秋が深まり・・・のはずが、毎日暖かい日が続き、紅葉の色も今ひとつ。しかし、時間は正確に刻まれて、気がつくと今年も残すところ一ヶ月半となりました、ってことはクリスマスプレゼントの季節到来です。

今回4回目になる、kotohanaさんの「ペーパークイリング作品展 空即是色」が本日より始まりました。

「ペーパークイリング」というのは、中世ヨーロッパで、聖書を製本した時に出る切れ端を、一つ一つ巻いていき、それで宗教画や宗教道具を飾ったのが始まりといわれている長い歴史を持つアートです。様々な色の、細い紙を巻いて、巻いて、巻いて、卷いて・・・・できる作品です。毎回、本当に根気のいる仕事に、ただただ感服するばかり。今年は、秋を意識して大きなブドウの額が真ん中に飾られました。

作品展や教室などで、精力的に活動されていて毎年パワーアップ。今回も、素敵なクリスマスカードや小物たちがいっぱいあります。ギャラリーが華やかな雰囲気に包まれました。細かい手作業で、細い紙がこんなにも愛らしい作品になってくるんですね。左の写真の作品も、その中の一点。花びらも葉っぱもすべて、細い紙をクルクル巻いて出来上がっています。窓辺に置いておきたいものです。

 

 

え、これホンマに紙??と思われるような作品も多数。近づいて、じっくりと鑑賞して下さい。こんなん、やってみたいわ!と思われた方には、教室のご案内も置いています。

 

ところで、個展のタイトルに「空即是色」という文字が入っていますが、「色即是空空即是色」とは、般若心経にある言葉で、この世にあるすべてのものは因と縁によって存在しているだけで、その本質は空であるということ。また、その空がそのままこの世に存在するすべてのものの姿であるということです。

ま、そんとこ深く考えずに作品をお楽しみください。

★個展は29日(日)までです。23日(月)定休。

 

昭和30年代後半から40年代ぐらいに発売された、海外翻訳物文庫が何点か入荷しました。その殆どが、映画化された際の写真等を使用しているところがレアものです。

先ずは、ケッセルの「昼顔」(新潮文庫400円 翻訳は、堀口大学)。美しいカトリーヌ・ドヌーブの下着姿が表紙です。公開時のポスターもこれでした。同じく、ドヌーブ主演の、クロード・アネ原作の「うたかたの恋」(角川文庫800円レア!)。王女様姿のドヌーブと手を取り合っているのは、若き日のこれまた美しいオマー・シャリフ。

スキャンダラスな内容で、「O嬢の物語」と双璧をなすジャン・ド・ベルグの「イマージュ」(角川文庫500円)。こんなの映画化されていたんですね。当時、角川文庫は、マルキ・ド・サドや、アポリネールの背徳文学を片っ端から文庫化していたみたいです。

これって原作があったんだ!と驚いたのも数冊ありました。映画館で皆がすすり泣いた映画、ミシェル・バタイユ原作の「クリスマスツリー」(角川文庫300円)。お父さん役には、名優ウイリアム・ホールデン。ハリウッドお得意のメロドラマですが、原爆搭載中の飛行機が爆発して、死の灰を浴びた少年が死ぬという設定は特異です。

西部劇も2冊。一つは、ダスティン・ホフマン主演で、トーマス・パージャー原作の「小さな巨人」(角川文庫200円)。確か、フェイ・ダナウエイも登場するニューウエイブ系のウエスタンでしたが、盛り上がりに欠ける映画だったと記憶しています。表紙は、映画同様、ダスティン・ホフマンをコラージュしたものです。

もう一冊はジョン・ウェイン主演、ウイリアム・D・ジェニングス原作の「11人のカウボーイ」(角川文庫200円)。孫みたいな若者に西部流の生き方を教えるウェイン翁のホームドラマ。これ、表紙は映画のオリジナルポスターの流用みたいです。

注目は、ご存知C・ヘストン主演の、ルー・ウォーレス原作「ベン・ハー」(新潮文庫500円)です。表紙は、軍艦が燃えている絵柄ですが、カバーの見返りには、ちゃんと映画のシーンが並んでいます。

