(青林工藝舎800円)で、狂気の戦争とその後を生き抜く男と女の姿を、見事にコミックとして成立させていましたが、「死者の書」も、原作へのイントロダクションとして、或は、原作で展開する西国浄土への幻影の視覚化に成功しています。

ラスト、曼陀羅を書き上げた姫が、誰にも気づかれずに、この世から、浄土へと旅だってゆく数ページの描き方は、ひょっとしたら小説以上かもしれません。

松岡正剛は「死者の書」を「日本の女が見た古代の魂の物語なのである。」と「松岡正剛の千夜一夜」で書いていますが、近藤版「死者の書」は、自らの魂の進むべき方向に、すべてを捧げた女の一生の物語と言えるのではないでしょうか。

情報によれば、次回マンガ化するのは、夏目漱石の「夢十夜」だとか。こちらも期待ですね。

 

★臨時休業のお知らせ 6月6日(月)、7日(火)お休みいたします。

 

 

 

Tagged with:
 

子どもの本専門店「メリーゴーランド京都」店長、鈴木潤さんの「絵本といっしょに まっすぐまっすぐ」(アノニマスタジオ1620円)が発売されました。

鈴木さんとは、レティシア書房が店を始めた時からのお付き合いで、開店間もない頃に、店内でウクレレのライブもしていただきました。メリーゴーランド京都は、併設されているギャラリーも面白い展示が多く、いつも覗かせてもらっています。今回、発売された本は、彼女のブログを一冊にまとめたものです。最初から読んでいくのもいいですが、巻末に、この本で紹介された本の一覧が掲載されていますので、それを見ながら、興味ある本を探しながら、ページを捲るのも面白いかも。

例えば、モーリス・センダックの「うさぎさん てつだってほしいの」(冨士房600円)を見つけてページを開きます。

お母さんへのプレゼントの悩む女の子に、うさぎさんが適切なアドバイスを与えるという絵本です。本の紹介と、鈴木さんの思い出話がありました。小さい時、弟たちが母の日プレゼントに、八百屋できゅうりとお豆腐を選んだことを思いだして、こう書かれています。

「あの時は『はずかしい』と思ったのに、今は『誇らしい』と思います。」と。

あるいは、歯医者とそこへ治療にやってきたワニ君の抱腹絶倒のコメディー(私は歯医者の待合室で読んで、大笑いしました)を描いた五味太郎の「わにさんどきっ はいしゃさんどきっ」(偕成社400円)では、息子さんの口元から「こりこり こりこり」という不思議な音が聞えてきた、と書かれています。口の中には何もない?? そこで鈴木さんはもう一度、覗き込みます。

「あれあれ、上の歯ぐきから白いものが顔を出していたのです。『こりこり』の正体は歯ぎしりだったのです。」

おかあさんになられて、絵本の世界がまた一回り広がったような感じが素敵です。

そして、写真と詩をミックスした「子どもたちの遺言」(校成出版社800円)。谷川俊太郎が詩を書き、田渕章三が写真を撮った本です。赤ちゃんから青春真っただ中の若い人たちの横顔が次々と登場します。

「わたしは幸せです。でもわたしが幸せなだけでは、世界は良くならないと思うのです。違いますか?」と、図書館で本を読む少年が問いかけてきます。宮沢賢治が突きつけた永遠の課題を、この少年も背負っている、そんな風に見えてきます。この本の後書きに谷川は、「うまれたばかりの赤ん坊に遺言されるような危うい時代に私たちは生きている。そう感じているのは私だけだろうか」と書いていました。

おかあさんとして、鈴木さんが意識している今という時代の危機を感じました。

この街に、しっかりとした考えとセンスで本を選び、こどもたちに提供している本屋があることは、私にとって本当にありがたいことです。

帯広発の雑誌「スロウ」の最新号の特集は「馬の温もりと共に」です。カウボーイスタイルのおっちゃんと馬の顔の写真の表紙を見ただけで買いたくなるはず……..。

表紙をめくると、澄んだ目で前を見つめる馬の横顔。これ、森羅万象の不思議を思索する哲学者の横顔です。後ろ姿も、横顔もどれもこれも素敵な写真のオンパレード。

馬と一緒に森や海をトレッキングする牧場を営む奥川さんが、こう言い切っています。「馬術をやっている人の多くは『馬』を知らないままに馬に乗っている」馬に乗る技術は体得していても、動物として本来の馬について考えることが欠如しているとのことです。馬を楽しむなら、馬を知ることが必要不可欠なのだ。だから「馬に関わる人は、常に紳士で謙虚であるべき。そして馬と同じ、フラットな目線に立つ事」が大事とおっしゃっています。

