2016年京都「えき美術館」の安西水丸展を観に行った時に、彼が「ガロ」に発表したコミックを、80年代に青林堂が「青の時代」というタイトルで単行本として出版した本が飾ってありました。確か、青い函入りの装丁だったと思います。

当然絶版で、取引きされている価格も高く、手が出せない一冊でした。それが今年4月に、新たに序文とインタビューを加えて復刊(新刊/1980円)されました。まさか、再発されるなんて思っていなかったので、驚きです。版元はCreviis。拍手!拍手!ですね。

娘の安西カオリさんが、「『青の時代』の舞台は、主に千葉県の房総半島の南部に位置する海辺の町です。病弱だった父は幼年期から中学校を卒業するまでをこの町で過ごしました。」と巻頭で書かれています。彼の私小説的コミックと呼べるかもしれません。少年期から青年期にかけて体験する、甘酸っぱいノスタルジーと孤独を見ることができます。

安西は、昭和17年に七人兄弟の末っ子として生まれました。七人中、兄が一人いるだけであとは全て姉という環境でした。幼くして父と死別し、母と姉たちに囲まれて成長していきます。安西の作品には男がほとんど登場しないことを、嵐山光三郎が解説で、「男の存在感は薄く、空気のように漂っているだけだ。」そして、「水丸が、母親と姉にかこまれて生活してきたことを考えれば、それは理解できるのだが、ときどき、女の感性で男を見ているシーンにぶつかり、はっとするときがある。」と書いています。

安西の作品には必ずといっていいほど、風景がポツンと描かれた見開きのページが登場します。悲しく孤独な少年の意志、そしてそれをそっと慰めてくれるような風景が、一つのページの中に入っています。「荒れた海辺」のラストカットは、海辺を疾走する少年の姿が黒いシルエットで描かれています。いじめた生徒への復讐を敢行した少年の屈折した感情と、大きな風景の対比がワンカットに込められています。

「水丸の風景へのかかわり方は、父を失った少年がもつ、したたかな意志だ。風景というやつは、孤独な少年にとって、残酷強暴でありながら心あたたく大きい父のようなものだ。」という嵐山の指摘は鋭いと思います。

安西ファン必携の一冊です。