映画版とは無関係の表紙ですが、「チップス先生さようなら」のジェイムス・ヒルトン原作の「心の旅路」(700円)。映画は典型的なメロドラマでしたが、淀川長治さんの「日曜洋画劇場」で見たような気がします。「ハリウッド調メロドラマ」とはいえ、今どきの恋愛映画とは比較にならないような格調を持っていました。

どれも、かなり古い本なんで、ヤケや汚れのひどいものもありますが、並べておくだけで素敵な文庫です。

忘れるところでした。こんな古い文庫の中に、サンリオ文庫版、ウィリアム・バロウズ「ノヴァ急報」が混じっていました。初版、帯付きとなると3000円前後の価格がつきますが、それは見てのお楽しみ……….。

 

昨日、レティシア書房にて「世田谷ピンポンズ」さんのライブを開催しました。(19時半〜20時半)

「世田谷ピンポンズ」という名前は、複数形ですがお一人。作詞作曲をして、ギター一本で歌うスタイルの、古本屋と喫茶店をこよなく愛するシンガーです。1984年生まれで、今は京都在住ながら、全国方々の古書店やカフェでライブをされており、昨夜は当店で歌って頂きました。

アコースティックギターの軽やかなサウンドに乗せて、日々の暮らしの何気ない情景を、言葉に置き換え、メロディーに乗せて歌われた十数曲。目を瞑って聴いていると、その世界がありありと浮かんできます。

東京にいた頃、よく通った映画館が取り壊される現実を歌った「名画座」はこんな歌詞です。

「ねぇ、聞いて駅前の映画館もうすぐ取り壊されてしまうんだって 座りづらい椅子に座って 二人でよく二本立て見たじゃない 寂しいの 大学生の頃から通い詰めていた場所だったのに またひとつ 私たちの思い出が踏みにじられていくみたい」

静かに歌い出されるこの曲、寂しさとアンニュイに満ちた世界が広がっていきます。映画館が壊される現実から、自分たち自身も誰かが作った思い出を踏み荒らしてきたのではないか・・・・と振り返るエンディングが見事でした。

今をときめく芥川賞作家の又吉直樹が作詞し、ピンポンズさんが作曲した「「アナタが綴る世界」は、初めて聴きましたが、これ名曲です。うちのような小さな会場で、聴き続けていきたいですね。

上林暁の短篇小説「星を 撒いた街」にインスパイアされた「紅い花」は、原作の持つ冬の澄み切った、空の寒さを感じさせる世界を、自分の世界へ取り込んで歌います。

「君の胸に紅い花。きっといつか咲くでしょう。それを夢と呼びましょう。星を撒いた街の隅っこで」

心に小さな灯りをつける歌詞です。

「音楽はささやかなものだから、大切にしたい」

とはご本人の言葉ですが、慎ましい世界を、深い愛情で表現している姿が確かにありました。

おとぼけトークも取り混ぜながら、一時間あまりの演奏でしたが、店の本たちもきっと大満足の、素敵な時間でした。

お見送りした時、「ぜひまたして下さい!」とお願いしておきましたので、次回はお聞き逃しなく。

楽しかった!!!

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「バルサ」という名前を聞いて、ア〜あのファンタジーの女性剣士はかっこ良かったよね、と思い起こす方も多いと思います。上橋菜穂子原作「守り人シリーズ」の第一巻「精霊の守り人」に登場する短槍の使い手で、孤独な用心棒の名前です。もう、滅茶苦茶かっこい人です。鋭い太刀捌きに大向こうから「待ってました、姐御!!」という声が飛びそうです。

何年前になるでしょうか、土曜日の朝、NHKBSで、このシリーズがアニメ化されたのを観て、一気に引き込まれました。早速原作にも挑戦。いやぁ〜一気読みでした。その後、このシリーズは「闇の守り人」「夢の守り人」「虚空の守り人」「神の守り人」(上下)「蒼路の旅人」「天と地の守り人」(第一部〜3部)そして「守り人短篇集 流れゆく者」、「守り人作品集 炎道を行く者」で壮大なファンタジーは完結します。