この特集では、北の大地でがんばる牧場の姿だけでなく、馬具職人、装蹄師、駄鞍職人等の馬に関わる職人さんも登場してきます。馬具を直すことだけを専門とする工房、「ばんえい競馬」に出場するばん馬装蹄師、馬に荷物を載せて運ぶために作られた駄鞍作りの名人のお話は、めったに聞けない貴重なものです。

或は、治療と教育を兼ねたアニマルセラピーの一種「乗馬療育」で、障害者と向き合うホースコミュニティー、苫小牧で愛らしいポニーショーのインストラクター等等、馬と共に生きる人達の「人馬一体」の様々な人生模様を読むことができます。

仕事の相棒であり、親友であり、自分自身を見つめ直す存在、それが、馬だなんて、幸せなことですね。うま年の私は、もちろん買いました。

馬と言えば、沖縄発のミニプレス「馬語手帖」(1296円)、「ウマと話そう2ーはしっこに、馬といる」(1836円)も忘れてはいけません。馬と暮らす人生を選んだ筆者は、東京を捨て、与那国島に移住します。そこで、小さな出版社を立ち上げました。その事を二冊の本にまとめたもので、力まず、ゆっくりと、飾り立てずに馬と共に生きてゆくスタイルの魅力に満ちた本です。

 

今ブレイク?中の、数学者岡潔の名随筆を集めた「夜雨の声」(角川ソフィア文庫400円)。科学、宗教について書いた随筆から、これだ!というのを、哲学者山折哲雄が、集めたものです。数学者でありながら、その世界を飛び出してゆくきらめきが魅力的な学者のエッセンスを十分に味わうことができます。若い頃、我を忘れて数学に没頭した岡は、一生を思索に捧げた人物です。そういう人が書く文章の、深い意味をゆっくりと味わっていただきたいものです。なお、タイトルの「夜雨の声」は道元の「深草の閑居雨の声」から採ったものです。

 

「衣を洗う水の音がざぶざぶと長閑に聞えて、隣りの百連の美しく春の日に光るのが、何とも言えぬ平和な趣きをあたりに展げる。」

という文章をかつて目にした時に、田山花袋をきちんと読んでみようかと思った「少女病」など私小説の名作15編を収録した「私小説名作選上」(講談社文芸文庫1300円)は、美しい日本語に酔う短篇集といった方が適当かもしれません。志賀直哉の「城の崎にて」という数ページの小説は、傑作です。電車に跳ねられた青年が養生で訪れた城崎温泉での滞在を綴った話ですが、自分は何故死ななかったのか、自問自答する青年の心の乱れを見事に表現しています。

同じく、講談社文芸文庫から島尾敏雄の「はまべのうた/ロング・ロング・アゴウ」(800円)が入荷しました。

「お月夜のばんなどはこの二つの部落はまるで青い青い水底に沈んでいるようでありました。浜辺にはアダンゲやユナギの葉がくれに南の海が静かに波打ってときどき青い夜光虫が光っておりました」

宮沢賢治ではありません。「死の棘」の島尾の処女作です。これ、戦争末期の離島で特攻出撃を待つ兵士と島の学校に務める女性教師との間に繰り広げられる、この世のものとは思えぬ愛の物語です。戦争という過酷な現実の中にエロスを放り込んだ「ロング・ロング・アゴウ」も見逃せません。

もう一点、筑摩文庫で出ている安西水丸「東京エレジー」(500円)もお薦めです。50年代末から60年代の東京を舞台に少年と少女たちの世界をみずみずしく描いたコミックです。解説で川本三郎が、安西が俳句を嗜むことから、彼の絵をこう指摘しています。

