俳優のオダギリジョーが、初監督に挑戦した「ある船頭の話」(みなみ会館にて上映中)を観ました。傑作でした。俳優の監督作品って、洋の東西を問わず地味な世界を描いているものが多いのですが、これもまたしっかり地味でした。が、ともかく美しい。昨今の映画でも群を抜く出来栄えでした。

美しい緑豊かな山あいに流れる川。船頭のトイチ(柄本明)は、質素な小屋に一人で住み、村と町を繋ぐための川の渡しを生業にしていました。渡し舟には様々な事情を持つ人たちが乗ってきます。日々、舟を漕ぎ、慎ましく静かな生活を送っていました。しかし、川上で煉瓦造りの大きな橋の建設が始まります。村人は橋ができれば便利になると期待しているのですが、トイチにとっては死活問題にもなりかねない状況です。
そんな折、川から死人同然で一人の少女が流れてきます。トイチは少女を連れて帰り、元気になるまでと、一緒に暮らし始めます。
少女の存在はトイチの生活に潤いを与えてくれるのですが、物語はとんでもない結末へと向かって静かに動き出します。

映画は、この山あいに流れる川の表情を見事に映し出します。空の青さ、森の瑞々しい緑、水の透明感、さざ波が、息を飲むような美しさです。撮影は、古今東西数々の名作を担当しているクリストファー・ドイル。そして、風のささやき、川の流れる音、遠くで聞こえる橋工事現場の音などを捉えた録音の技術。ゆっくり、ゆっくりと流れてゆく時間に身を委ねる至福が、この映画にはあります。

ここにはクマこそ登場しませんが、宮沢賢治の「なめとこ山の熊」を読んでいる時に感じる、人と自然の結びつきの切なさが蘇ってきました。年老いた猟師(扮するのは細野晴臣)が、死んだら遺体を山に返して欲しいと遺言を残し、猟師の息子と船頭が、山深い所にある大きな樹の下に置いてくるシーンがあり、余計に「なめとこ山の熊」を思い出してしまいました。

オダギリジョー監督が『ある船頭の話』を構想したのは10年前。中国、モンゴルなどの辺境の地でたくましく生きる人々の姿に心動かされて、脚本を執筆したそうです。

「便利なものが増えていく一方で、消えていくものがある。我々はその美しさや大切な何かを簡単に手放してしまうが、それらは二度と戻ってこない。お金や時間が支配するこの社会で本当の幸せを見失ってはいないだろうか…、その時に感じていた気分や感覚を投影しています。」と語っています。

新しくなったみなみ会館に初めて入りましたが、シンプルでいい映画館です。音響設備が良く、この映画のように音に徹底的に拘った作品には最適の場所です。一生、心に残りそうな作品です。ぜひ劇場で観てゆったりとした時間を過ごしてください。映像ソフトで観るのは、お勧めできません。