どの巻も面白いことこの上ないのですが、中でも「精霊の守り人」に登場するバルサが、一番印象に残ります。精霊の卵を宿した若き王子を守って、難関を突破してゆく彼女は魅力的です。CGだらけのハリウッドの大作を観るよりずっと面白いのは、話の骨格がしっかりしているからでしょう。

 

上橋菜穂子は山口昌男の「アフリカの神話的世界」でアフリカ神話に衝撃を受け、文化人類学を学び、大学院に進学、アボリジニの研究のためにオーストラリアで、博士論文も書いています。その知識に立脚した話ですから、細部までしっかりと書き込まれています。登場人物それぞれが、定められた環境で、いかに知恵を絞り生きぬくかという一点に集約されているので、空想の世界だけのお話とは思えません。

この「守り人」シリーズ全12巻セットが、装丁を新たにした軽装版が入荷しました。定価は11000円ぐらいしますが、5000円で販売します。「守り人短篇集 流れゆく者」、「守り人作品集 炎道を行く者」はスピンオフ企画みたいな2巻で、「守り人作品集 炎道を行く者」には、少女時代のバルサと義父のジグロの放浪の日々という本編では読めない作品も収録されています。

この秋、心ゆくまでファンタジーの世界に浸ってみて下さい。

因みに来年「精霊の守り人」はNHKでドラマ化されるようです。主演のバルサには綾瀬はるか。妥当なキャスティングで、期待度アップです。

 

映画館で見逃した「博士と彼女のセオリー」をDVDで見ました。後味の良い、本当によく出来た映画です。

映画は、理論物理学者スティーブ・ホーキンスと元妻のジェーンとの出逢いと別れを描いているのですが、大げさな演出やら、センチメンタルに盛り上げる音楽を極力排除しているスタンスが、最初から徹底していて安心して見ることができます。

ホーキンスは、63年に「ブラックホールの特異点定理」を発表、74年には「ブラックホールは素粒子を放出することによってその勢力を弱め、やがて爆発により消滅する」とする理論を発表、量子宇宙論という分野を形作ることになった人物です。映画では、彼の理論についての描写は、極めて簡潔に処理されていて、イージーにデジタル処理された映像で、わかったような、わからんような描き方にしていないのも好感が持てます。

そして、ケンブリッジ大学在学中に、「筋萎縮性側索的硬化症」という難病に犯され、体中の筋肉が麻痺してゆくという身体になりながら、研究を続けた学者です。在学中から、少しずつ身体の自由が奪われてゆく彼を演じたエディ・レッドメインは、細かいニュアンスで見事に演じていきます。

映画後半、彼と彼を献身的に支えた妻が、別れる決意をします。お互いベストを尽くしたねと再確認しながら、次のステップに最も相応しい生き方を選んでゆくというシーンの演出は見応えがありました。もちろん、大泣きして抱き合うなんて陳腐なシーンはありませんので、ご安心ください。

監督のジェームス・マーシュは、ワールド・トレード・センターのツインタワー間での綱渡りを敢行したを達成した、大道芸人の挑戦を、本人や関係者の証言や再現映像を交えて紹介するドキュメント「マン・オン・ザ・ワイヤー」を作った人で、巧みな映像編集で、退屈させませんでした。その才覚は、今度の映画のエンディングでも発揮されています。

本年度アカデミー賞では、「イミテーションゲーム」のベネディクト・カンバーバッチと主演男優賞レースを争ったみたいです。カンバーバッチがあまりにも素晴らしかったので、他の誰が主演男優賞獲るねん!と思っていましたが、エディ・レッドメインに軍配が上がったことを、映画を観て納得しました。

 

こんな文学賞があることを、さてどれぐらいの方がご存知なんでしょう。これ、京都の南に位置する宇治市が主宰する文学賞です。宇治市のHPに文学賞の趣旨が、こう書かれています。