「その絵もまた俳句のように”かきこまない”ことを特色にしている。絵はあくまでも白く淡い。」

存在感の全くない「白く淡い絵」が、どこかへと誘ってくれるような世界です。深く静かな孤独感なのですが、心地よい気分にさせてくれます。

 

 

◉レティシア書房休業のお知らせ  勝手ながら6月6日(月)7日(火)休業いたします。


 

 

日本人ファッションモデルとして、初めてパリコレに出た山口小夜子(1949年ー2007年)のドキュメント映画「氷の花火」を観ました。

「遺品に深呼吸させよう」という台詞で映画は幕を開けます。

山口の死後、大事に保存されていた品々。生前、彼女が着ていた服やアクセサリーを、スタッフが並べていく作業を、この台詞にこめているのです。

71年、モデルとしてデビューし、高田賢三や山本寛斎のショーで頭角を表し、72年パリコレクションに初めてアジア系モデルとして起用され、ヨーロッパで大人気となります。翌年、資生堂の専属モデルとなり、その後、同社のCMに登場。あの頃は、資生堂=山口小夜子というイメージでした。

身長はヨーロッパのモデルに較べれば低いのですが、舞台に登場するや堂々たる風格が漂っています。山本寛斎は、彼女との関係を「ミューズだった」と語りました。日本人として誰も挑戦したことのないパリコレでスポットを浴び、トップモデルとして君臨するという前人未到のことを成し遂げました。しかしそこからさらに、山口小夜子は表現者としての自分の技術を磨いていきます。

ダンスパフォーマンスの世界に挑み、様々な表現力を身につけていきます。20年程前、京都の舞台で、勅使河原三郎とのコラボレーションを観たことがあります。真っ黒な服装で舞台を歩く彼女の神秘性は、忘れられません。

50代を越えてから、また新しい表現への興味が広がっていきます。

クラブカルチャーへの接近、若手ミュージシャン、DJとのコラボ等々。この感性の柔らかさ、は凄い!しかし、2007年、58歳の若さで、ふっとこの世から消えます。彼女の遺品の中には、安部公房、川端康成、寺山修司などの本、ゴダール等ヌーベルバーグ派の映画ビデオが沢山ありました。常に新しい刺激を取り込むことを怠ることなく、自らを高める姿は、ストイックでさえあります。

映画の本題からは逸脱しますが、彼女をリスペクトする若手写真家、デザイナー達が最後に登場します。彼らのその中性的佇まいと、男臭さが皆無の清潔感が、とても心地よく感じられました。こういう人達が、政治や経済に分野にどんどん出てくれば、この国は、もうちょっとマシになりそうなんですが…….。

★「氷の花火」は6月3日まで京都シネマにて上映中です

 

◉レティシア書房休業のお知らせ  勝手ながら6月6日(月)7日(火)休業いたします。

 

和田「松田はん。三高のときは歩いて通うてはったんですか。」

松田「帰りはそうでした。歩くんです。『丸善』へ寄って、天野さんの言ってらっしゃったように本の背中をズーッとみて……。あの時分、丸善は三条御幸町。」

という具合に京都弁で「私たちの京都」を語るのは、明治36年、上京区室町通武者小路下がるで生まれた和田洋一(同士社大学教授)、明治42年中京区新町御池上がるで生まれた天野忠(詩人)、そして明治41年茨城県生まれながら、父親が京都で小児科医を開業し、京都に移住、戦後は父親を引き継いだ松田道雄(医者)の三人です。

この三人が京都について語る「洛々春秋」は1980年3月から9月まで京都新聞で連載されました。そして翌81年、三一書房から単行本化され、「洛々春秋 私たちの京都」というタイトルで全国発売されました。

三人の幼年時代、青春時代、戦中から敗戦そして戦後まで、それぞれの人生と京都との関わりが語られていきます。青春時代、娯楽が映画しかなかった時代の話では、皆さん大盛り上がりになってきます

天野「栗島すみ子って、まだいたはるんどすなあ。」 松田「いはりますね。まだ。」天野「踊りの師匠でしょう。ほたら八十越えてるんじゃないですか。」和田「越えてるでしょう。ぼくより四つ五つ上のはずです。天野「浦辺泰子なんてな、私、あれがヒロインでね『清作の妻』ちゅうの覚えてますわ。たしか吉田絃二郎原作の……」

