東山彰良。1968年台湾生まれ。幼少の時に広島に移住し、日本で暮らし始める。2002年「ダート・オン・ザ・ラン」で第1回「このミステリーがすごい!」で大賞を受賞。これは私も読みましたが、とてつもなく面白かった記憶が残っています。その後も推理ものでヒットを飛ばして、15年「流」で直木賞を受賞し、純文学の方へも進出してきました。東山の初めての短編集「どの口が愛を語るんだ」(講談社/古書1200円)は、かなりニューウェイブな作品が並んでいます。
「猿を焼く」は、象徴的なタイトルかなぁと思って読んでいると、本当に少年たちが猿を焼くシーンが登場します。苺農家をやろうと一念発起した都会暮らしの両親と九州に移住した少年が主人公で、意地の悪いクラスメイトや、主人公の少年を殴ったあと団地から飛び降り九死に一生を得た不良、全く未来を信じていない少女などが登場します。
九州の疲弊した田舎町の退屈な日々に埋もれそうになりながら足掻く少年に、重苦しい現実がのしかかり、少女をおもちゃみたいに扱うヤクザ崩れの男の飼っていた猿を殴り殺し、火を付けてしまう。出口の見えない閉塞感に、押し潰れそうになる少年の儚く淡い心情を描いていきます。大島渚や羽仁進の往年の映画を思い出すような、ザラッとした感覚が私は好きです。
「政府が同性婚の合法化を認めた時、立法院のまえに集まった数百人の支持者たちは腹の底から歓声をあげた」で始まる「恋は鳩(はと)のように」では、台湾に住む同性カップルが描かれます。。同性婚の合法化に喜ぶアンディと、彼が愛する詩人で、「地下室」というペンネームで呼ばれる中年男との恋模様を描いていきます。
「地下室はうれしくないの?ぼくたちは結婚できるようになったんだよ」と喜びを隠しきれないアンディに対して「この状況をどう理解していいのか、まだよくわからないだけだよ」と冷めた感じを崩さない地下室。二人の恋愛感情の絡み合いと、地下室を取り巻く人々を描く作品です。艶かしいけれど、クールな雰囲気を持つ作品です。
「無垢と無情」はゾンビが蔓延(はびこ)る世界で、生き延びた者たちのオンラインミーティングが繰り広げられ、感染した家族を殺すべきか、殺して自分も死ぬべきか、それとも生きる覚悟を持つべきなのか、極限状態の人々のむき出しの感情が炸裂する作品です。両親と妹を「バットで二度ずつ殴りつけ、家の外に押し出してドアに鍵をかけた。」主人公の将来に光はないと思って読んでいたのですが、ラストはそうではないんです。後味がいい作品でした。
最も短い「イッツ・プリティ・ニューヨーク」は、他の三編とは全く違い、ウエルメイドなアメリカ映画を観た気分になります。「第一志望ではない人生?いいじゃないか!」そんなラストの台詞がピッタリの作品で、ちょっと口笛を吹きたくなりますね。