「紫式部文学賞」は、伝統ある日本女性文学の継承・発展と、市民文化の向上に資することを目的として、宇治市と宇治市教育委員会が主催しています」

いかにも、お役所の文書です。これって、和歌とかやってる人が応募するのかな?とお思いの方もおられるかもしれませんが、受賞者を見て驚きました。

江國香織、石牟礼道子、吉本ばなな、川上弘美、河野裕子、梨木香歩、川上未映子、田和田葉子、森まゆみと受賞者の名前を並べるだけでも壮観です。当店でも人気の梨木香歩は「ぬかどこ」がクローズアップされる小説「沼地のある森を抜けて」(新潮社500円)でした。

また、やはり人気の森まゆみは、平塚らいてうのマニフェストで知られる明治の女性雑誌『青鞜』のその誕生から終刊までを追った評論集「青鞜』の冒険  女が集まって雑誌をつくるということ」(平凡社・近日入荷予定)と、どちらかと言えば地味な作品をきちんと評価しています。

森まゆみの前年(平成25年)には、「東京裁判」後の日本の姿をダイナミックに描いた赤坂真理の「東京プリズン」が受賞しています。しっかりと文学の未来を見つめた優れた文学賞ではありませんか!

それにしても、知名度が低すぎます。何点か、作品を読んでますが「紫式部文学賞受賞」なんて帯を見たことがありませんし、書店が特集して作品を並べていたという光景も知りません。

選考は、全国の作家、文芸評論家、出版社、新聞社、市民推薦人から各々1点に限り推薦を受け、推薦された作品は、紫式部文学賞推薦委員会で数編に絞り込まれます。その後、紫式部文学賞選考委員会で受賞作品が選定され、市長が決定するという形式で、受賞者には紫式部をイメージしたブロンズ像と賞金200万円が授与されます。

もっともっと告知して、多くの書店で「宇治市が選んだ『紫式部文学賞』だ!」とフェアをやってもらいたいものです。年々、つまらなくなる「本屋大賞」なんてさっさと見切りをつけて、地味だけれども、きちっと文学を見据えた本を紹介するのも、書店員の勤めだと思うのですが。

 

 

 

神戸元町の古書店「トンカ書店」が10周年を迎えて、記念のイベントをされているので、お祝いも兼ねて、今にも雨が降り出しそうな休日に出かけました。

まず、元町の手前、六甲道で途中下車。まだお訪ねしたことがなかった古書店「口笛文庫」へと向かいました。しかし、JRの駅から山手に向かって上がる、道の急勾配には参りました。どこだ?どこだ?と探していると、突然目の前のお店が出現。写真で見た通りの、通路にまで本がぎっしりで、古本屋さんの匂い満載のお店です。ちょっと暗めの照明が、気分を落ち着かせてくれます。

おっ、CDもある。お気に入りのブリジット・フォンテーヌの「ラジオのように」を発見。店にもあるのだけれど、迷わずゲット。フレンチポップスと、アバンギャルドジャズと、現代音楽を組み合わせたサウンドは、飽きさせない、永遠の傑作です。蛇足ながら、先日BS放送の桂米朝のドキュメント番組で、なんとこのアルバムからの曲を使っていました。古典落語にフレンチとは、製作者のセンスの良さに拍手です

山のように積み上げられた本を、一冊一冊触る至福の時間。前から読んでみたかった、アメリカの自然保護運動の父、ジョン・ミーアの生涯を描いた「森の聖者」(山と渓谷社)が、棚の下から、こちらを見上げていたので、引っぱり上げたりと楽しい一時でした。

店主としばらく話をした後、元町へと向かいました。「トンカ書店」さんとは、レティシア開店以来のお付き合いで、毎回一箱古本市にも参加していただいています。もちろん、来年2月に当店で開催する「女子の古本市」にも出で頂きます。

10周年イベントで、写真家永田収さんが撮影した神戸、姫路の古書店店主のポートレイト展を開催中でした。どの方も素敵な表情でした。灘駅近くの「ワールズ・エンド・ガーデン」の写真には、看板ネコちゃんもちゃんと登場していました。

レジ前には閉店した海文堂書店の閉店までの記録「海の本屋のはなし」(苦楽堂2052円)がど〜んと積まれていました。店主に聞いたところ、100冊買い取ったとか。太っ腹!さすがトンカさん!私なんか数冊仕入れただけですからね。