栗島すみ子は、成瀬巳喜男監督「流れる」(幸田文原作)に登場して、脇役ながら堂々とした貫禄で画面を支配したことくらいしか知らなかったので、このくだりは興味深いです。

後半では、京都の出版文化や、本の事について語られています。その中で、天野忠が北大路の新町辺りで古本屋を開業した話は初耳でしたね。勤務していた出版社を辞めて、先ずは自分の蔵書を棚に並べて古書店を始め、松田道雄が、この店で「芥川全集」を買っていたなんて話も飛び出します。また、戦後、京都に出版社が数多く立上がった時期があり、こんな会話が出て来ます。

天野「出版社の多くは割に町の真ん中、中京に出来ました。」和田「三条辺にね。」天野「あのとき、例のイノダというコーヒー店が、あそこにあってたまり場になりましてね。あすこへ行くと大抵、出版社の人が集まっていました。」

今や、観光客が立ち寄る場所になっているイノダは、出版文化を支える人達御用達の店だっだのですね。

はんなりした京都弁に誘われて、かつての京都の街をフラリフラリ歩いているかのような気分にさせてくれる貴重な一冊です。(初版・カバー付き1800円)

前、書店で「髪とアタシ」という雑誌が置いてあるのを見つけ、美容院向けの業界雑誌がなんで一般本屋にあるの?と思ったのですが、中身を見ると、「文藝誌」と名をつけているだけのボリュームたっぷりの内容でした。

先日、この「髪とアタシ」の編集長ミネシンゴさんがご来店。当店でも販売を開始することになりました。最新号の特集は「BAD HAIR」。パンクロッカーにモヒカン、ヤンキーという方々がズラリと登場。実は、私が最初に勤務したレコード店は、こういった方々ばっかの“楽しい”お店だったので、懐かしいです。

といってもこんな風体をBADと言っているわけではありません。編集者は断言します。

「髪にも『言葉』が内在している。喋らないが強烈なメッセージを発信している。心の奥底で眠っていたBADってヤツが社会や自分に対しても滲み出てきたのだ」

雑誌には、多くの理容師さんが登場します。例えば、大阪一のいちびりを選ぶ「なにわ大賞」で特別賞を取った「イソノ理容」さん。ここは店内に天守閣??がある理容室で、通称「小坂城」と呼ばれています。オーナーの磯野健一さんのインタビューは「ごつぅ、オモロイ」のです。こんな城作って、地震や火事で崩壊したらどうします?という質問に

「もし、この城が明日潰れるとしても仕方ないな。結局、生きるって、食べ物さえあったらええやろ。どないなっても人生やしね。その時はその時やな」

長年、積み重ねて来たものが一瞬で消滅する。それは仕方なし。でも、今という瞬間にこそ永遠が宿ることを店主は知っているのです。

或は、原宿で、何千何万という若者にリーゼントをしてあの「原宿ホコ天」に送り出した「バーバーショップエイト」の鈴木オーナー。70年代末から80年代初頭にかけて一斉を風靡した「竹の子族」のヘアスタイルもたくさん作った人です。今は美容院全盛ですが、床屋文化を愛し、BADHAIRに決めて、街に飛び出す若者が集まってくるみたいです。ちょっと昔の親分肌でヘビースモーカーの店主のもとへ、集まってくるヤンチャな若者は決して少なくないみたいですね。インタビューの終りに書かれた「素直なだけがいい子じゃない」とは、大人達が忘れてはいけないことかもしれません。

「若さをなめちゃいけない。内なるBADを自己表現した若者は、何十年経とうとも、そのマインドは心の奥に残っている」その通りですね。

髪とアタシ二刊「特集:拡張する美容師」(900円)/三刊「特集:考える髪」(1080円)/四刊「特集:BADHAIR」(1296円) すべて在庫しています。

 

 

 

 

 

 

Tagged with:
 

5月26日(木)夜、レティシア書房で、京都在住のシンガー&ソングライター世田谷ピンポンズさんのライブでした(「COME BACK FOLK」ツァーの一環)。当店では、二度目でしたが、満足度100%の素敵なひとときでした。

「僕と君の暮らすアパートの灯りはあのあたりかしら 君の胸に紅い花 きっといつか咲くでしょう それを夢とよびましょう 星を撒いた街の隅っこで」

という歌詞で終わる名曲「赤い花」を再び聴くこともできました。ピンポンズさん、ありがとうございました。広島から来られたお客様、無事に帰れました?

