白土三平といえば、「カムイ伝」なのですが、第一部「カムイ伝」が全15巻、第二部「カムイ外伝」が全11巻、そして「カムイ伝第二部」が全12巻という超大作で、どれぐらいの人が読破したのでしょう?1964年から2000年まで、実に37年かかって書き続けられ、しかも未完なのです。

本書、毛利甚八著『白土三平伝 カムイ伝の真実』(小学館文庫/古書300円)は、白土の側にいた編集者から見た彼の肖像画的な一冊です。まずは、何よりも面白いのは、彼の父親です。

白土が生まれたのは1932年。満州国建国宣言がされ、長い戦争へと突入する前夜でした。5月には犬養首相が暗殺されるという世の中です。そんな情勢下、プロレタリア美術運動に関与していた三平の父岡本唐貴は警察に逮捕、拘留され、激しい拷問を受けます。社会活動をする父の絵が売れるわけもなく、一家は貧困に喘ぐ生活を余儀なくされます。

「白土の生い立ちは、在日朝鮮人や長屋に生きる貧しい人々をごく普通に隣人として眺める仲間意識を白土の心のなかに育てた。後年、戦時下に『アカの子』として孤立感を意識した中学生時代や紙芝居作家として東京の下町で過ごした二十代を通じて、そうした仲間意識はいっそう磨かれることになった。」

第一部で非人部落に逃げ込んだ登場人物が被差別の過酷な暮らしの中、自らの考えを改めるというモチーフは、若き日の経験が影響を与えています。

1944年、十二歳の白土は疎開先の長野県上田市に降り立ちます。自然豊かなこの場所で狩猟採取本能を蘇らせるような経験を数多く積みますが、やはり、そのこともカムイ伝に反映されます。

戦後、父の知人の紹介で紙芝居に携わります。漫画家白土三平の原点です。やがて紙芝居作家から貸本作家へと進み、後に「月刊漫画ガロ」編集長になる長井勝一に出会います。そして、長井のもとで、初の長編「甲賀武芸帳」を書き始めます。その頃から、それまで生活のために書いていた漫画を、自分の表現手段として考えるようになります。

そして、自由な発想で新しい漫画表現を探すための雑誌「ガロ」を創刊します。多くの漫画家がこの雑誌から世に出ましたが、とりわけ大きな衝撃を与えたのがつげ義春でした。「ねじ式」の掲載です。

「『ねじ式』は全共闘世代の若者に雷のような衝撃を与え、日本の漫画文化を多様化させるジャンピングボートとなってゆく。」

左翼画家の下で育ち、したたかに戦争を生き抜き、戦後漫画文化を大きく飛躍させた男の自伝として、また戦争をくぐり抜けた一家の物語として面白い本でした。

なお、現在は房総半島の小さな家で、魚釣りに勤しみながら暮らしておられるとか。