谷崎潤一郎の「細雪」は「昭和十一年の十一月から昭和十六年四月までの足かけ六年の物語である。いうまでもなく昭和十二年は日中戦争が始まり、昭和十六年の十二月には太平洋戦争が勃発する。谷崎は、あえて時代状況を詳しく書き込むことはしないが、それでも四姉妹の暮らしに、戦争へと向かう時代が見え隠れする。」

と「『細雪』とその時代」(中央公論新社/古書2000円)の著者川本三郎は書いています。谷崎の「細雪」は、大阪船場の旧家の四人 姉妹の物語です。戦時下にあって、こんな優雅な、贅沢な暮らしの小説は時局に合わないと、軍部から雑誌への連載を差し止められました。しかし、谷崎はいつ出版できるかもわからないのに書き続け、戦後に出版されました。文庫にして全三冊の大長編小説です。

川本は、この大河小説を仔細に読み込み、四姉妹が生きた時代を見事に浮かび上がららせます。様々な資料を探して、読み、必要な箇所を提示していきます。本書は2006年から、約1年間、雑誌「中央公論」に連載されたものが単行本化されたのですが、丹念な取材や資料探しには膨大な時間がかかっていると思います、谷崎が住み、見つめてきた阪神モダニズム文化を、小説の世界に巧みに取り込んでいるのですが、川本は、こう言い切っています。

「つまり『細雪』で描かれた阪神間文化圏の世界は、大阪からはみ出た、あるいは、いまふうに言えば、大阪から『自立』した女性たちの『女だけの世界』だった。その世界を描けるのは、終生、女性を愛し続けた谷崎潤一郎しかいなかったし、谷崎によってしかあの時代の『女の世界』は描けなかった。」

小説の中の昭10年代の芦屋、神戸、船橋の風景の美しさ、たおやかさの描写を切り取り、実際のあの時代のモダニズム文化の諸相を、そこに当てはめながら、川本は、戦争へと向かう昭和10年代を描いていきます。

小説は三女の雪子の結婚までの道のりと、旧家のありように反発する四女の妙子の生活が軸になって進んでいきます。そして、物語のラストもこの二人です。しかも、決して明るい未来では在りません、いや、暗い影を落としているのです。雪子は挙式のために東京に向かう列車の中で、ひどい下痢に襲われ、苦しみ続けます。一方の妙子は身ごもっていた子供を流産してしまいます。かつては栄華を極めた旧家の没落を象徴するかのような幕切れです。

川本は「雪子の下痢は、妙子の赤ん坊の死と同じ流れの中にある。それは、蒔岡家という美しい花園の決定的な終わり、終末を示している。彼らの行く手には、太平洋戦争が待ち受けている。」

本著はこの文章で終わっています。

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