神戸の古書店の話を聞きながら、店内を物色。いぬいとみこ作、瀬川康男絵の「北極のムーシカミーシカ」をみつけました。今も文庫で発売されているロングセラー商品ですが、これは1974年理論社から出た初版のものです。一度、古本市で見た時、わりと高値が付いていましたが、今回ゲットしたものは、函付きで中身も綺麗です。いいもの見っけ!の気分です。(函に小さな破れがあるのが残念です)

イベントはこの後もドンドン続きます。12月11日(金)〜13日(日)の三日間、神戸BALで、口笛文庫さんと一緒に古本市を開催されます。私もお邪魔するつもりです。

1984年、小西康陽は「ピチカート5」というバンドを結成、一躍日本のポップミュージックの最前線に踊り出ました。彼が紹介した音楽や映画は、同世代の若者に絶大な支持を得ていきます。

時が流れて、今年「ピチカートワン」というソロプロジェクトで、「わたくしの二十世紀」(2300円)というアルバムを発表しました。

彼が作詞作曲したものを、多くの歌手が歌ったものですが、暗澹たるこの時代を映すような曲ばかりで、その歌詞の深い意味に、引き込まれていきます。

YOUが歌う「戦争は終わった」

「電話のベルの音 鳴り止むのを聴いて 目を醒した 午後二時過ぎ 雨が降っている」というユーミンばりの歌詞で始まり3番まで続くのですが、各々の歌の最後に

「戦争はどうして終わらないのかな 戦争はどうして終わらないのかな」、「戦争はきょうも終わらないもかな 戦争はたぶん終わらないのかな」、「戦争はどうして終わらないのかな 戦争はたぶん終わらないのかも 戦争はたぶんなくならないのかも」

という不気味な歌詞が繰返されます。

おおたみえりの歌う「聴こえる?」では、のっけから「私が死んでも泣いたりしないで」と「死」が登場し、「明日も世界は変わらないのだし、みんないつかはさよならするだけだし、みんないつか死ぬの」と、「死」に覆われます。

やはり同じように、かまやつひろしが朗読する「ゴンドラの歌」で「もしもゆうべ観た夢が本当になるのならぼくはたぶんもうすぐ死ぬかもね」で始まり、「人は生まれて そして誰かを愛して そしてつまり死んでゆく すべてはくりかえす」で終わります。

全曲「死」に彩られたアルバムではありません。でも、典型的な失恋ソングで、市川実和子が歌う「あなたのいない世界で」でも、後半「あなたのいない世界で 私は週末の夜 薬を服んで眠った」で、彼女が不幸な死に遭遇したのではないかと思ってしまいます。

アルバムの表紙は雪に覆われた街を捉えた写真で、何の音も聞こえてこない静寂の風景。そして、小さくタイトルの「わたくしの二十世紀」と書かれています。沈黙の支配する世界に聞こえてくる、音楽のつぶやきとでも表現すべき音楽です。

「戦争は終わらないのかな」という甘いささやきには、批判もあろうかと思いますが、それはお門違い。こんな時代なんだけれど、ロマンチックに生きたいよね、という気持ちは大事にしておきたいものです。今年聴いたアルバムでは、ベスト1ですね。雪の日に延々と聴いていたいものです。

「冬の日の曇り空を 見上げると死にたくなる」という「日曜日」のおセンチさにクラクラしてきます。

古書店では、現役の作家が隅に追いやられていることがあります。でも、先人の作家達に負けない素敵な小説はもちろん沢山あります。

小川洋子もそんな一人。大ヒットした「博士の愛した数式」は、ラスト、マウンドに立った江夏で幕を閉じますが、何度読んでも泣けてきます。近年の幕切れベスト10に入れたい作品です。

さて、彼女が様々な動物を登場させた「いつも彼らはどこかに」(新潮社900円)は、上手い!!としか表現できない短篇集です。動物が出るからって、大切なペットとの涙の別離などという設定のお話はありません。

例えば、「愛犬ベネディクト」。犬は犬でもブロンズでできたミニチュアの犬です。殆ど外出しない少女と、ベネディクト、そして少女の兄を巡る物語です。ギャンターグラスの「ブリキの太鼓」を小道具として使ったラストは、まるでベネディクトに、命が宿っているみたいでした。