ピンポンズさんは本好きです。「赤い花」のラストに登場する「星を撒いた街」という言葉は、私小説作家上林暁の作品を集めた「星を撒いた街」(夏葉社2376円)からの引用でしょう。日本文学史における私小説の流れは、田山花袋の「蒲団」から、西村賢太まで多くの作家を生み出しました。

ピンポンズさんの歌詞にも、やはりその影響を見ることができます。まぁ、日本のフォークが「四畳半フォーク」と言われてきたことを考えれば、当たり前かもしれません。

個人的には、特に私小説が好みと言うわけではありませんが、木山捷平の「耳学問」、上林暁の「白い屋形舟」などの文学への溢れんばかりの愛情が、美しい日本語となった作品には唸らされました。中でも、感銘を受けたのは原民喜の「夏の花」(日本ブックエース850円)です。広島への原爆投下で、この世を去った妻の新盆の一日を追いかけたこの小説を私小説にカテゴライズしていいのかという疑問はさておき、悲惨な広島の現状を描きながらも、凛とした文章の輝きに引込まれていきました。

手元にある文庫版(青木文庫500円)に、「庭」という詩があります。

「暗い雨のふきつのる、あれはてた庭であった。わたしは妻が死んだのを知っておどろき泣いていた。泣きさけぶ聲で目がさめると、妻はかたわらにねむっていた。

………..その夢から十日あまりして、ほんとに妻は死んでしまった。庭にふりつのるまっくらの雨がいまはもう夢ではないのだ。」

悲しいけれど美しい。 

 

以前に紹介した「画家の詩、詩人の絵」(青幻舎2000円)の中に登場する二人の画家の本が入ってきました。

松本竣介の「線と言葉」(平凡社コロナブックス1300円)と、もう一冊は、香月泰男の妻、婦美子さんが書かれた「夫の右手」(求龍堂800円)です。

松本竣介(1912〜1948)は、都会に生きる人々とその風景を描いた作家ですが、40年代初頭に発表された 「Y市の橋」、「駅」、「並木道」といった都会の一隅を捉えた作品に魅かれます。画面全体を覆う寂寞たる雰囲気。この街に住む人達は幸せなのだろうか、それとも纏わり付いて離れない孤独に沈黙しているのだろうか、絵の中に入り込んで、どこかに温かな家庭の灯を見つけたくなる衝動にかられます。

今回入荷した「線と言葉」は、松本の生涯を俯瞰して、様々な角度から作品を楽しむことができます。同郷だったからか、或は父親と交流があったからか、彼は宮沢賢治を最も尊敬していたことも、この本で初めて知りました。また1941年、美術雑誌で戦争協力を説く座談会記事に反論し、抗議の文章「生きてゐる画家」の一部分を読むこともできました。48年、死の直前に描いた「彫刻と女」、絶筆となった「建物」について、親友で彫刻家舟越保武が書く松本への思いに胸が熱くなりました。

 


香月泰男は、「画家の詩、詩人の絵」で初めて作品を知ったのですが、「水浴」(1949年)の静謐さに心奪われました。プール際に佇む三人の少年を描いた作品ですが、プール遊びに興じる少年達の笑い声など皆無で、ひたすらプールの静かさが迫ってきます。香月は、松本の1年前の1911年の生まれです。戦争に駆り出され、熾烈なシベリヤ抑留体験をして帰国した画家は、温かな家庭、家族に、自分の愛情を注いでいきます。婦美子さんが、亡き夫との人生を振り返った「夫の右手」には、彼の「母子のシリーズ」30点が掲載されていて、香月の家族への愛が伝わってきます。

彼は、シベリヤの収容所からサン・ジュアンの木を持ち帰り、庭で育てました。そしてこう言って世を去りました。

「自分が死んだら分骨して、サン・ジュアンの木の下に埋めてくれ。そしてサン・ジュアンの木に生まれかわったら、孫たちがよじ登ってくれるだろう………。」永遠に家族と共にありたかったのでしょうね。