夏葉社の代表島田潤一郎さんが、「90年代の若者たち」(岬出版/1404円)を発行しました。

「一九九五年の冬に、日本大学商学部の文芸研究会というサークルに入部した。大学一年生で、まだ十九歳のころ。焦燥感と向上心があった。文学が好き、というひとたちから、なにかを学びたかった。」

という書き出しでわかる通り、これは島田さんの大学時代、そしてその後、やりたい事を見つけるまでの人生の彷徨です。読み終わって、これサリンジャーの世界だなと思いました。サリンジャーが描くのは、極端に言えば何をしていいのかわからない青年が、ブツブツ呟きながら、トボトボ歩く世界です。この本の中で、島田青年は未来のことが見えてこず、作家になりたいという思いだけが先行し、虚しい日々を送っています。

「ぼくが青春時代を送った90年代は、音楽の時代だった。もっといえば、CDの時代だった。アナログからデジタルに移行した時代。通信カラオケの普及によって、みながカラオケボックスへと通った時代。若者たちはみな、驚くぐらいにCDを買った。」

そんな時代、彼も浴びるほどの音楽漬けの生活を送ります。小沢健二、スピッツ、サニーディ・サービス等々、世代的に差がある私には縁遠いミュージシャンですが、「カラオケでよくうたったのは、小沢健二の『愛し愛されて生きるのさ』。それだけがただ僕らを、悩める時にも、未来の世界へ連れてゆく、と。九十五年も、九十六年も、九十七年も、九十八年も、大声でうたった。」という気持ちは、よくわかります。私だって、ジャズ喫茶にこもり、ロックイベントに通っていましたし。

島田青年は、就職活動に全敗しあてのない日々を送るのですが、音楽に常に支えられていました。九十年代を「ぼくにとって、重たい時代だったのである。バブルを知らないうちにバブルが弾け、楽しみに見ていたトレンディドラマの空気も、どんどん重たくなっていった。」と括っています。

1999年、彼は家を出て安アパートで一人暮らしを始めます。大量の本とCDを持ち込み、作家になるべく、ワープロに向かう日々が始まります。しかし、そう簡単に道は開きません。アルバイトに明け暮れる毎日、かけない文章、青春の出口でもがく日々が描かれます。早くに死に別れた友人への思い、仕事に価値を見出せない毎日、そして心を病んでいきました。

その後、彼が夏葉社を立ち上げるまでのことは、「あしたから出版社」(晶文社/古書950円)をお読みください。「90年代の若者たち」の最後の方で彼はこんなことを書いています。

「本というのは、人間に強さをもたらしたり、ポジティブな価値を与えるというより、人間の弱い部分を支え、暗部を抱擁するようなものだと思う。だから、ぼくたちは本が好きなのだし、本を信頼していたし、それを友だちのように思っていた。それは本だけでなく、音楽もそうだった。」

同感です。

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