また、「帯同馬」に登場するのは、名馬ディープインパクトですが、これも、ちらっとTVに出るだけ。それ以外では、主人公の女性が通勤に使うモノレールから見える競馬場の遠景のみが馬に関連する場面です。

あるいは、「ビーバーの小枝」では、ビーバーの頭蓋骨がでてきます。小説家の女性が、自分の本を翻訳してくれた男性の死を知り、彼の家を訪ねた数日間の出来事を描いていきます。頭蓋骨はその翻訳家からのプレゼントでした。何故、そんなものを贈ったのかを、小説家は理解していきます。そして、森の何処かに住むビ−バーを想い、こう綴ります

「森のどこかでビーバーが自分の棲みかをこしらえるために、太い木と格闘している。自分に与えられたささやかな歯で、諦めることも知らないまま幹を削ってゆく。不意に、その瞬間はやって来る。一本の木が倒れる。地面の揺れる音が森の奥に響き渡る。しかし誰も褒めてくれるものはいない。ビーバーは黙々と労働を続ける。」

そして、自分の仕事に向かう・・・・鮮やかなエンディングです。

装画は、様々なジャンルで活動するD[di:]。素敵な表紙です。(右写真は彼女の作品)

レティシアの書架を見ると、文庫、ハードカバー共、小川洋子の作品が少なくなってきました。最近、読んでいないのも多くあるので、充実させていくことにします。

エゴイストで好色家だった島崎藤村は、こんな風に言われています。
「藤村はマッチポンプ作家であって、自らスキャンダルをおこし、それを自分で描くという『自分週刊誌』系作家でした。 私生活の淫行は作品を書くことで浄化される、という近代純文学のゆがんだ風潮は藤村にはじまったといっていいでしょう。そのため、芥川龍之介や谷崎潤一郎は藤村を毛嫌いしてコテンパンにののしりました。」

これ、嵐山光三郎の「文人悪妻」(新潮文庫300円)で出て来ます。明治・大正・昭和の文人達の私生活とその妻のしたたかで、パワフルな正体を描いた本です。隣りの人妻に手を出して、牢獄にぶち込まれたのは、北原白秋。もう、トホホな詩人ですね。一方、この本には、林芙美子、幸田文、佐多稲子、武田百合子等の女流作家も数多く登場しますが、その逞しさは、さすがです。

嵐山の「追悼の達人」(新潮文庫・絶版400円)は、49人の文人の死に際して寄せられた追悼文、弔辞を蒐集して近代文学のひとつの現場を切り取った本です。けっこう意外な作家が弔辞を読んだりしているんですね。例えば、48歳で亡くなった堀辰雄。プロレタリアート系作家の中野重治が読んでいました。この二人は、大正15年発行の雑誌「驢馬」の同人でした。後年、同人の多くが共産主義へと傾いていったので、堀は離れていきます。

また、戦争未亡人と入水自殺した太宰治は、多くの文人からボロクソに言われていたみたいです。河盛好蔵は「死ぬことは敗北だ」と、埴谷雄高は「人間的には失格者だ」と、平林たい子は「脆弱な死」という言葉を投げつけています。太宰は死の一年前に、病死した織田作之助への追悼で、こんな鋭い言葉を発しています。

「世のおとなたちは、織田君の死に就いて、自重が足りなかったとか何とかしたり顔の批判を与えるかもしれないが、そんな恥知らずのことはもう言うな!」

偉大な文人の最後の場面から、当時の文壇の状況を知ることのできる一冊です。

もう一冊。「文士の料理店」(新潮文庫300円)こちらは、タイトル通り文士が通った料亭、レストランを写真入りで紹介したガイド的な本です。殆ど東京のお店ですが、一軒だけ京都の店がありました。

水上勉ご贔屓の上七軒「萬春」です。

晩年、彼は車椅子に乗って、ここの「リンゴ・セロリーサラダ」を食べに来ていました。

と、高校時代の無味乾燥で退屈な文学史の授業とは違い、血の通った文人達の様々な姿を通して、日本文学史を学べるお得な三冊です。まとめて読まれることをお薦めします。