木曜夜8時のお楽しみ、松尾スズキ主演「ちかえもん」が昨日最終回でした。

いやぁ〜楽しませてもらいました。さすが朝ドラ「ちりとてちん」で落語をとことんひねった脚本家だけのことはありました。飴売りのお調子者の男が、近松の幼い頃の遊び相手の人形だったと思い至ったところなどは、泣けてしましました。傑作浄瑠璃「曾根崎心中」で、モデルとなった心中事件の二人が生きていたハッピーエンディング、ラストに流れる吉田拓郎の曲に拍手喝采。このドラマをきっかけに文楽に行ってみようかな、という人が増えたらいいですね。

ところで、当代随一の浄瑠璃語りの竹本住大夫へのインタビューをまとめた「文楽のこころを語る」(文春文庫350円)で、大夫は、この演目を「何もかもがきれいずくめの浄瑠璃で、私はあんまり好きやおまへん」と意外な告白をされています。それどころか、「近松ものは、なんでこないに人気があるんや」と近松ものへの距離感を表されています。

「文楽を初めて観にきた、という人にはストーリーもようわかるし、時間的にもそう長くはないし、いいのかもしれまへん。このへんが、外国でも日本でも受ける理由ですかいなあ。」

平成9年、パリでこの演目を11日間にわたって公演した時、すべて大入り満員だったそうです。

はんなりした大阪弁に誘われて、文楽の世界へと連れて行ってくれる入門書です。

文楽をこよなく愛した作家、小田作之助短篇集「聴雨・蛍」(ちくま文庫750円)に、人形遣いの吉田文五郎の芸道修行を聞き書き風の文体で書いた「吉田文五郎」という小品があります。大阪弁を一人前に駆使して作品が出来れば、大した作家と思っていた彼は、ここでも生き生きとした大阪弁を使っています。

「こつこつとこの報われん道を歩いてきたのかもわかれしめへん。贅沢な暮らしみたいなもんしよ思ても一日も出来まへなんだ。考えてみたら暗い道だした。けど。その暗い道を阿呆の一つ覚えに提灯ともして、とぼとぼ六十年歩いて来ましたんだす。」

これ、標準語でしゃべられると、なんか、フンと横向きたくなりそうですが、柔らかい大阪弁だと、そらぁ、ようきばらはったんやな、ともっとお話を聞いてみたくなります。

 

小説にしても、映画にしても、歌舞伎、落語、漫才、能、文楽等の日本の芸能を上手く取り込んだ作品って少ないように思います。

いわゆる芸道ものノンフィクションには、読み応えのあるものが多いのですが、少し柔らかめというのを探すと、中々見つかりません。小林信彦の「天才伝説横山やすし」は、そのラインのドンピシャの作品ですが、ノンフィクション。松井今朝子が、江戸歌舞伎の世界を描いた「仲蔵狂乱」が印象に残る程度です。

映画になると、さらに思いだせませんが、一本だけ強烈な印象を残した作品がありました。川島雄三監督、若尾文子主演の「しとやかな獣」です。

私は、何故かこの作品を3回見ています。大学生の時に映画館で、アメリカの大学の映画学科のアーカイブの上映会で(単細胞なアメリカの兄ちゃんに分かるのかと??でしたが、大喝采でした)、そしてTVです。

この映画はというと、もう滅茶苦茶とんでもない作品です。一家四人のお話ですが、息子は会社の金を横領し、娘は流行作家の妾になって、大金をゲットしている。こんなシチュエーションはよくあるのですが、なんと両親は、子供たちのお金で裕福な生活をしていて、なんの罪悪感もないのが凄いです。父親に至っては、親友が自衛隊員に避妊具を売る会社を立ち上げて投資するのでと無心する始末です。

この手のドラマって、最後はヒステリックな悲劇に終わるのが常なのですが、誰も逮捕されず「平穏無事」で「裕福」な生活は続きます。もう笑ってしまいますよ。

映画は、この家族に住むアパート以外は映しません。まるで、舞台劇みたいに部屋の中だけで進行します。そして、ドラマをもり立てるのが、能の音楽です。アパートの一室を捉えたオープニングから、音楽は能の調べで始まります。そして、何度も能の調べが場面を盛り上げます。さらに、出演者が能の役者の様に、すり足で舞台を歩く所作で、室内を歩き回ります(カメラはアップでその所作を捉えます)。

通常、能舞台では、物語を舞い終わったシテ方は、正面を向いて、まるで何もなかったような無表情な能面姿にもどります。映画も、この一家の母親を演じていた山岡久乃の、そんな表情のアップでエンド。まるで、このアパートを能仕立てにして、金をめぐるドラマを作ったみたいです。

3回目に観た時に、何度か能舞台を鑑賞したことがあったので、この構成に気づきました。もちろん、能のことなんか知らなくても、十分楽しめる作品です。騙されたと思ってレンタル屋で借りて下さい。1962年にこんなハイブロウな映画を作っていたことに驚かされます。

こんな映像作品には、もうお目にかかることもないと思っていた矢先、先日から始まったNHKドラマ「ちかえもん」(木曜8時)を見ました。人形浄瑠璃作家、近松門左衛門がスランプに陥り、悪戦苦闘する姿をコメディ調で描いています。彼が傑作「曾根崎心中」を書くまでをウソのような、ホンマのようなお話。

川島雄三が能を巧みにアレンジした如く、浄瑠璃の世界を上手に取り込み、遠い存在だった近松門左衛門を、ぐっと手前に引き寄せてくれそうです。さすが、朝ドラ「ちりとてちん」で、落語を描いてみせた藤本有紀の脚本です。近松を演じるは松尾スズキというのも見逃せません。