1980年広島生まれの作家、今村夏子を読んでいます。短編「あひる」が芥川賞候補になりました。物語は、初老の夫婦と娘の家にあひるが来たところから始まります。しかし、あひるはすぐに死んでしまいます。その後も父親は、ペットショップからあひるを買ってきますが、その内、近所の小学生たちに溜まり場になってゆきます。「あひる」を収録した単行本(書肆侃侃房1404円)には、他に「おばあちゃんの家」と「森の兄弟」、いずれも少年、少女が主役の短編が収録されています。

どの話もエンディングは悲観的なものではないのですが、何故かゾクリとする影、明日への不安みたいなものが忍び込んでいます。仮に、こんな物語を梨木香歩、小川洋子、あるいは森絵都あたりが描いたとしたら、ハッピー、アンハッピーに関わらず、きっちりとしたエンディングへ着地するはずです。しかし、この作家は、ザワザワしたものが残ります。なんか、未消化なものを抱え込んだまま本を閉じるような気分です。

それを不快と思うか、余韻と思うかは読者によるところですね。今村は、その影みたいなものを、ことさら強調するわけでなく、物語のほんの隙間に忍び込ませるのが巧みだと思います。「あひる」は、ハッピーエンディングですが、良かったねという安堵感の背後から、得体の知れない何かがふと顔を見せます。好き嫌いがはっきりする作家かもしれません。

ところで、「あひる」が最初に掲載されたのは、九州の出版社書肆侃が出している文芸雑誌「たべるのがおそい」でした。現在3号(各1404円)まで発行されています。執筆陣も、大手出版社の文芸誌に引けを取りません。最新の3号では、小川洋子、西崎憲、星野智幸、円城塔、津村記久子、森見登美彦、山尾悠子、そして今村夏子等が参加し、小説、評論、短歌、翻訳文学、エッセイと各ジャンルを網羅しています。小さい出版社ながら、内容の濃さは一級品です。

今号の今村の小説も、主人公の女性に絡んでくる子供たちが重要な役割を果たします。ハートウォーミングな幕切れのはずなのですが、やはり不安定なさざ波がひたひたと寄ってきます。安定した日常に忍び込んで来る不安を覗いてみたい方は、ぜひお読み下さい。

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