絵本作家酒井駒子の初の本格的な個展「みみをすますように」が、東京PLAY! MUSUEMで始まりました。酒井駒子は、静謐なタッチの絵とシンプルな言葉が溶け合う絵本で、数多くのファンを持っています。(私もそうです)

個展に合わせて画集「みみをすますように」(BlueSheep/新刊4180円)が刊行されました。20数冊にも及ぶ絵本の中から約300点の原画と、30点あまりのラフスケッチをセレエクトしています。

私が初めて彼女の作品に出会ったのは、2008年河出書房新社より発売された「くまとやまねこ」でした。仲良しの小鳥が死んでしまい、生きる気力を無くしたクマは引きこもりの生活を続けています。しかしある日、音楽を奏でるやまねこの音色に誘われるように外に出て行きます。亡くなった小鳥が、今も自分の心の中に息づいていることを悟ったクマは、音楽を奏でて各地を回るやまねこと一緒に旅に出る決心をするという物語です。これは、文章を湯本香樹実が書いています。喪失から再生へと向かうクマの姿が切なく、また彼を助けるやまねこの暖かさに胸打たれます。

次に出会った酒井の作品は、絵本ではなく、2012年の発表された川上弘美のファンタジー長編小説「七夜物語」でした。小学四年生の女の子が、図書館で見つけた「七夜物語」に導かれて不思議な世界を巡ってゆく物語です。絶版になっている単行本は、各ページに酒井の作品が小さく挿入されています。下巻表紙は、長いテーブルで食事をしている女の子と友達の男の子と、「スプーン」や「消しゴム」や「ハサミ」が描かれていて、奇妙なんですが、独特の暖かく深い画風が素敵です。(画集にも入っています)

画集の最後には、本の題名と簡単な解説を記した資料があります。これから、酒井の絵本を集める時の役に立つと思います。

なお、この「みみをすますように」展は、夏には神奈川で開催されて、その後全国を巡回する予定です。関西にも回ってくることを期待!

 

 

 

東京音楽大学作曲科出身の小説家、湯本 香樹実に注目しています。

92年発表の処女作「夏の庭」は、三人の少年が老人との出会いを通して「死」を知る小説で、後に相米慎二監督で映画化され、三国連太郎が老人を演じていました。

2008年には、絵本作家酒井駒子とコラボで「くまとやまねこ」(河出書房新社1050)という、これまた親友を失くした主人公の喪失から再生を見事に描いた傑作を発表(これは、読む度に泣けます)しました。その2年後の作品が「岸辺の旅』(文藝春秋500円)です。

これもまた死が、大きく関わってくる作品です。三年間失踪中だった夫が帰ってきますが、夫は海の中で蟹に食べられて死んだと告白します。そして、妻に自分が生前見た素敵な世界を見せたいと一緒に旅に出ます。その道中を描いた不思議な小説です。実は私は小説よりも先に映画を見ていました。夫を浅野忠信、妻を深津絵里、夫のかつての女性を蒼井優というキャスティングで、監督は黒澤清。こちらの世界とあちらの世界を行きつ戻りつしながら、二人の愛を確かめてゆく展開で、夫がふっと消えて、彼岸に帰ってゆくラストは忘れられません。

いつか原作を読もうと思っていたのですが、今回一気に読み上げました。

「死者は断絶している、生者が断絶しているように。死者は繋がっている、生者と。生者が死者と繋がっているように」

ふと帰って来た夫は、妻を、夫がかつて親しくしていた場所や人のもとへ彼女を連れてゆきます。なんのために……。「もっときれいなところがあるんだ」と妻を急かす夫に対して、「家に帰ろうよ。一緒に帰ろうよ」と妻はすがります。当然です。でも、この二人の旅にもやがて終りがやってきます。小説では、夫がふらりと戻ってきた事情は一切説明していません。いや、そんなことはどうでもいいのです。永久に失われたものへ手を差し伸べる女と、彼岸から戻って、女と共に生きた証しを辿りたかった男の思いを感じさえすれば。

この本を読み終えて、再び「くまとやまねこ」を読みました。親友だった小鳥に先立たれたくまは、出会った山猫に悲しみを癒されていきます。このやまねこ、ひょっとしたら死んだ鳥だったのでは…….?あまりの悲しみに打ち拉がれるくまの元に戻ってきて、二人で生き直すとも読み取れます。

「岸辺の旅」のラスト、夫は寂しい海辺で、あちら側へ旅立ちます。「海に挟まれた細い、今にも沈んでしまいそうな道を、私はふたりぶんの荷物を持って歩きはじめた。」という文章で終わります。このエンディングは「ふたりぶんの人生を生き始めた」ということかもしれません。そうあって欲しいものです。